― 目 次 ―
はじめに:今 世界は安全保障環境の異常と対峙して
[ 1 ] 岸田内閣の新安保政策と、日米関係
[ 2 ] 現代流、防衛のかたち
[ 3 ] 進化する世界の安保環境
おわりに:「新冷戦」というRhetoricに想う
はじめに: 今 世界は、安全保障環境の異常と対峙して
昨年12月16日、現下の異常ともされる安全保障環境にあって、岸田政府は既承のとおり、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(座長、佐々江賢一郎元外務次官)の報告書を受け(2022/11/22)、‘国を守る安全保障政策’を策定、これを閣議決定、更に2023年1月13日、ワシントンで開かれた日米首脳会談では今次策定の新安全保障政策(防衛3文書)について意見交換があり、バイデン大統領からは当該安全保障戦略につぃて高い評価があり、同時に新国家安全保障戦略を踏まえ、日米の軍事同盟の現代化(Modernizing)を進めるべきと示唆があり、以って戦略の日米統合を前提とした我が国の新防衛体制が確認されたのです。
さて、上記 異常な安保環境とは、云うまでもなく2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻です。そして、このウクライナ侵攻が過去の例と決定的に異なるのが、戦後世界の安全保障に係る統治機構、つまり国連安全保障理事会ですが、その常任理事国で、核保有を認められているロシアが国際秩序を侵す暴挙に出たことです。そして3月21日には米国との新戦略兵器削減条約(新START条約)の履行停止を宣言したことで、核抑止の均衡が揺らぐ不安を世界全域に広げる処となったと云うものです。
(注1)戦後世界の安全保障体制(1945 ~ )
・世界の政治・社会 :国連 安保理事会 (常任理事国 [核保有を容認されている5か国])
核抑止力の確保はウクライナ侵攻の教訓。
・経済(金融政策) :IMF(先進国) World Bank(開発途上国)
そして世界はいま、専制国家、ロシアと、ウクライナを支援する米欧そして日本を含む西側陣営との対立構図を深める処です。因みに3月13日、米英豪首脳会議で豪州に原潜配備計画を発表。インド太平洋地域の防衛能力を強化し、海外進出を図る中国を牽制せんとするものですが、中国は14日の記者会見で豪州の原潜計画に断固反対と批判する処です。
一方、日本も同様、この種事件に見舞われています。2月18日の夕刻、防衛省は北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の弾道ミサイル1発を発射し、日本の排他的水域(EEZ)内に落下したと推定されるとの発表がありで、この北朝鮮からのミサイル発射が日本のEZZ内に届いたことで、これは初めてのことですが、日本にとって、米中同様、北朝鮮がしかける対日侵攻というリスクを改めて可視化されたと云うものでした。その後数回にわたり同様事件が続いて起こっています。3月16日の朝、北朝鮮が午前7時9分ごろICBM級の弾道弾ミサイル1発を東方向に発射したと防衛省が発表しましたが、2023年に入って、これで6回目となるものでした。こうした事態への取り組みとして岸田政府は昨年暮れ、前出新たに日本の安全保障に係る政策を決定する処です。
偶々、文芸春秋3月号では「防衛費大論争」の特集を組み相変わらずの面子、自民党政調会長の荻生田光一氏、京大名誉教授の中西輝政氏、自衛隊元陸将の山下裕貴氏が、GDP比2%論、日本を守るために必要な装備は何か、とい紙上討論を掲載する処でしが、中でも今必要なことは「富国強兵」のスローガンだとする時代錯誤した指摘に、まさに「あんぐり」 。
そうした状況に照らし今月論考は今一度、日本の安全保障対応の実状にフォーカスする事とし、昨年12月策定された「日本の安全保障政策の概要」と、それによる「日米安保関係」の変化について、そしてこの際は、 ‘安全保障問題対応の基本’ について触れながら、今後の日本を取り囲む環境に照らした日本の安全保障対応の在り方について、ごく直近には解決の見通しが出てきた日韓関係の行方とも併せ、考察していく事としたいと思います。加えて21日の朝、岸田総理のウクライナ電撃訪問のニューズが入ってきました。
[1] 岸田内閣の 新 ‘安保政策`と 日米関係
1. 今日に至る戦後日本の安保体制と新安保政策
(1)日米安保体制の推移:1949年サンフランシスコ講和条約と同時に、日本における安全保障の為、米国が関与し、米軍を日本国内に駐留させることを定めた二国間条約(旧日米安保条約)が締結され、その後、1960年に見直しが行われ、「日米間の相互協力及び安全保障条約」(新日米安保条約)の発効を以って今日に至る処です。そして、当該条約の下、対日攻撃に対しては米軍が対抗、日本は専守防衛の立場からは米軍への便宜供与を専らとする、いわゆる日米間のsecurity commitmentとされ、以って今日に至る処です。つまり日本の主権回復を引き換えに、米国に日本の防衛権を委譲するものでした。
(2)防衛3文書と日米新安保体制:しかし2022年2月以降の異常な国際環境に与すべく、岸田政府は、2022年12月16日、政府有識者会議の報告書を受け、国家安全保障戦略など防衛政策に係る新たな方針となる防衛3文書、「①国家安全保障戦略、➁国家防衛戦略、③防衛力整備計画」を策定し、閣議決定を以って日本の新安全保障戦略とする処、更に、この3文書をベースに、後述1月予定の日米首脳会談に備えて、別途、日米間では「中国との戦略的競争」と記す文章が作成され、以って日米新安保戦略とする処、そこに日本の自主防衛能力の向上と、米国の防衛義務を明記し、日米同盟の基礎とする処です。以下はその概要です。(日経、2月28日)
[日米の新安保戦略]
➀ 日米同盟の現代化(Modernizing):日米同盟は日本の安保政策の基礎と明記。反撃能力の保有を閣議決定し、自立した防衛を宣言。加えて、抜本的な防衛力の強化と新たな戦い方の推進で抑止を担保する事とし、以って日米関係は新安保戦略の下、米軍と自衛隊の統合運用(サイバー・宇宙といった新領域の現代戦への対処協力を含め)を目指す。
➁ 態勢の最適化(Optimizing Posture):南西防衛への態勢 (台湾、尖閣諸島へ備え)、米軍再編の推進(辺野古への基地移設)
③ 協力関係の拡大(Expanding Partnerships):協力枠組みの拡大(韓国、クワッド、NATO)、装備品移転や能力構築(東南アジアなど)
2. 新安保体制で、何がどう変わるのか
(1)日米関係の変質 ―自立した防衛体制
これまでの日本の安保体制は米国と共にあって、上記「安全保障条約」(1960/1/19)の下、日米両国は武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従う事を条件として、維持し発展させる(第3条)とされていています。(従って平和憲法を守る日本には武力攻撃に抵抗する能力は持たない)、そして第6条で「日本の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため米国は陸軍、空軍及び海軍が日本において施設及び区域を使用する事を許される」と規定され、日本は専守防衛の「盾」、米国は他国への攻撃を担う「矛」の日米役割分担(Security commitment)の下、今日に至る処でした。
しかし、今次策定の安保戦略では日米共同で抑止力を強化する、つまり日米統合防衛を目指すことになり、以って米国従属型の日本の安保体制が修正され、日本の安保政策の大転換となる処です。そしてそれを象徴するのが相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」の保有を閣議決定した事ですが、以って「自立した防衛」へ大転換となる処です。
(注)この際の問題は「反撃能力」の行使のタイミング。2023年1月30日の衆院予算
委員会では岸田首相は「反撃能力」に関し、日本と密接な関係にある他国への武力攻撃
で日本に危険が及ぶ「存立危機事態」にも発動可能とし、安保関連法が定める条件に基
づき「具体的に対応する」とも語る処。なお、22年末計画では23~27年度、防衛費は
43兆円と決定、19~23年計画比6割増。最終年度GDP比2% を目指す由。
・日米統合防衛を決定づけた日米首脳会談
日米統合防衛を方向付けたのが、1月13日のワシントンでの日米首脳会談でした。つまり、岸田首相はG7サミットに向けた腹合わせの為として訪米の際の日米首脳会談で、日米新安保戦略について意見交換があり、バイデン大統領からは「日本の歴史的防衛費の増額と新国家安全戦略を踏まえ、日米の軍事同盟の現代化(modernizing)を進めたい」と言及があり、以って日米が統合防衛に向かう事が確認され、メデイア(日経2023/1/14)は以って日米同盟関係の深化と評する処です。
ただ、その深化とは日米が一緒になって戦う事を意味する処、特に明記はないものの、前述の「反撃能力」保有の決定とも併せ、実質的には集団的自衛権を容認するものと云え その点では日本の安保政策は、より自主的なものへと方向づけられ、まさに方針の大転換となる処です。 尚、13日の日米首脳会談を終えた岸田首相は、米ジョンズ・ホプキンス大学で講演し、そこでも日米同盟を基軸に中ロなどへの抑止力を高めると訴え、今次改定の安保関連3文書を以って「米国、世界に対する日本の強い覚悟を明確にした」とする一方、これがインド太平洋地域の利益に繋がると強調、今次の防衛力強化を「日米同盟の歴史上、最も重要な決定の一つ」と(日経1/14)と位置付けるのでした。
(2)今後、日本に問われていく事 ― 外交力の強化
これまでの日本の安保体制は米国と共にあって、上記 日米間の「安全保障条約」(1960/1/19)の下、日米間のいわゆるsecurity commitmentを以って今日に至ってきたその関係が,今次の新安保戦略を以って修正され、今後の取り組みについては、より自主的、自律的なものとしていくことが期待される処ですが、同時に、日本の置かれた環境に照らす時、対外的に友好国等との連携、協調を深めていく事が不可避となる処です。そして、そこに求められることは、外交力の強化であり、戦略的な外交の推進となる処と思料するのです。
日本外交の推移を見るに、その規範は多国間主義にあって、それこそは日本としての現実への対応とも云え、中国ともそうした枠組みの中で対応してきています。そして日本にとり重要なことは、この「多国間主義政策」を根本で支えているのが「日米安保体制」という現実ですが、上記の次第で、日本の使命への期待も変わりつつある処、それだけに新安保と並行して、より重要となるのが外交力の強化となる処です。
さてこれまでの防衛論議の基本は軍事装備の拡充にあって、防衛費の増額や反撃能力の保有などについての議論ばかりでした。しかし、上記岸田講演でも指摘あったように、当該地域への貢献を念頭とする防衛となると、多元化する今日的環境にあっては何よりも侵攻が仕掛けられないよう国家運営を固める事であり、であれば敵対陣営に ‘今、攻めれば勝てる’と云った想いを抱かせない状況を堅持していくことになる処です。 その為にも、日本への理解を深め、隣人、友好国を作り、その輪を広げていくことが殊の重要になってくるのです。つまり`外交‘ こそは 日本‘防衛’の基本軸と、改めて思料する処です。
因みに、1月 23日付、日経コラム「私見-卓見」に、元教員と称する坂本満氏なる仁が「戦争抑止に外交は無効か」と題し、要は、‘頼れるのは外交’ にありと訴える投稿記事の掲載がありました。勿論一部にはこれが`古典的議論’と忌避する向きのあること承知する処ですが、投稿者の今日的感性に極めて納得する処です。 ただこれが30年代のブロック経済となるようなことは絶対に避けるべきで、現代では経済的繋がりは保ちつつ、先端技術など経済安保に絞った経済圏をつくる視点を失わないことが緊要と思料する処です。
そもそも敵対する相手に、上述「今、攻めると勝てる」との思いを抱かせるような事態を起こさないようにすること、それこそが「防衛」への心構えと云え、そのためには多くの友人、友好国の輪を広める、つまり戦略的外交の展開を図ること、と同時にこれが情報力の強化に繋がる処、日本の外交力の強化とは、まさにその一点にある処と思料するのです。 そして今、その路線を支持する協調環境が生れてきていると思料する処です。そしてそれが示唆するのが、現代流、国の守り方ではと思う処です。
[ 2 ] 現代流、防衛のかたち
1. 安保対応の基本は外交
前出日米首脳会談の内容は,米国主導の安全保障の枠組みにおける日本の役割が、単なる口先支援から潜在的侵略の抑制への能動的な関与へとシフトしたことを印象づけるものでしたが, 同時に、日本をバックアップする、或いは日本との協調を目指す、国や地域が広がりつつある現実を映す処とも思料するのです。
つまり日本を取り巻く安保環境は多様化、多極化しつつあって、直近の世論調査でも日本の抑止力への期待が増す処、そうした期待に応えていく事は、防衛力のみならず経済など各分野を含む、今日的防衛のあり方、現代流防衛の形と思料する処、今年1月の国会では岸田首相も、施政方針演説で「防衛力の抜本的強化」として外交を取り挙げ同様、訴える処でした。
(1)世界の安全保障体制の中心は「インド太平洋」
さて、そうした思考様式に照らすとき、今 世界の潮流、ダイナミズムは、地政学的変化を映す「インド太平洋」に向う処です。そして、この多様化、多極化する環境に如何に対応していくかは、必然的に防衛上のテーマとなる処です。 つまり、日本は当該regionにあって、この新しい時代の当事者として総力を傾け、インド太平洋時代を主導していく事、つまり経済的連携の強化と国際秩序の安定化に向け働きかけていく事、更には経済安定の枠組みの強化を目指す事、が期待される処ですが、その際のカギはやはり上記外交力の強化にほかなりません。 世界はいずれ「米国か中国か」の2者覇権主義の時代に代わり、「3大勢力のバランス時代」が来るのではと思料され、日本がこの第3勢力のリーダーになる事が期待される処と思料するのです。そしてその可能性を実感させるのが、アジア太平洋を中心に進む多国間連携による下記(注)取り組みへの対応です。
(注)今、世界が注目するアジア経済圏の動き
➀ 日本政府の対応方向(日米中3国間の連携構築を主導)
・済的連携実状―ASEAN地域フォ-ラム
・アジア地域の安全保障体制 ―ASEAN,RCEP,新興国が促す協調
・米国の対中抑止策(IPEF)
② 「インド太平洋」時代の連携の広がり
・アジア日本の優位さ(G7議長国、G20議長国インド、ASEAN議長国ネシア)
・日英関係 ― 英国は既に日本を公式に同盟国という。日英包括経済連携協定
(FTA/EPA)加えて「日英円滑化協定(RAA)」。更に日英イタリア3カ国の連携で
戦闘機開発。米中やEUもASEANに接近中。
勿論、上記環境における問題は、米国の台湾支援と対中経済制裁の推移の如何でしょうが、日本としては長期的スパンを以って上記地政学的環境を優位とした行動様式の下、米中関係に振り回されない硬軟合わせた外交交流を以って中国との話し合いを増やしていくことで、間違いなく米中の仲介、バランサとなり得るのではと期待する処です。そしてその際は、より基本的には‘中国を封じ込める「自由で開かれたインド太平洋」’をと云うより、‘中国を変える「自由で開かれたアジア太平洋」を目指すべき’で、それこそが平和戦略であり成長戦略と、思料する処です。
(2)今夏、NATO首脳会議とアジア4カ国首脳との協働
そうした折、2月16日付日経記事「日韓豪NZと首脳声明へ」は極めて刺激的と云え、同記事によれば、この7月、NATO首脳会議に日本や韓国等、アジア4カ国の首脳を招待し、アジア諸国との首脳声明の発出を検討していると報道する処です。そして、このニューズは、ロシアのウクライナ侵攻が欧州を超えた世界の危機だと訴えるだけでなく、中国へのメッセージも大きいと云うのです。 つまり、「米国民は民主主義陣営の結束を示し、武力行使に代償がある」との立場を発信することで、台湾海峡や南シナ海を巡り中国への抑止につながるとする処です。この共同声明がどういった内容になるか興味は深々ですが、要は民主主義陣営の団結を鮮明とし、中国とロシアに対抗せんとするものと見る処です。
2.今後の日本の安保戦略の在り方
(1)「NATOの教訓」
昨年の春、ウクライナ出身の在日国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏の手になる「NATOの教訓」(PHP新書)を読み、そこに展開されていた日本が世界最強の軍事同盟NATOと手を結んではとの提言が,頭を離れないままにあるのです。
周知の通り2022年6月、スペイン・マドリッドで開催されたNATO首脳会議には、岸田首相が、豪州、N.Z.そして韓国の大統領らと共に、招待を受け出席しています。初めての事で異例となるものでした。 そして今年1月30日、NATOのストルテンベルグ事務総長の来日時、NATOとの間でサイバーや宇宙での協力強化で合意を見る処でしたが, NATOのインド太平洋地域への関与を深めることは歓迎すべきものと思料する処です。
そうした折、2月20日付 日経は更に、ドイツや英国では、安全保障戦略の見直しの動きが高まって来たとも報ずる処でした。 つまり、ドイツは3月に初となる国家安保戦略を取りまとめると云い、英国もこの春を目途に外交方針を改めると云うのです。ロシアだけではなく、覇権主義的動きを強める中国の位置づけも軌道修正する見通しとする処です。まさに当該変化が英国とドイツの両国で足並みを揃えた形で進むと云うものです。尚3月16日には経済安保を軸とした日独政府間協議が開かれ、両国間の関係が新たな段階にあるとみる処、まさに日本とNATO間の連携強化が平和維持を可能にする動きと期待する処です。
(2)環太平洋圏とNATOとの協調
上記アンドリー氏は更に、太平洋における集団防衛体制の確立は極めて重要と説く処です。 周知の通り、太平洋の周辺には自由・民主主義の価値観を共有する国がかなりある事、日・湾・豪・NZ・チリ・メキシコ・米国、カナダ他にも中米や太平洋の島国で自由・民主主義の価値観が通じる国は多々とする処です。勿論厳密にいえば北大西洋条約機構は名前からして「大西洋」であり、太平洋までは拡大できないが、実際の方法論としては、NATOと同じ 方式で環太平洋地域の軍事同盟を形成し、その同盟がNATOと合併して世界規模の巨大な事業同盟を築くという事になると、つまりシュミュレーションする処です。
そして、環太平洋の軍事同盟を実現する最も現実的な方法はTPPをベースにすることだと云うのです。TPPは経済同盟であり、TPPが本格稼働するためには米国に復帰、参加してもらう必要があるのですが、そこで、日本を始め、TPPの現参加国は将来の集団防衛体制の構築を見据え米国にTPPに戻るように働きかけるべきと云うのです。勿論、それは米国の国内問題であり、2024年の大統領選を控え、どこまで許されるものか、シミュレーションながら、いささか困難とみる処です。
が、アンドリー氏は、独裁陣営に最も近い自由・民主主義国の存在は極めて重要とし、そこで「最前線」の防衛が堅固でないと、自由・民主主義陣営の全体に影響を及ぼすことになると主張するのですが、岸田政権がウクライナ侵攻に向き合う際、強調するのも、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」との認識に基づくものとされており、その点では 欧州とアジアの安全保障環境の不可分性が指摘される処です。この点を以って、米国を納得させうるか、簡単なことではないとは思料するのですが。
[ 3 ] 進化する世界の安保環境
1.日韓関係改善への新展開
さて、日本にとって、安全保障問題の一つとしてあったのが戦後最悪とされていた日韓関係問題でした。3月6日、韓国政府は予ねて懸案の日本政府による戦時中の「徴用工」を巡る問題解決への強い意思表明が届きました。これから具体的な手続きが進むことと想定するのですが、云うまでもなく、これが日韓関係に係る安全保障問題解決への大きな前進となる処です。 きっかけは、韓国の尹大統領が3月1日、ソウルでの演説で、日本との安全保障協力を推進する姿勢を示した事でした。
韓国にとって3月1日は、日本統治下の1919年に起きた「三・一独立運動」の記念日で、韓国大統領が演説で日韓関係に言及するのが恒例とされていたのが、今次、その内容は北朝鮮の脅威を念頭に「安保危機を克服するための韓米日の協力が、いつもに増して重要になった」との発言でした。そして日本に関しては「過去の軍国主義侵略者から、普遍的価値を共有し安保や経済、グローバルの課題で協力するパートナーになった」との認識を示したのです。(日経3/2)まさに歓迎すべきmessage です。3月16日には、尹大統領は単独来日、12年ぶり、日韓首脳会談が行われたのです。韓国政府は経済安保の観点から両国の経済協力が重要と捉え、日本とサプライチェーンの協力を目指すとする処です。この機会に岸田首相は5月のG7広島サミットに招待する事とし、一挙に日韓関係の改善が動く処です。
2. 米主導のIPEF(インド太平洋経済枠組み)と国際協調の広がり
一方、3月1日、米USTRは通商政策の年次報告書を公表する中で、日米14カ国が参加するIPEFについて米国は積極的に主導すると主張、その際は中国への対応をも念頭に「高水準で包括的、且つ公平な貿易政策」を目指すとする処、既に交渉官会合が行われる処です。3/13~19), この5月には日本が議長国となってG7首脳会議の予定ある処、岸田首相は、これに韓国、豪州、インド等、8カ国の首脳及び後述ウクライナのゼレンスキー大統領の招待を考えている由で、新たな国際秩序に向けたシナリオが期待される処です。
更に11月には米国が議長国を務めるAPEC首脳会議が続く処ですが、この際は、前述したように「自由で開かれたインド太平洋」と云うよりは「自由で開かれたアジア太平洋」として、日本が主導し当該地域のリーダー達と共に、アジアにおける安保戦略策定を目指してはどうかと思う処です。 尚、韓国尹大統領は、4/26日、国賓として訪米予定で、迎えるバイデン大統領は首脳会談を経て、日本を加えた日米韓3か国での安全保障協力を深めることが想定される処です。(日経,2023/3/8 夕)
おわりに 「新冷戦」という`Rhetoric’に想う
今年2/24日付日経が特集連載した「20世紀型大国の落日」を読み直し、この1年を振り返り見るとき、20世紀後半の冷戦期の枠組みに当てはめ、「西側自由民主主義同盟 対 中ロ専制主義」の新冷戦時代と云った西側メデイアでみられるレトリックですが、バイデン氏も近時よく使うのですが、現代の今では、不十分ではと感じるようになる処です。
周知の通り、近時の国連総会でのロシアの侵略非難決議での賛否票の推移を見ると、中・印やアフリカ諸国の約半数が棄権もしくは欠席。その一方で対ロ制裁に加わる国は主として西側諸国に限られていて、ロシアの侵略を認めつつも西側と共闘歩調を取らない国が多数あって、そして気になるのが「グローバルサウス」と称される地域は冷戦期の非同盟諸国よりはるかに多様で、且つ影響力の大きさが気になる処です。つまり、そのグローバルサウスの大半は主体的に判断し、行動していると見る処ですが、北半球に偏し、冷戦を主導してきた西側諸国やロシアは軍事的・経済的には依然として強力ですが、冷戦期ほどには、世界の支配力はなく、中国も政権の国内強権化を見ると、その国際的影響力の拡大は峠を越えたのではとも思う処です。尤も今、習近平主席はロシア訪問中(3/20~22)で、目的は対ウクライナ「和平協議」の可能性を探るものの由ですが、さてどのような展開となるものか?
岸田首相はこの5月のG7の議長国として上記 国際事情に照らし、去る3月19日、「グローバルサウス」との安保や経済面で協力する方策を協議すべくインドを訪問、この秋開催のG20では議長を務めるモデイ首相との会談に臨み、その帰路では隠密裏に(完全な情報管制の下、空路と鉄道経由で)ウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談を行い、「G7としての支援」を伝え、激励を果たす処です。日本の首相が、戦闘の続く国・地域を訪れるのは、戦後初となる出来事でした。
こうした、これまでにない文脈で語られる変化、地政学的変化を指して、Mohamed A. El-Erian氏 (President of Queens’ College at The University of Cambridge) は論壇、Project Syndicate, Mar.8 ,2023 への寄稿では、Fragmented Globalizationの言葉を以って総括する一方、京大教授の中西寛氏は2023年2月9日付日経では、ロシアの中・印への依存やインド太平洋諸国と欧州の接近は、今次戦争の行方に拘わらず、国際政治の重心が大西洋からインド太平洋へ、北半球から南半球へと移行しつつあること、そしてグローバリゼーションや地球環境の命運もこうした地域により左右されることを示唆している、とする処ですが、 要はこうした地政学的変動への洞察力が問われる処、安保政策はどうあるべきかが、実はこうした深い文脈で考えられて然るべきものと自身の反省を含め、思う処です。
それにつけても気がかりは,なお続く日本経済のゼロ成長です。3月9日、内閣府公表の2022年10~12月期GDP改定値は、前期比年率で0.1%と、速報値(0.6%増)から下方修正されるものでした。安保政策を固めた今、「新しい資本主義」を標榜する岸田政権が急ぐべきは、経済先進国の再建ではと思料するばかりです。
以上(2023/3/25)
2023年03月25日
2023年02月25日
2023年3月号 日米両首脳の施政方針演説に映ること - 林川眞善
― 目 次 ―
はじめに 明るさ増す経済指標、だが、・・・
(1)IMFが見通す2023年世界の景気動向
(2)Financial Times 、 Gillian Tett氏のダボス会議
1. 日本の政治・経済の現状
(1)岸田首相の施政方針演説
・内閣府公表のミニ「経済白書」とも併せ
(2)日銀総裁の交代人事
2.バイデン米大統領の施政方針演説と、対中輸出規制の行方
(1)米再生に向けたバイデン米大統領の施政方針演説
― remake America’s economy
(2)米中貿易の現状、そして米国の輸出規制の行方
おわりに 「ブレトンウッズ体制の終焉」と、私
---------------------------------------------------------------------------
はじめに 明るさ増す経済指標、だが、・・・
(1)IMFが見通す2023年、世界の景気動向
2023年1月30日、IMFは、今年、2023年の成長率予測を2.9%と発表、3か月前の予測値より0.2ポイント引き上げるものでした。これはウクライナ危機発生(2022/2/24)後で初の上方修正です。エネルギー等の価格高騰に米欧の急速な金融引き締めの影響で「世界の3分の1が景気後退に陥った」(ゲオルギエバ専務理事)との悲観論をにじませた昨年秋に比べ、世界景気には薄日が差すと見る処です。
当該見通し改善の最大の要因は、中国の状況変化に負う処とされています。つまり、経済活動や人の移動を制限していた「ゼロコロナ政策」を一挙に転換したことで、巨大市場の消費や企業の生産活動が活気づいてきたということで、23年の中国の経済成長率見通しは前回より、0.8ポイント高い5.2%に上げたと云うものです。(注)
(注)この点、ダボス会議(1/16~20) に登壇した中国の劉鶴副首相が世界に再び関わっていくと強調したことを受けての事とされています。が, China schoolの友人達は、これこそ中国経済の不振を裏付けるもので、中国が微笑外交に変わったとされるのも経済の不振奪回に向けて外資を呼び込もうとするものと云うのです。さて・・・。
又、米欧で懸念を呼ぶ物価上昇の勢いについてはやや鈍るとの見通しにあって、その背景として、中銀が政策金利引き下げのペースを落し、景気へのブレーキが弱まると判断する処、IMFは23年に「インフレ率低下への転換点」を向かえる可能性を指摘する処です。
つまり、内需が底堅い米国は3か月前より0.4ポイント高い1.4%, 暖冬でエネルギー高騰の圧力が緩むユーロ圏も0.2ポイント高い0.7%と見る処。英国はマイナス0.6%成長と主要国で唯一大幅悪化をみる処です。そして日本は0.2ポイント高い1.8成長との見通しです。これは昨年秋の経済対策の効果に加え、米欧と違い、金融緩和を修正していない事が追い風となっているとするもので、低位だが、米欧よりも高い成長率を保つとみる処です。以上からは、主要経済国が同時に景気後退に陥るような事態は遠のいたとの判断です。
ただThe Economist, Jan. 28,2023 は景気回復を示唆する指標が見え出したが、それでも、世界経済の現状は、Polycrisis or Polyrecovery?(複合クライシスか、複合回復か?) としながら、中国のゼロコロナ政策の解消で、中国経済の活性化はOKとしても、その結果は石油の輸入増を齎し、それが物価の上昇を招くことで世界インフレの火種となりかねずで、景気も物価も霧の中と、懸念を示す処、これこそが本音ではと思料する処です。
(2)Financial Times, Gillian Tet氏のダボス会議
序で乍ら、その‘インフレ’と云えば、Financial Timesのeditor, Gillian Tett氏が同紙、1月20日付で伝える論考は極めて興味深い指摘でした。というのも彼女は今年のダボス会議(1月16~20日)に参加し、そこに集まる世界のCEO達との会話からは、将来の成長について驚くほど楽観的だったと、そして、インフレに対する考え方ががらりと変わったことだと云うのでした。 彼女の論考のタイトルは「Four is the new two on inflation for investors.」。そこに見る楽観論の背景として、以下4点を挙げるのでした。
その1つは、前述の中国の変化で、劉鶴副首相が登壇し、中国経済の回復発言があり、2つは、長期的観点から動き出したSupply chainsの再編、更に3つ目は環境対応を挙げ、今「グリーンバッシング」が進行中だが、脱炭素への取り組みから手を引く企業はほとんどないこと、そして、4つ目として彼女の感性として、「the cultural zeitgeist」 (なんとも捉えにくい状況)を挙げるのです。
つまり、これまでのダボス会議参加者の大半は、国際競争で人件費と製品コスト抑え込める自由市場の世界に暮らしていると考えていたが、ロシアのウクライナ侵攻と米中関係の緊張、更には新型コロナウイルスのパンデミック、社会不安が世界に新たな政治経済の流れを生み出していること、そして政府の介入が増え、労使が一層対立し、保護主義の脅威が絶えない世界になってきたとし、これがいつまで続くものか誰も分からないし、そこにいたCEO達もわからないが、短期のみならず中期的にも、この新しい枠組みのあらゆる要素がインフレを齎すと感じていると、云うのです。 そしてもはやこれまでの低インフレ時代に戻ることはなく、「4%が新たな2%」と考える時期もある処、それも新たな政治経済の性質を無視したものとも云え、今は景気循環ではなく構造的な変化の節目にあるかどうかに目を向ける必要があると、強く指摘するのでした。
・日米両首脳の施政方針演説
処で、そうした上記環境にあって、日本では1月下旬、岸田首相が、そして米国では2月 始め、バイデン大統領が、夫々、所信表明演説を行っています。更に日本では10年続いた日銀総裁の交代人事も動く処です。勿論そこに映るのは、民主主義を基盤として国民に資する経済の運営を目指す筈の政治です。そこで今次論考では両首脳が語る施政方針に照らしつつ、国民に資する経済の何たるかについて考察していきたいと思います。 尚、本稿draft中の18日夕刻、防衛省が、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の弾道ミサイル1発を発射し、日本の排他的水域(EEZ)内に落下したと推定されると発表しました。日本の安全保障問題の顕在化とも云える重大事件です。そこで、本件については別途とする事とします。
1.日本の政治・経済の現状 。
(1)岸田首相の施政方針演説
岸田首相は1月23日、第211回 国会開催の冒頭、政府が進めんとする施政方針について演説を行いました。 興味深かったのは、冒頭の発言でした。1月、5月の広島G7サミットに備えての欧米訪問の際、ある国の首脳から、何故日本では議会の事を、英語でParliamentではなく、Dietと呼ぶのかとの問いかけがあったことを紹介し、Dietとはラテン語で、それが意味する事は「国民の負託を受けた我われ議員が、この議場に集まり、国会での議論がスタートすること」と説明したことを紹介し、方針演説に向かったことでした。これは当たり前とも云える国会議論の重要性を、わざわざ冒頭に出したのは、決断と同時に説明不足と云った批判される場面が増えたためではと、メデイアは評する処です。
さて施政方針演説は「再び歴史の分岐点に立っている」と、日本の状況を説き、11項目ある各論に入るもので、今は明治維新と第2次世界大戦の習瀬に続く「転換点」だと位置づけるものでした。そして、最重視するテーマとして「少子化対策」に係る3本柱、「経済支援の拡大」、「子育てサービスの充実」そして「働き方改革」を掲げる処です。ただ筆者の最大の関心事は演説、第3項目の「防衛力の抜本的強化」でした。先の弊論考でも指摘したように国民を置き去りにして策定された安全保障政策にあったのですが、なんとも迫力のない、これが、Dietで提示される内容かと、愕然とする処でした。その点、弊論考読者の一部からの提案もあって、別途日本の安保についてミニ・ゼミを持った次第です。
一方、国民の最大関心事の一つであろう財政運営への言及も乏しく、低金利の下で規律が緩み、効果が疑問視される事業への支出が目立つ処、この際は総点検して経済成長につながる投資に国費を集中させるべきではと思う事、多々とする処でした。
・内閣府公表のミニ「経済白書」にも照らして
そうした思いを同じくするのが、2月3日、内閣府が公表したミニ経済白書「日本経済2022-2023」でした。そこでは10年来、低迷を託つ日本経済について、経済の地力を示す潜在成長率を引き上げるカギは「成長分野での投資」にあるとし、具体的には、半導体と電気自動車(EV)を挙げるのでした。
まず半導体産業については、「研究開発投資の規模が小さい」と指摘する処、世界的に、半導体は経済安保の観点から各国が重視しており、米国では527億ドル(約7兆円)、EUでは1345億ユーロ(約19億円)の投資計画が発表済みで、日本も累計2兆円規模の補助を出しているが「競争力強化のためには、更なる投資の拡大が求められる」とする処です。
もう一つの有望分野、EVについても「設備や研究開発投資の拡充が不可欠」と指摘する処です。因みに21年のメーカー別のシェアーを見ると、日本勢は2.9%にあって、中国(26%)や、米国(26%)と、その差の大きさを指摘する処です。世界の自動車販売に占めるEVの割合は21年に9%、30年には22%に拡大する見込みで、日本が強かったハイブリット車(HV)も「置き換えられていく」と危機感を示す処です。IT企業の参入などで競争は更に激しくなると見、手をこまねいていれば一段と埋没しかねないと警鐘を鳴らす処です。
日本は2035年までにすべての新車を電動車とするのが目標にあって、HVを含む内容の由ですが、現状は本格的なEVシフトにカジが切れていないとする処、世界に劣後する普及水準の押上は見通せないとし、白書は世界の構造変化に対応した投資が「成長経路を一段高いものとする上で重要」と総括する処です。これこそ上記施政方針で強く語られてしかるべき処ではと思料するばかりです。
それにしても足元の車生産は、コロナ感染の拡大、サプライチェーンの混乱で、大きく落ち込み、日本経済回復への重荷になっていると指摘される処、個別企業、とりわけトヨタ自動車の稼ぐ力に陰りが見えてきたことが気がかりとされる処です。因みに2022年4~12月期の原材料高の負担は前年同期から1兆1100億円増え、原価低減や車の値上げが追い付かない状況にあるとされる処です。EV専業の米テスラは純利益でトヨタを猛追。1台当たりの純利益ではトヨタがテスラの5分の1に留まっています。
この点、トヨタも2025年には米国でEV車の生産を始めるとしており、これまでの「全方位」モデルから投資の軸をEVに据えて競争の激化に備える由、報じられる処です。(日経, 2023/2/22) 尚、15日、米運輸省はテスラのEV車36万台についてリコールと認定する一方、23年1月末、米司法省が調査を始めたことを明らかにしており、暫し様子見です。
(注) トヨタ vs テスラ
売上高:27兆4640億円 8兆5590億円
純利益: 1兆8990億円 1兆2600億円
販売台数: 788万台、 100万台
車種数: 約50 4 (日経2023/2/10)
(2)日銀総裁の交代人事
2 月10日、黒田日銀総裁の後任に、岸田政府は経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏の起用を発表しました。すわ~10年間続いた異次元緩和の見直しと、騒がれる処、直後の記者のインタビューでは植田氏は、「金融緩和の継続が必要」との考えを示していましたが、それでも新総裁に期待されるのは膨れ上がった副作用を取り除くための異次元緩和の修正、金融政策のたて直しに他ならない処です。
では現総裁の黒田氏の10年間は何だったのか、です。彼は任命権者の安倍晋三元首相が進めたアベノミクスを体現する「最後の船頭」と云われる存在でした。 確かに2013年に始まった量的緩和は最初の2年間については高く評価できるものでした。確かに強いアナウンスメント効果による円安と株価上昇により、デフレの進行を止め景気回復の基礎を作ったと云えるのでしょうが、その後8年もの緩和はいかにも長すぎたと云うものです。これが結果として財政の膨張を許し、政府が発行する国債の引き受け先、つまり政府の金庫番となって、経済成長のための資金の循環は停滞していったことで、日本経済は10年を超す低成長を余儀なくされてきたと云うものです。
その指揮官たる日銀総裁の黒田氏は2023年4月8日を以って10年の任期を終えます。同総裁は、2013年4月の総裁就任の際、日銀の資金供給量を2倍にして、2年を念頭に2%の消費者物価の上昇を目指すと、つまり「2・2・2」を掲げてデビューを飾ったものでした。が、その目標は10年経った今も達成されないままにある処です。そして2月10日、後任の総裁に経済学者で、元日銀審議委員の植田和男氏の起用が発表され、「2・2・2」の看板の書き換えが始まる処、世のスズメどもは侃々諤々、新総裁への期待を含め、新政策のあり方について、とかくの論評が行きかう処です。
黒田氏は政策変更をしなかったと云う点で、一部では「ブレない人」と前向きに評価する向きもありますが、環境の変化への対応が遅れた事、そしてその結果として日本経済を歪んだものとしてしまった事への批判は免れない処です。そして、中央銀行としての日銀の独立性が見えなくなってしまったことが挙げられる処ですが、こうした構図は、安倍氏が凶弾に倒れたことで、一段と鮮明となったと云えそうです。
つまり、途中から金融政策は完全に経済政策からポリテイカルなものに変質してしまったこと、そして、上述の通り、ゼロ金利の環境下で財政規律が失われ、つまり日銀が大量の国債を引き受け、政府は簡単に借金を重ねる、事実上の財政フアイナンスが進み、真の問題である成長戦略が見失われていった事が指摘される処です。勿論これは中銀の担うべき役割から外れる処で、その結果が今日の経済状況を生んだと云われる処です。つまりは財政が持続可能でないと金融政策の正常化は難しいという事ですが、これも「政府・日銀のコード」(注)の存在が問題とも映る処です。それだけに学者出身の植田氏には、こうした問題への合理的な説明と対応をと、期待が集まると云うものです。
(注)「政府・日銀のコード」:2013/1/21,「デフレからの早期脱却と物価安定の下での
持続的な経済成長の実現に向け、政府および日銀の政策連携を強化し、一体となって
取り組む」と,安倍第2次政権発足翌月の2013年1月、両者で合意し、両者合意の共
同声明として発表されたものです。黒田氏は総裁就任時、当該コードを遵守し,2%の物
価安定目標を掲げ、いわゆる異次元の金融緩和を打ち出したが、その結果は周知の処。
2.バイデン米大統領の施政方針演説と、対中輸出規制の行方
・米大統領の年頭教書: 2月7日、バイデン大統領は米上下両院で2度目となる一般教書演説を行っています。米大統領が行う一般教書とは、大統領が向こう1年間、内政や外交でどのような政策に取り組むかを議会に伝えることを目的とするものです。ではその内容の如何で、以下、その概要をレビュー、考察する事とします。そして彼が対中政策として導入した輸出規制の行方についても、併せて考察する事とします。
(1)米再生を狙うバイデン米大統領の施政方針演説
米大統領が行う一般教書とは、大統領が向こう1年間、内政や外交でどのような政策に取り組むかを議会に伝えることを目的とするものです。今次演説の趣旨はremake America’s economyとするものでしたが、2024年の大統領戦を左右する中間層へのアピールを意識して内政に軸足を置いた結果、外交に割いた時間がわずかだったのが気がかりとする処です。
さて、バイデン氏は演説で「共和党の友人たちよ、新しい議会で私たちが協力できない理由などない」と、与野党協力の実現に向けた理想をこう語るところでした。というのも先の中間選挙で野党・共和党が下院で、僅差ながら政権与党・民主党を抑えたことで議会はねじれ状態となっており、共和党の協力なくして各種法案の成立は難しい環境にある為で、メデイアによると今次演説では、共和党員への言及が12回と、前回22年の約4倍に増えたと指摘する処でしたが、超党派で政策を進めたいとするバイデン氏の願望がにじみ出たと評される処です。
・まず内政面では、「米国の魂や根幹となる中間層を立て直し、国を統合するのが目指す国家像であり、その仕事を成し遂げるためにここに我々は送りだされたとし、米国の民主主義は南北戦争以来、最大の脅威に直面したと指摘しつつ「米国の民主主義は不屈だ」と表明する処、その発言は2021年1月6日の連邦議会襲撃を念頭に置くものと思料する処です。
そこでバイデン氏は、自分の抱く国家像について、国家の魂や根幹となる中間層を立て直し、国家を結束させる事と強調、更に根本的な変化を起こすため、経済をすべての人のために機能させ、すべての人がプライドを持てるようにするために大統領に出馬したと主張、経済を上からでなく、下から創り上げ、中間層を支えると強調。そして中間層がうまくいけば貧困層のはしごとなり、富裕層もうまくいくと主張する処です。 そしてこの流れを実証するものとして雇用の回復の実績を挙げ、併せてパンデミックの影響で海外の半導体工場が止まった影響に言及し、供給網の整備を進めるとし、とりわけ世界で最も強い経済を維持するためには最高のインフラが必要と強調すると共に、自分は資本主義者だが、最も裕福な人々や大企業には、公正な分け前を払わせたいと民主党カラーを強調するのです。
・更に外交面では、ロシアの侵攻が続く中、プーチンの侵略は我々の時代と米国、そして世界への試練だと断じ、我々はウクライナの人々と共に立ち上がったと謳うのでした。
更に、中国については、米国の技術革新や将来を左右する中国政府が支配しようとしている産業に投資すると云い、同盟国に投資し、先端技術が我々に敵対する目的でつかわれないよう努力すると云うのです。そして安定を維持し、攻撃を抑止するために米軍を近代化すると、そして今日、我々は中国や世界のどの国と競争するためにも、ここ数十年で最も強い立場にあるとし、米国の国益を前進させ、世界の利益となりうる分野においては中国との協力に努めると云うのでしたが、米中の緊張関係に改善の様相は見当たらずと云った処です。
ただ、中国が我々の主権を脅かせば、我々は米国を守る為に行動すると明言する処、中国との競争に勝つ目的の下に、我々は結束すべきと訴え、これらすべてをなしとげられる一つの理由があると云い、それは米国の民主主義そのものだと、する処です。
そして「おわりに」、我々は転換の時期に集まっている。我々の決断が今後数十年の米国と世界の道筋を決めると。そして、更に我々は歴史の傍観者ではない。我々に挑む力の前に無力ではない。我々は時代の試練に直面し、選択の時を迎えていると、締めるのでした。
(日経2023/2/9掲載、「バイデン米大統領一般教書演説」、ホワイトハウス発表の草稿に基づく)
さて、The Economist.2023/2/4~10の巻頭言、‘Big ,green and mean’ ではBiden’s plan to remake the economy is ambitious, risky, confused and selfish -but it could help save the planetとやや皮肉な評価を下す処です。
バイデン氏としては 超党派で ‘米国を前に’と,したかった処でしょう。が、「ねじれ議会」が壁となって内政の停滞感が強まるとみられる中、バイデン氏が24年の大統領選で再選を目指すかどうか、未だしですが、もし続投となれば、今回の公約を1~2年で着実に実現できるかがポイントではと見る処です。
(2) 米中貿易の現状、そして米国の輸出規制の行方
・米商務省が7日発表した2022年の米中間貿易は、輸出で4年ぶりに最高を更新、輸出入の合計額は6905億ドル(約91兆円)。この内、米国の中国からの輸入額は5367億ドル、輸入額に占める比率の高まったのは玩具やプラステイック製品等の汎用品と云う。一方米国の対中輸出は1538億ドルと過去最高を更新。最も変化が大きかったのが大豆やトウモロコシ等を含む穀物類。一方、航空機や宇宙関連の輸出に占める比率は18年の14%から3%に落ち込んだ由で、米ボーイング製などの民間航空機は中国向けの最大輸出品だが、貿易戦争とコロナ危機で受注が低迷した結果とされる処です。 この点、中国は国産航空機の製造開発に力を入れると指摘される処、政治的緊張を抱えながら、企業は米中双方の巨大市場でビジネスを逃がすまいと動く姿を映す処とも云え、米ピーターソン国際経済研究所のバーグステン氏は「米国が中国を封じ込めようとしても失敗する。機能的なデカップリング戦略を模索しながらも世界経済は米中が引っ張っていくべき」とする処です。(日経 20023/2/8)
・ただ気がかりは保護主義に傾倒しだす?米国の姿勢です。
米政府は昨年10月、中国向け半導体輸出規制に強烈な縛りをかけています。これは中国の軍事デジタル化を食い止めるのが狙いとするもので、実践的には米政府は輸出管理法など矢継ぎ早に発動し、中国の個別企業を名指しして輸出を禁止しているのですが、米国が描く中国包囲網を築くには米国が呼びかける国際協調に日欧が加わる必要がある処、そこには戦後一貫して国際協調を呼びかけてきた米国が、保護主義に傾倒していく姿があって、今や戦略物資となった半導体が自由と市場原理を壊しているように見えると云うものです。まさにブレトンウッズ協定の夢遠くと、なる処です。
因みに2月15日バイデン政権はEV用充電器を巡って「バイ・アメリカン」の発動を示唆する処です。これも大統領選を視野に置いての自国製優遇政策と云う処でしょうが、米国が保護主義を強めて自国優先を貫けば欧州や日本など同盟国との摩擦がつよまり、中国に対抗する為の結束が揺るぎかねないと云うもので、事態の推移が気になる処です。
おわりに 「ブレトンウッズ体制の終焉」 と、私
この1月、待望の書を入手しました。米政府高官でイエール大学経営大学院の名誉学長、ジェフリー・ガーテン氏の手になる頭書タイトルの翻訳本です。 原題は、「Three Days Camp David (キャンプ・デービッドの3日間)」― `How a Secret Meeting in 1971 Transformed the Global Economy ’ で、 1971年8月の金・ドル交換の停止決定、世に云う「ニクソン・ショック」の顛末を記したもので、当時のニクソン大統領他、関係者の対応を巡る、言い換えればその工作裏話を綴るものです。
この著作を手にして想う事多々。とりわけ ‘終焉’ を喫した当日(日本時間、1971年8月16日)の経験ですが、その延長線上で今日に至る自分があったことを思うと、今尚、聊かの興奮を禁じ得ないのです。 と言っても学術的な話ではなく、友人仲間とワイワイやっていた夜の話で、この発表をTVで見ていた際の我々の行動でした。TVの臨時ニュースが伝える「金・ドル交換停止」という国際金融制度の変更ですが、その事の重大さに照らし、時差をも考慮し、とにかく海外の出先にいる仲間に、一報をと、全員が一斉にその店を飛び出し、会社に戻り、守衛に事情を説明しテレックスコーナーに忍び込み、さん孔テープのタイプに向かいポツリ、ポツリと打ち出し、作業を終えofficeを辞した時は、既に夜がしらけだす処でした。
その後と云うもの事態のフォローアップに連日振り回され、その翌年、筆者は米国(NY)に転勤で、東京とNYで当該ショックの対応に奔走させられる日々が続いただけに、この本を手にして聊かの興奮をもってその場を想い出させられる処です。そして本書序章に記された以下の記述こそは、筆者が身上として今日に至る行動様式の原点たるを再認識する処です。
「・・・1971年にアメリカがドルと金のリンクを断ち切った一方的かつ、強烈な政策のあと、世界経済に対するアメリカの関与が増え、国際機関に対する拠出などが大きくなり、アメリカと同盟国間の政策協調が進展した。確かに金・ドル交換停止でアメリカは西ヨーロッパ諸国と日本にショックを与えたが、ニクソンはさまざまな問題にアメリカの同盟国と共に考えながら対処しようと考えていた。 例を挙げれば、核兵器削減条約、世界の貧困問題、食料安全保障、高騰する石油価格、などなど。1971年時点でアメリカは、世界貿易の伸展が保護主義より優れていることをよく理解していたし、より良い通貨制度を追求し続けた。時間が経つにつれ経済と政治の関係は強くなっていき、間違った方向に行かなければ民主体制の国が強くなることはわかっていた。この信念は、ニクソンも彼の周りにいる専門家も理解していた。それより、西ヨーロッパ、日本との協力関係が40年以上続いたのである。1971年8月にアメリカは国際関係に大きなショックを与えたものの、拠って立つ政治哲学は、世界が直面する様々な大問題を一緒に解決する国々の利益を高める事にあった。 ・・・ 」
今から55年前、1968年、筆者は、Financial TimesのNY特派員、G・オーエン氏の著作「Industry in the U.S.A.」(Penguin Books, 1966)を翻訳出版(現代のアメリカ産業)した経緯もあり、それに重なる上記ニクソン・ショック物語は、今日に至る小生の思考形成の原点となる処です。今、この2つの本を机に並べながら、1963年春、大学を出て社会人となってからの60年という時空間に、改めてそうした想いを重ねる処です。(2023/2/24)
はじめに 明るさ増す経済指標、だが、・・・
(1)IMFが見通す2023年世界の景気動向
(2)Financial Times 、 Gillian Tett氏のダボス会議
1. 日本の政治・経済の現状
(1)岸田首相の施政方針演説
・内閣府公表のミニ「経済白書」とも併せ
(2)日銀総裁の交代人事
2.バイデン米大統領の施政方針演説と、対中輸出規制の行方
(1)米再生に向けたバイデン米大統領の施政方針演説
― remake America’s economy
(2)米中貿易の現状、そして米国の輸出規制の行方
おわりに 「ブレトンウッズ体制の終焉」と、私
---------------------------------------------------------------------------
はじめに 明るさ増す経済指標、だが、・・・
(1)IMFが見通す2023年、世界の景気動向
2023年1月30日、IMFは、今年、2023年の成長率予測を2.9%と発表、3か月前の予測値より0.2ポイント引き上げるものでした。これはウクライナ危機発生(2022/2/24)後で初の上方修正です。エネルギー等の価格高騰に米欧の急速な金融引き締めの影響で「世界の3分の1が景気後退に陥った」(ゲオルギエバ専務理事)との悲観論をにじませた昨年秋に比べ、世界景気には薄日が差すと見る処です。
当該見通し改善の最大の要因は、中国の状況変化に負う処とされています。つまり、経済活動や人の移動を制限していた「ゼロコロナ政策」を一挙に転換したことで、巨大市場の消費や企業の生産活動が活気づいてきたということで、23年の中国の経済成長率見通しは前回より、0.8ポイント高い5.2%に上げたと云うものです。(注)
(注)この点、ダボス会議(1/16~20) に登壇した中国の劉鶴副首相が世界に再び関わっていくと強調したことを受けての事とされています。が, China schoolの友人達は、これこそ中国経済の不振を裏付けるもので、中国が微笑外交に変わったとされるのも経済の不振奪回に向けて外資を呼び込もうとするものと云うのです。さて・・・。
又、米欧で懸念を呼ぶ物価上昇の勢いについてはやや鈍るとの見通しにあって、その背景として、中銀が政策金利引き下げのペースを落し、景気へのブレーキが弱まると判断する処、IMFは23年に「インフレ率低下への転換点」を向かえる可能性を指摘する処です。
つまり、内需が底堅い米国は3か月前より0.4ポイント高い1.4%, 暖冬でエネルギー高騰の圧力が緩むユーロ圏も0.2ポイント高い0.7%と見る処。英国はマイナス0.6%成長と主要国で唯一大幅悪化をみる処です。そして日本は0.2ポイント高い1.8成長との見通しです。これは昨年秋の経済対策の効果に加え、米欧と違い、金融緩和を修正していない事が追い風となっているとするもので、低位だが、米欧よりも高い成長率を保つとみる処です。以上からは、主要経済国が同時に景気後退に陥るような事態は遠のいたとの判断です。
ただThe Economist, Jan. 28,2023 は景気回復を示唆する指標が見え出したが、それでも、世界経済の現状は、Polycrisis or Polyrecovery?(複合クライシスか、複合回復か?) としながら、中国のゼロコロナ政策の解消で、中国経済の活性化はOKとしても、その結果は石油の輸入増を齎し、それが物価の上昇を招くことで世界インフレの火種となりかねずで、景気も物価も霧の中と、懸念を示す処、これこそが本音ではと思料する処です。
(2)Financial Times, Gillian Tet氏のダボス会議
序で乍ら、その‘インフレ’と云えば、Financial Timesのeditor, Gillian Tett氏が同紙、1月20日付で伝える論考は極めて興味深い指摘でした。というのも彼女は今年のダボス会議(1月16~20日)に参加し、そこに集まる世界のCEO達との会話からは、将来の成長について驚くほど楽観的だったと、そして、インフレに対する考え方ががらりと変わったことだと云うのでした。 彼女の論考のタイトルは「Four is the new two on inflation for investors.」。そこに見る楽観論の背景として、以下4点を挙げるのでした。
その1つは、前述の中国の変化で、劉鶴副首相が登壇し、中国経済の回復発言があり、2つは、長期的観点から動き出したSupply chainsの再編、更に3つ目は環境対応を挙げ、今「グリーンバッシング」が進行中だが、脱炭素への取り組みから手を引く企業はほとんどないこと、そして、4つ目として彼女の感性として、「the cultural zeitgeist」 (なんとも捉えにくい状況)を挙げるのです。
つまり、これまでのダボス会議参加者の大半は、国際競争で人件費と製品コスト抑え込める自由市場の世界に暮らしていると考えていたが、ロシアのウクライナ侵攻と米中関係の緊張、更には新型コロナウイルスのパンデミック、社会不安が世界に新たな政治経済の流れを生み出していること、そして政府の介入が増え、労使が一層対立し、保護主義の脅威が絶えない世界になってきたとし、これがいつまで続くものか誰も分からないし、そこにいたCEO達もわからないが、短期のみならず中期的にも、この新しい枠組みのあらゆる要素がインフレを齎すと感じていると、云うのです。 そしてもはやこれまでの低インフレ時代に戻ることはなく、「4%が新たな2%」と考える時期もある処、それも新たな政治経済の性質を無視したものとも云え、今は景気循環ではなく構造的な変化の節目にあるかどうかに目を向ける必要があると、強く指摘するのでした。
・日米両首脳の施政方針演説
処で、そうした上記環境にあって、日本では1月下旬、岸田首相が、そして米国では2月 始め、バイデン大統領が、夫々、所信表明演説を行っています。更に日本では10年続いた日銀総裁の交代人事も動く処です。勿論そこに映るのは、民主主義を基盤として国民に資する経済の運営を目指す筈の政治です。そこで今次論考では両首脳が語る施政方針に照らしつつ、国民に資する経済の何たるかについて考察していきたいと思います。 尚、本稿draft中の18日夕刻、防衛省が、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の弾道ミサイル1発を発射し、日本の排他的水域(EEZ)内に落下したと推定されると発表しました。日本の安全保障問題の顕在化とも云える重大事件です。そこで、本件については別途とする事とします。
1.日本の政治・経済の現状 。
(1)岸田首相の施政方針演説
岸田首相は1月23日、第211回 国会開催の冒頭、政府が進めんとする施政方針について演説を行いました。 興味深かったのは、冒頭の発言でした。1月、5月の広島G7サミットに備えての欧米訪問の際、ある国の首脳から、何故日本では議会の事を、英語でParliamentではなく、Dietと呼ぶのかとの問いかけがあったことを紹介し、Dietとはラテン語で、それが意味する事は「国民の負託を受けた我われ議員が、この議場に集まり、国会での議論がスタートすること」と説明したことを紹介し、方針演説に向かったことでした。これは当たり前とも云える国会議論の重要性を、わざわざ冒頭に出したのは、決断と同時に説明不足と云った批判される場面が増えたためではと、メデイアは評する処です。
さて施政方針演説は「再び歴史の分岐点に立っている」と、日本の状況を説き、11項目ある各論に入るもので、今は明治維新と第2次世界大戦の習瀬に続く「転換点」だと位置づけるものでした。そして、最重視するテーマとして「少子化対策」に係る3本柱、「経済支援の拡大」、「子育てサービスの充実」そして「働き方改革」を掲げる処です。ただ筆者の最大の関心事は演説、第3項目の「防衛力の抜本的強化」でした。先の弊論考でも指摘したように国民を置き去りにして策定された安全保障政策にあったのですが、なんとも迫力のない、これが、Dietで提示される内容かと、愕然とする処でした。その点、弊論考読者の一部からの提案もあって、別途日本の安保についてミニ・ゼミを持った次第です。
一方、国民の最大関心事の一つであろう財政運営への言及も乏しく、低金利の下で規律が緩み、効果が疑問視される事業への支出が目立つ処、この際は総点検して経済成長につながる投資に国費を集中させるべきではと思う事、多々とする処でした。
・内閣府公表のミニ「経済白書」にも照らして
そうした思いを同じくするのが、2月3日、内閣府が公表したミニ経済白書「日本経済2022-2023」でした。そこでは10年来、低迷を託つ日本経済について、経済の地力を示す潜在成長率を引き上げるカギは「成長分野での投資」にあるとし、具体的には、半導体と電気自動車(EV)を挙げるのでした。
まず半導体産業については、「研究開発投資の規模が小さい」と指摘する処、世界的に、半導体は経済安保の観点から各国が重視しており、米国では527億ドル(約7兆円)、EUでは1345億ユーロ(約19億円)の投資計画が発表済みで、日本も累計2兆円規模の補助を出しているが「競争力強化のためには、更なる投資の拡大が求められる」とする処です。
もう一つの有望分野、EVについても「設備や研究開発投資の拡充が不可欠」と指摘する処です。因みに21年のメーカー別のシェアーを見ると、日本勢は2.9%にあって、中国(26%)や、米国(26%)と、その差の大きさを指摘する処です。世界の自動車販売に占めるEVの割合は21年に9%、30年には22%に拡大する見込みで、日本が強かったハイブリット車(HV)も「置き換えられていく」と危機感を示す処です。IT企業の参入などで競争は更に激しくなると見、手をこまねいていれば一段と埋没しかねないと警鐘を鳴らす処です。
日本は2035年までにすべての新車を電動車とするのが目標にあって、HVを含む内容の由ですが、現状は本格的なEVシフトにカジが切れていないとする処、世界に劣後する普及水準の押上は見通せないとし、白書は世界の構造変化に対応した投資が「成長経路を一段高いものとする上で重要」と総括する処です。これこそ上記施政方針で強く語られてしかるべき処ではと思料するばかりです。
それにしても足元の車生産は、コロナ感染の拡大、サプライチェーンの混乱で、大きく落ち込み、日本経済回復への重荷になっていると指摘される処、個別企業、とりわけトヨタ自動車の稼ぐ力に陰りが見えてきたことが気がかりとされる処です。因みに2022年4~12月期の原材料高の負担は前年同期から1兆1100億円増え、原価低減や車の値上げが追い付かない状況にあるとされる処です。EV専業の米テスラは純利益でトヨタを猛追。1台当たりの純利益ではトヨタがテスラの5分の1に留まっています。
この点、トヨタも2025年には米国でEV車の生産を始めるとしており、これまでの「全方位」モデルから投資の軸をEVに据えて競争の激化に備える由、報じられる処です。(日経, 2023/2/22) 尚、15日、米運輸省はテスラのEV車36万台についてリコールと認定する一方、23年1月末、米司法省が調査を始めたことを明らかにしており、暫し様子見です。
(注) トヨタ vs テスラ
売上高:27兆4640億円 8兆5590億円
純利益: 1兆8990億円 1兆2600億円
販売台数: 788万台、 100万台
車種数: 約50 4 (日経2023/2/10)
(2)日銀総裁の交代人事
2 月10日、黒田日銀総裁の後任に、岸田政府は経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏の起用を発表しました。すわ~10年間続いた異次元緩和の見直しと、騒がれる処、直後の記者のインタビューでは植田氏は、「金融緩和の継続が必要」との考えを示していましたが、それでも新総裁に期待されるのは膨れ上がった副作用を取り除くための異次元緩和の修正、金融政策のたて直しに他ならない処です。
では現総裁の黒田氏の10年間は何だったのか、です。彼は任命権者の安倍晋三元首相が進めたアベノミクスを体現する「最後の船頭」と云われる存在でした。 確かに2013年に始まった量的緩和は最初の2年間については高く評価できるものでした。確かに強いアナウンスメント効果による円安と株価上昇により、デフレの進行を止め景気回復の基礎を作ったと云えるのでしょうが、その後8年もの緩和はいかにも長すぎたと云うものです。これが結果として財政の膨張を許し、政府が発行する国債の引き受け先、つまり政府の金庫番となって、経済成長のための資金の循環は停滞していったことで、日本経済は10年を超す低成長を余儀なくされてきたと云うものです。
その指揮官たる日銀総裁の黒田氏は2023年4月8日を以って10年の任期を終えます。同総裁は、2013年4月の総裁就任の際、日銀の資金供給量を2倍にして、2年を念頭に2%の消費者物価の上昇を目指すと、つまり「2・2・2」を掲げてデビューを飾ったものでした。が、その目標は10年経った今も達成されないままにある処です。そして2月10日、後任の総裁に経済学者で、元日銀審議委員の植田和男氏の起用が発表され、「2・2・2」の看板の書き換えが始まる処、世のスズメどもは侃々諤々、新総裁への期待を含め、新政策のあり方について、とかくの論評が行きかう処です。
黒田氏は政策変更をしなかったと云う点で、一部では「ブレない人」と前向きに評価する向きもありますが、環境の変化への対応が遅れた事、そしてその結果として日本経済を歪んだものとしてしまった事への批判は免れない処です。そして、中央銀行としての日銀の独立性が見えなくなってしまったことが挙げられる処ですが、こうした構図は、安倍氏が凶弾に倒れたことで、一段と鮮明となったと云えそうです。
つまり、途中から金融政策は完全に経済政策からポリテイカルなものに変質してしまったこと、そして、上述の通り、ゼロ金利の環境下で財政規律が失われ、つまり日銀が大量の国債を引き受け、政府は簡単に借金を重ねる、事実上の財政フアイナンスが進み、真の問題である成長戦略が見失われていった事が指摘される処です。勿論これは中銀の担うべき役割から外れる処で、その結果が今日の経済状況を生んだと云われる処です。つまりは財政が持続可能でないと金融政策の正常化は難しいという事ですが、これも「政府・日銀のコード」(注)の存在が問題とも映る処です。それだけに学者出身の植田氏には、こうした問題への合理的な説明と対応をと、期待が集まると云うものです。
(注)「政府・日銀のコード」:2013/1/21,「デフレからの早期脱却と物価安定の下での
持続的な経済成長の実現に向け、政府および日銀の政策連携を強化し、一体となって
取り組む」と,安倍第2次政権発足翌月の2013年1月、両者で合意し、両者合意の共
同声明として発表されたものです。黒田氏は総裁就任時、当該コードを遵守し,2%の物
価安定目標を掲げ、いわゆる異次元の金融緩和を打ち出したが、その結果は周知の処。
2.バイデン米大統領の施政方針演説と、対中輸出規制の行方
・米大統領の年頭教書: 2月7日、バイデン大統領は米上下両院で2度目となる一般教書演説を行っています。米大統領が行う一般教書とは、大統領が向こう1年間、内政や外交でどのような政策に取り組むかを議会に伝えることを目的とするものです。ではその内容の如何で、以下、その概要をレビュー、考察する事とします。そして彼が対中政策として導入した輸出規制の行方についても、併せて考察する事とします。
(1)米再生を狙うバイデン米大統領の施政方針演説
米大統領が行う一般教書とは、大統領が向こう1年間、内政や外交でどのような政策に取り組むかを議会に伝えることを目的とするものです。今次演説の趣旨はremake America’s economyとするものでしたが、2024年の大統領戦を左右する中間層へのアピールを意識して内政に軸足を置いた結果、外交に割いた時間がわずかだったのが気がかりとする処です。
さて、バイデン氏は演説で「共和党の友人たちよ、新しい議会で私たちが協力できない理由などない」と、与野党協力の実現に向けた理想をこう語るところでした。というのも先の中間選挙で野党・共和党が下院で、僅差ながら政権与党・民主党を抑えたことで議会はねじれ状態となっており、共和党の協力なくして各種法案の成立は難しい環境にある為で、メデイアによると今次演説では、共和党員への言及が12回と、前回22年の約4倍に増えたと指摘する処でしたが、超党派で政策を進めたいとするバイデン氏の願望がにじみ出たと評される処です。
・まず内政面では、「米国の魂や根幹となる中間層を立て直し、国を統合するのが目指す国家像であり、その仕事を成し遂げるためにここに我々は送りだされたとし、米国の民主主義は南北戦争以来、最大の脅威に直面したと指摘しつつ「米国の民主主義は不屈だ」と表明する処、その発言は2021年1月6日の連邦議会襲撃を念頭に置くものと思料する処です。
そこでバイデン氏は、自分の抱く国家像について、国家の魂や根幹となる中間層を立て直し、国家を結束させる事と強調、更に根本的な変化を起こすため、経済をすべての人のために機能させ、すべての人がプライドを持てるようにするために大統領に出馬したと主張、経済を上からでなく、下から創り上げ、中間層を支えると強調。そして中間層がうまくいけば貧困層のはしごとなり、富裕層もうまくいくと主張する処です。 そしてこの流れを実証するものとして雇用の回復の実績を挙げ、併せてパンデミックの影響で海外の半導体工場が止まった影響に言及し、供給網の整備を進めるとし、とりわけ世界で最も強い経済を維持するためには最高のインフラが必要と強調すると共に、自分は資本主義者だが、最も裕福な人々や大企業には、公正な分け前を払わせたいと民主党カラーを強調するのです。
・更に外交面では、ロシアの侵攻が続く中、プーチンの侵略は我々の時代と米国、そして世界への試練だと断じ、我々はウクライナの人々と共に立ち上がったと謳うのでした。
更に、中国については、米国の技術革新や将来を左右する中国政府が支配しようとしている産業に投資すると云い、同盟国に投資し、先端技術が我々に敵対する目的でつかわれないよう努力すると云うのです。そして安定を維持し、攻撃を抑止するために米軍を近代化すると、そして今日、我々は中国や世界のどの国と競争するためにも、ここ数十年で最も強い立場にあるとし、米国の国益を前進させ、世界の利益となりうる分野においては中国との協力に努めると云うのでしたが、米中の緊張関係に改善の様相は見当たらずと云った処です。
ただ、中国が我々の主権を脅かせば、我々は米国を守る為に行動すると明言する処、中国との競争に勝つ目的の下に、我々は結束すべきと訴え、これらすべてをなしとげられる一つの理由があると云い、それは米国の民主主義そのものだと、する処です。
そして「おわりに」、我々は転換の時期に集まっている。我々の決断が今後数十年の米国と世界の道筋を決めると。そして、更に我々は歴史の傍観者ではない。我々に挑む力の前に無力ではない。我々は時代の試練に直面し、選択の時を迎えていると、締めるのでした。
(日経2023/2/9掲載、「バイデン米大統領一般教書演説」、ホワイトハウス発表の草稿に基づく)
さて、The Economist.2023/2/4~10の巻頭言、‘Big ,green and mean’ ではBiden’s plan to remake the economy is ambitious, risky, confused and selfish -but it could help save the planetとやや皮肉な評価を下す処です。
バイデン氏としては 超党派で ‘米国を前に’と,したかった処でしょう。が、「ねじれ議会」が壁となって内政の停滞感が強まるとみられる中、バイデン氏が24年の大統領選で再選を目指すかどうか、未だしですが、もし続投となれば、今回の公約を1~2年で着実に実現できるかがポイントではと見る処です。
(2) 米中貿易の現状、そして米国の輸出規制の行方
・米商務省が7日発表した2022年の米中間貿易は、輸出で4年ぶりに最高を更新、輸出入の合計額は6905億ドル(約91兆円)。この内、米国の中国からの輸入額は5367億ドル、輸入額に占める比率の高まったのは玩具やプラステイック製品等の汎用品と云う。一方米国の対中輸出は1538億ドルと過去最高を更新。最も変化が大きかったのが大豆やトウモロコシ等を含む穀物類。一方、航空機や宇宙関連の輸出に占める比率は18年の14%から3%に落ち込んだ由で、米ボーイング製などの民間航空機は中国向けの最大輸出品だが、貿易戦争とコロナ危機で受注が低迷した結果とされる処です。 この点、中国は国産航空機の製造開発に力を入れると指摘される処、政治的緊張を抱えながら、企業は米中双方の巨大市場でビジネスを逃がすまいと動く姿を映す処とも云え、米ピーターソン国際経済研究所のバーグステン氏は「米国が中国を封じ込めようとしても失敗する。機能的なデカップリング戦略を模索しながらも世界経済は米中が引っ張っていくべき」とする処です。(日経 20023/2/8)
・ただ気がかりは保護主義に傾倒しだす?米国の姿勢です。
米政府は昨年10月、中国向け半導体輸出規制に強烈な縛りをかけています。これは中国の軍事デジタル化を食い止めるのが狙いとするもので、実践的には米政府は輸出管理法など矢継ぎ早に発動し、中国の個別企業を名指しして輸出を禁止しているのですが、米国が描く中国包囲網を築くには米国が呼びかける国際協調に日欧が加わる必要がある処、そこには戦後一貫して国際協調を呼びかけてきた米国が、保護主義に傾倒していく姿があって、今や戦略物資となった半導体が自由と市場原理を壊しているように見えると云うものです。まさにブレトンウッズ協定の夢遠くと、なる処です。
因みに2月15日バイデン政権はEV用充電器を巡って「バイ・アメリカン」の発動を示唆する処です。これも大統領選を視野に置いての自国製優遇政策と云う処でしょうが、米国が保護主義を強めて自国優先を貫けば欧州や日本など同盟国との摩擦がつよまり、中国に対抗する為の結束が揺るぎかねないと云うもので、事態の推移が気になる処です。
おわりに 「ブレトンウッズ体制の終焉」 と、私
この1月、待望の書を入手しました。米政府高官でイエール大学経営大学院の名誉学長、ジェフリー・ガーテン氏の手になる頭書タイトルの翻訳本です。 原題は、「Three Days Camp David (キャンプ・デービッドの3日間)」― `How a Secret Meeting in 1971 Transformed the Global Economy ’ で、 1971年8月の金・ドル交換の停止決定、世に云う「ニクソン・ショック」の顛末を記したもので、当時のニクソン大統領他、関係者の対応を巡る、言い換えればその工作裏話を綴るものです。
この著作を手にして想う事多々。とりわけ ‘終焉’ を喫した当日(日本時間、1971年8月16日)の経験ですが、その延長線上で今日に至る自分があったことを思うと、今尚、聊かの興奮を禁じ得ないのです。 と言っても学術的な話ではなく、友人仲間とワイワイやっていた夜の話で、この発表をTVで見ていた際の我々の行動でした。TVの臨時ニュースが伝える「金・ドル交換停止」という国際金融制度の変更ですが、その事の重大さに照らし、時差をも考慮し、とにかく海外の出先にいる仲間に、一報をと、全員が一斉にその店を飛び出し、会社に戻り、守衛に事情を説明しテレックスコーナーに忍び込み、さん孔テープのタイプに向かいポツリ、ポツリと打ち出し、作業を終えofficeを辞した時は、既に夜がしらけだす処でした。
その後と云うもの事態のフォローアップに連日振り回され、その翌年、筆者は米国(NY)に転勤で、東京とNYで当該ショックの対応に奔走させられる日々が続いただけに、この本を手にして聊かの興奮をもってその場を想い出させられる処です。そして本書序章に記された以下の記述こそは、筆者が身上として今日に至る行動様式の原点たるを再認識する処です。
「・・・1971年にアメリカがドルと金のリンクを断ち切った一方的かつ、強烈な政策のあと、世界経済に対するアメリカの関与が増え、国際機関に対する拠出などが大きくなり、アメリカと同盟国間の政策協調が進展した。確かに金・ドル交換停止でアメリカは西ヨーロッパ諸国と日本にショックを与えたが、ニクソンはさまざまな問題にアメリカの同盟国と共に考えながら対処しようと考えていた。 例を挙げれば、核兵器削減条約、世界の貧困問題、食料安全保障、高騰する石油価格、などなど。1971年時点でアメリカは、世界貿易の伸展が保護主義より優れていることをよく理解していたし、より良い通貨制度を追求し続けた。時間が経つにつれ経済と政治の関係は強くなっていき、間違った方向に行かなければ民主体制の国が強くなることはわかっていた。この信念は、ニクソンも彼の周りにいる専門家も理解していた。それより、西ヨーロッパ、日本との協力関係が40年以上続いたのである。1971年8月にアメリカは国際関係に大きなショックを与えたものの、拠って立つ政治哲学は、世界が直面する様々な大問題を一緒に解決する国々の利益を高める事にあった。 ・・・ 」
今から55年前、1968年、筆者は、Financial TimesのNY特派員、G・オーエン氏の著作「Industry in the U.S.A.」(Penguin Books, 1966)を翻訳出版(現代のアメリカ産業)した経緯もあり、それに重なる上記ニクソン・ショック物語は、今日に至る小生の思考形成の原点となる処です。今、この2つの本を机に並べながら、1963年春、大学を出て社会人となってからの60年という時空間に、改めてそうした想いを重ねる処です。(2023/2/24)
2023年01月26日
2023年2月号 新時代の「国の防衛」を問う - 林川眞善
― 目 次 ―
はじめに Martin Wolf, Financial Times と共に
[1] 2023年5月、G7広島サミット、そして日本の新安保政策
1. G7広島サミットを前に, 欧米行脚の岸田首相
2.日本の新たな安保政策と日米同盟の変質
[2] 中国経済はどう動く
(1) 中国経済の変質?を示唆する二つの指標
(2) The Economistの見る、中国経済回復の行方
おわりに.この冬、旅先で思う
------------------------------------------------------------
はじめに Martin Wolf, Financial Times と共に思う
昨年2022年の暮れ、F.T.のMartin Wolf記者の2023年につなぐ言葉は、我々にとってエールとなるものでした。そのタイトルは、Glimmers of flight in a terrible year ― From the return of the west to the triumph of democracy, not everything that happened in 2022 was bad. by Martin Wolf( Financial Times 2022/12/21) そこでまず、その概要を以下に紹介する事から始めたいと思います。―
➀ 昨年のレビュー総括:失敗だらけの2022年、
・邪悪な独裁者の侵攻、インフレの高進と実質所得の低下。IMFによると低所得国の60%は債務返済が無理か、これからそうなるリスクは高い。
・米中の関係解消、2大大国を軸とした経済ブロック化に向かう動きは顕在化
・COP27は失敗に終わった。
・パンデミックからの完全回復は見られず。世界の最貧国の状況は深刻。
➁ ウクライナ侵攻が民主主義の価値観を共有する国々を結束させた。
NATOにとって再生の時に,ドイツにとっては「時代の変わり目」に。フィンランドとスエーデンにとっては中立を拒絶すると時なった。ゼレンスキーはプロパガンダ戦争にあっさ
り勝利し西側の英雄に。一方、強権的指導者のプーチンそして習近平も弱くなったし,彼の
ゼロコロナは屈辱の内に終わった。― つまり、堕落した民主主義よりも古代中国の専制政治の方が立派な統治が行えるとの主張は崩れた。
③ トランプ衰退と英国で見えた民主主義の価値
米中間選挙でトランプの推薦候補がすべて落選。今、トランプが国家への反乱を試みたことが白日の下に。一方苦境の英国ではジョンソンを首相の座から引きずり下ろし、能力のないリズ・トラスを在任44日で官邸から追い出した。が、その過程で誰かが命を落とすことはなかった。なお、世論調査では英国民の51%はBrexit を悔やんでおり、世論の変化により、将来の政権は再びEUに接近させられるはずだ。
④ 2023年の経済
インフレ「期待」は制御されている。2023年は米国、その他国々でインフレ制御の公算あ
りで、その後には成長への回復が続くと見る。そしてグローバル化も死んではいない。
つまり、脱グローバル化というより、ペースの鈍化だ。米国はともかくそのほかの世界では、繁栄するには貿易の活発化が必要であることを、理解していると。
そして、IMFは世界の財・サービスの貿易量は2022年4.3%増と予想。これが興味深いことは財の貿易量の伸び率2.9%よりも高いことだ。つまり、サービスの貿易が伸びを牽引し
ているわけで、因みに2021年は財・サービスの貿易の伸び率が10.1%で、そのうち財の
伸び率が10.8%だった。又、世界のGDPの伸び率は2021年が6%だったに対して、2022年は3.2%に留まると予想されている。従って世界は脱グローバル化しているわけではない。以前ほどには貿易は伸びていないだけだ。つまり、グローバル化はもう以前のようなペースでは拡大できない。だが機能しているし、世界経済も成長し続けている。
➄ 最後に、コロナ禍がついに過去のものに
めちゃくちゃで統制の取れないやり方にせよ、世界は新型コロナを過去のものにしつつあ
る。これはワクチンに負う処大。ワクチンはもっと世界に行き渡らせるべきだ。悪性の
変異株が登場する公算は大きく、新たなパンデミックが始まる可能性もある。それでもこ
れは進歩だ。世界の危険や不正、紛争、失敗を目の当たりにして途方に暮れてしまうのは
たやすい。確かにそうした問題は十分にある。だが、今年(2022年)起きたことがすべて
災難だったわけではない。民主主義、法の支配、経済の進歩の継続、世界の経済的統合、
健全な金融市場、そして通貨安定などの価値を信じる我々にとって、2022年は完全に悪い
年だったわけではない。それでも2023年がもっと良い年になることを祈願しよう。
さて、上記、M.ウルフ氏描く環境変化を拝しながら、新年、2023年がスタートしました。
プーチンが仕掛けたウクライナ侵攻は未だ止むことはありませんが、そうした中、2023年5月には広島でG7Summitの開催が予定され、議長国日本の岸田首相には、G7として結束し、如何ように世界を誘導していく事とするのか、極めて重責を託つ処ですが、それは日本として外交力の「抜本的強化」に動く年とも映る処です。 その視点は、先の弊論考で提唱したキワード、国際秩序に向けた「協調」行動の確立と、符合する処、次世代への「挑戦」に向けた行動とも符号する処です。 勿論、それは世界の中の日本の在り方を問うプロセスとも云え、上記ウルフ氏の祈願にも応える処ではと思料するのです。そこで、この際は広島サミットを中心としながら日本を取まく安全保障環境、とりわけ日米関係について考察する事とします。
そして、もう一つ気がかりは、「ゼロコロナ」政策を打ち切った中国の動きです。1月17日、中国政府が同時発表した二つの経済指標、2022年末の総人口統計と中国経済GDP指標ですが、いずれもnegativeにあって、時に中国経済の行方が世界経済のリスク要因とも映る処、その現状についても併せて、考察したいと思っています。
[1] 2023年5月、G7広島サミットと、日本の新安保政策
1. G7広島サミットを前に、欧米行脚に向かった岸田首相
上述5月19日からの3日間、広島でG7サミットが開催予定ですが、開催国日本の岸田首相は議長としてG7の連帯を確実なものとし、以って揺るぎない国際秩序の構築に向け、取り仕切っていく事が期待される処です。 1月9日、その重責を全うするための準備として、22年に首脳が相互に訪問したドイツを除き、フランス、イタリア、英国、カナダ、米国の順で各首脳を歴訪、サミットを前に個別に信頼関係を築き、腹合わせを進める処です。
その概要は、都度、各メデイアの報じる処、その成果は5月の広島サミットでの議論の主題となる処、当該議論を経て、これからの世界、自由主義諸国の運営シナリオが示されていくことになるものと思料する処です。ただ今次サミットでの最大の課題はウクライナ情勢への対応であり、ロシアへの制裁やウクライナ支援の継続を申し合わせることになるものと思料する処、更に岸田首相は、ロシアの核による脅威を受け止め、自身の出身地、唯一の被爆地・広島を今次、サミットの拠点とすることで、「核兵器のない世界」の気運を高める機会ともする様相です。
勿論、岸田首相が狙うのがG7で唯一のアジアの国という立場から、東アジアの激しい安全保障環境への対応協力を取り付ける事、更に日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」の実現にも理解と具体的協力を求めんとする処、世界のリスクが今や当該地域に集中する事態に欧州諸国も強く理解する処、今次の欧州首脳との事前のすり合わせは、日欧安保を一挙に近づける結果となったと認識され、そのタイミングにも評価の集まる処でした。
そして1月13日、ワシントンで行われた日米首脳会談はそうしたスケジュールのハイライトとなるものでした。つまり岸田首相は、昨年12月16日、閣議決定した新たな安全保障政策となる防衛3文書を携え日米首脳会談に臨み、戦後安保の転換を示唆する「反撃能力の保有」を明示したことで、バイデン氏からは当該新安保政策を以って日米同盟の現代化となるものと高い評価を得、同盟関係の一層の強化が確認されたとする処, 以って5月の広島サミットへの対応準備が整ったと,いう処でしょうか。
(注)歴訪5か国首脳との確認事項,等
・フランス:マクロン大統領(9~10日) 日仏安保協力推進
・イタリア:メローニ首相(10~11日)19年の中国「一帯一路」への参加は間違いと。
・英国:スナク首相(11~12) 日英「円滑化協定(RAA)」締結、英国のTPP加盟
・カナダ:トルドー首相(12~13)両国関係の一層の強化に向け協力したい。
・米国:バイデン大統領 (13~15) 同盟関係の更なる強化(別記)
尚、もう一つ岸田首相が重視するテーマは、途上国を意味するglobal southとの結束だとしていましたが、それは中国やロシア等の覇権主義に国際社会として対抗するには途上国との関係が重要とのなるためとの認識を映す処です。因みに、1月4日の記者会見では「対立や分断が顕在化する国際社会を結束させるためにグローバルサウスとの関係を一層強化し、食料・エネルギー危機に対応していく」と語る処でした。
果せるかな1月12・13日、インド政府の主導による「グローバルサウスの声サミット」会合がオンラインで開かれ、モデイ氏は以下のような発言をしているのです。―「私たち『グローバルサウス』は、未来に関して最大の利害関係を有している。人類の4分の3が私たちの国に暮らしている」とし、現在対峙しているグローバルな課題は南半球がつくりだしたものではないが、私たちに大きな影響を齎している」と、そして「その解決策の模索には私たちの役割や声が考慮されていない」と主張。予定される次期G20サミットの議長国として「グローバルサウスの声を増幅させる」と。(日経1/14)とすれば、広島サミットに向け途上国の関心の高い分野でいかなる対処策を示せるか問われる処です。
因みに、グローバルサウスへの対応として、イエレン米財務長官は18日、アフリカ訪問の途次、スイス・チューリッヒに立ち寄り、ダボス会議に出席中の中国 劉鶴副首相と会談、両者は経済・金融面での対話強化や気候変動対応を巡る途上国への金融支援で協力する事で合意を得た由で、とりわけアフリカ諸国が直面する過剰債務の再編には最大の貸し手である中国の協力が不可欠とし、米国が途上国への金融支援に協力することで、当該問題解決に向けた前進が期待される処です。
かくして、岸田首相のG7メンバー国首脳との事前の腹合わせを通じ、民主主義国家への挑戦を仕掛ける強権国家、中国やロシア等に、いかに対峙していくか、つまり安全保障をいかに担保していくかが共通問題である事、そして、そのための国際連携が一層のテーマとなってきていることが認識され、まさにグローバル経済の在り方、課題への取り組みに新たなトレンドを生む処とも云え、以って外交も抜本的強化に動く年と整理され、広島サミットへの期待を膨らませる処です。
・違和感に晒された日米首脳会談
処で、国際社会の激変に向き合うには、国を不安定にする拙速な政治姿勢こそは大きなリスクです。その点で気がかりだったのが13日の日米首脳会談でした。当日岸田首相は、昨年の12月. 閣議決定された新安保に係る3文書を引っ提げ、日米首脳会談に臨んでいますが、そこで日本の安保政策の変更、自立した安保体制への変更、について説明をし、これに対しバイデン氏は、この新安保政策を以って ‘日米同盟の現代化’と高く評価したという事で、新たな形の安保体制へ大きく前進となったとするのですが、そのシナリオ、プロセスに、極めて違和感を禁じえなかったという事でした。
勿論、日米首脳会談を控えた11日、その前座となる日米外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2会議)が行われ、そこでは「反撃能力」に関し日米が共同で対処する事が確認され、そして、その旨が明記され、以って、日米の同盟関係が新たな次元に向かったとされる処ですが、日本の将来を規定していく事となるこの種事項に、国民の声が映らないことに、当該政策決定のプロセスに違和感を禁じ得なかったのです。そこで改めて、岸田欧米行脚のハイライトなった日米首脳会談に絞り、新に語られた日本の安全保障政策の概要と変質する日米同盟関係の行方について以下、考察する事とします。
2.日本の新たな安保政策と日米同盟の変質
(1)日本の新安保政策、関係3文書の「トリセツ」
周知の通り、長期化するウクライナ侵攻で国際社会から孤立したロシアが、核兵器やサイバー攻撃を用いて欧米諸国への脅しをエスカレートさせる状況がなお続く処です。そうした状況に与すべく日本政府は、昨年12月16日、岸田内閣は国家安全保障戦略など防衛政策に係る3文書(国家安全保障戦略、防衛力整備計画、国家防衛戦略)を閣議決定し、以って「自立した防衛」へ、新たな一歩を踏み出すとする処です。それは、ともすれば米国頼みだった防衛論が、世界情勢の変化と、そうした変化を背にした世論が、変えたとされる処ですが、その変化を象徴するのが、相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」の保有を閣議決定したことでした。
(注)日本の防衛政策:これまでの防衛政策は、米軍が駆け付けるまでの間「必要最小限」の戦力で持ちこたえる基盤的防衛力構想を基軸としてきましたが、この構想は観念的で具体性に乏しいとされてきたことは周知の処です。そして防衛費についても然りで、これまでGDP比1%をその上限としてきた論理も、いつしか装備の「買い物計画」だけに目が向く効果をもたらしてきたものの、何が脅威で、何に備えなければならないか、その基本を長く置き去りにしたまま日本の防衛論は進んできたのです。今次防衛3文章の一つ「国家安保戦略」(日経2022/12/17掲載)では、優先する戦略的なアプローチとして、まず「外交を中心とした取り組みの展開」を挙げ、これまでの国防は米国任せ、日本は経済重視の姿勢を廃し、防衛力の強化は抑止にあって何としても戦争を避け、国の安全を守るのが経済成長の前提と記す処です。
もとより、今次新たに策定された日本政府の安全保障政策は、強権政権の中ロ等が引き起こす無謀な安全保障上の脅威に対抗せんとするもので、まさに国民の生命を守る自立した防衛を目指すとして策定された従って、それは究極の危機管理となるものですが、上述13日の日米首脳会談でこの3文書が披露され、バイデン氏からは日米同盟の現代化が進んだとの評価があり日米が統合防衛に向かいだしたとメデイアは伝える処です。
・問われる今日的 ‘防衛’ と岸田政府の取り組み姿勢
ただ前述したように、これが日本国の将来を規定していく代物だけに、問題は、そこに国民の声が映っていないこと、ましてや、これまでの安保法制や装備予算等の差異についての説明等、一切の説明もないままに過ごされてきた点でした。早速に防衛費の増額がどうのこうのと議論は沸く処ですが、そう言ったレビューの点でも、国民はお呼びではないようです。
勿論、防衛予算の具体的な執行内容等は機密事項になる処かと思料するのですが、決定から数年を経た現行安保3文書の検証は見ることはありません。特に多次元統合防衛構想を唱えた防衛計画の大綱に即した中期防衛力整備計画が目標を達成できたのかも判然としていません。今次防衛3文書の最大の目玉は、「反撃能力」の保有の如何でしたが、それが閣議決定されたことで、防衛費の増額の云々が活発化する処ですが、要は、防衛とはどういった行動を意味するのか、この際は問われてしかるべきと思料するのです。偶々、今、手元に届いた1月21日付The Economistは、今次の安保政策の新方針について、日本がmilitarismに向かいだしたと思う国民は多いとしながら、`Japan is making tough choices in order to improve its defences‘ と、日本は国防強化のため厳しい政策選択を始めたとする処です。
これまで防衛と云った場合、その基本は軍事装備の拡充にありました。が、今日的環境にあっては何よりも戦闘が仕掛けられないように国家運営を固めることこそが防衛とされ、そのためには、積極外交を通じて多くの仲間、友好国をつくる事と、思考様式、行動様式が変化してきている処です。 因みに、1月 23日付、日経コラム「私見-卓見」に、元教員と称する坂本満氏なる仁が「戦争抑止に外交は無効か」と題し、要は、‘頼れるのは外交’ と訴える記事が掲載されていましたが、筆者と同様、極めて納得する処です。
さて、13日には岸田首相は米ジョンズ・ホプキンス大学(SAIS)で講演し、日米同盟を基軸に中ロなどへの抑止力を高めると訴え、今次改定の安保関連3文書を以って「米国、世界に対する日本の強い覚悟を明確に示した」と述べ、インド太平洋地域の利益に繋がると強調し、今次の防衛力強化を「日米同盟の歴史上、最も重要な決定の一つと位置付ける処でした。(日経1/14)
尚、繰り返しとなりますが、問題はこうした政策の変更について、政府による国民への説明がないままにあって、しかも防衛費の増額や反撃能力の保有などについての議論ばかりが先行するのでしたが、今日的な防衛の在り姿は、あり態に云えば敵陣営に ‘今、攻めれば勝てる’ そう云った想いを抱かせない状況をいかに堅持していくか、にあると思料するのです。
(2)防衛に係る発想の転換
筆者は予ねて外交力の強化を主張してきていますが、防衛とは今日的には、外交力の強化を通じて、そうした状況を担保し続けることであって、その為には友好国をつくりその輪を広げていく事こそが ‘防衛’と思料する処です。但し、これも30年代のブロック経済となるようなことは絶対に避けるべきで、現代では経済的つながりは保ちつつ、先端技術など経済安保に絞った経済圏をつくろうとしている視点を失わないこと肝要です。
が、上述の通り、そもそも相手に「今、攻めると勝てる」と云った、そうした思いを抱かせるような事態を起こさないようにすること、それこそが「防衛」と云え、従ってそうした状況を堅持していくためにも、多くの友人、友好国を整えていく事、つまり外交にありと思料するのですが、それは同時に情報力の強化につながる処です。
筆者が予ねて云う処の日本の外交力の強化とは、まさにその一点にありとする処です。そして、決して容易な事とは思いませんが、まずは‘防衛’に対する発想を変える事、そして、とにかく外交力が一層のパワーとなる事、銘記されるべきと思料するのです。そして、今次の日本の安保政策の一大転換について、不意打ちのような一方的宣言と行政の決定だけで突き進んでも,国民の理解や協力の無い政策はいずれ行き詰まる事、銘記されるべきなのです。
(注)1月23日、召集された第211回通常国会での冒頭、岸田首相は施政方針演説で、
始めて防衛政策について言及しましたが、その実の無さに、暫しあんぐり。今後の国
会での与野党の論戦をじっくり見守りたいと思う次第です。
[2] 中国経済はどう動くか
(1)中国経済の変質?を示唆する二つの指標
1月17日 中国国家統計局が発表した二つの経済指標は中国経済の変質を示唆する処です。一つは2022年末の総人口統計、もう一つは2022年10~12月期のGDPです。前者、中国の2022年の総人口が14億1175万人、2021年比で85万人の減少で、61年ぶりの減少ですが、2022年の出生数は106万人の減少で956万人と、2年連続で1949年以来の最小を記録したことでした。同時に発表された22年通年の実質成長率は3.0%で、政府目標の「5.5%前後」を大幅に下廻る処です。(日経、1/17夕刊)
上記、二つの指標は、中国が長く謳歌してきた経済成長を支える構造が揺らいでいることを示唆する処です。2022年の成長率(実質)は3%に留まっていましたが、これは新型コロナウイルス感染症を厳しく抑えこんだ「ゼロコロナ」を含む複合的な政策不況と見る処です。
ただ、17日、ダボス会議(1/16~20)で登壇した中国、劉鶴副首相は講演で、2023年の経済成長はかなりの確率で正常なレベルに戻ると自信を示した事で、IMFは中国の成長上振れなどを踏まえ、世界経済の成長率見通しを上方修正する考えを示したというのでしたが、要は先行き不安を高めていた厳しい行動規制がなくなったことで企業の投資や家計の消費等内需が回復するとの見立てですが、それでも中国の政策姿勢に不信感の伝わる処です。
つまり、13日に中国税関総署が発表した貿易統計では、四半期ごとに見ると輸出は22年7~9月まで2桁の増加が続いていたが、10~12月では前年同期比では7%の減少と2年半ぶりのマイナス。これはインフレ対策で急速に利上げを進めた米欧向け出荷が減ったためとされています。問題はこの外需の行方です。20年以降、経済成長の2~3割が外需による押上で説明できたのですが、この外需の追い風が急速に弱まっている点で,先行きの見方は分かれる処なのです。
(2)The Economistの見る中国経済回復の行方
さて、2023/1/7~13のThe Economistの巻頭論考「Exit wave」(ゼロコロナ解除の出口波)では、How China’s reopening will disrupt the world economyとその極端な政策変更に、アンチ中国の感すら伝わる処です。
― 1月8日、中国が国境を再開し「ゼロコロナ」政策が完全に撤廃された時、経済的、文化的、そして知的交流の再開は非常に大きな結果を齎すとする処、経済活動は急回復を遂げ、そのインパクトは、タイの海岸でもアップルやテスラと云った企業でも、そして世界各地の中央銀行でも感知され、中国の活動再開は2023年最大の経済イベントになるだろうとする処、GDPでは2023年第1四半期は落ち込むが、2024年第1四半期には前年比で10%に達すると見る向きもあると云うのです。中国のような巨大経済がそうした急回復を遂げることは、中国だけでその時期の世界の経済成長の大半を齎すことを意味することになるからと云うものです。
ただ、ゼロコロナ政策をあれほど情け容赦なく実行してきた中国政府が相応の準備もなく止めてしまった様子を目の当たりにして、多くの投資企業は、中国にかけるのは危険だと考えるようになっていると云うのです。複数の情報筋によると、新たに工場を建設する外国からの新規投資が減速する一方、中国から他国に事業移転する企業の数は急増していると。
因みに、中国の前回の大開放は毛沢東時代の無意味な隔離の後に実施され、ヒト、モノ、投資、アイデイアの国際交流を盛んにし、爆発的な繁栄に至った。北京とワシントンの政治家はほとんど認めていないが、中国とそれ以外の世界の双方が、そのような交流から利益を享受した。運が良ければ、今回の国境開放も究極的には成功するだろう。だが、中国共産党がパンデミックの間に煽った、偏執的で外国を嫌うムードの一部は間違いなく残っているとし、新しい中国がどの程度開かれたものになるかは、まだしばらく分からないとする処です。
さて、1月21日、中国では春節に伴う大型連休が始まりました。4年ぶりに行動制限がなくなり、国内旅行の人気がたまったと報じられる処ですが、しかし、これで個人消費が急回復するかはまだ予断を許さないとの様相です。18日習近平主席は、この人の移動について、「私が一番心配なのは農村と農民の皆さんだ。農村の医療は脆弱で、防疫の難易度は高い」と率直に語る処でした。(日経1/22)
おわりに この冬、旅先で思う
筆者はこの年末、年始、京都で過ごしたのですが、元日、部屋に届いたlocal紙、京都新聞の社説の一節は、旅先で読んだこともあってか、今も頭に残るものでした。当該社説の内容は4月の統一地方選挙を控え、国からのお仕着せでない政策を提示すべき時ではないか、地に足をつけて考えようと云うものでしたが、そこで引用されていた一節でした。
つまり、「人類の祖先が獲得した直立二足歩行は、移動速度の低下や骨への負荷など短所が多く、引き継いだのはホモサピエンスだけだった。それ故、声を出しやすくなり言葉が発達し、手が空いたことで道具利用だけでなく、仲間の手を取って助け合う『協力』を強めた」と、米人類学者ジェレミー・デシルヴァ氏の近著での記述を紹介しながら、「言葉と協力こそが地球で人類を繁栄させた武器なら、私たちは民主主義や対話外交をあきらめず、支え合いを広げることを止めてはなるまい。明日へ希望の1秒を刻むために」と締めるものでした。
東京に戻って手にした1月9日付Financial Timesは、米シンクタンク、Atlantic Council の最新の調査をベースに、世界はこの先10年間は激動の時代になりそうだと伝える処です。この調査は167人のexpertsからの回答を得て行われたものの由で、専門家の多くはと2033年までにロシアが破綻または崩壊すると予想。また大多数は中国が武力で台湾統一に動くと見ており、その武力行使のtimingについては、米軍高官は中国人民解放軍創設100年にあたる27年と見る処です。― Russia at risk of becoming failed state, say foreign policy experts . Atlantic Council report also forecasts China will invade Taiwan in decade of tumult.
とすれば、この先10年は世界にとって激動の時代という事と見ざるをえず、その点では上記、社説の趣旨を改めて、反芻する処です。(2023/1/25)
はじめに Martin Wolf, Financial Times と共に
[1] 2023年5月、G7広島サミット、そして日本の新安保政策
1. G7広島サミットを前に, 欧米行脚の岸田首相
2.日本の新たな安保政策と日米同盟の変質
[2] 中国経済はどう動く
(1) 中国経済の変質?を示唆する二つの指標
(2) The Economistの見る、中国経済回復の行方
おわりに.この冬、旅先で思う
------------------------------------------------------------
はじめに Martin Wolf, Financial Times と共に思う
昨年2022年の暮れ、F.T.のMartin Wolf記者の2023年につなぐ言葉は、我々にとってエールとなるものでした。そのタイトルは、Glimmers of flight in a terrible year ― From the return of the west to the triumph of democracy, not everything that happened in 2022 was bad. by Martin Wolf( Financial Times 2022/12/21) そこでまず、その概要を以下に紹介する事から始めたいと思います。―
➀ 昨年のレビュー総括:失敗だらけの2022年、
・邪悪な独裁者の侵攻、インフレの高進と実質所得の低下。IMFによると低所得国の60%は債務返済が無理か、これからそうなるリスクは高い。
・米中の関係解消、2大大国を軸とした経済ブロック化に向かう動きは顕在化
・COP27は失敗に終わった。
・パンデミックからの完全回復は見られず。世界の最貧国の状況は深刻。
➁ ウクライナ侵攻が民主主義の価値観を共有する国々を結束させた。
NATOにとって再生の時に,ドイツにとっては「時代の変わり目」に。フィンランドとスエーデンにとっては中立を拒絶すると時なった。ゼレンスキーはプロパガンダ戦争にあっさ
り勝利し西側の英雄に。一方、強権的指導者のプーチンそして習近平も弱くなったし,彼の
ゼロコロナは屈辱の内に終わった。― つまり、堕落した民主主義よりも古代中国の専制政治の方が立派な統治が行えるとの主張は崩れた。
③ トランプ衰退と英国で見えた民主主義の価値
米中間選挙でトランプの推薦候補がすべて落選。今、トランプが国家への反乱を試みたことが白日の下に。一方苦境の英国ではジョンソンを首相の座から引きずり下ろし、能力のないリズ・トラスを在任44日で官邸から追い出した。が、その過程で誰かが命を落とすことはなかった。なお、世論調査では英国民の51%はBrexit を悔やんでおり、世論の変化により、将来の政権は再びEUに接近させられるはずだ。
④ 2023年の経済
インフレ「期待」は制御されている。2023年は米国、その他国々でインフレ制御の公算あ
りで、その後には成長への回復が続くと見る。そしてグローバル化も死んではいない。
つまり、脱グローバル化というより、ペースの鈍化だ。米国はともかくそのほかの世界では、繁栄するには貿易の活発化が必要であることを、理解していると。
そして、IMFは世界の財・サービスの貿易量は2022年4.3%増と予想。これが興味深いことは財の貿易量の伸び率2.9%よりも高いことだ。つまり、サービスの貿易が伸びを牽引し
ているわけで、因みに2021年は財・サービスの貿易の伸び率が10.1%で、そのうち財の
伸び率が10.8%だった。又、世界のGDPの伸び率は2021年が6%だったに対して、2022年は3.2%に留まると予想されている。従って世界は脱グローバル化しているわけではない。以前ほどには貿易は伸びていないだけだ。つまり、グローバル化はもう以前のようなペースでは拡大できない。だが機能しているし、世界経済も成長し続けている。
➄ 最後に、コロナ禍がついに過去のものに
めちゃくちゃで統制の取れないやり方にせよ、世界は新型コロナを過去のものにしつつあ
る。これはワクチンに負う処大。ワクチンはもっと世界に行き渡らせるべきだ。悪性の
変異株が登場する公算は大きく、新たなパンデミックが始まる可能性もある。それでもこ
れは進歩だ。世界の危険や不正、紛争、失敗を目の当たりにして途方に暮れてしまうのは
たやすい。確かにそうした問題は十分にある。だが、今年(2022年)起きたことがすべて
災難だったわけではない。民主主義、法の支配、経済の進歩の継続、世界の経済的統合、
健全な金融市場、そして通貨安定などの価値を信じる我々にとって、2022年は完全に悪い
年だったわけではない。それでも2023年がもっと良い年になることを祈願しよう。
さて、上記、M.ウルフ氏描く環境変化を拝しながら、新年、2023年がスタートしました。
プーチンが仕掛けたウクライナ侵攻は未だ止むことはありませんが、そうした中、2023年5月には広島でG7Summitの開催が予定され、議長国日本の岸田首相には、G7として結束し、如何ように世界を誘導していく事とするのか、極めて重責を託つ処ですが、それは日本として外交力の「抜本的強化」に動く年とも映る処です。 その視点は、先の弊論考で提唱したキワード、国際秩序に向けた「協調」行動の確立と、符合する処、次世代への「挑戦」に向けた行動とも符号する処です。 勿論、それは世界の中の日本の在り方を問うプロセスとも云え、上記ウルフ氏の祈願にも応える処ではと思料するのです。そこで、この際は広島サミットを中心としながら日本を取まく安全保障環境、とりわけ日米関係について考察する事とします。
そして、もう一つ気がかりは、「ゼロコロナ」政策を打ち切った中国の動きです。1月17日、中国政府が同時発表した二つの経済指標、2022年末の総人口統計と中国経済GDP指標ですが、いずれもnegativeにあって、時に中国経済の行方が世界経済のリスク要因とも映る処、その現状についても併せて、考察したいと思っています。
[1] 2023年5月、G7広島サミットと、日本の新安保政策
1. G7広島サミットを前に、欧米行脚に向かった岸田首相
上述5月19日からの3日間、広島でG7サミットが開催予定ですが、開催国日本の岸田首相は議長としてG7の連帯を確実なものとし、以って揺るぎない国際秩序の構築に向け、取り仕切っていく事が期待される処です。 1月9日、その重責を全うするための準備として、22年に首脳が相互に訪問したドイツを除き、フランス、イタリア、英国、カナダ、米国の順で各首脳を歴訪、サミットを前に個別に信頼関係を築き、腹合わせを進める処です。
その概要は、都度、各メデイアの報じる処、その成果は5月の広島サミットでの議論の主題となる処、当該議論を経て、これからの世界、自由主義諸国の運営シナリオが示されていくことになるものと思料する処です。ただ今次サミットでの最大の課題はウクライナ情勢への対応であり、ロシアへの制裁やウクライナ支援の継続を申し合わせることになるものと思料する処、更に岸田首相は、ロシアの核による脅威を受け止め、自身の出身地、唯一の被爆地・広島を今次、サミットの拠点とすることで、「核兵器のない世界」の気運を高める機会ともする様相です。
勿論、岸田首相が狙うのがG7で唯一のアジアの国という立場から、東アジアの激しい安全保障環境への対応協力を取り付ける事、更に日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」の実現にも理解と具体的協力を求めんとする処、世界のリスクが今や当該地域に集中する事態に欧州諸国も強く理解する処、今次の欧州首脳との事前のすり合わせは、日欧安保を一挙に近づける結果となったと認識され、そのタイミングにも評価の集まる処でした。
そして1月13日、ワシントンで行われた日米首脳会談はそうしたスケジュールのハイライトとなるものでした。つまり岸田首相は、昨年12月16日、閣議決定した新たな安全保障政策となる防衛3文書を携え日米首脳会談に臨み、戦後安保の転換を示唆する「反撃能力の保有」を明示したことで、バイデン氏からは当該新安保政策を以って日米同盟の現代化となるものと高い評価を得、同盟関係の一層の強化が確認されたとする処, 以って5月の広島サミットへの対応準備が整ったと,いう処でしょうか。
(注)歴訪5か国首脳との確認事項,等
・フランス:マクロン大統領(9~10日) 日仏安保協力推進
・イタリア:メローニ首相(10~11日)19年の中国「一帯一路」への参加は間違いと。
・英国:スナク首相(11~12) 日英「円滑化協定(RAA)」締結、英国のTPP加盟
・カナダ:トルドー首相(12~13)両国関係の一層の強化に向け協力したい。
・米国:バイデン大統領 (13~15) 同盟関係の更なる強化(別記)
尚、もう一つ岸田首相が重視するテーマは、途上国を意味するglobal southとの結束だとしていましたが、それは中国やロシア等の覇権主義に国際社会として対抗するには途上国との関係が重要とのなるためとの認識を映す処です。因みに、1月4日の記者会見では「対立や分断が顕在化する国際社会を結束させるためにグローバルサウスとの関係を一層強化し、食料・エネルギー危機に対応していく」と語る処でした。
果せるかな1月12・13日、インド政府の主導による「グローバルサウスの声サミット」会合がオンラインで開かれ、モデイ氏は以下のような発言をしているのです。―「私たち『グローバルサウス』は、未来に関して最大の利害関係を有している。人類の4分の3が私たちの国に暮らしている」とし、現在対峙しているグローバルな課題は南半球がつくりだしたものではないが、私たちに大きな影響を齎している」と、そして「その解決策の模索には私たちの役割や声が考慮されていない」と主張。予定される次期G20サミットの議長国として「グローバルサウスの声を増幅させる」と。(日経1/14)とすれば、広島サミットに向け途上国の関心の高い分野でいかなる対処策を示せるか問われる処です。
因みに、グローバルサウスへの対応として、イエレン米財務長官は18日、アフリカ訪問の途次、スイス・チューリッヒに立ち寄り、ダボス会議に出席中の中国 劉鶴副首相と会談、両者は経済・金融面での対話強化や気候変動対応を巡る途上国への金融支援で協力する事で合意を得た由で、とりわけアフリカ諸国が直面する過剰債務の再編には最大の貸し手である中国の協力が不可欠とし、米国が途上国への金融支援に協力することで、当該問題解決に向けた前進が期待される処です。
かくして、岸田首相のG7メンバー国首脳との事前の腹合わせを通じ、民主主義国家への挑戦を仕掛ける強権国家、中国やロシア等に、いかに対峙していくか、つまり安全保障をいかに担保していくかが共通問題である事、そして、そのための国際連携が一層のテーマとなってきていることが認識され、まさにグローバル経済の在り方、課題への取り組みに新たなトレンドを生む処とも云え、以って外交も抜本的強化に動く年と整理され、広島サミットへの期待を膨らませる処です。
・違和感に晒された日米首脳会談
処で、国際社会の激変に向き合うには、国を不安定にする拙速な政治姿勢こそは大きなリスクです。その点で気がかりだったのが13日の日米首脳会談でした。当日岸田首相は、昨年の12月. 閣議決定された新安保に係る3文書を引っ提げ、日米首脳会談に臨んでいますが、そこで日本の安保政策の変更、自立した安保体制への変更、について説明をし、これに対しバイデン氏は、この新安保政策を以って ‘日米同盟の現代化’と高く評価したという事で、新たな形の安保体制へ大きく前進となったとするのですが、そのシナリオ、プロセスに、極めて違和感を禁じえなかったという事でした。
勿論、日米首脳会談を控えた11日、その前座となる日米外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2会議)が行われ、そこでは「反撃能力」に関し日米が共同で対処する事が確認され、そして、その旨が明記され、以って、日米の同盟関係が新たな次元に向かったとされる処ですが、日本の将来を規定していく事となるこの種事項に、国民の声が映らないことに、当該政策決定のプロセスに違和感を禁じ得なかったのです。そこで改めて、岸田欧米行脚のハイライトなった日米首脳会談に絞り、新に語られた日本の安全保障政策の概要と変質する日米同盟関係の行方について以下、考察する事とします。
2.日本の新たな安保政策と日米同盟の変質
(1)日本の新安保政策、関係3文書の「トリセツ」
周知の通り、長期化するウクライナ侵攻で国際社会から孤立したロシアが、核兵器やサイバー攻撃を用いて欧米諸国への脅しをエスカレートさせる状況がなお続く処です。そうした状況に与すべく日本政府は、昨年12月16日、岸田内閣は国家安全保障戦略など防衛政策に係る3文書(国家安全保障戦略、防衛力整備計画、国家防衛戦略)を閣議決定し、以って「自立した防衛」へ、新たな一歩を踏み出すとする処です。それは、ともすれば米国頼みだった防衛論が、世界情勢の変化と、そうした変化を背にした世論が、変えたとされる処ですが、その変化を象徴するのが、相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」の保有を閣議決定したことでした。
(注)日本の防衛政策:これまでの防衛政策は、米軍が駆け付けるまでの間「必要最小限」の戦力で持ちこたえる基盤的防衛力構想を基軸としてきましたが、この構想は観念的で具体性に乏しいとされてきたことは周知の処です。そして防衛費についても然りで、これまでGDP比1%をその上限としてきた論理も、いつしか装備の「買い物計画」だけに目が向く効果をもたらしてきたものの、何が脅威で、何に備えなければならないか、その基本を長く置き去りにしたまま日本の防衛論は進んできたのです。今次防衛3文章の一つ「国家安保戦略」(日経2022/12/17掲載)では、優先する戦略的なアプローチとして、まず「外交を中心とした取り組みの展開」を挙げ、これまでの国防は米国任せ、日本は経済重視の姿勢を廃し、防衛力の強化は抑止にあって何としても戦争を避け、国の安全を守るのが経済成長の前提と記す処です。
もとより、今次新たに策定された日本政府の安全保障政策は、強権政権の中ロ等が引き起こす無謀な安全保障上の脅威に対抗せんとするもので、まさに国民の生命を守る自立した防衛を目指すとして策定された従って、それは究極の危機管理となるものですが、上述13日の日米首脳会談でこの3文書が披露され、バイデン氏からは日米同盟の現代化が進んだとの評価があり日米が統合防衛に向かいだしたとメデイアは伝える処です。
・問われる今日的 ‘防衛’ と岸田政府の取り組み姿勢
ただ前述したように、これが日本国の将来を規定していく代物だけに、問題は、そこに国民の声が映っていないこと、ましてや、これまでの安保法制や装備予算等の差異についての説明等、一切の説明もないままに過ごされてきた点でした。早速に防衛費の増額がどうのこうのと議論は沸く処ですが、そう言ったレビューの点でも、国民はお呼びではないようです。
勿論、防衛予算の具体的な執行内容等は機密事項になる処かと思料するのですが、決定から数年を経た現行安保3文書の検証は見ることはありません。特に多次元統合防衛構想を唱えた防衛計画の大綱に即した中期防衛力整備計画が目標を達成できたのかも判然としていません。今次防衛3文書の最大の目玉は、「反撃能力」の保有の如何でしたが、それが閣議決定されたことで、防衛費の増額の云々が活発化する処ですが、要は、防衛とはどういった行動を意味するのか、この際は問われてしかるべきと思料するのです。偶々、今、手元に届いた1月21日付The Economistは、今次の安保政策の新方針について、日本がmilitarismに向かいだしたと思う国民は多いとしながら、`Japan is making tough choices in order to improve its defences‘ と、日本は国防強化のため厳しい政策選択を始めたとする処です。
これまで防衛と云った場合、その基本は軍事装備の拡充にありました。が、今日的環境にあっては何よりも戦闘が仕掛けられないように国家運営を固めることこそが防衛とされ、そのためには、積極外交を通じて多くの仲間、友好国をつくる事と、思考様式、行動様式が変化してきている処です。 因みに、1月 23日付、日経コラム「私見-卓見」に、元教員と称する坂本満氏なる仁が「戦争抑止に外交は無効か」と題し、要は、‘頼れるのは外交’ と訴える記事が掲載されていましたが、筆者と同様、極めて納得する処です。
さて、13日には岸田首相は米ジョンズ・ホプキンス大学(SAIS)で講演し、日米同盟を基軸に中ロなどへの抑止力を高めると訴え、今次改定の安保関連3文書を以って「米国、世界に対する日本の強い覚悟を明確に示した」と述べ、インド太平洋地域の利益に繋がると強調し、今次の防衛力強化を「日米同盟の歴史上、最も重要な決定の一つと位置付ける処でした。(日経1/14)
尚、繰り返しとなりますが、問題はこうした政策の変更について、政府による国民への説明がないままにあって、しかも防衛費の増額や反撃能力の保有などについての議論ばかりが先行するのでしたが、今日的な防衛の在り姿は、あり態に云えば敵陣営に ‘今、攻めれば勝てる’ そう云った想いを抱かせない状況をいかに堅持していくか、にあると思料するのです。
(2)防衛に係る発想の転換
筆者は予ねて外交力の強化を主張してきていますが、防衛とは今日的には、外交力の強化を通じて、そうした状況を担保し続けることであって、その為には友好国をつくりその輪を広げていく事こそが ‘防衛’と思料する処です。但し、これも30年代のブロック経済となるようなことは絶対に避けるべきで、現代では経済的つながりは保ちつつ、先端技術など経済安保に絞った経済圏をつくろうとしている視点を失わないこと肝要です。
が、上述の通り、そもそも相手に「今、攻めると勝てる」と云った、そうした思いを抱かせるような事態を起こさないようにすること、それこそが「防衛」と云え、従ってそうした状況を堅持していくためにも、多くの友人、友好国を整えていく事、つまり外交にありと思料するのですが、それは同時に情報力の強化につながる処です。
筆者が予ねて云う処の日本の外交力の強化とは、まさにその一点にありとする処です。そして、決して容易な事とは思いませんが、まずは‘防衛’に対する発想を変える事、そして、とにかく外交力が一層のパワーとなる事、銘記されるべきと思料するのです。そして、今次の日本の安保政策の一大転換について、不意打ちのような一方的宣言と行政の決定だけで突き進んでも,国民の理解や協力の無い政策はいずれ行き詰まる事、銘記されるべきなのです。
(注)1月23日、召集された第211回通常国会での冒頭、岸田首相は施政方針演説で、
始めて防衛政策について言及しましたが、その実の無さに、暫しあんぐり。今後の国
会での与野党の論戦をじっくり見守りたいと思う次第です。
[2] 中国経済はどう動くか
(1)中国経済の変質?を示唆する二つの指標
1月17日 中国国家統計局が発表した二つの経済指標は中国経済の変質を示唆する処です。一つは2022年末の総人口統計、もう一つは2022年10~12月期のGDPです。前者、中国の2022年の総人口が14億1175万人、2021年比で85万人の減少で、61年ぶりの減少ですが、2022年の出生数は106万人の減少で956万人と、2年連続で1949年以来の最小を記録したことでした。同時に発表された22年通年の実質成長率は3.0%で、政府目標の「5.5%前後」を大幅に下廻る処です。(日経、1/17夕刊)
上記、二つの指標は、中国が長く謳歌してきた経済成長を支える構造が揺らいでいることを示唆する処です。2022年の成長率(実質)は3%に留まっていましたが、これは新型コロナウイルス感染症を厳しく抑えこんだ「ゼロコロナ」を含む複合的な政策不況と見る処です。
ただ、17日、ダボス会議(1/16~20)で登壇した中国、劉鶴副首相は講演で、2023年の経済成長はかなりの確率で正常なレベルに戻ると自信を示した事で、IMFは中国の成長上振れなどを踏まえ、世界経済の成長率見通しを上方修正する考えを示したというのでしたが、要は先行き不安を高めていた厳しい行動規制がなくなったことで企業の投資や家計の消費等内需が回復するとの見立てですが、それでも中国の政策姿勢に不信感の伝わる処です。
つまり、13日に中国税関総署が発表した貿易統計では、四半期ごとに見ると輸出は22年7~9月まで2桁の増加が続いていたが、10~12月では前年同期比では7%の減少と2年半ぶりのマイナス。これはインフレ対策で急速に利上げを進めた米欧向け出荷が減ったためとされています。問題はこの外需の行方です。20年以降、経済成長の2~3割が外需による押上で説明できたのですが、この外需の追い風が急速に弱まっている点で,先行きの見方は分かれる処なのです。
(2)The Economistの見る中国経済回復の行方
さて、2023/1/7~13のThe Economistの巻頭論考「Exit wave」(ゼロコロナ解除の出口波)では、How China’s reopening will disrupt the world economyとその極端な政策変更に、アンチ中国の感すら伝わる処です。
― 1月8日、中国が国境を再開し「ゼロコロナ」政策が完全に撤廃された時、経済的、文化的、そして知的交流の再開は非常に大きな結果を齎すとする処、経済活動は急回復を遂げ、そのインパクトは、タイの海岸でもアップルやテスラと云った企業でも、そして世界各地の中央銀行でも感知され、中国の活動再開は2023年最大の経済イベントになるだろうとする処、GDPでは2023年第1四半期は落ち込むが、2024年第1四半期には前年比で10%に達すると見る向きもあると云うのです。中国のような巨大経済がそうした急回復を遂げることは、中国だけでその時期の世界の経済成長の大半を齎すことを意味することになるからと云うものです。
ただ、ゼロコロナ政策をあれほど情け容赦なく実行してきた中国政府が相応の準備もなく止めてしまった様子を目の当たりにして、多くの投資企業は、中国にかけるのは危険だと考えるようになっていると云うのです。複数の情報筋によると、新たに工場を建設する外国からの新規投資が減速する一方、中国から他国に事業移転する企業の数は急増していると。
因みに、中国の前回の大開放は毛沢東時代の無意味な隔離の後に実施され、ヒト、モノ、投資、アイデイアの国際交流を盛んにし、爆発的な繁栄に至った。北京とワシントンの政治家はほとんど認めていないが、中国とそれ以外の世界の双方が、そのような交流から利益を享受した。運が良ければ、今回の国境開放も究極的には成功するだろう。だが、中国共産党がパンデミックの間に煽った、偏執的で外国を嫌うムードの一部は間違いなく残っているとし、新しい中国がどの程度開かれたものになるかは、まだしばらく分からないとする処です。
さて、1月21日、中国では春節に伴う大型連休が始まりました。4年ぶりに行動制限がなくなり、国内旅行の人気がたまったと報じられる処ですが、しかし、これで個人消費が急回復するかはまだ予断を許さないとの様相です。18日習近平主席は、この人の移動について、「私が一番心配なのは農村と農民の皆さんだ。農村の医療は脆弱で、防疫の難易度は高い」と率直に語る処でした。(日経1/22)
おわりに この冬、旅先で思う
筆者はこの年末、年始、京都で過ごしたのですが、元日、部屋に届いたlocal紙、京都新聞の社説の一節は、旅先で読んだこともあってか、今も頭に残るものでした。当該社説の内容は4月の統一地方選挙を控え、国からのお仕着せでない政策を提示すべき時ではないか、地に足をつけて考えようと云うものでしたが、そこで引用されていた一節でした。
つまり、「人類の祖先が獲得した直立二足歩行は、移動速度の低下や骨への負荷など短所が多く、引き継いだのはホモサピエンスだけだった。それ故、声を出しやすくなり言葉が発達し、手が空いたことで道具利用だけでなく、仲間の手を取って助け合う『協力』を強めた」と、米人類学者ジェレミー・デシルヴァ氏の近著での記述を紹介しながら、「言葉と協力こそが地球で人類を繁栄させた武器なら、私たちは民主主義や対話外交をあきらめず、支え合いを広げることを止めてはなるまい。明日へ希望の1秒を刻むために」と締めるものでした。
東京に戻って手にした1月9日付Financial Timesは、米シンクタンク、Atlantic Council の最新の調査をベースに、世界はこの先10年間は激動の時代になりそうだと伝える処です。この調査は167人のexpertsからの回答を得て行われたものの由で、専門家の多くはと2033年までにロシアが破綻または崩壊すると予想。また大多数は中国が武力で台湾統一に動くと見ており、その武力行使のtimingについては、米軍高官は中国人民解放軍創設100年にあたる27年と見る処です。― Russia at risk of becoming failed state, say foreign policy experts . Atlantic Council report also forecasts China will invade Taiwan in decade of tumult.
とすれば、この先10年は世界にとって激動の時代という事と見ざるをえず、その点では上記、社説の趣旨を改めて、反芻する処です。(2023/1/25)