はじめに 国際協調の機能不全
1. 更に鮮明となった世界の対立構図
・epoch-makingな欧州での首脳会議
・プーチン大統領の対抗姿勢
2.囁かれる世界大戦の可能性
第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境
1. 今次NATO首脳会議の意義
(1) `そもそも‘ NATOとは
(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
2.米中貿易戦争の行方
第2章 Global Businessの行方
1. ダボス会議は失敗 by Joseph Stiglitz
2. ロシアン・ビジネス
(1) サハリン2 プロジェクト接収騒動
(2) サハリン2と、日本のエネルギー安保
おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相
・安倍晋三元首相 、凶弾に倒れる
・「黄金の3年」を手にした岸田政権の今後
追 記 : 気がつけば 論考10年
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はじめに 国際協調の機能不全
1. 更に鮮明となった世界の対立構図
・epoch-makingな欧州での首脳会議
6月、欧州ではいわゆる西側陣営による各種首脳会議(注)が開かれています。いうまでもなくロシアのウクライナ侵攻、その暴挙に西側陣営は如何に対抗すべきかを探る会議となっていて、有態に言えば、世界の安全保障体制会議とも言えるのですが、特筆されることは、対ロ戦略たる経済制裁が打ち出された状況が、西側陣営としてこれまでになく一致団結する形で決定されたことでした。勿論その行動様式は、戦後秩序の変化を呼ぶものと思料されるのです。
戦後秩序とは、第2次大戦後、米国を中心にした国際社会の安定した状態を指し、その安定と平和を保つ目的で、国際組織である国連や様々なルールが整備されてきたのですが、ロシアのウクライナ侵攻はそうした戦後の国際秩序への挑戦であり、破壊です。それだけに民主主義を規範とする西側諸国が、これまでになく一致団結して権威主義国家ロシアに対峙したことは今後の秩序のあり方を考えていくうえで、まさにepoch-makingとされる処です。
具体的には、ロシアの暴挙に対抗する姿としてG7サミットがあり、対中ロを含めた安全保障対応に、今やNATO首脳会議の出番がありで、彼らの行動に大方の関心を呼ぶ処です。
(注)6月、欧州で開かれた主たる首脳会議
・6月12~17日、WTO閣僚会議(於ジュネーブ)、
・6月23 ~24日 欧州理事会(EU首脳会議)、(於ベルギー)
・6月 2 6~28日 G7サミット、(於 エルマウ、ドイツ)
・6月 29~30日 NATO首脳会議(於 マドリッド)
・プーチン大統領の対抗姿勢
こうした西側の動きに対するプーチン・ロシアの対抗はいかにですが、同氏は未だ意気軒高 ? と云え 、侵攻を収める気配はなく、6月17日 サンクトペテルブルグで開催の「国際経済フォーラム」(注)に参加した彼は「西側が行う対ロ制裁は失敗だ、ロシア経済は強固だ」と主張、「一極集中の時代は終わった」と欧米中心の秩序に反発を示す処です。
(注)国際経済フォーラム:年1回開かれ、そこにはロシアとの経済協力を望む企業経営者や政治家が集まる。過去には安倍晋三首相(当時)やフランス、マクロン大統領らも参加したプーチン肝いりのイベント。しかし今回は要人の参加はなく、ビデオメッセー ジによるごく限られ内向き色の濃いものだったと報じられる処でした。(日経6/18)
更に6月28日からは、タジキスタン等中央アジア諸国を歴訪、29日にはトルクメニスタンの首都、アシガバートで開催のカスピ海沿岸5か国首脳会議に出席、参加国間での政治と安全保障、貿易面での関係強化を訴え、欧米排除の姿勢を強調する処です。かくして欧米とロシアとの対立構図を一層鮮明とする状況です。
序で乍ら7/16閉幕したG20会議財務相・中銀総裁会議(於、バリ島)でも、ロシアへの対応を巡り見解がわかれ、共同宣言は出せず、国際協調の機能不全を鮮明とする処です。
2.囁かれる世界大戦の可能性
処で、北欧2カ国、フィンランドとスウエーデンのNATO加盟申請(5月18日)についてはトルコのエルドアン大統領が、トルコが敵視するクルド系組織を北欧2カ国が支援していることに難色を示していたことから、その実現には時間を要するのではと、しましたが、NATO首脳会議直前の6月28日、フィンランドのニーニスト大統領、スエーデンのアンデション首相、トルコのエルドアン大統領、そしてNATOのストルテンベルグ事務総長との4者 会談があり、結果、北欧2者がトルコの主張に応える形で、対クルド政策について譲歩を示した事でエルドアン大統領が北欧2カ国のNATO加盟を了承したことで、結果、全加盟30カ国の同意を得、北欧2カ国のNATO加盟が実現することになったのです。(NATO加盟には全加盟国の同意が必要とされる処、トルコの反対の為、実現が難しいと見られていた) ただ、この背景にはバイデン米大統領とエルドアン大統領との別途の会談で、トルコが求めていた戦闘機の近代化支援を米側が約束した事情があった由で(日経、7/1)、その見返りとして、トルコは当該2カ国のNATO加盟を承諾したとされています。いずれにせよ、この結果、欧州の対ロ防衛力がより一段と高まると云うものです。
ただ、新たな問題が急浮上です。先月号論考でも指摘したロシアの飛び地、カリーニングラード問題です。同地には、ロシア4つの艦隊の一角、バルト艦隊の母港で、そこには核弾頭も搭載可能なミサイル「イスカンデル」が配備されているのです。が、そこへのアクセスは隣国のEU加盟国 リトアニア経由となるのですが、EU制裁対象の貨物の運び入れが禁じられているため、動きが取れずロシアは報復措置を取ると警告する処です。 仮に、ロシアが報復措置を取るとして、NATOは如何に対処することになるのか、事と次第では、これが第3次大戦への引き金ともなりかねずとの懸念の高まる処です。
因みに、日本でも支持者の多いとされている仏の人口学者、エマニュエル・トッド氏は、文春新書「第3次世界大戦はもう始まっている」(6/20)で、更には、中央公論7月号でもその可能性を繰り返す処、実際その可能性が否定しきれぬ状況が現れ出してきています。
そこで、本論考では全欧安保政策をつかさどるNATOの今次首脳会議を中心に、上記各種首脳会議の総括をも兼ね、欧州安全保障体制と世界の安全保障の今後について考察する事とし、更に、今次NATO首脳会議に岸田首相が他アジア3カ国の首脳と共に出席し、席上、日本とNATOの関係について「一段と引き上げるものとしていきたい」と発言する処です。ちょうど日本は参院選が終わり新たな政治が始まる処です。そこで、NATOとの関係をも含めた日本が対峙する課題、政治の向かうべき方向についても考えてみたいと思います。
第1章 NATOの新「戦略概念」と、新たな安保環境
6月29日、スペインで開かれたNATO首脳会議では、今後10年間の指針となる新たな
「戦略概念」が採択され、首脳宣言を以って幕を閉じました。NATOの行動様式は欧州の安全保障ということのみならず、世界的広がりを以って効果する処です。以下では、そもそもNATOとはどういった存在なのか、今、転換点とされる事情とはどういったことかレビューし、併せて、今次 欧州の軍事同盟たるNATO会議に日本は他アジア3カ国首脳と共に招待されことの意義、そしてglobal競争環境の新たな変化について併せて考察します。
1. 今次NATO首脳会議の意義
(1) `そもそも‘ NATOとは
NATO(North Atlantic Treaty Organization)とは北大西洋同盟とされ、欧州28カ国と北米2カ国が加盟する政府間軍事同盟です。第二次大戦が終わり、東欧を影響圏に置いたソ連邦との対立が激しさを増す中、その対抗として米英が主体となって1949年4月4日 ワシントンで調印された北大西洋条約を実装する組織で、集団安全保障のシステムです。
尚、結成当初、ドイツについては米国等、一部ではドイツの非ナチ化が構想されていた由ですが、連合軍占領下にあって、ドイツは武装解除されており、主権回復後の1950年には西ドイツの再軍備が認められ、ドイツ連邦軍(Bundeswehr)が1955年11月12日に誕生し、西ドイツのNATO加盟が実現、今日に至る処です。 尚、NATOの本部は現在ベルギーのブリュセルにあって、現時点での加盟国は30カ国。NATOは東ヨーロッパにNATO即応部隊を配備しており、NATO加盟諸国の軍隊を合わせると、約350万人の兵士と職員を有する処、2020年時点の軍事費合計は、世界の名目総額の57%以上を占める処です。(IMF World Economic Outlook, 2021)
一方、こうした米英の動きに対抗、1955年、ソ連を中心とした東側8カ国は、ワルシャワ条約を締結し、軍事同盟となるワルシャワ条約機構を発足させています。この二つの軍事同盟によってヨーロッパは東西に分割されることになり、以って「冷戦」期となるのでしたが、1989年のマルタ会談(ソ連のゴルバチョフ書記長、米国のジョージ・ブッシュ大統領との首脳会談)の結果、44年続いた冷戦は終結したのです。(ワルシャワ条約は1991年ソ連の崩壊と共に失効) 第二次世界大戦から冷戦期を通じて(1945/2月~1989/12月)、西欧諸国はNATOという枠組みにあって、米国の強い影響下に置かれることになったのですが、それは又、世界大戦で疲弊した欧州諸国の望む処でもあったとされています。
(2) NATO新「戦略概念」と対中ロ決意
今次NATO首脳会議では12年ぶり、新たな「戦略概念」が採択されています。これは今後10年の行動指針となるものですが、「戦略概念」で新たに表記されたロシアと中国に対する認識こそは、NATOのロシア、中国に対する決意を示したものと、注目を呼ぶ処です。
新「NATO戦略概念(要旨)」(日経7月1日)では、これまで「戦略的パートナーシップ」と表現していたロシアを「最大かつ直接の脅威」と再定義し、更に、これまで言及されることの無かった中国について、はじめて言及、「中国の野心と強制的な政策は、我々の利益と安全、価値観に対する挑戦」と規定した上で「政治的、経済的、軍事的手段を駆使して、世界的な影響を強め、力を行使している」として、中国を欧米の安全保障に突きつける「体制上の挑戦者」と位置づけたのですが、この2点を以って、NATOの新戦略、NATOの対中ロ決意と、その変化に巷間注目を呼ぶ処です。
つまり、1949年に発足したNATOは集団安全保障の領域を北大西洋条約5条で「欧州と北米」と定めていますが、70年を超える歴史で始めて領域外の「中国」に言及したのはNATOを取り巻く安保環境の劇的変化を物語る処、まさに上記2点を以って冷戦後の世界秩序の転換点を示唆するものと評される処です。(注)
(注)NATOの戦略概念:これまで3度、出されている。1991年の戦略概念では、
旧ソ連圏との東西冷戦から地域紛争への対応に軸足が移されていたが、1999年のそ
れでは、危機管理を新たな任務と位置づけ、域外での軍事行動も可能とする処。
2010年の戦略概念では、中核任務を「集団防衛」「危機管理」「協調的安全保障」と
し、集団防衛を最重要とする事なく、三つが並立とされていた。
尚、新「戦略概念]が示すこととは、民主主義と自由の価値を再確認するということですが、それを破ろうとする権威主義的な勢力に、民主主義国が、結束して対抗をする決意を示したと云うもので、中ロを隣国とする日本にとっても、それが意味することの大きさは云うまでありません。 因みに、該「戦略概念」では「インド太平洋地域の発展は、欧州・大西洋地域の安全保障に直接影響を及ぼしうるため、NATOにとって重要」とし、当該地域の新規及び既存のパートナーとの対話や協力を強化する、とも記す処、まさに冷戦後の世界秩序の転換点を象徴する処と思料するのです。
・ストルテンベルグNATO事務総長の総括
会議終了時の記者会見でストルテンベルグ氏は今次戦略概念について、冷戦以降最大の集団防衛と抑止力の見直しを行ったと強調する一方、中ロの位置づけを大きく変えたことで、米欧の軍事同盟であるNATOは歴史的な転換点を迎えたと語る処です。そして、集団防衛強化として、NATOは有事の際に即応部隊を10日以内に10万人、30日以内に20万人を派遣できる体制を整えると発表。2023年までに現在の4万人から7倍超の30万人以上に増員し、180日以内には追加で50万人を送れるようにするとも語る処です。(日経6/30)
加えて前出の通り、今次の首脳会議に始めて日本、韓国、豪州、ニュージランドの4首脳は招待を受け、出席していますが、その事情は上述「戦略概念」を映す処と思料するのです。
岸田首相は会議席上、「欧州とインド太平洋の安全保障は切り離せない」と強調した由ですが、相手に協力を求めるならば、自分にも役割が求められる処、その役割とは、日米同盟の強化にとどまらず、韓国や東南アジアなど周辺国を巻き込んだ東アジア安保を強固にしていく事でしょう。そのためにも日本は今、米中対立の最前線にいる自覚を持たなければなりませんが、となれば、次は岸田首相の出番となるのでしょうか。
その点、一部には今次NATO首脳会議に呼ばれた事情として対中国の「アジア版NATO」の創設と云った議論も聞こえてくる処ですが、結論としては、中々難しい話と思料するのです。何故なら本家のNATO同様、集団的自衛権を前提とすると、日本憲法では武力行使は認められていません。つまり、憲法の改正なくして集団的自衛権への対応は不可であって、出番と云っても他の方法での貢献を考えていく事になる処です。また国連安保理事会の常任理事国入り問題でも、同じ点が問われる処です。
・序で乍ら、「集団的安全保障体制(例えばNATO)」参加の可能性について、その条件となる「集団的自衛権」について、筆者友人から貴重な指摘が届きました。折角なので参考まで、以下に、その概要を紹介しておきたいと思います。
『集団的自衛権』は国連憲章第51条に依って日本にも保障されているが、この権利については、2014年7月1日の第2次安倍内閣閣議において、それまでの「集団的自衛権は保持しているが憲法9条により行使はできない」との立場を、「限定的に行使することができる」との憲法解釈に変更する「閣議決定」がなされている。 本決定によると、「集団的自衛権行使の要件」として「日本に対する武力攻撃、又は日本と密接な関係にある国に対して武力攻撃がなされ、かつ、それによって日本国民に明白な危険があり、集団的自衛権行使以外に方法がなく、必要最小限度の実力行使に留まる必要がある」とある。
現在、日本や欧州が直面しているロシアによる武力攻撃の脅威を上記下線部分に照らしてみると「我が国による集団的自衛権行使の要件」に相当するとも考えられることから、「ロシアによる武力攻撃の脅威」を根拠とする我が国の集団安全保障体制への参加は可能と思料する。今後彼らによる脅迫が一層尖鋭化して「我が国が差し迫った危機に置かれる場合には、我が国としても集団安全保障体制に頼らざるを得なくなるであろう。近い将来この局面が到来するのではと予測している」と。
上記論理はよく理解する処、その際の問題は、今、再浮上の改憲議論にも関わる処、政府がどれほどに真摯に国民を理解させうるかにかかる処と思料するのです。
2. 米中貿易戦争の行方
さて、欧州の対中姿勢が上記の通り鮮明となる処、米中が貿易戦争を始めてこの7月6日で4年を迎えました。具体的には米国が2018年7月 6日に、産業機械等340億ドル分の関税を上乗せして米中貿易戦争が始まったのですが、バイデン政権は国内経済のインフレを抑制するため対中制裁関税の引き下げを検討しだしたと報じられる処です。そもそも、これが法律に基づき関税発動から4年で見直す決まりとなっているのですが、問題は台湾や人権等の問題を含めた対中関係全体の中で通商関係をどう修正するかがポイントです。
USTRは7月6日以降も現行関税をひとまず続けた上で、今後の扱いを決めるとしているようですが、最終的にはバイデン大統領の政治判断となる事でしょう。因みに、7月5日の記者会見でジャンピエール大統領報道官は「複数の選択肢を検討中」とするに留める処です。
11月の米中間選挙ではインフレ対策が争点となる事でしょうし、その点では、バイデン氏にとって対中関税の引き下げは、政権として取り組める手段の一つであり、政権内では既にイエレン財務長官らが対中関税の引き下げを唱えているとされる処、仮に中国から一定の譲歩を得ずに関税を引き下げたとすれば、野党共和党から「中国に弱腰」との批判は必至。このため、この関税引き下げと同時に、中国への強固策も検討中ともされる処、具体的には通商法301条に基づき、中国の不公正な貿易慣行を特定する案が伝えられる処です。
米中は対立を深めつつも、偶発的な衝突は回避するため対話を続ける構えにあると伝えられるなか、政権内動きとして、財務長官のイエレン氏は5日、中国経済の司令塔である劉鶴副首相と協議したほか、ブリンケン国務長官も7月7日、インドネシアのバリ島でのG20外相会合(主要20か国・地域)を利用して行われた中国、王毅国務委員との会談を通じ、対話の維持を確認したとし、中国外務省はこの会談を「将来のハイレベル交流のため条件を整備した」と総括する処です。(日経、7/10)
かくして、中間選挙を前に関税の引き下げでインフレを抑えたい米国、共産党大会を前に悪化する経済を米国向けの輸出増でテコ入れしたい中国、両者の利害は一致する処とされるのです。勿論、安全保障を巡る分野で緊張が解ける気配は見えませんが、双方が制裁関税を見直せば、関係悪化に歯止めをかけるきっかけとなるものと期待される処です。
ウクライナ侵攻後、ロシアと日米欧外相が初めて一堂に会したG20外相会議では非難の応酬に終わった由ですが、上記、ブリンケン米国務長官は、王毅中国外相との会談後、米中首脳が近く協議する予定と発表する処です。(日経7/11夕) しばし静観って処です。
第2章 Global Businessの行方
1. ダボス会議は失敗
米経済学者、Joseph Stiglitz氏は、5月31日付、米論壇Project Syndicateへの寄稿論考, 「Getting Deglobalization Right 」で、今年2年ぶりにダボスで開かれたWEF, The World Economic Forum (ダボス会議)に出席しての印象を、「グローバル化は衰退する」と総括し、衰退していくとみられるグローバリゼーションをどう管理していくべきかについてadviceを行う処です。以下はその概要です。
「Getting Deglobalization Right」by Joseph Stiglitz
・これまでのフォーラムはグローバル化を擁護してきたがサプライチェーンの寸断、食料やエネルギー価格の高騰、一部の製薬会社が数十億ドルの追加利益を得る為に、取られてきた知的財産(IP)体制等と云ったグローバル化の失敗に、眼を置いていた。そしてこうした諸問題への対応策して提案されたのは、生産の「再集積」又は「友好国化」、更に「国の生産能力向上のための産業政策」の制定だ。誰もが国境のない世界を目指しているように得た題は過ぎ去り、突然、誰もが少なくとも幾つかの国境が経済発展と安全保障の鍵であることを認識するようになったのだという。 勿論、問題はグローバリゼーションだけではない。市場経済全体にレジリエンス(回復力)が欠けている事だ。それは基本的にはスペアータイヤのない車をつくり、現在の価格を数ドル下げただけで、将来の緊急事態にはほとんど注意を払って来なかった。 因みにjust-in timeは素晴らしい技術革新だが、新型コロナウイルスによる操業停止に直面すると、例えばマイクロチップの不足が新車の不足を引き起こすなど、供給不足の連鎖を引き起こし、大打撃を被っている。
・今年のダボス会議ではグローバリゼーションの失敗が政治に与えて影響も存分に見られたと。例のウクライナ侵攻でクレムリンは即座に、しかもほぼ全世界から非難を浴びた。しかしその3か月後、Emerging Market and Developing Countries(EMDCs)は、より曖昧な立場をとるようになった。2003年、多くの者が偽りの口実でイラクに侵攻したにもかかわらず、ロシアの侵攻には説明責任を求める米国の偽善を指摘している。EMDCs はまた、欧州と米国による最近のワクチンナショナリズムの歴史についても強調する処と。
・では米国にとって最善の方法は何か。食料とエネルギーのコスト高騰に対処できるよう支援する事で、新興国に対してより大きな連帯感を示すことだ。これは富裕国の特別引き出し権(IMF:SDR)を再分配し、WTOで新型コロナウイルス関連の強力な知的財産権の放棄を支持すれば、可能になると。そして、「ダボス会議は失敗した」、「トリクルダウン経済学」とは理論も根拠もない詐欺のようなものだとし、下記を以って締めるのです。
― This year’s Davos meeting was a missed opportunity. It could have been an occasion for serious reflection on the decisions and policies that brought the world to where it is today.
Now that globalization has peaked, we can only that we do better at managing its decline than we did at managing its rise.
要は、民主主義諸国はもっと協力をしていかねばならないというものです。
2.ロシアン・ビジネス
(1)サハリン2プロジェクトの接収騒動
6月30日、ロシアのプーチン大統領は,同国極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」について、当該事業主体をロシア政府が新たに設立する企業に変更し、当該資産を、従業員と共に新会社への無償譲渡を命ずる大統領令「複数国による非友好的な行為に対する特別措置」に署名したのです。政府による事実上の「接収命令」です。グローバリゼーションの深化が進む中での資源開発案件ですが、上記「グローバル化は衰退する」を実感させられる瞬間でした。
大統領令の冒頭ではその趣旨を「ロシアに対する制限的措置を科すことを目的とした、非友好的かつ、国際法に反する行為に関連し、ロシアの国益を守る為」とし、ウクライナへの軍事進攻を続けるロシアに対して、欧米と共に制裁を強める日本側に揺さぶりをかける狙いとも見る処です。尚、以下は、元中日新聞論説副主幹でジャーナリストの長谷川幸洋氏による当該大統領令の解説を敷衍し、紹介するものです。
大統領令では、開発に関する契約の義務違反がありとして(詳しくは不明)、ロシアの国益や経済安全保障に対する脅威が生じたと主張。ガスプロムを除く外国株主はロシア政府が新会社を設立してから1か月以内に出資分に応じた株式の譲渡に同意の如何をロシア政府に通知する事、そして出資継続が認められない場合は、ロシア政府が定めた基準を満たすロシア企業に株式が売却されるとし、その売却額は株主だった企業のロシアの口座に振り込まれるが、その引き出しは認められないとするのです。まさに国家による接収行為です。
(参考)「サハリン2」の事業主体「サハリンエナジー」社への出資構成
・ロシア最大政府系ガス会社、ガスプロムが50%
・イギリス石油会社シェルが27.5% (今年2月事業からの撤退を発表)
・日本からは、三井物産が12.5% 、三菱商事が10%,
(2)サハリン2と、日本のエネルギー安保
サハリン2のLNG生産量は年1000万トン、うち日本向けは約600万トンで、日本のLNG輸入量の約1割を占めています。そして300万トン程度を発電用の燃料に使用されています。メデイアによれば、サハリン2は、6月30日時点ではLNGを生産している由で、日本への輸入も続いているとのことでしたが(日経7/1-夕)、日本の電力会社や都市ガスはサハリンエナジーと10年単位の購入契約を結んでいますが、不透明感が強まっている様相が伝えられる処です。とにかく日本のLNG輸入量の約1割を占めるサハリン2を失う事になれば、電力の供給不安は一段と深刻になることが指摘される処です。
問題は、当該事業が新会社に移行された場合どういった対応が可能かですが、とにかく不確実要素が多く、その可能性を測ることはいささか難儀なことと思料するのです。とにかくロシアが日本を「非友好国」と批判していることから、色々考えられるシナリオもその実現へのハードルは高く、サハリン2の代替先はスポット市場しかない状況を踏まえ、国内電力・ガス会社は非常事態対応の検討を始める処、日本のエネルギー安全保障にとって最悪の状況が続きそうです。それこそはプーチンの思うツボとなるのでしょうか。
尚、サハリン2に係る6月30日の大統領令に続きロシアは7月11日、ドイツをつなぐ主要パイプライン「ノルドストリーム」(ロシアからEUへのガス供給量の1/3以上が通る地域最大のパイプライン)の定期検査(運営はロシア国営ガスプロム)を理由に供給が停止されていましたが、懸念されていた 検査終了(21日)後の供給は再開された模様ですが、ロイター通信は19日、供給予定量は40%程度の見通しと。(日経7/21夕) これも欧州の対ロ
経済制裁への対抗ともみられる処、ロシア産ガスに係る不安は続きそうです。
・「節ガス」制度
こうしたLNGの調達難に備え、経産省は都市ガスの消費を抑える「節ガス」を家庭や企業に求める仕組みの導入の検討を始めるとの由で、電力分野の節電要請を参考に、制度設計すると云うのです。(日経7/10)LNGはほぼ全量が輸入で、その6割が電力発電、4割が都市ガスに向けられています。上記の通りロシアからは全体のおよそ1割を輸入していますが、今後、当該安定調達が不透明になっている事への対応として「節ガス」が不可避とするのですが、やはり日本のエネ安保をどう再構築するかがより基本問題と認識される処です。
尚、日本政府は、7月14日,の記者会見での岸田首相の発言通り「日本企業の権益を守り、LNGの安定供給が確保できるよう官民一体で対応する」とし、日本の商社には新会社への移行後も株主として残るよう打診する由。(日経、7/16)さて商社の反応如何ですが。
おわりに 凶弾に倒れた安倍晋三元首相、
「黄金の3年」を手にした岸田文雄首相
・安倍晋三元首相、凶弾に倒れる
7 月8日、参院選終盤のこの日、自民党候補者への応援演説の為、奈良県入りした安倍晋三元首相が、銃を携行した41歳の男に襲われ、その夕刻、搬送先病院で死亡が確認されました。あってはならない凶行、暗殺に多くの国民は啞然とし、彼の死を悼む処、海外にあっても同様、彼の不慮の死を悼む声の続く処とメデイアは伝える処です。
ただ、今なお気になっていることは、7/14の記者会見での岸田首相の発言です。つまり、この秋、安倍氏の葬儀を国葬とし、以って「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くと云う決意を示していく」と語った事でした。つまり、国葬にすることが、どうして民主主義を守ることになるのか ? です。 今日の日本経済低迷の原因の一つがアベノミクスの失敗にありともされる処、これがなんら総括される事のないままに、安倍政権の評価を固め、自民党政権を死守せんとするものかと、聊かの疑問を禁じ得ないのです。
政府は20日、安倍元首相の葬儀を9月27日、日本武道館で「国葬」で実施する(経費は国民の税金)と、正式に発表しました。が、 国葬には依然、釈然とすることはありません。勿論、安倍晋三 氏の冥福を念ずる処ですが。
・「黄金の3年」を手にした岸田文雄政権の今後
さて、7月10日の参院選挙は盛り上がりの無いまま、自民党が改選過半数の63議席を単独で確保し大勝、(対象議席数125議席)非改選併せ国会発議に必要な参院の3分の2を維持して終わりました。次の参院選、衆院解散、総選挙に踏み込まなければ大型の国政選挙は無く、岸田首相が政策を実現しやすい環境「黄金の3年」(日経7/12)を手にしたという事で、岸田首相には日本が抱える内外の課題に果敢に取り組める状況が生れたのです。
ただそれでも気になるのは、事件後の岸田氏のコメントでした。つまり「事件後は安倍氏の意思を継承し、アベノミクスで ‘彼がやり残したテーマを十分にフォローしていく事が、自分の責務だ 」と発言していたことでした。7年8カ月に及んだ第2次安倍政権下でその中身は次第に変質し、軌道修正が求められているアベノミクスですが、何ら総括されることもなく、何ら反省もないままにあって、その発言は、‘安倍晋三という重石が消え、まさにfree handの「黄金の3年」を手にしたと云うのに、なお安倍頼みなのかと、瞬時愕然とする処でした。 これから岸田氏に問われるのは獲得した安定的な政治基盤をどう生かし、何を成し遂げようとするかです。彼自身が標榜する「新しい資本主義」について、現在抱えている問題に対して戦略的に取り組んでいく中で創造されていくと語っていましたが、その点では課題は明らかです。
まず、14日の記者会見で語っていたように (日経 7/15 首相会見要旨) ,当面の資源高によるインフレやエネルギー問題など主要な経済問題への取り組みです。勿論、コロナ感染第7波への対応は云うまでもありません。
そして、安倍晋三氏の遺志を継ぐと云った大義名分はともかく、新しい国際環境に照らした日本国の在り方を問い直すこと、そしてそれを枠組みとして、日本国憲法の在り方を公論に付しながら、日本の安全保障の在り方を問い直すことと思料するのです。 具体的には、台湾有事の可能性が取りざたされるアジアで中国、北朝鮮にどう向き合っていくか、自身が言う「新時代リアリズム外交」にあって、外交と安保政策の答えを出していく事が求められる処と思料するのです。 これらは、まさに日本再生につながるテーマであり、課題です。今それが出来る環境を岸田首相は手にしたのです。 (2022/7/24)
追記:気がつけば論考10年
経済時事解析を旨として始めた月齢論考ですが、 2012年9月号を第1号とし、爾来、今月、2022年8月号を以って10年達成となりました。この間、4回の特別号(2013年3月、2014年6月、2014年11月、2016年7月)が加わったため、10年間の執筆は計124本、我ながら、よくぞ書き続けられたものよと思う処です。が、都度、頂いた読者諸氏からのコメント、各種ご指摘が小生にとって執筆への励みとなってきました。改めて感謝とお礼を申し上げる次第です。有難うございました。尚、今後については目下、思案中です。 〆