目 次
はじめに アメリカはDisunited States ?
(1)アメリカと云う合衆国の‘かたち’
(2) 脱炭素社会を目指すバイデン米国
第1章 動き出した米国の「脱CO2」と、日本企業
1. 米カリフォルニア州が目指す「脱ガソリン車」
2.日本車メーカーのEV戦略
(1) 米マスキー法 (米環境規制)と「ホンダ」の対応
・EV開発のポイント ー 異業種との連携
(2) 日本車メーカーに見る EV戦略の検証
・ホンダのEV戦略 ・トヨタ他の戦略
第2章 米国政治を覆う強い懸念
1.米共和党予備選とリズ・チェイニー氏の敗退
2. The Economist , Aug.20, 巻頭論考のテーマは ‘Leased’
・中間選挙を巡る新事情 ・訴訟で高まる出馬意欲
・トランプ氏を止める
おわりに ゴルビーも信奉した民主主義
------------------------------------------------------------------------------
はじめに アメリカ はDisunited States ?
(1)アメリカという合衆国の ‘かたち’
8月25日、米国の2週で、まさに民主主義に絡む規制法案の導入が決定されました。一つは、カリフォルニア州で、ガソリン駆動の自動車、新車の販売を、2035年以降、全面禁止とするガソリン車規制法案の導入で、カリフォルニア州の新たなゼロミッション車(ZEV)推進を目指すものです。(日経2022/8/25) 元々、同州は環境問題への取り組みには熱心な州とされ、同州ニュウーサム知事の下、2年前から取り組んできた事案です。 もう一つはテキサス州で、目下米国の世論を2分させている人工中絶に関わる一連の行為の禁止を定めた法律の成立です。これを犯した者は99年の刑務所入りとの由。
この2つは事案として直接の関係はありません。が、この二つの動きは重要なトレンドの兆候を示しているとされるのです。と云うのもワシントンDCの動きは鈍いが、州ベースでは政策行動は極めて活発で、国民は住みたいところに住み、こうしたことを担保するのが各州の規定ですが、問題は、各州議会で多数派の政党が自分たちに有利になるよう恣意的な線引きを主導する「ゲリマンダー:gerrymander」と称する「区割り」を巡って、民主、共和の対立があって、これが州の利害に絡む ‘national culture war´(注)に向かっている点で、その姿はUnited States ではなくDisunited States of Americaともされるのですが、今次の2州同時の立法行為は、こうした事態を象徴するもので、まさに中間選挙を控えて、こうした状態を避けるためには、「区割り」は州議会主導ですが、できる限り独立機関に委ねるべきで、各州とも、選挙制度の改革を進め、州の競争力強化を目指せと指摘される処です。そしてbiggest worryはかくなるパルチザン行為は「アメリカン民主主義」を危うくしかねないと、「The Economist,Sept.3」は指摘するのです。
(注)1991年、ジェームズ・デビッド・ハンターが著した「Culture wars::
Struggle to define America 」、「文化戦争:アメリカを定義するための戦争」で、
妊娠中絶、銃規制、移民等の問題点を巡りアメリカ合衆国の政治と文化が分裂し、
再編され、劇的に変容していると論じたことに始まる。要は、伝統主義・保守主
義者と、進歩主義・自由主義者間の価値観の衝突
全米ベースでは米中間選挙を前にして、「米国を再び偉大な国に(MAGA)」のスローガンを掲げるトランプ氏が誘導するpopulismが今、共和党をMAGA共和党と呼ぶほどに、世論の右傾化を促す状況があって、上記national culture warともされる文脈とも相まって、民主主義の如何が強く問われる様相です。序で乍ら同様の動きが、欧州でも高まってきていること、極めて気になる処です。(後出「おわりに」の項)
(2)脱炭素社会を目指すバイデン米国
勿論、気候変動問題への取り組みについては、カリフォルニア州のEV政策公表前の8月16日、米連邦議会で成立した新しい「歳出・歳入法」を以って、バイデン政権は、脱炭素社会を目指す方針を明らかにしています。[弊論考N0.125 (2022/9月号)]
その内容は周知の通りで、財政支出の柱をエネルギー安全保障と気候変動対策に置き、今後10年間の歳出規模は約4500億ドル(約58兆円)、この内、歳出の大半を「再生エネルギー」に向けられた事で、米国として気候変動問題に積極的に取り組む姿勢を鮮明とする一方、歳入面では納税額が利益の15%を下回る大企業に対する課税強化や, 徴税当局の機能強化を柱とするものです。そして、政府と与党民主党は、当該内容は物価を押し下げる効果ありと主張し、今次法案を [The Inflation Reduction Act (IRA)]と呼称する処です。
The Economist, Aug.13は、America’s green -plus spending bill is flawed but essential 、つまり環境対応として欠陥はあるものの、本質的に重要法案であり、Climate policy, at lastと、米国も本気で環境問題に向き合い出したと、エールを送る処です。
米中間選挙を前にバイデン政権は、とかくの評判を甘受する処でしたが、今次「歳出・歳入法」(IRA)の成立を以って、米国としての進む方向を明示し得たことで、その対応はバイデン政権への追い風と評される状況の生まれる処です。 が、追い風を真に追い風としていくにはまだまだ不確実な要素もあり、その払拭が不可避とされる処です。 因みに、米議会ではこの秋の会期で、積み残された法案、とりわけ「中国対抗法案」の再検討が予定されている由ですが、さて、バイデン氏がどこまで主導権を発揮するか、この8月、ペロシ議長が台湾を訪問したことで米中の緊張が高まり、バイデン大統領の判断に時間が掛かっていると伝えられる処、対中政策への真剣度が問われる処です。
日経、8/24コラム「中外時評」では同社、上級論説委員の菅野幹雄氏は、米世論調査の専門家、ジョン・ゾグビー氏が指摘する中間選挙の争点をリフアーし、インフレ対策や教育、人種等の問題を挙げながらも、「最重要の問題は民主主義の将来、法の支配、そして選挙の敗北を認めること」とするのですが、これがトランプ氏の、なりふり構わぬ横暴さを念頭に置いた指摘であること、言うまでもない処です。 予備選が終った今、下院は共和党が多数派を奪還する勢いを維持する一方、上院は民主の巻き返しで接戦の模様ですが、共和党候補の内、3割超がトランプ氏の推薦候補の由(日経、9/15)、気がかりとする処です。
さてかかる環境にあって、今次論考ではバイデン米国が目指す「脱炭素社会」への移行を念頭に、第1章ではサンフランシスコ州の「脱ガソリン車」政策に即した企業、とりわけ日本企業に絞り当該対応行動をフォローする事とします。更にThe Economist, Aug.20の巻頭論考は、上記 ゾグビー氏コメントに共振する如くに、2年後の米大統領選候補を見据えたトランプ氏の行動様式の実状を伝える処、第2章では、これが民主主義の根幹を揺るがす状況を映す処として、当該レポートのレビューを行います。
第1章 動き出した米国の「脱CO2」と、日本企業
1.米カリフォルニア州が目指す「脱ガソリン車」
8月25日、米カリフォルニア州政府は、2035年にガソリンのみで駆動する新車の販売を全面禁止する新たな規制案導入を発表しました。それは2026~35年にかけて段階的に電気自動車(EV)の販売比率を高めるよう各自動車メーカーに義務付けるとするものです。州内の新車販売の10%強を占めるハイブリット車(HV)も35年以降は販売禁止とする由で、後述するように、HVを得意とする日本車メーカーは戦略変更を迫られることになると云うものです。カリフォルニア州は、人口約40百万の大市場で、日本にとって重要な市場であることは云うまでもありません。
そもそもカリフォルニア州は、米国の環境規制をリードする州とされ、同州知事のニューサム氏は2020年9月, ガソリン車の新車販売を35年までに全面禁止する旨を表明していましたが、今次の決定はその方針に即し、同州大気資源局(CARB)が2年かけて規制案を検討してきた結果で、当該規制案については8月25日に2回目の公聴会を開き、州民の意見を集約し、同日会合で可決した由で、その内容は、各自動車メーカーに州内の販売台数の一定割合を環境負荷の少ないゼロミッション車(ZEV)とするよう義務付けるものです。
カリフォルニア州は連邦政府に先駆けて車の排ガス規制を導入した歴史的経緯から、独自の環境規制を定めることが認められており、他の週がカリフォルニア州の規制に倣う事も許されており、因みにニューヨーク州でも、上記2020年のカリフォリニア州法に基づき、2035年までに州内で販売するガソリン車の全廃を決定しています。かくして州の主導による自動車の脱炭素化の流れが加速する様相ですが、EVを巡っては、EUも同様の方針を打ち出す処、中国もEVシフトを推進中と仄聞され、もはや「脱ガソリン車」は世界的潮流と云え、新たな産業革新をも示唆する処です。 そして、かかる環境対応は、周知のロシアからのエネルギー供給の不足に端を発したインフレへの対抗ともなる処、前出「歳出・歳入法」をIRA(Inflation Reduction Act) とする事情です。
9月14日、バイデン米大統領は「北米国際自動車ショー」で「米国の偉大な道は、完全に電動化される」と演説し、気候変動対策中心と位置付けるEVの普及徹底の意向を表明する処です。(日経、9/16) 尚、9月2日付日経は米石油・ガス大手のオキシデンタル・ペトロリアムなどの「空気中のCO2を回収する技術(DAC)」の導入拡大状況について報じていましたが、脱炭素社会に向けたシナリオの更なる可能性を示唆する処です。
2.日本車メーカーのEV戦略
(1)米マスキー法(米環境規制法)と「ホンダ」の対応
上述、米カリフォルニア州が2035年にはガソリン車の販売を禁止する決定を下した事で、自動車生産はEVを中心とする「ゼロエミシヨン車」に移行することになるのですが、ハイブリット車(HV)に強いトヨタ等、日本車メーカーは、カリフォルニア州や、NY州では,
35年にはガソリン車の販売禁止という規制の「壁」に直面する事になるのです。そうした環境問題への対応という点で、想起されるのが「ホンダ」の取り組みです。
周知の通り米国には1970年に改正された酸性雨、オゾン層保護など都市大気防止のための厳しい法律(米大気浄化法:マスキ―法)があり、当初は達成不可能とされていました。しかし、72年、「本田」がマスキー法の基準をクリアーするエンジン「CVCC」の開発を発表、以って本田はバイクの本田からクルマ世界の「ホンダ」としてその地位を築いたとされる処です。日本車のアメリカ進出を後押ししたのは最初から環境技術だとされる所以です。
・EV開発のポイント ー 異業種提携
日本車メーカーは既に、EVの開発は進めてきており、技術の点では決して海外勢に劣るものではないと認識される処ですが、電気とモーターで動く車をつくるだけでは現在の競争力を保つことはできません。日経社説(8/27)でも指摘あるように「走る、曲がる、止まる」と云った基本性能の同質化が進むとされるのがEVです。そこで、EV車については、技術もさることながら、どのような価値を消費者に提示していくことかできるか、より創造的なものとしていけるか、が問われていく事と思料されるのです。 つまり、総論として、自動運転やサービス、エンターテイメント等ソフトの領域も含めたクルマづくりの総合力が問われると云うものでしょうし、その点ではIT企業などとの連携は不可欠となる処、異業種との提携が戦略のカギとなる処です。
20世紀の初め、米フォード社が、生産方式として、ベルトコンベア方式を導入、大量生産を可能とし、結果、米工業界全体のレベルを引き上げたように、EVの推進は、そうした産業の連鎖効果が期待でき、まさにEVが齎す産業革命が期待されると云うものです。以下は日本企業、「ホンダ」と「トヨタ」のEV戦略の検証です。
(2)日本車メーカーに見るEV戦略検証
・「ホンダ」のEV戦略
今年3月、ホンダは、ソニーとEV事業で提携する事を発表しました。共同で開発するEVを、25年を目途に発売する計画とするもので、まさに異業種との提携でEV事業に向かうというものです。 車の世界では2003年設立のテスラがEV市場を切り開き、時価総額は
トヨタなど日本車7社合計の3倍近いとされていますが、21年4月1日、社長に就任した三部氏は「このままでは日本もホンダもダメになる」(三部ホンダ社長)との危機感を披露していましたが、ソニーとの提携はその延長にある処です。序で乍ら、ホンダは、今年8月13日、2040年代半ばに二輪車を廃止し、新車をEVバイクに替えていくとしています。(日経2022/9/14)
尚、 8月29日には、同社は2022年中に韓国電池大手のLGエネルギーソリュウションと米国で電気自動車(EV)向け電池工場を新設する旨を発表しました。当該JVの概容は、投資総額は44億ドル(約6100億円)、出資比率はホンダが49%、LGエネが51%。リチウムイオン電池を製造し年間生産能力は最大で40キロワット時。標準的なEVで70万~ 80万台分に相当する由。2023年着工で25年の生産開始を目指すとし、全量をホンダの北米工場向けに出荷の計画の由。立地はオハイオ州を最有力として検討中と。更に先を見据え、30億円を投じて2024年春に全個体電池の実証ラインを稼働させるとしています。
・「トヨタ」、そして他企業のケース
8月31日、トヨタは日本国内の工場に4000億円を投じ、米国で建設予定の電池工場にも3250億円、追加投資し、日米で計7300億円を投じ、電池の増産を図るとし、2024~26年の生産開始を目指すと、する処です。今回の発表では日米合計で最大40ギガ・ワット時分の生産能力を積み増しとなるもので、当該電池は、トヨタが販売をはじめたEV「bZ4X」で換算すると60万台弱に相当する由です。
この他、スズキは乗用車シェアー首位のインドでトヨタと共同開発し、EVを2025年までに発売する予定とし、要はスズキとしては、資本業務提携するトヨタと共同開発するEV専用の小型車台を使い、インドに新車種を投入予定で、多目的スポーツ車などの品揃えが
伝えられる処です。 地場のタタ自動車はEVの増産に向け、米フォードの現地工場の取得を決めていますが、人口が世界最多となる見通しのインドは30年には、EV市場が20兆円規模に膨らむとの予想もあり、世界大手や地場を交えた競争が過熱する様相です。
尚、軽のEV車については、日産、三菱が先駆者と云われていますが、苦節十年余り、この5月の発表から3か月余りで、日産の「サクラ」が約2万5千台、三菱の「eKクロスEV」が約6100台と快走中の由です。(朝日オンライン版、9/4)
序で乍ら、自動車のみならず今、日本では鉄鋼や化学等素材産業で脱炭素に向けた移行技術への投資が本格化してきています。因みに、国内鉄鋼2位のJFEスチールは9月1日、岡山県の高炉1基を電路に転換する方針を発表2030年度までの脱炭素投資は1兆円規模を見込む処です。更には、日鉄とJFEが脱炭素のぃ利札とされる製鉄法「水素製鉄」の実用化で連携すると報じられており、脱炭素時代の生き残りへ競合同士が協調する動きが広がり始めたと報じられる処です。(日経2022/9/13) 要は脱炭素化の取り組みが成長に欠かせなくなってきたという事で、新たな形での企業の競争、更には、産業の構造変化が想定される処です。勿論、脱炭素社会の実現にはクリーンエネルギーを使った発電を増やすだけでなく、上記製鉄等CO2を多く出す産業の排出抑制がどうしても必要ですし、多額の資金も必要で、その点、地域、企業、個人のお金を脱炭素社会への移行に回す仕組みの整備も必要です。
尚、大きな問題としてあるのが、気候変動対策が生む ‘ひずみ(歪み)’への取り組みです。
つまり再生可能エネルギーやEVへのシフトが続くとなれば、アルミや銅、リチウムなど非鉄資源への需要が高まり、2030年には供給不足が解消できないとの分析も伝わる処、その結果として、インフレ圧力が強まることで、脱炭素という理想の堅持が難しくなるのではとの懸念です。一言で言って「グリーンのインフレ」問題ですが、これを解消し、世界の安定を保ちつつ脱炭素社会に到着していけるか、まさに大きな課題の残る処です。が、この点は、11月エジプトで開催予定のCOP27での議論を待つ処かと、思料するのです。
第2章 米国政治を覆う強い懸念
1. 米共和党予備選とリズ・チェイニー氏の敗退
上記、米国市場に映る企業の‘革新行動’とは裏腹に、現下の米政治事情は極めて忌々しき状況にある処です。先月論考では「ロー対ウエード裁判」を巡って、国の分断化が進む事情を報告しましたが、11月の中間選挙、更には2年後の大統領選を巡って、米政治の在り姿が、いかにも変質する様相です。とりわけ共和党の予備選では、保守同士の色合いの違いを巡る争いではなく、どの候補が、トランプ氏のスローガン、「米国を再び偉大な国に(MAGA)」に最も近いかを、比べる競争の様相を呈する様相です。
8月16日、米ワイオミング州で実施された11月の中間選挙に向けた共和党の下院議員候補予備選で現職のリズ・チェイニー議員が、トランプ氏の支持を得た候補に大敗しました。その背景は、彼女は共和党員ながらトランプ弾劾裁判に賛成の一票を投じたこととされています。つまり、これはトランプ氏による復讐とされ、一人の勇敢で筋の通った保守派議員が力を失ったという事で、大きな意味を持つ出来事でした。ワイオミング州と同様の傾向が全米のあちこちらで見始めていると懸念を呼ぶ処です。一体、民主主義とはどうなったのか、
選挙とはどういったことかと、再び基本的な問題を呈する処です。
2.The Economist, Aug.20の巻頭論考のテーマは `Leased‘
かかるトランプ氏の横暴さをThe Economist、Aug.20 は、巻頭論考「Leashed」(トランプという革ひもに繋がれた共和党)で、現下の共和党とトランプ氏の関係を、副題とした「Donald Trump’s grip on the Republican Party is tightening」が語るように、今や共和党はトランプ氏の思いのままの状況にあって、トランプ氏が前回の大統領選の屈辱を晴らすべく2024年の大統領選に再出馬するのではと、米国はもとより、西側諸国でも危惧を募らせる処と当該環境の推移を伝える処です。聊か長くなりますが以下は、その概要です。
「 ・中間選挙を巡る新事情
まず、米中間選挙に向けた共和党の予備選挙を見る限り、24年の共和党大統領候補はトランプに決まりそうだと、懸念するのです。その背景として挙げるのが、上記8月16日、米ワイオミング州で起こった、11月の中間選挙に向けた共和党の下院議員候補予備選現職のリズ・チェイニー議員がトランプの支持を得た候補に大敗した事情を挙げる処、要は、ワイオミング州と同様の傾向が全米のあちらこちらで見始めていると云うのです。
つまり、今次の共和党の予備選は、保守主義同士の色合いのの違いを巡る争いではなく、どの候補も、最もトランプ氏のスローガン、「Make America Great Again (MAGA)」に近いかを比べる競争になっていると云うのです。米議会占拠が起きた21年1月6日の事件に関し、トランプ氏を弾劾する決議に賛成した共和党下院議員10人の内、8人が今回の選挙には出なかったか、既に予備選で敗れていると云うのです。
24年の大統領候補に誰になってほしいか、早い段階で共和党有権者に尋ねた世論調査では、約50%がトランプ氏と回答していた由です。数か月前はトランプ氏にうんざりしていた共和党有権者がフロリダ州知事のロン・デサンテイス氏か、MAGAを訴える他の候補者に乗り換えると見られていたが、今ではデサンテイス氏も、ホワイトハウス入りするにはトランプ氏の副大統領候補になるのが一番の近道と考えているとも指摘する処です。
・訴追で高まる出馬意欲
勿論、大統領予備選までには時間があり、大きく変わる状況も予想される処、トランプ氏自身が出馬を断念するか、何かがトランプ氏の出馬を妨げない限り、同氏が共和党の候補指名を勝ち取りそうだと云うのです。では、彼の出馬を止める手立てはあるか? ですが、その一つの可能性は司法の力だとするのです。が、トランプ氏が裁判にかけられ有罪判決を受けても、むしろそれは彼を復活させる「追い風」となるかもと、云うのです。つまり、司法制度に迫害されたとリベンジする形で選挙運動を展開すれば、トランプ氏の能力が最も悪い形で生かされてしまい、米国の諸制度を益々疲弊させることになると云うのです。
デサンテイス氏をはじめ、多くの共和党員がトランプ氏の味方についたと云う由ですが、トランプ氏には更に、3つの件で捜査が進められていると云うのです。虚偽申告による脱税疑惑、議会占拠事件での違法行為疑惑、ジョージア州フルトン群で2020年11月の選挙結果を覆そうとする謀議に加担した疑惑、だというのですが、これらの捜査の行方もやはり不透明で、トランプ氏にも推定無罪の原則が当然適用されると云うのです。一方、反トランプ派に対し、同氏が過去のような過ちを繰り返すこと等、期待しすぎないようにとも云うのです。
彼らはこれまでも、ロバート・モラー特別検察官による検査や2度の弾劾裁判等、何かがトランプ氏を失脚させるだろうと期待した。だが、同氏は今も健在という。実際のところ、これら法的問題は、トランプ氏の出馬意欲を高める結果に繋がると云う。つまり、彼が大統領候補である限り、前回の選挙で7,400万票を集めたリーダーだと云うのです。そして、彼が出馬を表明した時点で、ガーランド司法長官をはじめ、捜査関係者は、大統領候補を裁判にかけるか、法の支配にあえて目をつむるか、難しい選択を迫られることになると云うのです。更に、彼が裁判にかけられ、有罪判決を受けても、むしろそれは彼を復活させる「追い風」となるかもしれないと。そして、司法制度に迫害されたと、リベンジする形で選挙運動を展開すれば、トランプ氏の能力が最も悪い形でいかされてしまうと云い、それは米国の諸制度を益々疲弊させるだろうと云うのです。
・トランプ氏を止める
共和党も司法も、トランプ氏を止められないとしたら、他にどんな手立てがあるか。今、チェイニー議員に決死の覚悟で大統領選に無所属候補で立候補するよう勧めるグループもあると云う。つまり、反トランプだが、民主党にはどうしても投票したくないと云う共和党支持者の票を吸い上げることを期待しての事と云うのです。もしそれで共和党の地盤の州で接戦に持ち込めれば、最終的にトランプ氏の勝利を阻止できるかもしれないと云うものです。彼の大統領就任中の4年間に、共和党は上下両院で過半数を失い、大統領選でも敗れた。多くの有権者はトランプ氏が危険で非民主主義的な人物であることを理解しているし、大半は彼の再任を望んでいないと云うのです。この際は、Better would be to depend on the good sense of the American people. つまり米国民の分別に頼る方が望ましいとする処、要は彼の対抗馬となる仁への投票を広めることだと云うのです、・・・・・。 」
前出、ジョン・ゾグビー氏は、24年の大統領選は、たとえ接戦でなくとも、結果を巡り本当のバトルが展開されるだろうとし、両党とも単純に結果を受け入れるとも思えず、それがまた対外的影響力までにも傷つけることになると懸念する処ですが、まさに民主主義の如何が問われる瞬間が続きそうです。
おわりに ゴルビーも 信奉した民主主義
2022年8月30日、旧ソ連の書記長、ミハエル・ゴルバチョフ氏がなくなりました。周知の通り、彼は1985年から1991年の6年間、旧ソ連の書記長を務めた仁で、この間、ペレストロイカ(国家の再建)、グラスノーチス(情報の公開)という2大改革を進め、1989年のベルリンの壁崩壊、その後の東西ドイツ統一の立役者となり、更に米国とは核軍縮を進め、1989年12月、当時のブッシュ米大統領と共に東西冷戦の終結を宣言し、民主主義こそロシア永遠の課題、と語るロシアの政治家でした。驚くべきは、僅か6年で、世界の共産主義国の雄たるソ連という国をまさに自由主義国に衣替えさせてしまったという事でした。しかし、残念ながら、後継のプーチン氏の姿は周知の処です。
では、西側民主主義陣営の姿はどうか。米国については前述の通りで、そこに投影されるトランプ氏の行動は傲慢なpopulismにほかなく、米国の民主主義の重症化を映す処、それに加わるのが欧州、とりわけイタリア政界の変調です。イタリアの右傾化です。
イタリアでは新型コロナ禍からの経済復興を目指し、21年2月にECB前総裁のドラギ氏を首相とする挙国一致政権の発足を見たばかりでした。が、今夏、主要与党が政府の政策に対する不満、内輪もめで連立政権は崩壊、ドラギ首相は7月21日辞任を表明、今は9月25日予定の総選挙結果を待つ処です。 仮にEU第3のイタリアに極右主導の政権が生まれたとすれば、想定さるのが、近時の物価高に苦しむ有権者の支持を集める極右主導型政党「イタリアの同胞(FDI)」(女性党首、メローニ氏)の可能性ですが、仮に右派政権が誕生しても結局は、民意が離れ短命に終るというリスクが舞戻り、欧州は‘内憂外患の時’を迎えることになりそうだと云うものです。 9月7日付 Project Syndicateで、 London Business School教授のLucrezia Reichlin氏は、「The Italian Right Is Coming」と題して、イタリアは戦後史において初めてとなるムッソリーニーのフアシスト党をルーツとするBrothers of Italyの勝利を予想しながらも、であれば欧州政治は甚大な影響を受けることになると警鐘乱打する処です。
2022年4月の仏大統領選でも物価対策を訴えた極右ルペン氏に、マクロン氏はあと一歩まで迫られる処でした。先進民主国は、今や、 物価高の元凶とされるエネルギー不安の解消に奔走するあまりに, 米トランプ氏のような自国第一主義がちらつく状況にあって、まさにインフレが試す民主主義、といった感の強まる処です。
因みにスエーデンの調査機関 「V-Dem」は、2019年、世界の民主主義国・地域が87カ国に対し、非民主主義国は92カ国と、18年ぶりに非民主主義国が多数となったと報告しています。その後、民主主義国家が勢いを盛り返していないばかりか、権威主義国家の台頭ぶりが目立ってきているのは周知の処です。 民主主義を語るとき、よくリファーされた英国、チャーチル元首相の「民主主義は最悪な政治と云える。これまで試みられてきた民主主義以外の政治体制を除けば」との言節も、もはや通じなくなってきた様相です。
では、民主主義の現実をどう受け止め、それにどう対峙すべきか? この際は世界的名著とされる1835年、出版されたフランスのアレクシ・ド・トクヴィルの「アメリカの民主政治」(De la democratie en Amerique)に`解’はないものかと、改めて目を通してみました。
トクヴィルは弁護士として、米国の刑務所の事情視察の為、仏政府から1831~32年派遣され、それを機会に米国各地を訪れ、米共和政治の実状を観察、仏に戻ってから、その際の見聞を整理し、著したとされるものです。その中で彼は、民主主義は理念として「知性に適用された平等主義」を旨とするものとし、その実際の制度としては多数決を基本とし、これが機能するには国民世論の多数派が健全な判断力を持つ場合に限られるとするのです。そして、民主政治は大衆の教養水準や生活に大きく左右されると指摘するのです。
そうした資料漁りを経て、ではその結論はですが、思っていたように、1776年7月4日の「米国の独立宣言」にあって,その序文にある「All men are created equal」(注)を原点とし、それを担保するシステムとして導入されたのが、「一人一票」の選挙制度であり、であれば民主主義の復権には、選挙制度の改革強化に尽きる事と思料するのです。
そこで、近時メデイアで露出度を高めている米イエール大学助教授の成田雄介助氏の近著、「22世紀の民主主義」を読んでみました。民主主義の「核」が選挙制度にあるなら、それが機能しなくなってきた事情、システムの劣化に対応するためにはガラッと発想を変えて、アルゴリズムを以って、無機的に対応していってはどうかと、極めて斬新な、しかし、極端
と映る提言に、彼自身は、やらずぶったくりで書いたと云うのですが、正直、簡単にはフォローしにくいものでした。ただ思うは、民主政治は大衆の教養水準に依存する、との上記指摘いま再びで、とすれば教養水準の引き上げに尽きると云うことかと思うばかりです。
さて、日本の民主政治は如何にですが、少なくとも現下の旧統一教会と自民党との癒着状況のひどさからは、残念ながら民主政治は期待薄と断じざるを得ずと思うばかりです。 かかる状況に如何に対抗していくべきか、ですが、この際は米国(トランプ氏)も欧州も含め、大きな課題は、かつて組織政党が果していた ‘機能の堅持、その再生’ の他なしと思う処です。(2022/9/25)
2022年09月26日
2022年08月25日
2022年9月号 深まる米社会の分断、 高まる米中対立のリアル - 林川眞善
― 目 次 ―
はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール
第1章 米社会で進む分断化の背景
1.分断化の背景、二つの検証
検証 [1] Financial Times, Foroohar氏の懸念
―Is the US starting to resemble an emerging market
検証 [2] バイデン政権と産業政策
・Blinken米国務長官と3つのキーワード
(1)新「歳出・歳入」法成立 (The inflation reduction act)
(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略
2. 半導体産業助成で問い直される視点
- Semiconductor chip pendulum is slowly swinging west
By Ms. Gillian Tett、F.T. Managing Editor
第2章 ペロシ米下院議長の台湾訪問、問われる日本の対中外交
1. 世界が注目したペロシ米下院議長の訪台
2. 岐路に立たされる日本の対中外交
おわりに 「人口大逆転」
----------------------------------------------------------------
はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール
7月22日その朝、筆者の先輩から一通のメールが飛び込んできました。それは、同日付の日経コラムに掲載の Financial Times ,Global Business Columnist のRana Foroohar氏の記事「米、『危うい新興国』に変質」(Is the US starting to resemble an emerging market? July 11,2022)を読んでの感想でした。フォルーハー記者の記事の副題、‘Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen’ が語るように米国で進む分断化の状況を伝えるものでしたが、察するに、彼女が伝える米国社会の症状に、いてもたってもいられずで、そこで米国の現状如何と、照会を受けるものでした。
当該記事は、米国社会は今、「Roe vs Wade」訴訟(後述)に象徴される基本的人権に絡む司法の裁定が簡単に変えられる状況にあって、‘司法’を巡る社会対立が生れ、それが国内の分断化を助長する処、それは公共の諸制度が弱体化し、法による支配、或いはその執行が困難となってきていている証と、米国社会のあり姿に強い懸念を語るものでした。 尤も8月、米議会で成立した新「歳出・歳入」法は、投資促進を促し、つまり米経済の再生を促すものと期待され、そうした社会の不安を克服してくれるものとは思う処です。
一方、外交面では、ペロシ米下院議長が中国の激しい反対にも拘わらず、8月3には台湾を強行訪問、蔡英文台湾総統と面談を果たしたことで、米中対立がリアルとなる中、その影響は、日本の対中政策の変更を強く促す処となっています。つまり、台湾の有事は日本の有事たるを自覚させられる処、まさに、3次元で進む構造変化が露わとなる様相です。
そこで、今次論考では、これら米国内で進む分断化、バイデン産業政策の実状、更にペロシ米下院議長の訪台問題等, 環境の構造変化と捉え考察する事としたいと思います。
第1章 米社会で進む分断化の背景
1. 分断化の背景、二つの検証
検証 [1] Financia Times, Foroohar氏の懸念
―[ Is the US starting to resemble an emerging market ?― Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen. July 11,2022]
上述フォローハー記者が懸念する事とは、50年以上前に出された人口中絶を禁じた最高裁判決が、2022年6月24日、女性の基本的人権を無視した裁定として破棄されましたが、基本的人権に係る裁定が簡単に覆されてきている現実、そして、それが齎してきている米社会の分断化に思いを痛くすると云うのが、当該記事のポイントです。以下は、その概要です。
― 6月以降、米最高裁が出した複数の判決は、この数年、米国で広がった分断を更に深めている。とりわけ中絶の権利を憲法上の権利と認めた1973年の「Roe vs Wade」(原告ロー 対 ウエード判事)の判決を覆した6月24日の判決(注)や、米環境局(EPA)が全国レベルで 規制する権限を制限した同30日の判決等は、米国を更に弱体化させ、分裂を深める処、しかもこれら判決が米国の異常ともいえる状況、つまり相次ぐ銃乱射事件、昂進するインフレ、連日TVでは、昨年1月6日の連邦議会襲撃事件を巡る下院公聴会が中継される中での判決だと云うのです。
― そして、米国は政治的リスク及び不安定さという点では、先進国というより新興国の様相を呈し始めている。つまり、米調査会社ジオクワント社の創設者、Mark Rosenberg氏が、同社顧客に送った書簡の中で、米国が抱える統治リスクや社会的リスク、治安面のリスク等、関係指標の上昇に照らし、米国の政治的リスクは世界各国に比べて依然、相対的に低いが(127カ国中85位)、OECD加盟国中、今やトルコ、メキシコ、イスラエルにほぼ並ぶ高さで、つまり、その姿は先進国というより途上国のように映る云い、同氏がこうした状況を米政治の「EM(新興国)化」と呼ぶ処と指摘するのです。
― この米政治の「EM(新興国)化」は、トランプ政権にあっては顕著となり、バイデン政権以降も党派対立が深まり、更に進んだと指摘。長期にわたる米経済の繁栄、ドルの揺るぎない地位の維持には信頼が不可欠で、その信頼は法の支配を堅持することで築かれる処、近時の最高裁の判決は、それ自体が政治的分断を示しているとするのです。そしてこうした変化が進むとなると、実現の見込みのない運動、例えばテキサス州の独立を求める「テキジット(Texasとexitの造語)」の可能性も云々される処。銃を持つか否かに拘わらず、米国は自らとの戦争を始めてしまったと、----- するのです。
(注)原告Roe VS 判事 Wade氏の対決訴訟:1950年,人口中絶は憲法違反と裁定され、
爾来50年、人工中絶は女性の憲法上の権利と,争われてきた違憲訴訟。2022年6月24日,
米連邦最高裁は、それまで違憲とされてきた当該判決に対して、女性の人工中絶は、「憲
法で保障されている女性の権利を侵蝕するものと」と、始めて違憲判決を下した。この結
果、人工中絶を認めるか否かは、各州の権限に委ねられる事になった。(最高裁判の構成
は現在、保守派6名、リベラル派3人) 同24日には、即アラバマ州が全米で最も厳し
いとされる中絶禁止法を発効、又、8月2日、米中西部カンザス州で実施の住民投票では
6割が人工中絶の規制に反対と。 全米50州中、28州が中絶規制の州法の施行に動くと
見られ、人工中絶は女性の基本的人権問題として中間選挙でも争点化の見通し。まさにAfter the shattering of Roe. (The Economist、July 2nd) に応える処。
米国内で進む分断化の事情は上述の次第と云え、11月の中間選挙を控え、国内での分断化が進むことが懸念されると云うものです。ただ、かかる社会不安の深層にあるのが格差拡大。であれば想起されるのが、トーマ・ピケテイ氏の云う不等式、r>g( 資本収益率 > 通常の経済成長率 )ですが、彼の場合は税制をテコに改革を考える処でしょうが、筆者流には、恵まれた者が全体の為にいかに行動できるかが最大のポイントで、その姿はStiglitz氏が唱導するprogressive capitalism の実践ではと思料する処です。尤も、今日現在の分断化を促す要因はトランプ前大統領の存在の他なく、彼のデタラメな言動にありと思料する処です。
検証 [2 ] バイデン政権と産業政策
・Blinken 米国務長官と3つのキーワード
この5月Blinken 米国務長官は、バイデン氏の対中経済政策について、`compete , align , invest ’ の3つをキーワードに纏め講演したそうです。― In a speech in May ,Blinken ,America’s secretary of state , boiled down Mr. Biden’s China policy to the three words, ` compete, align, invest’ That is , America should invest in its own strength; align more closely with allies; and confront China where necessary. (The Economist, July 9th)
これはバイデン政策を理解する上で、分かりやすい整理と云え、米国は今後 「自国産業の強化のために『投資』を進め、同盟諸国とより緊密に『連携』し、必要な場合には『中国と対峙』すべき」 とするものと思料する処です。
確かに、この三つのキーワードに照らし、現実を見ると、[compete] (競争政策)については、具体的には、米国内でのインフレ対抗としての対中制裁関税の引き下げ問題ですが、これはトランプ前政権が残した負の遺産への向き合い方を決めることに尽きるという事、又 [align] (同盟諸国との連携)については、米国との二国間連携の強化はともかく、米主導の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が新たに対アジア政策の基盤に据えられたこともあって相応の連携が進むものと思料する処、9月はじめに、ロサンゼルスで初の閣僚会議開催が報じられる処です。
ただ、もう一つの[invest](投資促進を通じた産業再生・強化)については、上述経済格差是正対応の視点もあって、バイデン政権には、中々スムーズに動き出す様子は見えにくくあったのですが、中間選挙を控えた今、漸く、新たな産業政策推進へのとっかかりができたと見る処です。8月16日、米議会では紆余曲折を経て、漸く成立を見た、新「歳出・歳入」法です。当該法は、以下で付言するように、別名`Inflation Reduction Act‘(インフレ抑制法)と呼ばれる法律ですが、バイデン政権が目指す産業政策誘導へのモーメンタムとなる処、そこで、当該法を以って、バイデン政権の産業政策の可能性を検証する事としたいと思います。
尚、上記Blinken長官の上述、「連携」による産業の強化という点では、7月28日の日米首脳協議に続く29日、ワシントンで、日米外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれ、今後とも、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくことを確認しています。そこで当該二国間協議の可能性についても上記と併せ、考察します。
(1)新「歳出・歳入」法成立(The inflation reduction act )
11月の中間選挙を控えた今、下院では野党・共和党の優勢、上院では与野党の接戦予想が伝えられるだけに、民主党バイデン政権の政策行動は急速に国内に向かう処、再生可能なエネルギーの推進などを盛り込んだ新たな「歳出・歳入」法案が、8月16日、バイデン大統領の署名を得て成立しました。
今回の法案は元々、2021年末、バイデン大統領が看板政策として発表した社会保障と気候変動対策を組み合わせた「BBB法案」(Build Back Better: より良き再建)と呼ぶ「歳出・歳入法案」でした。 が、民主党左派のマーチン議員らが、これが大型すぎるとの反対にあいお蔵入りしたのですが、その後、民主党上院トップのシューマー院内総務と協議を続けた結果、予算規模を縮小させ、つまり、当初予算案「10年、3兆5000億ドル」を1割程度にまで縮小させる一方、気候変動対策、EVへの補助や再生可能エネルギー投資などを目玉とした内容に修正、以って、政府と与党民主党は物価を押し下げる効果を目指す内容だとして、「Inflation Reduction Act」と呼称することで合意、成立を見たもので、まさに紆余曲折を経た成果ですが、要はインフレを「看板」とした、産業政策となるものです。
改めて、上記法案の意義として挙げられるのが三点。その一つは、歳出の大半が再生エネルギーの推移にあって、米国として初めて気候変動対応に本格的に取り込むことを鮮明としたこと。二つは歳入面で、大企業に対する課税強化と、徴税当局の機能強化。一方医療保険に対する補助金の延長や薬価の引き下げにつながる価格交渉の改革を盛り込み、要は「税」の公平を図るとしたこと。 そして、三つ目は何よりも、上記、民主党シューマー院内総務がマンチン氏と協議し党内左派の不満を抑えて成立させた事、とされる処です。
The Economist, Aug.13the,2022,は巻頭言で、The Inflation Reduction Act について Climate policy, at last、米国もついに温暖化問題に向かいだしたと云い、又、Joseph Stiglitz氏はProject Syndicate宛て論考 ` Why the Inflation Reduction Act is a Big Real ‘ で、今日のインフレ問題については、需要、供給両サイドで色々問題があるが、この法案の採択は大きな前進となるbig dealと、強く支持する処です。 かくして上記議会の行動はバイデン政権への援護射撃と思料される処です。ただ、現下のインフレ対抗とした点では、これがロシアを起点とした、石油、ガス等、鉱物資源の供給体制に起因するものだけに、単に法律を以ってインフレ抑制が可能となるものか、懸念は残る処です。
(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略
日米首脳協議に続く7月29日、ワシントンで、日米の外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれています。その目的は上述の通りで、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくとするもので、今年1月、日米首脳が創設を決めたものです。
今次、日本からは林芳正外相と荻生田光一経済産業相(当時)、米国はブリンケン国務長官、レモンド商務長官が参加、その協議の結果は、日米共同声明と併せ、日米行動計画として発表されています(日経7/31)当該行動計画は、「 ① 経済秩序を通じた平和と繁栄、➁ 威圧と不透明な貸付けへの対抗、 ③ 重要・新興技術と重要インフラの促進と保護、④ 供給網の強化」とされていますが、議論が集中したのは「供給網の強化」、具体的には半導体分野における日米の協力対応と伝えられています。つまり、台湾有事への日米協力による戦略対応を確認したと云う事で、要は「脱中国依存」を探ると云うものです。会合後の記者会見(7/29)では、日本は年末までに新たな研究機関「次世代半導体製造技術開発センター(仮称)」の立ち上げを約する処です。
一方、米国では、バイデン政権が8月9日、米国内の半導体工場新設支援として、生産や研究開発宛、補助金527億ドルの拠出法案(CHIPS法)に署名、成立させ、ホワイトハウスでの演説では、以って「米国は今後数十年、世界を再び主導する」と語る処です。[当該補助金は米国で半導体新工場建設予定の企業、米インテルや台湾TSMC,等に支給予定。(日経8/10)]
2.半導体産業助成で問い直される視点
処で、上記の通り世界はいま半導体戦略を巡って、まさに蠢く中、その支援体制とは、詰まる処、補助金をテコとする産業強化ではないのか、そして、こうした補助金をテコとした戦略で中国と競争ができるのかと、半導体向け補助金政策に対し、Financial Times ,Managing EditorのGillian Tett氏 は厳しく指摘する処です。
― The semiconductor chip pendulum is slowly swinging west; The US had fallen behind Asian production levels but that may be about to change. Financial Times, July 22.2022)
そこで後学の為にも改めて、彼女の指摘を以下に紹介しておきたいと思います。
― まず、米半導体最大手のインテルのCEO,ゲルシンガー氏が7月末のアスペン会議で ,
「‘Computer chips are the 21st century strategic version of the fossil fuel’(半導体は21世紀の戦略的化石燃料)」と発言していた由で、彼は「過去50年間は石油が地政学的な動きを左右してきたが、今後50年間は半導体工場が影響力を持つ。それが新たな地政学だ」とする一方、米国が半導体産業を作ったにも関わらず、現在はアジアが生産量の8割を占めていると嘆いていたことに言及するのです。
― その戦略対応として米国では、紆余曲折を経て、「USICA (米国イノベーション・競争法案)」を成立させ( 注:当該法案は 前出「インフレ抑制法」に集約、8月16日成立の「歳出・歳入法案」に組み入れられている )、以って補助金制度を立ち上げ、具体的対応を進める処、そこで、米国ではシェール業界を支援した結果、エネルギー自給率が高まったように、今次の法案で補助金制度ができたことで半導体の自給率を挙げられると見るのかと、質すのです。というのも、半導体工場を立ち上げには最低2年はかかること、おまけに米国は台湾が強みとする豊富な人材やインフラに恵まれていない事、そして台湾企業TSMCの場合、創業者のモリス・チャン氏によれば、米工場の生産コストは台湾工場に比べて50%高いと云うのです。 更に、米補助金520億ドルの額についても、推計によると、中国はこの3倍以上の金額を自国半導体支援に充てられているとの由。かかる環境にあって米欧、或いはアジア間で半導体補助金を巡る無謀な競争が生まれるのではと、新たな懸念を呼ぶ処と指摘するのです。
前出ゲルシンガー氏は目下、半導体の世界生産シェアーを米国が30%, 欧州は20%にする目標を提唱中(現在はそれぞれ12%と8%)とかで、そうなるとアジアは50%に低下することになるのでしょうが、そこまで大胆な転換はできないかもしれないが、「半導体を巡る地政学的な争いが、これからもっとおもしろくなる可能性がある」というメッセージを伝えられると云うのです。そしてこの半導体調達がロシア頼みでないことを幸運に思うべきと締めるのです。 が、問題の本質は、国家の政策姿勢、競争力あるコスト、そして人材確保にある事に変わりなく、日本の半導体確保戦略に改めて示唆を与えると云うものです。
第2章 ペロシ米下院議長の訪台、問われる日本の対中外交
1. 世界が注目したペロシ米下院議長の台湾訪問
さて今夏、世界の注目を呼んだ話題の一つは、周知のペロシ米下院議長の台湾訪問でした。 7月31日、アジア歴訪を正式に発表したペロシ下院議長は8月1日、シンガポール、マレーシア、台湾、韓国、そして日本を最後の訪問先としてアジア歴訪に出かけたのですが、元々ペロシ議長のアジア歴訪は4月に計画されていたものが、コロナ感染でリスケとなったもので、議会が夏休みに入ったこの時期に改めてアジア歴訪を決めたとの由でした。
この歴訪で世界が注目したのは、ペロシ議長の訪台であり、8月3日台湾で行われたペロシ議長の蔡英文台湾総統との面談でした。彼女の訪台は、25年前の1997年4月のキングリッチ下院議長(共和党)に次ぐものですが、キングリッチ議長は台湾で李登輝総統と会談する前には、北京を訪問し、まさに仁義を切ったうえでの台湾訪問で、李登輝との会談を果たしたと云うものでした。が、今回はペロシ議長が中国の反対を押し切っての訪台で、中国はこれには台湾周辺での軍事演習を以って応じており、米中の緊張を高める処でした。
いうまでもなくこの両者の行動の違いは、米中のパワーバランスの変化を映す処、25年前との大きな違いは、97年の中国は急成長中とは言え、経済規模は世界第7位。今は日本を遥かに上回る世界第2位で、米国の覇権に挑む存在です。それだけにペロシ議長の行動に、世界はくぎ付けとなる処でした。
もとより、彼女の訪台には中国は強く反発する処、8月4日には台湾を取り囲むように6か所で、軍事演習を名目にミサイル発射演習を開始、弾道ミサイルが初めて台湾上空を通過、日本のEEZ内にも複数着弾したと報じられる処でした。(日本の防衛省はEEZ外に落ちたものを含め計9発の弾道ミサイル発射を確認。日経8/5) 中国ミサイルの台湾上空通過は、1995~96年の「第3次台湾海峡危機」を上回る事態で、沖縄県の與邦国島等の海域近くへの落下は、漁民の安全を脅かすほか、従来の日本の安全保障の枠組みを根幹から揺るがす重大な局面を齎す処、以って「ウクライナ危機が、東アジアに飛び火した」と指摘される処です。 中国は7日台湾周辺の海空域で「島しよ侵攻作戦」の演習を実施した(4~7日予定)旨を公表(日経、夕、8/8)、10日になって演習の終了を明らかにする処でした。そして、
4日に調整されていた日中外相会議は中国からの申し出で、中止、その際、中国側は記者会見で、先のG7外相会議の共同声明で「不当に中国を非難した」ためと説明するのです。
ペロシ氏の訪台は、バイデン政権の意図したものとは言えないようですが、米国の対中外交全体の中でどんな成果を狙う一手と位置付けるのかといった戦略を欠くものと、メデイア等は指摘する処ですが、とにかく、米中双方とも、相応の言い分を展開する処、台湾問題がちょっとしたきっかけで導火線に火が付きかねないアジアの火薬庫であることが改めて明白になったという事です。 ペロシ氏の訪台直後、中国外務省は「あらゆる必要な措置を必ず講じると、報復を宣言しています。(日経8/5)一方、自衛隊と米軍の共同訓練が増加傾向にある処、今次ペロシ氏の訪台、蔡英文総統との会談は、台湾有事は日本有事たるを改めて認識させる処です。 8月14日にはペロシ氏に次ぎ米両院の超党派議員団、5名が訪台(団長:民主党 エドワード・マーキー上院議員)、15日には蔡英文総統と会談しましたが、中国はペロシ議長に対したと同様、台湾周辺海域と空域で軍事演習を行ったと発表する処です。
改めて米中の台湾に対する言い分を見ると、米国の対中非難は、中国が台湾を力ずくで統一しようとする動きを先んじて制する戦略の一環とする処、中国は、米国が米中関係の基礎である「一つの中国」政策を徐々にないがしろにしているとみる処でしょうか。であれば双方の主張は国内世論もにらんでのことで、米国では中間選挙が、中国では秋の党大会が予定されていると云う事がありで、双方の主張は平行線をたどり、強硬な言説が強硬な行動を招く悪循環に陥ろうとしていると見る処です。
2. 岐路に立たされる日本の対中外交
これまで中国側も日米分断を誘発しようと、経済面で日本に秋波を送って来た側面はありました。が、中国が日米を一体と見なすようになれば、もはや「安保と経済」を使い分ける従来の手法は通じなくなる処です。今次中国の挑発はペロシ氏の台湾訪問に起因する処、それにも拘わらず影響は日本に及ぶ処でした。という事は日本の外交はG7の一員であり、アジアの一員でもある立場を活かしてきましたが、それだけでは国際社会で役割を果たせなくなってきたと云う事でしょう。そこで改めて外交を如何に主体的に展開するかが、日本の選択肢を狭めない道となる筈です。 9月29日、日中国交正常化50年の節目を迎えます。
折しも8月10日、岸田首相は、先の参院選で手にした「黄金の3年」を以って第2次岸田内閣をスタートさせ、その際は、 ➀ 防衛力の抜本的な強化、➁ 経済安全保障の推進、③ 「新しい資本主義」の実現による経済再生、④ 新型コロナウイルス対策の新たな段階への移行、➄ 子供・少子化対策、の5つを喫緊の課題と,挙げる処でした。 これらは、新たな国際環境への対応を意識したものと云え、とりわけ上記 ➀、➁ は、自国を自分で守るとの意識を新に、政策運営を目指すとする処と思料するのですが、留意されるべきは、防衛力の強化や国家安全保障戦略の構築は、予算の分捕り合戦とするのではなく、国家としての安保理念をキチンと整備し直し、それはまさに安倍晋三政治との決別を意味する処ですが、以って万機を公論に決するを一義として、進められるべき事と思う処です。
しかし、7月8日の安倍晋三銃撃事件で明らかとなった旧統一教会と自民党(議員)とのいわゆるブラックな関係の実状について政府からは明快な説明等はなく、国民の不信は高まる一方で、上記テーマに与するゆとりはない状況が露わとなってくる処です。もはや9月27日の安倍晋三国葬後は、岸田政権はもたないのではとの噂も流れる処、まずはブラックをホワイトにすることが、まさに喫緊のテーマとなるのではと愚考する処です。
おわりに 「人口大逆転」
5月30日付日経コラムに同社編集委員の大林尚氏が、イーロン・マスク氏の警告と題して、日本の人口減少に歯止めがかからないとすれば、日本は消滅すると、警告を発したと云うのでした。そして5月8日付の彼のツイートを再掲する処です。つまり、「At risk of stating the obvious, unless something changes to cause the birth rate to exceed the death rate, Japan will eventually cease to exist. This would be a great loss for the world.」 というのです。
そして、大林氏は日本の人口減に触れ、出生減に歯止めをかけ、反転させるには、真に効く対策を練り直し、計画的に実行する長期思考が不可欠だとし、まずは若者を取り巻く経済環境を好転させることと云うのでしたが、然りとする処です。
そんなおり、手にした英LSEの名誉教授、C. Goodhart氏らの近著「人口大逆転:The Great Demographic Reversal」は、実に興味深い指摘の並ぶものでした。以下は、その概要です。
― まず、この30年、世界に門戸を開いた中国の労働力が供給力を増やし、世界経済をインフレなき繁栄に導いたとし、日本の企業は国内の労働力不足を、中国を始め海外の労働力で補うと云う合理的選択をしてきたと。つまり国内での労動力不足を豊富な中国の労働力が補ってきたことで、日本の労働力市場の需給はタイトにならず、従って賃金を上げる必要はなかったと、現在の日本の抱える問題、つまり伸びない賃金という問題点に迫るのです。
― しかし、その中国の生産年齢人口は13年をピークに減少に転じており、労働力の供給源としての中国の存在感は減退せざるを得ないというのです。とすれば早晩、日本の労働需給は引きしまらざるを得ない、とすれば働く者の賃金が上がる時代がやってくる筈というのです。そして日本も早晩インフレに転換する可能性は高いという事になると云うのです。
本書タイトル「人口大逆転」とは、世界の多くの国々で明らかになってきている出生率の低下と高齢化のプロセスが、今までの根強いデイスインフレ(インフレ抑制)基調から今後数十年に亘るインフレ圧力の復活へと転換させる、つまり人口構成とグローバル化の決定要因の力が作用する方向が、現在逆転しつつあり、その結果今後30年ほどに亘って、日本を含む世界の主要国はインフレ圧力に再び直面することになる、と云うのです。 そして、日本の現実(成長率の低下、デフレ、そして金利の低下)に対する説明には重大な欠陥があると指摘、それはグローバルな力の大きな影響を考慮に入れていない点にあるというのです。
つまり、中国を含む世界の人口構成の大逆転(少子化)の進行で世界経済及び日本経済は、デフレからインフレの時代へと変化していくとする処、以って現在進行する長期トレンドの大逆転と云い、今からそれへの備えをと、云うのです。
ただ、デフレマインドという負のスパイラルから抜け出すには経済の新陳代謝を促し、より競争力あるセクターへの資源の再配分が不可欠です。つまり構造改革ですが、それへの言及の無いことは気がかりとする処です。(2022/8/25)
はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール
第1章 米社会で進む分断化の背景
1.分断化の背景、二つの検証
検証 [1] Financial Times, Foroohar氏の懸念
―Is the US starting to resemble an emerging market
検証 [2] バイデン政権と産業政策
・Blinken米国務長官と3つのキーワード
(1)新「歳出・歳入」法成立 (The inflation reduction act)
(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略
2. 半導体産業助成で問い直される視点
- Semiconductor chip pendulum is slowly swinging west
By Ms. Gillian Tett、F.T. Managing Editor
第2章 ペロシ米下院議長の台湾訪問、問われる日本の対中外交
1. 世界が注目したペロシ米下院議長の訪台
2. 岐路に立たされる日本の対中外交
おわりに 「人口大逆転」
----------------------------------------------------------------
はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール
7月22日その朝、筆者の先輩から一通のメールが飛び込んできました。それは、同日付の日経コラムに掲載の Financial Times ,Global Business Columnist のRana Foroohar氏の記事「米、『危うい新興国』に変質」(Is the US starting to resemble an emerging market? July 11,2022)を読んでの感想でした。フォルーハー記者の記事の副題、‘Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen’ が語るように米国で進む分断化の状況を伝えるものでしたが、察するに、彼女が伝える米国社会の症状に、いてもたってもいられずで、そこで米国の現状如何と、照会を受けるものでした。
当該記事は、米国社会は今、「Roe vs Wade」訴訟(後述)に象徴される基本的人権に絡む司法の裁定が簡単に変えられる状況にあって、‘司法’を巡る社会対立が生れ、それが国内の分断化を助長する処、それは公共の諸制度が弱体化し、法による支配、或いはその執行が困難となってきていている証と、米国社会のあり姿に強い懸念を語るものでした。 尤も8月、米議会で成立した新「歳出・歳入」法は、投資促進を促し、つまり米経済の再生を促すものと期待され、そうした社会の不安を克服してくれるものとは思う処です。
一方、外交面では、ペロシ米下院議長が中国の激しい反対にも拘わらず、8月3には台湾を強行訪問、蔡英文台湾総統と面談を果たしたことで、米中対立がリアルとなる中、その影響は、日本の対中政策の変更を強く促す処となっています。つまり、台湾の有事は日本の有事たるを自覚させられる処、まさに、3次元で進む構造変化が露わとなる様相です。
そこで、今次論考では、これら米国内で進む分断化、バイデン産業政策の実状、更にペロシ米下院議長の訪台問題等, 環境の構造変化と捉え考察する事としたいと思います。
第1章 米社会で進む分断化の背景
1. 分断化の背景、二つの検証
検証 [1] Financia Times, Foroohar氏の懸念
―[ Is the US starting to resemble an emerging market ?― Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen. July 11,2022]
上述フォローハー記者が懸念する事とは、50年以上前に出された人口中絶を禁じた最高裁判決が、2022年6月24日、女性の基本的人権を無視した裁定として破棄されましたが、基本的人権に係る裁定が簡単に覆されてきている現実、そして、それが齎してきている米社会の分断化に思いを痛くすると云うのが、当該記事のポイントです。以下は、その概要です。
― 6月以降、米最高裁が出した複数の判決は、この数年、米国で広がった分断を更に深めている。とりわけ中絶の権利を憲法上の権利と認めた1973年の「Roe vs Wade」(原告ロー 対 ウエード判事)の判決を覆した6月24日の判決(注)や、米環境局(EPA)が全国レベルで 規制する権限を制限した同30日の判決等は、米国を更に弱体化させ、分裂を深める処、しかもこれら判決が米国の異常ともいえる状況、つまり相次ぐ銃乱射事件、昂進するインフレ、連日TVでは、昨年1月6日の連邦議会襲撃事件を巡る下院公聴会が中継される中での判決だと云うのです。
― そして、米国は政治的リスク及び不安定さという点では、先進国というより新興国の様相を呈し始めている。つまり、米調査会社ジオクワント社の創設者、Mark Rosenberg氏が、同社顧客に送った書簡の中で、米国が抱える統治リスクや社会的リスク、治安面のリスク等、関係指標の上昇に照らし、米国の政治的リスクは世界各国に比べて依然、相対的に低いが(127カ国中85位)、OECD加盟国中、今やトルコ、メキシコ、イスラエルにほぼ並ぶ高さで、つまり、その姿は先進国というより途上国のように映る云い、同氏がこうした状況を米政治の「EM(新興国)化」と呼ぶ処と指摘するのです。
― この米政治の「EM(新興国)化」は、トランプ政権にあっては顕著となり、バイデン政権以降も党派対立が深まり、更に進んだと指摘。長期にわたる米経済の繁栄、ドルの揺るぎない地位の維持には信頼が不可欠で、その信頼は法の支配を堅持することで築かれる処、近時の最高裁の判決は、それ自体が政治的分断を示しているとするのです。そしてこうした変化が進むとなると、実現の見込みのない運動、例えばテキサス州の独立を求める「テキジット(Texasとexitの造語)」の可能性も云々される処。銃を持つか否かに拘わらず、米国は自らとの戦争を始めてしまったと、----- するのです。
(注)原告Roe VS 判事 Wade氏の対決訴訟:1950年,人口中絶は憲法違反と裁定され、
爾来50年、人工中絶は女性の憲法上の権利と,争われてきた違憲訴訟。2022年6月24日,
米連邦最高裁は、それまで違憲とされてきた当該判決に対して、女性の人工中絶は、「憲
法で保障されている女性の権利を侵蝕するものと」と、始めて違憲判決を下した。この結
果、人工中絶を認めるか否かは、各州の権限に委ねられる事になった。(最高裁判の構成
は現在、保守派6名、リベラル派3人) 同24日には、即アラバマ州が全米で最も厳し
いとされる中絶禁止法を発効、又、8月2日、米中西部カンザス州で実施の住民投票では
6割が人工中絶の規制に反対と。 全米50州中、28州が中絶規制の州法の施行に動くと
見られ、人工中絶は女性の基本的人権問題として中間選挙でも争点化の見通し。まさにAfter the shattering of Roe. (The Economist、July 2nd) に応える処。
米国内で進む分断化の事情は上述の次第と云え、11月の中間選挙を控え、国内での分断化が進むことが懸念されると云うものです。ただ、かかる社会不安の深層にあるのが格差拡大。であれば想起されるのが、トーマ・ピケテイ氏の云う不等式、r>g( 資本収益率 > 通常の経済成長率 )ですが、彼の場合は税制をテコに改革を考える処でしょうが、筆者流には、恵まれた者が全体の為にいかに行動できるかが最大のポイントで、その姿はStiglitz氏が唱導するprogressive capitalism の実践ではと思料する処です。尤も、今日現在の分断化を促す要因はトランプ前大統領の存在の他なく、彼のデタラメな言動にありと思料する処です。
検証 [2 ] バイデン政権と産業政策
・Blinken 米国務長官と3つのキーワード
この5月Blinken 米国務長官は、バイデン氏の対中経済政策について、`compete , align , invest ’ の3つをキーワードに纏め講演したそうです。― In a speech in May ,Blinken ,America’s secretary of state , boiled down Mr. Biden’s China policy to the three words, ` compete, align, invest’ That is , America should invest in its own strength; align more closely with allies; and confront China where necessary. (The Economist, July 9th)
これはバイデン政策を理解する上で、分かりやすい整理と云え、米国は今後 「自国産業の強化のために『投資』を進め、同盟諸国とより緊密に『連携』し、必要な場合には『中国と対峙』すべき」 とするものと思料する処です。
確かに、この三つのキーワードに照らし、現実を見ると、[compete] (競争政策)については、具体的には、米国内でのインフレ対抗としての対中制裁関税の引き下げ問題ですが、これはトランプ前政権が残した負の遺産への向き合い方を決めることに尽きるという事、又 [align] (同盟諸国との連携)については、米国との二国間連携の強化はともかく、米主導の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が新たに対アジア政策の基盤に据えられたこともあって相応の連携が進むものと思料する処、9月はじめに、ロサンゼルスで初の閣僚会議開催が報じられる処です。
ただ、もう一つの[invest](投資促進を通じた産業再生・強化)については、上述経済格差是正対応の視点もあって、バイデン政権には、中々スムーズに動き出す様子は見えにくくあったのですが、中間選挙を控えた今、漸く、新たな産業政策推進へのとっかかりができたと見る処です。8月16日、米議会では紆余曲折を経て、漸く成立を見た、新「歳出・歳入」法です。当該法は、以下で付言するように、別名`Inflation Reduction Act‘(インフレ抑制法)と呼ばれる法律ですが、バイデン政権が目指す産業政策誘導へのモーメンタムとなる処、そこで、当該法を以って、バイデン政権の産業政策の可能性を検証する事としたいと思います。
尚、上記Blinken長官の上述、「連携」による産業の強化という点では、7月28日の日米首脳協議に続く29日、ワシントンで、日米外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれ、今後とも、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくことを確認しています。そこで当該二国間協議の可能性についても上記と併せ、考察します。
(1)新「歳出・歳入」法成立(The inflation reduction act )
11月の中間選挙を控えた今、下院では野党・共和党の優勢、上院では与野党の接戦予想が伝えられるだけに、民主党バイデン政権の政策行動は急速に国内に向かう処、再生可能なエネルギーの推進などを盛り込んだ新たな「歳出・歳入」法案が、8月16日、バイデン大統領の署名を得て成立しました。
今回の法案は元々、2021年末、バイデン大統領が看板政策として発表した社会保障と気候変動対策を組み合わせた「BBB法案」(Build Back Better: より良き再建)と呼ぶ「歳出・歳入法案」でした。 が、民主党左派のマーチン議員らが、これが大型すぎるとの反対にあいお蔵入りしたのですが、その後、民主党上院トップのシューマー院内総務と協議を続けた結果、予算規模を縮小させ、つまり、当初予算案「10年、3兆5000億ドル」を1割程度にまで縮小させる一方、気候変動対策、EVへの補助や再生可能エネルギー投資などを目玉とした内容に修正、以って、政府と与党民主党は物価を押し下げる効果を目指す内容だとして、「Inflation Reduction Act」と呼称することで合意、成立を見たもので、まさに紆余曲折を経た成果ですが、要はインフレを「看板」とした、産業政策となるものです。
改めて、上記法案の意義として挙げられるのが三点。その一つは、歳出の大半が再生エネルギーの推移にあって、米国として初めて気候変動対応に本格的に取り込むことを鮮明としたこと。二つは歳入面で、大企業に対する課税強化と、徴税当局の機能強化。一方医療保険に対する補助金の延長や薬価の引き下げにつながる価格交渉の改革を盛り込み、要は「税」の公平を図るとしたこと。 そして、三つ目は何よりも、上記、民主党シューマー院内総務がマンチン氏と協議し党内左派の不満を抑えて成立させた事、とされる処です。
The Economist, Aug.13the,2022,は巻頭言で、The Inflation Reduction Act について Climate policy, at last、米国もついに温暖化問題に向かいだしたと云い、又、Joseph Stiglitz氏はProject Syndicate宛て論考 ` Why the Inflation Reduction Act is a Big Real ‘ で、今日のインフレ問題については、需要、供給両サイドで色々問題があるが、この法案の採択は大きな前進となるbig dealと、強く支持する処です。 かくして上記議会の行動はバイデン政権への援護射撃と思料される処です。ただ、現下のインフレ対抗とした点では、これがロシアを起点とした、石油、ガス等、鉱物資源の供給体制に起因するものだけに、単に法律を以ってインフレ抑制が可能となるものか、懸念は残る処です。
(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略
日米首脳協議に続く7月29日、ワシントンで、日米の外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれています。その目的は上述の通りで、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくとするもので、今年1月、日米首脳が創設を決めたものです。
今次、日本からは林芳正外相と荻生田光一経済産業相(当時)、米国はブリンケン国務長官、レモンド商務長官が参加、その協議の結果は、日米共同声明と併せ、日米行動計画として発表されています(日経7/31)当該行動計画は、「 ① 経済秩序を通じた平和と繁栄、➁ 威圧と不透明な貸付けへの対抗、 ③ 重要・新興技術と重要インフラの促進と保護、④ 供給網の強化」とされていますが、議論が集中したのは「供給網の強化」、具体的には半導体分野における日米の協力対応と伝えられています。つまり、台湾有事への日米協力による戦略対応を確認したと云う事で、要は「脱中国依存」を探ると云うものです。会合後の記者会見(7/29)では、日本は年末までに新たな研究機関「次世代半導体製造技術開発センター(仮称)」の立ち上げを約する処です。
一方、米国では、バイデン政権が8月9日、米国内の半導体工場新設支援として、生産や研究開発宛、補助金527億ドルの拠出法案(CHIPS法)に署名、成立させ、ホワイトハウスでの演説では、以って「米国は今後数十年、世界を再び主導する」と語る処です。[当該補助金は米国で半導体新工場建設予定の企業、米インテルや台湾TSMC,等に支給予定。(日経8/10)]
2.半導体産業助成で問い直される視点
処で、上記の通り世界はいま半導体戦略を巡って、まさに蠢く中、その支援体制とは、詰まる処、補助金をテコとする産業強化ではないのか、そして、こうした補助金をテコとした戦略で中国と競争ができるのかと、半導体向け補助金政策に対し、Financial Times ,Managing EditorのGillian Tett氏 は厳しく指摘する処です。
― The semiconductor chip pendulum is slowly swinging west; The US had fallen behind Asian production levels but that may be about to change. Financial Times, July 22.2022)
そこで後学の為にも改めて、彼女の指摘を以下に紹介しておきたいと思います。
― まず、米半導体最大手のインテルのCEO,ゲルシンガー氏が7月末のアスペン会議で ,
「‘Computer chips are the 21st century strategic version of the fossil fuel’(半導体は21世紀の戦略的化石燃料)」と発言していた由で、彼は「過去50年間は石油が地政学的な動きを左右してきたが、今後50年間は半導体工場が影響力を持つ。それが新たな地政学だ」とする一方、米国が半導体産業を作ったにも関わらず、現在はアジアが生産量の8割を占めていると嘆いていたことに言及するのです。
― その戦略対応として米国では、紆余曲折を経て、「USICA (米国イノベーション・競争法案)」を成立させ( 注:当該法案は 前出「インフレ抑制法」に集約、8月16日成立の「歳出・歳入法案」に組み入れられている )、以って補助金制度を立ち上げ、具体的対応を進める処、そこで、米国ではシェール業界を支援した結果、エネルギー自給率が高まったように、今次の法案で補助金制度ができたことで半導体の自給率を挙げられると見るのかと、質すのです。というのも、半導体工場を立ち上げには最低2年はかかること、おまけに米国は台湾が強みとする豊富な人材やインフラに恵まれていない事、そして台湾企業TSMCの場合、創業者のモリス・チャン氏によれば、米工場の生産コストは台湾工場に比べて50%高いと云うのです。 更に、米補助金520億ドルの額についても、推計によると、中国はこの3倍以上の金額を自国半導体支援に充てられているとの由。かかる環境にあって米欧、或いはアジア間で半導体補助金を巡る無謀な競争が生まれるのではと、新たな懸念を呼ぶ処と指摘するのです。
前出ゲルシンガー氏は目下、半導体の世界生産シェアーを米国が30%, 欧州は20%にする目標を提唱中(現在はそれぞれ12%と8%)とかで、そうなるとアジアは50%に低下することになるのでしょうが、そこまで大胆な転換はできないかもしれないが、「半導体を巡る地政学的な争いが、これからもっとおもしろくなる可能性がある」というメッセージを伝えられると云うのです。そしてこの半導体調達がロシア頼みでないことを幸運に思うべきと締めるのです。 が、問題の本質は、国家の政策姿勢、競争力あるコスト、そして人材確保にある事に変わりなく、日本の半導体確保戦略に改めて示唆を与えると云うものです。
第2章 ペロシ米下院議長の訪台、問われる日本の対中外交
1. 世界が注目したペロシ米下院議長の台湾訪問
さて今夏、世界の注目を呼んだ話題の一つは、周知のペロシ米下院議長の台湾訪問でした。 7月31日、アジア歴訪を正式に発表したペロシ下院議長は8月1日、シンガポール、マレーシア、台湾、韓国、そして日本を最後の訪問先としてアジア歴訪に出かけたのですが、元々ペロシ議長のアジア歴訪は4月に計画されていたものが、コロナ感染でリスケとなったもので、議会が夏休みに入ったこの時期に改めてアジア歴訪を決めたとの由でした。
この歴訪で世界が注目したのは、ペロシ議長の訪台であり、8月3日台湾で行われたペロシ議長の蔡英文台湾総統との面談でした。彼女の訪台は、25年前の1997年4月のキングリッチ下院議長(共和党)に次ぐものですが、キングリッチ議長は台湾で李登輝総統と会談する前には、北京を訪問し、まさに仁義を切ったうえでの台湾訪問で、李登輝との会談を果たしたと云うものでした。が、今回はペロシ議長が中国の反対を押し切っての訪台で、中国はこれには台湾周辺での軍事演習を以って応じており、米中の緊張を高める処でした。
いうまでもなくこの両者の行動の違いは、米中のパワーバランスの変化を映す処、25年前との大きな違いは、97年の中国は急成長中とは言え、経済規模は世界第7位。今は日本を遥かに上回る世界第2位で、米国の覇権に挑む存在です。それだけにペロシ議長の行動に、世界はくぎ付けとなる処でした。
もとより、彼女の訪台には中国は強く反発する処、8月4日には台湾を取り囲むように6か所で、軍事演習を名目にミサイル発射演習を開始、弾道ミサイルが初めて台湾上空を通過、日本のEEZ内にも複数着弾したと報じられる処でした。(日本の防衛省はEEZ外に落ちたものを含め計9発の弾道ミサイル発射を確認。日経8/5) 中国ミサイルの台湾上空通過は、1995~96年の「第3次台湾海峡危機」を上回る事態で、沖縄県の與邦国島等の海域近くへの落下は、漁民の安全を脅かすほか、従来の日本の安全保障の枠組みを根幹から揺るがす重大な局面を齎す処、以って「ウクライナ危機が、東アジアに飛び火した」と指摘される処です。 中国は7日台湾周辺の海空域で「島しよ侵攻作戦」の演習を実施した(4~7日予定)旨を公表(日経、夕、8/8)、10日になって演習の終了を明らかにする処でした。そして、
4日に調整されていた日中外相会議は中国からの申し出で、中止、その際、中国側は記者会見で、先のG7外相会議の共同声明で「不当に中国を非難した」ためと説明するのです。
ペロシ氏の訪台は、バイデン政権の意図したものとは言えないようですが、米国の対中外交全体の中でどんな成果を狙う一手と位置付けるのかといった戦略を欠くものと、メデイア等は指摘する処ですが、とにかく、米中双方とも、相応の言い分を展開する処、台湾問題がちょっとしたきっかけで導火線に火が付きかねないアジアの火薬庫であることが改めて明白になったという事です。 ペロシ氏の訪台直後、中国外務省は「あらゆる必要な措置を必ず講じると、報復を宣言しています。(日経8/5)一方、自衛隊と米軍の共同訓練が増加傾向にある処、今次ペロシ氏の訪台、蔡英文総統との会談は、台湾有事は日本有事たるを改めて認識させる処です。 8月14日にはペロシ氏に次ぎ米両院の超党派議員団、5名が訪台(団長:民主党 エドワード・マーキー上院議員)、15日には蔡英文総統と会談しましたが、中国はペロシ議長に対したと同様、台湾周辺海域と空域で軍事演習を行ったと発表する処です。
改めて米中の台湾に対する言い分を見ると、米国の対中非難は、中国が台湾を力ずくで統一しようとする動きを先んじて制する戦略の一環とする処、中国は、米国が米中関係の基礎である「一つの中国」政策を徐々にないがしろにしているとみる処でしょうか。であれば双方の主張は国内世論もにらんでのことで、米国では中間選挙が、中国では秋の党大会が予定されていると云う事がありで、双方の主張は平行線をたどり、強硬な言説が強硬な行動を招く悪循環に陥ろうとしていると見る処です。
2. 岐路に立たされる日本の対中外交
これまで中国側も日米分断を誘発しようと、経済面で日本に秋波を送って来た側面はありました。が、中国が日米を一体と見なすようになれば、もはや「安保と経済」を使い分ける従来の手法は通じなくなる処です。今次中国の挑発はペロシ氏の台湾訪問に起因する処、それにも拘わらず影響は日本に及ぶ処でした。という事は日本の外交はG7の一員であり、アジアの一員でもある立場を活かしてきましたが、それだけでは国際社会で役割を果たせなくなってきたと云う事でしょう。そこで改めて外交を如何に主体的に展開するかが、日本の選択肢を狭めない道となる筈です。 9月29日、日中国交正常化50年の節目を迎えます。
折しも8月10日、岸田首相は、先の参院選で手にした「黄金の3年」を以って第2次岸田内閣をスタートさせ、その際は、 ➀ 防衛力の抜本的な強化、➁ 経済安全保障の推進、③ 「新しい資本主義」の実現による経済再生、④ 新型コロナウイルス対策の新たな段階への移行、➄ 子供・少子化対策、の5つを喫緊の課題と,挙げる処でした。 これらは、新たな国際環境への対応を意識したものと云え、とりわけ上記 ➀、➁ は、自国を自分で守るとの意識を新に、政策運営を目指すとする処と思料するのですが、留意されるべきは、防衛力の強化や国家安全保障戦略の構築は、予算の分捕り合戦とするのではなく、国家としての安保理念をキチンと整備し直し、それはまさに安倍晋三政治との決別を意味する処ですが、以って万機を公論に決するを一義として、進められるべき事と思う処です。
しかし、7月8日の安倍晋三銃撃事件で明らかとなった旧統一教会と自民党(議員)とのいわゆるブラックな関係の実状について政府からは明快な説明等はなく、国民の不信は高まる一方で、上記テーマに与するゆとりはない状況が露わとなってくる処です。もはや9月27日の安倍晋三国葬後は、岸田政権はもたないのではとの噂も流れる処、まずはブラックをホワイトにすることが、まさに喫緊のテーマとなるのではと愚考する処です。
おわりに 「人口大逆転」
5月30日付日経コラムに同社編集委員の大林尚氏が、イーロン・マスク氏の警告と題して、日本の人口減少に歯止めがかからないとすれば、日本は消滅すると、警告を発したと云うのでした。そして5月8日付の彼のツイートを再掲する処です。つまり、「At risk of stating the obvious, unless something changes to cause the birth rate to exceed the death rate, Japan will eventually cease to exist. This would be a great loss for the world.」 というのです。
そして、大林氏は日本の人口減に触れ、出生減に歯止めをかけ、反転させるには、真に効く対策を練り直し、計画的に実行する長期思考が不可欠だとし、まずは若者を取り巻く経済環境を好転させることと云うのでしたが、然りとする処です。
そんなおり、手にした英LSEの名誉教授、C. Goodhart氏らの近著「人口大逆転:The Great Demographic Reversal」は、実に興味深い指摘の並ぶものでした。以下は、その概要です。
― まず、この30年、世界に門戸を開いた中国の労働力が供給力を増やし、世界経済をインフレなき繁栄に導いたとし、日本の企業は国内の労働力不足を、中国を始め海外の労働力で補うと云う合理的選択をしてきたと。つまり国内での労動力不足を豊富な中国の労働力が補ってきたことで、日本の労働力市場の需給はタイトにならず、従って賃金を上げる必要はなかったと、現在の日本の抱える問題、つまり伸びない賃金という問題点に迫るのです。
― しかし、その中国の生産年齢人口は13年をピークに減少に転じており、労働力の供給源としての中国の存在感は減退せざるを得ないというのです。とすれば早晩、日本の労働需給は引きしまらざるを得ない、とすれば働く者の賃金が上がる時代がやってくる筈というのです。そして日本も早晩インフレに転換する可能性は高いという事になると云うのです。
本書タイトル「人口大逆転」とは、世界の多くの国々で明らかになってきている出生率の低下と高齢化のプロセスが、今までの根強いデイスインフレ(インフレ抑制)基調から今後数十年に亘るインフレ圧力の復活へと転換させる、つまり人口構成とグローバル化の決定要因の力が作用する方向が、現在逆転しつつあり、その結果今後30年ほどに亘って、日本を含む世界の主要国はインフレ圧力に再び直面することになる、と云うのです。 そして、日本の現実(成長率の低下、デフレ、そして金利の低下)に対する説明には重大な欠陥があると指摘、それはグローバルな力の大きな影響を考慮に入れていない点にあるというのです。
つまり、中国を含む世界の人口構成の大逆転(少子化)の進行で世界経済及び日本経済は、デフレからインフレの時代へと変化していくとする処、以って現在進行する長期トレンドの大逆転と云い、今からそれへの備えをと、云うのです。
ただ、デフレマインドという負のスパイラルから抜け出すには経済の新陳代謝を促し、より競争力あるセクターへの資源の再配分が不可欠です。つまり構造改革ですが、それへの言及の無いことは気がかりとする処です。(2022/8/25)
2022年07月25日
2022年8月号 NATOの新「戦略概念」 、グローバル経済の今後 - 林川眞善
― 目 次 ―
はじめに 国際協調の機能不全
1. 更に鮮明となった世界の対立構図
・epoch-makingな欧州での首脳会議
・プーチン大統領の対抗姿勢
2.囁かれる世界大戦の可能性
第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境
1. 今次NATO首脳会議の意義
(1) `そもそも‘ NATOとは
(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
2.米中貿易戦争の行方
第2章 Global Businessの行方
1. ダボス会議は失敗 by Joseph Stiglitz
2. ロシアン・ビジネス
(1) サハリン2 プロジェクト接収騒動
(2) サハリン2と、日本のエネルギー安保
おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相
・安倍晋三元首相 、凶弾に倒れる
・「黄金の3年」を手にした岸田政権の今後
追 記 : 気がつけば 論考10年
----------------------------------------------------------------------
はじめに 国際協調の機能不全
1. 更に鮮明となった世界の対立構図
・epoch-makingな欧州での首脳会議
6月、欧州ではいわゆる西側陣営による各種首脳会議(注)が開かれています。いうまでもなくロシアのウクライナ侵攻、その暴挙に西側陣営は如何に対抗すべきかを探る会議となっていて、有態に言えば、世界の安全保障体制会議とも言えるのですが、特筆されることは、対ロ戦略たる経済制裁が打ち出された状況が、西側陣営としてこれまでになく一致団結する形で決定されたことでした。勿論その行動様式は、戦後秩序の変化を呼ぶものと思料されるのです。
戦後秩序とは、第2次大戦後、米国を中心にした国際社会の安定した状態を指し、その安定と平和を保つ目的で、国際組織である国連や様々なルールが整備されてきたのですが、ロシアのウクライナ侵攻はそうした戦後の国際秩序への挑戦であり、破壊です。それだけに民主主義を規範とする西側諸国が、これまでになく一致団結して権威主義国家ロシアに対峙したことは今後の秩序のあり方を考えていくうえで、まさにepoch-makingとされる処です。
具体的には、ロシアの暴挙に対抗する姿としてG7サミットがあり、対中ロを含めた安全保障対応に、今やNATO首脳会議の出番がありで、彼らの行動に大方の関心を呼ぶ処です。
(注)6月、欧州で開かれた主たる首脳会議
・6月12~17日、WTO閣僚会議(於ジュネーブ)、
・6月23 ~24日 欧州理事会(EU首脳会議)、(於ベルギー)
・6月 2 6~28日 G7サミット、(於 エルマウ、ドイツ)
・6月 29~30日 NATO首脳会議(於 マドリッド)
・プーチン大統領の対抗姿勢
こうした西側の動きに対するプーチン・ロシアの対抗はいかにですが、同氏は未だ意気軒高 ? と云え 、侵攻を収める気配はなく、6月17日 サンクトペテルブルグで開催の「国際経済フォーラム」(注)に参加した彼は「西側が行う対ロ制裁は失敗だ、ロシア経済は強固だ」と主張、「一極集中の時代は終わった」と欧米中心の秩序に反発を示す処です。
(注)国際経済フォーラム:年1回開かれ、そこにはロシアとの経済協力を望む企業経営者や政治家が集まる。過去には安倍晋三首相(当時)やフランス、マクロン大統領らも参加したプーチン肝いりのイベント。しかし今回は要人の参加はなく、ビデオメッセー ジによるごく限られ内向き色の濃いものだったと報じられる処でした。(日経6/18)
更に6月28日からは、タジキスタン等中央アジア諸国を歴訪、29日にはトルクメニスタンの首都、アシガバートで開催のカスピ海沿岸5か国首脳会議に出席、参加国間での政治と安全保障、貿易面での関係強化を訴え、欧米排除の姿勢を強調する処です。かくして欧米とロシアとの対立構図を一層鮮明とする状況です。
序で乍ら7/16閉幕したG20会議財務相・中銀総裁会議(於、バリ島)でも、ロシアへの対応を巡り見解がわかれ、共同宣言は出せず、国際協調の機能不全を鮮明とする処です。
2.囁かれる世界大戦の可能性
処で、北欧2カ国、フィンランドとスウエーデンのNATO加盟申請(5月18日)についてはトルコのエルドアン大統領が、トルコが敵視するクルド系組織を北欧2カ国が支援していることに難色を示していたことから、その実現には時間を要するのではと、しましたが、NATO首脳会議直前の6月28日、フィンランドのニーニスト大統領、スエーデンのアンデション首相、トルコのエルドアン大統領、そしてNATOのストルテンベルグ事務総長との4者 会談があり、結果、北欧2者がトルコの主張に応える形で、対クルド政策について譲歩を示した事でエルドアン大統領が北欧2カ国のNATO加盟を了承したことで、結果、全加盟30カ国の同意を得、北欧2カ国のNATO加盟が実現することになったのです。(NATO加盟には全加盟国の同意が必要とされる処、トルコの反対の為、実現が難しいと見られていた) ただ、この背景にはバイデン米大統領とエルドアン大統領との別途の会談で、トルコが求めていた戦闘機の近代化支援を米側が約束した事情があった由で(日経、7/1)、その見返りとして、トルコは当該2カ国のNATO加盟を承諾したとされています。いずれにせよ、この結果、欧州の対ロ防衛力がより一段と高まると云うものです。
ただ、新たな問題が急浮上です。先月号論考でも指摘したロシアの飛び地、カリーニングラード問題です。同地には、ロシア4つの艦隊の一角、バルト艦隊の母港で、そこには核弾頭も搭載可能なミサイル「イスカンデル」が配備されているのです。が、そこへのアクセスは隣国のEU加盟国 リトアニア経由となるのですが、EU制裁対象の貨物の運び入れが禁じられているため、動きが取れずロシアは報復措置を取ると警告する処です。 仮に、ロシアが報復措置を取るとして、NATOは如何に対処することになるのか、事と次第では、これが第3次大戦への引き金ともなりかねずとの懸念の高まる処です。
因みに、日本でも支持者の多いとされている仏の人口学者、エマニュエル・トッド氏は、文春新書「第3次世界大戦はもう始まっている」(6/20)で、更には、中央公論7月号でもその可能性を繰り返す処、実際その可能性が否定しきれぬ状況が現れ出してきています。
そこで、本論考では全欧安保政策をつかさどるNATOの今次首脳会議を中心に、上記各種首脳会議の総括をも兼ね、欧州安全保障体制と世界の安全保障の今後について考察する事とし、更に、今次NATO首脳会議に岸田首相が他アジア3カ国の首脳と共に出席し、席上、日本とNATOの関係について「一段と引き上げるものとしていきたい」と発言する処です。ちょうど日本は参院選が終わり新たな政治が始まる処です。そこで、NATOとの関係をも含めた日本が対峙する課題、政治の向かうべき方向についても考えてみたいと思います。
第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境
6月29日、スペインで開かれたNATO首脳会議では、今後10年間の指針となる新たな
「戦略概念」が採択され、首脳宣言を以って幕を閉じました。NATOの行動様式は欧州の安全保障ということのみならず、世界的広がりを以って効果する処です。以下では、そもそもNATOとはどういった存在なのか、今、転換点とされる事情とはどういったことかレビューし、併せて、今次 欧州の軍事同盟たるNATO会議に日本は他アジア3カ国首脳と共に招待されことの意義、そしてglobal競争環境の新たな変化について併せて考察します。
1. 今次NATO首脳会議の意義
(1) `そもそも‘ NATOとは
NATO(North Atlantic Treaty Organization)とは北大西洋同盟とされ、欧州28カ国と北米2カ国が加盟する政府間軍事同盟です。第二次大戦が終わり、東欧を影響圏に置いたソ連邦との対立が激しさを増す中、その対抗として米英が主体となって1949年4月4日 ワシントンで調印された北大西洋条約を実装する組織で、集団安全保障のシステムです。
尚、結成当初、ドイツについては米国等、一部ではドイツの非ナチ化が構想されていた由ですが、連合軍占領下にあって、ドイツは武装解除されており、主権回復後の1950年には西ドイツの再軍備が認められ、ドイツ連邦軍(Bundeswehr)が1955年11月12日に誕生し、西ドイツのNATO加盟が実現、今日に至る処です。 尚、NATOの本部は現在ベルギーのブリュセルにあって、現時点での加盟国は30カ国。NATOは東ヨーロッパにNATO即応部隊を配備しており、NATO加盟諸国の軍隊を合わせると、約350万人の兵士と職員を有する処、2020年時点の軍事費合計は、世界の名目総額の57%以上を占める処です。(IMF World Economic Outlook, 2021)
一方、こうした米英の動きに対抗、1955年、ソ連を中心とした東側8カ国は、ワルシャワ条約を締結し、軍事同盟となるワルシャワ条約機構を発足させています。この二つの軍事同盟によってヨーロッパは東西に分割されることになり、以って「冷戦」期となるのでしたが、1989年のマルタ会談(ソ連のゴルバチョフ書記長、米国のジョージ・ブッシュ大統領との首脳会談)の結果、44年続いた冷戦は終結したのです。(ワルシャワ条約は1991年ソ連の崩壊と共に失効) 第二次世界大戦から冷戦期を通じて(1945/2月~1989/12月)、西欧諸国はNATOという枠組みにあって、米国の強い影響下に置かれることになったのですが、それは又、世界大戦で疲弊した欧州諸国の望む処でもあったとされています。
(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
今次NATO首脳会議では12年ぶり、新たな「戦略概念」が採択されています。これは今後10年の行動指針となるものですが、「戦略概念」で新たに表記されたロシアと中国に対する認識こそは、NATOのロシア、中国に対する決意を示したものと、注目を呼ぶ処です。
新「NATO戦略概念(要旨)」(日経7月1日)では、これまで「戦略的パートナーシップ」と表現していたロシアを「最大かつ直接の脅威」と再定義し、更に、これまで言及されることの無かった中国について、はじめて言及、「中国の野心と強制的な政策は、我々の利益と安全、価値観に対する挑戦」と規定した上で「政治的、経済的、軍事的手段を駆使して、世界的な影響を強め、力を行使している」として、中国を欧米の安全保障に突きつける「体制上の挑戦者」と位置づけたのですが、この2点を以って、NATOの新戦略、NATOの対中ロ決意と、その変化に巷間注目を呼ぶ処です。
つまり、1949年に発足したNATOは集団安全保障の領域を北大西洋条約5条で「欧州と北米」と定めていますが、70年を超える歴史で始めて領域外の「中国」に言及したのはNATOを取り巻く安保環境の劇的変化を物語る処、まさに上記2点を以って冷戦後の世界秩序の転換点を示唆するものと評される処です。(注)
(注)NATOの戦略概念:これまで3度、出されている。1991年の戦略概念では、
旧ソ連圏との東西冷戦から地域紛争への対応に軸足が移されていたが、1999年のそ
れでは、危機管理を新たな任務と位置づけ、域外での軍事行動も可能とする処。
2010年の戦略概念では、中核任務を「集団防衛」「危機管理」「協調的安全保障」と
し、集団防衛を最重要とする事なく、三つが並立とされていた。
尚、新「戦略概念]が示すこととは、民主主義と自由の価値を再確認するということですが、それを破ろうとする権威主義的な勢力に、民主主義国が、結束して対抗をする決意を示したと云うもので、中ロを隣国とする日本にとっても、それが意味することの大きさは云うまでありません。 因みに、該「戦略概念」では「インド太平洋地域の発展は、欧州・大西洋地域の安全保障に直接影響を及ぼしうるため、NATOにとって重要」とし、当該地域の新規及び既存のパートナーとの対話や協力を強化する、とも記す処、まさに冷戦後の世界秩序の転換点を象徴する処と思料するのです。
・ストルテンベルグNATO事務総長の総括
会議終了時の記者会見でストルテンベルグ氏は今次戦略概念について、冷戦以降最大の集団防衛と抑止力の見直しを行ったと強調する一方、中ロの位置づけを大きく変えたことで、米欧の軍事同盟であるNATOは歴史的な転換点を迎えたと語る処です。そして、集団防衛強化として、NATOは有事の際に即応部隊を10日以内に10万人、30日以内に20万人を派遣できる体制を整えると発表。2023年までに現在の4万人から7倍超の30万人以上に増員し、180日以内には追加で50万人を送れるようにするとも語る処です。(日経6/30)
加えて前出の通り、今次の首脳会議に始めて日本、韓国、豪州、ニュージランドの4首脳は招待を受け、出席していますが、その事情は上述「戦略概念」を映す処と思料するのです。
岸田首相は会議席上、「欧州とインド太平洋の安全保障は切り離せない」と強調した由ですが、相手に協力を求めるならば、自分にも役割が求められる処、その役割とは、日米同盟の強化にとどまらず、韓国や東南アジアなど周辺国を巻き込んだ東アジア安保を強固にしていく事でしょう。そのためにも日本は今、米中対立の最前線にいる自覚を持たなければなりませんが、となれば、次は岸田首相の出番となるのでしょうか。
その点、一部には今次NATO首脳会議に呼ばれた事情として対中国の「アジア版NATO」の創設と云った議論も聞こえてくる処ですが、結論としては、中々難しい話と思料するのです。何故なら本家のNATO同様、集団的自衛権を前提とすると、日本憲法では武力行使は認められていません。つまり、憲法の改正なくして集団的自衛権への対応は不可であって、出番と云っても他の方法での貢献を考えていく事になる処です。また国連安保理事会の常任理事国入り問題でも、同じ点が問われる処です。
・序で乍ら、「集団的安全保障体制(例えばNATO)」参加の可能性について、その条件となる「集団的自衛権」について、筆者友人から貴重な指摘が届きました。折角なので参考まで、以下に、その概要を紹介しておきたいと思います。
『集団的自衛権』は国連憲章第51条に依って日本にも保障されているが、この権利については、2014年7月1日の第2次安倍内閣閣議において、それまでの「集団的自衛権は保持しているが憲法9条により行使はできない」との立場を、「限定的に行使することができる」との憲法解釈に変更する「閣議決定」がなされている。 本決定によると、「集団的自衛権行使の要件」として「日本に対する武力攻撃、又は日本と密接な関係にある国に対して武力攻撃がなされ、かつ、それによって日本国民に明白な危険があり、集団的自衛権行使以外に方法がなく、必要最小限度の実力行使に留まる必要がある」とある。
現在、日本や欧州が直面しているロシアによる武力攻撃の脅威を上記下線部分に照らしてみると「我が国による集団的自衛権行使の要件」に相当するとも考えられることから、「ロシアによる武力攻撃の脅威」を根拠とする我が国の集団安全保障体制への参加は可能と思料する。今後彼らによる脅迫が一層尖鋭化して「我が国が差し迫った危機に置かれる場合には、我が国としても集団安全保障体制に頼らざるを得なくなるであろう。近い将来この局面が到来するのではと予測している」と。
上記論理はよく理解する処、その際の問題は、今、再浮上の改憲議論にも関わる処、政府がどれほどに真摯に国民を理解させうるかにかかる処と思料するのです。
2. 米中貿易戦争の行方
さて、欧州の対中姿勢が上記の通り鮮明となる処、米中が貿易戦争を始めてこの7月6日で4年を迎えました。具体的には米国が2018年7月 6日に、産業機械等340億ドル分の関税を上乗せして米中貿易戦争が始まったのですが、バイデン政権は国内経済のインフレを抑制するため対中制裁関税の引き下げを検討しだしたと報じられる処です。そもそも、これが法律に基づき関税発動から4年で見直す決まりとなっているのですが、問題は台湾や人権等の問題を含めた対中関係全体の中で通商関係をどう修正するかがポイントです。
USTRは7月6日以降も現行関税をひとまず続けた上で、今後の扱いを決めるとしているようですが、最終的にはバイデン大統領の政治判断となる事でしょう。因みに、7月5日の記者会見でジャンピエール大統領報道官は「複数の選択肢を検討中」とするに留める処です。
11月の米中間選挙ではインフレ対策が争点となる事でしょうし、その点では、バイデン氏にとって対中関税の引き下げは、政権として取り組める手段の一つであり、政権内では既にイエレン財務長官らが対中関税の引き下げを唱えているとされる処、仮に中国から一定の譲歩を得ずに関税を引き下げたとすれば、野党共和党から「中国に弱腰」との批判は必至。このため、この関税引き下げと同時に、中国への強固策も検討中ともされる処、具体的には通商法301条に基づき、中国の不公正な貿易慣行を特定する案が伝えられる処です。
米中は対立を深めつつも、偶発的な衝突は回避するため対話を続ける構えにあると伝えられるなか、政権内動きとして、財務長官のイエレン氏は5日、中国経済の司令塔である劉鶴副首相と協議したほか、ブリンケン国務長官も7月7日、インドネシアのバリ島でのG20外相会合(主要20か国・地域)を利用して行われた中国、王毅国務委員との会談を通じ、対話の維持を確認したとし、中国外務省はこの会談を「将来のハイレベル交流のため条件を整備した」と総括する処です。(日経、7/10)
かくして、中間選挙を前に関税の引き下げでインフレを抑えたい米国、共産党大会を前に悪化する経済を米国向けの輸出増でテコ入れしたい中国、両者の利害は一致する処とされるのです。勿論、安全保障を巡る分野で緊張が解ける気配は見えませんが、双方が制裁関税を見直せば、関係悪化に歯止めをかけるきっかけとなるものと期待される処です。
ウクライナ侵攻後、ロシアと日米欧外相が初めて一堂に会したG20外相会議では非難の応酬に終わった由ですが、上記、ブリンケン米国務長官は、王毅中国外相との会談後、米中首脳が近く協議する予定と発表する処です。(日経7/11夕) しばし静観って処です。
第2章 Global Businessの行方
1. ダボス会議は失敗
米経済学者、Joseph Stiglitz氏は、5月31日付、米論壇Project Syndicateへの寄稿論考, 「Getting Deglobalization Right 」で、今年2年ぶりにダボスで開かれたWEF, The World Economic Forum (ダボス会議)に出席しての印象を、「グローバル化は衰退する」と総括し、衰退していくとみられるグローバリゼーションをどう管理していくべきかについてadviceを行う処です。以下はその概要です。
「Getting Deglobalization Right」by Joseph Stiglitz
・これまでのフォーラムはグローバル化を擁護してきたがサプライチェーンの寸断、食料やエネルギー価格の高騰、一部の製薬会社が数十億ドルの追加利益を得る為に、取られてきた知的財産(IP)体制等と云ったグローバル化の失敗に、眼を置いていた。そしてこうした諸問題への対応策して提案されたのは、生産の「再集積」又は「友好国化」、更に「国の生産能力向上のための産業政策」の制定だ。誰もが国境のない世界を目指しているように得た題は過ぎ去り、突然、誰もが少なくとも幾つかの国境が経済発展と安全保障の鍵であることを認識するようになったのだという。 勿論、問題はグローバリゼーションだけではない。市場経済全体にレジリエンス(回復力)が欠けている事だ。それは基本的にはスペアータイヤのない車をつくり、現在の価格を数ドル下げただけで、将来の緊急事態にはほとんど注意を払って来なかった。 因みにjust-in timeは素晴らしい技術革新だが、新型コロナウイルスによる操業停止に直面すると、例えばマイクロチップの不足が新車の不足を引き起こすなど、供給不足の連鎖を引き起こし、大打撃を被っている。
・今年のダボス会議ではグローバリゼーションの失敗が政治に与えて影響も存分に見られたと。例のウクライナ侵攻でクレムリンは即座に、しかもほぼ全世界から非難を浴びた。しかしその3か月後、Emerging Market and Developing Countries(EMDCs)は、より曖昧な立場をとるようになった。2003年、多くの者が偽りの口実でイラクに侵攻したにもかかわらず、ロシアの侵攻には説明責任を求める米国の偽善を指摘している。EMDCs はまた、欧州と米国による最近のワクチンナショナリズムの歴史についても強調する処と。
・では米国にとって最善の方法は何か。食料とエネルギーのコスト高騰に対処できるよう支援する事で、新興国に対してより大きな連帯感を示すことだ。これは富裕国の特別引き出し権(IMF:SDR)を再分配し、WTOで新型コロナウイルス関連の強力な知的財産権の放棄を支持すれば、可能になると。そして、「ダボス会議は失敗した」、「トリクルダウン経済学」とは理論も根拠もない詐欺のようなものだとし、下記を以って締めるのです。
― This year’s Davos meeting was a missed opportunity. It could have been an occasion for serious reflection on the decisions and policies that brought the world to where it is today.
Now that globalization has peaked, we can only that we do better at managing its decline than we did at managing its rise.
要は、民主主義諸国はもっと協力をしていかねばならないというものです。
2.ロシアン・ビジネス
(1)サハリン2プロジェクトの接収騒動
6月30日、ロシアのプーチン大統領は,同国極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」について、当該事業主体をロシア政府が新たに設立する企業に変更し、当該資産を、従業員と共に新会社への無償譲渡を命ずる大統領令「複数国による非友好的な行為に対する特別措置」に署名したのです。政府による事実上の「接収命令」です。グローバリゼーションの深化が進む中での資源開発案件ですが、上記「グローバル化は衰退する」を実感させられる瞬間でした。
大統領令の冒頭ではその趣旨を「ロシアに対する制限的措置を科すことを目的とした、非友好的かつ、国際法に反する行為に関連し、ロシアの国益を守る為」とし、ウクライナへの軍事進攻を続けるロシアに対して、欧米と共に制裁を強める日本側に揺さぶりをかける狙いとも見る処です。尚、以下は、元中日新聞論説副主幹でジャーナリストの長谷川幸洋氏による当該大統領令の解説を敷衍し、紹介するものです。
大統領令では、開発に関する契約の義務違反がありとして(詳しくは不明)、ロシアの国益や経済安全保障に対する脅威が生じたと主張。ガスプロムを除く外国株主はロシア政府が新会社を設立してから1か月以内に出資分に応じた株式の譲渡に同意の如何をロシア政府に通知する事、そして出資継続が認められない場合は、ロシア政府が定めた基準を満たすロシア企業に株式が売却されるとし、その売却額は株主だった企業のロシアの口座に振り込まれるが、その引き出しは認められないとするのです。まさに国家による接収行為です。
(参考)「サハリン2」の事業主体「サハリンエナジー」社への出資構成
・ロシア最大政府系ガス会社、ガスプロムが50%
・イギリス石油会社シェルが27.5% (今年2月事業からの撤退を発表)
・日本からは、三井物産が12.5% 、三菱商事が10%,
(2)サハリン2と、日本のエネルギー安保
サハリン2のLNG生産量は年1000万トン、うち日本向けは約600万トンで、日本のLNG輸入量の約1割を占めています。そして300万トン程度を発電用の燃料に使用されています。メデイアによれば、サハリン2は、6月30日時点ではLNGを生産している由で、日本への輸入も続いているとのことでしたが(日経7/1-夕)、日本の電力会社や都市ガスはサハリンエナジーと10年単位の購入契約を結んでいますが、不透明感が強まっている様相が伝えられる処です。とにかく日本のLNG輸入量の約1割を占めるサハリン2を失う事になれば、電力の供給不安は一段と深刻になることが指摘される処です。
問題は、当該事業が新会社に移行された場合どういった対応が可能かですが、とにかく不確実要素が多く、その可能性を測ることはいささか難儀なことと思料するのです。とにかくロシアが日本を「非友好国」と批判していることから、色々考えられるシナリオもその実現へのハードルは高く、サハリン2の代替先はスポット市場しかない状況を踏まえ、国内電力・ガス会社は非常事態対応の検討を始める処、日本のエネルギー安全保障にとって最悪の状況が続きそうです。それこそはプーチンの思うツボとなるのでしょうか。
尚、サハリン2に係る6月30日の大統領令に続きロシアは7月11日、ドイツをつなぐ主要パイプライン「ノルドストリーム」(ロシアからEUへのガス供給量の1/3以上が通る地域最大のパイプライン)の定期検査(運営はロシア国営ガスプロム)を理由に供給が停止されていましたが、懸念されていた 検査終了(21日)後の供給は再開された模様ですが、ロイター通信は19日、供給予定量は40%程度の見通しと。(日経7/21夕) これも欧州の対ロ
経済制裁への対抗ともみられる処、ロシア産ガスに係る不安は続きそうです。
・「節ガス」制度
こうしたLNGの調達難に備え、経産省は都市ガスの消費を抑える「節ガス」を家庭や企業に求める仕組みの導入の検討を始めるとの由で、電力分野の節電要請を参考に、制度設計すると云うのです。(日経7/10)LNGはほぼ全量が輸入で、その6割が電力発電、4割が都市ガスに向けられています。上記の通りロシアからは全体のおよそ1割を輸入していますが、今後、当該安定調達が不透明になっている事への対応として「節ガス」が不可避とするのですが、やはり日本のエネ安保をどう再構築するかがより基本問題と認識される処です。
尚、日本政府は、7月14日,の記者会見での岸田首相の発言通り「日本企業の権益を守り、LNGの安定供給が確保できるよう官民一体で対応する」とし、日本の商社には新会社への移行後も株主として残るよう打診する由。(日経、7/16)さて商社の反応如何ですが。
おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相
・安倍晋三元首相、凶弾に倒れる
7 月8日、参院選終盤のこの日、自民党候補者への応援演説の為、奈良県入りした安倍晋三元首相が、銃を携行した41歳の男に襲われ、その夕刻、搬送先病院で死亡が確認されました。あってはならない凶行、暗殺に多くの国民は啞然とし、彼の死を悼む処、海外にあっても同様、彼の不慮の死を悼む声の続く処とメデイアは伝える処です。
ただ、今なお気になっていることは、7/14の記者会見での岸田首相の発言です。つまり、この秋、安倍氏の葬儀を国葬とし、以って「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くと云う決意を示していく」と語った事でした。つまり、国葬にすることが、どうして民主主義を守ることになるのか ? です。 今日の日本経済低迷の原因の一つがアベノミクスの失敗にありともされる処、これがなんら総括される事のないままに、安倍政権の評価を固め、自民党政権を死守せんとするものかと、聊かの疑問を禁じ得ないのです。
政府は20日、安倍元首相の葬儀を9月27日、日本武道館で「国葬」で実施する(経費は国民の税金)と、正式に発表しました。が、 国葬には依然、釈然とすることはありません。勿論、安倍晋三 氏の冥福を念ずる処ですが。
・「黄金の3年」を手にした岸田文雄政権の今後
さて、7月10日の参院選挙は盛り上がりの無いまま、自民党が改選過半数の63議席を単独で確保し大勝、(対象議席数125議席)非改選併せ国会発議に必要な参院の3分の2を維持して終わりました。次の参院選、衆院解散、総選挙に踏み込まなければ大型の国政選挙は無く、岸田首相が政策を実現しやすい環境「黄金の3年」(日経7/12)を手にしたという事で、岸田首相には日本が抱える内外の課題に果敢に取り組める状況が生れたのです。
ただそれでも気になるのは、事件後の岸田氏のコメントでした。つまり「事件後は安倍氏の意思を継承し、アベノミクスで ‘彼がやり残したテーマを十分にフォローしていく事が、自分の責務だ 」と発言していたことでした。7年8カ月に及んだ第2次安倍政権下でその中身は次第に変質し、軌道修正が求められているアベノミクスですが、何ら総括されることもなく、何ら反省もないままにあって、その発言は、‘安倍晋三という重石が消え、まさにfree handの「黄金の3年」を手にしたと云うのに、なお安倍頼みなのかと、瞬時愕然とする処でした。 これから岸田氏に問われるのは獲得した安定的な政治基盤をどう生かし、何を成し遂げようとするかです。彼自身が標榜する「新しい資本主義」について、現在抱えている問題に対して戦略的に取り組んでいく中で創造されていくと語っていましたが、その点では課題は明らかです。
まず、14日の記者会見で語っていたように (日経 7/15 首相会見要旨) ,当面の資源高によるインフレやエネルギー問題など主要な経済問題への取り組みです。勿論、コロナ感染第7波への対応は云うまでもありません。
そして、安倍晋三氏の遺志を継ぐと云った大義名分はともかく、新しい国際環境に照らした日本国の在り方を問い直すこと、そしてそれを枠組みとして、日本国憲法の在り方を公論に付しながら、日本の安全保障の在り方を問い直すことと思料するのです。 具体的には、台湾有事の可能性が取りざたされるアジアで中国、北朝鮮にどう向き合っていくか、自身が言う「新時代リアリズム外交」にあって、外交と安保政策の答えを出していく事が求められる処と思料するのです。 これらは、まさに日本再生につながるテーマであり、課題です。今それが出来る環境を岸田首相は手にしたのです。 (2022/7/24)
追記:気がつけば論考10年
経済時事解析を旨として始めた月齢論考ですが、 2012年9月号を第1号とし、爾来、今月、2022年8月号を以って10年達成となりました。この間、4回の特別号(2013年3月、2014年6月、2014年11月、2016年7月)が加わったため、10年間の執筆は計124本、我ながら、よくぞ書き続けられたものよと思う処です。が、都度、頂いた読者諸氏からのコメント、各種ご指摘が小生にとって執筆への励みとなってきました。改めて感謝とお礼を申し上げる次第です。有難うございました。尚、今後については目下、思案中です。 〆
はじめに 国際協調の機能不全
1. 更に鮮明となった世界の対立構図
・epoch-makingな欧州での首脳会議
・プーチン大統領の対抗姿勢
2.囁かれる世界大戦の可能性
第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境
1. 今次NATO首脳会議の意義
(1) `そもそも‘ NATOとは
(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
2.米中貿易戦争の行方
第2章 Global Businessの行方
1. ダボス会議は失敗 by Joseph Stiglitz
2. ロシアン・ビジネス
(1) サハリン2 プロジェクト接収騒動
(2) サハリン2と、日本のエネルギー安保
おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相
・安倍晋三元首相 、凶弾に倒れる
・「黄金の3年」を手にした岸田政権の今後
追 記 : 気がつけば 論考10年
----------------------------------------------------------------------
はじめに 国際協調の機能不全
1. 更に鮮明となった世界の対立構図
・epoch-makingな欧州での首脳会議
6月、欧州ではいわゆる西側陣営による各種首脳会議(注)が開かれています。いうまでもなくロシアのウクライナ侵攻、その暴挙に西側陣営は如何に対抗すべきかを探る会議となっていて、有態に言えば、世界の安全保障体制会議とも言えるのですが、特筆されることは、対ロ戦略たる経済制裁が打ち出された状況が、西側陣営としてこれまでになく一致団結する形で決定されたことでした。勿論その行動様式は、戦後秩序の変化を呼ぶものと思料されるのです。
戦後秩序とは、第2次大戦後、米国を中心にした国際社会の安定した状態を指し、その安定と平和を保つ目的で、国際組織である国連や様々なルールが整備されてきたのですが、ロシアのウクライナ侵攻はそうした戦後の国際秩序への挑戦であり、破壊です。それだけに民主主義を規範とする西側諸国が、これまでになく一致団結して権威主義国家ロシアに対峙したことは今後の秩序のあり方を考えていくうえで、まさにepoch-makingとされる処です。
具体的には、ロシアの暴挙に対抗する姿としてG7サミットがあり、対中ロを含めた安全保障対応に、今やNATO首脳会議の出番がありで、彼らの行動に大方の関心を呼ぶ処です。
(注)6月、欧州で開かれた主たる首脳会議
・6月12~17日、WTO閣僚会議(於ジュネーブ)、
・6月23 ~24日 欧州理事会(EU首脳会議)、(於ベルギー)
・6月 2 6~28日 G7サミット、(於 エルマウ、ドイツ)
・6月 29~30日 NATO首脳会議(於 マドリッド)
・プーチン大統領の対抗姿勢
こうした西側の動きに対するプーチン・ロシアの対抗はいかにですが、同氏は未だ意気軒高 ? と云え 、侵攻を収める気配はなく、6月17日 サンクトペテルブルグで開催の「国際経済フォーラム」(注)に参加した彼は「西側が行う対ロ制裁は失敗だ、ロシア経済は強固だ」と主張、「一極集中の時代は終わった」と欧米中心の秩序に反発を示す処です。
(注)国際経済フォーラム:年1回開かれ、そこにはロシアとの経済協力を望む企業経営者や政治家が集まる。過去には安倍晋三首相(当時)やフランス、マクロン大統領らも参加したプーチン肝いりのイベント。しかし今回は要人の参加はなく、ビデオメッセー ジによるごく限られ内向き色の濃いものだったと報じられる処でした。(日経6/18)
更に6月28日からは、タジキスタン等中央アジア諸国を歴訪、29日にはトルクメニスタンの首都、アシガバートで開催のカスピ海沿岸5か国首脳会議に出席、参加国間での政治と安全保障、貿易面での関係強化を訴え、欧米排除の姿勢を強調する処です。かくして欧米とロシアとの対立構図を一層鮮明とする状況です。
序で乍ら7/16閉幕したG20会議財務相・中銀総裁会議(於、バリ島)でも、ロシアへの対応を巡り見解がわかれ、共同宣言は出せず、国際協調の機能不全を鮮明とする処です。
2.囁かれる世界大戦の可能性
処で、北欧2カ国、フィンランドとスウエーデンのNATO加盟申請(5月18日)についてはトルコのエルドアン大統領が、トルコが敵視するクルド系組織を北欧2カ国が支援していることに難色を示していたことから、その実現には時間を要するのではと、しましたが、NATO首脳会議直前の6月28日、フィンランドのニーニスト大統領、スエーデンのアンデション首相、トルコのエルドアン大統領、そしてNATOのストルテンベルグ事務総長との4者 会談があり、結果、北欧2者がトルコの主張に応える形で、対クルド政策について譲歩を示した事でエルドアン大統領が北欧2カ国のNATO加盟を了承したことで、結果、全加盟30カ国の同意を得、北欧2カ国のNATO加盟が実現することになったのです。(NATO加盟には全加盟国の同意が必要とされる処、トルコの反対の為、実現が難しいと見られていた) ただ、この背景にはバイデン米大統領とエルドアン大統領との別途の会談で、トルコが求めていた戦闘機の近代化支援を米側が約束した事情があった由で(日経、7/1)、その見返りとして、トルコは当該2カ国のNATO加盟を承諾したとされています。いずれにせよ、この結果、欧州の対ロ防衛力がより一段と高まると云うものです。
ただ、新たな問題が急浮上です。先月号論考でも指摘したロシアの飛び地、カリーニングラード問題です。同地には、ロシア4つの艦隊の一角、バルト艦隊の母港で、そこには核弾頭も搭載可能なミサイル「イスカンデル」が配備されているのです。が、そこへのアクセスは隣国のEU加盟国 リトアニア経由となるのですが、EU制裁対象の貨物の運び入れが禁じられているため、動きが取れずロシアは報復措置を取ると警告する処です。 仮に、ロシアが報復措置を取るとして、NATOは如何に対処することになるのか、事と次第では、これが第3次大戦への引き金ともなりかねずとの懸念の高まる処です。
因みに、日本でも支持者の多いとされている仏の人口学者、エマニュエル・トッド氏は、文春新書「第3次世界大戦はもう始まっている」(6/20)で、更には、中央公論7月号でもその可能性を繰り返す処、実際その可能性が否定しきれぬ状況が現れ出してきています。
そこで、本論考では全欧安保政策をつかさどるNATOの今次首脳会議を中心に、上記各種首脳会議の総括をも兼ね、欧州安全保障体制と世界の安全保障の今後について考察する事とし、更に、今次NATO首脳会議に岸田首相が他アジア3カ国の首脳と共に出席し、席上、日本とNATOの関係について「一段と引き上げるものとしていきたい」と発言する処です。ちょうど日本は参院選が終わり新たな政治が始まる処です。そこで、NATOとの関係をも含めた日本が対峙する課題、政治の向かうべき方向についても考えてみたいと思います。
第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境
6月29日、スペインで開かれたNATO首脳会議では、今後10年間の指針となる新たな
「戦略概念」が採択され、首脳宣言を以って幕を閉じました。NATOの行動様式は欧州の安全保障ということのみならず、世界的広がりを以って効果する処です。以下では、そもそもNATOとはどういった存在なのか、今、転換点とされる事情とはどういったことかレビューし、併せて、今次 欧州の軍事同盟たるNATO会議に日本は他アジア3カ国首脳と共に招待されことの意義、そしてglobal競争環境の新たな変化について併せて考察します。
1. 今次NATO首脳会議の意義
(1) `そもそも‘ NATOとは
NATO(North Atlantic Treaty Organization)とは北大西洋同盟とされ、欧州28カ国と北米2カ国が加盟する政府間軍事同盟です。第二次大戦が終わり、東欧を影響圏に置いたソ連邦との対立が激しさを増す中、その対抗として米英が主体となって1949年4月4日 ワシントンで調印された北大西洋条約を実装する組織で、集団安全保障のシステムです。
尚、結成当初、ドイツについては米国等、一部ではドイツの非ナチ化が構想されていた由ですが、連合軍占領下にあって、ドイツは武装解除されており、主権回復後の1950年には西ドイツの再軍備が認められ、ドイツ連邦軍(Bundeswehr)が1955年11月12日に誕生し、西ドイツのNATO加盟が実現、今日に至る処です。 尚、NATOの本部は現在ベルギーのブリュセルにあって、現時点での加盟国は30カ国。NATOは東ヨーロッパにNATO即応部隊を配備しており、NATO加盟諸国の軍隊を合わせると、約350万人の兵士と職員を有する処、2020年時点の軍事費合計は、世界の名目総額の57%以上を占める処です。(IMF World Economic Outlook, 2021)
一方、こうした米英の動きに対抗、1955年、ソ連を中心とした東側8カ国は、ワルシャワ条約を締結し、軍事同盟となるワルシャワ条約機構を発足させています。この二つの軍事同盟によってヨーロッパは東西に分割されることになり、以って「冷戦」期となるのでしたが、1989年のマルタ会談(ソ連のゴルバチョフ書記長、米国のジョージ・ブッシュ大統領との首脳会談)の結果、44年続いた冷戦は終結したのです。(ワルシャワ条約は1991年ソ連の崩壊と共に失効) 第二次世界大戦から冷戦期を通じて(1945/2月~1989/12月)、西欧諸国はNATOという枠組みにあって、米国の強い影響下に置かれることになったのですが、それは又、世界大戦で疲弊した欧州諸国の望む処でもあったとされています。
(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
今次NATO首脳会議では12年ぶり、新たな「戦略概念」が採択されています。これは今後10年の行動指針となるものですが、「戦略概念」で新たに表記されたロシアと中国に対する認識こそは、NATOのロシア、中国に対する決意を示したものと、注目を呼ぶ処です。
新「NATO戦略概念(要旨)」(日経7月1日)では、これまで「戦略的パートナーシップ」と表現していたロシアを「最大かつ直接の脅威」と再定義し、更に、これまで言及されることの無かった中国について、はじめて言及、「中国の野心と強制的な政策は、我々の利益と安全、価値観に対する挑戦」と規定した上で「政治的、経済的、軍事的手段を駆使して、世界的な影響を強め、力を行使している」として、中国を欧米の安全保障に突きつける「体制上の挑戦者」と位置づけたのですが、この2点を以って、NATOの新戦略、NATOの対中ロ決意と、その変化に巷間注目を呼ぶ処です。
つまり、1949年に発足したNATOは集団安全保障の領域を北大西洋条約5条で「欧州と北米」と定めていますが、70年を超える歴史で始めて領域外の「中国」に言及したのはNATOを取り巻く安保環境の劇的変化を物語る処、まさに上記2点を以って冷戦後の世界秩序の転換点を示唆するものと評される処です。(注)
(注)NATOの戦略概念:これまで3度、出されている。1991年の戦略概念では、
旧ソ連圏との東西冷戦から地域紛争への対応に軸足が移されていたが、1999年のそ
れでは、危機管理を新たな任務と位置づけ、域外での軍事行動も可能とする処。
2010年の戦略概念では、中核任務を「集団防衛」「危機管理」「協調的安全保障」と
し、集団防衛を最重要とする事なく、三つが並立とされていた。
尚、新「戦略概念]が示すこととは、民主主義と自由の価値を再確認するということですが、それを破ろうとする権威主義的な勢力に、民主主義国が、結束して対抗をする決意を示したと云うもので、中ロを隣国とする日本にとっても、それが意味することの大きさは云うまでありません。 因みに、該「戦略概念」では「インド太平洋地域の発展は、欧州・大西洋地域の安全保障に直接影響を及ぼしうるため、NATOにとって重要」とし、当該地域の新規及び既存のパートナーとの対話や協力を強化する、とも記す処、まさに冷戦後の世界秩序の転換点を象徴する処と思料するのです。
・ストルテンベルグNATO事務総長の総括
会議終了時の記者会見でストルテンベルグ氏は今次戦略概念について、冷戦以降最大の集団防衛と抑止力の見直しを行ったと強調する一方、中ロの位置づけを大きく変えたことで、米欧の軍事同盟であるNATOは歴史的な転換点を迎えたと語る処です。そして、集団防衛強化として、NATOは有事の際に即応部隊を10日以内に10万人、30日以内に20万人を派遣できる体制を整えると発表。2023年までに現在の4万人から7倍超の30万人以上に増員し、180日以内には追加で50万人を送れるようにするとも語る処です。(日経6/30)
加えて前出の通り、今次の首脳会議に始めて日本、韓国、豪州、ニュージランドの4首脳は招待を受け、出席していますが、その事情は上述「戦略概念」を映す処と思料するのです。
岸田首相は会議席上、「欧州とインド太平洋の安全保障は切り離せない」と強調した由ですが、相手に協力を求めるならば、自分にも役割が求められる処、その役割とは、日米同盟の強化にとどまらず、韓国や東南アジアなど周辺国を巻き込んだ東アジア安保を強固にしていく事でしょう。そのためにも日本は今、米中対立の最前線にいる自覚を持たなければなりませんが、となれば、次は岸田首相の出番となるのでしょうか。
その点、一部には今次NATO首脳会議に呼ばれた事情として対中国の「アジア版NATO」の創設と云った議論も聞こえてくる処ですが、結論としては、中々難しい話と思料するのです。何故なら本家のNATO同様、集団的自衛権を前提とすると、日本憲法では武力行使は認められていません。つまり、憲法の改正なくして集団的自衛権への対応は不可であって、出番と云っても他の方法での貢献を考えていく事になる処です。また国連安保理事会の常任理事国入り問題でも、同じ点が問われる処です。
・序で乍ら、「集団的安全保障体制(例えばNATO)」参加の可能性について、その条件となる「集団的自衛権」について、筆者友人から貴重な指摘が届きました。折角なので参考まで、以下に、その概要を紹介しておきたいと思います。
『集団的自衛権』は国連憲章第51条に依って日本にも保障されているが、この権利については、2014年7月1日の第2次安倍内閣閣議において、それまでの「集団的自衛権は保持しているが憲法9条により行使はできない」との立場を、「限定的に行使することができる」との憲法解釈に変更する「閣議決定」がなされている。 本決定によると、「集団的自衛権行使の要件」として「日本に対する武力攻撃、又は日本と密接な関係にある国に対して武力攻撃がなされ、かつ、それによって日本国民に明白な危険があり、集団的自衛権行使以外に方法がなく、必要最小限度の実力行使に留まる必要がある」とある。
現在、日本や欧州が直面しているロシアによる武力攻撃の脅威を上記下線部分に照らしてみると「我が国による集団的自衛権行使の要件」に相当するとも考えられることから、「ロシアによる武力攻撃の脅威」を根拠とする我が国の集団安全保障体制への参加は可能と思料する。今後彼らによる脅迫が一層尖鋭化して「我が国が差し迫った危機に置かれる場合には、我が国としても集団安全保障体制に頼らざるを得なくなるであろう。近い将来この局面が到来するのではと予測している」と。
上記論理はよく理解する処、その際の問題は、今、再浮上の改憲議論にも関わる処、政府がどれほどに真摯に国民を理解させうるかにかかる処と思料するのです。
2. 米中貿易戦争の行方
さて、欧州の対中姿勢が上記の通り鮮明となる処、米中が貿易戦争を始めてこの7月6日で4年を迎えました。具体的には米国が2018年7月 6日に、産業機械等340億ドル分の関税を上乗せして米中貿易戦争が始まったのですが、バイデン政権は国内経済のインフレを抑制するため対中制裁関税の引き下げを検討しだしたと報じられる処です。そもそも、これが法律に基づき関税発動から4年で見直す決まりとなっているのですが、問題は台湾や人権等の問題を含めた対中関係全体の中で通商関係をどう修正するかがポイントです。
USTRは7月6日以降も現行関税をひとまず続けた上で、今後の扱いを決めるとしているようですが、最終的にはバイデン大統領の政治判断となる事でしょう。因みに、7月5日の記者会見でジャンピエール大統領報道官は「複数の選択肢を検討中」とするに留める処です。
11月の米中間選挙ではインフレ対策が争点となる事でしょうし、その点では、バイデン氏にとって対中関税の引き下げは、政権として取り組める手段の一つであり、政権内では既にイエレン財務長官らが対中関税の引き下げを唱えているとされる処、仮に中国から一定の譲歩を得ずに関税を引き下げたとすれば、野党共和党から「中国に弱腰」との批判は必至。このため、この関税引き下げと同時に、中国への強固策も検討中ともされる処、具体的には通商法301条に基づき、中国の不公正な貿易慣行を特定する案が伝えられる処です。
米中は対立を深めつつも、偶発的な衝突は回避するため対話を続ける構えにあると伝えられるなか、政権内動きとして、財務長官のイエレン氏は5日、中国経済の司令塔である劉鶴副首相と協議したほか、ブリンケン国務長官も7月7日、インドネシアのバリ島でのG20外相会合(主要20か国・地域)を利用して行われた中国、王毅国務委員との会談を通じ、対話の維持を確認したとし、中国外務省はこの会談を「将来のハイレベル交流のため条件を整備した」と総括する処です。(日経、7/10)
かくして、中間選挙を前に関税の引き下げでインフレを抑えたい米国、共産党大会を前に悪化する経済を米国向けの輸出増でテコ入れしたい中国、両者の利害は一致する処とされるのです。勿論、安全保障を巡る分野で緊張が解ける気配は見えませんが、双方が制裁関税を見直せば、関係悪化に歯止めをかけるきっかけとなるものと期待される処です。
ウクライナ侵攻後、ロシアと日米欧外相が初めて一堂に会したG20外相会議では非難の応酬に終わった由ですが、上記、ブリンケン米国務長官は、王毅中国外相との会談後、米中首脳が近く協議する予定と発表する処です。(日経7/11夕) しばし静観って処です。
第2章 Global Businessの行方
1. ダボス会議は失敗
米経済学者、Joseph Stiglitz氏は、5月31日付、米論壇Project Syndicateへの寄稿論考, 「Getting Deglobalization Right 」で、今年2年ぶりにダボスで開かれたWEF, The World Economic Forum (ダボス会議)に出席しての印象を、「グローバル化は衰退する」と総括し、衰退していくとみられるグローバリゼーションをどう管理していくべきかについてadviceを行う処です。以下はその概要です。
「Getting Deglobalization Right」by Joseph Stiglitz
・これまでのフォーラムはグローバル化を擁護してきたがサプライチェーンの寸断、食料やエネルギー価格の高騰、一部の製薬会社が数十億ドルの追加利益を得る為に、取られてきた知的財産(IP)体制等と云ったグローバル化の失敗に、眼を置いていた。そしてこうした諸問題への対応策して提案されたのは、生産の「再集積」又は「友好国化」、更に「国の生産能力向上のための産業政策」の制定だ。誰もが国境のない世界を目指しているように得た題は過ぎ去り、突然、誰もが少なくとも幾つかの国境が経済発展と安全保障の鍵であることを認識するようになったのだという。 勿論、問題はグローバリゼーションだけではない。市場経済全体にレジリエンス(回復力)が欠けている事だ。それは基本的にはスペアータイヤのない車をつくり、現在の価格を数ドル下げただけで、将来の緊急事態にはほとんど注意を払って来なかった。 因みにjust-in timeは素晴らしい技術革新だが、新型コロナウイルスによる操業停止に直面すると、例えばマイクロチップの不足が新車の不足を引き起こすなど、供給不足の連鎖を引き起こし、大打撃を被っている。
・今年のダボス会議ではグローバリゼーションの失敗が政治に与えて影響も存分に見られたと。例のウクライナ侵攻でクレムリンは即座に、しかもほぼ全世界から非難を浴びた。しかしその3か月後、Emerging Market and Developing Countries(EMDCs)は、より曖昧な立場をとるようになった。2003年、多くの者が偽りの口実でイラクに侵攻したにもかかわらず、ロシアの侵攻には説明責任を求める米国の偽善を指摘している。EMDCs はまた、欧州と米国による最近のワクチンナショナリズムの歴史についても強調する処と。
・では米国にとって最善の方法は何か。食料とエネルギーのコスト高騰に対処できるよう支援する事で、新興国に対してより大きな連帯感を示すことだ。これは富裕国の特別引き出し権(IMF:SDR)を再分配し、WTOで新型コロナウイルス関連の強力な知的財産権の放棄を支持すれば、可能になると。そして、「ダボス会議は失敗した」、「トリクルダウン経済学」とは理論も根拠もない詐欺のようなものだとし、下記を以って締めるのです。
― This year’s Davos meeting was a missed opportunity. It could have been an occasion for serious reflection on the decisions and policies that brought the world to where it is today.
Now that globalization has peaked, we can only that we do better at managing its decline than we did at managing its rise.
要は、民主主義諸国はもっと協力をしていかねばならないというものです。
2.ロシアン・ビジネス
(1)サハリン2プロジェクトの接収騒動
6月30日、ロシアのプーチン大統領は,同国極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」について、当該事業主体をロシア政府が新たに設立する企業に変更し、当該資産を、従業員と共に新会社への無償譲渡を命ずる大統領令「複数国による非友好的な行為に対する特別措置」に署名したのです。政府による事実上の「接収命令」です。グローバリゼーションの深化が進む中での資源開発案件ですが、上記「グローバル化は衰退する」を実感させられる瞬間でした。
大統領令の冒頭ではその趣旨を「ロシアに対する制限的措置を科すことを目的とした、非友好的かつ、国際法に反する行為に関連し、ロシアの国益を守る為」とし、ウクライナへの軍事進攻を続けるロシアに対して、欧米と共に制裁を強める日本側に揺さぶりをかける狙いとも見る処です。尚、以下は、元中日新聞論説副主幹でジャーナリストの長谷川幸洋氏による当該大統領令の解説を敷衍し、紹介するものです。
大統領令では、開発に関する契約の義務違反がありとして(詳しくは不明)、ロシアの国益や経済安全保障に対する脅威が生じたと主張。ガスプロムを除く外国株主はロシア政府が新会社を設立してから1か月以内に出資分に応じた株式の譲渡に同意の如何をロシア政府に通知する事、そして出資継続が認められない場合は、ロシア政府が定めた基準を満たすロシア企業に株式が売却されるとし、その売却額は株主だった企業のロシアの口座に振り込まれるが、その引き出しは認められないとするのです。まさに国家による接収行為です。
(参考)「サハリン2」の事業主体「サハリンエナジー」社への出資構成
・ロシア最大政府系ガス会社、ガスプロムが50%
・イギリス石油会社シェルが27.5% (今年2月事業からの撤退を発表)
・日本からは、三井物産が12.5% 、三菱商事が10%,
(2)サハリン2と、日本のエネルギー安保
サハリン2のLNG生産量は年1000万トン、うち日本向けは約600万トンで、日本のLNG輸入量の約1割を占めています。そして300万トン程度を発電用の燃料に使用されています。メデイアによれば、サハリン2は、6月30日時点ではLNGを生産している由で、日本への輸入も続いているとのことでしたが(日経7/1-夕)、日本の電力会社や都市ガスはサハリンエナジーと10年単位の購入契約を結んでいますが、不透明感が強まっている様相が伝えられる処です。とにかく日本のLNG輸入量の約1割を占めるサハリン2を失う事になれば、電力の供給不安は一段と深刻になることが指摘される処です。
問題は、当該事業が新会社に移行された場合どういった対応が可能かですが、とにかく不確実要素が多く、その可能性を測ることはいささか難儀なことと思料するのです。とにかくロシアが日本を「非友好国」と批判していることから、色々考えられるシナリオもその実現へのハードルは高く、サハリン2の代替先はスポット市場しかない状況を踏まえ、国内電力・ガス会社は非常事態対応の検討を始める処、日本のエネルギー安全保障にとって最悪の状況が続きそうです。それこそはプーチンの思うツボとなるのでしょうか。
尚、サハリン2に係る6月30日の大統領令に続きロシアは7月11日、ドイツをつなぐ主要パイプライン「ノルドストリーム」(ロシアからEUへのガス供給量の1/3以上が通る地域最大のパイプライン)の定期検査(運営はロシア国営ガスプロム)を理由に供給が停止されていましたが、懸念されていた 検査終了(21日)後の供給は再開された模様ですが、ロイター通信は19日、供給予定量は40%程度の見通しと。(日経7/21夕) これも欧州の対ロ
経済制裁への対抗ともみられる処、ロシア産ガスに係る不安は続きそうです。
・「節ガス」制度
こうしたLNGの調達難に備え、経産省は都市ガスの消費を抑える「節ガス」を家庭や企業に求める仕組みの導入の検討を始めるとの由で、電力分野の節電要請を参考に、制度設計すると云うのです。(日経7/10)LNGはほぼ全量が輸入で、その6割が電力発電、4割が都市ガスに向けられています。上記の通りロシアからは全体のおよそ1割を輸入していますが、今後、当該安定調達が不透明になっている事への対応として「節ガス」が不可避とするのですが、やはり日本のエネ安保をどう再構築するかがより基本問題と認識される処です。
尚、日本政府は、7月14日,の記者会見での岸田首相の発言通り「日本企業の権益を守り、LNGの安定供給が確保できるよう官民一体で対応する」とし、日本の商社には新会社への移行後も株主として残るよう打診する由。(日経、7/16)さて商社の反応如何ですが。
おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相
・安倍晋三元首相、凶弾に倒れる
7 月8日、参院選終盤のこの日、自民党候補者への応援演説の為、奈良県入りした安倍晋三元首相が、銃を携行した41歳の男に襲われ、その夕刻、搬送先病院で死亡が確認されました。あってはならない凶行、暗殺に多くの国民は啞然とし、彼の死を悼む処、海外にあっても同様、彼の不慮の死を悼む声の続く処とメデイアは伝える処です。
ただ、今なお気になっていることは、7/14の記者会見での岸田首相の発言です。つまり、この秋、安倍氏の葬儀を国葬とし、以って「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くと云う決意を示していく」と語った事でした。つまり、国葬にすることが、どうして民主主義を守ることになるのか ? です。 今日の日本経済低迷の原因の一つがアベノミクスの失敗にありともされる処、これがなんら総括される事のないままに、安倍政権の評価を固め、自民党政権を死守せんとするものかと、聊かの疑問を禁じ得ないのです。
政府は20日、安倍元首相の葬儀を9月27日、日本武道館で「国葬」で実施する(経費は国民の税金)と、正式に発表しました。が、 国葬には依然、釈然とすることはありません。勿論、安倍晋三 氏の冥福を念ずる処ですが。
・「黄金の3年」を手にした岸田文雄政権の今後
さて、7月10日の参院選挙は盛り上がりの無いまま、自民党が改選過半数の63議席を単独で確保し大勝、(対象議席数125議席)非改選併せ国会発議に必要な参院の3分の2を維持して終わりました。次の参院選、衆院解散、総選挙に踏み込まなければ大型の国政選挙は無く、岸田首相が政策を実現しやすい環境「黄金の3年」(日経7/12)を手にしたという事で、岸田首相には日本が抱える内外の課題に果敢に取り組める状況が生れたのです。
ただそれでも気になるのは、事件後の岸田氏のコメントでした。つまり「事件後は安倍氏の意思を継承し、アベノミクスで ‘彼がやり残したテーマを十分にフォローしていく事が、自分の責務だ 」と発言していたことでした。7年8カ月に及んだ第2次安倍政権下でその中身は次第に変質し、軌道修正が求められているアベノミクスですが、何ら総括されることもなく、何ら反省もないままにあって、その発言は、‘安倍晋三という重石が消え、まさにfree handの「黄金の3年」を手にしたと云うのに、なお安倍頼みなのかと、瞬時愕然とする処でした。 これから岸田氏に問われるのは獲得した安定的な政治基盤をどう生かし、何を成し遂げようとするかです。彼自身が標榜する「新しい資本主義」について、現在抱えている問題に対して戦略的に取り組んでいく中で創造されていくと語っていましたが、その点では課題は明らかです。
まず、14日の記者会見で語っていたように (日経 7/15 首相会見要旨) ,当面の資源高によるインフレやエネルギー問題など主要な経済問題への取り組みです。勿論、コロナ感染第7波への対応は云うまでもありません。
そして、安倍晋三氏の遺志を継ぐと云った大義名分はともかく、新しい国際環境に照らした日本国の在り方を問い直すこと、そしてそれを枠組みとして、日本国憲法の在り方を公論に付しながら、日本の安全保障の在り方を問い直すことと思料するのです。 具体的には、台湾有事の可能性が取りざたされるアジアで中国、北朝鮮にどう向き合っていくか、自身が言う「新時代リアリズム外交」にあって、外交と安保政策の答えを出していく事が求められる処と思料するのです。 これらは、まさに日本再生につながるテーマであり、課題です。今それが出来る環境を岸田首相は手にしたのです。 (2022/7/24)
追記:気がつけば論考10年
経済時事解析を旨として始めた月齢論考ですが、 2012年9月号を第1号とし、爾来、今月、2022年8月号を以って10年達成となりました。この間、4回の特別号(2013年3月、2014年6月、2014年11月、2016年7月)が加わったため、10年間の執筆は計124本、我ながら、よくぞ書き続けられたものよと思う処です。が、都度、頂いた読者諸氏からのコメント、各種ご指摘が小生にとって執筆への励みとなってきました。改めて感謝とお礼を申し上げる次第です。有難うございました。尚、今後については目下、思案中です。 〆