2019年11月26日

2019年12月号  二人の女性が標榜する’資本主義’のかたち  Reshaping American Capitalism & Surveillance Capitalism - 林川眞善

はじめに Ms. Elizabeth Warren とMs. Shoshana Zuboff

・米上院議員 E. Warren 女史
米国大統領選2020へ、あと1年を切りました。共和党、民主党それぞれは、その大統領選候補者の選択準備に大わらわです。尤も共和党では現職大統領のトランプ氏に対抗できる候補者はないようですから共和党としてはトランプ氏で決定でしょう。
対する民主党は、バイデン元副大統領をはじめとする数名が大統領候補指名争いに名乗りを上げています。その行方は未だしですが、その中にあって、民主党予備選での有力候補の一人と注目されだしているのが国民皆保険制度等を訴えるリベラル、左派とされる元ハーバード大教授で現在上院議員(マサセッチュー州)のエリザベス・ウオーレン女史です。

民主党左派の筆頭候補と見做されているのがバニー・サンダース上院議員。彼は自らをdemocratic socialist,民主的社会主義者と称し、やはり国民皆保険制度の復活を掲げ、富の公正な分配を主張する仁です。さて、ウオーレン上院議員も、富の公正化、所得格差の解消、国民皆保険制度を訴える点ではサンダース氏と同じですが、その為に要する財源確保の点で異にする処、それを以って彼女の人気が今上昇中という処です。と云うのも、サンダース氏の場合、国民皆保険のためには、一部費用について労働者にも負担が必要としていますが、ウオーレン氏は、その財源は大企業への増税と、一部の超裕福層への増税を以って担保すると、11月1日にはその構想を公表していますが、彼女のそうした富裕層への攻撃で所得格差に不満を持つ層を引き付け、多くの若者もそうした考え方に共鳴し出しとされる処です。

勿論トランプ氏はサンダース氏やウオーレン氏の発言に、‘米国を社会主義にするもの’ と、強く批判する処、富裕層や大企業を狙い撃ちする政策はトランプ氏の再選とは別の意味での「悪夢」、になると忌み嫌う向きは少なくありません。だからと言って彼らの議論をただ「過激な議論」として目を背けるのは賢明なことではないのではと、思料するのです。

2016年の英国ではBREXIT問題が起こり、同じ年、米国では異常な発想の持主、トランプなる仁が大統領に選出され、その結果は世界を翻弄させる処です。とすれば、同じ急進派とされるもサンダース氏とは違い、骨の髄まで資本主義者だと云うウオーレン氏が、ハーバードで行ってきた法律問題や経済理論の実践を通じてreshaping American capitalism、もう一つのアメリカの資本主義を創造していくとする主張に耳を傾ける事、しかるべきではと思料するのです。 勿論、彼女が民主党の大統領候補となるという事が決まったわけでもなく、ましてや彼女が米大統領になると云う事でもありません。
が、彼女の発想や行動様式からは、米国の新たな変化のsomethingを感じさせると云う点です。従って、選挙戦の行方を云々することよりも、彼女が描く資本主義とはどういった形となるものか、米国に息づく左派の叫びともいえるその声を、超大国と世界の新たな現実として正面から見据える必要があるのではと思料するからです。

さて、The Economist,Oct.26はCover storyで、彼女の目指す国民皆保険等政策を取り上げ、優しく、しかし厳しく論評を下しています。そこでアメリカ資本主義の在り方を考えていく一助として、彼女の目指す政策について、この論評をベースにレビュー、考察し、以って本稿の第1章としたいと思います。尚、ウオーレン氏の行動とは直接関係する話ではありませんが、この10月25日、1か月続いたGMのストライキが終わりました。12年ぶりに実施されたGMでのストは世界的に注目されたニュースで、米国での労働組合が復活していることを大いに印象付ける処でした。そこで併せて考察する事としたいと思います。
            
・ハーバード大名誉教授、S. Zuboff 女史
さて、ウオーレン政策の合理性について、友人と米国事情の現実に照らしながら議論をする中、その友人から、上述とは次元を異にする、ITの進化が齎す監視資本主義と呼ぶ、もう一つの資本主義について、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授(the Charles Edward Professor emerita at Harvard Business School)のShoshana Zuboff女史が著した近著「Age of Surveillance Capitalism、2019」(監視資本主義の時代)の推薦を受けました。
その内容はIT技術の開発を介してIT各社が如何に資本主義のルールを書き換えつつあり、権力構造をも変えつつあるか、その実状について多くを指摘するものです。本書は3つの章建て(1.The Foundations of Surveillance Capitalism, 2. The Advance of Surveillance Capitalism, 3. Instrumentarian Power for a Third Modernity)そして結論を含めて、全535ペジに及ぶ大部なものです。そこで、本稿 第2章として、彼女の告発的ともいえるその内容について、メデイア情報の力を借りながら、じっくりと学習してみたいと思います。

尚、そうした議論のさ中、10月19日付け日経の第一面では、米グーグル(注)が「 ‘超計算’ 人類の手中に」と、big headlineがまさに躍り、AIに続く革新技術と期待される量子コンピューターの時代到来を謳うのでした。具体的には、米グーグルが理論上の概念だった性能を実証し、最先端のスパコンで1万年かかる問題を瞬時に解く実験に成功したというもので、最先端のスパコンでおよそ1万年かかる計算問題を、同社の量子コンピューターが3分20秒で解く実験に成功したと云うもので、グーグルが「量子超越」を達成したとするものでした。この発表は言うまでもなく量子の実用化競争のはじまりを示唆する処、そこで、この際は併せて考察する事としたいと思います。

   (注)当該グーグル論文「プログラムできる超電導プロセッサーを使った量子超越」は、10月23日付け英科学誌「ネイチャー」に発表され、既存のスーパー・コンピューターを超える性能を独自開発の量子コンピューターで実証したとするものです。まさに偉業とされる処です。

と云う事で、本号論考はハーバード大教員歴の二人の女性の議論に負うものとなりました。


― 目  次 -          

第1章  A plan for American capitalism
 ― E. Warren上院議員が標榜する米経済のかたち

1.Elizabeth. Warren 上院議員   
 ・Ms. Warren, who ?
2.Ms. Warren’s plan
・Ms. Warren, who ?
 ・ウオーレン氏の増税案,等 / ・ウオーレン氏の課題
 ・米労働運動復活の意義

第2章  Surveillance Capitalism
     ― 監視資本主義の時代 

1.監視資本主義
 ・監視社会の改善に向けて
・インターネット企業と政治広告
2.量子コンピューター開発
(1)米グーグル
(2)日本の場合

おわりに  Joseph E. Stiglitz氏の示唆

       ------------------------------------------------------------------

第1章  A plan for American capitalism
― E. Warren上院議員が標榜する米経済のかたち

1.Elizabeth Warren 上院議員

ウオーレン氏が主張するのは一言で言ってAmerican capitalism 再生です。The Economist、Oct.26,2019、巻頭論考では当該構想は、極めて素晴らしいとしながらも、そのマスタープランがあまりにも政府偏重となっている点で問題があり過ぎると云い、もっと民間の力の活用を通じたよりイノベーテイブな、活力ある分野の掘り起こしが必要と指摘するのです。つまり、それこそは米国経済繁栄の中核となるものだとするのです。その概要を以下でレビューしますが、彼女の構想の背景をなすのが彼女のキャリアーとされる処、そこで政策形成の背景にある彼女のキャリアーについてまず、レビューしておきたいと思います。

・Ms. Warren, who ?
彼女は、現在マサチューセッツ州選出の上院議員(1949年生れ)。オクラホマの、さして豊ではなかった家庭に生まれた彼女は、苦労を重ねながら、テキサス大学法学部、ペンシルバニア大学法学部で教鞭をとり、ハーバード・ロー・スクールではtenuredの法学教授となり、連邦倒産法を専門とする学者としてスター的存在だったと言われています。そして、積極的な消費者保護論者であり、消費者金融保護局の設立に貢献したとされる仁です。

彼女の政策スタンスは、他先進国に比し米国がより不公平に置かれている点にあってこれに応えて行かんとするもので、具体的には雇用機会は確かにあるが、賃金は上がらぬままにある事。そして産業の3分の2を占める大企業は大きくなり、高収益を享受するも、労働者はその残りをシェアーする状況にとどまっているとする点で、所得の公正をと、叫ぶ処です。(そうした発想の背景として、彼女の個人的事情、彼女の両親が30年代のDust BowlやGreat Depression を経験した末に、父親は病気で職を失った経験が強く映る処と。)

共和党員やWall Streetでは、そうしたウオーレン女史をsocialistと批判する処ですが、彼女の実際は、企業の公営化も政治主導の信用管理も否定する処です。尤も、彼女は企業に対して、公正さを担保する彼女流のテストを目指すと云うのです。その規制の範囲は驚くほどに広く、因みに銀行が破綻すると商業銀行と投資銀行に分離させ、フェースブック等、IT企業は分断、公共体に移行させる。エネルギー関係ではシェール開発の禁止(これはオイル・マーケットにとってはサウジの締め出しの端緒にはなる処)、そして原発からの段階的離脱。民間健康保険は禁止、それに代わって国による国民皆保険制度の復活、等を叫ぶ処です。

2008年の金融危機の際には、不良資産救済プログラム(TARF)の監督を目的として創設された不良資産救済プログラムに関する議会監督委員会メンバーの議長を務め、オバマ大統領の下、大統領補佐官及び、消費者金融局の財務長官顧問を務めており、民主党のリーダー的存在として、プログレッシブ層からは厚い支持が寄せられる処です。

2019年2月、マサチューセッツ州の党員集会で2020年大統領選への出馬を表明。序盤戦では、国民へ一律の医療保険適用を呼びかけたほか、金融業界批判を展開、報道機関からは先行するバニー・サンダース氏と共に急進左派として扱われていましたが、彼女は自身を、根っからの資本主義者だと主張する処です。そして2019年、夏以降、バニー・サンダースが手術を理由に一時離脱、支持率でトップを走っていたジョー・バイデンが健康問題やウクライナ論争に巻き込まれると、ウオーレン支持率は急騰、10月8日には長らく2番手候補だった彼女が支持率で首位を取ったとする調査結果も現れたのです。

そうした今日に至る彼女の素晴らしい経験とキャリアーが ‘American capitalism再生’を掲げる彼女の野心を際立たせることになっていると云われています。そして、今では政策オタクとして、2020年大統領選への民主党指名候補の先頭を走る存在であり、民間世論調査でも、国民の多くはトランプよりも彼女に投票することになるのではとみられるほどの様相にある処です。勿論、彼女が示す政策には多くの問題ありと、疑問の呈される処です。(後述The Economist 評)例えば、大企業の活動を規制し政治的影響などの抑制を目指さんとする処、大いに評価できるも、彼女のプランが示すことの本質は、heavy re-regulation,規制の強化であり、整理されるべき経済行動を追及するだけで、アメリカが抱えている本当の問題への回答にはなっていないと、批判を呼ぶ処です。

2.Ms. Warren’s plan

さて10月26日付けThe Economistのcover story `A plan for American capitalism’ では、
ウオーレン氏が米国大統領選に臨むにあたって主張する政策(公約)について、素晴らしい内容だが、あまりに政府偏重ではないか。もっとアメリカ経済発展の核ともなってきた民間企業のイノベーテイブでダイナミックな側面をもっと深堀すべきではと、論評する処です。そこで、その論評を追う形でレビュー、考察したいと思います。

・ウオーレン氏の増税案、等
彼女が最大の争点とする経済格差解消、所得の平準化という点では、年収25万ドル超の所得者には15%の社会保障費課税を、又、5千万ドル超の資産保有者には年2%の富裕税を又、10億ドル超に対しては3%の富裕税を科すものとし、企業利益に対しては7%の追加課税を科すこととするのです。そして大企業のすべては連邦政府に許可申請を行う事とし、仮に被雇用者、顧客、当該地域の利害を繰り返し担保することができない場合には、営業活動を取り下げるとするのです。そして労働者は経営ボード・メンバーについて5分の2を選出するものとするのです。

次に、ウオーレン政府としては、貿易の安定した発展のためにはドル価値の安定維持が不可避としてそのために積極的介入、actively manageを目指すとしています。(これはトランプ政策と同じ路線と映る処ですが)またinequality 不平等な取引環境の改善のためとして、non-compete agreements 、競争排除の取引協定については、労働者の所得機会や職場の移動を阻害する点で、反トラスト法の強化をもって当該協定の消滅を図るとしています。が、これら行動は、ややもすれば保護主義に通じかねないと云うのです。 また、仮にインフレとなった場合、低所得労働者支援のためには、彼女のプランでは政府による最低賃金を5年間にわたり$15に引き上げればできるとする一方、富裕層の人には増税を求めるとしているのですが、実践的には難しい状況にある処、等々です。(注)

    (注)トランプ米大統領は11月12日、NYで演説し、「税や規制緩和で経済を刺激したい。経
済再生の中核は過去最大の減税で、法人税率も更に下げられる」(日経11/14)と発言、民主党
の格差是正のため富裕層への増税政策と対比し、税制改革が政策論争の焦点に浮上する様相に。

・ウオーレン氏の課題
ただ、こうしたウオ-レン構想が実行されたとして、米国のfreewheel、自由活動の基軸が極めて強い衝撃を受けることが懸念され、長きにわたり、彼女のagendaが定着していくとなると、経済のバイタリテイが失われていく事が否定できないとエコノミスト誌は云うのです。因みにJPモルガンのJ.ダイモンCEOなどはウオーレン氏の発言に、「成功者を中傷するもの」と批判の高まる処です。そこで問題は、彼女が政府と向き合う際の姿勢の如何だと云うのです。 つまり政府のbenign & effective (優雅さと実効性)をどの程度に信を置いていくかという点です。彼女の実績として挙げられるのが2011年の消費者金融保護局の創設です。これは当初はよく機能した由でしたが、時間の経過とともに重荷になり政治的に押し付け合う存在となってきたと云う現実です。

もう一つはビジネスへの彼女の姿勢です。彼女はアメリカのミドル・クラスの支援を通じて経済を活性化すると云うのですが、アメリカ経済発展の基本は市場にあり、その市場の持つパワーを聊か軽視している事だと云うのです。つまり、資本、労働者の移動を促進し、生産性の低い企業を整理し、よりイノベーテイブな組織に脱皮させ、活性化していく必要のある処、そうした市場の持つダイナミックな活力への認識が乏しい事が問題と云うのです。言い換えれば、創造的破壊なくして、如何に政府機能を活用しようが中長期的な生活水準の向上は期待できないと批判する処です。まさに経済の見方の分かれる処です。(注)

    (注)リベラルの米国流定義:国家の役割を肯定しつつ、市場のへの介入で個人のリスクを肩代
わりすることで、分かりやすく言えば「政府の規模をある程度大きくして、社会保障の充実な
どにより、格差の少ない安心できる国づくりを目指すこと」なのです。

そこで当該記事では、「she needs to find more room for the innovative and dynamic private sector that has always been at the heart of American prosperity 」と、アメリカ経済繁栄の土台たる‘民’ の力を引き出す政策を目指すべきと、締めるのです。

さて、ウオーレン氏の公約は、要は、大企業や富裕層への増税をテコにした再分配政策という事で、リベラル派として所得再分配を図らんとすることは理解する処です。所得再分配を通じて、富の移転が起こり、瞬時富の平準化、経済格差の解消が進むことになるのでしょう。ただ気がかりなことは、今後の論戦の中で明らかとなっていく事でしょうが、長期的な持続可能性をいかに担保していくかです。つまり、国を成長させ、維持することなくして人々の生活の安定は確保できません。その点では、エコノミスト誌が言うように民間の力を引き出すような政策が求められる処でしょう。そこで、この際はequal opportunityを生業とするリベラルの政治家としては格差是正を目指すも、長期的に、progressiveとされる米経済学者らが提唱する「ハッピネス(happiness)」を座標軸に置いた持続可能な政策を打ち出してみてはと思うのです。勿論、まだ時間はあります。

・米労働運動復活の意義
処で、上述左派の動きに呼応したわけではないでしょうが、9月から10月にかけて米大企業GM工場で12年ぶりに全米自動車労組(UAW)のストが実施され、すわ米国で労働組合活動の復活、`Organised labour is back’(Financial Times,2019/9/28)と、世界に強く印象付けたのです。ストにはUAWに加盟するGM従業員約4万6000人が参加した由で、ストの目的は労働協約の改定、つまり昇給等、待遇改善要求でした。さて、このストが今、起きた事の意味はどういったことなのか? 米国では過去数十年間にわたり労組は加入者数と活動の双方で衰退してきています。ただ、急激に拡大する格差や老後の不安、世界的な基準から見てお粗末な医療制度にあって増大する医療費、経済的に脆弱だと云う意識が高まる中、大勢の人がうんざりし、労組が復権したと云えそうです。

10月25日、労使は待遇改善で合意、ストは解除されましたが、同日、GMメアリー・バーラCEOは「賃金と福利厚生を改善し、追加投資と雇用を実現した」(日経10/26)と声明を出していますが、こうした一連の流れ(注)からは、金融指向の経済から所得拡大が原動力になる経済へと、転換する時期を迎えているのではと思料する処です。であれば、上述ウオーレン氏は、こうした流れをいかに吸収していくかが大きな課題となる処でしょうか。

     (注)自動車大手の人員削減:GM等、日米欧の自動車大手の人員削減の合計人数は7万人超
と報じられている。その背景は新車販売の変調にあり,リーマン後も新興国への投資を通じ
て、車の世界生産台数は17年まで増え続けていたが18年は生産台数も前年比1.1%減の
9563万台と、09年以来の減少に転じている。上記バーラCEOは「顧客の嗜好の変化に対
応した生産能力を確保する」(日経’19/11/17)としているが、従来の大量生産モデルの限界
を示唆する処。尚、GMストでも10月の米雇用(非農業部門)は12.8万人の増加の由。


第2章  Surveillance Capitalism
― 監視資本主義の時代― 

1.監視資本主義

「監視資本主義の時代」で、著者のズボフ氏は、米グーグル、米フェースブック、中国のアリババ集団、テンセント等の企業は、消費者を「監視」して様々なデーターを収集・分析し、それを‘資源’に,かつてない規模で効果的に人の行動を先読みすることで稼ぐ、新しい形の資本主義、つまり監視資本主義を開きつつあると云うのです。

そしてこの監視資本主義はやがて、人間の個々の行動や経験を予測し、マネタイズするためだけの材料にしてしまい、個人ではもはやそれにあがなう事が出来なくなるインストロメンタリアニズム(instrumentarianism)という新たな恐るべき権力形態に変貌する危険があると指摘するのです。そしてこの形態への変化は、中国で既に最も目に見える形で始まっているともいうのです。勿論これら主張はいささか誇張のある処かとは思われますが、同時に、個人のレベルのプライバシーの保護と云った問題だけではなく、社会全体を見る必要もあるとも指摘する処です。そして彼女の主張の中心のひとつは、監視資本主義が今のような姿になったのは残念ながら、これが必然なことではなかったと云うのです。

つまり2000年にドットコムバブルがはじけて以降、グーグル等、IT企業は何としても利益をねん出する必要があった処、とりわけ2001年の9・11同時テロ以降、各国政府も利用者を監視する必要から、情報収集についてはいわば暗黙の共謀者だったと評するのです。そこで、ズボフ氏はこの邪悪な収益化装置の電源プラグを様々なデジタルサービスの裏側から抜いてしまえば、社会は遥かによくなると主張するのです。

・監視社会の改善に向けて
さて、IT企業が享受する巨大なネットワーク効果と、彼らの巨額の資金力を背景とした影響力を考えると、どうすればその電源を切れるか、容易にはわかりませんが、それでもよりよい方向に向かう為にはと、Financial Timesのコメンテーター、John Thornhill氏 はFinancial Times (2019/2/11、電子版)のオピニオン欄で、Artificial intelligence(AI)と題し、We must train the capitalist algorithm ourselves , Governments in the meantime have to become smarter in dealing with the big tech companiesだとして、‘government regulation’ , `market competition ‘ そして `individual action’ (個々人の行為)の3点を挙げるのです。

まず、政府の取り組みについては、現在政治家は、IT業界に対しては不器用で場当たり的対応を繰り返しているが、プライバシー保護とデーター利用の面で、規制当局が散発的な対応を改め、もっと体系だった対策を組めば改善が見込めるはずというのです。次に、「プライバシーを織り込んだ設計」が消費者にとって魅力的なセールスポイントになれば、そこを巡る競争が起こる。つまり公的規制より、IT企業間の競争を促す方が効果的ではと云うのです。 そして、いまデジタル的にプライバシーを保護する有効な仕組みやサービスがいくつも登場してきているが、そのどれかが、既存の大手に立ち向かえるほどの速さで規模を拡大できるかどうかが、将来を決めると云うのです。そして詰まるところ、その決定権を握っているのは我々だとし、つまり資本主義のプログラムを育んでいくためのデーターを提供しているのは我々だからと云うのです。

・インターネット企業と政治広告
折も折、米国では今、インターネト企業の間では政治広告の取り扱いを見直す動きが加速しだしていると云われています。そうしたネット企業の政治広告への注目が高まる背景には、利用者の閲覧履歴を分析し、趣味や思想などを高度に推定できるようになった事情があると云われています。つまり、ネット分析の技術を使えば、一部の有権者に重点的に広告を配信でき、選挙での投票をゆがめるとの批判です。ツイターは全面的に掲載しないと発表したのに続き、グーグルも制限するとしたのです。但しフェースブックは思想の自由や知る権利を理由に政治広告を続けるとしているようです。トランプ大統領の陣営がネット広告を多用していることを背景に、野党民主党を中心に政治広告そのものへの批判を強めだす処、各社は難しい判断を迫られていると云う処でしょうか。

ズポプ氏の提示する課題に応えて行くとして、要は規制、競争、そして個人の自覚の三位一体で応えていく事と思料するのですが、上述IT企業はさることながら、一般消費者にとっても難しい局面を余儀なくされていく事になるのではと、多少の危惧を禁じ得ないのです。

2.量子コンピューター開発

(1)米グーグル
さて前述の通り、米グーグルが英科学誌「ネイチャー」に発表した論文「プログラムできる超電導プロセッサーを使った量子超越」で、既存のスーパー・コンピューターを超える性能を独自開発の量子コンピューターで実証したこと、つまりグーグルが「量子超越」を達成したことで、AIに続く革新技術と期待される量子コンピューター時代の到来と、メデイア(日経2019/10/19)の報じる処でした。つまり、現在のスーパー・コンピューターの15億倍もの性能を持つ次世代コンピューターの登場が現実味を帯びてきたと云うものです。

米グーグルが現在のスパコンでは困難な問題を簡単に解ける量子コンピューターの開発にメドをつけたためで、産業や金融から軍事までその形を一変させる可能性を秘めると云うのです。まさに、これがインターネットやAIに匹敵する技術のブレークスルーとなる事言うまでない処です。量子コンピューターは「量子力学」という物理法則に従って動くものです。従来のコンピューターは「0」か「1」で情報を表すのですが、量子力学では「0であり、かつ1でもある」という特殊な状況が起こりうると云うものですが、この仕組みを利用した「量子ビット」と呼ぶ計算単位を使う事で、膨大な情報も纏めて処理できるとされるものです。

グーグルは今回、53個の量子ビットを実現し、乱数をつくる計算でスパコン超えの実証をしたと云う由です。計算能力が足りないために、解決しない難題が多いとされていますが、例えば、都市部の渋滞解消への取り組みが可能となると云うものです。現在は無数の車が夫々の都合で走り、渋滞を招く1台ずつが進む道を短時間に計算するのは困難ですが、量子コンピューターを使い、車ごとに「渋滞を起こさない最適ルート」を指示できれば解消に役立つと云うのです。AIによる画像や言語等の処理も短時間、省エネにもなろうと云うものです。また、計算力を生かし、個人の体質に合わせて薬を作り分けるような新たな医療の誕生も後押しできるとされる処です。

余談ながら、筆者が所属しているある研究会で、AIの進化の話がありその際、AIが人間の知能の領域を超える「シンギュラリテイ」の可能性が話題となりました。が当時、これは「量子力学」の世界の話だとされ、個人的には特段の結論を得られることなく今日に至ったままにあり、同時に国立情報学研究所の新井紀子教授が彼女の著書「AIvs 教科書が読めない子どもたち」の中で、自分は数学者として「シンギュラリテイ」は来ないと断言されていたこともこれありで、量子コンピューターの到来に強い関心を持ってきた処でした。

今次のグーグルの実証は、まさにシンギュラリテイの可能性を確実にしたものと思う処、これが実用化にはまだ20~30年かかるとされていますが、AIと組み合わせて影響は世界に及ぶこと云うまでもないことでしょう。という事で、今回の発表は量子の実用化競争のはじまりを示唆する処と思料するのです。

勿論、門外漢の筆者には高度な技術進化など理解の届く処ではありません。が、その進化が社会を一変させるもことにもなる、つまり経済社会にDisruption、創造的破壊をもたらすであろうことは容易に創造できる処です。勿論、前述ズボフ氏の指摘にあるように、全てがいいことばかりではないでしょうし、positiveな側面のある一方で、negative な効果をもたらす処、例えばその変化が国の覇権をも左右することになることも認識される処です。となれば、そうした技術進歩の速さが齎す、権力を巡る闘争は如何様に進むか、ズボフ氏指摘の文脈とも重なる処、この際は主要国の量子コンピューター関連の技術政策(注)も含め、ある程度において承知しておく必要があるものと思料する処です。

    (注)世界の量子コンピューター関連の技術政策(日経ビジネス、2019/11/05 )
      ・米国:「国家量子イニシアテイブ」(2018)で、5年間で13億ドルの投資を決定
      ・中国:「国家重点研究計画」(2018)で量子を重点分野に。合肥市に20年完成予定の国家
          実験室、総工費は70億元(約1200億円)
      ・欧州:EUが量子技術の先端研究プロジェクトに18年から10年間で10億ユーロを投資
     
(2)日本の場合
では日本の実状はどうか? まず民間主導の研究対応ですが11月14日、NTTが、米NASAやスタンフォード大学などと共同で、光通信技術を応用した新しい方式の量子コンピューターの開発に乗り出す旨を発表したのです。量子技術の開発では日本は、基礎研究では先行していたものの商用化では後れを取ってきたと云われていましたが、今後、グローバルな開発体制を整え、米グーグルや、米IBMそして中国勢を猛追することが伝えられる処です。量子コンピューターは、前述する通り、AIと並びイノベーションを創出する両輪に位置付けられる処です。暗号解読など安全保障分野への応用も期待され、中国は国家を挙げて猛追する処です。量子コンピューターの登場までにはまだ時間を要するようですが、NTTはこれまで国内中心だった研究開発のグローバル化にカジを切り米中の主導権争いに加わるとの由(日経2019/11/15)、期待する処です。

尚、今朝の日経(11月26日)は東芝が量子技術や独自に開発したアルゴリズムを使って、外国為替の裁定取引で利益を狙う超高速マシンを開発したと報じています。同紙によると前述グーグルの量子コンピューターほどの性能ではないが、冷凍機などの特殊な設備は必要とせず、実用化に向けたハードルの低さが強みで、その性能を試したのが外為取引だと云うものです。東芝は高速取引業者として金融庁への登録を検討している由で、既にそのための体制整備、人材の確保等、が始まったとされています。金融業界の内外技術力格差は広がる一方と云われています。今回の東芝の革新的技術は新たなフィンテック領域を開拓できるなど、金融業界が勢いを取り戻すきっかけとなるものと期待を高める処です。

おわりに Joseph E. Stiglitz氏の示唆
                
東西世界を分断したベルリンの壁が崩壊したのが1989年11月9日。分断の緊張から解き放たれた世界は来るべき自由に大いに沸きました。そしてF.フクヤマ氏が「歴史の終わり」を著し、共産主義の退潮と民主主義の勝利を見通したのでした。あれから30年。そこには同氏の見立てとは異なる世界が広がっています。

・ステイグリッツ氏の示唆
さて、米コロンビア大教授、Joseph E. Stiglitz氏は、現下のそうした世界の状況を巡って、‘The End of Neoliberalism and the Rebirth of History’と題する11月4日付け小論で、次のように指摘するのです。 ― The only way forward, the only way to save our planet and our civilization, is a rebirth of history. We must revitalize the Enlightenment and recommit to honoring its values of freedom, respect for knowledge, and democracy.
つまり、今こそ「歴史の終わり」ではなく「歴史の再生」が必要だと。そして、それは自由、知識、民主主義の尊重を再確認することだと、云うのです。

30年前、東西冷戦で勝利宣言した国々が、民主主義や市場経済の制度疲労に向き合い、新たな分断を招きかねない経済・社会問題を解決するモデルを示せるかが問われる処、勿論、日本もその例外にあるものではありません。

その日本の政治の実情はと云えば、今次国会では毎年4月に行われている安倍首相主催の「桜を見る会」を巡り、「国民の税金で地元有権者を招待している」、首相夫人も一枚絡んだ公費の私的流用と野党から追及されるや、安倍首相は、来年度の開催は中止と急遽変心、傷口の拡大回避の、まさに損切の様相です。先月、10月には1週間で、二人の大臣が辞任すると云う異常な事態に安倍首相は、いつものように任命権者としてその責任を感じていると、インタビューでは応じるものの、一体どのような責任を取ってきたと云うものか。
経済政策では消費税を引き上げ、庶民の生活を圧迫する一方で、公金を以って数千人の支持者を「桜」の会に招く等、民主主義政治とは何だろうかと、改めて自問させられる処です。2012年12月以来、7年間という長期政権の座にとどまる彼の政治姿勢は今やautocracyさえ実感させる処、来春、衆院解散かと、巷間、噂に上るも故なしとされる処です。

改めて自民党、安倍政治に対し、野党も含め、国民の凛とした姿勢が期待される一方、上述ステイグリッツ氏の指摘など理解できそうもない政権には退出をと、思うばかりです。

以上(2019/11/26 記)
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