目 次
はじめに 今、新たな安全保障環境
・外交の季節入りを演じた日本の5月
・北欧2カ国のNATO加盟申請
第 1 章 QUADに映る‘新たな地政学的環境’
1.日米主導で動き出すQuad
(1)Quadの歩み
(2)Quad首脳会議とメンバー国の抱える安保事情
2.米主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)と、日本の役割
第 2 章 欧州の新安全保障体制
1.北欧3カ国の新安保政策
(1)スエーデンとフィンランドのNATO加盟申請
(2)デンマークはEUの安全保障政策に参加
・注目の6月末NATO首脳会議
2.When and how might the fighting end?
おわりに 「経済先進国」再建の決意
・岸田政権、初の「骨太方針」
・「経済先進国」再建の決意を
〆
はじめに 今、新たな安全保障環境
戦後、日本は米国の同盟国として、国防コストを抑え、その一方で経済はグローバル化の
波に乗ることで世界の経済大国へと成長してきました。つまり、資源小国日本の生きる道は、
いずれの国とも重大な敵対関係を作らず、お互いがお互いを必要とする関係を築くことに
ありとして、以ってこれが国是ともしながら歩んできた結果が、今日の日本の姿とされてき
ました。
が、今年、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、これまでのそう
した思考様式の通じない世界へと変貌させ、その姿は中ロの専制主義国家VS民主主義の
西側諸国との対立構図として、その深化の進む処です。その変化は日本にとり、経済成長の
前提とされてきた諸条件が覆され、今後日本はいかに生きていく事となるのか、問われ出す
処です。筆者はこの点、この‘論考’を通じて日本の外交力の強化を訴え、その外交力を擁し
て持続的発展を目指すべきを訴えてきましたが、はたせるかなこの5月、日本を巡って慌し
く展開を見せた一連の外交対応に、その可能性を感じさせられる処でした。
・ ‘外交の季節入り’を演じた日本の5月
具体的には、5月5日のロンドン・シテイーでの講演を終えた岸田首相は、帰国後の23日、
東京でバイデン大統領を迎え日米首脳会談を行い併せて、同大統領が表明した「インド太平
洋経済枠組み(IPEF)」の発足に合わせたオンライン会議にも対応、翌24日には日米豪印
4カ国首脳とのQUAD (日米豪印戦略対話)首脳会議を仕切ると共に、来年議長国として
開催のG7サミットの広島開催を決定する処です。その事情は周知の処、広島は岸田氏の出
身地、そして世界で唯一の原爆被災地であり、世界平和への象徴とされる広島から世界に向
けた発信を目指さんとする処です。
云うまでもなく、それら国際会議に共通するテーマは「ロシアのウクライナ侵攻」であり、
「対中牽制」ですが、バイデン米政権の一連の対応を見ていくとき、これが2月発表した「イ
ンド太平洋戦略」に即した、米国のまさにAsian Pivotシナリオとなる処ですが、その戦略
の前提には各国との連携があって、それこそは米国の実状を映す処、同時にそのあり姿から
は、日本の出番を感じさせられ、とりわけ日米関係が今次Quad活動を通じて新しい時代を
迎えた様相が映る処です。因みに弊論考2022/3月号では、「かつては米国の処方箋とリー
ダーシップに頼ることもできた。しかしバイデン政権はコロナ対策にも、インフレ対策にも、
ロシアの抑止にも手こずっている。その点、日米欧が共に緊張緩和の道を探るべきは重要な
責務」と記す処でした。
尚、同じ趣旨をもって、4月28日には就任直後のドイツ、ショルツ首相が訪日、5月11日
にはフィンラド首相のマリン氏が、12日にはEUのミッシェル大統領と欧州委員長のフ
ォンデアライエン氏ら、欧州首脳の訪日がありで、勿論、岸田氏もこの間、欧州各国を訪問、
各国首脳との会談を持ち、彼らとの共同声明を発表する処、これら一連の外交日程は岸田氏
が年初、標榜した「新時代のリアリズム外交」(注)の具現化とも映る処です。
(注)「新しい時代のリアリズム外交」:岸田首相は今年1月召集された通常国会の所信表
明演説で外交に関して打ち出した概念。言葉の説明として、「自由、民主主義、人権、法
の支配と云った普遍的価値や原則の重視」、「気候変動問題等、地球規模課題への積極的取
り組み」、「国民の命と暮らしを断固とし守り抜く取り組み」という三つの柱を挙げる処。
・北欧2カ国のNATO加盟申請
もう一つ、ロシアによるウクライナ侵攻でこれまで中立を国是ともしてきた北欧のフィンランドとスエーデンの2カ国が、5月18日、米欧の軍事同盟たるNATOへの加盟を申請、 更にはデンマークのEU安全保障政策への参加もありで、その結果、欧州安保体制の一変を必至とする処、日本の安保政策にも相応の影響を齎す処、具体的には、台湾を絡めた対中政策の在り様がこれまで以上に問われることになってきたと云う事です。
かかる環境にあって日本では5月11日、衆院で「経済安保推進法」が可決・成立したのです。もとより当該推進法は、ウクライナ侵攻、中国の覇権主義的行動を受け、産業や技術を国家戦略として守る重要性が高まってきたことを映す処です。そして5月31日には、先に紹介した「新資本主義」の実行計画案とされる「骨太の方針」が公表され、6月7日には閣議決定されましたが、ここにきて一気に内外環境の構造的変化が進む中、それへの対抗が求められる処です。 尤も、そこに列挙される一連の施策は実現への突破力に欠け、財源の確保や抜本的な制度改革も不透明にあって、未だ項目の羅列と云った感は拭えません。因みに、日経論説委員長の藤井章夫氏が6月8日付同紙で「言葉遊びより改革断行を」と指摘する処、当該実践の推移に注目していきたいと思う処です。
そこで本稿では、ウクライナ侵攻で世界の安全保障環境が急速に変化する中、今次東京で
開かれたQUAD、日米豪印4カ国首脳会議を取り上げ、参加各国が映すnational interestと
協調課題をレビューし、更にQUADとの協調を旨とした米主導の「インド太平洋経済枠組
み(IPEF)」を取り挙げ,そこに映る米国の対アジア安保戦略、当該関係4カ国に映る安保事
情の現実、そして、それに向き合う日本の対応について考察する事としたいと思います。
偶々手にした近着The Economist誌 (5/28 ~ 6/3)はウクライナ戦争をどう終わらせようと
しているのか、最新の状況を伝える処、併せて報告しておきたいと思います。
第1章 QUADに映る ‘新たな地政学的環境’
1 日米主導で動き出すQuad (Quadrilateral Security Dialogue)
(1) Quadの歩み
先月の弊論考でreferしたように、イエーレン米財務長官はロシアのウクライナ侵攻に照らし、国連の現体制は「時代遅れ」であり、戦略的改革が不可避としていましたが、それは東西間の勢力の移り変わりを巡る指摘と理解する処でした。それだけに5月24日、東京で開かれた日米豪印4カ国の首脳によるQUAD会議の重要性が浮き彫りされる処でした。
QUADは、民主主義などの価値観を共有する4カ国(に比米豪印)が、夫々連携を強めることで、インド太平洋地域で存在感を高める中国の行動を抑えることを狙いとする場とするのです。トランプ前政権では中国に対抗していくためにはと、4カ国外相会議としてスタートさせたのですが、バイデン政権は中国のアジアにおける行動に危機感を強め、これを首脳レベルに格上げしたのです。つまり、Quadは同盟というよりは、中国の台頭など地政学的な変化によって芽生えたパートナーシップに近いものと理解される処、Quadが目指すものとしては「サプライチェーンの強化」に加え、「自由かつ開かれたインド太平洋地域」に向けた全般的な取り組みが挙げられる処です。
実際、今次Quad首脳会議で纏められた共同声明 (注)では、中国を念頭に海上警備の体制強化の方針を記す一方、経済に力点を置いてきた協力分野を安全保障に広げています。
(注)共同声明の要旨(日経、5/25)
・平和と安定 / ・新型コロナウイルス感染症 / ・インフラ / ・気候
・重要・新興技術 /・宇宙 / 海洋状況把握及び人道支援・災害救援 / ・結語
そもそも2004年のスマトラ沖地震と津波に被害の現地支援を機に、日米豪印4カ国の主導で立ち上げられた支援体制で、10年以上に亘って足ふみが続いていましたが、2018年に支援活動を再開、ただ中国の王毅外相は「海の泡」と消えるだろうとも指摘する処でしたが、こうした中国政府の敵対的な態度は、むしろ4カ国の結束を強めたと云うものです。
2019年に初の外相レベルの会合が開かれていますが2021年、バイデン大統領は就任後、中国が覇権主義的動きを強めていることもあって、この枠組みを重視、格上げをし、4首脳によるサミット会議とする処、昨年3月にはon lineでの首脳会議が行われ、その半年後には対面での会談が行われ、対面での会議としては今回が2回目となるものでした。
(2)Quad首脳会議とメンバー国が抱える安保事情
今次会議では、ロシアによるウクライナ侵攻に加え、インド太平洋地域で覇権主義的な行動を強める中国とどう対峙していくかが重要な議題でしたが、その要旨は共同声明に記されたように、南シナ海や東シナ海での国際法順守を求め、軍事拠点化、海上保安機関や民兵の危険な使用への反対、が明記され、中国に照準を合わせる姿勢を色濃くする処でした。
ただ、対中ロの具体像となると以下各国の事情を映し、まだまだ見えにくいと云った処です。
・[米国の事情] 今次のQuad会議では、バイデン氏は「米国はインド太平洋地域における強力で安定した永続的なパートナーでありたい」と表明、「民主主義と権威主義の戦い」とも発言、要は、インド太平洋地域との関係再構築を目指すこととし、以って中国とロシアに対抗する姿勢を明確にする処(日経5/25)、それこそは米国のアジア戦略、Asian pivot、への回帰を示唆する処です。そもそも米国のアジアに対する安保戦略は、基地を構える同盟国の日本や韓国など2国間の枠組みに軸足を置くものです。が、2021年誕生のバイデン政権は多国間の協力を通じて中国抑止を目指さんとする処にあって、同年、バイデン氏はオンラインでQuad首脳協議を開催、同時に英豪との軍事枠組み「AUKUS(オーカス)」を創設、これとの両輪で中国に対抗する多国間の枠組みを目指すとする処です。ただ、アジアでの安保体制構築は未だ手探り状況と見られる処、そのポイントはインドにありとされる処です。
・[インドの事情] ロシアによるウクライナへの軍事進攻は世界の安全保障環境を大きく変える処、ロシアと密接な防衛協力関係にあるインドの姿勢に相応の影響を与えたとされる処です。つまり、インドは、過去5年間、全兵器の約半分をロシアから調達してきており、その点ではインドのロシアへの防衛面での過度の依存の引き下げは喫緊の課題となっているのですが、メデイアによれば、ロシアを強く非難したバイデン氏に対して、モデイ氏は明確な非難は避けたと伝えられる処です。 加えて、中国と共にインドはロシア原油の調達を増やしてきており、これが欧米の輸入禁止で買い手の減少でロシア産原油は国際価格より大幅安くなってきている点では調達の経済的メリットの拡大となる処、中印の買い支えでロシアはエネルギー輸出による歳入を確保する状況にあって、欧米の制裁の実効性が薄れていると報じられる処です。(日経6/8) 勿論、ウクライナ侵攻をきっかけにインドとしてはこれまでの対ロ方針の変更は避けられぬ事と自覚する処ですが、ただ軍備面での問題も有之で、板挟みの状況とも伝わる処です。 ・・・ であれば、中国をけん制するために同盟のような枠組みにインドを引き込もうとしても、彼らは中国を安保上の脅威と見做すことがあっても、同盟に頼らない立場を誇ってきた国柄に照らすとき、この際はインドを同盟国とする事より、パートナーとしての可能性を大切に、対応すべきではと思料する処です。
・[豪州の事情] 豪州からは5月23日の政権交代で、首相に就いたアルバニージー首相は「豪州にとってQuadは 絶対的な優先事項」(日経5/23)として初参加。今後、実績作りに協調姿勢で臨むものと見る処です。因みに、太平洋諸国に外交攻勢をかける中国に対抗し、発足まもない豪州新政権はその巻き返しを図る処、ウオン豪外相は、就任10日あまりで地域の3カ国を訪問。5月23日には日本のQuad首脳会議にも出席、6月に入ってからはほぼ立て続けにサモア、トンガを訪問、その背景には太平洋地域で中国が外交攻勢を強めていることへの危機感があると報じられる処です。「地域の安全保障は太平洋島しょう国全体の問題であり、そこには豪州も含まれる」と、ウオン外相は、中国が進める地域の安保協力強化の合意阻止に向けた意欲をにじませる処です。(日経6/4) 序で乍ら、中国の王毅外相も5月26日のソロモン諸島を皮切りにサモア、トンガ等、7つの「島しょ国」を訪問、いずれもウオン外相の先を行く処、太平洋を巡る中豪の唾競り合いが激しさを増す処です。
・[日本の事情] さて日本ですが米国との同盟関係を強固にしながら、Quadをキー・ステーションとして、多角的な連携による成長の可能性を体感しうる様相にあって、今、日本の再生シナリオが描けそうではと思料する処です。
因みに、Financial Times前編集長のライオネル・パーバー氏は、上記事情をレビューし、現状を、自信を深めるインド、インド太平洋地域との関係を深めたい米国、実績を作りたい豪州首相、そして「自己主張を始めた日本」と分析し、Quadの前進が東京から加速する兆し十分にありと総括する処です。
2.米主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)と日本の役割
Quadと並行してバイデン氏は5月23日、米主導の新経済圏構想 「インド太平洋経済枠組み( IPEF)」の始動を表明。日米と韓国、インド等計13国を創設メンバーとし、中国に対抗してサプライチェーンの再構築やデジタル貿易のルール作りなどで連携すると云うものです。同日、発表式典では「米国はインド太平洋に深く関与している。21世紀の競争に共に勝つことができる」と語る処です。(日経 5/24)
IPEFの協議分野は「貿易」、「供給網」、「インフラ・脱炭素」、「税・脱炭素」の4つ、そして分野ごとに参加国が変わることになるというのです。ただ、バイデン政権はIPEFに関税交渉を含めず、従って議会の承認は不要としており、その分、参加国にとっては米市場の開放と云う魅力に欠けるとの指摘のある処ですが、米国がこの地域に経済的に関与する姿勢を示した事は評価されるべきで、IPEFを介した米国の関与はルール重視の経済秩序を補強し、中国流国家資本主義の広がりに歯止めをかける点で、歓迎されるべきと思料する処です。
とりわけ米国抜きで発足した11カ国によるTPPに未加盟のインド、韓国、インドネシアが参加を表明したことは意義深いと云うものです。上述したように貿易自由化を伴わない枠組みに批判も多い処ですが、米国内では製造業の衰退と経済格差の広がりでグローバル化への不満が高まり、市場開放を約束できる状況にはないのも現実です。その点で、まずはIPEFを地域経済の安定と発展に役立てるのが現実的とも言え、この点で、日本の役割が俄然指摘される処です。つまり、IPEFは米中の覇権争いと自由貿易への逆風という制約下で生み出された苦肉の策と云われています。言い換えれば、有益な枠組みに育てる余地があると云うものです。今後IPEFの中身をつめる中で、中国と周辺国の分業体制について米国と連携し、過度な分断を防ぐよう努めるべきで、まさに日本の出番ではと思料する処です。
第2章 欧州の新安全保障体制
1. 北欧3カ国の新安保政策
5月18日、フィンランドとスウエーデンの北欧2カ国は、伝統的な軍事的中立政策を放棄し、米欧の軍事同盟であるNATOへの加盟を申請したのです。それが意味することは、長年守ってきたバランス外交への決別です。そして、同じタイミングで北欧のデンマークが、同国はEU加盟国ですが、これまで域内共通の安保・防衛政策に加わることはなかったのですが、6月1日行われた国民投票結果は、域内共通の「安保・防衛政策」への参加然るべしとなり、7月1日からEUの安保政策に参加の予定です。
(1) スエーデンとフィンランドのNATO加盟申請、
まず、スエーデンのアンデション首相は、5月16日の記者会見で、200年の中立政策に終止符を打つ考えを語るところでした。スエーデンはナポレオン戦争で多くの命と領土を失ったのを機に中立政策を志向。戦争に主体的に関与せず、約200年に亘って中立を保ってきた国です。序で乍ら、平壌にあるスエーデン大使館は北朝鮮と国交のない米国などの利益代表をつとめるなど、中立や非同盟を同国の国是ともする処でした。
フィンランドも長年、軍事的中立政策を保ってきた国でした。その背景には、ロシアと約1300キロの国境と複雑な歴史があっての処、フィンランドは700年に及ぶスエーデン支配の後、約100年に亘るロシアの統治を受け、1917年にロシア革命に乗じて独立しましたが、
第2次世界大戦では旧ソ連の侵攻を受け、戦後は旧ソ連への刺激を避ける意味もあり、中立政策をとってきたと云うものです。
こうした事情を背する両国は、冷戦終結後、95年、共にEUに加盟を果たすものの、NATOへの加盟には反対の立場を続けてきたのです。がウクライナ侵攻で安全保障環境の急変に照らし、中立を以って安全を確保できる保障はなくなったとし、同時に行われた3月下旬の世論調査では6割弱が加盟支持を示した結果を踏まえ、中立政策を破棄、NATO加盟の申請を行うこととしたものです。 加盟が実現すれば、NATOが接するロシアとの境界線は現在の約2倍に達するのですが、NATOとロシアを隔てていた「緩衝地帯」がなくなることで、両陣営が直接対峙する構図が強まることになるのですが、北欧2カ国の加盟はNATOにとって軍事作戦上、極めて重要なポイントとされる処です。
つまり、バルト海に面する両国が加わればロシアの飛び地カリーニングラードを拠点とするロシアのバルト艦隊への圧力を強め得ることとなり、加えてロシア本土とカリーニングラード、ベラルーシに囲まれたバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の安全保障にも資することになると云うものです。ウクライナ侵攻で欧州の安全保障環境が揺らぐ中、冷戦後、東方への拡大を進めてきたNATOは、更に、北方にも拡大することになるというものです。 尚、NATO加盟にはNATO全加盟国の承認が必要とされる処、トルコのエルドアン大統領が、彼らはクルド人武装組織を支援しているとして、難色を示していることもありで、加盟実現までには多少の時間はかかりそうです。
一方,6月23日開かれた欧州理事会(EU首脳会議)では、ウクライナとモルドバを「EU加盟候補国」として認めることが合意されたのです。(Bloomberg報) ただこれで「NATO同様の安全保障」が約束されるものか、疑問は残るところです。
(2)デンマークはEU共通安全保障・防衛政策に参加
デンマークは北欧にあって、EU加盟国ですが、人口は約580万人。領内にはバルト海の要衝、ボーンホルム島もあり、1949年創設のNATOの原加盟国でもあるのです。 ただ、EU加盟国ながら、域内共通の安保・防衛政策に加わらなくてもよい適用除外権をもつ国でしたが、ウクライナ侵攻を機に、フレデリクセン首相が、この3月、当該権利の放棄の如何を問う国民投票を6月1日に実施していますが、その結果は、域内共通の「安保・防衛政策」への参加が支持され、当該民意を反映する形で7月1日からEUの安保政策議論に参加の見通しで、国内とEUの手続きが完了すれば軍事協力にも加わることになる筈です。
上記北欧諸国のNATO加盟申請、ウクライナとモルドバのEU準加盟国と、ロシアのウクライナ侵攻が齎した安全への意識を高めた結果ながら、NATOやEUを軸とした安保面での欧州統合が一段と深まると見る処です。
・注目の6月末NATO首脳会議
そのNATO首脳会議が6月29~30日、スペインのマドリッドで開かれます。その首脳会議には、非加盟の日本、韓国、豪州そしてニュージランドの首脳も招待されており(注)、彼らは東アジアとインド太平洋での中国を警戒する国々で、従って、民主主義陣営の結束を示す場となる処、「新・冷戦」の誕生で分断が深まる世界を象徴する場とも云えそうです。
更に、世界秩序が次の点で歴史的な転換点にある事を露わとする処とも思料するのです。
つまり、一つは、外交・安全保障の重心が、これまでの「対話」から「力の均衡」にシフトしていく見られる事、もう一つは、現代というこの時点で、国家同士の武力衝突が現実に起ったことで、各国は戦車や戦闘機などの戦争に再び備えることになったという事、でまさに「20世紀型戦争」の再燃と思料する処です。尚、NATO首脳会議の展開等、その行方については、別の機会に論じてみたいと思っています。
(注)岸田首相は上記NATO首脳会議に出席予定ですが、とすれば日本の首相として初
参加となるもので、日本がNATOに接近するのは台湾有事の可能性を意識したものとメ
デイアは評する処。2014年、当時の安倍首相はNATO本部で演説をし、日本とNATO
との協力計画に署名しているのです。
2.When and how might the fighting end?
ロシアの侵攻が始まって4カ月、時に「ウクライナ疲れ」といった言葉も走る処、早期停戦か、ロシアに報いを受けさせるか ―ウクライナでの戦争の終わらせ方を巡って西側が割れだしていると、5月28日付 The Economist誌は、「When and how might the fighting endo?」と題し、その状況を伝える処です。ウクライナ大統領、Zelensky氏は「 The war in Ukraine will be won on the battlefield but can end only through negotiations ( 戦争で勝利するには戦争で勝つしかないが、戦争を終えるには交渉を通じて実現するしかない)」と語るのですが、以下はその概要です。・・・
―「和平派」と「強硬派」に分かれた西側陣営の対応
3か月が経過し西側諸国は戦争の終わらせ方についてそれぞれの立場を明確にし始めたとしながら、当該西側の対応は、交渉を始めることを望む「和平派」、もう一つはロシアに多大の代償を迫る「強硬派」。の二つに分かれると云う。そして問題は「領土」。これまで占領された地域をロシアのものとするのか、2月24日の侵攻開始時点の境界線に戻すのか。それとも、国際的に認められた国境まで押し戻して、2014年に占拠された地域の回復を図るのか。要は戦争が長期化した場合の損害とリスク、メリットの有無についてだと云う。
まず和平派は行動に出始めているという。ドイツは停戦を呼びかけ、イタリアは政治的調停に向け4項目なる計画を提案し。フランスはロシアに「屈辱」を与えない形で和平合意を纏めることが必要という。これに反対しているのが、ポーランドとバルト3国、そして、その筆頭にあるのが英国。さて、ウクライナにとって最も重要な後ろ盾の米国は未だ立場を明確にしてないことが問題とも云う。米国はこれまでウクライナが強い交渉力を持てるようにと、140億ドル近くをつぎ込んできた。が、ウクライナが求める長距離ロケットシステムは提供していない。更に、米国の立場が曖昧な点はオーステイン米国防長官の発言が一層際立たせると。つまり、この4月、オーステイン長官はキーウ(キエフ)訪問後、西側ウクライナの「勝利」とロシアの「弱体化」に向けて支援すべきと強硬派の立場を支持していたが、3週間後のロシアのセルゲイ・ショイグ国防相との電話会談後は「即時停戦」を呼びかけ和平派に近寄る姿勢を見せたことを指摘する。
この他、元米国務長官のキッシンジャー氏が、ダボスで開催の世界経済フォーラム(WEF)の年次総会で、ロシアとウクライナの境界線を2月24日時点に戻すのが理想だとし、「それ以上を求めて戦争を続けると、ウクライナの自由の為の戦争ではなく、ロシア本国に対する新たな戦争となる」と断言し、ロシアには欧州パワーバランスの中で果たすべき重要な役割があり、この国を中国との「恒久的な同盟に押しやってはならない」と語ったと云う。
同じ、WEFではゼレンスキ―大統領は「欧州、そして世界全体は団結しなければならない。我が国の強さはあなた方の団結の強さなのだ」と語り、「ウクライナは領土をすべて取り戻すまで戦う」と決意を示す処。その一方で、ロシアが2月24日の線まで撤退すれば対話を始められるとも発言し、譲歩の余地をも残しているという。西側のウクライナへの姿勢がはっきりしないのは、戦況がはっきりしない点も関係しているとも、・・・。
― さて、戦争がいつ終わるか。総じてロシア次第と云え、ロシアは停戦を急いではいない。ただ、東部ドンバス地方全域を掌握する決意を固めているように見え、更に西部でも占領地域を拡大する意思を示す処と云う。そこで、キーウの政治評論家、ウオロデイミル・フェセンコ氏の以下の語りを引用して、締めるのです。つまり、「この状況が奇妙なのは、双方ともに、自分たちが勝てると今でも信じていることだ。本当に手詰まりになり、両国政府もそれを認めた時にのみ、停戦についての話し合いが実現する。だがその場合でさえ、一時的な和平にしかならないだろう」と。
要は、侵攻の長期化が十分想定される状況にあっては、まず「停戦する事」を合意、決定する事、そして、その決定に沿い具体的詰めを図っていく事しかないのではと愚考する処です。
おわりに 「経済先進国」再建の決意
・岸田政権、初の「骨太方針」
この6月7日、岸田政権は予ねての「新しい資本主義」の実行計画ともされる「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)を閣議決定しました。今次「骨太の方針」に盛られた政策事案こそは、「新しい資本主義」を創造していくものとし、岸田首相は「計画的で重点的な投資や規制改革を行い、成長と分配の好循環を実現していく」とし、その重点は「人への投資」にあって、3年間で4千億円を投じると強調する処です。
しかし、「骨太の方針」(「方針要旨」日経、6/8)、第2章「新しい資本主義にむけた改革」で挙げられている15の事案は、既存の延長線上にあるように映るメニューが多く、どこが‘新しいの? です。そして第3章の「内外の環境変化への対応」では「新たな国家安保戦略等の検討を加速し、防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と、聊か斯界の連中を喜ばせんばかりの文言の続く処、これが新資本主義より安保優先かと映る処です。勿論、目下の世界の安保環境に照らし、自然な政策対応かとは思料する処、これが国会周辺の議論として、国防費は現行の2倍増とする数字先行の姿は、いかがなものか、まず国防の質的検討が国民の前で行われるべきで、数字はその結果であるべきと思料するのです。
序で乍ら安保優先の政治と云えば、The Economist, May 28~June 3rdのコラム Banyanは ‘The Abe era‘と題し、日本の政界に依然大きな影響力を持つ超タカ派の実力者として安倍晋三氏を取りあげ、彼が「invasions are possible in the modern era」、現代の今でも武力侵攻は起こるものとした発言を捉え、プーチンとは27回の会談を持ちながら、何ら外連なく語る姿、台湾有事への防衛を公言し、更に米核兵器を支持する姿に、‘危険さ’を禁じ得ずとしていたのですが、実に頷ける処です。
・「経済先進国」再建の決意を
さて、今、急速に進む円安に日本は如何に向き合っていくかが大問題となっています。(6月22日, 対ドル円相場は136円台後半まで下落)今次の円安は1998年10月以来の円安水準という事ですが、当時は日本長銀が破綻し、金融危機下の日本売りが激しかった事情を映す処でした。現在、金融システムは強さを保ち、金融不安に根差す日本売りは見られません。円安の齎す効果にはマイナス面、プラス面と両方の効果があるのですが、そもそも今次の円安の根本的な問題は、円安を活かすための産業競争力が失われている点にあるのです。
つまり円安を招く構図、環境が急速に様変わりする中、産業競争力を底上げしてこなかったことにあって、問題の所在は周知の処です。日本経済は資源がなくても人材や最新鋭の工場が頼りと云われてきましたが、それはもはや昔話し。従って、企業の競争力や日本の成長力を高める実効的な具体策が打ち出せるかにある処、この際は、新しい資本主義の云々はともかく、目指すべきは「経済先進国」の再建であり、それを決意し、その為の行動を起こすことと思料するのです。
さて6月22日、第26回参院選が公示されました。岸田文雄政権の信任を問う選挙となるものです。以上 (2022/6/25)
2022年06月25日
2022年05月26日
2022年6月号 Bretton Woodsの体制再構築、そして新たな資本主義の創造を、唱導する二人の女性 - 林川眞善
目 次
はじめに 世界経済は今
(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
・米NYU Nouriel Roubini 氏の見立て
・IMF経済予測と世界の物価動向
(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性
第1章 世界経済の刷新に向けて
1. The New Bretton Woodsの構築を
・対ロ制裁と国際連携 / ・国際秩序再構築と世界平和
2.イエレン氏講演の反響
・ラナ・フォルーハー氏の指摘 / ・新自由主義の行方
第2章 「新しい資本主義」をつくる時代
1. ミッション・エコノミー
2. ロンドンで語った岸田氏の目指す「新しい資本主義」
(1)岸田氏が目指す「新しい資本主義」の「かたち」
(2)「公益重視企業」の育成、「貯蓄から投資へ」のシフト
おわりに 安倍晋三氏の使命とプーチン氏の学び
(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」
(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
・イタリア映画「ひまわり」
〆
はじめに 世界経済は今
(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
・米NYU、Nouriel Roubini氏の見立て
Roubini氏は論壇Project Syndicateへの4月25日付寄稿論考 ‘ The gathering stagflationary storm’ では、インフレの高まり、成長停滞を示唆する指標からは、先進国のみならず途上国も含めた全世界経済が、スタッグフレーションに向かいだした、まさにnew realityと向き合う状況になってきたとする処です。その最大の理由は、生産活動の停滞と拡大するコスト増を背景とした一連のsupply shocksにあって、もはや驚くことではないとするのです。
COVID-19のパンデミクが多くの分野でロックダウンを結果し、グローバルなサプライチェーンの崩壊を齎し同時に, labor supply,とりわけ米国での労働力不足が続く中、ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギー価格の高騰、金属原料 更には食糧や肥料の価格高騰も加わりインフレ効果が進む状況とするのです。そして今、中国、とりわけ上海では厳格なCOVID-19のロックダウンが実施され、それがサプライチェーンの崩壊、運輸網の混乱を齎して更なる混乱を招く処と云うのです。
尤も、そうした事態の発生があるなしに拘わらず経済の現実は、中期的に見ても暗く、インフレの高騰、低成長そして世界的なリセッションは避けられない、つまり、stagflationary な状況は続くと指摘するのです。そしてその現実として、グローバル化の後退と保護主義への回帰、人口の高齢化進行、移民受け入れの後退、そして米中のnew cold warの要因が加わってくると云うのです。更にclimate changeもstagflationary要因と見る処です。勿論、public healthも同様に、もう一つの要因とも云い、cyberwarfare, サイバー戦争も予見する処です。そして、そうした環境にあって始まったロシアのウクライナ侵攻は、Zero-sum great power politics への回帰を意味すると云うのです。 今日、ロシアはウクライナや西側と対峙しているが、それは核路線を走るイラン、そして北朝鮮、更に台湾を取り返すという中国、に向かう事になるだろうと云い、いずれのシナリオも米国との激しい対立を誘引することになると警鐘を鳴らす処です。全てはウクライナ戦争の推移の如何って処でしょうか。
・IMFの経済予測と、世界の物価動向
さてIMFが4月19日、公表した改定版 世界経済の見通しでは前回、1月の予測より0.8ポイント下げ、2022年の成長率は3.6%と見る処です。ロシアのウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げが経済を冷やす様相ですが、その物価上昇が日米欧で長引く兆候が出てきたことが今、最大の懸念材料となる処です。
具体的には、「予想インフレ」の上昇です。予想インフレ率とは、家計や企業、市場が予想する将来の物価上昇率で、将来の物価をどう想定しているかを示す指標ですが、日米欧の中銀では2 % の物価の上昇を目標とする処です。
それが今、米国では約8年ぶり、ユーロ圏では9年ぶりの高水準に達したことで世界経済の先行き不透明感は増す処です。(日経5/11) 米労働省が5月11日 発表した4月のCPIは前年同月非8.3%の上昇で1981年12月以来の高水準を記録、ユーロ圏でも20年3月の0.7%から4月下旬には2.4%までにも上昇してきています。ウクライナ侵攻による資源高でCPIが一段と押し上げられたことがその事情となる処です。そして、日本も、デフレマインドが定着したとされてきたものの、物価観は急速に変化を見せる処です。
・日本も物価高の長期化が懸念
5月16日、日銀が発表した4月の国内企業物価指数(企業間で取引するモノの価格動向。構成品目は744品目)は113.5と、前年同月比で10.0%の上昇です。前年の水準を上回るのは14カ月連続です。ウクライナ侵攻などの影響で石油・石炭製品などエネルギー関連を中心に幅広い品目で価格が上昇したことで、指数の水準としては60年の統計開始以降で最も高い水準との由。 こうした物価の上昇に拍車をかけるのが円安の動きで、いまや物価高騰が日本経済の中心課題となる処です。政府は5月17日、経済支援の為、2022年度第一次補正予算(追加予算、2.7兆円)を組み物価上昇によるnegative影響に対処する処ですが、ウクライナ戦争効果が表れてくるのがこの夏以降と見られているだけに、物価高騰の長期化への懸念が強まる処です。(一般予算歳出総額は110.3兆円)
5月18日、内閣府が発表した1~3月期GDPは年率換算で1.0%の減、2四半期ぶりのマイナス成長。これはオミクロン型新コロナ拡大で、‘蔓延防止重点措置’に負う個人消費の伸び悩みを強く映すと云うものでした。
(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性
日本を含む世界経済の実状は上記の次第で、「経済のグローバル化」の大前提も崩れんばかりと映る処、とりわけロシアのウクライナ侵攻は、これまで当然視されてきた国家間の相互依存も「経済の武器化」と、むしろ脅威と映る様相にあって、そんな状況からの脱出が喫緊の課題と、それへの取り組みをと唱導する二人の女性に斯界の関心の集まる処です。
その一人は、4月13日ワシントンで開かれたアトランテイック・カウンシル総会で、世界経済の今後について講演した米財務長官のジャネット・イエレン氏、そのタイトルは「Way forward for the global economy」。もう一人は,「ミッション・エコノミー( Mission Economy – A moonshot guide to changing capitalism)」の著者、英UCL教授のマリアナ・マッツカート氏。 日本では昨年12月、翻訳出版(ニューズピックス社)
前者はまさに国際秩序のあるべき方向を語り、世界統治の新たな枠組みの創造を訴える、まさにNew Bretton Woods創造を目指さんとするもの。後者は、危機に瀕したとされる資本主義を再定義するものと云え、要はこれからの経済社会に於ける行動様式を示唆するもので、「国×企業で,『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするものです。 尚、「新しい資本主義」と云えば岸田首相が就任時、日本経済の目指す姿として掲げたスローガン。偶々ロンドン滞在中の岸田氏は5月5日、ロンドン・シテイーで「new form of capitalism」と題して講演を行っています。そこで今次論考はこの二人の女性が語る世界観に、岸田スピーチをも併せ、今後の世界秩序、新しい資本主義に向ける経済行動について考察します。
第1章 世界経済の刷新に向けて
1. The New Bretton Woods の構築を
4月13日、イエレン米財務長官はワシントンで開かれたAtlantic Councilの総会で、ロシアによるウクライナ侵攻で揺らぐ世界経済の今後について, 講演を行い、プーチン・ロシアのウクライナ侵攻、そして対ロシア制裁に中国が協力しなかったことが世界経済の転換点となったこと、併せてドルを基軸通貨とする第2次世界大戦後の金融秩序を定着させたブレトンウッズ体制のような新たな国際秩序の枠組み作りを次期IMF & 世銀総会でそれらの改革を呼びかけたいと云うものでした。そこで財務省が準備したプレス・リリース [Secretary of the Treasury Janet Yellen on Way Forward for the Global Economy]を手元に置き、以下その内容をフォローしたいと思います。
・対ロ制裁と国際連携:今や国際環境となった国際連携による対ロ制裁の現状、そして将来的にも当該国際連携の重要性を強調し、ロシアのSWIFTからの排除、等一連の対ロ制裁に言及、併せて国際経済の規範となっているルールや価値観の優位を誇示し、こうした連携こそがロシア対抗の基本と強調。併せて、COVID-19から今なお回復途上にあって、ロシアの侵攻が齎している食料安全保障の問題に晒されている275百万人を抱える途上国への支援体制、food system確立のため国際社会と連携し、問題解決に向かっていくとするのです。
と同時に、戦争を「静観」する国々は近視眼的と批判する一方、中国に対してロシアとの「特別な関係」を利用して、停戦に向けてロシアを説得することを「fervently、切に望む」とし、併せて、「ロシアに対し断固として行動する必要があるとする我々の呼びかけに中国がどのように対応するかで、世界各国の中国に対する態度が影響を受ける」とも語るのです。
・国際秩序再構築と世界平和:そして改めて、ロシアのウクライナ侵攻がまさに劇的に国際秩序の混乱を招いており、従って、その秩序の再生と世界の平和と繁栄を確保していくためには先進国、途上国も併せ、同じ路線にたった秩序維持の必要を実感させるとし、同時に、色々なchallenge、試練等、グローバルに広がるリスクに照らし、既存の国際機関、IMF や World Bank等、国際金融機関のより一層の近代化を進め、21世紀に対応したものとしていく事の要を痛感していると云うのでした。そしてこれら挑戦に対峙していくためにも国際間の信頼と協調を高め、以ってglobal public goods (公共財)を確保していく事、そしてその為の前提として以下6項目の整備をと、主張するのでした。
・多国間貿易システムの現代化― friend-shoring of supply chainsの推進
・昨年来のglobal tax制度の整備 / ・IMFの金融危機の火消し役の役割の強化
・途上国の人々の生活の安定、確保のための戦略、政策資本の効率化
・エネルギーの確保政策、将来のクリーン・エネルギー確保に向けた開発・推進
・パンデミク対抗としてのglobal healthの確保
つまりはNew Bretton Woodsの構築を、とする処です。そして最後に、`We ought not wait for a new normal. We should begin to shape a better future today’ と、ルーズベルト大統領の言辞を引用して締めるのでした。
(注)連合軍のノルマンデイ上陸作戦時、ルーズベルトは以下の言葉を残したのです。
―It is fitting that even while the war for liberation is at its peak, (we) should gather
to take counsel with one another respecting the shape of future which we are to win.
2.イエレン氏講演の反響
イエレン氏講演を受けFinancial Times, April 18,は、同社コラムニスト、Rana Foroohar氏の ‘It’s time for a new Bretton Woods’と題したpositiveなコメントを載せる処です。
・ラナ・フオルーハー氏の指摘
まずイエレン氏の講演についてフォルーハー氏は以下2点を指摘するのです。まず、米国の通商政策は今後、単に市場の自由に任せる方針から脱却し、一定の原理原則を守る事を軸に据えることを示唆した事、そして、この原理原則には国家主権やルールに基づく秩序、安全保障、労働者の権利等が含まれるだけに、イエレン氏が米国は「自由かつ安全な貿易」を目指すべきと語ったことを評価し、併せて、いかなる国・地域も「重要な原材料や技術、製品について市場の優位を利用し、経済を混乱させるための力を持ったり、不必要に地政学的影響力を得たりする事は許されるべきでない」とした指摘についても評価するのです。
そして、イエレン氏が講演の中でreferした「friend-shoring (フレンドシヨアリング)」を、ポスト新自由主義時代を表すnew wordとして取り挙げ、今後、米政府は「世界経済のあり方について『一定の規範と価値観』を共有する『多数の信頼できる国・地域』にサプライチェーンを整備するフレンドシェアリングの姿勢を評価する処です。
つまり、自由貿易は各国・地域が共通した価値観の下に対等な立場で行動しなければ本当の意味で自由にならない事の反証とも云え、政治が深く絡んだ経済の現実を認めた事になる、と指摘するのです。
・新自由主義の行方
フォルーハー氏によると、「新自由主義」という言葉が最初に使われたのは1938年、パリで開かれたWalter Lippmann Colloquium (ウオルター・リップマン会議)(注)だと云うのですが、当時の新自由主義者らは世界の市場をつなげる事、つまり各国を超越した、一連の機関によって資本と貿易をつなぐ事ができれば世界は無秩序に陥りにくくなると考えられていた由で、その考え方は長い間機能してきたが、それは自国利益と世界経済とのバランスがあまりにもかけ離れることが無かったからだとするのでした。
(注)ウオルター・リップマン会議:1930年代、経済学者、社会学者、ジャーナリスト、
実業家らが集まり、世界の資本主義をフアシズムや社会主義から守る為の方策を議論
した場。当時の状況は、スペイン風邪パンデミック、インフレ、等、様々な意味で今のそれと一致するとされる処。
米国で変化が現れだしたのはクリントン政権(1993~2001)下の90年代末。それまで
米国は各国と相次いで自由貿易協定を結び、2001年には米国の主導による中国のWTO加盟に漕ぎつけて来たのでしたが、問題はその後の中国の行動です。つまり「中国は様々な面で国営企業に依存しており、新自由主義体制の恩恵を受けながらも、米国の安全保障上の利益を不当に損なうと思われる行為をしてきた」とのイエレン氏の指摘に注目する一方、多国間にわたるサプライチェーンは非常に効率的でビジネスコストの削減という意味では優れているが、そのレジリエンスの低さに触れながら以下、指摘するのです。
つまり、岐路に立つ今日の世界経済は、ブレトンウッズ体制を創り上げた新自由主義者らが直面していた状況と似ていなくはないが、その実態は現実的な問題への対処にあってのことで、その点、今次講演でイエレン氏は、自由民主主義にとって大切な価値観を出発点として国際機関の見直しを提言したことを高く評価するのでした。期待する処です。
第2章 「新しい資本主義」をつくる時代
Bretton Woodsの再設計が迫られる新環境にあって、その実践的あり方ともいえる経済の行動様式として、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと、英UCL(University College London)教授、マリアナ・マッツカート氏が標榜する、新たな行動様式に多くの関心が集まる処です。具体的には前述の通り、2021年12月、翻訳出版された「ミッション・エコノミー (Mission economy)」、 「国×企業で『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするもので、その概要は以下次第ですが、時に英国滞在中の岸田首相は5月5日、自らの経済政策についてロンドン・シテイーで講演を行っており。そのタイトルも「新しい資本主義」。そこで併せて報告したいと思います。
1. ミッション・エコノミー
マッツカート氏はまず、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと云うのです。
それは政策や企業活動は「公共の目的」を中核に据え、官民の関係も「ミッション指向」を土台とした「新しい協業」が求められるとする論理です。そして掲げるべき目的は、経済安全保障、デジタル社会の実現、脱炭素、人権等、多々ある処、そうした価値の同時実現を目指すことをミッションとして、新たな秩序を模索することと、云うのです。
そして今、企業に必要なのは、「官と協業する」視点だとするのです。経済安保のミッションは国家だけでなく企業も担い手だと云うもので、因みに法案が成立しても技術を狙った中国による買収への規制の不備や官民の情報共有の欠如等課題は多く、いずれも官民協業がカギとなると云うものです。言い換えれば、新しい資本主義を実現するにはこれまでにない政治主導の経済が必要だとして、その為の重要な柱として、以下7つを示すのです。
一つは、価値に対する新しい姿勢と、全員参加の価値創造のプロセス。二つは、市場と市場形成について、三つ目は、組織と組織変革について、四つ目は、金融と長期的な資金調達、五つ目は、分配とインクルーシブな成長。六つ目として官民協働とステークホルダーの価値、そして7つ目の柱は、参加と共創の仕組み、だとするのです。
更に、官民の新しい協業の在り方について、米「アポロ計画」(1961~72:全6回の有人月面着陸に成功)が「最高の教訓」だとし、アポロ・プロジェクトには6つの際立つた特徴があった、つまり、➀ 強いパーパス意識を背景としたビジョン、➁ リスクテイクとイノベーション、③ 柔軟で禍発な組織、④ 複雑の産業にまたがるコラボレーションと波及効果、➄ 長期視点と結果重視の予算編成、⑥ 官民ダイナミックな協業体制 、を挙げ、これらが拡大されて、そこから教訓を学ぶことができれば、これまでにない新しい課題解決型の政治経済の指針になるとするのです。
序で乍ら彼女は、当時米ライス大学でのケネデイ大統領の有名な演説について、それは夢のあるビジョンに留まることなく、そこにはパーパスが掲げられていたと指摘するのです。
そして、新しい国際環境を前にして、新しい資本主義の創造を目指せとするのですが、その為には政府を作り直すこと、そしてその際は新しい美観が必要と説く処ですが、かつてガルブレイスがThe New Industrial State(1967)で、公共デザインに美意識を持ち込む必要性を説いていたことを想起する処です。
尚、マッツカート氏はUCLの「イノベーション&パブリックパーパス研究所」を創立し、所長として指揮を執る仁ですが、欧州委員会の研究イノベーション総局の特別アドバイザーとして「EUにおけるミッション志向の研究とイノベーション」を執筆し、委員会のホライズン・プログラムの核にミッションを据えた立役者で、ウィアード誌が選ぶ「未来の資本主義を形作る25人」、果ては英国版GQ(Gentleman Quarterly) 誌が選ぶ「英国で最も影響力ある50人」の一人に選ばれるなど、経済学者としては極めて異例の注目を集める女性経済学者です。
2.ロンドンで語った岸田文雄首相の目指す「新しい資本主義」
5月5日、岸田首相は上述の通りロンドン・シテイーで、自らが掲げる経済政策「新しい資本主義」(「new form capitalism」 講演配布資料表記)について、講演を行っています。
講演は以下(注)の通り8つの文節から成るもので、冒頭、ウクライナ侵攻について経済制裁や人道支援を続けると述べたのち、新しい資本主義を巡る投資家らへの説明だったと報じられています。以下では日経新聞が掲載する講演要旨をもとに、「新しい資本主義」に焦点を絞り論じることとします。
(注)講演概要(日経5月6日)
・ウクライナ / ・投資家へのメッセージ/ ・新しい資本主義
・人への投資 (リスキリング力強化)/・科学技術とイノベーション投資
・グリーン、デジタルへの投資 /・強固なマクロ経済フレームワーク / ・結語
(1) 岸田氏の目指す「新しい資本主義」の「かたち」
彼が標榜する「新しい資本主義」とは、一言で言って「資本主義のバージョンアップ」だと表し、要は、より強く持続的な資本主義の創造のためには避けて通れない「現代的課題」、二つを取り上げ、それへの取り組みこそが「新しい資本主義」の「かたち」とする処です。
「課題」の一つは、格差の拡大、地球温暖化問題、歳問題など外部不経済への対応です。
グローバル資本主義はnegativeな面を抱えながらも成長を牽引し、人々を豊かにしてきたその功績は正当に評価されるべきと、する処です。もう一つは権威主義的国家からの挑戦だと指摘するのでした。具体的には、ルールを無視した不公正な活動などにより急激な経済成長を成しとげた権威主義的体制から激しい挑戦に晒されており、経済を持続可能で包括的なものとしていくためには自由と民主主義を守らなければならないと強調するのです。
そして、これまで経験した資本主義の変化について、「レセフェールから福祉国家への転換」、そして「福祉国家から新自由主義への転換」と、2度の転換を経験してきたが、そのたびに「市場か国家か」、「官か民か」と、揺れ動いてきた。そして今、目指す「新しい資本主義」は3度目の転換と位置付け、そこでは「市場も国家も」であり、「官も民も」だとするのでした。つまり、「官」はこれまで以上に民の力を最大限引き出すべく行動し、これまで「官」の領域とされてきた社会的課題への解決に「民」の力を大いに発揮してもらう、つまり社会的課題を成長のエンジへ転換していくとするのです。要は民間の投資を集め官民連携で社会課題を解決し力強い成長を目指すとするもので、具体的には「公益重視」の企業の育成、と併せ貯蓄から投資へのシフトを促すとするのです。
(2) 「公益重視型企業」の育成、「貯蓄から投資へのシフト」強化
今、米国では短期的な利益追求の経営に批判が集まる中、環境や貧困等、いわゆる社会の課題に取り組む企業を「公益重視型企業」として育てる方向にあり、そのための法整備が進む状況が伝えられる処、日本でも導入の動きが出てきたとされ、岸田スピーチはその流れを織り込んだものと云え、「公益重視型」企業の育成を目指すとしながら、短期利益偏重を見直すと強調するのでしたが、前出マッツカート女史に通じる処です。 加えて「貯蓄から投資へ」の流れを加速させることで、「資産所得倍増」を目指とする点ですが、これが成長より分配を重視する岸田政策への市場からの批判への対抗を意識してのことと思料するのですが、その点で、当該政策の肉付けを行い、実行貫徹すべきと思料する処です。
尚、「人への投資」の重要性に触れる中、「リスキリングの強化」を力説していました。リスキリングとは一般にデジタル人材への転身に必要なスキルを再教育で身に付けることを指す処です。そこで、これが企業の責任と位置づけ、それを政府が支援し、労組も協力するような姿が実現すれば、それこそは彼の云う「新しい資本主義」を体現する一つの姿になるのではと思料するのです。それだけに、これら対応推移は要注視とする処です。
序で乍ら11日、国会では「経済安保推進法」が成立を見ました。推進法が規定するのは、半導体など戦略物資を特定国に依存しないサプライチェーン作りの後押しです。同法の実施適用は、23年から段階的に施行予定の由。本件については別途の機会に触れたいと思いますが、ウクライナ侵攻で、経済と安保の変化のスピードを改めて実感させられる処です。
おわりに 安倍晋三氏の使命、プーチン氏の学び
4月12日付で安倍晋三氏がProject Syndicateに寄稿しているのを承知しました。題して ‘ US strategic Ambiguity Over Taiwan Must End ’(米国は台湾に係る「戦略的曖昧な政策」は改めるべき)です。以下はその概要です。
(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」
ロシアのウクライナ侵攻は、中台関係を巡る「危険」を今更ながらに想起させる処、その台湾を巡る状況は益々不安が高まる状況にあって、米国がこれまで堅持してきた台湾に対する政策姿勢、strategic ambiguityを見直すべきと主張するものでした。台湾には軍事同盟国はない。但し米国には「台湾が自衛に必要な武器の提供を約す」法律「台湾関係法、1979」があって、この法律は米国が台湾防衛を公言できない事態への代償と位置づけられてきたものでしたが、もはや、そうした姿勢は修正されてしかるべしとの主張です。
ウクライナ状況が台湾で起った場合、米国は武力介入するかどうか。米国は当該対応について明確にはしていません。中国も(現時点では)軍事対応に触れる様子もない。が、とりわけ米国が態度を明確にしない事が中国を軍事行動に向かわせないことに繋がっているとされてはいるが、これは中国の指導部が米国の軍事介入の可能性をどう思うか、中国次第と云え、要は、米国のこれまでのJanus-faced、つまり二正面政策について、今次ロシアのウクライナ侵攻が、米国にこれまでのアプローチの再考を促すと云うのです。
ロシアによる侵攻は単にウクライナに武力闘争を仕掛けたのみならず、ミサイルやシェル爆弾を以ってウクライナ政権の転覆をも図らとするもので、国連憲章や国際法に照らして、これが議論の余地はない。一方、中国の ‘台湾は自国の一部’ とする主張に対して日米共に中国の主張「part of its own country」にrespectを払うも、共に台湾とは公式の外交関係はなく、加えて台湾を独立国家とは認めていない国が大半。ウクライナとの違いは、中国が台湾侵攻の際は、中国国内での反政府活動への必要な措置を取る事とするだろうが、それは国際法上、違法とはなされないだろうとも云うのです。
ロシアがクリミアを併合した際、国際社会は最終的には黙認した。中国指導部は、これを先例として、世界は次第に容認していくと見、国家と云うよりは地域の問題として、服従させていく事になるのではと危惧するとしながら、ただこのpolicy of ambiguity (戦略的曖昧政策)は米国が大国としてあり続け、中国が米国の軍事力の後塵を拝する限りにおいて効果するだろうが、曖昧をもって対応できる状況はもはや終わったと云い、もはや台湾に対する米国の‘戦略的曖昧政策’はIndo-Pacific region にあっては、中国を勢いづかせる一方、台湾政府に不必要な不安を煽るだけで、環境の変わった今、米政府はこれを受け、「戦略的曖昧さ」を修正し、その旨、声明を出すべきと云うのでした。
つまり、今こそ米国の台湾に対す姿勢を明確にする時であり、そのことは台湾を中国からの侵攻から防衛することになる、The time has come for the US to make clear that it will defend Taiwan against any attempted Chinese invasion と主張するのです。(注)
(注)尚、米国務省HPで「米国と台湾の関係を巡る概要」から「台湾の独立を支持し
ない」、「台湾は中国の一部」との文言が消えた(5月5日ごろ)ことが判明。代って「台湾はインド太平洋のおける重要な米国のパートナー」との文言が加わった由。(日経5/12) 更に、5月23日、東京での日米首脳会談後の共同会見でバイデン氏は、台湾有事なら米国の軍事的関与は「Yes。これは我々の約束だ」と明言する処でした。
・安倍晋三氏の使命
処で、 2月24日に始まったプーチン主導のウクライナ侵攻で、市民を巻き込んだ凄惨な姿を目の当たりとするとき、安倍氏が停戦に向けひと肌脱ごうと動いてもよかったのではと、思うばかりでした。周知の通り彼自身、総理にあった7年余、プーチン大統領とは通算27回もの首脳会談を持ち、親ロシアを任じる処でした。しかし、日ロ関係改善の約束事は、何も実現を見る事のないままにあって、メデイアからは「プーチンに媚びる安倍晋三」とか、「安倍晋三氏はプーチンの真意をつかんだのか」との批判が向けられる処でした。勿論彼が出張ったからと云って、それでウクライナ戦争がどうなるものでもないでしょう。要は、プーチン氏とのpersonal contactを活かした行動を取ることで、日本に対する評価を高めうる処、それこそは親ロシアとされた安倍晋三氏の使命ではと思う処でした。
(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
そのプーチン大統領は5月9日、ウクライナ侵攻中のロシアで、対ドイツ戦勝記念日を祝う軍事パレードを前に、演説を行い、「NATO諸国が(ウクライナに)軍事施設をつくって最新兵器を供給し、危険が増していた」と主張。「やむをえない、適時で唯一の決定だった」と武力による侵攻を正当化するばかり。さて、21世紀の現代にあってそんな蛮行が、あっていいものかと思うばかりでしたが、思うに、77回のこの日に訴えるべきことは、途方もない戦争の悲惨さであり、二度と繰り返さないとの誓いであるはずです。とすればプーチン氏は歴史から何を学んだのか?と 思いは高ぶるばかりでした。
・イタリア映画「ひまわり」
序で乍ら先週、新宿の早朝映画鑑賞会で、イタリア映画「ひまわり」を見てきました。第2次大戦終結後のイタリアを舞台に、戦争で引き裂かれた男女の悲しみを描いた、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニが主演する50年前の作品です。
スクリーン一杯に広がるウクライナの「ひまわり」畑、それを覆うように流れるヘンリー・マンシーニーの哀愁溢れるメロデイーと、感傷的になる2時間。しかし「ひまわりの畑の下にはたくさんの兵士や農民が埋まっている」とのナレーションに、ウクライナ侵攻に見せるプーチンの異常さ、非情さとを重ねて思うとき、「戦争って何だろう」と思いは再びとなるのでした。「ひまわり」は、ウクライナの国花です。(2022/5/26)
はじめに 世界経済は今
(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
・米NYU Nouriel Roubini 氏の見立て
・IMF経済予測と世界の物価動向
(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性
第1章 世界経済の刷新に向けて
1. The New Bretton Woodsの構築を
・対ロ制裁と国際連携 / ・国際秩序再構築と世界平和
2.イエレン氏講演の反響
・ラナ・フォルーハー氏の指摘 / ・新自由主義の行方
第2章 「新しい資本主義」をつくる時代
1. ミッション・エコノミー
2. ロンドンで語った岸田氏の目指す「新しい資本主義」
(1)岸田氏が目指す「新しい資本主義」の「かたち」
(2)「公益重視企業」の育成、「貯蓄から投資へ」のシフト
おわりに 安倍晋三氏の使命とプーチン氏の学び
(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」
(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
・イタリア映画「ひまわり」
〆
はじめに 世界経済は今
(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
・米NYU、Nouriel Roubini氏の見立て
Roubini氏は論壇Project Syndicateへの4月25日付寄稿論考 ‘ The gathering stagflationary storm’ では、インフレの高まり、成長停滞を示唆する指標からは、先進国のみならず途上国も含めた全世界経済が、スタッグフレーションに向かいだした、まさにnew realityと向き合う状況になってきたとする処です。その最大の理由は、生産活動の停滞と拡大するコスト増を背景とした一連のsupply shocksにあって、もはや驚くことではないとするのです。
COVID-19のパンデミクが多くの分野でロックダウンを結果し、グローバルなサプライチェーンの崩壊を齎し同時に, labor supply,とりわけ米国での労働力不足が続く中、ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギー価格の高騰、金属原料 更には食糧や肥料の価格高騰も加わりインフレ効果が進む状況とするのです。そして今、中国、とりわけ上海では厳格なCOVID-19のロックダウンが実施され、それがサプライチェーンの崩壊、運輸網の混乱を齎して更なる混乱を招く処と云うのです。
尤も、そうした事態の発生があるなしに拘わらず経済の現実は、中期的に見ても暗く、インフレの高騰、低成長そして世界的なリセッションは避けられない、つまり、stagflationary な状況は続くと指摘するのです。そしてその現実として、グローバル化の後退と保護主義への回帰、人口の高齢化進行、移民受け入れの後退、そして米中のnew cold warの要因が加わってくると云うのです。更にclimate changeもstagflationary要因と見る処です。勿論、public healthも同様に、もう一つの要因とも云い、cyberwarfare, サイバー戦争も予見する処です。そして、そうした環境にあって始まったロシアのウクライナ侵攻は、Zero-sum great power politics への回帰を意味すると云うのです。 今日、ロシアはウクライナや西側と対峙しているが、それは核路線を走るイラン、そして北朝鮮、更に台湾を取り返すという中国、に向かう事になるだろうと云い、いずれのシナリオも米国との激しい対立を誘引することになると警鐘を鳴らす処です。全てはウクライナ戦争の推移の如何って処でしょうか。
・IMFの経済予測と、世界の物価動向
さてIMFが4月19日、公表した改定版 世界経済の見通しでは前回、1月の予測より0.8ポイント下げ、2022年の成長率は3.6%と見る処です。ロシアのウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げが経済を冷やす様相ですが、その物価上昇が日米欧で長引く兆候が出てきたことが今、最大の懸念材料となる処です。
具体的には、「予想インフレ」の上昇です。予想インフレ率とは、家計や企業、市場が予想する将来の物価上昇率で、将来の物価をどう想定しているかを示す指標ですが、日米欧の中銀では2 % の物価の上昇を目標とする処です。
それが今、米国では約8年ぶり、ユーロ圏では9年ぶりの高水準に達したことで世界経済の先行き不透明感は増す処です。(日経5/11) 米労働省が5月11日 発表した4月のCPIは前年同月非8.3%の上昇で1981年12月以来の高水準を記録、ユーロ圏でも20年3月の0.7%から4月下旬には2.4%までにも上昇してきています。ウクライナ侵攻による資源高でCPIが一段と押し上げられたことがその事情となる処です。そして、日本も、デフレマインドが定着したとされてきたものの、物価観は急速に変化を見せる処です。
・日本も物価高の長期化が懸念
5月16日、日銀が発表した4月の国内企業物価指数(企業間で取引するモノの価格動向。構成品目は744品目)は113.5と、前年同月比で10.0%の上昇です。前年の水準を上回るのは14カ月連続です。ウクライナ侵攻などの影響で石油・石炭製品などエネルギー関連を中心に幅広い品目で価格が上昇したことで、指数の水準としては60年の統計開始以降で最も高い水準との由。 こうした物価の上昇に拍車をかけるのが円安の動きで、いまや物価高騰が日本経済の中心課題となる処です。政府は5月17日、経済支援の為、2022年度第一次補正予算(追加予算、2.7兆円)を組み物価上昇によるnegative影響に対処する処ですが、ウクライナ戦争効果が表れてくるのがこの夏以降と見られているだけに、物価高騰の長期化への懸念が強まる処です。(一般予算歳出総額は110.3兆円)
5月18日、内閣府が発表した1~3月期GDPは年率換算で1.0%の減、2四半期ぶりのマイナス成長。これはオミクロン型新コロナ拡大で、‘蔓延防止重点措置’に負う個人消費の伸び悩みを強く映すと云うものでした。
(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性
日本を含む世界経済の実状は上記の次第で、「経済のグローバル化」の大前提も崩れんばかりと映る処、とりわけロシアのウクライナ侵攻は、これまで当然視されてきた国家間の相互依存も「経済の武器化」と、むしろ脅威と映る様相にあって、そんな状況からの脱出が喫緊の課題と、それへの取り組みをと唱導する二人の女性に斯界の関心の集まる処です。
その一人は、4月13日ワシントンで開かれたアトランテイック・カウンシル総会で、世界経済の今後について講演した米財務長官のジャネット・イエレン氏、そのタイトルは「Way forward for the global economy」。もう一人は,「ミッション・エコノミー( Mission Economy – A moonshot guide to changing capitalism)」の著者、英UCL教授のマリアナ・マッツカート氏。 日本では昨年12月、翻訳出版(ニューズピックス社)
前者はまさに国際秩序のあるべき方向を語り、世界統治の新たな枠組みの創造を訴える、まさにNew Bretton Woods創造を目指さんとするもの。後者は、危機に瀕したとされる資本主義を再定義するものと云え、要はこれからの経済社会に於ける行動様式を示唆するもので、「国×企業で,『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするものです。 尚、「新しい資本主義」と云えば岸田首相が就任時、日本経済の目指す姿として掲げたスローガン。偶々ロンドン滞在中の岸田氏は5月5日、ロンドン・シテイーで「new form of capitalism」と題して講演を行っています。そこで今次論考はこの二人の女性が語る世界観に、岸田スピーチをも併せ、今後の世界秩序、新しい資本主義に向ける経済行動について考察します。
第1章 世界経済の刷新に向けて
1. The New Bretton Woods の構築を
4月13日、イエレン米財務長官はワシントンで開かれたAtlantic Councilの総会で、ロシアによるウクライナ侵攻で揺らぐ世界経済の今後について, 講演を行い、プーチン・ロシアのウクライナ侵攻、そして対ロシア制裁に中国が協力しなかったことが世界経済の転換点となったこと、併せてドルを基軸通貨とする第2次世界大戦後の金融秩序を定着させたブレトンウッズ体制のような新たな国際秩序の枠組み作りを次期IMF & 世銀総会でそれらの改革を呼びかけたいと云うものでした。そこで財務省が準備したプレス・リリース [Secretary of the Treasury Janet Yellen on Way Forward for the Global Economy]を手元に置き、以下その内容をフォローしたいと思います。
・対ロ制裁と国際連携:今や国際環境となった国際連携による対ロ制裁の現状、そして将来的にも当該国際連携の重要性を強調し、ロシアのSWIFTからの排除、等一連の対ロ制裁に言及、併せて国際経済の規範となっているルールや価値観の優位を誇示し、こうした連携こそがロシア対抗の基本と強調。併せて、COVID-19から今なお回復途上にあって、ロシアの侵攻が齎している食料安全保障の問題に晒されている275百万人を抱える途上国への支援体制、food system確立のため国際社会と連携し、問題解決に向かっていくとするのです。
と同時に、戦争を「静観」する国々は近視眼的と批判する一方、中国に対してロシアとの「特別な関係」を利用して、停戦に向けてロシアを説得することを「fervently、切に望む」とし、併せて、「ロシアに対し断固として行動する必要があるとする我々の呼びかけに中国がどのように対応するかで、世界各国の中国に対する態度が影響を受ける」とも語るのです。
・国際秩序再構築と世界平和:そして改めて、ロシアのウクライナ侵攻がまさに劇的に国際秩序の混乱を招いており、従って、その秩序の再生と世界の平和と繁栄を確保していくためには先進国、途上国も併せ、同じ路線にたった秩序維持の必要を実感させるとし、同時に、色々なchallenge、試練等、グローバルに広がるリスクに照らし、既存の国際機関、IMF や World Bank等、国際金融機関のより一層の近代化を進め、21世紀に対応したものとしていく事の要を痛感していると云うのでした。そしてこれら挑戦に対峙していくためにも国際間の信頼と協調を高め、以ってglobal public goods (公共財)を確保していく事、そしてその為の前提として以下6項目の整備をと、主張するのでした。
・多国間貿易システムの現代化― friend-shoring of supply chainsの推進
・昨年来のglobal tax制度の整備 / ・IMFの金融危機の火消し役の役割の強化
・途上国の人々の生活の安定、確保のための戦略、政策資本の効率化
・エネルギーの確保政策、将来のクリーン・エネルギー確保に向けた開発・推進
・パンデミク対抗としてのglobal healthの確保
つまりはNew Bretton Woodsの構築を、とする処です。そして最後に、`We ought not wait for a new normal. We should begin to shape a better future today’ と、ルーズベルト大統領の言辞を引用して締めるのでした。
(注)連合軍のノルマンデイ上陸作戦時、ルーズベルトは以下の言葉を残したのです。
―It is fitting that even while the war for liberation is at its peak, (we) should gather
to take counsel with one another respecting the shape of future which we are to win.
2.イエレン氏講演の反響
イエレン氏講演を受けFinancial Times, April 18,は、同社コラムニスト、Rana Foroohar氏の ‘It’s time for a new Bretton Woods’と題したpositiveなコメントを載せる処です。
・ラナ・フオルーハー氏の指摘
まずイエレン氏の講演についてフォルーハー氏は以下2点を指摘するのです。まず、米国の通商政策は今後、単に市場の自由に任せる方針から脱却し、一定の原理原則を守る事を軸に据えることを示唆した事、そして、この原理原則には国家主権やルールに基づく秩序、安全保障、労働者の権利等が含まれるだけに、イエレン氏が米国は「自由かつ安全な貿易」を目指すべきと語ったことを評価し、併せて、いかなる国・地域も「重要な原材料や技術、製品について市場の優位を利用し、経済を混乱させるための力を持ったり、不必要に地政学的影響力を得たりする事は許されるべきでない」とした指摘についても評価するのです。
そして、イエレン氏が講演の中でreferした「friend-shoring (フレンドシヨアリング)」を、ポスト新自由主義時代を表すnew wordとして取り挙げ、今後、米政府は「世界経済のあり方について『一定の規範と価値観』を共有する『多数の信頼できる国・地域』にサプライチェーンを整備するフレンドシェアリングの姿勢を評価する処です。
つまり、自由貿易は各国・地域が共通した価値観の下に対等な立場で行動しなければ本当の意味で自由にならない事の反証とも云え、政治が深く絡んだ経済の現実を認めた事になる、と指摘するのです。
・新自由主義の行方
フォルーハー氏によると、「新自由主義」という言葉が最初に使われたのは1938年、パリで開かれたWalter Lippmann Colloquium (ウオルター・リップマン会議)(注)だと云うのですが、当時の新自由主義者らは世界の市場をつなげる事、つまり各国を超越した、一連の機関によって資本と貿易をつなぐ事ができれば世界は無秩序に陥りにくくなると考えられていた由で、その考え方は長い間機能してきたが、それは自国利益と世界経済とのバランスがあまりにもかけ離れることが無かったからだとするのでした。
(注)ウオルター・リップマン会議:1930年代、経済学者、社会学者、ジャーナリスト、
実業家らが集まり、世界の資本主義をフアシズムや社会主義から守る為の方策を議論
した場。当時の状況は、スペイン風邪パンデミック、インフレ、等、様々な意味で今のそれと一致するとされる処。
米国で変化が現れだしたのはクリントン政権(1993~2001)下の90年代末。それまで
米国は各国と相次いで自由貿易協定を結び、2001年には米国の主導による中国のWTO加盟に漕ぎつけて来たのでしたが、問題はその後の中国の行動です。つまり「中国は様々な面で国営企業に依存しており、新自由主義体制の恩恵を受けながらも、米国の安全保障上の利益を不当に損なうと思われる行為をしてきた」とのイエレン氏の指摘に注目する一方、多国間にわたるサプライチェーンは非常に効率的でビジネスコストの削減という意味では優れているが、そのレジリエンスの低さに触れながら以下、指摘するのです。
つまり、岐路に立つ今日の世界経済は、ブレトンウッズ体制を創り上げた新自由主義者らが直面していた状況と似ていなくはないが、その実態は現実的な問題への対処にあってのことで、その点、今次講演でイエレン氏は、自由民主主義にとって大切な価値観を出発点として国際機関の見直しを提言したことを高く評価するのでした。期待する処です。
第2章 「新しい資本主義」をつくる時代
Bretton Woodsの再設計が迫られる新環境にあって、その実践的あり方ともいえる経済の行動様式として、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと、英UCL(University College London)教授、マリアナ・マッツカート氏が標榜する、新たな行動様式に多くの関心が集まる処です。具体的には前述の通り、2021年12月、翻訳出版された「ミッション・エコノミー (Mission economy)」、 「国×企業で『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするもので、その概要は以下次第ですが、時に英国滞在中の岸田首相は5月5日、自らの経済政策についてロンドン・シテイーで講演を行っており。そのタイトルも「新しい資本主義」。そこで併せて報告したいと思います。
1. ミッション・エコノミー
マッツカート氏はまず、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと云うのです。
それは政策や企業活動は「公共の目的」を中核に据え、官民の関係も「ミッション指向」を土台とした「新しい協業」が求められるとする論理です。そして掲げるべき目的は、経済安全保障、デジタル社会の実現、脱炭素、人権等、多々ある処、そうした価値の同時実現を目指すことをミッションとして、新たな秩序を模索することと、云うのです。
そして今、企業に必要なのは、「官と協業する」視点だとするのです。経済安保のミッションは国家だけでなく企業も担い手だと云うもので、因みに法案が成立しても技術を狙った中国による買収への規制の不備や官民の情報共有の欠如等課題は多く、いずれも官民協業がカギとなると云うものです。言い換えれば、新しい資本主義を実現するにはこれまでにない政治主導の経済が必要だとして、その為の重要な柱として、以下7つを示すのです。
一つは、価値に対する新しい姿勢と、全員参加の価値創造のプロセス。二つは、市場と市場形成について、三つ目は、組織と組織変革について、四つ目は、金融と長期的な資金調達、五つ目は、分配とインクルーシブな成長。六つ目として官民協働とステークホルダーの価値、そして7つ目の柱は、参加と共創の仕組み、だとするのです。
更に、官民の新しい協業の在り方について、米「アポロ計画」(1961~72:全6回の有人月面着陸に成功)が「最高の教訓」だとし、アポロ・プロジェクトには6つの際立つた特徴があった、つまり、➀ 強いパーパス意識を背景としたビジョン、➁ リスクテイクとイノベーション、③ 柔軟で禍発な組織、④ 複雑の産業にまたがるコラボレーションと波及効果、➄ 長期視点と結果重視の予算編成、⑥ 官民ダイナミックな協業体制 、を挙げ、これらが拡大されて、そこから教訓を学ぶことができれば、これまでにない新しい課題解決型の政治経済の指針になるとするのです。
序で乍ら彼女は、当時米ライス大学でのケネデイ大統領の有名な演説について、それは夢のあるビジョンに留まることなく、そこにはパーパスが掲げられていたと指摘するのです。
そして、新しい国際環境を前にして、新しい資本主義の創造を目指せとするのですが、その為には政府を作り直すこと、そしてその際は新しい美観が必要と説く処ですが、かつてガルブレイスがThe New Industrial State(1967)で、公共デザインに美意識を持ち込む必要性を説いていたことを想起する処です。
尚、マッツカート氏はUCLの「イノベーション&パブリックパーパス研究所」を創立し、所長として指揮を執る仁ですが、欧州委員会の研究イノベーション総局の特別アドバイザーとして「EUにおけるミッション志向の研究とイノベーション」を執筆し、委員会のホライズン・プログラムの核にミッションを据えた立役者で、ウィアード誌が選ぶ「未来の資本主義を形作る25人」、果ては英国版GQ(Gentleman Quarterly) 誌が選ぶ「英国で最も影響力ある50人」の一人に選ばれるなど、経済学者としては極めて異例の注目を集める女性経済学者です。
2.ロンドンで語った岸田文雄首相の目指す「新しい資本主義」
5月5日、岸田首相は上述の通りロンドン・シテイーで、自らが掲げる経済政策「新しい資本主義」(「new form capitalism」 講演配布資料表記)について、講演を行っています。
講演は以下(注)の通り8つの文節から成るもので、冒頭、ウクライナ侵攻について経済制裁や人道支援を続けると述べたのち、新しい資本主義を巡る投資家らへの説明だったと報じられています。以下では日経新聞が掲載する講演要旨をもとに、「新しい資本主義」に焦点を絞り論じることとします。
(注)講演概要(日経5月6日)
・ウクライナ / ・投資家へのメッセージ/ ・新しい資本主義
・人への投資 (リスキリング力強化)/・科学技術とイノベーション投資
・グリーン、デジタルへの投資 /・強固なマクロ経済フレームワーク / ・結語
(1) 岸田氏の目指す「新しい資本主義」の「かたち」
彼が標榜する「新しい資本主義」とは、一言で言って「資本主義のバージョンアップ」だと表し、要は、より強く持続的な資本主義の創造のためには避けて通れない「現代的課題」、二つを取り上げ、それへの取り組みこそが「新しい資本主義」の「かたち」とする処です。
「課題」の一つは、格差の拡大、地球温暖化問題、歳問題など外部不経済への対応です。
グローバル資本主義はnegativeな面を抱えながらも成長を牽引し、人々を豊かにしてきたその功績は正当に評価されるべきと、する処です。もう一つは権威主義的国家からの挑戦だと指摘するのでした。具体的には、ルールを無視した不公正な活動などにより急激な経済成長を成しとげた権威主義的体制から激しい挑戦に晒されており、経済を持続可能で包括的なものとしていくためには自由と民主主義を守らなければならないと強調するのです。
そして、これまで経験した資本主義の変化について、「レセフェールから福祉国家への転換」、そして「福祉国家から新自由主義への転換」と、2度の転換を経験してきたが、そのたびに「市場か国家か」、「官か民か」と、揺れ動いてきた。そして今、目指す「新しい資本主義」は3度目の転換と位置付け、そこでは「市場も国家も」であり、「官も民も」だとするのでした。つまり、「官」はこれまで以上に民の力を最大限引き出すべく行動し、これまで「官」の領域とされてきた社会的課題への解決に「民」の力を大いに発揮してもらう、つまり社会的課題を成長のエンジへ転換していくとするのです。要は民間の投資を集め官民連携で社会課題を解決し力強い成長を目指すとするもので、具体的には「公益重視」の企業の育成、と併せ貯蓄から投資へのシフトを促すとするのです。
(2) 「公益重視型企業」の育成、「貯蓄から投資へのシフト」強化
今、米国では短期的な利益追求の経営に批判が集まる中、環境や貧困等、いわゆる社会の課題に取り組む企業を「公益重視型企業」として育てる方向にあり、そのための法整備が進む状況が伝えられる処、日本でも導入の動きが出てきたとされ、岸田スピーチはその流れを織り込んだものと云え、「公益重視型」企業の育成を目指すとしながら、短期利益偏重を見直すと強調するのでしたが、前出マッツカート女史に通じる処です。 加えて「貯蓄から投資へ」の流れを加速させることで、「資産所得倍増」を目指とする点ですが、これが成長より分配を重視する岸田政策への市場からの批判への対抗を意識してのことと思料するのですが、その点で、当該政策の肉付けを行い、実行貫徹すべきと思料する処です。
尚、「人への投資」の重要性に触れる中、「リスキリングの強化」を力説していました。リスキリングとは一般にデジタル人材への転身に必要なスキルを再教育で身に付けることを指す処です。そこで、これが企業の責任と位置づけ、それを政府が支援し、労組も協力するような姿が実現すれば、それこそは彼の云う「新しい資本主義」を体現する一つの姿になるのではと思料するのです。それだけに、これら対応推移は要注視とする処です。
序で乍ら11日、国会では「経済安保推進法」が成立を見ました。推進法が規定するのは、半導体など戦略物資を特定国に依存しないサプライチェーン作りの後押しです。同法の実施適用は、23年から段階的に施行予定の由。本件については別途の機会に触れたいと思いますが、ウクライナ侵攻で、経済と安保の変化のスピードを改めて実感させられる処です。
おわりに 安倍晋三氏の使命、プーチン氏の学び
4月12日付で安倍晋三氏がProject Syndicateに寄稿しているのを承知しました。題して ‘ US strategic Ambiguity Over Taiwan Must End ’(米国は台湾に係る「戦略的曖昧な政策」は改めるべき)です。以下はその概要です。
(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」
ロシアのウクライナ侵攻は、中台関係を巡る「危険」を今更ながらに想起させる処、その台湾を巡る状況は益々不安が高まる状況にあって、米国がこれまで堅持してきた台湾に対する政策姿勢、strategic ambiguityを見直すべきと主張するものでした。台湾には軍事同盟国はない。但し米国には「台湾が自衛に必要な武器の提供を約す」法律「台湾関係法、1979」があって、この法律は米国が台湾防衛を公言できない事態への代償と位置づけられてきたものでしたが、もはや、そうした姿勢は修正されてしかるべしとの主張です。
ウクライナ状況が台湾で起った場合、米国は武力介入するかどうか。米国は当該対応について明確にはしていません。中国も(現時点では)軍事対応に触れる様子もない。が、とりわけ米国が態度を明確にしない事が中国を軍事行動に向かわせないことに繋がっているとされてはいるが、これは中国の指導部が米国の軍事介入の可能性をどう思うか、中国次第と云え、要は、米国のこれまでのJanus-faced、つまり二正面政策について、今次ロシアのウクライナ侵攻が、米国にこれまでのアプローチの再考を促すと云うのです。
ロシアによる侵攻は単にウクライナに武力闘争を仕掛けたのみならず、ミサイルやシェル爆弾を以ってウクライナ政権の転覆をも図らとするもので、国連憲章や国際法に照らして、これが議論の余地はない。一方、中国の ‘台湾は自国の一部’ とする主張に対して日米共に中国の主張「part of its own country」にrespectを払うも、共に台湾とは公式の外交関係はなく、加えて台湾を独立国家とは認めていない国が大半。ウクライナとの違いは、中国が台湾侵攻の際は、中国国内での反政府活動への必要な措置を取る事とするだろうが、それは国際法上、違法とはなされないだろうとも云うのです。
ロシアがクリミアを併合した際、国際社会は最終的には黙認した。中国指導部は、これを先例として、世界は次第に容認していくと見、国家と云うよりは地域の問題として、服従させていく事になるのではと危惧するとしながら、ただこのpolicy of ambiguity (戦略的曖昧政策)は米国が大国としてあり続け、中国が米国の軍事力の後塵を拝する限りにおいて効果するだろうが、曖昧をもって対応できる状況はもはや終わったと云い、もはや台湾に対する米国の‘戦略的曖昧政策’はIndo-Pacific region にあっては、中国を勢いづかせる一方、台湾政府に不必要な不安を煽るだけで、環境の変わった今、米政府はこれを受け、「戦略的曖昧さ」を修正し、その旨、声明を出すべきと云うのでした。
つまり、今こそ米国の台湾に対す姿勢を明確にする時であり、そのことは台湾を中国からの侵攻から防衛することになる、The time has come for the US to make clear that it will defend Taiwan against any attempted Chinese invasion と主張するのです。(注)
(注)尚、米国務省HPで「米国と台湾の関係を巡る概要」から「台湾の独立を支持し
ない」、「台湾は中国の一部」との文言が消えた(5月5日ごろ)ことが判明。代って「台湾はインド太平洋のおける重要な米国のパートナー」との文言が加わった由。(日経5/12) 更に、5月23日、東京での日米首脳会談後の共同会見でバイデン氏は、台湾有事なら米国の軍事的関与は「Yes。これは我々の約束だ」と明言する処でした。
・安倍晋三氏の使命
処で、 2月24日に始まったプーチン主導のウクライナ侵攻で、市民を巻き込んだ凄惨な姿を目の当たりとするとき、安倍氏が停戦に向けひと肌脱ごうと動いてもよかったのではと、思うばかりでした。周知の通り彼自身、総理にあった7年余、プーチン大統領とは通算27回もの首脳会談を持ち、親ロシアを任じる処でした。しかし、日ロ関係改善の約束事は、何も実現を見る事のないままにあって、メデイアからは「プーチンに媚びる安倍晋三」とか、「安倍晋三氏はプーチンの真意をつかんだのか」との批判が向けられる処でした。勿論彼が出張ったからと云って、それでウクライナ戦争がどうなるものでもないでしょう。要は、プーチン氏とのpersonal contactを活かした行動を取ることで、日本に対する評価を高めうる処、それこそは親ロシアとされた安倍晋三氏の使命ではと思う処でした。
(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
そのプーチン大統領は5月9日、ウクライナ侵攻中のロシアで、対ドイツ戦勝記念日を祝う軍事パレードを前に、演説を行い、「NATO諸国が(ウクライナに)軍事施設をつくって最新兵器を供給し、危険が増していた」と主張。「やむをえない、適時で唯一の決定だった」と武力による侵攻を正当化するばかり。さて、21世紀の現代にあってそんな蛮行が、あっていいものかと思うばかりでしたが、思うに、77回のこの日に訴えるべきことは、途方もない戦争の悲惨さであり、二度と繰り返さないとの誓いであるはずです。とすればプーチン氏は歴史から何を学んだのか?と 思いは高ぶるばかりでした。
・イタリア映画「ひまわり」
序で乍ら先週、新宿の早朝映画鑑賞会で、イタリア映画「ひまわり」を見てきました。第2次大戦終結後のイタリアを舞台に、戦争で引き裂かれた男女の悲しみを描いた、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニが主演する50年前の作品です。
スクリーン一杯に広がるウクライナの「ひまわり」畑、それを覆うように流れるヘンリー・マンシーニーの哀愁溢れるメロデイーと、感傷的になる2時間。しかし「ひまわりの畑の下にはたくさんの兵士や農民が埋まっている」とのナレーションに、ウクライナ侵攻に見せるプーチンの異常さ、非情さとを重ねて思うとき、「戦争って何だろう」と思いは再びとなるのでした。「ひまわり」は、ウクライナの国花です。(2022/5/26)
2022年04月26日
2022年5月号 対ロ制裁の現実と、世界経済の行方 - 林川眞善
目 次
はじめに 問われる‘グローバル化’の再定義
・2022年2月24日 /・グローバル化の再定義
第1章 対ロ制裁の推移と、国際社会
1.問われる対ロ経済制裁の実効
(1)外貨準備の凍結
(2)SWIFT排除と、原油禁輸措置
2.企業の「脱ロシア」と民主主義
(1)The Ukraine morality
(2)脱ロシアと民主主義
第2章 世界経済、そして日本経済の行方
1.世界経済(米欧中)の行方と、政策決定者の判断
2.円安と物価高に見舞われた日本経済
(1)日本経済、景気の現状
(2)日本の貿易構造の変化
おわりに 新自由主義へのショック療法
・Pricing risk /・global norms
〆
はじめに 問われる‘グローバル化’の再定義
・2022年2月24日
その日、プーチン・ロシアによるウクライナへの武力侵攻が始まった。国境を越えて、隣国ウクライナへと侵攻し、街を、暮らしを破壊し、人々を虐殺するロシアの軍事行動に、これが現代に行われる事かと愕然とさせられる処、今なお、そのロシアの蛮行の続く様相に瞬時、神も仏もないものかと思うばかりです。
米欧の西側諸国は、このロシアの侵攻を止めんと、まずは経済面からの制裁措置を弄する処です。この対抗措置を進める過程においては、西側諸国の結束は強固となり、つまりこれまで自由主義、民主主義を同じ規範としながらも、米国主導の在り方になじむことはなかった欧州は、今次のウクライナ侵攻に対抗するために、米国とともにと足並みを合わせるようになり、その結果、これまでの米国一極体制にあった世界秩序は、西側米欧の自由主義陣営と、中国・ロシアの強権主義、権威主義国との対立構図へと、大きく変わっていく、言い換えれば新たなbloc経済の生成を促す様相です。
因みに3月26日、欧米6カ国とEUは、対ロシア制裁措置として彼らを国際送金網から締め出すことに合意、ロシアが保有する外貨準備の凍結に踏み切った事で、これまでのグローバリズムに終止符を打つ処となったのです。「ドル」を兵器として用いるのはいわば金融戦争とも言え、であれば、安全性が高く流動性に富むドルの役割は、今次外貨準備の凍結を機に大きく変質していくものと見る処です。
・グローバル化の再定義
つまり、この日、2月24日を以って、それまで世界の行動規範とされてきた民主主義、自由主義、そしてその規範を以って、進められてきたグローバル化を通じての経済成長の前提が覆され、まさにグローバル化の再定義を不可避となる処、国際秩序の塗り替えが一挙に進む状況です。それは又、第二次大戦後の1945年に創設され、これまで世界統治の規範とされてきたブレトンウッズ体制の再構築を不可避となる処、つまり1971年のニクソン・ショック対応を「ブレトンウッズ2」とすると、それに続く「ブレトンウッズ3」が質される、大きな転換点を迎えたと云う処です。
今そうした大きな問題を感じながらも気がかりは、西側諸国が進める対ロ制裁がさほど効果していないことが指摘される現実です。何故か?そして、その制裁の実効の如何が、漸く回復を示し出した世界経済に水を差す様相にある処です。 そこで、西側諸国の対ロ制裁の実態を質すこととし、同時に「脱ロシア」に向かう企業行動と国際的な行動規範との関係、更にはそうした環境にあって世界経済と、日本経済の行方についても併せて、考察する事とします。
第1章 対ロ制裁と、国際社会
1. 問われる対ロ経済制裁の実効
日本を含む西側諸国が結束して進める対ロ制裁措置とは経済制裁です。要は経済的に苦しい状況に追い込むことで戦費の調達を困難にしたり、プーチン体制に対する国民の不満を高めたりすることを狙うもので、具体的には、先の弊論考でも報告した通り、一つはロシア政府保有の外貨準備の凍結、二つは国際決済ネットワーク、「SWIFT」(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication) からの排除、そして、ロシア原産の原油の禁輸措置、の三つです。が、巷間これがうまく機能していないのではと指摘される処です。これが仮に完璧に実施されれば事実上、ロシアは海外とやり取りする手段はほぼ全てを失う事になり、自給自足でもしない限り経済活動はできません。
その点、西側各国は最大限の経済制裁を行っているとメデイアは報じるのですが、現実には対ロ経済制裁は多くの抜け道があるとされ、要は完全に追い込めてはいないのです。各国が追加制裁を進めるのも、そうした現実を映す処です。そこでまず上記制裁の実効の如何をレビューすることとします。
(1)外貨準備の凍結:この際の凍結は、あくまでもロシア政府が保有する外貨を凍結しているだけであって、民間の金融機関が保有する外貨は含まれていません。ロシア政府は、発行した国債の利払いに苦慮しており、ロシア国債はデフォルト(債務不履行)が懸念される処ですが、ロシア政府は今のところドルでの利払いを行っており、ギリギリの綱渡りではあるもののロシア国債はまだデフォルトしていません。
各国の中銀は、ロシアの外貨準備を凍結しており、ロシア政府が保有するドルは引き出せないはずです。が、現実に利払いが行われており、こうしたケースについては例外的に引き出しができた可能性が否定できないのです。自国の投資家が損しないよう西側各国が凍結解除を例外的に認めたのか、それともロシア側が政府の口座とは別ルートで支払ったのか定かではありません. が、何らかの方法でデフォルトが回避されているのは事実で、ロシア政府は利払いを行う何らかのルートを確保しているとみる処です。(注)
(注)ロシア財務省は4月6日、4日が期日だったドル建て国債の元利金の支払について、ルーブル建てで実施したと発表、ロシア側は「義務は完全に果たされた」と主張していますが、最終的にデフオルトとなる公算が大きくなったと云う処です。因みに、元利払いがルーブルで実行されたことについて、ペスコフ大統領報道官は、同日「理論的にはデフォルトの状況になるかもしれないが、純粋に人為的なものだ。真にデフォルトになる根拠はない」と。そして「債務履行に必要な原資は豊富にある」とも説明。外貨準備の凍結が解除されるまでルーブルで支払い続ける考えを示したと報じられる処です。(日経4/7)
ロシアは昨年(2021年)の時点での外貨準備高は約6000億ドル、その約半分がドルとユーロと報じられています。直近でデフォルト懸念が生じているドル資金は、おおよそ1000億ドルとみられており、外貨準備を凍結すればロシア経済は一発でダウンしそうに思えますが、実は、ロシアはもともと経常黒字国なのです。ロシアは世界第3位の原油産出国、第2位の天然ガス産出国で、毎年、莫大な量のエネルギーを輸出しており、因みにロシアの2020年の輸出総額は約3300億ドル。輸出が継続できれば、毎年3000億ドル以上の外貨が入手出来てしまう事になるのです。
そうした状況からは、1000億ドルの資金凍結はほとんど意味がなくなる事になるのです。天然ガスの輸出は国策企業であるガスプロムが行っており、事実上、政府と一体にあり、互いに資金を融通することが可能でしょうから、政府保有の外貨だけを凍結してもロシア経済を窮地に追い込むことにはならないという事になるのです。
(2)SWIFT排除と原油禁輸措置:本当にロシア経済の息の根を止めるためには、莫大な外貨をもたらしている輸出を封じ込める必要のある処ですが、その点でも現状の制裁は不十分と云え、「SWIFTからの排除」も、「禁輸措置」についても事態は同じと言う処です。
まず、「SWIFTからの排除」について、仮にすべての金融機関が対象となっていれば、ロシアは貿易の決済ができなくなり、事実上、ロシアの輸出は止まる。しかし現時点において最大手の銀行である「ズベルバンク」と国策企業ガスプロムの関連銀行の「ガスプロムバンク」は制裁対象に入っていません。有力な2つの銀行がSWIFTを使える以上、ロシアは自由に石油や天然ガスの輸出を行い、莫大な量の外貨を獲得できる。これでは、いくら外貨準備を制限しても意味がないと云うものです。
「原油の禁輸措置」も同様で、現時点でロシア産原油の禁輸措置を行っているのは、ロシアからの買い付けがほとんどない米国だけで、欧州はまだそこまで踏み切っていません。EU(欧州連合)は原油の禁輸措置の発動を検討しているものの、慎重な意見も多く、まだ決断には至っていない。EUは原油と天然ガスのロシア依存を見直す方針を打ち出しており、今後、ロシアからの輸出は大幅に減る可能性は高いのですが、時間軸は早くても2024年までとなっており、今すぐ輸出がなくなるわけではありません。結局のところ、ロシアは今も原油と天然ガスを輸出し、その代金を外貨で受け取っているのです。長期的にはともかく、短期的にロシア経済に致命的な打撃は与えられておらず、各種の経済制裁の効果は不十分と云わざるを得ないのです。
が、問題は、こうした不十分な制裁をなぜ継続しているのかという点です。もし西側があえて抜け道を残しているのだとすると、ロシアの現状や西側との対立構造についても、少し冷めた見方が必要となるでしょうし、米国政府による各種発表についても、少し割り引いて考えねばならないのではと愚考する処です。ただ、ロシアからの輸出がストップ したり、ロシア国債がデフォルトすることで西側経済の被害を恐れ、100%の制裁に踏み切れないのだとすると、これは西側の弱点となる処、弱点を見せてしまえば、確実に足元を見られてしまう事になると云うものです。
米国が軍事行動を起こさないことは、ほぼハッキリしており、これがロシアに対して、最後通牒を突きつけられない最大の原因となっているものと思料するのです。国際交渉の場において、実施できないオプションが明確化してしまうと、それが最大の弱点になってしまうのは、ごく当たり前の事、経済面でも同じ事で、ロシア産天然ガスの供給途絶を絶対に回避したいと欧州が考えているのなら、交渉では弱点と見られる処です。日本国内では、ロシアは追い込まれているので、明日にでも白旗を揚げるはずだという、願望ベースの報道や議論が多い処ですが、こうした風潮は、自身の弱点について見て見ぬフリをする作用をもたらす処ではと思う処です。
こうした状況に照らし、米・EUそしてカナダ、日本も、更なる追加制裁を打ち出す処、4月7日には米議会は、米企業のロシアへの新規投資の禁止、ロシアのエネルギー製品の輸入禁止等、新たな対ロ制裁法案を可決。又プーチン氏の娘2人、ラブロフ外相の妻子らを制裁対象とする処、同日EUも、ロシア産石炭の輸入禁止を含む制裁案を承認、制裁規模は200億ユーロ(約2兆7千億円)と、ロシア経済締め付けを一段と強める処、カナダはあらたに9人のロシア人他の資産の凍結を発表する処、日本でも4月8日、岸田首相はロシアに対する追加制裁を表明、その主たるポイントは資産凍結をロシア最大手銀行のズベルバンクに広げ、ロシア産石炭の輸入禁止、加えて在日ロシア大使館の外交官ら8人の国外追放を発表する処です。とりわけエネルギー分野の制裁に踏み込み、ロシア産石炭の輸入禁止については「早急に代替案を確保し、段階的に輸入を削減する」とし、石油を含むエネルギー全体のロシア依存度の低減に踏み込まんとするのでした。(注:経産省によると、2021年の原油輸入量の依存度は3.6%,LNGは8.8%に達する見込みと。日経4/9)
序で乍ら、岸田政権の対ロ制裁の現状をレビューするに、気がかりなことは、日本がウクライナ情勢で貢献できることは少ないとはいえ、それが極めて米国の後追いと映るという点です。欧州諸国の場合、ロシアとの地政学的リスクを踏まえ中立国の立場を堅持してきたものの、今次ウクライナ侵攻を受け、その立場を破るスイスなどによるウクライナ支援、フィンランドやスエーデンのNATO加盟への動き等、これまでの国際政治の枠組みを変えんばかりの動きを鮮明とする処ですが、問題はそうした環境を日本政府としてどうとらえ、どう対応していこうとするのか、そうした思考様式が伝わらないことが問題と思うのです。まさに日本の安全保障問題への取り組みの如何と云う処ですが、それは正に外交力の強化に尽きる処、これが十分な議論もないままに、直ちに日本の国防費比率、GDP比1%の数字の見直し論に走る政治のあり姿に愕然です。
2.企業の「脱ロシア」と民主主義
(1)The Ukraine morality
処で、米エール大のジェフリー・ソネンフェルド教授が、2月24日のウクライナ侵攻が始まった数日後、ロシアから撤退する外資企業のリストを作成し、公表したのですがメデイアはソネンフェルド氏の思いを忖度しつつ、この公表がきっかけとなって、外資企業の脱ロシアが急速に高まったと、同氏の調査結果を好意的に報じる処、筆者も思いを同じくする処でした。(注:エール大発表の脱ロシア企業は4月8日現在600社を超えた由。これは80年代,約200社が参加した南アのアパルトヘイト反対活動以来の事。日経4/18)
が、4月2日付The Economistのコラム「War and wokery」(注) では、そうした調査結果の公表について、これが倫理的な要素に基づく経営の意思決定として評価するというよりも、多くの場合、撤退の本質は「プラグマテイズム」にあって、実際、ロシアの侵攻に憤る顧客や従業員の歓心を買う処、そうした企業の行動様式は、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があると、云うのです。仮に、これが企業のプラグマテイズムの原理で行動するのではなく、正義の旗を掲げだすとなると事は複雑で、事と次第では民主主義自体も危ういものとなっていくと云うのです。
New York Timesはこの調査をThe Ukraine morality(ウクライナを巡る倫理テスト)と謳った由ですがソネンフエルド教授は、これで一躍著名人となった由です。
(注)「woke」ウオークとは:a way of referring to the acts and opinions of
people who are especially aware of social problems such as racism and inequality ,
used by people who do not approve of these acts and opinions – Cambridge
Dictionary 要は、「社会的な正義に目覚めている企業や人物」を皮肉る蔑称
(2)脱ロシアと民主主義
ソネンフェルド氏は、予ねて現代の欧米社会において、企業は社会的・政治的変化を推し進める最高の力だと主張する立場にあって、企業の反プーチンの動きは80年代、南アで相次いだ企業撤退に相通じると見るのです。つまり、外国企業の撤退が南アでのアパルトヘイト政策を廃止に追いこむ力となったように、企業は良き市民として民主主義の価値観を支え強化していると云うのです。
この点、当該The Economistは、選挙で選ばれていない企業幹部が顧客や従業員を代表して倫理的な判断を下すことは、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があるとするのです。そして、ロシアのような強権国家が世界を危機にさらすなかで、民主主義が傷つけば、致命的なオウンゴールになりかねないと、云うのです。もとよりこの締めの言説には多少の不満の残る処ですが、筆者にとっても、今次西側企業の「脱ロシア」行動を、民主主義との関係でとらえ直すきっかけとなる処です。尚、世界的投資家として著名なジム・ロジャーズ氏は、「最終的には企業の判断だが、企業はロシアから撤退すべきではない。互いを遮断するのではなく関係性の維持が大切。むしろロシアトコミュニケーションをとり続けるべき」(日経ビジネス、4/18)とコメントする処です。
第2章 世界経済、そして日本経済の行方
上述環境にあって、4月12日、WTOは2022年の世界貿易の見通しを公表。前回21年10月時点での予測値4.7%から下方修正し、3%増に留まると見る一方、続く4月19日にはIMFも22年世界経済の成長予測を3.6%と、前回1月時の予測(4.4%)から0.8ポイント、下方修正を発表する処です。 僅か1年前、世界中のエコノミストはrecessionから経済が急回復したと喜んでいましたが、ウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げで、世界経済は今、急速に冷え込む様相です。
The Economist dated April 9th はこうした世界経済の状況について、‘Recession roulette’ と題して、Toxic mix of risks hangs over the world economy,(毒性を含んだリスクに覆われた世界経済)と、世界経済の危うさについて縷々指摘する処です。しばし同コメントをフォローする事とします。
1.世界経済(米・欧・中)の行方と、政策決定者の判断
まず「米国」については、FRBが高インフレと闘う為に急速な利上げに向かい、3月の利上げに続き5月には保有資産を減らす量的引き締めも決定する構えにあること。「欧州」では、エネルギー価格の上昇が消費者の購買力を奪い、工場の操業コストを引き上げていると指摘。更に「中国」については、新型コロナウイルスの変異型の感染が急拡大し、パンデミックが始まって以来で最も激しいロックダウンが実施されていること等に照らし、世界経済の成長にとって悪材料が重なり、先行きは暗くなっていると云うのです。今少し、これらの事情を深堀してみることとします。
まず「米国経済」の過熱事情です。つまりパンデミック後に職を離れた米国人が復帰してきた労働市場では、物価上昇で生活水準が下がる中、労働者が雇用条件の引き上げを求め懸命に交渉しており、賃金上昇率は依然高まっているとみる処です。FRBがインフレ率を目標の2%に抑えるには賃金上昇とインフレの両方を封じ込める必要があると云い、つまりは金融政策のブレーキを踏むという事でしょうが、他方で成長を脅かすことになるとも云うものです。つまり、歴史を振り返れば、FRBが経済を最終的にリセッション入りさせずに労働市場を抑えることは難しく、向こう2年以内にリセッション入りする可能性が高いと云うのです。
次に「欧州」でも問題はインフレです。それは経済の過熱というより、エネルギーや食品の輸入価格の高騰にあるのです。云うまでもなくウクライナ侵攻や西側諸国の対ロ制裁の影響を受けた価格高騰です。そしてエネルギー価格の急騰に伴い、消費者心理の冷え込みが問題であり、これによる企業も苦戦する処と云うものです。それでもユーロ圏全体では22年経済は拡大すると見るのですが、その足取りは弱弱しいと見る処です。
そうした中、世界の経済成長に対する脅威の中でも最も深刻かつ差し迫っているのが「中国」でのオミクロン型の感染爆発だとするのです。中国が4月6日に発表した新規感染者数は2万人を超えたのです。習近平主席はロックダウンに伴う代償を軽減するよう当局に求めているそうですが経済活動を性急に再開すれば中国本土は香港で経験したような感染者と死者の急増に見舞われると危惧する処、中国が最も効果の高いワクチンの高齢者接種を十分に進めない限り、ロックダウンの可能性が中国経済に絶えず付きまとい、世界を不安定にする要因であり続けると云うのです。
・政策決定者の判断
尚、こうした世界経済が抱える問題の多くは、明らかに政策決定者の責任だと同誌は糾弾する処です。つまり、米FRBは経済が過熱していくのを阻止しなかったし、又、欧州の各国政府は欧州がロシア産天然ガスに依存していくのを黙認してきたと。そして中国のオミクロンの感染拡大に苦慮するのも予測可能だったと断じるのです。要は上記リセッションの陰におびえる今日の事態は回避できたと云うのです。とすれば、世界経済の行方は、高騰するエネルギー価格とインフレ懸念、そしてオミクロンがたウイルスの感染拡大への対応次第という事になる処、思うに、第二次世界大戦さ中の1941年8月、米国のルーズベルトと英国のチャーチルが合意した大西洋憲章を以って今日に至る戦後世界経済の秩序構築に向かったような為政者の登場が待たれる処です。では日本の経済は如何に、です。
2. 円安と物価高に見舞われた日本経済
今、日本経済の推移をクロスセクションで見ると、コロナ後の景気回復の無いまま、円安の加速、石油を中心とした輸入価格の上昇、それに連動した国内物価の上昇で、まさに景気回復を見ないままにインフレが進行する「stagflation」の様相すら感じさせる処です。
(1)日本経済、景気の現状 ― 日銀3月短観
日銀が4月1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(D I)は3ポイント悪化で、プラス14でした。これは2020年6月調査以来、7四半期ぶりの悪化で、先行きについてはプラス9で、更なる悪化を見込む処です。今回はロシアのウクライナ侵攻後、初の短観でしたが、地政学リスクの高まりや資源価格の高騰で企業マインドが急速に冷え込んでいる実態を映す処です。
こうした状況下、2022年度予算が3月22日、成立を見ました。その規模は社会保障費の膨張などで一般会計総額は107兆円と過去最大規模となるものです。が、上述ウクライナ侵攻による資源高の加速等想定外の事態発生もあり、鈴木俊一財務相は、予算成立後の記者会見で「国際情勢、経済情勢などに不透明感が漂う中、新型コロナに対する安心安全を確保しながら経済を立て直して財政健全化に取り組むため着実な執行を進める」と語る処(日経3月23日)、その対応への歳出圧力として、3月29日、岸田首相は物価高への緊急対策を取り纏めるよう関係閣僚に指示する処です。
(2)日本の貿易構造の変化
そうした状況下、3月20日公表の2021年度、貿易統計(速報)によれば、貿易収支は5兆3748億円の赤字でした。貿易赤字は2年ぶり、その赤字幅は過去4番目の水準とされています。円安という追い風があるにも拘わらず、日本の輸出はコロナ後の世界経済の成長をうまく取り込めていないと云うところですが、今後、不安定な国際情勢を反映して輸出が伸び悩み、エネルギー価格が高止まりするようであれば、貿易赤字は相当な水準に膨れ上がること、貿易赤字の定着すら懸念される状況です。かかる事態の変化こそは日本の貿易構造の変化を映す処、もとより日本経済の在り方に係る問題を示唆する処です。
伝統的に日本の貿易の姿は原料を輸入し、製品を輸出する加工貿易の国と描かれてきました。が、もはやその日本型貿易の姿は見ることはなくなっているのです。勿論第1位の輸入品は原油(8.2%)、次がLNG(5.0%)と、資源の輸入となっています。が、3位以降は医療品(4.9%)、次に半導体等電子部品(4.0%)、5位に通信機(3.9%)とハイテク製品が続くのです。つまり我が国は急速に製品輸入大国に変貌しつつあるという事です。
こうした貿易構造の変化は、円安という「ぬるま湯」に浸かっている間に進んだ日本の競争力の低下を映す処と云え、今後, 円安が進行する局面にあっては、エネルギーや食料、ハイテク製品に対しても「買い負け」の無いよう配慮していく事が不可欠となるはずです。勿論、競争力を持った製品の開発を目指すことが必要であることは云うまでもなく、それはまさにイノベーションの推進であり、産業構造の高度化が求められる処です。
尚、4月13日の講演で、日銀黒田総裁は粘り強く、2%の物価上昇目の実現に向けて、現行低金利政策を維持すると発言する処、その直後には円安は加速、126円台をマークし2002年来の円安を期す処、15日には鈴木俊一財務相が、20年を経て「悪い円安」に変わったと異例のコメントをしたことが伝えられ、円安動向(注)に係る2人の認識のデイスクレに関心の集まる処、18日の国会では黒田総裁は「大きな円安や急速な円安はマイナスが大きくなる」と、ややこれまでの発言を修正するかのようなコメントを残す処でしたが、通貨担当の二人の政策判断に、齟齬なきをと、注視していきたいと思うばかりです。
(注)円安動向:2011年の記録的円高(79.80円)から始まった円安トレンドは一旦、
2015年、125.86円を以って底打ちしたが、その後も米国の金融政策の推移もあって
円安トレンドが続く処、この4月20日には、2002年5月以来およそ20年ぶり、129
円台を付ける状況にある。下落の事由は、云うまでもなくエネルギー価格の上昇、日
米金利差の拡大にあり、当分、円は独歩安で推移するもの見られる処。
おわりに 新自由主義へのショック療法
久しぶり、Joseph Stiglitz氏がProject Syndicateに投稿の4月5日付論考を手にしました。
タイトルは ‘Shock Therapy for Neoliberals’。まず、ロシアのウクライナ侵攻は、これまでに起きた予測不明の事件を想起させる処と、「2001年9月11日のNYテロ襲撃事件」、「2008年の金融危機」、更には「COVID-19のパンデミック」、或いはトランプ大統領の誕生も含め、取り上げ、これら事件が米国を保護主義やナショナリズムに向かわせてきたと指摘しながら、これら危機を予想し得た人ですら危機が起こった際、当該事態について誰も正しく語ることはなかったとも云うのです。そして、これら事件は経済に多大な被害を齎すなか、とりわけパンデミックは、強靭だったはずの米国経済の力をそぎ、その脆弱性を露呈させる処となったと云うのです。
同様に、プーチンのウクライナ侵攻は、既に予想されていた食料やエネルギー価格の高騰を更に悪化させ、同時にこれが途上国経済に厳しく迫る処、これがパンデミック禍要因も加わって債務の拡大につながっていると云い、欧州も同じで、ロシア産エネルギーへの依存体制からの脱却を目指すべきとも云うのです。
・Pricing risk
処で今から15年前、ステイグリッツ氏は、同氏の「Making Globalization Work」で、各国は安全保障に係るリスクは健全なグローバル経済維持のための代価として受け入れるか? 又、欧州はロシアが低価格のガスを提供するのであれば、安全保障問題とは関係なく購入するか? と質していました。が、残念ながら欧州の返事は短期的利益指向にあってで、それが齎すリスク、危険性を無視してきたと云うのです。 目下世界が `脱炭素‘を目指す中, Price on carbon ,つまり排ガスが齎すnegative 効果を明示するためにも、‘価格表示’が謳われだす処、この際はリスクについても、`Price’ risk、つまりリスクの価格表示を以って、リスクへの自覚を徹底すべきと云うのです。
つまり、経済の回復力の欠如とは、neoliberalismの基本的な失敗を映す処、市場対応にしても短期指向であり、要は、key risksに対する認識の足りなさにあると云うのです。因みにリスクが大きくなってくると、それと距離を取ろうとするのも現実だと云うのです。勿論、Pricing riskとは、pricing carbonよりはるかに難しいことはわかっていると云うのです。企業は安い供給元からの買い付けに徹し、ロシア産ガスに依存するリスクに頓着することなく、政府もその問題に介入することを避けてきたが、それはneoliberalismの基本的な失敗と云え、経済のfinancialization も同じことと云うのですが、要は、強靭な経済に向けた投資が少ないのも、そうしたリスクへの理解の足りなさにあると云うのです。
・global norms
今求められるのは適切なglobal norms、つまりはグローバルに通じる規範の再構築であり、そのポイントは単にneoliberal trade framework (新自由主義の貿易枠組み)を捻じ曲げる事ではなく、例えば、パンデミックにあっては、多くの死者を出したが、それもワクチン製造について、WTOには intellectual-property (IP:知財資産)ルールがあって 、これがワクチン製造地域を限定していることによるもので、こうした事態を早急解決すべきとも云う処です。つまり、これまでWTOではIPの安全確保にあまりにも執着し、経済に向けた安全保障と云った点に注意が及んでいなかったと、指摘するのです。 今、globalizationとそのルールについて再考すべきで、既に現行globalization には相応の対価を払ってきているわけで、この際は今次のショックを教訓に再出発すべきと云うのです。 まさにprogressive capitalismの旗手たるを感じさせる処です。
折も折、4月23日付、日経、第1面に現れた記事は大方の関心呼ぶ処、「三菱商事が2021年、ビル・ゲイツ氏が立ち上げた脱炭素フアンドに1億ドル出資し、アジアを中心に脱炭素事業に参画」との内容でした。ステイグリッツ氏に聞かせたい話です。期待する処です。(2022/4/25)
はじめに 問われる‘グローバル化’の再定義
・2022年2月24日 /・グローバル化の再定義
第1章 対ロ制裁の推移と、国際社会
1.問われる対ロ経済制裁の実効
(1)外貨準備の凍結
(2)SWIFT排除と、原油禁輸措置
2.企業の「脱ロシア」と民主主義
(1)The Ukraine morality
(2)脱ロシアと民主主義
第2章 世界経済、そして日本経済の行方
1.世界経済(米欧中)の行方と、政策決定者の判断
2.円安と物価高に見舞われた日本経済
(1)日本経済、景気の現状
(2)日本の貿易構造の変化
おわりに 新自由主義へのショック療法
・Pricing risk /・global norms
〆
はじめに 問われる‘グローバル化’の再定義
・2022年2月24日
その日、プーチン・ロシアによるウクライナへの武力侵攻が始まった。国境を越えて、隣国ウクライナへと侵攻し、街を、暮らしを破壊し、人々を虐殺するロシアの軍事行動に、これが現代に行われる事かと愕然とさせられる処、今なお、そのロシアの蛮行の続く様相に瞬時、神も仏もないものかと思うばかりです。
米欧の西側諸国は、このロシアの侵攻を止めんと、まずは経済面からの制裁措置を弄する処です。この対抗措置を進める過程においては、西側諸国の結束は強固となり、つまりこれまで自由主義、民主主義を同じ規範としながらも、米国主導の在り方になじむことはなかった欧州は、今次のウクライナ侵攻に対抗するために、米国とともにと足並みを合わせるようになり、その結果、これまでの米国一極体制にあった世界秩序は、西側米欧の自由主義陣営と、中国・ロシアの強権主義、権威主義国との対立構図へと、大きく変わっていく、言い換えれば新たなbloc経済の生成を促す様相です。
因みに3月26日、欧米6カ国とEUは、対ロシア制裁措置として彼らを国際送金網から締め出すことに合意、ロシアが保有する外貨準備の凍結に踏み切った事で、これまでのグローバリズムに終止符を打つ処となったのです。「ドル」を兵器として用いるのはいわば金融戦争とも言え、であれば、安全性が高く流動性に富むドルの役割は、今次外貨準備の凍結を機に大きく変質していくものと見る処です。
・グローバル化の再定義
つまり、この日、2月24日を以って、それまで世界の行動規範とされてきた民主主義、自由主義、そしてその規範を以って、進められてきたグローバル化を通じての経済成長の前提が覆され、まさにグローバル化の再定義を不可避となる処、国際秩序の塗り替えが一挙に進む状況です。それは又、第二次大戦後の1945年に創設され、これまで世界統治の規範とされてきたブレトンウッズ体制の再構築を不可避となる処、つまり1971年のニクソン・ショック対応を「ブレトンウッズ2」とすると、それに続く「ブレトンウッズ3」が質される、大きな転換点を迎えたと云う処です。
今そうした大きな問題を感じながらも気がかりは、西側諸国が進める対ロ制裁がさほど効果していないことが指摘される現実です。何故か?そして、その制裁の実効の如何が、漸く回復を示し出した世界経済に水を差す様相にある処です。 そこで、西側諸国の対ロ制裁の実態を質すこととし、同時に「脱ロシア」に向かう企業行動と国際的な行動規範との関係、更にはそうした環境にあって世界経済と、日本経済の行方についても併せて、考察する事とします。
第1章 対ロ制裁と、国際社会
1. 問われる対ロ経済制裁の実効
日本を含む西側諸国が結束して進める対ロ制裁措置とは経済制裁です。要は経済的に苦しい状況に追い込むことで戦費の調達を困難にしたり、プーチン体制に対する国民の不満を高めたりすることを狙うもので、具体的には、先の弊論考でも報告した通り、一つはロシア政府保有の外貨準備の凍結、二つは国際決済ネットワーク、「SWIFT」(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication) からの排除、そして、ロシア原産の原油の禁輸措置、の三つです。が、巷間これがうまく機能していないのではと指摘される処です。これが仮に完璧に実施されれば事実上、ロシアは海外とやり取りする手段はほぼ全てを失う事になり、自給自足でもしない限り経済活動はできません。
その点、西側各国は最大限の経済制裁を行っているとメデイアは報じるのですが、現実には対ロ経済制裁は多くの抜け道があるとされ、要は完全に追い込めてはいないのです。各国が追加制裁を進めるのも、そうした現実を映す処です。そこでまず上記制裁の実効の如何をレビューすることとします。
(1)外貨準備の凍結:この際の凍結は、あくまでもロシア政府が保有する外貨を凍結しているだけであって、民間の金融機関が保有する外貨は含まれていません。ロシア政府は、発行した国債の利払いに苦慮しており、ロシア国債はデフォルト(債務不履行)が懸念される処ですが、ロシア政府は今のところドルでの利払いを行っており、ギリギリの綱渡りではあるもののロシア国債はまだデフォルトしていません。
各国の中銀は、ロシアの外貨準備を凍結しており、ロシア政府が保有するドルは引き出せないはずです。が、現実に利払いが行われており、こうしたケースについては例外的に引き出しができた可能性が否定できないのです。自国の投資家が損しないよう西側各国が凍結解除を例外的に認めたのか、それともロシア側が政府の口座とは別ルートで支払ったのか定かではありません. が、何らかの方法でデフォルトが回避されているのは事実で、ロシア政府は利払いを行う何らかのルートを確保しているとみる処です。(注)
(注)ロシア財務省は4月6日、4日が期日だったドル建て国債の元利金の支払について、ルーブル建てで実施したと発表、ロシア側は「義務は完全に果たされた」と主張していますが、最終的にデフオルトとなる公算が大きくなったと云う処です。因みに、元利払いがルーブルで実行されたことについて、ペスコフ大統領報道官は、同日「理論的にはデフォルトの状況になるかもしれないが、純粋に人為的なものだ。真にデフォルトになる根拠はない」と。そして「債務履行に必要な原資は豊富にある」とも説明。外貨準備の凍結が解除されるまでルーブルで支払い続ける考えを示したと報じられる処です。(日経4/7)
ロシアは昨年(2021年)の時点での外貨準備高は約6000億ドル、その約半分がドルとユーロと報じられています。直近でデフォルト懸念が生じているドル資金は、おおよそ1000億ドルとみられており、外貨準備を凍結すればロシア経済は一発でダウンしそうに思えますが、実は、ロシアはもともと経常黒字国なのです。ロシアは世界第3位の原油産出国、第2位の天然ガス産出国で、毎年、莫大な量のエネルギーを輸出しており、因みにロシアの2020年の輸出総額は約3300億ドル。輸出が継続できれば、毎年3000億ドル以上の外貨が入手出来てしまう事になるのです。
そうした状況からは、1000億ドルの資金凍結はほとんど意味がなくなる事になるのです。天然ガスの輸出は国策企業であるガスプロムが行っており、事実上、政府と一体にあり、互いに資金を融通することが可能でしょうから、政府保有の外貨だけを凍結してもロシア経済を窮地に追い込むことにはならないという事になるのです。
(2)SWIFT排除と原油禁輸措置:本当にロシア経済の息の根を止めるためには、莫大な外貨をもたらしている輸出を封じ込める必要のある処ですが、その点でも現状の制裁は不十分と云え、「SWIFTからの排除」も、「禁輸措置」についても事態は同じと言う処です。
まず、「SWIFTからの排除」について、仮にすべての金融機関が対象となっていれば、ロシアは貿易の決済ができなくなり、事実上、ロシアの輸出は止まる。しかし現時点において最大手の銀行である「ズベルバンク」と国策企業ガスプロムの関連銀行の「ガスプロムバンク」は制裁対象に入っていません。有力な2つの銀行がSWIFTを使える以上、ロシアは自由に石油や天然ガスの輸出を行い、莫大な量の外貨を獲得できる。これでは、いくら外貨準備を制限しても意味がないと云うものです。
「原油の禁輸措置」も同様で、現時点でロシア産原油の禁輸措置を行っているのは、ロシアからの買い付けがほとんどない米国だけで、欧州はまだそこまで踏み切っていません。EU(欧州連合)は原油の禁輸措置の発動を検討しているものの、慎重な意見も多く、まだ決断には至っていない。EUは原油と天然ガスのロシア依存を見直す方針を打ち出しており、今後、ロシアからの輸出は大幅に減る可能性は高いのですが、時間軸は早くても2024年までとなっており、今すぐ輸出がなくなるわけではありません。結局のところ、ロシアは今も原油と天然ガスを輸出し、その代金を外貨で受け取っているのです。長期的にはともかく、短期的にロシア経済に致命的な打撃は与えられておらず、各種の経済制裁の効果は不十分と云わざるを得ないのです。
が、問題は、こうした不十分な制裁をなぜ継続しているのかという点です。もし西側があえて抜け道を残しているのだとすると、ロシアの現状や西側との対立構造についても、少し冷めた見方が必要となるでしょうし、米国政府による各種発表についても、少し割り引いて考えねばならないのではと愚考する処です。ただ、ロシアからの輸出がストップ したり、ロシア国債がデフォルトすることで西側経済の被害を恐れ、100%の制裁に踏み切れないのだとすると、これは西側の弱点となる処、弱点を見せてしまえば、確実に足元を見られてしまう事になると云うものです。
米国が軍事行動を起こさないことは、ほぼハッキリしており、これがロシアに対して、最後通牒を突きつけられない最大の原因となっているものと思料するのです。国際交渉の場において、実施できないオプションが明確化してしまうと、それが最大の弱点になってしまうのは、ごく当たり前の事、経済面でも同じ事で、ロシア産天然ガスの供給途絶を絶対に回避したいと欧州が考えているのなら、交渉では弱点と見られる処です。日本国内では、ロシアは追い込まれているので、明日にでも白旗を揚げるはずだという、願望ベースの報道や議論が多い処ですが、こうした風潮は、自身の弱点について見て見ぬフリをする作用をもたらす処ではと思う処です。
こうした状況に照らし、米・EUそしてカナダ、日本も、更なる追加制裁を打ち出す処、4月7日には米議会は、米企業のロシアへの新規投資の禁止、ロシアのエネルギー製品の輸入禁止等、新たな対ロ制裁法案を可決。又プーチン氏の娘2人、ラブロフ外相の妻子らを制裁対象とする処、同日EUも、ロシア産石炭の輸入禁止を含む制裁案を承認、制裁規模は200億ユーロ(約2兆7千億円)と、ロシア経済締め付けを一段と強める処、カナダはあらたに9人のロシア人他の資産の凍結を発表する処、日本でも4月8日、岸田首相はロシアに対する追加制裁を表明、その主たるポイントは資産凍結をロシア最大手銀行のズベルバンクに広げ、ロシア産石炭の輸入禁止、加えて在日ロシア大使館の外交官ら8人の国外追放を発表する処です。とりわけエネルギー分野の制裁に踏み込み、ロシア産石炭の輸入禁止については「早急に代替案を確保し、段階的に輸入を削減する」とし、石油を含むエネルギー全体のロシア依存度の低減に踏み込まんとするのでした。(注:経産省によると、2021年の原油輸入量の依存度は3.6%,LNGは8.8%に達する見込みと。日経4/9)
序で乍ら、岸田政権の対ロ制裁の現状をレビューするに、気がかりなことは、日本がウクライナ情勢で貢献できることは少ないとはいえ、それが極めて米国の後追いと映るという点です。欧州諸国の場合、ロシアとの地政学的リスクを踏まえ中立国の立場を堅持してきたものの、今次ウクライナ侵攻を受け、その立場を破るスイスなどによるウクライナ支援、フィンランドやスエーデンのNATO加盟への動き等、これまでの国際政治の枠組みを変えんばかりの動きを鮮明とする処ですが、問題はそうした環境を日本政府としてどうとらえ、どう対応していこうとするのか、そうした思考様式が伝わらないことが問題と思うのです。まさに日本の安全保障問題への取り組みの如何と云う処ですが、それは正に外交力の強化に尽きる処、これが十分な議論もないままに、直ちに日本の国防費比率、GDP比1%の数字の見直し論に走る政治のあり姿に愕然です。
2.企業の「脱ロシア」と民主主義
(1)The Ukraine morality
処で、米エール大のジェフリー・ソネンフェルド教授が、2月24日のウクライナ侵攻が始まった数日後、ロシアから撤退する外資企業のリストを作成し、公表したのですがメデイアはソネンフェルド氏の思いを忖度しつつ、この公表がきっかけとなって、外資企業の脱ロシアが急速に高まったと、同氏の調査結果を好意的に報じる処、筆者も思いを同じくする処でした。(注:エール大発表の脱ロシア企業は4月8日現在600社を超えた由。これは80年代,約200社が参加した南アのアパルトヘイト反対活動以来の事。日経4/18)
が、4月2日付The Economistのコラム「War and wokery」(注) では、そうした調査結果の公表について、これが倫理的な要素に基づく経営の意思決定として評価するというよりも、多くの場合、撤退の本質は「プラグマテイズム」にあって、実際、ロシアの侵攻に憤る顧客や従業員の歓心を買う処、そうした企業の行動様式は、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があると、云うのです。仮に、これが企業のプラグマテイズムの原理で行動するのではなく、正義の旗を掲げだすとなると事は複雑で、事と次第では民主主義自体も危ういものとなっていくと云うのです。
New York Timesはこの調査をThe Ukraine morality(ウクライナを巡る倫理テスト)と謳った由ですがソネンフエルド教授は、これで一躍著名人となった由です。
(注)「woke」ウオークとは:a way of referring to the acts and opinions of
people who are especially aware of social problems such as racism and inequality ,
used by people who do not approve of these acts and opinions – Cambridge
Dictionary 要は、「社会的な正義に目覚めている企業や人物」を皮肉る蔑称
(2)脱ロシアと民主主義
ソネンフェルド氏は、予ねて現代の欧米社会において、企業は社会的・政治的変化を推し進める最高の力だと主張する立場にあって、企業の反プーチンの動きは80年代、南アで相次いだ企業撤退に相通じると見るのです。つまり、外国企業の撤退が南アでのアパルトヘイト政策を廃止に追いこむ力となったように、企業は良き市民として民主主義の価値観を支え強化していると云うのです。
この点、当該The Economistは、選挙で選ばれていない企業幹部が顧客や従業員を代表して倫理的な判断を下すことは、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があるとするのです。そして、ロシアのような強権国家が世界を危機にさらすなかで、民主主義が傷つけば、致命的なオウンゴールになりかねないと、云うのです。もとよりこの締めの言説には多少の不満の残る処ですが、筆者にとっても、今次西側企業の「脱ロシア」行動を、民主主義との関係でとらえ直すきっかけとなる処です。尚、世界的投資家として著名なジム・ロジャーズ氏は、「最終的には企業の判断だが、企業はロシアから撤退すべきではない。互いを遮断するのではなく関係性の維持が大切。むしろロシアトコミュニケーションをとり続けるべき」(日経ビジネス、4/18)とコメントする処です。
第2章 世界経済、そして日本経済の行方
上述環境にあって、4月12日、WTOは2022年の世界貿易の見通しを公表。前回21年10月時点での予測値4.7%から下方修正し、3%増に留まると見る一方、続く4月19日にはIMFも22年世界経済の成長予測を3.6%と、前回1月時の予測(4.4%)から0.8ポイント、下方修正を発表する処です。 僅か1年前、世界中のエコノミストはrecessionから経済が急回復したと喜んでいましたが、ウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げで、世界経済は今、急速に冷え込む様相です。
The Economist dated April 9th はこうした世界経済の状況について、‘Recession roulette’ と題して、Toxic mix of risks hangs over the world economy,(毒性を含んだリスクに覆われた世界経済)と、世界経済の危うさについて縷々指摘する処です。しばし同コメントをフォローする事とします。
1.世界経済(米・欧・中)の行方と、政策決定者の判断
まず「米国」については、FRBが高インフレと闘う為に急速な利上げに向かい、3月の利上げに続き5月には保有資産を減らす量的引き締めも決定する構えにあること。「欧州」では、エネルギー価格の上昇が消費者の購買力を奪い、工場の操業コストを引き上げていると指摘。更に「中国」については、新型コロナウイルスの変異型の感染が急拡大し、パンデミックが始まって以来で最も激しいロックダウンが実施されていること等に照らし、世界経済の成長にとって悪材料が重なり、先行きは暗くなっていると云うのです。今少し、これらの事情を深堀してみることとします。
まず「米国経済」の過熱事情です。つまりパンデミック後に職を離れた米国人が復帰してきた労働市場では、物価上昇で生活水準が下がる中、労働者が雇用条件の引き上げを求め懸命に交渉しており、賃金上昇率は依然高まっているとみる処です。FRBがインフレ率を目標の2%に抑えるには賃金上昇とインフレの両方を封じ込める必要があると云い、つまりは金融政策のブレーキを踏むという事でしょうが、他方で成長を脅かすことになるとも云うものです。つまり、歴史を振り返れば、FRBが経済を最終的にリセッション入りさせずに労働市場を抑えることは難しく、向こう2年以内にリセッション入りする可能性が高いと云うのです。
次に「欧州」でも問題はインフレです。それは経済の過熱というより、エネルギーや食品の輸入価格の高騰にあるのです。云うまでもなくウクライナ侵攻や西側諸国の対ロ制裁の影響を受けた価格高騰です。そしてエネルギー価格の急騰に伴い、消費者心理の冷え込みが問題であり、これによる企業も苦戦する処と云うものです。それでもユーロ圏全体では22年経済は拡大すると見るのですが、その足取りは弱弱しいと見る処です。
そうした中、世界の経済成長に対する脅威の中でも最も深刻かつ差し迫っているのが「中国」でのオミクロン型の感染爆発だとするのです。中国が4月6日に発表した新規感染者数は2万人を超えたのです。習近平主席はロックダウンに伴う代償を軽減するよう当局に求めているそうですが経済活動を性急に再開すれば中国本土は香港で経験したような感染者と死者の急増に見舞われると危惧する処、中国が最も効果の高いワクチンの高齢者接種を十分に進めない限り、ロックダウンの可能性が中国経済に絶えず付きまとい、世界を不安定にする要因であり続けると云うのです。
・政策決定者の判断
尚、こうした世界経済が抱える問題の多くは、明らかに政策決定者の責任だと同誌は糾弾する処です。つまり、米FRBは経済が過熱していくのを阻止しなかったし、又、欧州の各国政府は欧州がロシア産天然ガスに依存していくのを黙認してきたと。そして中国のオミクロンの感染拡大に苦慮するのも予測可能だったと断じるのです。要は上記リセッションの陰におびえる今日の事態は回避できたと云うのです。とすれば、世界経済の行方は、高騰するエネルギー価格とインフレ懸念、そしてオミクロンがたウイルスの感染拡大への対応次第という事になる処、思うに、第二次世界大戦さ中の1941年8月、米国のルーズベルトと英国のチャーチルが合意した大西洋憲章を以って今日に至る戦後世界経済の秩序構築に向かったような為政者の登場が待たれる処です。では日本の経済は如何に、です。
2. 円安と物価高に見舞われた日本経済
今、日本経済の推移をクロスセクションで見ると、コロナ後の景気回復の無いまま、円安の加速、石油を中心とした輸入価格の上昇、それに連動した国内物価の上昇で、まさに景気回復を見ないままにインフレが進行する「stagflation」の様相すら感じさせる処です。
(1)日本経済、景気の現状 ― 日銀3月短観
日銀が4月1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(D I)は3ポイント悪化で、プラス14でした。これは2020年6月調査以来、7四半期ぶりの悪化で、先行きについてはプラス9で、更なる悪化を見込む処です。今回はロシアのウクライナ侵攻後、初の短観でしたが、地政学リスクの高まりや資源価格の高騰で企業マインドが急速に冷え込んでいる実態を映す処です。
こうした状況下、2022年度予算が3月22日、成立を見ました。その規模は社会保障費の膨張などで一般会計総額は107兆円と過去最大規模となるものです。が、上述ウクライナ侵攻による資源高の加速等想定外の事態発生もあり、鈴木俊一財務相は、予算成立後の記者会見で「国際情勢、経済情勢などに不透明感が漂う中、新型コロナに対する安心安全を確保しながら経済を立て直して財政健全化に取り組むため着実な執行を進める」と語る処(日経3月23日)、その対応への歳出圧力として、3月29日、岸田首相は物価高への緊急対策を取り纏めるよう関係閣僚に指示する処です。
(2)日本の貿易構造の変化
そうした状況下、3月20日公表の2021年度、貿易統計(速報)によれば、貿易収支は5兆3748億円の赤字でした。貿易赤字は2年ぶり、その赤字幅は過去4番目の水準とされています。円安という追い風があるにも拘わらず、日本の輸出はコロナ後の世界経済の成長をうまく取り込めていないと云うところですが、今後、不安定な国際情勢を反映して輸出が伸び悩み、エネルギー価格が高止まりするようであれば、貿易赤字は相当な水準に膨れ上がること、貿易赤字の定着すら懸念される状況です。かかる事態の変化こそは日本の貿易構造の変化を映す処、もとより日本経済の在り方に係る問題を示唆する処です。
伝統的に日本の貿易の姿は原料を輸入し、製品を輸出する加工貿易の国と描かれてきました。が、もはやその日本型貿易の姿は見ることはなくなっているのです。勿論第1位の輸入品は原油(8.2%)、次がLNG(5.0%)と、資源の輸入となっています。が、3位以降は医療品(4.9%)、次に半導体等電子部品(4.0%)、5位に通信機(3.9%)とハイテク製品が続くのです。つまり我が国は急速に製品輸入大国に変貌しつつあるという事です。
こうした貿易構造の変化は、円安という「ぬるま湯」に浸かっている間に進んだ日本の競争力の低下を映す処と云え、今後, 円安が進行する局面にあっては、エネルギーや食料、ハイテク製品に対しても「買い負け」の無いよう配慮していく事が不可欠となるはずです。勿論、競争力を持った製品の開発を目指すことが必要であることは云うまでもなく、それはまさにイノベーションの推進であり、産業構造の高度化が求められる処です。
尚、4月13日の講演で、日銀黒田総裁は粘り強く、2%の物価上昇目の実現に向けて、現行低金利政策を維持すると発言する処、その直後には円安は加速、126円台をマークし2002年来の円安を期す処、15日には鈴木俊一財務相が、20年を経て「悪い円安」に変わったと異例のコメントをしたことが伝えられ、円安動向(注)に係る2人の認識のデイスクレに関心の集まる処、18日の国会では黒田総裁は「大きな円安や急速な円安はマイナスが大きくなる」と、ややこれまでの発言を修正するかのようなコメントを残す処でしたが、通貨担当の二人の政策判断に、齟齬なきをと、注視していきたいと思うばかりです。
(注)円安動向:2011年の記録的円高(79.80円)から始まった円安トレンドは一旦、
2015年、125.86円を以って底打ちしたが、その後も米国の金融政策の推移もあって
円安トレンドが続く処、この4月20日には、2002年5月以来およそ20年ぶり、129
円台を付ける状況にある。下落の事由は、云うまでもなくエネルギー価格の上昇、日
米金利差の拡大にあり、当分、円は独歩安で推移するもの見られる処。
おわりに 新自由主義へのショック療法
久しぶり、Joseph Stiglitz氏がProject Syndicateに投稿の4月5日付論考を手にしました。
タイトルは ‘Shock Therapy for Neoliberals’。まず、ロシアのウクライナ侵攻は、これまでに起きた予測不明の事件を想起させる処と、「2001年9月11日のNYテロ襲撃事件」、「2008年の金融危機」、更には「COVID-19のパンデミック」、或いはトランプ大統領の誕生も含め、取り上げ、これら事件が米国を保護主義やナショナリズムに向かわせてきたと指摘しながら、これら危機を予想し得た人ですら危機が起こった際、当該事態について誰も正しく語ることはなかったとも云うのです。そして、これら事件は経済に多大な被害を齎すなか、とりわけパンデミックは、強靭だったはずの米国経済の力をそぎ、その脆弱性を露呈させる処となったと云うのです。
同様に、プーチンのウクライナ侵攻は、既に予想されていた食料やエネルギー価格の高騰を更に悪化させ、同時にこれが途上国経済に厳しく迫る処、これがパンデミック禍要因も加わって債務の拡大につながっていると云い、欧州も同じで、ロシア産エネルギーへの依存体制からの脱却を目指すべきとも云うのです。
・Pricing risk
処で今から15年前、ステイグリッツ氏は、同氏の「Making Globalization Work」で、各国は安全保障に係るリスクは健全なグローバル経済維持のための代価として受け入れるか? 又、欧州はロシアが低価格のガスを提供するのであれば、安全保障問題とは関係なく購入するか? と質していました。が、残念ながら欧州の返事は短期的利益指向にあってで、それが齎すリスク、危険性を無視してきたと云うのです。 目下世界が `脱炭素‘を目指す中, Price on carbon ,つまり排ガスが齎すnegative 効果を明示するためにも、‘価格表示’が謳われだす処、この際はリスクについても、`Price’ risk、つまりリスクの価格表示を以って、リスクへの自覚を徹底すべきと云うのです。
つまり、経済の回復力の欠如とは、neoliberalismの基本的な失敗を映す処、市場対応にしても短期指向であり、要は、key risksに対する認識の足りなさにあると云うのです。因みにリスクが大きくなってくると、それと距離を取ろうとするのも現実だと云うのです。勿論、Pricing riskとは、pricing carbonよりはるかに難しいことはわかっていると云うのです。企業は安い供給元からの買い付けに徹し、ロシア産ガスに依存するリスクに頓着することなく、政府もその問題に介入することを避けてきたが、それはneoliberalismの基本的な失敗と云え、経済のfinancialization も同じことと云うのですが、要は、強靭な経済に向けた投資が少ないのも、そうしたリスクへの理解の足りなさにあると云うのです。
・global norms
今求められるのは適切なglobal norms、つまりはグローバルに通じる規範の再構築であり、そのポイントは単にneoliberal trade framework (新自由主義の貿易枠組み)を捻じ曲げる事ではなく、例えば、パンデミックにあっては、多くの死者を出したが、それもワクチン製造について、WTOには intellectual-property (IP:知財資産)ルールがあって 、これがワクチン製造地域を限定していることによるもので、こうした事態を早急解決すべきとも云う処です。つまり、これまでWTOではIPの安全確保にあまりにも執着し、経済に向けた安全保障と云った点に注意が及んでいなかったと、指摘するのです。 今、globalizationとそのルールについて再考すべきで、既に現行globalization には相応の対価を払ってきているわけで、この際は今次のショックを教訓に再出発すべきと云うのです。 まさにprogressive capitalismの旗手たるを感じさせる処です。
折も折、4月23日付、日経、第1面に現れた記事は大方の関心呼ぶ処、「三菱商事が2021年、ビル・ゲイツ氏が立ち上げた脱炭素フアンドに1億ドル出資し、アジアを中心に脱炭素事業に参画」との内容でした。ステイグリッツ氏に聞かせたい話です。期待する処です。(2022/4/25)