2017年01月26日

2017年2月号  'Post-truth'とPresident Donald Trump - 林川眞善

はじめに:アメリカニズム

日本外国特派員クラブが発行する会員機関誌「Number 1 SHINBUN 」1月号は、1993年8月 18日、来日中のトランプ氏が(彼の訪日は、先の金融危機の際、支援をしてくれた日本やアジアの投資家へのお礼旅行とされていた)同クラブのProfessional Luncheon のスピーカーとして現れ、当時の日米通商交渉について、米側の交渉力の弱さを批判したのですが、その際の様相を同日付でN.Y. Timesが次のように報道していたと、紹介しています。

・・・ urging the U.S. to get `tougher’ with Japan in its trade negotiations and calling past U.S. negotiators `moron’ and `idiot’. The article also quoted him as saying that in trade negotiations America should be represented by a top businessman.

要は、米政府に対し、対日交渉に当っては、タフであるべきで、これまでの米側交渉者は低能でバカな連中で、これからの通商交渉はトップのビジネスマンにやらすべきと、言っていたと報じるものだったのですが、果せるかな、それから24年、今月20日、不動産王の彼は米国第45代大統領に就任したのです。まさに彼の有言実行の極みと云う処です。そして、America first(米国第一主義)を旗印に、deal (取引)をキワードに政策の実現に向け船出したのです。尤も、その船出は企業への口先介入という形で既に始まっています。

・口先介入というトランプ流企業誘導
新年早々の1月5日、当時のトランプ次期大統領が自身のツイッターでトヨタ自動車に対し、彼らが進めているメキシコ工場の新設を撤回するよう求めきたのです。実に驚きです。6日付日経夕刊は第1面で「トランプ氏、トヨタに介入」と大きく報道すると共に、翌7日の朝刊第1面では「北米戦略に政治リスク」の文字が大きく踊っていました。あろうことか、超大国アメリカの大統領にもなろうかと云う人物が、大企業とは云え、日本企業トヨタがメキシコで行う事業活動に口先介入するなど、とても信じられない行為と映るものでした。(注)

(注)トヨタは2019年にメキシコに約10億ドルを投じて新工場を稼働させ、小型車を米国にも輸
出する予定。これに対してトランプ氏はその計画の撤回を、次のように求めたというもの。
― Toyota Motor said will build a new plant in Baja, Mexico, to build Corolla cars for
  U.S. NO WAY! Build plant in U.S. or pay big border tax.

トランプ氏の米企業への口先介入は、選挙中の公約であった工場労働者の職場確保にあるというものですが、彼の言い分は「メキシコで車を作り、それを米国に輸出するという事は、米国から製造現場と雇用が失われることになり、そこで高関税をかけ輸入車を締め出すことが米国の国益に適う」という主張ですが、それは全く間違った貿易観に端を発するものと
云う他なく、極めてunreasonableな論理というものです。

それでも、この口先介入を受けた多くの企業は結論として、これに応え、12月1日には米大手空調メーカーのキャリア社がメキシコへの事業投資撤回、自動車のフォードもメキシコでの工場の新設撤回を決定、これに続く、フィアット・クライスラーそしてGMと「米自動車ビッグ・スリー」が軒並み米国内での雇用拡大のための生産計画を表明するなど、まさに異例とも言える様相を呈しています。更に、IT業界でもIBM,アマゾン、アリババが、更には独バイエルなども米国内での雇用増や投資の取り組みについて発表するなど、新政権への歩み寄りを示しています。トランプ氏の米国大統領就任を控え、米国への貢献度合いを訴えるアッピ-ル競争とも映る処です。勿論、米企業として時の政策に協力するという自主的な経営判断なら、それはそれとして納得できる処です。然し、聊か恫喝とも映る口先介入、しかも当時、大統領でもない彼による口先介入が行われ、又これに従順に応じる企業の後継を真の当りにするにつけ、これがアメリカかと、その異常さに立ちすくむ思いを禁じ得なかったというものです。

そして、今「米国第一主義」という‘アメリカニズム‘ の下、トランプ氏は、恫喝ともいえる手法をも弄して、実際トヨタに届いたツイッター(上記注)など、まさに恫喝の何物でもない処ですが、アメリカを保護主義へと誘導している処ですが、それが行くつく処は、自国経済はもとより世界経済を巻き込んだ大停滞に陥ることになる、その可能性を危惧する処です。

・「迷走する世界」の幕開け
トランプ氏は、就任演説では再び、「米国第一主義」を掲げ、「米国製品を買い、米国人を雇う」ことが新しいルールだと、そして保護主義こそが繁栄と強さに繋がると主張し、米国を偉大な国にすると、叫ぶだけで、そこには、これまでの経済発展の規範とされてきた自由主義貿易の否定はあっても、「偉大な国」とは、どういった形の国を目指すのか、未来に向けた米国を語ることもなく、まるで選挙戦で対立候補と向き合い、言い合っている様相とも映るというものです。
こうした、まさにlousyなトランプ氏をトップに頂く米国と世界はこれから付き合っていく事になるわけですが、それこそは、まさに「迷走する世界」の幕開け(月例論考、先月号)を実感させられる処です。就任1週間前に行われた、初の彼の記者会見での混乱状況とも併せみるとき、「これで大統領をやっていけるのか」との思うこと、しきりと云うものです。かくして、米内外の各種メデイアはトランプ大統領の言動を巡って色々書き立てています。

そこで本稿では、それら議論を踏まえつつも、これまでのトランプ氏の言動を、トランプ政権の政策行動のリアルとして、二点に絞り、具体的には、上述アメリカニズムの実践と云うべく、口先介入で企業の国内回帰を促し、国内での雇用機会を創るということの実際とその矛盾、つまり、彼が公約したrust beltの低所得者層を救えることになるのか、という点。そして、トランプ氏登場で世界的に、地政学的リスクの高まるなか、とりわけトランプ氏は対中貿易の赤字拡大が米国内の雇用を奪っているとし、対中批判を強めています。そうした事態の推移は、グローバル・リスクの拡大に繋がる処、そこで米中関係の行方について考察していく事としたいと思います。

・Post-truthということ
ただこの際は、外せないテーマとしてあるのが「Post-truth(ポスト真実)」です。この言葉は、世界は事実より感情を優先する?そんな文脈で語られるkey wordとされるものです。暴言王と言われたトランプ氏が、今次の大統領選挙で勝利したのも、実は自身のツイッターを介し一方的に情報発信し、言うなればPost-truth のrhetoricを擁しての事とされていています。その点、彼はまさに‘Post-truth politics’に在る処です。その詳細は本論に委ねますが、それはネット社会となった今、メデイアと政治、そして民主主義との関係の再考を迫る処と思料するのです。

そこで、トランプ政治を理解する上で、まずはこのpost-truthの実状をレビューする事とし、その上で、以下、目次に即し論述することとしたいと思います。実は上記2点こそは、彼の映すpost-truth の検証でもあるのです。 (2017/1/25)


    ― 目  次 -

第1部 Post-truth Politics

(1)Art of the lie         ・・・P.4
(2)Post-truth politics in the age of social media P.5
・トランプ政策の虚実

第2部.トランプ政権のリアル:Post-truth politics 検証

1. 見えない‘雇用と産業再生’への政策  ・・・ P.6

(1) America first でrust belt を救えるか
(2) トランプ政権の経済閣僚おトランプ氏の実像
・トランプ政権の経済閣僚と産業政策
・トランプ氏の実像
  
2.トランプ政権の通商・外交政策のリアル ・・・P.9

(1)「反中」に照準を合わせるトランプ通商政策
                   ・米中貿易インバランス問題
                    ・為替操作国認定問題
(2)「一つの中国」問題

おわりに:アメリカは‘殺戮’の場所?   ・・・ P.12

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第1部 Post-truth Politics

(1) Art of the lie (虚言の技術)

トランプ氏には今、Post-truthのレトリックを擁する政治家という言葉が向けられています。
このpost-truth 、文字通りに訳すと「真実後」ですが、それは「客観的な事実とか真実よりも、感情や個人の心情への訴えかけの方が世論に及ぼす影響が大きい状況」を意味するものとされています。そこで「post-truth politics:真実後の政治」ですが、それは真実が重視されることなく、個人の信念や感情的な訴えに動く政治、を意味すると云うのです。 言い換えれば、今や政治には、真実は関係なく、事実無根の嘘であれ、怒れる有権者たちが聴きたがっていることを語り、支持率を上げていく、そうした政治の在り様を指すというのですが、それを選挙戦で実践し、大統領へのキップを手にしたのがトランプ氏だったのです。

・Art of the lie
The Economist(2016/9/10)は、カバー・ストーリで「Art of the lie」(虚言の技術)と題する特集を組み、選挙中のトランプ氏の発言は矛盾だらけ、虚言のかたまり、としてpost-truth politics の象徴と決めつけると同時に、Politicians have always lied. Does it matter if they leave the truth behind entirely? 政治家はこれまでも嘘をついてきたが、真実に目を向けることないままに済ませることでいいのかとし、更に「多くの国で感情が事実より簡単に力を持つようになる状況が続けば、社会の様々な問題を解決していく手段として事実が持つ力は大幅に消えて行くだろう」と、警告を発していたのです。

今次の米大統領選では周知の通り、最後まで中傷合戦が繰り広げられました。政策よりもスキャンダルに注目が集まっていましたが、その背景にあったのがソーシアル・メデイアの存在です。そこでは、まじめな政策論よりも過激な発言の方が注目を浴び、それがソーシアルメデイアで共有され、自分は実際、その発言を聞いていなくても、又その検証をすることもなく、「○○と、発言した」というコメントが拡散され、それが世論となっていくという事です。

例えば、トランプ氏は何ら根拠もなく「オバマ大統領が過激派のISを作った」と、ネットで主張し世論誘導を図ったり、また「オバマ大統領は米国生まれではない」と、人種差別にもつながるような発言をすることで白人票を集めることに成功したと言われています。そして、これがポピュリズムに組みする形で支持者の間で世論が形成され、その結果、彼は大統領へのキップを手にしたとされているのですが、この一連の動きをpost-truthが齎す政治現象と評される処です。
つまり、ライバルに不利になるような、或いは有権者の不満に応える政策を、しかし何ら根拠のないままに繰り返し、それもソーシアル・ネットワーク(ツイッター)を通じて直接支持者に繰り返し訴えることで、いつしかそれは真実味を帯び、支持票を重ねていったと言いうものですが、問題は「事実を無視した政治」がまかり通っていく事です。

勿論、以前にもこうした例はありました。例えば「大量破壊兵器をかくし持っている」として、9・11事件とは関係のなかったイラクを米国が攻撃したのもPost-truth の代表格とされるのですが、大統領選挙中のトランプ氏の行動は聊か際立ったものでした。それでも有権者の支持を得た点で問題は深刻と云うものです。オバマ大統領の出生問題については、出生証明書が公開されたことで一件落着していますがトランプ氏は、自分が発言したことでオバマ氏は自身の証明を果たす事が出来たと、発言の誤りを詫びることもなく、誇らしく振舞っていたのです。

英国で、6月起きたEU離脱に係る国民投票結果も同様事情を映すものでした。当初、EU残留派が優位と予想されていましたが、離脱派は「英国はEUに対して毎週3億5千万ポンド(約476億円)拠出している。離脱すれば財源難の英国民保険サービス(NHS)に充当できる」と訴えていたのです。然し、そこにはEUからもらえる補助金は含まれていないこと、更にあきれることは離脱決定後、離脱しても予算は当該項目には投入できないことが判明したと、主張を撤回したのです。然し離脱派が勝利したのは、この嘘が有権者の心をとらえた結果とされているのです。事実に反する事項をスローガンに掲げ有権者の心をつかむ政治という事ですが、2016年の英国での流行語大賞には、この「post-truth」が選ばれたのです。

(2) Post-truth politics in the age of social media

ここで重要なことは、前述のとおりトランプ氏はソーシアルメデイア(ツイッター)をフルに使い、直接支持者に訴え、有権者の支持を取り付けていったと言う点です。つまり、そうした手法が広がっていくとなると、色々の情報が瞬く間に広がっていくことで政治と有権者の距離が縮まり、スピード感を以って情報の共有が可能な環境が出来ていく事になるという事ですが、例えば当該政策についての全体像がつかめぬまま、そして当該情報の真実性をチェックできないままに、それはポピュリズムとなって進むことともなり、いわゆる‘正論’より、噂が支配すると云った環境が進むことになるという事です。しかも、その結果は米国と云う国を二分する処となってきていることです。大いなる問題です。

そこで、情報の真偽の見極め方が問題となるのですが、それが政治と直結して進むことが問題なのです。トランプ氏がでたらめな発言をしていても、それが問われないままに過ぎていった現実が証明する処ですが、ソーシアルメデイア社会となった今、post- trust政治を如何に監視していくか、情報と政治の関係が改めて問われる事になったというものです。が、それは同時に民主主義の本質が改めて問われると言う事でもあるのです。

・トランプ政策の虚実
さて、トランプ氏は大統領就任早々、TPPからの離脱宣言やNAFTA見直し等々、反自由貿易政策を自らの署名を以って発表しました。これからも色々政策を打ち出す事でしょう。然し、上
述のようにpost-truth politics の主役を演じてきた彼の事だけに、その行動への不信感は増すことはあっても、減ずることはなさそうです。例えば、経済政策では彼は、インフラ投資、規制緩和そして減税を3本柱としているようですが、それらが本当に低所得層を救う事に繋がるのか、ですが、あれもこれも、post-truthとなると、そのツケは結局国民に降りかかる処です。以下では、その点に焦点を当て、トランプ政策の虚実として論じていく事としたいと思います。


第2部. トランプ政権のリアル:Post-truth politics の検証

1.見えない‘雇用と産業再生’への政策 

(1)America first で rust belt を救えるか

トランプ大統領は、「最も多くの雇用を創りだす大統領になる」と云い、前述の通りメキシコでの事業投資を目指す米企業に対し、米国内での雇用創出のため米国への生産回帰をと、恫喝的ともいえる口先介入を進めています。

然し、トランプ氏の言い分は、前述(P.2)の通りですが、そもそもメキシコへ投資をしたからと云って米国の雇用が減るという事にはならないはずです。仮に米国に全て生産が戻ったとしても、高い人件費が米国内での販売価格の上昇要因になる処です。7日付日経が伝えた「米自動車研究センター」の試算では、フォードの小型車「フユ―ジョン」の生産をメキシコからミシガン州に移した場合、1台当たりのコストが1200ドル(約14万円)上がるというのです。トランプ氏を大統領に押し上げた白人労働者層を意識したポピュリズム政策は、まわりまわって支持層を苦しめる構図になるというものです。
一方、フォードは建設計画を撤回した事で、予定地の州政府から誘致に投じた費用の返還を求められているほか、地元企業の間ではフォード車の購入取りやめの動きも出てきており、工場建設計画の撤回はフォードにとって高い代償となる可能性が出てきているのです。

・Rust beltに在る低所得者層を救えるか
問題は、こうした手法で、公約である成長に取り残されたrust beltに在る低所得層の労働者を救うことが出来るかという事です。周知のとおりトランプ大統領は、その背景にあるのがグローバル化だとして、保護主義の姿勢を強めています。然し、‘rust’の背景にある問題の本質は、産業構造の変化であり、産業の競争力、つまり生産性にあるのですから、単に外国のせいにする事ではなく、当該地域の産業事情を理解し、それにどのように取り組み、改善していくか、まさに産業再生戦略のシナリオを描いていく事が求められる筈です。然しそれがないままに米国第一の名の下、安く手にできる輸入品まで輸入規制していくとなれば、回りまわって米国内では消費者は高い製品を購入することになり、結果として経済格差を拡大させる事にもなるのです。

加えて、これまでの減税の恩恵が富裕層に偏ってきたことも格差拡大に繋がっていると指摘されています。その点ではルールの見直しも不可欠と云うものでしょう。フランスの経済学者トマ・ピケテイ氏は「悲劇的なのはトランプ氏の政策がもっぱら不平等をつよめてしまう事」だと指摘していますが、要は、経済の生業が構造的に変化してきた現状にあっては、所得再分配の在り方についても戦略的に見直されていく事が不可避となっていることに、真摯に向き合っていく事が不可欠なのですが、そうした発想も見えていない事が問題なのです。

因みに、Financial Times(2017/1/5)は社説` The protectionist trade ― fallacies of America First’(トランプ氏が叫ぶ米国第一主義の間違い)で、フォードがメキシコ事業投資を撤回したことについて、気まぐれなトランプ氏の怒りにふれまいといま、米企業はきゅうきゅうとしていると、次のように警鐘をならしています。
「・・・トランプ氏はGMに対しても、国外で生産した車にbig border taxをかけるとツイッターで脅している。国民大衆には受けたかもしれないが、それは全くの判断間違い。同氏は保護主義に凝り固まり、個別企業をツイターで脅すことで産業政策を展開しているかに見える。企業活動への介入に固執しても、米国の雇用増加にはつながらない。それどころか、企業経営者に政治介入という恐怖心を植え付け、効率よく機能しているsupply chainを混乱させるだけだ。・・・特定の企業に目を付け、ゆすりに屈したかのような事業戦略を取らせるのは、疑いなく悪い結果をもたらす。・・・フォードの決断でトランプ氏はPR戦では勝利したが、同氏の手法が米経済に予測不能で破壊的な政治リスクを齎すことは間違いない。ゼロサムの重商主義をやみくもに追求する同氏の「米国第一」の貿易政策は、あらゆる国の経済を悪化させることになる。」と。

(2)トランプ政権の経済閣僚とトランプ氏の実像

・トランプ政権の経済閣僚と産業政策
トランプ氏の言動への不信は上述の通りで、米産業政策の不透明感を高める処ですが、更に、その感ひとしおとするのが、トランプ政権の主要経済閣僚の顔ぶれです。

まず、財務長官のムニュ―チン氏、国家経済会議委員長のコーン氏はいずれもゴールドマン・サックスの出身、また各国との通商交渉にあたるUSTR(米通商代表部)にはライトハイザー氏、輸出振興を練る商務長官には著名な投資家で資産家のW.ロス氏、更に今回、新設なった通商政策の司令塔の国家通商会議のトップには、近時対中批判を強める米UC大のP.ナヴァロ氏となっています。 尚、他、重要閣僚には、エクソン・モービルのレックス・テイラーソン氏が国務長官に又、元中央軍司令官のジェームズ・マチス氏が国防長官に入っていますが、以上の閣僚の‘出身’の頭文字をとって3G政権とも云われてもいます。つまり投資会社Goldman SachsのG、軍人のGeneral, 更にロス氏他の超資産家を指すGazillionaire (超億万長者)のG.、です。

かくして、主要経済閣僚は、彼がこれまで批判してきたウオール街の出身者、それに繋がる投資家、大企業出身者で固められており、従って金融政策はよりウオール・ストリート寄りとなる事が予想されるのですが、彼が云う、‘雇用と産業の育成’に通じる人材は見当たりません。つまり、rust beltを再生、救済していく為の産業政策の専門家は見当たらずという事ですが、この辺はやはり個別企業への口先介入でなんとか対処せんとするという事でしょうか。それでは場当たり的であり、産業としての成長や構造改革など期待しようもないというものです。実の処、彼にとっては関心のない様に見受けられるのです。

・トランプ氏の実像
例えば、彼はは「雇用を創る大統領になる」と云っています。つまり‘雇用創出’の一点に絞って事を進めるという事の様ですが、それは単にその数字をつくる事自体が目標で、それが達成されたら、それでOKとするのではと、彼の行動様式からは、そう思えてなりません。というのも、彼の行動にかかるキワードが`Deal’にあり、このdealを通して目標を達成していく事を信条としているようで、それはいわゆるビジネスでの経営目標達成行動と変わるものではなく、それだけに超大国のトップに求められる生業とは全く次元を異にする行動様式にある点です。

つまり彼の場合、‘そこにある’土地を取引してお金を生ませていく事で大成功してきた不動産王です。が、そこで重要なことは、‘創る’(create)という事ではなく、deal、つまり自分にとって交渉を如何に有利、かつ効率的に進めるかという事にあるというのです。まさにdeal なのです。

「ビジネス」という言葉の定義にはいろいろあります。が、今では色々の要素を組みあわせ、社会との生業に配慮し、生産活動、企業活動を図る、つまり‘創造’(Creation)していく事を含意とされるようになってきていますし、それだけに仕事に係る構想力も求められるというものです。そしてそれが企業人の矜持とされる処です。つまり、今日、ビジネスマンと呼ぶ際はそうしたイメージを抱かされるものですが、彼の行動様式から見えてくる事は、要するに不動産を取引する旧来型の業者の域を出るものではないのです。巷間、「ビジネスマンのトランプ氏が米国大統領になった」と表するのですが、上述次第からは彼をビジネスマンとは呼べないのです。さて、この差をトランプ氏が理解できぬままに行動することの危険性が高まっているというものです

一見するとトランプ氏の姿勢は国内の企業や産業に優しい路線と映るのでしょうが、彼が「米国第一主義」と主張し、保護主義がベターと云うのも、彼にとっては、それが自分の利益に適う、要は隠れ蓑とも映るのです。その結果はrust beltの労働者を苦しめることになるだけで、彼の支持者を裏切る事になるのです。まさにpost-truth politician という処です

いま世界経済は多国間にわたるSupply chainとの組み合わせを前提に出来上がっており、それは効率的な生産システムとして更なる進化の中にあり、新たな産業構造を演出していく処です。そうした進化を体して米国産業をどのように再生、誘導し、雇用の創造を図っていこうとするのか、いわゆる産業政策なるものがない限りrust beltに在る人たちを救えない筈です。グローバル化を忌避するトランプ氏ですが、ヒト、モノ、カネ、更には技術も含め、その移動を自由にしていくことでイノベーションも進み、新しい機会が生まれてくる事を理解すべきなのです。

2.トランプ政権の通商・外交政策のリアル

(1)「反中」に照準を合わせるトランプ通商政策
    
・米中貿易インバランス問題
周知の通りトランプ氏は、選挙中「中国を為替操作国に指定する。同国製品には45%の関税を課す」と対中強硬策を訴えていました。そして選挙後、各地を回り「中国がWTOに加盟した2001年以降、我々は7万カ所もの製造拠点を失った」と繰り返し、米中貿易のインバランス(注)を「米国の赤字は、中国が米国内での雇用を奪うもの」と、激しく対中非難をしてきています。

(注)米国の対中貿易赤字:2000年以降中国は対米輸出が著しく拡大した結果、2015年には約3670億ドルの対米貿易黒字(米統計)となっており、他国(日本:689億ドル)に比べ最大となっている。そこで、トランプ氏は中国に対し高関税(45%)を課すことで、米国内の製造業の雇用を取り戻すと公約している。ただし、中国では電子機器類のサプライチェーンが構築されている事、労働力も豊富かつ低廉の為、高関税が課されても米国の雇用回復は見込めないものとみられる。ただ中国でも人件費が高くなっている為、ベトナム等、更に人件費の低いアジアの国へ生産ラインが移行している状況。尤も中国はWTOで国が為替などを統制する「非市場経済国」として今尚扱われている(前号、論考)ため、反ダンピング関税がかけやすい環境にはある。

こうしたトランプ発言は、選挙中, 私的顧問を務めていた中国批判を強める学者、米UCアーバイン校、教授のP.ナヴァロ氏の助言に負うものと伝えられています。その彼をトランプ氏は、新たに米国の通商政策の司令塔として創設する「国家通商会議」のトップに充てたのです。彼について、近着 The Economist (2017,1,21)は、「The head of Trump’s new National Trade Council is about to become one of the world’s most powerful economists. That’s worrying.」と評していましたが、この人事を以ってトランプ政権の対中姿勢、「反中国」を鮮明にしたというものです。

いずれにしろ、米国の外交政策はこうした人事を背景にトランプ大統領主導の下に進められることを示唆する処で、世界の通商外交は、ますますトランプ氏の言動に振り回されることになるというものです。いずれにしろ、トランプ政権の通商政策は雇用問題と結び付けた形で貿易の均衡化に向けた交渉が行われていくものと思料するのですが、勿論そのシナリオは見えません。
ただ、米中交渉の流れの如何では、世界秩序の安定に寄与してきたとされる「一つの中国」には縛られないとトランプ氏は発言していますが、元より、これが大きな不安定要因となっているというものです。つまり、「一つの中国」と云う国際合意を、彼は‘デイール’の材料に使おうとするものとみられるのですが、これこそは世界の生業を一変させる、つまりは地政学的リスクの拡散を意味する処となるのです。要は、こうした通商問題は新政権の火薬庫と見られる処です。

・為替操作国指定問題
もう一つの為替操作国指定問題は、より国際的でsensitiveな問題がです。トランプ氏は選挙中から中国の人民元安誘導が巨額の対中貿易赤字を生み、米国の雇用を奪っているとして、中国の為替操作国指定を看板政策としていました。ただ、米財務省はそれとは異なり、中国を監視対象国にとどめています。(注)

(注)米財務省は次の3つの基準項目 [ ①対米貿易区理事が200億以上。②経常黒字がGDPの
3%以上。③為替介入の規模がGDPの2%以上 ]を設け、すべてが適用される場合は操作国と認
定し、2つに該当する場合は監視対象国とすることしている。

然し、1月13日、米紙WSJとのインタビユーでは為替操作国との認定は見送ると発言、同時に為替政策、通商問題で、中国との交渉に進展がなければ「一つの中国」の原則を見直す(14日付、毎日新聞、デジタル)、としています。この方針変えの真相は不明ですが、操作国指定はかえってドル高を招くとの計算が働いての事かと思料されるのです。つまり、中国は経済成長の鈍化で海外への資金流出が続いており、かえって中国からの輸入を促し、米国の貿易赤字拡大が進みかねないとの読みがあっての事かと思われます。(注)

   (注)Harvard のC. Reinhart教授は、Project Syndicate に寄稿した12月30日付、論考
「Will dollar strength trigger intervention in 2017?」で「強いドルは彼の公約を達成する上で大きな
障害」と指摘すると共に、興味深い指摘をしています。つまり、レーガン政権初期、強烈なドル高
が起き、1985年には日米欧が強調してドルお引き下げるプラザ合意が成立した。
さて、「再びプラザ合意はあるのだろうか」と、問いかけ、日独、中国の状況を点検、彼らの事情か
ら協議のテーブルにはつきそうもないとし、もし今年ドル売り介入があるとすれば、米国の単独介
入が最も有力なシナリオだ、と云うのです。

尤も現実には、トランプ氏の財政出動による景気の引き揚げ発言でマーケットが反応してドル高が進んでいます。そして17日付WSJでのインタビューでは「ドルが強すぎる」と、ドル高をけん制する発言をしたことで、ドルを押し下げる(通貨安誘導)可能性を示唆するものと言われ、もしそうであれば、中国の為替介入を批判してきた米国がドル安誘導できるのか、と疑問の出る処です。これまで米国は強いドルが国益に適うとし、近年、歴代大統領らは通貨安競争を明確に否定してきています。とすれば、米国の通貨政策の大転換に繋がる可能性すら感じさせる処です。19日の上院承認公聴会で,次期財務長官のムニューチン氏は「強いドルは長期的に必要」とトランプ発言とは異見をとなえていましたが、23日には、一転トランプ氏に沿った発言をおこなっており、政権内の意思統一の未熟さを暴露するばかりです。

(2)「一つの中国」問題

12月2日にあった台湾、葵総統との電話協議は歴史的なものでした。それは1979年の米台断交以来、米大統領や次期大統領と台湾総統とのやり取りが公になったのは初めてのことです。
トランプ政権が、これまでの台湾は中国の一部とする「一つの中国」の原則を尊重してきた米外交の転換の可能性を示唆するものと受け止められる処です。勿論、中国はこれに反発を隠しません。もとより米中間貿易に係るトランプ氏の中国批判は前述の通りですが、南シナ海問題に係る対中批判等も含め、それら要素がトリガーとなって米中関係の険悪化が急速に進みだしてきたというものです。勿論、この行方の如何は世界経済に与える影響の大きさは云うまでもなく、とりわけ日米韓を核とするアジア安全保障体制の在り姿に大きく影響を齎す処であり、その点、注意深く事態をフォローしていく事、云うまでもない処です。

トランプ氏は、13日のWSJ紙のインタビューでは再び、「一つの中国」は確約しない方針と明言すると共に、中国と為替政策や通商政策を巡って交渉する上で、「一つの中国を含むすべてが対象だ」と、しています。それは取引材料として中国に揺さぶりをかけながら、為替や貿易で譲歩を迫る姿勢を鮮明にしたものと思料するのですが、外交問題でもビジネス感覚の利害得失を前面に押し出さんとする姿勢と映るというものです。それでも中国を挑発した先に、何を得ようとしているのかが、分かりにくい処ではあるのですが。

以上からは、必要とされる政策は未だ煮詰まった様子はなく、全てこれからという処でしょうが、それも前述したように来年の中間選挙次第という事になるのではと、思料するのです。
ただそれでも、米国がAmerica firstで進む事となれば、自らが作り上げてきた経済発展の規範とする戦後秩序の大転換が起こり、以って世界は新たな地政学リスクと対峙していく事になると予想されるだけに、それへの戦略的な対応準備が不可避とされる処です。
とすれば、これまでの日米同盟を日本国の運営の基軸としてきた日本としては、勿論その基本軸には変わることはないでしょうが、改めて、日本として持続可能な経済としていくか、日米同盟の在り方も含め、その戦略の見直しが不可避と思料する処です。実は、それこそは世界の相対として、日本にとって新たな出番となる筈ですし、それはまさに機会なのです。


おわりに:アメリカは‘殺戮’の場所?

処で、‘America first’という言葉は、日本では極めてポピュラーな言葉となっています。然し、米国では今回、彼が演説の中で発した言葉 ‘carnage’ (殺戮)に大いなる関心が集まっています。

というのも彼は「・・都心部で貧困から逃れられずにいる母親と子供たち、米国中に墓標のように散在するさびれ果てた工場、・・・大きな潜在能力を持つ米国に略奪を働いてきたギャング、麻薬。このアメリカの殺戮(carnage) は、この場所で、たった今、止まる。」(日経1月22日)と演説していましたが、本当に米国は、彼が云うような「殺戮」が起こっている悲惨な状況にあるのかという疑問です。 大統領の地位にある人物が、こうした現状認識に在ることに極めて違和感を抱くと同時に、そうした彼に不安を感じるというものです。これこそはトランプ流、post-truthのレトリックと云う処でしょうが、彼の政治姿勢に疑問の募るばかりです。

加えて、就任直前の17日、米メデイアが発表に行われた世論調査では、彼を支持する(好ましい)とした、比率は40%、「好ましくない」が52%と、政権発足の当初から50%割れの過去最低となっています。このことは彼の政治基盤の弱さを意味する処ですが、それだけにポピュリズムに走っていく事になるのではと、極めて懸念されるというものです。

・America First or America Alone?
Financial Times (2017/1/10)の伝える、世界的に著名な政治Columnist , Mr. P. Stephensの「America First or America Alone?」と題した論考は、こうした懸念をえぐり出すようなトランプ評でした。同氏は`America First looks a lot like America Alone’ (米国第一主義は、米国孤立主義と極めて似ている)と、したうえで、トランプ氏が云うgrand designは極めて失望させられるものであり危険とし、次のように断じるのです。

・・・Mr. Trump prefers dealmaking to strategic thinking. His Make America Great Again prospectus is a jumble of instincts, prejudices and impulses. Among the ingredients : economic nationalism, antipathy to `globalism’, hostility towards immigrants, a relentless focus on Islamist extremism and a transnational, zero-sum view of great power relations.

つまり、トランプ氏の「米国を再び偉大にする」政策は、直感と偏見の寄せ集めで、中身は経済ナシナリズム、反グローバル主義、反移民、イスラム過激主義の徹底拒否、米国の利益優先のゼロサム思考等だ。米軍は今後数十年比類なき力を持ち続けるだろうが、その優位性は覇権とは同じでない。そして相手国と取引き引しても同盟関係には置き換えられないし、怒りに任せてツイートしても米国の力と威信の回復にはつながらない。とし、これまでの言動からは、トランプ氏はそれを認識する思考や性分を持ち合わせていないようだと、断じるのです。 トランプ氏は大統領を果たしてやっていけるのか、再びその懸念は深まるというものでした。

さて1月17日、中国習近平主席はダボス会議に初めて出席し(先月号、月例論考)、その冒頭の演説で、次のように発言したのです。「経済のグローバル化は世界経済の成長に強力な力を提供した」と。(1月18日付日経)          
 以上
posted by 林川眞善 at 12:49| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

2017年1月号  来る年、2017年は’迷走する世界’の幕開け? - 林川眞善

はじめに:2016 Person of the Year

12月7日、米タイム誌は、同誌恒例の「今年の人、2016年」にDonald Trump 氏をとり挙げました。今年1年を通じて、良かったのか、悪かったのか、色々の出来事に、極めて強い影響を与えてきた仁とするものですが、彼について同誌は「過去の政治慣習を廃し、新たな形を作り出した」と、その理由を挙げると共に、「トランプ氏の勝利は、傲慢で守られた支配階級に対する長く見過ごされてきた怒りを象徴している」と分析するものでした。


さて2016年、欧米の先進国では、有権者の反グローバリズムが吹き荒れ、英国ではEUからの離脱、また米国では次期大統領選で「米国第一」を掲げる不動産王、トランプ氏が勝利を収めたことで、世界をあっと驚かせると同時に、保守化の高まりを強く印象付ける年となりました。この両者に共通する事情とは周知の通りで、経済格差拡大への市民の不満、移入低賃金労働者の増大で奪われる雇用機会への不満、等々こうした不満を背にしたポピュリズムが高まり、政治への現状不満の爆発と説明される処で、要は、これまでの自由や人権を軸としたリベラリズム、グローバリズムへの反撃とも言われる変化です。

周知の通り、グローバリゼーションとは地球規模の自由化です。モノ、カネ、ヒト、更に文化の自由な交流です。然しその自由は、時として人々を阻害し、不安に陥れることになると言われます。となると人は強固なアイデンテイテイ―を求め、純化路線に走り、ナショナリズムや排外主義に突き進むことになるというものです。
今、‘America first ‘を掲げるトランプ氏が次期米大統領として現れた事で、こうした社会的化学反応が一挙に進みだし、これまでの欧米先進国が経済発展の規範としてきた新自由主義なる思考様式が否定され、従って行動様式の構造変化が不可避となる様相にあります。

当然のこととして彼の言動を巡り、連日メデイアは精力的に報道していますが、2017年1月20日以降、彼はどのような政策展開を図っていくのか、そうした情報に世界は、日本は、翻弄されていると云った状況にある処です。
そうした一喜一憂する日本政府と野党の姿に、文春新年特別号のコラムでイタリアから帰国中の作家、塩野七生氏は今更ながらげんなりとしながらも、世界最大で最強の国のことだから、ある程度はやむをえないことかと云い、また、他国に無関係では生きていけないのは現実なので、米国の動向に注意しつづけるのも当然だろうが、こういう時期こそ、日本さえその気になればできることを実現化してみてはと、例えばTPPがどうなろうと、日本の農業の抜本的改革(注)なら、やり遂げたと言えるように、と提言していましたが、筆者も思いを同じくする処です。

  (注)政府は11月29日、JA全農の組織刷新を柱とする農業改革方針を決定。但し、規制改革会議の提言や、自民党農林部会長の小泉新次郎氏が目指していた全農改革にかかる具体的な数値目標、改革期限目標などは先送り。

勿論、今回のトランプ政権の意味は、単に米国だけの問題ではなく極めてグローバルなコンテクストで理解されるべきは云うまでもありません。その点については先の弊論考においても筆者流の分析と提言を行っていますが、いまなお多くの、多面的側面からの分析、論考の断つことはありません。

処で、大統領就任前ながらトランプ氏は、既に大統領然として行動をとり始めています。
詳細は本文にて触れますが、メキシコに工場移転を計画中の企業「キャリア」に自ら乗り出し、その計画を覆させ、当該雇用の確保を果たしたと喧伝するなど、自身の趣旨に沿った経営をと、企業介入を始めています。一方、対外的コミットメントの修正を迫る中、とりわけ安保戦略上Asian pivotalとしてきた米国のアジアへのインボルブメントの修正でアジアでの空白が懸念される中、これまで米中間でも確認されてきた「一つの中国」論に対し、貿易上の事由を以って、これに異論を唱え出しています。折も折、中国の習近平主席が1月に世界の主要リーダーが集まるダボス会議に出席するとの情報があり、世界はざわついでいますが、早速に、英Financial Times 紙のコラムニスト、Philip Stephensは同紙12月9日付で「Xi,Davos and the world in 2017」と題し、興味深い解析を展開しています。

これらはトランプ旋風に絡む話題という事ですが、12月、日本で行われた今年4回目の日ロ首脳会談の推移を、こうしたトランプ旋風に重ね合わせ見るとき、‘迷走する世界’すら示唆する新たな国際関係の構図が見えてくるというものです。つまり2017年の行方を考察していく上での興味深い視点が見えてくるというものです。そこで今回は2016年の総決算の意味と、併せ2017年の行方を考えていく為の手立てとして、これら三点に絞り、論じることとしたいと思います。     
(2016/12/25)



目  次

1.トランプ次期大統領の出現で世界はどう変わる   ・・・P.3

(1)「米国第一主義」のリアル
・トランプ流ビジネスの作法
・米企業は、ニュー・ノーマル(新常態)
(2)習近平主席、1月ダボス会議に出席する
・「一つの中国」をかく乱させるトランプ発言
・Stephens氏の解析―融解のグローバル秩序
                 
2.日ロ首脳会談と、会談から透ける‘迷走する世界’のかたち・・P.9

(1)日ロ首脳会談
(2)2017年、‘迷走する世界’の幕開け?
・日本の出番

おわりに:安倍首相、ハワイ・アリゾナ記念館慰霊訪問 ・・・P.12
                     
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       

1. トランプ米次期大統領の出現で世界はどう変わる

(1) 「米国第一主義」のリアル

12月14日、最大の焦点となっていた次期国務長官に、エクソンモービル社のレックス・テイラーソン氏の起用が決まり、これでほぼトランプ次期政権の陣容が固まった事になりました。
陣容構成の特徴は、安全保障分野では「元軍人」、経済閣僚では「最高経営責任者(CEO)」
と云った企業経営者が目立つ布陣となっています。とりわけ経済分野については、まさに米国内第一と、国内雇用創出などを重視する布陣を意識したものと云う処でしょうか。

さて、その雇用創出ですが、トランプ次期大統領は12月1日、訪問中のインデイアナ州で、米空調大手企業「キャリア」社が計画していた工場のメキシコ移転を翻意させ、その結果、同工場の人員解雇を阻止し、800のジョッブを確保したと、その内幕を、つまり同社の親企業、UT(United Technology)のヘイグCEOとの直談判で決めた事情を、堂々と明らかにしたのですが、これは次期大統領として露骨な政治介入というものです。この他にも、例えばAppleに対してはもっと国内での生産を行うように要請、Ford社に対しても、Boeing社に対しても同様圧力をかけていることも報じられています。
ただ一部の世論調査では、今回のトランプ氏の対応については6割方の人々が好意的だった由、伝えられていますが、こうしたトランプ様式にはきわめて強い危惧を隠せないと云うものです。つまり一時的に、トランプ氏への忠誠を誓うようなことで相応の見返りがあるとしても、中長期的には米国経済にとって極めて問題というものです。

・トランプ流ビジネスの作法
英エコノミスト誌(2016/12/10)はこうした事情について、次のように解析、批判するのです。(注:America’s new business model )

まず、トランプ氏の行動様式です。つまり、周知されている通り彼は大幅の減税、大幅なインフラ投資による経済の回復を狙うとしており、既にそうしたことからマーケットはトランプ相場として活発な動きを示しています。が、問題は彼のビジネス姿勢の背後にある、なにか容認しがたい商人気質、もう一つはその戦術、ゴール達成のために使う手段、企業買収や個別企業への攻撃、にあるというものです。そして、そうした行動は多くの犠牲の上にありながら、その成果を享受できるのは極く限られた人たちとなっていると、云うのです。

彼の主張は、アメリカの労働者は企業が低賃金の外国での生産活動にシフトした結果、大変な被害を受けている、そこで海外に転出した企業の製品を米国に輸入する際は35%という高関税をかけると云うのですが、そのような高関税は破壊的ともいえ、アメリカの消費者にはそれだけ高額な輸入品となる処です。一方、アメリカ企業も合理的な海外のサプライ・チェーンを活かすことが出来ず、従って競争力の低下は不可避、設備投資も鈍り、廻り回って労働者賃金も低下していく、言うなればしっぺ返しを喰うことにもなるというものです。
そして、関税については行政上、大統領に権限が集中しており議会の権限は限定的で問題ですが、もっと重大な問題は、仮に性急な保護主義が避けられたとしても個々の企業に賄賂や企業いじめ的な発想をベースとした戦略がでてくることこそが問題と指摘するのです。

尤も、アメリカでは経済環境によってはビジネスへの政治介入が起きているという歴史がこれまでもあり、例えば、1960年代にはJFKが値上げをきめた鉄鋼業界を公然と批判し、2009年にはオバマが自動車産業の救済と云ったように、歴代大統領はマーケットに干渉してきた経緯がありました。従ってトランプ氏が企業を言いくるめて、こちらに向かわせる大統領と言う点では、初めての大統領と言うものではありません。

国際的に見ても例外的な事ではなく、英国の場合、NISSANにBrexit 後も英国に残るようMay首相は内密の約束をしたと伝えられていますし、フランスでも眉を顰めるような企業に, 雇用をフランスに残すよう政府が強く働きかけてていることなど、周知される処です。ロシアやネズエラなど、コネが物言うことで悪名高い国々は、従順なものには恩恵を与え、敵対する者には罰を与えているとも指摘するのです。では米企業もCourting the king and currying favour 、まさに ‘ドナルド王‘のご機嫌をうかがう米企業と云う処でしょうか。 然し、それでもトランプ氏のやり方は心配だというのです。

・米企業は「ニュー・ノーマル」(新常態)
つまり大恐慌でもない今、当時のフバーや、ルーズベルトが企業に迫ったのは、国家のためになすべきことは何かが語られ、そうしたコンテクストにおいて2009年、オバマ氏は破たんの危機にあった銀行を整備し、自動産業を救済するものでしたが、今、アメリカはそうした危機状態にあるわけでもなく、とすれば、トランプ氏の企業への干渉は、非常事態への対応ではなく「ニュー・ノーマル」となる可能性が高いと、言うのです。

更に悪いことに、予測しにくい彼のやり方(penchant)、時に復讐的ともいえるいじめ(vindictive bullying )姿勢は、多くの政治家が好むバラマキ政策よりも一層経済を蝕むことになると、断じるのです。そして、もしこれがトランプ次期大統領の基調とするなら賢明な企業人は、大統領の好みに合わせ、彼の嫌がることは避けて行動することになり、その結果、米経済は長期に亘って深刻なダメージを受けることになると危惧するのです。
実際、そうした傾向は、既に現れており、選挙中あれだけトランプ候補を非難していたトップのCEOが、嬉々としてトランプ政権のアドバイザーリーメンバーとして参画している事だと指摘するのです。トランプ氏は選挙中、特別な利害関係者がたむろするワシントンというswamp (沼地)を干し上げると、言っていました。が、然し、これではロビスト達の役割は皮肉にも増大するという事になる処です。

こうした政策行動のシフトが齎す弊害は最初の内は見えにくいものだが、それは経済刺激策や規制改革の効果をはるかに超えるものとなっていく筈と云うのです。更には、世界最大の経済大国の大統領として、トランプ氏は、今後長きにわたり、誰にとがめられることもなく、小国の政治家ならできたであろう、それ以上に企業介入を進めていく事になるものとみられるというものです。

そうした動きは当然のこととして、アメリカの経済社会として、不合理な資本配分、競争力の低下、アメリカの制度・機関への信頼の低下、等々大変なダメージを託つことになるはずで、そのおかげで最も苦痛を余儀なくされるのが、トランプ氏が助けると約束した労働者なのです。もし、彼が真にmake America great again を標榜するなら、是非とも保護主義行動をやめ、脅すような行為を直ちに正し方向を変えていくべきと、警鐘を鳴らすのです。

要は、雇用など自国を過度に重視する姿勢は、企業の経営改善努力を損ない、世界で活躍する場が奪われていく事を、改めて警鐘を鳴らすというものですが、では日本経済運営の実情は?です。 勿論、日本は立派に自由主義をかざし、その枠組みに変化のない処です。ただ、近時、日本の財界の総本山と言われてきた経団連は、今や政府の下請け機関に変質してきています。例えば企業の賃上げについて、政府が示す引き上げ幅を示すと企業経営者はこれに素直に従う、官製と揶揄される状況にある処です。まさに癒着状況が進展中という事ですが、これでは創造的な企業活動など期待できる処ではありません。問題です。

(2) 習近平主席、1月ダボス会議に出席する
  
トランプ次期米大統領が掲げるAmerica first とは対外関係よりも、国内経済重視の姿勢を強めることを目指すと云うものですが、それは同時にアメリカの対外コミットメントの整理を意味する処です。TPPからの米国離脱発言も然りですが、トランプ氏は、国際的ルールは米国を縛り、色々の同盟関係は米国にとって負担になるだけで、米国の力を強化することにはつながらないと、思っているようだと伝えられています。日米安全保障問題では日本に駐留する米軍の経費は日本が負担すべきと迫るのも同じコンテクストにある処です。又、12月11日放送のTV番組では台湾を中国の一部とみなす 「一つの中国」 政策を米国が維持するかどうかは中国次第と発言しているのですが、それもその線上にある処です。

つまりトランプ氏は、米国内の雇用が中国に奪われていると繰り返し、「貿易などで(中国と)合意を得られなければ、なぜ「一つの中国」政策に縛られなければならないのかわからない」(日経12月13日)と発言しています。とにかく、彼にしてみれば地政学もビジネスも同じことで、とにかく交渉で何かを勝ち取りたいという事なのでしょうか。もとより「一つの中国」 の原則を揺るがす発言は、アジアの安全保障と経済に化学反応を起こす処です。

・習近平主席、1月 ダボス会議に出席
さて、そうした折、習近平国家主席が1月開催のスイス、ダボス会議に出席する話が伝えられ、これが上記トランプ次期米大統領発言と絡み、世界の強い関心を呼ぶ処となっています。ダボス会議については、Financial Times紙のコラムニストStephens氏は、「Xi , Davos and the world in 2017 」(2016/12/9, Financial Times)と題する寄稿記事で、ダボス会議を世界のelite達が集まり自身の英知を引けらかすvanityの場 (虚飾の場)と揶揄するのですが、それでも習近平主席もそうした場への誘惑に負けたものかと、評しながら、彼の参加が脚光を浴びること自体が今の世界の在り姿を語るものと云うのです。

・Stephens 氏の解析
さて、Stephens氏は次のように分析するのです。2016年、the west,欧米先進国を苛立たせたポピュリズムは、1848年 欧州を席巻した一連の革命騒動とは比較すべくもないが、あの年の`spring of nations ‘(諸国民の春)は`the ancien regime’(旧体制)の基盤を打ち砕いたに対して、今日の反乱者たちは、投票所を通じて権力を握ったというのです。

冷戦以降、人々は物事が秩序正しく、ある程度予測通りに進むと考えていたかもしれないが、それが根本から揺らぎはじめ、もはや権力は我々が考えていた場所にはない、というのです。
そして、トランプ氏の勝利や英国のBrexitを齎したポピュリズムによる混乱が落ち着くまでもなく既に、世界は新たな風景を見せてきていると指摘します。ただ、トランプ氏が今、何を考えているかはわからないし、発言も極めて大きくぶれるが、変わらないことが一つや二つあるというのです。それは`Billionaires will pay less tax and foreign policy will be unashamedly nationalist’ということで、つまり、大富豪には減税をし、外交政策では臆面もなくナショナリストになる、というのです。

そもそもトランプ氏とは、グローバル・ルールやいろいろの同盟関係は、米国の力に資するというよりはそれを減ずるものと見るa club of Americans、米国人の一派にあり、そこでは多国間主義とはwimps, つまり弱虫の為のものとし、地政学もビジネスと同じで、彼はとにかく交渉で何かを勝ち取りたいと考えていると云うのです。そして、米国は今なお超大国としてあり、自国の地位を十分守れると考えているようで、それはそうだが同盟国を捨て、ロシアのプーチン大統領のような人物と取引する事は、米国の戦略的利益を高めることにはならないだろうとし、ここにダボスに行く習近平主席にチャンスがあると云うのです。

‘冷戦後の秩序’ に対する中国の不満はトランプ氏以前からのものでした。然し、今米大統領となる仁が、これまでの ‘Pax Americana’の幕を下ろそうとしており、しかもトランプ氏の貿易や安全保障政策において‘America first’を前にすると、中国が求めてきた‘New model of international relation’(新たな国際関係)は、もはや欧米が築いてきたwestern liberal orderを覆そうとしているようには見えないというのです。
それどころか中国は国際的統治体制の守護者、guardian of global governance であり、開かれた貿易体制の旗手になるかもしれないというのです。加えて、習主席は気候変動に関するパリ協定を支持し、国際社会とイランとの核開発合意を擁護し、アジアで貿易自由化を進めようとしていると指摘するのです。(注) まさに習近平主席は自由貿易の旗手?って処です。

(注)12月9日、WTOは、日米欧が中国をWTO協定上の[市場経済圏]と認めず、引き続き中国を「非市場経済圏」と認定したのです。これは中国がWTO加盟時の2001年、当初、15年間はダンピング認定で不利な条件を課される「非市場経済国」として扱われることを受け入れたもので、この条項が12月10日に失効したもの。中国は12日、WTO提訴に向けて米欧との2国間協議を始めています。

こうなると、これまで悪役だった中国は、これでは、いい奴という事になる一方で、上述のようなトランプ氏の対中発言は、米中間の合意で数十年間、維持されてきた台湾海峡の平和を覆えそうとしているのは、今やトランプ氏の方だと映る処です。

・融解のグローバル秩序
ではこれからの世界はどうなっていくと見るのか。Stephens氏は、今後の地政学的な勢力図、new geopolitical landscapeとして次のように語るのです。

まず、トランプ氏としては米国、中国、ロシアで世界を統治すればいいと考えているかもしれないとしながらも、これでは3か国の利益が合致するより衝突する方が多いのではと指摘するのです。そして、TPPから米国が離脱すれば、この地域の米国の同盟国を中国との経済的統合に向かわせることになるだろうというのです。 また、トランプ氏はNATOについても関心を置く様子はあまりなく、一方、欧州自身2017年も域内問題で手いっぱいと見るのです。そして、移民問題はポピュリズムを一層勢いづけ、Brexitは政治的エネルギーを消耗させる。更にフランスでは右翼のナショナル・フロントの党首、M.ルペン氏が来春の大統領選で、トランプ氏とEU離脱派の余勢を駆りたがっている状況で、仮にルペン氏が大統領になる事にでもなれば、もはや打つ手はないだろうというのです。

ただこうした状況ながら考え得るシナリオとして、景気回復の足取りが早まり、移民流入の動きが安定し、欧州復活の目が見えてくる展開だというのです。そして、その為にもより重要なことはフランス大統領選で共和党候補のフィヨン元首相が勝ち、ドイツのメルケル首相が4期目を確実にし、欧州協調の独仏エンジンを復活させることだというのですが、聊か楽観的かなとは思うのですが、同意する処です。

・いまそこにある,中国のチャンス?
いずれにせよ、世界の新たなnew designに向けての秩序など存在す余地はなさそうだという事ですが、ただ、中国にはチャンスがあるというのです。
古典的地政学の理論では、既存の大国と新興国の間で、衝突が起きる場合、まずupstart(成り上がり者)の新興国が、不安定な事態を引き起こすことになっているのですが、然し、ダボスに集まるエリートが自画自賛して、互いをたたえ合う、年一度のお祭りで、‘Mr. Xi to appear as the voice for stability’、つまり、習氏が安定の代弁者と見えるとしたら、これこそは皮肉なことと云うのですが。まさに、そこにある不確実性という事でしょうか。


2. 日ロ首脳会談と、会談から透ける ‘迷走する世界’のかたち
 
(1) 日ロ首脳会談

12月15日、安倍晋三首相はプーチン ロシア大統領を自身の故郷、山口県長門市の温泉場に迎え、翌日16日には東京の首相官邸で、日ロ首脳会談を行いました。それは日ロ間に残る戦後処理問題とされる北方4島返還問題、平和条約締結問題について、首相在任中にその具体的道筋を立てておきたい、とするものでした。
こうした鳴り物入りの会談でしたがその結果は、3000億円規模での経済協力について合意すると共に、その具体化の為のspecial system (特別な制度)等、法的基盤づくりを進めることで合意を得たという事でしたが、肝心の平和条約については決意表明に留まり、北方領土についてはにべもないと云った処です。今後、首脳会議を継続し、事案の具体化を進めるという事でしたが、これでは日本側にとっては食い逃げされたのと同じではないか、と大いに不満の残る処です。

因みに、12月18日付英Financial Timesはこの点、Abe risks backlash as Japan and Russia agree Kurils pact.と題し,次のようなコメントを伝えたのです。
― Russia and Japan have agreed to negotiate a ` special system’ for joint economic activity on the disputed Kuril Islands after a high-profile summit which will have delighted Vladimir Putin but disappointed Shinzo Abe.

つまり、この千島列島に係る今回の合意(Kurils pact)について「プーチンはご満足、安倍はがっかり」と、報じるものでした。因みに、12月23日、プーチン大統領はモスクワで行われた定例記者会見では、1千人を超える記者が集まったと伝えられていますが、4時間に及び、内政、経済、国際問題と幅広い質問に応えていたとされていますが、今回の日ロ首脳会談についての質問は採用されなかった由で、北方領土問題の話題を避けたいプーチン政権の姿勢がにじみ出ていた記者会見だったと、伝えられています。(日経12月24日)

序でながら冒頭リフアーしたタイムズ誌の「Person of the Year, 2016」発表に続き、12月14日、米経済誌「フォーブス」は、恒例の「The World Most Powerful People」(世界で最も影響力を持つ人物)を発表しましたが、そのN0.1にプーチン ロシア大統領が4年連続、リストされたのです。プーチン大統領をN0.1とする理由として、同誌が挙げた理由が「自国の影響力を地球のほぼ全域に行使している事。そして母国からシリア、米大統領選まで、自分の望むものを手に入れ続けている」ということでしたが、今回の日ロ首脳会談に照らすとき、さもありなんと思いを深くする処です

さて、翻ってプーチン氏は安倍首相に対して米国から独立した外交をと、迫っているとされています。というのもウクライナ問題で日本を含めた先進7か国(G7)は、ロシアに対して経済制裁を科してきていますが、近時の日本のロシア接近はG7の約束を逸脱するものと欧州勢は不満を託つ処となっており、プーチンとしては、この際は米欧と日本を分断し、制裁の緩和を引き出したいと思っている筈だと見られています。

勿論、日本としては安全保障で米国の抑止力に頼らざるを得ず、日米同盟を外交の基軸に据える点でそう簡単にプーチンのシナリオに乗るわけにはいかない筈です。と云うよりも、トランプ旋風で世界は再び激しく動き出している今を考えるとき、今回のような領土返還をテーマとする首脳会談の在り姿は、もはや時機を逸したものではと思うのです。と同時に、対ロ政策については改めて「世界の中の日ロ関係」の視点が、より求められる環境になってきていると痛感するのです

(2)2017年, ‘迷走する世界’ の幕開け?

ところで、トランプ氏の米大統領就任で世界の形がどうなっていくと見るか、先のStephensコメント(P.8)にも示唆ある処ですが、これが今次の日ロ首脳会談の舞台裏に秘められている対ロ経済制裁とそれを巡るG7各国の関係を見ることで、相応の構図が描けるというものです。(カナダもメンバーですが敢えてここで触れません)

まず英国ですが、彼らは中国とは積極的な経済交流(AIIBへの参加等)を進めていますが、プーチン・ロシアに対しては強硬姿勢を崩してはいませんが、いまやBREXIT問題への対応で手一杯の状況にあり、他メンバーのフランス、ドイツ、そしてイタリアに至っては政権の交代、右翼勢力の拡大等、国内政治は不透明感を強め、今や個別事情に翻弄され、いずれも‘制裁’をフォローできる体制にはなく共同歩調はとりにくい状況にある処です。

では、トランプ・アメリカはどうか。トランプ次期大統領はオバマ大統領とは180度相違し、プーチン氏を力ある大統領と評価する一方、かつて旧ソ連との対峙として米国が主導した欧州安全保障の枠組み、NATOについて、その意味を認めようともせず、G7の対ロ制裁にもあまり意味を認めていないと、しています。 また、中国に対しては前述の通りで、極めて批判的な姿勢にあり、今や対決姿勢とも映る処ですが、21日、トランプ氏はホワイトハウス内に貿易政策を統括する「国家通商会議」の設置を決定していますが、そのトップに対中強硬派のUCアーバイン校のピーター・ナバロ氏を起用すると公表しています。

かくして対ロ制裁で一枚岩であった筈のG7でしたが、いまやその求心力の所在が見えなくなってきており、G7崩壊の可能性すら感じさせる処です。尚、余談ながらプーチン大統領はトランプ氏への接近を始める一方、トランプ氏と対立色を深める中国とも市場として改めて秋波を送る状況にあり、中露関係の再生が進んできている処です。

こうした環境変化を踏まえ2017年以降の世界の様相を展望すると、米国が主役を務めることには変わりはないでしょうが、G7の連携体制は弱体化する中で、その役まわりと対応は大きく変わっていくことでしょう。とりわけ、America first を唱えるトランプ・アメリカは、選択の基準を‘国益’に置いて行動することが想定される処、具体的にはこれまで民主的とされてきた統合化を通じて世界秩序の確保を目指す多国間協議の枠組みを廃し、二国間協議を旨とするとしています。この姿勢の変更は、改めて‘国家’を意識させると同時に、国家の内向き姿勢をも高める処です。ひょっとして、北朝鮮問題など、これまで曲がりなりにも6か国協議の場を通じて討議されてきていますが、今後、米国が北朝鮮と直接交渉に向う可能性すら想定できる処ですが、こうした二国間で物事が決まっていくとなると、物事がどこで、どのように決まっていく事となるのか、見えなくなっていく事が極めて問題と思料するのです。

こうした環境にロシア・プーチン氏と中国の習近平氏が加わってくる事で、3トップが主導する世界へとその‘かたち’が変わっていくと見るのですが、トランプ氏の目指す米国第一主義と夫々の政策主張とのギャップを、いかに調整していけるか、そこではオイル、原発、金融、更には海洋開発問題等、実経済要素が絡んでくる事で、国家間の利害対立が鮮明となっていく事が想定され、世界は暫し迷走の体をなす処と思料するのです。とすれば2017年は、こうした迷走する世界の幕開けの年と、云えそうです。もとより、そこではこれまでのようなリニアーな発想だけでは御しきれない事態の進行を意味するというものです。

・日本の出番
さて、こうした環境変化の‘はざま’にあって世界第3位の経済力を擁する日本はどうすべきかが改めて問われる処です。日本はこれまで自由貿易、グローバル化を規範として成長し、今後ともその規範を以って進む運命にあります。それだけに常に世界の中の日本を自覚し、多角的な経済関係の維持に腐心、努力していく事が不可避となる処です。そして、この姿こそが迷走する世界にあって日本に出番を齎す処と思料するのです。それは、想定される新たな国際環境にあって、これまでの「戦後日本的」とされてきた常識が根底から覆る可能性があることをしっかり頭に置きながら、自身のあるべき姿を再定義していくこと、そしてアメリカとの同盟関係のありうべき方向を再確認し、また世界の中の日ロ関係、日中関係を再定義しつつ、よりinclusiveな展開を目指すべしと云うことです。
さて、安倍首相は、かかる環境変化をどのように受け止め、どのように日本を運営していこうとするのか、政権の長期化可能性が見えてきただけに、彼の行動には注目の集まる処です。


おわりに:安倍首相、ハワイ・アリゾナ記念館 慰霊訪問

さて、安倍首相は12月26~28日、ハワイを訪問。任期最後となるオバマ大統領と最後の首脳会談を行い、併せてアリゾナ記念館を共に訪れ、真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊する事となっています。勿論、現職の首相の真珠湾訪問は初めての事です。
既承の通り今年5月、伊勢志摩サミットを機会にオバマ氏が現職の米大統領として被爆地の一つ、広島を訪問していますが、日米首脳が太平洋戦争の象徴的な場所を訪れ合い、戦後、両国は強固な同盟を築いたと内外に訴えることになると、各種メデイアは、これで日米同盟関係は新たな段階を迎えるもの、と報じています。

さて次なる関心は安倍首相が現地で、どのようなメッセージを発するかです。彼は戦後70年の2015年春、米議会の上下両院合同会議で行った演説では、真珠湾に触れ「深い悔悟」を表明、戦死者には「とこしえの哀悼をささげる」とのべ、同時に日米和解を訴え、米側から一定の理解を得たと評されていましたが、今回もかかる分脈で日米の和解と世界平和と安定に貢献していく旨を語る事でしょう。

トランプ氏は大統領選挙戦のさなか、そのオバマ大統領の広島訪問について色々な角度から批判していましたが、その点では、今回の安倍首相の真珠湾訪問は、トランプ新政権をにらんだ動きでもあるとも云う事でしょう。ともあれ次期政権との関係を円滑に進めるうえからも、訪問は大事な意味を持つ処です。勿論、米国民にはなおまだわだかまりを抱く向きはあります。が、今次の相互訪問は真の友好を確認する良い機会と思料するのです。

ポピュリズムの旋風が世界的に巻き起る中、政治がうまく進まない事を外国のせいにする風潮が目立ってきている、こうした時期に、かつての悲惨な戦いを多くの人が思い起こし、なぜそうした事態に至ってしまったのか、振り返る事は有意義なことと思料するので す。そして日本がその発信源となれれば、国際政治への大きな貢献にもなるものと思いを強くする処です。

さて、2016年は、世界に大きな変化を齎した年でした。来る2017年が、前述、‘迷走する世界の幕開け’ともされる中、新たな可能性を齎す年であらんことを祈念し、読者の皆さんと共に良き新年を迎えたいと思います。 以上。

Merry Christmas and A Happy New Year !
posted by 林川眞善 at 09:17| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年11月27日

2016年12月号  2016年、米国の選択、そして日本の可能性 - 林川眞善

はじめに:不動産王トランプ氏を大統領に選択した米国

11月8日、アメリカは自ら「保護貿易主義者」と自認してやまない人物、トランプ氏を次期第
45代大統領に選択しました。その瞬間、astonishing victory (J.Stiglitz )の声が上がるほどに、
世界は何が起こったのかと、その驚きに包まれてしまいました。なにせ全米のメデイアの事前の
予想全てが間違いだったということで、なぜ?と、まさにトランプ・ショックが走ったというも
のでした。元々泡沫候補とみなされていたそんな人物が超大国アメリカのトップに就くことに
なり、一体、世界は?日本は?どうなるのかと、我々にとっては全く未知の人物であっただけに、
疑心暗鬼が駆け巡り、今なお大きく不安の余震の続く処です。

ではトランプ氏とは一体どういった人物なのか。メデイアによると彼は1946年、NY生れの
ビジネスマン。父から不動産を引き継ぎカジノやホテル、ゴルフ場などの経営に参画、マンハッ
タンの5番街などに豪華なビルを持ち「不動産王」と呼ばれ、自ら出演するTV番組で更に知名
度を上げてきたとされる仁です。もとより政治経験はなし。その彼が一体どういった政治を行な
おうとしているのか。
選挙中の彼の発言を拾ってみると、米国にとって益することのないことは見直すとか、米国は予
測不能な国にならねばならないとか、まさにビジネスライクに政治をやろうとしているようで
すが、ビジネスならともかく、世界一の超大国のアメリカが、その意図をかくして相手を出し抜
くことに注力することにでもなれば国際秩序は動揺することになります。「米国はビジネスのよ
うに運営されるべき時に来た」というのですが、そう単純なことではないはずです。そう言った
問題意識を引きずって進むのでしょうか。とりわけ、同盟国への影響は気になる処です。

例えば、現下の同盟関係について、米国はいつまでも警察官ではいられない。コスト&パフオー
マンスの視点に立って見直すとし、「現行米・加・メキシコ間のNAFTA協定は米国のジョッ
ブを奪ってきており、従ってこれを廃棄ないし見直す。また TPP加盟は大統領就任時、撤退
を発動する」と云い、「中国やメキシコには高い関税をかける」とか、「メキシコからの不法入国
を規制するためメキシコとの国境に壁を建てる。その建設費はメキシコに持たせる」とか、更に
は「移民は強制退去」だとか、「イスラム教徒の入国を当面禁止、不法移民は強制退去」だとか、
発言しています。勿論、これら発言は自由貿易反対、グローバル化反対に繋がる処であり、人種
差別に繋がる危険な発言である事、云うを俟ちません。時に女性蔑視の発言もいとわない暴言
王とも言われる等で、その言葉には否定形の話はあっても、前向きな、将来を感じさせるものな
ど見当たりません。

それでも彼は「アメリカを再び偉大な国にする」と叫んでいます。この6月英国がEUからの離
脱を選択した際、離脱派が叫んだのも「英国を再び偉大な国にする」でした。戦後一貫して民
主主義、自由主義の価値観を頂き、自由貿易、グローバル化を規範として発展を遂げてきたアン
グロサクソンの両国が、そろって逆流に身を置くとは何か歴史の皮肉すら感じさせられる処で
す。ではそうしたトランプ氏を米国は何故、大統領に選択したのか、そして「再び偉大な国にす
る」とはどう云う事なのか、極めて気がかりと映る処です。

・‘白い革命’―トランプ氏を大統領に押し上げた国民の怒り
今次の大統領選挙戦のプロセスは、まさにアメリカという国の‘社会の変質’を浮き堀りとする、
ものだったと云えます。そして、トランプ氏の大統領選の勝利は、その変質を巧みに取り込んで
いった結果と云うものです。この数年、経営者と労働者との格差が余りにも開きすぎてきた現実、それも金融を緩和しても労働者の賃金は上がらず、あらゆる政策がウオール街の一部の金持ちに集まってきたという現実、そして、その結果として進む経済格差拡大に日頃、強い不満をいだく中・低所得層の怒りに応える如くに、それは自由貿易の拡大、グローバル化の進行がなせる業として、それら政策行動に反対を訴える、つまり「すべての根源は自由貿易にあり」と訴えることで、彼らの気持ちを取り込んでいったと云うものです。

今回のこうした予想外のトランプ氏の勝利を一部メデイアは「白い革命」と表現しています。要
は 移民の増加や格差の拡大に憤る白人の中低所得層が既存の政治家にNOを突きつけ、しがら
みのないビジネスマンに変革を委ねたという事として、そう呼ぶそうです。尤も、現在の米経済
は移民労働者あっての構造となっており、つまり米国は人口増加の4割以上を移民に依存して
おり、移民規制は、人口増加率の低下を齎し、経済の活力を失うことになるはずで、人種差別問
題はともかく、本当にそうしたことが可能なのでしょうか。因みに、米国の全人口に占める白人
の比率は1965年の84%から、2015年には62%まで低下し、2050年ごろには50%を割り
込む見通しなのですが。

前述の通りTPPも、NAFTAも、といった自由貿易の枠組みを否定し、更には中国と貿易
戦争を始めるとまで発言するなど、わかりやすい議論を繰り返す事で有権者の共感を得、アメリ
カン・ポピュ リュズムを生み、それが彼への支持に転じ反自由貿易、反グローバル化の流れを
醸成、まさにトランプ現象と評される状況を生み出してきたというものです。そうしたプロセス
の中で米国の有権者は、もはやインテリとかウオール街とかメデイアとか権力側にいる人の話
を信用しなくなったという事で、それを行動で示した結果がトランプ大統領の誕生でした。

言い換えれば、‘Change’ と叫んで登場してきた民主党のオバマ大統領、彼の8年間、米経済のマクロ指標は相応の改善を辿り、経済の建て直しに成功したと映る処ですが、1960年代を底に上昇しているジニ係数(所得再配分の不平等さを示す指標)はと云えばこの間、悪化しているのです。つまりは経済格差の拡大を意味するというものですが、これに不満を強め、それが有権者の怒りとなってポピュリズムを生み、色々理屈のある処ですが、従って有権者にしてみればエスタブリッシュメントでなければ誰でもよかった、偶々アウトサイダーのトランプ氏がいたという事で、怒った市民がとにかく彼を大統領に押し上げたというものです。まさに、ポピュリズムのなせる業としてトランプ氏の勝利があり、その勝利は米社会の亀裂を映す処ともいえ、それは、これまでの経済成長の規範とされてきた民主的、リベラルな理念、新自由主義に終止符が打たれたというもので、あえて言えば半革命の様相を呈する処です。

・アメリカニズムの危険
そうしたトランプ氏が次期大統領に決まったのが11月9日。ベルリンの壁が崩壊したちょうど丸27年後だったことは何とも皮肉というものでした。壁の崩壊は米国のリーダーシップが勝利した瞬間でした。そして楽観主義とリベラルで民主的な理念が世界中に広がる時代を招き入れたというものでした。それがトランプ氏の勝利で、その時代は決定的に終止符が打たれたというのですが、それだけに、彼が云うアメリカニズム、「米国第一主義」には、民主的手法で政権を勝ちとった、しかしその民主的手法で独裁者となり、国民の自由を奪い国家を破たんに追いやった、かつてのナチ政権の誕生を瞬時想起させ、聊かの懸念を隠せない処です。

因みに、11月10日付Financial Timesは` Trump and the dangers of America First ‘ と題して 米国第一主義の思考様式には、大いなる危険があると指摘しています。
「・・・中東での戦争に辟易し、国際貿易が国内経済に問題を引き起こしていると説得されているように見える国では、‘米国第一’ 政策に誘惑されるのは無理もない。米国には経済を支えるだけの巨大な国内市場があり、国の安全も大西洋、太平洋の二つの大海で守られている。だが、もし世界から身を引けば、米国はやがて、今より貧しくなり落ちぶれるだろう。そして1930年代と同じように、最後は米国自体の安全と繁栄も、国際貿易の崩壊と権威主義者の復活に脅かされる公算が大きい。・・こうしたことは全て将来にあり、推測の世界にある。現時点では、米国と世界は単純で気のめいる真実と直面している。米国大統領の座、かつてリンカーン、ルーズベルト、ケネデイといった偉人が占めた地位が薄っぺらなペテン師のものになってしまった。トランプ氏はmake America great again と約束したが、同氏の大統領就任は、terrible sign of national decadence and decline,つまり米国の大敗と衰退を暗示している」と。

然し、こうしたトランプ氏の勝利は、欧州先進諸国のポピュリストを勢いづかせています。来年
5月、総選挙を控えたフランスでは、最右翼のNational Front党首Le Pen女史は、早速に今回
の「トランプ氏の勝利は自由の勝利。我々も自由を阻むシステムを打ち壊そう」と気勢を挙げる
一方、彼女の周辺では「彼女の(大統領)可能性はトランプの勝利を受けて高まった」(FT Nov.11)
とする程です。そしてドイツでも、オーストリアでも同様な動きが報じられています。さらに、
この12月、イタリアではレイツイ首相が求める憲法改正に係る国民投票が予定されています
が、その支持は得られそうもなく、政権交代に追い込まれ、EU懐疑派のポピュリスト政党「五
つ星運動」が権力の座につく可能性が報じられる程の状況です。

かくして格差拡大の元凶として、グローバリゼーションがやり玉にあげられている処ですが、然し俯瞰的に世界を見ると、今次のトランプ・ショックで見えにくくなっていますが、注目される事としてあるのは、近時グローバル化の進行で途上国では所得格差の改善が進んできているという事情です。これについては後述しますが、要は、グローバル化は出遅れている地域が産業革命の時差を埋める大分岐の巻き返し(世銀報告)でもあるというものです。とすれば、いま世界は、先進国に顕著な「不平等化する社会」に対して「フラット化する世界」が並走する様相にあるというものですが、興味深い処です。

かかる世界のコンテクストにあって日本はどうあるべきなのか。そこで、トランプ政権が目指す政策、そして彼が行動の起点とする‘反グローバル化’の合理性についても改めて検証し、併せて日米関係に照らし、日本が目指すべきスタンスと課題について考察してみたいと思います。       
                           (2016/11/26)


                   目   次

1.トランプ次期政権の政策のかたちと、問題の所在  ------P.5
(1)トランプ氏「就任100日行動計画」の概要と問題の所在
・再びTPPからの脱退を明言したVTR演説
・ウオール街は再び?
(2)反グローバル化は正義なのか
‣米ステイグリッツ教授の示唆
― What America’s Economy Needs from Trump
・競争の減少が齎す経済格差 ―規制、そして寡占化

2.トランプ・ショクと日本の可能性 --------P.10
(1)トランプ氏の対日批判、日本の出番
(2)日本の安全保障対応
              
おわりに 2016年 世銀報告  ---------P.12
-グローバリゼーションの恩恵とinclusive capitalism

・世銀報告「Poverty and Shared Prosperity 2016」          
・inclusive capitalism

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1. トランプ次期政権の政策のかたちと、問題の所在

11月9日、トランプ氏は自らの支持者の前で行った勝利宣言で、選挙戦を通じて露わとなった「米国社会の分裂の傷を縫合し、共和党、民主党、独立系みんなが一丸となって前進する」ことを約す、とした上で経済運営について次の三点を謳ったのです。一つは「経済成長率を2倍にして、世界で最強の経済を構築する」事、二つは「高速道路、空港、病院等インフラを整備し何百万人の雇用機会を創る」、そして、三つ目に「米国の利益を一番に考えるが、海外諸国とは公正な関係を構築する事も世界に知らせたい」(日経11月10日)と。

さて、強烈な貿易保護主義や移民排斥にスポットが当たるトランプ氏ですが、実は10月末には「経済成長を加速させ、最強の経済をつる」と宣言し、大型減税と財政出動を以って景気浮揚のスタートダッシュを目指すとし、「政権移行100日で経済改革を一気に進める」と具体的なメニュー(下記、付表)をも示していたのです。しかし当時女性蔑視発言で激しく批判されたため、あまり注目されることがなかったというもので、上述勝利宣言は、その延長線上にある処です。従って、現時点では、その行動計画に沿って政策を遂行するものとして、その可能性について検証しておきたいと思います。― 尤も、その内容は変わり始めてはいるのですが。

(1) トランプ氏「就任100日行動計画」の概要と問題

まず、今後10年間の成長率を年平均3.5%に高め(現状2%)、最終的には現在の2倍の4%に引き上げると公約するものです。
そして、その為の景気刺激策として、中所得世帯への所得税大減税や相続税廃止、更には目玉として連邦法人税率を現行35%から15%への引き下げを打ち出しています。この税制改革案は1980年代のレーガン政権を模したものと見られます。そのレーガン政権は1981年に5年で7500億ドル規模の大型減税を決めています。この結果は、財政赤字のGDP比は2.5%から2年で5.9%まで拡大し、長期金利も10%台に上昇、ドル高が加速し、それがプラザ合意に繋がり日本のバブル景気とその崩壊を招いた経緯を持つものです。 

ただ、今次の狙いはアップルやグーグルなど高税率を嫌う米大企業が節税のため海外に資金を逃避させるのを防ぐためと言われています。既に海外にため込んだ2兆ドルもの資金も米国に還流させることを狙っているとされ、この為、海外資金を米国に戻す際の税率は15%ではなく10%と更に引き下げるとしています。

更に、高速道路、橋、トンネル建設等、インフラ投資の拡大で数百万人の雇用を作るといい、大統領選では10年間で1兆ドルというインフラ投資案も提示していますが、これはニューデイール政策を想起させる処です。これら全てが実現を見るなどは難しいことと思われますが、景気を浮揚させるモーメンタムとなる事は間違いなく、因みに11月22日,午前のNY株式市場は続伸して始まり、ダウ平均は一時初めて節目の1万9000ドル台に乗せています。

問題は前述巨額減税と同様、財源です。トランプ氏は「歳入中立で実現する」と主張しており、民間資金を取り込む考えです。インフラ投資の費用を税控除することで民間から資金を集め事業から得た収益を配当などで還元すると演説した由ですが、彼の目論見通りに巨額の民間資金が集まるものか、ですが、その点では彼の税財政案は未だ構想段階と云うものでしょうか。

・再びTPPからの脱退を明言したVTR演説
尚、11月21日、彼はVTR演説を行い(彼は既存メデイアを敵視する一方、SNS支持者に直接メッセージを伝えるスタイルをとるとされているようです)、改めて「米国第一」を訴え、雇用や産業を取り戻すため、貿易については、TPPは米国に壊滅を齎す可能性がありとして、TPPからの脱退を明言、代わりに公平な2国間貿易協定を目指すと発言するものでした。

然し、2国間だけで輸出入のバランスを図る、或いは輸入を抑制すれば国内の雇用が回復すると考えているようですが、これは大きな間違いと言わざるを得ません。
つまり、現下の世界経済では、サプライチェーンは国境を超えて構築されてきており、従って、輸入の制限はコスト高となり、かえって米産業の競争力をそぐことになるのです。何よりも、多国間での自由貿易協定(FTA)はいまや世界の自由貿易を推進する重要なエンジンとされていますが、ここにきて米国が消極的になれば、米国自身が自由化の波に取り残されるという事になるはずですし、結果国民は窮地に追い込まれる事にもなるでしょう。これは歴史が証明する処です。仮にアメリカで一人維持できる産業があるとすれば、それは軍事産業だけというものです。

またエネルギー問題では、雇用創出の妨げとなっている規制を撤廃するとしています。然し、そもそも「ウオール街 寄り」と見られるこうした政策が、同氏の中核的支持層とされる低所得の白人層に支持されるとは考えにくいというものです。
尚、規制緩和でいま最大の注目点は、2008年のリーマン危機後、金融危機再発を防ぐ為、導入された巨大銀行への監督強化を定めた「ドット・フランク法(金融規制改革法)、2010」の行方です。トランプ氏は、この法律で経済成長は鈍化したとして「撤廃」を示唆しており、この点、金融規制の方向が大きな関心事となってきています。因みに11月17日、米議会で証言に立ったイエレンイエレンFRB議長は「同法は金融危機の防止に重要だ」としてトランプ氏に反論、併せて、トランプ氏が目指す巨額減税やインフラ投資についても、米経済は完全雇用に近い水準にあり、大規模な需要喚起策が必要なわけではない、と財政支出拡大にも異論をなす処となっていますが、さて、税財政改革をどう現実策に落としこむか、彼の政権運営の試金石となろうかと、云えそうです。


   [付表]:トランプ氏の「就任100日行動計画」の主な内容
 (日経11月11日)
〇就任初日に実行:
・NFTAの再交渉、もしくは脱退表明
・TPPからの撤退表明
・中国を為替操作国に認定するよう指示
・不公平貿易の洗い出しを支持
・シェールオイルや天然ガスなどエネルギー規制の緩和
・国連の温暖化対策への資金拠出取りやめ

〇就任100日で立法措置
・4%成長に向け、連邦法人税率を35%から15%に引き下げる
・企業の海外移転阻止のための税制改革
・民間投資減税拡大と、今後10年で1兆ドルのインフラ投資
・オバマケアの廃止
・メキシコの資金負担で両国国境に壁を建設


・ウオール街は再び ?
処でウオール街と云えば、Financial Times Nov.18, は`Wall Street looks like a winner under
Trump’と題してトランプ政権でニューヨークは今より魅力的な金融センターになりそうだと、
非常に興味深い記事を伝えています。勿論、トランプ氏のウオール街を意識した政策などは未だ
見当たりませんし、ウオール街も彼を無視しているという状況です。然し、その可能性を4つの
要因を挙げて次のように伝えるのです。

まずその一つは、英国のEU離脱による不確実性です。いま水面下では、離脱の際は少なくと
も一部機能を移転させようと準備しているというのです。そして、インフラや人材の集積、柔軟
な労働基準などの点で、金融幹部らは、他の欧州の都市よりは、米国がより良いと考えていると
いうのです。英中銀のカンリフ副総裁は先月の上院で、「ロンドンに代わる金融都市の機能が欧
州に出てくるとは思えない」と発言したというものです。次に、規制と政治環境を挙げています。
つまり、ロンドンが規制緩和でニューヨークからビジネスを奪っていった話は過去の話。リーマ
ン・ショック以降、正しい判断だが英国当局は銀行税導入などの改革を行った。米国でもドッド・
フランク法の施行で規制強化が行われたが、銀行バッシングは後退しており、トランプ氏は同法
の撤廃にとどまらず、ウオール街の人材の登用を検討しているという事です。
もう一つは、米銀財務の健全性を挙げるのです。この数年、バランスシートの整備や資本増が進み、欧州は後塵を排しており、世界では米国勢が勢いを増しているというのです。そして最後にトランプ氏の予想されるリフレ政策で、成長が続きそうな米経済、がその要因とするものです。

勿論、トランプ政権で米国に社会不安が生まれ、また地政学的な不安定性が増したりすればそうはならないでしょうし、トランプ氏は借金ブームをつくり、破たんするかもしれないが、というのですが、極めて興味深い指摘です。何せ、今経済で重要なことは「アニマル・スピリッツ」だと言われていますが、これが今、頭を擡げウオール街を活気付けようとしていることだと指摘する、実に興味深い観察です。

以上、税制や経済政策だけ見れば米保守派、共和党伝統のビジネス重視と云えるもので、有権者との「契約」として100日で実現を目指すとするものですが、「強力な米経済」は保護主義と表裏一体である点で、その具体的推移は注目される処です。というのもそれが行き着くところは世界貿易の停滞に繋がり米国経済も傷を負う恐れがあるという事です。但し、そうした世界経済の先行きや全体像を彼自身、未だ語ることはありません。

さて、トランプ氏と共和党が本気で孤立主義に走れるか、ですが、もしそうであれば日米の通貨、通商摩擦が一気に噴き出す事態も否定できない処です。勿論、成長とビジネス重視からはそんな状況は避けられるという事でしょうか。彼自身もまだ進むべき道が分かっていないと云うのが現実ではと思うのです。

(2) 反グローバル化は正義なのか

処で、トランプ氏は前述通り「米国が直面するすべての問題の根源は、貿易の自由化と移民にある」と主張し、従って自由貿易の枠組みの多くについて廃棄ないし見直しを主張してきいます。勿論、それは反グローバル化であり、孤立主義に通じるものですが、さて、そうした彼の言動が正義と云えるものか、極めて違和感を禁じ得ません。というのも本来は、生産性の問題であり、従って国内経済のシステムとの関係で語られるべき問題のはずですが、彼の論理の中には、その部分が見えてこない事にありました。

・米ステイグリッツ教授の示唆
その点米ノーベル賞経済学者のJ. Stiglitz氏 も、そうした彼の言動について同様な趣旨を以って次のようにコメントしていましたが、それは筆者の疑問に応えてくれるものでした。

つまり、米製造業は、貿易が自由化されなくても空洞化が進んでいたと云うのです。そして、世界中で製造業による雇用は減少傾向にあるが、これは生産性の向上が需要の拡大を上回って進んでいるためだというのです。
更に、貿易協定についても、交渉が合意に至らなかったケースはあるが、これ等は交渉相手国の事情と云うよりも、米国が貿易交渉を進める際、ISDS条項(注)を導入するなど企業の利益確保を優先してきた為で、実際米国企業は貿易交渉の成果により利益を上げてきている。問題は企業が得た利益が自由貿易協定で不利益を被った米国民にもいく、云うならばトリクルダウンを誘導するような手立てがあるはずなのに、それを妨げて来たのは共和党だ、とも云うのです。
(注)Investor-state dispute settlement :投資先国の政策変更で企業が不利
益を被った場合、その政府を訴えることができるという条項

要は、本質的問題は生産性の低下であり、所得再分配政策の欠落にあったとするものです。が、同時に政治家が、全ての人たちの繁栄を約束するものとして掲げた貿易の自由化や金融の自由化などの改革は、結果的にはなんの成果も齎す事がなかった事で、一般市民は、「既成の政治家たちは事態をよく理解していないか、嘘をついていたかだ。」と結論付け、その結果がトランプ氏の選出となったと分析していました。
そこで、同氏は過去40年間、多くの経済政策に適応してきた新自由主義的な市場に任せる事
が得策としてきた理論はまちがっていたと断じ、この際は 一般市民に利益が確実に及ぶように、経済のルールを改めて書き換える必要があるとし、包摂的な枠組みを擁し、提言しているのです。尚、ここでは、参考まで当該項目(注)のみ紹介しておきたいと思います。

(注)J. Stiglitz 教授の変革への提言  
    ― What America’s Economy Needs from Trump , Nov.13 ( Project Syndicate )
〇投資促進、特にインフラ及び基礎研究を進め、長期的繁栄を確保すること。(驚くべきは基礎研究
への投資額のGDP比が半世紀前よりも低位にある事と指摘する)
〇炭素税への三つ対応:「二酸化炭素排出規制問題」,「環境浄化」、そして「環境金融」
〇所得分配の改善への包括的アプローチ:最低賃金の引き上げ、強力な労使交渉権の導入、交渉
能力の強化、CEO報酬の抑制。
〇市場の集中化を生む規制の見直し
〇米国の逆進税制の見直し―キャピタルゲインに対する税制の見直し。
〇この他、(トランプ氏が触れることのない)教育の機会均等。公的学校の整備は不可欠と。

・規制と寡占化が齎す経済格差
尚、こうした経済格差形成の姿を行政的視点からみても、一義的にグローバル化の所為とは言い切れない処と思料されるのです。例えば、知的財産権を巡る規制が、製薬業界に薬価を引き上げる決定力をより強める一方で、企業が市場での支配力を強めれば、それは事実上、賃実質賃金の引き下げにつながってきたというものです。つまりは格差の拡大であり、いまこのことが大半の先進国の特徴となっている処です。

また、多くの産業で整理統合が進み、一部産業では寡占化が進み、その結果企業の市場での支配力が強まる一方で、競争環境が後退し、結果、経済が停滞し実質賃金は低下することになるというものです。加えて、緊縮財政によって多くの中間層、低所得者の労働者が頼りにしている公的支援の予算が削減され、これらが相まっての結果が格差問題となるのです。つまり経済格差拡大の本質問題は競争を制限している規制の存在がある事、そして、こうした労働者の経済的基盤が不安定化してしている処に移民問題が加わり、事態は更に悪化したと、思料する処です。本来であれば、こうした切口をもって具体的な対応策を提示すべきを、それを欠いていることで、彼の論理は、その正義を失っているものと思料するのです。つまり、トランプ氏のロジックは正義とはなりえないという事です。

以上を総括して、米経済について言えることは、産業力としての生産性の向上、もう一つは経済の合理的な競争環境の整備、という事に尽きるのではと思料するのです。


2.トランプ・ショックと日本の可能性

・トランプ氏の対日批判
周知の通り、トランプ氏は「アメリカ第一主義」を掲げる一方で、米国に不利な結果を齎してきている国際協定や取り決めなどについては、見直すか、撤廃するか、その可能性を指摘しています。まさにトランプ・ショックです。そうした文脈において、日本については為替の「円安誘導」を批判する一方、日本が成長戦略の柱として、これまで米国と共に進めてきたTPPについても、前述の通り、米雇用を奪う日本企業から守る為、としてTPPからの離脱を明言しています。 更には日米安全保障条約に絡んでは、日本のただ乗りを批判し,在日米軍の駐留経費の負担増を求めるなど、しています。 云うまでもなくこれら指摘は現状認識を欠くものであり、今後とも彼には事実認識と理解を求めていく事が必要と思料します。一方、アメリカが安全保障問題、同盟関係についても内向きになっていく事となれば、まさにGゼロ時代の深耕とも云え、日本としては、こうした新たな国際環境を受け、これまでの政策の見直しと、合理的な政策の再構築が不可避となる処です。もとより、これが言うなればアメリカ頼りの政策姿勢からの脱皮を図る絶好の機会であり、同時に世界の中の日本の在り方を考え直す機会とも映る処です。

(1)いま日本の出番

まず上述、円安誘導批判ですが、安倍政権の政策が円安誘導するものではないとしても、金融緩和による円安に経済財政再生の多くを託してきたのは事実であり、それがオバマ政権の理解を得て成功してきたとも評されている処です。然し、次期政権ではそれが通用しないことが想定されており、とすれば過去4年近きに亘るアベノミクという経済政策の出直しが迫られることになる処、これを機会に改めて日本経済の現実と論理を再検証し、新たなコンセプトを以って世界にも受容される政策の再構築を目指すべきというものです。

次に、貿易(注)についてですが、日本としては、貿易の自由化促進こそが成長戦略の柱として米国と一緒になってTPPを進めてきており、日本では先の国会衆院で承認されています。

(注)2015年、日本の輸出入先トップ5:(カッコ内シェアー)財務省統計
    輸出先:米国(20.1%)、中国(17.5%)、韓国(7.0%)、台湾(5.9%)、香港(5.6%)
    輸入先:中国(24.8%)、米国(10.3%)、豪州(5.4%)、韓国(4.1%)、サウジ(3.9%)

そのTPPについては、先に触れたように、トランプ氏は大統領就任時、TPPから撤退する旨を明言しており、更に「米国に仕事と産業を取り戻す公平な2国間の通商交渉」を目指すともしています。要は2国間交渉を通じて自国に有利な条件を引き出すとの考えの由です。

実は、11月19日、ペルーで行われたAPEC総会にあわせて行われたTPP参加国首脳会議では、米国を含む12か国がひとまずTPP存続へ協調する方針を確認したものの、21日のトランプ発言で多国間協定となるTPPの命運は決定的との状況にあります。これの意味するこことは貿易の自由化の後退ですが、中国に対抗する主軸となるはずだったTPPの行き詰まりは、外交や安全保障体制にも大きな影響を及ぼす処となったというものです。 もちろん、TPP
のほかに日中韓やインドが交渉するRCEP(東アジア地域包括経済連携)もあり、又米国抜きでのTPP再編成も残された選択肢ですが、いずれも難航の状況を呈しています。

然し、そうした環境こそは日本の出番と映ります。つまり、日本は自由貿易を生業とし、FTA,多国間貿易の上に立って成長してきました。従って2国間でのバランを規範とするとなると極めて不都合になる処ですが、こうした行動様式は結果として世界経済の縮小にもつながる処と考えます。とりわけ資源国とのバランス問題はその典型です。であれば、この際は経済安保の視点をも含め、日本が主導し、自由貿易圏づくりに動くことを目指すべきではと思料するのです。もとより世界的にも意義ある処と思料するのです。云うまでもなく、自由主義に立ったシステムとしての「円経済圏」の創造です。トランプ・ショックを奇貨とした、いま日本の出番がそこにあるというものです。

(2)日本の安全保障対応

次に問われるのが、新たな国際環境の下での安全保障問題でしょう。トランプ次期大統領は日本をフリー・ライダーだと批判しています。云うまでもなくそれは誤解で、在日米駐留軍経費の約75%は日本が負担しているのです。これはドイツの30%を上回る十分な負担です。
[(注)日本の防衛予算5兆円の内、在日米軍関係費は約1割]
然し、内向きを強める米国としては、日本の防衛への関与を減らそうとするでしょうし、従い更なる経費負担増を求めてくることが予想される処です。そうなると現行日米安保体制、つまり軍事的側面については米国が、経済的側面では日本がと、役割分担で進んできた日米間の条約関係をどう考えていくかが問われることになるのでしょうが、日本としてはあくまでも経済力をベースとした安全保障体制を日米同盟の中でいかに合理性を与えていけるかが改めて問われる処と思料するのです。

結論を先に言えば、日米同盟は依然ベストと思料するものです。つまり、日本の政治環境からすれば、直線的に日本の国防強化、軍事力強化を問う話にはなりえません。但し、日本としては自由で開かれたルールに基づいた国際秩序の維持が最優先事項となる処ですから、台頭する中国とどう向き合うかという問題も含めていくとき、依然日米同盟はベストな選択と思料するのです。そこで問題は、であれば何故、米国が必要なのか、改めてきちんと考える事が必須となる処です。同時に日本として能動的にアクションが取れる体制を整えていく事も必要と思料するのですが、云うまでもなく、これらは日本としての外交の在り方を再定義していくというものです。

予て対米従属からの脱却をと、叫ばれて久しい処ですが、日本自身のビジョンが全く議論されることがなかったことで、相変わらず「米国はどうなる」と云った、つまりは受け身の対応に終始してきた姿がありました。が、内向き指向のトランプ政権の誕生を奇貨として、この際は、日本として自律的な外交を、そして、その為にも、これまでの発想にとらわれることなく未来を見据えた経済再生戦略を以って持続可能な経済としていく事、を改めて目指すこととすべきと思料するのです。そして、今、それが必要となってきた、そうした環境にあると思料するのです。


おわりに 2016年 世銀報告
―グローバリゼーションの恩恵とinclusive capitalism

・世銀報告:「Poverty and Shared Prosperity 2016」(貧困と繁栄の共有)
前述来のとおり、先進国での経済格差拡大、不平等の進行が語られいま自由貿易に背を向け、反グローバル化に向かっている処ですが、折りしも世銀が10月2日付で公表した「貧困と繁栄の共有」にかかる年次報告書(Taking on Inequality)は、そうした通説を覆す内容となっています。
それは「2013年、1日1.9ドル未満で生活する最貧困層の数は約8億人。これは2012年に比べ約1億人減少したことになる。グローバル経済の動きが鈍い中、各国が貧困を削減し、繁栄の共有を促進したことは注目に値する。これは世界全体で見た格差は1990年以降、一貫して減少していることになる。・・・2030年までに極度の貧困撲滅の世銀目標に向かってやるべきことは明らか」と云うものです。

つまり、グローバル経済が相応の成長を果してきた結果、途上国で見られたこれまでの経済格差
が狭まってきたと指摘するものです。そしてグローバル経済の成長を再び加速させ、格差解消をと、その連携強化を通じて包摂的な成長をと、世銀キム総裁は世界に呼びかけるのでした。

・Inclusive capitalism
実は、本レポートの精神と同じ軌道にあるのが今年9月、中国で開催されたG20サミット会合
でした。そこでは、中国習近平主席が議長となり、4つの「I」(Innovative, Invigorated,
Interconnected, Inclusive)をテーマに、会議を主導し「Inclusive Growth (包摂的な成長)」と
いう考え方を初めて打ち出され、成長の果実をどう分配するかについての議論を始め、G20首
脳宣言では、政策協調の強化を図ることとし‘強固で持続可能な均衡ある包摂的な成長
(Inclusive growth) の達成’ を目指すと謳い上げたのです。そして、11月20日、Limaで開催の
APEC首脳会では、安倍首相は、保護主義に対して初めて包摂的成長という言葉を擁し「包摂的
な成長をもたらすような経済政策で乗り超えるべき」と主張しています。(日経11月21日、夕)

そこには先進国と途上国との間に協調機運の高まりがあり、世界経済の生業が構造的に変わり
だした事を示唆する処です。偶々、11月16日、NHK 国際放送TV 、NHK WORLD の番組
Direct talk ‘Steering the World Economy’に出演したOECDのAngel Gurria事務総長も再び
inclusive growth を展開し世界経済の新しい発展を目指すべきと主張するのです。

一方、10月号弊論考で紹介したようにビジネス・セクターでも現下の市場経済がもたらしているズレを正し、経済活動の成果が広く浸透していくような資本主義、曰く、Inclusive capitalism(包摂的資本主義) の推進を目指す活動が3年前に英国で始まり、この10月にはNYで3回目の会合が持たれ、大きなうねりとなってきています。上述経緯に照らすときInclusive capitalismが、ポスト・モダンの資本主義と映る処です。
筆者畏友の言を借りるとすればInclusive capitalism とは、‘資本対労働’あるいは‘国家対市場’という視点で捉えるのではなく、全員参加で考える経済行動と言え、それは格差問題で云えば、税制改革、教育等公共政策の拡充など政府の介入も必要でしょうが、それだけではダメで、それ以外に個々人の、社会の、effortsでできることがあると示唆するというものです。さて、inclusive capitalism のコンセプトを如何に実践に移していけるか、今後の展開の如何ですが、期待される処です。

さて、本稿冒頭でも触れたようにいま世界は「フラット化する世界」と先進国に見る「不平等化する社会」が並走する状況にある処ですが、この際、強調しておきたいことは、とにかく経済を外に向けて開けば、閉じた時より機会が増え、しかも多様な機会が生まれるという事です。
そして、機会が多いほど人々の暮らしはよくなるという事なのです。・・・・・・・・・・・
No country is an island ! なのです。
以上
posted by 林川眞善 at 13:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする