2020年08月26日

2020年9月号  財政の統合化へギアチェンジした欧州 - 林川眞善

目  次

はじめに  欧州政治 大転換     

第1章 コロナ禍の欧州経済 再建策

1.欧州の競争政策
               
【注】メルケル・ドイツのEU議長国就任 

2.欧州経済復興基金創設と、欧州の統合

(1)EUサミット(7月17~21日)と欧州復興基金
  ・基金構想を巡る争点
(2)メルケル首相の翻意の真相
(3)Europe’s Hamiltonian Moment 
    (欧州のハミルトン的瞬間)

第2章 コロナ後の財政を考える
 ・経済の実状認識
 ・国債の安定消化
 ・明確な時間軸をもって

おわりに 「狂騒の20年代」の再来?
 ・世界の第2四半期GDP                    
 ・ざわつく米ウオール街

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 はじめに 欧州政治 大転換

7月31日、EU統計局が発表した2020年4~6月期のユーロ圏の域内GDP速報値は、実質年率換算で40.3%の減と、1~3月期に続き過去最悪を更新、25年振りの落ち込みを示すものでした。(Financial Times, Aug.1-2)

欧州各国は新型コロナの感染拡大を受けて、3月頃から厳しい規制を導入した結果、店舗の営業停止や移動の制限の影響が統計の数値に現れたと云うものです。国別ではスペインやイタリア等、南欧の落ち込みが大きく、それは新型コロナの打撃が製造業よりも、観光等サービス業の方が大きい事情を映す処です。各国は外出等の制限を5月から徐々に緩和し、経済は再び動き始めており、7~9月期には前期4~6月期の反動で大きく改善見込みとされてはいますが、それでも景気の先行きには以下の不安材料、つまり感染の再拡大であり、雇用の確保の如何です。

感染の再拡大については、スペインやドイツでは感染者数が増えつつあり、第2波への警戒感は強く、イタリアでは拡大の懸念ありとして非常事態宣言を10月まで延長しています。もう一つは雇用ですが、6月のユーロ圏の失業率は7.8%. 米国と比べて低いのは雇用支援の政策効果に負うものとされていますが、この支援策は時限措置である点で問題であり、更に、中長期的に財政悪化が懸念材料とされる処です。欧州委員会によると、20年通年でのユーロ圏の公的債務の対GDP比は、102.7%に膨らむ見通しで、特に南欧は財政状況がもともと悪い処に新型コロナの感染が広がったことが追い打ちをかける処です。

さてそうした環境下、ブラッセルでは、7 月17日、メルケル独首相を議長としてEU首脳会議が開かれ(議長は6か月の輪番制で、2020年7月からはドイツが担当)、新型コロナウイルスで打撃を受けた経済の再生に向けたEU中期予算(2021~27)が、5日間と云う長時間審議を経て21日、合意されたのですが、high lightは、その一部を成す新型コロナ対策の復興基金(7500億ユーロ)の創設でした。と云うのも、基金の運営はEU一体として債券を発行し、資金調達を図るとするものでまさに`A big fiscal deal’(The Economist, July 25)とされる処、この決定は欧州政治の大転換と、世界の注目を呼ぶ処です。

これまでドイツは、統一通貨 「ユーロ」をベースに全EUベースの金融政策を支持する一方で、財政については、各国の主権に係る問題として、反対の立場を堅持してきました。が、今次の復興基金の導入はこれまでのそうした姿勢を翻し、財政統合への道筋をつけることになったという事で、これがEU統合への流れを本格化するものとして、つまり、新たな欧州の誕生に繋がるものと、世界はこの新しい変化に注目する処です。

そこで、今次、復興基金の創設にフォーカスし、メルケル氏の云うならば翻意に至った事情を時系列でフォローしながら、今後の行方について考察する事とします。つまり新たな欧州の可能性検証です。尚、周知の通り、メルケル氏は来秋、政界から引退予定と伝えられています。とすると彼女のコロナとの闘い、EU統合強化の推進は、まさに彼女のレガシーとなる処ではと思料する処です。


第1章 コロナ禍の欧州経済再建

1.EUの競争政策

EUは加盟国に自国の産業や企業に対して補助金の提供を禁じていますが、新型コロナウイルス感染拡大で各国経済に混乱が生じてきたことで、この「国家補助」提供を禁じる規制の適用除外を求める要請が急増していると云われています。
The Economist (May 30~June 5,2020)の記事「The visible hand」によると、既に承認された補助金提供や企業救済は200件近くに達し、金額にして計2兆ユーロ(約240兆円)強に上る由で、その額, イタリアのGDPに匹敵する規模と云うものです。

欧州経済の中核を成す単一市場は、ある部分、各国政府に自国の産業や企業を不当に支援してはならないと云う前提の上に成り立つており、このEUが加盟各国に産業、企業への支援を禁じる規制(state-aid rule)は珍しいルールとされる処です。例えば米国では、各州が企業誘致のために優遇税制や低利融資等を提示し、互いに競う事が認められていますが、EUは軍縮条約のように補助金を撤廃する道を選んでいるのです。従ってEUが明確に承認しない限り、対象が国有企業でも補助金を提供する事は禁じられているのです。因みに、各国政府が自国サッカークラブの用地取得に補助金を出したり、外国企業誘致のために税優遇策を提供する度に、EUに忠告されてきています。ただ今年の初めには、英国がEUから離脱したことをきっかけに欧州委のフォン・デア・ライエン委員長は、EUの競争力回復の為、新たな産業戦略を明示していきたいとしていました。(弊論考2020/3月号)

こうしたEUの、支援を規制する政策の起源は、欧州統合の出発点にさかのぼるとされるものですが、実は2014年以来、新たに競争政策担当として就任したMargrethe Vestager女史(デンマーク)率いる欧州委員会の一部と、一部加盟国の間に長い緊張が続いていたと云われています。とりわけドイツとフランスは「世界に誇れる欧州を代表する企業」の育成のために、競争を巡る規制の緩和を、繰り返し求めていたのですが、昨年、2019年2月6日、独仏は、独シーメンスと仏アルストムの鉄道車両事業の統合計画をベステアー氏が、競争を阻害し、消費者に不利益をもたらすことになる、として却下したことで、欧州委員会に対し、一気に怒りが露わになったと伝えられる処です。鉄道車両業界は規模では中国中車が最大手で、当時、当該事業が承認されれば技術面で最先端の世界第2位の企業誕生と期待されていたのです。

世界的企業を生み出す一つの方法は企業合併を進める事でしょうし、一時的には当該企業に国が支援を与えることは容認される処です。が、今日の政府支援は世界的企業を誕生させると云うより、不必要な倒産や失業を防ぐのが狙いとなっているのが大方の実状です。
この欧州委が却下したのを機に競争法(独禁法)を見直す動きが出てきたと云うものです。
そして、こうした流れが更にEUの構造的変化に結びつけられていったのが、7月からのメルケル・ドイツのEU議長国への就任でした。

【注】メルケル・ドイツのEU議長国就任 
こうした欧州経済環境の中、ドイツが7月1日EU理事会の議長国に就任しました。
そして、議長国就任に先立つ6月30日、ドイツはウエブサイトで「欧州の復興を共
に」と題する実践プログラムを公表し、以下の5項目を重視するとするのでした。 
― ① 長期的な新型コロナウイルス危機の克服および経済復興、 ② より強力で革新
的な欧州、 ➂ 公正で持続可能な欧州、 ④ 欧州の安全保障と共通価値、 ➄ 世界にお
ける強い欧州。

尚、外交面では、米国をEUの外交・安全保障上の最も緊密なパートナーであると強調
し、より包括的かつ意欲的な協力関係を築く意向であるとする一方、英国のEU離脱に
伴う将来関係の交渉においては、EU 27加盟国の結束を高めながら合意済みの政治宣
言に基づく野心的かつ包括的なパートナーシップの締結に向けて、積極的な役割を果
たすとしています。尚、中国との関係については、EUの長期的な利益や共有価値に基
づき、全EU期間と全加盟国が団結するべきとした上で、中国との更なる協力関係促進
のため、早期の首脳会議の開催を目指すとし、9月にEU・中国の首脳会議を予定して
いたが、新型コロナの影響で延期を余儀なくされる処です。

2.欧州経済復興基金創設と、欧州の統合

(1)EUサミット(7月17~21日)と欧州復興基金
さて、7 月17日、メルケル議長の下、ブラッセルで開催されたEU首脳会議では、コロナ禍への対抗戦略として、先に独仏間で合意された7500億ユーロ規模の復興基金案(注)と、同案を含む2021~27年の次期中期予算計画, MFF(多年度財政枠組み:Multiannual Financial Framework)が諮られ、5日間の長時間審議を経て、21日早朝、当該事案は合意され、何とかEUの結束を示すことになったと云うものです。

と云うのも、これまでの彼女とは、180度の変更を映す行動の結果とは言え、そこには後述するメルケル氏の欧州経済への危機感と、それへの対抗としての欧州の一体化推進が不可避との強い思いがあっての事とされるのです。いずれにせよその結果は財政の統合化に向けた布石を打つ事になったと云う事で、EUは統合化に向けた新たな段階にシフトしたと云えそうです。

    (注)当該基金案は、5月18日、独仏両首脳が新型コロナ感染で打撃を受けた欧州経
済の復興のため5000億ユーロ(約60兆円)規模の基金設立で合意したものを、フ
ォンデアライエン欧州委員長がEU構想として7500億ユーロに拡大し、今次のMFF
に組み込んだと云うものです。

・基金構想を巡る争点
今次の審議が時間を要した背景は、基金の使途、つまり返済不要の補助金と返済が必要な融資の比率の問題でした。当初、EUは、基金規模7500億ユーロ(約92兆円)の内、5000億ユーロを補助金(grant)、2500億ユーロは融資(loan)のかたちで、加盟国を支援するとの案を提示する処、前者につては主に上述、新型コロナで被害の大きいイタリアやスペインと云った南欧等の支援に充てることとし、同時に環境やデジタル等の分野に投資し、景気回復に繋げんとするものとしていたのです。まさに欧州復興の目玉となる処です。
尚、基金はEU欧州委員会が全額を市場から調達するものとなっていますが、EUが大規模な債券を発行するのは初めての事です。(尚、EUの予算規模は次期MFFの改定案1兆1000億ユーロと合わせ、1兆8500億ユーロに上るものとなっています)

然し、財政負担に消極的な、いわゆる「倹約4か国」 (Frugal country4か国)と称されるオランダ、オーストリア、デンマーク、スエーデンは 融資を主体とすべきと主張したため、その調整に時間を要したと云う事でしたが、最終的にはメルケル議長が復興基金(7500億ユーロ)の使途を、補助金3900億ユーロ、融資3600億ユーロと修正する事で決着をみた次第です。

そもそもは財政規律の重しとなっていた大国がドイツと英国でした。が今や英国はなく、EU議長国となって合意を纏める側に回ったドイツ、メルケル首相としては、予てEUの統合推進派のマクロン仏大統領と共にEU案の原案を作り、財政再建を一時棚上げして合意の旗振り役となったと云うものです。コロナ禍で世界のほとんどが、国の経済を支えるための財政出動に動くなか、財政規律派の旗色が悪い事情もあってのことかと思料する処です。

いずれにせよ基金構想は「次世代のEU」と名付けられ、新しいEU像を誘導するものと世界の関心を呼ぶ処です。そしてEUサミットで見せたメルケル氏の翻意を映す復興基金導入への思考様式こそは「欧州におけるドイツ」を再定義するプロセスとも映る処です。(注)

    (注)ノーベル賞作家、トーマス・マンは1953年、ドイツの将来について、自国を
近隣諸国と結びつけて「欧州のドイツ」を築く処に未来があると、力説するのでした。

この際は、上記当該事情として、メルケル首相の欧州統一に対する思考様式の如何をレビューしておきたいと思います。

(2)メルケル首相の翻意の真相
これまでドイツなどはEU全体で借金をすれば結果的に他国の借金を肩代わりする事になると強く反対してきていました。又、ドイツはイタリアなどへの支援は補助金ではなく融資にすべきだとも主張していました。その点では大きく譲歩したことになります。が、その翻意の結果は、基金創設の実現をみることになり、このことでEUは富の再分配と云う財政政策の領域に大きく踏み込むことになったと云うものです。

財政の統合を強く呼びかけてきたのはマクロン仏大統領でした。彼は2008年の金融危機やその後の欧州債務危機で苦しむ南欧をドイツなどが積極的に財政で支援しなかったことが、EUの亀裂を深め、ポピュリズムの台頭を招いたとの認識に立つのです。彼が大統領に就任した2017年からはEUの財政改革を訴えてきていますが、マクロン提案は長くたなざらしされてきました。と云うのも、ドイツ等で「自分たちの税金が他国のために使われる」との警戒が強かったためだったと云われています。

マクロン提案から3年を経てメルケル氏が翻意した理由は、まず不況と財政悪化の悪循環に陥るとされている南欧諸国の苦境があり、その深刻な状況を放置すればEUの存続が脅かされるとの危機感が強まったことにあったとされるのです。 加えてあるのが、5月5日に独連邦憲法裁判所がECBの量的緩和を一部違憲とした判決でした。ECBのコロナ対策を否定するならば、ドイツが独自の貢献策を示すべきとの圧力が強まったとされており、これがマクロン氏との共同での復興基金導入提案に収斂する事になったというもので、EUの結束を維持するためにも一定の譲歩は必要と判断したと伝えられる処です。メルケル氏としては厳格な財政規律を棚上げすることで欧州復興を加速させんとの考えに至ったといわれる処です。

加えて云うならば、ドイツにとってEU加盟国は主要な輸出先、投資先であると同時に米国や中国と渡り合っていく上でも欠かせないパートナーということです。上記18日の記者会見でメルケル首相は、「目的はこの危機を通じて欧州をより強く団結させることだ」と強調する処です。

ユーロ圏は前述の通り、金融政策は共通ですが、財政政策がバラバラである事が構造問題とされてきたわけですが、共通債務が実現すれば、危機対応に新たな可能性を開くことにもなる処です。 戦後ドイツでは、リーダーが重要なものを捨てさることで成果を引き寄せてきた歴史があると云われています。旧西独のブラント元首相は大戦で失った領土の一部を放棄することで東方外交を成功させたと評され、又、コール元首相は通貨マルクを捨てて再統一を実現しています。

しかし、メルケル氏は時折、EU加盟国であることがドイツの国益に適うという論陣を張ることはあっても、コール氏が欧州統合に向けたような思いを見せるようなことはあまりなかったと評されていました。が、その姿勢の変化を示唆したのは5月18日の記者会見でした。メルケル氏はEU史上最大の危機に対して「反撃」する時がきたと宣言し、「ドイツとフランスは欧州の理念のために一緒に戦っている」と述べていました。今次の復興基金への取り組みが、新たに「欧州のドイツ」を再定義する事になるのなら、これこそは来秋、政界引退予定の彼女にとってレジェンドとなるものと思料される処です。

(3)Europe’s Hamiltonian Moment(欧州のハミルトン的瞬間)
前述の通り、今次のEU中期計画に盛り込まれたコロナ復興基金構想は、5月18日の独仏首脳の合意案をベースとするものですが、その独仏の合意に巷間、メルケル氏の180度の方向転換と驚くとともに、この合意をかつて独立戦争後の米国で、各州の借金を連邦政府が肩代わりする事で、弱体だった連邦政府の力を一気に高めたハミルトン初代合衆国財務長官の手法に倣ったメルケル氏の「ハミルトン的瞬間」だと、もてはやされる処です。

尤も、EUが米国ほどに統合されることはないでしょうが、基金の推進は、第2次大戦後のドル支配体制を固めたマーシャル・プラン級のインパクトを持つであろうし、従ってドイツが欧州の盟主として登場する事になるだろうとは大方の見る処でしょう。 もとより、このメルケル氏の方針転換の裏には、欧州経済に係る合理的な懸念とは異なる、トランプ米大統領の執拗な圧力に対する反発がある処と思料するのですが。

ドイツとフランスは、EUを足場に「アメリカでも中国でもロシアでもない勢力、それも民主主義を守る中軸勢力となる」ことを目指すことでしょうが、とすればこれからの国際政治では米中に並んで、独仏主導のEUが存在感を増す事になると思料するばかりです。因みに、外為相場はユーロがドルや円に対して高値を試す展開になりそうだと観測されていますが、欧州の景気回復が米国より早いとの見方がある処、今次の欧州復興基金の創設で合意したのを機に騰勢を強めたとされる処です。

尚、この際、留意すべきは、The Economist July 25~31が、政府の歳出能力の拡大する状況を、「Free money – When governments spending knows no limits」と評していましたが、要は、最近の財政支出には規律が働かなくなってきている事態への警鐘です。コロナ禍は従来の経済政策の常識をも揺さぶる処、「大借金」と「大歳出」はどこまで続けられるのか、借金先進国の日本はどうなるのかです。

1年ほど前、世界で論争が起きたMMT(現代貨幣理論)主導者の一人、米学者ステファニー・ケルトン氏は昨年の来日時に「日本では財政赤字が自動的な金利上昇に繋がらず量的緩和も機能している」と述べ、既にMMTを実践していると指摘していました。当時、中銀や主流派学者は猛反発していましたが、コロナ禍を前に今や、先進国の多くが日本の後を追う処です。 勿論、コロナ禍の非常時には必要な対策を取るのは当然ですが、それでも効率的とは言えないカネの使い方が目立つのは極めて気がかりと云うものです。アベノマスク、10万円の特別給付金・・・。

さて、8月14日付け日経では上智大准教授の中里透氏が、コロナ後の財政の在り方を考えていく上で、これまでの30年を振り返り、日本財政のいうなれば、繰り返されてきた赤字化の経緯にも照らし、国債暴落やハイパーインフレと云った極端な議論からは十分な距離を保ち、中長期の視点から、落ち着いた環境の下で財政の問題を考えていく方が良いのではないか、重要なのは、どのタイミングで、いかなる対応をしていくかという明確な時間軸の視点を持つことだとし、そうした観点から経済財政運営の今後を展望するのです。極めて示唆ある処、その概要を紹介しておきたいと思います


             第2章 コロナ後の財政を考える

・財政の実状
まず、現在の局面で求められることは、企業の倒産が増え本格的な雇用調整の実施で経済が長期の停滞に陥るのを回避する事だとするのです。景気はこの4~6月期に底を打ち、回復に向かいつつあると見られるが、足元の消費の動向を観ると、回復のペースは穏やかだと。世界経済の減速と消費増税の影響で景気はコロナ前から既に落ち込んでおり、新型コロナの感染再拡大が懸念される現状を併せ考慮すると、景気回復の足取りは緩慢となろうとする処、当面は財政と金融の両面から景気の下支えに万全の措置を講じていく事の必要性を指摘すると同時に、デフレへの逆戻りが生じないよう、物価の動向にも十分な目配りが必要とするのです。

つまり、デフレが齎す効果について、日本政府が発行している国債のほとんどは物価連動債となっていないことから、物価の下落は実質的な債務の増加を齎すことになること、所得税などの税制についてもインデクセーション(物価変動に応じた負担調整)がなされていないことから、デフレ下では税収の伸びが抑えられ、財政収支の改善にマイナスの影響を齎すことになるからと云うことです。

これらを踏まえると、当面は性急な増税などの緊縮的な措置により景気に下押しの圧力を生じさせないよう、慎重な態度で政策運営を進めていく事が必要と云うのですが、銘記すべきは名目金利の実効下限制約が存在する下、金融政策による対応の余地が既に大きく狭まっており、緊縮的な財政運営により景気にマイナスの影響が生じても、それを金融緩和では相殺できないと云う事だと云うのです。

そして、やや長い目で見ると、社会保障費の増加への対応が大きな課題となる処、この点については、22年から24年にかけて、団塊の世代が75歳に到達し、医療費、介護費の増加が生じる「2025年問題」として、大きな懸念材料として捉えられがちだが、この問題はやや強調されすぎというきらいがあると云うのです。と云うのもこの期間中に65~74歳人口は大きく減り、年金給付などの伸びが鈍化するため、社会保障費全体の増加のペースはこれまでと同程度に抑えられるからと云うのです。
実際、内閣府の中長期試算を基に社会保障の今後の推移をみても、20年代半ばには社会保障費の急増は生じないことが確認出来る処、社会保障費の大幅な増加が懸念されるのは団塊ジュニアが高齢者になる30年代半ばの事で、この局面に備えては、30年代前半にかけて消費税率を15%程度まで段階的に引き上げていく事は避けて通れないかも、と云うのです。

・国債の安定消化
さて当面の政策対応について、注目されることの一つとして、国債の安定消化が引き続き確保していけるかを、挙げるのです。
20年度の2次補正後の一般会計予算での公債全収入(新規国債発行額)は90.2兆円で、国債依存度は56.3%に達する。しかも現時点では20年度の税収の減収分が予算に反映されていないから、国債依存度は更に高まることが見込まれる。ただこの際の議論、つまり国債の累増と国債の消化余力の関係については、家計金融資産残高と政府債務残高の大小関係とその推移に着目する議論が見られるが、この議論では日本の資金循環の大きな特徴、即ち企業部門が資金余剰(貯蓄超過)である事実が見落とされていると指摘するのです。つまり、
過去30年ほどを振り返ると、政府部門が資金不足に転じ(財政赤字が発生)、家計部門の貯蓄が減少傾向をたどる中で、企業部門は資金余剰に転じ、このことが安定的な国債消化を支えてきたと云うのです。

勿論コロナ禍の下で、この構造がどのように変化するかは見通し難いが、金融システムの不安定化が生じた97~98の局面と08~09年の局面では、いずれも政府部門の資金不足の拡大と企業部門の資金余剰の拡大が生じ、結果的に国債の安定化が確保されてきたとするのです。 それでも政府支出が野放図に拡大するようなことがあれば、財政の持続可能性への懸念から長期金利に上昇圧力が働くこともありうると云うのですが、2次補正に計上された10兆円の予備費については、経済動向をよく見極めて、必要な範囲内での機動的な予算執行に努めることが求められるとする処です。

・明確な時間軸をもって
コロナ後の財政収支の改善に向けた取り組みでは、大幅な増税は避け、景気の回復と穏やかな物価上昇の継続により生じる税収の増加と、歳出の十分な抑制により対処する事が望ましいと。これは絵空事ではなく、財政赤字の大幅な縮小が生じた13~18年の局面で実際に達成された事だと、指摘する処です。 そして、早期の感染収束が難しくなる中、先行きは見通しにくいが、明確な時間軸の下で、堅実な対応がなされていく事が求められると、力説する処です。


おわりに 「狂騒の20年代」の再来 ?  

・世界の第2四半期(年率)GDP
8月17日、内閣府が発表した2020年4~6月期の実質GDP(速報値)は、年率換算で27.8%のマイナス、戦後最大の下げとなるものでした。云うまでもなく、コロナ禍の拡大で内外需が打撃を受けた結果で、経済活動が広く停滞し、GDPは統計を遡れる1955年以来で、かつてない落ち込みとなるもので、年率換算での実質GDPは485.1兆円、7年半振りに500兆円割れ、リーマン時の3.5倍の落ち込みということで、コロナ禍の傷の深さを鮮明とする処です。 米欧中も既に4~6期のGDPを発表しており、いずれもマイナス。米国は前期比年率で32.9%の減、ユ-ロー圏は40.3%と夫々最大の減少率、唯一プラス成長となったのは中国(3.2%増)でした。前期比年率で、欧米諸国は2期連続の減少に対して日本は3期連続のマイナスです。
英経済誌エコノミストのEconomist Intelligence Unitによれば、日米欧7か国(G7)は7~9月期には、全て前期比プラスに戻る見通しですが、それでもGDPの規模は、米国が17年、英独仏とカナダが16年、日本が12年、イタリアに至っては1997年の水準に止まると見る処、正常化には時間がかかりそうです。

感染抑制と経済活動の両立の重要性が改めて浮き彫りにされる中、西村経財相は「成長軌道に戻す」と力む処ですが、そこにはアベノミクスを以って経済の回復を主導してきたはずの安倍首相の姿は見えず、さて、西村氏のその手腕、如何にとみる処です。

・ざわつく米ウオール街
そんな中、米ウオール街の一部からは「狂騒の20年代」の再来か?の声が伝わる処です。 つまり、経験則的には8月相場は下落しやすいとされる中、NY株式市場は今、楽観ムードに覆われ出し、特にハイテク株の比率が高いナスダック総合株価指数はアップルやマイクロソフト等の巨大ITが牽引する処、8月19日には、アップルが米企業として初めて時価総額、2兆ドル超をマーク(注)した他、株式分割で投資家の裾野が拡大するとの期待を集める電気自動車(VE)大手テスラも買われるなどテクノロジー株も買われ、今から100年前、米国で技術革新が経済成長を牽引した‘狂騒の20年代’が取り沙汰されだしたと云うものです。尤も、コロナ対応の大幅金融緩和でカネ余りが映す処かと、思料するのですが。

    (注)世界企業で最も高い時価総額はサウジアラビアの国営企業、サウジアラムコで
2019年12月には2兆264億ドルを付けていますが、その後は、原油安と業績悪化
懸念から株価は低迷、足元の時価総額は1兆8000億ドル台で推移している。

序で乍ら、8月25日の東京市場では、米市場の上述動きに呼応する如く、日経平均株価は一時23,419円をマーク、コロナ急落の前日の終値、23,386円を約6か月振りに上回っています。

その狂騒の20年代とは、20年代の米国を表する言葉で、当時の社会、芸術及び文化の力強さが強調される時代でした。第一次大戦の後で「ノーマルシー(Normalcy)」(常態に復すること、米大統領ウオーレン・ハーデイングが1920年の選挙スローガンに使った)が政治に戻り、文化的にはジャズが花開き、フラッパー(flapper)が現代の女性を再定義し、アール・デコが頂点を迎えたのです。が、最後は1929年のウオール街の暴落が、この時代の終わりを告げ、世界恐慌の時代に入ったことは、周知の処です。 
一方、この時代の繁栄を支えたのが1908年に売り出されたフォードのT型車に象徴されるように、大量生産技術が開発され、贅沢品であった車は一気に普及を見たように、製造技術の革新、つまりイノベーションによる経済の発展を見、高速道路が建設されたほか、いわゆるインフラの整備が進んだことで人々の日常生活は大きく変化していった時代でした。

そうした米経済が繁栄した1920年代と、その100年後の現代の2020年代と、重ね見る時、まず2020年代の今は、新型コロナウイルスのパンデミックを以って幕が開きましたが、1920年代も1918年に発生して4000万人が犠牲となったスペイン風邪を経て突入しています。そしてイノベーションを通じて経済成長を果たしていったのです。ただその繁栄は、1929年の世界恐慌によって幕が下ろされた事は周知の処です。

そこで2020年代を支える技術革新の如何ですが、その一つは、間違いなく新型コロナによって急加速する医療分野でしょうし、実際、新型コロナのワクチン開発は異例のスピードで進んでいます。因みに、メデイアによれば、ワクチン治験は今や最終段階にある処、米フアイザーは2020年末までに最大1億回接種分、21年には13億回分のワクチン供給を目指すとする処です。又、富士フィルムの米子会社による新型コロナワクチン生産計画に対して米政府は約2億6500万ドル(約280万円)を拠出する由です。(日経7/28、夕刊)

勿論、医療分野にとどまらず、技術革新の加速に向けた土壌も整ってきています。 そこで2020年代が「狂騒の20年代」の轍を踏むことのないためにも、国際的連携を含め、技術革新の堅持、更なる推進が求められる処です。もとよりそれは、コロナ後の新たな経済の生業を求めるトレンドに符合する処です。と同時に、科学を理解できない政治家に、この‘革新’を政治の具にされないことを願うばかりです。


処で、今、米国では共和党の全国大会が開催中で、25日、トランプ大統領とペンス副大統領を正副大統領候補に正式に指名しました。一方、民主党は、既に8月20日の党大会で、
バイデン前副大統領、ハリス上院議員を正副大統領候補に正式指名を終えており、いよいよ米大統領選、本格稼働です。そこで次号論考では、米大統領選 前夜と題し、報告予定です。 [2020/8/26記]
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