2019年02月26日

2019年3月号  2019米大統領ー一般教書演説と混迷の米国、そして日本は - 林川眞善

-目 次― 
         
はじめに:「スローバル化」する世界     
・Slowbalization (スローバル化)
・スローバル化する世界のゆくへ
・本論考のシナリオ

第1章 2019年、米大統領一般教書演説、
 混迷のトランプ政治

1.米大統領、一般教書演説
・融和姿勢を演出したトランプ演説
・「非常事態」宣言―それは世界の民主主義全体にとっての危機
2. Americans’ new threat 
―米国を覆い出した?新たな脅威
・New Callsの内実

第2章 米中対立構造の行方、日本の使命

1.米中対立構造はハイテク覇権戦争
・An iron curtain in tech supply chains is a real risk
・中国企業「華為技術」の起訴    
・China will not overtake America any time soon
2.メルケル独首相訪日の意味、日本の使命
・日独関係強化 /・日本の使命

おわりに 極めて気がかりな安倍晋三氏の行動様式
・the uses of nostalgia

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はじめに 「スローバル化」する世界

2月5日付日経、第1面では製造業の国内回帰が進んでいる旨を報じる記事が走っていました。内容は、これまで日本の製造業が海外で販売するには現地に工場や販売網を築く必要があったが、ネット通販や越境ECの普及で、現地に資産を持たなくても販売できる環境整備が進んできたことがその背景にあると云うのです。これはあらゆるモノがネットに繋がる「IoT」など最先端の生産技術を導入し、生産性を高めれば国内賃金水準でも国際的な競争力を維持できるとの判断に負うものと指摘する処です。そして、近時のアジア、とりわけ中国からの訪日旅行者の帰国後も続く需要の拡大を見込んだ、日用品や食品メーカー、資生堂、ライオン、花王、日清食品、等々が国内での増産体制に入った、「日本製」のアジア輸出加速と書きたてるものでした。
これまで日本企業は人件費の安い新興国に生産を移してきたが、海外の人件費上昇や消費市場への転換を受け、国内工場に再投資を行い、輸出拠点とする動きが広がってきた結果とするのですが、新たな国際環境に照らした、日本企業の機敏な戦略対応と云う処でしょうか。

・Slowbalization(スローバル化)
しかし、The Economist, Jan. 26-Feb.1,2019の論調は聊か、こうした日本企業の行動とは似て非なるトレンドを浮き彫りにすると共に、それが故の問題に警鐘を鳴らすのです。それと云うのも、反グローバル主義が台頭し、経済が内向きになっていく流れが世界的に広がっている事への警鐘でした。

今日起きている貿易面での緊張、具体的には米国が中国を狙って起こしている関税の引き上げ問題であり、世界中で進捗する貿易ルールが書き換えられている事情ですが、それは2008-09の金融危機から続く変化を悪化させ、例えば、世界のGDPに対するcross-border investment, trade, bank loans and supply chains の比率は全て縮小しているか横ばいにあり、そこでグローバル化の時代は終わり、新たな停滞の時代が始まっていると指摘するのです。そしてこの状態を、オランダの評論家が作ったったと云う造語を借りて ‘slowbalization’(スローバル化)と呼ぶのです。

実際、モノの輸送コストはもはや下がらない、多国籍企業は、世界展開には無駄なコストがかかり、現地の競合企業にいいように利用されるだけの事と気が付いた事、また経済は国境を超えて売る事が難しい「サービス」に移行した事、中国の製造業は部品自給率を高めた事、等々を映し、この10年でグローバル化に急ブレーキがかかり、そのスピードは光の速度からカタツムリの歩みへと落ちたと云うのです。つまり、サービスの貿易には限界があり、海外投資や貿易の鈍る、この「スローバル化」の時代の世界は、今までと違った形で動くだろうとも云うのです。問題は、こうしたスローバル化が、これまでのグローバル化が齎してきた不都合な問題を残したまま進む状況にあるだけに、不満を拡大するだけと懸念される処ですが、まさにトランプ大統領が貿易戦争を仕掛けてる今日の現実は、こうした脆弱な環境だと改めて指摘する処です。

・スローバル化する世界のゆくへ
こうした流れにあって、エコノミスト誌は本当の問題は企業の長期投資計画にあるとするのです。それは地政学的リスクが高かったり、ルールが揺らいだりする国や産業への投資を控え始めた事が新たな事態を映す処とするのです。尤も、その兆候は既に現れており、中国の対欧・米への投資は18年には73%減少、一方多国籍企業による海外投資(全世界総額)は約20%縮小したとも指摘する処です。

では、スローバル化する世界はどう動いていくかですが、具体的には、地域的な経済圏内でのつながりを強めるであろうし、北米、欧州、アジアのサプライチェーンはそれぞれ、近場での資源調達を目指すことになると見る処、実際欧州とアジアでは既に域内貿易が殆どを占め、その比率は2011年以降上昇傾向にあり、世界的なルールが崩れてきた為、貿易についても投資についても、地域における取引と影響力が支配を強めつつあるとみる処です。

つまり、スローバル化の下では、貿易を通じて国を豊かにすると云った発想はなじまなくなり、貿易は地域間にシフトする一方で、国際金融システムは世界的に統一されたままにあるため、この間での緊張が生じることが十分に想定でき、とりわけ米国との通商関係が薄らいでも、金利はなお米金利の影響を受けるという事で、ここから金融面での混乱が生じることになるとも云うのです。
もう一つは、スローバル化では、グローバル化が残した問題の解決ができない事が問題と云うのです。欧米では自動化が進み、ブルーカラーの仕事が再び増えることはなく、そこで企業はそれぞれの地域内で、人件費の安い非熟練労働者を雇うこととするでしょうし、国際協調が失われる為、気候変動や移民、課税逃れの解決は一層難しくなるというものです。そして、スローバル化は中国の動きを押しとどめ、封じ込めるどころか、中国が地域的覇権を掌握するのを加速させることになるとも見る処です。

つまり、グローバル化は世界のほぼすべての地域で人々の暮らしを向上させてきたが、それが齎してきたマイナス要因への対応努力が欠いてきたことで、統合された世界が目を向けずにきた様々な問題が今、人々の目に大きく映り始めており、しかも世界秩序が齎す恩恵が忘れ去られるほどに拡大していると警鐘を鳴らすのです。そしてスローバル化はグローバル化にも劣る姿と糾弾する処です。もとより、その背景にあるのが、米国第一主義を掲げ、自国主義を進めるトランプ米大統領の存在だと云わんばかりです。

・本論考のシナリオ
そのトランプ氏は2月5日、就任2回目となる大統領一般教書演説を行っています。それは、米大統領は合衆国憲法に基づき、内政・外交の状況を分析して議会に報告すると共に、自身の政策を議会に提案し、必要な立法措置を講じるよう要請する義務を負うこととされているのです。当初1月29日の予定が、野党民主党との政策対立で、異例の1週間遅れの一般教書となるものでしたが、スローバル化トレンドの中、彼は何を考え、何をしようとしているのか、任期4年の半分を経た今、彼の発言に世界の関心の集まる処でした。

さて、その演説ではトランプ氏は与野党融和姿勢を強調するのでしたが、その後、メキシコ国境での壁建設に係る費用を連邦議会が要望通りに認めないことに立腹し、他の予算を流用する為にと、大統領権限を発動したのです。国家非常事態の宣言です。勿論、その行為は格段の問題を引き起こす処、そこで、第1章では、演説のフアクトと国家非常事態宣言を背にしたトランプ米国の行方を測ることとします。更に、3月1日を期限とする米中協議の如何は世界経済の生業を規定するものと見られる処、この際は、当該協議の行方を測ることとします。次に第2章では、偶々ドイツのメルケル首相が来日、日独首脳会談を通じて両国の関係強化が確認されましたが、このタイミングでの会談は、とりわけ日本にとり意義深いものと言え、この際は日本の国益確保のためにも、その使命として更なる国際間の連携拡大が求められる処です。併せてその行方につき考察することとしたいと思います。

  
第1章 2019年米大統領一般教書演説、混迷のトランプ政治

1. 米大統領、一般教書演説

・融和姿勢を演出したトランプ演説
2月5日、トランプ大統領が行った就任2回目となる‘一般教書’演説の内容は、これまでの彼の言動とは似ても似つかぬほどに意外なものと映るものでした。その内容は、まず、「今夜、提示するAgendaは共和党でも、民主党でもなく、米国民のAgendaだ」とした上で、これまでも約束してきたものだとして、以下5項目を掲げ、始まるものでした。

(1)To defend American jobs and demand fair trade for American workers (雇用と公正な貿易)
(2) To rebuild and revitalize our nation’s infrastructure (インフラ整備)
(3) To reduce the price of healthcare and prescription drugs (薬価、診療費改革)
(4) To create an immigration system that is safe, lawful, modern and secure, (移民制度)
(5) To pursue a foreign policy that puts America’s interests first (国益第一主義の外交)

Full textを読む限り、例えばtogether(皆と一緒に)の言葉が7回、unite(共に結束を) の言葉が3回と、一貫して結束をと、融和姿勢を以って終始し、何とも敵を作り、分断を煽って支持層を惹きつける日常の政治手法の対極とも思わせるものでした。中間選挙で下院の過半数を野党民主党に奪われ、メキシコ国境の壁建設に固執して、長期の政府機関の閉鎖を招き、支持率を下げてきた事情に照らす時、その真意はともかく、2020年での再選を狙うトランプ氏としては、やむなしの姿勢と云う処でしょうか。

従って、米経済と雇用の好調を全面出し、その成果をアピールするも、世界が知りたい米外交の行方については、残念ながら多くを語られることはなく、ただ2回目となる米朝首脳会談を2月27・28日ヴェトナムで開催を明らかにしたことだけでした。また結束と言う点では、超党派で協力できるインフラ投資の拡大や薬価引き下げの道筋でも具体的な姿を示せぬままに終わっています。上院・下院の「ねじれ議会」の状況で任期の後半に入ったトランプ氏の政策の展望は開けなくなっているという事でしょう。

そこで今後のトランプ政治の行方の如何となると、自らの求める方向に法律や予算を通していくとすれば、やはり民主党と折り合いをつけていく事しかないのでしょうが、その推移の如何は彼を勝利に導いた岩盤の支持層の離反を予想させる処です。もっとも内政の益々の苦境の打開にと、外交面で火を噴くことも想定される処です。因みに3月1日を期限とする米中協議の推移の如何は、世界貿易の在り様にも影響を与えることになるでしょうし、次に控える日米通商協議にももろに影響してくる処です。

・「非常事態」宣言 ―それは世界の民主主義全体にとっての危機
さて、5日の超党派協力を呼び掛けた一般教書演説から一転、「国境の壁」を巡り、再びトランプ節で民主党やメデイア攻撃を始めたのです。そして2月15日、彼は議会の承認を得ずに国境の壁建設のための予算を確保する為、国家「非常事態」を宣言したのです。

つまり、昨年12月に提出された予算案では彼の目指す壁建設のための費用が含まれてていないとしてこれを拒否。その結果今年1月まで35日間の政府関係機関の閉鎖を引き起こし、約80万人の政府職員が無給となるなど、行政に混乱を生じさせ、支持率も落ちてきたというものです。彼の最大の目標は次期大統領選です。そこでトランプ氏は再編成の予算案を承認し、閉鎖中の政府機関の再開を果たすのですが、新予算には壁の建設予算は14億ドルと彼が目指す57億ドルには程遠く、そこでトランプ氏は議会を通さず資金を確保する可能性を探ってきた結果、「国家非常事態法」に基づき非常事態を宣言し、使途の決まっていない米軍予算を振り向けられる法律等を持ち出し、壁の建設費の確保を狙う事としたと云うものです。要は、今回は批判の多い政府閉鎖を避けつつ、支持者に公約を守ったと(彼の公約40項目の筆頭にあるのが壁建設)主張できる、まさに「禁じ手」に傾いたという事です。

勿論、野党民主党は「今は非常事態ではない」として、あらゆる手段を擁し、非常事態宣言の無効を目指す処です。元より、与野党の対立は米連邦政府の債務問題にもつながる処です。つまり、債務の法定上限は3月1日に期限を迎えるのですが、与野党が新たな上限で合意できないとなると米財務省は米国債の新規発行が難しくなるわけで、やがて利払いの手当ても窮し、夏にも米国債の債務不履行(デフォルト)に陥る懸念が高まる処(注)、トランプ氏は事態を現実的に判断し、民主党との歩み寄りを目指すべきと云うものです。

   (注) 米国債の買い手(保有国)の中心は中国。これまで、防衛的理由で巨額の外貨準備を蓄えていたことに加え、輸出を大きく伸ばしいた中国は、投資に回すためドルを確保する必要があった。
それが、昨年5月から11月の間に中国の米国債保有量は減ってきている。米中の政治的関係はと
もかく、米国債保有額が減少している背景には経済的要因、つまり輸出が減速している事と、人口
動態に変化が起きていることが挙げられている。中国のみならず世界各国の外貨準備高は減少して
きており、そこで、海外の買いに頼るには限界があるとして、借り入れを減らし、国債発行を抑え
なければ、米国民自らが国債の買い手に回らざるを得ないし、その為のアイデイア、改革が必要と、
TBAC(米国債発行諮問委員会)のハマック委員長が1月29日付でムニューシン財務長官に送っ
た書簡が注目されている。2月5日の一般教書ではこの債務には言及することはなかったが、この
対応に失敗すれば、米国の金利は急騰し、債権価格が暴落する危険性が高くなると見る。
(Financial Times, 2019/2/8)

‘宣言’の妥当性は今後司法の場で争われることになるのでしょうが、どういった結論になるにせよ、米国の世論が更に分断され、2020年の次期大統領選に向けて米社会の混乱が深まるのは避けがたい処です。ひとたび国家元首の座に就けば何をしても構わない、と言った風潮がますます世界に拡散され、ポピュリズムを助長することも懸念される等で、そうした意味で、今回の非常事態宣言は、世界の民主主義全体にとっての危機と映る処です。

序でながら、日本にとっても他人ごとではなく、米国と同じような緊急事態制度の導入が検討課題になっている憲法改正の論議にも影響は必至と思料するのですが、要は使い手による乱用が起きないための歯止めもしっかり考えねばならない事、自覚させられる処です。

2. Americans’ new threat ― 米国を覆い出した?新たな脅威

処で今回の演説で筆者が最も印象付けられたphraseはトランプ氏が民主党左派のいわゆる
socialistを以って「Americans’ new threat」と断じた事でした。勿論、2020年を前提と
した例の政敵づくりとも云え、それに映るのがベネズエラの政治混乱です。.

つまり、かつて産油大国であったベネズエラですが、2014年以降、世界的原油価格の下落
でベネズエラは超インフレ経済となる中、大統領に就いた反米左派のMaduro(マドウーロ)大統領が独裁政治を強行、経済の立て直しがないままに、国民生活は窮乏化し、そこでJuan Guaido (グアイド)国会議長が、暫定大統領になると宣言。結果、国内は2分される一方、国際的にも、独裁を続けるマドウーロ現大統領を押すロシアや中国に対して、グアイド暫定大統領を支持する米欧、等との2極化の状況にあり、とりわけ米国は経済制裁を以って反政府支援を続ける状況にある処です。

そこで、左翼政治は国民を貧困に貶めていくという事で、2020年を視野に置くと、anti勢力として目下の民主党左派連中を社会主義者と断じることで優位に事を運ばんと、ベネズエラのマドウーロ大統領の社会主義政策は国を`into a state of abject poverty and despair ‘(絶望的な貧困におとしめる)と名指しで非難し、 米国は決して社会主義国になる事はないと、トランプ氏は次のように声高に云うのでした。
 
 `Here in the United States, we are alarmed by new calls to adopt socialism in our country.
  (Audience: Booo---) We are born free and we will stay free. Tonight, we renew our
resolve that America will never be a socialist country ‘

勿論、socialismの脅威は何も目新しい事ではありません。とは言え、2016年の「不法移入の労働者」をアッピールして当選した、そのレトリックを、次期大統領選で再び活用せんと
するものと思料する処ですが、問題は彼がここで云うnew callsの中身です。

・New Callsの内実
つまり、2020年の大統領選に向け、格差問題を重視する急進左派,の議員から富裕層税等,
富の再分配を促す政策を求める声が強まっていると云われています。つまり2018年は大幅
減税を含む税制改革が米経済を支え、3%前後の高い成長率になったものと見られていますが2019年に入ってその様相は異なってきています。つまり年後半には減税効果は薄まる一方、「財政の崖」が発生し、20年には成長率は1%台にまで減速すると見られており、これに米中貿易戦争が齎す不透明な事情が景気悪化への不安材料として、加わる処です。

こうした経済事情は格差を広げるものとして、民主党の大統領選出馬予定者からは富裕層への増税が叫ばれる処です。因みに民主党のエリザベス・ウオーレン上院議員は資産額5000万ドル以上の世帯の資産に毎年2~3%の税を課す法案を検討していると伝えられるほか、史上最年少の女性下院議員で急進派のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏も超富裕層に最大70%の所得税を科すことを提案。大統領選再出馬が噂されるバーニー・サンダース上院議員も相続税の大幅引き上げを提案中です。かくして富裕層税への支持が高まってきていると伝えられるなか、実は、トランプ支持者の間でも税制改革で恩恵を受けたのは大企業や富裕層、との意見が根強く、急進的な政策もトランプ支持基盤の労働者にも響く可能性があるとも観測される状況です。5日の一般教書演説で「国内で社会主義の採用を求める声に警戒している」と発言していたのもそうした事情を映すと言うものです。

周知の通りトランプ氏はウオール街等のエリート層を批判する大衆迎合政治で労働者層の支持を得て逆転勝利しましたが、今トランプ氏と同様、ソーシアルメデイアを駆使し幅広い層に呼びかけているオカシオコルテス氏などの新鋭が世論を変えるシナリオも排除できなくなってきたと云う事ですが、資本主義の信条の下で発展してきた米国だけに、こうした「反資本主義」とも映る極端な「大きな政府論」の台頭は今や、 ‘対トランプ政治’の次元を超えた、米国資本主義の構造変化を映すものと言え、これに如何に向き合うかが問われだしていると云えそうです。そして気がかりなのはリベラル層の一段の「左傾化」は民主党の分断も誘いかねないという事なのですが。


第2章  米中対立構図の行方、日本の使命

1.米中対立構図はハイテク覇権戦争

・An iron curtain in tech supply chains is a real risk
2月12日トランプ氏は、3月1日を期限として交渉中の米中貿易協議について「真の合意に近づけば、若干の延長の可能性はある」と発言していましが、さてそれが意味することは合意できる可能性を示唆したものか、譲歩を引き出すための演出なのか、色々憶測の呼ぶ処です。目下は米側からはUSTRのライトハイザー代表と中国の劉鶴副首相との間で協議が行われていますが、実は当該協議は米中の戦いの半分でしかないと認識されるようになっていると、Financial TimesのGillian Tett氏は2月1日付寄稿記事(An iron curtain in tech supply chains is a real risk)で、そう指摘するのでした。

つまり、トランプ政権は鉄鋼や大豆だけでなく、中国が政府主導で進めている産業振興策を進めていることが米製造業の雇用を不当に奪っていると主張し問題視しているが、トランプ氏の政策は経済競争を巡るものだけではなく、国家安全保障上の懸念に対応するものもあり、これが今後、supply chainに長期に影響を及ぼしていく事になると云うものです。
そして、目下の協議で当時者の二人、劉氏とライトハイザー氏が次に何をしようとも、安全保障の問題は、それで消えるものではないと指摘し、併せてその判断のベースとして挙げるのが、昨年9月ホワイトハウスが発表した報告書、「Assessing and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain Resiliency of the United States」(米国の製造業及び防衛産業の基盤とサプライチェーンに対する評価と強化)でした。

同報告書(インターネットで入手可)は、米国の軍産複合体は 軍事物資から電子機器など幅広い分野で、調達先がたった一つの企業だけに依存している、あるいは、中国企業に依存しているケースが多数あり、危険なほど脆弱だと警告するものです。
ただ、この報告書については、トランプ政権内ではナバロ補佐官のような対中強硬派が纏めたものと反応する向きのある処、米産業の脆弱性に対する懸念は、いまやワシントンのエスタブリシュメントと呼ばれる連中の間では急速に広まってきていると伝えられています。この点で米政府は昨年、中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)に制裁を科して経営危機に追い込んでいますし、現在では、中国の同業、華為技術(フアーウエイ)の製品や部品を使わないよう指示するまでになっている事(次項 ‘中国企業’)、周知の処です。

もはや貿易問題はIT,ハイテク覇権の争いと、構図は完全に転じてきているという事ですが、さてTett氏は、米IT企業が中国企業から部品を調達することも、中国に機器を輸出することもできなくなった世界となると、それはまさに新しい「鉄のカーテン」の他ならず、であれば世界経済の成長にどう影響することになるか、早急検討しかるべしと、警鐘を鳴らすのです。目下の米中協議が、いかなる結論となるか。貿易不均衡是正については合意の可能性が伝えられる処ですが、米国が最も関心を向ける上述、中国の成長モデルの根幹をなす補助金政策等については難航が伝えられており、まさに当該推移の如何が注目される処です。

・中国企業「華為技術」の起訴
1月28日、米司法省は制裁違反、企業秘密の窃盗、司法妨害を含む23件の容疑を以って華為技術(フアーウエイ)を起訴しています。また同社が現代社会を支える基盤である通信ネットワークを構築していることから、フアーウエイを国家安全保障に対する脅威と捉えていることを明らかにしたのです。そして、2月16日の独ミューヘン安全保障会議では、ペンス米副大統領が名指し、同社への警戒感を露わとしたことは周知の処です。

2月2日付The Economistは巻頭言‘How to handle Huawe’ (ファーウエイの扱い方)で、同社と取引することの安全性について、「中国で最も成功しているグローバル企業」ながら、「利益のためには法を犯すことをいとわないgrubby enterprise(卑劣な企業)という事」そして「最も憂慮すべき、しかしその真実を突き止め難い、中国政府の為にスパイ行動を働く機関であるという事」に照らし、その判断は極めてむずかしい事と指摘したうえで、同社に対する最終手段は同社製品の使用を禁じる事ではと云うのでした。

と同時に、何よりも大きな代償は世界貿易システムが分裂することだと、再度警鐘を鳴らすと共に、指導者は冷戦に向かうのではなく、不信感を最低限に抑え、貿易を支持する仕組みや、ルール作りを進めるべきで、とりわけ中国については、自らが信頼に足る存在であることを外国に対して本気で示す必要があると強調するのです。そしてフアーウエイの例は、習近平主席が独裁を強めことで海外における中国企業の利益が損なわれていることを語るものと締めるのでしたが、まさにThe Economist like の論評と理解する処です。

・China will not overtake America any time soon
序でながら、2月20日付Financial Timesで、ハーバード大のJoseph Nye氏は、トランプ氏が仕掛ける米中貿易戦争絡みで、今、ワシントンの共和、民主両党の間で広まっているとされている懸念、中国の台頭は米国の時代の終焉ではと恐れていることについて、最近の北京訪問で得た現地経済人との対話をリフアーし、次のように指摘する処です。

2030年から2040年には中国は米国越えが予想されているが、彼らによると、実際の経済成長指標はofficial figureの半分で、実際、公的指標はslowになってきている。勿論、経済だけが地政学的尺度ではなく、中国は軍事力、ソフトパワーいずれにおいても米国の後塵を拝していて、近時、中国も軍事力強化を進めてはいるものの米国をwestern Pacific から排除することはできないと云うのです。そして中国を含め世界における米国の位置を超す国は他にはないと繰り返し、アジアにおける経済成長が、アジアにおける中国の勢力は、日本、インド、オーストラリアとの関係で均衡を保ち、米国はその中にあって均衡のカギを握る存在であり続ける、その為にも、liberal とかAmericanとかでなく、`open international and rules-based international order’ を堅持すべきと主張するのです。米国の世界シェアーは中国、インド他の国々の成長で、相対的に減少することにはなろうが、それも今日の世界に在ってはnetworks, connectedness 次第ともする処です。問題は、トランプ氏が同盟関係を弱体化させている事とも指摘するのですが、要は、同盟関係の堅持が見えないことに尽きるように思える処です。

2. メルケル独首相の訪日の意味、日本の使命

・日独関係強化
2月4日、ドイツのメルケル首相が約3年ぶり5回目の来日、安倍首相との首脳会談を行っています。メルケル氏は2005年の首相就任以来、中国に11回訪れており、これまで中国を優先し、経済成長で、存在感を高める中国にアジア外交の軸を移してきたと映る処でした。然し、米国が保護主義に傾倒するなかで、自由貿易を守る連携先として日本に秋波を送る狙いがあったものとされる処です。

つまり、欧州にとって最重要のパートナーである米国はトランプ政権の発足後、中国だけでなくEUにも鉄鋼などの関税引き上げを突きつける等、すべてをdealの材料として、相対で譲歩を迫る手法は、欧州が重視するルールに基づいた秩序とは相いれない処です。
又、関係強化を目指してきた中国にあっては、同国に進出したドイツ企業などに技術移転を強要する状況だと云うのです。勿論、中国当局によるスパイ活動への警戒も強まり、不信感を深める状況と言われています。

世界経済をけん引してきたG7,然し、英国のメイ首相はBREXITを巡り国内政治は混乱、フランスはマクロン大統領の求心力が低下。トランプ政権と対等に意見交換できる首脳は限られている事情を踏まえるとき、2月1日付で批准なった日・EU経済連携協定(EPA)
を機会に、多国間主義、自由貿易と言った価値観を共有する日本との関係の強化を目指さんという事でしょうし、米中欧がみつどもえの構図になる中、ドイツは日本を米中の間にいる者同士として組安いと考え接近を目指す処と思料するのです。日本としても対トランプ政権へのバランサーと云うより、日独連携の強化を以って新たな日本を示していく好機でもあるのです。

更に次世代の競争力を確保する為にはインターネット等膨大なデータを如何に収集し、それを制度の高いAIの開発にどうつなげていくかがカギとなる処、日独はこの分野で米中に出遅れており、両国にとって、その巻き返しも連携の課題です。元よりこれが目的は米中を敵に廻す事でなく、彼らの注意を引き寄せる事にある事、云うまでもありません。

・日本の使命
序でながら,日本、中国、インド等16か国によるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)の交渉が正念場を迎えていると伝えられています。RCEPの実現は、参加国の経済を底上げし、ヒト・モノ・カネの磁力を高め、同時にトランプ政権が拡散する保護貿易の防波堤を固め、世界経済の安定を支える効果も期待できる処です。日本はTPP11, EUとのEPAを相次いで発効させた実績と,その経験も活かし、RCEPの妥結を主導していくべきと思料するのです。

おわりに 極めて気がかりな安倍晋三氏の行動様式

1月22日、5年振りに出席したダボス会議での安倍晋三首相の演説は、大きな注目を集めたとメデイアは伝えていました。そのポイントは「成長のエンジンはもはやガソリンではなくデジタルデータで回っている」とし、信頼ある自由なデータ流通(Data, Free, Flow, with Trust)の頭文字を取り「DFFTの為の体制を作り上げる。6月大阪G20で‘大阪トラック’とでも名付けてWTOの屋根の下、始めたい」(日経1月24日)と呼び掛けるものでした。

その彼が、1月28日に召集された通常国会で行った施政方針演説(全文日経1月29に掲載)は前述トランプのそれと同様、え?と疑念を呼ぶものでした。その内容は「1.はじめに、2.全世代型社会保障への転換、3.成長戦略、4.地方創生、5.戦後日本外交の総決算、6.おわりに」と成るものです。2,3,4,5はこれまでも国会議論で対象となっていたもので、とりたて云々すべき内容ではありませんが気になったのが「1.はじめに」で引用されていた短歌「しきしまの 大和心のををしさは ことある時ぞ あらはれにける」でした。調べてみると「日本人の大和魂の勇ましは、何が起った時こそ現れるものだと」いう意味だそうですが、日露戦争真っただ中の1904年に、明治天皇が国民を鼓舞激励する趣旨を以って詠まれたものの由です。どうして、北方領土問題が難航しているこのタイミングで‘対露戦争’に号令をかける意味の短歌を引用したのか、理解に苦しむ処ですが、この機に至って、何よりも明治の帝国主義日本を美化するような復古主義を打ち出す彼の政治感覚は余りにもお粗末、The Economist誌(2018/12/22~2019/01/04)巻頭言`The uses of nostalgia’ (懐古主義が台頭する意味)をまさに映す処と云うものです。

・ The uses of nostalgia
つまり、トランプ大統領が「米国を再び偉大に」と誓ったかと思えば、習近平主席は、100年に及ぶ屈辱を乗り越えて黄金時代へ回帰する「中国の夢」を口にする、更にはメキシコのロペスオブラドール新大統領がグローバルな資本主義と闘い、経済的主権を回復するのが使命だと叫んでいます。ポーランドでは最も影響力を誇る「法と正義」を率いるカチンスキ党首はソ連共産主義時代の最後の遺物を一掃し、それ以前のポーランド的価値を復活させようとしていると云い、先進国のノスタルジアは新興国のとは対照的に「あらゆる場所で意識させられる恐ろしい衰退の感覚」が背景にあると分析するのです。そして、こうした時代に人々は、安心と自尊心を再確認しようとノスタルジアに吸い寄せられる結果、懐古主義を映すポピュリズムが目立つと、警鐘を鳴らすのです。 
勿論、過去としっかりと向き合えば、偏見を克服し、新たな発想につながっていくはずです。歴史を的確に理解すれば、難しい選択に正面から取り組むことが進歩に繋がると理解でき、新たな着想を得ることもできると云うのですが、安倍晋三氏の昔を懐かしむ‘懐古’主義にはそうした確固たる信念があっての事か、聊かの疑念を禁じ得ないのです。

さて、上述施政方針演説に続く国会審議で見せつられた厚労省の統計不正問題、無教養を曝け出す安倍政権の閣僚のいい加減なやり取り、それをかばい続ける浅薄とも言える安倍氏の姿勢に、上述経済問題に対する熱意とリテラシーにおいて、あまりのギャップにあんぐり、人間、安倍晋三への不信感は深まるばかりです。加えて、彼は、上述ご乱行のトランプ氏をノーベル平和賞候補に推薦した由、報じられていますが(日経2月16日、夕刊)、一体どういう事?と、唖然とさせられるばかりです。以上  (2019/2/25 記)
posted by 林川眞善 at 11:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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