目 次
はじめに バイデン米大統領、初の一般教書、問われる訴求力
(1)一般教書概要
(2)今、米国に求められること
第 1 章 ロシアのウクライナ侵攻, 対抗する国際社会
1. ロシア制裁に向かう国際社会
(1)国連総会、緊急特別会合(2/28 ~3/2)
(2)G7等、西側諸国の対ロ制裁
― ロシアの銀行のSWIFTからの排除
2. 対ロ制裁に伴う欧州の政策転換、ロシア経済の混乱
(1)欧州の`外交・安保‘ 政策の転換
(2)混乱するロシア経済の現況
第 2 章 中ロ関係の行方、そして日中関係の課題
1.「国際社会と共に」という中国
(1)中国とロシアの距離感
・Russia’s war will remake the world by M. Wolf
(2)中ロ貿易の拡大トレンドが意味する
2. 中国経済の実状と日中関係の行方
(1)現実味帯びる「China as Number One」
(2)人民元と日中関係
おわりに Stop Vladimir Putin !
(1)ゼレンスキー大統領の国会演説
(2)ウクライナ危機 ― その終焉は Palace coup ?
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はじめに バイデン米大統領、初の一般教書、問われる訴求力
3月1日 夜、バイデン大統領は上下両院合同会議で、初となる内政、外交の施政方針を示す一般教書演説に臨みました。 今回は2月24日に始まったプーチン・ロシアの蛮行の直後という事で、世界を主導する米大統領がどんなメッセージを発するか、注目を呼ぶ処でした。以下は、3月3日付日経が掲載した当該演説全文(日本語版)のレビューです。
(1)一般教書概要
まず、バイデン氏は冒頭、「(我々は)自由は常に専制に勝利すると云う揺るぎない決意と共にある」とし、一方のプーチンについては「自由な世界を彼の威嚇的なやり方で屈服させられると考え、基盤を揺るがそうとした。しかし彼はひどい誤算をしていた」とウクライナ侵攻を、まさに、不当な戦争と断じると共に、「独裁者がその侵略の代償を支払わねばならない」と力説、「同盟国と共に強力な経済制裁を科す。 ロシアの最も大きな銀行を締め出し(注:後述、SWIFTからのロシア排除)、ロシアの中銀がロシア通貨ルーブルを守るのを阻止し、プーチンの6300億ルーブル(約72兆円)もの軍資金を無価値にする」と対抗措置に触れ、「同盟国と協力してロシアの全航空機に対して米国の領空を閉鎖し、ロシアを更に孤立させ、経済への締めつけを強化する」とも発言するのでした。
いずれも米大統領に期待される認識であり、行動とも云う処です。が、強権的な権威主義国家と対峙する民主主義国家の国民に向かっては、もっと具体的で訴求力のある言葉を贈れたのではとの、印象を強くするものでした。彼は続けて次のように語る処でした。
「米国はかつて世界で最も優れた道路、橋、空港を有していた。しかし我々のインフラは現在世界13位に落ち込んでいる。米国再建のための史上最大規模の投資である超党派インフラ法の可決が重要だったのはこのためだった。・・・これからはインフラを構築する時だ。それは21世紀に我々が直面する世界、特に中国との経済競争に勝つための道筋をつけるものだ」と云い、更に「米国再建のために税金を使うとき時には米国製品を購入し、米国の雇用を支える ‘バイ・アメリカン’ で進める」と云い、併せて、国内のサプライチェーンを強化し、インフレ抑制につなげるとし、道路や橋、空港等の回収や整備を進めるとも語る処です。同時に、子育て関連など生活にかかるコストを下げるとも、約束するのでした。これが予ねて彼が主張するBBB, つまりBuild back better という事でしょうか。
そして演説終盤では、国家のための統一課題として4つを挙げるのでした。一つは、オピオイド(医療用麻薬)の蔓延に打ち勝つ事、二つにメンタルヘルスに取り組む事、三つに、退役軍人の支援、そして四つ目に「がんの撲滅」を挙げ、「米国は力強い。我々は1年前よりも強くなっている。そして1年後は、今日よりも強くなっているだろう。今こそ、我々の時代の課題に立ち向かい、それを克服する時だ」として締めるのでした。
まさに内憂外患の米国の今日の姿をあぶりだす処でしたが、聴いていてなんとも「力(リキ)」が入りません。The Economist, March 5th, 2022, は「State of the presidency」と題した論評で、「Ukraine aside, a gaffe-laden state-of-the-union address does nothing to turn Democrats’ problems around」、ウクライナ問題はともかく、民主党が抱える問題に応えることのないgaffe-laden、積み残し一杯の教書と評していたことは気になる処でした。
(2)今、米国に求められること
確かに米大統領の言うように米国の国力は低下してきており、もはや米国が「世界の警察官」を担う時代は過ぎたとされる処です。が、それでも、そのリーダーシップは、ロシアへの対抗には欠かせない筈です。バイデン氏はウクライナへの米軍派遣は否定しています。が、ロシアがNATO諸国に手を延ばすとすれば、NATOメンバーの米国も容赦することはない筈です。実際、侵攻前は関与に慎重な見方が優勢だった米世論は変わりつつあるとも云われています。因みに、2月27日の米CNNが番組中に行った意識調査、「NATOはウクライナの為に戦争すべきか」について、78%の回答者が「イエス」と答えていたそうです。
そこで、米国が総力を発揮して国際社会と連携すれば、さらなる暴挙を制止できると、日経コメンターターの菅野幹雄氏は記す処(日経2022/3/5)です。そしてそのためにも、目下の米国内での民主・共和の分断の修復をと、云うのです。 つまり、「ウクライナ侵攻を機に、共和党の主流派に手を差し伸べ、民主党の急進派を制し、米国の実行力を再建すること、そして日欧の協力を集めて強権主義に対抗するためにも、まず取り組むべきは米国の分断修復だ」と強調するのでしたが、まさに然りです。
ただThe Economist誌が `Ukraine aside’ と、いなしていた事情を見ていくと、バイデン政権の事態への判断の甘さが浮かぶ処です。目下、バイデン政権は対中覇権競争を見据え、主戦場はインド太平洋にありとして、戦略資源を集めるさ中、国内的には中間選挙を控える一方、ロシアの西側国境で新たな紛争があれば、ヨーロッパにも資源を割かねばならず、であれば中国や国内問題が手薄になることから、いうなればこうした二正面作戦を避けるため、対ロ宥和を以って対応したことが、プーチン氏にスキを与え、ウクライナ侵攻はその結果とみると今、見る危機はプーチン危機と読み替えるべきでしょう。 そこでこの際は、`Ukraine aside’ を補強すべく、プーチンが起こした侵攻問題に集中することとし、当該侵攻が齎している国際社会への影響とその行方、更にはロシアと友好関係にあるとされていた中国の対ロ姿勢の実状、併せて日中関係の今後について考察する事としたいと思います。
第1章 ロシアのウクライナ侵攻、対抗する国際社会
― この数か月、ウクライナを攻撃し侵攻するつもりはないと繰り返していたプーチン大統領でしたが、2月21日、停戦協定(ミンスク合意、2015/2)を破棄し、ウクライナ東部で親ロシア派の武装分離勢力が実効支配する二つの地域(ドネック州の一部、ルガンス州の一部)について、自称「共和国」の承認を宣言、2月24日にはロシアは陸海空からウクライナ侵攻を開始し、今尚、侵攻中です。
その朝、プーチン氏は当該侵攻について、ロシアが「安心して発展し、存在する」ことができなくなってきた為とし、具体的には、彼はウクライナのNATO加盟問題を含め、NATOの東方への勢力拡大がロシアにとり、安全保障への脅威とし、従ってその排除に向けた行動とする一方、27日には「核部隊の配備」を命令したとのプーチン氏の一言で、世界は一気に ‘脅威’ を高め同時に、‘西側’諸国の結束の強化を促す処です。
尤も、これまでの彼の言動に照らす時、彼の狙いは始めから要衝とみなすウクライナの支配であり、勢力圏に取り戻すことにある処、このプーチン氏の暴挙に、国連、G7等 ‘西側 ’自由諸国は一斉に立ち上がり、以下、制裁措置を以ってロシアの蛮行阻止に向かう処です。
1.ロシア制裁に向かう国際社会
(1) 国連総会、緊急特別会合 (2/28~3/2)
国際社会として国連では2月28日、国連総会緊急特別会合が開催され、3月2日、ロシア
のウクライナ侵攻に係る即時撤退決議を採択し(賛成141カ国、反対5か国、棄権35カ国)、多数の国が結束して、ロシアの孤立化を印象付ける処でした。
実は25日、国連安保理ではロシアの侵攻非難決議が予定されていました。が、ロシアの拒否権 (VETO)発動で否決されたため、米国などは全ての国連加盟国が参加できる国連総会、緊急特別会合(注)の開催を27日, 緊急提案。翌28日、安保理での採決を経て招集された次第です。但し、当該総会の決議には法的拘束はありません。それでも、大国の利害対立で安保理が機能しない中、あらゆる外交努力を通じて国際社会の結束を強め、プーチン阻止を目指さんとする処です。
と同時に、今次国連でのロシアの拒否権発動は今の安保理体制がもはや限界にあることを実感させる処でした。国連の現体制は先の大戦での戦勝3カ国、米英ソ連(ロシア)が主導し、中国とフランスを加えて立ち上げられ、これら5カ国が世界秩序を支えることを想定するものでした。が、その前提は今、完全に崩れています。ロシアは明白な侵略国となり、中国も現秩序を守るより、曲げる側に回っています。 勿論、安保理の「病」は今に始まったことではありませんが、今次のロシアによる侵略は、大国による暴挙である点で現状を放置できません。このままでは世界の秩序は覚束ないと愚考する処です。それは「拒否権」の運用の在り方を問うものであり、安保理の構造的見直しが不可避とされる処です。3月17日の参院予算委員会では、岸田首相は改革を提起したいと発言する処、日本のその主導に期待する処です。
(注)国連総会緊急特別会合:1950年の朝鮮戦争時に旧ソ連の拒否権を抑える狙い
で、国連総会で採択された「平和のための結集決議」(1950年11月3日)に基づく
措置で、安保理の意見が一致せず、侵略への対応等、国際社会の平和と安全の維持
が困難になった場合に講じられる対応とされるもの。尚、国連の歴史の中で開催さ
れたのは、今次を含め、11回。
尚、今次国連非難決議に反対・棄権した40カ国の8割はロシア製武器の輸入国です。また
旧ワルシャワ条約機構に加盟していた東欧諸国は米欧製の武器に切り替えており、軒並み
賛成に回っています。つまり軍事的な依存関係がロシア包囲網に反映されたと云う処です。
又、棄権した国(27カ国)にはインド、中国がいましたが、インドは日米豪との協力枠組
み「QUAD」の一員です。日米豪がロシアによる一方的な現状変更に厳しい姿勢をとる中
で、インドとの足並みの乱れは、中国への抑止に影響する可能性が指摘される処です。
かくして日米欧は上述、国連の場を通じ、ロシアの孤立化を狙う処ですが、であれば、今次の特別会合での採択結果にも照らす時、ロシアに武器調達を依存する国々へ、米欧製への変更を働きかける方法も検討課題になりうるのではと思う処です。
(2)G7等、西側諸国の対ロ制裁 ― ロシアの銀行のSWIFTからの排除
24日、ロシアの侵攻が始まった直後、G7はオンラインで首脳会議を開き、対ロシア制裁の為の政策会議を行っています。その際、英首相のジョンソン氏から、1万超の金融機関が使う決済網のSWIFT (注)(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication:国際銀行間通信協会) からロシアを締め出すよう提起があった由です。これは「金融核兵器」(ルメール仏財務大臣)とも呼ばれる強力な制裁手段です。ただその際は、議長国であったドイツをはじめ、米国、日本、フランス、イタリア、カナダからは、ロシアからのエネルギー供給の途絶を心配して、同調得られず、一旦制裁メニューから姿を消しました。が、その後、首都キエフの陥落危機が伝わるや、G7会議とは別にルクセンブルグで開催中のEU緊急首脳会議では、ロシアの排除、然るべしとの声が強まってきたためとされる処でした。
(注)SWIFT(国際銀行間通信協会):世界中の銀行間の金融取引の仲介と実行の役割
を担うベルギーの共同組合。(1973年発足)SWIFTは資金移動を促進するわけでなく、
正しく支払い命令を送り、その命令は金融機関同士が持つコルレス口座で決済される
システム。世界の高額なクロス・ボーダ―決済の半分がSWIFTネットワークを利用。
そもそもは2月24日のEU緊急首脳会議にウクライナのゼレンスキー大統領はon lineで
特別参加、その際, EU加盟国に対してロシアのSWIFTからの排除を以って 制裁措置をと、
懇請あった由ですが、当初は前述同様の事由をもってドイツ、イタリア等から同調が得られ
なかった由でしたが、緊急会合終了後の批判の高まりと、ゼレンスキー大統領の鬼気迫る言
葉,(「あなた方が私の顔を見る事は、これが最後かもしれない」イスラエル・メデイア)に
動かされ決定だと報じられる処です。尚、岸田首相は28日、制裁参加を表明したのです。
そして3月1日、G7財務相・中銀総裁はオンライン会議で、ロシアの銀行7行(注)のSWIFTからの排除を正式に決定、同時に、プーチン氏の資産凍結を決定、個人制裁を決めています。 「プーチン氏は侵略者」、その印象を強調し、対ロ包囲網形成につなげる狙いにあるとされる処です。(日経、3/3)又、3月11日、G7はロシアへの最恵国待遇取り消しをも決定、ロシアの世界的孤立を更に強めんとする処です。
(注)排除された7行:VTBバンク、VEBバンク、バンクロシア、オトクリテイ銀行、ノビコムバンク、プロムスビジャバンク、ソブコムバンク
2.対ロ制裁に伴う欧州の政策転換、ロシア経済の混乱
(1)欧州の ‘外交・安保’ 政策の転換
ロシアのウクライナ侵攻が始まって約1か月、この間、ロシアへの憤りと失望は、上述対ロ制裁に昇華されていくと同時に、欧州では外交・安保で3つの大転換が進む処ですが、これがまさに新たな地政学リスク対応の行動様式と映る処です。
その一つは大西洋同盟。既に多くの指摘のある処ですが、欧米の結束強化の深化です。これまで対米追従を嫌う欧州は米国と表裏一体になるのを避けてきましたが、この空気は完全に変わったという事です。
二つ目は軍備増強の高まりです。NATOはGDPの2%を国防費に割く目標を挙げる処、欧州で達成しているのは仏、英で、今後は、独、伊等、軍拡の広がる様相が伝わる処です。そして、三つ目は経済安保です。欧州は米国に同調し、ロシアに制裁を科してきています。経済界も対ロ制裁やむなしって処です。
こうした3点、率先して体現するのが、ドイツです。これまで第2次大戦の反省もあり、ロシアとは対立よりも協力を優先してきました。が、ロシアのウクライナ侵攻で警戒が急速に高まり、これまで米国に促されても拒んできた国防費の大幅な増額を決め、エネルギー調達でもロシア依存からの脱却を急ぐ処、因みに22日には、ロシアとの新しいパイプライン計画(ノルドストリーム2)の棚上げを決定したのです。ロシアに厳しい姿勢を貫くには、エネルギー政策の転換が避けられないと云うことですが、外交・安保政策の転換に踏み出したことで、メルケル時代は名実ともに幕を下ろすことになる処です。
1989年ベルリンの壁崩壊で冷戦が終わると、欧州各国は国防費を抑制し、徴兵制を廃止しました。欧州統合は旧ソ連のバルト3国まで広がり、東西融合という平和の配当が成長を齎す処でした。その流れがいま逆回転し、東にシフトした「鉄のカーテン」が、再び欧州に出現する様相です。つまり、ロシアと対峙する構図の復活です。そして、それが意味することは、グローバル化した世界で、戦争をはじめとする地政学リスクや人権問題にどう対応するか、企業においてもその感度と覚悟が問われる環境にあって、大事なことは想定されるリスクに備え、何が起きてもしぶとく生き残れる道筋を描いておく事と思料するのです。
そして、日本について云えば、警戒を要するのは中国発の地政学リスクです。市場の大きさや累積投資額から見ても、有事の際の震度はロシアの比ではない、ことです。とすれば、台湾等問題を抱える日本にとって、ロシアによるウクライナ侵攻は、対岸の火事ではありえず、欧米と連携,ロシアの野望を挫かねばアジア有事の際に日本は孤立しかねません。その点でも日本にはこの危機の打開に向けた積極的な貢献が求められる処です。
(2)混乱するロシア経済の現況
こうした西側の金融等、制裁でロシアは、外貨取引の制限、通貨ルーブルの急落(1ドル当たり40ルーブルが3月中旬には150ルーブル)で、ロシアの対外債務に債務不履行(デフォルト)の懸念が高まる処ですが、これが国内金融システムの不安にもつながり、まさに二重の信用危機を招来する状況と報じられる処です。
そして、そうした経済の実態を象徴するのがロシアの物流です。西側制裁の強化を受け、ロシアの物流が麻痺状態に陥りつつあるとされる処、例えば欧州主要港の税関が、ロシア向け貨物の積み替えを拒否したことで、ロシア行きはほぼ不可能となり、ロシアの取扱量の多くを占める海路が実質的に停止となり、希少資源や穀物のロシアからの輸出、部品や製品のロシアへの輸入も滞っており、ロシア経済は事実上世界から遮断されつつあると報じられる処(日経3月6日)です。 混乱は空輸にも及び、領空閉鎖の広がりも伝えられる処ですが、物流の停滞はロシア国内の市民生活を直撃する処、懸念されることはロシア国内のモノ不足が今後深刻になることです。もとよりこれが世界経済にも影響する処、因みに米ゴールドマン・サックスは3月1日付でロシアの22年のGDP予想を従来の2%から7.%減へと下方修正する処です。
・外資企業のロシア離れ
係るロシア国内の状況に照らし、ロシアに進出の米アップルやフォード・モーター、独フォルスワーゲン、仏ルノー等、欧米の大企業、又、ユニクロ等日本企業も、事業の停止、撤退を決めるなど、ロシア離れを加速させる状況です。中でも注目を呼ぶのは「マクドナルド」の操業停止です。尤も、彼らは従業員の給料は維持するとは言っています。 1990年、モスクワに初出店の際は、共産主義に対する民主主義の台頭を語る強力な象徴とされ、大きな時代の節目と捉えられていたものでした。が、マックの撤退は、ゴルバチョフとエリチンの築いたロシアの終焉と見られる処です。
尚、そうした中、3月10日、ロシア政府はロシア事業の停止、撤退を決めた外資系企業の資産は差し押える方針と、欧米や現地メデイアは一斉に報じる処です。 つまり外資の出資が一定比率を超える企業がロシア事業を止めた場合、企業の設備や資産を事実上押収し、ロシアの裁判所を通じて新しい所有者を決める由, 伝えられ処です。今回の強硬策には外資の更なる流失を阻止し、一時的に停止した企業にも営業再開の圧力をかける狙いがあるものと見る処、欧米とロシアによる‘制裁と報復の連鎖’で、これが世界経済に深刻なリスクとなっていくものと、極めて懸念される処です。
第2章 中ロ関係の行方、そして日中関係の課題
1.「国際社会と共に」という中国
(1)中国とロシアの距離感
ロシアとウクライナの停戦交渉は今尚続く中、世界の関心は、中国がどこまでロシアを制御し、公正な停戦のために尽力するかではと思料するのです。周知の通り、2月4日、北京では習近平氏がプーチン氏を招く形で首脳会談が行われ、会談後に発表された「共同声明」では、中ロの新型大国関係の構築を打ち出すほどに、その緊密さをアピールする処でした。そして いま尚、習近平氏は、ロシアをかばうような態度を示す処です。 が、それを続けるなら、少なくとも中国の国益は損なわれるのではと、思う処です。
と云うのも一つには、2030年を経て50年までには、米国に代わって世界のリーダーになると云う国家目標の実現が遠のくことになる事です。中国は内政不干渉と主権尊重の原則を以って米主導の秩序に異を唱えてきた訳ですから、この原則を踏みにじるロシアに甘い対応を続けるなら、各国からの信用は得られる筈のない処です。 加えてプーチン批判が強まる中、彼との距離を置かなければ、世界から中国までも「悪者」扱いされる恐れもある処です。勿論ロシアは、エネルギーや高度な軍事技術の大切な供給元であり、対米牽制上も役に立つ仲間です。だが、彼が侵略者になった今、彼との蜜月は利益よりマイナスが大きいと判断する時ではと思料するのです。因みにThe Economist, March 12, のコラム、`Mr. Xi places a bet on Russia ‘ では、前掲中ロ共同声明にも拘わらず、中ロ関係の危うさを指摘するのです。
中国の王毅外相は3月7日の記者会見で、ロシアのウクライナ侵攻を巡り「必要な時に国際社会と共に必要な仲裁をしたい」と語っていたこともあって、(日経3月8日) 中国 習近平氏の出番に期待の集まる処でした。ただ王毅外相はその際は、直接の関与には慎重な姿勢を見せ、今回もあいまいな態度に終始する処でしたが、それでも彼が口にした、「国際社会と共に」の言辞には、大方の関心を呼ぶものでした。 が、3月8日、オンラインで行われたマクロン仏大統領、シュルツ独首相との3者協議では、習近平氏は、西側による対ロシア経済制裁に反対との意向を示し(日経3/9)、更に 18日のバイデン氏とのTV協議でも、仲裁には一切触れることなく、「制裁に反対」と語るだけでした。(日経3/20)
・Russia’s war will remake the world by Martin Wolf
とにかく、中国がロシアと連携を深めることで、中国が欧州の安全保障にとって、短期的にも脅威となるリスクが浮上してきたと指摘されるのですが、Financial TimesのM. Wolf氏は同紙3月16日付記事、‘Russia’s war will remake the world’ で「中国がロシアの後ろ盾になるのは大きな誤り。自由な社会が一度結束すれば、国民の支持を得て強大な力を発揮することは歴史が幾度となく示している」と。そして予測不能な戦争状態にあっては安全保障が何よりも優先されるべきで、この際はEUが安全保障上の一大勢力になることが極めて重要と、指摘する処でした。
(2)中ロ貿易の拡大トレンドが意味すること
処で王毅外相が記者会見を行った同じ7日、中国税関総署は、1~2月の貿易統計を発表。それによると、中国の対ロ貿易総額は前年同期比38.5%増、全世界向けの伸び率(15.9%増)を大きく上回る処、対ロ輸出は41.5%増、輸入は35.8%増と拡大を示す(日経3/8)処でした。
中ロ貿易を巡っては、米欧と激しく対立するロシアに中国が助け舟を出したとの見方がある中、2月にはロシア産小麦の輸入拡大を発表するなどで、中国がロシアとの経済協力を拡大する様相が伝わる処です。つまり、中ロ貿易は、今次の米欧が金融制裁に踏み切ったこともあって拡大は見通せず、そこで、ロシアの銀行と中国人民元の決済システムCIPS(Cross-Border Inter-Bank Payment System) を使った経済協力を拡大する、つまり中国としてロシア産小麦の輸入を増やすことでロシアの支援に廻らんという事ですが、その結果として、人民元決済を広げ、同時に人民元の国際通貨化入りを狙う処とも、思料されるのです。中国メデイアはロシアメデイアを引用する形で、中国のCIPSとロシアの自前の金融情報網「SPFS」をつなぎ、天然ガスや石油等取引で人民元決済を広める可能性を伝える処です。
2.中国経済の実状と日中関係の行方
(1)現実味帯びる「China as Number One」
2月28日、中国国家統計局が発表した2021年の国民経済・社会発展統計によると、中国の一人当たりの名目国民総所得(GNI)はドルベースで1万2438ドル、世銀が定めた高所得国の基準(1万2695ドル)に迫る処です。ドル建ての名目GDPは前年比21%増の17兆7200億ドルで、これが米GDPに対する比率は77% と前年の70%から高まっており、まさに高所得国入り目前となる処、国内の格差問題は残る処です。
クレデイ・スイスによると、中国富裕層の上位1%による富の占有率は20年時点で30.6%。過去20年間の上昇幅は9.7poitsで、日米欧や、インド、ロシア、ブラジルより大きいとされています。習近平指導部は「共同富裕」というスローガンを掲げる処、この秋の共産党大会を控え、安定成長と格差是正の両立を目指さんとする処です。
その予備大会ともいえる全人代大会、第5回会議が3月5日北京で開催されました。その予備大会の真相とは、秋に予定されている党大会では、習氏が異例となる3期目入りを目指さんとする処、それだけに庶民の不満を高めかねない景気の停滞は是が非でも避けたいとする処です。因みに、2022年の経済政策のポイントは下記(注)ですが、注目されたのは会議冒頭の李克強首相の報告でした。それは「台湾問題解決の総合的な方策を貫徹する」と、始めて書き込んだものでしたが、習指導部が平和統一を軸にしながらも武力行使(台湾の中国への併合)の可能性を排除しないことを示唆するものだとされる処でした。
(注)22年の経済政策のポイント(日経3月6日)
・成長目標:5.5% 前後(21年の6%以上から引き下げ、安定成長を目指す趣旨)
・財政・金融政策:減税2兆5000億元を以って景気の下支え
・懸念材料:ウクライナ情勢、新型コロナもなお不安要素と、挙げる
さて、米中経済は、2022年は反動から成長は鈍化するとみられる処、米国については一桁台前半の成長、中国は一桁台半ばの成長が持続されるとみる処です。とすれば、上述の通り米中経済の逆転の可能性は高く、「China as Number One」、そのタイミングも前述通り2030年前後と予想され、その後、中国は社会が豊かになることで、成長のペースは鈍化し、名実と共に中国は先進国入りし、外交的パワーも高めていく事が想定される処です。
(2)人民元と日中関係
そこで留意すべきは日中貿易の在り姿です。かつて日本の最大の貿易相手国は、輸出・入とも米国でした。が、2020年には、これまでの対中輸入に加え、対中輸出も対米を上回り、すべての面で中国が最大の取引相手国となったことです。このことは日本がモノづくり国としてやっていく限り、必然的に中国を最大の取引顧客とせざるを得ない事になります。
加えて、もう一点留意すべきは、人民元の推移です。周知の通り、世界の基軸通貨は米ドルです。米国は突出した輸入大国です。自国通貨のドルを以って買い付けるのですが、このことは自国通貨のドルを世界に流通させることを意味します。言い換えれば、米国が輸入超過で多額の貿易赤字を計上している事が,基軸通貨としてのドルを担保していると云う事です。
中国は現時点では世界最大の輸出国で、輸出の対価としてドルを受け取る立場です。従って中国の通貨、人民元はあまり世界に覇流通していません。が、中国の成長が鈍化し、最終製品の輸入が増えると話は変わってくるという事です。つまり中国の輸入が大きく拡大すれば、それに比例して人民元決済が増加し、同時に流通する人民元が増えてくることとなり、そうなると絶対的と云われたドルの地位も安泰というわけにはいかない筈です。 中国はいずれ人民元のシェアーが高まることを前提に、人民元をベースとした国際決済システム、上述(P.9)「CIPS」を2015年に構築し、ゆっくりと、しかし戦略的に通貨覇権の拡大を目指さんとする処です。
先に、中国は成長の鈍化を通じて先進国化していくと、しましたが、それは中国が原材料や部品を輸入して製品を再輸出する国から、完成品を輸入する消費国家にシフトすることを意味するのです。 となると日本がこれまで通りに輸出主導の経済運営を続けるなら結果は、確実に中国経済に取り込まれると云う事になるのです。その中国は、前述2030年には米国を超え、ナンバーワン世界大国になると予想される処です。ではそうした中国と日本は如何ように与していくべきか、つまり日中の新たな関係に備えた取り組みが問われる処です。 では日本は今後、こうしたシナリオの下、如何に国を成り立たせていくか、が、重大なテーマとなる処と思料するのですが、さて、それに向かう賢者は何処に,です。
おわりに Stop Vladimir Putin!
(1)ゼレンスキー・ウクライナ大統領の国会演説
3月23日、6:00 PM、ゼレンスキー大統領はon lineで約12分、国会演説を行いました。その冒頭、「アジアで初めてロシアに圧力をかけたのは日本」と感謝したうえで、制裁の継続とその強化を訴えると共に、日本での共感ポイントと察してか、チェルノヴィリ原発事故をリフアーしながら、ウクライナの戦後復興を見据えて、日本のリーダーシップへの期待を表明するのでした。まさに戦場からの訴えです。興味深かったのは当論考でもリフアーした国連安保理の改革提案でしたが、岸田総理の反応(P.5)が気になる処です。
全体的には他国(EU他7カ国)でのスピーチに比して非常にソフトな内容との印象でしたが、国を守る気概を真に感じさせるものでした。議会で演説する目的は、国民の代表たる議員を通じて、その国の国民に訴えかけることでしょうから、今後は、その訴えに応える行動を注視していきたいと思うばかりです。
・連荘首脳会議への期待
さて、ゼレンスキー氏が訴えるロシア制裁については、3月24/25日、その為の首脳会議が予定されています。まずNATO臨時首脳会議、次にEU首脳会議、更にはG7首脳会議と、続く処ですが、ウクライナ危機、というよりプーチン氏を如何に抑え込むべきか、を巡っての鶴首会議と思料する処、とにかく西側諸国は、更なるタイトグリップで連帯し、血迷う彼を排除する行動を取るべきと思料する処です。バイデン氏は新しいアイデイアを用意し、今次の会議に臨むとコメントする処です。
George Soros氏は3月11日付のProject Syndicateへの投稿論考 ‘ Vladimir Putin and the risk of the World War Ⅲ’ で, 習近平がプーチンにcarte blanche(白紙委任状)を与えた、或いは与えられたごとくに振る舞う様相に、第3次大戦を起こさせないためにも、プーチンも、習近平をも、その地位から引きずり下ろす事だと叫ぶ処です。 Stop Vladimir Putin!
(2)ウクライナ危機 ― その終焉は Palace coup ?
さて本稿執筆の現時点では、ロシアとウクライナの停戦交渉の見通しは依然、不透明な状況です。プーチン氏は戦争の目標貫徹までは、戦争は止めないと云い、時に核使用の可能性もちらつかす様相にある処、それは威嚇と陽動の一環でしょうが、その姿は、世界には追い込まれた心象風景と映る処です。The Economist, March 5th 2022,は、巻頭論考 ‘ The horror ahead ‘ では、一つの可能性としてプーチン氏の沈んでいく姿はpalace coup、つまり宮廷革命と、描く処です。そこで、そのPlot(概要)を紹介し、本稿の締めとしたいと思います。
➀ プーチン氏は最初から、「エスカレーション」の戦いであることを明確にしていた。彼の意味するエスカレーションとは、世界が何をしようと、暴力的、破壊的態度を強めることで、エスカレーションは麻薬。もしプーチン氏が今日勝てば、次に麻薬を打つ場所はジョージアやモルドバ、或いはバルト諸国。同氏は誰かに阻止されるまで、やめることはないと見る。
➁ ただ砲火の下でウクライナ魂が発揮され事は彼の誤算。つまり、ゼレンスキー大統領が変貌し、国民の勇気と抵抗を具現化する戦争指導者に変貌したこと。 実際ウクライナでの反戦デモを見て欧州各国でも大規模な抗議行動が始まっている。更に、ドイツでは、関与によるロシア懐柔を基盤とする数十年来の政策を覆し、対戦車、対空兵器を送りこんでおり、こうした‘逆転’に直面したプーチン氏はエスカレートし、西側に対して核戦争の脅しを突きつけると云う。
③ プーチン氏はNATOを旧ワルシャワ条約機構加盟国から追い出し、米国をも欧州から追い出したいと話している由。但し、NATOは、ロシアを攻撃することと、ウクライナを支援することの間に明確な線を引きながら加盟国の防衛に努める必要があるとエコノミスト誌はアドバイスする処です。そして今、経済の惨状を目の当たりとする時、プーチン氏がやったことの恐怖の実感が湧いてきて、その実感と共にPalace coup (宮廷革命)が現実味を帯びてくると云う。 Putin’s botched job -「プーチンのぶざま」であり、勿論、それはプーチン氏の終焉を意味する処、さて、いか様な展開となるものかです。 (2022/3/25)
2022年03月25日
2022年02月26日
2022年3月号 「経済安全保障政策」構築に向かう岸田政権、プーチンロシア主導のウクライナ危機と戦後秩序 - 林川眞善
目 次
はじめに 経済安全保障
第1章 日本の「経済安全保障戦略」考
1.経済安全保障、そして外交力の強化
2.日本が「経済安保」と対峙する事情
・地経学(Geoeconomics)
・企業経営と経済安保
― APIの「地経学ブリーフィング」
第2章 岸田政権の「経済安全保障」政策
1.「経済安全保障推進」法案
2.経済安保政策取りまとめの基本
おわりに代えて 中国、ロシア そして 米欧
1.中国の変容、ロシアが仕掛けるウクライナ危機
(1)2月4日の中ロ首脳会談
― 中ロ新型大国関係の模索
(2)プーチン・ロシアとウクライナ危機、
2.米バイデン政権の 新「インド太平洋戦略」
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はじめに 経済安全保障
岸田文雄総理は1月17日の通常国会で岸田政権が目指す成長戦略では「経済安保は待ったなしの課題」だとし、「新しい資本主義」の重要な柱だと、発言するのでした。そして2月1日開催の有識者会議では、頭書、政策に向けた提言(法案)が取りまとめられ、政府は2月中にも法案としてまとめ、国会に提出、成立を目指すとする処です。 その法案の枠組みは、巷間伝えられる処、「サプライチェーンの強化」、「先端技術での官民協力」、「基幹インフラの安全性・信頼性確保」、「重要分野の特許非公開化措置」の4点を柱とするものです。日本政府として「経済安保」、経済と安全保障を重ねて、政策を語るのは初めての事です。そうした事態を象徴するのが、過去2年間、コロナ禍でサプライチェーンの脆弱性リスクの顕在化でした。そして同時に、その為にも外交力の強化をと、思う処です。
さて、コロナパンデミックの広がる中、それへの対抗が世界的広がりを以って進んできた結果、経済は供給要因と需要要因が予期せぬ形で押したり引き合ったりする状態が続き、いま、世界はsupply shortage economy状態にあって、Game Changeの進む処です。そして、このshortage を促すものとしてあるのがdecarbonization と protectionismの二つの要因とされる処、decarbonization は、脱CO2から再生可能エネルギーへのシフトで産業構造の変化を伴う問題、protectionismは詰まる処、米中対立の深化に負う話ですが、こうした変化対応を経て生まれてきた新たな経済の仕組みや行動様式は、従来の制度、思考様式にはそぐわない、まさに資本主義経済の根幹を揺るがすほどに、環境変化を呈する処です。英経済誌、The Economist(Dec.18~31,2021)は、こうした新たな状態を、new normalと称し、かつThe era of predictable unpredictability と記す処です。
・日本の目指すべき方向 は` Internationalism ‘
疾風怒涛(シュトウルム・ウント・ドランク)ともいえる変化の進む世界経済にあって、では資源等、パワーを持たない日本が、いかに生き延びていくかが問われる処、先月の論考でも指摘したように日本が目指すべきは、「自由貿易と安全保障が両立する経済安保」の確立であり、その為にも‘外交力’の強化と同時に、仲間を多く募り、しぶとく生き延びる手立てを作りあげていく事と記す処でした。それは、米Princeton 大学教授のJohn Ikenberry氏が論文「The Liberal Order, The Age of Contagion Demands More Internationalism, Not Less」(2020年Foreign Affairs 7-8月号)で、ウイズ コロナの時代こそはinternationalism (国際協調主義)が、より必要と訴えるものでしたが、まさに、その言辞を反芻する処でした。
偶々、2月3日、内閣府が「世界経済の潮流」と題して、主要国と中国の貿易構造の分析結果を公表していましたが、それによると日本は米独に比べて中国からの輸入に頼る品目がより多い姿が浮き彫りとなっていました。因みに日米独の3カ国で輸入先が中国に集中している比率(品目数)は、2019年では日本が23.3%と最も高く、米国は8.1%、ドイツは8.5%で、供給網の中国依存を鮮明とする処、これが同時に日本の経済安全保障問題として位置づけられる処です。内閣府は「仮に中国で何らかの供給ショックや輸送の停滞が生じて輸入が滞った場合、日本では多くの品目で他の輸入先国への代替が難しく、金額の規模でも影響が大きい」とする(日経 2022/2/4)処です。それはまさに日本経済にかかる安全保障問題です。そこで今回の論考では‘経済安保’を中心に論じることとしたいと思っています。
・中ロ連携
処で2月4日、北京五輪、開会の直前、習近平主席とプーチン・ロシア大統領の会談が行われています。ウクライナ侵攻を巡る米ロの対立も含め、世界の地政学関係構図の変容を印象づける処でしたが、果たせるかな、プーチン大統領は21日、ウクライナへの実質的侵攻を開始したのです。勿論、プーチンの行動に対する米側の対応は、中国の台湾に対する行動を左右すると、みる処でした。 そのバイデン米大統領は11日、自身初となるインド太平洋戦略を発表したのです。要は、強権的行動を取る中国と対峙していくためには、同盟国との協調の下、「統合抑止力」が基礎になると強調する処です。もとより米中関係の今後を占うポイントとなる処、そこで、中国と同時発進するロシアと米欧の対立、ウクライナ危機の行方について「おわりに代えて」として、併せて論じたいと思います。
第1章 日本の「経済安全保障戦略」考
1. 経済安全保障、そして外交力の強化
・経済安保:一般に、技術革新、サプライチェーンの確保と云った経済・産業政策の面から国家の安全保障を捉える考え方だが、米国と中国が先端技術や経済活動で覇権を争う中に、日本でも与党内では「日本も国際的なルール形成を主導すべき」との意見が強まりを受け、岸田文雄総理は「経済安全保障」を「新しい資本主義」の重要な柱だとして、政府の重要政策に位置付ける処です。 安全保障といえば、これまで政治的、軍事的側面を中心に議論されてきたが、これに「経済」が結びつくようになったのは、ひとえに ‘中国’ にあって、先端技術分野で高まる彼らの存在感に世界的警戒感が高まっている事情を映す処です。
周知の通り、中国は2015にハイテク産業育成策「中国製造2025」を策定、5G,やAIなど先端分野に力を入れてきたものの、近時、先端技術に欠かせない、半導体の世界的な不足にあって、中国政府は半導体の先端技術の移転を狙って、海外の半導体大手を巻き込んだ、米インテルなどとの連携を想定した、専門組織を立ち上げんと策動中と、報じられ(日経2月2日)るなか、近時、2030年には中国の世界生産能力は現在の15%から30%と倍増、首位に立つと予想される様相に、中国に自国の製造業の命運を握られかねないとの危機感が米国を中心に広がってきており、経済安保にとっての中核テーマと位置づけられる処です。
・尚、外交力の強化をもと指摘しましたが、国の外交力と云った場合、国が外交交渉に使えるカードの総和を意味する処、その政府が持つカードとは「情報力」、「経済力」、「軍事力」の3点です。安全保障問題に強いとされる豪州調査機関、Lowy Institute (2003年4月設立)の2019年調査では、外交拠点数は1位が中国で276 、2位が米国で273、3位が仏国で267、4位が日本で247、5位がロシアで242。 Lowy 研究所は、外交拠点数で中国がアメリカを抑えてN0.1となったことについて、過去10年で如何に中国が急速に台頭してきたかを示唆するものとし、国務省の予算を削減し、重要な外交関係のポジションを埋めるのに苦労してきたトランプ政権下でアメリカの外交政策が世界に及ぼす影響力が弱まってきている証とし、以って外交力の低下と指摘するのです。つまり、外交力を担保する有力手段の一つが「情報力」にありとすれば、情報拠点の数は、当該国の外交力を示唆すると云う事になるのでしょう。
2.日本が「経済安保」と対峙する事情
さて、日本は、安全保障では同盟国、米国を最重要視しつつ、最大の貿易相手国である中国との経済協力も重視してきました。その政府が「経済安全保障」に本腰を入れる背景には何があったかですが、日本が経済安保を真剣に考えるようになったのは、米国のトランプ前政権と中国の習近平指導部が最先端のハイテク技術を巡って対立を深めた事にありました。米国は同盟国にも中国通信機器大手、華為技術(フアーウエイ)などの危機を排除するよう求め、日本は対応をせまられた経緯がありました。何を規制の対象とするかは、これからも米中対立の行方や米国の意向に左右されることが避けられことと思料するのです。
So far、バイデン政権が中国への厳しい姿勢を緩める気配はありません。米国主導の国際秩序に挑戦する習指導部をけん制するため、経済面を中心に制裁の対象を広げる流れは続くとみる処、日本も米国と連携し、安全保障を脅かす技術や情報が中国に渡らないよう体制を強化する努力は欠かせない処です。ただ大事なことは、政府がそれを大義名分として疑わしきは全て排除するやり方を取らないことではと思料するばかりです。
軍事・経済・技術力の各分野での中国の台頭への警戒感が増し、新型コロナウイルスで露呈したマスク不足など、サプライチェ-ンの一国依存のリスクを体感する処ですが、「安保は米国、経済は中国」路線できた日本に対して、中国を「戦略的競争相手」と見据える米国が、経済・技術でも同調を促している事情も指摘される処です。国を挙げて先端技術の軍事転用を促す「軍民融合」を掲げる中国への機微技術の流失や、強い経済力を背景とした外交・安保での揺さぶりを防ぐ、その為には、ある程度の規制は必要と思料する処です。
が、米国主導で新設された「経済版2プラス2」(注)など、とにかく対中牽制で米国と一体化すればそれで良し、と云うことではない筈ですし、当の米国も、政治的には対立しながら対中貿易は拡大させるなど、したたかにある処です。 因みに、経団連の十倉会長も1月の会見で、「経済版日米2プラス2」立ち上げを歓迎しつつ、「日中は、東アジアの経済の繁栄と平和のために安定的で建設的な関係を築いていく必要がある」と強調。「世界は中国なしではやっていけず、中国も世界なしでは立ち行かない」と指摘する処です。
貿易戦争に勝者はいない。経済競争力を競うつもりが、報復合戦になれば、日本が相対的に力を失う結果になりかねません。経済安保戦略は、日本では交わりの薄かった「安保」と「経済」をいかに融合させ、日本の国益を最大化させるかにその本質があり、対立でなく、武力衝突等、緊張を招かぬよう経済も加味した「抑制」手段をどう練るかが重要と云うものです。
(注)1月21日オンラインでの日米首脳協議では、合意された新設の経済版「2プ
ラス2」では、半導体などのハイテクとサプライチェーンそして 輸出管理が主な
議題となる見込みと報じられていますが、世界で需要の増える半導体は安定調達が最
大の課題と映る処です。 かくして経済安保の連携深化へ踏み出すと云うことですが、
中でも対中姿勢で、強硬路線を進める米国に日本はどこまで合わせていけるかですが、
となると経済安保での日米連携強化では、成長と安保をどうバランスさせていくかが
問われる処と思料するのです。
・「地経学(Geoeconomics)」
処で、経済安全保障を考える際、重要になってくるのが「地経学(Geoeconomics)」と云う視点です。 その地経学の手本として挙げられるのが、R.ブラックウイール元米国家安全保障会議(NSC)補佐官と外交政策と経済学者のJ.ハリスとの共著「War by other means、(2016)」(他の手段による戦争)ですが、要は今の時代、イラク戦争の失敗等に照らし、軍事手段を使って影響を拡大することは難しく、従って経済的手段で地政学的目的を実現するしかなく、その際は ➀経済・金融制裁、②貿易管理、③投資管理、④経済援助、➄財政金融制裁、⑥エネルギー政策、⑦サイバー、の7つが地経学の具体的手段とするのです。
最近ではEconomic statecraftと云う言葉が使われていますが、要は、この7つを具体的政策としてどう履行していくかという事ですが、どちらかと云えば、自己防衛、安全保障あるいは経済的影響力の確保・保持と云った受け身の形が多い印象です。
上記事情を踏まえ、後出、API(Asia Pacific Initiative) 理事長の船橋洋一氏は、「地経学とは何か」(文春新書、2020/2/20)で、「国家が、地政学的な目的のために、経済を手段として使う事」を「地経学」と定義する処です。詰まる処、具体的地経学の手段も経済政策に集約され、とにかく力強い経済成長が必要となる処、トップがそれを表明し、国として目指すべき方向性を国民に明示することが必要となる処です。
もとより経済安保にかかる取り組みの基本は、自国経済安保の確保にある事いうまでもありません。が、今日的国際環境に照らすとき、当該行動は互恵主義、協調主義で臨むべきものと思料するのです。 つまり、いまや平時を前提とした「効率優先の集中・管理」型モデルでは立ち行かなくなってきています。周知の気候変動対応、感染症の拡大、更には日本では首都圏直下地震など、これらが同時多発的に起きる最悪事態をも想定したモデルへの転換が急がれる処です。 加えて、我が国の産業界を巻き込む経済安保上の最大の懸念はやはり米中の覇権争いです。
そこで、岸田政府が目指すべき経済安全保障政策構築のポイントは、「外交・安保」、「貿易・投資」、「脱炭素・エネルギー」、「デジタル・データ」等の政策、産業政策とどのような整合性を以って構築されるかにある処、具体的には「国産と輸入の代替」、「安全保障と企業主益・経済成長」、「イノベーションと格差」、「抑止力とレジリエンス」、といった経費対効果を明確にした政策を確立していかねばならないと思料するのです。
さて、政府が提出予定の推進法案は、こうした点を映したものとなるのか、また罰則など政府による民間への規制強化や介入で、民主主義を構成する「自由な経済活動」を阻害する恐れがないか、注視していく事、緊要となる処です。
・企業経営と経済安保 ― API の「地経学ブリーフィング」
次に企業は経済安保をどう受け止めているか、も問題です。その点、昨年12月、日本の主要企業100社に対してAPI (Asia Pacific Initiative)(注)が行った「経済安全保障」についてのアンケート調査結果は、以下の3点に、彼らの本音を映し出す処です。
・100社の内、74%が「米中関係の不透明性」を「最大の課題」と足らえていること、
・にも拘わらず、企業はこうした中国の経済安全保障上のリスクに備えながらも、当面はむしろ、米国の対中政策に伴うリスクの方をより強く意識しているように見えること、
・中国市場への依存を減らしたいと考えつつも、生産拠点の日本回帰や第3国への移転を本格的に検討するところまでは踏み出せない日本企業のジレンマが色濃く映し出されている、ことでした。
[ (注)「API (Asia Pacific Initiative)」はアジア太平洋の平和と繁栄を追求し、当該地域
に自由で開かれた国際秩序を構築するビジョンを描くことを目指すフォーラムであり
シンクタンク。理事長:船橋洋一(元朝日新聞主筆)、2017年設立 ]
つまり、大方の「経済安保」への取り組とは、日米関係を大前提とした取り組みを目指す姿勢の強さを示唆する処、前述、1月21日の日米首脳協議では、バイデン大統領の対中姿勢がいまいちの印象ぬぐい切れず(後述P.11参照)、であれば、日本として今後の外交及び通商政策の基礎に置くべきは、米中対立の狭間で悩む国々と共に、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える「開かれた 互恵主義」を目指すことではと、思料するのです。そして大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事ではと、思料するのです。そしてしぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことと強く思う処です。
因みに、今年1月1日付で発効したRCEP(当初10カ国でスタート)には韓国が加盟しており、韓国も2月1日、韓国国会で承認、発効したのです。日本にとっては3番目に大きい貿易相手国との初のFTAで、関税の大幅撤廃等で両国間の貿易は大幅拡大が予想される処、何よりも日韓関係は戦後最悪の状態(注)とされてきた中でのことだけに、その改善への大きな一歩と期待される処です。
(注)日韓関係は慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した2015年
の日韓合意を事実上反故にしたのがきっかけで、その後の元徴用工訴訟等もあって
対立が長期化し、外交・防衛上の意思疎通は希薄のままに推移してきています。
第2章 岸田政権の「経済安全保障政策」
1.「経済安保推進」法案
さて、本稿冒頭で触れたように、岸田総理は1月17日の通常国会で、目指す成長戦略では「経済安保は待ったなしの課題」とし、「新しい資本主義」の重要な柱だとも発言する処、2月1日開催の有識者会議では、当該政策に向けた提言(法案)が取りまとめられ、2月4日の関係閣僚会議では、岸田総理は「経済安保はグローバルルールの中核になる」として、経済安保推進法案の2月中の提出を急ぐよう指示する処です。
伝えられる当該法案概要は、「サプライチェーンの強化」、「基幹インフラの安全確保」、「先端技術の研究開発」、「重要分野の特許非公開」の4点を柱とするもので、米国が2021年6月に纏めた「サプライチェーンに関する報告書」で重要とされたものです。(注)
(注)[4本柱の概要 ]
➀ サプライチェーン強靭化
― 滞れば国民生活や産業に重大な影響を及ぼす半導体などを「特定重要物資」に
指定し、国が供給網の強化に向け、事業者が作成し、資金を支援する。
② 基幹インフラの安全性・信頼性の確保
― 情報通信やエネルギーなどのインフラ事業者が重要な設備で安全保障上の脅
威になりうる外国製の設備を新たに導入する際、政府が事前審査する。
③ 先端的な重要技術の官民協力
― 技術流出防止へ国内研究を国が支援、官民研究で秘密を洩らせば罰則も検討。
④ 特許出願の非公開制度
― 機微技術の公開を防ぐ事を狙いとするの。対象を原子力技術や武器だけに使用
される技術の内、「我が国の安全保障上、極めて機微な発明」に限定し、これによ
ることに伴う損失を国が補償する。(以上、月例報告「2月号」より)
尚、特に半導体、医療品、先端分野の電池、レアアースを含む重要鉱物について、政府は4つの戦略物資と位置づけ、国内生産能力の強化や多元的な調達に取り組む方針とする処、産業界には「経済安保政策を徹底すれば、先端製品の製造拠点を持ち、巨大市場でもある中国との関係の悪化にならないか」と云った懸念も強く、推進法案の確定までには産業界での配慮と実効性の確保の2面での調整が続きそうです。その点、2月9 日、小林鷹之経済安全保障相は経団連幹部と面談。経済界が懸念する国の過度な関与や企業秘密の開示にかかる関与等、これまで指摘されてきた企業への規制について、最小限にすると説明する処です。
日本としては今後、当該新法をベースに、外交・通商政策を進めることになるのでしょうが、その際、留意すべきは、米中対立の狭間で悩む国々と共に、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える前述(P.6)「開かれた 互恵主義」を目指すことではと思料する処、大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事、そして、しぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことと強く思う処です。
2.経済安保政策、取りまとめの留意点
政府が目指すべき経済安全保障政策の構築は、前述(P5)の通り、外交・安保、貿易・投資、脱炭素・エネルギー、デジタル・データなどの政策、産業政策とどのような整合性を以って構築されるべきものと、思料するのですが、その際は中国に対して如何に向き合っていくか、がカギとなる処と思料するのです。
中国経済は2030年ごろには米国を抜き世界一の大国になると予想されています。その中国はGDPでいえば、今から30年前、日本のわずか8分の1でした。2010 年には日中は逆転し、今や日本が中国の3分の1となっています。そうしたダイナミックな変貌が想定される中国、そして世界経済にあって、日本はどのように変貌が想定でき、その展望の下、如何に対峙していくかが問われことになると思料するのですが、結局それは、日本経済の長期展望にかかる処です。その点を含め、しばし当該推移を注視して行きたいと思うのです。
おわりに代えて 中国、ロシア そして 米欧
― 北京五輪の幕が下りるのを待っていたかのように、中国、ロシアの連携が確認され、その一方では、これまで同盟関係にありながらも米国追随型を「良」とせず、時にkeep stanceにあった欧州が、プーチン主導のウクライナ危機に反応し、一挙に米国との距離をちじめ、新たな自由諸国対中ロのブロック対決構造を生み出す様相です。以下ではそうした中ロ、そして米国の動きにフォーカスし、考察することとしました。
1. 中国の変容、ロシアが仕掛けるウクライナ危機
(1)2月4日の中ロ首脳会談—中ロ新型大国関係の模索
さて北京冬季五輪は2月20日、色々な問題を発信しながら幕を下ろしました。とりわけ、
2月4日、開会式直前に行われた中国習近平氏とロシアのプーチン氏との首脳会談は、政治体制が異なる核保有国同士が直接対話をすると云う冷戦期(1945~89)以来の事態で、まさに世界が注目するホットイッシューでした、
メデイアによると、周知のウクライナ情勢と台湾問題で、中ロ両首脳は、互いの立場を支持し合い、連携を強調。中国へ天然ガスを追加供給する事でも合意、天然ガスをロシアに頼る欧州を揺さぶったとされる処、会談後、NATO拡大に反対する共同声明(注)を出し、プーチン氏はその足で開会式に臨んだ由で、見下ろす位置にいるプーチン氏を感じつつ入場行進したウクライナ選手は心がざわついたに違いないとメデイアは云うのでしたが、然りです。そして、「ひたすら技を競い合うべき平和の祭典に軍靴の音さえ聞こえかねない国際政治上の対決を持ち込んだ責任は重い」(日経2/6 ,社説)とメデイアは糾弾する処でした。
(注)共同声明:「新時代の国際関係と持続可能なグローバル発展に関する共同声明」と
題した、下記、4つの文節から成る声明で、ウクライナへの言及はなかった由。
➀ 中ロとも民主を肯定し、国際社会の共通の価値観は「民主」と。
➁ 中国主導の「一帯一路」と、ロシア主導の「ユーラシア経済連合」のリンクを提唱、
③ 中国の主張「一つの中国」、ロシアの主張「NATOの拡張反対」に両首脳は同意
④ 中ロは国連の2大常任理事国として、戦後の国際秩序の堅持を強調。その中でウ
インウインの新型大国関係の構築を提唱(中ロの新型国際関係は冷戦期の軍事・
政治同盟を超えるものと確認。米欧と対峙する姿勢を打ち出すもの)
そもそもロシアは国家ぐるみのドービング違反で制裁を受け、プーチン氏は主要な国際大会への出席が禁じられている中、今回は例外規定を用いた習近平氏の計らいで北京五輪に出席できた由ですが、見過ごせないのは、北京五輪が強権的統治が特徴の権威主義国家と、民主主義国との分断を浮き彫りとしたことと、各種メデイアは指摘するのでしたが、そこに映し出される中国、かつて米国主導の下で形成され戦後の国際秩序のフォロワーであった中国が、今や新たな秩序形成に向けた、ルールメーカーともなりつつある、そんな姿を感じさせる処でした。
因みに米国など民主主義国は外交的ボイコットの名の下、彼ら首脳陣の参加はなく、中国の孤立感が云々される処、プーチン氏をはじめ、グテレス国連事務総長ら24人の首脳や国際機関トップが北京に駆け付けたことは中国主導の下で、ある種のブロックのひな型さえ感じさせる処でした。が、習氏が会談したのは18人、五輪外交としてはその広がりは乏しく、とりわけ中国最大の原油輸入国、サウジのムハンマド氏の突然の欠席は習氏にとり痛手と評される処、インドも然りで、五輪外交は目算崩れとみられる処でした。そして足元の五輪競技の場では判定を巡る、トラブルを目の当たりとする時、[fairness]を大前提とする国際競技にあって、これが中国開催故の結果かと、聊か冷めた印象の残る処でした。
(2)プーチン・ロシアと彼が仕掛けるウクライナ危機
元米国務次官補のダニエル・ラッセル氏は上記中ロ共同声明について「制裁に耐え、米国の世界的なリーダーシップに対抗する覚悟だ。中国とロシアは自国の利益と権威主義体制を米欧の圧力から守る共通の目的がある」(日経2/6)と分析する一方、サリバン米大統領補佐官は2月6日、米ABCのTVインタビューで、ロシアのウクライナ再侵攻の可能性が「非常に明確にある」と発言。(日経夕、2022/2/7)そして米政府は東欧などへ3000人規模の米軍を独自に派兵すると報じられる処でした。まさに米ロ危機、東西分断の可能性を感じさせる処です。
果たせるかな、2月21日、プーチン大統領は安全保障会議を開き、ウクライナ東部の親ロシア派が占領する東部地域、ルガンスク、ドネック両州の独立を承認し、直ちに、当該地域の安全保障の提供として、ロシア軍の派遣を、大統領令を以って指示する処、2月24日には、ウクライナ東部への侵攻を始める処です。(注)
(注)ウクライナの独立:1991年、ソ連邦崩壊、その一部のウクライナは独立を果たし、
この時、ウクライナ領内に約1,900発の核弾頭が取り残された由。但し、ウクライナに
対してNPTの加盟と核兵器の撤廃が求められ、その条件として「領土保全、政治的独
立」に対する安全保障を米・英・ロシアが提供することで合意。(ブタペスト覚書、
1994/12/5)しかし2014年3月、クリミア半島はロシアに併合され、ブタペスト覚書
きは反故とされ、更に、2014年のクリミア半島を巡る紛争に対し、ロシア、ウクライ
ナ、独、仏の首脳間で交わされた停戦合意(ミンスク合意、2015年2月)も、今回の
事件で、白紙とされる処です。
・米国との一層の一体感を強める欧州
尚、欧州で渦巻くロシアへの憤り、失望は外交・安保で3つの大転換を促すとされる処です。
一つは、NATO同盟の姿勢です。これまで対米追随にあった姿から、欧米の結束強化に向かいだした事です。二つに、軍備増強に向かいだした事、そして3つ目が経済安保にかかる取り組みです。つまり欧州は米国に同調してロシアに制裁を科す処、経済界も「対ロ制裁やむなし」とし、当面、対ロシア新規投資を控えるとするのです。ドイツは22日、ロシアとの新しいガスパイプライン計画の棚上げを決定したのです。こうした流れは東にシフトした鉄のカーテンが再び欧州に出現したと見る処です。
一方、ウクライナ情勢を巡り、米国は日本に経済制裁で足並みを揃えるよう求める処、
北方領土問題を抱える日本には、G7の枠組みと対ロ外交とのバランスをいかに図るか、と苦慮する中、9日、日本政府は、just in case、欧州がエネルギー不足にならないようLNGを欧州に融通できないかとの米政府の打診に対応することを決定、まさに日本の経済安保政策の一環とされる処、要は、ロシアのウクライナ侵攻を傍観すれば、台湾、尖閣諸島等を巡って、覇権主義を鮮明とする中国に誤ったメッセージを与える懸念もありで、日本政府も、これが対岸の火事と済まされない処なのです。
2. 米バイデン政権の新「インド太平洋戦略」
2月11日, バイデン政権が初めて纏めたと云う安全保障・経済政策の指針となる「インド太平洋戦略」を発表したのです。その内容は、中国の抑止を最重要と位置づけ、軍事と経済の両面で対抗する方針を打ち出すものでした。そして同盟国と築く「統合抑止力」が基礎になると強調する処、日米同盟にも深化を迫る内容とされる処です。ウクライナ情勢が緊迫する中での公表で、対中抑止を重視する政権の姿勢を明確にする狙いがある処と、メデイアは指摘する処(日経2/14)、世界の課題に、同時並行で対処する決意を示したものと云えそうです。その概要は以下ですが、もとより、「中国を変えること」ではなく、米国や同盟国に有利な戦略環境を整えることにあるものと思料する処です。
・米が目指す戦略ポイント:「安保」と「経済」
「安保」では地域の同盟国である日本やオーストラリア、韓国、フィリピン、タイとの関係を一段と強化すると掲げ、日本の自衛隊などとのの相互運用性を高めると記している由です。これは日米による有事を想定した作戦の共有や装備の配備、最新技術の共同研究などを念頭に置いたものとされています。1月の日米外務・防衛担当閣僚協議では台湾有事を念頭に置いた「緊急事態に関する共同計画作業」について協議がされています。あらかじめ日米共通の作戦と対処能力を持つことで抑止力を高める狙いがあると見る処です。
そして「経済」でも、近く立ち上げ予定の「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を戦略の柱に据える処、その詳細は近く公表予定とか。要は米国単独では、中国抑止は限界とするもので、その点で、日米同盟の深化が迫られていく事と思料するのです。これに日本はどのように応えていくか、前述(P.6),予ねてのテーマとは言え岸田政権にとって重い仕事となる事でしょうが同時に、見せ場となる処です。
同時に、上述、既存秩序に挑戦する中ロと対峙しつつ緊張緩和の道を探るとなると、それもやはり、日米欧の重要な責務ではと思料するのです。今、コロナ禍の長期化、インフレの高進、更にはウクライナ問題などが重なり、複合的な不安にさいなまされる処です。
かつては米国の処方箋とリーダーシップに頼ることもできました。しかしバイデン政権はコロナ対策にも、インフレ対策にも、ロシアの抑止にも、手こずっています。その点では国際統治の再建を目指すべきで、つまり、ここが世界統治の正念場、日米欧が共に緊張緩和の道を探るべきは重要な責務と思料するばかリです。 2月19日G7緊急外相会議が開かれ、G7が一致してロシアに立ち向かう姿勢を示した事の意味は大きく、高く評価される処でした。つまり、 米欧がロシアに曖昧な対応を取り続ければ中国の抑止にも隙を与え日本や台湾の安保環境にも影を落としかねません。
今、手にする最新The Economist、2022/2/19 は、「Putin’s botched job ― War or not, he has miscalculated」と題し、プーチン大統領は、ウクライナ情勢 を読み違え、侵攻するにせよ引き下がるにせよ、既にロシアを傷付けていると、極めて冷たく評する処です。 国際環境は今まさに、‘疾風怒涛’の大混乱を呈する処です。 以上 (2022/2/26)
はじめに 経済安全保障
第1章 日本の「経済安全保障戦略」考
1.経済安全保障、そして外交力の強化
2.日本が「経済安保」と対峙する事情
・地経学(Geoeconomics)
・企業経営と経済安保
― APIの「地経学ブリーフィング」
第2章 岸田政権の「経済安全保障」政策
1.「経済安全保障推進」法案
2.経済安保政策取りまとめの基本
おわりに代えて 中国、ロシア そして 米欧
1.中国の変容、ロシアが仕掛けるウクライナ危機
(1)2月4日の中ロ首脳会談
― 中ロ新型大国関係の模索
(2)プーチン・ロシアとウクライナ危機、
2.米バイデン政権の 新「インド太平洋戦略」
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はじめに 経済安全保障
岸田文雄総理は1月17日の通常国会で岸田政権が目指す成長戦略では「経済安保は待ったなしの課題」だとし、「新しい資本主義」の重要な柱だと、発言するのでした。そして2月1日開催の有識者会議では、頭書、政策に向けた提言(法案)が取りまとめられ、政府は2月中にも法案としてまとめ、国会に提出、成立を目指すとする処です。 その法案の枠組みは、巷間伝えられる処、「サプライチェーンの強化」、「先端技術での官民協力」、「基幹インフラの安全性・信頼性確保」、「重要分野の特許非公開化措置」の4点を柱とするものです。日本政府として「経済安保」、経済と安全保障を重ねて、政策を語るのは初めての事です。そうした事態を象徴するのが、過去2年間、コロナ禍でサプライチェーンの脆弱性リスクの顕在化でした。そして同時に、その為にも外交力の強化をと、思う処です。
さて、コロナパンデミックの広がる中、それへの対抗が世界的広がりを以って進んできた結果、経済は供給要因と需要要因が予期せぬ形で押したり引き合ったりする状態が続き、いま、世界はsupply shortage economy状態にあって、Game Changeの進む処です。そして、このshortage を促すものとしてあるのがdecarbonization と protectionismの二つの要因とされる処、decarbonization は、脱CO2から再生可能エネルギーへのシフトで産業構造の変化を伴う問題、protectionismは詰まる処、米中対立の深化に負う話ですが、こうした変化対応を経て生まれてきた新たな経済の仕組みや行動様式は、従来の制度、思考様式にはそぐわない、まさに資本主義経済の根幹を揺るがすほどに、環境変化を呈する処です。英経済誌、The Economist(Dec.18~31,2021)は、こうした新たな状態を、new normalと称し、かつThe era of predictable unpredictability と記す処です。
・日本の目指すべき方向 は` Internationalism ‘
疾風怒涛(シュトウルム・ウント・ドランク)ともいえる変化の進む世界経済にあって、では資源等、パワーを持たない日本が、いかに生き延びていくかが問われる処、先月の論考でも指摘したように日本が目指すべきは、「自由貿易と安全保障が両立する経済安保」の確立であり、その為にも‘外交力’の強化と同時に、仲間を多く募り、しぶとく生き延びる手立てを作りあげていく事と記す処でした。それは、米Princeton 大学教授のJohn Ikenberry氏が論文「The Liberal Order, The Age of Contagion Demands More Internationalism, Not Less」(2020年Foreign Affairs 7-8月号)で、ウイズ コロナの時代こそはinternationalism (国際協調主義)が、より必要と訴えるものでしたが、まさに、その言辞を反芻する処でした。
偶々、2月3日、内閣府が「世界経済の潮流」と題して、主要国と中国の貿易構造の分析結果を公表していましたが、それによると日本は米独に比べて中国からの輸入に頼る品目がより多い姿が浮き彫りとなっていました。因みに日米独の3カ国で輸入先が中国に集中している比率(品目数)は、2019年では日本が23.3%と最も高く、米国は8.1%、ドイツは8.5%で、供給網の中国依存を鮮明とする処、これが同時に日本の経済安全保障問題として位置づけられる処です。内閣府は「仮に中国で何らかの供給ショックや輸送の停滞が生じて輸入が滞った場合、日本では多くの品目で他の輸入先国への代替が難しく、金額の規模でも影響が大きい」とする(日経 2022/2/4)処です。それはまさに日本経済にかかる安全保障問題です。そこで今回の論考では‘経済安保’を中心に論じることとしたいと思っています。
・中ロ連携
処で2月4日、北京五輪、開会の直前、習近平主席とプーチン・ロシア大統領の会談が行われています。ウクライナ侵攻を巡る米ロの対立も含め、世界の地政学関係構図の変容を印象づける処でしたが、果たせるかな、プーチン大統領は21日、ウクライナへの実質的侵攻を開始したのです。勿論、プーチンの行動に対する米側の対応は、中国の台湾に対する行動を左右すると、みる処でした。 そのバイデン米大統領は11日、自身初となるインド太平洋戦略を発表したのです。要は、強権的行動を取る中国と対峙していくためには、同盟国との協調の下、「統合抑止力」が基礎になると強調する処です。もとより米中関係の今後を占うポイントとなる処、そこで、中国と同時発進するロシアと米欧の対立、ウクライナ危機の行方について「おわりに代えて」として、併せて論じたいと思います。
第1章 日本の「経済安全保障戦略」考
1. 経済安全保障、そして外交力の強化
・経済安保:一般に、技術革新、サプライチェーンの確保と云った経済・産業政策の面から国家の安全保障を捉える考え方だが、米国と中国が先端技術や経済活動で覇権を争う中に、日本でも与党内では「日本も国際的なルール形成を主導すべき」との意見が強まりを受け、岸田文雄総理は「経済安全保障」を「新しい資本主義」の重要な柱だとして、政府の重要政策に位置付ける処です。 安全保障といえば、これまで政治的、軍事的側面を中心に議論されてきたが、これに「経済」が結びつくようになったのは、ひとえに ‘中国’ にあって、先端技術分野で高まる彼らの存在感に世界的警戒感が高まっている事情を映す処です。
周知の通り、中国は2015にハイテク産業育成策「中国製造2025」を策定、5G,やAIなど先端分野に力を入れてきたものの、近時、先端技術に欠かせない、半導体の世界的な不足にあって、中国政府は半導体の先端技術の移転を狙って、海外の半導体大手を巻き込んだ、米インテルなどとの連携を想定した、専門組織を立ち上げんと策動中と、報じられ(日経2月2日)るなか、近時、2030年には中国の世界生産能力は現在の15%から30%と倍増、首位に立つと予想される様相に、中国に自国の製造業の命運を握られかねないとの危機感が米国を中心に広がってきており、経済安保にとっての中核テーマと位置づけられる処です。
・尚、外交力の強化をもと指摘しましたが、国の外交力と云った場合、国が外交交渉に使えるカードの総和を意味する処、その政府が持つカードとは「情報力」、「経済力」、「軍事力」の3点です。安全保障問題に強いとされる豪州調査機関、Lowy Institute (2003年4月設立)の2019年調査では、外交拠点数は1位が中国で276 、2位が米国で273、3位が仏国で267、4位が日本で247、5位がロシアで242。 Lowy 研究所は、外交拠点数で中国がアメリカを抑えてN0.1となったことについて、過去10年で如何に中国が急速に台頭してきたかを示唆するものとし、国務省の予算を削減し、重要な外交関係のポジションを埋めるのに苦労してきたトランプ政権下でアメリカの外交政策が世界に及ぼす影響力が弱まってきている証とし、以って外交力の低下と指摘するのです。つまり、外交力を担保する有力手段の一つが「情報力」にありとすれば、情報拠点の数は、当該国の外交力を示唆すると云う事になるのでしょう。
2.日本が「経済安保」と対峙する事情
さて、日本は、安全保障では同盟国、米国を最重要視しつつ、最大の貿易相手国である中国との経済協力も重視してきました。その政府が「経済安全保障」に本腰を入れる背景には何があったかですが、日本が経済安保を真剣に考えるようになったのは、米国のトランプ前政権と中国の習近平指導部が最先端のハイテク技術を巡って対立を深めた事にありました。米国は同盟国にも中国通信機器大手、華為技術(フアーウエイ)などの危機を排除するよう求め、日本は対応をせまられた経緯がありました。何を規制の対象とするかは、これからも米中対立の行方や米国の意向に左右されることが避けられことと思料するのです。
So far、バイデン政権が中国への厳しい姿勢を緩める気配はありません。米国主導の国際秩序に挑戦する習指導部をけん制するため、経済面を中心に制裁の対象を広げる流れは続くとみる処、日本も米国と連携し、安全保障を脅かす技術や情報が中国に渡らないよう体制を強化する努力は欠かせない処です。ただ大事なことは、政府がそれを大義名分として疑わしきは全て排除するやり方を取らないことではと思料するばかりです。
軍事・経済・技術力の各分野での中国の台頭への警戒感が増し、新型コロナウイルスで露呈したマスク不足など、サプライチェ-ンの一国依存のリスクを体感する処ですが、「安保は米国、経済は中国」路線できた日本に対して、中国を「戦略的競争相手」と見据える米国が、経済・技術でも同調を促している事情も指摘される処です。国を挙げて先端技術の軍事転用を促す「軍民融合」を掲げる中国への機微技術の流失や、強い経済力を背景とした外交・安保での揺さぶりを防ぐ、その為には、ある程度の規制は必要と思料する処です。
が、米国主導で新設された「経済版2プラス2」(注)など、とにかく対中牽制で米国と一体化すればそれで良し、と云うことではない筈ですし、当の米国も、政治的には対立しながら対中貿易は拡大させるなど、したたかにある処です。 因みに、経団連の十倉会長も1月の会見で、「経済版日米2プラス2」立ち上げを歓迎しつつ、「日中は、東アジアの経済の繁栄と平和のために安定的で建設的な関係を築いていく必要がある」と強調。「世界は中国なしではやっていけず、中国も世界なしでは立ち行かない」と指摘する処です。
貿易戦争に勝者はいない。経済競争力を競うつもりが、報復合戦になれば、日本が相対的に力を失う結果になりかねません。経済安保戦略は、日本では交わりの薄かった「安保」と「経済」をいかに融合させ、日本の国益を最大化させるかにその本質があり、対立でなく、武力衝突等、緊張を招かぬよう経済も加味した「抑制」手段をどう練るかが重要と云うものです。
(注)1月21日オンラインでの日米首脳協議では、合意された新設の経済版「2プ
ラス2」では、半導体などのハイテクとサプライチェーンそして 輸出管理が主な
議題となる見込みと報じられていますが、世界で需要の増える半導体は安定調達が最
大の課題と映る処です。 かくして経済安保の連携深化へ踏み出すと云うことですが、
中でも対中姿勢で、強硬路線を進める米国に日本はどこまで合わせていけるかですが、
となると経済安保での日米連携強化では、成長と安保をどうバランスさせていくかが
問われる処と思料するのです。
・「地経学(Geoeconomics)」
処で、経済安全保障を考える際、重要になってくるのが「地経学(Geoeconomics)」と云う視点です。 その地経学の手本として挙げられるのが、R.ブラックウイール元米国家安全保障会議(NSC)補佐官と外交政策と経済学者のJ.ハリスとの共著「War by other means、(2016)」(他の手段による戦争)ですが、要は今の時代、イラク戦争の失敗等に照らし、軍事手段を使って影響を拡大することは難しく、従って経済的手段で地政学的目的を実現するしかなく、その際は ➀経済・金融制裁、②貿易管理、③投資管理、④経済援助、➄財政金融制裁、⑥エネルギー政策、⑦サイバー、の7つが地経学の具体的手段とするのです。
最近ではEconomic statecraftと云う言葉が使われていますが、要は、この7つを具体的政策としてどう履行していくかという事ですが、どちらかと云えば、自己防衛、安全保障あるいは経済的影響力の確保・保持と云った受け身の形が多い印象です。
上記事情を踏まえ、後出、API(Asia Pacific Initiative) 理事長の船橋洋一氏は、「地経学とは何か」(文春新書、2020/2/20)で、「国家が、地政学的な目的のために、経済を手段として使う事」を「地経学」と定義する処です。詰まる処、具体的地経学の手段も経済政策に集約され、とにかく力強い経済成長が必要となる処、トップがそれを表明し、国として目指すべき方向性を国民に明示することが必要となる処です。
もとより経済安保にかかる取り組みの基本は、自国経済安保の確保にある事いうまでもありません。が、今日的国際環境に照らすとき、当該行動は互恵主義、協調主義で臨むべきものと思料するのです。 つまり、いまや平時を前提とした「効率優先の集中・管理」型モデルでは立ち行かなくなってきています。周知の気候変動対応、感染症の拡大、更には日本では首都圏直下地震など、これらが同時多発的に起きる最悪事態をも想定したモデルへの転換が急がれる処です。 加えて、我が国の産業界を巻き込む経済安保上の最大の懸念はやはり米中の覇権争いです。
そこで、岸田政府が目指すべき経済安全保障政策構築のポイントは、「外交・安保」、「貿易・投資」、「脱炭素・エネルギー」、「デジタル・データ」等の政策、産業政策とどのような整合性を以って構築されるかにある処、具体的には「国産と輸入の代替」、「安全保障と企業主益・経済成長」、「イノベーションと格差」、「抑止力とレジリエンス」、といった経費対効果を明確にした政策を確立していかねばならないと思料するのです。
さて、政府が提出予定の推進法案は、こうした点を映したものとなるのか、また罰則など政府による民間への規制強化や介入で、民主主義を構成する「自由な経済活動」を阻害する恐れがないか、注視していく事、緊要となる処です。
・企業経営と経済安保 ― API の「地経学ブリーフィング」
次に企業は経済安保をどう受け止めているか、も問題です。その点、昨年12月、日本の主要企業100社に対してAPI (Asia Pacific Initiative)(注)が行った「経済安全保障」についてのアンケート調査結果は、以下の3点に、彼らの本音を映し出す処です。
・100社の内、74%が「米中関係の不透明性」を「最大の課題」と足らえていること、
・にも拘わらず、企業はこうした中国の経済安全保障上のリスクに備えながらも、当面はむしろ、米国の対中政策に伴うリスクの方をより強く意識しているように見えること、
・中国市場への依存を減らしたいと考えつつも、生産拠点の日本回帰や第3国への移転を本格的に検討するところまでは踏み出せない日本企業のジレンマが色濃く映し出されている、ことでした。
[ (注)「API (Asia Pacific Initiative)」はアジア太平洋の平和と繁栄を追求し、当該地域
に自由で開かれた国際秩序を構築するビジョンを描くことを目指すフォーラムであり
シンクタンク。理事長:船橋洋一(元朝日新聞主筆)、2017年設立 ]
つまり、大方の「経済安保」への取り組とは、日米関係を大前提とした取り組みを目指す姿勢の強さを示唆する処、前述、1月21日の日米首脳協議では、バイデン大統領の対中姿勢がいまいちの印象ぬぐい切れず(後述P.11参照)、であれば、日本として今後の外交及び通商政策の基礎に置くべきは、米中対立の狭間で悩む国々と共に、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える「開かれた 互恵主義」を目指すことではと、思料するのです。そして大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事ではと、思料するのです。そしてしぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことと強く思う処です。
因みに、今年1月1日付で発効したRCEP(当初10カ国でスタート)には韓国が加盟しており、韓国も2月1日、韓国国会で承認、発効したのです。日本にとっては3番目に大きい貿易相手国との初のFTAで、関税の大幅撤廃等で両国間の貿易は大幅拡大が予想される処、何よりも日韓関係は戦後最悪の状態(注)とされてきた中でのことだけに、その改善への大きな一歩と期待される処です。
(注)日韓関係は慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した2015年
の日韓合意を事実上反故にしたのがきっかけで、その後の元徴用工訴訟等もあって
対立が長期化し、外交・防衛上の意思疎通は希薄のままに推移してきています。
第2章 岸田政権の「経済安全保障政策」
1.「経済安保推進」法案
さて、本稿冒頭で触れたように、岸田総理は1月17日の通常国会で、目指す成長戦略では「経済安保は待ったなしの課題」とし、「新しい資本主義」の重要な柱だとも発言する処、2月1日開催の有識者会議では、当該政策に向けた提言(法案)が取りまとめられ、2月4日の関係閣僚会議では、岸田総理は「経済安保はグローバルルールの中核になる」として、経済安保推進法案の2月中の提出を急ぐよう指示する処です。
伝えられる当該法案概要は、「サプライチェーンの強化」、「基幹インフラの安全確保」、「先端技術の研究開発」、「重要分野の特許非公開」の4点を柱とするもので、米国が2021年6月に纏めた「サプライチェーンに関する報告書」で重要とされたものです。(注)
(注)[4本柱の概要 ]
➀ サプライチェーン強靭化
― 滞れば国民生活や産業に重大な影響を及ぼす半導体などを「特定重要物資」に
指定し、国が供給網の強化に向け、事業者が作成し、資金を支援する。
② 基幹インフラの安全性・信頼性の確保
― 情報通信やエネルギーなどのインフラ事業者が重要な設備で安全保障上の脅
威になりうる外国製の設備を新たに導入する際、政府が事前審査する。
③ 先端的な重要技術の官民協力
― 技術流出防止へ国内研究を国が支援、官民研究で秘密を洩らせば罰則も検討。
④ 特許出願の非公開制度
― 機微技術の公開を防ぐ事を狙いとするの。対象を原子力技術や武器だけに使用
される技術の内、「我が国の安全保障上、極めて機微な発明」に限定し、これによ
ることに伴う損失を国が補償する。(以上、月例報告「2月号」より)
尚、特に半導体、医療品、先端分野の電池、レアアースを含む重要鉱物について、政府は4つの戦略物資と位置づけ、国内生産能力の強化や多元的な調達に取り組む方針とする処、産業界には「経済安保政策を徹底すれば、先端製品の製造拠点を持ち、巨大市場でもある中国との関係の悪化にならないか」と云った懸念も強く、推進法案の確定までには産業界での配慮と実効性の確保の2面での調整が続きそうです。その点、2月9 日、小林鷹之経済安全保障相は経団連幹部と面談。経済界が懸念する国の過度な関与や企業秘密の開示にかかる関与等、これまで指摘されてきた企業への規制について、最小限にすると説明する処です。
日本としては今後、当該新法をベースに、外交・通商政策を進めることになるのでしょうが、その際、留意すべきは、米中対立の狭間で悩む国々と共に、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える前述(P.6)「開かれた 互恵主義」を目指すことではと思料する処、大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事、そして、しぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことと強く思う処です。
2.経済安保政策、取りまとめの留意点
政府が目指すべき経済安全保障政策の構築は、前述(P5)の通り、外交・安保、貿易・投資、脱炭素・エネルギー、デジタル・データなどの政策、産業政策とどのような整合性を以って構築されるべきものと、思料するのですが、その際は中国に対して如何に向き合っていくか、がカギとなる処と思料するのです。
中国経済は2030年ごろには米国を抜き世界一の大国になると予想されています。その中国はGDPでいえば、今から30年前、日本のわずか8分の1でした。2010 年には日中は逆転し、今や日本が中国の3分の1となっています。そうしたダイナミックな変貌が想定される中国、そして世界経済にあって、日本はどのように変貌が想定でき、その展望の下、如何に対峙していくかが問われことになると思料するのですが、結局それは、日本経済の長期展望にかかる処です。その点を含め、しばし当該推移を注視して行きたいと思うのです。
おわりに代えて 中国、ロシア そして 米欧
― 北京五輪の幕が下りるのを待っていたかのように、中国、ロシアの連携が確認され、その一方では、これまで同盟関係にありながらも米国追随型を「良」とせず、時にkeep stanceにあった欧州が、プーチン主導のウクライナ危機に反応し、一挙に米国との距離をちじめ、新たな自由諸国対中ロのブロック対決構造を生み出す様相です。以下ではそうした中ロ、そして米国の動きにフォーカスし、考察することとしました。
1. 中国の変容、ロシアが仕掛けるウクライナ危機
(1)2月4日の中ロ首脳会談—中ロ新型大国関係の模索
さて北京冬季五輪は2月20日、色々な問題を発信しながら幕を下ろしました。とりわけ、
2月4日、開会式直前に行われた中国習近平氏とロシアのプーチン氏との首脳会談は、政治体制が異なる核保有国同士が直接対話をすると云う冷戦期(1945~89)以来の事態で、まさに世界が注目するホットイッシューでした、
メデイアによると、周知のウクライナ情勢と台湾問題で、中ロ両首脳は、互いの立場を支持し合い、連携を強調。中国へ天然ガスを追加供給する事でも合意、天然ガスをロシアに頼る欧州を揺さぶったとされる処、会談後、NATO拡大に反対する共同声明(注)を出し、プーチン氏はその足で開会式に臨んだ由で、見下ろす位置にいるプーチン氏を感じつつ入場行進したウクライナ選手は心がざわついたに違いないとメデイアは云うのでしたが、然りです。そして、「ひたすら技を競い合うべき平和の祭典に軍靴の音さえ聞こえかねない国際政治上の対決を持ち込んだ責任は重い」(日経2/6 ,社説)とメデイアは糾弾する処でした。
(注)共同声明:「新時代の国際関係と持続可能なグローバル発展に関する共同声明」と
題した、下記、4つの文節から成る声明で、ウクライナへの言及はなかった由。
➀ 中ロとも民主を肯定し、国際社会の共通の価値観は「民主」と。
➁ 中国主導の「一帯一路」と、ロシア主導の「ユーラシア経済連合」のリンクを提唱、
③ 中国の主張「一つの中国」、ロシアの主張「NATOの拡張反対」に両首脳は同意
④ 中ロは国連の2大常任理事国として、戦後の国際秩序の堅持を強調。その中でウ
インウインの新型大国関係の構築を提唱(中ロの新型国際関係は冷戦期の軍事・
政治同盟を超えるものと確認。米欧と対峙する姿勢を打ち出すもの)
そもそもロシアは国家ぐるみのドービング違反で制裁を受け、プーチン氏は主要な国際大会への出席が禁じられている中、今回は例外規定を用いた習近平氏の計らいで北京五輪に出席できた由ですが、見過ごせないのは、北京五輪が強権的統治が特徴の権威主義国家と、民主主義国との分断を浮き彫りとしたことと、各種メデイアは指摘するのでしたが、そこに映し出される中国、かつて米国主導の下で形成され戦後の国際秩序のフォロワーであった中国が、今や新たな秩序形成に向けた、ルールメーカーともなりつつある、そんな姿を感じさせる処でした。
因みに米国など民主主義国は外交的ボイコットの名の下、彼ら首脳陣の参加はなく、中国の孤立感が云々される処、プーチン氏をはじめ、グテレス国連事務総長ら24人の首脳や国際機関トップが北京に駆け付けたことは中国主導の下で、ある種のブロックのひな型さえ感じさせる処でした。が、習氏が会談したのは18人、五輪外交としてはその広がりは乏しく、とりわけ中国最大の原油輸入国、サウジのムハンマド氏の突然の欠席は習氏にとり痛手と評される処、インドも然りで、五輪外交は目算崩れとみられる処でした。そして足元の五輪競技の場では判定を巡る、トラブルを目の当たりとする時、[fairness]を大前提とする国際競技にあって、これが中国開催故の結果かと、聊か冷めた印象の残る処でした。
(2)プーチン・ロシアと彼が仕掛けるウクライナ危機
元米国務次官補のダニエル・ラッセル氏は上記中ロ共同声明について「制裁に耐え、米国の世界的なリーダーシップに対抗する覚悟だ。中国とロシアは自国の利益と権威主義体制を米欧の圧力から守る共通の目的がある」(日経2/6)と分析する一方、サリバン米大統領補佐官は2月6日、米ABCのTVインタビューで、ロシアのウクライナ再侵攻の可能性が「非常に明確にある」と発言。(日経夕、2022/2/7)そして米政府は東欧などへ3000人規模の米軍を独自に派兵すると報じられる処でした。まさに米ロ危機、東西分断の可能性を感じさせる処です。
果たせるかな、2月21日、プーチン大統領は安全保障会議を開き、ウクライナ東部の親ロシア派が占領する東部地域、ルガンスク、ドネック両州の独立を承認し、直ちに、当該地域の安全保障の提供として、ロシア軍の派遣を、大統領令を以って指示する処、2月24日には、ウクライナ東部への侵攻を始める処です。(注)
(注)ウクライナの独立:1991年、ソ連邦崩壊、その一部のウクライナは独立を果たし、
この時、ウクライナ領内に約1,900発の核弾頭が取り残された由。但し、ウクライナに
対してNPTの加盟と核兵器の撤廃が求められ、その条件として「領土保全、政治的独
立」に対する安全保障を米・英・ロシアが提供することで合意。(ブタペスト覚書、
1994/12/5)しかし2014年3月、クリミア半島はロシアに併合され、ブタペスト覚書
きは反故とされ、更に、2014年のクリミア半島を巡る紛争に対し、ロシア、ウクライ
ナ、独、仏の首脳間で交わされた停戦合意(ミンスク合意、2015年2月)も、今回の
事件で、白紙とされる処です。
・米国との一層の一体感を強める欧州
尚、欧州で渦巻くロシアへの憤り、失望は外交・安保で3つの大転換を促すとされる処です。
一つは、NATO同盟の姿勢です。これまで対米追随にあった姿から、欧米の結束強化に向かいだした事です。二つに、軍備増強に向かいだした事、そして3つ目が経済安保にかかる取り組みです。つまり欧州は米国に同調してロシアに制裁を科す処、経済界も「対ロ制裁やむなし」とし、当面、対ロシア新規投資を控えるとするのです。ドイツは22日、ロシアとの新しいガスパイプライン計画の棚上げを決定したのです。こうした流れは東にシフトした鉄のカーテンが再び欧州に出現したと見る処です。
一方、ウクライナ情勢を巡り、米国は日本に経済制裁で足並みを揃えるよう求める処、
北方領土問題を抱える日本には、G7の枠組みと対ロ外交とのバランスをいかに図るか、と苦慮する中、9日、日本政府は、just in case、欧州がエネルギー不足にならないようLNGを欧州に融通できないかとの米政府の打診に対応することを決定、まさに日本の経済安保政策の一環とされる処、要は、ロシアのウクライナ侵攻を傍観すれば、台湾、尖閣諸島等を巡って、覇権主義を鮮明とする中国に誤ったメッセージを与える懸念もありで、日本政府も、これが対岸の火事と済まされない処なのです。
2. 米バイデン政権の新「インド太平洋戦略」
2月11日, バイデン政権が初めて纏めたと云う安全保障・経済政策の指針となる「インド太平洋戦略」を発表したのです。その内容は、中国の抑止を最重要と位置づけ、軍事と経済の両面で対抗する方針を打ち出すものでした。そして同盟国と築く「統合抑止力」が基礎になると強調する処、日米同盟にも深化を迫る内容とされる処です。ウクライナ情勢が緊迫する中での公表で、対中抑止を重視する政権の姿勢を明確にする狙いがある処と、メデイアは指摘する処(日経2/14)、世界の課題に、同時並行で対処する決意を示したものと云えそうです。その概要は以下ですが、もとより、「中国を変えること」ではなく、米国や同盟国に有利な戦略環境を整えることにあるものと思料する処です。
・米が目指す戦略ポイント:「安保」と「経済」
「安保」では地域の同盟国である日本やオーストラリア、韓国、フィリピン、タイとの関係を一段と強化すると掲げ、日本の自衛隊などとのの相互運用性を高めると記している由です。これは日米による有事を想定した作戦の共有や装備の配備、最新技術の共同研究などを念頭に置いたものとされています。1月の日米外務・防衛担当閣僚協議では台湾有事を念頭に置いた「緊急事態に関する共同計画作業」について協議がされています。あらかじめ日米共通の作戦と対処能力を持つことで抑止力を高める狙いがあると見る処です。
そして「経済」でも、近く立ち上げ予定の「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を戦略の柱に据える処、その詳細は近く公表予定とか。要は米国単独では、中国抑止は限界とするもので、その点で、日米同盟の深化が迫られていく事と思料するのです。これに日本はどのように応えていくか、前述(P.6),予ねてのテーマとは言え岸田政権にとって重い仕事となる事でしょうが同時に、見せ場となる処です。
同時に、上述、既存秩序に挑戦する中ロと対峙しつつ緊張緩和の道を探るとなると、それもやはり、日米欧の重要な責務ではと思料するのです。今、コロナ禍の長期化、インフレの高進、更にはウクライナ問題などが重なり、複合的な不安にさいなまされる処です。
かつては米国の処方箋とリーダーシップに頼ることもできました。しかしバイデン政権はコロナ対策にも、インフレ対策にも、ロシアの抑止にも、手こずっています。その点では国際統治の再建を目指すべきで、つまり、ここが世界統治の正念場、日米欧が共に緊張緩和の道を探るべきは重要な責務と思料するばかリです。 2月19日G7緊急外相会議が開かれ、G7が一致してロシアに立ち向かう姿勢を示した事の意味は大きく、高く評価される処でした。つまり、 米欧がロシアに曖昧な対応を取り続ければ中国の抑止にも隙を与え日本や台湾の安保環境にも影を落としかねません。
今、手にする最新The Economist、2022/2/19 は、「Putin’s botched job ― War or not, he has miscalculated」と題し、プーチン大統領は、ウクライナ情勢 を読み違え、侵攻するにせよ引き下がるにせよ、既にロシアを傷付けていると、極めて冷たく評する処です。 国際環境は今まさに、‘疾風怒涛’の大混乱を呈する処です。 以上 (2022/2/26)
2022年01月28日
2022年2月号 「新しい資本主義」考 そして今、日本に求められる視点 - 林川眞善
目 次
はじめに The era of predictable unpredictability
第1章 「新しい資本主義」考
1.岸田文雄総理が目指す資本主義
(1) 文春寄稿 私が目指す「新しい資本主義」の
グランドデザイン
(2)「新しい資本主義」とは、社会主義シフト?
2. 日本の経済安全保障対応と、日米首脳オンライン協議
(1) 日本と経済安保環境
・経済安保、4つの柱
(2)日本の経済安全保障対応と、日米首脳オンライン協議
第2章 国と企業の「二人三脚」、その合理
1.米政権とインテルのタッグマッチ
2.Bossy state, 問われる`政府と企業’ の関係
おわりに 北京冬季五輪と習政権のメンツ
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はじめに The era of predictable unpredictability
昨年暮れのThe Economist(Dec.18~31,2021)は、その巻頭言で、来たる2022年をNew normal始まりの年、The era of predictable unpredictability 、つまり予測するにも、‘予測できないと予測すること’ と断じるのでした。それは複数の供給要因と需要要因が予期せぬ形で押したり引き合ったりする様相にあって、その落ち着く先が見通せない状態が続くと見る処、この現象を英投資調査会社、TSロンバートは、それをバイフレーション(biflation)と称する処です。
過去2年というもの、新型コロナウイルス、「デルタ株」が齎したコロナ禍への対抗に明け暮れ、その行動は、いつしかこれまでnormalと信じられてきた行動や秩序の破壊を生み、更に昨年暮れには新型コロナウイルス「オミクロン株」の出現で、その収束の行方が見通せない、予測不能の新年に入りましたが、biflation効果もあって、世界は今、急速に進み出すインフレへの懸念を高める処です。
そうした中、日本では岸田総理が、この1月11日で政権発足100日を迎え、米国では、バイデン大統が、1月21日で2年目を迎えました。
そして、1月17日 、岸田首相にあっては、召集された通常国会で就任後初の施政方針演説に臨み、2050年温暖化ガス実質ゼロに向けた「経済社会全体の大変革」を強調する処でした。そして経済再生の要は、自説の成長と分配の好循環を生む「新しい資本主義」にありとし、この春に実行計画をまとめる方針を明らかにする処でした。その直後の21日には、オンライでバイデン大統領と1時間半の協議を行っており、そこでは地域情勢への対応や経済分野で両国の幅広い連会を確認した由、報じられています。
そこで、岸田氏が持論とする「新しい資本主義」とは、どういったものか。文芸春秋2月特別号に寄稿の論考「新しい資本主義」のグランドデザイン、を取り上げ、上記日米首脳会談の内容とも併せ、この際は日本の世界におけるposition(注)を踏まえ、日本の経済安全保障に焦点を合わせて論じたいと思います。
(注)日本経済の世界におけるポジション(2020)
Japan (rank) USA 中国
GDP (兆ドル) 5.0 (3位) 20.9 (1位) 14.9(2位)
貿易(輸出 兆ドル) 0.8 (4位) 1.5 (2位) 2.0(1位)
人口 (億人) 1.2 (4位) 3.3 (3位) 14.1(1位)
と同時に、パンデミック以来、少なくとも経済活動は政府の支援、あるいは協調なくて進まぬ状況が続く処、これまでも幾度も弊論考では指摘してきた問題ですが、これが市場における自由競争、更には民主主義の在り姿を問う処です。そこで、併せて民主主義堅持を意識しながら、The Economist,(Jan.15/21)が指摘摘するBossy state(高圧的な政府の企業介入)の実状について考察することとしたいと思います。
第1章 「新しい資本主義」考
1.岸田文雄総理の目指す「新しい資本主義」のグランドデザイン
(1)文春寄稿「新しい資本主義」
岸田文雄氏は、自身の標榜する「新しい資本主義」について、月間雑誌「文芸春秋」2月特別号に寄稿しています。早速 取り寄せて読んでみました。新しい資本主義?
寄稿文の全体構成は、以下 10の文節からなるものです。
(1)今こそ資本主義のバージョンアップが必要
(2)「人」重視で資本主義のバージョンアップを
(3) 何よりも大切なのは人への投資
(4)新たな「官民連携」で付加価値を引き上げていく
(5)スタートアップが日本を救う
(6)大胆な投資の実現
(7)地方こそ主役、デジタル田園都市国家構想の実現へ
(8)気候変動問題への対応
(9)若者世代・子育て世帯の所得の引き上げに向けて
(10)まとめ
まず、(1)、(2)、(3)を通じて「成長と分配の好循環」実現のために、「モノから人へ」の流れが重要と説き、次に(4)、(5)、(6)を通じて「モノから人へ」に続く新しい資本主義のキーワードとして「官民連携」を挙げ、連携を以って終戦後に続く、第2の創業時代をつくろうと、呼びかけるのです。更に(7)、(8)、(9)ではもう一つの重要なキーワードとして「地方」を挙げ、デジタル技術の活用により、地方を活性化し、持続可能な経済社会を実現するとデジタル田園都市国家構想の実現を目指すと云い、気候変動問題に2050年カーボンニュウートラルの実現を目指し、あわせて2010年代の日本の経済成長を米国と比較して家計消費の伸び低いことが問題でこれを改善するために可処分所得の増加を図りたい、これこそ令和版所得倍増だと主張するものでした。
(2)「新しい資本主義」とは、社会主義シフト?
さて、読み終わっての感想は、「新しい資本主義」とは何か? 依然よくつかめないというものでした。つまり、上記内容からは、資本主義論ではなく、岸田首相の在任中のお仕事予定表としか映らないのです。勿論 政策論であれば、それはそれで問題はないのでしょうが、一国の総理大臣が使う「新しい」と云う言葉には、根本的変革を予知させるものがある処、それが感じ取れないと云うものでした。
つまり、総理大臣の云う「新しい資本主義」論には当事者の理念が映ってこないこと、明確な国家戦略も見えないという事で、むなしささえ覚える処でした。つまり岸田氏が実行したいとする政策を集めても、即「新しい資本主義」とはならないのです。新しい資本主義を語る以上、月並みのレトリックでは意味がなく、日本の経済社会に関するしっかりとした分析が必要です。
そもそも、資本主義とは、資本が主体の生産体制を意味する処、それを否定したマルクスの造語で、彼は競争と云う経済的圧力が生産の為の生産に追い立て、失業と貧困の広がりが、格差社会を生み、繰り返される不況等、あらゆるものが投機の対象になることを明らかにし、利潤第一のシステムがこの巨大な生産力をコントロールできなくなったとし、そこで、国民が主人公となる未来社会への前進が必然と説くものでした。が、仮に格差や独占を生みだし、自然を破壊する資本主義にどう立ち向かうかという事であれば、東大教授の松井彰彦氏が言うように(日経、2022/1/15),「資本主義と市場経済と混同されやすいが、その区別を明らかにしなければ対抗策が見えてこない」処、今次の岸田氏主張は、そうした整理がなされないままに、賃上げだ、格差是正だと云うのですが、であれば「社会主義」への接近ではと映る処です。
序で乍ら、米国のノーベル経済学賞のポール・サムエルソンは、市場の自由と政府による規制を併せ持つ中道主義を目指す処でした。つまり、サムエルソンは、市場の自由を重視する古典派経済学思想と、政府の規制を重要視する新古典派経済学思想とを合体させ、「新古典派総合」と云う新しい概念を生みだし、その下で「公的秩序を保つための規制」と「市場の競争の自由」のバランスを取った経済政策を主導、戦後、60年代から80 年代の民主主義国家の経済政策に多大の影響をもたらすものでした。要は、不況時にはケインズ経済学、軌道に戻れば、自由放任を志向すると云うものでした。なおサムエルソンの名著「Economics」と云えば、60年前、好学社のリプリント版を以って苦労したことを想起させられる処です。
さて、1月17日召集された通常国会での岸田文雄首相の施政方針演説では、まさに「新しい資本主義」に全文の3割を割く処、これまで批判の多かった「改革」と云う言辞については、今回は「経済社会変革」と打ち出していましたが、日本経済の問題はアベノミクスでいえば3本目の矢、生産性を上げる改革など成長戦略が足りないことに尽きる処です。今後この点は、岸田イズムの下で見直されていく事でしょうが、ここは修正ではなく改革の断行を目指すべきと思料するのです。つまりは抜本的変革への意思を明確にし、そして何よりも、日本経済の成長のためにも、行政全体を統率するリーダーシップが求められる処ではと、思料する処です。
かつて、同様趣旨の表題(和訳語)で、2020年10月、ハーバード大学のMBAコースで人気を集めるレベッカ・ヘンダーソン氏の「資本主義の再構築」(Reimagining Capitalism)を手にしました。そこでは企業のパーパス(存在意義)の再定義があり、非財務情報の開示を通じて、株主に偏在する富の分配を見直そうという内容ですが、ステークホルダー主義に基づいたもので、ビジネスの力を使った社会問題の解決や公正な分配を考えるうえで大いに参考となるものでした。
・日本の課題
上述、国際環境を拝する日本の行く道はどうあるべきかを考える時、2020年のForeign Affairs 7-8月号で、Princeton 大学教授のJohn Ikenberry氏が投稿論文「The Liberal Order, The Age of Contagion Demands More Internationalism, Not Less」で、まさにウイズ コロナの時代こそはinternationalism(国際協調主義)がより必要と訴えていたことを想起する処、2022年も尚その延長線上にあって、資源等、パワーを持たない日本が目指すべきは、安全保障と自由貿易が両立する「経済安保」の確立にある処、その為にも‘外交力’の強化が日本にとって喫緊の課題とも思料するのです。
2.日本の経済安全保障対応と、日米首脳オンライン協議
(1) 日本の経済安保環境
1月17日の通常国会では岸田首相は、「新しい資本主義」を語る中、目指す成長戦略では経済安保は、待ったなしの課題であり、新しい資本主義の重要な柱だとする処です。
安全保障といえばこれまでは政治的、軍事的側面を中心に議論されてきていましたが、これに「経済」が、結び就くようになった背景には、先端技術分野で存在感を増す中国に対し、世界的に警戒感が高まっている事情があっての事とされる処です。
つまり、中国は、2015にハイテク産業育成策「中国製造2025」を策定し、5G,やAIなど先端分野に力を入れてきている処、ただ先端技術に欠かせない、あらゆる技術の基盤となっている半導体は、目下の処、世界的な不足で、部品などのサプライチェーンへの関心が高まる処で、経済安保上の目玉とも映る処です。 尚、足元での半導体の生産能力は、中国が世界の15%程度と日本とほぼ同水準で、台湾、韓国に次ぐと見られているのですが、近時、2030年には中国は倍増の30%と首位に立つと予想される処です。このため、中国に自国の製造業の命運を握られかねないという危機感が、米国を中心に広がっているとされる処です。
・経済安保、4つの柱
上述、日本を取り巻く環境を念頭に、政府が目指すべき経済安全保障政策の構築は、国際経済評論家の船橋洋一氏が言うように、外交・安保、貿易・投資、脱炭素・エネルギー、デジタル・データなどの政策、そして産業政策とどのような整合性を以って構築されるというものか、つまりは国産と輸入の代替、安全保障と企業主益・経済成長、イノベーションと格差、抑止力とレジリエンス、といった経費対効果を明確にした政策を確立していかねばならないのですが、それらが新しい資本主義にどのように組み込まれていくものか。側聞する処、現状、以下の4点があげられる処、しばし当該推移を注視して行きたいと思います。
・4つの柱:
➀ サプライチェーン強靭化への支援、
― 滞れば国民生活や産業に重大な影響を及ぼす半導体などを「特定重要物資」に指定
し、国が供給網の強化に向け、事業者が作成し、資金を支援する。半導体の他、レアア
ースなどを想定する。
② 電力、通信、金融等の基幹インフラにおける重要機器・システムの事前安全性審査制度
― 情報通信やエネルギーなどのインフラ事業者が重要な設備で安全保障上の脅威になりうる外国製の設備を新たに導入する際、政府が事前審査する。
③ 安全保障上機微な発明の特許非公開制度等の整備推進
― 機微技術の公開を防ぐ狙いとするもので、対象を原子力技術や武器だけに使用さ
れる技術の内、「我が国の安全保障上、極めて機微な発明」に限定されることに伴う
損失を国が補償する。
④ 半導体工場の設備投資やAI等新分野に対する官民の研究開発投資の後押し、
― 量子技術やAIなど「特定重要技術」の開発促進に向け、資金支援仕組みの導入
(注)岸田政権は2021年暮れの臨時国会で、先端半導体工場の誘致を後押しするため
の関連改正法案と補正予算を成立させており、台湾・積体電路製造(TSMC)が
ソニーグループと熊本県で建設する新工場がその適用第一号になる見込み。これも
実質的に経済安保法案の一部先取りと云う位置づけ。
・現実の対応に思う事
こうした経済安保への取り組みは、勿論、相応の意味を持つ処と思料するのですが、ただその実践的対応は自国安保の確保にある処、今日的環境に照らすとき、互恵主義で臨むべきではと思料するのです。つまり、もはや平時を前提とした「効率優先の集中・管理」型モデルでは立ち行かなくなってきているのではと思料されるからです。
気候変動や感染症、更には日本においては首都圏直下地震など、これらが同時多発的に起きる最悪事態も想定したモデルへの転換が急がれる処です。そして、何よりも我が国の産業界を巻き込む経済安保上の最大の懸念は米中の覇権争いです。民主主義と専制主義と云った国家理念の対立とも云われる処ですが、バイデン大統領の対中姿勢がいまいち、シャキッとしないことが問題です。
であれば、日本として今後の外交及び通商政策の基礎に置くべきは、米中対立の狭間で悩む国々とともに、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える「開かれた互恵主義」を目指すことではないかと思料するのです。そして大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事、ではと思料するのです。そしてしぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことではと強く思う処です。
(2)日米首脳協議
1月21日 、日米両首脳はオンライン協議を行い、経済安保で米国との連携重視と云う岸田政権の基本スタンスが確認されたと発表すると共に、この春のバイデン大統領の訪日が決定したと発表しています。 さて協議の内容ですが、ホワイトハウスの声明によると、米国が提唱する「インド太平洋経済枠組み」の創設について両首脳は確認。同時に米国と緊密に協力し、同構想への支持を地域に広めていくと約束する処、米国は経済面でアジアへの関与を強化する方針にあること、そして中国の「一帯一路」を意識していく事、同時に経済版の「2プラス2」の新設でも合意したとする処です。
尚、新設「2プラス2」については、半導体などのハイテクとサプライチェーン、そして輸出管理が主な議題となるとしています。世界で需要の増える半導体は安定調達が最大の課題です。かくして経済安保の連携深化へ踏み出す処ですが、ズレも大きいと指摘される処です。具体的にはTPPへの米国の不参加。日米協調で焦点となっているのが輸出管理を巡っての温度差です。 更に、岸田路線とバイデン路線の間で未だズレを感じさせるのが米国の対中姿勢です。強硬路線を進める米国ですが、日本はどこまでその強硬路線に合わせていけるのか、問題は続く処です。となると経済安保での日米連携強化では、成長と安保をどうバランスさせていくかが問われる処と思料するのです。
第2章 国と企業の「二人三脚」、その合理性は
1. 米政権とインテルのタッグマッチ
米バイデン政権とインテルは1月21日、2兆円超を投じて米国内に半導体工場新設の計画を共同発表したのです。周知の通り、まさに上記経済安保で述べたように、世界的な半導体不足を受け、国産半導体を目指す動きが世界に広がる処です。バイデン大統領も、21日、ホワイトハウスで「米国の半導体帯分野で過去最大となる歴史的な投資だ」とコメントするも、今回の投資が国と企業の「二人三脚」であることを印象づける処です。(日経2022/1/23)
米政府は、昨年起きた深刻な半導体不足で、自動車、電子機器の生産混乱を招いた経験に照らし、インテルなどに投資を促し、同様の混乱が起きないためと、国内生産基礎の構築を進めると伝えられる処、先端半導体を確保できるかは、自動運転や次世代通信などデジタル領域の競争力に直結する処です。
更に、米国が対抗心を露わとするのは半導体産業の育成に巨費を投じる中国の存在です。米国内では、華為技術(フアーウエイ)を筆頭とした企業群が存在感を増す処、米半導体工業会(SIA)によると20年には約1万5000の中国企業が半導体企業として登録され、先端分野だけで10億ドル近い売り上げを挙げた由です。この他、台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムソン電子も米国内で工場建設に動いていると報じられる処です。 尤も、補助金で足元の半導体不足を解消できるわけではないとは指摘される処、商務省調査によれば企業の半導体不足の解消には「最低半年」を要するとしていて、各社の新工場が立ち上がるのは24年以降とみられ、「供給過剰に陥るリスク」があるとの見方は少なくないとされる処です。
いずれにせよ、こうした過度とも映る国策投資政策、政府の介入にはいろいろ懸念も浮上する処、ある意味、ダッコに、おんぶの政府の介入は間違った取り組みであり、長期的に見れば3つのリスクがあると、The Economist ( Jan.15~21)は評するのです。以下にその趣旨を紹介することとします。
2.Bossy state, 改めて問われる政府と企業の関係
まず、80年代のそれとは違い、企業と政府の関係は変質し、これまでグローバル市場で民間企業が競い合うためのルールに目を引からせる審判役に回っていたが、今や波乱含みの新局面が進行していると云うのです。つまり、市民は社会正義から気候変動に至るまで、諸問題への対応を政府に求め、政府は企業に指示を出すことで、より安全で公正な社会へ導こうとしているが、つまり国は車の後部座席で運転手に指図するようになった。このBossy business interventionism(企業への高圧的な介入主義)には悪意はないが、しかしそれは究極的には間違いだとBeware the bossy stateと断じるのです。
バイデン氏は中間層のために米国の自由市場を守ろうと穏健な保護主義、補助金による産業支援等、推進しているし、中国でも「共同富裕」の名のもとに企業への監視を強めている。又、EUは自由市場から距離を置き、産業政策や「戦略的自律」を重視するようになったと云い、英国やインドやメキシコ等も同様にある処、致命的なのは、ほとんどの民主国家で介入の魅力が党派を超えて政治家に浸透していることと云うのです。
それは自国市場や審判が十分な働きをしていないのではと、懸念する市民が多いからだと云うのです。 また現在の地政学的情勢は、貿易の拡大とともに民主主義が広がると見込まれていた90年代とも、冷戦時代のそれともかけ離れているが、今では西側諸国と全体主義的中国とは競い合っているが、経済的には切っても切り離せぬ関係にあること、そして、
こうした介入主義的な動きには国有化の発想はないものの、広義には一連の政策は安全保障を強化すると謳うのです。前述した米インテルのケースの場合は、まさに米政府の提案を受けての行動であり、結果、インテルの投資額も5年前の倍に膨らむと見る一因となっていると云うのです。つまり中国を除き、高圧的な政府が企業心理を痛めてはいない。が、そうした行為は長期的に見れば3つのリスクがあると云うのです。
その一つは、相反する目標に直面した国家や企業が進むべき最善の方向性を見いだせないこと, そして二つは、効率性とイノベーションの低下です。つまり、世界規模のサプライチェーンの二重化には膨大なコストがかかること。そして将来より致命的なのは、競争が弱まることを挙げるのです。つまり多額の補助金を受けた企業の力は衰える事になると云うのです。
最後のリスクは、縁故主義(Cronyism)がやがて経済界と政界の腐敗をまねくことと云うのです。企業は政府を思い通りに動かし、優位に立とうとする。米国では既に境界があいまいとなり、企業の選挙への介入が増えている。一方、政治家や官僚は資金をつぎ込み希望を託した特定企業を引き立てるようになると。つまり、何らかの事態が起きるたびに介入して衝撃を和らげたいと思っても、政財界の関係者を断ち切ることはできないと指摘するのです。
つまり、高圧的な政府と云う新スタイルにこの信奉者が願うのは繁栄や公正さ、安全だが、手に入るのは非効率や既得権益、そして孤立だけという結果を招く可能性の方が高いと云うのですが、自立した企業こそが尊敬されるという事でしょうか。まさにThe Economist魂って処です。
・米巨大IT企業とバイデン政権
序で乍ら、デジタル化が進むと企業の投資は工場・店舗と云った有形資産からソフトなど無形資産に重点が移り、一方、M&Aを繰り返し, 事業領域を拡げているも、雇用を生む力は小さくなっているとされる処です。つまりデジタル革命はアイデイアを生む少数に利益が集中する「勝者総取り」を招き勝ちで、まさに資本主義の基本的な見直しが不可避となる処です。
ただ、かつて独占が問題視された石油や電力とは異なり、今や、高度Digital technology を以ってテック大企業は意思疎通の手段を握る処、周知の通り昨年1月6日、トランプ支持者が米議事堂を襲撃した際、彼らの情報発信を封じたのはフェイスブックやツイターなどSNS(交流サイト)でした。勿論SNSが広げる偽情報は民主主義をむしばんでもいる処、今や民主主義の意思決定で、民間企業が政府に匹敵する影響力を持つに至っています。つまり、巨大企業と大きな政府の争いは、誰が富を集め、誰が言論を主導するのかと云う根源的な問いを発する状況にある処です。その点では、民主主義を守るために政府や巨人企業とどう向き合っていくべきか、問われだしている処です。
因みに、バイデン政権は、M&Aを繰り返して事業領域を広げている米グーグルなどITテック企業に対する監視の目を厳しくする処、1月18日、米FTCと司法省は企業のM&A審査に関する指針の改定を発表しました。つまりIT企業の巨大化が進む中、競争が乏しくなり、消費者や労働者が不利を被っているとして、実状に沿った指針に見直し、厳しく審査すると云うのです。(日経、1/19、夕)彼らはM&Aによって、より魅力的な製品やサービスを消費者に提供してきていると主張するのですが。勿論、上述、bossy state問題とは異なる話しながら、要は「政府と企業の関係」が今の米国で注目される事情に関心が向く処です。
おわりに 北京冬季五輪と習政権のメンツ
北京冬季五輪は2月4日(土)から20日(日)で、開催まであと一週間です。無事の開催を念じる処です。が、現地からは、中国政府による大会関係者への統制強化の報が連日伝わる処です。勿論、コロナ禍に覆われての開催とあって、関係者はその防疫に大わらわという処でしょうが、観客は中国居住者のみとする方針が公表された以外、今なお観客動員規模、チケットの販売方法、コロナワクチン接種の有無などの入場条件は正式には公表されておらず、統制色が日ごと強化される様相です。
詳細を決定できない背景には、感染力の強い変異型「オミクロン型」などの拡大懸念があるためで、中国政府は「ゼロ・コロナ」政策の徹底を進める処、足元では感染が拡大し、地域によってはロックダウンに追い込まれてきている処もある由。一方、無観客やごく少数の観客を入れる形式となれば自らが誇ったコロナ対策で感染を抑え込めていない、とのイメージが広がり、国威の失墜につながりかねないとの危機感もある為で、当局は観客動員と「ゼロコロナ」を両立させるため徹底した感染抑制策を打ち出していると云うものです。
こうした状況に加え、周知の新彊ウイグル自治区などを巡る人権問題で世界的に対中批判を呼ぶ処、以って米、英、カナダ、豪州、などは政府外交団を五輪に派遣しない、つまり外交ボイコットの決定を発表する処です。又、いわゆるアクテイビストによる政治的発言に対しては処罰を科すとしていることもあって極めて厳しい環境となっているとの由ですが、更に、ここに至ってロシアのウクライナ侵攻の可能性も出てきたことで、緊張感の高まる処です。
そんな中、IOCのバッハ会長が25日北京入りした由ですが、彼の宿泊先は公表されず、これもアクテイビスト等の彼への接近回避のための中国政府の措置でしょうか。
日本政府も閣僚らによる政府代表団の派遣はなしとの決定ですが、習指導部にとっては欧米への対抗という観点からも、成功裏の開催を演出する必要が高まる処ですが、まさに摩訶不思議の政治色一色に染まる北京五輪。これが平和の祭典と呼べるのでしょうか。
そんな中、中国政府が17日発表した2021/10~12月期のGDP(実質)は前年同期比4.0%,前期からは0.9ポイント減速です。これは「ゼロ・コロナ」政策を受けて消費が伸び悩んだほか、石炭高騰に伴う電力供給不足で、各地の工場が操業停止を余儀なくされたことの影響とするのです。
1月14日、デンマーク、オランダ両政府はそれぞれ政府外交団の派遣は、しない決定をした旨発表しています。 以上 (2022/1/27)
はじめに The era of predictable unpredictability
第1章 「新しい資本主義」考
1.岸田文雄総理が目指す資本主義
(1) 文春寄稿 私が目指す「新しい資本主義」の
グランドデザイン
(2)「新しい資本主義」とは、社会主義シフト?
2. 日本の経済安全保障対応と、日米首脳オンライン協議
(1) 日本と経済安保環境
・経済安保、4つの柱
(2)日本の経済安全保障対応と、日米首脳オンライン協議
第2章 国と企業の「二人三脚」、その合理
1.米政権とインテルのタッグマッチ
2.Bossy state, 問われる`政府と企業’ の関係
おわりに 北京冬季五輪と習政権のメンツ
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はじめに The era of predictable unpredictability
昨年暮れのThe Economist(Dec.18~31,2021)は、その巻頭言で、来たる2022年をNew normal始まりの年、The era of predictable unpredictability 、つまり予測するにも、‘予測できないと予測すること’ と断じるのでした。それは複数の供給要因と需要要因が予期せぬ形で押したり引き合ったりする様相にあって、その落ち着く先が見通せない状態が続くと見る処、この現象を英投資調査会社、TSロンバートは、それをバイフレーション(biflation)と称する処です。
過去2年というもの、新型コロナウイルス、「デルタ株」が齎したコロナ禍への対抗に明け暮れ、その行動は、いつしかこれまでnormalと信じられてきた行動や秩序の破壊を生み、更に昨年暮れには新型コロナウイルス「オミクロン株」の出現で、その収束の行方が見通せない、予測不能の新年に入りましたが、biflation効果もあって、世界は今、急速に進み出すインフレへの懸念を高める処です。
そうした中、日本では岸田総理が、この1月11日で政権発足100日を迎え、米国では、バイデン大統が、1月21日で2年目を迎えました。
そして、1月17日 、岸田首相にあっては、召集された通常国会で就任後初の施政方針演説に臨み、2050年温暖化ガス実質ゼロに向けた「経済社会全体の大変革」を強調する処でした。そして経済再生の要は、自説の成長と分配の好循環を生む「新しい資本主義」にありとし、この春に実行計画をまとめる方針を明らかにする処でした。その直後の21日には、オンライでバイデン大統領と1時間半の協議を行っており、そこでは地域情勢への対応や経済分野で両国の幅広い連会を確認した由、報じられています。
そこで、岸田氏が持論とする「新しい資本主義」とは、どういったものか。文芸春秋2月特別号に寄稿の論考「新しい資本主義」のグランドデザイン、を取り上げ、上記日米首脳会談の内容とも併せ、この際は日本の世界におけるposition(注)を踏まえ、日本の経済安全保障に焦点を合わせて論じたいと思います。
(注)日本経済の世界におけるポジション(2020)
Japan (rank) USA 中国
GDP (兆ドル) 5.0 (3位) 20.9 (1位) 14.9(2位)
貿易(輸出 兆ドル) 0.8 (4位) 1.5 (2位) 2.0(1位)
人口 (億人) 1.2 (4位) 3.3 (3位) 14.1(1位)
と同時に、パンデミック以来、少なくとも経済活動は政府の支援、あるいは協調なくて進まぬ状況が続く処、これまでも幾度も弊論考では指摘してきた問題ですが、これが市場における自由競争、更には民主主義の在り姿を問う処です。そこで、併せて民主主義堅持を意識しながら、The Economist,(Jan.15/21)が指摘摘するBossy state(高圧的な政府の企業介入)の実状について考察することとしたいと思います。
第1章 「新しい資本主義」考
1.岸田文雄総理の目指す「新しい資本主義」のグランドデザイン
(1)文春寄稿「新しい資本主義」
岸田文雄氏は、自身の標榜する「新しい資本主義」について、月間雑誌「文芸春秋」2月特別号に寄稿しています。早速 取り寄せて読んでみました。新しい資本主義?
寄稿文の全体構成は、以下 10の文節からなるものです。
(1)今こそ資本主義のバージョンアップが必要
(2)「人」重視で資本主義のバージョンアップを
(3) 何よりも大切なのは人への投資
(4)新たな「官民連携」で付加価値を引き上げていく
(5)スタートアップが日本を救う
(6)大胆な投資の実現
(7)地方こそ主役、デジタル田園都市国家構想の実現へ
(8)気候変動問題への対応
(9)若者世代・子育て世帯の所得の引き上げに向けて
(10)まとめ
まず、(1)、(2)、(3)を通じて「成長と分配の好循環」実現のために、「モノから人へ」の流れが重要と説き、次に(4)、(5)、(6)を通じて「モノから人へ」に続く新しい資本主義のキーワードとして「官民連携」を挙げ、連携を以って終戦後に続く、第2の創業時代をつくろうと、呼びかけるのです。更に(7)、(8)、(9)ではもう一つの重要なキーワードとして「地方」を挙げ、デジタル技術の活用により、地方を活性化し、持続可能な経済社会を実現するとデジタル田園都市国家構想の実現を目指すと云い、気候変動問題に2050年カーボンニュウートラルの実現を目指し、あわせて2010年代の日本の経済成長を米国と比較して家計消費の伸び低いことが問題でこれを改善するために可処分所得の増加を図りたい、これこそ令和版所得倍増だと主張するものでした。
(2)「新しい資本主義」とは、社会主義シフト?
さて、読み終わっての感想は、「新しい資本主義」とは何か? 依然よくつかめないというものでした。つまり、上記内容からは、資本主義論ではなく、岸田首相の在任中のお仕事予定表としか映らないのです。勿論 政策論であれば、それはそれで問題はないのでしょうが、一国の総理大臣が使う「新しい」と云う言葉には、根本的変革を予知させるものがある処、それが感じ取れないと云うものでした。
つまり、総理大臣の云う「新しい資本主義」論には当事者の理念が映ってこないこと、明確な国家戦略も見えないという事で、むなしささえ覚える処でした。つまり岸田氏が実行したいとする政策を集めても、即「新しい資本主義」とはならないのです。新しい資本主義を語る以上、月並みのレトリックでは意味がなく、日本の経済社会に関するしっかりとした分析が必要です。
そもそも、資本主義とは、資本が主体の生産体制を意味する処、それを否定したマルクスの造語で、彼は競争と云う経済的圧力が生産の為の生産に追い立て、失業と貧困の広がりが、格差社会を生み、繰り返される不況等、あらゆるものが投機の対象になることを明らかにし、利潤第一のシステムがこの巨大な生産力をコントロールできなくなったとし、そこで、国民が主人公となる未来社会への前進が必然と説くものでした。が、仮に格差や独占を生みだし、自然を破壊する資本主義にどう立ち向かうかという事であれば、東大教授の松井彰彦氏が言うように(日経、2022/1/15),「資本主義と市場経済と混同されやすいが、その区別を明らかにしなければ対抗策が見えてこない」処、今次の岸田氏主張は、そうした整理がなされないままに、賃上げだ、格差是正だと云うのですが、であれば「社会主義」への接近ではと映る処です。
序で乍ら、米国のノーベル経済学賞のポール・サムエルソンは、市場の自由と政府による規制を併せ持つ中道主義を目指す処でした。つまり、サムエルソンは、市場の自由を重視する古典派経済学思想と、政府の規制を重要視する新古典派経済学思想とを合体させ、「新古典派総合」と云う新しい概念を生みだし、その下で「公的秩序を保つための規制」と「市場の競争の自由」のバランスを取った経済政策を主導、戦後、60年代から80 年代の民主主義国家の経済政策に多大の影響をもたらすものでした。要は、不況時にはケインズ経済学、軌道に戻れば、自由放任を志向すると云うものでした。なおサムエルソンの名著「Economics」と云えば、60年前、好学社のリプリント版を以って苦労したことを想起させられる処です。
さて、1月17日召集された通常国会での岸田文雄首相の施政方針演説では、まさに「新しい資本主義」に全文の3割を割く処、これまで批判の多かった「改革」と云う言辞については、今回は「経済社会変革」と打ち出していましたが、日本経済の問題はアベノミクスでいえば3本目の矢、生産性を上げる改革など成長戦略が足りないことに尽きる処です。今後この点は、岸田イズムの下で見直されていく事でしょうが、ここは修正ではなく改革の断行を目指すべきと思料するのです。つまりは抜本的変革への意思を明確にし、そして何よりも、日本経済の成長のためにも、行政全体を統率するリーダーシップが求められる処ではと、思料する処です。
かつて、同様趣旨の表題(和訳語)で、2020年10月、ハーバード大学のMBAコースで人気を集めるレベッカ・ヘンダーソン氏の「資本主義の再構築」(Reimagining Capitalism)を手にしました。そこでは企業のパーパス(存在意義)の再定義があり、非財務情報の開示を通じて、株主に偏在する富の分配を見直そうという内容ですが、ステークホルダー主義に基づいたもので、ビジネスの力を使った社会問題の解決や公正な分配を考えるうえで大いに参考となるものでした。
・日本の課題
上述、国際環境を拝する日本の行く道はどうあるべきかを考える時、2020年のForeign Affairs 7-8月号で、Princeton 大学教授のJohn Ikenberry氏が投稿論文「The Liberal Order, The Age of Contagion Demands More Internationalism, Not Less」で、まさにウイズ コロナの時代こそはinternationalism(国際協調主義)がより必要と訴えていたことを想起する処、2022年も尚その延長線上にあって、資源等、パワーを持たない日本が目指すべきは、安全保障と自由貿易が両立する「経済安保」の確立にある処、その為にも‘外交力’の強化が日本にとって喫緊の課題とも思料するのです。
2.日本の経済安全保障対応と、日米首脳オンライン協議
(1) 日本の経済安保環境
1月17日の通常国会では岸田首相は、「新しい資本主義」を語る中、目指す成長戦略では経済安保は、待ったなしの課題であり、新しい資本主義の重要な柱だとする処です。
安全保障といえばこれまでは政治的、軍事的側面を中心に議論されてきていましたが、これに「経済」が、結び就くようになった背景には、先端技術分野で存在感を増す中国に対し、世界的に警戒感が高まっている事情があっての事とされる処です。
つまり、中国は、2015にハイテク産業育成策「中国製造2025」を策定し、5G,やAIなど先端分野に力を入れてきている処、ただ先端技術に欠かせない、あらゆる技術の基盤となっている半導体は、目下の処、世界的な不足で、部品などのサプライチェーンへの関心が高まる処で、経済安保上の目玉とも映る処です。 尚、足元での半導体の生産能力は、中国が世界の15%程度と日本とほぼ同水準で、台湾、韓国に次ぐと見られているのですが、近時、2030年には中国は倍増の30%と首位に立つと予想される処です。このため、中国に自国の製造業の命運を握られかねないという危機感が、米国を中心に広がっているとされる処です。
・経済安保、4つの柱
上述、日本を取り巻く環境を念頭に、政府が目指すべき経済安全保障政策の構築は、国際経済評論家の船橋洋一氏が言うように、外交・安保、貿易・投資、脱炭素・エネルギー、デジタル・データなどの政策、そして産業政策とどのような整合性を以って構築されるというものか、つまりは国産と輸入の代替、安全保障と企業主益・経済成長、イノベーションと格差、抑止力とレジリエンス、といった経費対効果を明確にした政策を確立していかねばならないのですが、それらが新しい資本主義にどのように組み込まれていくものか。側聞する処、現状、以下の4点があげられる処、しばし当該推移を注視して行きたいと思います。
・4つの柱:
➀ サプライチェーン強靭化への支援、
― 滞れば国民生活や産業に重大な影響を及ぼす半導体などを「特定重要物資」に指定
し、国が供給網の強化に向け、事業者が作成し、資金を支援する。半導体の他、レアア
ースなどを想定する。
② 電力、通信、金融等の基幹インフラにおける重要機器・システムの事前安全性審査制度
― 情報通信やエネルギーなどのインフラ事業者が重要な設備で安全保障上の脅威になりうる外国製の設備を新たに導入する際、政府が事前審査する。
③ 安全保障上機微な発明の特許非公開制度等の整備推進
― 機微技術の公開を防ぐ狙いとするもので、対象を原子力技術や武器だけに使用さ
れる技術の内、「我が国の安全保障上、極めて機微な発明」に限定されることに伴う
損失を国が補償する。
④ 半導体工場の設備投資やAI等新分野に対する官民の研究開発投資の後押し、
― 量子技術やAIなど「特定重要技術」の開発促進に向け、資金支援仕組みの導入
(注)岸田政権は2021年暮れの臨時国会で、先端半導体工場の誘致を後押しするため
の関連改正法案と補正予算を成立させており、台湾・積体電路製造(TSMC)が
ソニーグループと熊本県で建設する新工場がその適用第一号になる見込み。これも
実質的に経済安保法案の一部先取りと云う位置づけ。
・現実の対応に思う事
こうした経済安保への取り組みは、勿論、相応の意味を持つ処と思料するのですが、ただその実践的対応は自国安保の確保にある処、今日的環境に照らすとき、互恵主義で臨むべきではと思料するのです。つまり、もはや平時を前提とした「効率優先の集中・管理」型モデルでは立ち行かなくなってきているのではと思料されるからです。
気候変動や感染症、更には日本においては首都圏直下地震など、これらが同時多発的に起きる最悪事態も想定したモデルへの転換が急がれる処です。そして、何よりも我が国の産業界を巻き込む経済安保上の最大の懸念は米中の覇権争いです。民主主義と専制主義と云った国家理念の対立とも云われる処ですが、バイデン大統領の対中姿勢がいまいち、シャキッとしないことが問題です。
であれば、日本として今後の外交及び通商政策の基礎に置くべきは、米中対立の狭間で悩む国々とともに、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える「開かれた互恵主義」を目指すことではないかと思料するのです。そして大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事、ではと思料するのです。そしてしぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことではと強く思う処です。
(2)日米首脳協議
1月21日 、日米両首脳はオンライン協議を行い、経済安保で米国との連携重視と云う岸田政権の基本スタンスが確認されたと発表すると共に、この春のバイデン大統領の訪日が決定したと発表しています。 さて協議の内容ですが、ホワイトハウスの声明によると、米国が提唱する「インド太平洋経済枠組み」の創設について両首脳は確認。同時に米国と緊密に協力し、同構想への支持を地域に広めていくと約束する処、米国は経済面でアジアへの関与を強化する方針にあること、そして中国の「一帯一路」を意識していく事、同時に経済版の「2プラス2」の新設でも合意したとする処です。
尚、新設「2プラス2」については、半導体などのハイテクとサプライチェーン、そして輸出管理が主な議題となるとしています。世界で需要の増える半導体は安定調達が最大の課題です。かくして経済安保の連携深化へ踏み出す処ですが、ズレも大きいと指摘される処です。具体的にはTPPへの米国の不参加。日米協調で焦点となっているのが輸出管理を巡っての温度差です。 更に、岸田路線とバイデン路線の間で未だズレを感じさせるのが米国の対中姿勢です。強硬路線を進める米国ですが、日本はどこまでその強硬路線に合わせていけるのか、問題は続く処です。となると経済安保での日米連携強化では、成長と安保をどうバランスさせていくかが問われる処と思料するのです。
第2章 国と企業の「二人三脚」、その合理性は
1. 米政権とインテルのタッグマッチ
米バイデン政権とインテルは1月21日、2兆円超を投じて米国内に半導体工場新設の計画を共同発表したのです。周知の通り、まさに上記経済安保で述べたように、世界的な半導体不足を受け、国産半導体を目指す動きが世界に広がる処です。バイデン大統領も、21日、ホワイトハウスで「米国の半導体帯分野で過去最大となる歴史的な投資だ」とコメントするも、今回の投資が国と企業の「二人三脚」であることを印象づける処です。(日経2022/1/23)
米政府は、昨年起きた深刻な半導体不足で、自動車、電子機器の生産混乱を招いた経験に照らし、インテルなどに投資を促し、同様の混乱が起きないためと、国内生産基礎の構築を進めると伝えられる処、先端半導体を確保できるかは、自動運転や次世代通信などデジタル領域の競争力に直結する処です。
更に、米国が対抗心を露わとするのは半導体産業の育成に巨費を投じる中国の存在です。米国内では、華為技術(フアーウエイ)を筆頭とした企業群が存在感を増す処、米半導体工業会(SIA)によると20年には約1万5000の中国企業が半導体企業として登録され、先端分野だけで10億ドル近い売り上げを挙げた由です。この他、台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムソン電子も米国内で工場建設に動いていると報じられる処です。 尤も、補助金で足元の半導体不足を解消できるわけではないとは指摘される処、商務省調査によれば企業の半導体不足の解消には「最低半年」を要するとしていて、各社の新工場が立ち上がるのは24年以降とみられ、「供給過剰に陥るリスク」があるとの見方は少なくないとされる処です。
いずれにせよ、こうした過度とも映る国策投資政策、政府の介入にはいろいろ懸念も浮上する処、ある意味、ダッコに、おんぶの政府の介入は間違った取り組みであり、長期的に見れば3つのリスクがあると、The Economist ( Jan.15~21)は評するのです。以下にその趣旨を紹介することとします。
2.Bossy state, 改めて問われる政府と企業の関係
まず、80年代のそれとは違い、企業と政府の関係は変質し、これまでグローバル市場で民間企業が競い合うためのルールに目を引からせる審判役に回っていたが、今や波乱含みの新局面が進行していると云うのです。つまり、市民は社会正義から気候変動に至るまで、諸問題への対応を政府に求め、政府は企業に指示を出すことで、より安全で公正な社会へ導こうとしているが、つまり国は車の後部座席で運転手に指図するようになった。このBossy business interventionism(企業への高圧的な介入主義)には悪意はないが、しかしそれは究極的には間違いだとBeware the bossy stateと断じるのです。
バイデン氏は中間層のために米国の自由市場を守ろうと穏健な保護主義、補助金による産業支援等、推進しているし、中国でも「共同富裕」の名のもとに企業への監視を強めている。又、EUは自由市場から距離を置き、産業政策や「戦略的自律」を重視するようになったと云い、英国やインドやメキシコ等も同様にある処、致命的なのは、ほとんどの民主国家で介入の魅力が党派を超えて政治家に浸透していることと云うのです。
それは自国市場や審判が十分な働きをしていないのではと、懸念する市民が多いからだと云うのです。 また現在の地政学的情勢は、貿易の拡大とともに民主主義が広がると見込まれていた90年代とも、冷戦時代のそれともかけ離れているが、今では西側諸国と全体主義的中国とは競い合っているが、経済的には切っても切り離せぬ関係にあること、そして、
こうした介入主義的な動きには国有化の発想はないものの、広義には一連の政策は安全保障を強化すると謳うのです。前述した米インテルのケースの場合は、まさに米政府の提案を受けての行動であり、結果、インテルの投資額も5年前の倍に膨らむと見る一因となっていると云うのです。つまり中国を除き、高圧的な政府が企業心理を痛めてはいない。が、そうした行為は長期的に見れば3つのリスクがあると云うのです。
その一つは、相反する目標に直面した国家や企業が進むべき最善の方向性を見いだせないこと, そして二つは、効率性とイノベーションの低下です。つまり、世界規模のサプライチェーンの二重化には膨大なコストがかかること。そして将来より致命的なのは、競争が弱まることを挙げるのです。つまり多額の補助金を受けた企業の力は衰える事になると云うのです。
最後のリスクは、縁故主義(Cronyism)がやがて経済界と政界の腐敗をまねくことと云うのです。企業は政府を思い通りに動かし、優位に立とうとする。米国では既に境界があいまいとなり、企業の選挙への介入が増えている。一方、政治家や官僚は資金をつぎ込み希望を託した特定企業を引き立てるようになると。つまり、何らかの事態が起きるたびに介入して衝撃を和らげたいと思っても、政財界の関係者を断ち切ることはできないと指摘するのです。
つまり、高圧的な政府と云う新スタイルにこの信奉者が願うのは繁栄や公正さ、安全だが、手に入るのは非効率や既得権益、そして孤立だけという結果を招く可能性の方が高いと云うのですが、自立した企業こそが尊敬されるという事でしょうか。まさにThe Economist魂って処です。
・米巨大IT企業とバイデン政権
序で乍ら、デジタル化が進むと企業の投資は工場・店舗と云った有形資産からソフトなど無形資産に重点が移り、一方、M&Aを繰り返し, 事業領域を拡げているも、雇用を生む力は小さくなっているとされる処です。つまりデジタル革命はアイデイアを生む少数に利益が集中する「勝者総取り」を招き勝ちで、まさに資本主義の基本的な見直しが不可避となる処です。
ただ、かつて独占が問題視された石油や電力とは異なり、今や、高度Digital technology を以ってテック大企業は意思疎通の手段を握る処、周知の通り昨年1月6日、トランプ支持者が米議事堂を襲撃した際、彼らの情報発信を封じたのはフェイスブックやツイターなどSNS(交流サイト)でした。勿論SNSが広げる偽情報は民主主義をむしばんでもいる処、今や民主主義の意思決定で、民間企業が政府に匹敵する影響力を持つに至っています。つまり、巨大企業と大きな政府の争いは、誰が富を集め、誰が言論を主導するのかと云う根源的な問いを発する状況にある処です。その点では、民主主義を守るために政府や巨人企業とどう向き合っていくべきか、問われだしている処です。
因みに、バイデン政権は、M&Aを繰り返して事業領域を広げている米グーグルなどITテック企業に対する監視の目を厳しくする処、1月18日、米FTCと司法省は企業のM&A審査に関する指針の改定を発表しました。つまりIT企業の巨大化が進む中、競争が乏しくなり、消費者や労働者が不利を被っているとして、実状に沿った指針に見直し、厳しく審査すると云うのです。(日経、1/19、夕)彼らはM&Aによって、より魅力的な製品やサービスを消費者に提供してきていると主張するのですが。勿論、上述、bossy state問題とは異なる話しながら、要は「政府と企業の関係」が今の米国で注目される事情に関心が向く処です。
おわりに 北京冬季五輪と習政権のメンツ
北京冬季五輪は2月4日(土)から20日(日)で、開催まであと一週間です。無事の開催を念じる処です。が、現地からは、中国政府による大会関係者への統制強化の報が連日伝わる処です。勿論、コロナ禍に覆われての開催とあって、関係者はその防疫に大わらわという処でしょうが、観客は中国居住者のみとする方針が公表された以外、今なお観客動員規模、チケットの販売方法、コロナワクチン接種の有無などの入場条件は正式には公表されておらず、統制色が日ごと強化される様相です。
詳細を決定できない背景には、感染力の強い変異型「オミクロン型」などの拡大懸念があるためで、中国政府は「ゼロ・コロナ」政策の徹底を進める処、足元では感染が拡大し、地域によってはロックダウンに追い込まれてきている処もある由。一方、無観客やごく少数の観客を入れる形式となれば自らが誇ったコロナ対策で感染を抑え込めていない、とのイメージが広がり、国威の失墜につながりかねないとの危機感もある為で、当局は観客動員と「ゼロコロナ」を両立させるため徹底した感染抑制策を打ち出していると云うものです。
こうした状況に加え、周知の新彊ウイグル自治区などを巡る人権問題で世界的に対中批判を呼ぶ処、以って米、英、カナダ、豪州、などは政府外交団を五輪に派遣しない、つまり外交ボイコットの決定を発表する処です。又、いわゆるアクテイビストによる政治的発言に対しては処罰を科すとしていることもあって極めて厳しい環境となっているとの由ですが、更に、ここに至ってロシアのウクライナ侵攻の可能性も出てきたことで、緊張感の高まる処です。
そんな中、IOCのバッハ会長が25日北京入りした由ですが、彼の宿泊先は公表されず、これもアクテイビスト等の彼への接近回避のための中国政府の措置でしょうか。
日本政府も閣僚らによる政府代表団の派遣はなしとの決定ですが、習指導部にとっては欧米への対抗という観点からも、成功裏の開催を演出する必要が高まる処ですが、まさに摩訶不思議の政治色一色に染まる北京五輪。これが平和の祭典と呼べるのでしょうか。
そんな中、中国政府が17日発表した2021/10~12月期のGDP(実質)は前年同期比4.0%,前期からは0.9ポイント減速です。これは「ゼロ・コロナ」政策を受けて消費が伸び悩んだほか、石炭高騰に伴う電力供給不足で、各地の工場が操業停止を余儀なくされたことの影響とするのです。
1月14日、デンマーク、オランダ両政府はそれぞれ政府外交団の派遣は、しない決定をした旨発表しています。 以上 (2022/1/27)