2020年08月26日

2020年9月号  財政の統合化へギアチェンジした欧州 - 林川眞善

目  次

はじめに  欧州政治 大転換     

第1章 コロナ禍の欧州経済 再建策

1.欧州の競争政策
               
【注】メルケル・ドイツのEU議長国就任 

2.欧州経済復興基金創設と、欧州の統合

(1)EUサミット(7月17~21日)と欧州復興基金
  ・基金構想を巡る争点
(2)メルケル首相の翻意の真相
(3)Europe’s Hamiltonian Moment 
    (欧州のハミルトン的瞬間)

第2章 コロナ後の財政を考える
 ・経済の実状認識
 ・国債の安定消化
 ・明確な時間軸をもって

おわりに 「狂騒の20年代」の再来?
 ・世界の第2四半期GDP                    
 ・ざわつく米ウオール街

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 はじめに 欧州政治 大転換

7月31日、EU統計局が発表した2020年4~6月期のユーロ圏の域内GDP速報値は、実質年率換算で40.3%の減と、1~3月期に続き過去最悪を更新、25年振りの落ち込みを示すものでした。(Financial Times, Aug.1-2)

欧州各国は新型コロナの感染拡大を受けて、3月頃から厳しい規制を導入した結果、店舗の営業停止や移動の制限の影響が統計の数値に現れたと云うものです。国別ではスペインやイタリア等、南欧の落ち込みが大きく、それは新型コロナの打撃が製造業よりも、観光等サービス業の方が大きい事情を映す処です。各国は外出等の制限を5月から徐々に緩和し、経済は再び動き始めており、7~9月期には前期4~6月期の反動で大きく改善見込みとされてはいますが、それでも景気の先行きには以下の不安材料、つまり感染の再拡大であり、雇用の確保の如何です。

感染の再拡大については、スペインやドイツでは感染者数が増えつつあり、第2波への警戒感は強く、イタリアでは拡大の懸念ありとして非常事態宣言を10月まで延長しています。もう一つは雇用ですが、6月のユーロ圏の失業率は7.8%. 米国と比べて低いのは雇用支援の政策効果に負うものとされていますが、この支援策は時限措置である点で問題であり、更に、中長期的に財政悪化が懸念材料とされる処です。欧州委員会によると、20年通年でのユーロ圏の公的債務の対GDP比は、102.7%に膨らむ見通しで、特に南欧は財政状況がもともと悪い処に新型コロナの感染が広がったことが追い打ちをかける処です。

さてそうした環境下、ブラッセルでは、7 月17日、メルケル独首相を議長としてEU首脳会議が開かれ(議長は6か月の輪番制で、2020年7月からはドイツが担当)、新型コロナウイルスで打撃を受けた経済の再生に向けたEU中期予算(2021~27)が、5日間と云う長時間審議を経て21日、合意されたのですが、high lightは、その一部を成す新型コロナ対策の復興基金(7500億ユーロ)の創設でした。と云うのも、基金の運営はEU一体として債券を発行し、資金調達を図るとするものでまさに`A big fiscal deal’(The Economist, July 25)とされる処、この決定は欧州政治の大転換と、世界の注目を呼ぶ処です。

これまでドイツは、統一通貨 「ユーロ」をベースに全EUベースの金融政策を支持する一方で、財政については、各国の主権に係る問題として、反対の立場を堅持してきました。が、今次の復興基金の導入はこれまでのそうした姿勢を翻し、財政統合への道筋をつけることになったという事で、これがEU統合への流れを本格化するものとして、つまり、新たな欧州の誕生に繋がるものと、世界はこの新しい変化に注目する処です。

そこで、今次、復興基金の創設にフォーカスし、メルケル氏の云うならば翻意に至った事情を時系列でフォローしながら、今後の行方について考察する事とします。つまり新たな欧州の可能性検証です。尚、周知の通り、メルケル氏は来秋、政界から引退予定と伝えられています。とすると彼女のコロナとの闘い、EU統合強化の推進は、まさに彼女のレガシーとなる処ではと思料する処です。


第1章 コロナ禍の欧州経済再建

1.EUの競争政策

EUは加盟国に自国の産業や企業に対して補助金の提供を禁じていますが、新型コロナウイルス感染拡大で各国経済に混乱が生じてきたことで、この「国家補助」提供を禁じる規制の適用除外を求める要請が急増していると云われています。
The Economist (May 30~June 5,2020)の記事「The visible hand」によると、既に承認された補助金提供や企業救済は200件近くに達し、金額にして計2兆ユーロ(約240兆円)強に上る由で、その額, イタリアのGDPに匹敵する規模と云うものです。

欧州経済の中核を成す単一市場は、ある部分、各国政府に自国の産業や企業を不当に支援してはならないと云う前提の上に成り立つており、このEUが加盟各国に産業、企業への支援を禁じる規制(state-aid rule)は珍しいルールとされる処です。例えば米国では、各州が企業誘致のために優遇税制や低利融資等を提示し、互いに競う事が認められていますが、EUは軍縮条約のように補助金を撤廃する道を選んでいるのです。従ってEUが明確に承認しない限り、対象が国有企業でも補助金を提供する事は禁じられているのです。因みに、各国政府が自国サッカークラブの用地取得に補助金を出したり、外国企業誘致のために税優遇策を提供する度に、EUに忠告されてきています。ただ今年の初めには、英国がEUから離脱したことをきっかけに欧州委のフォン・デア・ライエン委員長は、EUの競争力回復の為、新たな産業戦略を明示していきたいとしていました。(弊論考2020/3月号)

こうしたEUの、支援を規制する政策の起源は、欧州統合の出発点にさかのぼるとされるものですが、実は2014年以来、新たに競争政策担当として就任したMargrethe Vestager女史(デンマーク)率いる欧州委員会の一部と、一部加盟国の間に長い緊張が続いていたと云われています。とりわけドイツとフランスは「世界に誇れる欧州を代表する企業」の育成のために、競争を巡る規制の緩和を、繰り返し求めていたのですが、昨年、2019年2月6日、独仏は、独シーメンスと仏アルストムの鉄道車両事業の統合計画をベステアー氏が、競争を阻害し、消費者に不利益をもたらすことになる、として却下したことで、欧州委員会に対し、一気に怒りが露わになったと伝えられる処です。鉄道車両業界は規模では中国中車が最大手で、当時、当該事業が承認されれば技術面で最先端の世界第2位の企業誕生と期待されていたのです。

世界的企業を生み出す一つの方法は企業合併を進める事でしょうし、一時的には当該企業に国が支援を与えることは容認される処です。が、今日の政府支援は世界的企業を誕生させると云うより、不必要な倒産や失業を防ぐのが狙いとなっているのが大方の実状です。
この欧州委が却下したのを機に競争法(独禁法)を見直す動きが出てきたと云うものです。
そして、こうした流れが更にEUの構造的変化に結びつけられていったのが、7月からのメルケル・ドイツのEU議長国への就任でした。

【注】メルケル・ドイツのEU議長国就任 
こうした欧州経済環境の中、ドイツが7月1日EU理事会の議長国に就任しました。
そして、議長国就任に先立つ6月30日、ドイツはウエブサイトで「欧州の復興を共
に」と題する実践プログラムを公表し、以下の5項目を重視するとするのでした。 
― ① 長期的な新型コロナウイルス危機の克服および経済復興、 ② より強力で革新
的な欧州、 ➂ 公正で持続可能な欧州、 ④ 欧州の安全保障と共通価値、 ➄ 世界にお
ける強い欧州。

尚、外交面では、米国をEUの外交・安全保障上の最も緊密なパートナーであると強調
し、より包括的かつ意欲的な協力関係を築く意向であるとする一方、英国のEU離脱に
伴う将来関係の交渉においては、EU 27加盟国の結束を高めながら合意済みの政治宣
言に基づく野心的かつ包括的なパートナーシップの締結に向けて、積極的な役割を果
たすとしています。尚、中国との関係については、EUの長期的な利益や共有価値に基
づき、全EU期間と全加盟国が団結するべきとした上で、中国との更なる協力関係促進
のため、早期の首脳会議の開催を目指すとし、9月にEU・中国の首脳会議を予定して
いたが、新型コロナの影響で延期を余儀なくされる処です。

2.欧州経済復興基金創設と、欧州の統合

(1)EUサミット(7月17~21日)と欧州復興基金
さて、7 月17日、メルケル議長の下、ブラッセルで開催されたEU首脳会議では、コロナ禍への対抗戦略として、先に独仏間で合意された7500億ユーロ規模の復興基金案(注)と、同案を含む2021~27年の次期中期予算計画, MFF(多年度財政枠組み:Multiannual Financial Framework)が諮られ、5日間の長時間審議を経て、21日早朝、当該事案は合意され、何とかEUの結束を示すことになったと云うものです。

と云うのも、これまでの彼女とは、180度の変更を映す行動の結果とは言え、そこには後述するメルケル氏の欧州経済への危機感と、それへの対抗としての欧州の一体化推進が不可避との強い思いがあっての事とされるのです。いずれにせよその結果は財政の統合化に向けた布石を打つ事になったと云う事で、EUは統合化に向けた新たな段階にシフトしたと云えそうです。

    (注)当該基金案は、5月18日、独仏両首脳が新型コロナ感染で打撃を受けた欧州経
済の復興のため5000億ユーロ(約60兆円)規模の基金設立で合意したものを、フ
ォンデアライエン欧州委員長がEU構想として7500億ユーロに拡大し、今次のMFF
に組み込んだと云うものです。

・基金構想を巡る争点
今次の審議が時間を要した背景は、基金の使途、つまり返済不要の補助金と返済が必要な融資の比率の問題でした。当初、EUは、基金規模7500億ユーロ(約92兆円)の内、5000億ユーロを補助金(grant)、2500億ユーロは融資(loan)のかたちで、加盟国を支援するとの案を提示する処、前者につては主に上述、新型コロナで被害の大きいイタリアやスペインと云った南欧等の支援に充てることとし、同時に環境やデジタル等の分野に投資し、景気回復に繋げんとするものとしていたのです。まさに欧州復興の目玉となる処です。
尚、基金はEU欧州委員会が全額を市場から調達するものとなっていますが、EUが大規模な債券を発行するのは初めての事です。(尚、EUの予算規模は次期MFFの改定案1兆1000億ユーロと合わせ、1兆8500億ユーロに上るものとなっています)

然し、財政負担に消極的な、いわゆる「倹約4か国」 (Frugal country4か国)と称されるオランダ、オーストリア、デンマーク、スエーデンは 融資を主体とすべきと主張したため、その調整に時間を要したと云う事でしたが、最終的にはメルケル議長が復興基金(7500億ユーロ)の使途を、補助金3900億ユーロ、融資3600億ユーロと修正する事で決着をみた次第です。

そもそもは財政規律の重しとなっていた大国がドイツと英国でした。が今や英国はなく、EU議長国となって合意を纏める側に回ったドイツ、メルケル首相としては、予てEUの統合推進派のマクロン仏大統領と共にEU案の原案を作り、財政再建を一時棚上げして合意の旗振り役となったと云うものです。コロナ禍で世界のほとんどが、国の経済を支えるための財政出動に動くなか、財政規律派の旗色が悪い事情もあってのことかと思料する処です。

いずれにせよ基金構想は「次世代のEU」と名付けられ、新しいEU像を誘導するものと世界の関心を呼ぶ処です。そしてEUサミットで見せたメルケル氏の翻意を映す復興基金導入への思考様式こそは「欧州におけるドイツ」を再定義するプロセスとも映る処です。(注)

    (注)ノーベル賞作家、トーマス・マンは1953年、ドイツの将来について、自国を
近隣諸国と結びつけて「欧州のドイツ」を築く処に未来があると、力説するのでした。

この際は、上記当該事情として、メルケル首相の欧州統一に対する思考様式の如何をレビューしておきたいと思います。

(2)メルケル首相の翻意の真相
これまでドイツなどはEU全体で借金をすれば結果的に他国の借金を肩代わりする事になると強く反対してきていました。又、ドイツはイタリアなどへの支援は補助金ではなく融資にすべきだとも主張していました。その点では大きく譲歩したことになります。が、その翻意の結果は、基金創設の実現をみることになり、このことでEUは富の再分配と云う財政政策の領域に大きく踏み込むことになったと云うものです。

財政の統合を強く呼びかけてきたのはマクロン仏大統領でした。彼は2008年の金融危機やその後の欧州債務危機で苦しむ南欧をドイツなどが積極的に財政で支援しなかったことが、EUの亀裂を深め、ポピュリズムの台頭を招いたとの認識に立つのです。彼が大統領に就任した2017年からはEUの財政改革を訴えてきていますが、マクロン提案は長くたなざらしされてきました。と云うのも、ドイツ等で「自分たちの税金が他国のために使われる」との警戒が強かったためだったと云われています。

マクロン提案から3年を経てメルケル氏が翻意した理由は、まず不況と財政悪化の悪循環に陥るとされている南欧諸国の苦境があり、その深刻な状況を放置すればEUの存続が脅かされるとの危機感が強まったことにあったとされるのです。 加えてあるのが、5月5日に独連邦憲法裁判所がECBの量的緩和を一部違憲とした判決でした。ECBのコロナ対策を否定するならば、ドイツが独自の貢献策を示すべきとの圧力が強まったとされており、これがマクロン氏との共同での復興基金導入提案に収斂する事になったというもので、EUの結束を維持するためにも一定の譲歩は必要と判断したと伝えられる処です。メルケル氏としては厳格な財政規律を棚上げすることで欧州復興を加速させんとの考えに至ったといわれる処です。

加えて云うならば、ドイツにとってEU加盟国は主要な輸出先、投資先であると同時に米国や中国と渡り合っていく上でも欠かせないパートナーということです。上記18日の記者会見でメルケル首相は、「目的はこの危機を通じて欧州をより強く団結させることだ」と強調する処です。

ユーロ圏は前述の通り、金融政策は共通ですが、財政政策がバラバラである事が構造問題とされてきたわけですが、共通債務が実現すれば、危機対応に新たな可能性を開くことにもなる処です。 戦後ドイツでは、リーダーが重要なものを捨てさることで成果を引き寄せてきた歴史があると云われています。旧西独のブラント元首相は大戦で失った領土の一部を放棄することで東方外交を成功させたと評され、又、コール元首相は通貨マルクを捨てて再統一を実現しています。

しかし、メルケル氏は時折、EU加盟国であることがドイツの国益に適うという論陣を張ることはあっても、コール氏が欧州統合に向けたような思いを見せるようなことはあまりなかったと評されていました。が、その姿勢の変化を示唆したのは5月18日の記者会見でした。メルケル氏はEU史上最大の危機に対して「反撃」する時がきたと宣言し、「ドイツとフランスは欧州の理念のために一緒に戦っている」と述べていました。今次の復興基金への取り組みが、新たに「欧州のドイツ」を再定義する事になるのなら、これこそは来秋、政界引退予定の彼女にとってレジェンドとなるものと思料される処です。

(3)Europe’s Hamiltonian Moment(欧州のハミルトン的瞬間)
前述の通り、今次のEU中期計画に盛り込まれたコロナ復興基金構想は、5月18日の独仏首脳の合意案をベースとするものですが、その独仏の合意に巷間、メルケル氏の180度の方向転換と驚くとともに、この合意をかつて独立戦争後の米国で、各州の借金を連邦政府が肩代わりする事で、弱体だった連邦政府の力を一気に高めたハミルトン初代合衆国財務長官の手法に倣ったメルケル氏の「ハミルトン的瞬間」だと、もてはやされる処です。

尤も、EUが米国ほどに統合されることはないでしょうが、基金の推進は、第2次大戦後のドル支配体制を固めたマーシャル・プラン級のインパクトを持つであろうし、従ってドイツが欧州の盟主として登場する事になるだろうとは大方の見る処でしょう。 もとより、このメルケル氏の方針転換の裏には、欧州経済に係る合理的な懸念とは異なる、トランプ米大統領の執拗な圧力に対する反発がある処と思料するのですが。

ドイツとフランスは、EUを足場に「アメリカでも中国でもロシアでもない勢力、それも民主主義を守る中軸勢力となる」ことを目指すことでしょうが、とすればこれからの国際政治では米中に並んで、独仏主導のEUが存在感を増す事になると思料するばかりです。因みに、外為相場はユーロがドルや円に対して高値を試す展開になりそうだと観測されていますが、欧州の景気回復が米国より早いとの見方がある処、今次の欧州復興基金の創設で合意したのを機に騰勢を強めたとされる処です。

尚、この際、留意すべきは、The Economist July 25~31が、政府の歳出能力の拡大する状況を、「Free money – When governments spending knows no limits」と評していましたが、要は、最近の財政支出には規律が働かなくなってきている事態への警鐘です。コロナ禍は従来の経済政策の常識をも揺さぶる処、「大借金」と「大歳出」はどこまで続けられるのか、借金先進国の日本はどうなるのかです。

1年ほど前、世界で論争が起きたMMT(現代貨幣理論)主導者の一人、米学者ステファニー・ケルトン氏は昨年の来日時に「日本では財政赤字が自動的な金利上昇に繋がらず量的緩和も機能している」と述べ、既にMMTを実践していると指摘していました。当時、中銀や主流派学者は猛反発していましたが、コロナ禍を前に今や、先進国の多くが日本の後を追う処です。 勿論、コロナ禍の非常時には必要な対策を取るのは当然ですが、それでも効率的とは言えないカネの使い方が目立つのは極めて気がかりと云うものです。アベノマスク、10万円の特別給付金・・・。

さて、8月14日付け日経では上智大准教授の中里透氏が、コロナ後の財政の在り方を考えていく上で、これまでの30年を振り返り、日本財政のいうなれば、繰り返されてきた赤字化の経緯にも照らし、国債暴落やハイパーインフレと云った極端な議論からは十分な距離を保ち、中長期の視点から、落ち着いた環境の下で財政の問題を考えていく方が良いのではないか、重要なのは、どのタイミングで、いかなる対応をしていくかという明確な時間軸の視点を持つことだとし、そうした観点から経済財政運営の今後を展望するのです。極めて示唆ある処、その概要を紹介しておきたいと思います


             第2章 コロナ後の財政を考える

・財政の実状
まず、現在の局面で求められることは、企業の倒産が増え本格的な雇用調整の実施で経済が長期の停滞に陥るのを回避する事だとするのです。景気はこの4~6月期に底を打ち、回復に向かいつつあると見られるが、足元の消費の動向を観ると、回復のペースは穏やかだと。世界経済の減速と消費増税の影響で景気はコロナ前から既に落ち込んでおり、新型コロナの感染再拡大が懸念される現状を併せ考慮すると、景気回復の足取りは緩慢となろうとする処、当面は財政と金融の両面から景気の下支えに万全の措置を講じていく事の必要性を指摘すると同時に、デフレへの逆戻りが生じないよう、物価の動向にも十分な目配りが必要とするのです。

つまり、デフレが齎す効果について、日本政府が発行している国債のほとんどは物価連動債となっていないことから、物価の下落は実質的な債務の増加を齎すことになること、所得税などの税制についてもインデクセーション(物価変動に応じた負担調整)がなされていないことから、デフレ下では税収の伸びが抑えられ、財政収支の改善にマイナスの影響を齎すことになるからと云うことです。

これらを踏まえると、当面は性急な増税などの緊縮的な措置により景気に下押しの圧力を生じさせないよう、慎重な態度で政策運営を進めていく事が必要と云うのですが、銘記すべきは名目金利の実効下限制約が存在する下、金融政策による対応の余地が既に大きく狭まっており、緊縮的な財政運営により景気にマイナスの影響が生じても、それを金融緩和では相殺できないと云う事だと云うのです。

そして、やや長い目で見ると、社会保障費の増加への対応が大きな課題となる処、この点については、22年から24年にかけて、団塊の世代が75歳に到達し、医療費、介護費の増加が生じる「2025年問題」として、大きな懸念材料として捉えられがちだが、この問題はやや強調されすぎというきらいがあると云うのです。と云うのもこの期間中に65~74歳人口は大きく減り、年金給付などの伸びが鈍化するため、社会保障費全体の増加のペースはこれまでと同程度に抑えられるからと云うのです。
実際、内閣府の中長期試算を基に社会保障の今後の推移をみても、20年代半ばには社会保障費の急増は生じないことが確認出来る処、社会保障費の大幅な増加が懸念されるのは団塊ジュニアが高齢者になる30年代半ばの事で、この局面に備えては、30年代前半にかけて消費税率を15%程度まで段階的に引き上げていく事は避けて通れないかも、と云うのです。

・国債の安定消化
さて当面の政策対応について、注目されることの一つとして、国債の安定消化が引き続き確保していけるかを、挙げるのです。
20年度の2次補正後の一般会計予算での公債全収入(新規国債発行額)は90.2兆円で、国債依存度は56.3%に達する。しかも現時点では20年度の税収の減収分が予算に反映されていないから、国債依存度は更に高まることが見込まれる。ただこの際の議論、つまり国債の累増と国債の消化余力の関係については、家計金融資産残高と政府債務残高の大小関係とその推移に着目する議論が見られるが、この議論では日本の資金循環の大きな特徴、即ち企業部門が資金余剰(貯蓄超過)である事実が見落とされていると指摘するのです。つまり、
過去30年ほどを振り返ると、政府部門が資金不足に転じ(財政赤字が発生)、家計部門の貯蓄が減少傾向をたどる中で、企業部門は資金余剰に転じ、このことが安定的な国債消化を支えてきたと云うのです。

勿論コロナ禍の下で、この構造がどのように変化するかは見通し難いが、金融システムの不安定化が生じた97~98の局面と08~09年の局面では、いずれも政府部門の資金不足の拡大と企業部門の資金余剰の拡大が生じ、結果的に国債の安定化が確保されてきたとするのです。 それでも政府支出が野放図に拡大するようなことがあれば、財政の持続可能性への懸念から長期金利に上昇圧力が働くこともありうると云うのですが、2次補正に計上された10兆円の予備費については、経済動向をよく見極めて、必要な範囲内での機動的な予算執行に努めることが求められるとする処です。

・明確な時間軸をもって
コロナ後の財政収支の改善に向けた取り組みでは、大幅な増税は避け、景気の回復と穏やかな物価上昇の継続により生じる税収の増加と、歳出の十分な抑制により対処する事が望ましいと。これは絵空事ではなく、財政赤字の大幅な縮小が生じた13~18年の局面で実際に達成された事だと、指摘する処です。 そして、早期の感染収束が難しくなる中、先行きは見通しにくいが、明確な時間軸の下で、堅実な対応がなされていく事が求められると、力説する処です。


おわりに 「狂騒の20年代」の再来 ?  

・世界の第2四半期(年率)GDP
8月17日、内閣府が発表した2020年4~6月期の実質GDP(速報値)は、年率換算で27.8%のマイナス、戦後最大の下げとなるものでした。云うまでもなく、コロナ禍の拡大で内外需が打撃を受けた結果で、経済活動が広く停滞し、GDPは統計を遡れる1955年以来で、かつてない落ち込みとなるもので、年率換算での実質GDPは485.1兆円、7年半振りに500兆円割れ、リーマン時の3.5倍の落ち込みということで、コロナ禍の傷の深さを鮮明とする処です。 米欧中も既に4~6期のGDPを発表しており、いずれもマイナス。米国は前期比年率で32.9%の減、ユ-ロー圏は40.3%と夫々最大の減少率、唯一プラス成長となったのは中国(3.2%増)でした。前期比年率で、欧米諸国は2期連続の減少に対して日本は3期連続のマイナスです。
英経済誌エコノミストのEconomist Intelligence Unitによれば、日米欧7か国(G7)は7~9月期には、全て前期比プラスに戻る見通しですが、それでもGDPの規模は、米国が17年、英独仏とカナダが16年、日本が12年、イタリアに至っては1997年の水準に止まると見る処、正常化には時間がかかりそうです。

感染抑制と経済活動の両立の重要性が改めて浮き彫りにされる中、西村経財相は「成長軌道に戻す」と力む処ですが、そこにはアベノミクスを以って経済の回復を主導してきたはずの安倍首相の姿は見えず、さて、西村氏のその手腕、如何にとみる処です。

・ざわつく米ウオール街
そんな中、米ウオール街の一部からは「狂騒の20年代」の再来か?の声が伝わる処です。 つまり、経験則的には8月相場は下落しやすいとされる中、NY株式市場は今、楽観ムードに覆われ出し、特にハイテク株の比率が高いナスダック総合株価指数はアップルやマイクロソフト等の巨大ITが牽引する処、8月19日には、アップルが米企業として初めて時価総額、2兆ドル超をマーク(注)した他、株式分割で投資家の裾野が拡大するとの期待を集める電気自動車(VE)大手テスラも買われるなどテクノロジー株も買われ、今から100年前、米国で技術革新が経済成長を牽引した‘狂騒の20年代’が取り沙汰されだしたと云うものです。尤も、コロナ対応の大幅金融緩和でカネ余りが映す処かと、思料するのですが。

    (注)世界企業で最も高い時価総額はサウジアラビアの国営企業、サウジアラムコで
2019年12月には2兆264億ドルを付けていますが、その後は、原油安と業績悪化
懸念から株価は低迷、足元の時価総額は1兆8000億ドル台で推移している。

序で乍ら、8月25日の東京市場では、米市場の上述動きに呼応する如く、日経平均株価は一時23,419円をマーク、コロナ急落の前日の終値、23,386円を約6か月振りに上回っています。

その狂騒の20年代とは、20年代の米国を表する言葉で、当時の社会、芸術及び文化の力強さが強調される時代でした。第一次大戦の後で「ノーマルシー(Normalcy)」(常態に復すること、米大統領ウオーレン・ハーデイングが1920年の選挙スローガンに使った)が政治に戻り、文化的にはジャズが花開き、フラッパー(flapper)が現代の女性を再定義し、アール・デコが頂点を迎えたのです。が、最後は1929年のウオール街の暴落が、この時代の終わりを告げ、世界恐慌の時代に入ったことは、周知の処です。 
一方、この時代の繁栄を支えたのが1908年に売り出されたフォードのT型車に象徴されるように、大量生産技術が開発され、贅沢品であった車は一気に普及を見たように、製造技術の革新、つまりイノベーションによる経済の発展を見、高速道路が建設されたほか、いわゆるインフラの整備が進んだことで人々の日常生活は大きく変化していった時代でした。

そうした米経済が繁栄した1920年代と、その100年後の現代の2020年代と、重ね見る時、まず2020年代の今は、新型コロナウイルスのパンデミックを以って幕が開きましたが、1920年代も1918年に発生して4000万人が犠牲となったスペイン風邪を経て突入しています。そしてイノベーションを通じて経済成長を果たしていったのです。ただその繁栄は、1929年の世界恐慌によって幕が下ろされた事は周知の処です。

そこで2020年代を支える技術革新の如何ですが、その一つは、間違いなく新型コロナによって急加速する医療分野でしょうし、実際、新型コロナのワクチン開発は異例のスピードで進んでいます。因みに、メデイアによれば、ワクチン治験は今や最終段階にある処、米フアイザーは2020年末までに最大1億回接種分、21年には13億回分のワクチン供給を目指すとする処です。又、富士フィルムの米子会社による新型コロナワクチン生産計画に対して米政府は約2億6500万ドル(約280万円)を拠出する由です。(日経7/28、夕刊)

勿論、医療分野にとどまらず、技術革新の加速に向けた土壌も整ってきています。 そこで2020年代が「狂騒の20年代」の轍を踏むことのないためにも、国際的連携を含め、技術革新の堅持、更なる推進が求められる処です。もとよりそれは、コロナ後の新たな経済の生業を求めるトレンドに符合する処です。と同時に、科学を理解できない政治家に、この‘革新’を政治の具にされないことを願うばかりです。


処で、今、米国では共和党の全国大会が開催中で、25日、トランプ大統領とペンス副大統領を正副大統領候補に正式に指名しました。一方、民主党は、既に8月20日の党大会で、
バイデン前副大統領、ハリス上院議員を正副大統領候補に正式指名を終えており、いよいよ米大統領選、本格稼働です。そこで次号論考では、米大統領選 前夜と題し、報告予定です。 [2020/8/26記]
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2020年07月26日

2020年8月号  コロナ禍の世界秩序の行方、日本に求められる行動様式 - 林川眞善

目  次

はじめに  世界秩序のかたち
 ・世界秩序は新たな流儀で
 ・民主主義国の連帯体制の構築

第1章 日本経済 コロナ禍からの脱出戦略

1.国民の不安解消こそが最優先の経済対策
 ・小林慶一郎氏の提言
2.脱出戦略のリアル
 ・コロナ危機は変革へのチャンス

第2章 日本経済 持続可能な成長への戦略

1.` Great reset ‘ of capitalism
・三つのAgenda
2.日本の ‘かたち’はSDGs対応がカギ
(1)「令和2年7月豪雨」が再び示唆すること
  ・環境立国たるの宣言を
(2)中期展望を欠いた「骨太方針」

おわりに 世界の指導者の優劣をはっきりさせたコロナ危機
 
(1)安倍政府のコロナ対応は上手くいったのか  
  ・モヤモヤ感の背景
  ・コロナ対策検証会議発足
(2)メルケル首相は民主主義の実践者

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はじめに 世界秩序のかたち

世界では行動制限を緩めて経済活動の再開を目指す動きが広がる中、感染ペースはむしろ早まっている様相にあります。6月28日、米ジョンズ・ホプキンス大によると、世界の新型コロナウイルスの累計感染者数は1000万人を超えたと発表。ブラジルなど新興国で新規感染が急増しているほか、先進国では米国で感染者が再拡大の様相です。翌29日に発表された世界のコロナによる死者数は累計で50万人を超えたとの由です。
序で乍ら、これまで新型コロナウイルスに負けない、強い大統領を誇示すべくマスクの着用を忌避してきたトランプ氏も、かかる状況に、マスク着用で公の場に現れる一方、多数の支持者を集める党集会は取りやめると方針の転換を示す処です。

OECDは6月10日、年内に感染が再び拡大した場合、2020年の世界の実質経済成長がマイナス7.6%に落ち込むとの予想を公表する処です。こうした世界経済のトレンドを高めているのが米中対立の激化であり、前号でも取り上げた通りですが、とりわけコロナウイルスとの闘いが、マスク、防護器具、人口呼吸器、ワクチン等を巡る戦いでもある点で、多くの国では、自国第一主義でそれらを奪い合う、言うなれば地経学的、即ち経済安全保障的な衝動すら露わとなる処、グローバル経済の核となってきたグローバル・サプライチェーンの国内回帰等が云々され、以ってglobalizationの終焉と総括されることの多い状況です。が、果してそうなのか。いやコロナ対応で各国は自身の防衛に向かい出したものの、パンデミクスの解決には国際的協力なくして在りえず、つまりinternationalな協調が不可欠と云う事で、事態は、いまそれに向かい出しているのではと思料するのです。

・世界秩序は新たな流儀で
英誌 The Economist ,Jun. 20のcover storyはThe new world disorder と題するものでした。その内容は、これまで世界の安定秩序の基盤とされてきた国際機関の機能不全が、深刻化する米中対立の煽りを受ける形で進み、同時に関係諸国間の分断が進んできたこともあって、グローバル経済の無秩序化が進み出す様相にある処、仮に米国が国際機関から身を引くとしても、関係諸国は‘前進’をと、檄を飛ばしながら、変調ながらの秩序作りの可能性を指摘するものでした。世界秩序は新たな流儀でと云った様相です。

つまり、75年前、国連創設にあった当時の世界の生業をレビューしながら、危機にある現状、global 秩序の混乱が齎す恐怖は米国自身を含め、各国に及ぶ処、仮に米国が外れることがあったとして、関係諸国が一緒になって、とりわけmiddle powerとしての日本、ドイツそして新興のインド、インドネシア等、積極対応していかねば事態をほぐすことにはならないと警鐘を鳴らすものでした。まさに経済のグローバル化に支えられてきた日本にとって、それは日本の出番を示唆する処と云え、筆者が前号論考で日本は自立する外交を目指せ、としたそれ文脈を同じくする処です。

上述、米中の対立が国際機関(global bodies)の機能をも低下させ、安全保障体制の停滞を誘引するなか、多国間協定無視のトランプ氏の破壊行動は、それを更にエスカレートする様相にあり、先のパリ協定からの脱退声明に引き続き、来年7月WHO脱退を国連に通告した他、WTOに対する軽視態度、又、欧州安全保障体制の基盤たるNATOの機能低下につながるドイツ駐留米軍の一部撤退表明等、世界のこれまでの秩序をなし崩しする様相にあり、大いなる懸念の強まる処です。もとより、今次のコロナパンデミックと云うグローバルな問題解決には、治療とかワクチン開発と云った点で、国際的な協調・協力なくして解決を見ることはなく、これが地域社会の安全保障にとっても大きな問題を提起する処です。

・民主主義国の連帯体制の構築
こうした状況にどう対抗していくべきか。前掲The Economist誌は続けて下記指摘するのです。 つまり、それでも世界はいわゆるポイント・オブ・ノリターンを迎えてはいない。これまでの数十年間、米国に次ぐ、第2のパワーとして、言うなれば米国に追従する形で今日まで歩んできたフランス、ドイツは多国主義の下、連携強化を目指し他国との自由経済の関係強化に向かい始めている。更に、日本、ドイツ、豪州、カナダを含む9か国による民主主義国の連帯体制(これらは世界のGDPの3割を占める)の構築の可能性も指摘し、「世界秩序救済のための会議」(committee to save the world order)の導入すら示唆するのです。 勿論米国がドミナントなポジションを握るだろうが、他メンバーが結束すればできない話ではないと云うのです。トランプ米国がTPPから降りた後、関係諸国はそれぞれに地域的な経済協力、双務的貿易協定などを擁して貿易拡大を進めてきている事、更に日本とEUとの通商協定は、その最たるものと、指摘する処です。

序で乍ら、国際秩序を守ることは必要な事とも云いながら、中国の露出度の近時の高まりに懸念を示すのです。つまり、国連における中国の露出度の高まりです。例えば、彼らの国連経費負担は、2000年ではわずかに全経費の1%を負担するだけでしたが今や、その負担は12%に拡大、しかも今や、国連専門機関、15機関の内、FAO等4機関のトップが中国人、米国はと云うとトップを占めるのは僅かに1機関という状況で、国家の主権や人権をめぐって中国の影響が諸に出てくることへの懸念、隠せぬ状況です。

さて、前回論考で筆者は、今後日本が目指すべき政策の方向は「自立する外交」としましたが、それは上述状況を踏まえての主張ですが、これが一種、危機管理対応とも言え、その意味では「チャイナ・プラス・ワン」(注)にも通じる処です。

    (注)「チャイナ・プラス・ワン」:2005年小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝問題で日中関係が
急速に悪化したことをきっかけとして、中国への集中を避け、他アジア諸国との連携をと、議論
が起こったことを指す。が、その後の日本側の政変も加わり萎む処、今再びとする処。

勿論、現実に国際社会で存在感を示していくためには、もとより強い経済が求められる処、言い換えれば、それは強靭な日本経済の確立です。ただ、これが新型コロナウイルス禍の現状にあって、どのような対抗を構想し、実施していくかですが、結論を先に言えば、政府諮問会議委員に招聘された東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏の言う「第三の道」、つまり、感染防止と経済回復が両立する道を追求する事と思料するのです。 そこで、今次論考ではこの第三の道の実際をコロナ禍からの脱出戦略とし、更にコロナ禍を超える、急速に進み出した経済の新展開を、日本経済の再生戦略として改めて考察する事とします。


            第1章 日本経済 コロナ禍からの脱出戦略

さて日本では5月末、緊急事態宣言が全国で解除され、コロナ禍は新たな局面に差し掛かってきています。ではこれから先、日本の対抗政策は如何にと、まさに「コロナ禍からの脱出戦略」が問われる処です。言い換えれば、政治も経済も何を成すべきかですが、それは上述、経済回復と感染防止が両立する「第3の道」を目指す事になる処です。

人類が感染症を完全に「制圧する」ことは不可能とされています。そこで巷間、「コロナとの共生」が話題となるのですが (筆者は決して「共生」とは云わず、常に「対峙しながら」とするのですが)、その議論は、「外出自粛・休業要請」で不況を甘受するか、経済を再開して感染拡大にリスクを受け入れるか、の二者択一の政策に陥りかねません。これではどちらを選んでも犠牲は大きいと云うものです。従って、今後は「経済の回復と感染防止」が両立する「第三の道」を目指す事が求められる処、その帰結は、小林氏の云う、感染を恐れない社会の創造に向かう事と思料するのです。

1.国民の不安解消こそが最優先の経済対策

現下の世界的経済不振は、コロナ感染防御策として取られてきた人々の行動様式の変容に負うものです。つまり感染予防対策として、人と人の直接的接触を回避するソーシャル・デイスタンスの確保です。そのためには「外出自粛・休業要請」を通じて拡大防衛を目指す、まさに人の行動様式の変容が求められての事と云うものです。かくして市民は外出を自粛し、従ってGDPの6割超を占める消費活動の萎縮を生み、これが生産活動の停滞を誘引し、経済全体が停滞を示す処となっています。 この背景にあるのが消費者の感染への不安で、これこそが経済低迷の本質と云え、「外出自粛・休業要請」で感染症による死者数を減らしても、経済苦による自殺者がそれを上回っては、政策としては失敗です。そこで経済回復と感染防止が両立する政策が求められる事になると云うものです。

・小林慶一郎氏の提言
今次政府諮問委員に招聘された前出、小林慶一郎氏は就任直前、国民の感染不安をなくことが、最優先の経済対策だと強調するのでした。そして、その為には、次の感染拡大に対応しうる十分な量の医療体制と、市中感染を抑え込む検査体制の拡充が必要と強調し、その為のシステムを「検査・追跡・待機」の3セットとして示す処です。そしてその際は、検査の目的は「医療のため」だけではなく「社会の不安を取り除くため」でもある、という新しい考え方に転換すべきと主張するのでしたが、実に頷ける処です。

3セットの内容とは、まず段階的に「PCR検査」を拡大すること。第2に接触者追跡のための人員を大量に雇用して濃厚接触者を追跡すること。そして第3に陽性者は隔離して一定期間、待機・療養生活を送ってもらい新規感染者を抑え込むこと、とするのです。そしてこの3セットを実施した場合、トータル・コストは2兆円と試算するのですが、不安を払拭することで経済の本格的な再開を早めることができれば、2兆円のコストがかかったとしても、現在、想定される経済停止による損失(年間25兆円~50兆円に達すると想定)を大きく低減させることができるのではと強調する処です。(文芸春秋、2020年7月号)

2.脱出戦略のリアル

さて、これまで、「外出自粛・休業要請」とひたすら我慢をお願いする、いわば受け身の戦略でしたが、今求められているのは、感染リスクを積極的にコントロールした上で、経済の回復を目指す攻めの戦略ではと思料するのです。その点、医療関係者との交流を図りながら、社会として、経済として、いかに対応すべきかを考えていくシステムが必要となる処です。そしてsocial distanceを図りながら、と云う新たな行動様式を擁して経済活動を図るとなると、まず経済のオンライン化を進めることであり以って、前出感染を恐れない社会の創造に向かうべきとされる処です。
要は、検査体制に道筋をつけ、消費者の不安を払拭できるかですが、日本経済の未来は、まさにここに係っていると云うのですが、然りとする処です。従って、景気回復に向けた本格的な経済対策は、上記の通り、感染症の拡大に一定程度、歯止めがかかったと見極めが得られた段階で導入されていく事、と思料する処です。

今米国では、経済優先で、早期に経済活動を再開に踏み出した結果、コロナ感染の再来に曝される処です。これもトランプ氏の再選目当ての政治行動の結果と云え、ノーベル賞経済学者のP. Krugman氏はNY Times(July 2)で、トランプ政策を批判し「ロックダウンで救われる人の命の経済的価値は、経済活動停止による損失を大幅に上回る」と語る処です。

一方、経済対策と云う側面では、「雇用を守る」「中小企業を倒産させない」と云った力強いメッセージを発信して、国民の生活保障に力点を置くことも不可欠です。具体的には雇用調整助成金の拡充に加え、本当に困っている個人や中小企業、個人事業主に対象を絞った迅速な現金給付などが必要です。又、中小企業の資金繰り倒産を防ぐ意味で、無利子・無担保の融資拡充と共に、税金の支払い猶予・減税等、政策を総動員されるべきと云うものです。

・コロナ危機は変革へのチャンス
つまり脱出戦略とは、まず医療体制の確立と併せて、コロナ禍で痛手を受けた事業への政府による支援で雇用を維持させ安心感を与え、その上で企業の改革を進めると云う構図が生まれる処です。実はコロナ感染拡大回避の為、導入されたsocial distanceが結果として産業・組織・個人に大きく変わる覚悟を求める事となった事で、コロナは危機だが企業変革ができるチャンスたるの自覚を生んだのです。働き方が変わり、DX( Digital Transformation )にも様々な企業が取り組む等、このチャンスをうまく活かせる企業がこれからも新しい価値を生んでいくと見られ、結果、産業構造の変化が進むと見られるようになってきたと云うものです。(注)

 (注1)「デジタル・トランスフォーメーション (DX) ―価値の協創で未来を拓く」
経団連は、timingよく、5月19日、頭書提言を発表しています。その趣旨はデジタル技術を活用し
て企業に変化を促すことを通じて情報化を中核に置いた新しい社会の創造を目指さんとするのです。
具体的には、テレワーク、オンライン診療、オンライン授業、インターネット選挙の実現等を通じて
「ソサエテイ5.0」を推進し、リモート社会を構築していくと云う。[ ① 産業構造DX―Society 5.0
時代の産業、②企業DX―協創、➂新たなルール、 ガバナンスの確立 -産官学協創による国際展開 ]-

(注2)「ソサエテイ5.0」:狩猟社会(Society 1.0),農耕社会(Society 2.0),工業社会(Society 3.0)、
  情報社会(Society 4.0)、と云った人類がこれまで歩んできた社会に次ぐ第5次の新たな社会を、デ
ジタル革新、イノベーションを最大活用して実現すると云う意味でSociety 5.0 と称する。

尚、留意すべきは、オフィスワークとテレワークが代替的でなく補完的に機能するようにする事が肝要と云え、それにはICT環境を進化させるだけでなく、常態において2つの働き方が相互に補い合うように、企業内、企業間、および企業を取り巻く社会のシステムを変革する事が必要となる処です。

さて上記を総括するに、社会・経済活動の持続性回復に舵を切る為の条件は、一つは「治療体制」、つまり重症化リスクの高い高齢者等に対して重点的に高度医療を提供することが可能であり、「医療崩壊」のリスクがない状況が実現できている事、二つは「リモート社会」を実現させる事そして、企業の新陳代謝を進めることと、なるのです。 更に理想的には、世界的にSDGsが推進されて環境破壊や所得格差の拡大に歯止めがかかっている事が必要となるのですが、この点は日本経済の将来への取り組み、再生戦略として、次章で触れる事としたいと思います。


第2章 日本経済 持続可能な成長への戦略

1.` Great reset ‘ of capitalism

コロナショックを経て今後、日本を含めて世界は、どのように進むことになるのか。
今年の初め、スイスで行われた World Economic Forum(WEF:いわゆるダボス会議)のテーマはグレ-ト・リセット、つまり新しくなる世界を巡っての議論、とりわけステークホルダーが作る持続可能で、結束した世界の創造を目指す議論が多々行われた由ですが、200以上のセッションの内、4割程度が「環境」に関連した内容だったと報じられています。
その主催者のWEF会長、シュワブ氏は、再び米論壇、Project Syndicateに6月3日付けで「Time for a Great reset 」と題し、エッセイを投稿しています。その趣旨は、現下のCOVID-19に対するlockdowns(都市封鎖)は緩和されていくだろうが、世界の経済社会の見通しはただただ厳しく、急速な経済の落ち込みは既に始まっている。但し、これが1930年代来の大不況に向かう事になるかは、避けられないことではない。要は世界が一体となって速やかに、社会・経済のあらゆる活動様式、教育や社会契約、働き方を変革することで避けられると云い、つまりは資本主義のリセット(Great Reset of capitalism)が必要と主張し、そのためのアジェンダとして以下の三つを挙げるのです。

・三つのAgenda
一つは公正な市場創造への政策誘導です。この為には政府の調整機能の強化、税制制度の見直しや財政政策の強化等、が求められ更には、貿易協定の改善やまさにステークホルダーを中心とした経済の創造、確立が求められると云うのです。そしてより公正さを担保するための政府機能の強化をもと、するのです。つまりこれまでの資本主義が効率をベースとした市場主義にあったものから、より公平な所得を保証する経済に誘導するstake-holder capitalismにシフトしていく事。
二つには、機会の平等、経済の持続性確保を共有の目標として、投資活動の促進を図る事。つまり、米国、日本、そしてEUでの7500億ユーロの欧州復興基金構想等、多くの国ではいま大規模な支出計画があって、旧来からの制度の不具合を埋め合わせることも含め、新たな持続的、強い耐性の経済を再生に向けた新たな経済の構築に向けられる、それこそが進歩への大きな機会だと云うのです。これこそは彼流にいうgreen urban infrastructure の創造であり、産業の環境対応、社会的対応を促す要因となると云うのです。
そして最後に、最も優先すべきAgendaとして、公共財とも云うべき健康や社会的挑戦に資するよう第4次産業革命の更なる革新を図っていく事、と云うのです。

以って、これからの進むべき経済社会のシナリオは、「グローバル資本主義」からSDGsを中心に据えた「ステークホルダー資本主義」への転換だと云うのです。即ち「新常態(ニューノーマル)」と呼ばれる新しい世界が始まると云う事を意味するのですが、巷間、コロナ禍後の経済が、それ以前の状態に戻ることがないだろうと云々されていますが、それは、かかる事態の変化を意味すると云う事なのです。因みに2019年8月、米国の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が株主第一主義を見直し、従業員や顧客、地域社会などにも配慮すべきだとする共同声明を発表していますが(弊「論考」2019/10月号)、こうした一連の出来事を踏まえると、伝統的な経済学は「成長」や「効率性」ばかりを重視し、「分配」や「格差」に関する分析を怠っていたとも云え、そこでシュワブ氏指摘のように、コロナ以前の世界を一旦リセットし、新しい社会システムの再構築を目指すことが求められていることを、改めて自覚させられる処です。

2.日本の‘かたち’はSDGs対応がカギ

(1)「令和2年7月豪雨」が再び示唆すること
この7月、日本は九州地区を中心に大豪雨に見舞われ、気象庁は「令和2年7月豪雨」と命名する処です。おととしは「平成30年7月豪雨」、その前年には「平成29年7月、九州北部豪雨」と、毎年のように豪雨災害が起きています。もはや一国の治山治水政策を超えた地球大の気候変動が齎すものと指摘される処です。気象関係の専門家によると、積乱雲が次々と発生する「線状降水帯」が引き金だったと云うのですが、梅雨前線に向かって海面から上昇した暖かい空気がぶつかり大雨になったと云うものですが、地球温暖化によって海水温が上昇すれば、今後も日本列島は豪雨に見舞われる危険性が高いと云うのです。
気候変動と云えば、近年の南極圏の凍土の融解が問題となっています。つまりそこにとじ込められていたウイルスが凍土融解の過程で他生物を介して再生することが指摘され、気候変動が続く限り、ウイルスが死滅することはなく、従ってコロナ問題は続くとされる処です。

更に温暖化問題に直結する問題がエネルギー問題、とりわけ石炭問題です。つまり温暖化を促進させる二酸化炭素の排出量の高い石炭火力ですが、その石炭火力への依存度の高い日本への批判は高まることはあっても収まることはなさそうです。と云うのも今世界ではコロナ感染拡大をきっかけに「脱石炭」の動きが加速しているのです。 経済活動の停滞で電力需要が減少し、気候変動の対策を意識する各国の経済政策もエネルギーの転換を後押しする状況にあります。コロナ後は新しいエネルギーの時代をどう生きていくかが試される処、欧州を中心に各国は脱炭素を柱とする経済対策「グリーン・リカバリー」に知恵を絞る状況と伝えられています。こうした現実にも照らすとき、まさにSDGs(注)として盛られた環境政策対応こそが、日本の行方を規定する事になると、改めて知らされる処です。

(注)国連サミットのSDGs合意と日本政府
SDGs(Sustainable Development Goals)とは、1999年のダボス会議で、当時の国連事
務総長、コフィ・アナン氏が持続可能な成長実現のための世界的枠組みを提唱、これ
が2015年9月の国連サミトで採択され、「世界を変革する-持続可能とする開発の
為の2030 Agenda(17のゴールと169個のターゲット)」とされるもの。日本政府は
翌年、2016年12 月22日に全国務大臣で構成する「持続可能な開発目標(SDGs)推
進本部」を立ち上げ、「SDPs実施指針」を決定、2030年Agendaに掲げられた5つ
のP( People, Planet, Prosperity, Peace, Partnership ) に対応、日本政府が目指す8
項目を掲げ、今日に至っている。

・環境立国たるの宣言を
現状は、一部の企業が、その実行プランを公開し、ネットを介し、interfaceを図っていますが特段、何の響きもありません。欧米企業では周知の通り、トップが社会のあるべき姿を描き、それに向かって現場が進む処、日本では現状の技術レベルを前提にボトムアップで計画が進むため、SDGsへの取り組みが遅々として進まぬ事情にある処でしょう。然し、不透明感深まる今こそ、より良い未来の構築に取り組む姿勢が重要です。上述日本の対峙している問題、世界の構えにも照らし、この際は「環境立国」を宣言し、SDGsの大きな柱である環境問題への取り組み姿勢を、世界に発信していく事とすべきを思う事、今再びとする処です。

そこで問題は発想の転換です。つまり現状からの延長ではなく当該目標から逆に、それに向かってどういったことが求められるかを追求する行動様式で、要は「フォアキャステイング」から「バックキャステイング」への思考転換が必要と云う事ですが、その事が日本の生きざまを進化させていくはずです。その点、筆者が主宰する勉強会でも大いに沸く処です。
 
(2)中期展望を欠いた「骨太方針」
安倍首相は、6月18日の記者会見で「ポストコロナの新しい日本の建設に着手すべき時は今だ」と訴え、アベノミクスで掲げた目標のいくつかは、2021年9月までとなる総裁任期中の実現は難しくなる中、7月3日には、「アベノミクスで掲げた目標のいくつかは、2021年9月までとなる総裁任期中の実現は難しくなる中、強靭性や持続可能性を持った長期的視点に立って社会像を追求する」と発言する処でした。 そして、首相が議長を務める未来投資会議を拡大し、「コロナ後」の社会像を構想する新会議を立ち上げ、経済諮問会議の民間議員や感染症の有識者などを入れて議論を始めるとも、伝えられる処でした。

が、7月17日閣議決定された経済財政運営と基本方針(骨太方針)では、ウイルス感染防止と正常な経済社会活動の両立を謳い、デジタル化の加速や医療体制の拡充などに取り組む方針を示したものの、残念ながらコロナで一変した世界に向き合う経済・財政の中期的展望を見ることはありません。その事は安倍晋三首相の何を意味する事か、関心の募る処です。


       おわりに 世界の指導者の優劣をはっきりさせたコロナ危機

(1)安倍政府のコロナ対応は上手くいったのか
周知の通り、安倍政府は5月25日、4月7日以来の緊急事態宣言を全面解除とし、経済活動再開に向け動き出しました。解除決定の論拠とされたのが「再生産数」(注1)で、 いずれも感染拡大が防げるレベル(新感染者が直近1週間の合計で10万人当たり0.5人以下に抑えられている状況)に達したとするものでした。

(注)「再生産数」:これは1人の感染者が何人にうつすかを示す数値で、感染雄拡大が続くのか収束
するのかを知る物差しとなるもの。これには「基本」と「実効」指標があり、特に実効はパンデミ
ック後に各国がとった対策の巧拙を知るバロメーターとなる。これは1人の感染者が何人にうつす
かを示す数値で、感染雄拡大が続くのか収束するのかを知る物差しとなるもの。

かくして、当初恐れられていた感染爆発は逃れ、日本の流行は一端、収まりつつありました。が、現状は感染拡大、再びの様相です。何ともモヤモヤ感、募る処です。

・モヤモヤ感の背景
日本は人口10万人当たりの死者が0.65人と、欧米に比べて大幅に少ないことを評価する声はあります。然し、パンデミック第1ラウンドでは各国の医療体制や対策への巧拙が感染者数や志望者数を左右したと云われています。情報テクノロジーをうまく使いこなした台湾、徹底した検査と追求、隔離で感染を抑え込んだ韓国、官学一体で合理性ある戦略に拘ったドイツ等、いずれも「台湾モデル」、「韓国モデル」「ドイツモデル」として他国は手本にする処です。然し「日本モデル」という言葉は聞こえては来ません。 何故か? ウイルスとの闘いはこれからが本番とされる処です。そこで感染の拡大を抑えつつ経済活動を戻し、予想される第2波に備える為にもと、そのモヤモヤ感の所在を、以下に整理してみました。

① 自粛要請という日本型規制の曖昧さです。日本の場合、対策はデータを重んじる合理性や一貫性を下記、「自粛要請」と云う矛盾した言葉を国民の行動に強いてきたからで、まねしようにもまねできません。因みに、6月9日付けFinancial Timesは、今次の日本の成果は国民のmindo(民度)の高さによるものとした麻生太郎氏のコメントに、`Japanese pride in the end of lockdown can swell too much’ と、強く反応する処、要は国としての政策のなさを示唆する処です。同じ線上にある問題として指摘できるのが、外出制限の前提となった「8割」自粛の数値です。本来は人と人との接触を減らす数値目標です。然し、緊急事態宣言下でいつのまにか主要ターミナル駅や繁華街と云った都市部への人出(人の流れ)の削減に焦点が移っていたのです。人出が減るのと、人と人の接触が減るのとはイコールではありません。そもそも接触機会をどう定量的に示すかも定まった手法はありません。この科学的根拠の希薄な「8割目標」はモヤモヤの温床となるものでした。
② もう一つはPCR検査不足に対する説明の不十分さです。これが言うなれば社会に不安や不信を掻き立てたと云う事です。疫学調査を優先し医療崩壊を防ぐのが目的なら、過少検査でも問題がないとする根拠を丁寧に説明すべきだった処、そうした機会はないままに終わってしまった事でした。検査数が十分でなく、国内の感染状況を正しく反映していない可能性もありで、各国が出口戦略に活用した「実効再生産数」(前出注参照)と呼ぶ流行を映す数値を採用することができていなかったと云う事です。そして宣言解除に向けた基準作りは難航し、「感染状況」、「医療体制、「監視体制」の三つから判断せざるを得なくなり、結局「総合的に判断する」と云う、聞こえはいいが、政策に情緒や思惑が入り込む余地を作ってしまったのです。データを軽視する結論にはやはりどこかに疑念の目が向く処です。今次の検証会議では「科学的根拠」が云々されており、期待できそうですが。
➂ 更に、専門家会議の迷走が対策への信頼を損なう事になった事です。同会議はあくまで医学的な見地から政府に助言を行う組織で、政策の決定者ではありません。にも拘わらず時に大いなる存在感を示す処、その極め付きは専門家会議が5月4日に公表した「新しい生活様式」でした。手元にある資料では生活の場面ごとにきめ細かく実践例が示されていますが、医学的助言とは程遠いものと云え、責任を取りたくない政治や行政が、専門家という権威を巧みに利用したともいえる処です。

日本では同調圧力が強く、人目を気にして行動を控えるひとも多いことでしょうが、外出しても何ら罰則があるわけでもなく、それでいて緊急事態宣言が海外の都市封鎖よりも威力を発揮したとされ、又、多くの人たちは日本人の特性と語るのですが、これこそはお上任せの態度と映る処です。現状、第2波の到来が予想される処、政府は第1波で感染者と死亡者数が比較的少なくすんだ「要因」をきちんと分析し明らかにする必要が求められると云うものです。いずれにせよ、当該専門家会議は、6月28日、任務終了となったのですが、なんともいい加減な顛末に安倍内閣の無責任さ再びと、云う処です。

・コロナ対策検証会議発足
政府はこれまでの新型コロナウイルス感染症対策の効果を科学的に検証する会議(新型コロナ対策効果分析会議:委員長 黒川清氏 )を発足させ、その初会議が7月1日、内閣府内で開催されました。メデイアによると検証テーマは外部の専門家から公募し、研究結果を踏まえ、9月をメドにこれら対策の効果や課題等、調査、取り纏めるとの由ですが、さて。

(2)メルケル首相は民主主義の実践者
そんな折、在ベルリンの作家、多和田葉子氏の文芸春秋、7月号に寄せられたコラム「民主主義と透明感」は、筆者が4月号論考でも取り上げたメルケル首相の3月18日のコロナ対応への協力を訴えたTV演説を見ての感想でしたが、極めて清々しささえ覚えるのでした。
つまり多和田氏によると「この人(メルケルさん)はいい加減なことは言わない人で自然科学を重視していると云う印象と、この人は子供を守ろうとするお母さんライオンのように強い人だという印象がミックスされて、みんなの信頼を一瞬にして得た」と記し、「社会の弱者を守るためにみんなで力を合わせましょう」という強くて暖かい呼びかけだったと、云うのです。メルケル首相はテレビに出て人間的な演説をして皆の不安を減少させたと云う事ですが、彼女こそは危機に直面した時に人間らしい顔を見せる人だとも云うのです。

2011年の福島原発事故が起こった時、彼女はすぐにドイツの脱原発を宣言して国民の支持を得たが、2015年、大量の難民すべてを受け入れようと発言し、人間的な顔は見えたが、それによって支持者を失い受け入れに制限が設けられたのですが、つまり彼女が独裁的に自分の意見を通しているわけではないが、「首相が何を考えているのか、国民がそれをどれだけ支持しているのかが常に透けて見える、この透明感が良いなと私は思う」と。そして「政府が何をしようとしているのか、よく見えなかったり、国民の過半数が考えている事が政治にまったく反映されないのでは、民主主義が機能しているとは言えない」とし、メルケル首相は石礫のように飛んでくる反対意見に丁寧に答え、自分の方針を説得力あるやり方で説明し、すぐに実行し国民の信頼を得る,とも指摘するのでした。

コロナ危機ほど世界の指導者の優劣をはっきりさせた例はないと云われるなか、メルケル首相こそ、まさにその‘優’を行く存在たるを実感させられる処です。どこかのリーダーに聞かせたい処です。 以上 ( 2020/7/24記)
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2020年06月26日

2020年7月号  深まる米中の対立とグローバル経済 - 林川眞善

― 目 次 -

はじめに 問われるグローバル経済のかたち
 ・そろり動き出した世界経済
 ・Goodbye globalization

第1章 深まる米中対立と世界経済

1.米中対立の実状
 (1)「トウキデイデスの罠」を映す米中対立の実際
 (2)米中対立の構図はイデオロギー対立へ 
 (3)米中対立を激化させた香港問題
    ・2020G7サミット会議、9月延期開催の真相
2.米中対立の行方

第2章 差別抗議デモと、米大統領選の行方

1.米各地で広がる抗議デモとトランプ氏の行動様式
  ・トランプ氏、選挙集会再開
2.民主党に求められる課題
  ・有権者の行動
3.中国に映るトランプ/バイデン両氏の実像

おわりに これからの日本を考える
 ・自立する外交
 ・佐伯啓思氏の主張

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はじめに 問われるグローバル経済のかたち

・そろり動き出した世界経済
コロナ・パンデミックに覆われた2020年の前半、半年が過ぎるなか、世界は、それまでのコロナ対策として進めてきた行動規制を緩和し、そろり経済活動再開を目指す処です。勿論、パンデミックの第2波、第3波の襲来可能性が想定される処です。と云う事はコロナ菌が完全消滅したわけでなく、従って、当分、各国とも「感染拡大防御の体制」を固めながら「経済活動の再稼働」を目指す、つまりdouble standardの堅持が求められる処です。その際のkey wordがsocial distance。ただ生活、経済の両面でそれが行動規範となると、仮にコロナが収束したとしても、経済はコロナ以前の状態には戻ることはなさそうです。

つまり、市民生活面では感染拡大防御のためとして、人と人との直接接触を回避することが、また外出時にはソーシャル・デイスタンス(social distance:社会的距離)の確保が求められる事で消費活動、生活パターンの変更が起こり、これがGDPで云う消費需要の減退で景気の急激な停滞を促す一方、経済活動でもソーシャル・デイスタンスを確保しながらとすると、これこそは経済の在り方に構造的変化を促すことになる処です。つまり経済活動の基本は人と人とのcontactの上に成り立ってきました。が、その回避を目指すソーシャル・デイスタンスが行動基準となると、産業的には航空、レジャー、旅行、飲食等、対面営業を旨とするサービス分野が直、影響を受ける処、関連する自動車、航空機、などの製造業は規模と裾野が大きいだけに需要蒸発の影響は甚大となる処で、現下の世界経済の低迷はまさにかかる状況を映す処です。(注)

     (注)6月8日、世銀が公表した2020年の世界経済はコロナ感染拡大でマイナス5.2%に落ち
込むと予測する処です。1月時点の予測から7.7ポイントも引き下げとなっています、但し、
21年の世界の成長率は4.2%のプラスに戻ると予測する処ですが、問題は、世界全体に成長
のドライバーが見当たらない事。(日経-20/6/9)

そしてこれがglobal経済の視点からは、人の移動を規制するためとして一斉に国境の壁を高くし、多くは自国主義に走る、まさにBalkanization バルカン化現象が進むことで、世界経済の繁栄を齎してきたglobal化は緊急停止となり、グローバル企業にはその体制の見直しが不可避となる処、グローバル化の流れを逆流させる、革命的変革を誘引する処です。

・Goodbye globalization
英経済誌、The Economist(2020/5/16~22)はcover storyで、こうした状況をGoodbye globalizationと題して、以下のように描くのです

即ち、上述balkanizationが進む結果、グローバル化の核にあったサプライ・チェーンのあり様が問われ、気が付けば、世界の経済が中国を中心に動いてきたことに脅威を感じ、国内回帰が強まる処、これがリスクの一点集中を呼び、規模の経済のメリットを失う事になると、懸念されると云うのです。(注:国内回帰は一方で、問題は国内雇用の保護問題に加え、合理化投資が進むことで、賃金のより抑制でポピュリズムを助長する危険性が潜む事)
そして、5月12日インドのモデイ首相が新しい自国主義、自立経済の時代が始まったと語った由ですが、小国乱立の下では、ワクチンの開発も含め、グローバルな問題を解決していく場がなくなっていくことを危惧すると云うのです。更に、危機対応で大量財政の出動で各国政府は財政赤字拡大を余儀なくされ、その対抗として外資の海外逃避を抑えることとなり、各国の経済回復は早晩期待できないことになるとも指摘するのです。 

つまり、この3要素、自国主義&国内回帰の進行、サプライチェーンの見直し、そして経済回復の如何、がbody-blowsとなって自由貿易システム(open system of the trade)は機能停止となり、グローバル化への動きも従って停止する事になる処と云うのです。が、その次にどのような変化が来るものかと、危惧を強める処です。
要は、選択と集中や効率第一で加速されてきたglobal な企業展開が、コロナ禍でゆり戻される事になっていくとの見立てから globalizationのUターンが云々されると云う処です。

確かに今次コロナ禍は戦後世界経済発展の行動様式の修正を迫り、地政学的に国際関係の構造変化を誘引する処です。かつて学んだ国ごとに強みのある製品に集中し、国境を跨いで売り買いすることが夫々の利益を最大化する(D. リカードの自由貿易論)との発想の下、各企業はグローバルなsupply chainを築いてきたものですが、新型コロナウイルスはそうした前提を覆すことになったと云うものです。

こうした構造変化を指してThe Economist,( May 16~22 ) はそのcover storyで、Goodbye to the greatest era of globalization とするのですが、今後どういった形に収まっていくかは、見遠しえないがとしながらも、自国主義への誘惑にかられる姿に危機感を示す処です。
そして、こうしたグローバルな変化を更に刺激しているのが現下で進む急激な米中関係の悪化であり、かかる事態からは、仮にコロナが終息しても、コロナ前の状態に戻ることはないとするのですが、頷ける処です。

周知の通り上述事情は、今秋の米大統領選再選を狙うトランプ氏自身の事情による、つまりコロナ対応の初期動作の遅れへの非難を交わさんと、とにかくウイルスの発生源は中国にありとして対中批判を強めてきた結果ですが、その火種は従来の貿易や安全保障から更なる広がりを見せる状況です。世界のGDPの4割強を占める米中が報復措置の連鎖を招けば、コロナで痛む世界経済の回復を遅らせ、グローバル経済の縮小が懸念される処です。
つまり、世界経済の行方はまさに、米中関係の行方次第という処です。

そこで、以下本稿では「深まる米中対立と世界経済」をテーマに、米中関係の実状と、米中関係を通してみる世界経済の行方について、と同時に米国は当然のこと、世界の安全保障にも係る米大統領選を巡る状況について、併せて考察する事としたいと思います。


第1章 深まる米中対立と世界経済

1.米中対立の実状

米中の対立とは、2017年、トランプ氏が大統領として登場するや、米国の対中貿易インバランス(トランプ氏はこれを米国の赤字と呼ぶのですが)の是正のためとして2018年7月米国が追加関税措置を発動したことで先鋭化した米中貿易摩擦を映すものですが、そこには中国の産業政策「中国製造2025」への対抗もあってのことで、まさにトランプ政権が仕掛ける対中外交戦略とされるものでした。この間、米中間で3度に亘る貿易交渉がもたれ2019年12月14日には「第一段階の合意」に達し、翌年2020年1月15日に米中両政府は署名、以って一端問題は沈静化した、筈でした。が、両国間の合意への認識に齟齬が見られ、両国の思惑で真に対立が緩和に向かうか不透明に置かれていた処、新型コロナウイルス蔓延を機に再び激しさを増す状況となって来たというものです。

そもそも中国が1979年の米中国交正常化を経て、世界経済の秩序に参加したのが2001年のWTO加盟でした。これは米国の支援に負うものでしたが、これを機に中国経済は急速に拡大、今日世界第2位の経済大国となり、米中はグローバル化と共に経済の相互依存を深め、今や習近平政権下で米国と覇権を争うまでになってきたのです。その状況は、経済が急拡大する中国と19世紀から世界に君臨する米国の覇権争いと映る処です。
序で乍ら、その米中対立の姿を、米ハーバード大のアリソン教授は、歴史上、新旧大国の間で戦争が不可避とする見方に与して、「トウキデイデスの罠」(注)と呼ぶ処です。

(注)米ハーバード大のG.アリソン教授は米中の対立構造を「ツキギデスの罠」と己称したもの。 
古代アテナイナの歴史家、ツキデイデスに因んだ言葉、約2400年前、スパルタとアテイナイに
よる構造的緊張関係に言及したと伝えられる話、を米中関係に適応したもの

(1)「トウキデイデスの罠」を映す米中対立の実際

・米中対立は以下の三つの事案を契機として強化されてきたと云うものです。

 ① ペンス副大統領がワシントンで行った対中国批判(2018/10/4)
   ・政治、経済、軍事のあらゆる分野で中国が掲げる価値観、そのものを批判。以って、米国の対中
    政策の大転換を鮮明に。つまり、外交、安全保障にも広がる「新冷戦」の瀬戸際を示唆する処。

② トランプのコロナ対中批判 (2020/1~ ) ― 米中はストレステスト中 
   ・今年2020年に入って新型コロナと云う新たなストレスで強化される状況が発生。因みに、中
国は早く感染を抑えたが、米欧はまだ苦戦している。これは米欧の民主主義システムより、共
産党体制がすぐれている証と、中国はしきりにこんな言説を流す処。これがトランプ政権にとり
ストレステストと映る処。(注)

(注)大きな危機は政治や社会の耐性を問う一種のストレステスト(stress test:耐久試験)とされる。
ストレステストは、テスト前の状態を帳消しするのではなく、それまでにあった傾向を後押しする
もの。中国についていえば、感染の封じ込めを通じて国内体制を引き締め、テクノロジーを用いた
一党独裁を更に進める、一方の米国ではトランプ以降、共和・民主の支持者の分断がより激しくな
っており、こうした事情を踏まえると米中関係はコロナ以前の姿に戻ることは考えにくい。

③ フアーウエイーへの事実上の禁輸措置(2020/5/17)―米中技術覇権争い
・5月17日には米中対立の主戦場ともいわれるハイテク分野で華為技術(フアーウエイ)への
事実上の禁輸措置を決定、米中技術覇権争いに拍車がかかる処。

(2)米中の対立構図はイデオロギー対立へ
コロナ以前に見られた米中の対立は、通商、海洋の覇権争いにフォーカスされていました。
その限りにあっては交渉を以って解決に向う余地が残されていた処ですが、上述次第で、ス
トレステストに向き合う米中の対立が示唆することは、イデオロギー対立に向かい出して
きたと云うものです。

貿易摩擦から始まった米中衝突は,新型コロナや香港問題を経て、政治的な価値観などで、
米中対立の口喧嘩は、もはや真の敵対関係に陥ってきた(The Economist ,2020/5/9) とされ
る処、とりわけコロナによる米国の死者がベトナム戦争を越えたことで、その怒りは中国
共産党の体質に向けられだしているというのですが、それこそ根本は習近平政権の最強国
路線にある処と云うものでしょう。そしてその様相は、まさに新たな冷戦入りのプロセ
スと映る処、これまでの中国依存型となったグローバル企業の行動様式の見直しは不可避
となり、国際経済の枠組みも大きく変更を余儀なくされていく事になると云うものです。そ
れこそは、世界経済の新常態、云々とされるのでしょうが、この新環境にどう向かうべきか、
その備えが、もはや問われる処です。

(3)米中対立を激化させた香港問題
上述、米中関係を更に激化させる処となったのが、今次中国全人代(5月28日)で「香港国家安全法」の制定方針が採択されたことでした。(7月1日までには策定と伝えられる処です。)周知の通り、中国政府が国家安全に関する機関を香港に設置して直接取り締まりができるようすると云うもので、要は「一国二制度」(中英共同宣言、1984年)を形骸化させ、香港政府や立法会を飛び越えた「直接統治」に乗り出すというものです。香港には投資銀行など米企業1300社が進出しているとされ、うち300社近くが地域の統括拠点と位置付けられているとされています。であれば、中国の香港経済への監視体制が強まる事で、グローバル化を逆転させていく事が想定される処です。

トランプ氏は29日には、今次の中国の政策決定に対して素早く反応、安全保障そして金融
やビジネスに関し幅広い対抗措置を打ち出す一方、米国の香港優遇の廃止など対中強硬姿
勢を再び鮮明とする処です。が、これはまさに天にツバする処です。そしてトランプ氏は中
国絡みでWHOからの脱退をも明言するのでした。

米中はグローバル化と共に経済の相互依存を深めてきました。然し、新型コロナはその前
提を崩すことになったと云うものです。加えて、世界経済と密接につながっている香港問題
が加わってきたことで、米中の対立激化に世界も否応なく巻き込まれつつあると云うもの
です。言い換えれば、香港はまさに米中対立の矢面に立たされたと云う処です。

・2020 G7サミット会議、9月に延期開催の真相
処で、米国が議長国となる2020年Gサミットは、当初、6月下旬にワシントンで開催予定
の処、トランプ氏は9月に延期するとの意向を明らかとしました。直接の要因は、メルケル
首相が国内でのコロナ対策を理由に欠席するとしたことにある由で、彼女のいないG7は意
味がないとして延期する事にした由、伝えられる処です。
トランプ氏としては、この機会に中国にどう対処するかを議論したいと考えている由で、併
せて、秋のG7ではロシア、韓国、オーストラリア、インドの招聘を計画している旨を公表
しています.

要は、香港問題や新型コロナウイルスへの対応などで対立する中国への包囲網作りのため
にサミットを活用したいとする処でしょうか。何か思い付き的行動と映るのです。因みに
The Economist,Jun.6,は`Trump is right that the G7 needs updating. But what for ? と多少
からかい気味に彼の国際会議への対応を評する処です。

尤も、トランプ氏は、「(G7について)世界を適切に代表しているとは思えない。時代遅れの集まりだ」(日経2020/6/1)とし、枠組みの拡大が必要としている由ですが、これが米国内での党派を問わず対中強硬論が加速する様相に応えんとするものとされる処です。これも大統領選向けのジェスチャーかと云えそうです。

ただ、プーチン氏は予て中国が参加しないG7の議論は効果的でないと主張しており、中・ロが主導する上海協力機構(SCO)やBRICSの枠組み,G20を重視する立場を示してきています。また、2014年、クリミア半島併合への対抗措置としてG8から追放されたロシアを復帰させる事にはG7メンバーからは異論の出る処、例えば英国はG7への復帰は支持しないと、又カナダは国際的規範を軽視続けているとして、反対意向が伝わる処です。
安倍首相は6月時開催のG7サミットにいち早く出席と返事をしていましたが、上述事情から彼の次の行動は如何と、習近平の国賓訪日のリスケ案件とも併せ、注目される処です。

2.米中対立の行方

米中の対立は、米国の対中姿勢に照らし当分改善は見込めず、そんな中で米国は世界での軍事プレゼンスを縮小し、当該負担の軽減を図ると云う姿勢は変わることはなさそうです。
因みにトランプ氏はドイツに対して、NATO軍事費負担(GDP2%)の未達の故を以って駐独米軍の3割削減を明示(6月15日)していますが、負担の軽減化に向かう流れは変わることはないと見る処、となれば世界は更に無秩序な様相を呈する事になるのでしょうか。

世界はこれまで強大になり、過剰な自信にあふれた中国にどう向き合い、どう対処するか,
で苦しんできたと云うものですが、これからは強大で、大きな野心を抱き続ける一方で、
内憂も深刻になる中国への対応に悩む時代にシフトしてきたと云う事でしょうか。尚、ここで留意すべきは中国の外交、つまり近時「戦狼外交(Wolf of War)」と称される過激な外交の展開です。2015年、2017年に登場した勇猛果敢なaction映画のタイトルからの引用だそうですが、Financial Timesのラックマン氏は中国が東アジアに公船を配する行動は、コロナ対応、全米デモ(次項)にとらわれる米国の姿を中国にとって好機と見ている結果であって、彼らの東アジアにおける行動に目をそらさず、注視せよと警鐘を発する処です。

        
第2章 差別抗議デモと 、米大統領選の行方

今秋の2020米大統領戦は周知の通り、民主党バイデン氏が現職大統領のトランプ氏に挑戦する構図にある処、両者を巡る環境は構造的ともいえるほどに変化を辿るところです。そこで現時点で留意すべき事として、5月末から起きた人種抗議デモの推移とトランプ氏の対応、そして、こうした動きを背にした民主党支持層の変化についてレビューしたいと思います。

1.米各地で広がる抗議デモとトランプ氏の行動様式

黒人男性が警官の拘束の下で死亡した事件(5 月25日)をきっかけに、全米各地で発生している抗議デモや暴動の拡大は、人種による米社会の分断を浮き彫りとする処、この秋の大統領選に及ぼす影響は重大なものと云う処です。
これはコロナ・ショックが、非白人等マイノリテイの差別、格差問題を改めて浮かびあがらせたその結果ですが、彼らは感染リスクにより曝される一方、解雇の対象ともなりやすく、こうしたことへの鬱積した不満が、一気に噴き出したと云え、抗議行動は人種問題がコロナで増幅した姿と云える処です。その点で想起させるのが、1968年の公民権運動です。

1968年4月、公民権運動の指導者キング牧師暗殺への怒りが全米に広がり100件以上の暴動が発生。当時はベトナム戦争の長期化が社会の閉塞感を齎し、公民権運動に火をつけたと云うものです。 今次の抗議デモは新型コロナウイルスの感染拡大により、差別や格差と云った米国社会が抱える闇を改めて浮き彫りにしたと云うもので、この抗議デモはロンドン等米国外でも広がる状況です。デモを通じて再び感染が広がれば、経済活動の再開が遅れて失業者が更に増え社会不安が一段と高まる可能性が懸念される処です。 向かえるトランプ氏は、その鎮圧に米軍を投入する用意ありと公言、しかも国民を守るべき軍隊に、自国民に向かって発砲も辞さないと、暴動をあおるような言葉を吐くに至っては愕然です。それも再選のため‘戦時大統領’としての強さを示すものの由ですが、もはやついてはいけません。

6月6日付けThe Economistは` Far worse than Nixon ‘と題し、ニクソン氏が68年の大統領選で遭遇した黒人デモに対して「法と秩序」という戦略を掲げ勝利した経験に倣わんとするトランプの行動について、彼の力量はニクソンに及ばないだけに、今次の抗議運動がトランプに有利に働くことはないとし、その背景にある正当な怒りも民主党に追い風と指摘する処です。そして民主党陣営は、トランプ氏にはできない多数派を形成しつつあると指摘する処です。 つまり警察は白人より黒人の容疑者にたいして過剰に実力行使する可能性が高いと正しく答えた米国民の割合が、この4年間で2倍近くに増えたと云う。このリベラルへのシフトは、民主党がトランプ氏への対抗措置として人種間の平等への訴えを強化した結果であり、それは多様な人々が抗議活動に参加している事に表れていると云うのです。

・トランプ氏、選挙集会再開
尚、6月20日、トランプ氏は、オクラホマ州で、3月初旬以来初となる全面的な選挙集会を開きました。Financial TimesのE. Luce記者は6月12日付け紙面で「Americans are losing the stomach to continue virus battle」(コロナと戦う意欲を失う)と題し,これは米国人に何の咎めも受けずに大勢で群がってもいいとのサインを送る事になると、トランプ陣営の行動を厳しく指摘する処でした。そして、米国科学の顔とされるアンソニー・フアウチ博士(国立アレルギー感染症研究所長)はもう、トランプ氏の前に現れることもないだろとも云うのです。彼はその数日前、コロナ・パンデミックは「まだ終わりに近づいていない」と発言していたのです。(注:フアウチ所長は6月23日の米議会証言で、感染状況について「気がかりな急増が起きている」と警告しています。)
以って、ルース記者は、ホワイトハウスは戦争遂行への関心をすっかり失ったと云うのです。

コロナとの闘いは今、州の領分とされてしまっていますが、米国は引き続き、1日当たり約1000人の死者をだしていること、そして、social distancingの規則を緩和している一部の州では、感染者と入院患者の増加ペースが高まっているのにと、ラスベガスのカジノに集まるギャンブラーの様子を引き合いに出し、批判する処です。そして、今次の州都に殺到する武装自衛団と同じように「the Black Lives Matter(黒人の命は大切)」の抗議活動にも当てはまることと云うのです。一方、民主党にしても、スタジアムを埋める事についてトランプ氏を批判しづらくなっているとも言うのです。そして新型コロナウイルス感染症は「まっとうな人たちと白人ナショナリストを区別しない。ひどく二極化した国においては、イデオロギーが科学に勝るのだ」と皮肉くる処です。

2.民主党に求められる課題

これまで民主党の問題は? それは結束力だと云われてきました。が、その環境はいま、バイデン氏にとってpositiveな様相と映る処です。つまり、オバマ前大統領、ヒラリー・クリントン上院議員、サンダース上院議員、等民主党有力議員がバイデン支持を表明、反トランプで党内の結束が進み出した、と云う事ですが、更に上述の人種差別抗議デモへのトランプの強硬姿勢に、ブッシュ政権時の国務長官、パウエル氏、更には前国防長官、マテイス氏までも、トランプ批判を展開、バイデン支持を表明、共和党内からも反トランプの声が高まってきています。勿論、これがバイデン氏に1票と云う事ではないのですが。

あと5か月。民主党には、同党の主張以上に左傾化政策を進めるトランプに対抗できる独自色ある政策が打ち出せるか、と云う処ですが、6月8日, CNNが纏めた世論調査ではバイデン氏の支持率は55%とトランプ氏の41%を大きく上回り、その差は5月の5ポイントから14ポイントと、これまででの最大です。尤も、米国の大統領選挙の実際は、大統領を選ぶ選挙人( electoral college )を選ぶ制度で、上掲、The Economist, June 6も、その選挙人団の構成は共和党に有利な現状にあり、世論調査通りにはすんなりとは行かないだろうと指摘する処です。[(注)各州に割り当てられる選挙人数は、上下両院の数と同じで、535名,これに
両院には代表を送っていないDCからの3名を加えて計538名]

・有権者の投票行動
さて、有権者の投票行動はどうかですが、上記世論調査に見る限り、トランプ氏は全体的に2桁の差を付けられています。又、トランプ氏の岩盤支持層の中核にある非大卒白人の支持率は3月時の66%から5月には47%に急落を示しています。だが有権者は、どちらの候補が経済を復活させるのに好位置につけているか、まだ決めかねているのが実情のようですが、人種差別デモは相応に影響し出したと見る処です。

尚、人種問題と云えば、もう一つ留意しおくべき問題があります。それは白人と非白人の構成問題です。今から20年後の2040年には米国における白人の比率は50%を割ることが予想されています。つまり白人がマイノリテイーになると云う事です。この変化こそは米国における政治経済を揺るがす処となるものです。さて今回の選挙にどう影響しだすか興味、深々です。

3.中国に映るトランプ/バイデン両氏の実像

さて中国はトランプ氏とバイデン氏をどのように捉えているのか?関心の持たれる処、6月13日付けThe EconomistはPondering America’s electionと題して、中国にとって望ましい米大統領は誰か、中国の政策当局者が観る二人の実像を伝えています。それは中国の視点に立って両者を比較描写するものです。極めて興味深く、以下はその概要です。

まず、トランプ評です。彼は新彊ウイグル自治区での弾圧行為にあまり関心がないこと。今では再選しか関心がなく要は自己利益にしか関心のないナルシストと断じるのです。そして彼の関心は中国に政策転換を強いる以上に中国マネーにあると中国政府は見抜いていると云うのです。 人民日報系の「環球時報」では今、彼のことをChuan Jiango = Build- up the Country Trump (国づくりトランプ)と云うそうですが、要は、トランプは中国をより強くするために米国を破壊する仁だというのだそうですが、それはダブルスパイだとも云うのです。極めて皮肉な表現です。同時に、米国の衰退が加速する事は、中国にとってプラスなのかと、議論を始めているというのです。

一方のバイデン氏については、オバマ路線を踏襲すると見られていると云うのです。そして彼は経済において中国と相互依存関係にある事を危険視するのではなく、むしろ安定の基盤と位置づけていたし、パリ協定など世界的課題について中国との連携を重視し、オバマ政権では重要な役割を担っていたが、当時を懐かしむ空気は今はまるでないと。むしろ、オバマ流の関与政策は「中国が豊かになるにつれ西側の政治ルールを受け入れていく」と云う誤った考えに基づいたものと批判的に見ているようだと伝える処です。

米国では、台頭する中国への脅威論を巡って共和党と民主党が意見を同じくしていると同様に、北京でも、指導層の間でコンセンサスが出来つつあると云うのです。つまり、彼らは米国を斜陽国家と呼ぶようになったと云うのです。米国は富裕ではあるが、過度の分断と利己主義、人種差別のゆえに市民の安全を守る事の出来ない国と云う由です。そこで、中国の指導者層は、トランプ氏は米国の衰退を示す兆候であり、かつ、衰退を促す存在だと見ていると云うのです。

ただそうした評価はトランプ再選を中国が望んでいることを意味しているか、となると中国指導者層の意見は分かれる処。上述のとおり、米国の衰退が加速する事は、中国にとってプラスなのか? 議論を始めているという由ですが、安全保障の視点からは、トランプ政権になって混乱が更に4年続く方がよいと考える向きは多いと云うのです。一方、世界秩序があまりに早く崩壊することを恐れる陣営は、バイデン氏の当選を切望していると。つまり、バイデン氏を、経済面での米中デカップリングを抑える穏健派と捉え、中国が多様化し自立を進めるための時間を与えてくれると考えている為だと云うのです。勿論、バイデン氏を警戒する人の多くは中国の人権問題に対する彼の姿勢だと云うのです。
いずれの論を支持する陣営も、極めて「守りの姿勢」にある点で一致していると云い、‘Whoever becomes America’s next president, China does not expect to be friend’ つまり、
次の大統領が誰であれ、友人になれると中国が期待することはないだろうと、締めるのです。


おわりに これからの日本を考える

・自立する外交
過去30年、日本外交の柱は米国と同盟関係を深化させながら、中国と協調するものでした。もとより、これは現実的な選択肢だったものの、相対的な日本の国力低下と共に、米中への依存度を強め、米国からは防衛装備を気前よく購入し、中国からは投資や観光客の受け入れ
を促してきました。但し、その費用対効果はパンデミックの以前から悪化していたのです。

さて、その米中は前述の通り対立を深める中、今次見せた習近平中国の香港対応は強権指向を決定づける一方、米国は、世界での軍事プレゼンスを縮小し、当該負担の削減方針にあって、時に同盟国、欧州とも利害を争う状況は「消える西側(westlessness)」への懸念を呼ぶ処です。つまり世界は新たな地政学的混乱(The new world disorder、The Economist, June 20)と向き合う事になると云うものです。 とすれば今作られつつある「コロナ後の国際秩序」の行方を冷静に見極め、この際は、国益を意識した自立する外交、つまり東南アジアなど米中以外の諸国との関係強化を通じた国際環境の構築、を目指すことが日本にとって極めて重要になってきたと実感する処です。

・佐伯啓思氏の主張
処で、友人から送られてきた5月31日付け産経新聞掲載の佐伯啓思氏、京大名誉教授、のコラム[`公共的資本主義’へ転換を]は、コロナ後の世界を考えていく上で示唆深いものでした。そこでその主張のポイントを、弊コメントと併せ、下記紹介し、本稿の締めとします。

「・・・既に、グローバルな市場競争は持たない処まで来ていた。そこへコロナ・ショックが生じた。コロナ禍は、これらのグローバリズムのもたらした問題を更に明るみに出し、もっと深刻な次元へと推し進めた。一国中心主義は一層進み、米中対立は深刻となる。民主主義国家も、国家や政府の権力を強化する事になる。EUはますます脆弱になり、人の移動は経済の重荷になる。・・・極端なまでの財政、金融政策や支援金のバラまきにも拘らず、経済成長は期待できない。これはグローバリズムへの挑戦ではなく、過度なグローバル競争の帰結である。だからグローバリズムの立て直しによる経済成長主義というような価値観はもはや破綻している。その事を今回のコロナ禍が顕在化させたのだ。」とし、更に、もしポスト・コロナの社会像があるとすれば、それは、医療、福祉、介護、地域、人のつながりなどの「公共的な社会基盤」の強靭化を高めるものでなければならないとし「それは効率至上主義のグローバルな競争的資本主義と云うよりも、安定重視のナショナルな公共的資本主義と云うべきものであろう」とするのです。

勿論、納得する点、多々です。が、上記筆者の主張に重ねて思うとき、佐伯氏はグローバリズムを批判する思想家として知られる仁で無理な話でしょうが、この際は、グローバル化の終焉を云々するのではなく、それが齎してきた世界経済への貢献について謙虚に評価されて良いのではと思料するのです。そして、「変調グローバル化」の時代に入ったとされる今、その形は変わっていくとしてもなお、グローバルな対応の必要性、有為性が失われることはない筈です。この点、筆者も改めて、考えていきたいと思う処です。以上 (2020/6/25記)
posted by 林川眞善 at 16:11| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする