2020年09月25日

2020年10月号  2020年米大統領選 前夜 - 林川眞善

目  次

はじめに  米大統領選 前夜       

第1章  前夜 その(1 )- D. Trump VS J. Biden
                
1.トランプ氏の再選狙いの行動様式
(1)‘売り’を失ったトランプ氏の再選への戦略
(2)トランプ氏の選挙(郵便投票)介入の可能性

2.バイデン民主党の公約(Build back better)と、 Running mate ハリス上院議員
(1)バイデン氏の大統領候補受諾演説
(2)Running mate Kamala Harris上院議員
   
第2章  前夜 その(2)- Black lives matterと大統領選が招く危機

1. Black Lives Matter (BLM)
(1)選挙戦の潮目を変える人種差別抗議デモ
 ・BLMとコロナ・ショック
 ・’Democrats cannot rule out Trump Victory’
(2)トランプ政治に激怒のJoseph Stiglitz 教授

2.敗北を認めないリスク― America’s ugly election
 ・FT-Peterson US Economic monitor
 ・トランプ vs バイデンTV debateの行方

おわりに  ‘前夜‘ に思うこと     
 ・Visionの語られる事のない米大統領選
 ・安倍晋三氏のレガシー         
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はじめに:米大統領選 前夜

8月20日、民主党はバイデン氏を、8月27日には共和党のトランプ氏を夫々正式に大統領候補に指名しました。これで予備選を含め1年超に亘った米大統領選(投票日,11月3日)は、まさに終盤入りです。トランプ氏の再選か、バイデン氏の勝利となるか、世界の注目は日ごと高まる処です。

さて、8月1日付け日経では同社コメンテーターの菅野幹雄氏が「新型コロナウイルスで15万人もの米国民が命を奪われながら『中国発の大疫病だ』と責任逃れを続けるドナルド・トランプ米大統領の姿はもはや痛々しい」と指摘するのでした。それは、毎回発表される世論調査では、トランプ氏がバイデン氏に水をあけられる状況が続く中、その‘水’ を呼び戻さんと、あがくトランプ氏の姿を映す処と思料するのです。 
つまり、感染拡大が始まった今年1月頃からの新型コロナウイルスに対し、専門家医師のアドバイスを聴くこともなく無頓着にやり過ごしてきた結果、経済の極端な停滞を招き、大統領選を控えた彼として、経済の早期復活をと、焦る姿と云うものでしょう。コロナによる死亡者がもはや20万人近くに達する(注)今、新型コロナ対策を巡って繰り返されるトランプ氏の不誠実な対応に、もはや現職大統領は正統性に欠けるとんでもない人物との見方(The Economist, Sept.5)が有権者の間に広まっていることで、選挙戦の実態は「トランプ VSバイデン」でなく、「トランプ VS アメリカ」の様相を呈する処です。

    (注)9月17日、米ジョンズ・ホプキンス大の発表では、16日現在、累計死者数が世
界で最も多かったのが米国で、19万6千人と。更に23日、同大学の発表では世界の
累計感染者は約3142万人、死者は96万6千人に上ぼり、感染者数の国別では最多
が米国で、新規感染者数が9日連続で増加。22日には死者が20万人を超えた由。

かかる状況にあってはバイデン氏の優位が云々される処です。が、それでも尚、懸念される事は、トランプ氏が勝利する事ではなく、同氏が投票を妨害したり、敗北を認めなかったりして、不正に勝利を奪うのではないかとの不安だとされているのですが、その懸念が今急速に高まってきていると云う事です。
民主党のペロシ下院議長は、とにかく絶対的勝利を期すことが必要と檄を飛ばしていますが、そうした懸念を克服するためには、とにかくトランプ氏に、その結果に口出しさせるような隙間を与えない事であり、その為には絶対的勝利が必要と云うものです。

もう一つ、周知の通り5月25日、米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官による暴行で死亡した事件が起きました。爾来、全米各地ではこれが人種差別問題として、 ‘Black lives matter’を掲げた抗議デモが頻発。警察との対立、そしてこれを機に人種差別問題に絡めたトランプ支持派と反トランプ派との間での対立抗争が広がりを見る処となり、今やこれら問題は、‘公共の秩序’ 問題として、大統領選での争点に押し上げんばかりの様相となってきています。 それは、まさに大統領戦の潮目を変える処とも云え、これが‘法と秩序’ を標榜するトランプ氏にとっては、窮地にあるとされるだけに、この潮目の変化は再選へのbigチャンスと映ると云う処です。

そこで今次大統領選の行方を見極めていくため、まず「痛々しい姿」と指摘されたトランプ氏の選挙戦に見せる行動の実像を、対抗馬のバイデン候補との対比においてレビューし、以って選挙前夜「その(1)」とし、加えて今、選挙戦の新たな潮目ともされる急浮上の‘Black lives matter’(人種差別)問題について、「その(2)」として、レビューする事とし、この2点の考察を以って、米大統領選の展望を図る事としたいと思います。


             第1章 前夜 その(1)
              ― Donald Trump VS Joe Biden

1. トランプ氏の再選狙いの行動様式
(1)‘売り’を失ったトランプ氏の再選への戦略
まず前出、菅野コメンテーターが指摘していた、‘あがき’の背景にある最大の要因は米経済の停滞です。トランプ氏は昨年6月、好調な米国経済を背景に、悠々再選への立候補を宣言しました。その時多くは、彼の再選を疑う事はない、そうした環境にありました。

然し2020年に入るや、中国を発生源とされる新型コロナウイルスの感染拡大で、10年8か月続いた米景気が突然終焉を見たのです。云うまでもなく、それは彼にとって何よりも選挙での「売り」を失う事を意味する処です。そこでコロナで失われた雇用の回復をと、4月には総額3兆ドル超の財政を出動させ、経済の下支えを図ると同時に、雇用の喪失は中国を発生源とするコロナウイルスにあって、従って中国に、その責任を取らせると、対中圧力を強め今日に至るのですが、以ってトランプ氏の選挙戦略とする処です。

つまり、雇用回復と対中圧力は今や同一線上にあって、米国第一の戦略を対中姿勢の強化を以って示す処、すべてを中国のせいにして奪われたとする雇用(ジョッブ)の米国回帰を誘導せんとし、併せて 当該企業への減税を以って米国への回帰を促進させ、世界の製造大国、中国への依存を終わらせんとするのです。 以って「Keep America great」の旗印の下、再選への戦略とするのですが、あれもこれも全ては‘再選のため’と、あがくその姿は、結果として今次選挙戦の異常さを映しだす処です。

周知の通り2017年1月の就任以来トランプ氏は米国第一を標榜し、今日に至っています。何事もデイールをベースに自己の利益を考える一方、国際機関や同盟国との協調を軽視、更に専門家や科学者の意見をまともに聞かない、敵と味方をはっきりさせ、分断を煽ることで自からの力を高める、そうした行動様式を以って、僅か3年ながら世界の秩序を一変させんばかりの状況を生み出す処です。

そして内政的には米国第一主義の下、「法と秩序」の政治を徹底せんと、例えば後述するよ
うに、この5月以降、各地で頻発する「Black lives better」人種差別抗議デモに対しては、
「法と秩序」を以って、厳しく取り締まると、強権的行動すら宣言するのですが、警察の強
化等、監視社会へのシフトすら覚える処です。又、今次の選挙では後出、第(2)項で 指
摘するように郵便投票が注目される処、自分にとって 勝ち目のないこの種選挙制度につい
ては 異論をぶつけ、妨害を画策する様相にあるのですが、まるでどこか途上国の政治の様
相すら想起させる処です。
一方、インフラ投資で雇用創出に努めると,訴えるのですが云うまでもなく選挙対策の他な
く、それは「小さな政府」が看板だった共和党の変心を浮き彫りする処です。
 
・異例さ、異常さを放った「共和党全国大会」
更に異常さを放ったのは今次の共和党大会でした。党大会はコロナ感染を軽減させるべく会場は、ホワイトハウスを始めとして、各所に分散しての開催でしたが、大会初日の8月25日にはメラニア大統領夫人が登壇、続いて二人の息子(長男:トランプ・ジュニアー、次男:エリック)も登壇し、夫々がスピーチするのでした。

そして、最終日の27日、ホワイトハウスの広場で開かれた大会では、1500人に上る閣僚とトランプ支持者を前に、彼は大統領候補指名の受諾演説を行っていますが、そこでは「この選挙はアメリカン・ドリームを救うか、社会主義者の計画で米国の大切な運命を破壊するのを許すか、が決まる。つまりバイデンは米国の偉大さの破壊者だ」と断じ、彼のキー・ワード、`made in China , or made in America’ を以って、「分断を進める」姿勢を強調するものでした。 そしてその場には大会向に準備されたVTRに続き、長女のイバンカ氏が登場していますが、一族が大統領の実績と指導力を吹聴する、もはやトランプ教団の大会もどきとメデイアは伝える処です。まさに27日のホワイトハウスの光景は「トランプ家の、トランプ家による、トランプ家のための舞台」(日経9/1)と印象付けるほどに異常な光景だったと報じる処です。もとより政党のイベントに政府施設を使う事は政治利用と、批判の集まる処です。   
尚、今回の党大会では大統領選の公約となる政策綱領の発表は見送られています。これこそは異例とされる処、それに代えて「大統領の米国第一の政策を熱狂的に支持し続ける」との党声明を以ってトランプ氏の政策を推進するとの方針を強調するのでしたが、それはまさにトランプ党を体現するものと云う処です。

(2)トランプ氏の選挙(郵便投票)介入の可能性
もう一つ、異常さを語るのが投票様式を巡るトランプ氏による介入の可能性です。今次感染防止のため郵便投票が急増する見通しですが、トランプ氏はその投票の利用を抑え込もうと動きだしている事です。つまり、郵便投票を決めている有権者は、コロナを警戒して外出を敬遠すると云う事ですが、その当該有権者は「反トランプ」の傾向にあるとされ、米WSJの世論調査ではバイデン支持者の47%が郵便投票を活用するとしているのに対し、トランプ支持者は11% に留まる由で、そこで、トランプ氏は郵便投票の利用抑制へ動いているとされているのです。

郵便公社は7月末、「大統領選開票日までに間に合うかは保証できない」と全米46州に警告文を出しています。この背景は、公社の赤字経営改善の為として夜間配送や、郵便の仕分け機を10%減らすと云うリストラ策ですが、これがトランプ氏による郵便投票の妨害の片棒を担ぐものと、民主党から非難が出、公社のリストラを指揮するデジョイ総裁は(彼はトランプ氏に極めて近い人物)、「郵便投票への影響を避けるため、大統領選が終わるまで停止すると」と、18日、この批判を受けてリストラを先送りしています。
「法と秩序」を目指さんとするトランプ氏ですが、大統領選を左右する郵便投票を巡る攻防にも米国の分断が投影される処です。(日経、8月20日) 

・現職のオーナ
現職の再選を懸けた大統領選は1期目の実績への信任投票の色彩を帯びるのが常ですが、今回ほど、そうではない、それがはっきりした例は珍しく、まさに異例とされる処です。業績を評価される「現職のボーナス」が伴う処、次々と対応のまずさを露呈し、「現職のオーナ(重荷)」を抱えるようになってきたと云うことと思料するのですが、仮にトランプ氏が負けるとすれば、本人の権威主義的傾向に因るのではなく、コロナ禍と云う事態への対応の悪さにあって、米国の死者の大量な報告がありながら、これに対して人任せのアプローチにあったことで、要は事態を把握できていないことが許せないとするもので、言い換えれば「国民が守られている感覚」を提供できていないことが、彼が国民の信頼を失った問題の本質と、思料するのです。 

前述、トランプ氏のコロナを巡る不誠実な対応を映し、今回の選挙は「トランプか否か」を巡る選挙、つまり、「トランプ対バイデン」ではなく、「トランプ対アメリカ」の様相となり、候補者選びも「誰ならトランプに勝てるか」が主要論点だった事も異常と映る処です。

それでも、依然、消えないのがオクトーバー・サプライズです。現状、世論調査を見る限り、バイデン氏優位とされるのですが、それでも気になるのが、トランプ氏が仕掛けるオクトーバー・サプライズの可能性・・・です。

2.バイデン民主党の公約(Build back better)と、Running mateハリス上院議員
(1)バイデン氏の大統領候補受諾演説
バイデン氏は、民主党大統領候補指名受諾演説で(8月20日)、この選挙運動は票を勝ち取る事だけではなく、米国の心と魂を勝ち取るためのものだとし、併せて、今直面している4つの歴史的な危機、つまり、「100年来の最悪の感染症大流行」、「大恐慌以来の最悪の経済危機」、「1960年代以来、最も切迫した人種平等の要求」そして「気候変動の否定できない現実と加速する脅威」という4点を掲げ、これらを体し、インフラ整備、医療保険制度の整備、同盟国等との協力連携の推進、人種差別問題への取り組みを目指すとするのでした。

バイデノミクスの論理は極めて分かりやすく、要は必要なら、なんでもやる実利優先の哲学を体すると云うものですが、それだけにトランプ氏に比して迫力に欠けると、される処です。
が、バイデン氏の戦略は、当初より11月3日に向けstealth campaign、つまり敵失狙いの戦略にあって、それは相応に成功だったとされる処です。が、では彼は「どのような大統領となるか」については不明だとの声も上がる処です。が、今次副大統領候補に指名されたカマラ・ハリス上院議員こそは、巷間その点をカバーする存在と、される処です。
      
・民主党と米マーケット
バイデン氏が民主党大統領候補をほぼ確実としてからは、米ウオール街の反応をフォローしてきましたが、今一つ、関心の高まりを感じることもなく、又、この間、各地世論調査はバイデン氏が現職のトランプ大統領に対して優位に立つことを示してきていましたが、特別な反応を見出す事もないままに推移してきましした。

一般に言って、マーケットは、企業よりも労働者、富裕者よりも低所得者を重視する民主党政権を嫌う傾向にあります。従って、通常の大統領選の年なら民主党優位の情勢に気をもむ処、そうした懸念もないままに過ぎてきたと云うものでした。その違いは、バイデン氏が中道左派で、極端に左寄りの経済政策は取らないとの安心感があったためではと思料されますが、バイデン氏が自らのrunning mate,副大統領候補にカマラ・ハリス氏(55)を選んだことが大きくプラスしていると思料される処です。

(2)Running mate ,Kamala Harris上院議員
8月12日の党員大会にバイデン氏と現れた副大統領候補に指名されたハリス氏は、白人中間層を意識した発言を繰り返すなか、勿論、マイノリテイーへのアピールも忘れてはいませんが、19日の副大統領候補受諾演説では、「出自にとらわれない、すべての人を歓迎する最愛の共同体であるビジョンの実現を」強調し、政策面での中道・穏健派の色彩を鮮明にする処、こうした彼女の言動がマーケットに安心感を与えていると云えそうです。まさにハリス効果です。

そして選挙戦略上、彼女を選択したことの優位さは彼女の経歴にありとされ、サンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官を歴任した後、上院議員となった経歴が、トランプ氏が主張する「法と秩序」を求める選挙では、十分に対抗できると云う事で、まさにバイデン公約の「援護射撃」となる存在とされる処です。トランプ氏の資質を補うためと、信仰心の熱い福音派のマイク・ペンス氏を副大統領に据えたのとは好対照をなす処です。

米国では今、人種差別に関わる懸念が急速に強まっていますが、多くの点で、ハリス氏は安全で無難な選択と捉えられ、これこそ進歩の兆し( a sign of progress )と受け止められる処です。(The Economist、8/15~21) 加えて、トランプ氏の自国第一主義が修正されれば、企業にも追い風となり、政権交代によるマイナス面とプラス面とがおおむね拮抗するとの見方があるためではと推測する処です。

先走って言えば、バイデン政権が成立すれば、米国が国際協調路線に戻っていくと期待され、因みにバイデン氏は地球温暖化対策の「パリ協定」に復帰するとしています。又、貿易政策では、トランプ政権の追加関税を強く批判する一方、TPPへの復帰にも意欲を示す処です。 安全保障政策でも、同盟国との結束は再び強化される事と思います。こうした米国の政策転換は、勿論、日本にとっても大いに歓迎される処です。 とすれば今予想されている以上に、マーケットには追い風となるのではと思料される処です。仮に政権交代があっても、コロナ対策が最優先であることは変わらず、左寄りの政策は打ち出しにくい環境が当面続くことになるのではと思料するのです。

そして、バイデン氏が掲げる法人増税、富裕者増税も、景気への悪影響を考えれば当面封じ込めでしょう。コロナ対策で財政環境が急速に悪化したため、歳出拡大を伴う医療拡大を伴う医療保険制度の拡充等も制約される事にはなるのではと思料する処です。つまり、コロナ問題によってマーケットが警戒する民主党本来の政策は取られにくい状況になったと云う事です。勿論、トランプ氏のドル安政策が無くなれば、ドルへの信認が高まり海外からの資金流入が促されることもマーケットには追い風と思料する処です。

問題はトランプ氏が、前述の郵便による不在者投票に不正が多く含まれたとして、自らに不利な選挙結果を受け入れない可能性が浮上していることです。冒頭触れたように、政権交代への懸念よりも政権交代が円滑に進まない一種の政治空白への警戒を今後マーケットは徐々に強めていくのではと、思料される処です。 因みに、元独外務大臣のSigmar Gabriel氏は8月26日付で米論壇Project Syndicateに寄稿の論考 [The Global Risk of the US Election]で、トランプ氏の大統領選に見る画策は単に米国のみならず世界に及ぶ忌々しき行為と厳しく評する処です。

・党大会と選挙戦の潮目
尚、民主党々大会はトランプ氏のコロナ対策を批判する立場から感染拡大に繋がる集会は避け「バーチャル」方式に特化、重要イベントもオンライン開催とし、これまでインターネットを活用した選挙運動に徹し、共和党と同様に熱を帯びる処でした。がそれも、2か月を切った今、両候補は有権者と直接向き合っての「リアル」の選挙活動を広げ、バーチャル主体の攻防も今や、転換点にある処です。そして、では次の展開の如何ですが、選挙投票日まで僅かひと月余りの今、その潮目が急速に変わりだしてきていることが注目される処です。前述の人種差別抗議(Black lives matter)デモの広がりです。


第2章 前夜 その(2)
―` Black lives matter ‘ と 大統領選が招く危機

1.Black Lives Matter (BLM)

(1)選挙戦の潮目を変える人種差別抗議デモ
5月5日、米ミネソタ州ミネアポィスで起きた事件、黒人男性(ジョージ・フロイト)が警官の拘束の下で死亡した事件をきっかけに、` Black Lives Matter’(黒人の命を軽んじるな! )のプラカードを掲げた人種差別への抗議デモが続発、急速に全米に広がってきています。
7月25日にはワシントン・シアトルで、又テキサス・オースティンで、8月23日にはウインスコンシン・ケノシャーで、29日にはオレゴン・ポートランドで暴動が発生、ケノシャーでは丸腰の黒人が警官の発砲を受け下半身付随になったほか抗議デモに参加の2人が死亡したと報じられています。

・BLMとコロナ・ショック
こうした抗議デモは、コロナ・ショックが、非白人等、マイノリテイーの差別、格差問題を改めて浮かびあがらせた、その結果を映すと云うものです。 彼らは感染リスクに、より曝される一方、解雇の対象ともなりやすく、こうしたことへの鬱積した不満が、一気に噴き出したというもので、抗議行動は人種問題がコロナで増幅した姿と映る処です。

トランプ氏は8月末、ケノシャーに飛び、暴動で燃えた建物の前で写真を撮らせています。ケノシャーの事件とは、丸腰の黒人男性が警官に背後から7発撃たれたと云うものでした。
社会不安をテコに選挙戦を有利に展開せんとするトランプ氏にとって、そうした現場に立ち、不安をあおることで得点に繋がるとする処と推察される処です。そして今、その人種差別抗議に絡める形で、トランプ支持者と反トランプ支持者との対立行動が暴動に発展してきており、もはや ‘公共の秩序’ が大統領選での争点に押し上げる様相です。もとより、かかる事態は、‘法と秩序’を標榜するトランプ氏にとって絶好のチャンスと映る処です。

選挙まであと1か月余。これまで政権のコロナ対応のまずさを問う事で良かったはずの選挙戦が、人種差別問題の急浮上で、今や争点が公共の秩序に移ってきたことで、窮地にあったトランプ氏にbigチャンスの到来、つまり潮目が変わったと思われる処です。
 
・Democrats cannot rule out Trump victory
実は、Financial Times のチーフ・コメンテーター, Gideon Rachman氏は、8月25日付同紙で「Democrats cannot rule out Trump victory」(民主党はトランプ氏の勝利を阻止できない)と題し、頻発する人種差別抗議デモは「法と秩序」を目指すトランプ氏には勝利のチャンスを齎す事になるだろうと指摘する処でした。
つまり、2016年の大統領選での敗北を受け、民主党は当初、白人労働者の苦悩に真剣に取り組むこととしていたが、その決意はトランプ氏の振る舞いへの怒りへと変わり、人種差別問題こそ強く取り組むべき課題へと変身していったが、この変化こそが逆にトランプ氏にチャンスを与える可能性が出てきたと云うのです。と云うのもトランプ氏の選挙戦略は、まさに白人有権者の怒りと敵意を掻き立てるのが狙いだからだと云うのです。そして人種問題が争点となれば彼の思うツボだろうと指摘するのでした。

(2)トランプ政治に激怒のJoseph Stiglitz教授
一方、ケノシャーで殺害された黒人男性の母親が叫んだ `America is great when we behave greatly’ の言葉に痛く反応して、米コロンビア大教授でノーベル経済学賞のJ. Stiglitz氏は、再びトランプ批判へ掻き立てられる処です。

つまり、J. Stiglitz氏は、米論壇Syndicate Projectに9月14日付けで投稿した論考「Reclaiming American Greatness」(偉大なアメリカを取り戻そう)で、ケノシャーで殺害された黒人男性の母親が叫んだ `America is great when we behave greatly’ の言葉に痛く反応し、悲しいかな、この4年間、トランプ政治のお陰で米国は、彼女の云うような方向とは180度、違った方向に進んでしまっていると断じ、米16代大統領A・リンカーンの警告 ‘ A house divided against itself cannot stand ‘(家は建材が一体化して成る)を持ち出し、トランプ政権はあらゆるものを分断し、しかもそれを広めていると、厳しく批判するのでした。

つまり、トランプ政権下では、富める者がより富み、米国の10%の富裕層が株式の92%を保有する処、株式市場の好調は、経済の好循環を映すものと評価しているが、雇用環境は劣悪、米国で生活する人口の内、3千万人は十分な食料もなく、彼らは全米所得階層では最下層にあって、その日暮らしの状況にあると云い、かくも不平等な所得格差が進むこの国で、トランプ共和党はbillionaires(億万長者)や企業に対して減税を進めるが、中間層にある国民に対しては増税を予定していると、所得格差拡大に繋がる政策姿勢に憤慨するのです。

そして57年前、ワシントンでの人種差別反対デモでキング牧師の発した`I have a dream’ スピーチ、に強く感じ` We shall overcome someday ‘としてきたが、そのsomedayは消え失せ、トランプ政権下ではパンデミックに因る経済の停滞が被保険労働者の増大を齎す処、健康な労働者があってhealthy economy が期待できるもののそれが叶わず、今や米国は科学や専門家の意見など忌避し、自分の利害だけに照準を合わすボスを戴く米国はなす術を失っている。気候変動危機、社会経済危機、更に民主主義の危機、人種差別等、危機環境に伍していかねばならないアメリカにとって、best hopeはバイデン氏とするのです。

要は、健全な経済活動の確保には、健康な労働者の確保が不可避であり、まずはコロナ対策が優先されるべきで、その点で、バイデン氏は、対トランプ戦略上、彼の新型コロナウイルスに対する無頓着さに再び焦点を絞り、9月末から始まる両候補によるDebateに臨むことになると伝えられていますが、さて勝者は、バイデン氏か、或いはトランプ氏か。

2.敗北を認めないリスク – America’s ugly election

ただ、前述の通り、米国特有ともされる選挙制度事情もこれありで、11月3日に結論が出るものか、その行方に関心の呼ぶ処です。と云うのも米国の大統領選は、必ず最後に敗者が負けを認めることで戦いを決着させてきた歴史があります。だが、新型コロナの流行や格差拡大で社会が混乱する今、開票結果が僅差さとなれば大きな混乱が起こりそうだとする懸念です。つまり敗北を認めないリスクの高まりです。これこそは本稿冒頭「はじめに」の項で触れた不安です。実際トランプ氏は、もし選挙で負けてもpeaceful transfer of powerは行わないと会見で発言しており、加えて米最高裁判事死去に伴う後任選び問題も絡む処、巷間,トランプ氏は「負けても勝つシナリを持っている」とも噂される処です。

9月5日付けThe Economist は `America’s ugly election ‘(米大統領選、醜い争い)と題し、上述への懸念を指摘しながら、今次選挙には極めて複雑な事象が絡むが、11月3日の選挙結果を巡って政府関係者(states officials )が忠誠(loyalty)を尽くすべきは、支持政党ではなく、合衆国憲法だと云う事を肝に銘じるべき事、そして当該投票とその後の展開が円滑に進むよう全力を尽くすべきと、指摘する処です。そして、それが実現できなければ、民主主義は危機に陥る事になると、強く警鐘を鳴らす処です。何とか法に則した、健全な投票行動が担保されんことを念じる処です。

・FT-Peterson US Economic Monitor (August 20,2020 )
尚、英フィナンシャル・タイムズと米ピーター・G・ピーターソン財団が、大統領選を前に、米経済は4年前に比べbetter off, よくなってきたか、どうか、有権者に、以下(注)内容のアンケート調査を 8月5日と9日の2度にわたり行なっています。このbetter offへの反応こそは、これまでの経験に照らし再選上のcrucial litmus、決定的指標と見る処です。

(注:アンケート内容)
     ① Have Trump’s economic policies helped or hurt the US economy?
    ② Coronavirus has realigned voters’ concerns and behavior

ではその結果ですが、①について8月時点では、有権者の48%が、トランプ政策は「経済を改善させた」と回答していましたが、ごく直近の9月調査ではこれが3ポイント下がって45%となった由で、トランプ氏にとって経済回復の実感が得られないままでは再選にマイナスとなる処でしょう。一方、②についてはコロナ危機以降、グローバル経済の先行きに警戒感を強める処、現時点では回答者の3割がグローバル経済の後退こそがtop concernとしており要は、世界経済の減速が米国内の雇用・投資に逆風になると見る一方、同時に米国民の感染拡大への懸念の根強さを示す処です。

・トランプvs バイデン TV討論の行方
とすると以上からは、両者とも雇用の回復、経済再生を目指すとしながら、バイデン氏は「所得格差拡大の解消」、「新型コロナ対策」、「米製造業復権のための税制案」を以って、一方、トランプ氏は景気回復に向けた「減税政策」と「公共の秩序」、更には「対中政策、中東での国交正常化」を以って自らの政治手腕を誇示しながら、今月29日のTV討論に臨むものと見る処です。が、要はTV debateを通じて有権者に「国民が守られている感覚」を提供できるか否か、その次第ではと思料する処です。

     
おわりに  ‘前夜’ に思うこと

・Visionの語られることのない米大統領選
今次大統領選でいずれの候補が勝利するにしても、何よりも求められるのはコロナ対策であり、これが最優先の政策となることは云うまでもありません。となると経済のV字型回復は当分無理でしょうし、L字型回復となることが想定される処です。因みに9月16日米FRBはゼロ金利政策を少なくとも2023年末まで続ける方針を表明しており、もって瞑すべき処です。とすれば当面、米経済は暗い様相を余儀なくされる事となるでしょうし、それへの覚悟が求められる事になるのでしょう。それだけに何とか明日に繋がる前向きの姿勢が期待される処ですが、両候補の言動をレビューしていくなかで、気になることは、彼らの主張が何としても後ろ向きの様相にある事です。

トランプ氏は「偉大な米国の復活」と云い、バイデン氏は「異端のトランプ時代と決別して、オバマ時代に戻る」としています。トランプ氏の場合は自国主義、孤立指向で内向きが深まることは周知の処ですが、バイデン氏についても、その主張は、自分が仕えたオバマ政権の政策再現とも云え、ではその上で、どういった社会の創造を目指すのか、両者negative campaignもこれありで、次へのビジョンが見えてこないことが気になると云うものです。

言うまでもなく、理想化した過去に逃避してもグローバル化やデイジタルの波は止められるわけはありません。ましてやトランプ氏が掲げる時代錯誤の経済外交政策で米国を真に再生することは難しいと云う事です。期待すべきは「過去よりも現在、そして未来を競う論争」の筈です。さて、米国民はその辺をどう判断し、選択するのでしょうか。No country is an islandを身上とする筆者にあっては、その選択は云うまでもない処です。

・安倍晋三氏のレガシー
序で乍ら一言。8月28日、安倍晋三氏は持病の潰瘍性大腸炎の再発を事由に首相の座を辞する旨を表明しました。在任7年8か月、健康上の辞任とあれば致し方ないものの、任期途中から目立ったことは政権の私物化でした。‘売り’であったアベノミクスは短期的にはともかく、第3の矢である規制緩和等成長戦略は全くの不発、政権に係る人事の不詳問題については、任命権は自分にある以上責任は自分にあると公言しつつも一度たりとも責任を取ることもなく、森友問題、加計問題、桜問題、等々、国民の疑問に答えることもなく、それまで積み上げてきたレガシーを自ら帳消しする形で安倍政治を終焉させてしまいました。まさに緩みっぱなしの政権との印象を残しての退陣でした。後継首相には9月16日、前官房長官の菅義偉氏が前政権の‘継承を売り’として就任しましたが、二度と前者の轍を踏むことのないこと念じ、詳細は別の機会に論じる事としたいと思います。
                                (2020/9/25)
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2020年08月26日

2020年9月号  財政の統合化へギアチェンジした欧州 - 林川眞善

目  次

はじめに  欧州政治 大転換     

第1章 コロナ禍の欧州経済 再建策

1.欧州の競争政策
               
【注】メルケル・ドイツのEU議長国就任 

2.欧州経済復興基金創設と、欧州の統合

(1)EUサミット(7月17~21日)と欧州復興基金
  ・基金構想を巡る争点
(2)メルケル首相の翻意の真相
(3)Europe’s Hamiltonian Moment 
    (欧州のハミルトン的瞬間)

第2章 コロナ後の財政を考える
 ・経済の実状認識
 ・国債の安定消化
 ・明確な時間軸をもって

おわりに 「狂騒の20年代」の再来?
 ・世界の第2四半期GDP                    
 ・ざわつく米ウオール街

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 はじめに 欧州政治 大転換

7月31日、EU統計局が発表した2020年4~6月期のユーロ圏の域内GDP速報値は、実質年率換算で40.3%の減と、1~3月期に続き過去最悪を更新、25年振りの落ち込みを示すものでした。(Financial Times, Aug.1-2)

欧州各国は新型コロナの感染拡大を受けて、3月頃から厳しい規制を導入した結果、店舗の営業停止や移動の制限の影響が統計の数値に現れたと云うものです。国別ではスペインやイタリア等、南欧の落ち込みが大きく、それは新型コロナの打撃が製造業よりも、観光等サービス業の方が大きい事情を映す処です。各国は外出等の制限を5月から徐々に緩和し、経済は再び動き始めており、7~9月期には前期4~6月期の反動で大きく改善見込みとされてはいますが、それでも景気の先行きには以下の不安材料、つまり感染の再拡大であり、雇用の確保の如何です。

感染の再拡大については、スペインやドイツでは感染者数が増えつつあり、第2波への警戒感は強く、イタリアでは拡大の懸念ありとして非常事態宣言を10月まで延長しています。もう一つは雇用ですが、6月のユーロ圏の失業率は7.8%. 米国と比べて低いのは雇用支援の政策効果に負うものとされていますが、この支援策は時限措置である点で問題であり、更に、中長期的に財政悪化が懸念材料とされる処です。欧州委員会によると、20年通年でのユーロ圏の公的債務の対GDP比は、102.7%に膨らむ見通しで、特に南欧は財政状況がもともと悪い処に新型コロナの感染が広がったことが追い打ちをかける処です。

さてそうした環境下、ブラッセルでは、7 月17日、メルケル独首相を議長としてEU首脳会議が開かれ(議長は6か月の輪番制で、2020年7月からはドイツが担当)、新型コロナウイルスで打撃を受けた経済の再生に向けたEU中期予算(2021~27)が、5日間と云う長時間審議を経て21日、合意されたのですが、high lightは、その一部を成す新型コロナ対策の復興基金(7500億ユーロ)の創設でした。と云うのも、基金の運営はEU一体として債券を発行し、資金調達を図るとするものでまさに`A big fiscal deal’(The Economist, July 25)とされる処、この決定は欧州政治の大転換と、世界の注目を呼ぶ処です。

これまでドイツは、統一通貨 「ユーロ」をベースに全EUベースの金融政策を支持する一方で、財政については、各国の主権に係る問題として、反対の立場を堅持してきました。が、今次の復興基金の導入はこれまでのそうした姿勢を翻し、財政統合への道筋をつけることになったという事で、これがEU統合への流れを本格化するものとして、つまり、新たな欧州の誕生に繋がるものと、世界はこの新しい変化に注目する処です。

そこで、今次、復興基金の創設にフォーカスし、メルケル氏の云うならば翻意に至った事情を時系列でフォローしながら、今後の行方について考察する事とします。つまり新たな欧州の可能性検証です。尚、周知の通り、メルケル氏は来秋、政界から引退予定と伝えられています。とすると彼女のコロナとの闘い、EU統合強化の推進は、まさに彼女のレガシーとなる処ではと思料する処です。


第1章 コロナ禍の欧州経済再建

1.EUの競争政策

EUは加盟国に自国の産業や企業に対して補助金の提供を禁じていますが、新型コロナウイルス感染拡大で各国経済に混乱が生じてきたことで、この「国家補助」提供を禁じる規制の適用除外を求める要請が急増していると云われています。
The Economist (May 30~June 5,2020)の記事「The visible hand」によると、既に承認された補助金提供や企業救済は200件近くに達し、金額にして計2兆ユーロ(約240兆円)強に上る由で、その額, イタリアのGDPに匹敵する規模と云うものです。

欧州経済の中核を成す単一市場は、ある部分、各国政府に自国の産業や企業を不当に支援してはならないと云う前提の上に成り立つており、このEUが加盟各国に産業、企業への支援を禁じる規制(state-aid rule)は珍しいルールとされる処です。例えば米国では、各州が企業誘致のために優遇税制や低利融資等を提示し、互いに競う事が認められていますが、EUは軍縮条約のように補助金を撤廃する道を選んでいるのです。従ってEUが明確に承認しない限り、対象が国有企業でも補助金を提供する事は禁じられているのです。因みに、各国政府が自国サッカークラブの用地取得に補助金を出したり、外国企業誘致のために税優遇策を提供する度に、EUに忠告されてきています。ただ今年の初めには、英国がEUから離脱したことをきっかけに欧州委のフォン・デア・ライエン委員長は、EUの競争力回復の為、新たな産業戦略を明示していきたいとしていました。(弊論考2020/3月号)

こうしたEUの、支援を規制する政策の起源は、欧州統合の出発点にさかのぼるとされるものですが、実は2014年以来、新たに競争政策担当として就任したMargrethe Vestager女史(デンマーク)率いる欧州委員会の一部と、一部加盟国の間に長い緊張が続いていたと云われています。とりわけドイツとフランスは「世界に誇れる欧州を代表する企業」の育成のために、競争を巡る規制の緩和を、繰り返し求めていたのですが、昨年、2019年2月6日、独仏は、独シーメンスと仏アルストムの鉄道車両事業の統合計画をベステアー氏が、競争を阻害し、消費者に不利益をもたらすことになる、として却下したことで、欧州委員会に対し、一気に怒りが露わになったと伝えられる処です。鉄道車両業界は規模では中国中車が最大手で、当時、当該事業が承認されれば技術面で最先端の世界第2位の企業誕生と期待されていたのです。

世界的企業を生み出す一つの方法は企業合併を進める事でしょうし、一時的には当該企業に国が支援を与えることは容認される処です。が、今日の政府支援は世界的企業を誕生させると云うより、不必要な倒産や失業を防ぐのが狙いとなっているのが大方の実状です。
この欧州委が却下したのを機に競争法(独禁法)を見直す動きが出てきたと云うものです。
そして、こうした流れが更にEUの構造的変化に結びつけられていったのが、7月からのメルケル・ドイツのEU議長国への就任でした。

【注】メルケル・ドイツのEU議長国就任 
こうした欧州経済環境の中、ドイツが7月1日EU理事会の議長国に就任しました。
そして、議長国就任に先立つ6月30日、ドイツはウエブサイトで「欧州の復興を共
に」と題する実践プログラムを公表し、以下の5項目を重視するとするのでした。 
― ① 長期的な新型コロナウイルス危機の克服および経済復興、 ② より強力で革新
的な欧州、 ➂ 公正で持続可能な欧州、 ④ 欧州の安全保障と共通価値、 ➄ 世界にお
ける強い欧州。

尚、外交面では、米国をEUの外交・安全保障上の最も緊密なパートナーであると強調
し、より包括的かつ意欲的な協力関係を築く意向であるとする一方、英国のEU離脱に
伴う将来関係の交渉においては、EU 27加盟国の結束を高めながら合意済みの政治宣
言に基づく野心的かつ包括的なパートナーシップの締結に向けて、積極的な役割を果
たすとしています。尚、中国との関係については、EUの長期的な利益や共有価値に基
づき、全EU期間と全加盟国が団結するべきとした上で、中国との更なる協力関係促進
のため、早期の首脳会議の開催を目指すとし、9月にEU・中国の首脳会議を予定して
いたが、新型コロナの影響で延期を余儀なくされる処です。

2.欧州経済復興基金創設と、欧州の統合

(1)EUサミット(7月17~21日)と欧州復興基金
さて、7 月17日、メルケル議長の下、ブラッセルで開催されたEU首脳会議では、コロナ禍への対抗戦略として、先に独仏間で合意された7500億ユーロ規模の復興基金案(注)と、同案を含む2021~27年の次期中期予算計画, MFF(多年度財政枠組み:Multiannual Financial Framework)が諮られ、5日間の長時間審議を経て、21日早朝、当該事案は合意され、何とかEUの結束を示すことになったと云うものです。

と云うのも、これまでの彼女とは、180度の変更を映す行動の結果とは言え、そこには後述するメルケル氏の欧州経済への危機感と、それへの対抗としての欧州の一体化推進が不可避との強い思いがあっての事とされるのです。いずれにせよその結果は財政の統合化に向けた布石を打つ事になったと云う事で、EUは統合化に向けた新たな段階にシフトしたと云えそうです。

    (注)当該基金案は、5月18日、独仏両首脳が新型コロナ感染で打撃を受けた欧州経
済の復興のため5000億ユーロ(約60兆円)規模の基金設立で合意したものを、フ
ォンデアライエン欧州委員長がEU構想として7500億ユーロに拡大し、今次のMFF
に組み込んだと云うものです。

・基金構想を巡る争点
今次の審議が時間を要した背景は、基金の使途、つまり返済不要の補助金と返済が必要な融資の比率の問題でした。当初、EUは、基金規模7500億ユーロ(約92兆円)の内、5000億ユーロを補助金(grant)、2500億ユーロは融資(loan)のかたちで、加盟国を支援するとの案を提示する処、前者につては主に上述、新型コロナで被害の大きいイタリアやスペインと云った南欧等の支援に充てることとし、同時に環境やデジタル等の分野に投資し、景気回復に繋げんとするものとしていたのです。まさに欧州復興の目玉となる処です。
尚、基金はEU欧州委員会が全額を市場から調達するものとなっていますが、EUが大規模な債券を発行するのは初めての事です。(尚、EUの予算規模は次期MFFの改定案1兆1000億ユーロと合わせ、1兆8500億ユーロに上るものとなっています)

然し、財政負担に消極的な、いわゆる「倹約4か国」 (Frugal country4か国)と称されるオランダ、オーストリア、デンマーク、スエーデンは 融資を主体とすべきと主張したため、その調整に時間を要したと云う事でしたが、最終的にはメルケル議長が復興基金(7500億ユーロ)の使途を、補助金3900億ユーロ、融資3600億ユーロと修正する事で決着をみた次第です。

そもそもは財政規律の重しとなっていた大国がドイツと英国でした。が今や英国はなく、EU議長国となって合意を纏める側に回ったドイツ、メルケル首相としては、予てEUの統合推進派のマクロン仏大統領と共にEU案の原案を作り、財政再建を一時棚上げして合意の旗振り役となったと云うものです。コロナ禍で世界のほとんどが、国の経済を支えるための財政出動に動くなか、財政規律派の旗色が悪い事情もあってのことかと思料する処です。

いずれにせよ基金構想は「次世代のEU」と名付けられ、新しいEU像を誘導するものと世界の関心を呼ぶ処です。そしてEUサミットで見せたメルケル氏の翻意を映す復興基金導入への思考様式こそは「欧州におけるドイツ」を再定義するプロセスとも映る処です。(注)

    (注)ノーベル賞作家、トーマス・マンは1953年、ドイツの将来について、自国を
近隣諸国と結びつけて「欧州のドイツ」を築く処に未来があると、力説するのでした。

この際は、上記当該事情として、メルケル首相の欧州統一に対する思考様式の如何をレビューしておきたいと思います。

(2)メルケル首相の翻意の真相
これまでドイツなどはEU全体で借金をすれば結果的に他国の借金を肩代わりする事になると強く反対してきていました。又、ドイツはイタリアなどへの支援は補助金ではなく融資にすべきだとも主張していました。その点では大きく譲歩したことになります。が、その翻意の結果は、基金創設の実現をみることになり、このことでEUは富の再分配と云う財政政策の領域に大きく踏み込むことになったと云うものです。

財政の統合を強く呼びかけてきたのはマクロン仏大統領でした。彼は2008年の金融危機やその後の欧州債務危機で苦しむ南欧をドイツなどが積極的に財政で支援しなかったことが、EUの亀裂を深め、ポピュリズムの台頭を招いたとの認識に立つのです。彼が大統領に就任した2017年からはEUの財政改革を訴えてきていますが、マクロン提案は長くたなざらしされてきました。と云うのも、ドイツ等で「自分たちの税金が他国のために使われる」との警戒が強かったためだったと云われています。

マクロン提案から3年を経てメルケル氏が翻意した理由は、まず不況と財政悪化の悪循環に陥るとされている南欧諸国の苦境があり、その深刻な状況を放置すればEUの存続が脅かされるとの危機感が強まったことにあったとされるのです。 加えてあるのが、5月5日に独連邦憲法裁判所がECBの量的緩和を一部違憲とした判決でした。ECBのコロナ対策を否定するならば、ドイツが独自の貢献策を示すべきとの圧力が強まったとされており、これがマクロン氏との共同での復興基金導入提案に収斂する事になったというもので、EUの結束を維持するためにも一定の譲歩は必要と判断したと伝えられる処です。メルケル氏としては厳格な財政規律を棚上げすることで欧州復興を加速させんとの考えに至ったといわれる処です。

加えて云うならば、ドイツにとってEU加盟国は主要な輸出先、投資先であると同時に米国や中国と渡り合っていく上でも欠かせないパートナーということです。上記18日の記者会見でメルケル首相は、「目的はこの危機を通じて欧州をより強く団結させることだ」と強調する処です。

ユーロ圏は前述の通り、金融政策は共通ですが、財政政策がバラバラである事が構造問題とされてきたわけですが、共通債務が実現すれば、危機対応に新たな可能性を開くことにもなる処です。 戦後ドイツでは、リーダーが重要なものを捨てさることで成果を引き寄せてきた歴史があると云われています。旧西独のブラント元首相は大戦で失った領土の一部を放棄することで東方外交を成功させたと評され、又、コール元首相は通貨マルクを捨てて再統一を実現しています。

しかし、メルケル氏は時折、EU加盟国であることがドイツの国益に適うという論陣を張ることはあっても、コール氏が欧州統合に向けたような思いを見せるようなことはあまりなかったと評されていました。が、その姿勢の変化を示唆したのは5月18日の記者会見でした。メルケル氏はEU史上最大の危機に対して「反撃」する時がきたと宣言し、「ドイツとフランスは欧州の理念のために一緒に戦っている」と述べていました。今次の復興基金への取り組みが、新たに「欧州のドイツ」を再定義する事になるのなら、これこそは来秋、政界引退予定の彼女にとってレジェンドとなるものと思料される処です。

(3)Europe’s Hamiltonian Moment(欧州のハミルトン的瞬間)
前述の通り、今次のEU中期計画に盛り込まれたコロナ復興基金構想は、5月18日の独仏首脳の合意案をベースとするものですが、その独仏の合意に巷間、メルケル氏の180度の方向転換と驚くとともに、この合意をかつて独立戦争後の米国で、各州の借金を連邦政府が肩代わりする事で、弱体だった連邦政府の力を一気に高めたハミルトン初代合衆国財務長官の手法に倣ったメルケル氏の「ハミルトン的瞬間」だと、もてはやされる処です。

尤も、EUが米国ほどに統合されることはないでしょうが、基金の推進は、第2次大戦後のドル支配体制を固めたマーシャル・プラン級のインパクトを持つであろうし、従ってドイツが欧州の盟主として登場する事になるだろうとは大方の見る処でしょう。 もとより、このメルケル氏の方針転換の裏には、欧州経済に係る合理的な懸念とは異なる、トランプ米大統領の執拗な圧力に対する反発がある処と思料するのですが。

ドイツとフランスは、EUを足場に「アメリカでも中国でもロシアでもない勢力、それも民主主義を守る中軸勢力となる」ことを目指すことでしょうが、とすればこれからの国際政治では米中に並んで、独仏主導のEUが存在感を増す事になると思料するばかりです。因みに、外為相場はユーロがドルや円に対して高値を試す展開になりそうだと観測されていますが、欧州の景気回復が米国より早いとの見方がある処、今次の欧州復興基金の創設で合意したのを機に騰勢を強めたとされる処です。

尚、この際、留意すべきは、The Economist July 25~31が、政府の歳出能力の拡大する状況を、「Free money – When governments spending knows no limits」と評していましたが、要は、最近の財政支出には規律が働かなくなってきている事態への警鐘です。コロナ禍は従来の経済政策の常識をも揺さぶる処、「大借金」と「大歳出」はどこまで続けられるのか、借金先進国の日本はどうなるのかです。

1年ほど前、世界で論争が起きたMMT(現代貨幣理論)主導者の一人、米学者ステファニー・ケルトン氏は昨年の来日時に「日本では財政赤字が自動的な金利上昇に繋がらず量的緩和も機能している」と述べ、既にMMTを実践していると指摘していました。当時、中銀や主流派学者は猛反発していましたが、コロナ禍を前に今や、先進国の多くが日本の後を追う処です。 勿論、コロナ禍の非常時には必要な対策を取るのは当然ですが、それでも効率的とは言えないカネの使い方が目立つのは極めて気がかりと云うものです。アベノマスク、10万円の特別給付金・・・。

さて、8月14日付け日経では上智大准教授の中里透氏が、コロナ後の財政の在り方を考えていく上で、これまでの30年を振り返り、日本財政のいうなれば、繰り返されてきた赤字化の経緯にも照らし、国債暴落やハイパーインフレと云った極端な議論からは十分な距離を保ち、中長期の視点から、落ち着いた環境の下で財政の問題を考えていく方が良いのではないか、重要なのは、どのタイミングで、いかなる対応をしていくかという明確な時間軸の視点を持つことだとし、そうした観点から経済財政運営の今後を展望するのです。極めて示唆ある処、その概要を紹介しておきたいと思います


             第2章 コロナ後の財政を考える

・財政の実状
まず、現在の局面で求められることは、企業の倒産が増え本格的な雇用調整の実施で経済が長期の停滞に陥るのを回避する事だとするのです。景気はこの4~6月期に底を打ち、回復に向かいつつあると見られるが、足元の消費の動向を観ると、回復のペースは穏やかだと。世界経済の減速と消費増税の影響で景気はコロナ前から既に落ち込んでおり、新型コロナの感染再拡大が懸念される現状を併せ考慮すると、景気回復の足取りは緩慢となろうとする処、当面は財政と金融の両面から景気の下支えに万全の措置を講じていく事の必要性を指摘すると同時に、デフレへの逆戻りが生じないよう、物価の動向にも十分な目配りが必要とするのです。

つまり、デフレが齎す効果について、日本政府が発行している国債のほとんどは物価連動債となっていないことから、物価の下落は実質的な債務の増加を齎すことになること、所得税などの税制についてもインデクセーション(物価変動に応じた負担調整)がなされていないことから、デフレ下では税収の伸びが抑えられ、財政収支の改善にマイナスの影響を齎すことになるからと云うことです。

これらを踏まえると、当面は性急な増税などの緊縮的な措置により景気に下押しの圧力を生じさせないよう、慎重な態度で政策運営を進めていく事が必要と云うのですが、銘記すべきは名目金利の実効下限制約が存在する下、金融政策による対応の余地が既に大きく狭まっており、緊縮的な財政運営により景気にマイナスの影響が生じても、それを金融緩和では相殺できないと云う事だと云うのです。

そして、やや長い目で見ると、社会保障費の増加への対応が大きな課題となる処、この点については、22年から24年にかけて、団塊の世代が75歳に到達し、医療費、介護費の増加が生じる「2025年問題」として、大きな懸念材料として捉えられがちだが、この問題はやや強調されすぎというきらいがあると云うのです。と云うのもこの期間中に65~74歳人口は大きく減り、年金給付などの伸びが鈍化するため、社会保障費全体の増加のペースはこれまでと同程度に抑えられるからと云うのです。
実際、内閣府の中長期試算を基に社会保障の今後の推移をみても、20年代半ばには社会保障費の急増は生じないことが確認出来る処、社会保障費の大幅な増加が懸念されるのは団塊ジュニアが高齢者になる30年代半ばの事で、この局面に備えては、30年代前半にかけて消費税率を15%程度まで段階的に引き上げていく事は避けて通れないかも、と云うのです。

・国債の安定消化
さて当面の政策対応について、注目されることの一つとして、国債の安定消化が引き続き確保していけるかを、挙げるのです。
20年度の2次補正後の一般会計予算での公債全収入(新規国債発行額)は90.2兆円で、国債依存度は56.3%に達する。しかも現時点では20年度の税収の減収分が予算に反映されていないから、国債依存度は更に高まることが見込まれる。ただこの際の議論、つまり国債の累増と国債の消化余力の関係については、家計金融資産残高と政府債務残高の大小関係とその推移に着目する議論が見られるが、この議論では日本の資金循環の大きな特徴、即ち企業部門が資金余剰(貯蓄超過)である事実が見落とされていると指摘するのです。つまり、
過去30年ほどを振り返ると、政府部門が資金不足に転じ(財政赤字が発生)、家計部門の貯蓄が減少傾向をたどる中で、企業部門は資金余剰に転じ、このことが安定的な国債消化を支えてきたと云うのです。

勿論コロナ禍の下で、この構造がどのように変化するかは見通し難いが、金融システムの不安定化が生じた97~98の局面と08~09年の局面では、いずれも政府部門の資金不足の拡大と企業部門の資金余剰の拡大が生じ、結果的に国債の安定化が確保されてきたとするのです。 それでも政府支出が野放図に拡大するようなことがあれば、財政の持続可能性への懸念から長期金利に上昇圧力が働くこともありうると云うのですが、2次補正に計上された10兆円の予備費については、経済動向をよく見極めて、必要な範囲内での機動的な予算執行に努めることが求められるとする処です。

・明確な時間軸をもって
コロナ後の財政収支の改善に向けた取り組みでは、大幅な増税は避け、景気の回復と穏やかな物価上昇の継続により生じる税収の増加と、歳出の十分な抑制により対処する事が望ましいと。これは絵空事ではなく、財政赤字の大幅な縮小が生じた13~18年の局面で実際に達成された事だと、指摘する処です。 そして、早期の感染収束が難しくなる中、先行きは見通しにくいが、明確な時間軸の下で、堅実な対応がなされていく事が求められると、力説する処です。


おわりに 「狂騒の20年代」の再来 ?  

・世界の第2四半期(年率)GDP
8月17日、内閣府が発表した2020年4~6月期の実質GDP(速報値)は、年率換算で27.8%のマイナス、戦後最大の下げとなるものでした。云うまでもなく、コロナ禍の拡大で内外需が打撃を受けた結果で、経済活動が広く停滞し、GDPは統計を遡れる1955年以来で、かつてない落ち込みとなるもので、年率換算での実質GDPは485.1兆円、7年半振りに500兆円割れ、リーマン時の3.5倍の落ち込みということで、コロナ禍の傷の深さを鮮明とする処です。 米欧中も既に4~6期のGDPを発表しており、いずれもマイナス。米国は前期比年率で32.9%の減、ユ-ロー圏は40.3%と夫々最大の減少率、唯一プラス成長となったのは中国(3.2%増)でした。前期比年率で、欧米諸国は2期連続の減少に対して日本は3期連続のマイナスです。
英経済誌エコノミストのEconomist Intelligence Unitによれば、日米欧7か国(G7)は7~9月期には、全て前期比プラスに戻る見通しですが、それでもGDPの規模は、米国が17年、英独仏とカナダが16年、日本が12年、イタリアに至っては1997年の水準に止まると見る処、正常化には時間がかかりそうです。

感染抑制と経済活動の両立の重要性が改めて浮き彫りにされる中、西村経財相は「成長軌道に戻す」と力む処ですが、そこにはアベノミクスを以って経済の回復を主導してきたはずの安倍首相の姿は見えず、さて、西村氏のその手腕、如何にとみる処です。

・ざわつく米ウオール街
そんな中、米ウオール街の一部からは「狂騒の20年代」の再来か?の声が伝わる処です。 つまり、経験則的には8月相場は下落しやすいとされる中、NY株式市場は今、楽観ムードに覆われ出し、特にハイテク株の比率が高いナスダック総合株価指数はアップルやマイクロソフト等の巨大ITが牽引する処、8月19日には、アップルが米企業として初めて時価総額、2兆ドル超をマーク(注)した他、株式分割で投資家の裾野が拡大するとの期待を集める電気自動車(VE)大手テスラも買われるなどテクノロジー株も買われ、今から100年前、米国で技術革新が経済成長を牽引した‘狂騒の20年代’が取り沙汰されだしたと云うものです。尤も、コロナ対応の大幅金融緩和でカネ余りが映す処かと、思料するのですが。

    (注)世界企業で最も高い時価総額はサウジアラビアの国営企業、サウジアラムコで
2019年12月には2兆264億ドルを付けていますが、その後は、原油安と業績悪化
懸念から株価は低迷、足元の時価総額は1兆8000億ドル台で推移している。

序で乍ら、8月25日の東京市場では、米市場の上述動きに呼応する如く、日経平均株価は一時23,419円をマーク、コロナ急落の前日の終値、23,386円を約6か月振りに上回っています。

その狂騒の20年代とは、20年代の米国を表する言葉で、当時の社会、芸術及び文化の力強さが強調される時代でした。第一次大戦の後で「ノーマルシー(Normalcy)」(常態に復すること、米大統領ウオーレン・ハーデイングが1920年の選挙スローガンに使った)が政治に戻り、文化的にはジャズが花開き、フラッパー(flapper)が現代の女性を再定義し、アール・デコが頂点を迎えたのです。が、最後は1929年のウオール街の暴落が、この時代の終わりを告げ、世界恐慌の時代に入ったことは、周知の処です。 
一方、この時代の繁栄を支えたのが1908年に売り出されたフォードのT型車に象徴されるように、大量生産技術が開発され、贅沢品であった車は一気に普及を見たように、製造技術の革新、つまりイノベーションによる経済の発展を見、高速道路が建設されたほか、いわゆるインフラの整備が進んだことで人々の日常生活は大きく変化していった時代でした。

そうした米経済が繁栄した1920年代と、その100年後の現代の2020年代と、重ね見る時、まず2020年代の今は、新型コロナウイルスのパンデミックを以って幕が開きましたが、1920年代も1918年に発生して4000万人が犠牲となったスペイン風邪を経て突入しています。そしてイノベーションを通じて経済成長を果たしていったのです。ただその繁栄は、1929年の世界恐慌によって幕が下ろされた事は周知の処です。

そこで2020年代を支える技術革新の如何ですが、その一つは、間違いなく新型コロナによって急加速する医療分野でしょうし、実際、新型コロナのワクチン開発は異例のスピードで進んでいます。因みに、メデイアによれば、ワクチン治験は今や最終段階にある処、米フアイザーは2020年末までに最大1億回接種分、21年には13億回分のワクチン供給を目指すとする処です。又、富士フィルムの米子会社による新型コロナワクチン生産計画に対して米政府は約2億6500万ドル(約280万円)を拠出する由です。(日経7/28、夕刊)

勿論、医療分野にとどまらず、技術革新の加速に向けた土壌も整ってきています。 そこで2020年代が「狂騒の20年代」の轍を踏むことのないためにも、国際的連携を含め、技術革新の堅持、更なる推進が求められる処です。もとよりそれは、コロナ後の新たな経済の生業を求めるトレンドに符合する処です。と同時に、科学を理解できない政治家に、この‘革新’を政治の具にされないことを願うばかりです。


処で、今、米国では共和党の全国大会が開催中で、25日、トランプ大統領とペンス副大統領を正副大統領候補に正式に指名しました。一方、民主党は、既に8月20日の党大会で、
バイデン前副大統領、ハリス上院議員を正副大統領候補に正式指名を終えており、いよいよ米大統領選、本格稼働です。そこで次号論考では、米大統領選 前夜と題し、報告予定です。 [2020/8/26記]
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2020年07月26日

2020年8月号  コロナ禍の世界秩序の行方、日本に求められる行動様式 - 林川眞善

目  次

はじめに  世界秩序のかたち
 ・世界秩序は新たな流儀で
 ・民主主義国の連帯体制の構築

第1章 日本経済 コロナ禍からの脱出戦略

1.国民の不安解消こそが最優先の経済対策
 ・小林慶一郎氏の提言
2.脱出戦略のリアル
 ・コロナ危機は変革へのチャンス

第2章 日本経済 持続可能な成長への戦略

1.` Great reset ‘ of capitalism
・三つのAgenda
2.日本の ‘かたち’はSDGs対応がカギ
(1)「令和2年7月豪雨」が再び示唆すること
  ・環境立国たるの宣言を
(2)中期展望を欠いた「骨太方針」

おわりに 世界の指導者の優劣をはっきりさせたコロナ危機
 
(1)安倍政府のコロナ対応は上手くいったのか  
  ・モヤモヤ感の背景
  ・コロナ対策検証会議発足
(2)メルケル首相は民主主義の実践者

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はじめに 世界秩序のかたち

世界では行動制限を緩めて経済活動の再開を目指す動きが広がる中、感染ペースはむしろ早まっている様相にあります。6月28日、米ジョンズ・ホプキンス大によると、世界の新型コロナウイルスの累計感染者数は1000万人を超えたと発表。ブラジルなど新興国で新規感染が急増しているほか、先進国では米国で感染者が再拡大の様相です。翌29日に発表された世界のコロナによる死者数は累計で50万人を超えたとの由です。
序で乍ら、これまで新型コロナウイルスに負けない、強い大統領を誇示すべくマスクの着用を忌避してきたトランプ氏も、かかる状況に、マスク着用で公の場に現れる一方、多数の支持者を集める党集会は取りやめると方針の転換を示す処です。

OECDは6月10日、年内に感染が再び拡大した場合、2020年の世界の実質経済成長がマイナス7.6%に落ち込むとの予想を公表する処です。こうした世界経済のトレンドを高めているのが米中対立の激化であり、前号でも取り上げた通りですが、とりわけコロナウイルスとの闘いが、マスク、防護器具、人口呼吸器、ワクチン等を巡る戦いでもある点で、多くの国では、自国第一主義でそれらを奪い合う、言うなれば地経学的、即ち経済安全保障的な衝動すら露わとなる処、グローバル経済の核となってきたグローバル・サプライチェーンの国内回帰等が云々され、以ってglobalizationの終焉と総括されることの多い状況です。が、果してそうなのか。いやコロナ対応で各国は自身の防衛に向かい出したものの、パンデミクスの解決には国際的協力なくして在りえず、つまりinternationalな協調が不可欠と云う事で、事態は、いまそれに向かい出しているのではと思料するのです。

・世界秩序は新たな流儀で
英誌 The Economist ,Jun. 20のcover storyはThe new world disorder と題するものでした。その内容は、これまで世界の安定秩序の基盤とされてきた国際機関の機能不全が、深刻化する米中対立の煽りを受ける形で進み、同時に関係諸国間の分断が進んできたこともあって、グローバル経済の無秩序化が進み出す様相にある処、仮に米国が国際機関から身を引くとしても、関係諸国は‘前進’をと、檄を飛ばしながら、変調ながらの秩序作りの可能性を指摘するものでした。世界秩序は新たな流儀でと云った様相です。

つまり、75年前、国連創設にあった当時の世界の生業をレビューしながら、危機にある現状、global 秩序の混乱が齎す恐怖は米国自身を含め、各国に及ぶ処、仮に米国が外れることがあったとして、関係諸国が一緒になって、とりわけmiddle powerとしての日本、ドイツそして新興のインド、インドネシア等、積極対応していかねば事態をほぐすことにはならないと警鐘を鳴らすものでした。まさに経済のグローバル化に支えられてきた日本にとって、それは日本の出番を示唆する処と云え、筆者が前号論考で日本は自立する外交を目指せ、としたそれ文脈を同じくする処です。

上述、米中の対立が国際機関(global bodies)の機能をも低下させ、安全保障体制の停滞を誘引するなか、多国間協定無視のトランプ氏の破壊行動は、それを更にエスカレートする様相にあり、先のパリ協定からの脱退声明に引き続き、来年7月WHO脱退を国連に通告した他、WTOに対する軽視態度、又、欧州安全保障体制の基盤たるNATOの機能低下につながるドイツ駐留米軍の一部撤退表明等、世界のこれまでの秩序をなし崩しする様相にあり、大いなる懸念の強まる処です。もとより、今次のコロナパンデミックと云うグローバルな問題解決には、治療とかワクチン開発と云った点で、国際的な協調・協力なくして解決を見ることはなく、これが地域社会の安全保障にとっても大きな問題を提起する処です。

・民主主義国の連帯体制の構築
こうした状況にどう対抗していくべきか。前掲The Economist誌は続けて下記指摘するのです。 つまり、それでも世界はいわゆるポイント・オブ・ノリターンを迎えてはいない。これまでの数十年間、米国に次ぐ、第2のパワーとして、言うなれば米国に追従する形で今日まで歩んできたフランス、ドイツは多国主義の下、連携強化を目指し他国との自由経済の関係強化に向かい始めている。更に、日本、ドイツ、豪州、カナダを含む9か国による民主主義国の連帯体制(これらは世界のGDPの3割を占める)の構築の可能性も指摘し、「世界秩序救済のための会議」(committee to save the world order)の導入すら示唆するのです。 勿論米国がドミナントなポジションを握るだろうが、他メンバーが結束すればできない話ではないと云うのです。トランプ米国がTPPから降りた後、関係諸国はそれぞれに地域的な経済協力、双務的貿易協定などを擁して貿易拡大を進めてきている事、更に日本とEUとの通商協定は、その最たるものと、指摘する処です。

序で乍ら、国際秩序を守ることは必要な事とも云いながら、中国の露出度の近時の高まりに懸念を示すのです。つまり、国連における中国の露出度の高まりです。例えば、彼らの国連経費負担は、2000年ではわずかに全経費の1%を負担するだけでしたが今や、その負担は12%に拡大、しかも今や、国連専門機関、15機関の内、FAO等4機関のトップが中国人、米国はと云うとトップを占めるのは僅かに1機関という状況で、国家の主権や人権をめぐって中国の影響が諸に出てくることへの懸念、隠せぬ状況です。

さて、前回論考で筆者は、今後日本が目指すべき政策の方向は「自立する外交」としましたが、それは上述状況を踏まえての主張ですが、これが一種、危機管理対応とも言え、その意味では「チャイナ・プラス・ワン」(注)にも通じる処です。

    (注)「チャイナ・プラス・ワン」:2005年小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝問題で日中関係が
急速に悪化したことをきっかけとして、中国への集中を避け、他アジア諸国との連携をと、議論
が起こったことを指す。が、その後の日本側の政変も加わり萎む処、今再びとする処。

勿論、現実に国際社会で存在感を示していくためには、もとより強い経済が求められる処、言い換えれば、それは強靭な日本経済の確立です。ただ、これが新型コロナウイルス禍の現状にあって、どのような対抗を構想し、実施していくかですが、結論を先に言えば、政府諮問会議委員に招聘された東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏の言う「第三の道」、つまり、感染防止と経済回復が両立する道を追求する事と思料するのです。 そこで、今次論考ではこの第三の道の実際をコロナ禍からの脱出戦略とし、更にコロナ禍を超える、急速に進み出した経済の新展開を、日本経済の再生戦略として改めて考察する事とします。


            第1章 日本経済 コロナ禍からの脱出戦略

さて日本では5月末、緊急事態宣言が全国で解除され、コロナ禍は新たな局面に差し掛かってきています。ではこれから先、日本の対抗政策は如何にと、まさに「コロナ禍からの脱出戦略」が問われる処です。言い換えれば、政治も経済も何を成すべきかですが、それは上述、経済回復と感染防止が両立する「第3の道」を目指す事になる処です。

人類が感染症を完全に「制圧する」ことは不可能とされています。そこで巷間、「コロナとの共生」が話題となるのですが (筆者は決して「共生」とは云わず、常に「対峙しながら」とするのですが)、その議論は、「外出自粛・休業要請」で不況を甘受するか、経済を再開して感染拡大にリスクを受け入れるか、の二者択一の政策に陥りかねません。これではどちらを選んでも犠牲は大きいと云うものです。従って、今後は「経済の回復と感染防止」が両立する「第三の道」を目指す事が求められる処、その帰結は、小林氏の云う、感染を恐れない社会の創造に向かう事と思料するのです。

1.国民の不安解消こそが最優先の経済対策

現下の世界的経済不振は、コロナ感染防御策として取られてきた人々の行動様式の変容に負うものです。つまり感染予防対策として、人と人の直接的接触を回避するソーシャル・デイスタンスの確保です。そのためには「外出自粛・休業要請」を通じて拡大防衛を目指す、まさに人の行動様式の変容が求められての事と云うものです。かくして市民は外出を自粛し、従ってGDPの6割超を占める消費活動の萎縮を生み、これが生産活動の停滞を誘引し、経済全体が停滞を示す処となっています。 この背景にあるのが消費者の感染への不安で、これこそが経済低迷の本質と云え、「外出自粛・休業要請」で感染症による死者数を減らしても、経済苦による自殺者がそれを上回っては、政策としては失敗です。そこで経済回復と感染防止が両立する政策が求められる事になると云うものです。

・小林慶一郎氏の提言
今次政府諮問委員に招聘された前出、小林慶一郎氏は就任直前、国民の感染不安をなくことが、最優先の経済対策だと強調するのでした。そして、その為には、次の感染拡大に対応しうる十分な量の医療体制と、市中感染を抑え込む検査体制の拡充が必要と強調し、その為のシステムを「検査・追跡・待機」の3セットとして示す処です。そしてその際は、検査の目的は「医療のため」だけではなく「社会の不安を取り除くため」でもある、という新しい考え方に転換すべきと主張するのでしたが、実に頷ける処です。

3セットの内容とは、まず段階的に「PCR検査」を拡大すること。第2に接触者追跡のための人員を大量に雇用して濃厚接触者を追跡すること。そして第3に陽性者は隔離して一定期間、待機・療養生活を送ってもらい新規感染者を抑え込むこと、とするのです。そしてこの3セットを実施した場合、トータル・コストは2兆円と試算するのですが、不安を払拭することで経済の本格的な再開を早めることができれば、2兆円のコストがかかったとしても、現在、想定される経済停止による損失(年間25兆円~50兆円に達すると想定)を大きく低減させることができるのではと強調する処です。(文芸春秋、2020年7月号)

2.脱出戦略のリアル

さて、これまで、「外出自粛・休業要請」とひたすら我慢をお願いする、いわば受け身の戦略でしたが、今求められているのは、感染リスクを積極的にコントロールした上で、経済の回復を目指す攻めの戦略ではと思料するのです。その点、医療関係者との交流を図りながら、社会として、経済として、いかに対応すべきかを考えていくシステムが必要となる処です。そしてsocial distanceを図りながら、と云う新たな行動様式を擁して経済活動を図るとなると、まず経済のオンライン化を進めることであり以って、前出感染を恐れない社会の創造に向かうべきとされる処です。
要は、検査体制に道筋をつけ、消費者の不安を払拭できるかですが、日本経済の未来は、まさにここに係っていると云うのですが、然りとする処です。従って、景気回復に向けた本格的な経済対策は、上記の通り、感染症の拡大に一定程度、歯止めがかかったと見極めが得られた段階で導入されていく事、と思料する処です。

今米国では、経済優先で、早期に経済活動を再開に踏み出した結果、コロナ感染の再来に曝される処です。これもトランプ氏の再選目当ての政治行動の結果と云え、ノーベル賞経済学者のP. Krugman氏はNY Times(July 2)で、トランプ政策を批判し「ロックダウンで救われる人の命の経済的価値は、経済活動停止による損失を大幅に上回る」と語る処です。

一方、経済対策と云う側面では、「雇用を守る」「中小企業を倒産させない」と云った力強いメッセージを発信して、国民の生活保障に力点を置くことも不可欠です。具体的には雇用調整助成金の拡充に加え、本当に困っている個人や中小企業、個人事業主に対象を絞った迅速な現金給付などが必要です。又、中小企業の資金繰り倒産を防ぐ意味で、無利子・無担保の融資拡充と共に、税金の支払い猶予・減税等、政策を総動員されるべきと云うものです。

・コロナ危機は変革へのチャンス
つまり脱出戦略とは、まず医療体制の確立と併せて、コロナ禍で痛手を受けた事業への政府による支援で雇用を維持させ安心感を与え、その上で企業の改革を進めると云う構図が生まれる処です。実はコロナ感染拡大回避の為、導入されたsocial distanceが結果として産業・組織・個人に大きく変わる覚悟を求める事となった事で、コロナは危機だが企業変革ができるチャンスたるの自覚を生んだのです。働き方が変わり、DX( Digital Transformation )にも様々な企業が取り組む等、このチャンスをうまく活かせる企業がこれからも新しい価値を生んでいくと見られ、結果、産業構造の変化が進むと見られるようになってきたと云うものです。(注)

 (注1)「デジタル・トランスフォーメーション (DX) ―価値の協創で未来を拓く」
経団連は、timingよく、5月19日、頭書提言を発表しています。その趣旨はデジタル技術を活用し
て企業に変化を促すことを通じて情報化を中核に置いた新しい社会の創造を目指さんとするのです。
具体的には、テレワーク、オンライン診療、オンライン授業、インターネット選挙の実現等を通じて
「ソサエテイ5.0」を推進し、リモート社会を構築していくと云う。[ ① 産業構造DX―Society 5.0
時代の産業、②企業DX―協創、➂新たなルール、 ガバナンスの確立 -産官学協創による国際展開 ]-

(注2)「ソサエテイ5.0」:狩猟社会(Society 1.0),農耕社会(Society 2.0),工業社会(Society 3.0)、
  情報社会(Society 4.0)、と云った人類がこれまで歩んできた社会に次ぐ第5次の新たな社会を、デ
ジタル革新、イノベーションを最大活用して実現すると云う意味でSociety 5.0 と称する。

尚、留意すべきは、オフィスワークとテレワークが代替的でなく補完的に機能するようにする事が肝要と云え、それにはICT環境を進化させるだけでなく、常態において2つの働き方が相互に補い合うように、企業内、企業間、および企業を取り巻く社会のシステムを変革する事が必要となる処です。

さて上記を総括するに、社会・経済活動の持続性回復に舵を切る為の条件は、一つは「治療体制」、つまり重症化リスクの高い高齢者等に対して重点的に高度医療を提供することが可能であり、「医療崩壊」のリスクがない状況が実現できている事、二つは「リモート社会」を実現させる事そして、企業の新陳代謝を進めることと、なるのです。 更に理想的には、世界的にSDGsが推進されて環境破壊や所得格差の拡大に歯止めがかかっている事が必要となるのですが、この点は日本経済の将来への取り組み、再生戦略として、次章で触れる事としたいと思います。


第2章 日本経済 持続可能な成長への戦略

1.` Great reset ‘ of capitalism

コロナショックを経て今後、日本を含めて世界は、どのように進むことになるのか。
今年の初め、スイスで行われた World Economic Forum(WEF:いわゆるダボス会議)のテーマはグレ-ト・リセット、つまり新しくなる世界を巡っての議論、とりわけステークホルダーが作る持続可能で、結束した世界の創造を目指す議論が多々行われた由ですが、200以上のセッションの内、4割程度が「環境」に関連した内容だったと報じられています。
その主催者のWEF会長、シュワブ氏は、再び米論壇、Project Syndicateに6月3日付けで「Time for a Great reset 」と題し、エッセイを投稿しています。その趣旨は、現下のCOVID-19に対するlockdowns(都市封鎖)は緩和されていくだろうが、世界の経済社会の見通しはただただ厳しく、急速な経済の落ち込みは既に始まっている。但し、これが1930年代来の大不況に向かう事になるかは、避けられないことではない。要は世界が一体となって速やかに、社会・経済のあらゆる活動様式、教育や社会契約、働き方を変革することで避けられると云い、つまりは資本主義のリセット(Great Reset of capitalism)が必要と主張し、そのためのアジェンダとして以下の三つを挙げるのです。

・三つのAgenda
一つは公正な市場創造への政策誘導です。この為には政府の調整機能の強化、税制制度の見直しや財政政策の強化等、が求められ更には、貿易協定の改善やまさにステークホルダーを中心とした経済の創造、確立が求められると云うのです。そしてより公正さを担保するための政府機能の強化をもと、するのです。つまりこれまでの資本主義が効率をベースとした市場主義にあったものから、より公平な所得を保証する経済に誘導するstake-holder capitalismにシフトしていく事。
二つには、機会の平等、経済の持続性確保を共有の目標として、投資活動の促進を図る事。つまり、米国、日本、そしてEUでの7500億ユーロの欧州復興基金構想等、多くの国ではいま大規模な支出計画があって、旧来からの制度の不具合を埋め合わせることも含め、新たな持続的、強い耐性の経済を再生に向けた新たな経済の構築に向けられる、それこそが進歩への大きな機会だと云うのです。これこそは彼流にいうgreen urban infrastructure の創造であり、産業の環境対応、社会的対応を促す要因となると云うのです。
そして最後に、最も優先すべきAgendaとして、公共財とも云うべき健康や社会的挑戦に資するよう第4次産業革命の更なる革新を図っていく事、と云うのです。

以って、これからの進むべき経済社会のシナリオは、「グローバル資本主義」からSDGsを中心に据えた「ステークホルダー資本主義」への転換だと云うのです。即ち「新常態(ニューノーマル)」と呼ばれる新しい世界が始まると云う事を意味するのですが、巷間、コロナ禍後の経済が、それ以前の状態に戻ることがないだろうと云々されていますが、それは、かかる事態の変化を意味すると云う事なのです。因みに2019年8月、米国の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が株主第一主義を見直し、従業員や顧客、地域社会などにも配慮すべきだとする共同声明を発表していますが(弊「論考」2019/10月号)、こうした一連の出来事を踏まえると、伝統的な経済学は「成長」や「効率性」ばかりを重視し、「分配」や「格差」に関する分析を怠っていたとも云え、そこでシュワブ氏指摘のように、コロナ以前の世界を一旦リセットし、新しい社会システムの再構築を目指すことが求められていることを、改めて自覚させられる処です。

2.日本の‘かたち’はSDGs対応がカギ

(1)「令和2年7月豪雨」が再び示唆すること
この7月、日本は九州地区を中心に大豪雨に見舞われ、気象庁は「令和2年7月豪雨」と命名する処です。おととしは「平成30年7月豪雨」、その前年には「平成29年7月、九州北部豪雨」と、毎年のように豪雨災害が起きています。もはや一国の治山治水政策を超えた地球大の気候変動が齎すものと指摘される処です。気象関係の専門家によると、積乱雲が次々と発生する「線状降水帯」が引き金だったと云うのですが、梅雨前線に向かって海面から上昇した暖かい空気がぶつかり大雨になったと云うものですが、地球温暖化によって海水温が上昇すれば、今後も日本列島は豪雨に見舞われる危険性が高いと云うのです。
気候変動と云えば、近年の南極圏の凍土の融解が問題となっています。つまりそこにとじ込められていたウイルスが凍土融解の過程で他生物を介して再生することが指摘され、気候変動が続く限り、ウイルスが死滅することはなく、従ってコロナ問題は続くとされる処です。

更に温暖化問題に直結する問題がエネルギー問題、とりわけ石炭問題です。つまり温暖化を促進させる二酸化炭素の排出量の高い石炭火力ですが、その石炭火力への依存度の高い日本への批判は高まることはあっても収まることはなさそうです。と云うのも今世界ではコロナ感染拡大をきっかけに「脱石炭」の動きが加速しているのです。 経済活動の停滞で電力需要が減少し、気候変動の対策を意識する各国の経済政策もエネルギーの転換を後押しする状況にあります。コロナ後は新しいエネルギーの時代をどう生きていくかが試される処、欧州を中心に各国は脱炭素を柱とする経済対策「グリーン・リカバリー」に知恵を絞る状況と伝えられています。こうした現実にも照らすとき、まさにSDGs(注)として盛られた環境政策対応こそが、日本の行方を規定する事になると、改めて知らされる処です。

(注)国連サミットのSDGs合意と日本政府
SDGs(Sustainable Development Goals)とは、1999年のダボス会議で、当時の国連事
務総長、コフィ・アナン氏が持続可能な成長実現のための世界的枠組みを提唱、これ
が2015年9月の国連サミトで採択され、「世界を変革する-持続可能とする開発の
為の2030 Agenda(17のゴールと169個のターゲット)」とされるもの。日本政府は
翌年、2016年12 月22日に全国務大臣で構成する「持続可能な開発目標(SDGs)推
進本部」を立ち上げ、「SDPs実施指針」を決定、2030年Agendaに掲げられた5つ
のP( People, Planet, Prosperity, Peace, Partnership ) に対応、日本政府が目指す8
項目を掲げ、今日に至っている。

・環境立国たるの宣言を
現状は、一部の企業が、その実行プランを公開し、ネットを介し、interfaceを図っていますが特段、何の響きもありません。欧米企業では周知の通り、トップが社会のあるべき姿を描き、それに向かって現場が進む処、日本では現状の技術レベルを前提にボトムアップで計画が進むため、SDGsへの取り組みが遅々として進まぬ事情にある処でしょう。然し、不透明感深まる今こそ、より良い未来の構築に取り組む姿勢が重要です。上述日本の対峙している問題、世界の構えにも照らし、この際は「環境立国」を宣言し、SDGsの大きな柱である環境問題への取り組み姿勢を、世界に発信していく事とすべきを思う事、今再びとする処です。

そこで問題は発想の転換です。つまり現状からの延長ではなく当該目標から逆に、それに向かってどういったことが求められるかを追求する行動様式で、要は「フォアキャステイング」から「バックキャステイング」への思考転換が必要と云う事ですが、その事が日本の生きざまを進化させていくはずです。その点、筆者が主宰する勉強会でも大いに沸く処です。
 
(2)中期展望を欠いた「骨太方針」
安倍首相は、6月18日の記者会見で「ポストコロナの新しい日本の建設に着手すべき時は今だ」と訴え、アベノミクスで掲げた目標のいくつかは、2021年9月までとなる総裁任期中の実現は難しくなる中、7月3日には、「アベノミクスで掲げた目標のいくつかは、2021年9月までとなる総裁任期中の実現は難しくなる中、強靭性や持続可能性を持った長期的視点に立って社会像を追求する」と発言する処でした。 そして、首相が議長を務める未来投資会議を拡大し、「コロナ後」の社会像を構想する新会議を立ち上げ、経済諮問会議の民間議員や感染症の有識者などを入れて議論を始めるとも、伝えられる処でした。

が、7月17日閣議決定された経済財政運営と基本方針(骨太方針)では、ウイルス感染防止と正常な経済社会活動の両立を謳い、デジタル化の加速や医療体制の拡充などに取り組む方針を示したものの、残念ながらコロナで一変した世界に向き合う経済・財政の中期的展望を見ることはありません。その事は安倍晋三首相の何を意味する事か、関心の募る処です。


       おわりに 世界の指導者の優劣をはっきりさせたコロナ危機

(1)安倍政府のコロナ対応は上手くいったのか
周知の通り、安倍政府は5月25日、4月7日以来の緊急事態宣言を全面解除とし、経済活動再開に向け動き出しました。解除決定の論拠とされたのが「再生産数」(注1)で、 いずれも感染拡大が防げるレベル(新感染者が直近1週間の合計で10万人当たり0.5人以下に抑えられている状況)に達したとするものでした。

(注)「再生産数」:これは1人の感染者が何人にうつすかを示す数値で、感染雄拡大が続くのか収束
するのかを知る物差しとなるもの。これには「基本」と「実効」指標があり、特に実効はパンデミ
ック後に各国がとった対策の巧拙を知るバロメーターとなる。これは1人の感染者が何人にうつす
かを示す数値で、感染雄拡大が続くのか収束するのかを知る物差しとなるもの。

かくして、当初恐れられていた感染爆発は逃れ、日本の流行は一端、収まりつつありました。が、現状は感染拡大、再びの様相です。何ともモヤモヤ感、募る処です。

・モヤモヤ感の背景
日本は人口10万人当たりの死者が0.65人と、欧米に比べて大幅に少ないことを評価する声はあります。然し、パンデミック第1ラウンドでは各国の医療体制や対策への巧拙が感染者数や志望者数を左右したと云われています。情報テクノロジーをうまく使いこなした台湾、徹底した検査と追求、隔離で感染を抑え込んだ韓国、官学一体で合理性ある戦略に拘ったドイツ等、いずれも「台湾モデル」、「韓国モデル」「ドイツモデル」として他国は手本にする処です。然し「日本モデル」という言葉は聞こえては来ません。 何故か? ウイルスとの闘いはこれからが本番とされる処です。そこで感染の拡大を抑えつつ経済活動を戻し、予想される第2波に備える為にもと、そのモヤモヤ感の所在を、以下に整理してみました。

① 自粛要請という日本型規制の曖昧さです。日本の場合、対策はデータを重んじる合理性や一貫性を下記、「自粛要請」と云う矛盾した言葉を国民の行動に強いてきたからで、まねしようにもまねできません。因みに、6月9日付けFinancial Timesは、今次の日本の成果は国民のmindo(民度)の高さによるものとした麻生太郎氏のコメントに、`Japanese pride in the end of lockdown can swell too much’ と、強く反応する処、要は国としての政策のなさを示唆する処です。同じ線上にある問題として指摘できるのが、外出制限の前提となった「8割」自粛の数値です。本来は人と人との接触を減らす数値目標です。然し、緊急事態宣言下でいつのまにか主要ターミナル駅や繁華街と云った都市部への人出(人の流れ)の削減に焦点が移っていたのです。人出が減るのと、人と人の接触が減るのとはイコールではありません。そもそも接触機会をどう定量的に示すかも定まった手法はありません。この科学的根拠の希薄な「8割目標」はモヤモヤの温床となるものでした。
② もう一つはPCR検査不足に対する説明の不十分さです。これが言うなれば社会に不安や不信を掻き立てたと云う事です。疫学調査を優先し医療崩壊を防ぐのが目的なら、過少検査でも問題がないとする根拠を丁寧に説明すべきだった処、そうした機会はないままに終わってしまった事でした。検査数が十分でなく、国内の感染状況を正しく反映していない可能性もありで、各国が出口戦略に活用した「実効再生産数」(前出注参照)と呼ぶ流行を映す数値を採用することができていなかったと云う事です。そして宣言解除に向けた基準作りは難航し、「感染状況」、「医療体制、「監視体制」の三つから判断せざるを得なくなり、結局「総合的に判断する」と云う、聞こえはいいが、政策に情緒や思惑が入り込む余地を作ってしまったのです。データを軽視する結論にはやはりどこかに疑念の目が向く処です。今次の検証会議では「科学的根拠」が云々されており、期待できそうですが。
➂ 更に、専門家会議の迷走が対策への信頼を損なう事になった事です。同会議はあくまで医学的な見地から政府に助言を行う組織で、政策の決定者ではありません。にも拘わらず時に大いなる存在感を示す処、その極め付きは専門家会議が5月4日に公表した「新しい生活様式」でした。手元にある資料では生活の場面ごとにきめ細かく実践例が示されていますが、医学的助言とは程遠いものと云え、責任を取りたくない政治や行政が、専門家という権威を巧みに利用したともいえる処です。

日本では同調圧力が強く、人目を気にして行動を控えるひとも多いことでしょうが、外出しても何ら罰則があるわけでもなく、それでいて緊急事態宣言が海外の都市封鎖よりも威力を発揮したとされ、又、多くの人たちは日本人の特性と語るのですが、これこそはお上任せの態度と映る処です。現状、第2波の到来が予想される処、政府は第1波で感染者と死亡者数が比較的少なくすんだ「要因」をきちんと分析し明らかにする必要が求められると云うものです。いずれにせよ、当該専門家会議は、6月28日、任務終了となったのですが、なんともいい加減な顛末に安倍内閣の無責任さ再びと、云う処です。

・コロナ対策検証会議発足
政府はこれまでの新型コロナウイルス感染症対策の効果を科学的に検証する会議(新型コロナ対策効果分析会議:委員長 黒川清氏 )を発足させ、その初会議が7月1日、内閣府内で開催されました。メデイアによると検証テーマは外部の専門家から公募し、研究結果を踏まえ、9月をメドにこれら対策の効果や課題等、調査、取り纏めるとの由ですが、さて。

(2)メルケル首相は民主主義の実践者
そんな折、在ベルリンの作家、多和田葉子氏の文芸春秋、7月号に寄せられたコラム「民主主義と透明感」は、筆者が4月号論考でも取り上げたメルケル首相の3月18日のコロナ対応への協力を訴えたTV演説を見ての感想でしたが、極めて清々しささえ覚えるのでした。
つまり多和田氏によると「この人(メルケルさん)はいい加減なことは言わない人で自然科学を重視していると云う印象と、この人は子供を守ろうとするお母さんライオンのように強い人だという印象がミックスされて、みんなの信頼を一瞬にして得た」と記し、「社会の弱者を守るためにみんなで力を合わせましょう」という強くて暖かい呼びかけだったと、云うのです。メルケル首相はテレビに出て人間的な演説をして皆の不安を減少させたと云う事ですが、彼女こそは危機に直面した時に人間らしい顔を見せる人だとも云うのです。

2011年の福島原発事故が起こった時、彼女はすぐにドイツの脱原発を宣言して国民の支持を得たが、2015年、大量の難民すべてを受け入れようと発言し、人間的な顔は見えたが、それによって支持者を失い受け入れに制限が設けられたのですが、つまり彼女が独裁的に自分の意見を通しているわけではないが、「首相が何を考えているのか、国民がそれをどれだけ支持しているのかが常に透けて見える、この透明感が良いなと私は思う」と。そして「政府が何をしようとしているのか、よく見えなかったり、国民の過半数が考えている事が政治にまったく反映されないのでは、民主主義が機能しているとは言えない」とし、メルケル首相は石礫のように飛んでくる反対意見に丁寧に答え、自分の方針を説得力あるやり方で説明し、すぐに実行し国民の信頼を得る,とも指摘するのでした。

コロナ危機ほど世界の指導者の優劣をはっきりさせた例はないと云われるなか、メルケル首相こそ、まさにその‘優’を行く存在たるを実感させられる処です。どこかのリーダーに聞かせたい処です。 以上 ( 2020/7/24記)
posted by 林川眞善 at 16:29| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする