2022年08月25日

2022年9月号  深まる米社会の分断、 高まる米中対立のリアル - 林川眞善

― 目  次 ―

はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール
            
第1章 米社会で進む分断化の背景

1.分断化の背景、二つの検証

検証 [1] Financial Times, Foroohar氏の懸念
―Is the US starting to resemble an emerging market

検証 [2] バイデン政権と産業政策
・Blinken米国務長官と3つのキーワード
(1)新「歳出・歳入」法成立 (The inflation reduction act)
(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略

2. 半導体産業助成で問い直される視点
  - Semiconductor chip pendulum is slowly swinging west
   By Ms. Gillian Tett、F.T. Managing Editor

第2章 ペロシ米下院議長の台湾訪問、問われる日本の対中外交

1. 世界が注目したペロシ米下院議長の訪台

2. 岐路に立たされる日本の対中外交
             
おわりに  「人口大逆転」
 
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はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール

7月22日その朝、筆者の先輩から一通のメールが飛び込んできました。それは、同日付の日経コラムに掲載の Financial Times ,Global Business Columnist のRana Foroohar氏の記事「米、『危うい新興国』に変質」(Is the US starting to resemble an emerging market? July 11,2022)を読んでの感想でした。フォルーハー記者の記事の副題、‘Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen’ が語るように米国で進む分断化の状況を伝えるものでしたが、察するに、彼女が伝える米国社会の症状に、いてもたってもいられずで、そこで米国の現状如何と、照会を受けるものでした。

当該記事は、米国社会は今、「Roe vs Wade」訴訟(後述)に象徴される基本的人権に絡む司法の裁定が簡単に変えられる状況にあって、‘司法’を巡る社会対立が生れ、それが国内の分断化を助長する処、それは公共の諸制度が弱体化し、法による支配、或いはその執行が困難となってきていている証と、米国社会のあり姿に強い懸念を語るものでした。 尤も8月、米議会で成立した新「歳出・歳入」法は、投資促進を促し、つまり米経済の再生を促すものと期待され、そうした社会の不安を克服してくれるものとは思う処です。
一方、外交面では、ペロシ米下院議長が中国の激しい反対にも拘わらず、8月3には台湾を強行訪問、蔡英文台湾総統と面談を果たしたことで、米中対立がリアルとなる中、その影響は、日本の対中政策の変更を強く促す処となっています。つまり、台湾の有事は日本の有事たるを自覚させられる処、まさに、3次元で進む構造変化が露わとなる様相です。 
そこで、今次論考では、これら米国内で進む分断化、バイデン産業政策の実状、更にペロシ米下院議長の訪台問題等, 環境の構造変化と捉え考察する事としたいと思います。


第1章 米社会で進む分断化の背景

1. 分断化の背景、二つの検証

検証 [1] Financia Times, Foroohar氏の懸念
―[ Is the US starting to resemble an emerging market ?― Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen. July 11,2022]

上述フォローハー記者が懸念する事とは、50年以上前に出された人口中絶を禁じた最高裁判決が、2022年6月24日、女性の基本的人権を無視した裁定として破棄されましたが、基本的人権に係る裁定が簡単に覆されてきている現実、そして、それが齎してきている米社会の分断化に思いを痛くすると云うのが、当該記事のポイントです。以下は、その概要です。

― 6月以降、米最高裁が出した複数の判決は、この数年、米国で広がった分断を更に深めている。とりわけ中絶の権利を憲法上の権利と認めた1973年の「Roe vs Wade」(原告ロー 対 ウエード判事)の判決を覆した6月24日の判決(注)や、米環境局(EPA)が全国レベルで 規制する権限を制限した同30日の判決等は、米国を更に弱体化させ、分裂を深める処、しかもこれら判決が米国の異常ともいえる状況、つまり相次ぐ銃乱射事件、昂進するインフレ、連日TVでは、昨年1月6日の連邦議会襲撃事件を巡る下院公聴会が中継される中での判決だと云うのです。

― そして、米国は政治的リスク及び不安定さという点では、先進国というより新興国の様相を呈し始めている。つまり、米調査会社ジオクワント社の創設者、Mark Rosenberg氏が、同社顧客に送った書簡の中で、米国が抱える統治リスクや社会的リスク、治安面のリスク等、関係指標の上昇に照らし、米国の政治的リスクは世界各国に比べて依然、相対的に低いが(127カ国中85位)、OECD加盟国中、今やトルコ、メキシコ、イスラエルにほぼ並ぶ高さで、つまり、その姿は先進国というより途上国のように映る云い、同氏がこうした状況を米政治の「EM(新興国)化」と呼ぶ処と指摘するのです。

― この米政治の「EM(新興国)化」は、トランプ政権にあっては顕著となり、バイデン政権以降も党派対立が深まり、更に進んだと指摘。長期にわたる米経済の繁栄、ドルの揺るぎない地位の維持には信頼が不可欠で、その信頼は法の支配を堅持することで築かれる処、近時の最高裁の判決は、それ自体が政治的分断を示しているとするのです。そしてこうした変化が進むとなると、実現の見込みのない運動、例えばテキサス州の独立を求める「テキジット(Texasとexitの造語)」の可能性も云々される処。銃を持つか否かに拘わらず、米国は自らとの戦争を始めてしまったと、----- するのです。

(注)原告Roe VS 判事 Wade氏の対決訴訟:1950年,人口中絶は憲法違反と裁定され、
爾来50年、人工中絶は女性の憲法上の権利と,争われてきた違憲訴訟。2022年6月24日,
米連邦最高裁は、それまで違憲とされてきた当該判決に対して、女性の人工中絶は、「憲
法で保障されている女性の権利を侵蝕するものと」と、始めて違憲判決を下した。この結
果、人工中絶を認めるか否かは、各州の権限に委ねられる事になった。(最高裁判の構成
は現在、保守派6名、リベラル派3人) 同24日には、即アラバマ州が全米で最も厳し
いとされる中絶禁止法を発効、又、8月2日、米中西部カンザス州で実施の住民投票では
6割が人工中絶の規制に反対と。 全米50州中、28州が中絶規制の州法の施行に動くと
見られ、人工中絶は女性の基本的人権問題として中間選挙でも争点化の見通し。まさにAfter the shattering of Roe. (The Economist、July 2nd) に応える処。

米国内で進む分断化の事情は上述の次第と云え、11月の中間選挙を控え、国内での分断化が進むことが懸念されると云うものです。ただ、かかる社会不安の深層にあるのが格差拡大。であれば想起されるのが、トーマ・ピケテイ氏の云う不等式、r>g( 資本収益率 > 通常の経済成長率 )ですが、彼の場合は税制をテコに改革を考える処でしょうが、筆者流には、恵まれた者が全体の為にいかに行動できるかが最大のポイントで、その姿はStiglitz氏が唱導するprogressive capitalism の実践ではと思料する処です。尤も、今日現在の分断化を促す要因はトランプ前大統領の存在の他なく、彼のデタラメな言動にありと思料する処です。

検証 [2 ] バイデン政権と産業政策

・Blinken 米国務長官と3つのキーワード
この5月Blinken 米国務長官は、バイデン氏の対中経済政策について、`compete , align , invest ’ の3つをキーワードに纏め講演したそうです。― In a speech in May ,Blinken ,America’s secretary of state , boiled down Mr. Biden’s China policy to the three words, ` compete, align, invest’ That is , America should invest in its own strength; align more closely with allies; and confront China where necessary. (The Economist, July 9th)
これはバイデン政策を理解する上で、分かりやすい整理と云え、米国は今後 「自国産業の強化のために『投資』を進め、同盟諸国とより緊密に『連携』し、必要な場合には『中国と対峙』すべき」 とするものと思料する処です。

確かに、この三つのキーワードに照らし、現実を見ると、[compete] (競争政策)については、具体的には、米国内でのインフレ対抗としての対中制裁関税の引き下げ問題ですが、これはトランプ前政権が残した負の遺産への向き合い方を決めることに尽きるという事、又 [align] (同盟諸国との連携)については、米国との二国間連携の強化はともかく、米主導の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が新たに対アジア政策の基盤に据えられたこともあって相応の連携が進むものと思料する処、9月はじめに、ロサンゼルスで初の閣僚会議開催が報じられる処です。
 
ただ、もう一つの[invest](投資促進を通じた産業再生・強化)については、上述経済格差是正対応の視点もあって、バイデン政権には、中々スムーズに動き出す様子は見えにくくあったのですが、中間選挙を控えた今、漸く、新たな産業政策推進へのとっかかりができたと見る処です。8月16日、米議会では紆余曲折を経て、漸く成立を見た、新「歳出・歳入」法です。当該法は、以下で付言するように、別名`Inflation Reduction Act‘(インフレ抑制法)と呼ばれる法律ですが、バイデン政権が目指す産業政策誘導へのモーメンタムとなる処、そこで、当該法を以って、バイデン政権の産業政策の可能性を検証する事としたいと思います。

尚、上記Blinken長官の上述、「連携」による産業の強化という点では、7月28日の日米首脳協議に続く29日、ワシントンで、日米外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれ、今後とも、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくことを確認しています。そこで当該二国間協議の可能性についても上記と併せ、考察します。

(1)新「歳出・歳入」法成立(The inflation reduction act )
11月の中間選挙を控えた今、下院では野党・共和党の優勢、上院では与野党の接戦予想が伝えられるだけに、民主党バイデン政権の政策行動は急速に国内に向かう処、再生可能なエネルギーの推進などを盛り込んだ新たな「歳出・歳入」法案が、8月16日、バイデン大統領の署名を得て成立しました。

今回の法案は元々、2021年末、バイデン大統領が看板政策として発表した社会保障と気候変動対策を組み合わせた「BBB法案」(Build Back Better: より良き再建)と呼ぶ「歳出・歳入法案」でした。 が、民主党左派のマーチン議員らが、これが大型すぎるとの反対にあいお蔵入りしたのですが、その後、民主党上院トップのシューマー院内総務と協議を続けた結果、予算規模を縮小させ、つまり、当初予算案「10年、3兆5000億ドル」を1割程度にまで縮小させる一方、気候変動対策、EVへの補助や再生可能エネルギー投資などを目玉とした内容に修正、以って、政府と与党民主党は物価を押し下げる効果を目指す内容だとして、「Inflation Reduction Act」と呼称することで合意、成立を見たもので、まさに紆余曲折を経た成果ですが、要はインフレを「看板」とした、産業政策となるものです。

改めて、上記法案の意義として挙げられるのが三点。その一つは、歳出の大半が再生エネルギーの推移にあって、米国として初めて気候変動対応に本格的に取り込むことを鮮明としたこと。二つは歳入面で、大企業に対する課税強化と、徴税当局の機能強化。一方医療保険に対する補助金の延長や薬価の引き下げにつながる価格交渉の改革を盛り込み、要は「税」の公平を図るとしたこと。 そして、三つ目は何よりも、上記、民主党シューマー院内総務がマンチン氏と協議し党内左派の不満を抑えて成立させた事、とされる処です。

The Economist, Aug.13the,2022,は巻頭言で、The Inflation Reduction Act について Climate policy, at last、米国もついに温暖化問題に向かいだしたと云い、又、Joseph Stiglitz氏はProject Syndicate宛て論考 ` Why the Inflation Reduction Act is a Big Real ‘ で、今日のインフレ問題については、需要、供給両サイドで色々問題があるが、この法案の採択は大きな前進となるbig dealと、強く支持する処です。 かくして上記議会の行動はバイデン政権への援護射撃と思料される処です。ただ、現下のインフレ対抗とした点では、これがロシアを起点とした、石油、ガス等、鉱物資源の供給体制に起因するものだけに、単に法律を以ってインフレ抑制が可能となるものか、懸念は残る処です。

(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略
日米首脳協議に続く7月29日、ワシントンで、日米の外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれています。その目的は上述の通りで、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくとするもので、今年1月、日米首脳が創設を決めたものです。

今次、日本からは林芳正外相と荻生田光一経済産業相(当時)、米国はブリンケン国務長官、レモンド商務長官が参加、その協議の結果は、日米共同声明と併せ、日米行動計画として発表されています(日経7/31)当該行動計画は、「 ① 経済秩序を通じた平和と繁栄、➁ 威圧と不透明な貸付けへの対抗、 ③ 重要・新興技術と重要インフラの促進と保護、④ 供給網の強化」とされていますが、議論が集中したのは「供給網の強化」、具体的には半導体分野における日米の協力対応と伝えられています。つまり、台湾有事への日米協力による戦略対応を確認したと云う事で、要は「脱中国依存」を探ると云うものです。会合後の記者会見(7/29)では、日本は年末までに新たな研究機関「次世代半導体製造技術開発センター(仮称)」の立ち上げを約する処です。
一方、米国では、バイデン政権が8月9日、米国内の半導体工場新設支援として、生産や研究開発宛、補助金527億ドルの拠出法案(CHIPS法)に署名、成立させ、ホワイトハウスでの演説では、以って「米国は今後数十年、世界を再び主導する」と語る処です。[当該補助金は米国で半導体新工場建設予定の企業、米インテルや台湾TSMC,等に支給予定。(日経8/10)]  

2.半導体産業助成で問い直される視点

処で、上記の通り世界はいま半導体戦略を巡って、まさに蠢く中、その支援体制とは、詰まる処、補助金をテコとする産業強化ではないのか、そして、こうした補助金をテコとした戦略で中国と競争ができるのかと、半導体向け補助金政策に対し、Financial Times ,Managing EditorのGillian Tett氏 は厳しく指摘する処です。
― The semiconductor chip pendulum is slowly swinging west; The US had fallen behind Asian production levels but that may be about to change. Financial Times, July 22.2022)  
そこで後学の為にも改めて、彼女の指摘を以下に紹介しておきたいと思います。

― まず、米半導体最大手のインテルのCEO,ゲルシンガー氏が7月末のアスペン会議で ,
「‘Computer chips are the 21st century strategic version of the fossil fuel’(半導体は21世紀の戦略的化石燃料)」と発言していた由で、彼は「過去50年間は石油が地政学的な動きを左右してきたが、今後50年間は半導体工場が影響力を持つ。それが新たな地政学だ」とする一方、米国が半導体産業を作ったにも関わらず、現在はアジアが生産量の8割を占めていると嘆いていたことに言及するのです。
 
― その戦略対応として米国では、紆余曲折を経て、「USICA (米国イノベーション・競争法案)」を成立させ( 注:当該法案は 前出「インフレ抑制法」に集約、8月16日成立の「歳出・歳入法案」に組み入れられている )、以って補助金制度を立ち上げ、具体的対応を進める処、そこで、米国ではシェール業界を支援した結果、エネルギー自給率が高まったように、今次の法案で補助金制度ができたことで半導体の自給率を挙げられると見るのかと、質すのです。というのも、半導体工場を立ち上げには最低2年はかかること、おまけに米国は台湾が強みとする豊富な人材やインフラに恵まれていない事、そして台湾企業TSMCの場合、創業者のモリス・チャン氏によれば、米工場の生産コストは台湾工場に比べて50%高いと云うのです。 更に、米補助金520億ドルの額についても、推計によると、中国はこの3倍以上の金額を自国半導体支援に充てられているとの由。かかる環境にあって米欧、或いはアジア間で半導体補助金を巡る無謀な競争が生まれるのではと、新たな懸念を呼ぶ処と指摘するのです。

前出ゲルシンガー氏は目下、半導体の世界生産シェアーを米国が30%, 欧州は20%にする目標を提唱中(現在はそれぞれ12%と8%)とかで、そうなるとアジアは50%に低下することになるのでしょうが、そこまで大胆な転換はできないかもしれないが、「半導体を巡る地政学的な争いが、これからもっとおもしろくなる可能性がある」というメッセージを伝えられると云うのです。そしてこの半導体調達がロシア頼みでないことを幸運に思うべきと締めるのです。 が、問題の本質は、国家の政策姿勢、競争力あるコスト、そして人材確保にある事に変わりなく、日本の半導体確保戦略に改めて示唆を与えると云うものです。


第2章 ペロシ米下院議長の訪台、問われる日本の対中外交

1. 世界が注目したペロシ米下院議長の台湾訪問

さて今夏、世界の注目を呼んだ話題の一つは、周知のペロシ米下院議長の台湾訪問でした。 7月31日、アジア歴訪を正式に発表したペロシ下院議長は8月1日、シンガポール、マレーシア、台湾、韓国、そして日本を最後の訪問先としてアジア歴訪に出かけたのですが、元々ペロシ議長のアジア歴訪は4月に計画されていたものが、コロナ感染でリスケとなったもので、議会が夏休みに入ったこの時期に改めてアジア歴訪を決めたとの由でした。

この歴訪で世界が注目したのは、ペロシ議長の訪台であり、8月3日台湾で行われたペロシ議長の蔡英文台湾総統との面談でした。彼女の訪台は、25年前の1997年4月のキングリッチ下院議長(共和党)に次ぐものですが、キングリッチ議長は台湾で李登輝総統と会談する前には、北京を訪問し、まさに仁義を切ったうえでの台湾訪問で、李登輝との会談を果たしたと云うものでした。が、今回はペロシ議長が中国の反対を押し切っての訪台で、中国はこれには台湾周辺での軍事演習を以って応じており、米中の緊張を高める処でした。

いうまでもなくこの両者の行動の違いは、米中のパワーバランスの変化を映す処、25年前との大きな違いは、97年の中国は急成長中とは言え、経済規模は世界第7位。今は日本を遥かに上回る世界第2位で、米国の覇権に挑む存在です。それだけにペロシ議長の行動に、世界はくぎ付けとなる処でした。

もとより、彼女の訪台には中国は強く反発する処、8月4日には台湾を取り囲むように6か所で、軍事演習を名目にミサイル発射演習を開始、弾道ミサイルが初めて台湾上空を通過、日本のEEZ内にも複数着弾したと報じられる処でした。(日本の防衛省はEEZ外に落ちたものを含め計9発の弾道ミサイル発射を確認。日経8/5) 中国ミサイルの台湾上空通過は、1995~96年の「第3次台湾海峡危機」を上回る事態で、沖縄県の與邦国島等の海域近くへの落下は、漁民の安全を脅かすほか、従来の日本の安全保障の枠組みを根幹から揺るがす重大な局面を齎す処、以って「ウクライナ危機が、東アジアに飛び火した」と指摘される処です。 中国は7日台湾周辺の海空域で「島しよ侵攻作戦」の演習を実施した(4~7日予定)旨を公表(日経、夕、8/8)、10日になって演習の終了を明らかにする処でした。そして、
4日に調整されていた日中外相会議は中国からの申し出で、中止、その際、中国側は記者会見で、先のG7外相会議の共同声明で「不当に中国を非難した」ためと説明するのです。 

ペロシ氏の訪台は、バイデン政権の意図したものとは言えないようですが、米国の対中外交全体の中でどんな成果を狙う一手と位置付けるのかといった戦略を欠くものと、メデイア等は指摘する処ですが、とにかく、米中双方とも、相応の言い分を展開する処、台湾問題がちょっとしたきっかけで導火線に火が付きかねないアジアの火薬庫であることが改めて明白になったという事です。 ペロシ氏の訪台直後、中国外務省は「あらゆる必要な措置を必ず講じると、報復を宣言しています。(日経8/5)一方、自衛隊と米軍の共同訓練が増加傾向にある処、今次ペロシ氏の訪台、蔡英文総統との会談は、台湾有事は日本有事たるを改めて認識させる処です。 8月14日にはペロシ氏に次ぎ米両院の超党派議員団、5名が訪台(団長:民主党 エドワード・マーキー上院議員)、15日には蔡英文総統と会談しましたが、中国はペロシ議長に対したと同様、台湾周辺海域と空域で軍事演習を行ったと発表する処です。

改めて米中の台湾に対する言い分を見ると、米国の対中非難は、中国が台湾を力ずくで統一しようとする動きを先んじて制する戦略の一環とする処、中国は、米国が米中関係の基礎である「一つの中国」政策を徐々にないがしろにしているとみる処でしょうか。であれば双方の主張は国内世論もにらんでのことで、米国では中間選挙が、中国では秋の党大会が予定されていると云う事がありで、双方の主張は平行線をたどり、強硬な言説が強硬な行動を招く悪循環に陥ろうとしていると見る処です。

2. 岐路に立たされる日本の対中外交

これまで中国側も日米分断を誘発しようと、経済面で日本に秋波を送って来た側面はありました。が、中国が日米を一体と見なすようになれば、もはや「安保と経済」を使い分ける従来の手法は通じなくなる処です。今次中国の挑発はペロシ氏の台湾訪問に起因する処、それにも拘わらず影響は日本に及ぶ処でした。という事は日本の外交はG7の一員であり、アジアの一員でもある立場を活かしてきましたが、それだけでは国際社会で役割を果たせなくなってきたと云う事でしょう。そこで改めて外交を如何に主体的に展開するかが、日本の選択肢を狭めない道となる筈です。 9月29日、日中国交正常化50年の節目を迎えます。

折しも8月10日、岸田首相は、先の参院選で手にした「黄金の3年」を以って第2次岸田内閣をスタートさせ、その際は、 ➀ 防衛力の抜本的な強化、➁ 経済安全保障の推進、③ 「新しい資本主義」の実現による経済再生、④ 新型コロナウイルス対策の新たな段階への移行、➄ 子供・少子化対策、の5つを喫緊の課題と,挙げる処でした。 これらは、新たな国際環境への対応を意識したものと云え、とりわけ上記 ➀、➁ は、自国を自分で守るとの意識を新に、政策運営を目指すとする処と思料するのですが、留意されるべきは、防衛力の強化や国家安全保障戦略の構築は、予算の分捕り合戦とするのではなく、国家としての安保理念をキチンと整備し直し、それはまさに安倍晋三政治との決別を意味する処ですが、以って万機を公論に決するを一義として、進められるべき事と思う処です。

しかし、7月8日の安倍晋三銃撃事件で明らかとなった旧統一教会と自民党(議員)とのいわゆるブラックな関係の実状について政府からは明快な説明等はなく、国民の不信は高まる一方で、上記テーマに与するゆとりはない状況が露わとなってくる処です。もはや9月27日の安倍晋三国葬後は、岸田政権はもたないのではとの噂も流れる処、まずはブラックをホワイトにすることが、まさに喫緊のテーマとなるのではと愚考する処です。


おわりに 「人口大逆転」                    

5月30日付日経コラムに同社編集委員の大林尚氏が、イーロン・マスク氏の警告と題して、日本の人口減少に歯止めがかからないとすれば、日本は消滅すると、警告を発したと云うのでした。そして5月8日付の彼のツイートを再掲する処です。つまり、「At risk of stating the obvious, unless something changes to cause the birth rate to exceed the death rate, Japan will eventually cease to exist. This would be a great loss for the world.」 というのです。
そして、大林氏は日本の人口減に触れ、出生減に歯止めをかけ、反転させるには、真に効く対策を練り直し、計画的に実行する長期思考が不可欠だとし、まずは若者を取り巻く経済環境を好転させることと云うのでしたが、然りとする処です。
そんなおり、手にした英LSEの名誉教授、C. Goodhart氏らの近著「人口大逆転:The Great Demographic Reversal」は、実に興味深い指摘の並ぶものでした。以下は、その概要です。

― まず、この30年、世界に門戸を開いた中国の労働力が供給力を増やし、世界経済をインフレなき繁栄に導いたとし、日本の企業は国内の労働力不足を、中国を始め海外の労働力で補うと云う合理的選択をしてきたと。つまり国内での労動力不足を豊富な中国の労働力が補ってきたことで、日本の労働力市場の需給はタイトにならず、従って賃金を上げる必要はなかったと、現在の日本の抱える問題、つまり伸びない賃金という問題点に迫るのです。

― しかし、その中国の生産年齢人口は13年をピークに減少に転じており、労働力の供給源としての中国の存在感は減退せざるを得ないというのです。とすれば早晩、日本の労働需給は引きしまらざるを得ない、とすれば働く者の賃金が上がる時代がやってくる筈というのです。そして日本も早晩インフレに転換する可能性は高いという事になると云うのです。

本書タイトル「人口大逆転」とは、世界の多くの国々で明らかになってきている出生率の低下と高齢化のプロセスが、今までの根強いデイスインフレ(インフレ抑制)基調から今後数十年に亘るインフレ圧力の復活へと転換させる、つまり人口構成とグローバル化の決定要因の力が作用する方向が、現在逆転しつつあり、その結果今後30年ほどに亘って、日本を含む世界の主要国はインフレ圧力に再び直面することになる、と云うのです。 そして、日本の現実(成長率の低下、デフレ、そして金利の低下)に対する説明には重大な欠陥があると指摘、それはグローバルな力の大きな影響を考慮に入れていない点にあるというのです。
つまり、中国を含む世界の人口構成の大逆転(少子化)の進行で世界経済及び日本経済は、デフレからインフレの時代へと変化していくとする処、以って現在進行する長期トレンドの大逆転と云い、今からそれへの備えをと、云うのです。
ただ、デフレマインドという負のスパイラルから抜け出すには経済の新陳代謝を促し、より競争力あるセクターへの資源の再配分が不可欠です。つまり構造改革ですが、それへの言及の無いことは気がかりとする処です。(2022/8/25)
posted by 林川眞善 at 16:09| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2022年07月25日

2022年8月号   NATOの新「戦略概念」 、グローバル経済の今後 - 林川眞善

― 目 次 ―

はじめに 国際協調の機能不全        

1. 更に鮮明となった世界の対立構図
・epoch-makingな欧州での首脳会議
・プーチン大統領の対抗姿勢
2.囁かれる世界大戦の可能性

第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境

1. 今次NATO首脳会議の意義
(1) `そもそも‘ NATOとは
(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
2.米中貿易戦争の行方

第2章 Global Businessの行方   

1. ダボス会議は失敗 by Joseph Stiglitz
2. ロシアン・ビジネス
(1) サハリン2 プロジェクト接収騒動
(2) サハリン2と、日本のエネルギー安保

おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相 
               
・安倍晋三元首相 、凶弾に倒れる
・「黄金の3年」を手にした岸田政権の今後

追 記 : 気がつけば 論考10年
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はじめに 国際協調の機能不全

1. 更に鮮明となった世界の対立構図

・epoch-makingな欧州での首脳会議
6月、欧州ではいわゆる西側陣営による各種首脳会議(注)が開かれています。いうまでもなくロシアのウクライナ侵攻、その暴挙に西側陣営は如何に対抗すべきかを探る会議となっていて、有態に言えば、世界の安全保障体制会議とも言えるのですが、特筆されることは、対ロ戦略たる経済制裁が打ち出された状況が、西側陣営としてこれまでになく一致団結する形で決定されたことでした。勿論その行動様式は、戦後秩序の変化を呼ぶものと思料されるのです。
戦後秩序とは、第2次大戦後、米国を中心にした国際社会の安定した状態を指し、その安定と平和を保つ目的で、国際組織である国連や様々なルールが整備されてきたのですが、ロシアのウクライナ侵攻はそうした戦後の国際秩序への挑戦であり、破壊です。それだけに民主主義を規範とする西側諸国が、これまでになく一致団結して権威主義国家ロシアに対峙したことは今後の秩序のあり方を考えていくうえで、まさにepoch-makingとされる処です。
具体的には、ロシアの暴挙に対抗する姿としてG7サミットがあり、対中ロを含めた安全保障対応に、今やNATO首脳会議の出番がありで、彼らの行動に大方の関心を呼ぶ処です。

  (注)6月、欧州で開かれた主たる首脳会議
・6月12~17日、WTO閣僚会議(於ジュネーブ)、
・6月23 ~24日 欧州理事会(EU首脳会議)、(於ベルギー)
・6月 2 6~28日 G7サミット、(於 エルマウ、ドイツ)
・6月 29~30日 NATO首脳会議(於 マドリッド)

・プーチン大統領の対抗姿勢
こうした西側の動きに対するプーチン・ロシアの対抗はいかにですが、同氏は未だ意気軒高 ? と云え 、侵攻を収める気配はなく、6月17日 サンクトペテルブルグで開催の「国際経済フォーラム」(注)に参加した彼は「西側が行う対ロ制裁は失敗だ、ロシア経済は強固だ」と主張、「一極集中の時代は終わった」と欧米中心の秩序に反発を示す処です。
     
(注)国際経済フォーラム:年1回開かれ、そこにはロシアとの経済協力を望む企業経営者や政治家が集まる。過去には安倍晋三首相(当時)やフランス、マクロン大統領らも参加したプーチン肝いりのイベント。しかし今回は要人の参加はなく、ビデオメッセー ジによるごく限られ内向き色の濃いものだったと報じられる処でした。(日経6/18)

更に6月28日からは、タジキスタン等中央アジア諸国を歴訪、29日にはトルクメニスタンの首都、アシガバートで開催のカスピ海沿岸5か国首脳会議に出席、参加国間での政治と安全保障、貿易面での関係強化を訴え、欧米排除の姿勢を強調する処です。かくして欧米とロシアとの対立構図を一層鮮明とする状況です。
序で乍ら7/16閉幕したG20会議財務相・中銀総裁会議(於、バリ島)でも、ロシアへの対応を巡り見解がわかれ、共同宣言は出せず、国際協調の機能不全を鮮明とする処です。

2.囁かれる世界大戦の可能性
処で、北欧2カ国、フィンランドとスウエーデンのNATO加盟申請(5月18日)についてはトルコのエルドアン大統領が、トルコが敵視するクルド系組織を北欧2カ国が支援していることに難色を示していたことから、その実現には時間を要するのではと、しましたが、NATO首脳会議直前の6月28日、フィンランドのニーニスト大統領、スエーデンのアンデション首相、トルコのエルドアン大統領、そしてNATOのストルテンベルグ事務総長との4者 会談があり、結果、北欧2者がトルコの主張に応える形で、対クルド政策について譲歩を示した事でエルドアン大統領が北欧2カ国のNATO加盟を了承したことで、結果、全加盟30カ国の同意を得、北欧2カ国のNATO加盟が実現することになったのです。(NATO加盟には全加盟国の同意が必要とされる処、トルコの反対の為、実現が難しいと見られていた) ただ、この背景にはバイデン米大統領とエルドアン大統領との別途の会談で、トルコが求めていた戦闘機の近代化支援を米側が約束した事情があった由で(日経、7/1)、その見返りとして、トルコは当該2カ国のNATO加盟を承諾したとされています。いずれにせよ、この結果、欧州の対ロ防衛力がより一段と高まると云うものです。

ただ、新たな問題が急浮上です。先月号論考でも指摘したロシアの飛び地、カリーニングラード問題です。同地には、ロシア4つの艦隊の一角、バルト艦隊の母港で、そこには核弾頭も搭載可能なミサイル「イスカンデル」が配備されているのです。が、そこへのアクセスは隣国のEU加盟国 リトアニア経由となるのですが、EU制裁対象の貨物の運び入れが禁じられているため、動きが取れずロシアは報復措置を取ると警告する処です。 仮に、ロシアが報復措置を取るとして、NATOは如何に対処することになるのか、事と次第では、これが第3次大戦への引き金ともなりかねずとの懸念の高まる処です。
因みに、日本でも支持者の多いとされている仏の人口学者、エマニュエル・トッド氏は、文春新書「第3次世界大戦はもう始まっている」(6/20)で、更には、中央公論7月号でもその可能性を繰り返す処、実際その可能性が否定しきれぬ状況が現れ出してきています。

そこで、本論考では全欧安保政策をつかさどるNATOの今次首脳会議を中心に、上記各種首脳会議の総括をも兼ね、欧州安全保障体制と世界の安全保障の今後について考察する事とし、更に、今次NATO首脳会議に岸田首相が他アジア3カ国の首脳と共に出席し、席上、日本とNATOの関係について「一段と引き上げるものとしていきたい」と発言する処です。ちょうど日本は参院選が終わり新たな政治が始まる処です。そこで、NATOとの関係をも含めた日本が対峙する課題、政治の向かうべき方向についても考えてみたいと思います。


第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境

6月29日、スペインで開かれたNATO首脳会議では、今後10年間の指針となる新たな
「戦略概念」が採択され、首脳宣言を以って幕を閉じました。NATOの行動様式は欧州の安全保障ということのみならず、世界的広がりを以って効果する処です。以下では、そもそもNATOとはどういった存在なのか、今、転換点とされる事情とはどういったことかレビューし、併せて、今次 欧州の軍事同盟たるNATO会議に日本は他アジア3カ国首脳と共に招待されことの意義、そしてglobal競争環境の新たな変化について併せて考察します。

1. 今次NATO首脳会議の意義

(1) `そもそも‘ NATOとは
NATO(North Atlantic Treaty Organization)とは北大西洋同盟とされ、欧州28カ国と北米2カ国が加盟する政府間軍事同盟です。第二次大戦が終わり、東欧を影響圏に置いたソ連邦との対立が激しさを増す中、その対抗として米英が主体となって1949年4月4日 ワシントンで調印された北大西洋条約を実装する組織で、集団安全保障のシステムです。

尚、結成当初、ドイツについては米国等、一部ではドイツの非ナチ化が構想されていた由ですが、連合軍占領下にあって、ドイツは武装解除されており、主権回復後の1950年には西ドイツの再軍備が認められ、ドイツ連邦軍(Bundeswehr)が1955年11月12日に誕生し、西ドイツのNATO加盟が実現、今日に至る処です。 尚、NATOの本部は現在ベルギーのブリュセルにあって、現時点での加盟国は30カ国。NATOは東ヨーロッパにNATO即応部隊を配備しており、NATO加盟諸国の軍隊を合わせると、約350万人の兵士と職員を有する処、2020年時点の軍事費合計は、世界の名目総額の57%以上を占める処です。(IMF World Economic Outlook, 2021)

一方、こうした米英の動きに対抗、1955年、ソ連を中心とした東側8カ国は、ワルシャワ条約を締結し、軍事同盟となるワルシャワ条約機構を発足させています。この二つの軍事同盟によってヨーロッパは東西に分割されることになり、以って「冷戦」期となるのでしたが、1989年のマルタ会談(ソ連のゴルバチョフ書記長、米国のジョージ・ブッシュ大統領との首脳会談)の結果、44年続いた冷戦は終結したのです。(ワルシャワ条約は1991年ソ連の崩壊と共に失効) 第二次世界大戦から冷戦期を通じて(1945/2月~1989/12月)、西欧諸国はNATOという枠組みにあって、米国の強い影響下に置かれることになったのですが、それは又、世界大戦で疲弊した欧州諸国の望む処でもあったとされています。

(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
今次NATO首脳会議では12年ぶり、新たな「戦略概念」が採択されています。これは今後10年の行動指針となるものですが、「戦略概念」で新たに表記されたロシアと中国に対する認識こそは、NATOのロシア、中国に対する決意を示したものと、注目を呼ぶ処です。

新「NATO戦略概念(要旨)」(日経7月1日)では、これまで「戦略的パートナーシップ」と表現していたロシアを「最大かつ直接の脅威」と再定義し、更に、これまで言及されることの無かった中国について、はじめて言及、「中国の野心と強制的な政策は、我々の利益と安全、価値観に対する挑戦」と規定した上で「政治的、経済的、軍事的手段を駆使して、世界的な影響を強め、力を行使している」として、中国を欧米の安全保障に突きつける「体制上の挑戦者」と位置づけたのですが、この2点を以って、NATOの新戦略、NATOの対中ロ決意と、その変化に巷間注目を呼ぶ処です。

つまり、1949年に発足したNATOは集団安全保障の領域を北大西洋条約5条で「欧州と北米」と定めていますが、70年を超える歴史で始めて領域外の「中国」に言及したのはNATOを取り巻く安保環境の劇的変化を物語る処、まさに上記2点を以って冷戦後の世界秩序の転換点を示唆するものと評される処です。(注)

    (注)NATOの戦略概念:これまで3度、出されている。1991年の戦略概念では、
旧ソ連圏との東西冷戦から地域紛争への対応に軸足が移されていたが、1999年のそ
れでは、危機管理を新たな任務と位置づけ、域外での軍事行動も可能とする処。
2010年の戦略概念では、中核任務を「集団防衛」「危機管理」「協調的安全保障」と
し、集団防衛を最重要とする事なく、三つが並立とされていた。

尚、新「戦略概念]が示すこととは、民主主義と自由の価値を再確認するということですが、それを破ろうとする権威主義的な勢力に、民主主義国が、結束して対抗をする決意を示したと云うもので、中ロを隣国とする日本にとっても、それが意味することの大きさは云うまでありません。 因みに、該「戦略概念」では「インド太平洋地域の発展は、欧州・大西洋地域の安全保障に直接影響を及ぼしうるため、NATOにとって重要」とし、当該地域の新規及び既存のパートナーとの対話や協力を強化する、とも記す処、まさに冷戦後の世界秩序の転換点を象徴する処と思料するのです。

・ストルテンベルグNATO事務総長の総括
会議終了時の記者会見でストルテンベルグ氏は今次戦略概念について、冷戦以降最大の集団防衛と抑止力の見直しを行ったと強調する一方、中ロの位置づけを大きく変えたことで、米欧の軍事同盟であるNATOは歴史的な転換点を迎えたと語る処です。そして、集団防衛強化として、NATOは有事の際に即応部隊を10日以内に10万人、30日以内に20万人を派遣できる体制を整えると発表。2023年までに現在の4万人から7倍超の30万人以上に増員し、180日以内には追加で50万人を送れるようにするとも語る処です。(日経6/30)

加えて前出の通り、今次の首脳会議に始めて日本、韓国、豪州、ニュージランドの4首脳は招待を受け、出席していますが、その事情は上述「戦略概念」を映す処と思料するのです。
岸田首相は会議席上、「欧州とインド太平洋の安全保障は切り離せない」と強調した由ですが、相手に協力を求めるならば、自分にも役割が求められる処、その役割とは、日米同盟の強化にとどまらず、韓国や東南アジアなど周辺国を巻き込んだ東アジア安保を強固にしていく事でしょう。そのためにも日本は今、米中対立の最前線にいる自覚を持たなければなりませんが、となれば、次は岸田首相の出番となるのでしょうか。

その点、一部には今次NATO首脳会議に呼ばれた事情として対中国の「アジア版NATO」の創設と云った議論も聞こえてくる処ですが、結論としては、中々難しい話と思料するのです。何故なら本家のNATO同様、集団的自衛権を前提とすると、日本憲法では武力行使は認められていません。つまり、憲法の改正なくして集団的自衛権への対応は不可であって、出番と云っても他の方法での貢献を考えていく事になる処です。また国連安保理事会の常任理事国入り問題でも、同じ点が問われる処です。

・序で乍ら、「集団的安全保障体制(例えばNATO)」参加の可能性について、その条件となる「集団的自衛権」について、筆者友人から貴重な指摘が届きました。折角なので参考まで、以下に、その概要を紹介しておきたいと思います。

『集団的自衛権』は国連憲章第51条に依って日本にも保障されているが、この権利については、2014年7月1日の第2次安倍内閣閣議において、それまでの「集団的自衛権は保持しているが憲法9条により行使はできない」との立場を、「限定的に行使することができる」との憲法解釈に変更する「閣議決定」がなされている。 本決定によると、「集団的自衛権行使の要件」として「日本に対する武力攻撃、又は日本と密接な関係にある国に対して武力攻撃がなされ、かつ、それによって日本国民に明白な危険があり、集団的自衛権行使以外に方法がなく、必要最小限度の実力行使に留まる必要がある」とある。
現在、日本や欧州が直面しているロシアによる武力攻撃の脅威を上記下線部分に照らしてみると「我が国による集団的自衛権行使の要件」に相当するとも考えられることから、「ロシアによる武力攻撃の脅威」を根拠とする我が国の集団安全保障体制への参加は可能と思料する。今後彼らによる脅迫が一層尖鋭化して「我が国が差し迫った危機に置かれる場合には、我が国としても集団安全保障体制に頼らざるを得なくなるであろう。近い将来この局面が到来するのではと予測している」と。

上記論理はよく理解する処、その際の問題は、今、再浮上の改憲議論にも関わる処、政府がどれほどに真摯に国民を理解させうるかにかかる処と思料するのです。

2. 米中貿易戦争の行方

さて、欧州の対中姿勢が上記の通り鮮明となる処、米中が貿易戦争を始めてこの7月6日で4年を迎えました。具体的には米国が2018年7月 6日に、産業機械等340億ドル分の関税を上乗せして米中貿易戦争が始まったのですが、バイデン政権は国内経済のインフレを抑制するため対中制裁関税の引き下げを検討しだしたと報じられる処です。そもそも、これが法律に基づき関税発動から4年で見直す決まりとなっているのですが、問題は台湾や人権等の問題を含めた対中関係全体の中で通商関係をどう修正するかがポイントです。

USTRは7月6日以降も現行関税をひとまず続けた上で、今後の扱いを決めるとしているようですが、最終的にはバイデン大統領の政治判断となる事でしょう。因みに、7月5日の記者会見でジャンピエール大統領報道官は「複数の選択肢を検討中」とするに留める処です。

11月の米中間選挙ではインフレ対策が争点となる事でしょうし、その点では、バイデン氏にとって対中関税の引き下げは、政権として取り組める手段の一つであり、政権内では既にイエレン財務長官らが対中関税の引き下げを唱えているとされる処、仮に中国から一定の譲歩を得ずに関税を引き下げたとすれば、野党共和党から「中国に弱腰」との批判は必至。このため、この関税引き下げと同時に、中国への強固策も検討中ともされる処、具体的には通商法301条に基づき、中国の不公正な貿易慣行を特定する案が伝えられる処です。

米中は対立を深めつつも、偶発的な衝突は回避するため対話を続ける構えにあると伝えられるなか、政権内動きとして、財務長官のイエレン氏は5日、中国経済の司令塔である劉鶴副首相と協議したほか、ブリンケン国務長官も7月7日、インドネシアのバリ島でのG20外相会合(主要20か国・地域)を利用して行われた中国、王毅国務委員との会談を通じ、対話の維持を確認したとし、中国外務省はこの会談を「将来のハイレベル交流のため条件を整備した」と総括する処です。(日経、7/10)
 
かくして、中間選挙を前に関税の引き下げでインフレを抑えたい米国、共産党大会を前に悪化する経済を米国向けの輸出増でテコ入れしたい中国、両者の利害は一致する処とされるのです。勿論、安全保障を巡る分野で緊張が解ける気配は見えませんが、双方が制裁関税を見直せば、関係悪化に歯止めをかけるきっかけとなるものと期待される処です。
ウクライナ侵攻後、ロシアと日米欧外相が初めて一堂に会したG20外相会議では非難の応酬に終わった由ですが、上記、ブリンケン米国務長官は、王毅中国外相との会談後、米中首脳が近く協議する予定と発表する処です。(日経7/11夕) しばし静観って処です。


第2章 Global Businessの行方

1. ダボス会議は失敗 
米経済学者、Joseph Stiglitz氏は、5月31日付、米論壇Project Syndicateへの寄稿論考, 「Getting Deglobalization Right 」で、今年2年ぶりにダボスで開かれたWEF, The World Economic Forum (ダボス会議)に出席しての印象を、「グローバル化は衰退する」と総括し、衰退していくとみられるグローバリゼーションをどう管理していくべきかについてadviceを行う処です。以下はその概要です。

「Getting Deglobalization Right」by Joseph Stiglitz
・これまでのフォーラムはグローバル化を擁護してきたがサプライチェーンの寸断、食料やエネルギー価格の高騰、一部の製薬会社が数十億ドルの追加利益を得る為に、取られてきた知的財産(IP)体制等と云ったグローバル化の失敗に、眼を置いていた。そしてこうした諸問題への対応策して提案されたのは、生産の「再集積」又は「友好国化」、更に「国の生産能力向上のための産業政策」の制定だ。誰もが国境のない世界を目指しているように得た題は過ぎ去り、突然、誰もが少なくとも幾つかの国境が経済発展と安全保障の鍵であることを認識するようになったのだという。 勿論、問題はグローバリゼーションだけではない。市場経済全体にレジリエンス(回復力)が欠けている事だ。それは基本的にはスペアータイヤのない車をつくり、現在の価格を数ドル下げただけで、将来の緊急事態にはほとんど注意を払って来なかった。 因みにjust-in timeは素晴らしい技術革新だが、新型コロナウイルスによる操業停止に直面すると、例えばマイクロチップの不足が新車の不足を引き起こすなど、供給不足の連鎖を引き起こし、大打撃を被っている。

・今年のダボス会議ではグローバリゼーションの失敗が政治に与えて影響も存分に見られたと。例のウクライナ侵攻でクレムリンは即座に、しかもほぼ全世界から非難を浴びた。しかしその3か月後、Emerging Market and Developing Countries(EMDCs)は、より曖昧な立場をとるようになった。2003年、多くの者が偽りの口実でイラクに侵攻したにもかかわらず、ロシアの侵攻には説明責任を求める米国の偽善を指摘している。EMDCs はまた、欧州と米国による最近のワクチンナショナリズムの歴史についても強調する処と。

・では米国にとって最善の方法は何か。食料とエネルギーのコスト高騰に対処できるよう支援する事で、新興国に対してより大きな連帯感を示すことだ。これは富裕国の特別引き出し権(IMF:SDR)を再分配し、WTOで新型コロナウイルス関連の強力な知的財産権の放棄を支持すれば、可能になると。そして、「ダボス会議は失敗した」、「トリクルダウン経済学」とは理論も根拠もない詐欺のようなものだとし、下記を以って締めるのです。
― This year’s Davos meeting was a missed opportunity. It could have been an occasion for serious reflection on the decisions and policies that brought the world to where it is today.
Now that globalization has peaked, we can only that we do better at managing its decline than we did at managing its rise. 
要は、民主主義諸国はもっと協力をしていかねばならないというものです。

2.ロシアン・ビジネス

(1)サハリン2プロジェクトの接収騒動
6月30日、ロシアのプーチン大統領は,同国極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」について、当該事業主体をロシア政府が新たに設立する企業に変更し、当該資産を、従業員と共に新会社への無償譲渡を命ずる大統領令「複数国による非友好的な行為に対する特別措置」に署名したのです。政府による事実上の「接収命令」です。グローバリゼーションの深化が進む中での資源開発案件ですが、上記「グローバル化は衰退する」を実感させられる瞬間でした。

大統領令の冒頭ではその趣旨を「ロシアに対する制限的措置を科すことを目的とした、非友好的かつ、国際法に反する行為に関連し、ロシアの国益を守る為」とし、ウクライナへの軍事進攻を続けるロシアに対して、欧米と共に制裁を強める日本側に揺さぶりをかける狙いとも見る処です。尚、以下は、元中日新聞論説副主幹でジャーナリストの長谷川幸洋氏による当該大統領令の解説を敷衍し、紹介するものです。

大統領令では、開発に関する契約の義務違反がありとして(詳しくは不明)、ロシアの国益や経済安全保障に対する脅威が生じたと主張。ガスプロムを除く外国株主はロシア政府が新会社を設立してから1か月以内に出資分に応じた株式の譲渡に同意の如何をロシア政府に通知する事、そして出資継続が認められない場合は、ロシア政府が定めた基準を満たすロシア企業に株式が売却されるとし、その売却額は株主だった企業のロシアの口座に振り込まれるが、その引き出しは認められないとするのです。まさに国家による接収行為です。

   (参考)「サハリン2」の事業主体「サハリンエナジー」社への出資構成
    ・ロシア最大政府系ガス会社、ガスプロムが50%
・イギリス石油会社シェルが27.5% (今年2月事業からの撤退を発表)
・日本からは、三井物産が12.5% 、三菱商事が10%,    

(2)サハリン2と、日本のエネルギー安保
サハリン2のLNG生産量は年1000万トン、うち日本向けは約600万トンで、日本のLNG輸入量の約1割を占めています。そして300万トン程度を発電用の燃料に使用されています。メデイアによれば、サハリン2は、6月30日時点ではLNGを生産している由で、日本への輸入も続いているとのことでしたが(日経7/1-夕)、日本の電力会社や都市ガスはサハリンエナジーと10年単位の購入契約を結んでいますが、不透明感が強まっている様相が伝えられる処です。とにかく日本のLNG輸入量の約1割を占めるサハリン2を失う事になれば、電力の供給不安は一段と深刻になることが指摘される処です。

問題は、当該事業が新会社に移行された場合どういった対応が可能かですが、とにかく不確実要素が多く、その可能性を測ることはいささか難儀なことと思料するのです。とにかくロシアが日本を「非友好国」と批判していることから、色々考えられるシナリオもその実現へのハードルは高く、サハリン2の代替先はスポット市場しかない状況を踏まえ、国内電力・ガス会社は非常事態対応の検討を始める処、日本のエネルギー安全保障にとって最悪の状況が続きそうです。それこそはプーチンの思うツボとなるのでしょうか。

尚、サハリン2に係る6月30日の大統領令に続きロシアは7月11日、ドイツをつなぐ主要パイプライン「ノルドストリーム」(ロシアからEUへのガス供給量の1/3以上が通る地域最大のパイプライン)の定期検査(運営はロシア国営ガスプロム)を理由に供給が停止されていましたが、懸念されていた 検査終了(21日)後の供給は再開された模様ですが、ロイター通信は19日、供給予定量は40%程度の見通しと。(日経7/21夕) これも欧州の対ロ
経済制裁への対抗ともみられる処、ロシア産ガスに係る不安は続きそうです。

・「節ガス」制度
こうしたLNGの調達難に備え、経産省は都市ガスの消費を抑える「節ガス」を家庭や企業に求める仕組みの導入の検討を始めるとの由で、電力分野の節電要請を参考に、制度設計すると云うのです。(日経7/10)LNGはほぼ全量が輸入で、その6割が電力発電、4割が都市ガスに向けられています。上記の通りロシアからは全体のおよそ1割を輸入していますが、今後、当該安定調達が不透明になっている事への対応として「節ガス」が不可避とするのですが、やはり日本のエネ安保をどう再構築するかがより基本問題と認識される処です。 

尚、日本政府は、7月14日,の記者会見での岸田首相の発言通り「日本企業の権益を守り、LNGの安定供給が確保できるよう官民一体で対応する」とし、日本の商社には新会社への移行後も株主として残るよう打診する由。(日経、7/16)さて商社の反応如何ですが。


おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相

・安倍晋三元首相、凶弾に倒れる
7 月8日、参院選終盤のこの日、自民党候補者への応援演説の為、奈良県入りした安倍晋三元首相が、銃を携行した41歳の男に襲われ、その夕刻、搬送先病院で死亡が確認されました。あってはならない凶行、暗殺に多くの国民は啞然とし、彼の死を悼む処、海外にあっても同様、彼の不慮の死を悼む声の続く処とメデイアは伝える処です。

ただ、今なお気になっていることは、7/14の記者会見での岸田首相の発言です。つまり、この秋、安倍氏の葬儀を国葬とし、以って「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くと云う決意を示していく」と語った事でした。つまり、国葬にすることが、どうして民主主義を守ることになるのか ? です。 今日の日本経済低迷の原因の一つがアベノミクスの失敗にありともされる処、これがなんら総括される事のないままに、安倍政権の評価を固め、自民党政権を死守せんとするものかと、聊かの疑問を禁じ得ないのです。
 
政府は20日、安倍元首相の葬儀を9月27日、日本武道館で「国葬」で実施する(経費は国民の税金)と、正式に発表しました。が、 国葬には依然、釈然とすることはありません。勿論、安倍晋三 氏の冥福を念ずる処ですが。

・「黄金の3年」を手にした岸田文雄政権の今後
さて、7月10日の参院選挙は盛り上がりの無いまま、自民党が改選過半数の63議席を単独で確保し大勝、(対象議席数125議席)非改選併せ国会発議に必要な参院の3分の2を維持して終わりました。次の参院選、衆院解散、総選挙に踏み込まなければ大型の国政選挙は無く、岸田首相が政策を実現しやすい環境「黄金の3年」(日経7/12)を手にしたという事で、岸田首相には日本が抱える内外の課題に果敢に取り組める状況が生れたのです。

ただそれでも気になるのは、事件後の岸田氏のコメントでした。つまり「事件後は安倍氏の意思を継承し、アベノミクスで ‘彼がやり残したテーマを十分にフォローしていく事が、自分の責務だ 」と発言していたことでした。7年8カ月に及んだ第2次安倍政権下でその中身は次第に変質し、軌道修正が求められているアベノミクスですが、何ら総括されることもなく、何ら反省もないままにあって、その発言は、‘安倍晋三という重石が消え、まさにfree handの「黄金の3年」を手にしたと云うのに、なお安倍頼みなのかと、瞬時愕然とする処でした。 これから岸田氏に問われるのは獲得した安定的な政治基盤をどう生かし、何を成し遂げようとするかです。彼自身が標榜する「新しい資本主義」について、現在抱えている問題に対して戦略的に取り組んでいく中で創造されていくと語っていましたが、その点では課題は明らかです。

まず、14日の記者会見で語っていたように (日経 7/15 首相会見要旨) ,当面の資源高によるインフレやエネルギー問題など主要な経済問題への取り組みです。勿論、コロナ感染第7波への対応は云うまでもありません。 
そして、安倍晋三氏の遺志を継ぐと云った大義名分はともかく、新しい国際環境に照らした日本国の在り方を問い直すこと、そしてそれを枠組みとして、日本国憲法の在り方を公論に付しながら、日本の安全保障の在り方を問い直すことと思料するのです。 具体的には、台湾有事の可能性が取りざたされるアジアで中国、北朝鮮にどう向き合っていくか、自身が言う「新時代リアリズム外交」にあって、外交と安保政策の答えを出していく事が求められる処と思料するのです。 これらは、まさに日本再生につながるテーマであり、課題です。今それが出来る環境を岸田首相は手にしたのです。 (2022/7/24)


追記:気がつけば論考10年
経済時事解析を旨として始めた月齢論考ですが、 2012年9月号を第1号とし、爾来、今月、2022年8月号を以って10年達成となりました。この間、4回の特別号(2013年3月、2014年6月、2014年11月、2016年7月)が加わったため、10年間の執筆は計124本、我ながら、よくぞ書き続けられたものよと思う処です。が、都度、頂いた読者諸氏からのコメント、各種ご指摘が小生にとって執筆への励みとなってきました。改めて感謝とお礼を申し上げる次第です。有難うございました。尚、今後については目下、思案中です。 〆
posted by 林川眞善 at 18:54| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2022年06月25日

2022年7月号  安全保障環境の構造変化と、日本の行動様式 - 林川眞善

目 次

はじめに  今、新たな安全保障環境

・外交の季節入りを演じた日本の5月
・北欧2カ国のNATO加盟申請

第 1 章  QUADに映る‘新たな地政学的環境’

1.日米主導で動き出すQuad
(1)Quadの歩み
(2)Quad首脳会議とメンバー国の抱える安保事情
2.米主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)と、日本の役割

第 2 章 欧州の新安全保障体制   

1.北欧3カ国の新安保政策
(1)スエーデンとフィンランドのNATO加盟申請
(2)デンマークはEUの安全保障政策に参加
 ・注目の6月末NATO首脳会議
2.When and how might the fighting end?

おわりに 「経済先進国」再建の決意      

・岸田政権、初の「骨太方針」
・「経済先進国」再建の決意を
                                      〆


はじめに 今、新たな安全保障環境

戦後、日本は米国の同盟国として、国防コストを抑え、その一方で経済はグローバル化の
波に乗ることで世界の経済大国へと成長してきました。つまり、資源小国日本の生きる道は、
いずれの国とも重大な敵対関係を作らず、お互いがお互いを必要とする関係を築くことに
ありとして、以ってこれが国是ともしながら歩んできた結果が、今日の日本の姿とされてき
ました。
が、今年、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、これまでのそう
した思考様式の通じない世界へと変貌させ、その姿は中ロの専制主義国家VS民主主義の
西側諸国との対立構図として、その深化の進む処です。その変化は日本にとり、経済成長の
前提とされてきた諸条件が覆され、今後日本はいかに生きていく事となるのか、問われ出す
処です。筆者はこの点、この‘論考’を通じて日本の外交力の強化を訴え、その外交力を擁し
て持続的発展を目指すべきを訴えてきましたが、はたせるかなこの5月、日本を巡って慌し
く展開を見せた一連の外交対応に、その可能性を感じさせられる処でした。

・ ‘外交の季節入り’を演じた日本の5月
具体的には、5月5日のロンドン・シテイーでの講演を終えた岸田首相は、帰国後の23日、
東京でバイデン大統領を迎え日米首脳会談を行い併せて、同大統領が表明した「インド太平
洋経済枠組み(IPEF)」の発足に合わせたオンライン会議にも対応、翌24日には日米豪印
4カ国首脳とのQUAD (日米豪印戦略対話)首脳会議を仕切ると共に、来年議長国として
開催のG7サミットの広島開催を決定する処です。その事情は周知の処、広島は岸田氏の出
身地、そして世界で唯一の原爆被災地であり、世界平和への象徴とされる広島から世界に向
けた発信を目指さんとする処です。

云うまでもなく、それら国際会議に共通するテーマは「ロシアのウクライナ侵攻」であり、
「対中牽制」ですが、バイデン米政権の一連の対応を見ていくとき、これが2月発表した「イ
ンド太平洋戦略」に即した、米国のまさにAsian Pivotシナリオとなる処ですが、その戦略
の前提には各国との連携があって、それこそは米国の実状を映す処、同時にそのあり姿から
は、日本の出番を感じさせられ、とりわけ日米関係が今次Quad活動を通じて新しい時代を
迎えた様相が映る処です。因みに弊論考2022/3月号では、「かつては米国の処方箋とリー
ダーシップに頼ることもできた。しかしバイデン政権はコロナ対策にも、インフレ対策にも、
ロシアの抑止にも手こずっている。その点、日米欧が共に緊張緩和の道を探るべきは重要な
責務」と記す処でした。

尚、同じ趣旨をもって、4月28日には就任直後のドイツ、ショルツ首相が訪日、5月11日
にはフィンラド首相のマリン氏が、12日にはEUのミッシェル大統領と欧州委員長のフ
ォンデアライエン氏ら、欧州首脳の訪日がありで、勿論、岸田氏もこの間、欧州各国を訪問、
各国首脳との会談を持ち、彼らとの共同声明を発表する処、これら一連の外交日程は岸田氏
が年初、標榜した「新時代のリアリズム外交」(注)の具現化とも映る処です。

  (注)「新しい時代のリアリズム外交」:岸田首相は今年1月召集された通常国会の所信表
   明演説で外交に関して打ち出した概念。言葉の説明として、「自由、民主主義、人権、法
の支配と云った普遍的価値や原則の重視」、「気候変動問題等、地球規模課題への積極的取
り組み」、「国民の命と暮らしを断固とし守り抜く取り組み」という三つの柱を挙げる処。

・北欧2カ国のNATO加盟申請
もう一つ、ロシアによるウクライナ侵攻でこれまで中立を国是ともしてきた北欧のフィンランドとスエーデンの2カ国が、5月18日、米欧の軍事同盟たるNATOへの加盟を申請、 更にはデンマークのEU安全保障政策への参加もありで、その結果、欧州安保体制の一変を必至とする処、日本の安保政策にも相応の影響を齎す処、具体的には、台湾を絡めた対中政策の在り様がこれまで以上に問われることになってきたと云う事です。

かかる環境にあって日本では5月11日、衆院で「経済安保推進法」が可決・成立したのです。もとより当該推進法は、ウクライナ侵攻、中国の覇権主義的行動を受け、産業や技術を国家戦略として守る重要性が高まってきたことを映す処です。そして5月31日には、先に紹介した「新資本主義」の実行計画案とされる「骨太の方針」が公表され、6月7日には閣議決定されましたが、ここにきて一気に内外環境の構造的変化が進む中、それへの対抗が求められる処です。 尤も、そこに列挙される一連の施策は実現への突破力に欠け、財源の確保や抜本的な制度改革も不透明にあって、未だ項目の羅列と云った感は拭えません。因みに、日経論説委員長の藤井章夫氏が6月8日付同紙で「言葉遊びより改革断行を」と指摘する処、当該実践の推移に注目していきたいと思う処です。

そこで本稿では、ウクライナ侵攻で世界の安全保障環境が急速に変化する中、今次東京で
開かれたQUAD、日米豪印4カ国首脳会議を取り上げ、参加各国が映すnational interestと
協調課題をレビューし、更にQUADとの協調を旨とした米主導の「インド太平洋経済枠組
み(IPEF)」を取り挙げ,そこに映る米国の対アジア安保戦略、当該関係4カ国に映る安保事
情の現実、そして、それに向き合う日本の対応について考察する事としたいと思います。
偶々手にした近着The Economist誌 (5/28 ~ 6/3)はウクライナ戦争をどう終わらせようと
しているのか、最新の状況を伝える処、併せて報告しておきたいと思います。



第1章 QUADに映る ‘新たな地政学的環境’

1 日米主導で動き出すQuad (Quadrilateral Security Dialogue)

(1) Quadの歩み
先月の弊論考でreferしたように、イエーレン米財務長官はロシアのウクライナ侵攻に照らし、国連の現体制は「時代遅れ」であり、戦略的改革が不可避としていましたが、それは東西間の勢力の移り変わりを巡る指摘と理解する処でした。それだけに5月24日、東京で開かれた日米豪印4カ国の首脳によるQUAD会議の重要性が浮き彫りされる処でした。

QUADは、民主主義などの価値観を共有する4カ国(に比米豪印)が、夫々連携を強めることで、インド太平洋地域で存在感を高める中国の行動を抑えることを狙いとする場とするのです。トランプ前政権では中国に対抗していくためにはと、4カ国外相会議としてスタートさせたのですが、バイデン政権は中国のアジアにおける行動に危機感を強め、これを首脳レベルに格上げしたのです。つまり、Quadは同盟というよりは、中国の台頭など地政学的な変化によって芽生えたパートナーシップに近いものと理解される処、Quadが目指すものとしては「サプライチェーンの強化」に加え、「自由かつ開かれたインド太平洋地域」に向けた全般的な取り組みが挙げられる処です。
実際、今次Quad首脳会議で纏められた共同声明 (注)では、中国を念頭に海上警備の体制強化の方針を記す一方、経済に力点を置いてきた協力分野を安全保障に広げています。

(注)共同声明の要旨(日経、5/25)
     ・平和と安定 / ・新型コロナウイルス感染症 / ・インフラ / ・気候
・重要・新興技術 /・宇宙 / 海洋状況把握及び人道支援・災害救援 / ・結語

そもそも2004年のスマトラ沖地震と津波に被害の現地支援を機に、日米豪印4カ国の主導で立ち上げられた支援体制で、10年以上に亘って足ふみが続いていましたが、2018年に支援活動を再開、ただ中国の王毅外相は「海の泡」と消えるだろうとも指摘する処でしたが、こうした中国政府の敵対的な態度は、むしろ4カ国の結束を強めたと云うものです。
2019年に初の外相レベルの会合が開かれていますが2021年、バイデン大統領は就任後、中国が覇権主義的動きを強めていることもあって、この枠組みを重視、格上げをし、4首脳によるサミット会議とする処、昨年3月にはon lineでの首脳会議が行われ、その半年後には対面での会談が行われ、対面での会議としては今回が2回目となるものでした。

(2)Quad首脳会議とメンバー国が抱える安保事情
今次会議では、ロシアによるウクライナ侵攻に加え、インド太平洋地域で覇権主義的な行動を強める中国とどう対峙していくかが重要な議題でしたが、その要旨は共同声明に記されたように、南シナ海や東シナ海での国際法順守を求め、軍事拠点化、海上保安機関や民兵の危険な使用への反対、が明記され、中国に照準を合わせる姿勢を色濃くする処でした。
ただ、対中ロの具体像となると以下各国の事情を映し、まだまだ見えにくいと云った処です。

・[米国の事情] 今次のQuad会議では、バイデン氏は「米国はインド太平洋地域における強力で安定した永続的なパートナーでありたい」と表明、「民主主義と権威主義の戦い」とも発言、要は、インド太平洋地域との関係再構築を目指すこととし、以って中国とロシアに対抗する姿勢を明確にする処(日経5/25)、それこそは米国のアジア戦略、Asian pivot、への回帰を示唆する処です。そもそも米国のアジアに対する安保戦略は、基地を構える同盟国の日本や韓国など2国間の枠組みに軸足を置くものです。が、2021年誕生のバイデン政権は多国間の協力を通じて中国抑止を目指さんとする処にあって、同年、バイデン氏はオンラインでQuad首脳協議を開催、同時に英豪との軍事枠組み「AUKUS(オーカス)」を創設、これとの両輪で中国に対抗する多国間の枠組みを目指すとする処です。ただ、アジアでの安保体制構築は未だ手探り状況と見られる処、そのポイントはインドにありとされる処です。

・[インドの事情] ロシアによるウクライナへの軍事進攻は世界の安全保障環境を大きく変える処、ロシアと密接な防衛協力関係にあるインドの姿勢に相応の影響を与えたとされる処です。つまり、インドは、過去5年間、全兵器の約半分をロシアから調達してきており、その点ではインドのロシアへの防衛面での過度の依存の引き下げは喫緊の課題となっているのですが、メデイアによれば、ロシアを強く非難したバイデン氏に対して、モデイ氏は明確な非難は避けたと伝えられる処です。 加えて、中国と共にインドはロシア原油の調達を増やしてきており、これが欧米の輸入禁止で買い手の減少でロシア産原油は国際価格より大幅安くなってきている点では調達の経済的メリットの拡大となる処、中印の買い支えでロシアはエネルギー輸出による歳入を確保する状況にあって、欧米の制裁の実効性が薄れていると報じられる処です。(日経6/8) 勿論、ウクライナ侵攻をきっかけにインドとしてはこれまでの対ロ方針の変更は避けられぬ事と自覚する処ですが、ただ軍備面での問題も有之で、板挟みの状況とも伝わる処です。 ・・・ であれば、中国をけん制するために同盟のような枠組みにインドを引き込もうとしても、彼らは中国を安保上の脅威と見做すことがあっても、同盟に頼らない立場を誇ってきた国柄に照らすとき、この際はインドを同盟国とする事より、パートナーとしての可能性を大切に、対応すべきではと思料する処です。

・[豪州の事情] 豪州からは5月23日の政権交代で、首相に就いたアルバニージー首相は「豪州にとってQuadは 絶対的な優先事項」(日経5/23)として初参加。今後、実績作りに協調姿勢で臨むものと見る処です。因みに、太平洋諸国に外交攻勢をかける中国に対抗し、発足まもない豪州新政権はその巻き返しを図る処、ウオン豪外相は、就任10日あまりで地域の3カ国を訪問。5月23日には日本のQuad首脳会議にも出席、6月に入ってからはほぼ立て続けにサモア、トンガを訪問、その背景には太平洋地域で中国が外交攻勢を強めていることへの危機感があると報じられる処です。「地域の安全保障は太平洋島しょう国全体の問題であり、そこには豪州も含まれる」と、ウオン外相は、中国が進める地域の安保協力強化の合意阻止に向けた意欲をにじませる処です。(日経6/4) 序で乍ら、中国の王毅外相も5月26日のソロモン諸島を皮切りにサモア、トンガ等、7つの「島しょ国」を訪問、いずれもウオン外相の先を行く処、太平洋を巡る中豪の唾競り合いが激しさを増す処です。

・[日本の事情] さて日本ですが米国との同盟関係を強固にしながら、Quadをキー・ステーションとして、多角的な連携による成長の可能性を体感しうる様相にあって、今、日本の再生シナリオが描けそうではと思料する処です。
因みに、Financial Times前編集長のライオネル・パーバー氏は、上記事情をレビューし、現状を、自信を深めるインド、インド太平洋地域との関係を深めたい米国、実績を作りたい豪州首相、そして「自己主張を始めた日本」と分析し、Quadの前進が東京から加速する兆し十分にありと総括する処です。

2.米主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)と日本の役割

Quadと並行してバイデン氏は5月23日、米主導の新経済圏構想 「インド太平洋経済枠組み( IPEF)」の始動を表明。日米と韓国、インド等計13国を創設メンバーとし、中国に対抗してサプライチェーンの再構築やデジタル貿易のルール作りなどで連携すると云うものです。同日、発表式典では「米国はインド太平洋に深く関与している。21世紀の競争に共に勝つことができる」と語る処です。(日経 5/24) 

IPEFの協議分野は「貿易」、「供給網」、「インフラ・脱炭素」、「税・脱炭素」の4つ、そして分野ごとに参加国が変わることになるというのです。ただ、バイデン政権はIPEFに関税交渉を含めず、従って議会の承認は不要としており、その分、参加国にとっては米市場の開放と云う魅力に欠けるとの指摘のある処ですが、米国がこの地域に経済的に関与する姿勢を示した事は評価されるべきで、IPEFを介した米国の関与はルール重視の経済秩序を補強し、中国流国家資本主義の広がりに歯止めをかける点で、歓迎されるべきと思料する処です。

とりわけ米国抜きで発足した11カ国によるTPPに未加盟のインド、韓国、インドネシアが参加を表明したことは意義深いと云うものです。上述したように貿易自由化を伴わない枠組みに批判も多い処ですが、米国内では製造業の衰退と経済格差の広がりでグローバル化への不満が高まり、市場開放を約束できる状況にはないのも現実です。その点で、まずはIPEFを地域経済の安定と発展に役立てるのが現実的とも言え、この点で、日本の役割が俄然指摘される処です。つまり、IPEFは米中の覇権争いと自由貿易への逆風という制約下で生み出された苦肉の策と云われています。言い換えれば、有益な枠組みに育てる余地があると云うものです。今後IPEFの中身をつめる中で、中国と周辺国の分業体制について米国と連携し、過度な分断を防ぐよう努めるべきで、まさに日本の出番ではと思料する処です。


第2章 欧州の新安全保障体制

1. 北欧3カ国の新安保政策

5月18日、フィンランドとスウエーデンの北欧2カ国は、伝統的な軍事的中立政策を放棄し、米欧の軍事同盟であるNATOへの加盟を申請したのです。それが意味することは、長年守ってきたバランス外交への決別です。そして、同じタイミングで北欧のデンマークが、同国はEU加盟国ですが、これまで域内共通の安保・防衛政策に加わることはなかったのですが、6月1日行われた国民投票結果は、域内共通の「安保・防衛政策」への参加然るべしとなり、7月1日からEUの安保政策に参加の予定です。

(1) スエーデンとフィンランドのNATO加盟申請、
まず、スエーデンのアンデション首相は、5月16日の記者会見で、200年の中立政策に終止符を打つ考えを語るところでした。スエーデンはナポレオン戦争で多くの命と領土を失ったのを機に中立政策を志向。戦争に主体的に関与せず、約200年に亘って中立を保ってきた国です。序で乍ら、平壌にあるスエーデン大使館は北朝鮮と国交のない米国などの利益代表をつとめるなど、中立や非同盟を同国の国是ともする処でした。

フィンランドも長年、軍事的中立政策を保ってきた国でした。その背景には、ロシアと約1300キロの国境と複雑な歴史があっての処、フィンランドは700年に及ぶスエーデン支配の後、約100年に亘るロシアの統治を受け、1917年にロシア革命に乗じて独立しましたが、
第2次世界大戦では旧ソ連の侵攻を受け、戦後は旧ソ連への刺激を避ける意味もあり、中立政策をとってきたと云うものです。

こうした事情を背する両国は、冷戦終結後、95年、共にEUに加盟を果たすものの、NATOへの加盟には反対の立場を続けてきたのです。がウクライナ侵攻で安全保障環境の急変に照らし、中立を以って安全を確保できる保障はなくなったとし、同時に行われた3月下旬の世論調査では6割弱が加盟支持を示した結果を踏まえ、中立政策を破棄、NATO加盟の申請を行うこととしたものです。 加盟が実現すれば、NATOが接するロシアとの境界線は現在の約2倍に達するのですが、NATOとロシアを隔てていた「緩衝地帯」がなくなることで、両陣営が直接対峙する構図が強まることになるのですが、北欧2カ国の加盟はNATOにとって軍事作戦上、極めて重要なポイントとされる処です。

つまり、バルト海に面する両国が加わればロシアの飛び地カリーニングラードを拠点とするロシアのバルト艦隊への圧力を強め得ることとなり、加えてロシア本土とカリーニングラード、ベラルーシに囲まれたバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の安全保障にも資することになると云うものです。ウクライナ侵攻で欧州の安全保障環境が揺らぐ中、冷戦後、東方への拡大を進めてきたNATOは、更に、北方にも拡大することになるというものです。 尚、NATO加盟にはNATO全加盟国の承認が必要とされる処、トルコのエルドアン大統領が、彼らはクルド人武装組織を支援しているとして、難色を示していることもありで、加盟実現までには多少の時間はかかりそうです。
一方,6月23日開かれた欧州理事会(EU首脳会議)では、ウクライナとモルドバを「EU加盟候補国」として認めることが合意されたのです。(Bloomberg報) ただこれで「NATO同様の安全保障」が約束されるものか、疑問は残るところです。

(2)デンマークはEU共通安全保障・防衛政策に参加
デンマークは北欧にあって、EU加盟国ですが、人口は約580万人。領内にはバルト海の要衝、ボーンホルム島もあり、1949年創設のNATOの原加盟国でもあるのです。 ただ、EU加盟国ながら、域内共通の安保・防衛政策に加わらなくてもよい適用除外権をもつ国でしたが、ウクライナ侵攻を機に、フレデリクセン首相が、この3月、当該権利の放棄の如何を問う国民投票を6月1日に実施していますが、その結果は、域内共通の「安保・防衛政策」への参加が支持され、当該民意を反映する形で7月1日からEUの安保政策議論に参加の見通しで、国内とEUの手続きが完了すれば軍事協力にも加わることになる筈です。

上記北欧諸国のNATO加盟申請、ウクライナとモルドバのEU準加盟国と、ロシアのウクライナ侵攻が齎した安全への意識を高めた結果ながら、NATOやEUを軸とした安保面での欧州統合が一段と深まると見る処です。

・注目の6月末NATO首脳会議
そのNATO首脳会議が6月29~30日、スペインのマドリッドで開かれます。その首脳会議には、非加盟の日本、韓国、豪州そしてニュージランドの首脳も招待されており(注)、彼らは東アジアとインド太平洋での中国を警戒する国々で、従って、民主主義陣営の結束を示す場となる処、「新・冷戦」の誕生で分断が深まる世界を象徴する場とも云えそうです。

更に、世界秩序が次の点で歴史的な転換点にある事を露わとする処とも思料するのです。
つまり、一つは、外交・安全保障の重心が、これまでの「対話」から「力の均衡」にシフトしていく見られる事、もう一つは、現代というこの時点で、国家同士の武力衝突が現実に起ったことで、各国は戦車や戦闘機などの戦争に再び備えることになったという事、でまさに「20世紀型戦争」の再燃と思料する処です。尚、NATO首脳会議の展開等、その行方については、別の機会に論じてみたいと思っています。

(注)岸田首相は上記NATO首脳会議に出席予定ですが、とすれば日本の首相として初
参加となるもので、日本がNATOに接近するのは台湾有事の可能性を意識したものとメ
デイアは評する処。2014年、当時の安倍首相はNATO本部で演説をし、日本とNATO
との協力計画に署名しているのです。

2.When and how might the fighting end?

ロシアの侵攻が始まって4カ月、時に「ウクライナ疲れ」といった言葉も走る処、早期停戦か、ロシアに報いを受けさせるか ―ウクライナでの戦争の終わらせ方を巡って西側が割れだしていると、5月28日付 The Economist誌は、「When and how might the fighting endo?」と題し、その状況を伝える処です。ウクライナ大統領、Zelensky氏は「 The war in Ukraine will be won on the battlefield but can end only through negotiations ( 戦争で勝利するには戦争で勝つしかないが、戦争を終えるには交渉を通じて実現するしかない)」と語るのですが、以下はその概要です。・・・

―「和平派」と「強硬派」に分かれた西側陣営の対応
3か月が経過し西側諸国は戦争の終わらせ方についてそれぞれの立場を明確にし始めたとしながら、当該西側の対応は、交渉を始めることを望む「和平派」、もう一つはロシアに多大の代償を迫る「強硬派」。の二つに分かれると云う。そして問題は「領土」。これまで占領された地域をロシアのものとするのか、2月24日の侵攻開始時点の境界線に戻すのか。それとも、国際的に認められた国境まで押し戻して、2014年に占拠された地域の回復を図るのか。要は戦争が長期化した場合の損害とリスク、メリットの有無についてだと云う。

まず和平派は行動に出始めているという。ドイツは停戦を呼びかけ、イタリアは政治的調停に向け4項目なる計画を提案し。フランスはロシアに「屈辱」を与えない形で和平合意を纏めることが必要という。これに反対しているのが、ポーランドとバルト3国、そして、その筆頭にあるのが英国。さて、ウクライナにとって最も重要な後ろ盾の米国は未だ立場を明確にしてないことが問題とも云う。米国はこれまでウクライナが強い交渉力を持てるようにと、140億ドル近くをつぎ込んできた。が、ウクライナが求める長距離ロケットシステムは提供していない。更に、米国の立場が曖昧な点はオーステイン米国防長官の発言が一層際立たせると。つまり、この4月、オーステイン長官はキーウ(キエフ)訪問後、西側ウクライナの「勝利」とロシアの「弱体化」に向けて支援すべきと強硬派の立場を支持していたが、3週間後のロシアのセルゲイ・ショイグ国防相との電話会談後は「即時停戦」を呼びかけ和平派に近寄る姿勢を見せたことを指摘する。

この他、元米国務長官のキッシンジャー氏が、ダボスで開催の世界経済フォーラム(WEF)の年次総会で、ロシアとウクライナの境界線を2月24日時点に戻すのが理想だとし、「それ以上を求めて戦争を続けると、ウクライナの自由の為の戦争ではなく、ロシア本国に対する新たな戦争となる」と断言し、ロシアには欧州パワーバランスの中で果たすべき重要な役割があり、この国を中国との「恒久的な同盟に押しやってはならない」と語ったと云う。
同じ、WEFではゼレンスキ―大統領は「欧州、そして世界全体は団結しなければならない。我が国の強さはあなた方の団結の強さなのだ」と語り、「ウクライナは領土をすべて取り戻すまで戦う」と決意を示す処。その一方で、ロシアが2月24日の線まで撤退すれば対話を始められるとも発言し、譲歩の余地をも残しているという。西側のウクライナへの姿勢がはっきりしないのは、戦況がはっきりしない点も関係しているとも、・・・。

― さて、戦争がいつ終わるか。総じてロシア次第と云え、ロシアは停戦を急いではいない。ただ、東部ドンバス地方全域を掌握する決意を固めているように見え、更に西部でも占領地域を拡大する意思を示す処と云う。そこで、キーウの政治評論家、ウオロデイミル・フェセンコ氏の以下の語りを引用して、締めるのです。つまり、「この状況が奇妙なのは、双方ともに、自分たちが勝てると今でも信じていることだ。本当に手詰まりになり、両国政府もそれを認めた時にのみ、停戦についての話し合いが実現する。だがその場合でさえ、一時的な和平にしかならないだろう」と。

要は、侵攻の長期化が十分想定される状況にあっては、まず「停戦する事」を合意、決定する事、そして、その決定に沿い具体的詰めを図っていく事しかないのではと愚考する処です。


          おわりに 「経済先進国」再建の決意

・岸田政権、初の「骨太方針」
この6月7日、岸田政権は予ねての「新しい資本主義」の実行計画ともされる「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)を閣議決定しました。今次「骨太の方針」に盛られた政策事案こそは、「新しい資本主義」を創造していくものとし、岸田首相は「計画的で重点的な投資や規制改革を行い、成長と分配の好循環を実現していく」とし、その重点は「人への投資」にあって、3年間で4千億円を投じると強調する処です。

しかし、「骨太の方針」(「方針要旨」日経、6/8)、第2章「新しい資本主義にむけた改革」で挙げられている15の事案は、既存の延長線上にあるように映るメニューが多く、どこが‘新しいの? です。そして第3章の「内外の環境変化への対応」では「新たな国家安保戦略等の検討を加速し、防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と、聊か斯界の連中を喜ばせんばかりの文言の続く処、これが新資本主義より安保優先かと映る処です。勿論、目下の世界の安保環境に照らし、自然な政策対応かとは思料する処、これが国会周辺の議論として、国防費は現行の2倍増とする数字先行の姿は、いかがなものか、まず国防の質的検討が国民の前で行われるべきで、数字はその結果であるべきと思料するのです。

序で乍ら安保優先の政治と云えば、The Economist, May 28~June 3rdのコラム Banyanは ‘The Abe era‘と題し、日本の政界に依然大きな影響力を持つ超タカ派の実力者として安倍晋三氏を取りあげ、彼が「invasions are possible in the modern era」、現代の今でも武力侵攻は起こるものとした発言を捉え、プーチンとは27回の会談を持ちながら、何ら外連なく語る姿、台湾有事への防衛を公言し、更に米核兵器を支持する姿に、‘危険さ’を禁じ得ずとしていたのですが、実に頷ける処です。

・「経済先進国」再建の決意を
さて、今、急速に進む円安に日本は如何に向き合っていくかが大問題となっています。(6月22日, 対ドル円相場は136円台後半まで下落)今次の円安は1998年10月以来の円安水準という事ですが、当時は日本長銀が破綻し、金融危機下の日本売りが激しかった事情を映す処でした。現在、金融システムは強さを保ち、金融不安に根差す日本売りは見られません。円安の齎す効果にはマイナス面、プラス面と両方の効果があるのですが、そもそも今次の円安の根本的な問題は、円安を活かすための産業競争力が失われている点にあるのです。

つまり円安を招く構図、環境が急速に様変わりする中、産業競争力を底上げしてこなかったことにあって、問題の所在は周知の処です。日本経済は資源がなくても人材や最新鋭の工場が頼りと云われてきましたが、それはもはや昔話し。従って、企業の競争力や日本の成長力を高める実効的な具体策が打ち出せるかにある処、この際は、新しい資本主義の云々はともかく、目指すべきは「経済先進国」の再建であり、それを決意し、その為の行動を起こすことと思料するのです。

さて6月22日、第26回参院選が公示されました。岸田文雄政権の信任を問う選挙となるものです。以上 (2022/6/25)
posted by 林川眞善 at 11:17| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする