2017年08月27日

2017年9月号  混迷する世界に克つGlobal企業の論理と、混迷を助長するTrump's America リスク - 林川眞善

はじめに:いま混迷する世界にあって

(1) Anti-globalization に克つ経営

周知の通り、多くの企業は戦後システムの下、グローバル化を通じて成長してきました。だが、そのシステムは、米国第一主義、反グローバル主義を掲げるトランプ氏の登場で、大きく転換を余儀なくされ、今、まさに混迷の様相にある処です。かかる中、ゴーイング・コンサーンたる企業には、如何に持続的可能性を図っていくか、つまり、この変化を、どのように理解し、それにどう対応していく事がしかるべきか、が問われていく処ですが、それは言い換えれば、‘反グローバル化に克つ’ 経営の如何が問われると云うものです。 

その点、Harvard Business Review, July-August 2017、掲載のNew York大学、Stern School of Business 教授、Pankaj Ghemawat 氏の論考「Globalization in the age of Trump」は極めてpracticalな行動原理を示唆するものでした。つまり、ゲマワット氏は、トランプ政権の登場で、米国企業が目指すグローバル化政策は新たな挑戦を受けているが、それでもグローバリゼーションから後退すると云う事が、この不確実な時代環境にあって正しいアプローチなのかと、企業のグローバル化対応について問うものです。そして、グローバル戦略を擁することで、新たな価値創造の機会が生まれ、それが将来への一層の可能性を担保していくことになるとした上で、今、おかれている混沌の状況とは、多国籍企業にとって、その戦略の見直しと、組織構造の再検討、そして社会とのかかわり方について再考を促すもので、とりわけ企業環境としての政府対応、マクロ政策への取り組み等、いわゆる‘対境’への取り組みを確実なものとし、新たなglobalizationの推進を期待するというものです。

その際、筆者の関心を呼んだのは、イメルトGEの経営をモデルとしてリフアーしていた事でした。実は、トランプ大統領就任直後に出た、1月28日付The Economistの特集記事、「The Retreat of the Global Company」(グローバル化の旗を降ろす企業)でリフアーされていたのもイメルトGEでした。そこでは、「過去30年来の大企業が目指してきた規模の優位さ、等の企業活動の基本は深刻化を極める処となっていること」、そして「規模の優位とか、裁定取引など、もはや意味を持たなくなってしまった」と強調すると共に、保護主義者のトランプ大統領の登場以前から、つまり2016年のポピュリストの台頭以前から、既に多国籍企業はコスト削減や税制等の視点に照らし、現地競合企業との在り方を考えるようになり、トランプ政権が主導する反グローバル化政策には関わらず、本国への回帰は始まっていたと指摘するのでした。つまり、あくまで経済の合理性に照らした動きを映すものと云うのです。そして、そこでは、GEのイメルトCEO(当時)が、グローバル化から現地化(from globalization to localization)へと、これまでの経営の基本軸、`bold pivot’を シフトさせようとしているのも、そうした経営行動の一環と、リフアーするのでした。

序でながらGEイメルト氏について、もう一つ興味深い記事が手元にあります。6月26日付、Financial Times(デイジタル版)が掲載する同紙columnist、Rana Foroohar氏の記事「Jeffrey Immelt--Why US big business listens to Barnie Sanders ―GE’s chief agrees with leftwing populist’s approach to connect with workers 」(J. Immelt ー 大企業経営者がバニー・サンダースの言葉に聞き入る理由)です。このサンダース氏とは、米大統領選の民主党候補としてヒラリー・クリントン氏と争った、自ら民主社会主義者を任じる政治家です。

ですが、共和党員であるGE、イメルト氏は多国籍企業のトップらしからぬ、サンダース氏のスピーチに熱狂する若者と同じように、同氏の主張に一部ながらも賛同すると語ったと云うものでした。周知の通り、サンダース氏は米国の極端な所得格差を糾弾する立場から、「ごく少数の人間があまりに多くのものを手に入れる状況に正義はない。あまりに多くの人間が、ごくわずかのものしか手に入れられない状況に正義はない。」と主張するのですが、こうした考え方に理解を示すイメルト氏が打ち出す経営戦略には、それなりにサンダース色が映るとも評される処、要は、グローバル企業の経営者としての環境変化への認識とそれに応える発想があり、それは同時に企業の対外オペレーションに係るアドバイスともなると指摘するものでした。尚、そうした事情を踏まえ、イメルトGEが進める経営戦略はポピュリスト台頭後のグローバル企業にとって手本ともなるとして、Financial Times紙上では当該記事のタイトルは‘A post-populist playbook for capitalists’ に変更されています。

という次第で、改めて上記ゲマワット論考他をベースにglobal business、つまりグローバル企業の行動の論理を手短に整理、考察することとし、併せて上記文献で共通して引用されていたイメルトGEの経営の実際を、彼がこの2月、株主に送った手紙をベースに検証することとしたいと思います。(→ 第1章)
尚、彼はこの7月31日付で16年間のGE、CEOを引き、8月1日付でジョン・フラナリー氏(M&Aの巧者だそうです)が後任CEOに就いています。その背景にはGEの低迷する株価問題へのアクテイビストの批判があったとされていますが、詳しくは本論に委ねる事としたいと思います。

(2)混迷の元凶なすトランプ大統領

さて、前述の通りトランプ大統領を元凶として進む世界の混迷は更に深まる様相にあります。
要は、8月12日、バージーニイア州、シャーロットで起きた白人至上主義者と反対派の対立抗
争を巡ってのトランプ大統領の人種差別を容認するかの発言が米国社会の基本的生業を否定す
る、言うなれば一線を越えた発言として、反トランプデモが各地で起こりだしている事です。そ
して近時、厳しさを増す、北朝鮮やアフガニスタンへの軍事行動威嚇をにおわせるなどで、国内
の分断化が云々されだすなど、時にトランプ米国はDangerous nation かと、指摘される状況に
ある処です。まさにアメリカ・リスクの顕在化です。今後の動きは正直読めませんが、諸般の
事情からは、トランプ政権の不確実さは深まる方向にあるものと思料される処です。そこで、上
記、グローバル企業論と併せ企業の戦略環境として、その実状を分析しておきたいと思います。
(→ 第2章)
尚、日本の政治も国民の批判を映した安倍改造内閣が発足しましたが、この先行きも不透明な
ままにあります。この際は、これら事情も併せ、以下目次に即し、論じてみたいと思います。(2017/8/26)

             
目  次

第1章 混迷する世界の中、問われるGlobal企業の行動の論理 --- P.4

1. ゲマワット教授の示唆するGlobal Business の行動原理
―Globalization in the age of Trump        
2. 実証:イメルトGEが映す‘反グローバル化に克つ’ 経営
(1) ジェフ・イメルト氏のGE経営の実相
(2)A post-populist playbook for capitalists
[資料] Letter to shareowners ‘Leading a digital industrial era’
from Jeffrey R. Immelt , Feb.. 24, 2017 -- P.8


第2章 トランプ米国は地政学リスク            - - P.10

1.‘危険な国’になってきたトランプ米国
2.トランプ通商政策が齎す地政学リスクの高まり

おわりに:第3次安倍改造内閣 
―日本経済と「人づくり革命」 --- P.12
     
(1)「経済最優先」の‘仕事人内閣’に望むこと
(2)看板政策「人づくり革命」に思うこと

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第1章 混迷する世界の中、問われるグローバル企業の行動の論理

1.ゲマワット教授の示唆するGlobal 企業の行動原理
― Globalization in the age of Trump

グローバリゼーションから身をひく戦略は、正しい対応なのか?トランプ政権の登場で高まる反グローバル化の中、Pankaj Ghemawat 氏は論考「globalization in the age of Trump」を以って、グローバル企業の行動の如何を問うのです。

その趣旨は、いま保護主義の圧力を感じ、即グローバリゼーションからの回帰行動を起こすことなどは過剰反応であること、又、過剰なローカリゼーションへのこだわりも同様で、いずれも結果として企業が持つ価値創造の機能を阻害するものと指摘する一方、有効なグローバル戦略を擁することで、新たな価値創造が可能となり、将来への一層の可能性を担保することになる、と云うのです。そして、いわゆるトランプノミクスが齎している今日の混乱は、多国籍企業に、その戦略の見直し、組織構造の再検討、そして社会とのかかわり方の再考、を促すものであり、従って、これら課題への対応プロセスについて以下アドバイスするのです。要は、グローバリゼーションは終焉を迎えたと論じることは早計だ、と云うものです。

具体的には、①今日に及ぶglobalizationの変遷、trajectory of globalizationの現実をレビューした上で、グローバル対応を図るにあたっては、その‘深度と広がり’、つまり経済活動の国内と外国とのバランス、depth of globalization について、当該政府の政策も含め、明示的にしていく事、併せて、経済活動の広がり、breadth of globalization についても、地理的距離問題も含め対応指針を整備していく事とし、そこで二つの法則(注)を提示するのです。

(注)globalizationの‘depth & breadth’に係る法則:
 ・The law of semi-globalization: International business activity, while significant, is much
less intense than domestic activity. (半グローバル化の法則:国際事業活動は、その重要性はともかく、国内のそれ以上には重きを置かない)
 ・The law of distance: International interactions are dampened by distance along cultural,
administrative, geographic, and often, economic dimensions. (距離の法則:国際間の相互作用は、距離と文化、行政と地理的事情、更にしばしば経済関係に負う)

その上で、②企業がどこで、如何に競争をしていくべきか、where to compete and how to compete、まさにGE、イメルト氏の戦略(後出)にも照らし、現下の新たな環境での経営戦略の規範を提示するのですが、とりわけ、企業家にとってより大切な事として、③今日的な事情からは企業を巡る環境への対応の強化、engaging with society、が重要とするものです。
つまり、上記①,②をマトリックスとして当該ビジネスのポジションを捉え直し、今日の企業にとっては企業間の競争力問題以上に政府との関係や、マクロ経済政策に強く影響されることが大きくなってきているという点に照らし、当該企業を巡る政治、経済、社会環境への問題、例えば、規制問題、競争規制問題、更には環境問題等々に積極的に関わっていくべきで、それこそはbusiness leadersに求められるagendaとも云うのです。嘗て我々身辺においても喧伝されていた「対境政策」の強化かと理解される処です。

ただ、現下の米国の状況は後述(第2章)する通り、白人至上主義を巡って展開されるトランプ政権下での対立構図は、いまや‘国の分断’すら感じさせる状況にある処、先進国としては初めて、アメリカが地政学リスクと見なされるほどの環境変化にあり、それは企業レベルにあっても先進国では経験することのなかった人種差別リスクが経営リスクに加わってきた事を意味する処です。そこで、これら米国内で起こっている事象への対応としての新たなグローバル化戦略の準備が急がれる処でしょうが、それはengaging with societyとして、新たな次元へのシフトを示唆する処です。

2.実証:イメルトGEが映す‘反グローバル化に克つ‘ 経営
      
前述、GE Jeffrey Immelt氏はこの7月31日付で CEOを離れていますが、今年2月、CEOとして株主に送った最後の手紙、Letter to shareowners ,`Leading a digital industrial era’ February 24,2017(後出P8、資料)は、GE経営について、急速な変化を辿る経営環境の中、digital化とinnovationを基本軸とする戦略対応を以って、持続的可能性の確保を図っていく、その枠組みを語るものでした。ただそこで注目されるのが新たな産業構造に組する上でのイメルト氏のperception というものです。それは、金融危機とその危機に因る経済的打撃が続く中、政治的ポピュリズムの台頭で、グローバルなビジネスの基本的考え方は根本的に変わってきた事への明確な自覚でした。彼は、近時の変化に照らし、欧米先進国経済を成長させる上では「消費を伸ばそうと考えているだけではだめだ」と発言するのですが、それは彼の経済の生業、構造変化への認識を映すもので、その自覚こそが前述、バーニー氏と、一部思考を共有する処ともなっているというものです。こうしたイメルト氏の感性は金融危機後のGE経営で培われたものとされるのですが、そこで彼のGE経営の姿をいま少しレビューしておきたいと思います。

(1)ジェフ・イメルト氏のGE経営の実相

2001年9月、「20世紀最高のCEO」と云われたウエルチ氏の後継者としてCEOに就任したイメルト氏の経営者としての人生は、前任ウエルチ氏との比較において厳しいものでした。

まず、そのウエルチGEは、「脱・製造業」戦略を推進し、金融事業、放送事業を推進・拡大を果たし、在任期間の20年間で売り上げは約5倍、株式時価総額で40倍にも拡大しています。
これに対してイメルトGEの16年間は、売り上げ高は増えず、株式時価総額は3分の1にまで減少しています。ウエルチ氏の業績と比較すると、どうしても霞んで見えると云うものです。
それでもイメルト氏はGEに大きな財産を残したと言われています。それはウエルチ氏が諦めた製造業ビジネスを復活させた事でした。イメルト氏が就任する前年の2000年のGEの売り上げは1299億ドル、うち製造業売上は約570億ドル、一方、2016年の売り上げは、1237億ドルで製造業のそれは1132億ドルで、2000年と2016年比では前者の売り上げは減ってはいますが、製造業部門のそれは約2倍となっているのです。営業利益についても00年の61億ドルに対して16年には174億ドルと3倍増となっています。この間、2011年にはあらゆるモノがネットに繋がる「Industrial Internet」を実現させ、製造業のdigital化に成功しています。そして2015年にはソフト開発部門を事業部として独立させ、「GEDigital」は現在2万8千人の従業員を抱えるまでになり、20年までに売上を現在の36億ドルから150億ドルに伸ばし、ソフト会社として世界トップ10入りを目指すとしていたのですが・・・。

こうしたイメルト氏でしたが、やはり彼にとっての課題は常に株価にあった由です。リーマンショック後の2009年から回復基調にあった株価も、2016年末を境に失速、彼にとって最後の決算となった最後の四半期決算(2017年4~6月期)では純利益は前年同期比で57%の減少、決算発表のあった7月21日のGE株価は15年10月以来の水準に下落しています。(7月22日、日経、夕刊)これを受けてアクテイビストなどは圧力を強める様相にあったと云うもので、因みに米著名投資家ウオーレン・バフエット氏は、GE保有株約1060万株、金額では約3億1544万ドル(約345億円)を6月末までに全て売却した(日経8月15日、夕)との由です。業績悪化が止まらないGEに見切りをつけたと云う処でしょうか。
それでもGEの株式時価総額は6月19日の時点では2506億ドル(約28兆円)、三菱電機の3兆5000億円や日立製作所の3兆3000億円を大きく上回る処です。

ただ、彼が推進、実現してきたGE改革は、例えば日本では今、「society 5.0 の実現に向けた未
来投資戦略」としてAIや、あらゆるモノがネットに繋がる「IoT」、ロボットなど新技術の活用
が標榜されていますが、そうした事情にも照らすとき、むしろこれからこそが、参考となる処と
云え、それは云うまでもなく反グローバル化に克つ経営に繋がる処とも言え、それだけに彼の経
営思想、経営行動は斯界の評価を集める処なのです。

(2)A post-populist playbook for capitalists ( P.2 参照)

過去40年、米国の経済モデルは、米国内で賃金水準にはお構いなく、生産を含め海外に出せる
ものは外国に移すというグローバル化を基本としてきたと云うのです。と云うのも、グローバル
化が進む結果、米国内での物価が下がれば、失業しても、低賃金のままでもでも、その影響は相
殺できるとされてきたというものですが、しかし米国のGDPの70%が消費で占められるよう
になった状況にあって労働者の賃金が上がらないとなれば、その理屈はもはや成り立たなくな
ってきたと云うものです。となると、これまでのように海外に外注するだけして、米国の賃
金水準は低いままでいいなどという、そうした形でのグローバル化の考え方は通じなくな
ってきたという事です。そして、前述「消費を伸ばそうと考えているだけではだめだ」とす
る彼の認識と併せみるとき、経済のグローバル化対応の形がより具体的にイメージできる
処です。

つまり、本稿冒頭で記したように、今、GEは高まる保護主義をかわす「地産地消」の経営を打ち上げていますが、輸出に頼るのではなく、顧客の近くでモノを作る戦略に転じようとしており、これこそはGEの経営基本軸のシフト、グローバル化から現地化(from globalization to localization)ということですが、かくして反グローバル化に克つ経営を目指す処ですが、それは又、前述ゲマワット論理に適う処と思料するのです。

更に、彼は続けます。グローバル化の中身や一般の人々への影響を十分に考えずにグローバル化は競争力強化のためには絶対必要な投資と理解し、海外への外注を進めることは優れたビジネス手法として、労働者の事よりも企業にとって有利との理由から様々な貿易協定を支持し、社会への大きな経済的影響には目をつむってきたと批判し、自分たちが実際に生活する人々の目にどう映っているかをまるで理解しない経営者が多すぎると、警鐘を鳴らすのです。イメルト氏自身の身上として、社会的な共感を呼ばない経営は、短期的な株主を喜ばせても長続きするとは思えないとも云うのですが、殊、グローバル競争に「勝つ」ことの意味は、外国に嫌われない経営を図ることと云うのです。併せて、企業の事業は何の支えもない自由放任主義の環境下では成功するものではないと主張するのですが、なにかサンダース氏との距離感を感じさせる処です。こうした彼の発想と、戦略姿勢こそが、「ポピュリズム台頭後の今の世界で、グローバル・ビジネスを展開する際の指針」になると見る所以と、思料するのです。


[ 資料 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Letter to shareowners , ‘Leading a digital industrial era’ , Feb.. 24, 2017
from Jeffrey R. Immelt, Chairman of the Board and CEO, GE

―イメルト氏が株主に送ったGE経営に係る手紙は、Executing a pivot, Winning in the environment, A simple more power portfolio, Leading the digital industrial future, A resilient culture の5つの文節から成るが、この際は、経営戦略の基本を語る第2項、Winning in the environment(環境変化に克つ)に絞り、当該骨子を紹介する。(原文はインターネット「GEドットコム」で入手可能)

[環境変化に克つ経営]

(二つの変化)いかなる組織も今、2つの変化の中にあり,それからいかなる企業も逃げられない。一つはグローバリゼーションに対する考え方の変化。二つは産業界に於けるdigital化の役割の変化だ。

(グローバル企業GE)GEは今日も、そして将来に亘り、グローバル企業であり続ける。決して「国
籍のない多国籍企業」とは思うものではなく、世界で成功を収めるアメリカ企業であることに誇り
を持つ。 2000年当時、GEの収益の約70%はアメリカ国内にあったが、今日では受注の60%
以上が世界市場にある。この間、GEのグローバルな成長は年間平均5~10%を記録。例えば、
航空機エンジンやガスタービンはその85%が海外で販売されている。そして、グローバル市場で
成功を納めることで、GEは米国内で何千もの雇用を生み出している。ただ、グローバリゼーショ
ンに係る見方が変化しつつあり、GEも又機敏に対応していく事が重要と考える。

(米国の競争政策)米国は中国やドイツと同じ前提の下で、グローバル競争をしているわけではない。
米国の関税政策は、輸出でなく輸入促進に置かれてきたし、インフラ整備は今では基準以下の状態
にあり、関連法規は既にズタズタな状況にある。競争相手は変化を受け入れているのに対して、米
国はもはや世界で稀有の存在となり、大半の政策は時代遅れにある。一方、他国は「政府対政府」で
売り込みをかけ、競争優位を更に図るべく貿易協定を締結して成長を図り静止することはない。G
Eは、新政権がアメリカ企業にとってlevel the playing field for US companies, つまり競争基盤の地
ならしをしてくれる事を期]待する。

(Outsourcing & Globalization )Outsourcing と云う考え方はもう過去のもの。80年代、90年代
のそれは、安価な労働力を求めて途上国に進出してきた。その結果、仕事を失ったものも事実。 然
し、今日のGlobalizationとは、急速な成長を遂げる世界市場へアクセスするとの考え方だ。GEは
事業を行う世界中の国々で投資を行い、事業運営を進め、関係を築けば成長のチャンスは確実にある
と考えている。GEは独創的な金融ソリューションの提供、ジョイント・ベンチャーの展開を通じ、
成長機会の大きい市場で、決定的な優位を享受していく。グローバルである事、又ローカルである事
は、GEが事業を行う世界180か国の国々で成功を納めるための能力。様々な市場で、実際にGE
が成功を納めるという事は、同時にアメリカにとっても利益をもたらすことになる。

こうした国々には、中国が含まれる。どの企業も、この世界第2の経済大国とビジネスを進める事を
望んでいるが、GEも相応の戦略、Localizing capability , building partnership, and creating a
productive digital framework for the local market、を備え中国経済の成長に貢献していく。因みに、
複数の中国建設会社と提携し、アフリカとアジア市場で成功を納める為、彼らの資金調達も後押しす
る。GEの投資は中国とアメリカで雇用を生み、更に自社の競争力も高めている。

(イノベーション)GEのイノベーションは、また世界で最も難しい課題の解決を齎している。例え
ば。クリーン・エネルギー開発の先駆的存在であり、医療用技術の提供も進めている。またGEの
機関車はいまや南ア、ブラジル、インドネシアで目にすることが出来るし、イラク、アルゼンチン、
ナイジエリアでは電気を普及させ、軍用機で搭載されるGEのジェットエンジンは世界の平和を守
っている。ローカルの課題対応は地元に根付いたものでなくてはできないという事だ。GEは世界
中のどの企業よりも価値ある実績を残している、と自信をもって言える。そして、GEはこれまで
以上に重要となるleadershipを発揮し、将来ある人々を新たに惹きつけていくこととし、単一の企
業として、差別をせず、未来を恐れず、成果主義の集団として活動をする。イノベーションは仕事
や作業者を一層スマートにしてくれる.

低賃金を求めるだけのアウトソーシングは安易に過ぎる。近時目にする大規模企業統合も、イノベーションを絶やし、競争力ある人材への投資を減らし、その結果は米国の競争力向上にはつながっていない。GEは産業界のdigital化への投資が生産性という課題解決への手段と考えている。生産性向上に寄与すると見込む2つの技術がIndustrial Internetと積層造形(3Dプリンテイング)だ。要はdigital化とグローバリゼーションが交わることで、GEはよりスキルが高く、給与水準にも見合った人材を惹きつけ、より競争力の高い企業となる。

(グローバリゼーションはチャンス)我々は今、グローバリゼーションの終焉に立ち合っているの
か? 私はそうは思わない。金融センターから、或いはウエッブサイトからしか世界を見ていない
「グローバル・エリート」が終わるだけだ。そして、いまほとんどのグローバル機関は70年も経
ったままにあり、現代のグローバル・チャレンジに向き合うには近代化が必須となっている。グロ
ーバリゼーションを諦める企業を多く見るが、それはGEにとってチャンスを意味する。
― Globalization is fresh- it changes every day.


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第2章 トランプ米国は地政学リスク 

1.‘危険な国’になってきたトランプ米国

処で、トランプ氏が北朝鮮との間で脅威と挑発の応酬を繰り返し、南米ベネズエラには軍事介入の可能性を示唆さするなど、無責任な言動で煽っている国際危機が、いまやトランプ政権を悩ます国内問題と益々不可分な状況となってきていますが、とりわけ国内で拡大しつある白人至上主義を巡る対立は、国家の分断を助長する様相にあり極めて気がかりと云うものです。

8月12日、バージニア州シャーロットビルで起きた白人至上主義者と反対派との衝突を巡りトランプ大統領が人種差別に寛容な発言を繰り返したことから、トランプ米国は危険な国との様相を呈する処となってきています。そうした発言を繰り返すトランプ氏に、まず経済界は一斉に抗議、批判の声を上げ、同時にトランプ政権への助言機関とされていた戦略・政策評議会と製造業評議会の大手企業経営者メンバーが辞任を表明。つまり多民族で構成する米社会では人種差別は最大のタブーです。米大手企業にはさまざまの人種・国籍の従業員を抱え、顧客も多様です。つまり、その抗議は、米国の強さの源泉は多様性にあることを強烈に訴える処ですし、米産業界の健全性を感じさせる処です。トランプ発言に抗議の声を挙げねば、社内外から人種差別を黙認する企業だと受け止められかねないという事もあるのでしょうが、トランプ発言は一線を越えたという事で、経済界は公然と異を唱え出したと云うものです。
トランプ氏は、こうした経済人の批判に対抗する如くに、二つの諮問委員会を解散してしまいましたが、この瞬間、産業界とトランプ政権との蜜月に幕が降りた(注)とされる処です。

    (注)`Executive exodus ‘ -Encouraged by Donald Trump’s pro-business agenda, corporate America took a pragmatic view of working with the administration. But it has shunned the president after his comments on white nationalists. (Financial Times, Aug. 19/20, 2017)

勿論、経済界のみならず、与党・共和党指導部、更には陸海空と海兵隊の4軍トップまでもが、トランプ氏の人種差別主義者に組する発言に批判の声を上げています。とりわけ軍トップが大統領にグギを刺すが如き発言をするのは異常な事態と云わざるを得ません。これでGEなど自由貿易を指向する企業の経営者がトランプ氏の周囲から居なくなれば更に内向き志向が強まる可能性が痛感され、まさに国民生活はリスクに晒されて行くことになると云うものです。

・バノン首席戦略官解任
こうしたさ中、トランプ氏は最側近とされたステイーブ・バノン首席戦略官を解任したのです。周知の通り、彼はトランプ候補の選挙対策本部長を務めた仁です。そして白人至上主義に傾倒した思想の持ち主で、移民排斥や保護貿易など、トランプ氏当選の原動力になった「米国第一主義」を推進してきた陰の大統領と言われた仁で、これまでのトランプ氏の右翼的言動は全てバノン氏に負うものとされていました。その彼を解任した理由は、上記事件を含め、これまでのトランプ政権に対する批判をかわすためとメデイアは報じていますが、実際は彼を巡る政権内での対立解消の為と云われていますが、とにかく、一連のトランプ発言の後の解任では遅きに失したというものです。ただ、政権内の不協和音、議会との対立は、依然解消見えぬままにあり、もはやトランプ政権の政策実行能力に疑問符が打たれる状況にある処です。因みに、バノン氏はホワイトハウスを去るにあたって「トランプ政権の終わりの始まりだ」(日経8月20日)と、捨て台詞まがいでしたが、問題なのは更迭よりも、その後の政権の方向性が見えないことです。そこでバノン氏去ったあとのトランプ氏の言動に関心の集まる処ですが、結論的には彼はバノン氏が主導してきた政策を、これからは自身の言葉を以って、それこそは彼の本音となるのでしょうが、更に強調していく事になろうかと思料するのです。ではその読みは、です。

トランプ氏のスローガン「偉大なアメリカ」については、時にレーガン大統領のスローガン「アメリカの復権」に擬せて語られることがあります。が、レーガンの場合ベトナム戦争後に蔓延した退却主義を跳ね返し、強靭なアメリカの再生を目指す、その為には、強靭かつ逞しい国際主義(robust and muscular internationalism) が不可欠とする、まさに明確な問題意識があったとされていますが、トランプ氏にはこのような外に向かうベクトルはありません。つまり、レーガンのそれとは対極にあると云うものです。
この点、慶大、中山敏弘教授は近著(「現代の地政学」、2017・8)の中で、「現在のアメリカは、異物を過剰に体内に取り込んでしまいおかしなことになっている。健康をとり戻すためにはアメリカの体内に蝕む‘世界’を吐き出さねばならない。そうすることでアメリカは偉大さを回復する事ができる」とするのがトランプ思考様式と解析していますが、とすれば、これが外の世界を遮断しようとする動機づけとなって行動していくわけでしょうから、バノン氏のいない分、トランプ氏の言動は益々内向きとなり、分断化を刺激していく事になる、と見る所以です。

トランプ氏が政治するそうした米国はいま危険な国になってきた、とはFinancial Times ,chief
commentater, G. Rachman氏(注)の言ですが、それこそは前述した通り先進国では経験することのなかった米国が地政学リスクになってきたと云う事であり、その点では、今後の推移如何でしょうが、緊張感を持った日米関係の見直しが迫られる処です。
   
(注)‘Under Donald Trump, America looks like a dangerous nation.’
by Gideon Rachman , Financial Times, Aug.15, 2017

2.トランプ通商政策が齎す地政学リスクの高まり

8月14日、トランプ氏は中国による米企業の知的財産権の侵害が深刻だとして、米通商代表部(USTR)に対して、制裁措置を含む通商法301条の適用を視野に調査開始を指示したと報じられています。(日経8月15日、夕) その目的は、米企業が中国進出時に技術移転などを求められる事例を調べ、中国の貿易制度が正当かどうか判断するものとされています。トランプ氏は、外国による知財の侵害は、年間で数百万人の雇用喪失と数十億ドルの損失を齎している、としていますが、問題は仮に高関税などの制裁を脅しに使って中国に迫っても効果が期待できないことです。実際に一方的な制裁に踏み切れば、WTOルールに抵触するのは明白で、中国はWTO提訴や報復で応じるでしょうし、何よりも時間のかかる話です。

さて、トランプ政権は具体的に動き出せるのか?メデイアは、ミサイル発射など挑発行動を繰り返す北朝鮮にいら立ちを強めるトランプ政権としては、同国に影響力を持つ中国に、通商面から圧力をかける狙いは明らかとしていますが、7月実施を検討してきた中国鉄鋼輸入制限の発動は見合わせており、今回も発動の可能性はいずれも見通しにくい様相にある処です。ただトランプ政権が通貨を含め通商を材料に北朝鮮問題を解決しようとすれば、貿易や為替など民間経済への地政学リスクは更に重くなることにもなる処です。
その点、トランプ通商政策は、保護主義にとどまらないリスクを孕むことになる処とも云え、その点では、推移を注視していくほかない処で、責めてゲマワット論理、depth & breadthに照らした対応の整備が求められると云う処でしょうか。


おわりに:第3次安倍改造内閣 ― 日本経済と「人づくり革命」

8月3日、第3次安倍改造内閣が発足しました。この内閣改造は周知の通り、前期国会終盤に見せつけられた安倍首相自身をも含む国会内外での自民党議員の無責任な一連の言動に、国民の不満、不信が一挙に噴出、政権支持率は危機水準まで降下、その極みは7月の東京都議選での自民党の歴史的惨敗でしたが、かくして求心力の低下に晒された安倍首相はその支持率回復、政権基盤の立て直しを図らんとするものでした。

直前の7月29日付、The Economistは,安倍首相は、いまdogfightの様相と、今回の内閣改造で、瞬時息を吹き返すことになるだろうが、これで現在のdifficulties が解消するものではない、極めてvulnerable になっている、と評していたのですが、さて・・・。
批判の的にあった安倍晋三氏の「お友達」閣僚は一掃、替えて安倍氏と距離を置いていた議員の入閣を図るなどで、支持率は下げ止まったものの、安倍不支持率が支持率を上回る状況には変わりなく、もはや「安倍一強」の基盤は崩れたというものです。

元々、内閣不信の原因は奈辺にあったか? 国民の多くは一連の問題の根本に、4年半を超えた長期政権の奢りや緩みがあったと感じており、個別の政策への賛否ではなく、政権そのものへの不信感の高まりと云う点で、状況はより深刻だと云うものです。因みに、8月15日付Financial Times 社説でも、次のように指摘しており、内外が見る目は同じと云うものです。
― Mr. Abe’s popularity has dropped sharply this year. To be fair, this mainly reflects his inept handling of a corruption scandal rather than resentment against his economic policies.

要は、事の元凶は安倍晋三氏自身に帰する処、従ってその責任の取り方は、頭をさげ謝罪すれば済むと云ったことではなく、彼自身が身を引くことしかなかったはずです。が、ただただ自身の総理ポスト堅持のための改造であったという点で、国民からの信頼ない内閣の下、日本の政治は暫し進むという不幸を、承知せざるを得ないと云うものです。

(1)経済最優先」の仕事人内閣に望むこと

その彼は、今回の改造内閣を仕事人内閣と云うのですが、ではこれまでの閣僚は仕事をしなかったのか、と云いたくもなる処です。ではその目指す仕事とは何か? 安倍首相は記者会見で 「この改造を機に、経済再生を最優先に、アベノミクスを更に加速させる」と強調しています。安倍政権が発足して4年8か月、経済政策「アベノミクス」を擁して、雇用や企業業績はそれなりの改善を示してきており、8月14日、政府が公表したGDPの四半期ベース成長(速報値)は、11年ぶり6期連増のプラスとなっています。然し、途中、国民の多くが望むことのない方向に政治資源が向けられていった結果、成長力の底上げ、財政健全化への取り組み、は置き去りのままにあり、中長期の持続的な経済成長に繋がる改革、構造改革は道半ばにあるのです。

その点では、初心に返り「経済最優先」でと云っても、それは単にアベノミクスの残り部分のフォロ-と云ったことではない筈です。ましてや支持率低迷に悩む安倍政権が目先の人気回復を狙ってバラマキ政策に向かう事のない事、まず肝に銘ずべきでしょう。そしてこの際は、政策の基本軸を変えるべきと思料するのです。つまり日本経済は2020年のオリンピックまでは財政出動と金融緩和でそれなりの状況は続くとみられますが、問題はオリンピック後の経済です。そこで、日本経済の持続可能性をキーワードとして、10年スパンでの大きな構想と、それに沿った政策作りを目指すべきと思料するのですが、既にこれが現実的な問題となって迫ってきて
いる処です。つまり、Post-Olympic日本経済新開発と銘打って、早急Action Planの議論を始めるべきで、これこそは経済最優先が意味する処と思料するのです。

(2)看板政策「人づくり革命」で思うこと

さて、安倍政権は今回も看板政策を打ち出し、担当大臣を配しています。「人づくり革命」だそうです。そもそも「革命」とは支配者と被支配が逆転すること(政治学者、日大岩井教授)で、いわば、茶ぶ台返しですが、なぜ革命?と違和感を禁じえない処です。が、人的投資を核とした生産性向上、社会人のリカレント教育等々、要は、人材の力を底上げし、以って潜在成長力の引き上げを図る、まさに成長戦略と云う由ですが、これが財政と絡むだけに、これまでの看板政策同様、お題目に終わることにならないか危惧される処です。

処で、人材教育と云えば昨今、世界に通用するグローバル人材の育成が喧伝されています。そこで「人づくり革命」からは多少離れるかもしれませんが、以前、目にしたFinancial Times(2017/3/17)に掲載のエッセイ‘Why I left my liberal London tribe’ (by David Goodhart) と、それによせた英オックスフォード大教授の刈谷剛彦氏のエッセイ(東洋経済、2017/4/15)を交え、筆者の感ずる所を記し、締めとしたいと思います。

Goodhart 氏のエッセイ「リベラルのロンドン部族を離れた理由」はエリートとしてリベラルな思想の下に育った自分の生い立ち、そして左派的価値観を共有してきた仲間(ロンドン部族と云う)からなぜ離別したのかと、BREXITを機会として、話題とする話です。彼は、名門私学イートン校を卒業した後、ヨーク大学で学んだ仁です。そして自分を含め英国で大学教育を終えた人達を「どこでも行ける者たち(Anywhere)」と呼び、大学教育を受ける機会のなかった人達を「どこかに留まる者たち(Somewhere)」と区別するのです。そして、生きる場所の選択肢と重なる学歴の違いが、EU離脱を巡る反対派と賛成派の分断となって表れたというのです。
この議論で興味深いのは、英語で高等教育を終えた人々にとって有利な職業を獲得できるチャンスや国境を越えた移動の範囲が、我々日本人が想像する以上に大きい事だ、と刈谷氏は云うのです。筆者もその大きさは、頷ける処です。そして更に彼は続けるのです。

つまり「分断か統合か。英米でそれが深刻となるのは、国外脱出が可能な、個人の利益を優先できるグローバル人材と、とどまる者との対立が隠れているからだ。日本で推進されるグローバル人材教育にそのような視点はない。皮肉なことに、人材のグローバル化がこうした脱出や社会の分断と結びつくほどには成功していないお陰かもしれない」と刈谷氏は云うのです。極めて皮肉ながら示唆的とも云うべく、改めて、グローバル人材の育成とは?と再考の要、痛感する処です。                                  
以 上
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2017年07月26日

2017年8月号  世界は今、ニューノーマルを探り始めた - G20ハンブルグ・サミットと国際システムの今後      林川眞善

はじめに:二つの‘終わり’

5月イタリアで行われたG7サミットが「1対6」の様相に、また7月ドイツで開かれたG20サミットでのそれは「1対19」の様相にあったと言われています。それが意味することは、トランプ米国を「1」として、これに対峙した他メンバー国との亀裂の深まる様相を語るものでした。さて、その‘亀裂’をどう理解し、今後の世界経済の可能性を如何に考えていくべきか、その備えとして過般、今、人気の世界経済論、二つを読んでみました。

一つは法政大学教授の水野和夫氏による「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀」(2017・5、集英社)、もう一つは、国際ジアーナリストのビル・エモット氏の「西洋の終わりー世界の繁栄を取り戻すために」(2017・7、日経出版)(原題:The Fate of The West)です。

まず水野氏は、イギリスの歴史家、ジョン・エルスナー(J. Elsner)とロジャー・カーデイナル(R. Cardinal)の共著「蒐集」をリフアーし、西欧には歴史を「蒐集(collection)」の歴史と捉える考え方があり、「蒐集」することで社会秩序を維持してきたのが西欧文明だとした上で、現代に至る世界経済発展の生業を、歴史的perspectiveを以って分析するのです。

つまり、その蒐集する対象は、最初は土地だったが、13世紀初頭に資本の概念が誕生したことで、その対象は資本に移り、その蒐集活動はグローバルに進み、経済の拡大を見てきたというのです。ただその‘場’の広がりに限界が出てきたことで資本の「蒐集」が困難な状況が生まれ、その困難な状況を定義上、「資本主義の終焉」とみるのです。同時に、こうしたグローバル資本に振り回されるのはたくさんだとして、世界に対して自分たちの社会や市場を「閉じる」方向に向かおうとする意識が広まってきたと言うのです。そして、イギリスのBREXIT、米国では排他的とも言える自国主義を唱えるトランプ氏の台頭でグローバリゼーションを否定する潮流が明確になったとし、これが世界に対して「閉じる」と云う選択を迫る、つまり経済ナショナリズムにその解を求めることとなったとし、世界経済の現状を解析するのです。つまり、自由と平等を前提としてきた資本主義はその歴史を終え、現行の資本主義というシステムは ‘閉じた帝国’ としてポスト近代システムを探ることになると分析するのです。

確かに複雑に変化する世界経済を、歴史的パースペクテイブと共にダイナミックに分析された本書は、彼の3年前の「資本主義の終焉と歴史の危機」に続き、評価される処ですが、さて、これがポスト・モダンの姿を‘閉じた’経済システムに求めることになるとの発想には正直、組することはできません。新たな技術革新が急速に起こってきている今、新しいもの、異なったものを結び付けることによって新しい収益機会、つまり新たな蒐集の場が創造される時代にあるだけに、です。

そ点では、エモット氏の論理は、より建設的であり、示唆的と思料する処です。つまり彼はシュペングラーの大著「西洋の没落」をリフアーしながら、筆者も学生時代、のめり込んで読んだものですが、戦後70年以上ずっと西洋諸国は繁栄を続け、この繁栄する西洋に参加する国がどんどん増え、現代性を齎す思想に群がってきたということですが、今、そのシュペングラーにどこか似ている質問者が、私たちの前に立ちはだかって、指を振り、首を傾げて、この繁栄の時期は終わったのか、それとも終わろうとしているのか、と問いかけていると云うのです。そして、今の時代は、待遇とさまざまな権利の平等が、何十年もの間、なかったような強い疑念にさらされ、社会の信頼が揺らいでいるように思われること、そして更に、現在と今後十数年の西洋の命運は、その進化の能力に委ねられるとした上で、西洋諸国の市民として、まず、ドア、国境、心を閉ざそうとする動きに抵抗し、進化によって変わるのを拒んでいる大きな障害を突き止め、異見を一致させ、障害を除去しなければならないと警鐘を発するのです。

序でながら彼は、米国でよく引き合いに出されるトーマス・ジェフアーソンが云ったとされる「自由の代償は、永遠の警戒である」に照らし、外部の脅威と、内なる脅威の両方に、警戒する要があるとし、現在、そうした脅威の最大原因は、不平等だと指摘するのです。だから、億万長者であることをひけらかし、自分の名前を大書したけばけばしいビルが気に入っている人物が、平等の為にたたかっていると思われているのは、皮肉としか言いようがないというのですが、まこと共感、覚える処です。

かくして、トランプ氏が云う「デイール」をベースとしたアメリカ・フアーストとは、トランプ・フアーストであり、一国のトップとしてのスローガンとは決して言えるものではありません。
つまり、「世界を止めろ。俺は降りる」と云うような経済ナショナリズムは正しい手法とは言えず、要は、我々は民主主義と経済システムを修理、整備することなくしては成り立たなくなっていくというのです。 その点ではトランプが言っているように「腐敗を一掃する」必要がある処でしょうが、しかし、逆にドアを閉ざし、貿易と競争の障壁を高めたら、独占企業、カルテル、過度の政治力を持つものによる被害が甚大になると云うものです。同時に利己主義と、それを追求する能力は弱まるどころか、強まっていく事になる処です。 アメリカや欧州でポピュリストの党が提案する閉ざされた独裁主義的な社会は動きに乏しく、極端な場合にはゼリー状に固まったものになる筈と云え、機会は増えるどころか減らされることになるとは歴史が示す処です。
それは‘開かれた社会が優位に立てる’事を語る処と、エモット氏は云うのです。

さて、この優位をどのように堅持していくかが、2008年の金融危機以降の世界経済に課せられたテーマとしてあり続けてきた処です。そして、そこにある問題を克服し、持続的な成長を担保していく為にと導入された世界活動の一つがG20サミット(注)です。そのサミットがドイツ・ハンブルグで今年も行われましたが、そこで見る討議の展開は、当初の理念とは聊かのギャップを実感させるものでした。

   (注)G20サミット:日米欧主要7か国(G7)の財務相・中銀総裁会議に、1999年、
     アジア通貨危機に対処するため、米国が主導して中印など13か国を加え、G20財務相会
議を創設したことに起源をもつ。首脳会議は2008年のリーマンショックを受け、当時の
ブッシュ米大統領が主導して開催。2009年に定例化が決まった。G20では世界経済や
自由貿易拡大への議論を通じて国際秩序の堅持を図る事都してきたが、現状では米国が輸入
制限をちらつかせ、中-印・露などBRICS首脳が保護主義反対を訴える構図に変わってきた。

そこで、この際はエモット氏のコンテクストにも照らしながら、今次のG20サミットが映し出した現下の国際情勢、とりわけ自由貿易を巡るトランプ米国と、欧州、とりわけメルケル・ドイツとの関係、そして蜜月とも瞬時、評された米中関係の変容にフォーカスし、その実態を確認しつつ、同時に係る新潮流の中、日本としてはどういったポジションを目指していくべきか、改めて考察しておきたいと思います。(7月25日)
         
                   目 次

1. 再び「1対19」のG20ハンブルグ・サミット ・・・P.4
 -世界は、rogueな指導者の下で、「ニューノーマル」を探り始めた?

(1)自由貿易を巡る対立構図「1対19」のリアル
  ・鉄鋼輸入関税発動の意味
(2)米中関係:始まりの終わり
  ・米中包括経済対話

2. G20サミット後の世界と、日本のミッション  ・・・P.8

(1)米国抜きという世界のニューノーマル
  ・欧州の自立
  ・今、指摘されるドイツの黒字問題
(2)日本の目指すべき方向とミッション
  ・日本の自主外交

おわりに:国民から「ノー」を突きつけられた安倍首相 ・・・P.11

  ・安倍政権支持率はいま急降下
  ・「都民フアースト」の勝利が意味すること 
  ・今求められるゲームチェンジャー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1.再び「1対19」のG20 ハンブルグ・サミット
    - 世界は、rogueな指導者の下で、「ニューノーマル」を探り始めた?

7月7・8日、ドイツのメルケル首相を議長とするG20サミット会議はハンブルグで開かれましたが、それは、先のG7サミット同様、再び「1対19」の様相を鮮明とするものでした。つまり、地球温暖化対策や反保護主義などを巡り、保護貿易を主張するトランプ米国と自由貿易推進派のメルケル・ドイツ、他メンバー国との亀裂を鮮明とする処となったというものです。

G20サミト終了時、公表された首脳共同宣言はまさにそうした状況を映す内容となっています。と云うのも、そこでは「開かれた市場を維持する」と、反保護主義の大原則を打ち出していましたが、同時にトランプ氏が主張する不公正な貿易相手国に対しては関税の引き上げなど「不公正な貿易への対抗措置」を採ることを容認、併記したのです。国際協調の象徴ともいえる環境対策の国際的枠組み「パリ協定」についても、既にトランプ政権は協定離脱を宣言していることもありで、先のG7宣言同様、併記されています。勿論G20の宣言としても異例の措置と云うものです。そして内容的にも、とりわけトランプ氏が主張する不公正貿易への対抗措置を、「不公正」の定義を示すこともないままに、容認したと云う点は極めて問題の残る処ですが、そうした対応が示唆することは、rogue (異常者)とも言われる指導者の下で、世界は「ニューノーマル(新常態)」を探り始めたという事かと、その思いを致す処です。

7月20日で、就任から半年を経たトランプ米大統領、この間、曲折はあっても「米国第一」の原点を揺るがすことはなく従って、グローバル化や自由主義を主導してきた超大国、アメリカの変質は覆い隠すべくもなく、その姿勢はG7サミット,G20サミットを通じて鮮明としてきています。一方、米国内においては、議会との折り合いがうまく行かず、更にはロシアゲート問題も加わったことで、公約もままならぬ状況にあるトランプ大統領としては、政治的成果を期すべく、その矛先は、大統領にフリーハンドの権限が与えられている通商貿易問題に向けられる処、従来の多国間連携は二国間交渉に益々シフトしていく事で、自由貿易の後退が予想され、その限りに於いて、世界経済の縮小も危惧される状況です。勿論、その様相はG20での協議に強く映る処でした。

(1) 自由貿易を巡る対立構図「1対19」のリアル

トランプ氏は自由貿易について、‘貿易’が公正であるためには収支が均衡しなくてはいけないと主張するのですが、これが「1対19」つまり、トランプ米国と他メンバー19か国の対立構図をなす原点となる処です。これは云うまでもなく経済学的にはナンセンスな事であり、関税を課せば競争条件が公平になるという信念も、あまりにも単純で危険なことと云わざるを得ません。

今次G20サミットの首脳宣言では「正当な貿易対抗措置」の採用を容認しましたが、そこで注目されるのが、米通商拡大法232条(注)の発動による輸入制限措置に向かう動きですが、その発動が国家安全保障を事由とする点で問題です。もとより、その念願にあるのは中国の対米鉄鋼輸出ですが、仮にトランプ政府が中国からの鉄鋼輸入が不公正なものと認定した場合、当該輸入制限措置が取られることになるでしょうが、その際の問題は、国家安全保障を事由としている点で、その対象が中国だけにとどまることなく日欧をも巻き添えを喰らいかねないという事です。EUはこの措置が発動されれば対抗措置を講じるとしていますが、とすると世界貿易は報復合戦に見舞われることとなり、経済の大混乱は避けられないと云うものです。

 (注) 通商拡大法232条:トランプ政権が輸入制限の根拠とするこの国内法は、安全保障
       を理由に貿易を指し止める権限を大統領にもたせている。鉄鋼であればm中国などのダンピングで国内供給力が落ち、武器製造や防衛技術の維持が難しくなるという理由。

7月3日付Financial Times はその社説‘President Trump’s destructive path on steel’で、米政権
が通商拡大法による輸入制限措置を検討していることについて、「開かれた貿易と同盟国との良
好な関係の維持を大事にするなら、トランプ政権は計画を全面的に撤回すべきだ。誤った国家安
全保障上の根拠に基づく素材輸入の制限は、経済的に無意味であり、政治的に破壊的なダメージ
を引き起こす」と指摘し、「トランプ氏の一つの行動で米国経済に損害を与え、貿易戦争を引き
起こし、同盟国を離反させ、70年にわたり世界貿易を治めてきたルールに基づく体制を弱めよ
うとしている。トランプ政権は直ちに針路を反転させるべきだ」と警鐘を鳴らしています。さて
トランプ氏に、こうした声が届くのでしょうか。

勿論、オバマ前政権下でも反ダンピング課税を連発して対抗措置をとっていましたが、 WTOルールに基づいたのもので、その限りにおいて国際秩序は保たれていたという事です。然し、不振の製造業白人労働者らに強く支持されたトランプ政権としてWTOルールは効果が乏しいとして、通商拡大法232条の援用で、より強力な輸入制限措置を目指すと云うものです。

元より鉄鋼問題の根源は、世界シェア―の半分を占める中国の過剰生産にある処です。従って
その是正に当るべきは中国であり、従って本来なら日米欧が結束し、中国への圧力を強化して然
るべきはずです。実際、G20の宣言でも早急に具体案をと、要求されているのです。

然し、実際の討議の場は、中国が責められるような状況にはなかったと報じられています。と云
うのもトランプ氏が声高に保護主義的な発言を繰り返したことから、米国が検討しているとさ
れる保護主義的手段に批判が集まった結果、欧州を中心とする自由貿易派とトランプ氏との間
で亀裂が起こり、欧米間の対立構図が前面に出てきた結果、その陰に問題児としての中国の存在
感が薄められる結果となったとの由ですが、それはトランプ米国がもう少し、冷静に議論をする
ことが出来ればG20における「1対19」の構図での「1」の座は中国に入れ替わっていたの
ではと、云わんばかりと映るものです。が、この際は、近時の米中関係の変化 [次項(2)]にその
ヒントがある処です。

・鉄鋼輸入関税発動の意味
尚、トランプ氏は不公正な国際競争が故に後塵を拝している産業と当該産業に身を置く労働者の生活確保のためとして、中国やメキシコ等からの輸入製品に関税を課すと主張していますが、この際の基本的な問題は、「公正」の定義はここでは置くとして、輸入製品に関税を課すことが米産業にどのような影響を齎すことになるのか、十分に理解されていないと云うことです。

6月26日、BIS(国際決済銀行)が発表した年次報告書では、仮に米政府がメキシコや中国からの輸入品に10%の関税を課した場合のシミュレーションを行っていますが、それによると課税で米国内産業が受ける生産コストへの影響は比較的大きく、最も悪影響を受けるのが、輸送機器分野で、石油、織物、電気機器の分野が続くと云うのです。そして興味深いのは米国の労働コストに及ぼす影響です。試算によると自動車メーカーなど輸送関連企業が、競争力を維持しながら予想される関税によるコスト増を吸収したいのであれば、人件費を6%削減する必要があるというのです。他の業種でも2~4%の人件費の削減が必要と云うのです。つまり輸入される鉄鋼に関税をかけるとすると、米国の賃金は下がる可能性があるというものです。

ただ企業の対応としては、むしろ労働者の替わりにロボットの導入を増やす可能性の方が高いでしょうし、実際、今の米国産業は驚くほどの規模で労働者をロボットに置き換えられてきています。因みに米経済学者のローラ・タイソン氏によると、過去20~30年間、製造業では毎年40万人分の仕事がロボットに置き換えられてきたと云っています。トランプ政権はこの分析結果から、彼らがしようとしている事が何を意味することになっているのか、真剣に見直されて然るべきではと思料するのです。

同時に、変化の激しい昨今の産業構造にあっては、産業が復活するという事と、雇用が創出される事とは同じではないという事を理解しておく必要があると云うものです。つまり、関税導入が米国の多くの労働者の為にあると、してはならないという事なのです。この際は、「勝ち組」はロボットだと皮肉られる(Financial Times. Jun 30. ‘Trump’s tariffs would do little for workers’ by Gillian Tett )処ですが、トランプ氏のそれは、どこまで理解した上での行動なのでしょうか。

(2)米中関係:始まりの終わり

7月8日付The Economist は、[China and America-The end of the beginning]と題する中で、
4月のマイアミでの米中両首脳会談(the sweetness of their citrus summit)以降、蜜月関係が 
云々されていた米中関係は、今次サミット直前の2週間に米国政府が見せた対中批判行動(注)
で傷んでしまっていたというのです。

(注)サミット直前の2週間で米政府(国務省、財務省、国防総省)が発した対中批判行動
    ・国務省:「人身売買」年次報告では中国の評価を最低ランクに。
    ・財務省:中国の丹東銀行を制裁(北朝鮮ミサイル開発の資金調達を支援)
    ・国防総省:南シナ海、トリトンから12カイリ以内海域での「航行の自由作戦」に駆逐艦1隻を派遣

そして驚くべきは、米中の蜜月が終わってしまったことではなく、蜜月が存在したことだと云う
のです。中国側はトランプ氏を普通の米国大統領だと考えていたということ、一方トランプ氏は
北朝鮮政府を交渉のテーブルに着かせるよう習近平氏を説得できると考えていたふしがあり、
その二つのズレが露呈してきたと言うものです。そして最も重要なことは、トランプ政権が再び
鉄鋼製品をはじめとする米国への輸入品に関税をかけると脅し、中国にとって最も堪える対策
をちらつかせたちょうどその時に蜜月が終わってしまったことだと云うのです。とすれば中国
としては、輸入規制問題は欧米に任せ、あえて火中の栗を拾う事は避けた、という事でしょうか。
兎に角、一時漂った米中協調ムードは急速に薄れ一転、軋みが鮮明となってきているのです。

・米中包括経済対話
7月19日、初の米中両政府による閣僚級の包括経済対話が、米側からはムニューシン財務長官、
ロス商務長官らが出席、中国側からは汪洋副首相、肖捷財務相らが参加して、ワシントンで開か
れています。米中は4月にトランプ氏と習近平国家主席との初の首脳会談で、貿易不均衡の是正
に向けた「100日計画」の策定で合意しています。今月16日に100日目を迎え、今回の対
話では中国の市場開放策など具体的な内容を詰めることになっていたものです。然し、上述米中
間の軋みを反映してか、赤字削減策など具体的な成果を見せることなく、想定外とも言える展開
で幕を閉じたのです。

トランプ政権としては看板公約の実現が難しい環境にあってロシアゲート問題を抱え、支持率
も歴代政権で最低水準に沈んでおりこの点、貿易不均衡の是正に活路を探るべく、中国に対して
は鉄鋼の過剰生産問題や金融の改革や市場開放を迫ったと伝えられていましたが、具体策は引
き出せぬままに終わっています。やはり、北朝鮮問題で中国への圧力を強めたことも裏目に出た
のではと推測される処です。
トランプ氏には上述、彼なりの事由があり、習近平氏には秋の党大会を控えて、安易な妥協はで
きないとする事情があったと推測されるのですが、とにかく共同声明も出せず、米中蜜月関係は
消えた事で、この結果、米政権が新たな鉄鋼の輸入制限を講じる恐れが現実味を帯びてきたとメ
デイアは伝える処です。であれば、米中間の貿易摩擦が一気に世界規模に広がるリスクを感じさ
せられる処ですが、これがニューノーマルとした新たな対応が求められるという処です。


2 G20サミット後の世界と、日本のミッション
 
(1) 米国抜きという世界のニューノーマル

「米国抜きの世界が本当にやってきた」。これは7月20日付日経社説のタイトルです。まさに、
ニューノーマルともいうべきこの新しい秩序、いや無秩序にどう向き合っていけばいいのかと
いう事になるのですが、それでも問われるのは、トランプ政権の正義です。トランプ政権は言う
なれば政治の素人が中枢にあって、しかも内輪もめし、共和党主流派とも折り合いが悪く、政策
の推進力は覚束ないという処です。しかもロシアゲート疑惑に足を取られ、もはや暴走すらしな
いかもしれないと云った状況です。大統領任期はあと3年半、何もせずに下降線をたどることに
なっていくものかと、思うことしきりですし、この米国の迷走が「欧州の自立」を促す処となっ
てきています。とは言え米国抜きで世界の秩序つくりを目指すには自ずと限界のある処です。こ
の際は、この限界を超えた、持続的世界経済に向けたシナリオを今から準備すべきと思料するの
です。

勿論、中国やロシアと云った、既存の秩序を塗り替えたい勢力はこうした国際統治の空白をつく
ような行動を展開している事は周知の処です。中国の習近平主席は広域経済圏構想「一帯一路」
を以って、欧州や東南アジアの囲い込みに本腰を入れていくでしょうし、先のパナマと国交を結
び台湾と断交させたのも、米国への挑戦とされる処です。ロシア、プーチン大統領は旧ソ連諸
国と作る「ユーラシア経済連合」構想などを通じて影響力の拡大を窺う様相にある処です。ト
ランプ時代の真の勝者は中国とロシアと云われるのもむべなるかな、と云う処です。

・欧州の自立    
さて、G20サミット閉会後、議長役のドイツ・メルケル首相は、米国第一主義をタテに国際協調に背を向けるトランプ氏の相入れない考え方を、どう取り繕うかに腐心したと語っていましたが、そこでは、欧州はもはや米国とのすれ違いを隠すこともなく、今後、トランプ政権とは是々非々でお茶を濁していく事になるのでしょうが、その分、両者の溝は深まるばかりの状況になってきたと言えそうです。その事は、同時に欧州の自立指向を促進する処となっているのです。

それは、先のG7直後の5月28日、ミューヘンで行ったメルケル首相の発言(月例論考7月号)が示唆するように、目指す方向は、米国には、防衛以外では頼らないという事で、その限りにおいて、それは「欧州の自立」路線を鮮明とする処となっていますが、EU再生を通じてフランス経済の再生を目指すマクロン氏の登場が、一層にその自立のベクトルを強化する処となってきています。いま欧州には「メルケクロン」の言葉が走っていると言われています。メルケルドイツとマクロンフランスの連携を核に、米国なき国際秩序を念頭に置いた、EU行動様式が進むことが想定されると云うものです。

尚、貿易黒字問題を巡る議論の中で、ドイツの黒字問題が浮上してきている点は要注意です。実は、これはトランプ氏には少なくとも一つの真実として指摘される問題です。そして、The Economist, Jun 8th も、Why Germany’s current-account surplus is bad for the world economy.と題して、ドイツの貿易黒字が世界経済を脅かす要因になっていると指摘し、その解決には、賃金の上げをと、提言するのです。そこでエコノミスト記事の概要を簡単に見ておく事とします。

・今、指摘されるドイツの黒字問題
まず、トランプ氏はドイツの昨年の貿易黒字が世界最大の3000億ドル(約34兆円)弱に上ったと批判しています。(中国の黒字は2000億ドル)確かにドイツは貯蓄過剰で支出不足です。しかも貯蓄額が巨大で簡単には減らないことを考えると、ドイツが自由貿易の旗を振るのは釈然としないというものです。ドイツの黒字は、輸出産業の競争力を維持するための賃金抑制を容認した数十年来の労使協定に起因するものと云われていますが、戦後復興以降、輸出主導型経済を支え、1990年代後半は「欧州の病人」だった同国を筋骨隆々の勝者へと変貌させたと云うものです。こうしたドイツモデルの特徴とは、労使協調のお陰で企業は組合の意向を気にせず投資が出来たこと、一方の職業訓練については政府が支援していったというものです。その結果が、ドイツ経済も国際貿易も極めてバランスを欠くものとしてきているというものです。

つまり、これまでの賃金抑制策は国内支出と輸入の減少を齎してきており、実際、ドイツのGDPに占める消費の比率は54%まで低下し、米国の69%、英国の65%を下回る状況です。そして輸出企業は利益を国内投資に回さず、デンマーク、オランダ同様、黒字を大幅に積み上げていると云うのです。
確かに70~80年代の高インフレ時代には貯蓄を膨らませてきたドイツの存在は安定をもたらしていたが、現在は世界経済にとって成長の足かせであり、トランプ氏のような保護主義者の格好の標的となっていると指摘するのです。

では、この問題は解決できるか、ですが、それには賃金を引き上げれば徐々に減る事にはなるだろうというのです。尤もドイツ国民には慎重さがこびりついていて、昨年の賃金上昇率はわずか2,3%で、それまでの2年間より鈍化しているのです。とすれば、黒字削減に向けては政府も行動し、支出を増やすべきと云うものです。ドイツの財政収支は2010年にはGDP比3%超の赤字だったが、現在は小幅ながら黒字にある処、一部政府筋はこれを堅実と呼ぶのですが、民間部門の高貯蓄率を考えるとなかなか同意しがたいとするのです。要は、国内には投資すべき案件が多いと云うのですが、例えば、これまでの引き締め政策で公共投資を圧縮したお陰で、学校の校舎や道路は老朽化している事、また労働力確保の視点からは女性の労働参加率を高める事であり、そのためには国が学童保育の提供を増やせば母親のフルタイム就労も増えるはずと云うのです。経済が完全雇用にある為、雇用拡大は不可能との見方もあるが、それへの対応は、再び賃金の引き上げを図る事であり、それは既に実証済みだと云うのです。

メルケル氏が自由貿易の旗を掲げることとは無論、正しい事ですが、ドイツはもっと前に過剰貯蓄が問題だと気付くべきだったと、そして自国の黒字が自由貿易を脅かしていることを理解する必要があると、忠告するのです。もとより、マクロン氏とタッグを組みEU再生を目指す視点からは黒字問題を含め、トランプ政権の批判への対応と云うよりも、全EUワイドの戦略対応を図っていく事でしょうし、その結果が世界経済に及ぶであろう影響をも踏まえ、日本も注意深いフォロー、然るべき処と思料するのです。

(2)日本の目指すべき方向とミッション

処で、2年後の2019年のG20サミットの議長国は日本となっています。今次G20サミットは先のG7サミット同様、いやそれ以上にトランプ旋風にかき回された格好で終始したこと、また、会議の運営も北朝鮮問題、ウクライナ問題、等々関係首脳間での個別会談が主流となっていた点でも、今後の運営についての見直しが必要になってきたのではと思料される処です。今次の会議では日本の出番が乏しかったようでしたが、さてどのような仕切り方をしていくべきか、今から国際環境の変化を踏まえた建設的な会議となるための準備が求められる処です。

その点では、静かに進むであろう「欧州の自立」にも資す、世界経済の運営システムの再構築を目指すべき時と思料するのです。幸いにも、今次サミット開催直前の6日、日欧経済連携協定(EPA)が大枠で合意を見ていますし、更には米国抜きながら、日本が主導する形でTPPの具体化が進みつつある処です。とすれば、この二つの自由貿易構想を以って、新しい世界貿易のベクトルづくりを目指す旗を、掲げるべきではと思料するのです。

因みに、7月5日付Financial Times は、その社説で「An EU-Japan pact shows how free trade strides on : As America and Britain turns inward, the rest of the world integrates.」と題し、日欧EPAがタイミングよく合意ができれば(7月7日のG20サミット開催までに合意することを前提にしていた)、これが、トランプ氏が主張するような保護主義への強力なタテとなり、併せて、BRXITの英国にとっても大きな挑戦となる一方、米英を除く世界の統合に弾みをつけるものと、強い支持を示すのです。

・日本の自主外交
加えて、昨年のG20サミットの首脳宣言では、現在のトランプ政権の姿勢からは考えにくいことですが、はじめてInclusive growth (包括的成長)の表現を以って世界経済の持続的成長を目指すことを謳いあげていました(弊論考No. 54、2016/ 10月号)が、とすれば、二つの自由貿易協定、日欧EPAとTPPの確実な実施と、自由貿易を通じての世界経済の活性化をはかり、従って世界の内向き志向からの脱皮を目指す戦略を擁したダイナミックなシナリオを今から作り挙げていくべきではと思料するのです。それは、これまで米国を後ろ盾としてきた日本の外交を、自主的な日本外交へと再構築する機会でもあるのです。

これは前回の月例論考で紹介した米プリンストン大教授のG.J.アイケンベリー氏が提言していたLiberal international order構想に通じる処です。彼はその際は、当該構想の成否は日本の安倍首相とドイツのメルケル首相の双肩にかかっているとしていました。当初、日本については、いささか買いかぶりの発言ではと思えたものですが、もはやその提言をリアルに受け止めうる環境が出てきたのではと思いを巡らす処です。まさにそこにある日本のミッションと映る処です。問題はこの新しい現実を当事者たちが、どれほどにリアルに理解し、どれほどに、そのテーマに立ち向かう気概があるか、ですが・・・。


おわりに:国民から「ノー」を突きつけられた安倍首相。

・安倍政権支持率はいま急降下
これまで安倍一強とされてきた、その背景にあったのが支持率の高さでした。その支持率(注)が7月に入ってからは一気に下落を始めています。それは安倍政権に対して国民は「ノー」を突きつけているというものです。そして、まさに安倍晋三氏の進退の如何にも繋がる状況です

(注)安倍政権への支持率:直近(7月7~9日)の世論調査では、その支持率は一斉に40% 
 を切って(日本TV:31%、朝日:33%、NHK:35%、読売:36%)いましたが、
7月17日公表された時事通信の調査では危機ラインとされる30%を切って29.9%と
なっています。しかも、その事由が、安倍晋三と云う人物が信頼できない、とするのが50%
に達している点、極めて問題と云うものです

これまで、安倍首相は2012年の政権交代の衆院選を含め、国政選4連勝と圧倒的な強さを誇ってきましたし、選挙の強さが党内での首相の求心力とされていました。その結果は安倍一強状況を生み、その下で強気の政権運営を続けてきたと言うものです。「野党には対案がない」として与党の政策を押し切り、世論も前の民主党よりはましだと容認してきたというものでした。

然しこうした状況は今、一変してしまっています。その事情は周知の通りで、先の国会終盤で見せた担当大臣の法案を巡る能天気な答弁、それを強行採決する自民党の強硬姿勢、更には憲法改正に係る予算委員会での質問に対し、安倍首相は‘自分の考えは読売新聞を読んでもらえればわかる’と、国会無視とも言える答弁に、世論も受け入れがたいほどに、政権の強引な体質を実感させられたというものです。加えて、頻発する場外での目に余る自民党議員の規律に欠けた言動、そして、その極め付きは、なんと都議選で見せた自民党幹部の振舞いでした。

因みに、投票日前日の7月1日、安倍首相は秋葉原で自民党候補の応援演説を行っていますが、その際、安倍反対を叫ぶ市民に向かって、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と市民を分断するような発言を発した事でした。実におごり高いものを感じさせる処、一気に反自民、いや反安倍の強風が吹きだしたというものでした。そして7月2日の都議選では自民党は歴史的惨敗を喫したのですが、まさに自明とする処です。

・「都民フアースト」の 勝利が意味すること
さてその都議選結果の内容ですが、小池百合子東京都知事率いる地方政党「都民フアースト」が擁立した50人の内49名が当選と完勝。他小池支持勢力と併せて79名と過半数(64議席)を上回る結果です。一方、これまで57席と第1党にあった自民党の議席は23議席と半数を割る激減です。地方選挙とは言え東京都議会選の推移は、そのまま中央政治に直結するものだけに、この自民党の歴史的とされる惨敗は、安倍一強と云われてきた自民党政治の基盤を大きく揺るがす処となっています。ただ、実際の姿は、自民党と対峙できる、政治信条に捉われない新政治団体「都民フアースト」が生まれた結果、それが自民党への不満の受け皿となり大勝に繋がったとされるのですが、民進党も大きく後退したこととも併せて考えると、「都民フアースト」の勝利とは、自民と民進という既成二大政党の敗北と同義語であり、政権を担ってきた既成政党の否定こそが都民の判断だったいう事ですが、これはフランス大統領選で見たマクロン現象の東京版と云う処です。

・今求められるゲームチェンジャー

安倍首相は、こうした傷んだ現状の修復、その失地回復、政権基盤の立て直しを図るべく、8月3日を目途に内閣改造、つまり一部大臣の首のすげ替えで一時の批判を潜り抜けようとしています。が、これまでと同様な内閣改造で支持率の回復、政権基盤の立て直しなど、はもはや覚束ないのが現状であり、要は、近時の世論調査も語るように、問題の本質は彼自身にある処です。

つまりは、都議選惨敗の背景について自ら分析し、そして今日に至った状況を総括し、その上で目指す政治を彼自身が語り直す以外に、新たな展開は期待できないと思料する処、いずれにせよ政策で政権浮揚を図るには、もはや弾が尽きてきているのです。
ただ安倍首相にとって唯一の救いは、民進党が都議選での「都民フアースト」の様に政権の受け皿になりえないという現実だと云われていますが、であれば、日本政治の流れを変えるゲームチェンジャーが待たれる処、つまりは ‘日本のマクロン’の登場です。
以上
posted by 林川眞善 at 17:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年06月26日

2017年7月号  いま顕在化する欧米の相克、そしてトランプ政治の行方 - 林川眞善

はじめに: われわれは ‘6対1’ の状況だった’
― タオルミナ・サミットのリアル
      
5月26・27日、イタリア、タオルミナで行われたG7サミットは初参加のトランプ氏を巡る事前の懸念を実に鮮明とするものでした。タオルミナはヨーロッパ最大の活火山エトナの麓にある町ですが、その活火山エトナの動きを反映したとでもいう事なのでしょうか。

今次タオルミナ・サミットでの主たる討議テーマは3つ、世界経済と貿易、北朝鮮問題を含む安全保障問題、そしてパリ協定を核としたクリーンエネルギーと気候変動問題でしたが、メデイアが伝える通り討議の主要部分で‘米と欧日加’の間で意見の対立が鮮明となるなど異例の展開を呈し、結局先進7か国の結束を示す事のないままに終えたのです。
因みに、ドイツは、ドイツの対米貿易黒字問題でトランプ氏の不合理なアーギュメントに遭い、温暖化対策について取り纏め役に廻ったフランスは「パリ協定への残留」をトランプ氏に説得に回ったが徒労におわってメンツを失ったこと、更にイタリアは難民支援への協調を求めたが不問にされるなどで、EU3カ国と米国との亀裂を鮮明とする処となっています。

そうした状況を語るのが首脳共同宣言のあり姿でした。共同声明はこれまで全会一致を建前として纏められてきています。然し今回、温暖化対策の国際的枠組みとなるパリ協定の取り組みについて、トランプ大統領が目下検討中で合意不可としたため、米国をはずし他6カ国首脳が同意する、つまり両論併記の異例の措置を余儀なくされ、極めて不満の残る結果となるものでした。
因みに首脳宣言の分量をみても、前回「伊勢志摩サミット」では、A4英文で32ページでしたが、今次サミットのそれは6ページと大幅減となっているのです。 各国が自国優先、多国間より2国間での取引といった傾向を強めていけばG7の政策協調はどんどん後退していく事ともなり、それは世界経済の縮みすら齎すものと危惧されるというものです。

会議直後、メルケル首相が「我々は6対1の状況だった」と、不満を漏らしたことに象徴されるように、今次サミットでの議論は詰まる処、トランプ氏がAmerica firstの下、あらゆる事案について、アメリカ主義を貫くことに拘ったため、日欧加6か国が米国と対峙する形になったというもので、要は、独善的な行動をとったトランプ氏一人にサミット会議はかき回されて終わったというものです。それは、先進国としての結束に向けたベクトルの希薄化を感じさせる、まさに‘欧米の相克’を露わにするものだったのです。そもそも何のためのG7サミットだったのか、と質したくなる処です。そして、その文脈は消えることなく、深まる形で今日に至っている処です。

・「危機の二十年」
序でながら、‘欧米の相克’の言葉に関連して、友人からの勧めもあり、E.H.カーの「危機の二十年」(原彬久訳、岩波文庫、2011)を読み直して見ました。このテーマの20年は、第一次大戦が終結してヴエルサイユ条約が結ばれて(1919年)から、ナチスのポーランド侵攻が始まり、第2次大戦開始(1939年)までのいわゆる‘危機の時代’と云われた戦間期の20年間です。

(注)「危機の二十年」:戦間期の国際環境とは、まず、ウイルソン米大統領が発表した「14条の平和原則」に即し、1920年には国際連盟が成立し、ただし米国自身、米議会のモンロー主義に遭い加盟せぬままにありました。そして1929年の大恐慌で各国が孤立主義に向かうなか、その解決のため1933年、ロンドンで国際連盟の主催で開いた世界経済会議では英米仏など利害が対立し、連盟が機能しえなくなっていった、まさに‘危機の時代’とされる期間です。
尚、本書オリジナルは1939年に上梓され、更に1981年に改訂版が出ていますが、日本語訳は1952年に出版され、更に第2版をベースに、2011年に再出版されています。

そうした危機の時代をE.H.カーは政治的に丹念に解剖することで、現在の国際政治学という学問体系が生まれてきたと言われていますが、確かにそこに示される国際政治、戦争と平和学の主要な基礎概念、分析手法を駆使すると現代国際政治危機の諸要素が見えてくるというものです。

そして、そうした作業を通じて彼は、政治とは結局、ユートピアニズム(理想)と、リアリズ(現実)との永遠の相克だと喝破するものですが、実はそうした状況が戦後70年たった今も続いているのです。因みに、先進国に広がるポピュリズム、北朝鮮問題を巡る関係国の相克、等々、国際危機蔓延を承知する処です。元より、今次パリ協定からの離脱を決めたトランプ政権の存在もその線上に位置づけられる処、Rogueとも言われているトランプ政権の独自性や揺れ動くヨーロッパの姿などがよく理解できるということで、今なお示唆深いというものです。

さて、かつてG7は世界のGDPの7割を占めていました。然し中国やインドの新興国の台頭でその比率は今や5割を下回る状況です。その点では自由貿易や温暖化対策も先進国だけで仕切れる時代は終わったという事でしょうし、上述サミットの新しい状況に照らすとき、実効性のある政策協調には中国やインドも含むG20首脳会議の役割は一層重要と思料される処です。そのG20サミットは7月、ドイツ、ハンブルグで 開催予定で、メルケル氏が議長を務めることになっています。さて、米国も中国も、そしてロシアも加わる会合で、どのような成果を出せるかですが、要はトランプ氏次第と云えそうです。

そこで、G7タオルミナ・サミット後について、つまり、更なる‘欧米の相克’を演出する背景として、とりわけメルケル氏の言動を通して見る欧州の状況と、米国の現状、つまりパリ協定からの離脱表明で内外の批判に晒される米トランプ政権、更にロシアゲート問題で行政の行き詰まり等、混乱にあるトランプ政治の ‘今’ にフォーカスし、併せて世界の生業の今後について考察していきたいと思います。 (2017/6/25)


目  次

1.タオルミナ・サミット後の欧州       ・・・・(P.4)

(1)メルケル氏のミューヘン発言
(2)Professor Joseph E. Stiglitz のエールと欧州の実状
  ・欧州の実状

2.内外の亀裂を深めるトランプ政治の実状   ・・・・ (P.6) 
 -パリ協定離脱、そして大型減税と予算教書

(1)パリ協定離脱とAmerica Only
  ・気候変動問題はhoax?
  ・トランプ氏は、明日ではなく、昨日の為に行動する
(2)中間層を裏切るトランプ2018年度予算教
 ―Trump’s epic betrayal of the middle class
  ・アメリカの現状を象徴する予算案
  ・トランプ大統領は何時まで?

おわりに: 国際協調秩序再生と日本への期待  ・・・・(P.10)
 ―米Princeton 大学. Professor Ikenberryの提言

  ・安倍首相とメルケル首相への期待
  ・問題は政治家の資質


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1. タオルミナ・サミット後の欧州

(1)メルケル氏のミューヘン発言
               
サミットが終わった翌日の5月28日、メルケル氏はミューヘンで行った選挙演説で、西側同盟はもはや終わった、とも取れる発言をしたのです。 [(注)メルケル首相率いるCDU(ドイツ・キリスト教民主同盟)の姉妹政党CSU(バイエルン・キリスト教社会同盟)が主催する選挙集会]

その発言のポイントは、英国のEU離脱が決まり、欧州事態も大きく変わろうとする中、メルケル氏は「米英やロシアを含む他の近隣諸国との友好関係が重要」との考えを示しながらも、今次サミットの二日間を通して感じた事として、「われわれが他者(米英を意味する処ですが)に頼れる時代はある程度終わった。我々欧州は自分たちの運命を自分たちで握るべきだ」(注)と云うものでした。この発言は欧州の‘脱米国’を示唆するものと、たちまちに世界を駆け巡ったこと云うまでもありません。

(注)Having alluded to Donald Trump and Brexit she concluded ` The Times in
which we could totally rely on others are to some extent over, as I have experienced
in the past two days.’ For good measure she added: `We Europeans must really
take our fate into our own hands.’  [ Financial Times May 28, `What’s brewing
in Germany? -How to understand Angela Merkel’s comments about America
and Britain.’]

こうした発言の背景には、今次サミットでのトランプ氏の行動はもとより、その直前に開かれたNATOサミットでトランプ氏がNATO条約第5条(いわゆる集団的自衛権の行使)への支持をなんら示さなかった(注)ことへの強い不満があったと、される処です。こうした事情を背景としたメルケル首相の ‘In our own hands’ 、事態を自ら掌握する必要がある、との発言は、欧州外交の転換点を示唆するものと映ると云うものです。

(注)6月9日、トランプ大統領はルーマニアのヨハニス大統領との共同記者会見で、「米国
はNATO条約、第5条を支持する」と、改めて表明したのです。

60年代のドイツ政界は対米同盟を重んじる「大西洋派」と、フランスとの連携を探る「ド・ゴール派」に割れていましたが、彼女はまさに‘Atlanticist’(大西洋派)で、頻繁にオバマ氏や G.W.ブシュ氏と今でも電話し、アドバイスを求める関係にある処ですが、トランプ氏については3月、ワシントンでの会談後、飛行機の中では彼に対する不信感を赤裸々にし、又英国のEU離脱についても世界舞台からの撤退だと軽蔑的批判を露わにしていたと伝えられていますが、トランプ氏の態度やBrexit問題が進行する中、フランスではマクロン大統領の登場をうけ、今後、ドイツが主導する欧州ではなく、continental Europeans (大陸欧州)としての一体化を進めていく事、そして防衛統合(注)やEU条約の改正、等、これら問題については、より大胆に、よりオープンにしていくことを確信したと言われています。そしてミューヘンでの発言はそれを規範として行われたとされるものでした。

    (注)ユンケル欧州委員長は6月9日、プラハの講演で「欧州防衛はもう外国に任せにはできな
い」と発言。その前、7日には、EUは武器の研究開発や調達など共同実施し、防衛力向上と支
出効率化を図る「欧州防衛基金」の設立計画を発表したのです。(6月10日,日経夕)

ミューヘンでの演説は云うまでもなく、一つはメルケル氏率いるCDUのバイエルン地区の姉妹政党CSU向けに、CDUとの一体化を強調すること、二つは9月24日のドイツの総選挙に向けての国内有権者へのアッピール、三つ目はその他EUメンバーに向けに、結束を訴える事、にあったと云われていますが、もう一つは米国と英国向けにあったというものでした。

ドイツでは多くがトランプ選出の事情も英国のEU離脱、BREXITも同一線上にあるAnglo-Saxonの身勝手な行為として、これをTrumpandbrexit と呼び、これにはアメと鞭をもって臨むというのですが、殊、安全保障については米軍に代わる「欧州軍」の構想のある処、今は米国と決別するというより、振り回されたくないというのが本音と見られ、そこで「米国離れ」を口にすることで、トランプ政権にブレーキをかけんとの思惑があってのことと見られているのです。とにかく彼女はEuropean wayを語り、以って行動せんとするものと云うのです。

・尚、トランプとメルケル両氏の言動は、ロシアに対して西側同盟の分裂を狙う機会を与えるこ
とになると警鐘を鳴らしながら、メルケル氏がTrumpandbrexit とBREXIT とトランプ氏とを
一括りにする点について、英国はパリ協定では米国サイドではなく、EU側に立っている事を承
知しながらも、ミューヘンのビアホールで英国や米国との決別を語り、しかもその二か国とロシ
アを同列に論じる姿は、歴史が繰り返される(第2次世界大戦では米英ロが共に戦った)ようで
背筋が寒くなると、5月30日付Financial Times(「Merkel、Trump and the end of the west」)は指摘するのでしたが、さてメルケル氏には如何ように届いていたことでしょうか。
こうした欧米の亀裂は、いま新たな世界のリスクとされる処ですが、現下の騒ぎは、欧州統合
と静かに進んできた「脱米国」の流れが、トランプ政権誕生をきっかけに表面化してきたもの
であり、この流れは、独仏を軸としたEuropeの再生となり、Anglo-Saxon,の英米に代わり、世
界の良識を主導する流れを誘導していく事になる、と見る向きは多く、とすればそれは前号で紹
介した‘Goodbye to the West’(J. Fischer)への回答ともなる処です。

(2)Professor Joseph E. Stiglitz のエールと欧州の実状

米論壇、Project Syndicateでステイグリッツ氏は6月2日付論考「Trump’s Rogue America」のなかで、rogue(ならず者)と化した米国のトランプ政権が進める「米国第一」政策は、地球環境を破壊する、無知蒙昧な政策であり、放置するわけにはいかないと、断じる一方、ミューヘンでのメルケル発言を最大限に評価し、今こそ欧州が一つになるべき時とエールを送るのです。 加えて、米国のパリ協定離脱に関して、気候変動が社会の存続に与える脅威に対処するにあたっては、米国には頼れないこと誰もが承知する処、欧州と中国が環境保護で未来に向けて努力する旨を約した(注)ことに触れ、地球にとっても、経済にとっても素晴らしい事と評価するのです。

(注)6月1日、トランプ氏がパリ協定離脱を宣言した当日、中国の李克強首相はベルリンで
メルケル首相との会談に臨み「中国はパリ協定の義務を果たしていく」と表明、更にG20では
「成功のために中国の支援を当てにしてくれてよい」(日経6月2日)と語った由ですが、これな
ど見えなくなった米国に代わって国際ルールを主導したいとの思惑一杯と云う処でしょうか。

・欧州の実状
さてステイグリッツ発言、‘今こそ欧州が一つになるべき時’ですが、その準備はもはや出来ていると言えそうです。つまり、EUの執行機関である欧州委員会では既にユーロ圏の統合深化と改革のたたき台を示しています。ユーロ圏の危機はひとまず遠のいていますし、国際環境の変化は再びユーロ圏の改革の再起動を促す処です。欧州委のたたき台は、ユーロ圏の共通予算を管理するユーロ圏財務省や常任のユーロ圏財務相、更に欧州通貨基金の設置を盛り込んだもので、難度の高そうな内容も敢えて掲げるものとなっています。要は財政面での統合がどこまで進められるかにかかる処でしょうが、そのカギを握るのは、改革に意欲的なマクロン新大統領の登場です。

彼は大統領就任直後のメルケル首相との会談でEU改革推進につき話を持ち出しています。勿論、EU改革を目指す彼女も前向きに応じていた事は周知の処です。又、マクロン氏率いる新党 La Republique en Marche ! (共和国前進)は6月18日、フランス国民議会(下院)選挙の決選投票で単独過半数を獲得し、彼の政治基盤を確かなものとしてきています。
そうしたマクロン・フランスとEUを主導してきたメルケル・ドイツ、この両者を中心に強いEUを目指す体制が整いつつあるというものです。これまで逆風ばかりが目立った欧州統合の風向きが、いま変わりだした事を感じさせる処です。近着、The Economist, Jun 17 の表紙は ‘ Europe’s savior’ の言葉と併せ、マクロン氏の写真で飾られています。


2.内外の亀裂を深めるトランプ政治の実状
― パリ協定離脱、そして大型減税と予算教書

(1) パリ協定離脱とAmerica Only

今次G7タオルミナ・サミットでは、「パリ協定」の実行について米国は留保した事、上述の通りでしたが、果せるかな6月1日、トランプ大統領はその「パリ協定」(注)からの離脱を正式表明しました。その決定が内外に与える影響の大きさは云うまでもない処です。

(注)パリ協定:2015年12月12日、パリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組み条約締
約国会議)で採択された気候変動抑制に関する多国間の国際的協定(合意)。その内容は2020
年以降の国際的な地球温暖化対策の枠組みで、温暖化による気温上昇を「産業革命前と比べ2度
より十分低く保つ」ことを目標として、国の大小を問わず温暖化ガスの排出削減を目指す国際合
意。2016年11月4日、国連会議の議を経て、発効したが、その引き金を引いたのが最大排
出国の米国、オバマ米大統領と中国、習近平主席との連携動作に誘導されたもので、米中協調の
象徴ともされていた。参加国は197カ国・地域(2016年11月現在)。然し今回の米国の離
脱で非参加国は米国、シリアそしてニカラグアの3か国となる。

・気候変動問題はhoax ?
トランプ氏は予て気候変動に係る指摘は米国の雇用を破壊するための`hoax’ (でっち上げ)と非難し、「協定は米国にとって不公正、他国が米国を経済的に利用する仕組みだ。米国と米国民を守るため、協定から離脱する」と云うのです。彼は元々、環境規制に批判的な米経済研究協会(NERA)の試算に負うものと伝えられています。[(注):NERAの試算では「2040年までにGDP3兆ドル分が失なわれ、製造業から650万の雇用が消える」としている]

問題は、彼はパリ協定を「米国にとって不公正」と云うのですが、そもそも排出削減目標は米国自身が策定したもので、押し付けられた目標ではありません。つまり、パリ協定は各国がそれぞれの判断で目標を設定する、つまり国内政策を縛るものではないのです。従って、仮に公正でないというなら離脱することなく目標を引き下げればいいことで、仮に米国にとって不具合なことがあるなら協定の中にとどまり世界と共に環境問題に取り組むことの合理性を理解すべきだったはずです。その姿勢はとにかく米国第一で、それも公約の実行で人気挽回を狙っただけの政治行動と云うものです。

この5月、中東・欧州を巡る初外遊したトランプ氏に各国首脳は、G7サミットでもそうでしたが、パリ協定に留まるよう要請していたのです。ローマ法王フランシスコまでもが環境保護の重要性を説いた自著を贈り、残留を促していたのですが、それにもかかわらず、と云う処です。
オバマ前政権では温暖化ガスを「2025年までに05年比で26~28%削減する」との国別目標を表明し、途上国の温暖化対策支援の‘緑の気候基金’に30億ドルの拠出を約していましたが、これも白紙に戻ることになります。因みに、途上国は支援と引き換えにパリ協定に合意した経緯があり、米国の方針転換を受けて温暖化ガスの削減努力をやめる国が出かねず、地球の未来を守るという国際社会の努力に冷や水を浴びせることになったというものです。 

・トランプ氏は、明日ではなく、昨日の為に行動する
トランプ氏は、自分はパリではなくピッツバーグの人たちに選ばれた(Pittsburgh, not Paris ) と云い、この協定離脱の看板公約を有言実行することで、脱石炭に歯止めを掛け、炭鉱労働者の雇用を維持すると、その決定について自己弁護しています。それを聞いたピッツバーグ市長は直ちに、トランプ発言を否定。事実、ピッツバーグは既に重工業経済から先進クリーン・テック経済に転換し、`smart, fair ,and sustainable ‘な経済状況にあるのです。(注)

(注)米コロンビア大 Jeffrey D. Sachs教授は ‘Trump’s Climate-Change Sociopathy, Jun 7‘
でピッツバーグについてのトランプ発言は根拠のない`alternative facts’と批難しています。

因みに同市周辺一帯では今、クリーンエネルギー関連の雇用が鉄鋼とガス・石炭関連の雇用のほぼ2倍に達していると報じられています。温暖化対策として進められる技術革新、つまり温暖化ガスの排出削減への革新的な製造・物流技術や新エネ技術は、新たな産業や雇用の創出につながっているのです。米経済の重要な担い手であるITやエネルギー業界はそれに気づき、パリ協定離脱に異を唱える処です。 実際の処、米国民の多くはパリ協定残留を求めており、5月8日にエール大学が発表した世論調査では69%が残留を支持、離脱派は13%に留まっている由です。とすれば、彼は「明日ではなく、昨日の為に行動している」というもので、このままでは米産業の競争力の劣化は避けられず、経済成長の停滞にも繋がりかるものと危惧される処です。

一方、自治体ベースでもパリ協定に基づく温暖化対策を独自に実行しようとする動きが相次いでおり、メデイアによるとニューヨーク、カリフォルニア、ワシントン州の3州の知事は協定の内容を遵守する同盟(United States Climate Alliance)を結成し、全米85都市の市長も同様の措置を取ると発表しています。(Financial Times, Jun. 5)
米国では州政府は中央政府の方針に捉われることはなく、基本的には独自に行動する事が認められていますが、これまでこうした政府の方針と州政府の行動が異なるような事態は起こってはいません。その点で、今次は、まさに異例の様相と云え、国の分断症状とも映る処です。 

今回のパリ協定からの離脱、先のTPPからの離脱、NATOの軽視、そして5月のタオルミナ・サミットでの独善的振る舞いも含め、言うなれ米国第一主義の下、戦後70年間、米国が主導してきた国際協調の枠組みをないがしろにする、自分の為だけの行動様式にあるトランプ氏の姿は、もはやAmerica First と云うよりAmerica Onlyと映る処です。

米外交問題評議会のリチャード・ハース会長はこうしたトランプ氏の外交政策について「この最大の受益者はロシアと中国だ。米国はその代償を真っ先に払う事になる」と指摘するのですが、
冒頭 ‘はじめに’で触れたように、そのロシアや中国、勿論トランプ氏も、出席するG20サミット会議が7月ドイツ、ハンブルグで開催され、メルケル首相が議長を務めます。そこでの議論の帰趨の如何は今後の世界の生業を規定していく事になる処ではと思料すると共に、緊張感を禁じ得ません。。

(2)中間層を裏切るトランプ2018年度予算教書
―Trump’s epic betrayal of the middle class (Financial Times, May 25) 

上述環境のなか5月23日、トランプ政権は2018年度(2017年10月~2018年9月)予算教書を上下両院に送付しました。マルバニー米行政管理予算局長によれば「予算案にはトランプ政権の経済政策のすべてが詰まっている」(日経5月31日)のだそうです。尤も、税財政の立案・決定権は全て議会にあり、アメリカの大統領には予算編成権はありません。その点では、トランプ予算教書は「タタキ台」にすぎ、今後の議会での審議の如何となる処ですが、その概要が発表されるや様々な波紋を投げかけています。

・アメリカの現状を象徴する予算案
今次予算教書の内容は、税制改革を軸に4年後の2021年度(20年10月~21年9月)以降は安定的に3%成長に誘導していくとするものです。(注:足元の景気は平均成長率が2%と戦後の回復期で最も低い) そして‘成長’を以って2兆ドルの歳入増を見込む一方、歳出については最大規模3.6兆ドルの削減とし、10年で財政収支の黒字転換を図る設計となっているのです。

然し、歳入に直結する税制改革、つまり大型減税措置ですが、これがトランプ氏の最大の公約であり、本教書の最大の焦点となるものですが、財源確保の見通しからは、その実現は困難な様相にある処です。一方、3.6兆ドルの歳出削減の内容を見ると、貧困層保護や開発援助、環境対策、 基礎科学研究などの予算が大幅に削られる一方で、軍事費などは大幅増額となっているのです。つまり、彼が売りとしていた‘低所得者の底上げ’公約は極めて難しく、彼を支持してきた低所得者等中間層を裏切る内容となっているのです。いま少し、具体的に見て行きまでょう。

まず法人税減税です。現行35%の税率を15%に大幅引き下げ、企業の国内投資を後押しし「偉大な米国を取り戻す」とするのですが、これには議会が税収減を懸念しだしている事情があることです。つまり、議会共和党が検討中の「国境調整税」(月例論考N60)ですがこれが輸入課税の強化となり、10年で1兆ドル超の税収増の見込める処、目下、「税制改革は歳入の中立が求められる」とする議会の強い反対に遭って、国境調整税は見送りなる公算が出てきたという事です。となると機会損失となる1兆ドル分を確保する為にも法人税率の決着点は15%でなく25%程度にとどまる可能性があり、トランプ氏の云うような「低税率国並み」の税率引き下げは難しいというものです。

企業減税以上に問題なのは個人所得税の引き下げです。個人所得税については現行7段階(最高税率39.6%)を、3段階に簡素化し、10%、25%、35%に引き下げるというのです。ただ、所得税の最高税率を引き下げるとは言っていますが、それで「中間層を大胆に減税する」という公約は果たせそうはありません。周知の通り労働者は、金融危機(2008年)以降、格差拡大に不満を強め、これに応えてトランプ氏は大型減税で労働者を底上げすると公約し今日に至っていますが、実は低中所得層の減税余地は乏しく、公約は空手形となる様相にあるのです。
 
つまり、最高税率の引き下げなどはそのまま富裕層減税となり、米調査機関によると減税の8割は所得上位2割の層に向けられると云うのです。(日経6月3日) 更に先に触れたように、予算教書では低所得者向けの医療保険や生活保障などを10年で1兆ドルの規模でカットする事とされており、大統領選でトランプ氏に投票した支持層が打撃を受ける内容と云うものです。

かくしてトランプ政権の改革は、富裕層減税と低所得者層の給付カットによる「小さな政府」路線へと一気に傾きつつある処、前掲Financial Times の云う ‘epic betrayal of the middle class’ つまりトランプ予算教書は、彼を支持した「中間層を裏切る」内容となっていると云うものです。
‘金持ちは一段と金持ちに、低所得者は更に生活が困窮していく’ 、まさにアメリカの現状を象徴する予算案であり、それはトランプ氏の公約とは真逆の姿を呈する処です。そして、それは又彼の政治に対する無知さを実証する処でもあるのです。

・トランプ大統領は何時まで?
さて、6月12日、ホワイトハウスで初の全閣僚が集まった閣議が行われ、その様子がTV放映されました。そこに見る絵は、居並ぶ閣僚全員が大統領を‘よいしょする’ばかりの図であり、トランプ氏は、この約5か月の実績を自画自賛するだけで、何か一家団欒と云った様相です。
然し、ホワイトハウスの外では、上述(1)、(2)の通り内外共にトランプ政治への批判が強まる中、ロシア疑惑に係るトランプ政権への不信感は益々深まるばかりで底なし沼の状況です。
因みに、「ロシア疑惑」に絡む調査対象者がトランプ大統領をはじめ、セッションズ司法長官、フリン前大統領補佐官、クシュナー上級顧問、マナフォード元選対会長というトランプ現政権のbig nameと向き合うとき、さてトランプ大統領は何時まで持つものかと、ついつい思う処です。 


おわりに: 国際協調秩序再生と日本への期待
―米Princeton Univ. Professor G. John Ikenberryの提言

上述、欧米の深まる亀裂、とりわけrogueと言われるトランプ米国がAmerica first 主義の下、閉鎖的な政策を展開することで、世界はいま不確実性を高めるばかりにあります。それだけに自由な活動が担保され、秩序ある国際経済を如何に取り戻すか、切迫感をもって議論される処ですが、米Foreign Affairs 5月号の巻頭に載った米プリンストン大学ウッドロー・ウイルソン・スクール、G.J.アイケンベリー教授の論考 ‘ The Plot Against American Foreign Policy – Can the Liberal order survive? ’ は、まさに斯界の関心を集める処です。

その趣旨は、戦後70年間、これまで米国が主導してきた国際協調の枠組みを壊していくトランプ外交政策のリアルを地政学的切り口から解析、批判し、その対抗として、Liberal international order( LIO:自由で開かれた国際協調秩序)を取り戻せというものです。 つまり、America first を掲げるトランプ政権の誕生で、米国は戦後果たしてきた‘Liberal international order’ ( LIO:自由で開かれた国際協調主義)を守る役割を放棄してしまったように振舞っているが、おそらくそれは失敗に終わるだろうから、世界のnew leaderは連携して、Liberal international order(LIO)の再生を目指せというのです。

つまり、クリントン政権やブッシュ政権の押しつけがましい民主主義推進外交の失敗の経験にも照らしながら、それでも民主主義体制が共有する自由主義、国際主義、多角的ルールと国際機構などは、それを維持できれば平和と繁栄の礎となりうるし、実際その機能を果たしてきたこと、そして、それをユーザ・フレンドリーに運営してきたのが米国だったが、その米国が姿を消した今、早急にLIOの再生を目指せと、云うものです。

・安倍首相とメルケル首相への期待
ここで興味深いことは、アイケンベリー教授は、日本の安倍首相とドイツのメルケル首相を特定して、米国がその責任を放棄した今、LIOの再生、つまり民主主義促進外交は、この二人の双肩にかかると云うのです。そして、具体的には、米国の後退政策でアジアは米国抜きの地域秩序に向かうだろうから安倍首相はTPPをモデルに自由貿易を進めること、またメルケル首相には、道徳的な旗印を掲げ続けるべしと、主張している事です。(注)

(注)Abe should keep promoting liberal trade agreements, modeled on the TPP, and
Merkel, as the leader of the country that perhaps most embodies the virtues and
accomplishments of the postwar liberal order, is uniquely positioned to speak as the moral
voice of the liberal democratic world. 

殊、日本については、周知の通りTPP対応は米国抜きで、目下、日本が主導する形で具体化が進みつつある処ですが、米国不在をむしろ歴史的機会と捉えることで、彼が指摘するように、より積極的なアジア外交を探求するときと受け止められる処と思料されるのです。尤もこうした期待は、日本にとって荷のかちすぎる処かもしれません。然し、アジアの秩序形成にLIOを根付かせていくことは、日本の通商と安全保障、そして地域秩序の長期的な戦略を構築していく上で、不可欠なことと思料される処です。であれば、この際は、日中首脳の相互訪問も俎上に上る環境にも照らし、中国をも包み込む長期ビジョンを描くとき、とも思料するのです。まこと結構なご託宣と云うものです。とすれば、この際は、世界の日本たるの矜持を新とし、以ってこれら期待に応えていくよう、戦略準備を目指すべきと思料するのです。

・問題は政治家の資質
それにしても、気がかりな事は、日本の政治です。と云うよりも政治家の資質と云うべきでしょうか。昨今、目の当たりにする彼らの言動は、安倍一強と云われる政治環境に胡坐をかいた、‘たるみ’、‘ゆるみ’満載の状況にあり、まさに危機をばらまく様相と映るのです。 6月18日で通常国会は閉会となりましたがそれまで連日、TVに映りだされる国会運営の姿は、蕎麦屋談義ならぬ、かけ(加計学園)だ、もり(森友学園)だと、審議は踊り、共謀罪法案を巡っては、担当大臣が自らの無能さを曝け出すような答弁に終始する等々、全く緊張感を欠く様相に日本の政治は大丈夫かと、思いは募るばかりです。

そうした事の本質は、やはり歴史的パースペクテイブを持ち合わすこともない、己を見つけることのないままにあるという事と思料するのです。それはまさにジャパン・リスクと云う処でしょうが、このリスク克服には、高い自覚と豊かな歴史的パースペクテイブを如何に持ち続けるかに尽きるものと思料するのです。さもなければアイケンベリー教授のリクエストに応えることはできないでしょう。
その点、冒頭でリフアーしたH.E.カー「危機の二十年」を彼らには今一度、読み返してみてはと、思うことしきりです。

以上

posted by 林川眞善 at 18:33| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする