2023年05月28日

2023年6月号   G7 広島サミットとグローバル秩序の行方 - 林川眞善

目 次

[はじめに] 戦時下 開催の ‘G7広島サミット’      

(1)G7サミットを蘇らせた男、ゼレンスキー大統領
・友人から届いた興奮の所感
(2)今日に至るG7サミットの歴史

[ 1 ] 2023年G7 広島サミットとグローバルサウス    

(1)広島サミット、主催国 日本の思考様式
(2)アウトリーチ会合

[ 2 ] 半導体を巡る米政府の対中規制強化と日本の安保対応 

・半導体輸出規制強化の波紋
・経済安保対応に向かう日本の半導体政策

[おわりに] G7 広島サミットが終わって想う事    



    [ はじめに ] 戦時下の開催となった ‘G7広島サミット’

(1) G7サミットを蘇らせたゼレンスキー大統領
去る5月19~21日、広島で開催された「G7広島サミット」は、まさに世界の変化をreal に映し出す、いろいろな意味合いを持った会合でした。その歴史はおよそ半世紀、時にG7サミット不要論もあった処、今次の広島サミットは発足時のジスカール・ジスタンスが目指した「G7の結束」を目の当たりとするものでした。そして、それを演出したのが戦時下にあるウクライナから突然にサミット会合の場に姿を現したゼレンスキー大統領でした。
5月20日、サミットの会合の場に現れ、その場に集まった各国首脳に、ウクライナの窮状を訴え、強く支援を求める処でした。その行動にG7は全面的な支援を与える処、それ以上に一瞬にして彼は世界を味方につけ、時の人となったのです。その感動の様子は筆者友人 I氏が伝える下記 所感からもうかがえると云うものでした。彼は長年フランス、イタリアで活躍した同僚ビジネスマンで、まさに80を超えてなお熱血漢と云った処、とにかくその所感の一部を紹介しておきたいと思います。

・友人から届いた所感
―「 今日(5月20日)午後3時過ぎウクライナのゼレンスキー大統領がサウジから到着、草鞋を脱ぐ間もなくG7を始め招待国のインド他「GLOBAL SOUTH」の国々の首脳と次々に会談を重ねています。首脳たちはゼレンスキー氏を暖かく歓迎し抱擁し合ったり固い握手を交わしたりしている。暴虐な野蛮国ロシアに餌食にされて堪るかと、一致団結必死に戦っているウクライナ国民の誇り高く勇気溢れるリーダーを目の当たりにして、各国首脳たちも心中高揚している様子。最初に会談したインドのモディ首相は「ウクライナでの戦争は世界の大問題。その解決のためインド及び私個人、特に私個人としては出来ることは全てやります」と数回明言、一方ゼレンスキー氏来日にあたり政府専用機を提供したフランスのマクロン大統領は「on-lineでなく今日あなた自身がここにshow upしたことは大変な意味合いを持つ、あなたは今まさに “GAME CHANGER”だ」とゼ氏を鼓舞称賛しています。

“GAME CHANGER”とはご承知の通り「試合の流れを一気に変えてしまうビッグプレイヤー」を指しますが、マクロン氏の表現は正鵠を射ていると思います。小生はゼレンスキー氏が今回、G7招待国の首脳一人一人の心に直接訴え掛けていること、更にその映像が世界中に拡散することで、これまで支持に余り積極的ではなかった「GLOBAL SOUTH」の国々の中にもウクライナ支援のうねりが生じG7、EU、NATO諸国、豪州、韓国などと共にゼ大統領とウクライナ国民の背中を強く押し続ける結果、近い将来ロシア軍の領内からの一掃とクリミア半島を含む「失地回復」が実現すると見ています。この結果プーチン体制は崩壊するでしょう。「ゼレンスキー大統領の広島でのshow up」がその端緒となれば「2023年5月20日」は「歴史転換の日」として将来刻まれることでしょう」

(2) ‘G7サミット、50年の歩み’
さて、今次論考は「G7広島サミット」をテーマとする処、序で乍らこの際は ‘今日にいたるサミット’ の歴史を簡単に、以下レビューしておきたいと思います。

今から50年前(1973年10月)、第4次中東戦争を機に起こった第1次オイルショックを受け世界経済は大きな混乱にあって、この状況への対抗をと、1975年5月、仏大統領に就任したジスカール・ジスタンス氏が米、英、西独そして日本の各首脳に声をかけ世界経済への対応を検討するため首脳会議を提案したことに始まるもので当初G5とされるものでしたが、これにイタリアのモロ首相が、自国が外されたことに不満を持ち、その会議に追っ付け参加したことで、G6でスタートとなり、翌76年にはカナダの参加があって、今日いう「G7」( The Group of Seven)の呼称が定着する処です。 尚、77年のロンドン・サミット以降、ECの欧州委員会委長が加わっています。

 (注) 第1回G7サミット 出席者(1976年)
ヴァレリー・ジスカールデスタン仏大統領、ジェラルド・フォード米大統領
ハロルド・ウイルソン英首相、ヘルムート・シュミッツ西独首相、
三木武夫日本国首相、アルド・モロ伊首相, ジャステイン・トルドーカナダ首相 

・ロシアのサミット・メンバーシップ、出たり、入ったり   
かくして西側先進国の枠組みとなるG7でしたが、その転機は冷戦の終わりでした。つまり、1989年、ベルリンの壁の崩壊、同年12月、米ブッシュ大統領(41代)とソ連ゴルバチョフ書記長がマルタで会談し、終結を宣言したことでした。そして91年7月のロンドン・サミット後にゴルバチョフ氏がG7首脳と初の協議を持っています。更にソ連が同年12月に崩壊するとサミット会合後にロシアとG7首脳が会議を開くことが定着し、当時は制裁を含むロシアの抑止が議題となる今の状況とは対照的に、協調に向かうものでした。

    (注)ソ連邦崩壊(1988~1991年):ソ連邦が内部分裂し主権国家としての存続を
     終えた事件。(1991年12月25日ゴルバチョフ書記長辞任)

ロシアは94年7月のイタリアのナポリ・サミットで政治問題の討議に加わり、98年の英バーミンガム・サミットでは「G8」と呼ぶようになっています。いま日本ではG7の枠組みを主要7か国と表現するようになっていますが、経済状況が発展途上国に近いロシアの参加で「主要国」を使うようになったとされています。 更に2003年の仏エビアン・サミットからロシアは経済分野を含む全日程に出席するようになったのです。G7各国は民主主義や基本的人権などを重視する国になるものと期待されていたのです。 因みに2006年ロシアは初の議長国としてサンクトペテルブルグでG8サミットを開催しています。しかし、亀裂が広がったのがその8年後の2014年。ロシアがウクライナ南部のクリミア半島の併合を宣言したことでした。勿論他の7か国はロシアが方針を転換しない限りG8から事実上除外する事を決定し、今日に至る処です。

さて今次の広島サミットはいか様な思考の下、manageされ、いか様な成果を上げ得たのか、そこに見る問題は如何と、メデイア情報をベースに、その概要を検証していく事とします。

[ 1 ] 2023年 G7 広島サミットと、グローバルサウス

1. 広島サミットと、主催国 日本の思考様式

今次サミットは広島で、しかもロシアのウクライナ侵攻という戦時下での開催ということもあって、そのミッションは「核のない世界」を目指すとされるものでした。そして、議長国日本として、いか様にふるまうべきか、日本にできることは何か、政府内では重ねての議論があって、そのベースにあった一つが、4月11日林芳正外相が閣議で報告した2023年外交青書と伝えられる処でした。

(1)2023年「外交青書」と、議長国日本の対応作法
今次青書ではロシアによるウクライナ侵攻を機に「ポスト冷戦期が終焉した」と表し、日本周辺で中国とロシアが共同で軍事演習を重ねる状況に重大な懸念を示すと共に、軍事力強化を進める中国の動向を「最大の戦略的な挑戦」と位置づける処です。(日経4/11)

そして、世界の地政学的対立の構図はウクライナ侵攻をきっかけに、先進国の民主主義勢力、中ロを中心とした強権統治国勢力、そしてそのいずれにも与しない中立的な姿勢を保つインド、アフリカ諸国等、グローバルサウスと称される陣営、の3勢力に仕分けされる様相にあって、そうした新たな国際環境に先進7カ国は如何に与していくかが問われる処でしたが、青書は「できるだけ多くの新興国・途上国と連携していく事が極めて重要」と説く処でした。これこそは議長国、日本のとるべきサミット対応作法とする処、具体的には、「南半球を中心とした途上国 ‘グローバルサウス’対策」とされた由で、これが議長国日本にとって合理ともされる処、国内法の縛りで軍事的に貢献できない事情があって、それに代わる苦肉の策とも云えそうでした。
つまり岸田氏の思いとは裏腹に、ウクライナ支援で日本には国内規則の制約で紛争地に殺傷能力のある武器を提供できず、防弾チョッキの供与、財政面での支援に留まり、日本以外のG7各国が戦車などを拠出するのとは対照的だったという事だったのでしょう。

さて、岸田首相はこうしたsuggestionに照らす如くに3月19日、グローバルサウスの雄、インドのモデイ首相を訪問、今次サミットへの招待を伝え、加えてブラジル、インドネシア、オーストラリア、韓国、ベトナム、コモロ(アフリカ連合代表)、クック諸島国(太平洋諸島フォーラム議長国)を サミット・アウトリーチ会合(サミット拡大会合)へ招待を伝えるのでした。 更に4月29日には、エジプト、ガーナ、ケニア、モザンビークを訪問, 各国首脳と意見交換を果たす処です。 もとよりここうした訪問はグローバルサウスの国々をG7側に 引き寄せる目的にあって、5月4日、モザンビークでの記者会見では「法の支配に基づく国際秩序の重要性」を訴える処でした。

・グローバルサウスとの協調
周知の通り,グローバルサウスの国々は米欧とも中ロとも一定に距離を置く処、米欧との橋渡し役を自任する日本が主導してうまくG7側に取り込めば中ロへの抑止力となりうるとの判断もあり以って、今次サミットではG7首脳による本会合に加え、outreachと称した拡大会合に、グローバルサウスとされる途上国・新興国の8カ国、更に国連等7つの国際機関の代表を招待し、G7との新しい連帯を巡っての重要な機会とする処でした。実際、これまでG7を牽引してきた米国の力が衰え、嘗てG7はGDPベースで世界経済の6割を占めていましたが、リーマン事件を経てその実力は後退、現在では5割を切る状況で、その分、グローバルサウスのような成長国と組むことの選択に向かうと云う新事態を見る処です。 

尚、招待8カ国の内、グローバルサウスの3カ国、インドネシア、インド、ブラジルはG20の22, 23, 24年の議長国で、世界の注目を呼ぶ処です。ただインドは核拡散防止条約(NPT)に加盟せず、条約の枠外で核兵器を保有する国です。そして、今や国連安保理事会の改変を通じてインドの常任理事国入りを言い出す処です。もとより留意すべきは、G7は米英仏の核保有国に加え、米国の「核の傘」に守られている日本とドイツ、イタリア、そしてカナダで構成する点です。

    (注)アウトリーチ(拡大会合)への招待国、国際機関
     招待国:インドネシア、インド、ブラジル、オーストラリア、韓国、ベトナム、
コモロ(アフリカ連合)、クック諸島(太平洋諸国フォーラム議長国)
     国際機関:UN, IEA, IMF, OECD, 世銀、WHO,WTO

(2) 広島 ‘サミット’ の行動様式
こうした事情を映すG7サミットでの中心議題は周知のとおりで、 ① ウクライナ問題への対応つまり、中国・ロシアに対する規制強化問題、②サプライチェーンの分断と混乱への対応の如何、更に ③ 食料とエネルギー安全保障の問題への取り組み等、にあって、中でも地政学的取り組み姿勢として、Hottest geopolitical slogan(The Economist, April 15)とされる「自由で開かれたインド太平洋」に係る安全保障問題、つまりアジア諸国等との取り組みについて、とされていました。そして日米共にグローバルサウスの取り込みに奔走する姿が注目を呼ぶところでしたが、これこそはグローバルサウスが迫る世界情勢の変化とも云え、議長国、日本に求められる新たな取り組みとなる処でした。

サミット第1日目の5月19日午前、平和記念公園ではG7各国首脳は岸田首相の案内の下、犠牲者の霊に対し冥福を祈り、献花を行い、その後、原爆資料館を訪問し、その際、核軍
縮に焦点を当てたG7首脳による初の共同文書「広島ビジョン」を発表するのでした。
尚、「広島ビジョン」とは、核のない世界を「究極の目標」と位置づけ「安全が損なわれな
い形で、現実的で実践的な責任あるアプローチ」に関与すると確認する処、ウクライナへ侵
攻するロシアを巡り「核兵器の使用の威嚇、いかなる使用も許されない」と強調し、核拡散
防止条約(NPT)体制の堅持を唱えるものでした。

・サミット首脳宣言
さて会議の推移は以下次第で、19日、ワーキングランチを含め3つのセッション(世界経済、ウクライナ、外交・安全保障)、そして20日には、2つのセッションと2つの拡大会合(グローバルサウスへの関与、経済安全保障、そして拡大会合での食料、保険、開発、ジェンダー、そして気候、エネルギー、環境)をこなし、同日,これら 討議の成果を首脳宣言、10項目に取り纏め、予定より一日繰り上げ発表する処でした。つまりG7のみでの討議が概ね終わったことを受けて発表されたものの由ですが、21日には前述、ゼレンスキー大統領との対面での討議で、ウクライナ情勢に関する協議が中心となる事への配慮でした。 

首脳宣言は上記の次第ですが、内容的には中国やロシアに対抗し、「法の支配」に基づく国際秩序を維持する為、結束を強化すると明記する処、「核兵器のない世界」については究極的な目標と位置づけ、現実的な方法で各軍縮を進めると強調する処です。一方、G7が国際秩序を主導する力が低下したことを踏まえ、国際的な「パートナー」との協力を深める、つまり国際秩序維持へ結束強化を図る意思を、示す処でした。

・21日行われた拡大会合(アウトリーチ)での議論の中心は、先進国と途上国との協調関係の在り方、具体的には経済支援の在り方についてで、要は先進国による途上国への経済開発支援は従来の行動様式では通じにくくなった事情を再認識するもので、つまりは、先進国主導の開発支援はいうなれば‘上からの目線’にあって、その点で途上国としては近時、自国の利益が損なわれているとの批判・不満を募らせる処、これが先進国主導の国際秩序に向けられる様相にあって、いわゆる先進国による対途上国開発支援といったこれまでの構図が急速に変化してきている点への理解と、その上に立っての新たな取り組みを目指さんとするものでした。

つまり、この不満がひとたび吹き出せば、グローバルサウスは権威主義勢力に接近し、西側先進国と新興国全体との闘いの構図が世界で強まる可能性があるという事への配慮とされ、 言い換えれば、西側先進国は多様な価値観を認めながら、グローバルサウスが自ら持続的に成長できる環境を整えていく事の重要性と、そのためには戦後、先進国が形成してきた政治経済、安全保障、などの国際秩序を柔軟に見直していく姿勢が求められる処です。

今次G7サミットでは「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜く」という行動様式をG7の意思として世界に向け発信すると云うのでしたが、法の支配とは、「グローバルサウス」の新興国・途上国とも共有できる原則と云うもので、具体的な取り組みとしては、新興国や途上国の苦境を打開し、世界のサプライチェーンに組み込む国際協力を深めることと思料するのです。そしてこの協力をいかに進めていくかが、先進国に課された課題とされる処、5月12日、G7の財務相・中銀総裁会議では、脱炭素分野のサプライチェーン強化に向けた途上国・新興国の支援策の議論があり、世銀や有志国と連携し、新たな枠組みを「年内に立ち上げる」と明記する処(日経5/13)、これが全サミットの問題となる処でした。

・G7に求められる新たな新興国対応
こうした新興国の協力を打ち出す背景には、金融のデジタル化や気候変動問題等、影響力を増す中国への対応等、先進国だけで解決できない問題には、新興国の協力が不可欠との認識があって、これが世界経済の牽引役を担ってきたG7には、これまでとは異にする「協調型」への脱皮が迫られている状況を映す処です。 つまり、現状「日米」と「中ロ」のGDPの世界シェアーは20%前後で並ぶ処、この点で、米国はG7に韓国、オーストラリア等友好国を広く束ねなければ中国を圧倒する未来図は描けないことを意味するという事ですが、グローバルサウスを含めた今次のサミット会議は21世紀の秩序を左右する要因を浮き彫りする処だったと云うものでした。

さて、21日、G7サミットは幕を閉じました。日本は議長国として現在の世界が直面している問題への認識・理解の共有を図ることに成功したとされる処、サミット直前の5月20日付エコノミスト誌では ‘Reviving the G7’ と日本の努力を評価するのでしたが、これからは、当事者間での歩み寄りをはかり、どう平和を実現していくかが問題と、言い換えればサミット後の対応如何と云う事です。議長の岸田首相にはよくやったとの賛辞が送られ第1幕が終了し、今、第2幕の開演が待たれる処、その準備は如何が問われる処です。

・識者が指摘する次への行動
その準備のためには何をどう考えればいいのか、当該識者、学者はG7が世界経済のリーダーであるためには、結束と共に力強い経済を確保していく事と説く処、米コロンビア大のG.ハバード教授はその為に必要なことは、成長・機会・参加を柱とする政策であり、この3本柱の政策は開かれた経済へのより広い社会的関与を可能とし、グローバル人材を引き付けるG7の地位堅持に寄与するだろうとするのです。(日経、5月11日「経済教室」)ただ、開かれた経済への支持は世界的に危うくなっています。その点でサミットを、グローバル化と技術変化への支持を呼び掛ける機会とする事に期待を寄せる処です。

・G7サミットでヒーローとなったゼレンスキー大統領,
それにしても、G7サミット後半の主役は前述、20~21日に突如広島を訪問したウクライナのゼレンスキー大統領でした。戦時下にあって、その場を潜り抜け、訪日した目的はG7サミットを機に、広くウクライナの現状への理解を高め、同時に支援を求めんとするものでした。その直前にはサウジアラビアのジェッダに立ち寄り、アラブ首脳会議に出席、ウクライナの現状への理解を求める処でしたが、フランス政府の協力を得て勇躍 広島入りし, G7の首脳会議に出席したものでした。勿論そこでは、ウクライナの現状を訴え、それへの理解と支援の強化を求める処でした。具体的には二つ。一つは新興国を反ロシアの立場に引き寄せ、同国の継戦能力を落とすこと、もう一つは西側の支援拡大に向けたG7各国との結束を強める事、でした。 滞在30時間、彼は各国の立場にも配慮しながら、集まった各国首脳との連帯を深め、因みに彼が広島入りして最初にあった人物は、ロシアからエネルギー輸入を増やしているインドのモデイ首相だったのですが、インドネシアのジョコ大統領とも会話をするなど、つまりは巧みな外交巧者と評される処でした。 そして、21日夕刻、世界の支持を一身に浴びながら,広島を出発して帰途についたゼレンスキー氏でしたが、仏専用機内で収録した動画声明で「世界は私たちの立場に耳を傾けてくれた」と今次の外遊の成果を強調した由です。そして、広島平和記念資料館では「現代の世界に核による脅しの居場所はない」と記帳した由でした。(日経5/23)

序で乍ら,G7首脳が原爆資料館訪問時の 記帳(一部)紹介しましょう:
・バイデン米大統領:世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!
・マクロン仏大統領:感情と共感の念を以って広島で犠牲となった方々を追悼する責務に貢
献し、平和の為に行動する事だけが、私たちに課せられた使命です。
・ショルツ独首相:私たちは今日ここでパートナーたちと共に、この上なく強い決意で平和
と自由を守っていくとの約束を新たにする。核の戦争は決して繰り返されてはならない。
・スナク英首相:広島と長崎の人々の恐怖と苦しみは、どんな言葉を用いても言い表すこと
ができない。しかし私たちが、永久になくせる日に向けて、共に歩んでいきましょう。
・トルドー加首相:多数の犠牲になった命、被爆者の声にならない悲嘆、広島と長崎の人々
 の測りしれない苦悩に、カナダは厳粛なる弔意と敬意を表します。
・メローニ伊首相:本日、少し立ち止まり、祈りを捧げましょう。本日、闇が凌駕するもの
は何もないという事を覚えておきましょう。本日、希望に満ちた未来を共に描きましょう
・岸田日本国首相:歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に「核兵器の
ない世界」を目指すためここに集う


[2] 半導体を巡る米政府の対中規制強化と日本の安保対応

さて、G7サミット、アウトリーチ会合を通して、各国間での価値観の共有が確認され今、次の次元へコマを進めんとする環境にある処ですが、気がかりは米政府の対中輸出規制が齎す影響です。これまでG7の結束は揺るぎないものとされてきていますし、今次サミットではその強固さが改めて語られる処でしたが、ロシアによるウクライナ侵攻への対抗策が、ロシアや 中国を念頭に置いた戦略の強化となってきたことで、その結果、G7として結束が問われる事態が生じてきていると云う事です。そしてその対象となるのが半導体です。

➀ 米政府の対中輸出規制強化
西側の結束は中ロへの対峙の視点ら不可欠な要素とされる処、これが 米国の対中規制強化問題と絡む形で結束が緩みかねないところが気にかかる処です。どういったことかですが、米政府は昨年10月、半導体の中国向け輸出に強烈な縛りをかけてきています。その意図は中国が加速させる軍事のデジタル化を食い止めるのが狙いとされています。米国とNATO加盟国は数か月以内に米国を追って数か月以内に同レベルの輸出規制講じることになるのでしょうが、その結果、日本企業はこれまで依存してきた巨大な中国市場を失う事になると見るのです。

米国の技術政策の中核にある国防総省の国防高等研究計画局は中国軍のデジタルトランスフォーメーション(DX)に危機感を高めていると云われているのですが、それは中国のAIの技術が、米国と同水準、或いはそれ以上の実力をつけているためとされています。そして、
規制の焦点はずばり半導体の製造装置です。AIの軍事利用は自律型の攻撃ドローン、戦闘ロボット、SNSによって扇動する情報戦システムなど、多岐に亘る処です。 これらには高度な半導体が欠かせず、半導体の開発・生産には日米欧の最先端の製造装置が必要なのです。
軍事転用できる米国製AI用チップの対中輸出を止めるだけでなく、製造装置の貿易にも制限を掛ける必要があったと云うものです。

装置業界の世界4強は、米アプライドマテリアルズ、ラムリサーチ、オランダのASML,そして日本の東京エレクトロンで、日本にはこのほかキャノン、ニコンなど露光装置の有力メーカーがあります。日本製の海外販売の33%が中国向けとされており、米国の対中規制に沿う事となると、その結果、日本企業はこれまで依存してきた巨大な中国市場を失う事になるのですが、その途端に冷戦時代に導入された対共産圏輸出規制(COCOM:1949~1994)の悪夢がよみがえる処です。

さて、米政府は輸出管理法などを矢継ぎ早に発動し、中国の個別企業を名指しして輸出を禁止していますが、日本、やEU各国には企業を特定して輸出規制する制度はありません。米国が描く中国包囲網を築くには、米国が呼びかける国際協調に日欧が加わる必要があるのです。一方、米国では昨年8月、半導体の国内生産に527億ドルの補助金を投じる「CHIPS・科学法」を成立させていますが、企業が補助金を得る条件として、今後10年間は中国での生産に投資できなくなる縛りがあるのです。それは、戦後世界の経済秩序構築のためと当時国際協調を呼びかけた米国が、保護主義に傾斜していく姿を映す処です。つまり戦略物資となった半導体が、自由貿易と市場原理を壊しているように見える(日経、2/5)とは然りですが、今次のG7サミットでは不問のままとなっていたのは大いなる疑問です。

尚、米連邦議会では中国との覇権争いを優位に進めるためとして「中国対抗法案」の策定を始めたと伝えられる処です。法案の柱は ①中国への先端技術の流出阻止と投資抑制、②国内の先端技術への資金拡充、などとされています。(日経5/17) 法案が成立すれば日本にも影響が及ぶこと当然で、日本企業も規制に対応したり、日本でも同様の規制導入を迫られたりする可能性もあり得 べく、事の推移は要注意とされる処です。

② 経済安保対応に向かう日本の半導体政策
もう一つ同じ半導体ながら、岸田政権はサミットに合わせて5月18日、米インテルや韓国サムスン電子など世界の半導体メーカーのトップを首相官邸に招き、「政府を挙げて半導体産業への支援に取り組みたい」と、日本への投資拡大を呼びかけた事でした。勿論これは補助金が出る話でしょうが、米中の対立が後戻りできない地点を越え、いまや経済の安全保障が何よりも優先されるようになってきた事態を示唆する処です。 つまり、中国を念頭に価値観を共有する国々で半導体の供給網を整備し東南アジアの経済安全保障を強化せんとする処、これがグローバル化の波で世界に展開したサプライチェーンが猛烈な勢いで巻戻されることになる処、これが自動車や機械を国内で生産し、世界市場で売って稼ぐ、これまでの経済モデルが崩れんとみる処、ではこれからの日本は何を輸出する国になるのか、日本の本質的な価値への問いが始まる処です。さて経済安保最優先の行く先はと、なる処です。


[おわりに] G7 広島サミットが終わって想うこと

本論考の締めに当って今一度、G7広島サミットの生業について振り返ってみました。広島サミット開催について岸田首相は「広島ほど平和へのコミットメントを示すのにふさわしい場所はない」と、広島でのサミット開催の意義をそう表現していました。そこで筆者は、そうした真にサミットとしてのコミットメントを発信できたものかと、暫し思うのでした。

というのも広島で語られてきたスローガンとは「日本と世界の明るい未来」でしたが、その核心は、「核兵器そのものはあってはならない」と訴えるものの筈です。しかし、その現実は如何?です。広島出身で朝日新聞を経て独立したジャーナリスト、宮崎園子氏がJB press(5/11)で指摘するのでしたが、「核兵器は作って持ってもいいが、使うな」ではない筈とする点でした。Time magazine’s online edition May 22/29 では、岸田首相との対談をベースとした特集記事「Japan’s choice 」で軍事予算の増大にも照らし、`Kishida has set about
turning the world’s No. 3 economy back into a global power with a military presence.とする処です。

実際、その現実は「核兵器のない世界」ではなく「核兵器によって抑止力が保たれた世界」にあって、結局、G7広島サミットは、核抑止力によって平和が保たれる未来を選択して幕を閉じたことで、「平和」を掛け声にした政治ショーの舞台であって、この舞台の生業は変わる事はない、真に平和は永遠に手にできないことを実証する舞台と、思うばかりでした。そして、その後、広島出身で工学博士号を持つ筆者友人とも話した結論は、「核なき世界の実現は起きないだろう。しかし『核廃絶』は言い続けるべき」とするものでした。 (2023/5/27)
posted by 林川眞善 at 16:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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