2019年05月28日

2019年6月号  ’平成アンチテーゼ’への挑戦と、Progressive capitalism - 林川眞善

目  次
 
はじめに : ‘令和’の時代を歩み出した日本 
  
第1章 平成アンチテーゼへのチャレンジ 

1. 平成のアンチテーゼ
・Jim O’Neil氏

2.日本経済「アンチテーゼへの挑戦」
・日本経済低成長からの脱却
・安倍政権の成長戦略

第2章 Joseph Stiglitz氏の標榜する資本主義のかたち、
そして、中国共産党が警戒する民主化の動き
                    
1. Progressive capitalism 
(1)New liberalismからProgressive capitalism
・Progressive capitalism
(2)A new twenty -first century social contract
・A progressive capitalist reform

2. 中国の「五・四運動」(1919)と天安門事件(1989)

おわりに:米ハーバード大、ボーゲル名誉教授  

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はじめに:‘令和’ の時代を歩み出した日本

5月1日を以って、新元号「令和」の時代がスタートしました。堅苦しい各社の社説等とは異なり、新元号の「考案者」と目される中西進氏(この点について、彼は一切のコメントはしていませんが)が日経(2019/5/1)でのインタービューで、記者から令和の時代の日本はどんな国を目指すべきか、との質問に対して、彼は以下のように応じていたのですが、その言、極めてスマートに映るものでした。

「明治の前半まで、日本は外に膨張せず、小国であれという主張もありました。中江兆民はその代表です。小国として賢く、誇りを持って振る舞おうと。ところが、日本は途中から自らが大国とだと誤解をした。いま、もう一度、小国主義の議論をしたいものです。」そして
「小国とは、いわば真珠のような国です。真珠はどこに転がされても光っています。薄暗いところでも。平和憲法にもそんな輝きがありますね。輝いているじゃないですか、9条は。」

さて、令和の時代も平成と同様、日本の企業や産業界にとっての最大の課題は、AIやビッグデータなどを包含した広義のデジタル革命にどう対応していくかにある処です。と云うのも、アナログ時代に世界を席巻した日本企業はデジタル時代に入ってズルズルと後退してきています。その大きな要因は、社会の仕組みや企業の組織文化、更には経営者をはじめとする企業リーダーのマインドセットが、デジタル技術と「不適合」をきたしたからだとされています。とすれば、令和を光輝く時代にするには、平成のアンチテーゼから出発しないといけないということになる処、それを意識した論述が多々、極める処です。

因みに、米UCバークレー校教授のステイーヴン・ヴォーゲル氏は自著「日本経済のマーケットデザイン」(2018/12)で、まず日本経済が対峙する問題への ‘なぜ’ を明示し、つまり、第1はバブル崩壊後、規制緩和、企業統治の強化が唱えられてきたが、停滞が抜け出ていないという疑問。第2に労働規制の大幅改革にもかかわらず、労働生産性が向上していないのはなぜか。3つ目は官民挙げてIT革命に取り組んでいるのに、シリコンバレーのようなイノベーションを生み出さなかったのはなぜか、としたうえで、当の著者は「市場」が「法と慣行と規範によって統治される制度」との視点に立てば3つの疑問は自然と解けるというのです。

また、在日30年の異色のアナリスト、デービッド・アトキンソン氏の「日本人の勝負」(2019・1)では、日本には金メダルを取る潜在能力があるのに、それが生かされていないとして、人口減少を直視するとき生産性向上を目標とし、最低賃金を引き上げる戦略をとることで生き抜けると強調するのです。更に米カーネギーメロン大教授のリー・ブランステッター氏は日経(2019/3/18)に投稿の論考「イノベーションを阻むもの」で、日本の過去の輝かしい実績も現在の苦境も原因は一つ。つまり戦後の日本が欧米との生産性格差を驚異的なスピードで縮めてきた背景には日本企業の経営慣行と政府の政策の一体化がイノベーションを生みだすシステムを作り上げてきたが、そのイノベーションの生業が急速に変わってきており、この変化環境に対応していくためには、これまでの成功を支えてきた戦後システムの名残を一掃すること、そして画期的イノベーションを生む新興企業を目指せと論じるのです。そこに共通する言葉はイノベーションであり生産性の向上です。

この際、思い起こすのが、1997年の山一証券の倒産を機会に、動き出した日本経済のシステム変革の様相を、当時The Economist(1999/11/27)が「Restoration in progress」と題した特集で、それまで世界的評価を得てきた日本型経営システムも環境変化への対応として、企業ガバナンスの確保、危機管理の強化等が進められ、相応の収益の基盤再構築に向かい出したというものでした。そして気になったことは、実は上記各種論述が、20年前のそれと同じようなパターンを以って論じられていることでしたが、この時間差をいかように理解すべきか、それは環境が今や構造的にまったく変質していることに、思考様式がそれに応えられていない結果ではと思料するのですが、この点については後述する処です。 
いずれにせよ、その結果、相応の回復を遂げてきた日本経済でしたが、2008年の金融危機に遭遇するや、企業経営者はリスク回避が第一と、タイト・グリップで安全志向に向いだし、企業の革新につながる投資活動は鈍化、環境の変化にダイナミックに対応することなく今日に至ったことが、日本企業の地盤沈下をもたらしたとされる処でしょう。

勿論、当の日本では云うまでもなく、新たな「令和」と云う時代をうけての進取の日本経済を目指す議論は賑わいを呈する処です。その中でもこの4月、経済同友会代表幹事を退いた三菱ケミカル・ホールデイングス会長の小林喜光氏は、平成30年の日本経済を評して「敗北と挫折の30年だった」(日経ビジネス、2019/04/01)と断じ、こうした認識なくして次のステップは進めないと、激しく指摘するのです。これが経営の現場に身を置く者としての鋭い発言だけに、上記諸論を超えた、事態の極みを強く感じさせられる処です。それは、要すれば平成を‘拘束’した企業環境の克服、つまりアンチテーゼにチャレンジを、と示唆す処です。企業家としての発言としては正解でしょう。ただ、公表される経済指標にもかかわらず、安倍政府は、景気は回復基調にあると主張しています。では消費者の反応はと云えば、日を追ってネガテイブとなっています。つまりマクロ経済の視点からみると、当該政策運営で環境変化への対応への疑問が募ると云うものです。

・本稿内容
そこで、今次論考ではまず、小林喜光氏が断じる「敗北の時代」の実像を新としながら、デジタル化によるいわゆるデジタル革命の進行と云う新たな環境下、改めて「平成のアンチテーゼへの挑戦」をキーワードに、日本経済の行方を考察し、以って第1章とします。

もとより、こうしたプロセスを通じて経済成長が回復したとして、これで終わる話ではありません。つまり、そうした経済発展の成果が広く国民に恩恵をもたらすものとなることがより大きな課題と云うものです。云うまでもなくそれは、変化する今日的経済環境に照らすとき、現代資本主義の新たな生業を追求することを意味する処です。

その点で、米コロンビア大教授でノーベル経済学賞のJoseph Stiglitz氏は、5月3日付で、論壇 Project Syndicateに投稿した論考「The Economy We Need」で、いま求められる資本主義をprogressive capitalism, 進歩資本主義と称し、その生業を語るのです。
つまり、次なる資本主義の在り方を語る、示唆深い論考で、その思考様式は上記テーマと並走するがごときと映る処です。そこで、新時代の環境にあって目指すべき経済の生業として、彼が主張するprogressive capitalismの概要について考察したいと思います。

処で、この5月4日は、1919年に中国で起きた五・四運動の100年目にあたる中国にとっては大切な記念日だった筈です。が、中国共産党は国民の反応に神経をとがらせる処と伝えられていたのです。と云うのは、同運動は反帝国主義運動であるとともに、民主化運動でもあったからとされているためです。更にこの6月は民主化を謳った例の天安門事件から30年となる敏感なタイミングもこれありで、共産党の警戒心が高まる処と伝えられていたというものです。この様相をThe Economistは5月4日付で ` Tiananmen 1919 – The anniversary of a momentous protest tests the party’s nerve ‘と題して報じていますが、上記、progressive capitalism と並べ読むとき、そのcontrastが実に興味を深める処です。
そこで、米中貿易摩擦の高まりが、今や米中覇権争奪を鮮明としだす折、第2章として、このprogressive capitalism とTiananmen 1919 をテーマに、比較考察したいと思います。



第1章 平成 アンチテーゼへのチャレンジ
    
1.平成のアンチテーゼ

前出小林氏の云う「敗北の時代」とは、どういった様相を意味するのか、その実情は、です。
具体的に、例えば、株式時価総額ランキングを見ると、平成元年(1989年)には世界の上位20社のうち、NTTを筆頭に14社が日本企業だったが今ではゼロ、トヨタの41位が最高で、上位層は米国や中国のデジタル企業が独占する処です。またマクロ経済指標でみても、1989年には世界4位だった日本の一人当たりGDPは2018には26位まで下落しています。つまり、かつて日本人が世界に誇った相対的豊かさが、ゆっくりと、だが確実に失われつつあるということのほかありません。
ではその理由はですが、経済成長に必要な要素は、技術革新と、資本と、労働力ですが、とりわけ、現下で急速に進む人口減少が最大の要因と説明される処です。注)

    (注)少子化に歯止めがかからず、高齢化は進み社会がどんどん縮んでいく。現在、1億2600万人余の人口は2040年1億1000万人になると推計される。その間、生産年齢人口は減り続け、社会保障がかさんでいくのは火を見るより明らか。財政は1000兆円をこえる公的債務を抱える。負担を増やすか、給付を呈かさせるか、その両方かしか選択肢はない。

しかし、何がその停滞を招いたかについて、小林氏は極めてシンプルに「企業の活力の衰えだ」と断じるのです。そして、彼は、世界企業がダイナミックに動く姿として次のような指摘をするのです。
つまり「売上高で3兆~4兆円規模のダウとデュポンが一緒になって、それを3分割する計画ですが、こんなことを平気でやるダイナミズムが世界の企業にはあるが、日本にはない。
そして、例えばオープンイノベーションと云いながらオープンさを欠く「自前主義」、「横並び」にどっぷりつかり動けなくなった「茹でガエル」ばかりだと云い、やはり必要なのは「戦う意志」だと指摘するのです。要は、日本企業がインパクトのある新製品や新サービスを生み出せなくなって、企業と経済の成長が止まり、日本の地盤沈下が進んだということですが、総じていえば、昭和の時代に急成長した日本企業も徐々に年老いて、リスクを嫌がる保守的な組織になったということかもしれません。要は平成と云う時代が残した、こうした事態へのアンチテーゼへ挑戦すべきが筋と、示唆する処です。

こうした指摘は企業経営と云う立場において、至極当然の指摘であり、その実行が期待される処です。が、実は日本経済と云うマクロの視点からも同様に、アンチテーゼへの挑戦が求められている処です。つまり、アベノミクスの3本の矢のうち、2本の矢、つまり、異次元ともいわれた金融緩和を実施し、大型財政の出動でインフラ整備を図るなどで、表面的には、経済はリーマン・ショックからの回復を続けてきた処です。が、その回復の成果としての賃金のアップが起きないことで、つまり消費者にはその回復実感が持ってないと云うものです。そして最大の問題は、成長戦略として打ち出されていた第3の矢が打たれることなく、いつしか停滞状態で今日に至っているというのが実情です。(注)

(注)経済指標が語る経済回復の実態:
― 5月中に発表された経済指標が語ること
(1)5月13日、内閣府が発表した景気動向指数からみた景気基調判断は6年2か月振り、「悪
化」に。これは外需の低迷で、生産や輸出が落ち込んだことが背景にあるとされています。その
輸出や生産が米中貿易摩擦の影響を受け厳しくなることを覚悟せねばならない筈。
(2)20日に発表された2019年1~3月期のGDP(速報)は、実質ベースで前期比0.5%増、年
率換算で2.1%増となっています。が、中国経済の減速を受け輸出は減退、内需の柱である個人
消費(実質で0.1%減)と設備投資(0.3%減)も減少に転じた。指数的には純輸出のプラスは計
算上、成長率を押し上げるものの、輸入の減少は内需の陰りを反映しており年率2.1%増と云う
成長率の数字ほど日本経済の現状はよくない。
(3)24日に公表された政府の5月月例経済報告では、上記指標を踏まえて5月はんだんは下方
修正、それでも「景気は穏やかに回復している」との認識を維持している。いろいろ政治的判断
があってのことと思料される処。

つまりアベノミクスの終幕は、政策運営上、需要を喚起するような成長戦略を果たすことなく、従って金融緩和が進み、日銀券がだぶだぶのまま、そのお金を持ち込む対象需要の創出もなく、又企業においても低金利の環境にあっても積極的資金需要もなく、と云った状態にあり、と云うことで、アベノミクスで強調されていた「企業に選ばれる日本」を目指すはずだったものの、今や日本は1%以下の成長にとどまる処(先進国ではそれでも2~3%の成長を維持)、結果として「企業に選ばれない地域」に転落してしまっているのです。

この30年余りの間にグローバル化の進展で世界経済の構造は劇的に変化するなか、日本はその潮流から取り残され、経済は停滞し、世界における地位も著しく低下してきたと認めざるを得ません。しかしなおの事、実践的に、日本経済の将来的生業を考えていくとき、令和の新時代、世界との競争に伍して、安定した成長を持続させていくことこそが日本としての世界貢献と思料されるだけに、その為には競争力を高めていくことが不可欠であり、それこそがアンチテーゼへの挑戦と映る処です。

・Jim O’Neil氏
因みに2001年「BRICs」を提唱したジム・オニール氏(現在英王立国際問題研究所会長)のコラム「人口減少の日本―生産性追求を」(日経2019/4/6)は, 上記文脈に同じくする処、日本は国の政策として人口減への対抗も含め、生産性の向上を目指すべきと、以下示唆するのです。
まず重要なこととして、経済規模と国民の「富」は別だとしたうえで、日本の人口は約1億2700万人から2050年までに約1億人に減少する可能性が高い。一方、名目GDPは現在とほぼ変わらない公算が大きい。人口が約20%減れば、一人当たりの富は20%以上増えることになる。これまで、自分は人口の急増と労働力人口の拡大に注目することが多かった。アジアではインドやインドネシアが潜在力の縮図だが、なぜもっと大きな経済的成功につながっていないのだろうか。一方、人口大国でないルクセンブルクやオランダなどは世界で最も豊かな部類に入る。アジアならシンガポールがそうだが、日本の政策決定者は欧州の最も豊かな社会のアジア版になることを考える時期ではないかと、するのです。

そこで、彼は日本の指導者が生産性を押し上げる政策を追求すれば、不可能ではないと考え始めていると云うのです。そして、生産性の向上は、労働人口が拡大していない時に所得水準を引き上げる唯一の手段と云えるとし、更に、日本はデジタルやロボット、先端素材、AIなどの技術によって自国経済を更に後押しできる。重要なのは、技術をどうやって自国に有利になるように利用していくかだ。日本の政策決定者は「特定の技術を利用し、真の意味で生産性を向上させるには、どのような政策が適切だろうか」と自問すべきと云うのです。いずれにせよ、令和における日本経済再生のカギは生産性の向上にありとするのです。

2.日本経済「アンチテーゼへの挑戦」

改めて、令和新時代、これからの生業を考えるとき、「アンチテーゼに挑戦」の意味することは、単に経営戦略がどうこうと云うよりも、産業の生業、延いては国民国家の生業すら視野に入れた構造変化への対応を問う事を意味する処です。
前出小林氏も同様次のように指摘するのです。 つまり、「企業も政治も然りだが、中長期を見越してそこから引き戻す、バックキャストの視点が欠かせない。2050年なり、戦後100年にあたる2045年なりに照準を合わせ、その時代にどれくらいの労働人口があり、海外の人をどれくらい入れ、どう飯を食っていくのか、あるいはどう分配し、いかにフェアーな競争社会を作るか。こういう本格的議論が不可避だ」と。

そうした、問題意識に応えてくれる好著を先般、手にしました。筆者もよく知る元内閣府次官の松元崇氏の「日本経済低成長からの脱却」です。著者の松元氏はアベノミクスの立案に役割を果たした仁ですが、日本経済復活のために必要な長期的戦略を行政の立場を超え、大局的な見地から論じたもので、その概要を紹介しておきたいと思います。

・日本経済低成長からの脱却
彼は、前述筆者同様、世界の中の日本のまさに劣化を再確認したうえで、アベノミクスによって景気は穏やかに回復したが、将来の「成長」に向けた具体的施策は明確には示されていないとし、低成長から脱却し、将来世代が豊かに暮らせるためには何をすべきか、カギとなる労働生産性の問題と、根底にある雇用システム改革の必要性に焦点を当て、日本経済復活への道筋を問うものです。

著者によると、IT化による生産構造の変化は、途上国の成長と先進国の成長鈍化をもたらしたが、それでも先進国は2~3%の成長を維持しているが、日本は1%以下の成長にとどまっていると。そして生産・投資活動の一極集中と過疎化がグローバルに進む中、日本は「企業に選ばれない過疎化地域」に転落したと指摘するのです。一部の日本企業は成長を続けてぃるが、大半は海外投資の成果に負うもの、そして低迷の最大の原因は、日本企業の強みだった終身雇用制度が、非硬直的コスト構造として企業の成長に必要なリスクテイクや投資活動の阻害要因となり、労働生産性が伸びなくなっていることにあると指摘するのです。可処分所得が増えず、多くの人々が景気回復の恩恵を実感できないのもそこに原因があるとも指摘するのです。 そこで国民の生活が豊かになるためには労働力がより生産性の高い分野に、賃金の上昇を伴って効率的に移動できる環境が必要とし、雇用システムの変革は国レベルのプロジェクトであり、社会保障制度や国民負担のあり方も、根本的に変える必要があると指摘するのです。

・安倍政権の成長戦略
では現実に、日本はこの生産性の向上と云う点で、政策運営をどう考えているかです。
5月15日、安倍首相が議長を務める「未来投資会議」が公表した成長戦略の骨格(この夏にまとめる由ですが)について、事務局の内閣官房は同会議で、米欧主要国に比べて低い日本の労働生産性の向上が最優先課題だと説明しています。そして改善のためには雇用改革が不可欠として、今年の成長戦略の柱に据える方向性を示したと報じられています。(日経2019/5/16)

2012年12月の安倍政権発足後、成長戦略は今年で7回目です。これまでの成長戦略は成長力を引き上げる抜本策に乏しく、日本の潜在成長率は1%にとどまる点はすでに指摘した処です。日本経済の政策運営の実情を見るに、アベノミクスの3本の矢のうち、金融緩和と財政出動は先述の通り十分にやってきたが、足りないのは残る成長戦略をどうするかです。要は日本を活力のある経済にしておくことが今日、我々に課された責任なのです。つまり、日銀は中銀としての独立性の堅持はともかく、安倍政権の意向に即し、日銀券をどんどん手当てし、この結果、今や日本の債務はGDPの2倍超にある処ですが、こうした緩和マネーがあふれる今の日本経済の問題はと云えば、お金が足りないのではなく、お金が回らないことなのです。つまり技術革新や規制緩和で新しい産業・サービスが誕生すればそこにお金は流れていくのです。そこで問題は、それが消費や投資を誘発する循環が起きないことなのです。単なる歳出増が答えになるなら苦労はないという処です。要はやるべきことをやり遂げることが先決なのです。が、この夏には参院選を控え、成長力の底上げにJosephつながる手が打てるか、依然その行動様式が気になる処です。



第2章 Joseph Stiglitz氏の標榜する資本主義のかたち、
中国共産党が警戒する天安門の歴史

1.Progressive capitalism

新たな時代環境,とりわけトランプ米政権の政策に象徴される世界の内向き姿勢が強まる一方、英国のEU離脱を決めた国民投票結果が映しだす経済格差問題等に照らし、米コロンビア大教授のJoseph Stiglitz氏は前述の通り5月3日付、論考「The Economy We Need」で目指すべき新たな資本主義の方向、生業について以下(概要)語るのです。

(1) New LiberalismからProgressive capitalismへ

これまでfree-market individualismの申し子とされてきた米国は、今では、より不平等な国、社会的流動性に乏しい国、になっているとし、又、英国についても、これまで世界の福祉政策では充実した英国型を示してきたものの、その英国においても賃金格差が大きくなり当該政策も維持し得なくなってきている等々、まずその厳しい現実事情を確認します。

つまり、80年代の、米国のレーガン大統領、英国のサッチャー首相が進めたnew liberalismのおかげを以って、とりわけ財政によるトリクルダウン・プロセスを通じて今日経済の発展をもたらしたこと、そしてそれは富裕層、投資家を利するような減税や、グローバル化の推進が結果として一般市民の生活水準の向上につながってきたとしながらも、そうした政策運営が続いてきた結果、米経済のわずか1%に富や所得が集中する一方で、産業の空洞化、一極集中化そして中間所得層の縮小が進んだことで経済の様相は変質、この筋書きを変えないかぎり、この経済の生業の悪化は避けられないというのです。

彼は、市場主義経済は結果的には大企業を更に大きく、弱者の低所得者層は更に弱者へと追いやられ、そうした所得格差の広がりが不平等感を高め、社会を不安定にしていく処、そうした不満、不平等感をいかに解消し、安定した経済運営を期していくかにあると、熱く語るのです。そして、彼はcapitalismなるものを、より今日的環境に適応できる姿とするprogressive capitalism,つまり進歩資本主義への修正が不可欠と主張するのです。

     (注)Progressive capitalism(進歩資本主義):カナダでは1867年設立の政党「自由保守党」
が、1946にprogressive conservative party(進歩保守党)に改称。緩やかな中道左派路線を
進めた経緯在り。progressive capitalism とは同様趣旨の表記かとも推測される。尚2003
年、同党は解散。後継政党はカナダ保守党。

・Progressive capitalism:
彼の主張するProgressive capitalismとは、政府、市場、そして市民社会の力のバランスを図る事を通じて、Free ,Fair そしてよりproductiveなシステムを目指すことと云うのです。そこでProgressive capitalism とは、選挙民と選ばれし政治家、また労働者と企業、そして富める者と恵まれない者との a new social contract、新しい社会契約を確かなものにすることを意味するとし、そして中間層のstandard of livingを改めて現実的な目標としていくこととし、そのためにも市場をより社会に貢献するものとしていく事が不可欠とするのです。

要は、progressive capitalismでは、neoliberalism, 新自由主義とは異なり、思考様式として価値創造のプロセスが中核に置かれると云うのです。そして、真に持続的とされる国家の富とは、天然資源を諸国から収奪する事でもなく、人的資源も含め、人としての創意工夫と協調にあり、多くの場合、政府や一般社会の機関の協力を得ることで、国民国家としての富の形成を目指すものと云うのです。

今でも富の創造とはしばしば富を絞りだすと云った発想に取り憑かれ、個人も企業も市場のパワー、競争価格の優位やその他収奪可能な手段等を生かすことで豊かになると思い込んでいるようだが、それは言うなれば利益誘導の市場行動にほかならず、勿論、そうした行為は社会的富の形成に貢献できるものではないと、主張するのです。とりわけ、少数企業による市場支配は、高い価格を維持し、消費者の生活水準を下げ、同時に米企業の海外転出を労働者への脅威として彼らの賃金水準の引き下げを企てようとする。それでも満足する事がない場合、更に政治家に労働者のバーゲニング・パワーを弱めるよう動くのだが、その結果は労働者の賃金は引き下げられ、結果国民所得の占める分配比率を更に引き下げていく。

時に技術の進歩、途上国の台頭、等々、色々事由を以って、中間層の相対的水準の低下が云々される処、トランプの脅迫的な貿易協定などは、米国労働者には悪影響をもたらすばかりで、企業の利益だけに焦点をあてた、一般市民には何も益する話ではないと指摘するのです。そして不平等の所得はますます不平等を増す処だと云うのです。AIやロボットの導入で今後の経済の成長が云々される処、現政権の政策や規制の枠組みの下にあっては、結局は多くの人々は、政府からの支援もなく、ただ失職していくことになるだけだとするのです。

それでも、こうした機能不全の経済が今日の政策に負うものとすれば、相応の期待は持てると云うのです。諸外国には、同じようなグローバルな力と対峙しても、ダイナミックな政策導入で、一般市民の繁栄に結び付く経済へと成功してきているケースはあるとする処です。つまりこうしたprogressive capitalismへのリフォームを通じて経済のダイナミズムを取り戻し、すべてに対して経済の質の向上と機会の平等を果たすことが可能と云うのです。つまりトップ・プライオリテイは搾取的行為を抑え、富の創造に向けるべきで、これこそが、とりわけ政府とともに、人々が協働できる最高にして唯一の枠組みだと主張するのです。

(2)A new twenty-first-century social contract
上述、各種提言は経済成長の再興を期すために必要なこと、そして中間層の生活を取り戻すためにも不可欠となるものだと云え、今必要とされるのは新しい21世紀型の社会契約、つまり、あらゆる市民がヘルス・ケア、教育、定年(退職)後の生活保障、自己資金で住宅が購入でき、decent job(人並みの仕事)、decent pay(人並みの収入)が確保される、そうした環境を担保していく事と云うのです。

こうした社会契約の項目については、部分的には実行している国はある。結局、米国は独り、先進国にあってヘルス・ケアを基本的な人権とは認めない国と云うことです。皮肉なことに、その米国のヘルス・ケアに対する支出は金額的にはper capitaベースでも対GDP比でも、他の先進国に比し多くあるのに対して、優位な民間のシステムはその成果は乏しいものにとどまっていると云うのです。

つまり、progressive-capitalist の視点からは、新しい‘社会契約’を国民にいきわたらせるカギは、wellbeing, 幸福な満足のいく生活の基本となるpublic option, 広く選択肢を通じてと、なると云うのです。つまりpublic options とは消費者の選択を広め、相応の競争を促すことになり、因みに2010年のオバマケアは健康保険についてのpublic optionを示唆する処です。が、実際はその法案は却下されています。実にそれは誤った行為というほかありません。
こうしたヘルス・ケアのみならず、今米国では年金給付、住宅担保、学生ローンなど, public option が求められていると云うものです。そうしたことは、要は民間がその補完を果たせばそれでいいということではなく、富を収奪的に確保する事業者から一般市民を守ることにあるとするのです。

・A progressive capitalist reform
今、米国では、大手でも、いずれもが繁栄を共有し、民主主義の将来を担保できなくなってきていると云うのです。近時の西欧に見る大衆の社会経済に対する不満の爆発こそは、経済成長にしても政治が果たす力の劣化と相まって、中間層の生活が蒸発していく姿を目の当たりとする処だと指摘するのです。 つまり、経済もそして政治もマネーを核にした強大な力をこの際は制御していく必要があり、progressive capitalism とはそうしたことを目指すものと云うのです。

この40年新自由主義を以って歩んできたが、結果は失敗だったと。尤も重要な指標とされてきたthe wellbeing of ordinary citizens,一般市民の豊かさ、がまさに悲惨な状況に追いやらてしまってきており、そうした状態をもたらしている資本主義を救うことが必要だと主張するのです。つまり,‘A progressive capitalist reform agenda is our best chance’ と。

2.五・四運動(1919年)と天安門事件(1989年)

5月4日付けThe Economistは「Tiananmen 1919:The anniversary of a momentous protest tests the party’s nerves」 と題して、当該「五・四運動」100年を記念した記事を掲載。共産党が恐れているという1989年の天安門広場の歴史に触れ、以下指摘するのです。そもそも五・四運動とは反帝国主義運動であるとともに民主化運動でもあったとされるものです。
ただし同じ学生による反政府運動とされた1989年の天安門事件は、検閲の圧力によって若者にはほとんど知らされてはいない由ですが、上述論考と併せ読むとき、そのコントラストが極めて興味深く映る処です。そこで、その概要を下記しておきたいと思います。

・まず、五・四運動と呼ばれるこの運動は、第一次世界大戦の戦勝国が、中国を不当に扱ったことに抗議すべく始まったもので同大戦の講和を定めたベルサイユ条約は、ドイツが中国に保有していた植民地を日本が継承すると認めている。5月4日は青年節として公式祝日となっているが、その意義については議論の分かれる処。

中国共産党は五・四運動を、その2年後に同党が誕生する背景となった出来事と捉えている。つまり天安門及びその他の場所で起きた蜂起は、中国の在り方を理性的に省みる試みというわけだと。一方、リベラル派はこの運動を、愛国者が民主主義を切に求めたものと捉えているという。愛国者らは、政治を含めて西洋流の知識を採り入れなければ、列強に伍すことはできないと信じていた。今年は五・四運動100周年、そして、同じく天安門広場を舞台として1989年に起きた天安門事件から30年と云う微妙な節目が重なる。同事件は、その年の6月4日に起きた学生たちの抗議行動で軍隊に鎮圧された。

さて中国共産党は五・四運動の大志がどこにあったか深く分析することを避けている。習近平国家主席は共産党を、中国古来の価値を擁護する存在に位置付けようとしている。19年に改革を望んだ人々がこれを知れば、さぞかし驚くことだろう。オクスフォード大のラナ・ミッター氏によれば、五・四運動に関して政府が重視したい点は、1つしかない。すなわち、中国共産党の結党につながった点だけだと云う。つまり、共産党は、独裁主義体制からの解放と云う同党の主張に支持者たちがひきつけられたことを思い出したくないのだ、と云う。

・天安門事件30周年:今年は二つの節目、五・四運動100年と天安門事件30年、を迎え、これに乗じて現状に満足しない人々が行動を起こすのではないかと共産党は神経をとがらせている。北京の治安維持体制からはそうした事態の可能性は低いが、共産党が不安を抱くにはそれなりの根拠がある。大学において活動家の行動が活発化しているのだ。
学者は臆病だが完全に勇気を失っているわけではない。勇敢な学者らは最近、許章潤教授を応援するようになった。同教授は今年初め、習近平氏の独裁主義を攻撃したとして停職処分を受けた。共産党は、五・四運動に参加した人々が訴えた夢を少なくとも1つ実現したと主張できる。中国を世界の大国にしたことだ。だが、4月30日、五・四運動100周年の式典で、不満を抱く人々に対して婉曲な警告を発した。つまり愛国心を欠くことは「不名誉」なこと、そして「国を愛することと,党と社会主義を愛することは密接に関連している」と。
 
さて、エコノミスト誌は最後にThe `spirit ‘ of the centenary looks a lot like mistrust and fear.(100周年の精神は不信と恐れが入り混じった様相)と締めるのですが、習氏の心境とでもいうところでしょうか。                     



おわりに 米ハーバード大ボーゲル名誉教授

5月4日付日経の「令和を歩む」シリーズで、 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1979)で著名な米ハーバード大名誉教授のボーゲル氏は、新元号を以って歩み出した日本に対し、米国は世界の戦後秩序づくりに貢献してきたがトランプ政権は物足りない。日本の指導者は米国がどう考えるかを見てきたが、今度は「日本が中国、欧州、オーストラリア、インドと、どう向き合うかを自主的に考えるべきであり、将来の世界秩序にも貢献してほしい」と、そして、その為に、世界と渡り合う視野を磨けと檄を飛ばすのです。

とりわけ、新時代に中国とどう付き合うかが日本に問われる処と指摘するのです。要は中国が日本を追い越したのが2010年、それは一つの転換期を示唆する処、令和時代には、ほどなく米国をも超える事、そして米中関係は悩ましいく、特に台湾が心配だ、ともいうのです。そして、中国には人権問題や競争、科学技術で不公正な処があるが、米国の対応は過剰だ。中国は比較的抑え目だが、トランプ政権には戦略がない。日本に米中という超大国の橋渡しは難しいが、米国の過剰な反応をいさめるなど、助けることはできる。勿論日米同盟は非常に深く、中国の軍事増強を考えると米国に頼るしかないと、いうのですが、とりわけ次の指摘は日本の今と、これからを思うとき、痛く心に残る処です。

つまり、「安倍晋三首相は国際的な評価をあげたが、日本はまだまだ。豪州のラッド元首相の様に、中国語が上手く、北京とワシントンで双方の指導者と真剣に渡り合える国際派の政治家が出てほしい。戦後の日本の官僚には幅広くものを考え人がいたが、最近は視野が少し狭い。政治家は強くなったが勉強をしない。世界での経験を積み、戦略を持つリーダーを育てないといけない」と指摘するのです。

「平成」の30年は中国が台頭する時期と重なる一方で、日本はバブル経済が崩壊し、主要産業が衰退、デジタル社会でも世界に後れを取ったことで、本稿冒頭でもリフアーした小林喜光氏の言う「日本敗北の時代」だったと自覚させられる処ですが、この間、日本が得たものもあるのです。つまり、高齢化、人口減を世界最速の勢いで経験し、その結果、世界に打って出ていかなければ生き残れないという課題を直視したことだったと指摘するのです。世界は、トランプ米政権に象徴されるように、内向き志向を強めています。しかし、いずれ日本と同じ課題に直面していくはずです。

圧倒的な軍事力・経済力を背景とした米国のハードパワー、西側先進国と異なる政治体制を前提にした中国のシャープパワーのはざまで日本は世界でどんな役割を果たせるか、考えていくことが求められる処です。まさに、世界とともに生きる覚悟をと、される処です。
さて、ボーゲル氏の日本に対する忠告を関係者はどう受け止めるのでしょうか。

そんな折、5/25~28、令和初の国賓として米大統領トランプ氏が来日しました。極めて気になったのが安倍首相の彼に対する接遇ぶりでした。国賓であり、日米関係を考えれば、至極当然との向きは多い処です。勿論、ゴルフよし、大相撲よしですが、再び日本は米国の属国かと思わせる処ほどの様相に、日本外交はここまで落ちぶれたかと思わせるのです。片方ではバカ大臣を抱える安倍政権ですが、本当にBeautiful Harmonyが堅持しうるのかと、ただただ外面だけの安倍晋三氏に、不信感は募るばかりです。(2019/5/27 記)
posted by 林川眞善 at 11:13| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年04月26日

2019年5月号  強硬なトランピリズム、StandstillのBREXIT - 林川眞善

目  次

はじめに 経済予測が映す世界経済の生業
・世界経済減速入りと、その背景

[ 第1部  強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方
(1)米中貿易協議と中国の事情
(2)トランプ流‘封じ込め’戦略
・習近平中国の弱点 (Feet of Clay)
第2章 2020年を目指すトランピリズム
(1)「ロシア疑惑」から解放(?) されたトランプ氏
 ・トランプ氏を利する環境
(2)トランピリズムと地政学リスク
・米欧貿易摩擦 /・進むトランプ流人事

[ 第2部 StandstillのBREXIT ]   

第1章 BREXIT問題の真相
(1)アイルランド共和国と北アイルランド
(2)立ち往生するBREXITの実情
・離脱協定案(バックストップ)とベルファスト合意
 ・‘こじれ’打開の見通しは・・・     
第2章 離脱に揺れる英国の今後、そして EUは
(1)メイ首相後の後継事情
(2)EUの今後- The era of a `Europe that protects’

おわりに  「Beautiful Harmony」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめに 経済予測が映す世界経済の生業

・世界経済減速入と、その背景
この4月冒頭、各種機関が発表した本年を通じての経済予測(注)では、いずれも世界経済の減速を予想するものでした。

  (注)2019年世界経済予測
① WTO (4月2日発表) :2018年のモノの貿易量の伸び率は前年比3.0%と、前年17年の4.6%
から減速と。理由は米中貿易戦争などの影響で、アジアや欧州の輸出入が鈍くなっていることに
あると。加えて、英国のEU離脱を巡る混迷等リスク要因が多く、2019年の予測は2.6%とさら
にブレーキがかかると見通す。
   ② アジア開発銀行(ADB)(4月3日発表):2019年のアジア新興国(アジア太平洋州の45か国
・地域)のGDPは、対前年伸び率は5.7%と、前回発表の18年12月時点から0.1ポイント引き
下げ。この伸び率は2001年(4.9%) 以来の低さ。米中の貿易戦争や世界経済の減速見込みが
アジア新興国の成長を下押しするとみる。
③ IMF(4月9日発表):2019年の世界経済見通しは、1月時点で3.5%だったがそれを3.3%と
下降修正。この数字は金融危機後の景気回復が始まった2010年以降で最も低い水準となる。尚、
日本、米国、欧州など主要国・地域の予測もそろって下方修正し、世界は同時減速の懸念を滲ま
せる。米中貿易戦争で世界的にサプライチエーンが混乱し、英国のEU離脱も企業や投資家の心
理を下押ししている、という。
尚、本稿第2章BREXITで「合意なき離脱」なら英GDPは2021年時点で3.5%下振れすると分
析、EUも同0.5%押し下げられ、世界全体では同0.2%の下押し圧力になると指摘している。

これら予測のいずれもが共通して指摘するのが、長引く米中の貿易戦争、さらには米欧貿易摩擦の再燃等、その行方への不安、加えて英国の脱EU問題、つまりBREXITが如何なる様相を以って終結するのか、機能不全に陥っている英国メイ政権、更には世界経済への影響への懸念の深まりで、これらを以って世界景気の下降局面入りを語る処です。言いかえれば、こうした世界の生業が、世界のリスク要因として鮮明となってきたという事ですが、同時にこれらリスクに備えよと、示唆する処と言うものです。

・本稿のシナリオ
そこで今次論考は、この二つをテーマに2部構成とし、論述することとします。

第1部では、勝手気ままに振る舞うトランプ氏の行動事情について「強硬なトランピズム」と題し、具体的には目下の米中貿易協議の行方、そしていわゆる‘ロシア疑惑’の霧から抜け出たトランプ氏の2020年、次期大統領選を視野に入れた行動事情をレビューし、当該問題の可能性について検証します。

第2部では、未だ立ち往生にあるBREXIT問題を取り上げます。本題については先月号、弊論考で相応詳細論じていますが、今日現在、英国の離脱期限が当初の3月29日から10月31日までに延期が決定されたものの何事も決まらず、ただし、6月には離脱に向けた進捗状況を検証することが義務づけられていますが、さて、関係者の理解を得る離脱に向けた合意案ができるか、その見通しは実に不透明のままと云った処です。

そもそも離脱がこじれているのには、メイ首相の指導力不足にある処、その最大の問題は、自国の領土問題でもあるアイルランドとの国境線にあるのです。現状アイルランド島は南部のアイルランド共和国とイギリスの一部である北部の北アイルランドに分割されていて、往来は自由です。が、仮に離脱となれば両者の間には、厳格な国境管理(ハード・ボーダー)が復活することになり、これが後述のベルファスト合意に反することになる処、メイ首相は、北アイルランドだけをEU域内に一定期間残す「バックストップ」を提案したため、完全離脱派の反発を招いたというものです。加えて、メイ政権は2017年の総選挙で多数派を形成できず、島の英帰属を主張する北アイルランドの民主統一党と閣外協力を得ているという事情も加わる処、換言すれば、EU離脱問題はアイルランド問題でもあるのです。

もとよりその行方の如何は、英国のみならず世界経済全体の今後に係るだけに斯界の関心は高まる処、そこで先月号論考のフォローアップ方、改めて‘立ち往生するBREXIT’の実情、そしてその要因を深堀する形で検証する事とします。尚、BREXITに端を発し、今EUの新使命が云々されだしています。そこで併せて考察する事としたいと思います。


[ 第 1 部 強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方

(1)米中貿易協議と中国の事情

昨年12月1日、米トランプ大統領はブエノスアイレスでのG20サミットを機会に中国習近平主席と会談、米国が要求する対中貿易不均衡是正のための両国協議会を開くこととし、その際は、以下、合意されたことが伝えられています。

まず、① 米側が予定していた関税引き上げについては、2019年1月1日に2000億ドル相当の製品に対する関税を10%に維持し、今回は25%に引き上げない。② 両国間の貿易不均衡緩和のため、相当量の農業、エネルギー、工業製品及びその他の製品を米国から購入することとし、中国は直ちに米国の農家から農産物の購入を開始する。更に、③ 両首脳は即時に構造的な変化について交渉を始め、強制技術移転、知的財産、非関税障壁、サイバー攻撃、サービス産業や農業について議論することとし、両政府はこの話し合いを90日以内に完了するよう努力すること、とするものでした。(日経、2018/12/3)

そして、中国がその改善策について90日間で提示することを決め、1月にはワシントンで、2月、3月には北京で両国の閣僚協議が行われてきており、4月3日には貿易協議をワシントンで再開。4月中の首脳会談で決着をつける方向で議論が進んでいると伝えられていました。ただここに至って、トランプ氏は「合意を急ぐのではなく真のデイールにすることが必要」と主張し始め、4月中の決着にはこだわらない姿勢を見せ出しているのです。
これは近時のFRBの‘利上げ停止’で、市場が持ち直してきたこと, 4月5日米労働省が発表した3月の雇用統計では就業者数が市場の予測(17万人増)を上回る19万6千人であったこと等が、強気の交渉姿勢に繋がったとされる処ですが、何としても後述する「ロシア疑惑」という大きな政治危機を乗り越えたことのゆとりのなせる処ではと思料される処です。

加えて、中国側の国内事情の変化がトランプ氏に相応のゆとりを持たせていると云えそうです。つまり近時の国内経済の不振も有之で、譲歩の気配を感じさせる処、3月15日には2020年1月に外商投資法(注)を施行すると、まさに米国の意向を汲んだ新法の決議をしているのです。(4月5日、日経ビジネス電子版)

    (注)外商投資法の概要 (米国の意向をくんだ新法)
     ① 外資系企業に対する技術移転の強制を禁止する。
     ② ネガテイブリストの項目以外は内外企業を差別しない。
     ③ 外資系企業に影響が及ぶ法制度を新設する場合、事前の意見聴取を義務付ける、等。

そして、何よりも先の全人代(3月5日~15日)での党執行部の発言はそうした気配を強く感じさせる処でした。因みに、李克強首相は、米政府や議会を刺激している「中国製造2025」には言及せず、貿易摩擦の解消に注力する姿勢を強調していたことでした。それは米中首脳会談での合意を急ぎ、目先の苦境をしのぐのに腐心する演説に見えたとメデイアが指摘する処です。さらに、習近平主席の発言では「目前の状況にとらわれて短期的な強い刺激策を講じ、新たなリスク要因を生み出すことはできない」(注)としていたのですが、まさに、過剰な財政支出や金融緩和が構造調整を先送りし、それが中期的に中国経済を弱らせることを心配していることを示唆する処とメデイアは指摘するのです。(日経3月18日)

   (注)中国の景気対策:3月5日の全人代で、李首相は中国経済の減速傾向に照らし、2019年経済
    成長率の6%割れを避けることとし、大規模景気対策、2兆元(約33億円)規模の減税と社会保
険料下げの実施を表明しています。

かくして前述の通り、米中貿易協議は貿易拡大や技術移転の強要禁止などで歩み寄りつつある由ですが、制裁関税の撤廃時期や規模については未だ溝が残ったままにあり、4月中の米中首脳会談を以って最終決着を図るとするシナリオの実現は見通しがたい状況です。

偶々、米商務省が4月6日発表した2018年の貿易統計ではモノの赤字が前年比10.4%増の8,787億200万ドルとなり、06年以来12年ぶり過去最大を更新しています。この赤字の半分弱を占めるのが対中国貿易で、4,192億ドルと11.6%増で、2年連続で過去最大となっています。この2月の記者会見でトランプ氏は「関税で貿易赤字は減ってきている」と自身の通商政策の正当性を主張するが如くでしたが、現実は正反対。大統領在任2年間で同氏が重視するモノの貿易赤字は約1400億ドル膨らんでいるのです。とすると看板公約の不発で、彼は貿易相手国に赤字縮小を迫り続けることになるのではと危惧する処です。

(2)トランプ流‘封じ込め’戦略

ただ、仮に貿易協議で米中合意に至ったとしても、それはトランプ政権と中国指導部が目の前にさし迫った課題に対処しようとする事の他なく、米中を貿易戦争に陥れた構造的な問題は解決するどころか一層先鋭化の可能性を残す処ではと、懸念するのです。
その点で留意すべきは、米国での反中感情の根深さです。元をただせば、米国は2001年、中国のWTO加盟を認めた際は、既存の秩序入りで中国経済の自由化が進むとの期待があったものの、遅々としてそれが進まなかったことにあるのですが、America firstを標榜するトランプ政権の台頭で、殊、中国に対しては貿易不均衡を以って強く対峙する処ですが、要は、中国経済のプレゼンスの高まりが、米国の脅威になりつつあることを示唆する処です。そして、この文脈においてより問題とされることは、安全保障を巡って反中感情を強くしてきている点ではと、思料するのです。

つまり2017年12月にマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)が発表した国家安全保障戦略、および 2018年1月、マテイス国防長官(当時)が発表した国家防衛戦略において、中国を「修正主義者(revisionist)」、「戦略的競争相手(strategic competitor )」と断じていますが、米国の政策において「戦略的競争相手」は「封じ込め(containment)」の対象となることを意味する処です。つまり、1972年、ニクソン大統領(当時)が中国訪問時以来の「関与(engagement)」政策から、それは大きく舵を切ったという事ですが、この背景は軍事力における優位性に暗雲が生じたことにあるとされる処です。この1月起きた中国の通信機器メーカ、華為技術(フア-ウエイ)事件も、「米国の経済や安全保障に二重の脅威となっている」(FBI レイ長官、1月28日)とするものですが、まさに同じ文脈にある処です。

米国のこうした対中姿勢、つまりトランプ流‘封じ込め’戦略は、今後、政権が変わろうともしばらくは継続されるものと見られる処ですが、さて、米国と同盟関係にある日本は今、日中関係の合理的な発展を目指すとしており、こうしたトランプ政権との間合いが極めて重要となる処です。尤も実の処、対米摩擦にある中国としては日本の協力を得たい、つまり対日ニーズは中国の方が高いのではと思料するのです。

序でながら、米ハーバード大教授のJoseph S. Nye 氏は4月4日付、Project Syndicate 宛て論考「Does China have feet of clay?」(注)で中国が抱える今日的問題点を5つに絞って指摘しています。興味深く、そこでその概要を以下に紹介しておきましょう。

    (注)feet of clay:Bible (Daniel 2) の中で出てくる表現。つまりBabylonの王が見た像の姿が
頭は黄金で出来ていたが脚は粘土でできていたという事から、failing or weakness in person’s
characterとして使われる表現。

・[習近平中国の弱点 - Does China Have Feet of Clay by Prof. Joseph Nye]
中国経済は過去40年、順調な成果を上げてきた。その結果今では、今後10年間で米経済を凌駕すると一般的な通念としては見られており、確かにそうかもしれないが、習近平氏には5つのfeet of clayがあると指摘するのです。

その一つは、人口動態問題。中国の労働人口は2015年にピークに達し、しかもその人口の高齢化が進み、健康維持のコストが将来的に国家の大きな負担となるが、その備えがない。
二つ目は、中国の経済モデルの限界。1978年、Deng Xiaoping主導で中国経済を輸出主導に転換させ成功してきたが、今ではその行動様式は行き過ぎ、対外的な摩擦を生む処。米中摩擦然り、国営企業への政府支援、知的財産権問題、等、要は法律に即した対応の欠如。
三つ目は、共産党と国家の関係。司法と国民の移動問題でDeng Xiaopingの政治改革、党と国家の分離の政治改革が進められてきたが、その流れは今、逆流していること。
四つ目は、共産党強化への偏り。中国はこれまでの経済発展のおかげで、中間層市民が大勢をなす処、依然、共産党が中国を助ける存在として、共産党の強化に向かっていること。
五つ目は、中国のソフトパワーの欠落。つまり中国は多大の外国投資をしながら、人権問題等、いろいろな問題を引きずってきている点で、世界の評価は低い、と指摘するのです。

元より中国は偉大な力を秘める国だが、同時に上記のように大きな弱点を露わとしている。そこで、重要なことは米中関係をcooperative rivalry、つまり協調しうる競争相手となるように努力すべしと。そして、この先十年間というもの、中国を含め世界の如何なる国もあらゆる面で米国を凌駕することはないであろうし、米国もまた中国を含め、世界の国々といかに協力していくかを学ぶべきだが、国内の諸制度を含め、その点では依然、アメリカは比較優位にあるというのです。まさに彼の「ソフトパワー論」全開という処です。

第2章 2020年を目指すトランピリズム

(1)「ロシア疑惑」から解放(?)されたトランプ氏

さて、米中協議の行方については前述の通りで、4月中内の習近平氏との首脳会談を開き、
米中貿易問題については最終決着を図るとされていたシナリオは厳しい状況にある処、ここにきてトランプ氏が再びAmerica firstの行動に向かう状況が生まれてきています。
再びとは、先の中間選挙以降、上院と下院のねじれ現象の中、トランプ流政治がままならなくなり、まさにフラスト状況にあったトランプ氏ですが、ここに至って大きなわだかまりの一つとなっていた「ロシア疑惑」をめぐる捜査が一応の決着を見たことで、これが彼を勇気づける処となったというものです。

つまり2016年の大統領選を巡るトランプ氏とロシアの支援介入問題、つまり「ロシア疑惑」を捜査してきたモラー特別検察官は、ロシアの選挙介入を確認はしたものの、トランプ陣営との共謀は認定できる証拠は得られずとして、いうなればトランプ氏を不問に付すかたちで2年の捜査を終え、3月24日には、その結果がバー司法長官から議会に報告されていますが、これで「大統領の犯罪」と言う霧が晴れたという事で(決してトランプ氏は‘白’ということではない)、新たにトランプ氏に不利な事実が出てくればともかく、現状からは同氏の再選の見込みが高まってきたというものです。尤も民主・共和両党とも、モラー氏の捜査報告書は次期大統領選の結果を左右する最大の要素と見做す処です。

・トランプ氏を利する環境
早速に3月28日、トランプ氏は再選のカギを握るとされているミシガン州で演説し、ロシア疑惑の払拭や製造業の復活をアピールしています。早々にラストベルトを訪問したのは、前回の中間選挙で東部から中西部に広がる「ラストベルト」で軒並み支持率が下がり、危機感を募らせていたことの裏返しとされる処ですが、いま彼をめぐる環境は有利に動き出してきたと言えそうです。

つまり、前述、昨年末以来までの株安など市場の混乱も、FRBの利上げ路線の全面的な転換で落ち着きを戻してきた中、ロシア疑惑の「立証なし」が加わったこと、そして堅調な米経済と大量な情報発信で、米国民の間にトランプ氏の過激さへの「慣れ」が更に浸透してきた点も挙げられる処、まさにトランプ氏を利する環境が醸成される処です。America firstは世界の悩みと映る処ですが、米国民にとっては、おいしい話?なのでしょうか。経済や安保で追い上げる中国への厳しい姿勢にも特段の抵抗感もなく、勿論、積極的に支持はしないものの、他に選択肢がないといった状況と映る処です。

序でながら、WTOの紛争処理小委員会(パネル)は4月5日、輸出品の通過ルートを制限するのは不当としてウクライナがロシアを提訴していた問題で、ウクライナの主張を退けたのです。つまり安全保障上、正当な措置としてロシアの訴えを認めた格好で、WTOが安保を理由にした紛争案件で判断を下したのは今回が初めてのケースですが、これがトランプ政権にとって追い風となる可能性があるというものです。周知のとおり、トランプ政権は安保を理由に輸入制限を認める米通商拡大法232条を発動させ、鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課していますが、提訴国からの訴えを受け、18年にはパネルが設置され、目下審議中ですが、安保理由の通商制限の容認の可能性が出てきたという事ですが、これがトランプ政権に追い風となるものかと、聊か危惧される処です。

一方、昨年の中間選挙で下院の過半数を制した民主党の存在感が何としても陰りが見えるというものです。大統領選には民主から15名が名乗りを上げていますが、(日経 3月22日)
どの候補もso far決め手に欠き、この内にはバニー・サンダース氏やエリザベス・ウオーレン氏ら、急進的政策論者も含まれていますが、トランプ氏は彼らを「社会主義の党」というレッテルを貼って民主内の分断を図る状況です。尤も、民主が党としての候補を絞り込む予備選挙が始まるのが20年2月からで、正式に指名を受けるのが同年7月ですから、選挙戦は長丁場です。

(2)トランピリズムと地政学リスク

こうした環境を文脈として、まさにトランプ流ポピュリズムの再演が進むことでしょうから、多くの国が歓迎しない展開が想定される処ですが、それこそは新たな地政学リスクとなって迫ることが想定される処です。従ってトランプ氏再選の事態を見据え、それに備えておくべきは言うまでもない処です。具体的には、確実に起こりうるのは米欧関係の決定的冷却であり、多国間の連携や国際機関の弱体化と思料するのです。安全保障でもトランプ氏は米軍の日本や韓国への駐留の見直しなどにも動くかもしれません。

・米欧貿易摩擦
トランプ政権は、昨年、過去最大となった米国の対EU貿易赤字に不満を強め、これまで様々な手段で圧力をかけてきており、昨年7月の米EU首脳会談では自動車を除く工業品の関税撤廃交渉に入ることとしていますが、農産品を協議対象に含めたい米国と、工業品に限定したいEUとの間で意見が食い違ったまま、交渉入りが遅れているというものです。

かかる状況下、トランプ氏は4月9日、EUが欧州の航空機大手エアバスに不当な補助金を与えているとして110億ドル相当のEU製品に課税すると表明したのです。これに対して、EUは米政府の米ボーイングへの補助金が公正な競争の妨げになっていると反論し、米側が実際に関税をかければ、米工業製品や農産物など、およそ200億ドル相当に関税を課すとする対抗策を17日発表しています。要は米政権の強硬姿勢に動じない姿勢を見せる狙いだとも指摘される処、まさに米欧貿易摩擦の再燃とされる処です。

というのも、米欧貿易交渉最大の争点は農産品の扱いですが、これはEU内では一義的には農業大国フランスの問題であり、一方トランプ氏が脅しをかける欧州車への追加関税は具体的にはドイツの問題ということで、EU内の産業政策との絡みで、どのような帰結となるのか懸念されるというものです。 米中の貿易戦争が軟着陸に向かう様相にある中、今次のエアバス問題で米国の矛先がEUに向かうとなると世界的な関税合戦の鎮火は遠のくことになるのではと、懸念されるというものです。尚、通商問題だけでなく、イラン核合意問題(米政権は4月22日イラン重・原油の全面禁輸を発表)や華為技術(フアーウエイ)など中国製品の排除を巡っても米欧には溝があり、一段の対立は避けられなとみる処です。

・進むトランプ流人事
処でトランプ氏は4日、FRB理事に大統領選で経済顧問を務めた保守系、ヘリテージ財団のステイーブ・ムーア氏を指名したのに続き、ピザ・チェーン経営者、ハーマン・ケイン氏をもFRB理事に指名したのです。これが独立性も顧みず周辺を「トランプ色」の人事で染めようとする動きに他ありません。トランプ氏は2020年を前に、景気の減速を回避すべく0.5%の利下げを要求しているのですが、これに応えうる二人を指名したというものです。こうした政治の介入による人事で中央銀行の独立性への信頼を揺らがす処、金融市場にゆがみが広がるリスクが指摘される処です。4月7日には米国土安全保障のニールセン長官が移民対策不十分と解任されましたが、これでトランプ大統領の「負の遺産」がまた増えたと、米コロンビア大教授のJ.ステイグリッツ氏は憤る処です。尚、5日、世銀は新総裁にデービット・マルパス米財務次官の就任を発表。同氏も先の大統領選では経済顧問を務めた仁です。 


            [ 第2部 Standstill のBREXIT ]

第1章 BREXIT問題の真相

(1)アイルランド共和国と北アイルランド

― 先に英国のEUからの離脱問題とは、アイルランドとの国境線を巡る問題、つまりはアイルランド問題としましたが、ただ、アイルランド問題と云っても専門家はともかく、一般の日本人にとってはなかなか馴染みの薄いテーマです。そこでまず、「英国領の北アイルランド」と「アイルランド共和国」との関係について簡単に触れておきたいと思います。

12世紀、グレートブリテン(イングランド)はアイルランドを征服します。そして16世紀から本格的植民を始め、19世紀初頭に併合し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国を成立させています。その後、アイルランドは独立闘争を経て1914年にアイルランド自治領を実現させ、第一次世界大戦を経て、1937年、ようやく自由国となった経緯にありますが、その際、英国帰属を決定したのが北アイルランド6州でした。

現在アイルランド島は、南部のアイルランド共和国とイギリスの一部でもある北部の北アイルランドに分割されていていますが、英領北アイルランドとアイルランド共和国との間には約500キロに及ぶ陸続きの国境が存在しています。勿論、英国もアイルランドもEU加盟国ということで国境の往来は自由となっていますが、アイルランドと北アイルランド間では、30年に及んだ北アイルランド紛争の終結にあたって合意された和平合意「ベルファスト合意」(注)を以って両国間ボーダーの往来の自由が担保されているのです、

    (注)北アイルランド紛争とベルフアスト合意:
・北アイルランド紛争(1968~98):英国植民地にあったアイルランドは1937年に独立。一方、
英国に残った北アイルランドでは、英国からの分離とアイルランドへの併合を求める少数派の
カトリック系住民と、英国の統治を望む多数派のプロテスタント系住民が対立。60年代後半
に始まったテロなどで3000人以上の犠牲者を出す処、1998年にようやく包括和平合意(ベル
フアスト合意)が成立し、現在に至っている。
    ・ベルファスト合意(1998/4//10):「英国(北アイルランド)とアイルランド共和国の両者が共
     にEUのメンバーであり、両者の間にborderは存在せず、ヒト、モノ、カネの移動が自由」を
大前提に和平が成立。この結果、アイルランド共和国は国民投票で、同国憲法で宣言されてい
た北アイルランドの領有権を放棄する一方、北アイルランドではカトリック・プロテスタント
のpower sharingの形で自治政府が形成され、さらに北アイルランドの最終的帰属は将来実施
される住民投票で決ることが合意されている。

(2)立ち往生する BREXIT の実情
  
昨年11月、メイ首相とEUとの間で、離脱にあたっての条件を協定案として取りまとめられていますが、BREXITを巡って英国内で起きている ‘こじれ’とは、この協定案を巡ってのメイ政権と完全離脱派との対立です。勿論、前述、英属領を主張する北アイルランドの民主統一党の閣外協力を得て成立している政権事情も加わる処です。

・離脱協定案(バックストップ)と「ベルファスト合意」
さて、当該協定案では、経済活動への影響を考慮し、離脱後も20年末までは従来通り貿易や人の移動ができる移行期間を設けることとし、この期間で国境管理の方法を検討することとなっていました。尚、20年までの移行期間中に、北アイルランド問題が解決しない場合、英国は「北アイルランドを含む英国全土をEU関税同盟に残すバックストップ(Backstop:安全策)」をとるか、「移行期間を延長する」かの選択ができるとし、その際は英・EUの共同委員会で判断するとされるものでした。

しかし、英国議会ではこの ‘英国全土をEUの関税同盟に残す’ という案が示されたのですが、それでは離脱とはならないと、協定案を賛成202対432票で否決(1月15日)。そこで次善の策としてメイ首相は、‘北アイルランドだけをEU関税域内に一定期間残す’ とする「バックストップ」(安全策)を提示したのですが、これも完全離脱派の強烈な反発を受け、賛成242対391で否決(3月12日)。更に3月29日、再度EUの合意を得たという修正案も(採決の対象は離脱協定案), 賛成266対344で否決されたのです。
係る事情からメイ首相はEUに離脱日の延期を要請、その要請を受けたEUは、3月29日の離脱日を10月31日まで延期することを認め、ただし中間の6月に作業の進捗につき報告することを条件付けしています。これは「移行期間を延長する」選択肢の実行ということでしょうが、「合意なき離脱」の回避を最優先したEUが譲歩した結果と思料される処です。ただ英議会が離脱案でまとまる兆しはなく、まさに成算なき仕切り直しの状況です。

そもそも2016年の国民投票の結果、2017年3月、英国はEUに離脱を通告しています。そして、難航が予想されるEUとの離脱交渉には強力な指導力が必要と判断したメイ氏は、6月に総選挙に、打って出たのですが、結果は過半数割れ。上記の通り少数政党の閣外協力で政権は維持されていますが、メイ氏の求心力低下は言うまでもない処です。

元々、離脱強硬派の多くが求めるのは、EUという関税同盟に入ることで、失われた英国の関税自主権の回復を図る、とするものです。しかし、英国がEUから離脱するとなると、EU加盟国アイルランドと北アイルランドの間に厳格な国境管理(ハード・ボーダー)の復活が不可避となるのですが、そうなると北アイルランド紛争の和平合意(ベルファスト合意)(上記注)との整合性が問題となる処です。つまり「ベルフアスト合意」の大前提が失われることになり、ベルファスト協定そのものが形骸化し、多数の犠牲者を出したカトリックとプロテスタントの抗争再発が懸念されるというものです。
要は、EU離脱に係る問題とは、実践的には、一つには「合意なき離脱」の回避のためと英・EUと合意した離脱「協定案」を巡る英議会での対立、もう一つは強硬離脱派が主張する完全離脱と、それに伴う国境管理復活の問題、そしてこれと「ベルフアスト合意」内容との整合問題と、まさに3元連立方程式の解を求めるというもので、極めて面倒な作業ではあるのですが、では一体メイ政権はこの2年余、何をやってきたのかと批判の集まる処です。

因みに、英国政治の機能不全をさらすこのメイ政権の現実に批判は募るばかりで、The Economist、Mar.30 は巻頭言で今の英国をThe Silly Isles (愚かな島)と評し、正体不明の路上芸術家、バイクシーが写真投稿サイトに投稿した「退化した議会」と題する絵画は、日本のTVでも紹介されましたが、それは議会と思われる場所で、無数のチンパンジーが議論する様子を描く、まさにメイ政権を痛烈に風刺するものでした。

・‘こじれ‘ 打開の見通しは・・・
ただ、北アイルランドの帰属問題は、和平合意後の経済成長によって表面化してはいませんが、親アイルランド派のカトリック系住民と親英派のプロテスタント系住民との間のわだかまりは依然残る処です。また現時点では離脱強硬派から、厳格な国境管理を避ける政府方針に大きな異論は出ていないようですが、何らかの管理をしなければ強硬派が求める形での離脱は事実上不可能と思料されるのです。
環境は2年前と異なり、一般市民も事の重要性への理解も深まってきていると、国民投票再実施を云々する声も伝わる処、その為には有権者に示す選択肢が用意できるかですが、今の政府にはもはや期待できず、まして現時点では議会で十分な支持を得られてはいません。もはや機能喪失のメイ政権下でありうるとすれば、消耗戦の果てにEUが受け入れる与野党合意がとにかくできる、そういった状況を待つほかないのではと、愚考するばかりです。

第2章 離脱にゆれる英国の今後、そしてEUは

(1) メイ首相後の後継事情

今次BREXITを巡る混乱の責任をとって、メイ首相の早晩退任が見通される処ですが、では次の首相はWho? です。巷間、話題に上るのが次期保守党党首の本命とされるボリス・ジョンソン氏と労働党率いるジェレミー・コービン党首の名ですが、彼らが政権を取った場合、英国を劇的に異なる方向へ導く可能性が高いと噂さされています。と云うのも、メイ氏は気候変動やイラン、イスラエル、貿易などを巡る問題ではEUと歩調を合わせ米国と対峙してきていますが、彼らには、トランプ米政権と相当緊密に連携していく、危うさが云々される処、因みにFinancial Times紙コメンテータのGideon Rachman氏は、同紙4月9日付で、‘Unpredictable Britain ? ‘ と題し、この二人の政治姿勢について以下語る処です。

まずジョンソン氏が政権を取った場合: 間違いなく米国側につくだろうと。と云うのもトランプ氏率いる米現政権は、EUに対して史上初めて敵対的な姿勢を取った政権であり、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の書いた文章を読めば同氏がEUに対して、いかに敵意と侮蔑の念を抱いているか容易に理解できるとし、ボルトン氏をはじめとするトランプ政権幹部がno-deal Brexit(合意なき離脱)を後押ししているのもこの為だと。
次に、コービン氏の場合:、英国はワシントンよりもむしろモスクワに目を向けるかもしれないと。つまり彼は、そのキャリアーを通して、ロシアやキューバ、ベネズエラといったロシアの同盟国に共感を抱いてきていること、そして長年NATOを批判してきた仁だけにコービン流外交政策のもとでは、西側の安全保障体制から英国が撤退するほか、制裁を解除してロシアとの関係正常化に動く可能性をも指摘するのです。

ただし、これらシナリオは極めて暗い。それだけに、EUとリベラル派の英国人に、離脱期限の長期延長を求めるよう促すはずだ(既に10月末まで延期が決定)とし、これが英国とEU 諸国との緊密な関係を維持する可能性が最も高い戦略だとも指摘するのでした。

もとより、今後の行方は分かりません。が、今日に至る英国発展の生業に照らすとき、「BREXITで世界に開かれた英国になる」という離脱派の弁は、とても理解し難く、仮に離脱ともなるとEU残留を目指すスコットランドが独立するなど、連合王国の一体性が揺らぎ、イングランドとウエールズだけになれば国際社会での存在感や重要性が各段に落ちること避け難く、結果、英国という国の衰退さえ覚えるほどに忌まわしさを禁じ得ないのです。

尚、EUにとって英国が抜けても経済面で言えばEU内には競争力のある産業が残るため、米中など巨大市場を持つ国との交渉力は落ちることはないでしょう。ただ安全保障の面では、英国とEUの分離は、地域の弱体化につながりかねず、経済関係の如何はともかく、軍事や秘密情報の分野では最重要国の一つである英国とは不可分にある処です。その点ではEUは安全保障面では英国との緊密な関係の維持が課題ではと思料する処です。

(2)EUの今後 -The era of a `Europe that protects’

処で、これまでBREXITということで英国ばかりに注目の集まる処ですが、この際,見逃せないのが、英国のEU離脱問題をきっかけとして、EUの存続を脅かす思想を市民に持たせまいとの認識が広まってきたと伝えられています。つまり「主権を脅かすリスクから欧州とその市民を守る」という方向に政策を転じつつあると云う事です。本論考でも、マクロン仏大統領が先に提案した‘新ヨーロパの創造’を機に、これまでも同様論じてきていますが、4月13日付The Economistはコラム「The era of a `Europe that protects’ is dawning 」でEUとして市民を守るという新しい方向感覚が生まれてきていると指摘する処です。

この発想の中心にあるのは「守りの欧州」という考え方ですが、実際それが具体的に何を意味するのか、果たしてEUにそれが実践できるのか、そもそもそれは望ましいことなのか、議論は必要ですが、EUはその歴史上はじめて、共通の目的や意識を持って結集し始めたと評価するのです。もとより、これが過度な保護主義に偏りすぎると市場開放という繁栄の基盤が失われることになるだけに、この5月予定の欧州議会選挙も含め、今後の動きを注意深く見届けていくことが必須と思料する次第です。


おわりに 「Beautiful Harmony」

4月12日、東京大学の入学式で上野千鶴子名誉教授が行った祝辞が今、話題となっています。最難関とされる東大入試に合格した能力の高さ、その努力を評価したうえで、新入生に向かって次のように語ったのです。「皆さんの努力をサポートしてくれた環境に感謝すること。同時に、その頑張り、恵まれた環境、そして能力を、自分が勝ち抜くためだけに使わないでほしい。恵まれない人たちを貶めるためにではなく、そういった人々を助けるために使ってほしい。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きていってほしい」と。要は「利己の目的ばかりを追うのでなく、ほかのだれかの幸せを考え支えあっていくべきだ」という、人間としてまっとうなメセージですが、今、改めて共感を呼ぶ処です。日本はこの5月から新元号「令和」を戴く新たな時代に向け歩み出します。外務省によると「令和」の公式英訳は「Beautiful Harmony =美しい調和」だそうです。上野氏のメッセージは、まさにこの美しい調和への一つの方向を具体的に示したものと思いを深くする処です。

処で、今回、英国のEU離脱問題をレビューする過程で痛く自覚させられたことは、国民国家は中心から発展し、その周辺地域を支配していく。そしてその境界線が国境となるが、国家の周縁では常に中心とは異なる文化が発展し、それが時間を超えて政治的摩擦となる、ということでした。こうした構図は、スペイン・カタルーニヤ独立など、多くの国でみられる処ですが、さて沖縄の基地問題を見るとき、日本にとっても中心と周縁の関係は他人ごとではないということです。
現在の英国の混迷が示しているのは、周縁の問題を解決できない中央政治は必ず歴史から逆襲されるという方程式だ(北大教授吉田徹氏)と指摘される処ですが、基地反対が多数となった沖縄の住民投票の結果を、中央はどの様に受け止めているのか、4月21日の沖縄3区補欠選挙でも、名護市辺野古移転反対のジャーナリスト、屋良朝博氏が、自公推薦の元沖縄担当相、島尻安伊子氏を破っての当選でした。さて、離脱にゆれる英国から学べることは少なくないはずではと思うばかりです。(2019/4/26 記)
posted by 林川眞善 at 12:26| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年03月27日

2019年4月号  混迷深める英国メイ政治とBREXIT、そして統合欧州再生を叫ぶ仏マクロン大統領 - 林川眞善

目  次

はじめに  ホンダの「脱英国」宣言と、BREXITの行方                                      

(1)ホンダの「脱英国」宣言
  ・サッチャー・レガシー
(2)BREXIT問題、迷走するメイ政権
  ・決められないメイ政治が映すこと
  ・本稿のシナリオ

第1章  なぜ英国は「EU離脱」に向かったか
 
1. 英国が「脱EU」に動いた背景

(1)2016年の英国民投票
  ・国民投票向けのキャンペーンと投票結果
(2)欧州統合プロジェクトと英国の方向

2. サッチャーリズムの光と陰
― The road from Thatcherism  

(1)サッチャーのネオリベラリズム政治
  ・サッチャー政権(在任:1979~1990)
  ・サッチャーの政策アドバイザー
  ・TINA:サッチャーの行動様式
  ・サッチャー金融規制緩和の帰結
(2)Thatcherism Global Legacy
・サッチャーリズムの光と陰
  ・Neo-democracy 革命の対抗

第2章 統合ヨーロッパ再生

1.独仏新友好条約―アーヘン条約

2.マクロン仏大統領の「統合欧州再生論」
  -Renewing Europe
・マクロン宣言vs The Economist,Mar.9th

おわりに 景気の転換点で考える  
              
 ・今、経済指標が語ること
 ・実感伴わぬ景気拡大
 ・生産函数で考える


          ------------------------------------------------------------
 





はじめに  ホンダの「脱英国」宣言と、BREXITの行方

(1)ホンダの「脱英国」宣言

2月19日、ホンダは2021年中に欧州唯一の四輪車の生産拠点である英スウインドン工場(1985年設立)での生産を終了すると発表しました。ホンダの2018年の欧州販売台数は約14万台。米国や中国の1割程度、全体で3%にとどまる状況で、欧州域内のシェアーは1%未満、収益も低迷にあり、生産体制の見直しが不可避とされていました。

周知の通りデイーゼル車が中心だった欧州の業界では、電動化や自動運転などの対応が急務で、研究開発も含む環境にある処、中堅規模のホンダにとっては、まだコストの高い電動車を現地生産するには非効率という事もこれありで、そこで次世代の競争軸、電動化時代を見据え、世界規模で生産再編を図り、生き残ろうというものと思料するのです。

都内本社でホンダの英国生産からの撤退決定を公表したその日、記者会見で八郷隆弘社長は今次の決定はBREXIT問題とは関係なく、ホンダ固有の事情によるものと、「配慮」を示していましたが、そうは額面通りには受け止め難いもののある処でした。

つまり、英政府とEUとの間に合意がないままに、離脱するとなると、英国製のホンダ製品が欧州に輸出されるとなると関税が課せられ、その分競争力を失う事になるのですが、2月1日からスタートした日本EU経済連携協定(EPA)に従えばそのリスクは消えるため、ホンダのreshoringとして極めて合理的意思決定ということと云える処です。つまりBREXITに備えた戦略に他ならないと云うものでしょう。

今次のホンダの決定で、直接的には同工場に働く従業員3,500人は失職することになるのでしょうが加えて、部品を治めるサプライヤーも英国内の生産拠点の閉鎖や他の販路開拓が迫られえる状況がと、その連鎖が報じられる処です。
そもそも、英国のEU離脱を主張していたのは地方の有権者だったわけで、地方で工場の閉鎖などが相次ぎ雇用が失われる皮肉な結果を生む処とですが、彼らには、そこまで思いは及ばなかったという事なのでしょう。既に、EU離脱を前にして日産が英工場で予定していた主力車の生産計画を撤回したほか、外国企業の間では拠点を英国から欧州大陸に移す動きが相次いで起こってきていること周知の処です。果たせるかなトヨタも3月6日、英国の欧州離脱が「合意なき離脱」の場合、2023年以降に英国の生産から撤退する可能性を明らかとしたのです。

メイ英首相は、ホンダに対して失望の念を表明したという事の由ですが、失望するのはむしろメイ政権の迷走です。2月20日付、Financial Times社説で、`Honda sounds a further Brexit warning to Britain ‘として、ホンダの決定は英国にとって、BREXITへの更なる警鐘をならすもので、英国のEU離脱は無責任な行為と激しく批判を向けていたのです。そして、翌2月21日付けFinancial Timesでは同紙コメンテーターのJohn Gapper氏は ‘ Brexit betrays Thatcher’s car industry legacy ’と題して、BREXITはサッチャー元首相が残した英国自動車産業の再興という功績に背を向けるもので、ホンダの決定こそは日本の自動車会社の存在感の大きさに気が付かせたようだが、それはもう手遅れとなったと語る処です。そこで序でながら、同氏のコメント(概要)を紹介しておきたいと思います。

― 「1980年代、EU単一市場へのアクセスのしやすさを掲げ日本企業を誘致した故サッチャー元首相なら、どう思っただろうかと、言葉はややさみしく響く処です。そして前述、ほんだの八郷社長が記者会見で、この決定は英国のEU離脱とは関係ないと「配慮」を見せたがスウインドン工場は1993年の単一市場発足の直前に操業を始めたが、「離脱」まで6週間を切る中での発表が何を物語るかは明らかだ、というのです。そして、外国企業の力で自国自動車産業を復活したのに、それが無に帰すのは悲劇をスローモーションで見る様だ」と.。そして、
―「日本の自動車各社は英国が欧州事業の安定拠点になると信じてサッチャー元首相の政策を強力に後押しし、英自動車産業を生き返らせた。その結果、業界全体で17年には生産台数が170万台、エンジンは270万基に達し、直接・間接の雇用者は85万人となったと、云うのです。そして、この恩恵を受けたのがスウインドンだったが、国民投票では離脱支持が54.7%と過半数を占めていたが、住民は経済の構造転換に成功したこの地をホンダが離れるなど夢にも思わなかったのだろうと彼らの行動にがっかりするのでした。そしてスウイドンだけでなく自動車産業で働く多くの英国人が離脱派に丸め込まれて投票し、自らの首を絞める結果になったのはなんと残酷な話ではと、まさに cruelest aspect だ」と締めるのでしたが、国民投票という民主主義の現実を改めて感じさせられる処です。

(2)BREXIT問題、迷走するメイ政権

では、数日と迫ったBrexitの行方は? 英国のEU離脱案に対する英議会下院での審議状況は以下(注)の次第で、とにかく「合意なき離脱」は回避する事が確認され、3月29日の離脱期限については、メイ首相はEU離脱に係るEU基本条約(リスボン条約)第50条に照らし、6月末までの延期は許されるとして、EU側に離脱期限を3月29日から6月末に延期するよう要請。20日、その旨を英議会下院の党首討論で、明らかにしたのです。尚、EUと先に合意した離脱案を前提に6月末までの短期延期を、この間に離脱案の批准に必要な関連法の整備を進めんとしていると伝えられていました。
 
(注)英議会下院での審議の推移
・3月12日、英議会下院は、メイ首相がその前夜、EUのユンケル委員長との間で纏め上げた離脱案
を反対多数で再び否決。1月に続く離脱案の否決で予定通り3月末の円滑離脱は極めて困難に。
・3月13日、英議会は「合意なき離脱」に反対する動議を賛成多数で可決。
・3月14日、議会は29日に迫ったEUからの離脱を延期する政府動議を可決
  ・3月20日、メイ首相はEUに、離脱延期を要請(英議会下院での党首討論席上、明言)

然し、21~22日に開かれたEU首脳会議(除く英国)では、英国の要請を却下。代えて離脱タイミングについて「英とEUが纏めた離脱合意案を英議会が(来週中にも)可決すれば、(5月23~26 日、欧州議会選の予定があり)5月22日まで延期して離脱を実行させる。可決できなければ(英国が欧州議会に参加するか決める要ありで、EUとしては)4月12日まで延期し、その後の方針を示すよう英国に求める」ものでした。 決められない政治を続ける英国に対し、方向性を明示するよう迫ったものと言えます。 つまり、離脱期限が迫っても国内の合意形成ができないままの英国に、EU首脳らは態度を硬化させているという処でしょうか。実は、首脳会議直前の19日には英国を除く27加盟国の外相らによる総務理事会を開き、英離脱への対応を協議しており、バルニエ首席交渉官は英国に、離脱時期の延期をもとめるならば、21日の首脳会議前に具体的な計画を示すよう要求したと、報じられていたのです。

メイ首相はEU首脳会議での決定に対して「EUと合意した離脱案を国民に届けることに全力を注入する」と語っていましたが、英議会で過去2回否決された離脱案が3月末までに可決される保証はなく、とりわけ離脱案では英領北アイルランドとEU側との国境管理の問題を詰め切れず、EU離脱後に決着をはかる先送りの内容にしたことなど、問題含みのままにあるのです。

・決められないメイ政治が映すこと
一つには、与野党両党首の変心が、そうした結果を生んでいるという事です。つまり、これまでメイ首相は、EUとの合意の有無にかかわらず、英国は3月29日に離脱を決行すると云ってきましたが、2月26日、同首相は議会に対して離脱期限の延長を要求することを認める旨を明言。一方、EU離脱の是非を問う国民投票の再実施を支持すべきとする党内の声をこれまで退けてきた労働党のジュレミー・コービン党首は方針を変え、労働党は国民投票を支持すると明言したのです。こうした離脱方針の180度転換が示唆することは、両党首の政党内での求心力の低下であり、その結果として英政治の求心力が低下してきたことが挙げられると云うものです。

もう一つは英国のこれまでの政治の生業がそうさせてきたと云うものでしょう。そもそも、英国では階級社会が底流にあり、労働党や野党の左派より保守系のメイ政権がましだと、する空気が強いと言われています。以って弱いメイ氏が政権を維持できるという事でしょうが、議会を纏める力に欠けるとされる処、EUと折衝を繰り返していけば何らかの譲歩が得られるとしていたのでしょうが、EUとの力関係はとっくに逆転しているのです。時代錯誤の発想に捉われ、時間を空費する、世界のグローバル化を牽引してきた英国が今や、日本企業からも目を覚ませと言われる始末。現実を無視したナショナリズムに浸り、何時までも決断を避けるなら英国の没落に拍車がかかる事になるのではと、危機感すら高まる処です。

さて4月12日までにどんな展開が予想されるものか。まさにWhatever next? (The Economist, Mar.16) と云う処です。

・本稿のシナリオ
BREXITの行方は従って、まだまだ何とも言えませんが、英国民はどうしてEU離脱をきめたのか、そしてどういった国のかたちを求めたのか、そもそも、そうした哲学を示す事のないままに、政治行動が進められてきたことが問題ではと思料するのです。BREXITの結論が出るまでには未だ時間がありましょう。そこで本稿では改めて、英国のEUからの離脱を決めた事情、その原点をレビューし、BREXITの行方を考えることとしたいと思います。 

尚、前述したようにBREXITはサッチャー元首相が英国に残した遺産を無にするものとの批判の噴出する処、今日の英国の生業は、とにかくサッチャーイズムの延長線上に置かれてきたと云うものです。偶々米論壇Project Syndicateに寄稿されたPola Subacchi氏, Senior fellow at Chatham House and Professor at Queen Mary University of Londonの2月15日付論考`The Road From Thatcherism’は、改めてサッチャーリズムの光と陰を語るものでした。そこでBREXITの結論が出る迄の時間、当該論考をベースに、サッチャーリズムを再レビューしておきたいと思います。

加えて同論壇には、3月4日付でEmmanuel Macron仏大統領による論考「Renewing Europe(欧州再興)」が寄せられています。それはGlobal powers がfair competitionの原則を愚弄する中、我々は黙ってはいられないと彼は、new revolutionary era of government interventionを宣言するのでしたが、それは今年1月、独仏両国が締結した独仏新条約、つまり「アーヘン条約」を文脈とする処と思料するのです。元よりマクロン氏が語る新改革については相応の論議を呼ぶ処です。そしてその姿こそは、混迷の欧州を映す処、この際はその概要を検証し、欧州の行方を考えてみたいと思います。



           第1章 なぜ英国は「EU離脱」に向かったか

1.英国が「脱EU」に動いた背景

(1)2016年の英国民投票

2016 年6月 23日、英国は国民投票を実施、その結果、EUからの離脱を決めました。投票結果は、離脱支持51.89%、残留支持48.11%と云う僅差でした。オバマ米大統領ら各国の指導者が残留を求め、IMFや世銀が離脱した場合の多大な経済的損失を警告する中での選択でした。当時、世界の目には、英国のEU離脱は政治的、経済的合理性を無視した「崖から飛び降りる行為」と映るものでした。

自らはEU支持者であったキャメロン英首相(当時)が国民投票を約束したのは2013年1月の事でした。当時、リーマンショックに連鎖して起きた欧州債務・ユーロ危機とEU域内からの移民急増のダブルパンチで、英国内の反大陸感情に火がついていた時でした。
議会では与党・保守党の欧州懐疑派がEU離脱を持ち出す一方、右翼政党「英国独立党(UKIP)が、やはりEU離脱と反移民を掲げ、統制を」拡大して保守党の支持基盤を侵食し始めていました。危機感を強めたキャメロン首相はそこでEU離脱の是非を問う国民投票を打ち出したのです。要は、欧州感情のガス抜きをはかり、保守党内の欧州懐疑論とポピュリズムの増殖の芽を摘む狙いがあったとされています。

キャメロン首相が国民投票を約した2013年以降、上述したように欧州は新たに二つの大きな危機に見舞われていました。2015年、シリアなどから100万人もの難民が欧州に押し寄せたみぞうの難民危機と、2015年11月のパリ同時多発テロなど、過激組織「イスラム国」の影響を受けたホームグローン・テロリストによる大規模テロの続発でした。一連の出来事は、EUが「開かれた国境」と云う理想を掲げながらも、統治能力、危機対処能力の欠如を白日の下に曝け出す処となったのです。事態は欧州各国で反EU・移民のポピュリスト政党の台頭に拍車をかけ、英国でもEU懐疑論を強めて行ったのです。

EU支持のキャメロン首相とて、EUの現状を肯定していた訳でなく、2016年には「EU改革」に向けた交渉を纏め、EUは規制緩和へ努力する等の譲歩案を引き出し、この譲歩案を御旗に党内結束を図り、国民の支持を売ることを習っていたのです。然し、譲歩案への評価は、実態何も変わらないなどと、芳しくなく、結果的に、保守党の下院議員330人の内ボリス・ジヨンソンロンドン市長(当時、下院議員を兼務)ら150人近くが離脱派に回り、その中には閣僚6人が含まれていたのです。離脱派の勢いはキャメロン氏の予想を超えるものとなっていたのです。

・国民投票向けキャンペーンと投票結果
キャメロン首相率いる残留派は主にEUの共通市場を失う事の「経済的損失」を訴える一方、ジョンソン市長、マイケル・ゴープ司法相(当時)らが率いる離脱派は「移民問題の悪影響」を強調、主権とEUへの拠出金(約85億ポンド)を取り戻すとアピールしたのです。
残留派支援のIMFやOECD等はマクロ経済的試算に基づく「巨大な損失」を公表したのです。OECDは「英国の2020年GDPは3.3%減少する」、IMFは「離脱の世界経済に与えるダメージ」を主張、等々でした。然しエスタブリッシュメント(支配層)側から出されるこうした警告は一部で「脅し戦略」と受け止められ、逆効果となったと云われています。

一方で、移民問題にフォーカスした離脱派のキャンペーンには、欧州難民危機やイスラム系移民の2、3世の若者によるパリやブルッセルでの大規模テロが追い風となっていったのです。 なお、国民の不安を煽る離脱派のキャンペーンに対して、キャメロン首相は、EU加盟を継続しながら移民問題にどう対処するのか具体的な対策を示すことが出来なかったことが、離脱派に塩を送る処となったというものです。

国民投票の結果は冒頭のように離脱派が僅少差で勝利したのですが、その内訳をみると、若年層は残留支持が、高齢者には離脱派が多かったこと、地域的にはイングランドで離脱支持が、スコットランドでは残留支持が多数を占め、イングランドでは首都ロンドンで残留支持が、北東部の工業地域など地方では離脱支持が優勢だったという事で、そこで国民投票は、地方的ナショナリズムと、都市的リベラリズムの対立と総括される処、いずれにせよ離脱の結果が出た最大の要因が、欧州移民急増に対する国民の不安にあったというものでしょう。が、ことの本質は、英国が門戸を開きながら移民を単なる労働力とみなし、決して歓迎することなく、一方で「国民の不満の声を放置してきたこと」こそが問題の本質ではと思料されるのです。この点は、目下安倍政権では外国労働者の移入をと旗を揚げていますが、英国のその姿は、対岸の火事ではありえない所です。

今次のBREXITを巡る英国民投票が発した警告の一つが、なんとしてもグローバル化が齎すさまざまな危機に対応するうえで、まず優先すべきはパーセプションギャップをしっかり把握する事の必要性ではと思料する処です。

(2)欧州統合プロジェクトと英国の方向性
統合プロジェクトは本来、二度と戦争を繰り返さないという不戦の理念から生まれた政治的所産です。その根幹にあるのは「主権国家は諸問題の解決に失敗した」という反省でした。ただ1973年にECに途中参加した英国にとって、統合は経済的なメリットを得るためのプロジェクトでしかなかったというものですし、従って英国は、欧州統合の二大偉業とされる単一通貨ユーロにも、国境審査を廃止するシェンゲン協定にも参加せず、特別な地位を享受してきたと言うものです。 

先のEU首脳会議では英国に対し、離脱合意を確実とするために、今後の「方向性」を明示するよう要請しています。その際は、上述国民投票の背景にある問題を踏んまえながら英国としてEUとの新たな関係をどう構築していくか、を示していく事となるのでしょうが、前述したように、旧来の思考様式にとらわれない、グローバル化する世界における国家主権、対外関係の在り方に、一つのモデルを示せるような方向を期待したいと思います。勿論、筆者の思いとしては、離脱への路線修正もためらうことなくと、付け加えたい処です。

2.サッチャーリズムの光と陰
―The road from Thatcherism

― 前述した通りロンドンChatham HouseフェローのPaola Subacchi 教授は今日の英国経済の生業
を規定してきたサッチャーリズムの足跡を追う事で、今後の経済のあり方、Post BREXITを考えていく上で有為な論考と思料するのです。そこで、多少長くなりますが、その内容(要約)を下記します。

(1) サッチャーのネオリベラリズム政治

・サッチャー政権(在任:1979~1990)
1979年5月、その4年前に保守党党首となったMargaret Thatcherは英国初の女性宰相に就いた。当初は男性議員からの嫌がらせを受けていたものの、サッチャー首相は史上最も影響力を持った、政治論争一杯のリーダーとされる政治家であり、その政策は、国家の果たす役割を抑え、市場の拡大強化を進め、つまりはレッセフェール、自由主義を大原則とするもので、まさに新時代の幕を切ったと指摘される処でした。
尚、米国では、短期間ながら、同じようなアプローチを以ってレーガン政権が登壇、サッチャーリズム同様、レーガニズムと称され、まさに市場原理主義を掲げるサッチャー、レーガン主義が深く根ざす形で、先進国、途上国に広く浸透していったのです。

サッチャーが首相に就任した当時、英国は国内的には分断された状況にあり、経済は停滞したまま、当時、英国はSick Man of Europe (欧州の病める人)と呼ばれる存在だったのです。
1970年代中盤、英国はEuropean Economic Community (EEC:欧州経済共同体、EUの前身)に加盟すべきか否かの論争が起こり1974年には、これが英国議会を揺さぶる処、労働党政権は窮地に追い詰められ、1976年には英ポンドは対ドルで25%も減価、政府はこの結果、IMFから23億ポンド(39億ドル)の借り入れを余儀なくされて行ったのです。

このエピソードは、英国経済の有能な管理人とされてきた労働党の信用をいたく傷つける処、その後の政権は2桁インフレの抑制とcap wage (賃上げ上限) 英労働組合との対立構図を敷く処となっていったのです。1978年、不満一杯で迎えた冬場には、公共セクターの労働争議が国家を追い詰めるほどに蔓延し、既に有権者は体制の変更を受容する用意ありで、サッチャーは簡にして要を得たLabor isn’t workingの言を以ってその機会を窺う処だったのです。

・サッチャーの政策アドバイザー
さて、サッチャーは政権入りするや新保守主義政策を目指し、英国のInstitute of Economic Affairs (IEA)や米国のヘリテージ・フアンデーションといったpro-market think tank(市場主義シンクタンク)の力を借りながら政策の構築を進めていった。そして、彼女は社会主義をliberty(自由主義)の脅威と考える保守主義エコノミストや政治哲学者から成るチームを編成する一方、彼女のアドバイザーには、労働組合のそれまでの特権構造の改革が必要と、その前線に立つ政策推進者やジャーナリストが配された。加えて重要なことは、彼女はハイエクやミルトン・フリードマンに強く影響を受けていたIEA Economistに大きく依存していた事だった。彼らを強く結びつけていたのが、政府による規制介入の排除や、cronyism(談合的仲間意識)、rent seeking (利益誘導型政策)の排除であり、それこそは国家のリスクと位置付けるものだったと、いうのです。

・TINA:サッチャーの行動様式
サッチャーは、変化の激しい環境と対峙するためにとnew -conservative agenda ―当時の英国の課題として、インフレの抑制、雇用の拡大、そして経済の再生、を発表します。1982年、米国のジャーナリスト、Charles Peters はそれを` A Neo-Liberal’s Manifesto’と評していますが、要は、英国の `indifference to performance’ 政策行動への無関心さが、産業も政府をも、蝕んでいったと指摘するのでしたが、そこでサッチャーは、あの有名な言葉TINA(There is no alternative:もうやるきゃない)を以って改革への行動に出たのです。

英経済再生へのソルーションは、社会福祉厚生費の削減、労働組合の力の削減、賃金の抑制、政府企業の民営化、そして減税の実施でした。まず1979年には、50社以上の公共企業を売却、それには当時、経営難にあったBritish AirwaysやBritish Petroleum ,British Gas, and British Telecommunication 等、英国にとっては象徴的企業が売りに出され、1989年までには、民営化が進められた結果240億ポンド(490億ドル)が政府に入った由でしたが、その資金は教育や国の建設プロジェクトに回すことなく、彼女は減税分に引き当てのです。高所得者は、当時、それまで税金は83%を余儀なくされていましたが、1980年代には税負担は40%までに引き下げられています

それ以降、効率的市場と云うパラダイムが西欧におけるあらゆる経済政策論議を支配する処となり、因みに英国ではマーケット主導な政策と財政の透明化が、言うなれば政治におけるde rigueur(経典)になっていったと言うのです。因みに英国では、労働党のトニー・ブレアー首相が金融規制緩和を進め、米国では民主党のビル・クリントン大統領がウオール街の規制緩和を進める一方、社会保障費の削減を進めていっています。

然し、neoliberal revolution、新自由主義革命は、何時しか英国経済に齎した強力な成長に影を落とす処、1980~1989年では、年率平均成長率は2.6%、ちょうど1970~1979年のそれと同じ様相となったのですが、この間の両者の違いは産業構造の変化でした。つまり1948年、英国のGDPの42%は製造部門に負うもので、15%がサービス部門でしたが、これが今ではGDPの79%がサービス部門、製造部門は15%に減少。そして1978年と2008年の比較では、製造部門で400万件のジョッブが消え、この非工業化ともいうべき変化は特に英国の北部で進んだが、それこそは産業革命発祥の地域だと言うのでした。

勿論、サービス部門では色々なジョッブが生まれ、ホテル、レストラン、情報技術、メデイア、金融そしてビジネスサービスもと、いう事ですが、実はそれらはロンドンとsoutheast に集中し、そこでは生産性の高さ、従って給料もいい、但し、高い技術水準が問われる処ですが、その他は、技術水準の問われない、従って低賃金に置かれ、賃金分配で云えば最低水準を託つ処となっていると指摘します。

技術的には、新自由主義は労働市場におけるderegulationやde-unionizationを通して完全雇用達成を目指す、これこそは戦後ケインズ政策が目指す処だったが、サッチャーやレーガンやその後継者は、それにはあまり注意を払う事はなかったと。つまり、ケインズ政策は広く繁栄をもたらしたわけでもなく又、公平な分配を齎すこともなく、実際、労働者は、低賃金、高生活コストに見舞われ、貧困を余儀なくする処となっているのです。因みに、ホームレスは2010年以来60%まで増加している由です。

・サッチャー金融規制緩和の帰結
前述、新自由主義のagendaは、自由貿易、国際的市場統合(まさにglobalization)に関わるものですが、その規範にあるのが常に金融規制緩和であって、サッチャー革命以来、金融技術の進化が、なによりも市場の失敗のソリューションだったというのです。爾来、世界はサッチャーリズムに符合する如くに金融規制緩和を進めてきたのですが、そのプロセスではリーマンショックを生み、今では世界経済は減速傾向を鮮明としてきています。そこで、日米欧で置かれた状況は異なるものの、金融政策の効果と副作用の両方にっ目配りしながら景気の過度の落ち込みを防ぐ難しい手綱さばきが求められる処となっている処です。

(2) Thatcherism’s Global Legacy

・サッチャーリズムの光と陰
サッチャーリズムの国際的実績の如何ですが、過去40年間における貿易の拡大こそは経済成長に、同時に世界のあらゆる開発に、大いに貢献した事は紛れもない事実です。そして、中銀の独立性、財政規律の堅持、そして健全なガバナンスを枠組みとするマクロ経済は多くの諸国で安定と成長を担保するものでした。 然し問題は、こうした政策枠組みはグローバル化の中で分配の改善に及ぶものではなかった事が挙げられると言うのです。所得移転や地域産業政策は伝統的な製造地域の空洞化を緩和するものではあったが、同時にそうした変化に取り残された地域が多くあった事で、サッチャー後は、公共財関連への投資、或いは所得再分配が貧困や不平等を是正するものと認識されるようになっていったと言うのです。

つまり、金融規制緩和と云うレガシーは、今や陰の遺産ともされ2008年の危機こそはそれを語る処とされています。市場は自律的には機能を果たし得ず、と云うのも、それは既得権益やモラルハザード、更にはグリデイーな行為がそうした事態を齎すようになってきた為と云うのです。巨額納税者は、厳格な財政規律の下で、民間金融機関からの特別な救済を受けるが、このことは経済運営を阻害し、低所得世帯を傷つけ、最後には国の政治システムの正統性すら蝕む処とも指摘する処です。

ただ、新自由主義の立場からは、欧州諸国の債務危機がある限りにおいて、財政起立を厳しく求める処、例えば、ドイツのメルケル首相は、ギリシャに対して財政規律を厳しく求めてきましたが、その結果は、ギリシャ経済に破綻を齎し、長期に亘りドイツに対する怨嗟を持ち続ける結果となっている処ではあるのです。

・New -democracy革命への対抗
1979年、サッチャーは自由な、自己実現できる社会を目指す、ビジョンを掲げ、かの有名な`society’、新しい社会の創造を目指した。そこには男女の区別なく、個人があり、家族があり、政府はお呼びでなく国民は自らをfirstとするというものでした。

1970年代の経済危機とは違って、2008年の危機は、政治経済のラデイカルな在り方を問い質すようなことはなかったが、2016年に起きた事件、つまり、英国でのBREXIT国民投票であり、米国でのトランプ大統領の誕生は、国内にある種の自己満足を齎したとも言われるが、懸念される事は、分断された社会、或は社会的に無視されてきた大衆が時限爆弾となって、公的機関の弱体化、更には政治システムを全体的に弱体化させてしまうという事だというのです。

さて、こうしたサッチャーリズムの経験を通して言える事は、open market economiesを維持する事と、political stability を確実にしていく事にはトレード・オフがあり、その点で、サッチャーリズムは通じなくなっていると言うのです。民主的市民がliberal valueにコミットし続けていく事を可能としていく為には、政治的、経済的変化に対峙していく為に、一定の国家や公的機関による調整機能が必要である事を指摘し、それが結局は新たな社会の生業となる、と主張するのですが、改めて考えさせられる処です。



           第 2章 統合ヨーロッパの再生

マクロン仏大統領は、BREXITこそは欧州の危機を象徴するもので、それは人々の現代世界に起こる大きなショックから身を守る、そのニーズに応えることに失敗してきた事を印すもので、この際はfreedom, protection, progressを基軸として、ヨーロッパ再生のための一体化を図ることが必要と訴える論考「Renewing Europe」を3月4日付で、Project Syndicateに投稿しています。その概要を以下に紹介したいと思いますが、元より、相応の議論を呼ぶ処です。

ただこの論考が出された文脈としてあるのが、1月22日、ドイツのアーヘンで調印された独仏新友好条約、アーヘン条約ではと思料する処です。日本ではあまり注目されてはいませんがの環境としてはBREXITやユーロ危機などから、欧州統合への動きは既に過去のものだと見る向きのある処、この「アーヘン条約」は統合への歩みを続ける両国の意志を示すものとされていたためでした。そこでまず、この「アーヘン条約」のキモを確認しておきたいと思います。

1.独仏新友好条約:アーヘン条約

今年1月22日、調印された独仏新友好条約は、独仏の戦後和解の礎になったエリゼ条約(注)を補完し、政治・経済だけでなく軍事分野などで両国の連携強化を目指すとするもので、米国の通商政策を巡る対立やBREXIT問題でEUの結束が試される中、独仏両国は平和維持基盤であるEUを擁護する姿勢を明確にしたもので、その署名式にはトウスクEU大統領、ユンケル欧州委員長も出席したと伝えられています。

   (注)「エリゼ条約」:1963年、仏ドゴール大統領と西独(当時)アデナウアー首相との間で署名された独仏協力条約。戦後の独仏和解を確認した外交文書で欧州統合を主導する両国の「特別な関係」の土台となっているもの。

1月29日付Financial Timesで、W.Munchau記者は、`The relentless push towards EU integration’においてアーヘン条約を巡る独・仏関係について以下コメントをするのです。

つまり、英国に根深くした信念、欧州統合の黄金時代は既に過去のものとする点に照らし、欧州統合を否認し続けることは、現実の状況に合致しないとしながら、EUに残された問題、通貨同盟の将来について何らかの根本的な選択を示していく事の必要性や、金融危機から10年、実体経済においても金融部門に於いても、多くの問題が取り組まれないままに放置されている点で、政治改革が必要だと指摘する一方、トランプ米大統領がNATOからの脱退を繰り返し発言している事情をも踏まえ、独仏両政府は欧州の防衛についても考えざるを得ない環境に追い込まれている点で、アーヘン条約は序文の中で、フランスとドイツは「両国関係を新たな水準に(Bilateral relation to a new level)」に引き上げると宣言しているが、これはいつの日か、人々が他の事に気を取られている間に実現している事だろうと、云うのでしたが意味深と云うものです。

2.マクロン仏大統領の「統合欧州再生論」- Renewing Europe

さて、3月4日付でProject Syndicateに寄稿したマクロン大統領の統合欧州の再興論はまさに上記アーヘン条約をン文脈とするものと言えるのです。

まず彼は第2次世界大戦以降、欧州がessential(世界に欠くことのできない)存在となった事はなかった、でも危険極まりない存在でもなかったと切り出して言うのです。BREXIT
はそうしたことのヨーロッパの危機を象徴するものだが、今日の世界で起こるいろいろの問題から身を守ってくれと云う人々の声に応えることがなかった事が、そうして危機状態をも足らひてきているとして、彼は今そうしたヨーロッパについて、I propose we build this renewal together around three ambition : freedom , protection and progress.と、自由、保護、そして前進、を柱とした欧州の復興をと、提言するのです。

彼は第2次世界大戦以降、欧州がessential(世界に欠くことのできない)存在となった事はなかったがでも、危険極まりない存在でもなかったと切り出して言う。BREXITはそうしたことのヨーロッパの危機を象徴するもので、一種教訓だが、今日の世界で起こるいろいろの問題から身を守ってくれと云う人々の声に応えることがなかった事が、そうして危機状態を齎しているとして、彼は、I propose we build this renewal together around three ambition : freedom , protection and progress.と、自由、保護、そして前進、を柱とした欧州の復興をと、提唱するのです。

-Defend our freedom :creating a European Agency for the Protection of Democracies
-Protect our Continent :obligation of responsibility (stringent border controls)and solidarity
-Recover the Spirit of Progress :the new European Innovation Council (new technology)

この3本の柱の実現のため、年内にEUメンバー国と共にConference for Europe を開催し、これには市民のパネル、そしてacademics, business and labor representatives, and religious and spiritual leaders を呼び込んでいくという。そして最後に,こう締めるのです。
― In this Europe, the peoples will really take back control of their future. In this Europ, the United Kingdom, I am sure, will find its true place.

・マクロン宣言vs The Economist, Mar. 9th 「 L’Europe, c’est moi 」
マクロン氏が示すソリューションは論理と行動に整合性を欠く。例えば、鉄道事業での独シ―メンスと仏アーストンとの合併の裁定。いずれにせよ、activist industrial policyを追求するより、欧州はまず、consumer’sフアーストで進むべきであり、そのためには競争政策の強化が求められると云うのです。そしてマクロン氏が指摘する貿易の実態、市場のあり姿は中国の行動によって、最近では米国もそうだが、全くゆがめられた状態にあるとは正しい認識であり、欧州はこうした過ちを決して犯すべきではないこと。そしてかつてのフランスの資質ともされていた統制経済政策、これは欧州に根付いているが、これを拒否すべきと指摘するのです。さて如何様にことは進む事になるものかです。



おわりに 景気の転換点で考える

・今、経済指標が語ること
3月20日、政府が公表した月例経済報告によると、景気の総括判断として「このところ輸出や生産の一部に弱さも見られるが、穏やかに回復している」としていますし、3月15日の日銀金融政策会合後の記者会見では黒田総裁も、「経済は穏やかに拡大している」との景気判断を崩してはいません。
然し、3月7日、内閣府が公表した景気動向指標では景気の下方への局面変化を示唆する処となっています。当該指標算出に使う9つの統計は4つが生産・出荷関連で、輸出減に伴う製造業の減速が反映しているとも説明されていますが、どうも安倍政権も日銀も景気の後退入りと云う判断にはかなり慎重です。仮に後退入りを認めると、何らかの景気対策を求められることになるからでしょう。加えて、1月まで拡大局面が続いたとなれば戦後最長という事で現政権のレジェンドとなる処、これも忖度?のなせる判断という処でしょうか。金融政策にしても今以上に打つ手なしの状況にある処、景気は明らかに転換点にあるのです。

・実感伴わぬ景気拡大
ただ、これまでの回復云々にしては、その実感が乏しい事は大方の一致する処です。
因みに筆者が主宰する社会人研究会では、塾生異口同音に企業は利益を上げているが給与はほとんど上がらず、つまりは景気回復の恩恵に我々は浴していないと批判するのです。

1997年、山一證券を倒産に追いやった金融危機以降、日本はデフレ環境に置かれ、物価や賃金は鈍化、爾来GDPは当時の534兆円の水準を超えることはなく、このデフレ克服のためには需要の拡大が必要という事とし、この点、2013年から本格稼働したアベノミクスは、需要を喚起する上で効果的だったと云え、爾来、GDPは500兆レベルに復帰、2015年12月には、第二次安倍政権発足と同時に2020年、600兆円達成を掲げ今日に至っています。然し、上述の通り、何としてもその実感が持てないままに推移してきているのです。

これまでマクロ経済としては財政による需要喚起策と異次元と云われた金融緩和で、乗り越え、そのおかげを以って企業収益や株価も好調に推移してきた事周知の処です。然しそれにも限界が出てきており、加えて不確実さを増す世界経済の環境をも踏まえるとき、企業経営者はまさにリスクマネジメントとして積極的な投資を控え、従来からのビジネス・ステークの確保に回ってきたとされる処です。そうした企業の行動様式が結果として元気になったと云う実感を伴わないという事の背景です。本来持続的な経済の拡大を期す上では需要サイドの力と供給サイドから見た成長力が伴って、初めて可能となるものです。という事は問題の根っこは供給サイドの不調にあるといういう事でしょう。その象徴が潜在成長率で、それが日本の場合、1%前後で低迷しているという事で、今、再び生産性向上が云々される処となっています。

・生産函数で考える
国内総生産、GDPの供給サイドとは資本(K)や労働(L)などの生産要素の投入によってどの程度の供給力(P)があるかを示すものですが、技術レベル(a)と併せ、それは生産函数、P=a ・f(K,L)として単純表記が可能です。この式から言える事は、労働力人口は今後ますます減少していく事が想定され、一方の資本は新規の事業に向かう投資活動が楽観できない状況に在っては、生産活動拡大への期待は極めて難しくなるという事でしょう。であれば上記式にあるa、つまり技術革新が戦略的に行われていく事が不可避と云うものです。これには規制緩和や成長戦略等、政府にも大いなる役割が期待される処ですが、何よりも企業自らが行動することが不可欠と云え、これなくして生産性や付加価値を本格的に上げることはできなと云うものです。それはまさにデジタル革命を我田に引き寄せる如きと思料するのです。(2019/3/26 記)
posted by 林川眞善 at 20:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする