2021年05月26日

2021年6月号  バイデン米大統領の「施政方針演説」を解体する - 林川眞善

目  次

はじめに:米NICレポート「Global Trends to 2040」 
      
第1章 「バイデン施政方針演説」が映し出す新たな経済トレンド

1.バイデン施政方針演説 深読み
(1)米経済再生に向けたバイデン政策のかたち
(2)バイデン政策のキモは‘増税’
    ・「小さな政府」対「大きな政府」

2.バイデン増税政策と進歩資本主義
(1)バイデン増税政策とグローバル経済 
(2)Progressive capitalismの実践

第2章 バイデン外交 ―米中対立の行方     

1.バイデン外交の規範 ― 米・同盟国 対 習近平中国  
       
2.米中対立の行方を読む
(1)二人の識者の見立て
   ① 米クレアモント・マッケン大教授、ミンシン・ペイ氏
   ② 米 政治学者、イアン・ブレマー氏
(2)M.ガブリエル氏のアドバイスは「対話」

おわりに 期待されるG7の復活

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はじめに 米NICレポート「Global Trends to 2040」

4月8日、米National Intelligence Council (NIC: 米国家情報会議) は 「GT2040」―「The
more contested world’ of 2040: the forces and dynamics shaping the national security over
the next 20 years」を公表しました。

米NICは1997年から4年ごと、「グローバルトレンド」を発表してきており、発表年から20年後の米国の戦略環境に係る諸要素を分析し、対象年の世界秩序に係るシナリオを提示してきています。そして、当該報告書は、本来米大統領選挙に勝利した新大統領に対する報告書として策定されてきていますが、今回の「GT2040」についてNICは「政策立案者が政権発足の早い段階において、国家安全保障戦略を策定し、不確実な未来を航海する際に、彼らに分析の枠組みを提供するものだ」と説明していることから、バイデン大統領ほかバイデン政権の為に記述されたと云えそうです。

となれば、4 月28日、バイデン氏は上下両院会議で施政方針演説を行っていますが、そのspeechを理解するためにも、この際はGT2040の理解は欠かせぬものと思料する処です。 今次弊月例論考ではバイデン施政方針演説を巡る諸事情をテーマとすることとしたいと考えていますが、従って当該G2040報告について予め理解しておくべきと思料するのです。そこで本論に入る前に当該 `Executive Summary ‘と`Global Trends Overview’ (報告書全文は156ページ)を基に、その概要を報告しておこうと思います。

・「GT2040」概要
本報告書は3章からなり、第1章では、Structural Forcesとして、「人口動態」、「環境」、「経済」そして「テクノロジー」の4コアー領域におけるパワーを分析。当該4分野とは、「将来を形成する基礎であり、範囲が比較的普遍的であり、利用可能なデータと証拠に基づいて妥当な予測を提供できる」ものとする処です。尚、従来コアー領域としていた「軍備」が、今次報告では「環境」に代わった点が特筆される処です。そして第2章では、これら4つの変数が、他の要因とどのように相互作用し、「個人と社会」、「国家」、そして「国際的システム」の3つのレベルにおいて新たな力関係(ダイナミックス)にどう影響を与えていくか分析し、最終章ではそれらを踏まえ2040年へ向かう5つのシナリオ、以下を明示するのです。

・5つの Scenarios for 2040:
① Renaissance of Democracies (民主主義の復活) :
米国と同盟国が主導する「開かれた民主主義」が復活した世界。一方、中国やロシアでは、社会統制や監視が永年にわたって強化されたためにイノベーションが阻害され、主要な科学者や起業家は欧米諸国に亡命し、衰退する。
② A World Drift (漂流する世界):
leaderがおらず、国際システムは方向性を失い、混沌とした不安
定な世界。OECD諸国は経済成長が鈍化し、社会的分裂は拡大し、政治的麻痺に悩まされる。その隙間に中国が影響力を高めるが世界的なleadershipは発揮できず、気候変動といった主要な問題が解決されぬままとなる。
➂ Competitive Coexistence(競争的共存):
米・中が二分された世界で、競い合いながらも共存している。中国が引き続き閉鎖的な国
家指導体制を堅持し、2030年代に米中は自国の経済的繁栄の為にお互いが必要との結論に
達し、相反する国家システの下、共存、市場と資源を巡り競争し合う。
④ Separate Silos (分断されたブロック):
グローバリゼーションが崩壊した世界」。複数の経済ブロック、安全保障ブロックに分断され、情報も夫々独立したseparate cyber-sovereign (サイバー主権)の中を流れる.
⑤ Tragedy and Mobilization (悲劇と動員):
壊滅的な地球環境の危機を背景とした、ボトムアップによる革命的な変化が起こった世界。気候変動で引き起こされた世界的な食糧危機が、国際機関を活性化し、世界的協調を促す。

要はこれら5つの展開のいずれかを、世界は歩む可能性が高いと、米国が見ていることになるのですが、 ただ、中国の現体制が20年後も残るという事が前提になっていること, 又これまでの分析の前提にあった「軍備」が消え、代わって「環境」が変数として採用されています。今次バイデン主導で開かれた「気候変動サミット」は、まさにその趣旨を映すものと思料する処です。

さて4月28日、バイデン氏は上下両院合同会議で、大統領就任後初となる施政方針演説を行いました。その内容は、これまでも何度か当論考でも照会してきた事案をベースに取りまとめられたというものですが、改めて、そのFull transcript: President Biden’s first speech to Congress を読み直すと、バイデン米政権が目指す米国社会の ‘かたち’、そしてその姿が映す新たな資本主義の生業のなんたるかを知る処となるのです。勿論、問題はあります。

そこで今次月例論考は、この施政方針演説のFull transcript: President Biden’s first speech to Congress を深読みし、そこに映し出されるバイデン米政権が目指す米国社会の形と、当該論理の合理性を検証ししつつ、併せて、今や敵対的関係ともいわれる対中関係を核として進められる米外交の行方、等々、総括的に論じることとしたいと思います。バイデン施政方針演説Anatomy, つまり、バイデン施政方針演説「解体」です



第1章「バイデン施政方針演説」が映し出す新たな経済トレンド

1.バイデン施政方針演説 深読み
   
4月28日、両院合同会議で行われたバイデン氏の施政方針演説は一言で言って、新型コロナ感染で傷んだ経済を立て直し、コロナ後を見据えた中長期的な経済成長を図り、中間層等国内雇用に重点を置いたもので、以って「民主主義」への信頼回復を目指すとするものでした。尚、後述するように、そのspeechでは‘国際協調路線’を強調することはあっても、自由貿易について触れることはなく、その点で不満の残るものでした。

(1)米経済再生に向けたバイデン政策のかたち
経済政策の焦点は、云うまでもなくコロナ禍で傷んだ米経済の回復です。そして、その為の政策対応を短期的景気回復策、次に中・長期の構造的成長政策、そしてこれら経済を支える核となる中間層の経済的底上げのための支援政策の、以下3本を以って臨むというものです。 つまり、第1は、The Americans Rescue Plan (米国救済計画)
第2は、The American Jobs Plan (米国雇用計画)
第3は、The American Families Plan (米国家族計画)

先ず第1の`The Americans Rescue Plan’ の概要は、コロナ対策を軸とした1.9兆ドルという巨額の追加経済対策ですが、当該財政支出については2月末、議会で承認され、既に実行に移され、新型コロナワクチンの接種を大幅な前倒しで浸透させてきたこと、同時に当該100日間で、130万件以上の新しい雇用を生んだと成果をアピールする処です。(注)

(注)米疾病対策センター(CDC)によると、5月9日の新規感染者数は2万4千人と、
     2020年6月以来およそ11か月ぶりの低水準に。(日経、2021/5/11) 一方、7日公表の4月雇用統計では景気動向に反映する非農業部門の就業者は、市場予測を下回る、前月比26.6万人増に留まる由。これは経済回復で人手不足感がある反面、手厚い給付があって低賃金の職に就くのを控える等、雇用のミスマッチが生じていると見る処。

次の `The American Jobs plan’ は、今後8年間で、およそ2兆ドル規模となる一段のインフラ投資を進め、雇用と需要の創造を図り、安定成長を目指さんとするもので、バイデン氏はこのAmerican jobs planを ‘ a blue-collar blueprint to build America ’と呼ぶと共に、The middle class built this country. And unions build the middle class’ と、米国は働く中間層の米国人が支える国たるを強調する処です。
その政策の在り姿の基本は、財政出動による需要創造ですが、それは1930年代のF.ルーズベルト大統領の進めたNew Deal政策に倣う処、その財源は企業増税にありとする処です。

そして`The American Families Plan ’ は、格差縮小を目指す上からは, 機会平等の堅持が不可欠と、子育て支援、教育機会の拡充等を目指す家庭支援策です。そして注目を呼ぶのが、これも、当該予算規模、10年で1.8兆ドルは個人富裕層への増税を以って賄うと云う点です。これが貧困の連鎖を断ち切るためとは云え、富裕者から富を回収し以って、現金給付となる点で社会主義的との非難を呼ぶ処です。

以ってバイデン政権 「3段構えの経済政策」となるのですが、上述「GT2040」に照らす時、シナリオ①、②を目指しながら、シナリオ➂を以って米経済の運営を図らんとするものと云えそうです。が、その心はと云えば、Middle class, 中間層の引き上げにあって、中間層を起点とした経済を成長させんとする処です。

ただ問題は当然の事ながら、議会がおよそ4兆ドルにも上る増税案にどう向き合ってくれるかにあって、野党共和党との超党派の合意を得てとしている点で、そのハードルは低くなく、5月21日には、インフラ投資構想「米国雇用計画」については、原案の8年で2兆ドル規模を1.7兆ドルに圧縮、共和党に再提案する処です。サキ大統領報道官によれば、新提案では研究開発、中小企業への投資等を計画から外し、18日に審議入りした「米国イノベーション・競争法案」(中国対抗法案)に移す由ですが、財源を企業増税で賄う方針に変更はなく、税率については既に5月6日、南部ルイジアナ州での演説で示したように、当該上げげ幅については「25~28%で賄えるだろう」と語り、当初28%としてきた方針からは譲歩の姿勢にある処です。

(2)バイデン政策のキモは‘増税’
さて、バイデン氏は28日の演説で新型コロナの感染拡大で資産価格が上昇し、格差が一段と拡大したと述べ、「公平」と云う言葉を何度も繰り返していました。その心はと云えば、富の偏在こそが社会の分断を深め、不満や嫉妬が民主主義の根幹を揺るがしているとの認識の下、従って、経済回復、再生のポイントは格差解消にありとして、上述3段構えの経済計画を擁してその目標に向かわんとするのですが、実はこのプロセスこそは、民主主義の再生につながるとする処です。そして、注目を呼ぶのが、前述の通り「インフラ投資」に要するコスト、家族計画における「現金給付」財源のいずれをも、増税を以って賄うと云う点ですが、なぜか新鮮な行動様式と映るのです。 つまり、新型コロナウイルス禍にあって、大規模な金融緩和と巨額の財政出動を背景に株高が続き、いわゆる「K字」型で貧富の差が一段と拡大、二極化が進むなか、経済格差の是正こそが決め手とし、「増税」を以って「公平」化を進め、格差を縮め、先ずは成長基盤の底上げをと、するのです。

ただ、その財源を増税で賄うと云う点で、増税を積極政策と位置付け、結果、経済に強く関わる「大きな政府」への傾斜を以って成長を目指すとする処です。これまで「大きな政府とは非効率を齎す」ものと、されてきていましたが、さてこれが齎すリスクをどのように回避していくか、新たに政策課題を抱える処ですが、こうした「増税」政策に、今、財源確保に苦しむ海外諸国の関心を呼ぶ処です。

・「小さな政府」対「大きな政府」
尚、80年代以降は資本家の「黄金の40年」だったとよく言われています。レーガン政権では「小さな政府」を目指し、減税と規制緩和によって民間の力を引き出すことに注力されてきましたし、金融政策では通貨供給量を減らしインフレ抑制にも成功してきたとされています。つまり米経済の主役は政府から「市場」に映り、恩恵を受けたのが資本家達とされてきたのです。よく言われるように、米国では上位たった1%の富裕層の収入が全世帯の所得の2割を占める状況です。バイデン政権は、かかる事態を改善するためにも「大きな政府」に転換するもので、雇用創出や格差是正を目指して大型の財政出動を旨とするも、その財源は、大企業や富裕層を対象とした増税を想定するのです。加えて金融政策もインフレ率の上振れを容認する構えにある処です。

序で乍ら、バイデン氏はトランプ前政権が誘導した「トリクルダウン」、つまり減税によって豊かな層をより豊かにし、その恩恵を貧困層にまで波及させるとした「トリクルダウン理論は機能しなかった」(Trickle-down economics has never worked) と断じ、前政権の減税路線を完全否定する処です。つまり、こうした法人税引き下げ競争の潮目が変わる中、諸外国の反応は上述の通りで、米英共に増税を打ち出す中、国際的な最低税率を設ける議論も詰めに入ると報じられる処です。

2.バイデン増税政策と進歩資本主義

(1)バイデン増税政策とグローバル経済
今次、バイデン政権の増税政策は公平を確保し、格差の是正を目指すとするものですが、当該増税を体した税制の見直しが今、国際的に進みだす処です。
米欧が税の見直しに踏み込むのは、云うまでもなくコロナ禍対応で、大型財政出動、財政の赤字拡大への対応にある処ですが、もう一つは、税負担の公平さへの疑義にある処てす。
バイデン氏が目指す超裕福者への増税を以って中低所得層への所得支援とする姿勢はまさにその象徴とされる処、英国やEUでも同じような趣旨を体した議論の活発化を生む処です。 因みに、英国では3月、大企業向け法人税率を現在の19 %から2023年に25 %に引き上げる方針を示していますし、EUも新たな課税構想に積極的と伝わる処です。

これまで主要国は法人税を引き下げる一方、消費税にあたる付加価値税を引き上げてきています。OECD加盟国の平均法人税収はGDP比、約3%と横ばいで推移しているのに対し、付加価値税収は過去20年間で5 % から7% 弱へとジワリと上がってきていますが、以って低中所得層の苦しさが強まり、特に欧州では更なる引き上げは難しくなってきたと指摘される処です。そうした環境にあって、バイデン増税政策は世界の税制に新たな潮流を生む処となってきています。つまり、日米欧の主要国は近時の経済事情を踏まえ、なるべく高い税率を支持する処、累進性をより高め、対象や目的を絞って課税する新たな潮流が出てきています。日本政府も積み上がる政府債務への対応や成長戦略の原資をどう確保していくか、考えていかねばならない環境になってきたというものです。

ただ、その一方で、低税率国などからは企業誘致戦略に影響が出かねないと不満の声も上がる処、グローバル化と同時進行してきた法人税率の引き下げ競争に歯止めをかける試みは一筋縄ではいかない状況にある処です。国際協調の機運が出てきた今、この流れを各国のエゴで絶やさないために、最適水準での決着へこぎつけられるか、対外競争力にも影響を与えることになるだけに、当該推移への関心は高まる処です。(注)

     (注)最低法人税率交渉:5月20日、米財務省はOECDとの協議で「15%を下限と
し、議論の中で水準を引き上げていくべき」と提案した由です。(日経 5/21夕刊)
これまで低税率のアイルランドの12.5%に対して米国は21%程度を念頭に交渉して
きた経緯ある処、今回、米国が「15%以上」への譲歩案を示したことで、OECDと
G20は年央の合意を目指す様相となってきたと伝えられる処です。

(2)Progressive capitalismの実践
こうした格差解消を念頭に大企業や富裕層への増税を掲げて進む政治には「左派シフト」と酷評する向きはありますし、大きすぎる政府をすんなり受け入れる米国社会に疑問を投げかける向きもある処です。が、機会の平等、社会の公正、更には格差の解消を目指して
経済成長に取り組むとするならば、それこそは民主主義再生へのプロセスとも云え、予てノーベル賞 経済学者で米コロンビア大教授の、ステイグリッツ氏らが主張する新しい資本主義「進歩資本主義」、( progressive capitalism)の実践と映る処です。

ステイグリッツ氏は予て、アメリカ資本主義における基本問題は、経済格差を助長するような権力行使の現実にありとして、ガルブレイスが主張していた`Countervailing Power’(拮抗力:労働組合)を頼みにするのではなく、政府が積極的に介入し、「機会の均等と社会的公正」を確保する対策を講じるべきとするのですが、バイデン政策は、まさにその論理に沿うものと云える処です。(弊論考N0.94, 2020/2月号) そして後に振りかえれば、「バイデン革命」ともいえる世界の変曲点になるかもしれないと見る処です。


        第 2 章.バイデン外交 ― 米中対立の行方

1.バイデン外交の規範 ― 米・同盟国 対 習近平中国

バイデン氏は演説を通じて We aren’t going alone – we’re going to be leading with our allies.と 、米国は独りではなく、同盟諸国との連携を基本として歩む姿勢を強調するのでした。併せてNo one nation can deal with all the crises of our time alone.、いかなる国も単独では危機にたち向か得ないとし、国際連携の必要性と、その象徴事案として「気候変動問題」を挙げる処でした。が、米中関係が周知の事情にある中、中国に対しては対抗意識をむき出しとするものでした。

因みにバイデン氏は、‘We’re in a competition with China and other countries to win the 21st Century’と、21世紀で勝利するため今、中国、他と厳しく競っていると、同盟諸国と共に歩む姿を強くアッピールし、習近平氏に対して「自分は紛争を始めるためでなく防ぐために、欧州のNATO同様、インド太平洋地域で強力な軍事力を維持する」、「米国は人権と基本的自由へのコミットメントから離れることはない」と、言い放ったことを披露するのでした。
そして、「彼ら(中国)は本気で、世最も影響力のある国になろうとしている」、「習近平氏や専制主義者は、21世紀には民主主義は専制主義に対抗しえないと考えている」と、やや挑発的ともとれる習近平批判を続けるのです。

更に、バイデン氏は中間層に利益を齎す外交の推進を強調します。つまり、中国政府の国営企業への補助金(注)や、米国の技術と知財権の窃盗等、米産業や労働者を弱体化させる不公正な貿易慣行に対し、Buy American法適用の可能性を明言するほどに、要は、米国のmiddle classが中国との競争で犠牲を強いられているとして、その事情からの解放を目指し、対中政策を前進させると云うのです。これらバイデン氏の言動からは、中国政府の反応は見えませんが、民主主義と専制主義の対立構図を際立たせるものを感じさせるばかりです。    

     (注)WTOは輸出を促進するための補助金、国産品優先の補助金を禁じているが、
中国の実績報告が不十分なこともあって明確に違反を問えない事情はある。

いずれにしろ「The autocrats will not win the future. America will. The future will belong to America.」(専制主義国家が未来を勝ち取ることはない。米国が勝ち取るのだ)と明言して終わるスピーチは、米国の世界主導宣言とも映る処ですが、そのスピーチが終わり、5月に入るや国際秩序再生に向けた多国間会議が活発となってきています。勿論、後に控える各種首脳会議に備えての動きですがG7復活への準備とも映る処です。そして、この際は、米中対立激化を基軸に世界の地政学的緊張が一層高まりつつある事、世界の潮流として、安全保障がより重視される事態が浮上してきたこと等、いつになく実感させられるというものでした。

2.米中対立の行方を読む

(1)二人の識者の見立て
上述、米中関係の悪化が敵対的となるなか、その行方の如何は、です。その点で聊かの裨益を受けるメデイア情報に出会いました。一つは、中国の内政事情からみた中国の行方を示唆する米クレアモント・マッケン大教授で政治学者のミンシン・ペイ氏のコメント(日経5月8日)。もう一つは世界的に著名な政治学者で米ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏のコメント(日経ビジネス5月24日)です。以下、二人のコメント概要を紹介し、それを体し、米中関係の行方を考察します。

①ミンシン・ペイ氏(Prof. Minxin Pei)
・米中対立が進む中、米中共に、かつての米ソ冷戦から教訓を得ようとするだろが、とりわけ中国は自らには旧ソ連にない強みがあることを発見し、勇気づけられている。それは経済的には旧ソ連の計画経済よりも効率的な混合経済システムにある事、輸出入など世界経済で中心的な位置を占めている事等で、米国が中国経済を封じ込めることは極めて難しい。中国は一部分野で米国の技術に及ばないものの、量的な強さは否定できない。中国]は依然として成長の勢いが米国を上回り、10年以内に経済規模で米国を超す公算は大と。

・中国の脅威は、旧ソ連のそれとは違い漠然としたもの。現在中国は、日本、台湾、インドと云った一部の周辺国・地域には差し迫った安全保障上の脅威となっているが、国によっては米国の中国に対する地政学的な闘いは、覇権を維持するために過ぎないと見る向きもあり、どちらの側に就くのをためらっている。こうした状況下では、米国が中国を封じ込めるために旧ソ連とのような冷戦の手法を用いるのは、非常に難しい。一方、中国は自らが実際より強いと考えるようになり、悲惨な結果を招きかねない。つまり、自国経済から中国経済を切り離す余裕がある国はほとんどないとの自信から、行動は攻撃的なものとなり、中立的立場をとれる国を米国側に追いやる可能性がある。尚、今年3月, 全人代で、2021~25年の5か年計画を採択しているが、中国が驕りによって戦略的過ちを犯す可能性は現実に存在するだけでなく極めて高いと.。

--------- では、この際は、中国経済の行方を律するものは何か? 中国と旧ソ連の経済面での違いは何かと云えば、民営企業の有無でしょう。国営企業等で占められていた旧ソ連は非効率な経済運営で1980年代後半からに事実上ゼロ成長となり、やがて共産体制が瓦解しています。今の中国は民営企業がGDPの6割以上を占め、成長をけん引する処です。そこで問題は、巨大化した民営企業に共産党がどこまで介入するかにあるのではと思料するのですが、その点で、最大の要因は意思決定が中央に過度に集中している事と、思料するのです。

②イアン・ブレマー氏 (Pres. Ian Bremmer )
・対するブレマー氏の描く見立ては? 5月24日付け日経ビジネスのコラム「賢人の警鐘」に登壇したブレマー氏は、冒頭、バイデン政権が「最初の100日」に示した国内経済再生の為の3段構えの政策対応について、新型コロナウイルスのワクチンを素早く全米に普及させ、経済が元の状態に戻れる素地を作り、次にインフラ投資等、経済政策に大規模な資金を投じ、経済の歯車を回し出したことに、世界的にみて賞賛に値するもの、とした上で、国際関係について、中国との競争関係をどうするか、中でもインド太平洋の軍事バランスをどうとるか、台湾の問題をどう扱うか、が焦点だとし、いずれの課題についても日本が果たす役割が大きく、だからこそバイデン政権は日本を同盟国の中でも「中核」に位置付けていると、米国の対中政策も日本との絡みにおいて語られる処です。

・日米中のトライアングル:つまり4月の日米首脳会談がその象徴だとし、具体的には日米首脳が1969年以来、初めて台湾に触れた協働声明を出した事の意義は図りしれないと云うのです。そして米インド太平洋軍のデービッド司令官が「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」とのコメントをリファーし、「台湾有事」はいずれにしろ、中国が軍事力を高めるにつれ米国が対応準備を急がねばならない喫緊の課題だった。「6年」と云った期間ではなく、準備の必要性が高まっていることに注意を向けるべきだと警鐘を鳴らす処です。

・具体的に、米国は自国の軍事力を支える半導体を台湾のメーカーに頼っている。もし台湾が中国に侵略されれば米国にとって憂慮すべき事態に陥ることは明白。ただ米国は、台湾が侵攻されたとき、台湾の軍事力を支援はできても直接、防衛に参加することはできない。だからこそ、日米のトップが共同で台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、立場を明確にしたこと(先の日米首脳共同声明)に意味があるとするのです。そして、この秋の選挙で誰が日本の首相になっても米国の中核的な同盟国であり続けるとのご託宣です。

・ただ彼は、予て中国政府の途上国への支援政策、つまり「一帯一路」を通じて多くの途上国に資金や技術の提供をしているが、被支援国には中国政府の支援を拒む余裕はなく、また米政府が自国と取引する代わりに中国との取引を止めるよう要求すれば、地政学的に重要な局面で世界の大半の国々を中国側に渡してしまうリスクも生じる。そこで、資本主義の原点である競争に立ち戻ろうとしていると、したうえで、米国の最重要課題は、出来るだけ多くの国々で中国と「競争的に共存」し、中国の影響下に完全に陥る国が出ないようにすることだ、と云うのです。

---------- さて「一帯一路」を敬遠する国は既に現れ始めています。西側各国が支援する場合より、中国主導の開発プロジェクトは往々にして質が劣る他、負担に関する条件も重いと云われていますが、以って被支援国の一部で起き出している対中批判の証拠となる処です。バイデン政権はこの現実に照らし、米国が海外で中国と競争できると確信し、自国の強みを生かそうとする処です。更に、重要なのは、闇雲に米国と手を組むよう、求めてはいないことだとされてもいます。つまり、性急に中国と組むよりも、米国と組む方が得策との理由を世界に示すことが、長期的には米国の国益になるとの理解あってのことと、思料する処です。

要は、被援助の国々が中国に取り込まれないよう、その為には米国が中心となって支援していく事であり、中国との「競争的共存」を容認しつつ戦略的な援助で民主主義国家の仲間を増やしていく事と、する処です。この点では、途上国をコロナ禍から救うため編成された日米欧主導で途上国に無償分配する枠組み「COVAX」は、直接的経済支援とはなりませんが、有力な手段の一つではと、思料する処です。

(2)ガブリエル氏のアドバイスは「対話」
その後、世界的に名声を馳せる気鋭のドイツ人哲学者、マルクス・ガブリエル氏の新著(と云っても対談を編集したものですが)「つながり過ぎた世界の先に」を読みました。というのも、筆者としては上述二人の趣旨を踏まえ、米中の今後をどう理解し、フォローしていくべきか、それなりの結論を引きだそうとする為でした。
ガブリエル氏はその中で倫理的な資本主義(注)を念頭に、これは前出、ステイグリッツ氏らの新資本主義に通じる処と思料するのですが、彼は米中対立について、中国の統治の仕方を我々が変えられると考えるのは甘いと断じ、かく云うのです。つまり「年がら年中、中国人は人権を侵害していると指摘しても、何も変わらない。中国とパートナーシップを築く唯一の方法は、対話を通して相手を理解すること。それが今、われわれが中国に対してしなければならない事だ」と。何か力が抜ける思いでしたが、ごく自然な事かと納得する処でした。

    (注)倫理資本主義:‘社会性’と‘経済的(儲け)’とが高いレベルで両立した経済の在り
     方を言い, 要は「‘人と、社会にとって良いこと’を判断基準とした資本主義」を指す。


おわりに 期待されるG7の復権

今、英国首相のジョンソン氏が元気です。バイデン米大統領の演説が終わり5月に入ってからというもの、主要国間での会合が頻繁にあり、外相、貿易相、保健相、環境相、財務相等、閣僚会議が続く処、6月11/13日のG7サミットへの対応準備とされる処です。勿論11月のCOP21会議への対応にも繋がる処ですが、これら会議が全て英国で行われる点で、ホスト国、英国のジョンソン首相は、国内ではスコットランドの独立問題やアイルランドの統一問題など、連合王国の結束の揺らぎを抱えながらも、大張り切りと云う由です。

5月3-5日、ロンドンで行われたG7外相会議では、議長を務めた英国ラーブ外相は4日、G7外相会議について「脅威の高まりや課題への対応が必要な今こそ、民主主義のグループを結集し団結を示す時だ」と、外相会議への決意を示したと報じられる処、権威主義的動きを強める中国の抑止を狙った共同声明をまとめています。更に、そこには4月の日米首脳会談を踏襲する表現を以って台湾問題にも言及し、中国を強くけん制していますが、このことで対中包囲網づくりへ欧州も足並みを揃えたとの認識を生む処です。
因みに、昨年12月、EUは中国と包括的投資協定(CAI)を締結することで大筋合意し、その批准に向けた審議を進めていましたが、これが5月20日の欧州議会で、当該審議の停止が、賛成多数で決議されたのです。この事由は、少数民族ウイグル族の人権問題に絡んだEUの対中制裁に、中国が報復措置をとったことに反発した結果と伝えられています。今次の欧州議会の決議は、「中国との関係でバランスを取り戻すことが必要だ」と、経済だけでなく、人権や民主主義などEUが重視する基本的な価値も含めて、中国との関係を再考すべきとの主張に負うものとされているのです。

さて、トランプ前政権下の米国は「保護主義の否定」を巡って、欧州などの首脳とは対立し、G7とは、「G6プラス1」と皮肉られていましたし、2019年の仏ピアリッツ・サミットでは首脳宣言をまとめられず、G7の機能不全を印象付ける処でした。いま、国際主義者ともいわれるバイデン氏の登場を得て、トランプ時代に入った亀裂を修復し、共通の価値を示すG7の「復権」に、期待が集まる処です。尚、今次会合にはインド、豪州、韓国の首脳もゲストで招かれ、日米豪印のクワッドの顔ぶれもそろう由、新たな展開が期待される処です。

偶々、世界の主要国・地域の2021年第一四半期のGDP(速報値)が発表されました。(日経、2021/5/19) 中国や米国の景気回復が加速した一方、日本や欧州の遅れが伝えられる処です。これが新型コロナウイルス対策の巧拙を映す結果とされる処、第二四半期(4~6月期)には中国に加え米国のGDPもコロナ禍前の水準を上回る見通しにあって、更に、春以降にワクチン接種が進んだ欧州も4~6月期、以降の回復期待が強まってきたとされる処です。日本のワクチン接種も遅ればせながら軌道に乗ってきたとすると、上述国際政治環境とも併せ見るとき、G7サミットの再生図式が確実と映る処です。

先ずは、これまで固めてきた対策のレビューが主眼となることかと思料するのですが、G7がここ数年にわたり共有しきれなかった問題の一つ、‘自由貿易の推進’の稼働が期待される処です。そして米国のTPP復帰問題こそは、それを象徴する事案ではとも思料する処です。            
以上 (2021/5/25)
posted by 林川眞善 at 11:05| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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