2019年09月27日

2019年10月号  世界はGlobal Supply Shocks、企業はNew Mantra - 林川眞善

はじめに Japanification

・日本型景気後退に向かう? グローバル経済
8月28日付け英紙 Financial Times は`Investors fear Japan’s stagflation malaise is spreading globally’ と題して、世界経済は今、日本が過去30年にわたり経験してきた今に及ぶ経済の停滞、異次元と云われた金融刺激策にもかかわらず、デフレと弱々しい経済成長を余儀なくされてきた日本型stagflationに向かい出したようだ、Japanification in action と、紙面一杯を飾る特集を組んでいました。それより先、8月17日付けThe Economist誌の巻頭論考では ‘Market in an Age of Anxiety’ と題し、債権市場の長・短逆転の動向に注目した投資家たちが、世界経済の行方、景気悪化に身構える様子を伝えていたのです。

つまり、米国債市場では10年物利回りの方が3か月物利回りよりも低い「逆イールド」が発生していることです。逆イールドは景気後退の前兆とされる特異な現象です。不安感が表面化しているのは国債市場だけではありません。為替市場では、資金の安全な逃避先とされる米ドルが多くの通貨に対して値上がりし、金地金も2013年4月以来、6年ぶりの高値をつけています。価格が逆方向に動くことが多いドルと金、これがいま同時に上がるのは異例のこととされる処、これが意味することは、ドル高を跳ね返すほど安全資産として金への投資需要が強いと云う事でしょうが、要は市場の不安心理の強さを裏付けると云うものです。加えて米国とイランの近時の対立は、国際情勢への大きな不安要因となってきています。つまり、景気はいつ悪化してもおかしくない様相です。金利がすでにかなり低いことから(注)、次の景気悪化に対抗する手段は限られている処、投資家たちの間では世界が「日本化」しているのではと、その恐怖感すら伝わる処です。

      (注) 米FRBは9月18日、7月に続き0.25%の利下げを決定、これを受け18~19日に追
随利下げを決定する中銀が相次いでいる。尚、日銀は19日、現状緩和の維持決定(後出)。

そうした環境下、米NY大学のRoubini 教授は、米論壇 Project Syndicateで、6月14日付論考 `The Growing Risk of a 2020 Recession and Crisis ‘で、そうした不況到来のリスクを指摘、更に8月22日付で ‘The Anatomy of the Coming Recession’と題し、当該不況が米中の貿易摩擦、技術を巡る覇権争いがコスト上昇を招き景気後退を引き起こす可能性をoil shock ならぬsupply shockとして解析する処です。そこで、この際は当該Anatomy of the Coming Recessionを, 第1章で取り上げ、その概要をレビューすることとします。

そうした環境の中8月19日、米主要企業の経営者団体、Business Roundtable(BRT) は、今後の企業経営は従来の「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などの利益を尊重
した事業運営に取り組むと宣言したのです。筆者が手にする声明文(コピー) `Statement on the Purpose of a Corporation‘ は181名の経営トップが自筆署名で名を連ねたもので、それ自体興味を呼ぶ処、企業の行動指針ともいうべき言うなればNew Mantraです。

企業とは、イノベーションを起こし、新たな生活空間を創造していく責務があり、その際の原動力は、animal spiritsだとケンインズが繰り返すところでしたが、このマントラが如何に反映されていくものか、米経済の根幹をなす「資本主義のかたち」を大きく見直すことになるものだけに関心呼ぶ処です。勿論、これが大企業への批判をかわすためのジェスチャーではと、賛否のある処ですが、この際は、近時の日産のトップ人事も有之で、後学議論に備えるべく、その概要を第2章として取りあげ、レビューすることとします。

そして最後に一言。9月11日安倍首相は内閣改造を果たし、「安定と挑戦」を旗印に、トランプ米大統領と歩みを共にする様相です。実際、先のG7を機にフランスで行われた貿易交渉で見せた‘安倍氏のトランプ迎合’には聊かの安倍不信感を募らせる処、マクロン仏大統領の気遣いとも併せ、コメントしたいと思います。
                 
目 次
                 
第1章 迫りくるglobal recession, その構図

1.Anatomy of the Coming Recession

(1)景気後退を誘引する Supply Shocks
  ・deglobalization
(2)2008年の世界金融危機 vs 想定される現下の供給ショック

2.日本経済のリアルと政策の現場

(1) 日本経済のリアル
  ・生産活動 / ・設備投資
(2)政策の現場

第2章 「脱・株主第一主義」を宣言する米企業、
では日本企業は?

1.A new corporate purpose
(1)米Business Roundtable (BRT) の New Mantra
  ・今、米企業も業績試練に
(2)J. Stiglitz教授の疑問
・M. フリードマン vs J. ステイグリッツ
・企業の本当の責任
2.問われる日産の統治能力、再び
  ・社外取締役の使命

おわりに トランプ氏への二つの配慮
  ・マクロン仏大統領の配慮
  ・安倍首相の配慮


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           第1章 迫りくるGlobal Recession、その構図       

1.The Anatomy of the Coming Recession

米NYU’s Stern School of Business 教授のN. Roubini 氏は、前述したように8月22日付け論考 ‘ The Anatomy of the Coming Recession’ で、2020 年までに世界的な景気後退を引き起こす可能性のある「Negative supply shock :負の供給ショック」が3つあると指摘すると共にそのいずれもは、国際関係に影響する政治的要素を反映したもので、しかもこの3つの供給ショックが誘引する景気後退は、従来型の景気変動抑制的なマクロ経済政策ではどうにもならないものばかりだとするのです。

(1)景気後退を誘引するSupply Shocks 
まず考えられるショックとは、米中間の貿易・通貨戦争から生じるもので、その対立構造は8月初めの、トランプ米大統領が対中輸入品に新たな関税を課すと脅し、中国を公式に為替操作国と呼んだことで更に悪化の様相です。第2はテクノロジーを巡り、徐々に進行しつつある米中間の冷戦。そして3つ目のリスクは石油の供給に関わるものだとするのです。普通、貿易や通貨、テクノロジーを巡る戦争に因る景気後退により、エネルギーの需要と価格は低下するものだが、米国とイランの対立次第では、逆の現象が起きると見る処、現実原油価格は急騰を見せる処です。(注:9月14日、サウジの石油施設への無人機による攻撃を受け、生産の半減を公表。原油供給リスクが広がりだしている。)

これらリスク要因が、グローバルに広がり、複合的に絡み合っていく事で、輸入品や中間財、エネルギーの価格を引き上げ、経済活動のコスト上昇を招き、景気後退を引き起こすことになる、まさにオイル・ショック(1973年)ならぬサプライ・ショックに因る景気後退、stagflationの可能性を指摘する処です。

・Deglobalization
スタッグフレーションとは消費者向け輸入品の価格や中間財、ハイテク部品、エネルギーの価格が上昇する一方で、世界のサプライチェーンが混乱し、生産活動が落ち込む現象ですが、厄介なことは、そこに広い意味でのdeglobalization (脱グローバル化)に向けた動きが始まりだしているとも指摘するのです。つまり、米中対立によって世界の国々と企業は、これまでのように統合されたバリューチェーンの長期的な安定はもはや期待できないとして、脱グローバル化の動きが進む結果、それが貿易活動の分断を進め、世界の生産コストはあらゆる産業で上昇するとの見立です。しかもこの貿易戦争と通貨戦争そして、テクノロジー戦争は、影響し合うことで負の連鎖が起こりやすい構造となってきていると云うのです。

そこで問題となるのが対応政策です。70年代を襲った複数のショックがスタッグフレーションを起こした際は、インフレ抑制のため金融引き締め策がとられていました。たが、今日、米連銀(FRB)など主要中銀は、インフレとインフレ期待が共に低水準であるため既に緩和政策に走っている事、オイル・ショックからくるインフレ圧力についても、中銀はインフレを持続的上昇要因というより、単に価格上昇としか見做さないのではと、する処です。

時間の経過と共に負の供給ショックは、消費と設備投資を減少させ、経済成長とインフレの両方を鈍らせる一時的な負の「需要」ショックと化すかもしれず、実際、現在の条件のもとで米国および世界の企業の設備投資は大幅に押し下げられている処です。その理由は以上の3つのショックの可能性や事の重大性等、不確実であるためだとしながらも、こうした現象が世界的な不況となって広がっていないのには、ひとえに個人消費が強さを維持しているためで、仮に3つの負の供給ショックのいずれかが原因で輸入品の価格が更に上昇すれば、消費活動は打撃を受け、世界経済は後退局面に突入すると見るのです。

そうした負の総需要ショックが短期的に発生する可能性を考えると、中銀が政策金利を緩和することも、財政についても短期的対応策を取るのも、適切な対応としながらも、中期的には、負の供給ショックに対応するのではなく、追加の緩和をせずにショックに順応することが最善だとするのです。と云うのも貿易やテクノロジー戦争から生じるこうした供給ショックは、潜在的成長の鈍化と同様、永久に続くものだからと云うのです。

要はこうした中期的な潜在成長の低下につながるショックは、金融・財政政策で覆せるものではない、つまり短期的に何とかなっても、そのままの対策を続ければ、財政規律は乱れ、最終的には中銀の目標を遥かに上回るインフレとインフレ期待を招くことになると警鐘を鳴らすのです。

(2)2008年の世界金融危機 vs 今回想定される供給ショク
尚、ここで留意すべきは、2008年のglobal financial crisis と現在のglobal economyを襲うかもしれない負の供給ショックとの間には重要な違いがある事です。前者は、主に経済成長とインフレを抑圧した大規模な負の総「需要」ショックであったため、金融刺激策及び財政刺激策による適切な対応がとられたとするのですが、今回、世界が直面することになるのは長期間続く負の「供給」ショックであり、これに対しては全く別の政策をもって中期に亘る対策を講じる必要があると云うのです。つまり、受けた損害を取り戻そうとして金融・財政刺激策を長引かせるのは賢明な選択ではないと警鐘を鳴らす処です。

さて、冒頭Japanificationと称された当該日本経済を預かる責任者はその実態を何と認識しているものか。9月11日、内閣改造を果たした直後の記者会見で安倍首相が発した言葉は「安定」と「挑戦」でした。

2.日本経済のリアルと政策の現場

(1) 日本経済のリアル
米中貿易摩擦による世界経済の減速が国内製造業の重荷となってきたことを示唆する指標が続いていますがその姿はまさに上述ルービニ氏の指摘を検証する処です。

・生産活動
まず8月30日、経産省発表の7月の工業生産指数では、2か月振りに上向いていましたが、電子部品・デバイスなど輸出業種を中心に回復は鈍く在庫も高止まり、高水準で積みあがる局面が続く様相です。とりわけ世界経済の減速で各国の金融緩和の流れが強まれば、円高圧力が高まり輸出に逆風となる悪循環も懸念されるなか、堅調とされてきた雇用情勢も軟化の兆しがみられる処です。同日発表の厚労省有効求人倍率は1.59倍で前月比0.02ポイントの低下、リーマン・ショック後の09年以来の3か月連続の低下です。米中の貿易戦争の長期化となると外需の変調が内需の変調に及ぶリスクも高まろうかというものです。

・設備投資
更に注目されるのが、9月2日、財務省が発表した4~6月期の法人企業統計(設備投資)です。それによると全産業の設備投資は非製造業の設備投資(金額では全産業のうち7割を占める)の7.0%の増加があったことで前年同期比1.9 %増、10兆8687億円と、11四半期連続の増加となっています。が、製造業の設備投資は、前年同期比で6.9%減の3兆6156億円と、2017年4~6月期以来、2年ぶりに前年を下回わるもので、この2年ぶりのマイナスは米中貿易戦争の余波を受ける処、製造業の失速を鮮明とする処です。

設備投資を業種別にみると、情報通信機械が43%減と落ち込みが目立つ。世界的に巨額の投資と休止を繰り返す傾向のある半導体市場は、年初から調整局面に入っていたとの指摘の多い処です。更に上述、米トランプ政権が中国の通信機器大手、フアーウエイ製品の締め出しを強めており、両国の貿易戦争が長引くことで日本でもスマートフォーン向け部品の受注が減り、企業は新たな設備投資は慎重に見極めようとの構えにあるとされています。製造業の能力増強や生産性向上につながる省力化投資が滞れば、将来の成長力にも影響しかねずと、懸念される処です。従って、今後の焦点は製造業を中心とする設備投資の鈍化が一時的流れにとどまるかどうかですが、米中の対立が長期化し、企業マインドの悪化が雇用や消費に影を落とすようになると、非製造業にも余波が広がるおそれはあり、まさにルービニ氏が云う新たな政策対応が痛感される処です。

(2) 政策の現場
尚、日銀は9月19日の金融政策決定会合では、現行の金融緩和策の維持が決定されました。
米FRBをはじめ世界の中銀が金融緩和に向かう中、今後の円高リスクなどを踏まえ、言うなれば貴重な緩和カードを温存したと云うものでしょうか。 OECDが同19日発表した2019年の世界経済の成長率(実質)見通しでは2.9%で、前回5月より0.3ポイント下方修正でした。日銀が今回動かなかったのは、国内の景気や物価にまだ波及していないと判断したものと報じられていますが、超低金利が地方銀行などの収益圧迫や年金基金の運用難を招くと云った副作用も顕在化しつつあり、日銀としては可能なら緩和カードを温存しておきたいと云うのが本音(日経9/20)の由ですが、その推移極めて要注視です。


第2章 「脱・株主第一主義」を宣言する米企業、
では日本企業は?

1.Anew corporate purpose 

(1)米「Business Roundtable (BRT)」のNew Mantra
8月19日、米主要企業の経営者団体「Business Roundtable」は従来の「株主第一主義」を見直し、企業がより幅広いステークホルダーに配慮する事を旨とする5項目に係る声明(注)を出したのです。この声明には同団体の会長を務めるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOの他、アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEO、GMのメアリー・バーバラCEOなど180人の経営トップが直筆署名を以って名を連ねるものでした。そして、賛同企業は顧客、従業員、取引先、地域社会、株主と云ったすべての利害関係者の利益に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組むというものです。

米BRTは1978年以降、定期的にコーポレートガバナンス原則を公表し、97年からは「企業は主に株主のために存在する」と明記してきましたが、今次の声明は、投資家の利益を優先してきた米国型の資本主義にとって大きな転換点となる処です。因みに、JPモルガンのダイモンCEOはpress releaseで「The American dream is alive, but fraying (アメリカンドリームは存在するが、揺らいでいる)」と指摘した上で、行動原則の見直しは従業員や地域社会への投資継続を約束するものとしており、言うなれば新しいマントラという処です。

(注)[Statement on the Purpose of a Corporation]
      ― While each of our individual companies serves its own corporate purpose ,
we share a fundamental commitment to all of our stakeholders. We commit to:
(1) Delivering value to our customers (顧客:顧客の期待に応えてきた伝統を前進させる)
(2) Investing in our employees (従業員:公正な報酬の支払い、福利厚生の提供)
(3) Dealing fairly and ethically with our suppliers(取引先:規模の大小問わずよきパートナ
ーとして扱う)
(4) Supporting the communities in which we work(地域社会:持続可能な事業運営で、環境を保護する)
(5) Generating long-term value for shareholders, who provide the capital that allows
companies to innovate, grow and innovate(株主:長期的な株主価値の創造に取り組む)

・今、米企業も業績試練に
では、今なぜという事ですが、米大企業は、上述三つの要因を背に、2四半期連続の減益を余儀なくされ、まさに企業は業績試練を迎えている(The Economist, `Corporate earnings reprieve ’, July 20,2019)とされる状況にある処ですが、加えて、所得格差の拡大で、大企業にも批判の矛先が向かってきており、行動原則の修正を迫られてきた、そう云った事情に応えんとの思惑あってのことではと思料する処です。

(2)J. Stiglitz教授の疑問
そんな中、ノーベル経済学賞の米コロンビア大教授、J. Stiglitz氏は、米論壇 Project Syndicateへの投稿論考 `Is Stakeholder Capitalism Really back? (Aug.27)’で、これまで主流をなしていた株主第一主義からの大転換に、本心からの行動かと、素早く反応するのです。

同氏は過去40年間、米企業にとって最大の使命は株主価値を最大化する事、つまり利益を拡大し、株価を押し上げる事で、それも労働者や顧客、サプライヤー、社会に及ぼす影響を顧みることなしに行われてきたが、それが、BRTが「利害関係者」の利益を尊重する資本主義の実現を目指す `--business is about more than the bottom line.(企業の使命は利益を上げるだけではない)‘と、企業の総意として宣言したことに、大きな方向転換としながらも、That is quite an about-face. Or is it? 本当にそうなのと、疑問視するのです。 その指摘はもちろん日本企業(後出の)にも及ぶ処、そこで多少長くなりますが、以下にその概要を紹介しておきたいと思います。

・M.フリードマン vs J.ステイグリッツ
まず、「株主第一主義の原則」を普及させるのに一役買った、同じノーベル経済学賞のミルトン・フリードマンの主張、「企業の果たすべき唯一無二の社会的責任は利益を増大すべく資源を使用し、事業活動に従事する事だ」に言及しながらも、70年代後半に展開してきた自説「株主第一を基本とする資本主義は社会の幸福や繁栄を最大化しない」ことの合理性を、例えば、気候変動などの重要な外部性が存在するときや、我々が吸う空気や飲む水を企業が汚染するときだと指摘し、更に、より一般的に云えることは、市場は企業を近視眼的にし、労働者や社会への投資を不足させる可能性があるとするのです。

このため経済が果たす機能について卓越した洞察力を持っているであろう企業のリーダー達がようやく光明を見出し、近代経済の実態に追いついたことに安堵すると云うのです。之が40年の歳月を要したとしてもだと云うのです。しかし、これらの企業リーダーたちは、株主第一主義を見直すと本心から言っているのか、それとも、これまでの数々の悪しき行いに対し人々が強い不満をあらわにしているのに直面して、改めるふりをしているに過ぎないのではとし、本心からの行動ではないと信じるに足る理由がいくつもあるとするのです。

・企業の本当の責任
企業がまず果たすべき第一の責任は税金を納めることだが、今次理念に署名した企業の中には、租税回避策を率先している企業が含まれている事。その一つが「アップル」であり、同社は、巷間英王室属領のジャージー島などの租税回避地を利用し続けていると指摘するのです。一方、トランプ大統領が2017年の減税法案、これは大企業や大金持ちの税金を引き下げるものだが、を提出した際は、これを支持した企業も多く含まれていると云うのです。そしてリーダー達は、減税は投資促進と賃金上昇につながるとの主張を支持しているが、労働者はほんのわずかなおこぼれしか与っていない。減税により浮いた資金のほとんどは自社株買いに向けられており、これが株主や株価に連動する報酬を受け取るCEOの懐を肥やすだけとなっていると、指摘するのです。

では巨大銀行はどうなのか。2008年のグローバル金融危機を引き起こした元凶にもかかわらず、銀行はドッド・フランク法(米金融規制改革法)が10年に成立するや、同法は、金融危機が再来する可能性を低めるべく規制を強化するものだが、主要条項を無効にする動きを始めた経緯があると云うのです。この様な動きを取った銀行の一つが米JPモルガン・チェースであり、そのCEOダイモン氏がBRTのトップにいると指摘するのです。つまり、
米国の最もパワフルなCEOらが新たな姿勢で社会的責任に取り組み始めているのは、喜ばしいことだが、だがそれがポーズに過ぎないのか、それとも言葉通りのことを意味しているのか、見守る必要がある、とするのです。

前出フリードマン氏の考えは、欲深いCEO達に対して、欲望のまま行動してよいとの口実を与え、更に、米国やその他多くの国の法体系に株主資本主義を組み込んだ企業統治法を齎したが、この状況を改める必要があると、ステイグリッツ氏は語気を強める処です。そして、自らが取った行動が他の利害関係者に及ぼす影響について、企業が配慮するのみならず、配慮することを義務にしなければならないと、主張するのです。

因みに、Financial Times (Aug.20) 社説は、この4月、JPMorgangが株主宛に出しているAnnual letterの中でダイモンCEOが教育、移民問題、税制改革、そしてJPMorganがこれら問題を更に次の次元に高めていく事を約束していたことにも照らし、この際はBusiness must act on a new corporate purposeと、行動を起こせと云うのですが。

2.問われる日産の統治能力、再び

9月16日付で日産自動車の社長兼CEOの西川氏が辞任しました。前会長のゴーン被告が解任されてからわずか10か月後の辞任劇、それも取締役会(9月9日開催)での辞任要請を西川社長が受け入れたとされているもので、実質社長解任です。その最大の理由は各メデイアが伝えるように一意義的には西川社長の‘報酬かさ上げ’ 問題です。株価連動型報酬で、本来より4700万円多く受け取っていたと云う事です。メデイアによると、6月に社外から指摘された段階では「疑惑」だった由でしたが、これが社内調査で事実関係が認定されたと云うものです。西川社長は自身の指示によるものでないとしていましたが、トップが千万円単位の不適切な報酬を得て、それが返納に至った事態は「ガバナンスに重大な問題がある」(木村康、取締役会議長)とした事実上の解任です。

・社外取締役の使命
ここで注目すべきは、今回の人事を主導したのが、社外取締役が多数を占める同社の取締役会だった事でした。日産はゴーン被告らの一連の不正を受け、西川社長は指名委員会等設置会社への移行など、企業統治改革の歯車は進めていました。が、一部の人間だけで決める体質は変え切れず、社長の独善的指揮が今次の不正をもたらしたと、評される処です。言うまでもなく、社外取締役の最大の仕事は、「ダメな経営者の首に鈴をつける事」と云われていますが、日本では社外取締役がトップの交代に深く関与した例は少なく、その点では、日産のケースは日本の企業統治を考える上で、一つのモデルになるのではと思料する処です。 ただ、日産の社外取締役にはもう一つ重要な仕事が残されています。西川氏の後継者選びです。同社指名委員会の委員長である豊田正和社外取締役は「世界の自動車産業に精通し、アライアンスやルノー、三菱自動車への深い理解と大きな関心がある事」(日経、9月10日)を後任者の条件、としています。もとより企業の未来は経営者が決めるわけで、この条件はどの企業にも通じる処、言うまでもないことと思料するのですが。

かくして日産については、企業統治の不全ばかりに注目が集まり「日産統治不備再び」とされる処ですが、実は日産の業績は悪化の一途にあり、「収益力の低下」というより寝深い問題を抱える処です。因みに7月に発表された19 年4~6月の連結営業利益は前年同期比99%減で、同日、日産は23年3月末までに生産14拠点でライン停止や縮小、更にグループ従業員の1割に当たる従業員1万2500人の削減に着手する旨を発表しています。

一方、現在、生産体制の見直し、新型車投入を新たな再建の柱としていますが、新車開発には自動運転等、先端技術が求められると同時に新車開発資金もかさむ処、さて、この先、顧客に支持され、従業員が前を向いて動き、株式市場で評価される会社となれるのか、まさに前述、BRTのMantraが語る、顧客・従業員・取引先・地域社会、そして株主、のステークホルダーとの好関係の確立に、応えていく事でしょうが、その限りにおいて、次のトップの歩む道のりは極めて険しいものと云え、その推移に更なる関心の高まる処です。


          おわりに トランプ氏を巡る二つの配慮

・マクロン仏大統領の配慮
フランス・ビアリッツで開かれたG7サミット(8月25~26日)は結局、世界が抱える問題を十分討議すこともなく、ただ5つの課題項目を列記する1枚の紙きれを以って幕を閉じたのですが、それもトランプ米大統領への気遣いあっての事で、因みに閉会後の記者会見は通常議長国の、今回でいえばフランス、マクロン大統領が対応する処、今回はトランプ米大統領に同席をと,マクロン氏が慫慂したことで、異例の二人会見となっていました。配慮の効果?とでもいう処でしょうか。

そもそも国際協調、自由貿易をベースに世界経済の発展を目指し、スタートしたG7サミットでしたがトランプ氏のような米国第一主義、自国主義者が入ってきたことで意見の一致が見にくくなってきた事で、もはやG7は機能を失い、形骸化した存在たるを認識させられたというもので、予想されていたこととは云え、今次サミットも同様な様相です。
昨年カナダで行われたサミットでは、米国対他メンバー国、つまり1:6という、分裂状態を見せつけられ、これがトランプ米国の孤立する姿と映るばかりだったのです。

序で乍ら、トランプ氏は孤立したかというと、そうではなさそうです。まず、以下列挙の仁を見ていただきたいのです。 オーストラリアの「モリソン首相」、インド「モデイ首相」、ブラジルの「ボルソナロ大統領」、イタリア与党の極右「同盟」の党首の「サルビーニ前副首相」、アルゼンチン「マクリ大統領」、英国の「ジョンソン首相」、トルコの「エルドアン大統領」、サウジの「ムハンマド皇太子」等々。

彼らは風聞、トランプ氏を好むとされる首脳たちですがが、彼らがトランプ氏に感じている魅力とは、「民主主義国家の首脳にとっては、トランプ氏のポピュリズムであり、ずっと疎外感を抱いてきた有権者層の心をつかむ能力、独裁主義者にとっては、トランプ氏のdeal重視の考え方であり、人権侵害などの問題を見過ごすことも辞さない姿勢」にあると、米国際政治評論家、イアン・ブレーマー氏の評する処です。(日経8/15)

つまり、トランプ大統領の「米国第一主義」の外交政策はdealを重視し、歴史をないがしろにし、米国はかつてないほどに孤立し、カナダや、ドイツ、フランスなどの友好国との関係を損なってきています。だが、米国は今までと違うタイプの国を味方につけてきたというものです。米国第一主義は米国を孤立させはしなかったが、外交関係の質を変えるようになってきたこと、或いは、世界がトランプ氏に象徴される政治スタイルに向かっている可能性を窺わせる処、危うい異端の連鎖が続く様相と映るのです。その中で、米国は新たな友好国と敵対国に向き合う事になるのでしょうし、日本は、その文脈において安保戦略の再考が迫られる処、まさに外交戦略の立て直しが喫緊の課題となってきたというものです。

・安倍首相の配慮
さて、前述ビアリッツ・サミットに合わせ、25日、現地で日米両首脳間での通商交渉が行われ、当該基本合意が成立、9月下旬に協定案に署名の方針が確認されたのです。当該交渉は昨年の9月の首脳会談に始まったものですが。わずか1年程度と、異例のスピードで決着を見ることになったのですが、それには早期に範囲を絞って妥結し、過度な要求を避けたい日本政府と、来年の大統領選を控え成果を急ぐ米政府の思惑が一致したためとメデイア(日経8/26)は伝える処ですが、驚かされたのは、その報道からは、安倍首相の、トランプ氏に対する迎合ぶりでした。

同報道によれば、トランプ氏が基本合意成立で、急遽公式発表の場を設けるよう安倍首相に求めて、対日協定の大枠合意を確認するだけでなく、安倍首相に「トウモロコシの輸入拡大を決めたことを話したらどうか」と促し、首相は日本が緊急措置として米国産トウモロコシの購入を前倒しすることを表明したことでした。トランプ氏は嬉嬉としてその成果を強調する処、中国ではうまくいかなかったものをあっさりと安倍首相が認めてくれたと評価するものでした。つまり大統領は来年の再選に不可欠なトウモロコシ生産州(アイオワ、ウスコンシンなど)の票を稼げるという事で、これが安倍首相のトランプ迎合というものです。

尤も今回の交渉では日本側が主眼としていたのは自動車の追加関税の回避でしたが、交渉の最終場面で、その流れを後押したのがトウモロコシの緊急輸入だったと云うことで、まさにトウモロコシで車を守った、っていうところです。勿論、国内生産者からのブーイングは言うまでもありません。なにせ、その輸入量は約270万トン、日本の年間輸入量の4分の一相当、これだけの量のトウモロコシを買ってどうするの?ですが。

それでも8月27日、日本では菅官房長官が記者会見で、態々「トウモロコシ」の前倒し購入に触れ、国内での害虫被害が理由だと説明していましたが、要は大統領選を控え、トランプ氏は余剰トウモロコシの対日輸出で農家に成果を訴えられるというもので、安倍のトランプ大統領選支援という事ですが、その見え見えの、過剰ともいえる配慮が齎す日米関係のゆがみすら感じさせる処です。トランプ氏は加えて「日本の民間は米国と異なり、政府に非常によく耳を傾ける」とコメントしていたようですが、実になめられたものです。 そして、日米通商交渉は上記の通り、9月25日、NYでの国連総会出席を機に行われた両首脳の署名を以って一件落着(?)で、 両者はwin・winと叫んでいたのですが。
      以上(2019/9/26記)
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