2019年10月26日

2019年11月号  いま、英米を覆う民主主義の危機 - 林川眞善

はじめに:On September 24th, in New York

9月24日、国連総会に出席のためにNYに居合わせた二人、英国首相 ジョンソン氏、と米大統領 トランプ氏の二人は同じタイミングで、それも、自国の法律に違う行為を行ったとの事由で問われる‘屈辱の瞬間’を共にしたのです。

まずジョンソン氏。この7月 、‘何が何でも10月末に英国はEUから離脱する’ を公約とし、メイ前首相の後継として英国首相に就任。爾来、公約達成のためと強攻的な議会運営を進める中、議会でのBREXIT議論の進捗に苛立った彼は、そこでエリザベス女王に助言をし、9月10日から10月13日まで「議会閉会」を決めたのです。BREXITに係る議論の棚上げを狙うものでしたが9月24日、これが「違法」と最高裁は裁定したのです。(注:本訴訟はEU残留派のスコットランドの議員や弁護士らが起こしたもの)

つまり、「下院は国民の代表として、この大きな変化について意見を云う権利がある。この国への民主主義への影響は甚大だ」(ヘイル裁判長)として議会の停止は違法で、無効とするものでした。違法性が確定したことで、ジョンソン氏の政治的立場が一段と厳しくなるのは必至の処、ジョンソン氏は裁判結果には強く失望したとコメントしたものの、英議会は最高裁判決を受け、25日には再開。今回の判決で司法までが強権的な政権運営に待ったをかけたわけで、まさに‘Britain’s constitutional guardians strike back ’(Nicholas Reed Langen ,Sept. 26)、最高裁は英国の民主主義を守ったとされる処です。

一方のトランプ氏。9月24日、ペロシ米下院議長が、トランプ大統領の弾劾に向けた調査を開始すると公表したのです。理由は、7月下旬にトランプ氏がウクライナのゼレンスキー大統領と電話協議し、米国の軍事支援の見返りに、ウクライナのガス会社で幹部を務めていたバイデン前副大統領の息子について調査するよう要請した事、そして、当該会話内容が安全保障に悪影響をもたらすと判断した情報当局者が監察官に内部告発した事で、疑惑が一気に浮上したと云うものですが、ペロシ氏が問題視したのは、国家情報長官代行が内部告発の内容について報告を拒否した点(日経9/25)とするものでした。更に、ペロシ氏は報告拒否を「法律違反」と断じると共に、「誰も法を超越できない」とする処です。

周知のとおりバイデン氏は2020年大統領選ではトランプ氏に対抗する民主党最有力候補と目される仁で、従ってライバルを陥れるために外交を政治利用した行為と非難する処です。

かくして大西洋を挟んだ、かつての大国?英米の為政者二人が、同じ場所で、しかも時を同じくして法違反と突き付けられる事態に、言い換えれば「法の支配」を何のそのと振る舞う姿に、これまで英米が矜持としてきた「民主主義」への不信を呼ぶ処、すわ~「アングロ・アメリカン・デモクラシイ」の危機と、世界の耳目を集める処です。米コロンビア大学教授のJeffrey Sachs 氏はかかる現状について,この夏 米論壇Project Syndicateで `The Crisis of Anglo-American Democracy ‘ (2019/7/25) と題し、危機を齎しているのが ジョンソン首相でありトランプ大統領と、激しく批判する一方、現実的問題として、彼らを国のトップに仕立てた選挙制度にあると警鐘を鳴らすのでした。
そこで本稿では、今英米で起きている二つのpolitical issues、英国のBREXIT問題とその行方について、フォーカスし、また米国でスタートしたトランプ氏に対する弾劾調査の現状、その問題提起の本質につて、次期大統領選とも絡め解析予定です。が、その前に、これら問題点を理解するためにもまず、サックス論考をレビューする事から始めたいと思います。


― 目 次 -

第1章 The Crisis of Anglo-American Democracy
― アングロ・アメリカン民主主義の危機

第2章 混迷の様相深める英米の政治

[2-1 英国 ]              
1.英国政治とBREXITの行方
(1)ジョンソン政権の対EU新提案
  ・新提案とEUの合意
  ・ボールは再び英国議会に
(2)英国政治の対欧政策総括

2. 今後の英国の可能性
(1)英米の「特別な関係」の行方
(注)Battle of Britain
  ・The post-BREXIT cost of special relation
(2)英・EU関係の課題           
  ・英・EU安全保障対応

[2-2 米国 ]
1. トランプ大統領の弾劾調査

2. ペロシ議長のアクションが意味すること
・「リベラル」が擁護する法の支配

おわりに ‘イングランド’物語、二題      
  ・英旅行会社「トーマス・クック」破綻
  ・「ラグビー W杯、2019」

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         第1章 The Crisis of Anglo-American Democracy

米コロンビア大学教授のJeffrey Sachs 氏は、世界で最も敬うべき、優位な民主主義が、米国ではドナルド・トランプ、英国ではボリス・ジョンソン(彼は英国のトランプと呼ぶのですが)という二人の政治家が、如何に機能不全に至らしめてきたかと、その危機感を露わとする処です。そしてトランプのような人物を大統領にしてしまった最大の要因は何か? 結局、現状からは選挙制度にあると断じるのです。それは「民主主義の死に方(How Democracies Die)」(ステイーブン・レビッキ/ダニエル・ジブラット著、2018)が示唆する現代の民主主義の崩壊は軍事的クーデターではなく、「選挙で選ばれた独裁者」により合理的に成し遂げられるとの主張と文脈を同じくする処、事のrealityを図るためにも、Sachs氏の論考「The Crisis of Anglo-American Democracy」を以下にレビューします。

・トランプ氏とジョンソン氏の行動様式
両者について、アイルランドの心理学者、Ian Hughesが言う`disordered minds’ (心的異常者)の持主とした上で、それぞれの政治行動の異常さを指摘するのです。

まずトランプについては、常習的な嘘つきである事、レイシズムの主導者たる事、大規模な税金のごまかし、例のマーラ特別検察官レポートへの司法の介入、更には20件に及ぶ女性スキャンダル、等々人格的欠陥を指摘したうえで、政治活動について以下指摘するのです。
つまり、彼の行動は、ますます政治パズルを展開するが如くで、彼の政策は一般大衆の声を映すことは珍しく、彼の政策上のレジェンドと云えば2017年の減税法ぐらいで、理解に苦しむ事と云えば、気候温暖化対応に係る彼の立ち位置、移民の受け入れ、メキシコ国境での壁建設、社会保障経費の削減、更にはイラン核合意からの離脱、等々、不人気なアジェンダについては、とにかく大統領令を発令し、その具体化を強行することだとするのです。

ジョンソンについても彼のpersonal behavior から、まさに自制のきかない、常習的な嘘つきとした上で、 彼が2016年のBREXIT問題では不誠実なキャンペーンを張っていたこと、当時、英国の外務大臣ながら、国家秘密情報、一つはフランスのリビヤに係る情報、もう一つはイランにつぃての英国の情報、を漏らすような人物と品定めしたうえで、更に彼の旗印のBREXITについて、EUとの離脱交渉時、2016年国民投票時の離脱キャンペーンの数々が虚言であったことが分かってきたことで、国民及び議会の大半も、反BREXITに転じてきており、合意なき離脱に強く反対しているが、ジョンソン氏は交渉に失敗した場合は、合意なき離脱となると云うだけだと、批判する処です。

要は貿易や技術の発展と共に他に追いやられてしまった、時代に取り残されたと思う高齢の保守層の存在がカギだと云う事ですが、これをトランプ氏の場合、公民権運動、女性人権問題等を貿易戦争や技術移転問題にすり替え、またジョンソン氏は高齢有権者にたいして非工業化を訴え、そして過去の英国の栄光を思い焦がれる人たちに訴えることで、彼らからの強い支持を得ているとするものです。言い換えると、権力者には二つの民主主義があって、従って不人気な政策でもやってしまえると云う事になると、するのです。

勿論、それですべてが説明されうるものではなく、この二人とは反対の立場にある米国の民主党、イギリスの労働党のいずれも、グローバル化で置き去りされたとする労働者に対して、次なる仕事に向けた誘導が必要な処、十分に説明できていない事が問題と指摘するのです。そして、トランプ、ジョンソン両氏が進めんとする政策 ― 米国では富裕層に向けた減税、英国では合意なしのBREXITの追求 ― は両氏の個人的な思い込みに沿った行動結果とは言え、両氏のような人物の台頭は構造的な政治の欠陥を映すものと、強調する処です。

・問題は選挙制度 (Winner-take-all-rules)
さて、こうした政治的混乱を齎している最大にして共通した要因は、今や、政治の場に代表者を送り出す制度、具体的には「first-past-the-post voting systems」(比較多数得票方式)(注)にあるとするのです。

   (注)比較多数得票主義:得票数が投票総数の過半数に満たない場合でも最も多くの票を得
   た候補者が当選するシステム。この下では、政党は当該候補者が最も多くの票を獲得しな
い限り議席を獲得できない。これにより小政党は選挙で勝つことが難しい。

米国の場合、いま共和党を支配しているのがトランプ氏だが、共和党員と自覚するアメリカ人は僅か29%、一方、民主党員の場合は27%、そして独立系とするものが38%。単独の党としては不安定だが、2016年の選挙ではトランプ氏はヒラリー・クリントン氏より得票数では劣後していたが、Electoral College (選挙人団)のおかげで勝利したと云うのです。

2016年の場合、Eligible Americans(有権者)が投票行動を起こしたのは僅かに56%、トランプ氏が有権者から得た支持は27%。つまりトランプ氏が支配する共和党への支持は有権者の3分の一にも満たず、従って政治の現場では、法令を以って政治が動かされている事になるが、これには危惧の念を禁じ得ないと、云うものです。 英ジョンソン氏の場合、およそ10万人の保守党員がジョンソンをリーダーに選び、それが首相に繋がる処、これが全体の承認率が31%にも拘わらずと,指摘する処です。

Political scientistは、二大政党制の下では投票者のmedian voter (中位数)が代弁する事になると云う。と云うのも各党は投票者の半数プラス1票の獲得を目指して行動を起こすからと云うのです。一方、英国の場合、BREXITに反対するmajor party(有力政党)は見当たらないがが、ただ制度として、一つの党派でも一つの政党(one faction one party)として、有権者の多くが反対する事案について、国のため継続的に政策選択することを可能としていますが、ここでも忌まわしいことは、大きな意見対立があってもWinner-take-all-rules(勝者総取り)の政治システムが故に、二人のような危険な性向を持った政治家に国家権力を与えてしまう事になっていると、云うのです。勿論、政治制度に完璧はなく、常に改善されていくべきだが、今日の環境にあって時代めいた勝者総取り制度のお陰で、世界で最古の最も素晴らしい二つの民主主義が上手く機能しなくなった現状に警鐘を鳴らすと云うものです。 

さて、サックス氏のこうした実践的な指摘に特段の異論はありません。が、結果のすべてを選挙制度のせいだと言うには依然無理のある処、基本的には有権者の合理的な投票行動に期待、となるのでしょうが、その基本は‘教育’に尽きる処ではと、痛く思うのです。

               
    第2章 混迷の様相深める英・米の政治

[ 2-1: 英国 ]

1. 英国政治 とBREXITの行方

(1) ジョンソン政権の対EU新提案   
前述の通り英最高裁は、9月24日、EU離脱を目前に控えたこの時期に議会を閉会するようジョンソン首相が女王に助言し、女王自身が違法な行為を働くよう仕向けられたとの判断を示し、「民主主義の根幹」(the fundamentals of democracy) に対する今回の侵害について政府は「適切な理由どころか、如何なる理由も提示しなかった」との判決を裁判官の全会一致で下した(The Economist `Sept.28 ‘The Reckoning’)ことで、ジョンソン氏の強硬策は封じられることになったと云うものです。Financial Times, Sept.25,2019 は「The prime minister’s unlawful conduct has been called to account」(首相は不法行為に対して申し開きを)と社説を以って糾弾する処です。

長期閉会の違法性が確定したことでジョンソン氏の政治的立場は一段と険しくなるのではと思料する処、ひるむことのないジョンソン氏は、先に予定されていた10月2日の党大会に登壇, 10月末の離脱に向けた公正で合理的な最終案をEUに提示した旨,発表したのです。

・新提案と、EUの合意
EU離脱協議で最大の焦点は北アイルランドの位置づけでした。つまり北アイルランドと地続きのEU加盟国アイルランドの国境をどう扱うか、具体的にはベルファスト合意(1998/4)のポイント[英領北アイルランドとアイルランド共和国間の国境往来は自由、国境は作らない] との整合性をいかに堅持するかにありました。 
これまでの協議では国境問題について、英・EUは過去の紛争(北アイルランド30年紛争)再発防止のため物理的な国境を設けない方針で一致していましたが、税関を設けず関税を徴取する方法が見つからず、そのため従来の協定案では具体策が見つかるまで英国がEUの関税同盟に事実上とどまる「バックストップ」(安全策)を盛り込んでいたのですが、これでは英国の自主性が保てないと英議会が反発、協定案は3度に亘り否決されてきたのです。

が、今次新提案ではその安全策を削除、これに代え「二つのborder(国境)を導入すること(the creation of two new borders: a customs frontier in Ireland and a new regulatory frontier between Northern Ireland and the rest of UK) 、そして、農産品や工業製品などの基準やルールに関しては、北アイルランドに限りEUルールを受け入れる方針を明示。但し、EUルールに従い続けるかどうかは、北アイルランド自身が4年ごとに判断することとする」と、貿易面では半ば外国扱いする案を打ち出し、EUと合意したのです。(注)

(注)ただアイルランド島の国境付近での税関業務を省略できるよう、北アイルランドに限
り関税手続きをEU基準に合わせる方向が出されている。尚、EUのバルニエ首席交渉官は
記者会見で、英国とEUが関税をゼロにするFTA協定を目指す考えを明らかにしている。
また物品検査の手続の諸略のため、北アイルランドに限って農産品、工業製品等でEU基
準を引き続き適用する事、北アイルランド議会には。4年ごとにEU基準の適用継続を判断
できる権限を付与する。(日経、2010/10/18)

ジョンソン首相としては、要はEUとの関税同盟を早期に抜け、通商政策の主導権を取り戻すのが最大の狙いとする処、果せるかな、英国とEUは10月17日、EU欧州委員会で、英国提案の離脱条件を定めた離脱協定と英EUの将来関係を盛り込んだ政治宣言の改定案とも併せ、合意をみたのです。

・ボールは再び英国議会に
EUが新たな離脱案を受け入れたことで、ボールは再び英議会に戻され、次なる焦点は、10月19日の英議会で、英政府がEUと纏めた新たな離脱案が承認されるかに移ったのですが、果せるかな、当日の議会では、EUとの離脱合意案の採決は、離脱合意案を英国内法に落とし込む法改正が未だ済んでいない事を理由にそれが済むまでは採決は保留となったのです。

政府は9月に成立された離脱延期法の下では、19日までに議会が承認しなければ、2020年1月末まで3か月延ばす申請を義務付けられており、従って19日深夜、ジョンソン首相はとりあえずEUに対して10月末からの離脱延期を申請しています。とは言え、依然、彼は10月末の離脱を目指すとしており、ジョンソン政権は22日には「議事進行動議」を出していましたがこれも却下。議会での与党は過半数割れの状況にあって、さてジョンソン氏に残された次の一手は解散総選挙? という次第で、離脱への道筋は今尚、見えない状況です
(注:10月24日、ジョンソン首相は12月12日総選挙を提案。28日に採決の見通し)

2016年6月23日、国民投票で僅差ながらEUからの離脱方針を決定してから3年半、円滑な離脱を実現するはずの処、時間は浪費され、「離脱」か「残留」かと、英国の分断を巡る議論は今も埋まらぬままにある処 これがジョンソン氏の行動が齎してきた結果でしょうが、その光景は「民主主義国家のモデル」とされた英国の凋落を見る思いです。

尚、英国の動向についてはBREXIT絡みで見極めていく事になる処、その為にもこの際は、その背景となる英国政治のトレンドを総括的にレビューすることとしたいと思います。

(2) 英国政治の対欧政策総括
まず、今日に至る英国の発展の生業に照らすとき、ジョンソン氏ら離脱派が「BREXITで世界に開かれた英国になる」というその弁は、とても理解し難く、仮に離脱ともなるとEU残留を目指すスコットランドが独立するなど、連合王国の一体性が揺らぎ、イングランドとウエールズだけになれば国際社会での存在感や重要性が各段に落ちること避け難く結果、英国という国の衰退さえ、覚えるほどに忌まわしさを禁じ得ないのです。

そもそも、EUとその巨大市場を狙う外資に依存する英国がEUを離脱し、外資に逃げられて、生きられることなどないはずです。また英国の対欧州政策も結果として失敗の繰り返しだったと斯界の多くは指摘する処です。そして、今日見る混迷する姿は、世界の政治の模範だったはずの英民主政治の堕落の結果と評される処です。では、何がそうさせたか?です。

周知の通り、EUに関する国民投票は今回(2016年)が2度目です。前回は1975年で英国がECと呼ばれた経済統合に加わった2年後でした。加盟を実現させたヒース保守党政権はグローバル化戦略を成長政策と位置付けていたものの、石油危機による景気悪化のあおりを受け、保守党は74年総選挙に敗北。政権に返り咲いた労働党ウイルソン首相が国民投票を仕掛け結果は残留が67.2%,離脱が32.8%と今回とは対照的。しかも、二大政党共に残留、離脱両派を抱えていたのです。残留派は「欧州の中の英国」、離脱派は「国民投票運動」と、二つの団体が党派を超えて争っていたのです。

つまり、戦後チャーチル首相は「欧州合衆国」構想を提案していましたが、英国は「中に入らず、共にある」と欧州大陸と一線を画していました。之には米英ソによるヤルタ体制の意識が抜けなかった為とされる処です。また冷戦終結後、79年から11年半首相の座にあったサッチャー氏も独仏主導のユーロ創設に反対、これが大欧州への潮流に乗り遅れたともされる処です。そうした文脈の中で、EU内での孤立化を防ごうとキャメロン首相が2016年、EU残留を国民投票に委ねたのも失敗だったとされる処です。

こうした英国政治の度重なる失敗は歴代首相たちの抜きがたい大国意識からきていると評される処、言い換えれば過去を追う意識から脱し、新たな世界観を枠組みとした国家運営を目指すべきと云う事でしょう。同時に英国として新たな国際関係を創造していくことのはずですし、その限りにおいて期待したいと思います。 ただ、前述の通りBREXITの顛末は現時点では読み切れませんが、「特別な関係」と云われてきた英米関係の変化、そして、勿論のこと、EUとの関係、日本との関係が気になる処です。

2. 今後の英国の可能性

(1) 英米の「特別な関係」の行方
かつてチャーチル英首相はアメリカとの関係を特別な関係と評し、英国は米国のパートナーたるを矜持とし世界に影響を与え、今日まで歩んできましたが、それは1940年の夏に起きたBattle of Britain(注)を契機に、時の米大統領ルーズベルトの対英支援に負うものでした。

(注)Battle of Britain:1940年7月、英国空軍とドイツ空軍は史上最大の航空戦(バト
ル・オブ・ブリテン)を展開、既に西欧諸国、北欧諸国のほとんどがドイツに占領され、英
国は破滅の一歩手前にあった。数において劣勢の英国は英連邦諸国から人的支援を受け、中
立国アメリカからは経済支援を受け戦ったが、米国の参戦だけが英国の唯一の希望だったと
云う状況。1940年11月米大統領選で3選を喫したルーズベルトは、その年の12月、ラジ
オ放送で「英国が敗れれば、全ヨーロッパ、全世界がドイツに征服される」と演説し、公然
とドイツを非難し、英国支持を主張。そして41年3月には、それまでのモンロー主義を放
棄し、武器貸与法を制定、チャーチルの英国に武器や兵器を戦後払いで提供。ドイツの英国
上陸を断念させた。この結果は第2次世界大戦の重大な転機となったとされるもの。更に英
米両首脳は1941年8月、国連憲章の原型となった「大西洋憲章」に署名。爾来,英国にとっ
て米国は「特別な関係」とされる所以がそこにある。

・英米の「特別な関係」の行方
さて、ジョンソン首相の自己中心の行動は、トランプ氏の特異な行動様式に共鳴し合う形で進む中、従来云う処の特別な関係は薄れる一方で、それでも一部ながら「特別な関係」と呼ばれるものが築き上げられつつあるとされてきています。冒頭のNYでの出会いでは、二人はこれまでの互いの政治成果を讃え合ったと報じられていましたが、この行動様式が離脱後の英米関係の筋書きともなるのでしょうか。

確かに、EU離脱後の孤立を避けたい英にとって米との関係強化は不可欠と云え、因みにジョンソン政権が目指す米英FTAは離脱後の経済政策の生命線ともなる処と思料するのです。
ただ、それも巷間、ひとたび英国がEUを離れるや、残るのは気まぐれな米大統領の善意くらいしかないからだと評される処です。因みに、英リーズ大教授のV.ハニマン氏は「EU離脱を控える英国は、米国から同調を迫られやすい」(日経8月20日)と分析する処、それは英国にとって大きな代償を払う事を意味しそうです。

・The post -BREXIT cost of a special relationship
因みに、Financial Times, Aug.16では「The post -BREXIT cost of a special relationship」と題して、ジョンソン氏は前任者のだれよりも米国との関係が齎す恩恵を必要とする立場にあり、そのコストは極めて高いものになると指摘する処です。そしてジョンソン首相が強行せんとする離脱は、英国の外交政策を支えてきた「欧州」という柱を打ち砕くであろうし、既にジョンソン首相は独・仏から嫌われているが、このまま10月31日に離脱を強行すれば、「米国」という柱は従来を上回る重さを支えねばならなくなる処、トランプ氏は、イラン核合意の維持を譲らないEUにいら立ち、英国に離脱を促し、EUの弱体化を目論んでいると指摘するのですが、まさにトランプの従僕たるを映す処です。
因みにトランプ政権はEUの航空機補助金がWTO違反だとし航空機やワイン、チーズなどに最大25%の報復関税を発動しているのです。

もとより英米それぞれ、違ったレンズを通して世界を見ている筈です。因みに英国の国益に必要なことは米政権が軽んじている多国間システムにあり、それがEUから離脱した英国が生き延びていく上での不可欠な国家戦略となる筈です。ただ、トランプ氏に「ノー」を云うのはジョンソン氏にとってなかなか難しいのではと思料するのです。米国との「特別な関係」に熱意を寄せていたマクミラン首相がEECに加盟申請したのも、英国が欧州としっかり結び付き、よりどころを確保する必要があると理解していたからで、そこで、ジョンソン氏もいずれ同じ教訓を学ぶだろうと締めるのです。ただ、EU嫌い、マクロン嫌いのトランプ氏とどこまで歩調を合わせていけるものか、別の懸念も沸く処です。

(2) 英・EU関係の課題
離脱し、EUの呪縛から解放され、独自路線で大英帝国の繁栄を今一度と、中国への接近を強め、又アジアへの機会を目指すなどポピュリスト、ジョンソン氏の面目躍如でしょうが、EU側からも前述のようにBREXITの際は、対英FTAの提案も英国側の自主路線に沿う処、国民生活の安定維持を軸に新たな対応を目指すべきでしょう。尤も、現実は厳しい道のりと思料する処ですが。勿論、グローバル主義をとる日本にとっては対英、そして対英関係を生かしたグローバル戦略の可能性を意識させられる処です。

・英・EU安全保障対応
さて、EUにとって英国が抜けても経済面で言えばEU内には競争力のある産業が残るため、米中など巨大市場を持つ国との交渉力は落ちることはないでしょう。ただ安全保障の面では、英国とEUの分離は地域の弱体化につながりかねず、経済関係の如何はともかく、軍事や秘密情報の分野では最重要国の一つである英国とは不可分にある処です。その点ではEUは安全保障面で英国との緊密な関係の維持が重要課題となるものと思料するのです。

[ 2-2 : 米国 ]

1. トランプ大統領の弾劾調査
          
一方米国では、冒頭指摘の通り9月24日、米野党・民主党のペロシ下院議長はトランプ大統領の弾劾(Impeachment)に関する調査を開始すると正式に表明しました。トランプ氏が、民主党のバイデン前副大統領に関連した調査を進めるようウクライナ政府に圧力を懸けた疑惑の真相を政権が隠蔽していると判断したためとされるものです。

トランプ氏がウクライナ政府にウクライナにおけるバイデン前副大統領を巡る周辺事情の調査要請を行ったことですが、これができたのは、大統領という肩書があってのことですが、米国では大統領は、政権と外国政府との日々のやり取りはチェックされず、重要事項は国家機密として開示されません。しかしCIA inspectorが傍受した当該会話の内容が米国の安全保障に係る重大事項だとして書面で、議会に告発した事で発覚したとされるものですが、national intelligence の局長代行が、この書面開示の要求を拒否したことで一挙に燃え上がったと云うものでした。

つまり、内部告発を受け、民主党はトランプ氏がこの議会の監視を受けにくい外交政策を悪用したと主張、言い換えれば、安全保障面で米国に依存するウクライナの軍事支援を停止することとした上で、政治的な支援を求めたのは大統領権限の乱用とし、弾劾に向けた調査に踏み切ったと云うものです

    (注)大統領罷免プロセス:民主党が調査結果トランプ氏の弾劾訴追が必要と判断し、司法委の
弾劾勧告を経て下院本会議で決議案を採択。過半数の賛成でトランプ氏は弾劾訴追される。下
院で訴追を受ければ、次に上院で弾劾裁判が開かれる。大統領の罷免には客観的な規定はなく、
裁判を通じて、上院の議員が夫々最終判断をする仕組み。裁判委出席した上院議員の3分の2
が賛成すればトランプ氏は罷免される。
尚、Past presidents in hot water (米政治史上、弾劾訴追の不名誉を受けた米大統領)、
    ・Andrew Jonson, 1868:acquitted and remained in office
・Richard Nixon, 1974:resigned before impeachment proceedings finalized    
    ・Bill Clinton, 1998:acquitted and remained in office (Financial Timed,Sept.26)

勿論ペロシ氏はトランプ氏の行為が現時点では弾劾相当と断じているわけではありませんし、調査がどのように展開していくものか、nobody knowsです。が、先のトランプ・ロシア疑惑の際には動かなかった民主党が、トランプ氏の弾劾訴追に向けて舵を切ったと云う事の意義は極めて大きいものと、思料する処です。

2.ペロシ議長の ‘アクション’ が意味すること

2016年大統領選でトランプ氏を有利にする介入が問われた「ロシア疑惑」では民主党ペロシ下院議長は弾劾には慎重だったとされていました。と云うのも与党の共和党が過半数を制する上院で3分の2の賛成を確保することは厳しく、また相手を利するとの判断があってのことと伝えられていました。しかし、今回は疑惑が公になって1週間もたたない9月24日に弾劾調査を始めると表明しています。要は大統領が選挙で外国勢の助けを借りるのは完全な禁じ手とされる処、違法行為は見逃せないと云う立場に転じたということですが、詰まる処、米政治における民主主義擁護に向けた行為と見られる処です。

・「リベラル」が擁護する法の支配
つまり、弾劾の損得勘定が変わったわけではなく、変わったのは民主党の姿勢だとFinancial Times のコメンテータ、Janan Ganesh氏はSept.26付同紙で「The Democrats have stopped overthinking impeachment」として、民主党の変化を指摘する処です。

どういう事か。前述、英国における最高裁判決とも併せ、当該アクションが示唆することは、英米ともにリベラル勢力が擁護しようとしているのは政策ではなく法の支配だという事です。政策を守ろうとすれば、法の支配が犠牲になる恐れがある処、ペロシ氏は法の支配を守るための代償を恐れない覚悟ができたとするのです。
重要なのは民主主義が権力の絶対的な監視機能を果たせないことで、とすれば法律や憲法のチェックは必要、不可避となる処、その点で、弾劾調査への着手はおそらくペロシ氏の政治家としての最後の功績となるものと、Ganesh氏は評するのです。

勿論、弾劾調査というパンドラの箱を開けたことで民主党のリスクは高いでしょうし、それこそリベラル勢力は原理原則に従って行動してきた結果、国民の支持を失う事をずっと恐れてきた次第で、今回の行動が有権者の良心を目覚めさせることになるか、はたまたトランプ再選のお膳立てをしてしまう事になるのか。 10月16日、秘密聴聞会のシフ委員長は下院議員たちに送った書簡の中で、これまで召喚した官僚たちとの質疑応答を公開すると明言した由、伝えられており、1973年のウオーターゲート聴聞会がいよいよ再現される雲行きになってきています。極めて緊張する時を迎えたと思料する処です。

直近の世論調査結果では、次期米大統領選の民主党候補の指名争いでは、左派のウオーレン上院議員が、有力視されてきたバイデン氏を抜いて初めて首位に立ったことが報じられています。(日経10月10日) 彼女が仮にトランプ氏と競う事にでもなれば、彼女の強い革新性が故に、再び国を分断しかねないのではとの懸念も云々される処、トランプ氏はいまや再選のためにと、狂ったような政治対応を図る処です。ただ巷間、これからの大統領選は政策だけでなく人格やスキャンダルへの対応も問われる事になると、伝える処です。


おわりに ‘イングランド’ 物語、二題

・英旅行会社「トーマス・クック」の破綻
この9月、在ロンドンの老舗旅行会社「トーマス・クック」の倒産を知りました。大量の人件費を抱え、一方でon-line onlyの低コスト小規模旅行代理店の台頭などの煽りを受け、競争力を失い経営は悪化、9月23日当局よりcompulsory liquidation、強制清算を余儀なくされたと云うものです。1841年preacher伝道師のThomas Cookが酒に代わる娯楽として旅行を提案したのが始まりで、爾来180年 近い歴史に幕を閉じたと云うものです。9月25日、再会された議会での最初の議題が、BREXITではなく、なんとトーマス・クックのツアー客をどう救済するかだったのです。国外旅行を庶民の娯楽として根付かせてきた同社の歩みは、英国近代史の浮き沈みを体現するものでしたが、その破綻はEUからの離脱で迷走し、かつての輝きを失った英国の姿とも重なる処です。英国駐在中、よく利用していただけに、世の中の変化に伍していけなかったその姿に「Thomasよ、お前もか」の思いです。

・「ラグビーW杯、2019」
処で、10月20日、「ラグビー・ワールド・カップ、2019」では 、日本は初のBest8として,過去2度の優勝を誇る強豪、南アと戦い、結果は3-26で残念ながらの敗退でした。が、巨漢相打つ、まさに肉弾戦。実に迫力あるプレーでしたが、戦い終ったあとは何か清々 しいものを覚えるのでした。翌日の各メデイアは判官ひいきならぬ日本チームへの賛辞で溢れていました。これまで関心の薄かった筆者でしたが、TVで中継されるラグビーを観戦するうち、日本のグローバル化は、産業界の外向きベクトルの広がりだけでなく、何か内なる動きと、その広がりを感じさせられたのです。

国別対抗としながらも「日本代表チーム」も他国チーム同様、日本選手と外国選手との混成。そして日本のために戦うと云い、日本国歌を歌うのですが、そこには異なる文化を受容し、言葉の障害を乗り越え、まさにone teamを体現するのです。試合が終わると「ノー・サイド」と称して全員が和気あいあいと。ラグビーは周知の通り、19世紀初頭、イングランドの有名なパブリック・スクール「ラグビー校」を発祥の地とし、爾来パブリック・スクール精神をバックボーンに頂き、世界に広がっていったとされるのです。

偶々、翌日の日経新聞社説では「多文化主義」という言葉を擁し、「多文化主義を養い、真のグローバル国家に」と、日本のグローバル化の行方を問うのでしたが、そのカギの一つが「異なる文化や言語を認め合い、異文化間のコミュニケーションを密にする事」とし、以って多文化主義を謳うのでした。その記事にはラグビーの「ラ」の字もなかったのですが、その指摘は前夜のラグビー観戦で得た思いに共鳴する処でした。 周知の通り、こうした多文化主義は、英国、カナダ等英連邦や北欧の一部の国に根付いている処、ラグビーもそうした多文化主義を体現する処と云うものでしょう。ただ近時、激増した難民の流入が自国民の寛容さを失わせる例が目立つようになったのには注意が必要である事いうまでもありませんし、英国のBREXIT問題もその流れに位置付けられる処です。

筆者は、急速に進む日本の人口減少は、国の衰退すら誘引しかねない致命的問題であり、その対抗として外国労働者の受け入れを戦略的に進める事が不可避とするものですが、この際は多文化主義のさまざまな面について海外の事例にも学びながら、具体的な取り組みについて考えていかねばと触発される次第です。 以上(2019/10/26 記)
posted by 林川眞善 at 11:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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