2020年04月26日

2020年5月号  ’危機’が変えた’世界の秩序’と,日本の選択 - 林川眞善

目  次 

はじめに No country is an island 

・安倍首相、緊急事態宣言
・米国政治のトレンド・シフト/ ・問題は`危機後’の対応

第1章 危機が齎すグローバル経済新常態
 
1.今、世界経済は「緊急停止」
(1)進み出す国家主義への回帰  
(2)メルケル首相メッセージのこと
2.無極化に向かう世界

第2章 米国政治のトレンド・シフト、米大統領選の行方

1.‘危機’ 対応に映る米政治のニュー・トレンド     
(1)米政権のコロナ危機対策
(2)危機が齎す米政治の左傾化
2.トランプ政権のresilience & vulnerability
(1)トランプ政権の‘強さ’と‘弱さ’
(2)今「断崖」に向かう米中関係 
・「国民とある」ということ
 ・J. バイデン氏、参上

おわりに  日本の選択    

・終焉遂げたアベノミクス / ・‘危機後’の世界で日本は

----------------------------------------------------------------------

はじめに No country is an island

・安倍首相、緊急事態宣言
3月末から始まったコロナ感染者の急増に照らし、4月7日、安倍首相は、緊急事態宣言を発出、同時に、事業規模108兆円の緊急経済対策を閣議決定しました。緊急事態宣言の‘狙い’は云うまでもなく、新型コロナ菌による肺炎感染拡大にストップをかける事、そしてコロナ対策が結果として齎している経済活動停滞、それと並行して深まる国民生活の不安解消への取り組み、です。が、感染拡大が今尚続く現状からは、イタリア等欧米で起きたような「医療崩壊」を防ぐためにも、この際は経済悪化をある程度覚悟してでも、コロナ封じ込めこそが最優先である事、云うまでもありません。

今、世界の総人口の4割が外出禁止の状況にあると伝えられています。この数字は感染拡大防止のため人の移動を規制してきた結果ですが、これが需要、供給両面での活動にブレーキをかけ、世界経済が急速な停滞状況を託つ証左とされる処です。

巷間、2008年の世界的金融危機、リーマンショックと比較して語られること多々ですが、リーマンの場合は、金融機関間の間でカネの動きが止まり、ヒトとモノの動きも止まったのに対し、今次コロナ危機は、感染拡大防止策によってヒトとモノの動きが止まり、それがカネの動きを止めるまさに、危機発生のプロセスが逆流しており、しかも大企業のみならず中小・零細企業をも同時に巻き込み、事態は複雑化している点で大きく異にする処です。

つまり、リーマンの場合、大幅な金融緩和や金融機関への財政資金の注入でカネの動きが回復し、ヒトやモノの動きも戻ってきたのに対し、今次危機の場合、各国で利下げや収入を失った家計への融資や財政資金による支援など打ち出されていますが、カネを動かしても外出規制など活動が制限されている間はヒトの動きは戻らず、危機構造が複雑化している点で、実体経済の回復は相当遅れるものと見ざるを得ません。因みに、4月14日、IMFが発表した2020年の世界経済の成長率見通しでは、マイナス3.0% に引き下げています。

この際は、何としても新型コロナウイルス撲滅が第一ですが、これが目に見えないウイルスとの闘いとなる点で、一国だけでは対処しきれず、国際間の連携が不可避となる処(注)、想起するのはThe Economist , 2007/12/1 の巻頭言No country is an island(如何なる国も、孤島では在りえない)です。

(注)リーマン後、中国が4兆元(約60兆円)の景気対策を打ちだし、世界経済を土俵
際で支えたことは銘記されるべき処です。尤も今の中国にそうした力はありませんが、
国際間の連携効果と云うものです。序で乍らG7ではワクチン開発支援で、実績あるノル
ウエーに拠点を置く国際研究機関、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)に数十億ドル
規模の資金拠出を予定とか。(日経2020/3/27)

・米国政治のトレンド・シフト
然し、一体感を以ってグローバルな危機に対峙していけるかとなると、置かれた現実からはいささか疑問は禁じ得ません。つまり、欧米諸国は、自国安全のためと国境封鎖等に向かうことで、自国主義、国家主義への回帰の姿を強く映し出す処です。

そうした環境の中、世界が注目するのは、やはりトランプ米国の行動様式です。トランプ大統領はWHOのパンデミック宣言が出たあと国家非常事態宣言を発し、3月27日には約2兆ドルと、極めて大規模な対策を打ち出し、更に今、想定越えの雇用悪化に照らし、3月27日と同規模の追加策、第4弾の検討を始めたと報じられています。それは今秋の大統領選を睨んでの彼の焦りを映す処ともされるのですが、ここで注目されることは、その対策策定の過程で露わとなってきた米国政治のトレンドの変化です。

つまり、連日更新の進む感染者の増大(3月26日には、米国のコロナ感染者は世界最多の8万3507人)に照らし、彼は今次の危機を保険危機、医療危機と理解してきたとされ、以って低所得者の救済に向かう処です。これは、民主党左派のリベラルが目指す方向と重なる処、つまりは米国政治のトレンドがトランプ氏の忌み嫌う社会主義的な色合いを強める一方で、これがトランプ米国第一主義とも絡んで、国家主義への回帰を現実とする様相になってきたと云う処です。‘米国よ、前もか’ です。

・問題は`危機後’の対応
世界経済は今、緊急停止の状況です。収縮する経済への対処と同時に、感染症対策に迫られ、財政面でも医療提供体制の整備や治療薬の開発が求められる状況です。そして危機回避に向けては、各国の利害を超えた結果が求められる処です。ただ、各国の努力で危機が過ぎたとして、世界が危機前の姿に戻れるかと云えば、それは極めてnegativeとなる処です。

つまり、緊急対策を以って臨むとしても単なる需要対策だけではなく、供給能力の削減といった構造対策が求められ、その結果は産業構造の変化、多くの企業で事業転換が不可避となると見るからです。加えてこれまで過剰投資を支えてきた過剰債務の処理も伴う事もこれありで、かかる事態の変化からは相応の時間を要するというものです。加えて、日本がこれまで拠り所としてきた世界の秩序が、危機を契機に急速な構造変化を辿りだしている事も有之で、問題は‘危機後’の世界をどう捉え、これにどう向き合っていくかとなる処です。 

そこで、今次論考では危機後の可能性を探る意味を含め、① 世界経済の生業の行方を検証し、② 危機を契機に進む米国政治のトレンド・シフトの現実と大統領選を控えたトランプ氏の行動様式、そして ➂ 危機後, 日本の目指すべき方向について、考察する事とします。


第1章 危機が齎すグローバル経済新常態

1.今、世界経済は「緊急停止」

前述の通り、新型コロナの拡散防止作戦として各国の進める水際作戦は、ヒトの出入りの管理強化に向かうことで、まさに国境が高くなり、往来が不自由になり、経済と企業活動の停滞をもたらし、それこそがグローバル経済の新常態と映る処です。それは自由で開かれた世界を目指すグローバル化は緊急停止の様相を呈する処、グローバル化が大きな壁に当たりつつあることを意味し、もはやその転換点をも示唆する処です。

(1)進み出す国家主義への回帰
その「緊急停止」を巡って、 Financial TimesのコラムニストGideon Rachman氏は、同紙(2020/3/24) にて ‘Nationalism is a side effect of corona virus’ (コロナ・パンデクスが齎す副作用は危険なナショナリズムの台頭)と題し ‘今、ボーダー(国境)がすさまじい勢いで復活しつつある。それは新型コロナウイルスに因るものだが、仮にそれが止まったとして、もはやウイルス発生前のグローバルな世界に戻る可能性は低い’ と、以下三つの事由をもって Return of the Nation State、国民国家 [国家内部の全住民を一つのまとまった構成員(国民)として結合する事によって成り立つ国家] への回帰トレンドを指摘すると共に、その変化に懸念を語るのです。

 ① 緊急事態下では人々は国民国家に頼ろうとする事。国民国家にはグローバル機関に
はない財政的、組織的な強みがあり、人々の感情に訴える力も強い事。
 ② グローバルなサプライチェーンが脆弱だと分かったこと。(revealing the fragility of global supply chains )
 ③ 危機発生前から顕著だった保護主義や自国回帰、国家管理の厳格化を求める声がよ
   り高まったこと。

 (注)サプライチェーンの脆弱性:かつてはきれいな棲み分けが出来ていた国際分業体系
にあって、それぞれが支配を目論むサプライチェーン上の部位が徐々に重なり合い、互い
の領域を侵食し始めた結果と云え、サプライチェーンの統治構造の変化を意味する処。

彼が語る危険な事とは、国民国家の復活で制御不能な国家主義が頭をもたげ、世界貿易の急減や国際協力の有名無実化の進行であり、最悪のシナリオとしてEUの崩壊、米中関係の断絶、更には、戦争へエスカレートする事態をもと、する処です。

そして、国民国家への回帰の動きは特に欧州で目立つとし、3月18日、メルケル首相がコロナ対応への協力を国民に訴えたTV演説をreferし、その際、EUに関して一言も触れられていなかったこと、また本来国境管理はなかったはずが突如復活(独・仏間)したこと、更に企業や失業者への経済支援の多くは、EUからではなく欧州各国からきているとも指摘し、これら一国主義への回帰を映すものではと、懸念を示すのです。

(2)メルケル首相メッセージのこと
そこで一言。 確かにラックマン指摘にあるように近時、EU諸国の中には自国主義に走る動きは出てきていますし、コロナ危機への経済対策を巡って加盟国間の亀裂が深まり、EU南北の対立(イタリアやスペイン vs オランダ)と報じられる処です。ただ、メルケル首相のTV演説の中にEUの文言が見えなかったと云うことだけで即、一国主義への回帰云々としうるものか、その指摘には聊かのバイアスを禁じ得ません。

国内が分断しているようでは外交で力を発揮することはできません。当時のメルケル首相を巡る政治環境は次の通りでした。つまりメルケル首相が、自らの後継者として推薦していたメルケル氏所属のCDU党首クランプカレンバウア氏が2月10日、政治的な失言や選挙での相次ぐ敗北を事由にその指名から降板、その後、ぎくしゃくしていた連立相手の社会民主党とCDUとの間で改めて和解が進み、メルケル首相の再登板が合意され今日に至っている事情これありで、この際はとにかく国内政治の立て直しをと、メルケル氏にとって初となるTV演説に臨んだものと推測するのです。

因みに、今年7~12月はドイツがEUの議長国です。従ってドイツの政権が瓦解すれば欧州全体が混乱するとの認識があって,まずは国内の引き締めとの思いがあっての結果ではと,推測するのです。更に、トランプ米国とは距離を置く処、トランプによる「ドイツたたき」の可能性も否定しえぬ状況にある一方で、9月にはEU27国首脳と共にドイツで中国習近平主席との会談が予定されています。いま欧州景気が低迷傾向にある中、大黒柱のドイツが冷え込めば総崩れになりかねず、その点で、まずはドイツがしっかりせねばと手綱を引き締め、統合に臨まんとの思いが、そうさせたのではと、忖度する処です

2.無極化に向かう世界

さて、ラックマン氏の指摘は、要は、不安と恐怖を乗り越えて国際社会が結束できるかを質すものと思料するのですが、上述国家主義への回帰トレンドと、世界秩序のkingpinたる
トランプ米国の行動様式と重ねるとき、それにはnegativeとならざるを得ません。
米国はトランプ氏が大統領に就任以来、America firstの下、国際間の協調、協定を軽視し、自国利益を優先しながら覇権国家を演じてきています。然し、今次COVID-19危機は、そうした体制をも揺るがす状況にあります。つまり、前述のように各国は、危機対応を通じ、自国の安全に向かう中、米国も、後述するような危機対応強化を通じて更なる米国主義を図らんとする処、その結果は他国を率いる力を弱体化させる処です。

因みに今秋の米大統領選では現職のトランプ氏の優位が喧伝されていました。それは、戦後最長を謳歌した好景気と低失業率を以ってする予測でした。然し、そのシナリオは新型コロナ危機で剥げ落ち、いまトランプ氏はコロナの収束と早期の景気回復に向けた強い指導力をアピールする戦略を描く処です。そこには、既存の大国としての米国はなく、されど競合国の中国が米国にとって代われるほどの実力も信頼をも欠く状況で、それは世界の無極化、いわゆるGゼロへの動きを鮮明とする処です。(注)

(注) Coronavirus reveals the dread of `non-polar’ world.- The two great powers cannot lead and there is no persuasive coalition to replace them. By Janan Ganesh, Financial Times , 2020/04/02

世界は今、国家主義への回帰が進む一方で無極化が進む、時に脅威とも映る新環境にあって、問題は、各国の近視眼的な指導者がどう対応していくか、見通し難いことです。そうした中、やはり注目されるのが、米大統領選を控えたトランプ氏の行動様式です。


第2章 米国政治のトレンド・シフト、米大統領選の行方

1.`危機’ 対応に映る米政治のニュー・トレンド

今次危機は金融危機ではなく、保険危機、医療危機とも指摘される中、トランプ政権の危機対策はその色合いを濃く映す処です。以下は、その経緯をレビューするものです。

(1)米政権のコロナ危機対策
トランプ氏は、3月10日のコロナ・パンデミクス宣言に呼応する如くに、それまで極めて楽観的だった彼は、3月11日夜、ホワイトハウスからの国民向けTV演説で、コロナ感染拡大への対応策として、欧州からの入国禁止措置を発表。更に16日には英国、アイルランドをもこれに追加したのです。まさに米国の水際大作戦です。米国に呼応する如くに、欧州、カナダ、ロシア、中南米諸国も同様「外国人の入国禁止」を発表する処、これで地球大での人間閉じ込め作戦が一気に進む様相です。 そして問題は、こうした水際作戦の結果は消費の落ち込を誘発、それが企業の破綻やリストラを呼び、雇用喪失と云う不安の連鎖を呼ぶ処、消費の縮小は一時的な現象から長期的な構造問題に転じてきたことです。

さてトランプ大統領は3月13日、国家非常事態を宣言。同時に最大500億ドル(約5兆円超)を投じ、検査や治療の体制強化、新型コロナで打撃を受けた企業や個人の支援強化の方針を明示、翌14日には議会下院が野党・民主党の経済支援策(コロナ無償検査、有給病気休暇、失業保険の拡充、低所得者向け食糧支援、等)をも可決。更に21日、米欧の4~6期成長率のマイナス幅が前期比年率換算で10%を超すとの見方が浮上したことから、同日、クドロー米国家経済会議議長は、財政支出では1.3兆~1.4兆ドル、更にFRBの追加対策を加えて経済対策はGDP(21兆ドル)の10 %程度規模の対策が必要とし、3月25日未明、与野党議会指導部との合意を経て27日、米議会で2兆ドル(約220兆円)の大型経済対策を決定(注)したのです。これは2008年の金融危機対策(7000億ドル)を上回る数字です。

(注)2兆ドル経済対策の内容:家計と企業に直接送り込むもの。医療整備(1400億ド
ル)、航空会社等(750億ドル)事業会社(4250億ドル)、中小企業(3500億ドル)、家
計(5000 億ドル)尚、同時にトランプ氏は米自動車大手のGMに対して呼吸器生産命
令を国防生産法の適用を以って発令した。

(2)危機が齎す米政治の左傾化
処で、トランプ氏は連日更新が進む感染者数の増大に照らし、今次危機を保険危機、医療危機と、理解を深めたようで、医療や低所得層への支援に多くを配慮するものとしています。そして、3月上旬には考えられなかったことですが、注目すべきは、米政府は、ここにきて本来トランプ氏が忌み嫌う社会民主主義に近い政策を次々に打ち出してきた事でした。

これまで大企業、富裕層を対象とするような減税策等で支持を得てきたトランプ氏ですが、大統領就任以来忌避してきた低所得層支援、教育無償化問題、更には国民皆保険問題等も俎上に乗ってくる処、まさにコロナ危機によって民主党、とりわけサンダース氏らリベラル派が考える世界のあるべき姿へ変貌する様相を露わとするのです。危機が齎した与党共和党のリベラル化とされる処、瞬時振り子が右から左へと揺れる姿を見る思いです。勿論、人気取りもこれありでしょうが、2017年の大統領就任以来の姿勢の変化を映す処です。

序で乍ら、英国においても保守政権ながら 3/11, 17, 20日と3弾の経済政策を発表する処、大規模な財政出動を決め、又、どちらかと云えば企業寄りとされる大統領が率いるフランスも同じ様相にある処です。とすれば財政支援の点ではもはや米欧は一体化していると云えそうです。ただ米国にあっては、家計や企業への支援と云う短期の議論に止まることなく根本的な富の再分配の問題にまで、今や議論されつつある事が大きな違いを見せる処です。

尚、3月11日、トランプ氏がホワイトハウスから国民向けに感染拡大への対応策を発表した際、「政治や党派の対立は横において一つの国家、一つの家族としてまとまらなければならない」と、国民に団結を訴えています。「怒りと分断」をエネルギーとする同氏にしては「大統領らしい」初の演説だったと評されていましたが、これが厳しい批判に曝された末のことと云え、明らかに自らの再選に向けた焦りを映す処です。

因みに、3月24日、TVインタービューではトランプ氏はコロナ対応で停滞する経済活動の再開は復活祭(4月12日)までにと、していました。が結局、4月16日 ,感染者が少ない地域から経済活動の再開を3段階で進める新方針を発表。3月中旬からの厳しい外出規制の緩和に踏み切ったのです。勿論、緩和のタイミングに厳しい批判のある処、どこまで経済が戻るか不透明で、TVに映し出されるNYの街の様子は、まるで1930年代の大不況とも見紛う光景ですが、トランプ氏の行動は、あれもこれも大統領選のため、と云った様相です。 
尤も、これまでトランプ氏の絶対優位の証とされてきた経済は急激な減速にあり(注)、内外環境の急速な構造変化、更にはこの危機を契機に有権者のトランプ観も厳しくなってき事情もあり、楽観し難い状況にはなってきています。

    (注)減速の米経済:4月3日、米労働省発表の3月雇用統計では景気動向を敏感に映
す非農業部門就業者数は前月比70万1千人減少。就業者の減少は2010 年9月以来,
9年半ぶり。新型コロナで米経済は大幅な活動制限を強いられてきた結果で、過去に
例のない雇用と景気の悪化に、経済対策の執行が追い付かない状況。

いずれにせよ、今次のコロナ経済対策が映し出すことは、トランプ氏の行動様式の変化、米国政治の左傾化トレンドです。そこで、改めて彼の可能性を検証します。

2.トランプ政権のresilience & vulnerability

(1)トランプ政権の‘強さ’と‘弱さ’
処で、コロナ危機もさることながら、近時の金融市場の動揺で不安が生じているのは、トランプ政権の経済・金融危機に対する管理能力にありと、されていますが、要は、従来の米政権には危機の火消し役になる顔があったが、今はそれが見当たらないと云うものです。

つまり、クリントン政権時のルービン氏、ブッシュ政権時のポールソン氏、オバマ政権ではガイトナー氏と云った財務長官や国家経済会議委員長等、主要経済閣僚の存在です。しかし、今のムニューシン財務長官にしても、クドローNEC委員長にも、そうした威信は感じられません。トランプ氏は安全保障ではマテイス前国務長官、経済ではコーヘン前NEC委員長ら、大統領への苦言も辞さない専門家を排除してきています。今のトランプ政権にはそうした人物は見当りません。今後の危機対応では、そのツケが回ってくることもありうると云うものです。 更に、トランプ氏が今次のCOVID19対策の責任者に副大統領のマイク・ペンスを指名したことです。彼は科学を疑い続けてきた人物とされる仁で、まさに感染症に対峙する者の適性に、有権者のトランプ氏に対する見方が変わってきたとされる処です。

加えて、国民に添う政治と云う点で、とりわけ問題となるのが無保険者もいる米国の医療制度です。この問題では、国民皆保険を掲げる民主党左派のサンダース上院議員はもとより、中道のバイデン氏もオバマ政権で実施した医療制度改革(オバマケア)の更なる改革案をも主張しており、オバマケアの撤廃を主張しCDC(Center for Disease Control & Prevention:米疾病管理予防センター)の予算を削減してきたトランプ氏にとって、不利な展開の可能性が指摘される処です。 因みに、3月次FT・米財団協働世論調査では、コロナ感染拡大で「所得が減った」との回答が73%に上った由。 他事情についてもトランプ再選に逆風が吹く様子が伝わる処です。(日経2020/4/8)

もう一つ、問われるリスクはトランプ政権下で進んだ多国間協調や国際機関の軽視です。とりわけパンデミックスの状況にあって問題となるのが国際的な危機対応です。自国優先を掲げるトランプ政権はコロナ問題でも欧州や中国との亀裂を深める処、とりわけ米中では感染拡大の経緯を巡り、非難の応酬で、その関係は再び悪化を見せる処です。 壊滅的な被害を及ぼすパンデミックは、世界の二つの経済大国、米中が立場を棚上げにして、協調する好機と思えるのですが、その関係は1989年の「天安門事件」で中国政府が軍を投入し民主化運動を弾圧した時と同様に、この危機のさなか、パンデミックの原因を巡って両国は醜い中傷合戦を展開する処です。ではその実状は、です。

(2)今「断崖」に向かう米中関係
まず、震源地、中国の実状はと云えば、感染都市の封鎖や強制的な隔離で封じ込めを進めると同時に、メデイア統制で批判の声を排除し政府の対策の成果を内外に印象付けようとしていると伝えられる処です。 因みに3月18日、中国政府は国内に駐在していた米NY Times, Wall Street Journal, Washington Postの米国記者ほぼ全員を外国に追放したこと、前号論考でも触れましたが、米中関係は新たな緊張関係を呈する処です。

3月19日付けFinancial Timesは、中国駐在の米ジャーナリストが中国からの追放を受けたことで、US-China ties worst in decades after expulsionsと題し、目下の米中間のパンデミック論争は旧ソ連の戦時体制を思い起こすとしながら、今次の米記者の中国からの追放は、中国情報への道を断つもの、world access to true information about China と、報道の自由を叫ぶのです。更には、新型コロナウイルスの感染が更に拡大すれば、米中の責任転嫁も一段と激しくなり「既に恐ろしいほどに険悪な両国関係に深刻な影響を及ぼすことになる」(The Economist, 2020/3/21)と、新たな事態の展開を危惧する処です。

同紙24日付けでは、米シンクタンク、ブルキングス研究所のライアン・ハス氏は「新型コロナウイルスの感染拡大は両国関係の現状を鏡のように映し出している。そこに浮かび上がる像は醜い。両国の指導者は今、蔓延を止めるために共に何をすべきかを話すことなく、ウイルスがどこから出現し、感染拡大の責任が誰にあるのかという議論に終始している」と、指摘する処です。周知の通りトランプ大統領は新型ウイルスについて「中国ウイルス」と呼び、中国外務省からは強い非難を受ける処、更に、中国国営メデイアはウイルスの感染爆発に対処するには独裁的統治体制の方が民主主義体制よりも適しているとまで主張する処です。今 ‘危機’に協力して対応すべき局面で、二大国の振る舞いは何とも情けない限りです。

いずれにせよ重要なのは政府と国民の信頼関係です。その為には、納得できる正確な説明と情報の開示が求められる処、この点で親和性の高いのは民主主義の他ないのです。

・「国民とある」ということ
序で乍ら、政府と国民の信頼関係維持の視点で、Financial Times ,2020/03/19が掲載した論考、「Donald Trump and the need to lead by example – The president should look to Roman history and Ireland on how to act in a crisis 」(トランプ大統領は、ローマの賢帝、アウレリウスに習い、アイルランドのバラッカー首相に習え)は極めて興味深く迫る処です。

その概要ですが、まず「他の災厄と同じく、感染症の拡大は人の性格を、中でも指導者の性
格を露わとする。重要な事は誠実さ、勇気、品位。新型コロナウイルスが齎す脅威が如何に
大きいか、トランプ大統領はこの数日の間に漸く把握したようだが、残念乍ら同大統領はず
~と理解している振りをすることにエネルギーを費やしてきた。そして自らが発するメッ
セージ自体の価値を引き下げてしまった。メッセージは信頼されていてこそ価値を持つ」と
し、その上で、トランプ大統領が学ぶべきは、ローマの賢帝とされたアウレリウス帝が当時
の疫病対応で見せた国民とある姿を、又、3月17日、アイルランド国民に向けた演説で、
バラッカー首相が感染拡大に苦しむ国の人々と「共にいる」姿勢を打ち出していたことを取
り上げ、まさに見習うべきと示唆するものでした。

「国民とある」、それこそは政治の基本姿勢と云え、これがトランプ氏にいかに届くものか、
大統領選を控えた彼の行動様式に斯界の関心が深まる処です。現時点でのトランプ支持率
は各種世論調査で相次ぎ就任以来最高を更新しているようですが、これが国家的危機に対
処する米大統領の支持率上昇の通例に照らすと押し上げ効果は勢いを欠くとされていま
す。深まる党派の分断が影を落とし、野党の支持層を取り込めていないことが指摘される
処、11月大統領選へまさに綱渡りの政権運営を余儀なくされていく事と思料するのです。

・J. バイデン氏、参上
処で、4月8日、民主党候補の指名を争っていたバーニー・サンダース上院議員が挙党体制構築のためと、大統領予備戦からの撤退を表明。これでバイデン前副大統領の民主党候補が確定し、秋の米大統領選はバイデン氏がトランプ氏に挑む構図に固まったようです。

バイデン氏を巡る詳細は別の機会としますが、彼がForeign Affairs , March/April,2020 に寄稿した論文では、民主主義の再興、中間層の強化を、外交面では同盟国重視を訴え、自分こそが世界をオバマ時代に戻すことができるとの期待を、人々に抱かせる様相です。 然し、トランプ時代の4年間、米国自身、そして米国と世界各国との関係は根本から変わってきたこと、国内ではこの4年間に進んだ社会的、政治的分断は極めて深く、仮に彼が大統領となったとして、では次の4年でこの分断が改善に向かうものかと、質す処です。いずれにせよ、トランプ氏の絶対優位は消え、両者互角の選挙戦となるのではと思料する処です。


おわりに 日本の選択

・終焉遂げたアベノミクス
4月23日, 政府が纏めた4月「月例経済報告」は、3月に続き景気判断を更に下方修正、一段と厳しい状況との判断を示す処です。3月報告(3/26)では、それまで「穏やかな回復基調」としてきた景況判断から「回復」の文字が消え、2012年末の安倍第2次政権発足以来、6年9か月振り、‘アベノミクス景気の途切れ’と評される処でした。それが今次報告では「悪化」となり、コロナ危機とともに、まさにアベノミクスの‘終焉’を告げる処です。

さて、「この3か月で世界は劇的に変わった」(IMF)とされるなか、コロナの影響で生活に困る家計や、資金繰りに窮する企業の救済は一刻を争う状況となってきています。
安倍政府は3月28日、GDPの1割、56兆円を上回る大規模の緊急対策を、4月7日には‘緊急事態宣言’の発出と併せ、事業規模108兆円の緊急経済対策を決定しましたが、4月20日には、一人当たりの支援給付を盛り込んで組み替えた補正予算,117兆1千億円を決定しましたが、その間の姿はまさにバタバタ劇。 4月17日、記者会見に臨んだ安倍首相の口からは、一国のリーダーとして現下の‘非常事態’をどう捉え、どう取り組もうとするのか、一向に伝わる事なく、更には対策実行のスピード感のなさが指摘されるや、かかる事態に彼は陳謝するのでした。国家の‘緊急事態’の何たるかの認識の欠落を映す処、まさに危機に向かうリーダーとしての資質が問われる瞬間の続く処です。

・‘危機後’の世界で日本は
さて先に、強制的な分断が解ける、その‘あと’「コロナ後」の対応が問題と指摘してきました。先行きの見えない中、未来のことなど今は考えられないとの批判のある処かとは思います。が、筆者はある機会を経て、以下趣旨のコメントを繰り返す処です。

―  (本稿冒頭で触れたように)産業調整といった構造問題もさる事ながら、現下で進む世界秩序の構造変化で、これまで日本が拠り所としてきたグローバリゼーションは今、‘試されるグローバリゼーション’と揶揄される状況にある。それでも、厳しい危機対応をくぐりぬけたとき、これまで以上にネットを活用し、より世界と密接につながった社会が現出しているかもしれない。そこで芽吹き始めた新秩序に備えない手はないのではと。

さて、3月31日付日経に載った世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の投稿は、新型コロナウイルスの脅威に直面する世界に今後の指針を示すのでした。同氏はその中で、感染拡大も、それに伴う経済危機もグローバルな問題であり、これを効果的に解決するには、国を超えた協力以外に道なく、自国の事だけを考え、他国のことを全く考慮しないままに行動すれば、混乱と、より深刻な危機を招くことになると看破するものでした。 人口減少と対峙し進む日本、これまでの世界における日本の生業に照らし、なお今後の日本の行方を思うとき、進むべきはグローバル化の道と再認識する処です。

但し、それはJ.ステイグリッツ氏が「Globalization and its Discontents」(2002)で批判した市場主義グローバリゼーションではなく、国民を幸せにするグローバリゼーション、progressive capitalism(弊論考、2月号)を映すグローバリゼーションへの取り組みです。
そして、実践的にはValue Chainをキーワードとした取り組みをイメージする処ですが、そのプロセスこそは日本経済にイノベーションやビジネスモデルを生み出す処と思料するのです。その心、No Country Is An Island いま再び です。 (2020/4/25記) 
                         
posted by 林川眞善 at 11:32| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください