2016年11月27日

2016年12月号  2016年、米国の選択、そして日本の可能性 - 林川眞善

はじめに:不動産王トランプ氏を大統領に選択した米国

11月8日、アメリカは自ら「保護貿易主義者」と自認してやまない人物、トランプ氏を次期第
45代大統領に選択しました。その瞬間、astonishing victory (J.Stiglitz )の声が上がるほどに、
世界は何が起こったのかと、その驚きに包まれてしまいました。なにせ全米のメデイアの事前の
予想全てが間違いだったということで、なぜ?と、まさにトランプ・ショックが走ったというも
のでした。元々泡沫候補とみなされていたそんな人物が超大国アメリカのトップに就くことに
なり、一体、世界は?日本は?どうなるのかと、我々にとっては全く未知の人物であっただけに、
疑心暗鬼が駆け巡り、今なお大きく不安の余震の続く処です。

ではトランプ氏とは一体どういった人物なのか。メデイアによると彼は1946年、NY生れの
ビジネスマン。父から不動産を引き継ぎカジノやホテル、ゴルフ場などの経営に参画、マンハッ
タンの5番街などに豪華なビルを持ち「不動産王」と呼ばれ、自ら出演するTV番組で更に知名
度を上げてきたとされる仁です。もとより政治経験はなし。その彼が一体どういった政治を行な
おうとしているのか。
選挙中の彼の発言を拾ってみると、米国にとって益することのないことは見直すとか、米国は予
測不能な国にならねばならないとか、まさにビジネスライクに政治をやろうとしているようで
すが、ビジネスならともかく、世界一の超大国のアメリカが、その意図をかくして相手を出し抜
くことに注力することにでもなれば国際秩序は動揺することになります。「米国はビジネスのよ
うに運営されるべき時に来た」というのですが、そう単純なことではないはずです。そう言った
問題意識を引きずって進むのでしょうか。とりわけ、同盟国への影響は気になる処です。

例えば、現下の同盟関係について、米国はいつまでも警察官ではいられない。コスト&パフオー
マンスの視点に立って見直すとし、「現行米・加・メキシコ間のNAFTA協定は米国のジョッ
ブを奪ってきており、従ってこれを廃棄ないし見直す。また TPP加盟は大統領就任時、撤退
を発動する」と云い、「中国やメキシコには高い関税をかける」とか、「メキシコからの不法入国
を規制するためメキシコとの国境に壁を建てる。その建設費はメキシコに持たせる」とか、更に
は「移民は強制退去」だとか、「イスラム教徒の入国を当面禁止、不法移民は強制退去」だとか、
発言しています。勿論、これら発言は自由貿易反対、グローバル化反対に繋がる処であり、人種
差別に繋がる危険な発言である事、云うを俟ちません。時に女性蔑視の発言もいとわない暴言
王とも言われる等で、その言葉には否定形の話はあっても、前向きな、将来を感じさせるものな
ど見当たりません。

それでも彼は「アメリカを再び偉大な国にする」と叫んでいます。この6月英国がEUからの離
脱を選択した際、離脱派が叫んだのも「英国を再び偉大な国にする」でした。戦後一貫して民
主主義、自由主義の価値観を頂き、自由貿易、グローバル化を規範として発展を遂げてきたアン
グロサクソンの両国が、そろって逆流に身を置くとは何か歴史の皮肉すら感じさせられる処で
す。ではそうしたトランプ氏を米国は何故、大統領に選択したのか、そして「再び偉大な国にす
る」とはどう云う事なのか、極めて気がかりと映る処です。

・‘白い革命’―トランプ氏を大統領に押し上げた国民の怒り
今次の大統領選挙戦のプロセスは、まさにアメリカという国の‘社会の変質’を浮き堀りとする、
ものだったと云えます。そして、トランプ氏の大統領選の勝利は、その変質を巧みに取り込んで
いった結果と云うものです。この数年、経営者と労働者との格差が余りにも開きすぎてきた現実、それも金融を緩和しても労働者の賃金は上がらず、あらゆる政策がウオール街の一部の金持ちに集まってきたという現実、そして、その結果として進む経済格差拡大に日頃、強い不満をいだく中・低所得層の怒りに応える如くに、それは自由貿易の拡大、グローバル化の進行がなせる業として、それら政策行動に反対を訴える、つまり「すべての根源は自由貿易にあり」と訴えることで、彼らの気持ちを取り込んでいったと云うものです。

今回のこうした予想外のトランプ氏の勝利を一部メデイアは「白い革命」と表現しています。要
は 移民の増加や格差の拡大に憤る白人の中低所得層が既存の政治家にNOを突きつけ、しがら
みのないビジネスマンに変革を委ねたという事として、そう呼ぶそうです。尤も、現在の米経済
は移民労働者あっての構造となっており、つまり米国は人口増加の4割以上を移民に依存して
おり、移民規制は、人口増加率の低下を齎し、経済の活力を失うことになるはずで、人種差別問
題はともかく、本当にそうしたことが可能なのでしょうか。因みに、米国の全人口に占める白人
の比率は1965年の84%から、2015年には62%まで低下し、2050年ごろには50%を割り
込む見通しなのですが。

前述の通りTPPも、NAFTAも、といった自由貿易の枠組みを否定し、更には中国と貿易
戦争を始めるとまで発言するなど、わかりやすい議論を繰り返す事で有権者の共感を得、アメリ
カン・ポピュ リュズムを生み、それが彼への支持に転じ反自由貿易、反グローバル化の流れを
醸成、まさにトランプ現象と評される状況を生み出してきたというものです。そうしたプロセス
の中で米国の有権者は、もはやインテリとかウオール街とかメデイアとか権力側にいる人の話
を信用しなくなったという事で、それを行動で示した結果がトランプ大統領の誕生でした。

言い換えれば、‘Change’ と叫んで登場してきた民主党のオバマ大統領、彼の8年間、米経済のマクロ指標は相応の改善を辿り、経済の建て直しに成功したと映る処ですが、1960年代を底に上昇しているジニ係数(所得再配分の不平等さを示す指標)はと云えばこの間、悪化しているのです。つまりは経済格差の拡大を意味するというものですが、これに不満を強め、それが有権者の怒りとなってポピュリズムを生み、色々理屈のある処ですが、従って有権者にしてみればエスタブリッシュメントでなければ誰でもよかった、偶々アウトサイダーのトランプ氏がいたという事で、怒った市民がとにかく彼を大統領に押し上げたというものです。まさに、ポピュリズムのなせる業としてトランプ氏の勝利があり、その勝利は米社会の亀裂を映す処ともいえ、それは、これまでの経済成長の規範とされてきた民主的、リベラルな理念、新自由主義に終止符が打たれたというもので、あえて言えば半革命の様相を呈する処です。

・アメリカニズムの危険
そうしたトランプ氏が次期大統領に決まったのが11月9日。ベルリンの壁が崩壊したちょうど丸27年後だったことは何とも皮肉というものでした。壁の崩壊は米国のリーダーシップが勝利した瞬間でした。そして楽観主義とリベラルで民主的な理念が世界中に広がる時代を招き入れたというものでした。それがトランプ氏の勝利で、その時代は決定的に終止符が打たれたというのですが、それだけに、彼が云うアメリカニズム、「米国第一主義」には、民主的手法で政権を勝ちとった、しかしその民主的手法で独裁者となり、国民の自由を奪い国家を破たんに追いやった、かつてのナチ政権の誕生を瞬時想起させ、聊かの懸念を隠せない処です。

因みに、11月10日付Financial Timesは` Trump and the dangers of America First ‘ と題して 米国第一主義の思考様式には、大いなる危険があると指摘しています。
「・・・中東での戦争に辟易し、国際貿易が国内経済に問題を引き起こしていると説得されているように見える国では、‘米国第一’ 政策に誘惑されるのは無理もない。米国には経済を支えるだけの巨大な国内市場があり、国の安全も大西洋、太平洋の二つの大海で守られている。だが、もし世界から身を引けば、米国はやがて、今より貧しくなり落ちぶれるだろう。そして1930年代と同じように、最後は米国自体の安全と繁栄も、国際貿易の崩壊と権威主義者の復活に脅かされる公算が大きい。・・こうしたことは全て将来にあり、推測の世界にある。現時点では、米国と世界は単純で気のめいる真実と直面している。米国大統領の座、かつてリンカーン、ルーズベルト、ケネデイといった偉人が占めた地位が薄っぺらなペテン師のものになってしまった。トランプ氏はmake America great again と約束したが、同氏の大統領就任は、terrible sign of national decadence and decline,つまり米国の大敗と衰退を暗示している」と。

然し、こうしたトランプ氏の勝利は、欧州先進諸国のポピュリストを勢いづかせています。来年
5月、総選挙を控えたフランスでは、最右翼のNational Front党首Le Pen女史は、早速に今回
の「トランプ氏の勝利は自由の勝利。我々も自由を阻むシステムを打ち壊そう」と気勢を挙げる
一方、彼女の周辺では「彼女の(大統領)可能性はトランプの勝利を受けて高まった」(FT Nov.11)
とする程です。そしてドイツでも、オーストリアでも同様な動きが報じられています。さらに、
この12月、イタリアではレイツイ首相が求める憲法改正に係る国民投票が予定されています
が、その支持は得られそうもなく、政権交代に追い込まれ、EU懐疑派のポピュリスト政党「五
つ星運動」が権力の座につく可能性が報じられる程の状況です。

かくして格差拡大の元凶として、グローバリゼーションがやり玉にあげられている処ですが、然し俯瞰的に世界を見ると、今次のトランプ・ショックで見えにくくなっていますが、注目される事としてあるのは、近時グローバル化の進行で途上国では所得格差の改善が進んできているという事情です。これについては後述しますが、要は、グローバル化は出遅れている地域が産業革命の時差を埋める大分岐の巻き返し(世銀報告)でもあるというものです。とすれば、いま世界は、先進国に顕著な「不平等化する社会」に対して「フラット化する世界」が並走する様相にあるというものですが、興味深い処です。

かかる世界のコンテクストにあって日本はどうあるべきなのか。そこで、トランプ政権が目指す政策、そして彼が行動の起点とする‘反グローバル化’の合理性についても改めて検証し、併せて日米関係に照らし、日本が目指すべきスタンスと課題について考察してみたいと思います。       
                           (2016/11/26)


                   目   次

1.トランプ次期政権の政策のかたちと、問題の所在  ------P.5
(1)トランプ氏「就任100日行動計画」の概要と問題の所在
・再びTPPからの脱退を明言したVTR演説
・ウオール街は再び?
(2)反グローバル化は正義なのか
‣米ステイグリッツ教授の示唆
― What America’s Economy Needs from Trump
・競争の減少が齎す経済格差 ―規制、そして寡占化

2.トランプ・ショクと日本の可能性 --------P.10
(1)トランプ氏の対日批判、日本の出番
(2)日本の安全保障対応
              
おわりに 2016年 世銀報告  ---------P.12
-グローバリゼーションの恩恵とinclusive capitalism

・世銀報告「Poverty and Shared Prosperity 2016」          
・inclusive capitalism

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1. トランプ次期政権の政策のかたちと、問題の所在

11月9日、トランプ氏は自らの支持者の前で行った勝利宣言で、選挙戦を通じて露わとなった「米国社会の分裂の傷を縫合し、共和党、民主党、独立系みんなが一丸となって前進する」ことを約す、とした上で経済運営について次の三点を謳ったのです。一つは「経済成長率を2倍にして、世界で最強の経済を構築する」事、二つは「高速道路、空港、病院等インフラを整備し何百万人の雇用機会を創る」、そして、三つ目に「米国の利益を一番に考えるが、海外諸国とは公正な関係を構築する事も世界に知らせたい」(日経11月10日)と。

さて、強烈な貿易保護主義や移民排斥にスポットが当たるトランプ氏ですが、実は10月末には「経済成長を加速させ、最強の経済をつる」と宣言し、大型減税と財政出動を以って景気浮揚のスタートダッシュを目指すとし、「政権移行100日で経済改革を一気に進める」と具体的なメニュー(下記、付表)をも示していたのです。しかし当時女性蔑視発言で激しく批判されたため、あまり注目されることがなかったというもので、上述勝利宣言は、その延長線上にある処です。従って、現時点では、その行動計画に沿って政策を遂行するものとして、その可能性について検証しておきたいと思います。― 尤も、その内容は変わり始めてはいるのですが。

(1) トランプ氏「就任100日行動計画」の概要と問題

まず、今後10年間の成長率を年平均3.5%に高め(現状2%)、最終的には現在の2倍の4%に引き上げると公約するものです。
そして、その為の景気刺激策として、中所得世帯への所得税大減税や相続税廃止、更には目玉として連邦法人税率を現行35%から15%への引き下げを打ち出しています。この税制改革案は1980年代のレーガン政権を模したものと見られます。そのレーガン政権は1981年に5年で7500億ドル規模の大型減税を決めています。この結果は、財政赤字のGDP比は2.5%から2年で5.9%まで拡大し、長期金利も10%台に上昇、ドル高が加速し、それがプラザ合意に繋がり日本のバブル景気とその崩壊を招いた経緯を持つものです。 

ただ、今次の狙いはアップルやグーグルなど高税率を嫌う米大企業が節税のため海外に資金を逃避させるのを防ぐためと言われています。既に海外にため込んだ2兆ドルもの資金も米国に還流させることを狙っているとされ、この為、海外資金を米国に戻す際の税率は15%ではなく10%と更に引き下げるとしています。

更に、高速道路、橋、トンネル建設等、インフラ投資の拡大で数百万人の雇用を作るといい、大統領選では10年間で1兆ドルというインフラ投資案も提示していますが、これはニューデイール政策を想起させる処です。これら全てが実現を見るなどは難しいことと思われますが、景気を浮揚させるモーメンタムとなる事は間違いなく、因みに11月22日,午前のNY株式市場は続伸して始まり、ダウ平均は一時初めて節目の1万9000ドル台に乗せています。

問題は前述巨額減税と同様、財源です。トランプ氏は「歳入中立で実現する」と主張しており、民間資金を取り込む考えです。インフラ投資の費用を税控除することで民間から資金を集め事業から得た収益を配当などで還元すると演説した由ですが、彼の目論見通りに巨額の民間資金が集まるものか、ですが、その点では彼の税財政案は未だ構想段階と云うものでしょうか。

・再びTPPからの脱退を明言したVTR演説
尚、11月21日、彼はVTR演説を行い(彼は既存メデイアを敵視する一方、SNS支持者に直接メッセージを伝えるスタイルをとるとされているようです)、改めて「米国第一」を訴え、雇用や産業を取り戻すため、貿易については、TPPは米国に壊滅を齎す可能性がありとして、TPPからの脱退を明言、代わりに公平な2国間貿易協定を目指すと発言するものでした。

然し、2国間だけで輸出入のバランスを図る、或いは輸入を抑制すれば国内の雇用が回復すると考えているようですが、これは大きな間違いと言わざるを得ません。
つまり、現下の世界経済では、サプライチェーンは国境を超えて構築されてきており、従って、輸入の制限はコスト高となり、かえって米産業の競争力をそぐことになるのです。何よりも、多国間での自由貿易協定(FTA)はいまや世界の自由貿易を推進する重要なエンジンとされていますが、ここにきて米国が消極的になれば、米国自身が自由化の波に取り残されるという事になるはずですし、結果国民は窮地に追い込まれる事にもなるでしょう。これは歴史が証明する処です。仮にアメリカで一人維持できる産業があるとすれば、それは軍事産業だけというものです。

またエネルギー問題では、雇用創出の妨げとなっている規制を撤廃するとしています。然し、そもそも「ウオール街 寄り」と見られるこうした政策が、同氏の中核的支持層とされる低所得の白人層に支持されるとは考えにくいというものです。
尚、規制緩和でいま最大の注目点は、2008年のリーマン危機後、金融危機再発を防ぐ為、導入された巨大銀行への監督強化を定めた「ドット・フランク法(金融規制改革法)、2010」の行方です。トランプ氏は、この法律で経済成長は鈍化したとして「撤廃」を示唆しており、この点、金融規制の方向が大きな関心事となってきています。因みに11月17日、米議会で証言に立ったイエレンイエレンFRB議長は「同法は金融危機の防止に重要だ」としてトランプ氏に反論、併せて、トランプ氏が目指す巨額減税やインフラ投資についても、米経済は完全雇用に近い水準にあり、大規模な需要喚起策が必要なわけではない、と財政支出拡大にも異論をなす処となっていますが、さて、税財政改革をどう現実策に落としこむか、彼の政権運営の試金石となろうかと、云えそうです。


   [付表]:トランプ氏の「就任100日行動計画」の主な内容
 (日経11月11日)
〇就任初日に実行:
・NFTAの再交渉、もしくは脱退表明
・TPPからの撤退表明
・中国を為替操作国に認定するよう指示
・不公平貿易の洗い出しを支持
・シェールオイルや天然ガスなどエネルギー規制の緩和
・国連の温暖化対策への資金拠出取りやめ

〇就任100日で立法措置
・4%成長に向け、連邦法人税率を35%から15%に引き下げる
・企業の海外移転阻止のための税制改革
・民間投資減税拡大と、今後10年で1兆ドルのインフラ投資
・オバマケアの廃止
・メキシコの資金負担で両国国境に壁を建設


・ウオール街は再び ?
処でウオール街と云えば、Financial Times Nov.18, は`Wall Street looks like a winner under
Trump’と題してトランプ政権でニューヨークは今より魅力的な金融センターになりそうだと、
非常に興味深い記事を伝えています。勿論、トランプ氏のウオール街を意識した政策などは未だ
見当たりませんし、ウオール街も彼を無視しているという状況です。然し、その可能性を4つの
要因を挙げて次のように伝えるのです。

まずその一つは、英国のEU離脱による不確実性です。いま水面下では、離脱の際は少なくと
も一部機能を移転させようと準備しているというのです。そして、インフラや人材の集積、柔軟
な労働基準などの点で、金融幹部らは、他の欧州の都市よりは、米国がより良いと考えていると
いうのです。英中銀のカンリフ副総裁は先月の上院で、「ロンドンに代わる金融都市の機能が欧
州に出てくるとは思えない」と発言したというものです。次に、規制と政治環境を挙げています。
つまり、ロンドンが規制緩和でニューヨークからビジネスを奪っていった話は過去の話。リーマ
ン・ショック以降、正しい判断だが英国当局は銀行税導入などの改革を行った。米国でもドッド・
フランク法の施行で規制強化が行われたが、銀行バッシングは後退しており、トランプ氏は同法
の撤廃にとどまらず、ウオール街の人材の登用を検討しているという事です。
もう一つは、米銀財務の健全性を挙げるのです。この数年、バランスシートの整備や資本増が進み、欧州は後塵を排しており、世界では米国勢が勢いを増しているというのです。そして最後にトランプ氏の予想されるリフレ政策で、成長が続きそうな米経済、がその要因とするものです。

勿論、トランプ政権で米国に社会不安が生まれ、また地政学的な不安定性が増したりすればそうはならないでしょうし、トランプ氏は借金ブームをつくり、破たんするかもしれないが、というのですが、極めて興味深い指摘です。何せ、今経済で重要なことは「アニマル・スピリッツ」だと言われていますが、これが今、頭を擡げウオール街を活気付けようとしていることだと指摘する、実に興味深い観察です。

以上、税制や経済政策だけ見れば米保守派、共和党伝統のビジネス重視と云えるもので、有権者との「契約」として100日で実現を目指すとするものですが、「強力な米経済」は保護主義と表裏一体である点で、その具体的推移は注目される処です。というのもそれが行き着くところは世界貿易の停滞に繋がり米国経済も傷を負う恐れがあるという事です。但し、そうした世界経済の先行きや全体像を彼自身、未だ語ることはありません。

さて、トランプ氏と共和党が本気で孤立主義に走れるか、ですが、もしそうであれば日米の通貨、通商摩擦が一気に噴き出す事態も否定できない処です。勿論、成長とビジネス重視からはそんな状況は避けられるという事でしょうか。彼自身もまだ進むべき道が分かっていないと云うのが現実ではと思うのです。

(2) 反グローバル化は正義なのか

処で、トランプ氏は前述通り「米国が直面するすべての問題の根源は、貿易の自由化と移民にある」と主張し、従って自由貿易の枠組みの多くについて廃棄ないし見直しを主張してきいます。勿論、それは反グローバル化であり、孤立主義に通じるものですが、さて、そうした彼の言動が正義と云えるものか、極めて違和感を禁じ得ません。というのも本来は、生産性の問題であり、従って国内経済のシステムとの関係で語られるべき問題のはずですが、彼の論理の中には、その部分が見えてこない事にありました。

・米ステイグリッツ教授の示唆
その点米ノーベル賞経済学者のJ. Stiglitz氏 も、そうした彼の言動について同様な趣旨を以って次のようにコメントしていましたが、それは筆者の疑問に応えてくれるものでした。

つまり、米製造業は、貿易が自由化されなくても空洞化が進んでいたと云うのです。そして、世界中で製造業による雇用は減少傾向にあるが、これは生産性の向上が需要の拡大を上回って進んでいるためだというのです。
更に、貿易協定についても、交渉が合意に至らなかったケースはあるが、これ等は交渉相手国の事情と云うよりも、米国が貿易交渉を進める際、ISDS条項(注)を導入するなど企業の利益確保を優先してきた為で、実際米国企業は貿易交渉の成果により利益を上げてきている。問題は企業が得た利益が自由貿易協定で不利益を被った米国民にもいく、云うならばトリクルダウンを誘導するような手立てがあるはずなのに、それを妨げて来たのは共和党だ、とも云うのです。
(注)Investor-state dispute settlement :投資先国の政策変更で企業が不利
益を被った場合、その政府を訴えることができるという条項

要は、本質的問題は生産性の低下であり、所得再分配政策の欠落にあったとするものです。が、同時に政治家が、全ての人たちの繁栄を約束するものとして掲げた貿易の自由化や金融の自由化などの改革は、結果的にはなんの成果も齎す事がなかった事で、一般市民は、「既成の政治家たちは事態をよく理解していないか、嘘をついていたかだ。」と結論付け、その結果がトランプ氏の選出となったと分析していました。
そこで、同氏は過去40年間、多くの経済政策に適応してきた新自由主義的な市場に任せる事
が得策としてきた理論はまちがっていたと断じ、この際は 一般市民に利益が確実に及ぶように、経済のルールを改めて書き換える必要があるとし、包摂的な枠組みを擁し、提言しているのです。尚、ここでは、参考まで当該項目(注)のみ紹介しておきたいと思います。

(注)J. Stiglitz 教授の変革への提言  
    ― What America’s Economy Needs from Trump , Nov.13 ( Project Syndicate )
〇投資促進、特にインフラ及び基礎研究を進め、長期的繁栄を確保すること。(驚くべきは基礎研究
への投資額のGDP比が半世紀前よりも低位にある事と指摘する)
〇炭素税への三つ対応:「二酸化炭素排出規制問題」,「環境浄化」、そして「環境金融」
〇所得分配の改善への包括的アプローチ:最低賃金の引き上げ、強力な労使交渉権の導入、交渉
能力の強化、CEO報酬の抑制。
〇市場の集中化を生む規制の見直し
〇米国の逆進税制の見直し―キャピタルゲインに対する税制の見直し。
〇この他、(トランプ氏が触れることのない)教育の機会均等。公的学校の整備は不可欠と。

・規制と寡占化が齎す経済格差
尚、こうした経済格差形成の姿を行政的視点からみても、一義的にグローバル化の所為とは言い切れない処と思料されるのです。例えば、知的財産権を巡る規制が、製薬業界に薬価を引き上げる決定力をより強める一方で、企業が市場での支配力を強めれば、それは事実上、賃実質賃金の引き下げにつながってきたというものです。つまりは格差の拡大であり、いまこのことが大半の先進国の特徴となっている処です。

また、多くの産業で整理統合が進み、一部産業では寡占化が進み、その結果企業の市場での支配力が強まる一方で、競争環境が後退し、結果、経済が停滞し実質賃金は低下することになるというものです。加えて、緊縮財政によって多くの中間層、低所得者の労働者が頼りにしている公的支援の予算が削減され、これらが相まっての結果が格差問題となるのです。つまり経済格差拡大の本質問題は競争を制限している規制の存在がある事、そして、こうした労働者の経済的基盤が不安定化してしている処に移民問題が加わり、事態は更に悪化したと、思料する処です。本来であれば、こうした切口をもって具体的な対応策を提示すべきを、それを欠いていることで、彼の論理は、その正義を失っているものと思料するのです。つまり、トランプ氏のロジックは正義とはなりえないという事です。

以上を総括して、米経済について言えることは、産業力としての生産性の向上、もう一つは経済の合理的な競争環境の整備、という事に尽きるのではと思料するのです。


2.トランプ・ショックと日本の可能性

・トランプ氏の対日批判
周知の通り、トランプ氏は「アメリカ第一主義」を掲げる一方で、米国に不利な結果を齎してきている国際協定や取り決めなどについては、見直すか、撤廃するか、その可能性を指摘しています。まさにトランプ・ショックです。そうした文脈において、日本については為替の「円安誘導」を批判する一方、日本が成長戦略の柱として、これまで米国と共に進めてきたTPPについても、前述の通り、米雇用を奪う日本企業から守る為、としてTPPからの離脱を明言しています。 更には日米安全保障条約に絡んでは、日本のただ乗りを批判し,在日米軍の駐留経費の負担増を求めるなど、しています。 云うまでもなくこれら指摘は現状認識を欠くものであり、今後とも彼には事実認識と理解を求めていく事が必要と思料します。一方、アメリカが安全保障問題、同盟関係についても内向きになっていく事となれば、まさにGゼロ時代の深耕とも云え、日本としては、こうした新たな国際環境を受け、これまでの政策の見直しと、合理的な政策の再構築が不可避となる処です。もとより、これが言うなればアメリカ頼りの政策姿勢からの脱皮を図る絶好の機会であり、同時に世界の中の日本の在り方を考え直す機会とも映る処です。

(1)いま日本の出番

まず上述、円安誘導批判ですが、安倍政権の政策が円安誘導するものではないとしても、金融緩和による円安に経済財政再生の多くを託してきたのは事実であり、それがオバマ政権の理解を得て成功してきたとも評されている処です。然し、次期政権ではそれが通用しないことが想定されており、とすれば過去4年近きに亘るアベノミクという経済政策の出直しが迫られることになる処、これを機会に改めて日本経済の現実と論理を再検証し、新たなコンセプトを以って世界にも受容される政策の再構築を目指すべきというものです。

次に、貿易(注)についてですが、日本としては、貿易の自由化促進こそが成長戦略の柱として米国と一緒になってTPPを進めてきており、日本では先の国会衆院で承認されています。

(注)2015年、日本の輸出入先トップ5:(カッコ内シェアー)財務省統計
    輸出先:米国(20.1%)、中国(17.5%)、韓国(7.0%)、台湾(5.9%)、香港(5.6%)
    輸入先:中国(24.8%)、米国(10.3%)、豪州(5.4%)、韓国(4.1%)、サウジ(3.9%)

そのTPPについては、先に触れたように、トランプ氏は大統領就任時、TPPから撤退する旨を明言しており、更に「米国に仕事と産業を取り戻す公平な2国間の通商交渉」を目指すともしています。要は2国間交渉を通じて自国に有利な条件を引き出すとの考えの由です。

実は、11月19日、ペルーで行われたAPEC総会にあわせて行われたTPP参加国首脳会議では、米国を含む12か国がひとまずTPP存続へ協調する方針を確認したものの、21日のトランプ発言で多国間協定となるTPPの命運は決定的との状況にあります。これの意味するこことは貿易の自由化の後退ですが、中国に対抗する主軸となるはずだったTPPの行き詰まりは、外交や安全保障体制にも大きな影響を及ぼす処となったというものです。 もちろん、TPP
のほかに日中韓やインドが交渉するRCEP(東アジア地域包括経済連携)もあり、又米国抜きでのTPP再編成も残された選択肢ですが、いずれも難航の状況を呈しています。

然し、そうした環境こそは日本の出番と映ります。つまり、日本は自由貿易を生業とし、FTA,多国間貿易の上に立って成長してきました。従って2国間でのバランを規範とするとなると極めて不都合になる処ですが、こうした行動様式は結果として世界経済の縮小にもつながる処と考えます。とりわけ資源国とのバランス問題はその典型です。であれば、この際は経済安保の視点をも含め、日本が主導し、自由貿易圏づくりに動くことを目指すべきではと思料するのです。もとより世界的にも意義ある処と思料するのです。云うまでもなく、自由主義に立ったシステムとしての「円経済圏」の創造です。トランプ・ショックを奇貨とした、いま日本の出番がそこにあるというものです。

(2)日本の安全保障対応

次に問われるのが、新たな国際環境の下での安全保障問題でしょう。トランプ次期大統領は日本をフリー・ライダーだと批判しています。云うまでもなくそれは誤解で、在日米駐留軍経費の約75%は日本が負担しているのです。これはドイツの30%を上回る十分な負担です。
[(注)日本の防衛予算5兆円の内、在日米軍関係費は約1割]
然し、内向きを強める米国としては、日本の防衛への関与を減らそうとするでしょうし、従い更なる経費負担増を求めてくることが予想される処です。そうなると現行日米安保体制、つまり軍事的側面については米国が、経済的側面では日本がと、役割分担で進んできた日米間の条約関係をどう考えていくかが問われることになるのでしょうが、日本としてはあくまでも経済力をベースとした安全保障体制を日米同盟の中でいかに合理性を与えていけるかが改めて問われる処と思料するのです。

結論を先に言えば、日米同盟は依然ベストと思料するものです。つまり、日本の政治環境からすれば、直線的に日本の国防強化、軍事力強化を問う話にはなりえません。但し、日本としては自由で開かれたルールに基づいた国際秩序の維持が最優先事項となる処ですから、台頭する中国とどう向き合うかという問題も含めていくとき、依然日米同盟はベストな選択と思料するのです。そこで問題は、であれば何故、米国が必要なのか、改めてきちんと考える事が必須となる処です。同時に日本として能動的にアクションが取れる体制を整えていく事も必要と思料するのですが、云うまでもなく、これらは日本としての外交の在り方を再定義していくというものです。

予て対米従属からの脱却をと、叫ばれて久しい処ですが、日本自身のビジョンが全く議論されることがなかったことで、相変わらず「米国はどうなる」と云った、つまりは受け身の対応に終始してきた姿がありました。が、内向き指向のトランプ政権の誕生を奇貨として、この際は、日本として自律的な外交を、そして、その為にも、これまでの発想にとらわれることなく未来を見据えた経済再生戦略を以って持続可能な経済としていく事、を改めて目指すこととすべきと思料するのです。そして、今、それが必要となってきた、そうした環境にあると思料するのです。


おわりに 2016年 世銀報告
―グローバリゼーションの恩恵とinclusive capitalism

・世銀報告:「Poverty and Shared Prosperity 2016」(貧困と繁栄の共有)
前述来のとおり、先進国での経済格差拡大、不平等の進行が語られいま自由貿易に背を向け、反グローバル化に向かっている処ですが、折りしも世銀が10月2日付で公表した「貧困と繁栄の共有」にかかる年次報告書(Taking on Inequality)は、そうした通説を覆す内容となっています。
それは「2013年、1日1.9ドル未満で生活する最貧困層の数は約8億人。これは2012年に比べ約1億人減少したことになる。グローバル経済の動きが鈍い中、各国が貧困を削減し、繁栄の共有を促進したことは注目に値する。これは世界全体で見た格差は1990年以降、一貫して減少していることになる。・・・2030年までに極度の貧困撲滅の世銀目標に向かってやるべきことは明らか」と云うものです。

つまり、グローバル経済が相応の成長を果してきた結果、途上国で見られたこれまでの経済格差
が狭まってきたと指摘するものです。そしてグローバル経済の成長を再び加速させ、格差解消をと、その連携強化を通じて包摂的な成長をと、世銀キム総裁は世界に呼びかけるのでした。

・Inclusive capitalism
実は、本レポートの精神と同じ軌道にあるのが今年9月、中国で開催されたG20サミット会合
でした。そこでは、中国習近平主席が議長となり、4つの「I」(Innovative, Invigorated,
Interconnected, Inclusive)をテーマに、会議を主導し「Inclusive Growth (包摂的な成長)」と
いう考え方を初めて打ち出され、成長の果実をどう分配するかについての議論を始め、G20首
脳宣言では、政策協調の強化を図ることとし‘強固で持続可能な均衡ある包摂的な成長
(Inclusive growth) の達成’ を目指すと謳い上げたのです。そして、11月20日、Limaで開催の
APEC首脳会では、安倍首相は、保護主義に対して初めて包摂的成長という言葉を擁し「包摂的
な成長をもたらすような経済政策で乗り超えるべき」と主張しています。(日経11月21日、夕)

そこには先進国と途上国との間に協調機運の高まりがあり、世界経済の生業が構造的に変わり
だした事を示唆する処です。偶々、11月16日、NHK 国際放送TV 、NHK WORLD の番組
Direct talk ‘Steering the World Economy’に出演したOECDのAngel Gurria事務総長も再び
inclusive growth を展開し世界経済の新しい発展を目指すべきと主張するのです。

一方、10月号弊論考で紹介したようにビジネス・セクターでも現下の市場経済がもたらしているズレを正し、経済活動の成果が広く浸透していくような資本主義、曰く、Inclusive capitalism(包摂的資本主義) の推進を目指す活動が3年前に英国で始まり、この10月にはNYで3回目の会合が持たれ、大きなうねりとなってきています。上述経緯に照らすときInclusive capitalismが、ポスト・モダンの資本主義と映る処です。
筆者畏友の言を借りるとすればInclusive capitalism とは、‘資本対労働’あるいは‘国家対市場’という視点で捉えるのではなく、全員参加で考える経済行動と言え、それは格差問題で云えば、税制改革、教育等公共政策の拡充など政府の介入も必要でしょうが、それだけではダメで、それ以外に個々人の、社会の、effortsでできることがあると示唆するというものです。さて、inclusive capitalism のコンセプトを如何に実践に移していけるか、今後の展開の如何ですが、期待される処です。

さて、本稿冒頭でも触れたようにいま世界は「フラット化する世界」と先進国に見る「不平等化する社会」が並走する状況にある処ですが、この際、強調しておきたいことは、とにかく経済を外に向けて開けば、閉じた時より機会が増え、しかも多様な機会が生まれるという事です。
そして、機会が多いほど人々の暮らしはよくなるという事なのです。・・・・・・・・・・・
No country is an island ! なのです。
以上
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2016年10月26日

2016年11月号  高まる ‘反・新自由主義’の潮流と、日本経済の可能性 - 林川真善

はじめに:脅威にさらされるグローバル資本主義

雑誌「三田評論」10月号で、この夏、87歳で亡くなったアルビン・トフラーを悼む慶大名誉教授、佐野陽子氏の寄稿エッセイを読みました。A.トフラーと佐野陽子氏との接点は、1990年11月30日、慶大はトフラーに名誉博士号の授与を決定したのですが、その学位授与式に招かれた彼が同大学を訪問した際、当時、慶大商学部長にあった佐野陽子氏がトフラー夫妻を迎える立場にあった事が縁だったという事ですが、その際の同夫妻の好印象を、彼らの著作(最後の著作「富の未来」は夫婦の共著)の先見性と併せ記し、回顧するものでした。

A.トフラーと言えば1980年刊行の「第三の波」で未来学者としての名を不動のものとしま
したが、インターネットが出現する20年も前に情報化社会を予言したということで注目を集めた事は周知のところです。続く「パワーシフト 21世紀へと変容する知識と富と暴力(上)(下)」(1990)、「富の未来(上)(下)」(2006)を通じて2050年までの未来予測を行っていますが、少なくとも、21世紀に入るまでの世界経済は、彼が予測していたように情報通信技術の革命的な進歩を背景にグローバル化という名の一大発展を遂げてきました。因みに、2005年、T.フリードマンが著した世界的ベストセラー、‘The world is flat,2005’、「フラット化する世界」で描かれていた経済活動の姿はキラキラ輝くものでした。

それから十年、今、欧米先進諸国では自由貿易反対、グローバル化反対の運動が巻き起こってきています。その最大の理由は、欧米諸国で起きている所得格差拡大問題です。そしてその背景にある低賃金外国労働者の移入で雇用(機会)が奪われることへの不平不満、これら全てがグローバル化の進行に因るものとして、移民の受け入れ反対、自由貿易の反対と、グローバル化ストップ運動がおこっており欧米諸国ではいま、保護主義、排他主義へと内向き姿勢を強める状況にあります。云うまでもなくこれら動きはグローバル資本主義にとっての脅威と映る処です。

・Why they’re wrong(反グローバル化行動は間違い)
こうした反自由貿易、反グローバル化の動きに対して, The Economist誌(10月1日)は、その巻頭言で‘ Why they’re wrong ―Globalization’s critics say it benefits only the elite. In fact, a less open world would hurt the poor most of all ’と、反グローバル化の動きを厳しく批判しています。

つまり、グローバル化について、その恩恵がエリートばかりに向けられるものと批判されているが、開かれない世界こそは困窮者を更に貧困に向かわせることとなり、反グローバル化行動は誤解による誤った行為と、批判するのです。勿論、問題点があるならば、それはそれとして、きちっと手を打つべきで、グローバル化の流れの悪い処を見直すのと、流れの方向を180度変えることとは天と地の違いがあると強調。同時に、グローバリゼーションが大企業と金持ちにしか恩恵が回らないとする話は完全な間違いだと、切り捨てるのです。

更に、米ピータソン国際研究所の調査結果をベースに、世界の貿易と投資活動が、いかに多くの経済の底上げをしてきたかを検証し、グローバル化に懐疑的な欧米市民に対して、欧米諸国も自由貿易の恩恵に浴しているのは議論の余地のないこと、これとは対照的に保護主義者は消費者に痛みを強い、労働者にはほとんど利点がないことを指摘するのです。そして、経済を外に向けて開けば、閉じた時より機会が増え、しかも多様な機会が生まれていき、機会が多いほど人々の暮らしはよくなると主張するのです。その瞬間、かつて耳にしたNo country is an island. (どの国も孤島のままではいられない)の言葉を思い起こすのです。
そして、1840年代以降、自由貿易論者たちは、閉鎖的経済は権力者を有利に、労働者階級を不利にするものと考えてきたが、その主張は当時、正しいしかったし、今も正しいと、言って締めるのですが、少なくとも、その言、今の米大統領候補二人に届けと思うばかりです。

というのも周知のとおり、現米大統領候補の二人はいずれも自由貿易反対を標榜する立場にあり、一般市民が政治に向ける不平不満に応える、まさにポピュリズムのお先棒を担ぐ様相にある処ですが、とりわけ、トランプ候補の場合、多くの点で支離滅裂、非論理的ながら、貿易については外国との不公正な競争で国内の雇用が失われたとして、現行NAFTAの廃棄、TPP加盟反対、さらには中国と貿易戦争を始めるとまでいうのですがこれには、一瞬身を引く処です。一方のクリントン候補も自身がかかわってきたTPPに反対を表明、信用を落としている処です。
これら言動は一言で言って、これまでの米国経済の発展を裏打ちしてきた政策規範ともいうべき新自由主義的市場主義の否定であり、詰まる処、反・新自由主義というものです。

ただ、トランプ候補が、こうした言動にも拘わらず、クリントン候補と対峙できる大統領候補として居続けられる事情には、彼の米経済に係る批判発言は、実はその現状診断も、その処方箋も間違ってはいるのですが、まさに現在の米経済が抱えている問題点を突く処であり、またこれが一般市民の不満に応える処でもある点で、今日の米経済が抱える問題を浮き彫りする処となっているのです。とすれば、今の経済の在り姿では限界がある、という事を示唆しているものと思料される処です。
 
そこで上述Economist誌の批判を踏まえながら改めて、トランプ候補を支えてきたとされるアメリカン・ポピュリズムの本質を捉えなおし、併せて、新たな大統領選出でグローバル環境の生業も大きく変わっていく事が予想される処、グローバル経済との連携深化を不可避とする日本経済としてはいかようにポジションを確保していくのか、この際は、日米関係にも照らしつつ、三つの‘いま’を切り口に、その可能性を米経済学者J.ステイグリッツ氏の日本経済への提案とも併せ、考察していきたいと思います。  
(2016/10/25)
   
目   次

1. いま、行き詰まる新自由主義経済   --- P.4

(1)いま、米経済成長の規範を揺るがす反自由貿易
  ・トランプ候補とアメリカン・ポピュリズム
  ・ルールの変更
(2)消去法で生まれる?米大統領の意味
(3)いま、問題は世界貿易の鈍化
  ・世界貿易の現状

2. いま、グローバル・コンテクストで質す日本経済の可能性 –P.7

  ・カウシック・パスーの示唆
(1)いま、国際環境としてのTPPと、日本経済の可能性
  ・TPP (環太平洋経済連携協定)
(2)いま、J.ステイグリッツ教授が提案する成長戦略
  ・A better economic plan for Japan by J. Stiglitz
(3)地球温暖化対策「パリ協定」の批准
  ・green finance (環境金融)

おわりに:いま、気がかりな安倍政治、再び  --- P.11

(1)ノーベル賞受賞の大隅良典氏が示唆すること
(2)安倍晋三首相の右傾化を質す

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1. いま、行き詰まる新自由主義経済

(1)いま、米経済成長の規範を揺るがす反自由貿易

・トランプ候補とアメリカン・ポピュリズム
前述の通り、かつて泡沫候補とされていた共和党トランプ候補が、民主党クリントン候補と接戦を以って今次の大統領戦に今日まで居残り得た事態こそが米経済の抱える構造的な問題の所在を語るものと言われています。大統領候補の二人はともに自由貿易反対の旗を掲げていますが、
とりわけトランプ候補については、これまで政府が進めてきた経済の自由化政策が、いかに国民生活を圧迫してきたかと、強硬な批判を展開したことで、多くの市民の心を動かし、それがトランプ支持に廻ったとされる処です。

その批判とは、20年来一般労働者階級の生活水準が劣化してきた事、しかもその困窮度が高まってきており、その背景をなすのが経済格差の拡大にあるとするものです。これまで進められてきた貿易の自由化、金融(銀行)の自由化の結果、企業の海外転出が進み、国内的には雇用機会の喪失、雇用者所得の減少が進む一方で、資本家・企業経営者にはそうした政策効果(所得)が集中し、所得格差が拡大してきた事が大きな問題と。これは政府が約束してきた自由化政策の恩恵が広く国民に及ぶとする、いわゆるトリクルダウンの効果にあずかることのできない約束違反であり、全てはそうした自由化政策に原因があると、政府批判を強めるものでした。

勿論そこには誤解もあります。例えば、国民生活の疲弊は、産業の空洞化、雇用の海外流失、等に負う結果であり、それを促してきた貿易の自由化がすべての原因と、彼は自由化反対の旗を掲げています。が、少なくとも自由化が進むことがなくても米国の産業は空洞化してきたはずで、全てを自由化が原因とするには無理があるのです。つまりは生産性の向上が需要の拡大を上回ってきているからです。また、金融の自由化についても一部経営者にその恩恵が集中しているとして、声高に訴えていますが、今ではグラス・ステイーガル法の廃止を訴えるなど一貫性に欠ける処です。が、とにかく、技術変化の波の中で仕事が消え、地域では相互扶助機能も低下する、こうした事の痛みのわからない政権や議会への市民の怒りが、エリート批判と反自由貿易を重ね合わせ批判する政治家、トランプへ支持が転化したというもので、まさにアメリカン・ポピュリズムの形成を見る処です。

以上は、彼が大統領候補として居残り続け得た事情ですが、そうしたプロセスの中、それが示唆することは、これまで米経済の成長規範とされてきた、いわゆる市場機能を中核に置いた新自由主義経済では回らなくなってきたこと、つまりは新自由主義経済の行き詰まりと云えそうです。
と同時に、彼の挑発的ともされる言動が、結果として現在の米国が抱える問題の所在をクリアーにし、今求められる改革の方向をすらも示唆する処ともなったと思料されるのです。

・ルールの変更
因みに、こうした環境にあって米経済学者Stiglitz氏は(注)、過去40年間、多くの経済政策に適応されてきた新自由主義とされる、市場に任せることで進んできた資本主義の論理は通じなくなってきたと理解し、つまりGDPこそは拡大してきたものの、これが格差拡大の犠牲の上に成り立ってきたことを自覚し、そこで、経済のルールを改めて書き変えることが必要になってきたというのです。そして、その際は一般市民に利益が確実に及ぶように修正する必要があるともいうのです。これなど、言うなれば制度的イノベーションという事になるのでしょうが、これも政治的イニシアテイブ、政治的努力、が必要となる事、云うまでもありませんが、未だ明確なシナリオは見えません。(注:J. Stiglitz, Rewriting the Rules of the American Economy,2016)

(2)消去法で生まれる?米大統領の意味

そこで問題とされるのが新大統領のキャパシテイです。因みに、米国政治の百年を返り見ると、1920年代にはT.W.Wilson大統領(第28代、1923年)が, 1930年代にはF.D.Roosevelt大統領(第32代、1933年)が、更には1960年代にはJ.F.Kennedy大統領(第35代、1961年)が, 夫々、時代の要請に応えるべく進取の新しい世界観を以って米国を、同時に世界をけん引していった、そういった政治家を頂いてきたのです。時に世界の進むべき方向を語り、時に国家経済の枠組みの在り方を語り、更には宇宙への夢を語り国民生活の進化を進めてきたのです。

ですが現状、いずれの候補も前述のように、自由貿易の拡大を目指すTPPには反対、一方金融規制のグラス・ステイーガル法は廃止と、とにかくliberal な資本主義を枠組みとしてきた、つまり新自由主義的とされてきた経済システムの現実を否定する事はあっても、また米国一国の利益について語ることはあっても、米国をどういった国にしていこうとするのか、高い理念を以って引っぱっていく気概など窺えることはありません。 
勿論、二人のいずれかが11月8日には米国大統領に選出されることになるのでしょうが、ありていに言えば、それが消去法で大統領が決まるのではと観測されている処、米国大統領が消去法で選出される事など米国にとり、また米国民にとっても実に不幸の極みと思えてなりません。世界にとっても然りというものです。この点、大統領選が終わっても不透明な環境は続くものと見られますが、それだけに新大統領はどういった政治を目指していくのか、関心は深まる処です。

(3)いま、問題は世界貿易の鈍化

処で、これまでの世界経済発展の主軸となっていたグローバリゼーション、この経済の行動規範が今問われだしている状況にあるわけですが、それでもグローバル化の潮流が絶え間なく強まっていくとするならば「いずれは恩恵が感じられる筈」と説得できるというものです。然し、そのグローバル化の推進役の筈の貿易が、ここにきて大幅に鈍化してきているのです。問題です。

・世界貿易の現状
WTO(世界貿易機構)によると、9月時点での2016年の世界貿易(量)の予想は、前年比1.7%増と、4月時点の予想である2.8%増を大きく下回る予想となっています。リーマン・ショック直後の2009年以来の低い伸びとなっているのです。2017年の世界貿易(量)もはかばかしい回復は見込めず、現時点では1.8%~3.1%の伸びにとどまる見通しで、4月時点の予想であった3.6%を下回るとしているのです。

こうした見通しの背景にあるのが、何としても先進国経済の低迷です。つまり先進国の需要低迷を起点に、新興国の輸出が頭打ちとなり、資源・エネルギーなどへの需要停滞が国際商品価格の下押しを起こしている状況にある一方で、景気を下支えする為の金融緩和が進められれてきたことで、マネーだけが溢れる状況が続くと言った環境にあることが問題とされる処です。
IMFは10月8日の国際通貨金融委員会(IMFC)で「保護主義などの内向き志向の政策が(世界経済の)見通しを脅かしている」とする共同声明を採択していますが、まさにこの点を警告するものです。それは詰まる処、長引く低成長が続く中、経済格差が広がり、グローバル化にあらがう動きが強まっている事への懸念を表わすもので、その日、記者会見したラガルド専務理事は「あまりに低い成長が長く続いており、恩恵がほとんど行き渡っていない」と指摘すると共に、「金融政策だけでは持続的バランスのとれた成長は実現できない」と、各国に財政出動や構造改革に取り組むよう促すのでした。(日経10月10日)

要は、いま脅威となっている保護主義、反グローバル化の動きは、各国経済の回復次第とする判断があって、各国連携ある政策対応を求めると云うものでしたが、因みに英紙Financial Times ,Oct.6は、社説を通してBoosting economic growth is the best way to encourage global trade.と、経済成長こそが貿易を活発にすると訴えるのでした。いずれにせよ自由貿易を否定して豊かになれるわけはないでしょうし、世界とつながることで企業も個人も成長するのです。

然し、世界の貿易環境、通商交渉はいま大きく滞っているというのが現実です。例えば、EUと米国による環大西洋貿易投資協定(TTIP)の交渉は、オバマ氏任期中の合意は絶望的とされ、また日米韓を含む16か国による東アジア地域包括経済連携(RCEP)の交渉の合意も来年以降に持ち越しの見通しです。更に後述するTPP問題も然りです。然し、こんな時こそ自由貿易を指向する日本にとって、まさに‘出番’ではと思料するのです。
つまり、いつまでもアベノミクスという呪縛に捕らわれることなく、世界の自由貿易の牽引役となって新たな日本の立ち位置を築いていく、それをミッションとして行動を起こすべきと思料するのです。もとより、それには強い信念と説得力ある行動が求められる処です。

2.いま、グローバル・コンテクストで質す日本経済の可能性

・カウシック・バスー(注)の示唆
「見えざる手をこえて」(Beyond the invisible hand, 2011)の著者カウシック・バスーは日本語版(2016年8月、NTT出版)への序文で、次のようにアドバイスするのです
(注)カウシック・バスー(Kaushik Basu):世銀副総裁・主席経済学者、
現在 コーネル大教授、(1952年、インド・コルカタ生まれ)

「この20年の間、日本経済は以前の活力を取り戻せずに苦しんでいる。ごく最近、金融緩和、財政拡大、構造改革を含む政策の3点セットが実施された。日本の経済はこうした対策になかなか反応していない。どんな社会も、変わりゆく課題に適応しつつ対処しなくてはならず、日本の場合、例えば人口が急速に高齢化し、女性の社会参加が不十分である。日本がこれから歩む道は他国が足を踏み入れた事のないものであろう。最適な政策を見つける為には、主流派の経済学をこえて、本書(見えざる手をこえて)で取り扱う社会的・制度的システムを見据える必要があるだろう」と。

彼の云う‘主流派の経済学をこえるシステムの枠組み‘とは、先進国に対して、途上国を包摂する寛容な政治経済の枠組みの構築を目指し、その為に途上国がグローバル資本主義を受け入れる条件を整えること、にあるのですが、それは突き詰めれば、グローバル化と民主主義の共存を説くものですが、これが前月号論考で紹介したinclusive capitalism に通ずる処です。そこで、かかる視点から日本経済の可能性を以下、質していく事としたいと思います

(1)いま、国際環境としてのTPPと、日本経済の可能性

上記、バスーのアドバイスに照らし、日本経済の可能性を探る有力な切り口の一つは、現下の国際関係、とりわけ米国との関係に於いてその可能性を質すことにあると思料するのです。現在、11月8日の米大統領選挙に向けて二人の候補が火花を散らせていることは周知のところです。

と言っても前述したとおり、その選挙戦は「The debasing of American politics」 (The Economist, Oct.15) の言葉、「底割れするアメリカ政治」が表紙を飾るごとくに、極めてレベルの低いものとなっていますが、この二人が共に自由貿易に反対の立場にあることが問題です。つまり彼らは、自国主義、更には排他主義に陥りかねず、それでいて、米国を偉大な国に、と叫ぶのですが、日本にとっては極めて重要かつ重大な問題を投げかけているというものです。
その具体的イッシューとなるのがTPP問題です。勿論、二人は共にTPP反対を主張しているのです。特にクリントン候補はかつて国務長官時代、TPPを推進する立場にあったのです。

・TPP(環太平洋経済連携協定)
TPPは周知の通り太平洋地域12か国が大筋合意(本年2月署名)した貿易協定で、参加国の合計人口は約8億人で、EU単一市場の人口(約5億人)より6割多く、国際貿易に占めるシェアーは40%に上る存在です。つまり、日米のみならず参加国にとって世界大の大きな機会を得ることになるのです。その点も併せ、世界における米国の指導力を示す最も重要な試金石の一つにもなっていたのです。 然し、上述の通り11月8日、大統領に選出される候補のいずれもがTPPに反対の立場にあり、では、オバマ現大統領がTPP発効に必要な承認を任期中に議会から得られるかと云うとこれも見通しは立っていません。勿論、新大統領の就任までのレームダック議会で、その承認が取れれば、クリントンにとっては、あれはオバマがやった事として、かわすことができるという事にはなるのでしょう。(注)
(注)TPP発効への仕組み:今年2月の署名から2年以内に発効しなかった場合、域内GDP
の85%以上を占める6各国以上が国内手続きを終える事で発効する仕組みとなっている。
従って日米が承認しなければ、発効しないまま永遠に漂流し続けることになる。尚、TPP
加盟12か国中、承認案を議会で成立させる必要のある国は、現時点で、日米のほかメキシ
コ、ペルー、チリ、ベトナム。

仮に、TPPがとん挫することにでもなれば、つまり、米国が批准することがなければ、いま中国がアジア地域の覇権国として、米国にとって代わろうとして動きを強めている時だけに、その影響はアジア全域に及ぶことになるというものです。言い換えれば、米国の行動は、成長市場アジアでの貿易、経済のルールを決めていく権利を事実上、譲り渡すことを意味するというもので、もはや経済という事よりは安全保障問題に事態は変質していくというものです。

勿論、日本国内でも米国が参加しないなら日本の参加は意味がないと言う向きもありますし、殊、産業界にあってはTPP加盟による産業の淘汰、労働者へのマイナス効果、等々があるとしてTPPに反対するグループはある処です。然し、この際は、米国の去就に関係なく、自由貿易の重要性と経済安全保障の視点、地政学的要素も踏まえ、日本としては目下、国会に提出中の批准法案を早急に承認し、近隣民主主義諸国との結びつきをより深め、これを好機として経済発展を共に図っていく、そうした戦略姿勢を強く世界にアッピールしていくべきではと思料するのです。 

そして、TPP参加で予想される上述指摘の問題に対しては、例えば、失業などの不利益を被った個人にたいしては、政府は職業訓練などを通じて再就職をきめ細かく支援すると云った重層的な対応を図っていくことが求められる処です。同時に、中長期的視点から、構造改革対応として、要すれば加盟国をも組み込んだ戦略的対応を図っていくことも必要と、思料するのです。それこそはまさにinclusiveな対応というものです。

(2)いま、J.ステイグリッツ教授が提案する成長戦略

米国のノーベル経済学賞のステイグリッツ教授は、この5月、日本でのG7サミット開催前、安倍晋三首相の要請を受け、日本経済を巡る政策運営について助言を行った学者の一人ですが、その彼が9月14日付でSyndicate project を通じて、日本経済の再生には現状の政策より「素税の導入」が解決策になると提案しています。そのキー・ワードはグリーン。 それは、後述、第(3)項「パリ協定」の批准と併せ考えるとき、彼の提案は日本経済への提案ながら新しい国際環境に応えていくtimelyな提案とも云え、そこでステイグリッツ提案についてレビューしていきたいと思います。

・A better economic plan for Japan. by J. Stiglitz 
ステイグリッツは、これまで推進してきた政策(注:アベノミクス)では、インフレ目標(注:2%)も達成できなかったし、経済が成長に向かうという信頼感を回復することも、経済成長を望ましい水準にまで押し上げることもできなかったと分析すると同時に、日本は供給サイド、需要サイドの両面に問題を抱えている事、また実体経済においても、財政面でも問題があるとした上で、これら問題に取り組むためには、日本の政策立案者たちがこの数年採用してきた政策よりも、もっと実効性の高い経済活性化策が必要と、以下提案するのです。

まず、「a large carbon tax」, 大規模な炭素税の導入を進める事、と同時に「green finance」(注)を整備する事、で経済の改善に向けた大規模な投資が促進されるとするのです。(注:green financeとは、二酸化炭素の排出が少ない社会の実現のための取り組みに資金提供すること)
尚、こうした投資促進が結果として、通常の経済活動の資金が吸い上げられるとか、炭素税導入によって「carbon assets」炭素資産の価値低減という逆資産効果を招くといったマイナス効果が起きたとしても、炭素税導入に伴う大規模投資が生む効果の方が必ず上回るというのです。 つまりは低炭素社会にカジを切ることで、大規模投資を誘発し、経済を活性化するというものです。
そして、炭素税導入で増加した税収は、公的債務の圧縮に使うこともできるし、技術や教育への投資に充てる、例えば、供給サイドへの投資として、日本のサービス分野の生産性を向上させるための対策に投じることなどが可能だと云うんです。これら支出は同時に経済を刺激する結果、ついにはデフレからの脱却が果たせることになるというのです。

尚、海外から指摘されることの多い公的債務の大きさを不安視する論調に対し,同氏は2点
提案するのです。その一つはexchange some of its debt for perpetuities、つまり国債の一部を‘永
久債’に置き換えればいい事で、これにより日本政府は膨大な公的債務を抱えるリスクを政府の
バランスシートから消し去ることが出来るという事になるというものです。というのも永久
債とは、償還の必要がなく、毎年少額の金利だけ支払う債券という事です。もう一つは日本政
府の債務について、その債務の大部分が自身からの借入であるという認識を出発点とする事だ
というのです。つまり、いま抱えている債務を金利ゼロの国債に置き換える事、つまり、禁じ手
とされてきた「国家債務のマネタイゼーション」です。

要は公的債務についての取り組みについては、永久債や財政フアイナンスも選択肢としてある
という事です。もとより、これら原資は全て円通貨の発行により賄われる事になるという事です。
この点old economics,従来の経済学からすればインフレを招くとの懸念を呼びそうだが、日本で
はまさにその「懸念」が現実になる事が求められていると言い切るのです。 そして、改めて、
今、日本では需要サイドより明らかに供給サイドに問題がある事、とりわけサービス分野におけ
る生産性の低さを指摘するのです。そして、日本は製造業分野では様々な創意工夫を成し遂げて
きたが、サービス分野ではそうした工夫が見えてこない。技術に強かった日本がその強さを生か
して活躍するなら、次はサービス分野ではないか、例えば、医療における診断装置の開発などと、指摘するのです。そして、最後に重要なこととして、次のように言って締めるのです。つまり、 「日本はこれまで革新的な商品や技術を開発し、それを世界と共有してきた。同様に、日本が何らかの政策で成功をおさめ、最終的にそれを輸出すればほかの先進国も同じ、または似たやり方で国民の生活水準を向上させることが出来るだろう」と。・・・上述 カウシック・バスーが日本経済のためにと指摘していた趣旨に共鳴しあう処ではと思うのです。

(3)地球温暖化対策「パリ協定」の批准

10月5日の国連会議では、協定発効の条件が満たされたとして「パリ協定」(注)の11月4日、発効が決定されました。
(注)パリ協定とは、2015年12月にパリで開催されたCOP21で採択されたもので、京都議定
書に続く、2020年以降の国際的な地球温暖化対策の枠組みで、全ての国が参加するのが特徴。
産業革命前からの気温を2度未満に抑え、更に1.5度に収めるよう努力することが明記されてい
る。尚、10月5日現在、米中等73か国が批准、排出量56.87%で発効条件を満たすものです。
 
二大排出国の米中が9月に批准して各国の動きが加速した結果、採択から1年足らずで発効する異例の速さとなったものですが、日本はと云えば、目下批准法案を国会に提出中という事で出遅れ状態です。いまHarvardで勉強中の筆者の後輩は「パリ協定」の発効について、‘世界的な内向き志向が強まるなか、今後はこのモメンタムの維持が大きな課題’と、伝えてきています。
日本の排出削減の技術や実績は高く評価されてきたことは周知の処です。こうした事への期待と信頼を裏切ることのないようベストすべきは云うまでもなく、その為にも11月7~18日モロッコで開催のCOP22会議までには批准手続きを終え、挽回を急ぐ要、痛感する処です。

・green finance (環境金融)
さてパリ協定に即した対応とは、いまや「低炭素経済への移行」を意味する処ですが、それは通常の環境問題への取り組みとは異なる経済・社会システムの抜本的な転換を不可避となる処でしょうし、その一端は、前述ステイグリッツ提案にも映る処です。

処で、その際、彼は「green finance」の整備を指摘していましたが、この環境金融の活動について、OECDの玉木事務次長は、欧米では先行しているが、これが今アジア、とりわけ中国ですが、グリーン・ボンド(調達資金をグリーンな案件にのみ用いると約束して発行される債券)へのガイドラインを策定するなどトップダウンで‘緑の投資’拡大に向け強力な取り組みを進めてきていると指摘しています。(日経10月10日) 因みに、今年9月、中国で開催のG20サミットの首脳宣言では、環境に配慮したグローバルな持続的成長の為には、green financeのscale upが不可欠と指摘され、中国主導で導入したGreen Finance Study Group (GFSG)の報告を入れ込み、グリーン・フアイナンス、グリーン・ボンドを枠組みとした多国間投資等、環境投資拡大の方針が確認されたのです。

日本ではいま、金融機関、機関投資家は資産配分やビジネスモデルを低炭素化の動きに整合させ、それを枠組みとして利益追求すると云った姿が見うけられるようにはなってきていますが、グリーン・ボンドについては未だ十分には広まっているわけではありません。が、東京都の小池知事が発行の予定を表明したようにグリーン・ボンド発行事例が出てきており、その潜在的余地は高いものがあるものと思料されます。とは言え環境問題は、現時点では市場機能には頼れず、政治のリーダーシップがカギを握る処と思料するのです。その点、前述ステイグリッツ提案をも併せ、「パリ協定」発効後の想定される世界経済の生業を踏まえるとき、今一度、日本経済の運営のあり姿を質していく事が不可欠になってきたと思うばかりです。


以上、グローバル・コンテストに照らし、この際は二つの前提、つまり日本の労働力人口の減少と、その下で現在の生活水準を落とさない事、を前提として日本の可能性を質していくとき、まずはグローバルな戦略対応を通じて成長の機会拡大を確認する事、そしてその一つがTPPを起点として、アジアの近隣諸国との連携の強化を通じ、頼られる日本の姿を整備していくことと思料するのです。もとより、その為には政府には明確なビジョンの堅持が問われるというものです。一方、日本経済の再生・活性化の為には、この際、ステイグリッツが提案するように従来の発想を超え、低炭素社会に向かう世界のトレンドに即した成長戦略を構築し、今の優位を有効に活用していく、その姿勢を鮮明としていく事と思料するのです。こうした事はinclusive growthを誘発することともなり結果として、新たなグローバルな経済の発展が期待できるというものです。目下懸案のTPPとパリ協定の速やかな批准こそが、こうした事への前提となるのです。


おわりに:いま、気がかりな安倍政治、再び

(1)ノーベル賞受賞の大隅良典氏が示唆すること
10月3日、細胞内の「リサイクル」の解明で、今年のノーベル賞受賞が決まった科学者大隅良典氏は同日のTVインタービューで、受賞の喜びを語ると共に、次のように研究開発への支援体制についての懸念を語っていたのです。つまり「強調したいことは、研究を始めたときに、オートフアジーが病気や寿命に関わると確信していたわけではないということだ。基礎的な研究はそういう風に展開していくものだ。基礎科学の重要性をもう一度強調しておきたい。 政府の開発投資が、基礎研究から応用寄りになってきている流れを、大変憂えている。サイエンスはどこに向かっているかわからないというのが楽しい処だ。そういうことが許される社会的な余裕が欲しい。チャレンジを見守ってくれる社会になればと常々思っている」と。因みに、安倍政権での予算編成は、戦闘に役立つ防衛技術開発の為の研究費予算は近時増大傾向にあり、基礎研究への予算は削減の方向にありますが、大隅氏のコメントは係る事態への懸念を示したものというものです。さて大隅氏に祝意を伝え、将来の為の技術開発を目指すという安倍首相、彼のこの指摘をどう受け止めたのでしょうか。

(2)安倍晋三首相の右傾化を質す
もう一つ、9月26日、衆院国会で安倍首相は、冒頭所信表明演説を行っています。その中で、「自衛隊員らに心からの敬意を表そうではありませんか」と拍手し、全議場に呼びかけました。すると、議場にいた自民党員全員が立ちあがり、一斉に拍手で応じたのです。TV中継を見ていた筆者は、一瞬、かつてのナチスドイツの光景を想起させられ、ぞうとする思いを抱かされたのです。勿論のこと、野党からは批判が出ましたが、これに対して首相は「何が問題なのか。米議会ではよくある事」と反論するのでしたが、議員内閣制の日本と、大統領制の米国では立法府と行政府の関係を同列には論じられない処です。まして、衆参両院で多数を勝ちとり、高支持率を誇り、総裁任期延長で20年東京五輪時にも在任しているとの見方もある安倍首相。この衆院での拍手の渦は、「向かう処敵なしの首相に議会がなすすべもなく調子を合わせたというのが実状か」と、メデアは報じるのですが、上述大隅氏コメントとも併せ見るとき、安倍晋三首相の右傾化進行に改めて、強い懸念を抱かされたというものでした。
                                        以上
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2016年09月27日

2016年10月号  Inclusive Capitalism(包摂的な資本主義) - 林川眞善 -

この夏、アメリカと中国で行われた二つの国際会議は、いずれも現代モダンの資本主義がもたらす問題への政策対応について議論するものでしたが、今次のそれは、構造的低迷を映す経済環境下、資本主義の新たな姿、つまりポスト・モダンの資本主義の生業を模索する姿と映るものでした。

近時、先進諸国の多くは低成長を余儀なくされ、その下で進む所得格差拡大など、共通した問題を抱え、内向き志向を強めてきています。英国のEU離脱選択しかり、11月の大統領選を控えた米国では米国第一と、自国主義に向かいだすなどで指導力を発揮できる状況にはなく、自由貿易などグローバル化に反発が強まる状況にあります。いまや資本主義が土台としてきた「自由な市場」の基本概念を否定する思想が世界中で広がりだしています。‘資本主義の没落’?と云う処でしょうか。

Financial Times紙のコラムニストとして著名なMarin Wolfも、同紙(9月7日)で `The tide of globalization is turning’ と題し、世界経済の今を、以下に質すのです。
― Yet it has now stalled, as have the policies driving it. It might reverse. Yet even a stalling would slow economic progress and reduce opportunities for the world’s poor. Pushing globalization forward requires different domestic and external policies from those of the past. Globalization’s future depends on better management. Will that happen? Alas, I am not optimistic.
(グローバル化は今、その推進政策と共に立ち往生にある。それだけで経済発展は遅れ、世界の貧困層にとって豊かになる機会が減少することになる。グローバル化を推進するためにはこれまでとは違った対内的、対外的政策を打ち出すことが必要だ。そしてグローバル化の将来はまさに、それに負う。さて、それは実現するものか。自分は残念ながらそれには楽観的にはなれない。)

そうした環境の中、行われた二つの国際会議とは、一つは8月末、米国ワイオミング州で行われたジャクソン・ホール会議。もう一つは9月はじめ、中国・杭州で行われたG20サミット会議でした。
まず、前者のジャクソン・ホール会議は30余年も続く金融政策を巡る国際会議ですが、今年の会議は、伝統的な金融政策に対する考え方や政策対応では、律しえなくなってきている現実を映し出すものだったと、伝えられています。つまり、経済の勢いが構造的に弱まっている今日のような状況にあっては金融政策が効果を発揮しにくい、その点、政府は金融政策依存に陥らず、潜在的な成長力を引き上げる方策に全力を挙げるべしと。言い換えれば金融政策もより包摂的な形での運営が求められるようになったという事です。

後者、G20サミット会議は、周知の通りリーマン後の世界経済の運営について、先進国と新興国、全20か国のトップが集まり協議する場とされるものです。これまで参加国が多く、先進国と新興国の利害が対立し、議論が纏まらないことが多かったと言われていたG20でしたが、世界経済の下振れ懸念が強まるなか、今回の共同声明では「強固で持続可能な均衡ある包摂的な成長を」目指すと、「包摂的な成長 (Inclusive Growth) 」という考え方を初めて打ち出しました。先進国と新興国の間に協調の機運が芽生えたということでしょうか。世界経済(GDP)に占めるG20の比重は9割。その意義、大というものです。

これらは現下で表れている資本主義の不都合な状況を正しつつ、世界的な経済活動の相互依存関係を深め、各国経済が統合しあっていく新たな資本主義を模索する、言い換えればポスト・モダンの資本主義への道を探る姿と映る処です。勿論、未だイメージの段階にある処でしょうが、その道は一つひとつ具体的事例を以ってパズルを埋めるが如くに進んでいく事になるものかと思料するのです。そこで本稿では、上述、米ジャクソン・ホール会議そして、今回のG20サミットが明示した「Inclusive な経済」にフォーカスし、係るコンテクストに照らし、日本経済が抱える課題対応の可能性について考察します。(2016年9月26日)


目  次

1.米ジャクソン・ホール会議と、日本の金融政策  -P.2
(1)米ジャクソン・ホール会議の示唆 
(2)日本の金融政策、その総括的検証と課題
2.Inclusive Capitalism(包摂的な資本主義) -P.6
(1)the Conference on Inclusive Capitalism
(2)G20サミットも、いま`Inclusive な経済’
(3)メイ英首相の政治姿勢とinclusive capitalism
3.Inclusive capitalismと日本経済 ―P.10
(1)働く力の再興
(2)労働改革は日本流inclusive capitalism
おわりにかえて ― 原子炉「もんじゅ」と、小泉純一郎元首相  ―P.12
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1.米ジャクソン・ホール会議と、日本の金融政策

結局、米連銀は9月21日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、9月の金利引き上げを見送りました。昨年12月、9か月ぶりの利上げに踏み切って以降、8か月、追加利上げの可能性がささやかれる中での決定でした。というのも、イエレンFRB議長は8月末のジャクソン・ホール会議で利上げ条件は整ってきたと、明言したことで9月中の引き締めの可能性も示唆していたとして、市場は追加利上げのタイミングを追っていたのです。然し、引き上げ条件としてきた経済指標がはかばかしいものでなく、因みに9月2日発表の8月雇用統計では就業者の増加は市場が予測していた数値(18万人)よりは低い15万人にとどまっていた事、その後明らかになった企業部門、家計部門の経済指標も力強さを欠くものであったことなどで、先送りされたという事ですが、要は米経済自体、期待されたほど伸びていないことにあるということです。

イエレン議長は今後の引き締め路線をどう修正するか。FOMC終了後の記者会見で、我々は米経済と世界経済の「ニューノーマル」という難題に取り組んでいると、「ニューノーマル」という言葉を持ち出したのです。(イエレン議長が言及した「ニューノーマル」とは、低成長・艇インフレが長く続く「低温経済」の状態を指す。-日経9月24日)
米国の金利動向は、米国経済の現状評価であり、世界経済の動向を観て行く上でのサブスタンシャルな要素です。かくして世界の注目は再び、そのタイミングに向けられ処となっています。
ただ、筆者にとっての関心は、FRBの引き上げ問題もさること乍ら、8月26・27日、ジャクソン・ホール会議で浮き彫りされた金融政策の有効性の問題でした。

(1) 米ジャクソン・ホール(Jackson Hole)会議の示唆

ジャクソン・ホール会議とは米西部ワイオミング州の観光都市、ジャクソン・ホールで毎年8月下旬に開かれる経済政策シンポジュームで、同州を管轄するカンザスシテイー地区連銀が主宰するものです。参加者は、FRB議長、日銀総裁、欧州中銀総裁をはじめとする各国中銀トップのほか、有力経済学者らが集まりマクロ・金融政策について討議する場で、1982年に第1回会議が行われ、毎年行われているものです。

さて、今年のテーマは将来に向けて強力な金融政策の枠組みをどうつくるか、でした。が、むしろ浮かび上がったのは、経済の勢いが構造的に弱まっている現状にあっては従来型金融政策では効果は出し得ないという点に集中したと報じられています。 つまり、長引く先進国経済の低成長は、金融緩和では止められないことがもはや確認された事、同時に経済構造改革の必要が叫ばれ、従って各国政府は金融政策依存に陥らず、潜在成長力を引き上げる政策に全力を挙げることに、議論が集中したという事でした。もとよりこれは低成長・低インフレ下で苦戦する中銀政策の限界を示唆するという事です。

・イエレン議長の発言
そうした議論のきっかけを作ったのが26日の開会時、イエレンFRB議長が行った講演でした。勿論、彼女の発言は既にメデイアが伝えている通りで、上述「引き上げの条件は整ってきた」と当時の市場の関心事に応えるものではあったものの引き揚げのタイミングを特定するものではなく、大半は政策ツールに向けられたものとなっていたのです。ただ、その中で「かつてのような利下げ余力を持つことは、我々はできないだろう」と、漏らしたことで、低金利政策の手詰まり感を示唆するものと注目され、今日に至っていたというものでした。

つまり、「米国の長期的な政策金利が従来より、かなり低い3%程度に留まるとの見方が強まっている」と指摘。米国の利上げが以前に比べて小幅に留まる可能性を示唆すると共に、将来経済が悪化した際に利下げできる余地も狭まっているとの認識を示すものとされていたのです。そして、政策金利が低くなる理由として、「中立金利」(注)が大幅に低下している点を挙げ、その背景には生産年齢人口の鈍化や低生産性に伴う潜在成長率の低下があること、つまり構造的変化があり、それだけに財政や規制緩和が重要、との見方を示したことで、金融政策の限界を語る処となったというものです。
      (注)中立金利(Neutral rate):経済を冷やさず、過熱もさせない金利水準のことで、物価
上昇分を除く実質水準。経済の実力とされる潜在成長率と連れ立って動くとされる。

・The Jackson four(インフレ・ターゲットは4%)
そうした発言を受け、サンフランシスコ連銀のJ. Williams議長が、今中銀は何を目指すべきか、再考すべき時ではと、金融政策の枠組み見直しを提唱したことがその流れに拍車をかけたと言われています。が、実はWilliams議長は8月15日、既にFRBは2%インフレ目標の引き上げなどを選択肢として挙げており、一部エコノミストの間では、新たな環境にあっては異常なことではなく4%のインフレ目標が適切と、the Jackson fourとする声が上がっていたのです。

つまり、いま世界の中銀の多くは、インフレ・ターゲッテイング・ドクトリンが整備された1990年代とは違った環境にありながら、同様な金利政策を続けていることに問題があるとするもので、上述イエレン議長の構造改革もそれを映す処ですが、政策金利としては、目下の実質金利1%にインフレ目標2%を加えた、少なくとも3%以上とすべきというもので、そうしたことから4%を目指すとすべきとの声が上がっていたのです。仮に企業も消費者もインフレ率が4%に向かうとなれば名目金利も当然のこととして5%あるいはそれ以上に上昇することになるものと思料される処、つまりはインフレターゲッテイング政策を離れ、先鋭的な政策運営を図れ、というものです。

因みに、英エコノミスト誌(注)によると、多くのエコノミストは名目GDPをターゲットとすべきと考えているようで、そうした彼らはインフレ調整以前の話として経済の総支出(財政)の拡大を通じて成長を、というのです。その点では、2%のインフレ・ターゲットは先進国には不適切な目標と主張するのです。要は政策当事者たる政治家は経済の安定を図ることで信頼をかち得るが、そのカギは名目GDPターゲットとすることで、その際は技術的な面での行動を期待することは無理としても、彼らは競争機会を高め、税制の単純化を図り、規制の改革を進め、インフラや教育への投資を進めることで米経済の生産性を高めていく事はできる筈とする処です
(注:When 2% is not enough ―The rich world’s central banks need a new target. The Economist, Aug.27,2016)

つまり、重要なことは前述のとおり、政府や企業、金融機関が、根本的課題である潜在成長力の引き上げに向かうことで、そうすることで生産性の上昇が進み、成長力が高まればマイナス金利などの非常手段をとる必要性も低下するというものです。 予て、ハーバード大のP. Krugman
教授は、中銀はいまtimidity trapからの脱皮をと、叫んできていますが、今回の会議は、金融緩和では成長力の低下は止められないことを検証する場となったというものでした。
その点では同会議の主題は、改めて「将来のための強靭な金融政策の設計」に、向かう事になるものと思料するのですが、さて日銀のマネジメントは如何に、と云う処です。

(2) 日本の金融政策、その総括的検証と課題

ジャクソン・ホール会議に出席していた黒田日銀総裁は日本のマイナス金利政策について、現地での記者会見では「幅広い借り入れ主体に恩恵を与えている」と効果を強調。物価2%の実現に必要であれば「躊躇なく追加的緩和措置を講じていく」とも語っていましたが、現実の日銀政策にどう反映されることになったのでしょうか。

米連銀のFOMCと同じ9月21日、黒田日銀総裁は金融政策決定会合を開催。そこで、これまでの3年半、異次元の量的金融緩和実施を以って、消費者物価を2年間で2%引き上げる、とする目標が達成できなかった現実を総括検証する一方、この検証結果を踏まえ金融政策の枠組みの見直しをおこなっていますが、その要旨は、金融政策を動かす目安を長期国債などの「金利」に切り替え、2%の物価上昇が安定的続くまで長めに緩和を続けるというものでした。

一言で言って見直しの柱は2%の物価上昇を目指す金融政策の主な目安を「量」から「金利」に変え、長期戦へ万全の構えとするものでした。が、前述ジャクソン・ホールでの中銀総裁会合では、先進国で共通する潜在成長力の低下を金融政策で補うのは難しいとする意見が大勢であった事に鑑みたとき、日銀だけが大規模な緩和をいくら強化しても、経済活動や物価見通しが大きく改善するわけではなく、つまる処、政府も企業も経済の潜在力を高める改革に一段と深く踏み込み日銀の緩和政策との相乗効果を高めていく事が急がれるという事になるはずです。
つまり、社会保障制度や財政の安定化に目配りし、日本経済の潜在力を高める包括的な改革を進めなければならない、目標が達成できないからと言って今更慌てることなく、世界の政策視点にも照らし、金融政策は日本経済の生産性を引き上げ、成長力を強化する、そういった視点で取り組まれるべきというものです


2.Inclusive Capitalism(包摂的な資本主義)

さて、冒頭リフアーしたように、G20サミットを契機として ` inclusiveな経済 ’という思考様式が前面に出てくるようになってきました。それは、つまる処、資本主義がより包摂的に機能し、資本主義の恩恵が広く、人々に行き渡るものとしていくInclusive Capitalism、「包摂的な資本主義」を目指すベクトルとなっていく処と思料するのです。実は、そうした発想の中核にあるのが2014年5月、ロンドンで開かれたConference on Inclusive Capitalismです。この10月には再びその会議が開かれる予定ですが、偶々、その第1回会議のpaper(注)を入手しました。           
そこで、これをベースにその概要をレビューし、これからの資本主義を考えていく手がかりの一つとして考察します。
(注)MAKING CAPITALISM MORE INCLUSIVE -Selected Speeches and Essays
from Participants at the Conference on Inclusive Capitalism, London, 27 May 2014

(1)the Conference on Inclusive Capitalism

2014年5月27日、ロンドンの英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)でInclusive Capitalismを巡る初のシンポジューム(注)が開かれています。当日はチャールズ皇太子が開会スピーチを、そしてC .Lagarde IMF専務理事(Economic inclusion and financial integrity), L. Summers元米財務長官(The case for capitalism -building economic and social value )、B. Clinton元米大統領(the foundation of inclusive capitalism) 、M. Carneyイングランド銀行総裁(Inclusive capitalism -creating a sense of the systemic) が夫々inclusive capitalism についてKeynote addressesを行っています。 

(注)2012年5月、City of Londonが当時、金融危機を機に浮彫りされてきたネガテイブな影
響 ― 所得格差の拡大、大型の企業・金融スキャンダル、一般社会の実業に対する不信の増大、
続く高失業、企業経営の短期的アプローチの蔓延、等 に対して、その打開策を探る場としてグ
ローバルな会議を開くこととし、その機会に、ELロスチャイルドを招聘したことに起因する。
尚、チャタム・ハウス(Chatham House)とは、第一次世界大戦、パリ講和会議(1919)を機
に1920年イギリス国際問題研究所が設立され1926年に勅許が授与され今日に至る研究所。

・Inclusive capitalism        
ではこの会議はどう言うものなのか。Inclusive Capitalism、「包摂的な資本主義」とはどういうことか。まず、Inclusive ‘包摂’(注)とは、経済・社会が、その本来の諸関係にとって外生的な存在を取り込む過程を意味することですが、そこで「包摂的な資本主義」について、conference sideは、以下のように説明します。

Inclusive Capitalism is a term that is part of all the admirable efforts made by people who stress conscious capitalism, moral capitalism, good capitalism and all other efforts to make economies of the world more sustainable by making them work better for all society and for the planet.
All of the efforts hold that capitalism requires broad public support to thrive , which will only be maintained if the market delivers broad-based gains in incomes and living standards. Inclusive Capitalism recognises that profit motive alone cannot be counted on to prevent dangerous growth in inequality, corruption and breach of trust, or damage to public health and the global environment.
At its heart is the view that businesses and investors must be conscious of their role in society in addition to their bottom line, and have a responsibility to change their behaviour when public confidence in markets falters.

まずは‘包摂的資本主義’とは、倫理的な資本主義、あるいは善良な資本主義に力を注ぐ人々の努力、併せて、世界経済をより持続的なものとしていく人々の努力、これら賞賛に値する努力の一部を示す用語だとした上で、こう説明しています。つまり、資本主義を維持するためのすべての努力は一般からの幅広いサポートが不可欠。それが維持できるのは市場が、より多くの所得を分配し、生活水準を上げることによってのみ可能であり、そのためには単に、利益の追求を動機とするだけではだめで、不平等の拡大を抑制し、汚職や信頼崩壊につながるような行為を排し、グローバルな環境問題、等にも対峙していかねばならない。そしてその核心には、ビジネスや投資家は経営のボトムライン堅持に加えて、社会における自分自身の役割と、その責務を自覚して行動し、更に市場における信頼が落ちるようになった場合には積極的に行動様式を変えていくことのない限り社会からの信頼は得られないとし、かかる生業を包摂的な資本主義とするのです。

またConference の設立者兼ホストのRothchild & Co.のCEO Lynn Forster de Rothchildは次のように語っています。

The conference on Inclusive Capitalism seek to respond to the serious dislocations caused by developments in capitalism over the 30 years : the fraying of public trust in business , worldwide increases in income inequality, increasing short-termism in capital markets, and a crisis in the integrity and values of the system. At its core, the Conference is concerned with restoring capitalism’s role as a engine of opportunity for all.

つまり、過去30年間、資本主義の発展の結果によって引き起こされた深刻な「ズレ」、ビジネスに対する社会不信の高まり、世界的な所得格差拡大、資本市場で増大する短期主義、体制の高潔さや価値の危機等々、これらが結果的に既存の経済・政治システムへの不信を増殖させ、それを覆す成果を出さないと、極端な政策が現実化しかねない状況にあるとの認識を共有し、資本主義制度を刷新できる実行可能な方法を見つけ、資本主義を経済的機会均等そして、繁栄の共有を推進する包摂的なエンジンに変えることを目指すとし、このコンフアレンスの核心は、全ての人の機会創出のエンジンとして資本主義の役割を回復することに関するもの、と強調するのです。
そして更に、Through the Conference , we will fight against the inequality of hope that exists in
the system today. このカンフレンスを通じて、不平等の解消に立ち向かうと、いうのです。

そして、同時にconferenceが企業や投資家が金融危機後の社会再構築の先頭に立つための道筋を示すものとし、ビジネスが特に大きな影響を与えうる以下3つの分野に焦点をあて、具体的方策を検討するとし、目下具体的に検討中と言われています。
① 体制の高潔性、公平性を支え、その下で働く人々や企業の利益を擁護する行動の推進。
② 教育の向上、スキルの訓練、雇用創出、及び革新を通じて経済的な成功への階段作り。
③ 株主の短期だけでなく、資本主義の安定にかかわりを持つすべての人のためのより良い利益に焦点をあてて長期的な目標に対して投資すること。

要は、機能は壊さず恩恵が広がるようにしていこうという、資本主義の、言うなればregeneration
を目指すというものでしょうが、その可能性を示唆するのが当日の参加者だというものでした。つまり、参加したのが37か国、夫々のビジネス界等を代表する250名。その彼らは世界の流動資産の3分の一を支配する人たちだという事だそうですが、そうした彼らが、包摂性及び公平性をグローバルビジネスの基本に据えようと、一堂に会したという事を以って語る処というのです。とすれば、その暁は、ポスト・モダンの資本主義と言えそうです。

(3) G20サミットも、いま`inclusive な経済’

さて前述、G20サミット会議は、9月4日、中国、杭州で開かれました。興味深いことは、初の議長国、中国の習近平主席は議長として、4つの「I」(Innovative, Invigorated, Interconnected, Inclusive)をテーマとし、会議を主導、「Inclusive Growth (包摂的な成長)」という考え方を初めて打ち出し、成長の果実をどう分配するか議論を始めた事でした。

加えて、特筆されることは、従来、参加国が多く、先進国と新興国の利害が対立して議論がまとまらないことが多かったとされる会議でしたが、特筆されるのは今回、中国の鉄鋼の過剰生産問題で、その議論の場として「世界フォーラム」の設立で合意したことでした。これについて「中国が高いレベルの会合の土俵に乗ってきたことは前進」と評価するコメントが伝えられ、先進国と新興国の間に協調の機運が芽生えたのは確かと、メデイアは分析するのです。

果せるかな5日発表のG20首脳宣言(日経9月6日)では、政策協調の強化を図ることとし‘強固で持続可能な均衡ある包摂的な成長 (Inclusive growth) の達成’ を目指すと、謳い上げたのです。G20も、いまやinclusiveって処です。(注)
 (注)人口に膾炙?する ‘ Inclusive ’
・7月23・24日、中国・成都で開かれたG20財務相・中銀総裁会議では既に、反自由貿易ムード、経済ナショナリズムの広がりに照らしてinclusive な経済成長がキー・ワードとして浮上、共同声明でも同様inclusive growthが謳われている。
・また、IMFでは2013年11月25日の理事会で、ラガルド専務理事は、当時の世界経済の状況に触れ、「安定化から、強固かつ持続可能、かつ均衡ある包摂的な成長の移行を図るため、より大胆な政策の実施が必要」と、inclusive growth の用語を使用。 
・今年2月28日、OECDの年次報告書「Going for Growth」の発表に当っては、グリア事務総長は、「いま世界経済は包摂的成長を確実に促進する必要がある。その為にはより強力で一貫性の高い政策対応が必要と」と、再びinclusive growthを強調している。

かくして、議長国中国の習近平主席は、改革を強調する形でG20サミットを主導。この成功を最優先し、各国との摩擦を鎮めるよう振舞っており、一見柔軟に見られる処でした。ただ、これが政治に目を転じると東シナ海等々、風景は変わってくるというものです。とすれば、G20が打ち出した「包摂的(inclusive)な成長」は、中国次第ということになるのでしょうか。

(3)メイ英首相の政治姿勢とinclusive capitalism

本年6月のBREXIT後、英経済の景況感の悪化を示す指標が続々発表されており、先行きの不透明化を強めつつある処、英中銀は7年5か月ぶりの利下げや量的緩和の再開など大規模な金融緩和を決め、金融政策を総動員し、EU離脱決定に伴う景気後退を阻止する姿勢を鮮明としています。そうした中、Financial TimesのコラムニストP. Stephens氏はメイ首相が7月13日、官邸前(ダウニング街10番地)で行った首相就任演説を取り上げ、7月29日付同紙で以下のように読み解くのでした。

まず メイ首相の発言 `When it comes to opportunity we won’t entrench the advantages of the fortunate few.’ (新政権は、一握りの恵まれた人の機会だけを守り続けることはしない)をリフアーし、これがメイ首相の姿勢を明確にするものと、評価するのです。

それは、行き過ぎた資本主義を見直すと同時に、格差を解消し既得権益と戦うことを約束するものである事、具体的には、貧困地域の寿命の短さ、学歴の低さ、ジェンダーや民族による差別、労働者の抱く雇用や所得への不安、といった問題を取り上げていくと云う、経済の仕組みを改善する、いろいろの提案を明示したことを評価するのです。そして、その事情について、同コラムニストはメイ首相が英国の資本主義が行き過ぎた状況にあることを理解していることは明らかで、その点について何かを成し遂げようとしていると云うのです。そして、行き過ぎた資本主義を質すことは、世の中をより公正なものにすることを意味する、と締めるのです。

当該記事のキャッチ・フレーズは ` May is right about reforming capitalism’ でしたが,その姿勢は、まさにinclusive capitalism を目指す姿と映る処です。 が、もはや、それは論理の次元にとどまることなく政治という現実において、資本主義のあるべき姿への取り組みが具体的agendaとなってきたと言うものです。

処で、9月7日付Financial Times 社説は、G20のinclusive capitalism についてuniversal model を明示してはいないが、こうした発想を国際レベルに高めたことは意義あることとしたうえで、各国政府がat home,つまり自国でまず、それに向かって何ができるか、考えるべきと、言うのです。`Inclusive capitalism must begin at home’ と。まさにメイ首相の言あり、です。


3.Inclusive capitalism と日本経済

(1) ‘働く力の再興’

では、日本の実状はどうか。アベノミクスの金看板となっていた金融政策が空振りとなり、前述通り政策の見直しが行われたばかりですが、アベノミクスに対する企業の心は離れ始めていると言われています。その背景にあるのが、財政再建への意思と行動のないままに進む日銀による国債の大量購入策への強い懸念、デフレ脱却がうまくいかない理由をすべて消費増税に押し付ける政権内のリフレ派の存在、政権のゴマすり役に徹している経済財政諮問会議の民間議員と内閣府、そして何よりも国民に受けを狙う政権のポピュリズム的体質への嫌悪、の存在があげられるのですが、そのブレークスルーは前述の通りで、経済運営の在り方を、より包摂的な形に再構築することにある処です。

現在、前述したように安倍政府は事業規模28兆円超の新経済対策を決定し、日銀も前述金融政策の見直しで、景気回復へのテコ入れをめざすとしていますが、肝心の企業が動かなければ日本経済全体の歯車は空転するばかりです。 では、何が足りなかったのか。
景気が一旦浮揚したタイミングで、経済の足腰を鍛える構造改革に向かうことをしなかったことにあったということです。そして、その典型的な一つが、少子化で労働力人口の減少が加速する中、‘働く力の再興’を目指す、つまり雇用改革であり労働市場改革に真剣に向きあってこなかったことが上げられる処です。

こうした文脈において、安倍晋三首相はいま ‘働き方改革’を最大のチャレンジと位置付け、「働き方改革実現会議」を設置(9月2日)しました。テーマは、「同一労働同一賃金」の実現、長時間労働の見直し、これなど女性の就労や仕事と介護の両立を促す処ですし、いずれも重要課題です。 が、より重要なことは、労働力を成長産業や需要のある分野へシフトする柔軟な労働市場作りです。人を成長分野に移していけば、日本全体の生産性が高まります。そして賃金もその結果上がりやすくなるというものです。 7月末、設置期限の切れた規制改革会議(注)では「失業なき労働移動」を掲げ、労働力が移りやすい環境整備を課題に上げています。
(注)7月末で設置期限が切れた規制改革会議の後継組織「規制改革推進会議」(議長:大田弘子
政策研究大学院大学教授)の設置が9月2日の閣議で決定、9月12日の初会合では安倍晋三首
相よりは「構造改革を総ざらいし必要な検討に直ちに着手してほしい」と指示。その際のカギ
は「痛み」に踏み込む姿勢の如何となる処。

(2)労働市場改革は日本流inclusive capitalism

つまりは、長時間労働の是正などと共に、本格的に労働市場改革に取り組むべきというものです。
仮に労働市場改革が進めば、それにより実現された生産性向上という果実が賃金上昇や人的投資の拡大という形で労働者に分配され、内需拡大を実現する原動力となるはずですし、それこそは成長戦略の決め手となる処です。そしてその際は、2014/11/27付け弊論考でも言及しましたが、ドイツ、メルケル首相の前のシュレーダー首相(社会民主党)が行った労働市場改革を範とし、言うなれば日本版シュレーダー改革を目指すものとしていくべきではと思料するのです。

勿論、日本の直面する課題は、当時のドイツと異なり失業ではなく、人口減に伴う労働力不足であり、少子高齢化や加速する産業構造の転換です。そんな中で、例えば「長期メンバーシップ型」といわれるこれまでの雇用の仕組みなどそのまま維持するのは難しい、等々、雇用制度は様々な要素が密接に絡んでいます。そうしたことからも、政府には労働市場改革全体の見取り図を示していく事が求められるというものです。尚、その際は、人材需要を見極め、例えば第4次産業革命の進展でIT人材は2020年時点で既に、30万人の不足が見込まれているのですが、育成する仕組みづくりが欠かせませんが、これが雇用の流動化の前提になる事、明記される要ある処と思料するのです。
つまりは労働市場の改革を通じて、機会の均等・拡大を図り、経済の好循環を促していくということですが、それはinclusive capitalismに即した行動様式となる処です。
  
Inclusive capitalismとは、まだまだ明快な形を整えるものではありません。しかし、現下に露わとなってきた資本主義のズレを粘り強く修正し、自由と機会の平等を担保していく、そうした社会システムの再構築が不可欠とされる処です。ここでは深くは語りえませんがinclusive capitalism とは、ポスト・モダンの資本主義を誘導する行動様式であり、これからの経済運営を図っていく上での規範を与えるキー・ワードと思料する次第です。実は、今年最初の「月例論考」で筆者は、今後の日本外交を占うキー・ワードは、ダイバーシテイーに加え、インクルシブにありと、していたのです。

おわりにかえて - 原子炉「もんじゅ」と, 小泉純一郎元首相

9月20日、日経(夕刊)は一面で、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」廃炉の方向が決定されたと報じたのです。実は、筆者は9月7日、外国特派員クラブで小泉純一郎元首相の話を聞く機会がありました。テーマは「トモダチ作戦被害者支援基金」への協力要請でした。これは先の東日本災害への救援として米国は、空母ロナルドレーガンをはじめとする多数の艦艇を東北沖に急派し救援活動をおこなってくれていますが、多くの乗組員が不幸にも東電原発の爆破事故で流失した汚染水で被爆し今、その汚染障害を発症し苦しんでいる。そこで、日本人として救済支援への感謝と闘病支援をしたい、そこで協力をと、言うことでしたが、話は、彼の持論である原発ゼロ政策について熱く語るものでした。以下は、そのポイントです。

・首相現役時は原発推進の立場にあった。それは専門家と称する原発推進者の話を信じていたた
めだが、3・11を機に勉強した結果、彼らの話しは全てがでたらめであったことが分かった。彼らは、原発エネルギーはクリーン、コストが一番安く、安全と、そして日本のエネルギー事情からは日本全体の3割を原発でカバーすること不可避と言ったが、全てがでたらめ。こうした‘原発神話’を信じ切っていた自分を恥じている。
・因みに、原発は現在、41基あるが、稼働しているのは2基。然し、停電もなく、全ては自
 然ネルギーでカバーされてきている。日本には自然エネルギーが豊かにある。つまりは、原発
がなくても日本は、やっていけることが実証されている。
・原発には無駄な金がいっぱいかかっている。「もんじゅ」(高速増殖炉原型炉)はその典型例。
過去22年間で稼働したのが250日。既に1兆円の事業費が投じられてきた。やめるべきだ。
東電は、福島原発災害で5兆円の救済資金を政府に要請しているが、それでも足りないとう。
この資金は全て国民の税金。彼らは安全第一ではなく、利益第一だ。
・原子力安全審査の田中委員長は技術的な面での安全基準の合否は判断するが、それで原発
 は安全とは言っていないと、逃げる。今からでも遅くない。米国のスリーマイルズ事故
 ロシアのチェルノブイ事故の例を見るに、今からでも日本は原発ゼロ政策に向かうべき。

そして小泉氏は、自分の云う‘原発ゼロ政策’は、安倍晋三首相は分かっている筈と思うと、フローアからの質問に答えて云うのでした。さて、ようやく「もんじゅ」廃炉の方向が決定しましたが、これが小泉氏のコンテクストにおいて進んだものか。いずれにせよ脱原発問題もinclusive growth のコンテクストに照らしてなお、考えられてしかるべきテーマと受け止める処です。

                                       〆
posted by 林川眞善 at 07:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする