2020年09月25日

2020年10月号  2020年米大統領選 前夜 - 林川眞善

目  次

はじめに  米大統領選 前夜       

第1章  前夜 その(1 )- D. Trump VS J. Biden
                
1.トランプ氏の再選狙いの行動様式
(1)‘売り’を失ったトランプ氏の再選への戦略
(2)トランプ氏の選挙(郵便投票)介入の可能性

2.バイデン民主党の公約(Build back better)と、 Running mate ハリス上院議員
(1)バイデン氏の大統領候補受諾演説
(2)Running mate Kamala Harris上院議員
   
第2章  前夜 その(2)- Black lives matterと大統領選が招く危機

1. Black Lives Matter (BLM)
(1)選挙戦の潮目を変える人種差別抗議デモ
 ・BLMとコロナ・ショック
 ・’Democrats cannot rule out Trump Victory’
(2)トランプ政治に激怒のJoseph Stiglitz 教授

2.敗北を認めないリスク― America’s ugly election
 ・FT-Peterson US Economic monitor
 ・トランプ vs バイデンTV debateの行方

おわりに  ‘前夜‘ に思うこと     
 ・Visionの語られる事のない米大統領選
 ・安倍晋三氏のレガシー         
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はじめに:米大統領選 前夜

8月20日、民主党はバイデン氏を、8月27日には共和党のトランプ氏を夫々正式に大統領候補に指名しました。これで予備選を含め1年超に亘った米大統領選(投票日,11月3日)は、まさに終盤入りです。トランプ氏の再選か、バイデン氏の勝利となるか、世界の注目は日ごと高まる処です。

さて、8月1日付け日経では同社コメンテーターの菅野幹雄氏が「新型コロナウイルスで15万人もの米国民が命を奪われながら『中国発の大疫病だ』と責任逃れを続けるドナルド・トランプ米大統領の姿はもはや痛々しい」と指摘するのでした。それは、毎回発表される世論調査では、トランプ氏がバイデン氏に水をあけられる状況が続く中、その‘水’ を呼び戻さんと、あがくトランプ氏の姿を映す処と思料するのです。 
つまり、感染拡大が始まった今年1月頃からの新型コロナウイルスに対し、専門家医師のアドバイスを聴くこともなく無頓着にやり過ごしてきた結果、経済の極端な停滞を招き、大統領選を控えた彼として、経済の早期復活をと、焦る姿と云うものでしょう。コロナによる死亡者がもはや20万人近くに達する(注)今、新型コロナ対策を巡って繰り返されるトランプ氏の不誠実な対応に、もはや現職大統領は正統性に欠けるとんでもない人物との見方(The Economist, Sept.5)が有権者の間に広まっていることで、選挙戦の実態は「トランプ VSバイデン」でなく、「トランプ VS アメリカ」の様相を呈する処です。

    (注)9月17日、米ジョンズ・ホプキンス大の発表では、16日現在、累計死者数が世
界で最も多かったのが米国で、19万6千人と。更に23日、同大学の発表では世界の
累計感染者は約3142万人、死者は96万6千人に上ぼり、感染者数の国別では最多
が米国で、新規感染者数が9日連続で増加。22日には死者が20万人を超えた由。

かかる状況にあってはバイデン氏の優位が云々される処です。が、それでも尚、懸念される事は、トランプ氏が勝利する事ではなく、同氏が投票を妨害したり、敗北を認めなかったりして、不正に勝利を奪うのではないかとの不安だとされているのですが、その懸念が今急速に高まってきていると云う事です。
民主党のペロシ下院議長は、とにかく絶対的勝利を期すことが必要と檄を飛ばしていますが、そうした懸念を克服するためには、とにかくトランプ氏に、その結果に口出しさせるような隙間を与えない事であり、その為には絶対的勝利が必要と云うものです。

もう一つ、周知の通り5月25日、米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官による暴行で死亡した事件が起きました。爾来、全米各地ではこれが人種差別問題として、 ‘Black lives matter’を掲げた抗議デモが頻発。警察との対立、そしてこれを機に人種差別問題に絡めたトランプ支持派と反トランプ派との間での対立抗争が広がりを見る処となり、今やこれら問題は、‘公共の秩序’ 問題として、大統領選での争点に押し上げんばかりの様相となってきています。 それは、まさに大統領戦の潮目を変える処とも云え、これが‘法と秩序’ を標榜するトランプ氏にとっては、窮地にあるとされるだけに、この潮目の変化は再選へのbigチャンスと映ると云う処です。

そこで今次大統領選の行方を見極めていくため、まず「痛々しい姿」と指摘されたトランプ氏の選挙戦に見せる行動の実像を、対抗馬のバイデン候補との対比においてレビューし、以って選挙前夜「その(1)」とし、加えて今、選挙戦の新たな潮目ともされる急浮上の‘Black lives matter’(人種差別)問題について、「その(2)」として、レビューする事とし、この2点の考察を以って、米大統領選の展望を図る事としたいと思います。


             第1章 前夜 その(1)
              ― Donald Trump VS Joe Biden

1. トランプ氏の再選狙いの行動様式
(1)‘売り’を失ったトランプ氏の再選への戦略
まず前出、菅野コメンテーターが指摘していた、‘あがき’の背景にある最大の要因は米経済の停滞です。トランプ氏は昨年6月、好調な米国経済を背景に、悠々再選への立候補を宣言しました。その時多くは、彼の再選を疑う事はない、そうした環境にありました。

然し2020年に入るや、中国を発生源とされる新型コロナウイルスの感染拡大で、10年8か月続いた米景気が突然終焉を見たのです。云うまでもなく、それは彼にとって何よりも選挙での「売り」を失う事を意味する処です。そこでコロナで失われた雇用の回復をと、4月には総額3兆ドル超の財政を出動させ、経済の下支えを図ると同時に、雇用の喪失は中国を発生源とするコロナウイルスにあって、従って中国に、その責任を取らせると、対中圧力を強め今日に至るのですが、以ってトランプ氏の選挙戦略とする処です。

つまり、雇用回復と対中圧力は今や同一線上にあって、米国第一の戦略を対中姿勢の強化を以って示す処、すべてを中国のせいにして奪われたとする雇用(ジョッブ)の米国回帰を誘導せんとし、併せて 当該企業への減税を以って米国への回帰を促進させ、世界の製造大国、中国への依存を終わらせんとするのです。 以って「Keep America great」の旗印の下、再選への戦略とするのですが、あれもこれも全ては‘再選のため’と、あがくその姿は、結果として今次選挙戦の異常さを映しだす処です。

周知の通り2017年1月の就任以来トランプ氏は米国第一を標榜し、今日に至っています。何事もデイールをベースに自己の利益を考える一方、国際機関や同盟国との協調を軽視、更に専門家や科学者の意見をまともに聞かない、敵と味方をはっきりさせ、分断を煽ることで自からの力を高める、そうした行動様式を以って、僅か3年ながら世界の秩序を一変させんばかりの状況を生み出す処です。

そして内政的には米国第一主義の下、「法と秩序」の政治を徹底せんと、例えば後述するよ
うに、この5月以降、各地で頻発する「Black lives better」人種差別抗議デモに対しては、
「法と秩序」を以って、厳しく取り締まると、強権的行動すら宣言するのですが、警察の強
化等、監視社会へのシフトすら覚える処です。又、今次の選挙では後出、第(2)項で 指
摘するように郵便投票が注目される処、自分にとって 勝ち目のないこの種選挙制度につい
ては 異論をぶつけ、妨害を画策する様相にあるのですが、まるでどこか途上国の政治の様
相すら想起させる処です。
一方、インフラ投資で雇用創出に努めると,訴えるのですが云うまでもなく選挙対策の他な
く、それは「小さな政府」が看板だった共和党の変心を浮き彫りする処です。
 
・異例さ、異常さを放った「共和党全国大会」
更に異常さを放ったのは今次の共和党大会でした。党大会はコロナ感染を軽減させるべく会場は、ホワイトハウスを始めとして、各所に分散しての開催でしたが、大会初日の8月25日にはメラニア大統領夫人が登壇、続いて二人の息子(長男:トランプ・ジュニアー、次男:エリック)も登壇し、夫々がスピーチするのでした。

そして、最終日の27日、ホワイトハウスの広場で開かれた大会では、1500人に上る閣僚とトランプ支持者を前に、彼は大統領候補指名の受諾演説を行っていますが、そこでは「この選挙はアメリカン・ドリームを救うか、社会主義者の計画で米国の大切な運命を破壊するのを許すか、が決まる。つまりバイデンは米国の偉大さの破壊者だ」と断じ、彼のキー・ワード、`made in China , or made in America’ を以って、「分断を進める」姿勢を強調するものでした。 そしてその場には大会向に準備されたVTRに続き、長女のイバンカ氏が登場していますが、一族が大統領の実績と指導力を吹聴する、もはやトランプ教団の大会もどきとメデイアは伝える処です。まさに27日のホワイトハウスの光景は「トランプ家の、トランプ家による、トランプ家のための舞台」(日経9/1)と印象付けるほどに異常な光景だったと報じる処です。もとより政党のイベントに政府施設を使う事は政治利用と、批判の集まる処です。   
尚、今回の党大会では大統領選の公約となる政策綱領の発表は見送られています。これこそは異例とされる処、それに代えて「大統領の米国第一の政策を熱狂的に支持し続ける」との党声明を以ってトランプ氏の政策を推進するとの方針を強調するのでしたが、それはまさにトランプ党を体現するものと云う処です。

(2)トランプ氏の選挙(郵便投票)介入の可能性
もう一つ、異常さを語るのが投票様式を巡るトランプ氏による介入の可能性です。今次感染防止のため郵便投票が急増する見通しですが、トランプ氏はその投票の利用を抑え込もうと動きだしている事です。つまり、郵便投票を決めている有権者は、コロナを警戒して外出を敬遠すると云う事ですが、その当該有権者は「反トランプ」の傾向にあるとされ、米WSJの世論調査ではバイデン支持者の47%が郵便投票を活用するとしているのに対し、トランプ支持者は11% に留まる由で、そこで、トランプ氏は郵便投票の利用抑制へ動いているとされているのです。

郵便公社は7月末、「大統領選開票日までに間に合うかは保証できない」と全米46州に警告文を出しています。この背景は、公社の赤字経営改善の為として夜間配送や、郵便の仕分け機を10%減らすと云うリストラ策ですが、これがトランプ氏による郵便投票の妨害の片棒を担ぐものと、民主党から非難が出、公社のリストラを指揮するデジョイ総裁は(彼はトランプ氏に極めて近い人物)、「郵便投票への影響を避けるため、大統領選が終わるまで停止すると」と、18日、この批判を受けてリストラを先送りしています。
「法と秩序」を目指さんとするトランプ氏ですが、大統領選を左右する郵便投票を巡る攻防にも米国の分断が投影される処です。(日経、8月20日) 

・現職のオーナ
現職の再選を懸けた大統領選は1期目の実績への信任投票の色彩を帯びるのが常ですが、今回ほど、そうではない、それがはっきりした例は珍しく、まさに異例とされる処です。業績を評価される「現職のボーナス」が伴う処、次々と対応のまずさを露呈し、「現職のオーナ(重荷)」を抱えるようになってきたと云うことと思料するのですが、仮にトランプ氏が負けるとすれば、本人の権威主義的傾向に因るのではなく、コロナ禍と云う事態への対応の悪さにあって、米国の死者の大量な報告がありながら、これに対して人任せのアプローチにあったことで、要は事態を把握できていないことが許せないとするもので、言い換えれば「国民が守られている感覚」を提供できていないことが、彼が国民の信頼を失った問題の本質と、思料するのです。 

前述、トランプ氏のコロナを巡る不誠実な対応を映し、今回の選挙は「トランプか否か」を巡る選挙、つまり、「トランプ対バイデン」ではなく、「トランプ対アメリカ」の様相となり、候補者選びも「誰ならトランプに勝てるか」が主要論点だった事も異常と映る処です。

それでも、依然、消えないのがオクトーバー・サプライズです。現状、世論調査を見る限り、バイデン氏優位とされるのですが、それでも気になるのが、トランプ氏が仕掛けるオクトーバー・サプライズの可能性・・・です。

2.バイデン民主党の公約(Build back better)と、Running mateハリス上院議員
(1)バイデン氏の大統領候補受諾演説
バイデン氏は、民主党大統領候補指名受諾演説で(8月20日)、この選挙運動は票を勝ち取る事だけではなく、米国の心と魂を勝ち取るためのものだとし、併せて、今直面している4つの歴史的な危機、つまり、「100年来の最悪の感染症大流行」、「大恐慌以来の最悪の経済危機」、「1960年代以来、最も切迫した人種平等の要求」そして「気候変動の否定できない現実と加速する脅威」という4点を掲げ、これらを体し、インフラ整備、医療保険制度の整備、同盟国等との協力連携の推進、人種差別問題への取り組みを目指すとするのでした。

バイデノミクスの論理は極めて分かりやすく、要は必要なら、なんでもやる実利優先の哲学を体すると云うものですが、それだけにトランプ氏に比して迫力に欠けると、される処です。
が、バイデン氏の戦略は、当初より11月3日に向けstealth campaign、つまり敵失狙いの戦略にあって、それは相応に成功だったとされる処です。が、では彼は「どのような大統領となるか」については不明だとの声も上がる処です。が、今次副大統領候補に指名されたカマラ・ハリス上院議員こそは、巷間その点をカバーする存在と、される処です。
      
・民主党と米マーケット
バイデン氏が民主党大統領候補をほぼ確実としてからは、米ウオール街の反応をフォローしてきましたが、今一つ、関心の高まりを感じることもなく、又、この間、各地世論調査はバイデン氏が現職のトランプ大統領に対して優位に立つことを示してきていましたが、特別な反応を見出す事もないままに推移してきましした。

一般に言って、マーケットは、企業よりも労働者、富裕者よりも低所得者を重視する民主党政権を嫌う傾向にあります。従って、通常の大統領選の年なら民主党優位の情勢に気をもむ処、そうした懸念もないままに過ぎてきたと云うものでした。その違いは、バイデン氏が中道左派で、極端に左寄りの経済政策は取らないとの安心感があったためではと思料されますが、バイデン氏が自らのrunning mate,副大統領候補にカマラ・ハリス氏(55)を選んだことが大きくプラスしていると思料される処です。

(2)Running mate ,Kamala Harris上院議員
8月12日の党員大会にバイデン氏と現れた副大統領候補に指名されたハリス氏は、白人中間層を意識した発言を繰り返すなか、勿論、マイノリテイーへのアピールも忘れてはいませんが、19日の副大統領候補受諾演説では、「出自にとらわれない、すべての人を歓迎する最愛の共同体であるビジョンの実現を」強調し、政策面での中道・穏健派の色彩を鮮明にする処、こうした彼女の言動がマーケットに安心感を与えていると云えそうです。まさにハリス効果です。

そして選挙戦略上、彼女を選択したことの優位さは彼女の経歴にありとされ、サンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官を歴任した後、上院議員となった経歴が、トランプ氏が主張する「法と秩序」を求める選挙では、十分に対抗できると云う事で、まさにバイデン公約の「援護射撃」となる存在とされる処です。トランプ氏の資質を補うためと、信仰心の熱い福音派のマイク・ペンス氏を副大統領に据えたのとは好対照をなす処です。

米国では今、人種差別に関わる懸念が急速に強まっていますが、多くの点で、ハリス氏は安全で無難な選択と捉えられ、これこそ進歩の兆し( a sign of progress )と受け止められる処です。(The Economist、8/15~21) 加えて、トランプ氏の自国第一主義が修正されれば、企業にも追い風となり、政権交代によるマイナス面とプラス面とがおおむね拮抗するとの見方があるためではと推測する処です。

先走って言えば、バイデン政権が成立すれば、米国が国際協調路線に戻っていくと期待され、因みにバイデン氏は地球温暖化対策の「パリ協定」に復帰するとしています。又、貿易政策では、トランプ政権の追加関税を強く批判する一方、TPPへの復帰にも意欲を示す処です。 安全保障政策でも、同盟国との結束は再び強化される事と思います。こうした米国の政策転換は、勿論、日本にとっても大いに歓迎される処です。 とすれば今予想されている以上に、マーケットには追い風となるのではと思料される処です。仮に政権交代があっても、コロナ対策が最優先であることは変わらず、左寄りの政策は打ち出しにくい環境が当面続くことになるのではと思料するのです。

そして、バイデン氏が掲げる法人増税、富裕者増税も、景気への悪影響を考えれば当面封じ込めでしょう。コロナ対策で財政環境が急速に悪化したため、歳出拡大を伴う医療拡大を伴う医療保険制度の拡充等も制約される事にはなるのではと思料する処です。つまり、コロナ問題によってマーケットが警戒する民主党本来の政策は取られにくい状況になったと云う事です。勿論、トランプ氏のドル安政策が無くなれば、ドルへの信認が高まり海外からの資金流入が促されることもマーケットには追い風と思料する処です。

問題はトランプ氏が、前述の郵便による不在者投票に不正が多く含まれたとして、自らに不利な選挙結果を受け入れない可能性が浮上していることです。冒頭触れたように、政権交代への懸念よりも政権交代が円滑に進まない一種の政治空白への警戒を今後マーケットは徐々に強めていくのではと、思料される処です。 因みに、元独外務大臣のSigmar Gabriel氏は8月26日付で米論壇Project Syndicateに寄稿の論考 [The Global Risk of the US Election]で、トランプ氏の大統領選に見る画策は単に米国のみならず世界に及ぶ忌々しき行為と厳しく評する処です。

・党大会と選挙戦の潮目
尚、民主党々大会はトランプ氏のコロナ対策を批判する立場から感染拡大に繋がる集会は避け「バーチャル」方式に特化、重要イベントもオンライン開催とし、これまでインターネットを活用した選挙運動に徹し、共和党と同様に熱を帯びる処でした。がそれも、2か月を切った今、両候補は有権者と直接向き合っての「リアル」の選挙活動を広げ、バーチャル主体の攻防も今や、転換点にある処です。そして、では次の展開の如何ですが、選挙投票日まで僅かひと月余りの今、その潮目が急速に変わりだしてきていることが注目される処です。前述の人種差別抗議(Black lives matter)デモの広がりです。


第2章 前夜 その(2)
―` Black lives matter ‘ と 大統領選が招く危機

1.Black Lives Matter (BLM)

(1)選挙戦の潮目を変える人種差別抗議デモ
5月5日、米ミネソタ州ミネアポィスで起きた事件、黒人男性(ジョージ・フロイト)が警官の拘束の下で死亡した事件をきっかけに、` Black Lives Matter’(黒人の命を軽んじるな! )のプラカードを掲げた人種差別への抗議デモが続発、急速に全米に広がってきています。
7月25日にはワシントン・シアトルで、又テキサス・オースティンで、8月23日にはウインスコンシン・ケノシャーで、29日にはオレゴン・ポートランドで暴動が発生、ケノシャーでは丸腰の黒人が警官の発砲を受け下半身付随になったほか抗議デモに参加の2人が死亡したと報じられています。

・BLMとコロナ・ショック
こうした抗議デモは、コロナ・ショックが、非白人等、マイノリテイーの差別、格差問題を改めて浮かびあがらせた、その結果を映すと云うものです。 彼らは感染リスクに、より曝される一方、解雇の対象ともなりやすく、こうしたことへの鬱積した不満が、一気に噴き出したというもので、抗議行動は人種問題がコロナで増幅した姿と映る処です。

トランプ氏は8月末、ケノシャーに飛び、暴動で燃えた建物の前で写真を撮らせています。ケノシャーの事件とは、丸腰の黒人男性が警官に背後から7発撃たれたと云うものでした。
社会不安をテコに選挙戦を有利に展開せんとするトランプ氏にとって、そうした現場に立ち、不安をあおることで得点に繋がるとする処と推察される処です。そして今、その人種差別抗議に絡める形で、トランプ支持者と反トランプ支持者との対立行動が暴動に発展してきており、もはや ‘公共の秩序’ が大統領選での争点に押し上げる様相です。もとより、かかる事態は、‘法と秩序’を標榜するトランプ氏にとって絶好のチャンスと映る処です。

選挙まであと1か月余。これまで政権のコロナ対応のまずさを問う事で良かったはずの選挙戦が、人種差別問題の急浮上で、今や争点が公共の秩序に移ってきたことで、窮地にあったトランプ氏にbigチャンスの到来、つまり潮目が変わったと思われる処です。
 
・Democrats cannot rule out Trump victory
実は、Financial Times のチーフ・コメンテーター, Gideon Rachman氏は、8月25日付同紙で「Democrats cannot rule out Trump victory」(民主党はトランプ氏の勝利を阻止できない)と題し、頻発する人種差別抗議デモは「法と秩序」を目指すトランプ氏には勝利のチャンスを齎す事になるだろうと指摘する処でした。
つまり、2016年の大統領選での敗北を受け、民主党は当初、白人労働者の苦悩に真剣に取り組むこととしていたが、その決意はトランプ氏の振る舞いへの怒りへと変わり、人種差別問題こそ強く取り組むべき課題へと変身していったが、この変化こそが逆にトランプ氏にチャンスを与える可能性が出てきたと云うのです。と云うのもトランプ氏の選挙戦略は、まさに白人有権者の怒りと敵意を掻き立てるのが狙いだからだと云うのです。そして人種問題が争点となれば彼の思うツボだろうと指摘するのでした。

(2)トランプ政治に激怒のJoseph Stiglitz教授
一方、ケノシャーで殺害された黒人男性の母親が叫んだ `America is great when we behave greatly’ の言葉に痛く反応して、米コロンビア大教授でノーベル経済学賞のJ. Stiglitz氏は、再びトランプ批判へ掻き立てられる処です。

つまり、J. Stiglitz氏は、米論壇Syndicate Projectに9月14日付けで投稿した論考「Reclaiming American Greatness」(偉大なアメリカを取り戻そう)で、ケノシャーで殺害された黒人男性の母親が叫んだ `America is great when we behave greatly’ の言葉に痛く反応し、悲しいかな、この4年間、トランプ政治のお陰で米国は、彼女の云うような方向とは180度、違った方向に進んでしまっていると断じ、米16代大統領A・リンカーンの警告 ‘ A house divided against itself cannot stand ‘(家は建材が一体化して成る)を持ち出し、トランプ政権はあらゆるものを分断し、しかもそれを広めていると、厳しく批判するのでした。

つまり、トランプ政権下では、富める者がより富み、米国の10%の富裕層が株式の92%を保有する処、株式市場の好調は、経済の好循環を映すものと評価しているが、雇用環境は劣悪、米国で生活する人口の内、3千万人は十分な食料もなく、彼らは全米所得階層では最下層にあって、その日暮らしの状況にあると云い、かくも不平等な所得格差が進むこの国で、トランプ共和党はbillionaires(億万長者)や企業に対して減税を進めるが、中間層にある国民に対しては増税を予定していると、所得格差拡大に繋がる政策姿勢に憤慨するのです。

そして57年前、ワシントンでの人種差別反対デモでキング牧師の発した`I have a dream’ スピーチ、に強く感じ` We shall overcome someday ‘としてきたが、そのsomedayは消え失せ、トランプ政権下ではパンデミックに因る経済の停滞が被保険労働者の増大を齎す処、健康な労働者があってhealthy economy が期待できるもののそれが叶わず、今や米国は科学や専門家の意見など忌避し、自分の利害だけに照準を合わすボスを戴く米国はなす術を失っている。気候変動危機、社会経済危機、更に民主主義の危機、人種差別等、危機環境に伍していかねばならないアメリカにとって、best hopeはバイデン氏とするのです。

要は、健全な経済活動の確保には、健康な労働者の確保が不可避であり、まずはコロナ対策が優先されるべきで、その点で、バイデン氏は、対トランプ戦略上、彼の新型コロナウイルスに対する無頓着さに再び焦点を絞り、9月末から始まる両候補によるDebateに臨むことになると伝えられていますが、さて勝者は、バイデン氏か、或いはトランプ氏か。

2.敗北を認めないリスク – America’s ugly election

ただ、前述の通り、米国特有ともされる選挙制度事情もこれありで、11月3日に結論が出るものか、その行方に関心の呼ぶ処です。と云うのも米国の大統領選は、必ず最後に敗者が負けを認めることで戦いを決着させてきた歴史があります。だが、新型コロナの流行や格差拡大で社会が混乱する今、開票結果が僅差さとなれば大きな混乱が起こりそうだとする懸念です。つまり敗北を認めないリスクの高まりです。これこそは本稿冒頭「はじめに」の項で触れた不安です。実際トランプ氏は、もし選挙で負けてもpeaceful transfer of powerは行わないと会見で発言しており、加えて米最高裁判事死去に伴う後任選び問題も絡む処、巷間,トランプ氏は「負けても勝つシナリを持っている」とも噂される処です。

9月5日付けThe Economist は `America’s ugly election ‘(米大統領選、醜い争い)と題し、上述への懸念を指摘しながら、今次選挙には極めて複雑な事象が絡むが、11月3日の選挙結果を巡って政府関係者(states officials )が忠誠(loyalty)を尽くすべきは、支持政党ではなく、合衆国憲法だと云う事を肝に銘じるべき事、そして当該投票とその後の展開が円滑に進むよう全力を尽くすべきと、指摘する処です。そして、それが実現できなければ、民主主義は危機に陥る事になると、強く警鐘を鳴らす処です。何とか法に則した、健全な投票行動が担保されんことを念じる処です。

・FT-Peterson US Economic Monitor (August 20,2020 )
尚、英フィナンシャル・タイムズと米ピーター・G・ピーターソン財団が、大統領選を前に、米経済は4年前に比べbetter off, よくなってきたか、どうか、有権者に、以下(注)内容のアンケート調査を 8月5日と9日の2度にわたり行なっています。このbetter offへの反応こそは、これまでの経験に照らし再選上のcrucial litmus、決定的指標と見る処です。

(注:アンケート内容)
     ① Have Trump’s economic policies helped or hurt the US economy?
    ② Coronavirus has realigned voters’ concerns and behavior

ではその結果ですが、①について8月時点では、有権者の48%が、トランプ政策は「経済を改善させた」と回答していましたが、ごく直近の9月調査ではこれが3ポイント下がって45%となった由で、トランプ氏にとって経済回復の実感が得られないままでは再選にマイナスとなる処でしょう。一方、②についてはコロナ危機以降、グローバル経済の先行きに警戒感を強める処、現時点では回答者の3割がグローバル経済の後退こそがtop concernとしており要は、世界経済の減速が米国内の雇用・投資に逆風になると見る一方、同時に米国民の感染拡大への懸念の根強さを示す処です。

・トランプvs バイデン TV討論の行方
とすると以上からは、両者とも雇用の回復、経済再生を目指すとしながら、バイデン氏は「所得格差拡大の解消」、「新型コロナ対策」、「米製造業復権のための税制案」を以って、一方、トランプ氏は景気回復に向けた「減税政策」と「公共の秩序」、更には「対中政策、中東での国交正常化」を以って自らの政治手腕を誇示しながら、今月29日のTV討論に臨むものと見る処です。が、要はTV debateを通じて有権者に「国民が守られている感覚」を提供できるか否か、その次第ではと思料する処です。

     
おわりに  ‘前夜’ に思うこと

・Visionの語られることのない米大統領選
今次大統領選でいずれの候補が勝利するにしても、何よりも求められるのはコロナ対策であり、これが最優先の政策となることは云うまでもありません。となると経済のV字型回復は当分無理でしょうし、L字型回復となることが想定される処です。因みに9月16日米FRBはゼロ金利政策を少なくとも2023年末まで続ける方針を表明しており、もって瞑すべき処です。とすれば当面、米経済は暗い様相を余儀なくされる事となるでしょうし、それへの覚悟が求められる事になるのでしょう。それだけに何とか明日に繋がる前向きの姿勢が期待される処ですが、両候補の言動をレビューしていくなかで、気になることは、彼らの主張が何としても後ろ向きの様相にある事です。

トランプ氏は「偉大な米国の復活」と云い、バイデン氏は「異端のトランプ時代と決別して、オバマ時代に戻る」としています。トランプ氏の場合は自国主義、孤立指向で内向きが深まることは周知の処ですが、バイデン氏についても、その主張は、自分が仕えたオバマ政権の政策再現とも云え、ではその上で、どういった社会の創造を目指すのか、両者negative campaignもこれありで、次へのビジョンが見えてこないことが気になると云うものです。

言うまでもなく、理想化した過去に逃避してもグローバル化やデイジタルの波は止められるわけはありません。ましてやトランプ氏が掲げる時代錯誤の経済外交政策で米国を真に再生することは難しいと云う事です。期待すべきは「過去よりも現在、そして未来を競う論争」の筈です。さて、米国民はその辺をどう判断し、選択するのでしょうか。No country is an islandを身上とする筆者にあっては、その選択は云うまでもない処です。

・安倍晋三氏のレガシー
序で乍ら一言。8月28日、安倍晋三氏は持病の潰瘍性大腸炎の再発を事由に首相の座を辞する旨を表明しました。在任7年8か月、健康上の辞任とあれば致し方ないものの、任期途中から目立ったことは政権の私物化でした。‘売り’であったアベノミクスは短期的にはともかく、第3の矢である規制緩和等成長戦略は全くの不発、政権に係る人事の不詳問題については、任命権は自分にある以上責任は自分にあると公言しつつも一度たりとも責任を取ることもなく、森友問題、加計問題、桜問題、等々、国民の疑問に答えることもなく、それまで積み上げてきたレガシーを自ら帳消しする形で安倍政治を終焉させてしまいました。まさに緩みっぱなしの政権との印象を残しての退陣でした。後継首相には9月16日、前官房長官の菅義偉氏が前政権の‘継承を売り’として就任しましたが、二度と前者の轍を踏むことのないこと念じ、詳細は別の機会に論じる事としたいと思います。
                                (2020/9/25)
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