2018年09月27日

2018年10月号  Identity Politics , そして Liberal Order の行方 - 林川眞善  

目 次
    
序 論   Identity Politics , WTO and Silicon Valley
  
第 1 章  Identity Politics と 民主主義   

(1)Identity Politics と米民主党の変質
  ・トランプ政治とIdentity Politics
・変質する米民主党
(2)Identity Politics は民主主義の危機
    - Francis Fukushima氏の反論

第 2 章 リベラルな国際秩序の行方       

(1) 戦後「国際秩序」生成の生業
  ・戦後国際秩序としての国連誕生
  ・国連常任理事国
  ・冷戦の終焉
  ・J.アタリ氏の信念
(2)「多様性を受け入れる秩序」
  ・リベラルな秩序
  ・JFKの示唆

 おわりに 安倍晋三氏の自民党総裁3選に思う  
  ・民主主義政治の基本は‘プロセス’ 
  ・創刊175年の英経済誌 `The Economist ‘


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序 論  Identity Politics , WTO and Silicon Valley


ドナルド・トランプ氏が米大統領として世にその存在を示したのが2017年1月。爾来、僅か1年8カ月、米国政治の風景は様変わりとなってしまいました。勿論、新たな大統領の登場は、新たな政治方針と政策を以って政治に臨むわけでしょうから、当然の結果として政治は変化を遂げ、進化をも示す処です。然し、殊トランプ大統領について言えば、これまでの米大統領に見る姿、つまり戦後一貫して、自由経済を支え、そして世界秩序を堅持してきた、言うなれば世界に対する‘責任’を矜持ともしてきた大統領の姿はなく、あるのはAmerica first、つまり自国利益を求めて進む姿であり、対外的にはAmerican retreatを映す処となっています。元よりこれが、米国の政治、経済、そして産業の在り方に強い変化をもたらす一方、世界経済運営の枠組みすら否定するほどになってきています。その変化はずばり‘後退’の変化と云う他なく、そうしたトランプ氏については、米国の役割、つまり国際秩序の堅持に異議を唱えた初の大統領として明記されていく事になるのでしょう。

尤も彼だけが異質と云うわけではありません。1971年8月のニクソン・ドクトリンでは、国際金融システム、金ドル交換制度の停止、輸入課徴金の実施と云う、国際秩序に背を向けた例もあるのですが、ただ基本的な違いは後述するように、大統領選を通じて、今もそうですが、いわゆるタブーとされてきたraceへの意識、Identityを鮮明として、言うなれば「人種政治」を訴えた事が功を奏する処、それを「米国第一主義」と結び付けた政治、貿易、更に産業運営が行われている点にあると云うものです。そうした米国の変化を伝えるkey words として挙げられるのが、Identity Politics (政治)、WTO(経済)そしてSilicon Valley (産業)の三つです。

まず、Identity Politics です。これはトランプ大統領の言動に刺激され、人種を意識した、これまでのliberal democracyとは次元を異にする政治、弱者集団の声を代弁する「人種政治」(アイデンテイテイー政治)とされる動きです。とりわけ米国のDemocratic Party(民主党)がこのIdentity Politicsに舵を切りだしたと云われていますが、極めて注目される変化です。元よりこれが米国の政党政治に強い影響を与えると共に他諸国でのポピュリズムにも強く反映する処です。因みに9月9日、スエーデンで行われた議会選挙では「反移民」を掲げる極右・民主党が躍進。更にリベラル思想の旗手とされるドイツで排他主義が広がってきたこと、元よりこうした政治潮流が欧州全体の政治危機に繋がると、その危うさが伝わる処です。 
(注)Identity Politics :何かの属性に起因して社会から奪われた価値を取り戻し、政党に承
 認を得られる状態を実現するための運動と定義されるもの。

次にWTOですが、それは戦後の自由主義貿易の砦とされる、米国が主導してきた多国間協議の国際機関です。にも拘わらずトランプ米政権は、国内産業の復活、雇用機会の確保を理由に、WTOに諮ることもなく輸入規制策を強硬。つまり、当該二国間交渉による関税の見直しを通じて米国の貿易赤字是正を迫るトランプ流Deal 外交戦略ですが、とりわけこれが米中間での関税報復合戦を招来する等、まさにWTOの存在を否定する如きです。戦後の国際秩序の下、培われてきた自由貿易のシステムが壊れだしたと云うべく、その点では環境変化に対応できるWTOへの改革が喫緊の課題となっており、先の論考でも指摘の通りです。

そしてSilicon Valley。世界の技術革新を圧倒的にリードしてきた米国 シリコン・バレーに陰りが出てきたという事態です。9月1日付The Economist誌の特集`Peak Valley’ は極めて刺激的なリポートでしたが、シリコン・バレーの相対的な凋落が、競合する活発な技術拠点の交流を告げるものであるなら歓迎されるべき変化でしょうが、当該陰りとは、世界中で技術革新が難しくなっているのではと、警告を発するものでした。係る事態も例のビザ発給問題に象徴されるトランプ流人種政策が影を落とす処と云うものです。

さて、世界貿易の関税報復合戦(注)は、これまでも当論考で、縷々報告してきた通りで、とりわけ米中の報復合戦はチキンレースの様子を呈し、推移しています。又‘シリコン・バレー’の翳り論も大変な問題ですが、これについてはIdentity Politicsの文脈において捉えていく事も可能です。 そこで今次論考では、三つのkey words の内、Identity Politics をテーマに論じる事とし、更に、そうした環境にあって、今後とも求められる国際秩序とはどのような姿であるべきか、ヨーロッパ最高の知恵と言われるフランスJ.アタリ氏、そしてハーバード大の政治学者G.アリソン教授の著作を介して考察する事としたいと思います。

     (注)トランプDeal 外交の現場(9/24現在):
   ・米欧協議:7月25日、自動車を除き、関税撤廃交渉入り(9月10日交渉再開)
・NAFTA協定交渉:8月27日「米墨改訂合意」、「原産地規則」改訂(実質Buy American)。
賃金条項、自動車数量規制; 8月28日「米加交渉」→ 9/11再開 → NAFTAの行方。
・日米協議:8月9・10日仕切り直し→対日赤字是正圧力とFFR協議(9月24日再開予定)
尚、9月26日、NYで日米首脳会談予定
      ・米中協議:上記通商拡大法232条(安全保障対応)に加え、301条(不公正貿易慣行対応)を
       適用。対中制裁関税の決定― 米対中制裁関税 第1弾~3弾:2,500億ドル、中国の対米
       報復関税:1,100億ドル(8月23日、制裁関税第2弾発動、9月24日、第3弾、発動)
     



            第1章 Identity Politics と 民主主義


(1)Identity Politics と 米民主党の変質

・トランプ政治とIdentity Politics
米国の指導者がいつも戦後秩序の守護神、自由貿易の旗手であって「トランプ大統領が例外」かと云えば必ずしもそうではない事、前述したとおりです。
第37代米大統領、ニクソンは1971年8月15日、「金・ドル為替制度」の廃止と一律10%の輸入課徴金導入の決定、つまりニクソンショックです。その際、彼は次の様に演説しています。「米国は過去25年、欧州やアジアの自立の為に巨額の支援をしてきた。今日、彼らは経済的に強くなったのだから世界の自由を守るために応分の負担をすべきだ。為替相場について米国が手を縛られて競争する必要は何もない」と。

一方、今年2月28日、トランプ大統領は「米国の貿易政策と年次報告」を議会に提出していますがその際のスピーチも、上記ニクソンの口調に似るものでした。つまり「中国や日本、韓国のために膨大なお金が失われた。過去25年と同じままにしてはおけない」と。そして「米国第一主義」の下、貿易赤字の原因を相手国の輸入障壁に求める論理などはまさに、戦後国際秩序に背を向ける姿勢と云うものです。

然し、そうしたトランプ流米国主義がこれまでの政治と一線を画すのが、大統領選を通じて彼が訴えてきたポイントの違いです。つまり、いずれの大統領も「自分なら経済を再建できる」と云わずして当選したリーダーはいませんし、トランプ大統領も同様、貿易戦争にその解を求める形をとっています。ただ彼が大統領選で取った戦術は(今もその延長線上にある処)、そのポイントを明らかに‘人種’(特に低所得の白人労働者)に置いていたことでした。

アメリカ国民の多くは世界と断絶したカントリーにあって幸せに生活ができ、従って友人によれば、彼らにとって中央政治はゲームでありshowでもあったと評するのですが、米国の国力が高い間はともかく、グローバル化に取り残された彼らは、国力の相対的低下に伴って不満を募らせ、それが反自由主義経済に繋がる処ともなってきたというもので、実はそのことにワシントンは鈍感であったと云われています。そこに注目してトランプ氏を当選させたのが、道徳よりも損得を振りかざし選挙参謀をやり遂げたバノン氏で、その彼が照準を合わせたのが白人の低所得労働者であったと云うものですが、その思考様式が‘現在も善’とする空気にある処です。

つまりトランプ大統領の言動に刺激され、前述したように、人種を意識した、これまでのliberal democracyとは次元を異にする政治、弱者集団の声を代弁する「人種政治」(アイデンテイテイー政治)が露わとなり、米国の政党政治に強く影響を与え出したというものです。

さて、アイデンテイテイー政治が進むとなれば、それは‘人種のるつぼ’と言われてきた米国のような国では、社会の分断を招きかねないとの懸念の高まる処、実は民主党、Democratic Partyが, このIdentity Politicsに舵を切った事で注目を呼ぶ処となっているのです。これまでの米国政治にあっては、Minorityは民主党を支持し、共和党は白人票を得てきたとされていますが、トランプ大統領の言動、更には人口構成の変化が、民主党の目を更にMinorityに向けさせていく事になると見られるからです。

・変質する米民主党
Financial TimesのCommentator, Janan Ganesh氏は、この民主党の姿勢の変化について`US Democrats are re-discovering identity politics ―Trump’s conduct in office has sapped that race could be transcended ‘(Aug 16,2018)と題し、次のように指摘するのです。

「‘人種を考慮する政治’と言う点では、共和・民主の両党とも同じスタンスにあり、これまで民族多様化を政治戦略として織り込むことは、白人労働者の支持層を失う事に繋がるとして、両党はそれぞれ「自党の」有権者に訴えてきた。それもほぼ暗黙の訴えだった。とりわけ民主党(の上層部)は、これまで米国民は米国民として扱うべきであって、複数の民族的な集団の集まりとしてみるべきではない、とする合衆国の理念に基づく信念があって、アイデンテイテイーに基づく政治と、国民を一つと捉える思想が示すベクトルは異なるとして距離を置いてきた。然し今,この二つの距離が縮まってきているが、それは選挙戦での配慮からくるものと言え、この姿はトランプ大統領のlegacy「遺産」の一つとして語られるであろう。実際、民主党の有力者の中からも、人種を大義に掲げる人達が現れれている。民主党がこれほど人種を意識する事は88年のJ.ジャクソン牧師以来の事」と云うのです。

つまり、トランプ大統領の行動が、人種の壁は乗り越えられるとする民主党の基本信念を蝕みだした結果、対象者を明示せざるを得なくなってきたことで、両党とも、各民族集団に向けて言葉を尽くして訴えだしたと云い、これこそは新たな「人種政治」と指摘するのです。ただ、「トランプ大統領が去り、共和党がトランプ以前に戻ったなら、民主党もまた、オバマ時代やクリントン時代のように人種問題に対して実務者的な抑制を利かせる姿勢に戻るかもしれないが、この国(米国)にとって恐ろしいのは、共和党と民主党のどちらもが、以前の状態に戻らない場合で、その先にあるのは細かく分断された社会でしかない」と思いつめた様子で締めています。要はこのまま「人種政治」が進むという事は国の分断を意味するばかりと危惧するのですが、やはり気がかりな事と云う他ありません。

(2)Identity Politics は民主主義の危機 - Francis Fukuyama氏の反論

さて米国際政治学者Francis Fukuyama氏 (注)は近着Foreign Affairs (Sep./Oct. 2018) に寄せた論文「Against Identity Politics ― The New Tribalism and the Crisis of Democracy」で、Identityと云う属性をベースとした云うならば同族意識に訴える政治、Identity Politicsは、民主主義にとっての危機だと批判しつつも、これが国としての一体感を図る戦略的機会と受け止めるべきと、そのスタンスは極めてユニークです。そこで以下で、当該論文をレビューすることとします。

     (注) Francis Fukuyama 氏と云えば「歴史の終わり(The End of History and the Last man,1992)」
で世界的に著名な政治学者です。そこでは1991年12月のソ連邦崩壊を以って米ソを2極と
した冷戦構造は瓦解. その結果を民主主義と自由経済の勝利とし、その後は米国を一極として
国際社会の平和と安定が無期限に維持される、とする仮設を展開するものでした。然し,そこで
語られた仮説は、21世紀に入り中国の台頭、ロシアの復権等、更には今日のトランプ政権が進
めるAmerica firstの戦略を受け、その修正が余儀なくされる処です。

まず彼は、21世紀に入ってからの世界経済は、2007-2008の世界金融危機、2009年のユー
ロ危機によって大恐慌をきたし、世界的な高失業と雇用労働者の収入の大幅減少を齎して
いった事で、欧米が主導してきた自由民主主義への信頼を損ねる結果を生んだ。そして驚く
べきは2016年の米英での選挙結果で,英国では有権者はEUからの離脱に賛成投票し、米
国ではトランプ氏が大統領選に勝利した事、つまりpopulist nationalism が勝利した事と云
い、係る展開は経済とテクノロジーの革新的発展でグローバリゼーションの流れが変化し
てきた点に負うものとし、同時に従来見られなかったような現象、rise of identity Politics、
人種政治の招来を生んだと、その経緯を総括し、そうした変化の中で進む米国の2大政党
政治の変質に触れ、次のように語るのです。

つまり、20世紀の政治の大半は経済問題に集約されてきた。 ‘左’陣営は労働組合、社会保
障、分配政策が政策の中心にあり、‘右’陣営は、小さい政府、企業の活性化に政策の中心に
あったが、今日では経済やイデオロギーが問題ではなく、identityが問題となってきたと云
うのです。確かに、多くの民主国家では今、左翼は経済的平等にはそれほど意を用いること
はなく、移民やマイノリテイや難民、女性等々に関心を集め、一方の右翼は伝統的な国家意
識と共に、時に人種や民族意識を強調するように変わってきたことで政治的な焦点がshift
し、いつしか移民問題にフォーカスされる処となっていると云うのです。

もとより、先進国における人口の減少を考えると、移民の受け入れは避けられない事であり、むしろそれを積極的に受入れていくべきで、ただ問題は受け入れた移民を単にチープ・レーバーとすることなく、成長産業に対応していける教育を戦略的に施していくべきで、従ってこれを成長の機会と捉え、移民の戦略的受容を進めていくべきで、それは同時に民主主義をかく乱させているポピュリストたちへの矯正策ともなるとして、ことさら人種にウエイトを置くidentity politics に疑問を呈するのです。 
― People will never stop thinking about themselves and their societies in the identity terms. 
But people’s identities are neither fixed nor necessarily given by birth. Identity can be used to
divide, but it can also be used to unify. That, in the end, will be the remedy for the populist
politics of the present.

要は、今見るトランプ・アメリカの政治は「小さな政府」を標榜する保守派(共和党)と「公
正な富の分配」を唱えてきたリベラル派との政策上の対立のように見えるが、Fukuyama氏
は従来のような「パイ」を巡る経済闘争でもなければ、イデオロギー闘争でもないとするも
のです。言い換えると、この政治闘争は物質的な利益を巡る対立と云うよりも自らの存在を
社会に認識させようとするアイデンテイテイ闘争だという事でしょうか。彼はこうした現実
をIdentity Politicsと表現しているという事のようですが、であればIdentity Politicsとは
「アイデンテイを巡る政治闘争」とでも訳すべきかとも思料する処です。
因みに日本でのIdentity Politicsと云えば「中央政府の意向は関係ない。要は沖縄県民の意志」として、All Okinawaのスローガンを掲げ沖縄知事選に勝利した故翁長氏こそは、その最たる事例ではと思料される処です。その後任の沖縄県知事選は9月30日に行われます。

尚、9月11日、ニューヨークでは当該論文を拡充した新著「Identity: The Demand for Dignity
and the Politics of Resentment (尊厳への要求と憤りの政治)」が発売されたとインターネッ
トで承知しました。さぞ更ななる話題を呼ぶ処かと思料するのですが、この際思い出すのは
彼の言です。「現状を改善するための特効薬薬はない。・・インターネットの登場でエリート
はその影響力を失いつつある。民主主義というものは恐らくある程度エリートがコントロ
ールしなければ正常には機能しないと思う」と。[Democracy needs Elite (民主主義はエリ
ートを必要としている)]

`Identity Politics’を巡る政治の現実を語るFinancial Times とF. Fukuyama氏のIdentity Politicsへの理解のスタンスの違いに痛く感じさせられる処です。


第2章 リベラルな国際秩序の行方


現時点で痛感される事は、政治も企業も、米国のみならず他諸国もトランプ流に振り回
され、長期の視野を見失いつつあることではと思料するのです。つまり liberal democracy
の今後をどう考えて行けばいいのか、「国際ルールに基づくリベラルな秩序」への危機感が
募る処、そうしたテーマに迫る有為な文献、二つが今、手許にあります。

一つは、フランスのジャック・アタリ氏の最近刊「新世界秩序」(山本規雄訳, 作品社2018/7)
です。彼は周知の通り、ヨーロッパ最高の知恵と言われ、ドイツ再統一、EU成立を実現さ
せた陰の立役者と言われ、ベルリンの壁崩壊後の東ヨーロッパ復興を目的とした「ヨーロッ
パ復興開発銀行」初代総裁にもあった仁です。同書でJ.アタリ氏は、グローバル化が齎した
欠陥が、不平等の拡大、環境破壊、宗教原理主義、ポピュリズムの台頭など目に見える形で
露わになったいま、どのようにして「新秩序」が形成されることになるか、「古代・中世の
世界秩序」、そして資本主義による「世界秩序の進展」について歴史的史観を以ってレビュ
ーし、「世界秩序の現在」更に「21世紀の新世界秩序」について、そのあるべき方向につい
て語るものです。

もう一つは、「リベラルな国際秩序」について、ハーバード大学のG.アリソン教授(注)が日本版フォーリン・アフェアーズ・リポート(2018,N0.8 )に寄稿した論考「多様性を受け入れる秩序へ -リベラルな国際秩序と云う幻」です。そこでは巷間、リベラルな国際秩序として指摘される三つのコンセンサスを整理し、それらの持つ誤謬を指摘した上で、1963年にJ.F.ケネデイがアメリカン大学の卒業式でおこなったスピーチをリフアーし、自由主義国家であれ、非自由主義国家であれ、「多様性を受け入れる」世界秩序を維持することで十分ではと、主張するものです。

     (注) Graham Allison : ハーバード・ケネデイ・スクール初代院長。レーガン~オバマ政権
      の歴代国防長官の顧問を務める。現在の米中関係について、‘ツキデイデスの罠’から逃れる事
は現実的に可能として、両国が戦争に落ちらないことを指摘した仁です。

そこで以下では、この二つの文献を介して、戦後(1945年~)から今日に至る国際秩序の在り姿をレビューし、トランプ米大統領の台頭が齎している、いわゆる‘混乱’が進む中、今後の秩序とはどうあるべきなか、その方向について考察することしたいと思います。

(1)戦後「国際秩序」生成の生業

・戦後国際秩序としての‘国連’誕生
第二次世界大戦終結1年前の1944年2月、米法学会が招集した専門委員会で、人間の基本的権利に関する報告書「世界人権宣言」が策定され、1944年4月19日、ローズベルト米大統領はこう宣言しています。 「持続的な平和の条件は、経済に関する制度が健全に組織され、人間的な労働、社会的地位の向上、正規雇用、然るべき生活の保障によってそれが強化されない限り、確保されない」と。ローズベルトにとって、平和の中でも経済的次元はアメリカ流のグローバル化を意味する処です。

同じ頃、ニューハンプシャー州の小さな町ブレトンウッズで、大西洋憲章(注)で予告された国際金融機関設置に関する交渉がアメリカ代表の財務次官補ハリー・デクス・ホワイト、イギルス代表団に参加していたジョン・メイナード・ケインズとの間で交渉が行われ、紆余曲折、最終的に国際金融基金(IMF)の設立が決定されています。この基金の使命は周知の通りで、世界レベルで貿易収支の均衡を促すこと、通貨に関して国際的な協働関係を作ること、為替相場の安定をはかること、多国間決済制度創設を援助すること、収支悪化に苦しんでいる国に融資すること、でした。そして世界中央銀行として国際復興開発銀行(世界銀行)が創設され、IMFと共にその本部はワシントンDC、ホワイトハウスからほんの数メートルの位置に構えることになった事で以後、世界の金融政策をワシントン・コンセンサスと称せられる処です。
        
(注) 大西洋憲章:1941年8月14日、米ローズベルト大統領と英国チャーチル首相と
の共同宣言で、第2次大戦後の平和回復のための基本原則(自由貿易の拡大、経済協力
の発展、安全保障のための仕組みの必要、等)を纏めたもので42年1月1日の連合国共
同宣言にも取り入れられた。尚、交渉が北大西洋上の英軍艦(Prince of Wales 号)と米
巡洋艦(Augusta号)上で行われた事で、一般に大西洋憲章(Atlantic Charter )と呼ぶ。

・国連常任理事国
一方、1944年8月21日ワシントンDCのダンバートンオークスという名の邸宅では、米英、ソビエト連邦、中国の間で国際連合設立のための会合が開かれています。そして新設の国際組織(国連)が十分な効力を持つよう、総会より上位に安全保障理事会を置き、その決議だけが法的拘束力を持つものとしたのです。その狙いは、手中にある世界統治が別の国に逃げていかないよう米国は安全保障理事会に拒否権を持たせる事とし、ダンバートンオークスに集まった3か国にもその権限を付与し常任理事国としたのです。果せるかな、1945年10月24日、51か国に署名され、国連憲章の発効を以って戦後世界の秩序へのシナリオがスタートしたのです。その際、フランスもなんとか常任理事国に滑り込むことに成功していますが、それは英国がソビエト連邦に対抗してヨーロッパ大陸の安全を確保するためには、フランスが必要との判断にあったと云われています。この間いくつもの国連専門機関が生まれていますが、米国は、自分たちが最も「重大」と見なす組織(IMF,世銀、GATT)については国連総会の支配下に置かないよう細心の注意を払い、それら組織の中枢に特殊な内部統制機能を残したままとして、自分達がその中枢の権力を完全に手中に収めたという事です。

・冷戦の終焉
一見、順調なスタートに見えた国連ですが、1947年スターリンがコミンテルの後身としてコミンフォルム(共産党・労働者党情報局)を新設、49年にはソビエト連邦が核保有国になるや、米国とソ連の間の「冷戦」は苛烈なまでに進行しましたが、1989年11月9日のベルリンの壁撤去に象徴されるソ連邦の崩壊で冷戦に終止符が打たれ、更に91年7月にはゴルバチョフが無策にもG7ロンドン・サミットに出席、それがモスクワでの彼の信用が失墜、保守派分子に因るクーデタを促し、更にソ連邦の解体を招くことになると共に史上初めて国際機関に「グローバル・ガバナンス」の表現が登場したのです。まさに‘冷戦’の終わりです。米国は唯一の超大国となり、「一極支配の時代」が云々され、冷戦後の世界を「新世界秩序」として語られるようになり、前述のFukuyama氏の「歴史の終わり」が始まるのですが、その仮説が修正を余儀なくされていく事情は先に見た通りです。

・J.アタリ氏の信念
J.アタリ氏は上記、世界の統治環境に照らし、なお信念を曲げずに現状を粘り強く改革していく事で、その先に将来の姿も浮かび上がってくる、「民主主義的な世界秩序」(世界統治機関)の方向に進む以外にないと、主張します。とすれば‘国際的な正当性と法の支配の象徴’である国連を強化していく事が具体的課題と映ります。ただ、実践的な力と強さを体現できる米国がトランプ政権の下、国連を忌避し、プーチン・ロシアも挑戦的姿勢にあるだけに、soft powerを発揮する民主主義の国が受け身の姿勢を取っていては、国際秩序は粗暴な力によって形作られかねません。そこで民主主義諸国が協力関係を強めることが不可避となる処です。そして何よりも重要な事は、8月に亡くなった前国連事務総長コフィー・アナン氏に代わる人物の確保です。 尤もこれら流れも、11月の米中間選挙次第ではと思うのですが。

(2)「多様性を受け入れる」秩序

・リベラルな秩序
さて、ハーバード大のG.アリソン教授は、リベラルな国際秩序を巡るコンセンサスとされる理解には誤解が多いと指摘するのです。

まず、「リベラルな秩序」を、この70年に及ぶ大国間の「長い平和」を実現した最大の前提と見なす考え方について、「長い平和」はリベラルな秩序の賜物ではなく、45年に及んだ冷戦期における米ソ間の危険なパワーバランスに負う平和であり、それは冷戦秩序だったと一刀両断です。アメリカは西ヨーロッパ再建の為にマーシャル・プランを実施し、IMFと世銀を創設し、世界の繁栄を促すためGATTを纏め、そして西ヨーロッパおよび日本との積極的な協力関係を維持するために、NATOを創設し、日米同盟を築いたが、これら構想はソビエットの打倒を最大の目的とする秩序を支える支柱となるものだったと云い、逆に言えばソビエトの脅威がなければそうした構想は必要なかったと云うのです。

そしてソビエトの崩壊、ロシアのボリス・エリツエン大統領による「共産主義を葬り去る」キャンペーンを経てアメリカは勝利し、一方、自由を手にした東欧市民は、市場経済と民主主義を受け入れ、ジョージ・H・Wブッシュは「新世界秩序」を宣言。その後アメリカは「関与と拡大」の旗印の下、リベラルな秩序への参加を求める各国を歓迎していったことで冷戦の終結がアメリカの一極支配を齎し、リベラルな秩序はその副産物だったとするのです。

ただ、冷戦終結が齎したのが「一極支配の時代」ではなく、「一極支配の瞬間」だったことが今や明らかと。つまり今日、権威主義の中国が華々しく台頭し、多くの分野でアメリカのライバルとなり、様々の領域でアメリカ以上の力を持つようになった事、また強引で非自由主義的なロシアが核の超大国として復活し、軍事力を用いてヨーロッパの国境線や中東における力の均衡を揺るがさんとする中、アメリカの衰退をそこに見ると云うもので、この衰退は「アメリカのリーダーシップ」という言葉の持つ説得力を奪っていると云うのです。前述、Fukushima氏が言う「歴史の終焉」は、終わったと云う処です。

アメリカが生き残るには外国とのより深いかかわりが必要と結論付けたのは、大恐慌と第2次世界大戦の直後だけで、ソビエトが世界の脅威となる帝国を建設しようとしていると認識したが故に、戦略家たちは冷戦を戦うための同盟と制度・機構を構築し、これを維持してきたが、それはトルーマン政権が纏めた冷戦戦略、国家安全保障政策文書、NSC-68(月例論考8月号参照)にあるように、その取り組みの目的は「基本的な制度と価値観を損なうことなく自由国家アメリカを維持していく事」にあった、つまり米国の世界関与を促したのは、自由主義を世界に拡大したい、国際秩序を構築したいと云う思いからではなく、国内でリベラルな民主主義を守るための必要性に駆られての事だったと断じるのです。

・JFKの示唆
世界におけるアメリカンパワーの衰退、米政府の機能不全が囁かれる中、民主的統治の価値を信じるアメリカ人にとって大きな課題は、まさに国内で機能する民主主義を再建することに他ならないと。幸い、その点では、中国人やロシア人、その他の国の人々にアメリカ人の自由思想を受け入れてもらう必要はなく、他国の政治制度を民主体制にと迫る必要もなくなった環境にあっては、前述したように、ケネデイが1963年、アメリカン大学で行ったスピーチ同様、「多様性を受け入れる」世界秩序を維持するだけで十分ではないかと、主張するのです。つまり、他国には統治についてアメリカと異なる考え方があり、彼ら自身のルールにもとづく国際秩序を構築しようとしている現実に合わせ、アメリカの国外での取り組みを変えて行けばいい事と、云うのです。

但しこうした多様性を受け入れることが出来る最低限の秩序を実現するにも、現在の社会通念を遥かに超える戦略的想像力が必要となると云うのです。それは米外交官、ジョージ・ケナン(注)が作り挙げた冷戦戦略が、1946年のワシントン・コンセンサスを遥かに超えていたようにと、云うのですが、さていかなる戦略が予想できると云うものでしょうか。

     (注)G. Kennan::1946年モスクワ米大使館代理大使にあったケナンは当時のソ連の行動を分
析し「長文の電報」でワシントンに報告したことで有名な外交官で、事後、以ってトルーマン
米国の冷戦外交の基本方針とされ、ソ連封じ込め政策の立役者とされる仁。

要は、アタリ氏の信念たるグローバルな秩序構築を目指すべき事。一方アリソン氏が示唆するように各国はそれぞれの事情に即した秩序対応を進めるとして、それでもやはり重要なことはグローバル秩序との合理的な接点づくりではと思料する処です。


おわりに 安倍晋三氏の自民党総裁3選に思う

         
・民主主義政治の基本は‘プロセス’
9月20日、安倍首相は自民党総裁選で3選を果たしました。安倍氏の勝利は、経済の好調、外交での実績と、党もメデイアの多くも指摘する処です。確かに、異次元緩和策に代表されるアベノミクスで市場は円安、株高となり、多くの企業は増収増益。有効求人倍率はバブル波の水準まで回復。従って安倍政権の継続は政策の安定と、市場からは大いに評価される処でしょうし、外交についてもG7では最古参リーダーとして彼への信頼感は高まっており、これが日本への信頼感に繋がってるという事でしょうか。

然し、総裁選を通じて、アベノミクスの出口戦略が取りざたされるようになった今、望ましい経済政策の議論は深まることもなく、安倍氏は唯々「戦後日本外交の総決算」だ、「憲法改正を任期中に」と叫んでいます。とりわけ憲法改正については、何故改正が必要なのか、その緊急度は?ですが、国の屋台骨たる憲法の改正ながら、そのking pinたる国家観が示される事もなく、云うならば思い込みだけで動く姿と映る処です。それは先の‘蕎麦屋談義’で終始した国会運営で見せた彼の限りなく不誠実な姿を映す処と云うものです。 因みに総裁選では、安倍氏は党員・党友による地方票と国会議員票、併せて807票中553票、7割近い得票を得たと誇示しています。然し、地方票では安倍氏の224票に対し、石破氏のそれは181票と当初の予想を上回る結果でしたが、それは在京の国会議員票はともかく、地方ではアベ批判が高まっている事を物語る処です。彼はそうした党内批判に意を介することもなく、要は不都合な事実には蓋をするが如き振舞いですが、より気になる事は、選挙戦最終日の秋葉原での街頭演説では、公共の場で行われていたにも不拘、安倍支持の市民以外はその場から排除するような整理が行われていた事です。安倍政治の不具合さを露わとする処です。

こうした安倍政治の実像に接する時、痛感させられる事は、 ‘数’が決定するのが民主主義とする姿が透けて見えてくることです。民主政治とは、国民の意見を広く重ね、万機公論を以って政策決定がなされるべきが筋であり、まさに「プロセス」にその本質があるのです。彼の政治行動は、そうした事への不安を募らせる処です。そこで、そうした事への対抗として、この際はこれまでの政策を総棚卸し、国民に見える形で政策の再整備を図り、以って日本の指針を明示していくこととすべきと、思いを痛くする次第です。

・創刊175年の英経済誌‘The Economist’
序でながら、先週届いたThe Economist( Sept. 15~21) は創刊175年(1843~2018)を祝すものでした。同誌は、1843年9月、スコトランド出身のJames Wilsonが立ち上げた経済誌ですが、その特集記事によると彼が目標としたのはfree trade, free marketsそしてlimited governmentで、その拠って立つのがliberalismだったというのです。そのliberalismから一歩も引くことなく今日に至ったその歴史が、世界が誇る経済誌たらしめてきたと云うものです。同誌はこの175年を機に、改めて創業の理念を忘れることなく、wariness, optimism, purposeの3点、つまり変化を常に注視し、常に前向きに、そして目標を曖昧とすることなきを基本原則として、次の175年に臨んでいくと、意気込みを伝えています。期待する処です。この175年の内、凡そ50余年、筆者も大いにお世話になってきました。そこで改めて祝意を表したいと思います。 `Congratulations on the Economist’s 175th anniversary ‘
                                   以 上
(2018/9/26記)
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2018年08月29日

2018年9月号  トランプDeal外交と対峙する世界 自由貿易の行方と、世界貿易体制 - 林川眞善

目  次
         
序 章  米経済とトランプDeal外交       

(1)米経済成長と自由貿易体制
 ・トランプ政策リスク
 ・グローバル経済と揺れる自由貿易
(2)トランプDeal外交の現場の今
 ・米欧貿易交渉は休戦状態              
 ・日米貿易交渉は仕切り直し
・米中’摩擦‘は今や、‘貿易戦争’            

第1章  米中貿易摩擦の実相

(1)米国の対中貿易赤字の推移
 ・米中包括経済対話メカニズム 
・対中制裁関税措置の実施             
(2)米中貿易戦争の真相 - 米国の不満と不安
 ・米中貿易戦争は無期限?

第2章  自由貿易体制と日本の針路

(1)自由貿易とWTO
 ・WTO改革へのシナリオ
(2)日本の針路

おわりに  Mr. Thomas Friedman, Again       
 ・2018年度経済白書   
                
     

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
序 章  米経済とトランプDeal外交

(1) 米経済成長と自由貿易体制

7月27日、米商務省が公表した第2四半期(4~6月期)の実質GDP(速報値)は、個人消費、設備投資の好調を映し、前期比年率換算で4.1%増、前期の2.2%から大幅に加速、約4年振りの高い成長でした。元よりトランプ政権が実施した大型減税措置に負うものですが、まさに米経済は主要国で「一人勝ち」に近い状況を呈する処です。勿論トランプ氏は、その結果に興奮、数値が発表されるや勝利宣言もどきにGDP成長の成果は全世界の垂涎の的と云い放っています。まるでTrump 商店のCEOっていった様相です。

`This is an economic turnaround of historic importance. These numbers are very, very sustainable . This isn’t a one-time shot, predicting `outstanding’ third quarter growth. We’ve turned it all around. We are the economic envy of the entire world.‘ ( Financial Times, July 28~29 )

それに先立つ7月6日、発表の6月雇用統計(速報値)では景気動向を敏感に映す非農業部門の雇用者数が前月比21.3万人増で、雇用環境に底打ち感が出たとされる処です。彼は大統領選公約に「米国に雇用を取り戻す」としていましたが、以って、今秋の中間選挙に向け勢いを得る処です。 以前、日経コメンテーターの菅野幹雄氏がAmerica firstの一言を以って、戦後米国が築いてきた秩序を崩し始めている様相を、ワシントンで目撃する ‘倒錯の構図’ とし、「深刻に感じるのは、戦後秩序の危うい変調と裏腹に、米国世論に ‘トランプ流’ への評価が芽生えているように見えることだ」(日経 5月23日)と記していた事を思い出すのですが、その状況は更に深まる様相に、極めて気がかりと云うものです。

・トランプ政策リスク
ではそうした米経済の先行きは?となると、全く予断を許す状況にはありません。問題はずばりトランプ政策リスクです。云うまでもなくトランプ政権が進める保護主義政策です。とりわけ米中二大経済大国間で、自国への打撃を顧みずに強行する関税報復合戦はまさに米中貿易戦争の様相を呈すると共に、「トランプvs習近平」の構図を一層鮮明とする処です。そして後述するように、貿易戦争がいまや第2幕入りするや、グローバル企業が築いたサプライチェーンにヒビが入り、世界の自由貿易体制を大きく揺らぐという事態を招くなどで、世界経済の先行きにも暗い影をおとす処です。

戦後、世界経済は自由貿易を通じて相互依存を高める形で発展してきました。その中核にあるのが、米国が主導してきたWTO(World Trade Organization)という枠組みです。そして、その恩恵を受けてきたのが何よりも米国でした。然しその米国は今、国家安全保障を名目に、貿易相手国を一方的な制裁で威嚇する戦術を擁し、力ずくで2国間の取引に引きずり込み自国貿易インバランスを是正せんとしています。そうした行動様式は、WTOを中心とした自由貿易体制の崩壊を意味し、世界経済の先行きに大きな不安と不確実性を高める処、まさにそれは‘揺れる自由貿易’ を映す処です。しかし、そのトランプ政策が現下の米経済の好調を齎しているとなると、まさに不合理な政策の効果に歓喜するアメリカと映る処です。

ではこの大国の身勝手な振舞いにどう歯止めを掛けることが出来るかです。まずそのためには透明な共通ルールの維持確保が欠かせません。その任にあるのがこの多国間枠組みの要であるWTOです。WTOは貿易紛争を解決し、報復措置の応酬と言った事態を防ぐ役割を担っているのですが、トランプ政権はそんなことにはお構いなく、自国が不公平な扱いを受けているとして、WTO紛争処理の最終審に相当する上級委員会の委員の任命をも阻止したままにあり(上級委員の定数は7人。各訴訟の判断は3人で決める。現在3人が任期満了で退任したままにある)、時にトランプ氏はWTOからの脱退をほのめかす状況です。 一方、中国にはWTOの強制力の弱さを見透かして、経済の自由化や知的財産侵害の対処を先送りしてきたとの見方が根強い事情をも併せ考えると、WTO機能の強化、その為の体制の見直しへの挑戦が不可避となる処です。

・グローバル経済と‘揺れる自由貿易’
序でながら、トランプ政権が進める保護主義政策の結果として、国際貿易の現状を巷間、‘揺れる自由貿易’云々と評されること多々ですが、実は、多国間貿易体制は、かなり前からグローバル経済の構造的変化が進む事で問題を抱え、今日に至っているのです。その構造変化とは、中国の台頭であり、経済のデイジタル化であり、この二つがもたらした経済的、政治的な混乱が齎している変化で、トランプ保護主義政策とはそうしたcontextの中で浮上してきたものです。従って、トランプ政権が終わったからと云って多国主義の秩序が復活するとは言い難く、とりわけ貿易政策が国家安全保障とリンクしだした点で、そう見るのはnaiveだとFinancial TimesのRana Foroohar氏は断じる処です。(`Trump trades on the protectionist mood’ The Financial Times, June 11)

言いかえれば、市場原理、民主主義、そしてテクノロジーが入り混じって創り上げられてきたグローバリズムの規範が今、大きく揺れ動く状況にあって、自由貿易もそれに共振する形で揺れているというもので、自由貿易ひとりが揺れているわけではないということです。従って自由貿易の行方を云々する上で、かかる生業への理解と認識が不可避とされるのです。とは言え気がかりは、トランプ主導のdeal 外交の現場です。

(2) トランプDeal外交の現場の今 

・米欧貿易交渉は休戦状態
まず、7月25日、米欧間の関税交渉につき、トランプ大統領はワシントンでEUユンケル委員長との首脳会談を行っています。その結果は、貿易交渉は高官協議の枠組みを設ける事、そして自動車を除く工業製品の関税撤廃や、米国産の大豆やLNGの対EU輸出拡大に向けた関税交渉を始めることで合意がなり、ひとまず米欧貿易戦争の戦線拡大は免れ、言うなれば「休戦」状態に入っています。まずは米国とEUが激突を避け、緊張緩和に動いたという事でしょうか。昨日までEUを ‘Foe’(敵) としていたトランプ氏は一夜開けた今、‘great friend’(親友)と豹変です。それはEUにとっても次なる展開を促す処です。

因みに7月16日行われたEU-China summit(李克強首相、トウースク大統領)会議では、WTO の枠組みと多国間主義を貿易政策の基本とすることで双方一致したとされています。これを米政治評論家のIan Bremmer氏はunusually sunny summitと呼び、トランプの対中貿易圧力は、一見、米生産者にプラスと見せかけており、少なくとも2020年の大統領選まではその行動は続けるだろうが、こうした対中姿勢は欧州製品にとり大いなる機会となる処、EUはトランプの貿易戦争から身を守るためにlook east、東アジアを向きだしたと評するのです。( `The EU looks east to shield itself from the fallout of Trump’s trade war ‘ ,TIME, July 30)

・日米貿易協議は仕切り直し
二国間交渉で注目されるのが日米関係の行方です。初の日米閣僚級の貿易協議(FFR:Free, Fair, Reciprocate)が8月9・10日、ワシントンで開かれています。これは今年4月の日米首脳会談で合意した枠組みを以って行われたものでしたが、当該協議は、米側が自由貿易協定(FTA)を念頭に2国間交渉入りを求めたに対し、TPPを抱え多国間協定を主張する日本の立ち場との溝は埋まらず、ただし、中国を念頭に知財の侵害問題で連携する方針では一致したのですが、9月予定の第2回会議で成果を出すことで仕切り直しとなっています。

そこで心配は、日本がこのFFRへの対応に追われ、自由貿易圏を広げる取り組みが滞りかねない点です。日本は「TPP11」やEUとのEPAの早期発効に努力し、RCEPの交渉妥結を主導する立場にある筈です。勿論、米国との摩擦を和らげ、良好な関係を維持することは重要です。が、それにとどまらず、保護貿易の世界的な拡散を防ぐ責任もある処です(後出、日本の針路)。そこで、自由貿易の原則を曲げない日米協議となるよう期待する処です。

・米中‘摩擦’は今や、‘貿易戦争’
一方、米中関係は深刻さを深めるなか、8月1日、トランプ大統領は対中制裁の第3弾として、2000億ドル相当の中国製品を対象に輸入関税率の25%への引き上げにつき検討を指示しています。(実施は9月5日)一方、この第3弾の米国の制裁措置に対して、中国は8月3日、600億ドル分の米国製品に追加関税をかけると、再び報復措置を発表しましたが、米中の貿易戦争は報復が報復を呼び泥沼の様相を呈する処です。 

が、米中の第3弾をみると、米国の2000億ドルに対し、中国が600億ドル分の報復リストしか示せなかったことは中国の手詰まり感を映す処です。 つまり、トランプ政権の制裁対象は第1~3弾を合わせて2500億ドル。これは中国からの年間輸入総額(約5000億ドル)の半分。一方、中国の制裁対象は計1100億ドルで、米国からの輸入総額(約1300億ドル)の8割を超えています。それが意味することは、米国はなお報復合戦を続ける余地がある一方、中国は撃ち返す弾が底を突き始めたと云えそうです。(注)

(注) 北載河会議:上述、撃ち返す弾が底をつき始める中、報復措置を発表した中国の政治的
事情は、実は「北載河会議」を控えていた為とされています。この会議は毎夏、河北省の保
養地、北載河で習近平主席他、共産党幹部や長老らが集まり、国政の重要課題について話し
合う場とされるものですが、非公開のため、正式に報道されることはありません。ただ要人
の動静を以って会議の開催を推測すると云ったもので、8月3日、習近平氏が北載河入りし
たことから、会議が始まったと推測される処です。要はそこで、習指導部が米国になんら対
抗策を打ち出せなければ「弱腰」批判が起きかねない、それを避けるため「弾切れ」を覚悟で
反撃に出たとの見方が流布され、であれば米中摩擦はまさにチキンレースと映る処です。

それでもトランプ陣営はもとより、習陣営も引く姿勢もなく持久戦の様相を強めるばかりです。果たせるかな8月23日、双方共に第2弾の追加関税措置の発動を実施、米中貿易戦争は実質、第2幕入りです。


そこで以下、第1章では、トランプDeal外交の現場として、米中摩擦にfocusし、その実状を改めてレビューし、第2章では、自由貿易の立て直しを探る趣旨から、WTOの改革の可能性を考察していきます。偶々The Economist(July 21~27)は「A plan to save the WTO― Global trade is in grave danger. But there is still a chance of a rescue」 と題する巻頭論考で、その改善に向けたアイデイアを示しています。そこで当該論考を読み込み、その可能性を考察することとします。まさにトランプ旋風を奇禍としてWTOの改革を目指せと云うものです。 そして、新たな国際環境に向き合う日本の針路の如何について、併せて考察することとします。要はトランプ外交と如何に対峙していくか、です。




第1章 米中貿易摩擦の実相

(1) 米国の対中貿易赤字の推移

まず、近時、今日に至る米中貿易摩擦の推移を時系列を以って簡単にレビューしておきます。
2008年以降、米国の景気の回復を受け、米国の輸入需要は急速に拡大、とりわけ中国からの輸入増による米国の対中赤字は、全赤字の5割を占めるに至り、トランプ氏はこの輸入増が米国労働者のジョッブを奪っているとして中国を敵視し、対中貿易インバランスを「不公平だ」と再三槍玉に挙げ、大統領選では、その改善を公約の一つとしていたのです。(注)

(注)米国の貿易赤字
1.米国の国別貿易赤字額(2017年4月公表、2016年の通関ベース、米商務省統計)
・対中:3470億ドル(内、自動車関連:69億ドル)
・対日:689億ドル (内、仝上:526億ドル)
・対独:649億ドル (内、仝上:236億ドル)
2.過去30年間(1990/2016)における米国貿易における赤字の国別比率(米商務省統計)
―貿易構造の構造変化が鮮明に映る処です。
 日本  中国  ドイツ メキシコ  (各%)
        1990  40.4 10.3 9.2 1.8
      2016 9.4 47.3 8.8 8.6

・米中「包括経済対話メカニズム」
2017年4月7日、習主席が訪米時、貿易不均衡解消のため「米中包括経済対話メカニズム」の立ち上げが両首脳会談で合意され、米国の対中輸出拡大100項目が取り決められたのですが、同年7月に行われた閣僚級による「包括経済対話メカニズム」での交渉はなんら進展なく頓挫。これに対して同年8月、トランプ政権は「米国通商法スーパー301条」に基づく調査を開始していますが、9月18日、R.ライトハイザーUSTR代表は講演の中で「外国企業が中国進出時、技術移転を強要し、その上で、不公正な補助金で輸出促進をしている事は国際的な貿易体制の脅威」と主張していたのです。勿論、中国政府(高峰報道官)は中国政府が企業間取引に関与することはないと反論です。 2017年11月19日、トランプ大統領訪中時、両国首脳会談で、対中貿易赤字削減の為として総額2535億ドルの商談が調印されたとされていますが、その殆どは‘覚書’や‘協議書’といった類のものとされています。

・対中制裁関税措置の実施
2018年1月12日、中国政府は2017年の対米黒字は2758億ドルと公表。(米中統計には大きな差が認められますが、過去最高を更新した事は、間違いない処です)
この事で2018年3月23日、トランプ政権は鉄鋼、アルミへの追加関税措置を発動、更に前述、2度の追加措置を進めて、今日に至っている処です。

ただこの間、米中貿易協議が米・中と2回(1回目は18年5月3・4日、於北京、2回目は18年5月17・18日、於ワシントン)行われていますが、問題は、この2国間協議の前に米側から提示された協議の「枠組み草案」に盛られた内容「米国が中国に要求する行動」(注)がまるでultimatum, 最後通告とも言え、まさに米中摩擦が貿易戦争に転じた瞬間と、映るものでした。
(注)米国が中国に要求する行動(月例論考2018年6月号)
         ・中国は2018年6月1日から12月の簡易対米貿易黒字を1000億ドル削減する事
         ・2019年6月1日から12か月お間に更に1000億ドル削減する事
         ・過剰生産を助長する「市場をゆがめる補助金」は全て即刻廃止する事。外資の対中進
出にあたって技術移転を求める慣行を撤廃する事。

果せるかな中国が米製品の輸入を増やすと表明し、米側は一旦、矛を収める形で米中貿易協議は終わり、今日に至っています。それは米側代表のムニューシン財務長官が「貿易戦争は当面留保する」と明言したことにあるのですが、当時6月12日の米朝会談を控え、金正恩氏の後見役にあった習氏の協力確保を狙った行動と云え、まさにレジームの交叉を感じさせられる処です。

(2)米中貿易戦争の真相 - 米国の不満と不安

・対中不満の真相
米中貿易戦争こそは、揺らぐ自由貿易の象徴的事件とされる処ですが、元をただせば、2001年、米国の支援を受けて中国はWTOに加盟した事に始まるもので、実は、中国のWTO加盟で欧米諸国は、中国が市場経済を指向するようになると期待していたのです。が、そうはならなかったことが、そもそもの対中不満のベースにあると云うものです。

それは自由貿易を主張する上で前提となる市場経済の基盤がどこまで整っているかという事ですが、具体的には、序章でも触れた通り、WTO加盟後の中国の行動様式が、重商主義的行動を強化する形で進んできていることにあり、具体的には中国の国有企業や不透明な巨額の補助金などが、鉄鋼などのコモデイテイーの供給過剰を齎し、市場をゆがめてきたとする点で、米国はもとより欧州諸国も批判する処です。
又、中国進出外資に対しては厳しい規制を掛けると同時に、市場参入の見返りに知的財産の譲渡を要求するなどで、そうした中国の行為が、既存のルールを以って制御できないままに今日に至っているのです。要は、そうした重商主義的行為が、市場経済国間で起きるダンピングなどを巡る紛争よりも、はるかに大きな規模で貿易を歪めてきている事、又それをWTOの設計上、処理しきれるようなものではなくなっている事で、米国のみならず他国から、深い疑念が齎されているのです。

・対中不安の真相
もう一つ、前月号月例論考でも指摘したように、トランプ政権の制裁目標が習近平主席が国家戦略として進める「中国製造2025」に向けられている点、これこそは米側が抱く対中懸念が集約される処です。つまり、トランプ政権は対中制裁の理由として、「米国のハイテク技術を盗んでいること」、「中国への進出外国企業に対して技術移転を強要していること」、「中国のハイテク企業に多額の補助金を出していること」など挙げています。こうした行為は高度な技術等開発を通じて超産業国家を目指さんとする「中国製造2025」が、その元凶にあるとして、その撤廃を求めんとするものです。つまり、米国としては、AIなどのデイジタル覇権が奪われ、産業だけでなく、軍事の優位までひっくり返されてしまう展開をおそれると云うもので、米中貿易戦争は、デイジタル帝国の米国の座を奪うとする中国に仕掛けた、まさに「覇権戦争」とも映る処です。

これも、元をただせばWTOルールに係る「不公正」な行動を映す処、中国がこの点を改めない限り、対中赤字が改善しても米国は制裁を緩めることはないと、見られる所以です。
因みに、Financial TimesのCommentater、Edward Luce氏は、トランプ政権は先の米欧交渉では関税撤廃交渉入りで合意したことで、ゆとりを持って対中攻勢をかけていく事が想定されるとしながら、次の3点を以って米国の対中圧力が進むと指摘するのです。(`Trump gives himself more leeway to engage in China-bashing’ , Financial Times July 27)

つまり、その一つは2016年の大統領選での経験から、中間選挙を控え、再び低所得白人労働者を対象に、中国批判を高めたいとする衝動に駆られていると云うのです。要は米国内政治事情です。もう一つは地政学的要因です。6月12日の米朝首脳会談で米朝関係が融解した事で、米国は対中圧力を自在に強化できるポジションを得たこと。また、トランプ氏の対イラン政策においても中国は気にくわない存在となるもので、前回イランが孤立していた時機には、中国が頼みの綱だったが、今回はトランプ氏に対してdefiance、歯向かう形になるだろうと云うのです。そして三つ目として挙げるのがlack of Chinese flexibility,柔軟性に欠ける中国のかたくなな態度のなせるわざと云うものです。つまり欧州の対米貿易黒字は中国の半分にも及ばない。両者の市場は既に比較的開かれている。つまり、その意思さえあれば、創造的な交渉を行う余地はあるが、これとは対照的に、中国のスタンスはtheological , 神学的で、トランプ政権が迫る習氏が経済戦略とする「中国製造 2025」は、中国のnational identityにとっての台湾と同様の位置づけにあり、従って交渉の余地などはない。つまり、「中国2025」の撤回に圧力をかけていくと見るのです。

では米中衝突は不可避か、となると、答えはノーだと。勿論、今ではそうした事態は想定しやすくなってきてはいる処、習氏はおそらくwaiting game, 待ちの戦術を取るだろうとして、`He will find opportunities to let Mr. Trump declare cosmetic wins.‘と云うのです。
だが ‘But his margin for error is shrinking’ 「ミスが許される範囲は小さくなっている」と、つまりトランプ氏はじっくりと好機を待つタイプの大統領ではないから、と締めるのです。米中関係の今後を計る上での視点を与えると云うものです。

・米中貿易戦争は無期限?
いずれにせよ、米景気拡大と欧州との関税合戦の休戦で、持久戦への自信を深める米国。一方、引く気配のない中国。まさに「トランプvs習近平」の構図を一層鮮明とする中、米中貿易戦争は泥沼の「チキンレース」の様相を強め、まさに ‘揺れる自由貿易’ が演出される処です。8月23日、米中双方は第2弾の制裁追加関税措置を発動したのです。
折しも、中国主導で、8月22・23日、ワシントンでは、暫し頓挫していた米中貿易協議の再開に向けた事務レベルでの協議が行われています。メデイアによると同協議は、これまでの米中間で問題とされていたテーマについて接点が見えないままに終わった由で、トランプ大統領は強硬路線を突き進むだろうとしています。

ただ関税政策を振り回し、貿易戦争を続けるとなると、中国はもとより、米国経済にとっても世界経済にとても大きくマイナス要因となる処、これが中間選挙の為という事であれば、何故にトランプ大統領は現在の景気の良さをアッピールしようとは考えないのか、政治の常道からは聊か考えにくい処です。それでも、今や持久戦入りの様相です。因みに、トランプ大統領は8月20日のインタビューでは対中貿易戦争は「無期限」と語るのです。

実は、この‘無期限’こそは、最も気がかりとなるイッシューです。と云うのも、世界経済の構造が、いまや中国の対米黒字が減らない形となっている事です。つまり、冒頭でも触れたように、いまや中国が世界のsupply chainの末端にあり、世界の製品が中国から米国に向かう構造になっているのですが、その為、米中間での関税引き上げ合戦ながら、その影響は中国に部品を輸出するすべての国に広がる処、その結果、米中はもとより世界経済全体を混乱に至らしめることが想定されるという事です。現時点では具体的な事は云えませんが、早急米中首脳会談を以って持続的発展への解決策をと、念ずる処です。





第2章 自由貿易体制と日本の針路

(1) 自由貿易とWTO

そもそも自由貿易で重要な事は、ルールをお互いに共有し、その下で効率的、透明な取引をすることです。そしてWTOはまさにそれを体系づけてきた存在です。然し、トランプ政権は、中国の行動を以って、WTOは機能しないと決めつけ、それではと、一方的にルールを無視する如くに制裁関税政策の強行を演じる処です。では彼らの政策行動をどのようにコントロールしていくか、そして全体として自由貿易をどのように堅持していくか、が問われる処と思料するのです。その答えは云うまでもなく現在の世界経済の生業に応え得る姿にWTOを変革し、WTO機能の活性化を図ることの他ありません。 そこで序章(P.5)で紹介したThe Economist(July 21~27)の巻頭論考「A plan to save the WTO」を取り挙げ、当該変革の可能性を考察することとします。

・WTO改革へのシナリオ

エコノミスト誌の当該論考は、世界の自由貿易が置かれている現状を示唆せんばかりの、興味深い、次のようなphraseで始まるものでした。
「The headquarters of the World Trade Organization (WTO), on the bank of Lake Geneva, once belonged to the League of Nations. That ill-fated body was crippled by American isolationism. The building’s occupant today is also at the mercy of decisions taken in Washington.」(ジュネーブ湖のほとりに位置するWTOの本部は、かつては国際連盟が使っていた。国際連盟はなくなってしまったが、その一因は、当時の米国の孤立主義により機能不全に陥った事にある。そして現在の入居者も、米ワシントンで下される決断に翻弄されている)
     
そもそもWTOは前述の通り、貿易紛争を解決し、報復措置の応酬といった事態を防ぐ役割を担っている筈です。処がトランプ大統領はWTOの規定をかいくぐり、鉄鋼、アルミの輸入品に対して追加関税を課すなどで、自ら監督している筈の世界貿易体制が崩れつつある処ですが、エコノミスト誌は、貿易体制を救う計画の大筋がいま見えてきたと云うのです。

まず、米国が不満を向ける中国は他国からも深い疑念を招いている点に注目します。それは前述来の通りで、中国がWTOに加盟したことで、欧米諸国は中国が市場経済を指向するようになると期待していたが、そうはならず、中国はWTOの優位さを利用する形で、自国国有企業や不透明な補助金など重商主義の行動を以って市場をゆがめているとする批判への取り組みです。中国のこうした行為の責任を既存のルールで問うのは難しいと云う事ですが、そこでEUと日本そして米国が協議して改革を進めれば多くの抜け穴を埋められる可能性がある、と云うものです。 

つまり、中国政府がどれだけ市場を歪曲しているか、判断する手段を確立し、不正行為に関する情報収集を容易にし、適切な報復措置の範囲を定めるようにと云うのです。因みに「政府機関」の定義を定め、補助金に関する禁止事項を拡大すること、更に原告側の立証責任も軽減することを挙げるのです。中国の不透明な制度を考えると現状では立証責任の負担が大きすぎるためだというのです。

更に、同誌はトランプ政権が脅威としている「中国製造2025」について、中国が何もかも国内で生産すると云うのであれば、その目標達成は何十年も先延ばしになってしまうだろうとの指摘です。要はそんなに恐れることはないと云うものでしょうか。実際7月16日、WTO改革についてEUと中国は協力することで合意している点を指摘するのです。164か国・地域に上る加盟国全てを網羅するグローバル協定を結ぶことは難しい。必要なら`plurilateral agreement’ 複数国協定を結ぶことで、問題の回避が可能ではとも云うのです。

とにかくトランプ政権の世界貿易破壊作戦よりも、a set of rules in America’s interest、米国のインタレストに応えるルールを作り、各国の賛同を得る方がよっぽど優れた戦略になると云うのです。そして中国に対して、それに従うか、否かの選択を迫ることが出来るほどの大きな経済圏を築けばいいではないかとも云うのです。そして、本来こうした発想から進められたのがTPPであり、EUと日本が7月17日締結したEPAが良い例と指摘するのです。これは筆者が予て主張している枠組みであり、ソフトパワーの強化を通じて安全保障を目指せとした国際的政治学者、米ハーバード大のJoseph Nye氏の思考様式と軌を一にする処です。
(注) WTO沿革とWTO協定の枠組み:
・WTO(World Trade Organization) : 1930年代の不況後、世界経済のブロック化が進み各国
が保護主義的貿易政策を設けた事が、第2次世界大戦の一因となったと云う反省から、1947年、
GATT(General Agreement on Tariffs & Trade)が策定され、GATT体制が1948年に発足(日
本は1955年に加入)。貿易における無差別原則等の基本的ルールを規定、多角的貿易体制の基
礎を築き、貿易の自由化促進を通じて日本経済を含む世界経済の成長に貢献してきた。ただ、 GATTは国際機関ではなく暫定的組織として運営されてきましたが1986年に開始されたウル
グアイ・ラウンド交渉で、貿易ルールの大幅拡充が行われた事で、より強固な基盤を持つ国際
機関を設立する必要性が強く認識され、1994年に設立が合意され、1995年1月1日に発足。
現在の加盟状況は、164か国 ・地域で、自由貿易の強化を政策的規範として、今日の世界経済
のグローバリゼーションへの枠組み、構築を目指す事にある。
・WTO協定の枠組み:① 既存の貿易ルールの強化、 ② 新分野のルール策定(サービス、知
的財産権に関する協定), ③ 紛争解決手続きの強化、 ④諸協定の統一的な運用確保

(2)日本の針路

戦後、日本は米国の庇護の下で、軽武装の国家を指向してきました。取り巻く環境は変わっても貿易に成長の糧を求めざるを得ないことは変わり有りません。その点、安倍首相は、「自由貿易の旗手として、新しい時代の経済秩序作りを主導していく」と発言しています。その決意良しとする処、その決意を行動で示すことが今、求められるのです。そのテーマは上記エコノミスト誌の示唆にもあるように、日本が主導して成立を見ているTPP、またTPPと同じ水準を確保した日欧FTAを擁して、加盟国の拡大等、自由経済圏の拡大に努めることです。と同時に、上記のWTO改革への積極的な参画も不可避とする処です。仄聞するに日本の経団連は、日本政府にメルコスル(南米南部共同市場)とのEPA交渉を提言する方針の由ですが、こうした時機こそ、かかる努力を通して、日本が中心となって自由な通商国家としての存在感を示すべきと思料するのです。



おわりに Mr. Thomas Friedman, Again

さて、Thomas Friedman氏と云えば、日本でも「フラット化する世界」でよく知られた、世界的に著名な米ジャーナリストですが、友人のアドバイスもあり、彼の近著「遅刻してくれてありがとう( Thank you for being late)」(伏見威蕃訳、日経出版 2018/4/24)を読みました(と言っても上巻だけですが)。彼はglobalistを任ずる仁ですが、流石に高度に発展したIT technologyをもって進むグローバリゼーションの実像をビビッドに描きだしていますが、以下の引用からは、新たなその様相を実感させられる処です。

「グローバリゼーションは40~50年の間、WTOや世銀、など大国の政府が創出した大きなプラットフォームによって形作られてきた。然し、いま世界各国を巡ると、新手のグローバライザーは、WTO等聞いたこともなく、自分たちの国のアメリカ大使が誰かも知らない・・・彼らは、ただ独力でグローバル化しているのです。アリババ、テンセント、アマゾンのようなプラットフォームを使って」(「遅刻してくれて、ありがとう」(上) T.フリードマン,伏見威藩訳、2018/4)と。そしてその際は、GEのイメルト前CEOの「こういう世界でGEは自社をMulti-National CompanyではなくMulti-Local Company と見なすようになった」との発言をリフアーするのです。そして、こうした変化こそはビッグシフトだと云い、このグローバリゼーションの時代とは、まさにそういうものとして再定義されると、云うのです。実に彼らしいrhetoricに納得するのでした。

尤も現実のGEの収益はと云えば、今次の米中貿易戦争の影響が直に表れてか、業績の下方修正を余儀なくされています。(日経7月27日)それは、基本的にはWTOルールに適わない米国が仕掛けた制裁関税措置に因るもので、その限りにおいて「国vs国」の紛争が齎す結果と云うものです。つまりビジネスは創造的シナリオを以ってダイナミックに行動するにしても、国対国を念頭に置いた制裁の応酬が企業活動に云い知れない不安感を齎す現実がある事を示唆する処です。それは企業たる‘孫悟空’がWTOと言うお釈迦様の‘手’の上で動く姿とも言え、その限りにおいて、上述WTO体制の改革、機能の再活性化への合理性がより与える処です。元よりトランプ氏のRogueとされる姿も、同様映る処です。

尚、気になるタイトルですが、彼が毎日スケジュールに追われる身ながら、ある朝、朝食のアポに遅れた友人を待つ間に、色々と周辺の動きが観察できた、何日もの間考えあぐねていた思いつきを纏められた、等々で、あなたが遅れたおかげで、自分の為の時間をつくことが出来た、だから、遅刻を謝ってもらう必要はない、それで「遅刻してくれて、ありがとう」なのだと云うのです。立ち止まることを学べという事の由ですが・・・。

・2018年度経済白書
処で、2018年度の年次経済財政白書が8月3日発表されました。そこで立ち止まり、当該白書を一瞥しましたが、それは単にアベノミクスの政策を辿るがごときで、何とも政府の政策を支持するための報告書と映るばかりです。 1947年、白書が創刊された折は、目的を国民と一緒に問題を考えて解決するためと説明していたのですが、では貿易戦争等、国民の関心の高い分野については十分な指摘もなく、因みに足元の景気回復については、過去の回復よりも外需への依存度が低い事を理由に「外的ショックに対する頑健性が高まっている」と表現するだけです。世界各国の経済の連動性は高まっているなか、中国等、他国が変調をきたせば日本も崩れる可能性は高いと見るべきと思うのですが、いかにも危機感の足りない政府分析よと、思う事しきりです。以上
                                (2018/8/26記)
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2018年07月26日

2018年8月号  トランプ米国の対中制裁行動と習中国の構え、そして日本は - 林川眞善

目  次
          
はじめに  米安全保障政策文書「NSC-68」   

・「NSC-68」とトランプ大統領
・米中関税報復合戦

1.   トランプ政権の対中制裁行動

(1)トランプ大統領の思考様式
・保護主義関税は自傷行為
(2)トランプ政権が中国を標的とする事情
 
2. 習近平中国の国家戦略

(1) 習近平主席の構え
(2) 習中国の目指す外交戦略

3. American Retreat と日本の戦略

(1)日本はLiberal International Orderの再生を目指す
(2)保護主義の対抗軸

おわりに : Barry Eichengreen氏の証言    
         ―この夏、民主主義を思う
     
                 
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめに : 米安全保障政策文書「NSC-68」

・「NSC-68」とトランプ大統領
1950年にトルーマン米大統領の為に書かれたと云う文書がいま改めて関心を呼ぶ処です。その文書とは国家安全保障会議、NSCで準備された「NSC-68」と呼ばれる文書です。(1975年、機密指定を解除されている。) その中核にあるのは米ソ冷戦期にあって、米国の国益は国際的なリーダーシップを通じて追及するのが一番だと云う信念だとされるものですが、この土台石を、トランプ大統領はタタキ壊そうとしていると云うのは、ColumnistのPhillip Stephens氏です。(Trump has sounded US global retreat: Financial Times、2018/7/6 )

同氏によると、その文書には「現時点における我々の全体的な政策は、米国の体制が存続し、繁栄できる国際環境を育むよう設計された政策と表現できるかもしれない。このため政策は孤立の概念を拒絶し、国際社会に前向きに参加する必要性を是認する」とあるのです。そしてこれが、冷戦を超えて続き、われわれがいう西側諸国に米国を織り込ませた戦略だった、と云うのです。然し、トランプ氏の言動が鮮明としている事は、世界的なリーダーシップ、同盟関係、国際機関についてNSC-68の執筆者たちが立てた前提を受け入れないということで、彼の本能は、むしろ、米国は世界最強国として、相手が同盟国であれ敵国であれ、独自に2国間の条件を定めた方が良いと告げている事、だと云うのです。

このレンズを通して見ると、プーチン氏に対してトランプ氏が抱く敬意は容易に説明できると。つまり2人とも、強い指導者を自認していること。そして貴重なものは、強者が手に入れるべきであり、多国間の機関と規則は自分達を罠にかけるよう計算されており、それに「彼らが道徳主義と呼ぶものは国家観の関係には入り込む余地はないとする見方を共有していて、弱者については知った事ではない」との考にあると云うのです。

こうした考え方からは、イラン合意の破棄も、プーチン氏の言い分にも一理ある処、マクロン仏大統領には米国とのFTA協定のためにEU離脱を進言し、習近平氏から貿易問題で譲歩を引き出す見返りに、東アジアに対する米国の安全保障の確約を捨ててもいいと示唆するまでになっていると指摘するのです。そして、トランプ氏の向かう行き着く先は、西側の概念の喪失だと云うのです。そこで欧州のみならずアジアでも、米国の同盟国は自国の安全を守る方法を見つけねばならないとアドバイスするのです。

更に、かかる環境にあって大きな利益を得る勝者は、勿論、プーチン氏と習氏で、両者が共有する戦略的目標は予てトルーマン元大統領が描いた米国主導の秩序に終止符を打つことだったが、二人とも米国の大統領がこれほど貴重なものを米国自ら渡してくれる事になるとは絶対、想像できなかったはずだ、と断じるのです。因みに、トランプ大統領は7月16日、ヘルシンキでプーチン大統領と会談、米ロ関係の改善を演出しています。そもそも通商、安保政策を巡り、NATO首脳会議(7月11/12日)では欧州の同盟国と亀裂を広げている中での米ロ接近です。これがロシアを利し、世界を一段と不安に追い立てる処と、友人から届いたJ.McCAIN米上院議員の米ロ首脳会談へのコメントは、‘悲惨なもの、tragic mistake’と、同じ共和党員乍らの酷評です。

・米中関税報復合戦
さて、7月6日、トランプ米政権は、先の鉄鋼、アルミへの関税引き上げに続き、中国を特定した同国よる知財権侵害への制裁措置として、産業用ロボット等340億ドル分の中国製品(818品目)に対して、25%の輸入関税実施を発動しました。中国も同日、これに対抗、数時間後、同規模の米国製品(自動車、大豆等、545品目)に25%の関税の上乗せ実施を決定しました。更に7月10日には、トランプ政権は6日の中国の報復行為に対して再び制裁関税の追加措置(内容は衣料品や食料品等2千億ドル相当の6031品目の輸入に対して10%の追加関税を課すとするもの)を公表。発動は9月以降との由ですが、これに対しても、中国は更なる報復に出る構えを示していますが、まさに米中の二大経済大国が高関税をかけあう貿易戦争の様相すら呈する処です。

戦後、米国(Nixon、Reagan、Bush Sr. 時代)で起きた貿易戦争は短期間、しかも全て米国の優位を受け入れた相手国が譲歩しているのですが、今次のそれは、揃って報復行動に出ている点で、米主導の覇権秩序に順応しないと云った意思表明ともとれ、米国を巡る力関係の変化を目の当たりとする処です。 尚、ここで留意すべきは‘摩擦’の質的変化です。つまり米中摩擦は、かつての日米摩擦とは相似形ではないと云う事です。米国が赤字相手国、中国に制裁で圧力をかける点では同じですが、後述するようにサプライチェーンが複雑に走る構造や、互いの市場を必要とする米中の依存関係は、当時の日米のそれとは次元を異にする処です。加えて、政府と企業が同一線上にあるとは限らない点で、言い換えれば政権から遠い企業が淘汰される国内戦争の側面のある事も留意していくべきとされる処です。

いずれにせよ、この戦争が、誰の勝利に終わり、どのように妥協がなされようとも、もはやこれまでの自由貿易秩序は以前とは変わった姿になるであろうし、米中関係、米国とEUなど同盟国の関係も調整されていく事になるものと思料するのです。実は、今次の貿易戦争の本当の深刻さはここにあるのではと思料する処です。
 
そこで以下では、トランプ米政権の仕掛ける対中制裁行動の内実と、これを受けて立つ習近平中国の姿勢、更に新環境の下、日本が目指すべき外交政策について考察することとします。


1. トランプ政権の対中制裁行動
(1)トランプ大統領の思考様式
周知の通りトランプ氏は、外国からの大量輸入が米国の産業を衰退させ、雇用を奪ってきたとし、それを象徴するのが米国の貿易赤字だとし、その赤字を「悪」とも呼び、従ってその悪の解消のためには当該国との二国間貿易のインバランスの是正、輸入の抑制が不可欠と、今年3月以来、関係国に対して関税の引き上げを繰り返してきています。そもそも当該国の貿易収支は当該国の貯蓄(S)と投資(I)の関係で決まってくる話であって(マクロ経済理論で云うI-S均衡理論)、関税操作で貿易インバランスを改善させ得る話ではないのです。
そうした論理にはお構いなく、トランプ氏は輸入関税を引き上げ、その事で相手国に市場開放を促し、輸出を増す事で米国の経済・労働者はメリットを受けるはずと、固く信じているようです。勿論、そうした思考様式は、戦後一貫して米国が主導してきた自由主義貿易に背を向ける行動の他なく、先のカナダでのG7首脳会議でのトランプ米国と他の自由主義メンバー6か国との離反も、そうした事情を映す処です。

・保護主義関税は自傷行為
それでも、国内産業保護の為には輸入の抑制が必要と、トランプ氏が輸入関税を引き上げる行為は、結果として相手国の報復措置を生み、自国内経済を傷める、まさに自傷行為となる処です。今日のグローバル化経済にあってはサプライ・チェインの多国化で、例えば中国製品であっても中国進出の米企業が作るケースが多く、これが米国に輸入される場合、中国製品として高関税措置が実施されるわけで、その結果は米企業の収益構造を傷つけることになる一方、中国の報復措置で米国を拠点として対中取引を目指す企業も大きなダメージを受けることで、新たに生産拠点の見直しが不可避となる処です。 因みに米国のシンボルとも言われるオートバイ、ハーレー・ダビッドソンは米国輸出の目玉商品ですが、中国や欧州での対米製品への報復関税のリスクを避けるべく、米国での生産を他国にシフトする事を決定していますが、云うまでもなく雇用機会の減少に繋がる処です。

勿論、今次の米中貿易摩擦は、製造業のみならず米国農家をも直撃する処です。つまり米国の大豆や綿花などは中国輸出での最大の戦略アイテムですが、中国の報復関税措置では、それ等、農産物を標的としており、従って市場では中国向け輸出が減少するとの見方が広がり、大豆先物は直近高値から20%近く下落したと報じられています。9月からの収穫期まで、価格低迷が続けば生産者の収入が減り、トランプ氏への支持が揺るぎかねないのではと観測される処、既にこうした打撃を受ける米農業団体と一部経済団体からは抗議の声が上がっている処です。(日経夕、7月7日)

然し、いま輸入関税の引き上げを通じて、外国企業から国内企業を保護し、雇用を確保すると強硬に振舞うトランプ氏の姿は、まさにBull in a china shopの如きと映る処、それは今秋の中間選挙に備えたTrump first行動の他ならないのです。
今日のグローバル化が進み各国の相互依存が増した世界では、関税の引き上げ合戦は国内産業や雇用の保護にはつながる事はなく、結果として自らの経済をも傷付ける事になる、上述した通り、彼の制裁行動は自傷行為なのです。関税の報復合戦では、敗者はあっても勝者はないとされる所以です。

勿論これが米国内だけの話ではありません。中国に進出している米国企業についても、同様な結果を余儀なくされる処です。Financial Times (2018/6/21)が伝える同社コラムニスト、Mr. James Kynge のレポート‘ Increased tariffs will raise risks for US companies in China’ はまさにそれを検証せんばかりと云うものです。

Kynge氏は米企業が中国に進出して40年近く、現法として現地消費者向けに製品、サービスを販売し、非常に潤っていると云うのです。そして英系資産運用会社Aberdeen Standard Investmentの話として米企業のナイキ、スターバックス等の現地子会社の売り上げは貿易収支や経常収支には現れないが米国の対中輸出額を大幅に上回っていると指摘するのです。

更に、米国の直近統計では、米企業の中国現法の2015年の総売り上げは2219億ドル、これら成果は170万もの現地従業員に負うものとされ、米国での中国企業の存在感は薄さに比し、言うなればそのexposureが指摘される処、貿易を巡り米中の緊張が高まれば、中国内の米企業は格好の攻撃対象となる可能性があると、以前、日本や韓国との関係が悪化したとき中国では日本製品や韓国製品の不買運動が起きた事をリファーし、指摘するのです。
つまり、中国現法を持つ米企業にとって目下の懸念は、中国が貿易制限措置だけでなくナショナリズムに訴えて報復してきそうなこと、と云うのでした。そして特に影響の出そうなのは、米国への中国人観光客だと云うのです。つまり、中国人観光客が昨年、米国で使った金額は、大豆や航空機、電気機械など米国のどの品目の対中輸出額を上回ったと云う事でしたが、問題はトランプ政権のこうした事実に対する理解の如何という事なのですが。

更に、貿易の本丸商品 ‘自動車 ’へのインパクトは、よりglobalな問題としてある処です。中国は今次のトランプ対中制裁関税に対抗して米国から輸入する自動車に対して40%の高関税を課すこととしています。これが米国を対中輸出の拠点として米国に進出している独BMWとダイムラーが大きく影響を受ける処、中国企業傘下で復活したスエーデンのボルボも米国でのシェア拡大と併せ新たな輸出拠点とすべく、昨年9月,トランプ氏の要求に応える形で、サウス・カロナイナ州に工場の新設を行っていますが、トランプ政権が示唆する輸入車への追加関税のリスクは下がるものの、「貿易戦争」が始まれば欧州や中国への輸出戦略に狂いが生じる事ともなり、トランプ氏の強硬姿勢とそれに応じた企業の対米投資が「もろ刃の刃」であることを示す処です。

因みに、Financial Times, Jun.22,2018, でも‘ Daimler and BMW face hard road in trade wars ’と題する特集で、米国最大の自動車輸出企業となっているBMWとダイムラーの両社は過去何十年も、トランプ大統領率いる共和党を支持する諸州に投資してきたが、今回の中国の対米報復関税が決まった事で、彼らは40%の関税の対象となってしまった。米中貿易戦争が齎す厄介な、皮肉のひとつは、BMWとダイムラーが最大の負け組になる事と、指摘するのです。
更にこうも指摘するのです。「関税や保護貿易主義を以って強力な自動車産業を育成する国はこれまでも存在していた。韓国、日本、中国などだ。これらの国は自国の産業が世界と伍す競争力を付けた段階で、障壁を引き下げた。従って、こうしたやり方はありだが、トランプ氏のやっている事はこれとは異なる。彼は基盤の確立した極めて強固な産業を関税で保護しようとしている。こうしたやり方が雇用創出に結びついた実証的な証拠はない」と。

(2)トランプ政権が中国を標的とする事情

処で、トランプ政権の制裁政策がなぜに中国をターゲットとするかです。
トランプ氏は上記の通りかたくなまでの貿易インバランスに対する思いにあって、米国の対中赤字幅の大きさにある処、殊、対中政策についてはトランプ政権の通商ブレーンを担う大統領補佐官で対中強硬派とされるピーター・ナバロ氏が中心となって取りまとめられた、通商戦略指針「ナバロ文書」(注)が下敷きとなっているとされています。

  (注)ナバロ文書のポイント(日経、2018/7/2)
    ・世界貿易はペテン師にやり込められれている。中国は最大のペテン師であり、米国にとって最大
の貿易赤字国でもある。
  ・1947年から2001年までの米経済の平均成長率は3.5%. 02年以降は1.9%だ。その一因は、2001
年の中国によるWTO加盟だ。
  ・トランプ政権は我慢しない。貿易の不正が続くなら、防衛的な関税を課す。
    尚、2018年1~6月期の中国の対米黒字は最大の1,337億ドル、前年同期比14%増。(7/13発表)

序で乍ら、このナバロ氏についてハーバード大教授のケネス・ロゴフ氏は、トランプ政権が仕掛ける米中貿易戦争に係る日経記者とのインタビュで、「米国ほど自由貿易の恩恵を受けている国はない。ナバロ大統領補佐官はハーバード大の博士号を持つが、巨額の貿易黒字で中国が米国から搾取しているという理論は強烈な無知だ」(日経7月10日)と一刀両断です。

・狙いは「中国製造2025」の阻止
しかしその本丸とするのは、実は習近平中国が進める産業政策「中国製造2025」の阻止にあると伝えられています。つまり、米国は、ハイテク分野で猛追を続ける中国の現状に強い懸念を覚え、企業は、そうしたハイテクや知財権が生み出す経済的権益が失われていく事を悔やむ一方、国家安全保障を重視するタカ派は、米国のハイテクの牙城が崩れたときに起こり得る地政学的結果を不安がっている為と、指摘される処です。中国製品への関税政策はこうした懸念を反映するものであり、中国企業による米ハイテク企業の買収を差し止めるのも、そうした潜在的脅威に対する直接的な反応だと云われる処です。

・遅きに失したハイテク狙いの対中制裁措置
だが、こうした米国の対中制裁はもはやout of timingと云うのはMr. Adair Turner(a former chairman of the UK’s Financial Services Authority)です。彼は自身の論考「Trade Barriers Will Not Stop China’s Rise」 (July 9,2018,Project Syndicate )で次のように指摘するのです。
つまり、1980年代や90年代に米政府が米企業に中国への投資を禁じていれば、中国の隆盛はずっと遅くなっていた筈だと。だが現実はそうした事態の起こる事もなかったことで、中国の隆盛は今では自律的なものになっていると云うのです。
因みに、中国企業はAIや電気自動車、再生可能エネルギー分野で最先端のイノベーターとなりつつあると云うのです。「中国製造2025」計画は、国内で進むR&Dに支えられた高付加価値製造業へのシフトを促すだろうし、今になって米国が貿易や投資の門戸を閉じたとしても、中国が経済的、政治的に力を付けていくことに、殆ど影響することもなく、巨大な国内市場がますます豊かになっていくとすれば、成長の原動力としての輸出の必要性は薄れていくと云うのです。元より、それは更なる世界貿易構造の変化を示唆する処です。

・もう一つの事情
もう一つ留意されるべきは、米大企業の間で、対中不満が高まりだしてきていると云う事情です。これまで米大企業はSino-infatuation、中国一辺倒にあって、中国ビジネスで好業績を上げており、恩恵を受けてきたとされる処です。が、近時、中国での事業投資を巡っての不満が高まってきたことで、そうしたムードが一変してきたと云うものです。

当初中国は、巨大な国内市場を開放すると約束していました。が、今では一部産業から外資企業は締め出されていることの問題、中国企業との合弁を組む際の知財権の扱いの問題、中国企業に与えられる政府からの低利融資問題等、自分たちが中国から不当な扱いを受けていると、考えるようになってきた事が米中貿易戦争を暗に支持する処、事によっては米中貿易戦争がより政治主導でエスカレートしていくのではと、The Economist (2018/6/30) は論考`Raging against Beijing’を以って、経営者はより冷静な対応をと警鐘を鳴らすのです。

要は、大企業が今、タカ派に転じてきたことでホワイトハウスが勢いづいてしまい、財務省、商務省よりも好戦的になってしまったことを問題とする処ですが、米政府が制裁関税を更に広げていくとなると、米国に比して輸入量の少ない中国としては、もはや報復関税の対象にできそうな米国からの輸入製品の選択肢がなくなりつつあり、報復合戦の次のスッテプは米国企業の中国子会社をたたく事になるのではと憶測される処です。とすれば貿易戦争は更に政治主導となってエスカレート、長期化することになるのではと憂慮される処、既にトランプ氏は成果が得られない限りこの制裁措置は無期限だと広言するのです。


ではトランプ政権が繰り出す攻撃的な措置にどう対抗すべきか。もはや、個別対抗云々よりは、この際は世界経済の実情に即したWTOの構造改革に向かうべきではと思料するのです。近着The Economist(7/21~27号)では、` to save the WTO’ と題して、Global tradeは今、死に体にあるがそれでも救済の機会はある`there is still a chance of rescue’と、後出(P.11)「日欧EPA協定」をリフアーし、そこには米国の対中批判と共有できる要素が含まれているとして、以ってWTOの改革、再生の道の可能性を指摘しています。別途、研究を進めたいと思う処です。


2. 習近平中国の国家戦略
(1)習近平主席の構え

さて中国は7月6日の米側の制裁措置を受け、同じ日、報復関税措置を決定したことは前述の通りですが、筆者が注目したのは、決定に当たって映る中国側(商務省)の姿勢でした。つまり、「中国は先に引き金を引かない約束をした。(7月5日の記者会見で、中国は米国よりけっして先に引き金を引かないと発言) ただ、国家の核心利益と人民の利益を守るために必要な反撃をせざるを得ない」(日経夕2018/7/6)とする声明を出していましたが、その報復決定の時間差に感じられるのは、中国当局の習氏に対する配慮が、米中関係への配慮と重なる瞬間があってのことと推測するのです。

周知の通り、今年2月、国家主席の任期撤廃の憲法改正で長期政権が担保された習主席は、いま「中華民族の偉大な復興」を掲げると共に、人民共和国、建国100年を迎える2049年に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を目指す長期戦略を擁し、トランプ政権が最も気にする「中国製造2025」をその長期戦略の第一歩と位置付け、邁進する処です。
つまり、トランプ氏は特段の理念を語ることなく、唯々Trump first, 自身の支持票田firstの中間選挙目当ての政治であるのに対し、習氏は上述、国家理念を掲げ、「中国製造2025」を擁した中長期の視点に立った政治に自信を持つ処、ゆとりすら感じさせられると云うものです。勿論、共産主義と云う特異な政治環境がそれを担保する処です。

そして、その習氏については今、 ‘the hallowed status in China of Mr. Xi himself ’(習氏の神格化)(Why the Communist Party wants to dial down the hype: The Economist ,July 14)が取りざたされる処です。従ってそれに傷が付くことのないように、とりわけ対米関係において、当局は国内で非難の起こることのないよう「冷静さと理性」をと、指導していると報じられている処、従って当該時間差は、そうした文脈の交叉を映す処ではと思料するのです。

(2)習中国が目指す外交戦略

そうした習氏を巡る環境下、6月22・23日、北京では「中国中央外事工作会議」が開催されています。この会議の目的は、中国の新たな対外戦略や外交政策の目標を打ち出すことにあり、これまで2006年と2014年の2回しか開かれてはいないものですが、今回の会議には、中国共産党政治局常務委員7人の全員の他、王岐山国家副主席や人民解放軍、党中央宣伝部、商務省の最高幹部らも出席。米駐在中国大使も含まれていた由で、超大国米国を強く意識した会議であったことを伺わせる処です。

さて習主席はこれからの外交政策について3つに分けて説明したと云われています。
① 大国関係はうまく整え、安定的でバランスよい関係に向けた枠組み作り:要は、中国はグローバルな統治を刷新し、同時に世界における影響力の増大を目指すというもの、
② 周辺外交に取り組み:中国は自国の主権、安全保障、発展的利益を守り、現在よりもグローバルなパートナーシップ関係の良い輪をつくっていく事、
③ 発展途上国対応:途上国は「同盟軍」であり、強力と団結に取り組む。そして、新たな国際秩序構築のため、巨大経済圏構想「一帯一路」や「AIIB」を更に発展させる。新しいスタイルの国際関係は「ウイン・ウイン」であり、互恵である事、と云う。
(日経2018/7/11 & China Daily 2018/6/28)

これまで習指導部は「対米関係を重視するあまり、米国の動きに対処する‘反応式外交’に陥っている」と指摘されていたようですが、何か安倍政治に似る処ですが、トランプ政権が対中強硬政策に転じた事で、習政権も対抗路線を明確にする処となったと云える処です。それはいずれ中国の時代が来る。ただ現時点では米国の力が強大であり、従って周辺諸国や発展途上国と連携して国力を高め、機が熟すのを待つ、と言った姿勢と思料されるのです。

これまで中国は、太平洋を巡り米国との二分統治の発想を訴えていました。が、トランプ政
権の対中攻勢を受けるなか、この「米中二分論」を修正し、友好国を増やして長期的に米国
と対峙していこうとする、つまりは中国がこれまでの国際秩序を塗り替えると宣言したよ
うなものとも言えそうです。 因みに、先のG7首脳カナダ会議(6月8・9日)とtiming
を同じくする如くに6月10日、中国山東省では中国、ロシア等8か国による「上海協力機
構(SCO)首脳会議」(注)が行われ、議長国の習近平氏は反保護主義を掲げ、亀裂が深まる
G7への対抗軸として中ロ主導の枠組みをアッピールする処です。

 (注)上海協力機構:ソ連崩壊後、1996年4月に初めて集まった上海フアイブ(中国、ロシア、カ
ザフスタン、キルギス、タジキスタン)を前身とする協力機構で、2001年にウズベキスタンが加
わり「上海協力機構」となったもの。現在、地域の安全保障、経済協力について話し合う場に。


3.American Retreatと日本の戦略

(1)日本はLiberal International Order(LIO)の再生を目指す

本稿、冒頭で紹介したStephens氏は新たな国際環境に照らし、つまりAmerican retreatの
現実に照らし欧州のみならずアジアでも米国抜きで自国の安全を守る方法を見つけるべしとアドバイスしていました。そこで思い起こされるのが昨年の5月、米Princeton 大教授のG. John Ikenberry氏が「The Plot against American foreign policy-Can the Liberal order survive?」(Foreign Affairs, May/June,2017)で展開していた提言です。

その趣旨は、戦後70年間、これまで米国が主導してきた国際協調の枠組みを壊していくトランプ外交政策のリアルを地政学的切り口から解析、批判し、その対抗として、Liberal international order( LIO:自由で開かれた国際協調秩序)を取り戻せというものでした。つまり、America first を掲げるトランプ政権の誕生で、米国は戦後果たしてきた‘Liberal international order’ ( LIO)を守る役割を放棄したやに振舞っているが、おそらくそれは失敗に終わるだろうから、世界のnew leaderは連携して「LIO」の再生を目指せというものでした。そしてその際、アイケンベリー教授は、日本の安倍首相とドイツのメルケル首相を特定し、米国がその責任を放棄した今、LIOの再生、つまり民主主義促進外交は、この二人の双肩にかかると云い、具体的には、米国のretreatでアジアは米国抜きの地域秩序に向かうだろうから安倍首相はTPPをモデルに自由貿易を進め、一方メルケル首相には道徳的な旗印を掲げ続けるべしと、主張するものでした。

果たせるかな、こうした提言に応える形で今、二つの自由貿易協定が生まれました。一つは,日本が主導した「TPP協定」(Trans-Pacific Partnership)で、この3月、各国の調印を得、国内的には6月29日、国会批准を終えています。もう一つは日本と欧州の連携による広域自由貿易協定「日欧EPA協定」(Japan-EU Economic Partnership Agreement)で 7月17日、,東京で調印。これら二つの協定が齎す自由貿易圏規模は世界GDPの4割強です。

前者はまさにアイケンベリー氏の提案に応えるものと言うべく、日本の通商と安全保障、そして地域秩序の長期的な戦略を構築していく上で不可欠となる処です。一方、後者は民主主義を基軸とする先進国が一体となる一大自由貿易圏の形成です。いずれもトランプ米国が主導する保護主義への明確な対抗軸となる処、とりわけ日欧EPAについては、前述(P.8)の通りで、WTO改革機運にも繋がる要素も指摘される処、その進化が期待される処です。

(2)保護主義の対抗軸

今次の上記締結を弾みに、南米諸国との自由貿易協定交渉他、多国間協定の交渉が加速する状況が生まれてきています。

7月1日、安倍首相はRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)の貿易関係閣僚会合を東京で主催していますが、以って、日本としてRCEPへの参加意向を公式に示す処となっています。この大規模会合がASEAN非加盟国で開かれたのは初めてとの由で、活動の活発化を示唆する処です。

さて、RCEP(東アジア地域包括経済連携)の構成はASEAN加盟10か国に加え、ASEANが2国間貿易協定を結んでいるアジア太平洋地域のオーストラリア、インド、中国、日本、ニュージランド、韓国が参加するものです。このRCEPはTPPに比べ緩やかな枠組みですが、基本的には中国が入っている点がこれまでも問題となってきていました。つまり、米政権では開かれた貿易への姿勢に疑問符が付く中国によって弱体化されることを嫌って、TPPで築きたいとの意図を明確にしていたものでしたが、その米国が開かれた貿易を敵視する今、地域統合に資するものとして推進されるようになっています。交易により繁栄してきた国々にとっては、どんな貿易協定であっても新たな価値があると云うものでしょうか。

勿論、それでも彼らの構えには違和感を禁じ得ません。そこでこの際は、日中首脳の相互訪問が具体的俎上に上る環境にも照らし、日本として改めて中国をも包み込む対アジア長期ビジョンを描くときではと思料するのです。つまり世界の日本たるの矜持を新とし、以ってこうした期待に応えていくよう戦略整備を図るべきと思料するのです。

・日本にとって有為な安全保障
アジアでは様々な形で深く結びついています。こうした動きは貿易の流れを抜本的に見直す好機とも言え、そこには新たな可能性の伝わる処です。そして、何よりもこうした連携の深まりこそは、日本にとって極めて有為な安全保障と思料するのです。


おわりに : Barry Eichengreen氏の証言
         ―この夏、民主主義を思う

筆者は毎月、経済時事解析と称して定例の論考を書き続けていますが今年、半年を終えた今、それらを読み返すに、世界の変化の激しさを改めて痛感させられる処です。

その変化は、一言で言えば今日までの世界を支えてきた経済、政治の枠組みの破壊プロセスの他なく、この変化を助長するのが超大国米国の大統領として登場したドナルド・トランプ氏のAmerica firstとする言動にある事は云うまでもありません。そして、それが映しだす現実は、基本的に寛容な民主主義を標榜してきたはずの先進国の多くで浮彫されるポピュリズムの台頭であり、政治の流れは「反エスタブリッシュ」、「反移民・難民」に傾き強権的な手法を掲げる政権が増加する姿です。そうした流れが民主国家間の連携に亀裂を深めるなか、その恩恵(?)を映す形で、中国そしてロシアが覇権国家としての地歩を固める様相にあります。まさに、本稿冒頭のStephens氏コメントを目の当たりとする思いです。

これら変化は、今後も民主主義と云う政治体制がベストだとする日米欧の伝統的な価値観を揺さぶりつづけることでしょうし、伝統的な価値観を信奉する人々とそうでもない若い世代などの間で先鋭的な政治対立が生じる場面がこれからも頻繁にみられるに違いないものと思料させる処です。その点で、日本としても、自らの政治のあるべき姿をより具体的に明示していく事が不可避となっていくものと、改めてその思いを深くする処です。


処で、そうした中、筆者が主宰する社会人のための勉強会で塾生の一人が、今次の米中摩擦の現状に照らしながら、「今の安倍政治には、政治の何たるかのdiscipline もなく、議論は深まることなく、非生産的で無駄ばかりだ。その点、習近平政治は目標、手法において明快であり、イデオロギーはともかく、それを見習っていくべきでは」とコメントするのでした。

確かに中国経済の現状は、問題を抱えてはいるものの、その躍進ははっきり見て取れ、今後20年以内にGDPで米国を凌駕することになる事も理解される処です。既に中国は世界で1、2を競う貿易大国です。また例の新シルクロード経済圏構想「一帯一路」を推進する中、対外投資は更に活発化しており、ユーラシア大陸に位置する国々との経済関係も深める等、何よりも中国を魅力付けているのが経済的な成功を続けている事にある処です。 

こうした状況を目の当たりとするとき、新興の諸国にとって中国は見習うべき手本と映る処でしょう。とりわけ上述、西側民主主義陣営が経験している昨今の混乱を見るにつけ、民主主義のプロセスはコストがかかり、結果も信頼できないと映る一方で、中国のアプローチは相応に魅力をよぶ処、中央集権的な統治を取り入れている中国の政治体制に魅力を感じる向きが多くなってきていると言えそうです。

  
然し、そうなれば民主主義の未来は危ぶまれると叫ぶのは、米UC Berkeley教授のアイケングリーン氏です。彼は自身の論考「China and the Future of Democracy」 (May 10, 2018 , Project Syndicate) で,その懸念と併せ、重要な要素が見落されていると警鐘を鳴らすのです。

つまり、民主主義は確かに面倒なものかもしれない。然し、そこには軌道修正メカニズムが生来備わっている。政策がうまくいかなかった場合、その責任を負う政治家はその後の選挙で再選されない可能性があり、実際、そうなることは多いし、少なくとも建前上は、もっと能力のある人物に取って代わられる筈と。然し、独裁的な政治体制ではこうした自動調整メカニズムが働かない。失敗した政策についてイチかバチかの賭けにでることもあるが、彼らに別の政策を選ばせる正当な手順は存在しないことが問題と指摘するのです。筆者流に言えば check & balanceの機能のないことが最大の問題とされる処です。

中国が世界の大国としてその存在の重みを増しているのは明らかです。が、アイケングリーン氏は今後も長期的に中国が経済成長を続けるにしても、いずれ問題に直面することになるだろうが、その際、中国の指導者は自らの過ちを認め、政策を修正する保証はどこにもない事が問題だと云うのです。つまり、そうなった時、中国の強権的な政治スタイルは魅力を失うだろうし、政権が市民社会を厳しく弾圧するなら尚のことと云い、そう考えるとやはり民主主義に未来はあるのかもしれないと云うのです。勿論、その未来を信じたいと思うばかりです。以って、民主主義の再定義がこの夏、筆者にとっての課題となる処です。
以上 (2018/7/26記)
posted by 林川眞善 at 09:03| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする