2017年05月26日

2017年6月号  欧州の潮目を変えたフランス大統領選、そして世界は今 - 林川眞善

はじめに:いま、二元化症状の世界 

・回復進む世界経済
世界経済は、北朝鮮という地政学リスクや、後述、トランプ政治が誘引するトランプ・リスクに見舞われながらも、思いのほか順調な回復を辿ってきています。

4月20日、ワシントンで行われたIMF会議の冒頭、レガルド議長は18日に公表されたIMFの2017年世界経済予測(注)をリフアーし、 ‘Spring is in the air and spring is in the economy‘(Financial Times, April, 22/23)と世界経済の回復基調を強調するのでした。

  (注) IMF、実質成長率見通し(2017年、2018年)、
       世界  日本    米国   EU  英国   中国  
2017 3.5 (0.1) 1.2(0.4) 2.3(0.0) 1.7(0.1) 2..0(0.5) 6.6(0.1)
2018  3.6(0.0) 0.6(0.1) 2.5(0.0) 1.6(0.0) 1.5(0.1) 6.2(0.2)
[単位:% カッ内は1月予測からの修正幅]

IMFが上記の通り、見通しを上昇に修正したのは過去6年間で初めての事だというのですが、その大きな要因は懸念されていた中国経済の失速が回避されたことにあると云うもので、今年1~3月期の中国経済の成長率は年率換算6.9%となっています。又、米国についてはトランプ・リスクが付きまとう処ですが、例えばペンス副大統領のおひざ元のインデイアナ州のコロンバスは多くの外国企業を誘致し成功しているとも伝えられ、かつて自動車不況に見舞われたデトロイトも今や高級マンションブームが報じられるなど、地域経済復活の様相が伝わる処です。因みに4月の米雇用統計(5月5日発表)は、景気動向を敏感に映す非農業部門の雇用者数は前月比21.1万人増、失業率も4.4%と約10年ぶりの水準に改善を示すなど、いまや労働市場には逼迫感が滲み始めている状況にある処です。

勿論、日本経済の上向き予想も、中国を起点にアジア経済全体が上向いたこと、米経済の回復が、日本の輸出の追い風に負うものであり、この輸出の持ち直しで生産が上向き、17年度の企業の設備投資計画も例年を上回る状況にある処です。因みに18日、内閣府発表の2017年第1四半期のGDPは年率で実質2.2% 増と穏やかな景気回復が続いています。 要は、米中の景気が共に底堅く、商品市況も底打ちしたと見られ、新興国、資源国も持ち直してきたとみられる処です。政治の世界では想定外のことが普通の出来事になりつつある中、経済の日常はそんな政治とは距離を置きつつあると映る処です。

・リスク一杯の国際政治
もとより、経済の安定の為には政治の安定が絶対的に不可欠であること云うまでもありません。その政治を今、不安に追いやっているのが、米トランプ政権の独善的な政策行動であり、BREXIT,英国のEU離脱という事態にあること周知の処です。それは具体的には、成長経済に取り残されたとされる市民の不平、不満が、それまでの政治の不備を批判する形でpopulismを生み、それが、今日の成長構造を支えてきた‘自由貿易’、‘グローバ化’を否定し、保護主義、孤立主義、更には人種差別的な移民拒否の行動に向かわせるなど、その在り姿は大きな政治リスクと映る処です。そして、そうしたリスクは更に、米英の事情とも呼応する形で、欧州でも蔓延しつつある処ですが、そうした環境の中、フランスで進められた今次フランス大統領選挙は、従来に増して世界的な関心を呼ぶ処となっていました。

今次フランス大統領選も周知の通り米国同様、ポピュリズムを背にグローバル化拒否、反EUを掲げる極右政党のルペン候補と,中道の旗を掲げ、EU諸国との連携強化を通じて経済の活性化を目指す若干39歳のマクロン候補との決戦となりましたが、結果は米国のケースとは対照的に中道のマクロン氏が極右のルペン氏を抑え圧勝。その圧勝こそはEUへの信頼回復を示すものと、評価されるものでした。
さてマクロン氏にとって問題はこれからですが、そのカギは分裂気味のフランスを如何に纏めていけるか、そしてEUの統合再生を如何に進めていくかにある処です。もとより、その成否のほどは今後の欧州の在り姿を規定していくことになり、更には、世界の生業にも大きく変化を促す処と思料されます。こうした事情に照らし、世界の関心は、当分欧州に向けられるというものです。因みに、6月のフランス国民議会選に続き、9月にはドイツで総選挙が、更にはイタリアでの総選挙が予想されるなど、今後の欧州の政治経済を占う大きな動きが続く処です。勿論6月の英国の総選挙を含めてです。

そこで今回は、フランス大統領選にフォーカスし、併せて、新たな潮流と対峙する世界の今について考察する事としたいと思います。
(2017/5/25)




 目 次

1.フランス国民の選択            [ P.3 ~ 7]

(1)フランス国民が選択した大統領は
弱冠39歳のE. Macron 氏            
 ・Macron who ?
(2)フランス国民の投票行動 - マクロン大統領を生んだ事情
 ・マクロン氏は消去法の大統領?
 ・傍流が本流に
(3)欧州の潮流を変えたフランス
 ・Macron’s triumph offers hope for France and EU
・欧州の潮流を変えたフランス、そして

2. フランス大統領選後の欧州と世界 [ P.7 ~ 10 ]
  
(1)Macron’s mission
   ― The Economist(2017/5/13)
(2)独仏首脳会談とユーロ改革
 ・独仏蜜月関係の演出
(3)G7サミット、シチリア会議
・`Goodbye to The West‘

おわりに:5月3日「憲法記念日」のできごと  [ P.11~13 ]
 ・安倍首相の突然の改憲提案
 ・改憲に思うこと     
 
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1.フランス国民の選択

(1) フランス国民が選択した大統領は弱冠39歳のE. Macron氏

4月23日のフランス大統領選の第1回投票で勝利した中道系独立候補のマクロン氏が、極右政党のルペン候補と決選投票進出を決めた折、4月29日付The Economistは ` Win or lose, Emmanuel Macron has revolutionized French politics ‘ と題し、彼の第一回投票の勝利はフランス政治の改革を齎す処、仮に決選投票で負けたとしても、それだけでも意味のある事と評していたのですが、果せるかな、5月7日の決選投票でも、マクロン氏はルペン候補を抑え、勝利し、5月14日、正式に大統領に就任しました。弱冠39歳のフランス大統領の誕生です。1年前までは実質的には無名とも言える存在だった彼が(勿論オランド政権で経済大臣を張っていた仁ではありましたが)、大統領選に勝利するとは仰天動地と受け止められるほどの出来事でした。

・Macron who ?
さて、Macron, who ? ですが、メデイアによると、マクロン氏(39歳)はフランスのエリート官僚を養成する国立行政学院(ENA)を卒業。2008年から12年までロスチャイルド家で投資銀行業務に携わったのち、12年オランド大統領(社会党)の顧問に抜擢され、14年には経済産業・デジタル相に就任(36歳)。2016年4月、超党派の政治運動「En Marche !」(前進)を結成。今次選挙に備え同8月、閣僚を辞任、既成政党には属すことのなく中道主義の下、
‘欧州統合を支持し、開かれた経済を堅持する’との立場を以って選挙戦に臨み、5月7日の決選投票を経て、フランス政治史上最年少の大統領となった仁です。大政党に属さない大統領誕生は、現在の第5共和制(1958年)が始まって以来の初の出来事とされるものですが、それは同時にフランスにおける政党政治の構造変化を映す処です。 序でながら彼は25歳も年上の既婚女性と結婚していますが、これは自信の高さの証と、仏モンテーニュー研究所主席顧問ドミニック・モイジ氏は云うのです。(日経5月9日)

(2)フランス国民の投票行動 ー マクロン大統領を生んだ事情

・マクロン氏は消去法の大統領?
既成政党の、左派・右派を破り、極右の進出を止めたマクロン氏の勝利は、数字的には圧勝です。
具体的に第1回(4月23日)の投票結果は、既成政党の後退を鮮明とする一方で、右や左の極端な政策を掲げる反既成政党候補への支持が高まるといった新しい変化を映すものでしたが、その間をぬっていずれにも属さないマクロン氏が優位に立ったと云うものでした。

つまり、具体的に投票数の流れを見ると、第1回投票では無所属のマクロン氏が全投票の24%を獲得して1位に、これに対して既成政党の候補者二人、共和党の前首相、Francois Fillon氏は20%で3位、社会党のBenoit Hamon氏 は6%で第5位といずれも後退。一方、対抗馬とされる極右政党のルペン氏は21%で2位、そして共産党が支援するJean-Luc Melenchon氏が19.6%の得票で4位となっています。更に上位2人、マクロン氏とルペン氏との間で争われた決選投票でも、ルペン氏の34%に対して、マクロン氏は66%と圧勝する形となったのです。

が、実態は消去法による結果とされる処です。つまり、上述、投票結果は、これまでフランス政治を主導してきた2大政党(共和・社会)への不満が募る形で彼らの後退を余儀なくさせた一方、極右の候補が2位に、極左候補が4位に入るなど、極端な政策を掲げる候補への支持を際立たせ、まさにフランス社会が抱える既存政治への不満を浮き彫りさせるものとなっていました。そうした中、本命とされていた共和党のフィヨン候補が政治スキャンダルで失墜したことで、マクロン氏は大統領の座を手にしたとされています。
要は、「極右のルペン氏は論外だが、マクロン氏も嫌い」と云った中で、消去法の結果として生まれた大統領と言われる処です。が、それ以上に、社会党の崩壊とも言える衰退ぶりは一層鮮明となったことに、今次選挙の最大の意味があると指摘される処です。

かくして、フランスでは1958年、ドゴール将軍が大統領権限の強化を狙って敷いた第5共和制の下、保革2大政党(共和党、社会党)による政治を基本軸として行われてきましたが、その60年を経た今、長きに続く高水準の失業問題等、何も問題解決に向かわない‘政治’、つまり既成大政党の政治への不満を募らせた有権者の投票行動が、上述、大政党に属さない大統領を生んだと云うもので、そうした彼の誕生は、フランス政治の構造変化と映る処です。

・傍流が本流に
さて、こうしたマクロン氏の大統領としての登場は、まさに傍流のリーダーの登場ですが、その傍流がいまフランスで本流となるというものです。勿論、フランスでは今なお文化的、社会的な背景もあって左右の対立が強く残る処ですし、本流を確立するには依然問題多々とされる処です。ただマクロン氏は「政治に右も左もない」を信条としている点で、今後、対立軸の解消を目指す処でしょうし、これまで曲がりなりにも「左翼」の求心力となっていた社会党が右と左の細かな集合に分裂してきた状況に照らすとき、今後は文化的、社会的なアイデンテイテイとしての「左翼」も希薄化していくものと、慶大教授、竹森氏は指摘するのです。(日経5月16日)

(3)欧州の潮流を変えたフランス

・`Macron’s triumph offers hope for France and EU’
5月9日付Financial Timesは`Macron’s triumph offers hope for France and EU’と題する社説で、Macron氏の勝利は、フランスはもとより全EU にとって素晴らしい事だとし、ルーブル美術館広場で行われた祝勝会で、EUと共に歩むフランスを演出するほどに、the EU’s anthem、EUの国歌とも擬せられるベートベンの交響曲第9「歓喜の歌」が流されたと事にも言及しつつ、彼はpro -European 、つまり欧州主義者であること、そして欧州大陸の価値観を堅持し、欧州各国の人々の結びつきを再び築き上げていく事になると、書き出すものでした。そして、その筆致には、なにか興奮さえ覚える処です。その一部を以下に紹介しておきたいと思います。

「The alacrity European leaders showed in congratulating Emmanuel Macron on his emphatic victory said it all. France’s president’s -in-waiting is an assiduous advocate of openness and internationalism. He is committed pro-European, who marched on stage on Sunday night to the strains of the EU’s anthem and pledged in his first address to defend the continent’s values and rebuild its links with citizens. Above all, he is not Marine Le Pen. ・・・If he fails, Ms. Le Pen will back next time。」

さて、問題は上掲、社説でも‘ If he fails, Ms. Le Pen will back next time.’と締めていますが、通俗な言い方をするすると、彼女は彼の失政を待っているという事でしょうか。具体的には彼の政治基盤です。6月には国民会議(下院)選挙を控えています。彼が目指す政策を実行に移していく為には議会での過半数の議席確保が不可欠です。議席数ゼロからの出発で、577の議席の過半数を1か月で獲得できるか。大統領当選後直ちに「En Marche !」を政党登録し、政党名も「共和国前進(Le Republique en Marche!)」に改め、新党を軸に多数派工作に入っていると報じられていますが、17日発表されたマクロン政権の閣僚名簿では、議会選挙をにらんだバランスのとれた超党派内閣の様相にあり、世論調査では共和国前進は高い支持率にあると報じられています。 因みにルペン氏は決選投票では得票率は約34%ながら、獲得票数は1000万票超とされ、その存在感の高さを窺わせる処です。

・欧州の潮流を変えたフランス、そして・・・
勿論、フランスと云う国は、米国ほどの国際的な役割を負うものではありません。然し、マクロン氏が新大統領として成功するかどうかかは、前掲Financial Times 社説の通りで、フランスにとっては勿論のこと、欧州をも超える重要な問題と意識される処です。 戦後、進められてきた欧州統合は英国の離脱決定で大きく揺らぐ処でしたがフランスが、大統領選の結果を以ってEUと共に歩み、欧州統合の強化を目指すとしたことで、それは米国でのトランプ政権の誕生を追い風にしようとするポピュリスト政党の勢いに、ひとまず歯止めをかけることになったというものです。 昨年12月のオーストリア大統領選、今年3月に行われたオランダの総選挙でも極右政党の進出が阻止されていますが、今次のフランス大統領の選挙を以って、大陸欧州が世界を渦巻く反グローバルリズムの圧力を押し戻したという事で、フランスという国がいま世界の命運すら握るほどに潮流を変えることになったのです。 

こうした潮流変化を捉え、Financial Times のColumnist, Gideon Rachman氏は` Macron, Le Pen and the limits of nationalism ‘ (4月25日)と題する中で、 今次フランス大統領選は国際政治における新たなトレンドを裏付けるものとなったとし、具体的には、どの国においても、最も重要な政治的分断はもはや左派か右派かという構図ではなく、nationalist (国家主義者)か、internationalist (国際主義者)かという構図になったと指摘するのでした。

つまり、昨年、2016年は、英国が国民投票でEUからの離脱を決め、米大統領選ではトランプ氏が勝利したことで国家主義者にとって躍進の年とされるのでしたが、今年は、今次のフランス大統領選を以ってフランスと欧州大陸の大半の国々は、国際主義者の側に残ることになる年と見られていたということで、それだけに、マクロン対ルペンの争いは国際的なイデオロギーの対立の一部を成すものと見られ、そこで世界はフランス大統領選の行くへを極めて注目する処となったと言うのです。
今回のマクロン氏の勝利を国際政治の文脈に絡ませ整理すると、ブリュッセル在のEU本部とドイツ政府には安心を与える一方で、クレムリンとホワイトハウスでは失望を買い、そして英国は複雑な気持ちをもって、その結果を受け止める、そういった関係図が描けると云うものです。


2.フランス大統領選後の欧州と世界

(1) Macron’s mission ― The Economist(2017/5/13)

さて、そうした環境のなかThe Economist(2017/5/13)は、`Macron’s mission’ と題した巻頭言で、過去20年間、フランスは経済の停滞、人種問題、更には変化することへの抵抗等々、とにかく批判に甘んじることばかりだったが、いまフランスは`open to change’を叫ぶMacron 氏の登場で、極右政党の云うような破壊的な状況からフランスも、そして欧州も救われたと、政治環境の大きな変化を強調するのでした。・・・he created a new political movement and bested five former prime ministers and presidents. His victory saved France and Europe from the catastrophe of Marine Le Pen and her far-right National Front.と。

そして彼には、これまでのフランス大統領の失政に照らし、まず10%と云われている失業率の改善にフォーカスし、しかも早急に、またいまそれができる状況にあるとして、そのspeed and ambitionを以って行動することで欧州におけるフランスのポジションは飛躍的に上がるとし、同時に早急にベルリンに出向き、EU基盤の再構築について議論すべきとadvice するのでした。それは、1975年、当時の石油ショックで不況に見舞われていた世界経済の再生を目指し、シュミット当時西独首相と連携し、今日のG7サミットに繋がる初の先進国首脳会議(G6)を主催したジスカール・デスタン仏大統領にも擬せんとするものとも映る処です。勿論、5月26・27日イタリアで開かれるG7サミット(後述)にマクロン氏は初見参です。

5月14日、マクロン氏は大統領就任に臨み、内政、外交について次のように語っています。
まず、任期5年間を「国民の融和、自信回復にささげる」とした上で、経済の立て直しに向け、
労働市場の規制緩和、中小企業支援への取り組み、等を約すと共に、国際関係では、持論の国際協調や、EUの基盤の再構築を、改めて強調していました。そしてフランス社会を覆う「経済的、社会的、政治的な分断を克服しなければならないと決意を表明したのです。(日経、5月15日)

(2)独仏首脳会談とユーロ改革

マクロン氏は大統領就任の翌15日、初の外遊先としてベルリンを訪問し、メルケル首相との首脳会談に臨み、そこではEUを巡る課題への対応について協議を始めていますが、上掲、The Economist のアドバイスを地で行く姿と映る処です。ここで興味深いのは、メルケル首相が、マクロン氏が唱える経済危機に対応するユーロ圏共通予算の創立について「意味があるなら、(ルールを定めた)欧州条約は見直せる」と述べたと伝えられたことでした。

・独仏蜜月関係の演出
マクロン氏提案のユーロ圏共通予算とは、詳細は不明ですが、要は創設した予算を加盟国への投資や経済危機への対応に充てると云うもので、この際はギリシャに始まった債務危機を止められなかった反省もあるとも伝えられています。この案については、ドイツは財政の肥大化に繋がることなど、懐疑的な見方にあると言われていました。が、この際は、メルケル氏はあえて不協和音の出ている部分で踏み込んだ発言をすることで、独仏関係を発展させる姿勢を示したものと見受けられる処です。まさに独仏蜜月を演出する処です。
この演出の背景には、言うまでもなく英国のBREXITがあり、自由貿易や「パリ協定の軽視」と云ったトランプ米政権の動きがあり、勿論、ポピュリズム政党の台頭と云ったEU内の悩みもあっての事でしょうが、このタイミングで独仏の強い結束を示す必要があったというものです。因みにEUの結束強化に向けた中期的な行動計画を作ることで合意、7月には両国の閣僚会議を開くことになった由です。

尚、6月には英国やフランスの議会選挙が、更には9月にはドイツの総選挙を控えるところですし、イタリアは来年3月の任期満了前の総選挙を探ることになっていますが、ポピュリスト政党「5つ星運動」が政党支持率でリードしているとも伝えられており、まだリスクが消えたわけではありません。ただEUの基軸である独仏が安定しつつあることで、市場はメルケル氏とマクロン氏を中心とした欧州再生の行くへに目を向け始めた事は確かと云えそうです。ドイツでは14日行われた州議会選、地方選ですが、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が勝利し、秋の連邦議会選への弾みをつける処となっています。

(3)G7サミット、シチリア会議

さて、本稿のテーマとする ‘フランス大統領選後の世界はどのように進むと見るか’ 、それを占う格好のeventが5月26・27日、イタリアのシチリア島で開催されます。第43回 G7サミットです。そして、今回の会合はこれまでになく注目度の高いものとなりそうです。と云うのも7か国首脳の内、メルケル独首相、日本の安倍首相、カナダ゙のトルドー首相以外の4人、即ちトランプ米大統領、メイ英首相、マクロン仏大統領、イタリアのジェンテイローニ首相はいずれも初参加で、1年前の伊勢志摩サミット開催時には予想されてもいない顔ぶれと云うものです。中でも台風の目となるのは、云うまでもなくトランプ氏でしょう。

G7の生い立ちは前述(P.7)した通りで、第一次石油ショック等で、危機的な混乱にあった
西側(The West)経済の回復・改革のため先進6か国が連携、事に臨もうと1975年、フランス
のジカール・デスタン大統領が主導して開かれたトップ会合です。これまで続けられてきた背景にあるのは、冷戦期の西側同盟の連帯感と、自国の経済の安定成長は自由貿易体制と世界経済の繁栄に分かちがたく繋がっているという意識であり、中でも冷戦終結後もグローバリゼーションの進展が望ましいとする感覚が、サミットを継続させてきたと云うものです。

処が今回、問題とされるのが、戦後秩序の基軸だった米国とそれを支えてきた英国の両首脳が、サミットのこうした歴史的背景から外れた立場にあるという事です。
つまり、サミットの歴史の中で始めて、自由貿易へのコミットメントという基本的な命題について議論が分かれる可能性が出てきたという事です。その姿は有態に言えば、前述(P.6)のnationalist とinternationalist が対峙する場、つまり米英 対 EU3か国の独仏伊が、尤もイタリアは議長国ですが、対峙し、これに国際主義の下、日本とカナダが参加する構図となる処です。
こうした環境にあって自由貿易を巡る議論を進め、G7として目指すべき方向を探るとすると、
それは、欧州勢の目指す「自由貿易」と米国が主張する「公正貿易」の折衷的な合意形成を探ることになるのでしょうが、その合意形成、つまり自由かつ公正な貿易、に成功すれば、世界経済に一定の安心感を与えることにはなるのでしょう。そうした合意ができなければ、世界は偏狭な国益を優先し、正義より力が支配する無秩序に回帰しかねないと云うものです。

もう一つの問題は、安全保障問題を巡るトランプ政権と欧州3か国との間に構造的とも言えるズレが起きている事です。英独にとって安全保障上の最大の関心事はロシア、仏伊にとっては北アフリカで勢いを増すイスラム過激派の脅威を優先する処ですが、一方のトランプ大統領は初の外遊先として、イランを脅威とみるサウジアラビアを訪問、現地では「イランを孤立させねばならない」と刺激的な演説をしていますが、それが示唆するように彼の関心は中東にある処です。
もっとも彼には体系的な政策構想は感じられませんが。

さてこうした状況で、どこまで深堀した議論ができるのか、そしてG7としての結束、つまり国際秩序維持への結束を世界に示すことが出来るか、或いは、これを機会に先進7国は、nationalist
の米英、internationalist のEU、が独自の利害関係を整えながら進むことになるのか、まさにG7サミットは岐路にあると言え、明日から始まる議論の推移は、極めて気がかりとする処です。

処で、今次G7での議論について斯界の論者の多くは、安倍首相の役割を強調しています。トランプ氏とも親密な関係にある彼には、欧州との懸け橋役を果たすべきと云うものです。勿論、メルケル首相に並ぶベテラン・メンバーの彼への期待に異論を挟む要はありません。が、その役割に説得力を持たせる為には、目指すべき世界経済への展望と併せ、歴史的パースペクテイブを持って語られる何かがこの際は必要と思料するのですが、残念乍ら、そうした準備はなさそうです。

・`Goodbye to the West’
こうした欧州の政治環境を追う中、頭をよぎったのが昨年12月、元独外務大臣で副首相(1998~2005)を務めたJ. Fischer (フィッシャー)氏の論考、「Goodbye to the West」(12月5日付)でした。それはトランプ氏が第45代米大統領に選出された直後の所感です。

要は、「West」の始まりと、終わりを示唆すると云うものでした。つまり、第一次世界大戦 [Central Powers(中央同盟国:独オーストリアオスマン帝国、ブルガリア) と英仏露のEntente Powers(協商国)との戦い] が始まった1917年、米国が参戦したことで本格的世界大戦となったがその瞬間、今日云う処の「West」と云う形が成り、1941年に始まった第二次世界大戦を通してThe Westが認知され、その生業は米国の防衛コミットメントをベースとするもので、言い換えればWestern order,つまり西欧の秩序は米国なくしては成り立たない構造になっていったが、今次の
isolationist nationalismに向かうトランプ氏の台頭は、もはや米国のWest からの決別を意味することになったと云うのです。もとより、米国なくしてはWestern countries はやって行けず、従って欧州はその点を自覚した戦略を持たない限り将来は難しいと、指摘するものでした。 
然し同氏はフランス大統領選の第1回投票結果を踏まえ、再び論考「The French Election and Europe’s Future」(4月29日付)を寄せ、マクロン氏の当選を前提に、彼が仏独関係を強固とし、それを基軸とした運営を図ることで、欧州の将来は明るいものとなるとその再生可能性を断じていたのです。そこにはThe WestはなくEuropeの文字で埋められていたのです。

序でながら、‘The West’で気になるのが「欧米」という日本語です。我々はよく先進諸国を見渡すとき「欧米」と一括した表現で語る事が多くあります。それには無意識にも欧米諸国が戦後世界を先導してきた事への、いうなれば敬意にも似た何かを含むものではなかったかと思うのです。勿論、その場合「欧」が英国なのかドイツなのかフランスなのかは問題にならず、「米」がアメリカ合衆国だけでなくカナダを含む事もあります。 然し英国のBRIXITが起こり、自国主義を進めるトランプ米大統領の誕生で、これまでの欧米と云った一括りの表現では律し得ない状況が生まれてきたことで、「欧米」や「米英」の一般化がだんだん難しくなってきたと思うのです。そして、そうしたcontextにあって経済も政治も見えてくるのは欧米消滅とも云うべき風景ではと思う処です。今次のG7会議こそは、実はそうした筆者の思いを映すことになるのかと、思いは複雑とする処です。


おわりに:5月3日「憲法記念日」のできごと

・安倍首相の突然の改憲提案   
5月3日、第70回の「憲法記念日」に開らかれた「公開憲法フォーラム」(主催:民間憲法臨調、美しい日本の憲法をつくる国民の会)で安倍首相はビデオメッセージを寄せ、具体的改憲項目二つを挙げながら「2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと」と表明したのです。具体的な改憲項目とは、戦力の不保持を掲げた憲法9条の1項と2項を残しつつ、新たに自衛隊の存続を明記すること、二つは、高等教育のすべてについての無償化を明記すると云うのです。まさにこれまで衣の下に隠していた改憲プロジェクト、つまり「自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、違憲かもしれないなどの議論が生まれる余地をなくすべきだ」と、訴えると共に、その実施をオリンピック・イヤー、2020年としたいとするものでした。

メデイアによると、今回、安倍首相が ‘9条改正’ に踏み込んだ背景には、北朝鮮情勢の緊張が高まるなか自衛隊を憲法上位置付ける事に国民の理解が得られると読んだものと解説されています. が、もう一つは自身の来年、18年9月までの自民党総裁任期も延長が可能になり、21年までの長期政権への視界が広がったこともあるとも窺える、と云うものです。要は、国民が最も関心を持つ9条の改正から切り込むことで、論議を加速させ、長年の憲法論争に一気に終止符を打たんとしているというものでしょうか。周知の通り、憲法改正には、国会による改憲案の発議と、改憲案に関する国民投票で過半数の賛成という2段階のステップが必要ですが、すでに首相官邸筋では、そうした改憲プロセスを軸にした政権戦略が動き出している、つまりその舞台準備は周到に進められだしているとメデイアは伝えるのです。

然し、今回の安倍首相の発言は極めて異常に映ります。まず高等教育の無償化ですが、現行憲法には「すべての国民は法律の定める処により、ひとしく教育を受ける権利を有し、・・義務教育は、これを無償とする」(憲法26条)と既に明文化されています。従って、高等教育の無償化もこの延長線で実行できる話です。因みに、政府支出に占める教育費の比率はOECD中最低レベルにあるのですが、これなど行政の怠慢の結果と云うものです。少なくとも憲法条項を改正しなければできない話ではないはずです。遡れば、旧民主党が教育の無償化を提案した時には、彼は真っ向から反対していたのです。

ただ、現行憲法の改正となれば行き着く処は、第9条の問題にほかなりません。その9条について時限を切って、つまり東京オリンピックの2020年を目標として改正するというのですが、オリンピックとどんな関係があるのか承知しませんが、そうした今回の安倍首相の行動には大いなる疑問を禁じ得ません。
その二日前の5月1日、憲法改正に積極的な国会議員らが開いた会合(新憲法制定議員同盟の大会)で、その会長を務める中曽根元首相は改憲を目指すべき時期が来たと発言し、その際は、国民全員が参加し、全員で議論を行い、国民の為の改正を進めるべきと云うのでした。然し、今回の安倍首相の発言は、中曽根発言とはあまりにも落差のある処です。

安倍首相は、ビデオで「憲法は国の未来、理想の姿を語るもの」(安倍首相、5月3日)と云うのですが、それでは、まず日本の未来像について議論を進め、その結果としてあるべき憲法の姿が創られていくことになるわけでしょうから、いつまでにと、はじめから時限を切っての話ではないはずです。 そもそも総理大臣とは憲法遵守義務を負う行政府の長であり、従って安倍首相が国会答弁では憲法改正は「憲法審査会の議論猪委ねる」と繰り返し説明してきた処です。その彼が自ら具体的改正条項を明示し、しかも時限を切って提案するなど、言うなればレジェンドを求める彼のための改憲と映るころですし、その発言こそは、まさに違憲行為というものです。

勿論、今回の安倍発言には、外国メデイアも注目する処、因みにThe Economist、May 6thでは`Shinzo Abe sets a deadline for revising the constitution ‘ と題し、目指す2020年となるとあと3年。だが、それには膨大な政治的エネルギーを不可避とする処、その間、安倍首相が旗振りする経済改革を犠牲にする事になる。日本の改憲は、言うなれば岸信介以来、安倍家念願のプロジェクトされる処、その言動はAn attack on pacifism ,平和主義への攻撃と映ると、批判するのです。

・改憲に思うこと
現行憲法は、戦後GHQがわずか9日間で纏めた「押しつけ憲法」とし、とりわけ9条については自民党内ではhumiliation(屈辱)と見做されてきていますが、この憲法こそは平和と自由で豊かな戦後日本のつっかい棒となってきた事は間違いない処です。よくぞ70年、と云う処でしょうか。ただ問題は日本国のあり様を考えていくとき憲法は今のままでいいのか、と問われていく事でしょうし、それが改憲を構想する上でのトリガーとなるはずです。

因みに国の在りようを構想する際、まず出てくる課題は、少子高齢化と人口減少社会への対応問題です。2053年には日本の人口は1億人を切り、65年には8800万人と予測されています。勿論、人口減少は巷間言われるような日本経済、沈没か、と云った話ではありません。ただ、この人口減少は間違いなく日本の国としての構造を変えていく事になるはずです。そしてその変化は、政治の仕組みづくりに直結する問題となる処です。新生日本とも言える変化を、国家としての生業とするとき、その体制に即した憲法が、現実的に言えば改憲が必然となる処です。勿論経済の生業も構造的に変わってくるというものですし、そうした面からも憲法改革が必然となることと思料するのです。

ただそれでも、9条問題は残ります。そうした文脈でこれからの改憲は、単に改憲だ、護憲だと云ったことではなく、より構図的に問題の所在を捉え直し、より先進的な思考で取り組んでいく事を目指すべきで、時の長の思いだけで動くべき問題ではないという事です。自衛隊について言えば、重要なことは、どのような役割を求めるかの議論であって法解釈ではないと云うものです。
因みに、衆院憲法審議会の幹事を務める自民党の船田元氏は、首相が改憲時期に言及したことについて「行政の長たる首相には、もう少し慎重にあっていただきたい」(日経、5月9日)と批判しています。まさに一強と云われる安倍政権の数に物を言わせた傲慢な政治姿勢、そして右傾化に、深刻な懸念を覚える処です。

今次フランス大統領選挙ではマクロン氏はフランスの将来をどうしていくべきかを問うものと位置付けていましたが、その姿勢は今の日本にとってリアルな示唆と映るのですが。その彼、明日から始まるG7首脳会議(5/26・27)にトランプ氏らと共に初見参です。さて、どんな発信が期待できるのでしょうか。
以上



posted by 林川眞善 at 08:54| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

2017年5月号  Jacksonian Politicsとトランプ大統領リスク - 林川眞善

はじめに いま窮地の中のトランプ氏

就任100日というハネムーンの終わりを目前にして、なおトランプ政権への不信感は深まる状況にあります。これまでトランプ氏が大統領として執る行動様式に見る論理の欠如、それらが齎す結果としての政治の現実と、選挙中の声高に叫んできた公約との落差に、彼の大統領としての資質に疑問ありと、批判の高まるなか、4月1日付The Economist誌はその巻頭言で ‘The Trump presidency is in a hole . That is bad for America – and the world’とトランプ政権を極めて厳しく評する処となっています。そんな折、手にしたWalter Russell Mead, Professor at Bard Collegeの論考「Jacksonian Revolt」(米Foreign Affairs3月号)は、トランプ革命がなぜ起きたか、彼を支える草の根の思想運動がどこにあるか、が解説され併せて、これからの世界経済の戦略の在り方を問うという、興味深いものでした。

そもそも、英国のEU離脱もそうですが、グローバル化を活かしながら繁栄してきた米国ですが、その結果は経済格差拡大と云う社会的矛盾を晒す処、そうした繫栄から取り残された人たちの声が政治批判となって、それがアメリカン・ポピュリズムを生み、トランプ氏はこれに乗ることで大統領への道を拓いたと理解される処です。
が、そうしたトランプ氏の台頭をMead氏は、単に現状への批判行動と云うよりは、戦後米国の経済政策、とりわけ対外戦略に見る思考様式の変遷の中に捉え直すと同時に、トランプ氏が、これまで繰り返し公言してきた「America First」、「グローバル化拒否」をミッションとする背景を語ると云うもので、まさにトランプ現象の深部に迫ると云うものでした。

ただ、それでも過去70年で初めて米国民は戦後外交政策の核心にあった政策、理念そして諸制度をdisparageする、つまりそれらを貶めるような仁を大統領に選択したとも指摘するのですが、それこそが、彼の行動をして世界が一喜一憂する、いや一憂一憂する環境が演出される処となっていると云うものです。

そこで、今回は、まずMead氏が分析するトランプ氏の行動様式の背景を改めて読み解く事とし、以って一連の国際会議、G20会議、とりわけ米中首脳会談、更には日米新対話に映る新たな世界情勢に日本は如何に向かい合っていくべきか、考察したいと考えます。
(2017/4/26)
目   次
       
1.Jacksonian Revolt by Walter Russell Mead,
(1)戦後米国対外政策を規定した二つの思潮
(2)トランプ氏の変節が意味すること

2 .米中首脳会談と日米経済新対話に映るトランプ政権の生業
(1)米中首脳会談
(2)日米経済新対話

3.トランプ ‘ハネムーン’ 政治 総括
(1)トランプ氏の「就任100日行動計画」
(2)トランプ大統領リスク

おわりに:もう一つのフランス革命?

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1. Jacksonian Revolt by Walter Russel Mead

(1)戦後米国対外政策を規定した二つの思潮

まずMead氏は、第2次世界大戦以降の米国のgrand strategy (大戦略)は二つのmajor schools of thought(主要な思想学派)によって形成されてきたと言うのです。

その一つは、Hamiltonian 派、或いはWilsonian 派と云われるリベラルな思考様式を取るグループだというのです。 このHamiltonian 派とは初代米財務長官(1789~1795)、Hamiltonが世界経済の再生を重視したことを映す思考様式ですが、一方のWilsonian派とは第28代米大統領(1913~1921)、Wilsonのことで、第一次大戦後、国際連盟を提唱した仁であり、経済より人権や民主主義といった価値観を重視する仁ですが、両者は共にリベラルな世界秩序を維持するグローバル主義という点で共通するグループとされる処です。

もう一つは、こうしたグローバル主義にはコストがかるということで、その反動として台頭してきたのがnationalismとanti-globalismを旨とする流れで、これにはJefferson主義とJackson主義の2つに分類されるというのです。
Jefferson主義とは第3代米大統領、Jefferson(1801~1809)の名を頂く処ですが、これは世界に関与するコストとリスクを最小限にして国益を守る立場とするもので、共和党のSenator Rand Paul & Ted Cruzなどがそれに分類される仁であり、彼らは共和党の予備選挙ではJefferson主義の波に乗れるとしていたというのでした。もう一つのJackson主義とは第7代米大統領のJackson(1829~1837)の名を頂くものですが、彼は政治家としてのidentityを庶民(commons)の味方に置く、とする仁でしたが、トランプはライバルが把握できないものを感じ取っていたというのです。つまり、それは米国政治に本当に台頭しているのは、Jeffersonian minimalism(最小の投資で最大の成果を得る)ではなく、Jacksonian populist nationalism だったと云うのでした。

・Jacksonian Populism
では彼が描くジャクソン派ポピュリズムの特徴とはMead によれば、Identity Politics Bite Back(アイデンテイテイ政治の復権)にあるように、彼らは米国のエスタブリッシュメントはもはや米国の価値観に忠実な、信頼できる愛国者ではないと考えるようになっているというのです。国際主義を旨とする人は人権の改善のために働くことを義務と考え、ジャクソン主義者を遅れた利己主義者とみなすが、ジャクソン主義者は自国を第一に考えることに道義上の疑問を投げかけるような国際主義者を裏切り者に近い存在とみなす、というのです。そして近時こうしたエリートに対する不信はますます高まってきているというのです。

今日の米国には、多様な民族、人種、性と宗教の動きが溢れており、エリートたちは文化的な認知を求めるアフリカ系やヒスパニック系、女性やLGBTQの人たち、更に先住民やイスラム教徒の要求を喜んで受け入れるようになったが、こういう状態はジャクソン主義者たちにとってはより複雑で、彼らは、自分たちがどのカテゴリーにも適応しないと考えていると云うのです。
多くの白人有権者たちの間にはいわゆるポリテイカル・コレクトネス(政治的正しさ)に対する抵抗が強くなり、自分たちの所属意識を高めようという意思も高まったというのですが、これが時として人種差別主義として現れることがあるというのです。人々は常に、自分たちのアイデンテイテイを積極的な意味に考えることを人種差別だとしてきているのですが、彼らは,自分たちはまさに人種主義者であり、そのことを最大限に利用するのは当然だとし、いわゆるアルトライト(もう一つの右翼)の興隆は、少なくとも部分的にこういったダイナミックスに源を発するものと見るのです。

そして移民問題についてはこう指摘しています。つまり、低賃金労働者への影響とか反イスラム感情が議論されていますが、ジャクソン主義者はこの問題を、自分たちを自国の主流から排斥する意図的、意識的な試みの一環と見ているというのです。民主党員の間では有権者人口の変化で民主党多数派の期待が云々されていますが、ジャクソン主義者はこれを米国の人口構成の意図的な変革と受け止めるのです。エリートたちが移民のレベルを上げることに熱心で、不法移民に関心を払わない様子を見聞きするとき、彼らは経済問題に引き付けて考えるのではなく、彼らを文化的、政治的、人口構成的に権力から締め出そうとしているともみているというのです。要するに、昨年の選挙で米国民は、特定の政党と云うよりは、広く統治者と彼らが関係する国際主義的イデオロギーへの不信を表明するものだったと分析するのです。以って、トランプ革命をJacksonian Revoltとする処です。

・The Road ahead ― 今後の課題
では、係る状況が今後の米国の外交政策にどう反映していくと見るのか。就任後に考えを修正した大統領は過去には多くいたし、トランプも例外ではなかろうとはしています。因みに、
ジャクソン主義者は、ブッシュ元大統領を英雄として支持したものの失望して背を向けたが、トランプにも起こり得ると見るのです。現在の処、ジャクソン主義者は、米国が地球規模での関与やリベラル秩序の建設には懐疑的ですが、それは特定の政策への期待と云うよりは外交政策の策定者への信頼欠如の為だというのです。

この25年間、西側の政策担当者は危険なほど単純化された考えに夢中になってきた。資本主義は制御されているから、もはや全般的な経済的、社会的、政治的激変は起こらないと考えてきた。が、9・11後に起きた多くの出来事、対テロ戦争から金融危機、欧米の両方で起こった怒りにみちた国家主義的ナショナリズムのうねりは大きな驚きであった。そして日増し、明らかになっている事はグローバル化とオートメーションが繁栄と社会の安定を支えてきた社会経済モデルを破壊している事というのです。そして資本主義の次の発展段階では、地球規模のリベラル秩序と国家の支柱の基本軸の如何が問題となるというのです。

従って今後の課題は、通常の路線に沿ったリベラルな国際秩序建設の任務を完了するというよりはむしろ、リベラル秩序の融解を止め、グローバルシステムをより維持可能な基礎の上に据え直す方策を探すことと云うのです。そして、国際秩序はelite やbalance of powerだけでなく、国民共同体による自由な選択、すなわち世界に関わることで利益を引き出すのと同じくらい、外部の世界から守られていると感じられる共同体の選択に据えられる必要がある、というのです。

・・・The challenge for international politics in the days ahead is therefore less to complete the task of liberal world order building along conventional lines than to find a way to stop the liberal order’s erosion and reground the global system on a more sustainable basis.
International order needs to rest not just on elite consensus and balance of power and policy but also on the free choices of national communities – communities that need to feel protected from the outside world as much as they want to benefit from engaging with it.

勿論、彼がイメージする具体的な事態とは、当該論考を見る限りでは検証不可ですが、いま相対的優位な政治資源を手にしていると言われる日本こそは具体的シナリオを以って当該テーマに取り組むべき時ではないか、と思料するのです。崩れそうな世界環境の中、ドイツに実績を持ち得た日本に「日独が協力して自由貿易の砦になれ」と、コラムニストの秋田浩之氏はその主張を展開(3月10日付日経)していましたが、まさに時宜をえたものと云え、それをより確実にしていく為にも、今日本経済の成長基盤再構築への行動が求められている事、間違いない処です。

(2)トランプ氏の変節が意味すること

これまでAmerica First,一点張りで進んでいるトランプ氏、これまでのJacksonian like ともされてきた主張は、政権内部の意見の相違、政権と議会との関係、更には政権を取り巻く外部環境の変化、等々から、時に修正を余儀なくされる場面が顕著となってきています。それはグローバル化の深化が政治経済の生業を根本から変えてきたという事で、旧来のJacksonian流ではいかなくなっていることを語る処ともいえ、因みに、トランプ氏が否定的な態度を示していたNATO については支援姿勢に転じ、米連銀のイエレン議長についても再選を示唆する他、米輸銀に対する姿勢にしても極めて好意的に変わり、更には中国の為替慣行を不当なものと激しく非難し、大統領就任初日には中国を為替操作国に認定すると公言していましたが、後述、米中首脳会談後の4月14日の財務省報告では、中国を為替操作国と認定することを撤回したのです。

つまり、トランプ氏を巡る外交戦略については取り巻きの軍人出身者らがトランプ氏の「米国第一」の外交政策を締め出している一方で、ウオール街が経済の議論を有利に進めていることを示唆するものであり、つまりは政府の政策は急速に、昨年の有権者があれほど激しく拒絶した事態に戻りつつある事を示唆する処と思料するのです。

こうした変節とも言える行動はトランプ政治にとって大きな後退とも言える処ですが、外交や安全保障などを巡る発言の修正が目立つようになったという事は、後述する北朝鮮やシリアを巡る情勢が緊迫し、国際社会との協調が不可欠との認識に至ったという事なのでしょうか。もとより、これが現実としては全く賢明な動きと云うことなのですが、これでトランプ政権が国際経済の分野で破壊的な対決を引き起こす可能性が消えたとは思えないのが悩ましい処です。と云うのもこうした変節が、気まぐれから起きているように見えてならないからです。4月18日、ウイスコンシ州で行った演説では、自国産業と雇用を優先し自由貿易に反対する姿勢、米国第一主義、を曲げることのないことを再び明言するのでした。

・Steve Bannon氏のこと
序でながら、この‘変節’と云う点で触れておかねばならない状況があります。それはトランプ氏の側近、大統領上級顧問で国家安全保障会議(NSC)の常任委員にあったSteve Bannon氏、彼については2月13日付TIME誌では‘The second most powerful man in the world’とまで評された仁ですが、その彼が4月はじめにNSCメンバーから外されたという事です。なぜか、それは政権内の確執(バノン氏と、トランプ娘婿のクシュナー上級顧問、マクマスター大統領補佐官との確執)によるものと伝えられています。バノン氏は極右の立場にあって人種差別、女性蔑視の激しい過激な人物とされる処、トランプ氏の政策、言動は彼の誘導によるものとされています。それだけに彼が外れたことで、欧州の同盟国は安堵しているとも伝えられる処です。序でながら、トランプ氏のシリア向けミサイル攻撃を彼は反対していた由。

そこで興味深いことは、Financial Timesのcolumnist、Mr. Edward Luceのコメント` Why Trump
still needs Bannon’(April 13) でした。つまり「バノン氏は姿を消したわけではない。実際、
彼は政権内では唯一戦略的頭脳に近いものを持った人物。米国の政治は変革する必要がある。ト
ランプ氏に一票を投じた人々は中産階級に再び光を当てるという同氏の公約を信じて投票した
が、この選挙の立役者はバノン氏。そこでバノン氏の処遇がこの先どうなるかでトランプ氏が、
自分が大統領にえらばれた理由を忘れていないかが分かるだろう」というのでした。


2.米中首脳会談と日米経済新対話に映るトランプ政権の生業

(1)初の米中首脳会談(4月6・7日)

上述環境のなか、4月6・7日、世界が注目するトランプ大統領と中国習近平主席との初の首脳会談が米国フロリダのトランプ氏別荘で行われました。当初、色々の憶測が伝えられていましたがメデイアによると、結論的には‘中国の挑戦に苛立つ米国の巻き返しのドラマ’と映ったというのです。 そして、何よりも興味を引くこととなったのはトランプ大統領就任直後、わずか76日後の出来事ということで、体面を重んじる中国としては異例の速さに関心が集まったというものでしたが、それには習氏には急がねばならない事情があったためだとされています。

その事情の一つは経済です。中国は2001年にWTOに加盟していますが、それ以降米国が主導するグローバル化の波に乗って成長してきたとされています。その成長が相対的に鈍ってきた今、そこにトランプ政権の保護主義の矛先が中国に向かうとなれば、中国の世界戦略も破たんしかねない。とにかく対米関係の安定が最優先とする事情があっての事都いわれています。
もう一つは内政への対応問題と云われています。と云うのも、この秋、中国では最高指導部を入れ替える共産党大会が予定されており、既にいろいろの闘いが始まっていると伝えられる処ですが、習氏としては対米関係の安定を成果に共産党大会に臨みたいとしていると観測されているのです。つまり、‘対米外交は内政の延長にあり’と云うところでしょうか。

さてトランプ氏は習氏との会談には国務、国防、商務の各長官ら主要閣僚を揃えて望んでおり、日米首脳会談時よりも重い陣容だったとされ、中国は体面を保ち得たと云う一方、トランプ氏も安全保障から通商、為替まで全て話し合っていると国内にアピールできたとするものでした。 ただ、2日間の会談後、米中共同の発表や中国側の記者会見も一切なかったという点で、新たな米中関係を示すこともなく、以って深刻な対立があったのではと勘繰る向きもある処です。

尚、そうしたことで当該会談内容は不明ですが、米中高官の発言からは、「朝鮮半島情勢問題」「東・南シナ海問題」「貿易不均衡是正問題」等、更には「米中課題を話し合う対話枠組み」について話し合いがおこなわれたとされていますが、特段の具体的成果は見られず、ただ貿易不均衡の是正に向けた政策策定「100日計画」(注)について合意を見ただけでしたが、それでもトランプ氏が先手を取り、主導力をアッピールするものだったと云うのでした。ただ、言えることは、仮に米中が貿易戦争にでも陥れば日本にも悪影響が及ぶこと間違いなく、とにかく貿易不均衡是正に向けて動いたことは日本にとって好影響と云う処でしょうか。

    (注)「100日計画」:7日行われた米中経済対話では、ロス商務長官、ムニューシン財務長
     官は中国の汪洋副首相との対話において、100日内に両国の貿易不均衡を分析し、この改善
     策を取纏める事で合意。米国は航空機やエネルギー、農産物の対中輸出拡大を求めるとしてる。
因みに、オバマ前政権時の2015年9月、習氏の訪米時には、中国有力企業が米ボーイング
社から航空機300機を買う契約を結んでいる。この差をどう読むか。トランプ氏は習氏に核・
ミサイル開発をやめない北朝鮮への制裁強化を迫っており、この点で習氏にすれば北朝鮮への
カードを切る前に経済協力の持ち駒を使うのは得策でない。その代わりに出したのが「100
日計画」ではとの憶測もある処。要は秋への時間稼ぎではと見られているが。

とにかく初の顔合わせという事で、トランプ大統領にとって今次首脳会談は、協力できる相手か見極める場とするものだったと報じられており、とりわけ近時北朝鮮問題への中国の関与協力をと公言していますが、「中華民族の偉大な復興という夢」を掲げる習氏、一方「アメリカを再び偉大に」とするトランプ氏。この二つを戦略路線として進む限りにおいては、激突する危険性は否定しえず、その端緒が貿易摩擦と云うものか、それともほかにあるのか、という事でしょうが、今後の世界経済における米中関係の重要性に鑑みた場合、言える事はと云えば、二人が対立していてはどちらもその目標は達成できないことを互いに納得し合わなければならないという事でしょうから、つまる処、目標達成の為に、どこまで歩み寄れるかが問われていく事になるという事でしょうが、その難所は今、新たに始まったばかりと云えそうです。その点、日本としてもそうした新たな視点をもって、その推移を見極めていくこと肝要と思料する処です。

(2)日米経済新対話 (4月17・18日)

日米両政府は18日、麻生福総理・財政相とペンス副大統領をヘッドとして日米経済対話の初会合を首相官邸で開催しましたが、対話終了後に公表された共同プレスリリースによれば、今後の協議は「貿易・投資ノルール」・「経済財政・構造政策」・「個別分野」の三つ柱で進める事で合意し、年内に次回会合を米国で開くこととしたとするだけで、どうも視界不良の対話と映る処です。

そもそもこの対話は、2月の首脳会談で安倍首相から、言うなれば先制攻撃とも言うべく提案を行い、これにトランプ氏が合意したと云うもので、その点では日本側は周到な準備で臨んだと言われ、実際その枠組みづくりは日本の思惑通りに進んだように見られる処です。然し、一方の米側は人事の遅れなどで本格協議の態勢が整っていない事もこれありで、特段の進捗は見られなかったというものでした。ではなぜ米側は、そんな様で日本まで来て?と云う処です。
それと云うのも、周知の通り、日本としては米国のTPP回帰を期待しての対話を進めたいとする処、ペンス副大統領は多国間協議ではなく2国間交渉を重視し、FTAへの意欲を明確にしている点で双方のスタンスがスタートラインにおいてズレがある中で、 前述、中国の為替操作国認定をあっさりと撤回したようにトランプ大統領の立ち位置も見にくいという事、それに政権内の対立もあって、先が見通しにくいという事情を映すものだったからと思料するのですが。

・対話の目指すべき方向
いずれにせよ今後の対話にあったって日本は、2国間協定の交渉に応じるにしても、TPP交渉での日米合意をベースに議論を進めるべきで、併せて米国の離脱後のTPPが空中分解しないよう、米国を除く11か国での発効を探っていくべきと思料する処です。そして日米両国がとくに問われることは、短期的な得点稼ぎではなく真に両国が必要とする構造改革に繋がる議論ができるか、であるはずです。トランプ政権は雇用創出を掲げ、失われた製造業の復活に力を入れるとしています。又日本も、金融・財政政策など景気刺激策に頼らない自律的な経済成長の実現が求められる処、そのためには国内の抵抗の強い構造改革が欠かせない処です。せっかく始めたからには、志の高い日米対話にしていく事を期待する処です。


3.トランプ ‘ハネムーン’政治 総括

― 米大統領の就任から100日間はハネムーン(蜜月期間)とされ、議会やメデイアも厳し批判を控えるのが通例です。さてトランプ氏にとってのハネムーンはこの4月29日で終わります。ではその間の実績はどうだったか。そこで彼が選挙中打ち出した公約、つまり「就任100日行動計画」の実績、そしてそこに残されている問題、今後の課題についてレビューし、以って100日行動計画の総括に代える事とするものです。

(1)トランプ氏の「就任100日行動計画」の現実(弊月例論考、2016年12月号)

ここで示されていたのが、就任初日に実行する18項目、そして立法措置を伴う10の事案ですが、その成果は如何と云う処ですが、まず初日実行の18項目については、初日に限らなければ、実行したものは多く、大統領令だけで実行出来る‘TPPからの離脱宣言’、‘NAFTAの再交渉宣言’、或いは‘エネルギー開発の許可’などがありますが、これに対して‘減税’や‘インフラ投資’と云った政権公約の実現に欠かせない10の法案作成は全て失敗か未着手の状態にあります。

とりわけ‘オバマケアの代替法案’を作ったものの、野党民主党どころか、与党共和党内を取りまとめきれず、撤回を余儀なくされており、オバマケア見直しを最優先策と位置付けてきただけに、その撤回インパクトは大きく、他の政策の遅れに繋がっている処です。尚、その他テーマについての進捗状況は、通商関係では「中国の為替操作国認定」については前述の通りでひとまず見送りとされており、移民問題については2度の大統領令が出されたものの、周知の通り人権問題に絡めた裁判所裁定で実施差し止め、国境の壁建設も予算取り出来ずに先送りとされています。

尚、21日、トランプ大統領は、オバマ前政権下の税制や金融関連規制(ドット・フランク法)について見直しを指示する大統領令に署名、26日には大型減税案を公表する旨発表しています。まさに就任100日の節目を29日に控え、経済対策の目玉である税制分野で実績作りを急ぐというものの由でしょうが、問題は下院共和党が提案する「法人税の国境調整」の扱いで、理論的には貿易収支の改善を映し急激にドル高が進む可能性も指摘され、ムニューシン財務長官は、通貨への影響を懸念し、導入に慎重な姿勢にある処、このほか減税規模や財源などを巡って関係者らの意見の隔たりは大きく、調整は難航する可能性が今から指摘されている処です。
ただ、減税等政策への期待は大きく、それがはげ落ちることにでもなれば企業や個人が投資や消費に踏み切れず、続く景気回復の限界論も余儀なくされる処、さてアメリカ第一主義で通し切れるか、改めて問われる処です。それにしても100日の直前、28日には暫定予算の期限も到来する処、議会で期限延長などの合意が得られなければ、100日目を政府機関の閉鎖という異常事態で迎える可能性も否定できず、政策実現に向け政権は大きな岐路に立たされる処です。

(2)トランプ大統領リスク

さて、上記政策対応の現状は、Jacksonian populism like に、しかし移民や環境など世界が抱える問題には背を向け、更には世界の警察であることを拒否する、言うなればトランプ大統領の単独主義のなせる業とも云うべく、そこにはそれ相応のリスク、つまりトランプ大統領リスクを認識していく必要があるという事です。

因みに、4月6日のトランプ政権によるシリアへのミサイル攻撃は、議会や同盟国との相談もなしに実行されています。そしてその動きは特段の戦略を持っての話と云うよりは、化学兵器で苦しむ子供たちの姿を見て、言うなれば感情的、衝動的に走った行為と説明される処です。但し、それも、トランプ氏がこれまでロシア、プーチン氏との密接な関係が取りざたされてきたことで、この点を払しょくするために敢えてロシアが支援するシリア、アサドを攻撃した、つまり国内政治要因で動いたともされています。

いずれにせよ、身勝手に動く、一言で言って何をしでかすかわからない、自らの行動に対する制限が少ない人物だけに、この100日の経過の中、彼の単独主義がもたらすリスクをこの際は十分理解しておく必要を改めて痛感させられた処です。こうしたトランプ大統領のリスクは当初は意識されていたはずですが、何時しか世界的な景気回復やトランプ政権の経済政策が焦点となっている点で、それが忘れがちになっているのですが、まさにシリア攻撃でそのリスクの顕在化を自覚させられたという事です。 そして今、北朝鮮情勢の緊迫化は地政学リスクの拡大を余儀なくさせています。具体的には北朝鮮の核実験をやめさせるため、米中日韓が一体になって圧力をかけていますが、北朝鮮にはそれを受け入れる様子は見られません。緊張緩和に進まなければ、米国単独による攻撃も予想される処、日本としては、トランプ政権との付き合い方を改めて検討していく事の必要性、痛感する処です。


おわりに:もう一つのフランス革命?

本稿執筆中の4月24日早朝、フランス大統領選挙第1回投票の結果が伝わってきました。4人の候補の内、首位は元経済産業デジタル相で中道の立場を取る親EUのエマヌエル・マクロン(Emmanuel Macron)候補、2位が極右政党、国民戦線(FN)党首で、反EUのマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)候補。いずれも過半数には至らず、従って5月7日予定の第2回投票で、この二人による決選投票が行われることになります。まさに、リベラルなEU主導者対極右の一騎打ちということです。さて、フランス国民はいずれを選択するものか。アメリカでトランプが想定外の勝利を収めたようにフランスでも同じようなことが起こるのでしょうか。とにかく2大政党の左派と右派の候補者が第1回で負けたという事は過去60年間で初の出来事で、まさにフランス政治の転機とされる処です。

実は、第1回投票で首位争いをした4人の候補のうち2人、極右のルペン氏も急進左派のメランション氏はポピュリズムで支持を伸ばしたとされています。その理由は、経済不振やグローバル化への反動だけではなく、とりわけ反移民感情については、その根っ子が1954~62年のアルジェリア独立戦争にあるというもので、その植民地政策の失敗が結果として極右勢力を生み、一方急進左派は政府による統制色の濃い経済政策で格差是正を図るとしたものの、結果として産業の育成が出来ず、雇用が伸びず、それが左派の後退に繋がってきたというもので、要は戦後の2大政党政治の下で、積もり積もった不満が今回の結果を生んだとされる処です。そして既成政党を離れ、独立した中道の立場でそうした政治環境を有利に自分のものにしていった結果、マクロン候補が首位に上ったという事です。従って、当然のことながら米国のケースとは本質的に異なる動きと読める処です。

・`The Coming French Revolution ‘
米論壇、PROJECT SYNDICATEに現れた4月17日付Mr. ZAKI LAIDI、Professor at L’Institut d’etudes politiques de Parisの論考`The Coming French Revolution ‘は、そうした選挙戦の流れを分析する中で、マクロン候補のインサイト、洞察力の豊かさを評価し、以って第一回投票に勝利を収めた事、そしてマクロン候補の最終勝利を前提に、大統領当選後の議会対応について以下、提言するのです。

マクロン候補は豊かなインサイト、洞察力を以って、当初あまり理解されていなかった右派、左派の2大政党政治が政治の進歩を阻害していると、読み取っていたというのです。実際フランス国民は伝統的政党を拒否するようになってきており、その点で、当初弱いと見られていたが、それがかえって強みになったと指摘するのです。そして、若き独立系中道候補のマクロン氏の大統領選出の可能性の高さに照らし、5月7日には第5次共和制政治制度を逆転させることになるというのです。そして、更に同氏は、大統領に勝利する事は最初のステップに過ぎず、問題は大統領と議会とのハイブリドな、混成体制の統治運営にあるとして、その為にはと二つのアドバイスをするのですが、それはフランス政治の現状を映す処です。

一つは、マクロンは速やかに議会のマジョリテイを確保する事。6月に予定の下院選挙では有権者の多くは彼に投票することになる事、十分考えられることだが、不確実な要因もある。それは組織だった政治運動が不足している点がマクロンにとって弱い点でその強化を目指す事。もう一つは、議会内派閥との連立です。因みに、右の小派閥、大所帯の中核派閥、そして影がうすくなった左の派閥。こうした組み合わせは欧州ではよく見られるケースであり、これはフランスにとって独自の革命と映ると云うのです。

左右双方からの政治的パワーを得たとしても、これまでフランスの有権者も政治家も実質的には国が抱える問題をイデオロギーとして作り上げてきた。フランス国民も政治家も広がりの大きい連携協定をベースとした政府を頂いた経験がほとんどない。とにかくルペンになろうが、マクロンがなろうが、フランスは今、on the verge of a political revolution 、政治革命の寸前にあると、云うのです。
 
さて、翻って日本の現状はですが、安倍一強と云われる日本の政治状況にあって、それゆえの弛みと映る議員の拙劣な言動にあんぐりとなる処、その刷新の要、痛感させられる処です。 
以上 
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2017年03月26日

2017年4月号  Donald Trump 政権2か月、そして日米新対話 - 林川眞善

はじめに  GEORGE ORWELL と DONALD TRUMP

(1) George Orwell (1903-1950)

英国作家、G.オーウエル が凡そ70年前に著した2つの作品、「動物農場」と「1984年」が、今再び脚光を浴びています。いずれもスターリン体制下のソビエト連邦の全体主義、スターリン主義を強烈に風刺、批判する内容ですが、中でも「1984年」で描かれる主人公、ビッグ・ブラザーがしく管理社会の様相が、現下のトランプ氏のそれに映るとして関心を呼ぶ処です。

つまり「1984年」で描かれる舞台は、イングソック(イギリス社会主義)を掲げる独裁者、ビッグ・ブラザー(スターリンをイメージ)が圧政をしくオセアニア国で、人々はテレスクリーン(双方向のテレビ)で監視され、情報は真理省(Ministry of True) が改ざんする、こうした状況に疑問を抱く男の物語で、言うなれば情報管理社会を痛烈に批判するものですが、その姿が現下のトランプ政治に映るというのものです。
因みに、大統領就任式の観客数を巡って、オバマ前大統領の就任式より少ないとしたマスコ報道に対して、大統領側は「オールタナテイブ・フアクト」と強弁したり、自分に都合の悪い報道についてはfake 情報と退けてしまうなど、事実を都合よく変える様が1984年で描かれるビッグ・ブラザーの姿に擬するというものです。 要は、愚かな革命はかえって独裁的な政治体制を生む原因となる事を示唆する処、その証左として、権力を獲得し維持する為独裁制はスパイ行為を奨励し、報道・娯楽の統制等、ありとあらゆる手段を駆使し、真実をゆがめ、隠蔽し、抹殺するなど、そうした様相を描き、今言う情報管理社会を批判するものだったのです。(注:‘84’には特別な意味はなく、執筆時の48年を単純に置き換えたanagram )

その4年前に出された「動物農場」も、1917年の2月革命に始まり、1943年11月のテヘラン会談(米英ソの三首脳初会談)に至るまでのソビエト連邦の歴史、つまりスターリン体制下のソビエトの全体主義、スターリン主義を強烈に風刺したもので、農場に囲われた動物(庶民に見立て)が為政者たる農場主が彼らの利益を搾取しているとして起こす反乱・革命の顛末を描いた、ロシア革命の憂鬱な末路を題材としたわかりやすい寓話です。次元も、環境も全く異なる中、現下で進むトランプショックに通じるものを感じさせられる処です。 (概要は下記注照)

尚、1984年は文字通り「国際オーウエル年」と云った観にあった由で、その年「1984年」がまず取り上げられ、それに付随して「動物農場」が取り上げられていたというものでしたが、訳者、高畠文夫氏(巻末解説)は、1983年12月30日付日経新聞の「春秋」欄で「・・・いよいよ1984年がくる。オーウエルが「1984年」で予言した年だ。・・・実はその前編に当る「動物農場」の方が面白い。・・・」としていたと紹介しています。上述したように全体主義社会を痛烈に批判する「動物農場」は、まさに西側自由主義国も情報過剰や科学技術の異常な発達などの為に将来行き着くはずの逆ユートピア的管理社会の未来像という点で、より面白いと、いうのですが、筆者も実に同感とする処です。

(注)「動物農場、1945」 (Animal Farm)概要:
1917年のロシア革命イメージしながら、20世紀前半に台頭した全体主義やスターリン主義へ
の痛烈な批判を寓話的に描いたもの。あら筋は、人間の農場主が動物たちの利益を搾取しているこ
とに気づいた「荘園農場」の動物達が、偶発的に起きた革命で人間を追い出し、ナポレオンと称す
る「豚」ーヨシフ・スターリンを意味するーの指揮の下に「動物主義」に基づく「動物農場」を作
りあげ、動物達の仲間社会は安定を得たが、時間の経過の中、不和や争いが絶えず、最後は理解で
きない混乱と恐怖に陥っていき、結果的には支配者が入れ替わっただけで、人間が支配していた時
より、圧倒的で過酷な農場となったというもの。そして最後は動物が人間と握手し、どたばたパー
テイーに。1917年の2月革命に始まるスターリン体制下のソビエトの歴史に対する風刺。

作家オーウエルは1936年の暮れ、当時のスペイン市民戦争取材の為、バルセローナに向かっていますが、その際、POUM(マルクス主義統一労働党)に加わり、ナチス・ドイツやフアシスト・イタリアの援助の下に内乱を起こしたフランコ将軍のフアシスト軍との戦いにPOUM市民軍の一員となって従軍しています。その際の経験がこれら2冊の背景となっているのです。つまり共産主義者、ことにスターリン独裁体制下のソビエト連邦のやり口に、深い疑惑と反感を抱き共産主義は決して社会主義ではなく、社会主義という仮面こそかぶっているが、その実態はまさしくフアシズムに他ならないとして、うわべは旧来の支配者を打倒し民衆を援助するように見せかけながら、結局は、自分たちは支配者の後釜にまんまと収まらんとする様に強い疑問を持ったという事で、その思いが「動物農場」に、そして「1984年」に映ると云うものですが、低所得者の不満を受け止めて大統領になったトランプ氏、彼は実に1%クラス、いや0.1%クラスにある大富豪ですが、真に彼らの不満を受け止め、その意向に応えていけるものなのか、今疑心暗鬼が生まれんとする処です。

(2) Donald Trump

さて、「動物農場」、「1984年」が再び注目された事情は前述の通りで、トランプと云う極めて特異なキャラクターの持ち主が大統領として登場したことにあるのですが、その彼は、彼の支持基盤とも目される低所得者の不満に応えるためとして、所得格差につながる現行システム、つまりこれまでの世界秩序となってきた自由通商、グローバル化を否定し、米国流のシステムの導入を図るべく、まさに傍若無人な振る舞いを以って政治を行いだしています。

・トランプはサイコパス
そうしたトランプ氏を、東大名誉教授佐々木健一氏は中央公論(2月号)で「最後のアバンギャルド」(前衛)と呼び、結局はアジテーターであり、危機感を引き出すアーチストに留まる存在と分析していた事、先月論考で紹介しましたが、更に脳科学者の中野信子氏は、彼こそはサイコパスな男(注)と精神病理学から分析し、サイコパスには飽きっぽい人が多く、長期的な人間関係を築くのができない、また、利害のみが物事の判断基準となっている為、大統領職が「自分の価値を発揮できない」、「メリットがない」と判断すれば、躊躇なく辞任するのではと観測するのです。
(注)psychopathy (精神病質)の特徴 [ 中野信子著「サイコパス」文春新書]
・外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシステイック
  ・恐怖や不安、緊張感を感じにくく、大舞台でも堂々として見える。
・多くの人が倫理的理由でためらいを感じたり危険に思ってやらなかったりすることを平然と
行う為挑戦的で勇気があるように見える
・常習的にウソをつき、話を盛る。自分をよく見せようと、主張をコロコロと変える
・傲慢で尊大であり、批判されても折れない、懲りない。等々

一方、米国を拠点とする論壇World’s Opinion Page ― Project Syndicate の論客は同氏を巡っての批判を高める処にあります。因みに米コロンビア大のJeffrey Sachs 氏はThe Tree Trump (Mar.1,2017)と題し、トランプにはfriend of Putin, wealth maximizer, and demagogueの三つの顔があり、それが一つとなって動く姿に危機感を禁じ得ないというのです。 トランプ氏はプーチン氏を尊敬しており、それは彼の強い指導力にあると言われていますが、実は彼の経営破たんを救ってくれたのはロシア財閥に負うとも云われており、ロシアン・マネーとの結びつきが強い事、ビジネス人としてとにかくgreedyな人間と言われている事、更に、彼のデマゴギーの背景には大統領首席戦略補佐官として強烈な右翼思想の持主Stephen Bannon氏(注)の存在があり、その彼に操られているとし、それら三つ要素を抱えた存在だけに、その言動を危険視するのです。

  (注)バノン首席戦略補佐官(The Great Manipulator, Steve Bannon 
― The second most powerful man in the world? Time Feb.13)
     ・彼は戦後の世界は、西洋文明の盟主である米国と西欧諸国が仕切ってきた。ところが、グロ
      ーバル化で国際資本に市場が食い荒らされ、米欧の社会が荒廃した。イスラム文化圏などか
らからの移民の流入でテロの脅威が膨らみ、伝統的な価値観も薄まっている。この流れを止
め、米西欧主導の世界を再建しなければならないとする。
・つまり、グローバル化の流れをせき止め、薄まった米国と西欧諸国のアイデンテイーを取り
戻そうというもの。その為には国連や国際機関の弱体化も辞さないという、革命に近い発想
の持ち主。 -トランプ氏も概ねこの思想を共有し,だからこそ、メキシコとの「壁」に拘り、
NAFTA、TPP、そして移民にも敵意を燃やす。理由は何も貿易赤字だけではないというもの。

さて、そんなトランプ氏に対する支持率ですが、就任直後(1月22日)は(米調査会社ギャラップ)45%、これは1953年以来の最低という事でしたが、直近(3月16日)では41%と更に低下、不支持率は54%と高い水準となっています。(日経3月20日) このギャラップ調査の結果は、就任直後から始まったトランプ政権の政策の混乱を映すものと云え、その様相は前月論考でも紹介したように ‘An insurgent in the White House’(The Economist Feb.4)と称せられる処です。

この実態は、大統領就任100日のハネムーン期間中に実績作りと、ダッシュし大統領令を連発してきた行動経緯に映る処です。つまり2度も執行停止を受けたイスラム圏からの入国を制限する大統領令発令に典型を見るように政策決定のProcessの軽視、またロシアへのスタンスを巡り露呈した政権内側近や閣僚間のズレ、つまり大統領としてのマネジメントシップの欠如、更には政策の優先順位、Priorityのなさ、に求められるというものです。今なお政権スタッフが整備されていない状況をも併せ見るとき、こうした状態はしばらく続くことになりそうです。

かかる政権事情にある中、2月28日、トランプ氏による初の議会演説、大統領施政方針演説が行われました。その内容は、これまでの発言の繰り返しという事で正直、新鮮味に乏しく、食傷気味というものでした。ただ一つ違った事はこれまでの攻撃的な口調を抑えたものであった事で、その点では米国内では一安心と云った評価の声も上がったようでした。尤も、これで国民に安心感を与えたというものではないのですが。
そしてもう一つ、この報告の中で注目されたのが、トランプ氏としては初めてcitizenという言葉を擁して、America first ではなく「citizen first」と呼びかけた事でした。
― America must put its own citizens first, because only then , can we truly MAKE AMERICA GREAT AGAIN. -----
そこで、施政方針を読み直し、改めてそこに見る問題の検証を行うと共に、4月に始まるとされている日米経済対話について目指すべき方向につき考察していきたいと思います。(2017/3/26)


                 目   次

1.トランプ米大統領の施政方針     ・・・・P.5

(1)大統領施政方針演説を読むー 国際ルールの変更
 ・2017年米通商政策と世界通商秩序(WTO)
 ・国境調整措置税
(2)G20会議とトランプ政権
         
2. 日米経済関係の新展開         ・・・・P.9

(1)トランプ政権の対日批判と日米経済協議
 ・過去の日米経済協議
(2)日米新対話に求められる発想の転換
 ・日米新対話のテーマ
 ・日米FTA交渉は新たな発想で

おわりに : いまそこにある政治資源     ・・・・P.11

 ・国粋の枢軸
 ・いまそこにある政治資源の活用を

          -------------------------------------------------


1. トランプ米大統領の施政方針

(1) 大統領施政方針演説を読む ー 国際ルールの変更

当日の大統領施政方針演説は、トランプ氏自らフォードなどの大企業と直談判し、メキシコへの工場移転を防いだという自慢話からはじまるもので、大統領就任式の演説でも言及した定番ものと云うものでしたが、要は米国民の雇用を守る姿勢を演出したかったという事でしょうか。
また大規模なインフラ投資(1兆ドル)、法人税減税、オバマ・ケアー撤廃など力説していましたが、それをどう進めるのか、「何を」「どこまで」やるのか、具体的な目標を語ることなく終わるものでした。とは言え、これら政策が具体化されていくとなると世界経済への影響の大変さは言うまでもありません。

例えば、これまで環境問題への対応として抑制されていた国内エネルギー資源開発を今後自給体制確保のため推進するとの方針を打ち出し、関連するパイプラインの建設のゴーサインを出しています。それは‘環境よりは成長を’とするもので、America firstの下で温暖化問題はfakeと一蹴、米国が主導してきたパリ協定(2016年11月発効した温暖化対策の国際枠組み)からの離脱姿勢を鮮明とする処です。因みに3月9日のエネルギー業界の集まりに登壇した新任のスコット・プルイット米環境保護局(EPA)長官は、パリ協定は「悪い契約」と断じると共にEPA内の温暖化対策部門の大幅縮小を示唆したのです。(日経2017/3/13 )既に米大統領府のホームページからは温暖化に関する多くの情報が消えた由で、温暖化対策の後退は避けがたい処です。それは世界との協調よりも自国利益優先とする姿を鮮明とするものです。

・America firstで目指すは国際ルールの変更
こうしたトランプ氏の行動様式、つまりAmerica firstの下で目指すことは何かですが、彼を支持した低所得者層の不満に応えるため、その背景となる経済格差を齎しているグローバル化を否定する中、これまで世界の規範となってきた国際的なルールを変更し、アメリカにとって都合の良いルールの導入を目指すという事でしょうが、その矛先は通商政策に向けられる処と思料するのです。

施政方針演説の中で彼はこう言っています。I believe strongly in free trade but it also to be FAIR TRADE.と。そしてAmerica is willing to find new friends, and to forge new partnerships, where shared interests align. 米国の利益に一致すれば新たな友好関係を図ると云うものです。つまり二国間での通商交渉をベースとし、自国経済にとって利益にならない交渉には乗らないという事ですが、気になるのがFAIR TRADEをと、改めて言い出している事情です。

・2017年米通商政策と世界通商秩序(WTO)
と云うのも、その翌日の3月1日、USTR(米通商代表部)は「大統領の2017年通商政策」と題する報告書を議会に送っています。 そこではWTOの紛争解決メカニズムによる決定がアメリカにとり不利益を伴うものと判明した場合は、当該手続きに「そのまま従う事はない」と主張するのです。つまり、WTOが海外の不公正な貿易措置に甘く、米国が不利益を被むってきたと指摘するのですが、従って、不公正な措置には米国の国内法に基づく対抗措置を取るとし、米国の利益を損なうようなWTO(WTOの紛争解決メカニズム)の決定には従わないとするものです。これは戦後、米国自らが主導してきた国際貿易のルールを軽視し、国内法を優先する路線への転換を鮮明とするものです。

1995年に発足したWTOのメカニズムは世界貿易の円滑な拡大を目指し機能してきた、言うなれば世界貿易の安定剤として機能してきたと言うものです。そしてこれまで貿易秩序の守護神であるWTO体制を擁護する立場を貫いてきたのは米国でした。その方針転換を示唆する今回の報告書は国際的な貿易・通商の枠組みの転機を示唆するものと憂慮される処です。

・国境調整措置税
なお、その点で注目されるのが大型税制改革の一環として検討されている国境調整措置、つまり「国境調整税」導入問題です。「国境調整」税とは、輸出で得た収益には課税を免除する一方、海外から仕入れた製品や部品には、これまでのような費用控除は認めず課税するという税制措置です。これが企業にとっては輸出促進、輸入抑制に作用することになり、貿易収支の改善に寄与することになるというもので、その限りにおいてトランプ氏の「米国に企業と雇用を取り戻す」とする主張に沿う事にはなるものです。然し、国内経済への影響もさること乍ら、WTOルールでは法人税のような直接税での国境調整は輸出補助金として禁じるルールがあり、これに抵触する可能性が否定できません。この点で仮に、米国がAmerica firstとして一蹴するような事態ともなれば、まさにフェアートレードが消えることになるというものです。勿論、法案が実現を見るか、その見通しは不透明なままにある処ですが。

序でながら今、この国境調整措置を巡るハーバード大のマンキュー教授(G.W.ブッシュ政権でのCEA委員長)の指摘が注目されています。つまり「税制改革案にある国境調整措置は、実質的には消費税の導入、法人税の撤廃、給与税の減税措置という3セットに等しい」と云うのです。輸入品が課税される一方、輸出を免除するとしている点は日本や欧州の消費税と同じで、課税対象は限りなく消費税に近いものになるとするものです。つまり、輸入課税だけ見れば保護主義と見える処、経済のグローバル化に対応した法人課税の在り方を突き詰めると消費税に近づくという事ですが、さて、国境調整の問題は税制としての良し悪しより、導入時の経済への影響が大きい点や実務上の難しさにある事ですが、これが世界の税制論議に一石を投じた事は間違いなく暫し、米議会での審議とも併せ、その推移を見極めていく要ある処です。(日経3月24日)

何れにせよAmerica first、米国が自国の利益を損なうルールには従わなくてもよいとする姿勢を見せていく限り、結果としては自国経済のみならず世界的に大きなマイナスを残す事になる事、前述したとおりですが、これが安全保障秩序までにも影響が及ぶことになる事いうまでもありません。こうした事情の上で、彼が「FAIR TRADE」と叫んでいる事は、言い換えれば、本当に公正で自由か否かを判断するのは米国だと、言わんばかりと映るのですが、極めて違和感を禁じえないというものです。明らかに国際通商問題を考える次元が変わってきた事を実感させられる処です。

(2) G20会議とトランプ政権

トランプ政権発足後、初の国際会議となるG20財務相・中銀総裁会議が3月17・18日、ドイツで行われました。米側からはムニューシン財務長官の初見参でしたが注目された事は、当該共同声明づくりを通してトランプ色が鮮明となった事でした。 つまり、会議での合意を確認する形で共同声明が成るものですが、前回までの‘声明’にあった「保護主義に対抗する」との記述は米国の反対で削除され、代わりに「経済に対する貿易の貢献の強化」と指摘するにとどめ、また地球温暖化対策を巡る記述も削除され、トランプ色を鮮明とする処となっています。まさに国際協調に向けた結束に大きな亀裂を残したとの印象はぬぐえません。この点、現地でのぶら下がりインタビューに麻生財務相は‘自由貿易には変化はないということでしょう’と、フラットに応えていましたが、なんとも能天気というものです。

Rust beltの労働者の支持を受けて登壇したトランプ政権にとって、最優先課題は貿易赤字の解消と雇用の回復に在ることは理解される処ですが、保護主義を以って、貿易赤字の解消や米国の雇用を回復させることは米国経済の構造変化に対応することなくしては無理な話であることは先月論考でも述べた通りで、製造業の米国への回帰戦略も言うなれば「昔の米国に戻る」以上の意味がなく、従って彼が主張するような大幅の雇用回復は期待できないというものです。
そうしたアメリカですが、それでも自由貿易を口にしていることもあり、彼らがまさかWTOから脱退することはないでしょうが、世界の通商秩序を自国に有利なように変えようと仕掛け続けることは、ほぼ間違いないものと思うのです。

と云うのも米国には自国本位で動く大国であると云う認識があるためと思料するのです。その点でトランプ政権は、世界の面倒は見ないよと、リーダーシップの放棄を示唆していますが、それに代わる手立ては必ず打ってくるはずです。力は衰えたとはいえアメリカは今でも世界に影響を及ぼすことが出来るほとんど唯一の国です。1929年の大恐慌のときには高関税政策をやってみたり、1971年にはニクソン大統領が1ドル360円という約束をほうりだした事など、思い出しておくべきかもしれません。尤もその結果は米国自体、大きなダメージを余儀なくされてきた処ですが、それは自国経済の構造変化、等当該環境変化を無視した合理性に欠く政策だった結果というものです。言うまでもなくトランプ政権の現実も今同じ様相にある処です。

Financial Times(Mar.21)は社説で、‘Watching and waiting for Trump’s protectionism’ と、暫しトランプ政権からでてくるものを見極めるのが得策と云うのですが、現状からは然りとされる処です。とは言え、公正なルールに基づく自由貿易の在り方について、各首脳自ら討議していくべきでしょうし、それこそ次は各国首脳の出番となる処と思料するのです。

序でながら3月16日、トランプ政権は2018 年度(17年10月~18年9月)予算方針を発表しています。 基本的には「米国第一」に向けて国防・安保中心に増額、非国防費の大幅削減と予算を大きく組み替えることとしていますが、米国内外で反発や混乱も予想され、議会との調整は難航が必至と見られ、前述、政治の混迷が続きそうです。 処で、そうした国防強化を目指すトランプ氏が手本としているのがレーガン元大統領(スターウオーズ計画)とされていますが、そのレーガンこそは一国単位での経済運営ではやっていけないとして、ドルをフロートにして小さな政府へカジをきり、そして製造業から金融に重点を移し、まさに一国単位の経済からグローバル経済へ国の経済体制を変えた人物なのです。 とにかく、大統領としての整合されたコンセプトが語られる事のないまま、脈絡なく打ち出される政策にいささかあんぐりですが、その限りにおいてトランプ氏は前出、‘最後のアバンギャルド’で終わると云うものでしょう。


2.日米経済関係の新展開

(1) トランプ政権の対日批判と日米経済協議

さてトランプ氏を始めナバロNTC委員長、ロス商務長官ら、政権閣僚らは日米間の経済にかかる問題、貿易インバランス、円ドル問題等を巡り、対日批判を繰り返していますが、3月8日にはトランプ政権は日本の自動車と農業分野の市場開放を求める意見書(自動車:「重大な非関税障壁が残っている」、農業:「高関税によって保護れている」)をWTOに提出しています。いうまでもなくその狙いは4月に予定されている日米新対話に向けての事と思料する処です。
周知の通りトランプ氏は大統領就任直後、TPPからの離脱とNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を打ち出しています。これを真っ先に持ってきたのには通商交渉を多国間から2国間交渉に移すという「貿易観」の転換を印象付けるためであること、そして2国間交渉でこそ経済大国米国の強みが発揮できるとトランプ氏は考えている為と、政権移行チーム元幹部、Mr. Ado Machidaは日経紙上インタビュー(2017/3/15)で語っていましたが、日米新対話はこの発想の延長線において進められる事になると云うものでしょう。

・過去の日米経済協議
ではこれまでの日米間協議はどうだったのか。それは貿易摩擦が起こる度に米側が求める形で繰り返されて来ました。当初は1960年代からの繊維や鉄鋼、70年代の自動車、80年代では半導体など日本企業が強みを持つ産業分野で、対米輸出や日本の輸入シェアーに一定の基準を設ける協議が中心でした。ただ、85年のプラザ合意後は米国の対日貿易赤字が膨らんだため、貿易不均衡の是正に向けて幅広い分野にわたる日米の市場構造や日本の市場開放について話し合う枠組の始まりとなるものでした。
具体的には1989年には貿易不均衡の是正に向けた「日米構造協議」、93年には、その構造協議を拡大した「日米包括経済協議」、更に内容を変え97年には、規制緩和政策を扱う「日米規制緩和協議」、2001年では規制緩和協議の流れをくむ「成長のための日米経済パートナーシップ」に関する専門家会合の設置を以って、具体的協議を図るというものでした。その経過はまさに日本経済成長の証ともいえる処です。そして今再び米国の貿易赤字拡大に歯止めをかける激しい通商協議が始まろうというものです。

(2)日米新対話に求められる発想の転換

・日米新対話のテーマ
「新対話」のテーマは既に三つの分野、「財政・金融のマクロ政策」、「経済協力」、「2国間の貿
易体制」とされていますが、これまでの経過からは日米の貿易不均衡問題、つまり米国の対日貿易赤字是正にフォーカスされる処でしょう。そしてそれは上記WTO宛て意見書にもあるように自動車、農産品を軸に日本市場の開放へと圧力をかけてくるものと推測される処です。
つまり非関税障壁問題という事ですが、同時に米国の貿易赤字の背景として円安為替操作問題にも及ぶものかと推測される処です。まさにそれらは今再びとする処です。

この内、自動車については、輸入関税は既に日本は「ゼロ」、一方米国は「2.5%」ですから日本側には関税障壁はありません。それでも日本市場の閉鎖性を云々するのですが、その閉鎖性についてはドイツ車の成功が反証する処です。因みにメルセデス・ベンツの販売台数はトヨタの高級車「レクサス」を上回り、BMWなどの人気も高く、つまりは製品の差別化で一定の市場浸透に成功しているという事です。米国車が日本に浸透しなかったのは事実ですが、それは車の魅力や投資の不足に起因するものと云え、従って米国車を売り込むためには営業努力を傾け、日本の消費者に米国車の良さを売り込む努力がなお求められる処です。その点、日本としてはそのための支援することはあっても、輸入数量義務を負わされるようなことは絶対に避けるべきと思料する処です。もう一つの農業製品については、基本的に日本側に問題があること周知されており、関税など国境措置による農業保護は、国内補助金制度に切り替えるなど政策体系を思い切って見直す事が求められるという事でしょう。

尚、米国は対日貿易赤字は為替操作に起因するものとして批判していますが、3月17日のG20財務相・中銀総裁会議の共同声明では、結果的には従来から踏襲してきたルールを盛り込んだだけで批判は消えていました。いずれにせよ為替問題を国際通商政策から切り離すべきテーマであり、要は後述するように経済政策の中で考えられてしかるべきものと思料するのです。

・日米FTA交渉は新たな発想で
さて、個別商品を巡る事情への基本認識は上述の通りですが、要は米政府は日米FTAに持ち込みたいという事でしょうから、むしろ日本としては米政府の圧力に応えるという姿勢ではなく、この際は、新しい環境にある米国との協議である点を強調しながら結果として、日米双方にとりwin-winとなるよう発想を新たにし、同時に日本経済の基盤強化を図る機会となるような協議戦略を目指すべきと思料するのです。

既に2月の日米首脳会談では安倍首相からは対米投資の拡大、インフラ投資への協力を約したと伝えられている処ですが、こうした対米協力の視点から、米国の対日赤字削減、日本側の対米黒字削減に向けた日本にできることがあるとすれば、経済政策として円安是正を通じて輸入促進を図ることもありうるものと思料するのです。その点で今、円の対ドルレートは購買力平価に比べて1割強の円安にあると言われています。であればこれを是正すれば対米黒字を3割程度削減する効果が期待できると言われています。勿論円安是正は消費の回復にも資する事、いうまでもありません。
もう一つ、日本経済はいま穏やかな回復過程に入ってきており、先月発表されたGDP速報、又今月発表の改訂値でも、4半期連続のプラス、年率で1.2%増にあります。が、それでも依然消費等内需がさえないことが問題となっています。そこには構造的な要因が云々されるのですが、とすれば、そうした構造問題への取り組みを鮮明とし、内需拡大による黒字削減を図る姿勢を打ち出すべきでしょう。(いつか通った道ですが)それは日本経済の基盤強化を図る機会と捉え直すという事とし、同時にこれが米経済再生への戦略的協力に繋がる処と思料するのです。
更に想定される日米FTA交渉を日本の対米協力への枠組み作りの場と位置付けると同時に、交渉を通じて自由な貿易・投資の促進が重要との日本のメッセージを発信していく事とし、これが国際ルール作りの原型を提示していくという点に問題意識を集めていくべきと思料するのです。

ただここで留意しておかねばならないことは、米国と中国の関係です。これまでもトランプ政権にとって最大の懸案は中国と指摘してきました。近時トランプ氏の対中姿勢が変化してきています。従って、先の日米首脳会談で確認できたという日米関係も、トランプ政権が対中関係を模索する過程で揺れ動く可能性は否定できません。その点、日米首脳会談で手にした政治資源を今後、国際環境に反映できるよう日本としての世界における自らの役割の再定義を進め、同時にそれに即した戦略の再構築を以って、その機に望むべきと思料する処です。


おわりに:今そこにある政治資源

・国粋の枢軸
3月10日付日経Opinionの欄に寄せられた同紙コメンテーターの秋田浩之氏の論評、そのタイトルの「国粋の枢軸」という文言に筆者はハットさせられるものを感じたのです。
それは、米国第一主義を突き進むトランプ政権が、平和と成長を支えてきた国際的な協調体制を壊そうとしている事への警鐘ですが、それに共鳴する欧州の右翼政党があり、別々に行動しているように見える米政権と欧州の極右勢力が寄り添い「国粋の枢軸」という危ない糸で結ばれつつあると、指摘し、係る事態への危機感を示唆するものでした。筆者も同じ問題意識を以ってこれまでもトランプ政治を批判してきました。そして同氏は、欧州外交筋の話として、今フランスで勢力を高める反EUのルペン氏が大統領選で勝利するようにでもなれば「EU統合は本当に死ぬ」と続けるのです。そしてその下りを次のように締めるものでした。― 「米英仏中ロ」は、国連で拒否権を持つ安保理常任理事国。この大国クラブが「国粋の枢軸」に占められたら・・・。戦前には、米英仏が主導する秩序に反発した日本、ドイツ、イタリアが枢軸を組み、戦争に走った。皮肉なことに、今度は日本とドイツが現行体制の砦にならなければならない、と。

さて、極右の台頭が注目されていたオランダ下院選が3月15日に行われ、果せるかな極右・自由党は第一党には届かず一方、既存の政治にNOを突きつける批判票が左右に割れたため、ルッテ首相率いる連立与党も大きく後退しています。1か月後のフランス大統領選など欧州の政治をポピュリズムが襲う恐れはなお燻ぶってはいるも、「極右勝利」が避けられたことで欧州緒国ではひとまず安堵が広がっているとされています。自由党が勝ちきれなかったのは、オランダ自由党の公約が過激すぎ有権者はその実現は難しく支持出来ないと判断したものと云われています。が何よりも過激な発言を繰り返すトランプ氏が米大統領に就いたことで起きている米国社会の混乱に照らし、オランダ国民は一定の距離を置くようになってきたものと云えそうです。
4~5月に大統領選を控える仏のエロー外相はツイッターで極右台頭を食い止めたと祝福したと報じられていますし、9月に連邦議会選のあるドイツのメルケル首相はルッテ氏との電話協議で「友人、隣人、欧州人として協力を続けられることを楽しみにている」と述べたと言われています。因みに、3月9日、ブリュセルで行われたEU加盟国28か国の首脳会議では「開かれたルールに基づく貿易」を堅持する姿勢で一致したことが、伝えられています。

・いまそこにある政治資源の活用を
一方、安倍首相は、5月のG7、7月のG20各首脳会議に向けた環境整備のためとして3月21日~22日欧州を歴訪し、各首脳と自由貿易体制の維持、反保護主義で結束することを確認し、併せて「日欧EPA交渉」を年内に大枠合意する事も確認されたことで現地インタビューでは、これこそが「世界に発する象徴的なメッセージになる」と安倍首相は訴えていました。そのTimingに合わせ3月19日、ドイツ、ハノーバーで日独両政府はIoT関連技術、AI技術等第4次産業革命に関する両国協力の枠組みを定めた「ハノーバー宣言」に署名を交わしています。
日独協力による新たな発展に向けたベクトル作りへの有力な基盤が整備されたという事ですが、これが日米関係の新たな発展を誘導する上でも格好の事例とも思料する処です。勿論、楽観を許すものではありませんが、上記、秋田氏が期待する日本とドイツが自由主義経済の砦となる可能性を担保する具体的事例が一つ見えてきたというものです。同時に、サミットを外交の拠点と位置付けてきた日本として、5月のG7サミットでこれら成果が如何に活かされるか、が問われることになる処です。 一方、かかる変化をencourage していく為にも,いまそこにある政治資源を改めて日本経済の持続的成長の基盤再構築に向けられていくべきと思料するのです。言葉はともかくこの4月、アベノミクスは5年目に入るのです。 
                       
                                        以上 
posted by 林川眞善 at 21:01| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする