2018年09月27日

2018年10月号  Identity Politics , そして Liberal Order の行方 - 林川眞善  

目 次
    
序 論   Identity Politics , WTO and Silicon Valley
  
第 1 章  Identity Politics と 民主主義   

(1)Identity Politics と米民主党の変質
  ・トランプ政治とIdentity Politics
・変質する米民主党
(2)Identity Politics は民主主義の危機
    - Francis Fukushima氏の反論

第 2 章 リベラルな国際秩序の行方       

(1) 戦後「国際秩序」生成の生業
  ・戦後国際秩序としての国連誕生
  ・国連常任理事国
  ・冷戦の終焉
  ・J.アタリ氏の信念
(2)「多様性を受け入れる秩序」
  ・リベラルな秩序
  ・JFKの示唆

 おわりに 安倍晋三氏の自民党総裁3選に思う  
  ・民主主義政治の基本は‘プロセス’ 
  ・創刊175年の英経済誌 `The Economist ‘


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序 論  Identity Politics , WTO and Silicon Valley


ドナルド・トランプ氏が米大統領として世にその存在を示したのが2017年1月。爾来、僅か1年8カ月、米国政治の風景は様変わりとなってしまいました。勿論、新たな大統領の登場は、新たな政治方針と政策を以って政治に臨むわけでしょうから、当然の結果として政治は変化を遂げ、進化をも示す処です。然し、殊トランプ大統領について言えば、これまでの米大統領に見る姿、つまり戦後一貫して、自由経済を支え、そして世界秩序を堅持してきた、言うなれば世界に対する‘責任’を矜持ともしてきた大統領の姿はなく、あるのはAmerica first、つまり自国利益を求めて進む姿であり、対外的にはAmerican retreatを映す処となっています。元よりこれが、米国の政治、経済、そして産業の在り方に強い変化をもたらす一方、世界経済運営の枠組みすら否定するほどになってきています。その変化はずばり‘後退’の変化と云う他なく、そうしたトランプ氏については、米国の役割、つまり国際秩序の堅持に異議を唱えた初の大統領として明記されていく事になるのでしょう。

尤も彼だけが異質と云うわけではありません。1971年8月のニクソン・ドクトリンでは、国際金融システム、金ドル交換制度の停止、輸入課徴金の実施と云う、国際秩序に背を向けた例もあるのですが、ただ基本的な違いは後述するように、大統領選を通じて、今もそうですが、いわゆるタブーとされてきたraceへの意識、Identityを鮮明として、言うなれば「人種政治」を訴えた事が功を奏する処、それを「米国第一主義」と結び付けた政治、貿易、更に産業運営が行われている点にあると云うものです。そうした米国の変化を伝えるkey words として挙げられるのが、Identity Politics (政治)、WTO(経済)そしてSilicon Valley (産業)の三つです。

まず、Identity Politics です。これはトランプ大統領の言動に刺激され、人種を意識した、これまでのliberal democracyとは次元を異にする政治、弱者集団の声を代弁する「人種政治」(アイデンテイテイー政治)とされる動きです。とりわけ米国のDemocratic Party(民主党)がこのIdentity Politicsに舵を切りだしたと云われていますが、極めて注目される変化です。元よりこれが米国の政党政治に強い影響を与えると共に他諸国でのポピュリズムにも強く反映する処です。因みに9月9日、スエーデンで行われた議会選挙では「反移民」を掲げる極右・民主党が躍進。更にリベラル思想の旗手とされるドイツで排他主義が広がってきたこと、元よりこうした政治潮流が欧州全体の政治危機に繋がると、その危うさが伝わる処です。 
(注)Identity Politics :何かの属性に起因して社会から奪われた価値を取り戻し、政党に承
 認を得られる状態を実現するための運動と定義されるもの。

次にWTOですが、それは戦後の自由主義貿易の砦とされる、米国が主導してきた多国間協議の国際機関です。にも拘わらずトランプ米政権は、国内産業の復活、雇用機会の確保を理由に、WTOに諮ることもなく輸入規制策を強硬。つまり、当該二国間交渉による関税の見直しを通じて米国の貿易赤字是正を迫るトランプ流Deal 外交戦略ですが、とりわけこれが米中間での関税報復合戦を招来する等、まさにWTOの存在を否定する如きです。戦後の国際秩序の下、培われてきた自由貿易のシステムが壊れだしたと云うべく、その点では環境変化に対応できるWTOへの改革が喫緊の課題となっており、先の論考でも指摘の通りです。

そしてSilicon Valley。世界の技術革新を圧倒的にリードしてきた米国 シリコン・バレーに陰りが出てきたという事態です。9月1日付The Economist誌の特集`Peak Valley’ は極めて刺激的なリポートでしたが、シリコン・バレーの相対的な凋落が、競合する活発な技術拠点の交流を告げるものであるなら歓迎されるべき変化でしょうが、当該陰りとは、世界中で技術革新が難しくなっているのではと、警告を発するものでした。係る事態も例のビザ発給問題に象徴されるトランプ流人種政策が影を落とす処と云うものです。

さて、世界貿易の関税報復合戦(注)は、これまでも当論考で、縷々報告してきた通りで、とりわけ米中の報復合戦はチキンレースの様子を呈し、推移しています。又‘シリコン・バレー’の翳り論も大変な問題ですが、これについてはIdentity Politicsの文脈において捉えていく事も可能です。 そこで今次論考では、三つのkey words の内、Identity Politics をテーマに論じる事とし、更に、そうした環境にあって、今後とも求められる国際秩序とはどのような姿であるべきか、ヨーロッパ最高の知恵と言われるフランスJ.アタリ氏、そしてハーバード大の政治学者G.アリソン教授の著作を介して考察する事としたいと思います。

     (注)トランプDeal 外交の現場(9/24現在):
   ・米欧協議:7月25日、自動車を除き、関税撤廃交渉入り(9月10日交渉再開)
・NAFTA協定交渉:8月27日「米墨改訂合意」、「原産地規則」改訂(実質Buy American)。
賃金条項、自動車数量規制; 8月28日「米加交渉」→ 9/11再開 → NAFTAの行方。
・日米協議:8月9・10日仕切り直し→対日赤字是正圧力とFFR協議(9月24日再開予定)
尚、9月26日、NYで日米首脳会談予定
      ・米中協議:上記通商拡大法232条(安全保障対応)に加え、301条(不公正貿易慣行対応)を
       適用。対中制裁関税の決定― 米対中制裁関税 第1弾~3弾:2,500億ドル、中国の対米
       報復関税:1,100億ドル(8月23日、制裁関税第2弾発動、9月24日、第3弾、発動)
     



            第1章 Identity Politics と 民主主義


(1)Identity Politics と 米民主党の変質

・トランプ政治とIdentity Politics
米国の指導者がいつも戦後秩序の守護神、自由貿易の旗手であって「トランプ大統領が例外」かと云えば必ずしもそうではない事、前述したとおりです。
第37代米大統領、ニクソンは1971年8月15日、「金・ドル為替制度」の廃止と一律10%の輸入課徴金導入の決定、つまりニクソンショックです。その際、彼は次の様に演説しています。「米国は過去25年、欧州やアジアの自立の為に巨額の支援をしてきた。今日、彼らは経済的に強くなったのだから世界の自由を守るために応分の負担をすべきだ。為替相場について米国が手を縛られて競争する必要は何もない」と。

一方、今年2月28日、トランプ大統領は「米国の貿易政策と年次報告」を議会に提出していますがその際のスピーチも、上記ニクソンの口調に似るものでした。つまり「中国や日本、韓国のために膨大なお金が失われた。過去25年と同じままにしてはおけない」と。そして「米国第一主義」の下、貿易赤字の原因を相手国の輸入障壁に求める論理などはまさに、戦後国際秩序に背を向ける姿勢と云うものです。

然し、そうしたトランプ流米国主義がこれまでの政治と一線を画すのが、大統領選を通じて彼が訴えてきたポイントの違いです。つまり、いずれの大統領も「自分なら経済を再建できる」と云わずして当選したリーダーはいませんし、トランプ大統領も同様、貿易戦争にその解を求める形をとっています。ただ彼が大統領選で取った戦術は(今もその延長線上にある処)、そのポイントを明らかに‘人種’(特に低所得の白人労働者)に置いていたことでした。

アメリカ国民の多くは世界と断絶したカントリーにあって幸せに生活ができ、従って友人によれば、彼らにとって中央政治はゲームでありshowでもあったと評するのですが、米国の国力が高い間はともかく、グローバル化に取り残された彼らは、国力の相対的低下に伴って不満を募らせ、それが反自由主義経済に繋がる処ともなってきたというもので、実はそのことにワシントンは鈍感であったと云われています。そこに注目してトランプ氏を当選させたのが、道徳よりも損得を振りかざし選挙参謀をやり遂げたバノン氏で、その彼が照準を合わせたのが白人の低所得労働者であったと云うものですが、その思考様式が‘現在も善’とする空気にある処です。

つまりトランプ大統領の言動に刺激され、前述したように、人種を意識した、これまでのliberal democracyとは次元を異にする政治、弱者集団の声を代弁する「人種政治」(アイデンテイテイー政治)が露わとなり、米国の政党政治に強く影響を与え出したというものです。

さて、アイデンテイテイー政治が進むとなれば、それは‘人種のるつぼ’と言われてきた米国のような国では、社会の分断を招きかねないとの懸念の高まる処、実は民主党、Democratic Partyが, このIdentity Politicsに舵を切った事で注目を呼ぶ処となっているのです。これまでの米国政治にあっては、Minorityは民主党を支持し、共和党は白人票を得てきたとされていますが、トランプ大統領の言動、更には人口構成の変化が、民主党の目を更にMinorityに向けさせていく事になると見られるからです。

・変質する米民主党
Financial TimesのCommentator, Janan Ganesh氏は、この民主党の姿勢の変化について`US Democrats are re-discovering identity politics ―Trump’s conduct in office has sapped that race could be transcended ‘(Aug 16,2018)と題し、次のように指摘するのです。

「‘人種を考慮する政治’と言う点では、共和・民主の両党とも同じスタンスにあり、これまで民族多様化を政治戦略として織り込むことは、白人労働者の支持層を失う事に繋がるとして、両党はそれぞれ「自党の」有権者に訴えてきた。それもほぼ暗黙の訴えだった。とりわけ民主党(の上層部)は、これまで米国民は米国民として扱うべきであって、複数の民族的な集団の集まりとしてみるべきではない、とする合衆国の理念に基づく信念があって、アイデンテイテイーに基づく政治と、国民を一つと捉える思想が示すベクトルは異なるとして距離を置いてきた。然し今,この二つの距離が縮まってきているが、それは選挙戦での配慮からくるものと言え、この姿はトランプ大統領のlegacy「遺産」の一つとして語られるであろう。実際、民主党の有力者の中からも、人種を大義に掲げる人達が現れれている。民主党がこれほど人種を意識する事は88年のJ.ジャクソン牧師以来の事」と云うのです。

つまり、トランプ大統領の行動が、人種の壁は乗り越えられるとする民主党の基本信念を蝕みだした結果、対象者を明示せざるを得なくなってきたことで、両党とも、各民族集団に向けて言葉を尽くして訴えだしたと云い、これこそは新たな「人種政治」と指摘するのです。ただ、「トランプ大統領が去り、共和党がトランプ以前に戻ったなら、民主党もまた、オバマ時代やクリントン時代のように人種問題に対して実務者的な抑制を利かせる姿勢に戻るかもしれないが、この国(米国)にとって恐ろしいのは、共和党と民主党のどちらもが、以前の状態に戻らない場合で、その先にあるのは細かく分断された社会でしかない」と思いつめた様子で締めています。要はこのまま「人種政治」が進むという事は国の分断を意味するばかりと危惧するのですが、やはり気がかりな事と云う他ありません。

(2)Identity Politics は民主主義の危機 - Francis Fukuyama氏の反論

さて米国際政治学者Francis Fukuyama氏 (注)は近着Foreign Affairs (Sep./Oct. 2018) に寄せた論文「Against Identity Politics ― The New Tribalism and the Crisis of Democracy」で、Identityと云う属性をベースとした云うならば同族意識に訴える政治、Identity Politicsは、民主主義にとっての危機だと批判しつつも、これが国としての一体感を図る戦略的機会と受け止めるべきと、そのスタンスは極めてユニークです。そこで以下で、当該論文をレビューすることとします。

     (注) Francis Fukuyama 氏と云えば「歴史の終わり(The End of History and the Last man,1992)」
で世界的に著名な政治学者です。そこでは1991年12月のソ連邦崩壊を以って米ソを2極と
した冷戦構造は瓦解. その結果を民主主義と自由経済の勝利とし、その後は米国を一極として
国際社会の平和と安定が無期限に維持される、とする仮設を展開するものでした。然し,そこで
語られた仮説は、21世紀に入り中国の台頭、ロシアの復権等、更には今日のトランプ政権が進
めるAmerica firstの戦略を受け、その修正が余儀なくされる処です。

まず彼は、21世紀に入ってからの世界経済は、2007-2008の世界金融危機、2009年のユー
ロ危機によって大恐慌をきたし、世界的な高失業と雇用労働者の収入の大幅減少を齎して
いった事で、欧米が主導してきた自由民主主義への信頼を損ねる結果を生んだ。そして驚く
べきは2016年の米英での選挙結果で,英国では有権者はEUからの離脱に賛成投票し、米
国ではトランプ氏が大統領選に勝利した事、つまりpopulist nationalism が勝利した事と云
い、係る展開は経済とテクノロジーの革新的発展でグローバリゼーションの流れが変化し
てきた点に負うものとし、同時に従来見られなかったような現象、rise of identity Politics、
人種政治の招来を生んだと、その経緯を総括し、そうした変化の中で進む米国の2大政党
政治の変質に触れ、次のように語るのです。

つまり、20世紀の政治の大半は経済問題に集約されてきた。 ‘左’陣営は労働組合、社会保
障、分配政策が政策の中心にあり、‘右’陣営は、小さい政府、企業の活性化に政策の中心に
あったが、今日では経済やイデオロギーが問題ではなく、identityが問題となってきたと云
うのです。確かに、多くの民主国家では今、左翼は経済的平等にはそれほど意を用いること
はなく、移民やマイノリテイや難民、女性等々に関心を集め、一方の右翼は伝統的な国家意
識と共に、時に人種や民族意識を強調するように変わってきたことで政治的な焦点がshift
し、いつしか移民問題にフォーカスされる処となっていると云うのです。

もとより、先進国における人口の減少を考えると、移民の受け入れは避けられない事であり、むしろそれを積極的に受入れていくべきで、ただ問題は受け入れた移民を単にチープ・レーバーとすることなく、成長産業に対応していける教育を戦略的に施していくべきで、従ってこれを成長の機会と捉え、移民の戦略的受容を進めていくべきで、それは同時に民主主義をかく乱させているポピュリストたちへの矯正策ともなるとして、ことさら人種にウエイトを置くidentity politics に疑問を呈するのです。 
― People will never stop thinking about themselves and their societies in the identity terms. 
But people’s identities are neither fixed nor necessarily given by birth. Identity can be used to
divide, but it can also be used to unify. That, in the end, will be the remedy for the populist
politics of the present.

要は、今見るトランプ・アメリカの政治は「小さな政府」を標榜する保守派(共和党)と「公
正な富の分配」を唱えてきたリベラル派との政策上の対立のように見えるが、Fukuyama氏
は従来のような「パイ」を巡る経済闘争でもなければ、イデオロギー闘争でもないとするも
のです。言い換えると、この政治闘争は物質的な利益を巡る対立と云うよりも自らの存在を
社会に認識させようとするアイデンテイテイ闘争だという事でしょうか。彼はこうした現実
をIdentity Politicsと表現しているという事のようですが、であればIdentity Politicsとは
「アイデンテイを巡る政治闘争」とでも訳すべきかとも思料する処です。
因みに日本でのIdentity Politicsと云えば「中央政府の意向は関係ない。要は沖縄県民の意志」として、All Okinawaのスローガンを掲げ沖縄知事選に勝利した故翁長氏こそは、その最たる事例ではと思料される処です。その後任の沖縄県知事選は9月30日に行われます。

尚、9月11日、ニューヨークでは当該論文を拡充した新著「Identity: The Demand for Dignity
and the Politics of Resentment (尊厳への要求と憤りの政治)」が発売されたとインターネッ
トで承知しました。さぞ更ななる話題を呼ぶ処かと思料するのですが、この際思い出すのは
彼の言です。「現状を改善するための特効薬薬はない。・・インターネットの登場でエリート
はその影響力を失いつつある。民主主義というものは恐らくある程度エリートがコントロ
ールしなければ正常には機能しないと思う」と。[Democracy needs Elite (民主主義はエリ
ートを必要としている)]

`Identity Politics’を巡る政治の現実を語るFinancial Times とF. Fukuyama氏のIdentity Politicsへの理解のスタンスの違いに痛く感じさせられる処です。


第2章 リベラルな国際秩序の行方


現時点で痛感される事は、政治も企業も、米国のみならず他諸国もトランプ流に振り回
され、長期の視野を見失いつつあることではと思料するのです。つまり liberal democracy
の今後をどう考えて行けばいいのか、「国際ルールに基づくリベラルな秩序」への危機感が
募る処、そうしたテーマに迫る有為な文献、二つが今、手許にあります。

一つは、フランスのジャック・アタリ氏の最近刊「新世界秩序」(山本規雄訳, 作品社2018/7)
です。彼は周知の通り、ヨーロッパ最高の知恵と言われ、ドイツ再統一、EU成立を実現さ
せた陰の立役者と言われ、ベルリンの壁崩壊後の東ヨーロッパ復興を目的とした「ヨーロッ
パ復興開発銀行」初代総裁にもあった仁です。同書でJ.アタリ氏は、グローバル化が齎した
欠陥が、不平等の拡大、環境破壊、宗教原理主義、ポピュリズムの台頭など目に見える形で
露わになったいま、どのようにして「新秩序」が形成されることになるか、「古代・中世の
世界秩序」、そして資本主義による「世界秩序の進展」について歴史的史観を以ってレビュ
ーし、「世界秩序の現在」更に「21世紀の新世界秩序」について、そのあるべき方向につい
て語るものです。

もう一つは、「リベラルな国際秩序」について、ハーバード大学のG.アリソン教授(注)が日本版フォーリン・アフェアーズ・リポート(2018,N0.8 )に寄稿した論考「多様性を受け入れる秩序へ -リベラルな国際秩序と云う幻」です。そこでは巷間、リベラルな国際秩序として指摘される三つのコンセンサスを整理し、それらの持つ誤謬を指摘した上で、1963年にJ.F.ケネデイがアメリカン大学の卒業式でおこなったスピーチをリフアーし、自由主義国家であれ、非自由主義国家であれ、「多様性を受け入れる」世界秩序を維持することで十分ではと、主張するものです。

     (注) Graham Allison : ハーバード・ケネデイ・スクール初代院長。レーガン~オバマ政権
      の歴代国防長官の顧問を務める。現在の米中関係について、‘ツキデイデスの罠’から逃れる事
は現実的に可能として、両国が戦争に落ちらないことを指摘した仁です。

そこで以下では、この二つの文献を介して、戦後(1945年~)から今日に至る国際秩序の在り姿をレビューし、トランプ米大統領の台頭が齎している、いわゆる‘混乱’が進む中、今後の秩序とはどうあるべきなか、その方向について考察することしたいと思います。

(1)戦後「国際秩序」生成の生業

・戦後国際秩序としての‘国連’誕生
第二次世界大戦終結1年前の1944年2月、米法学会が招集した専門委員会で、人間の基本的権利に関する報告書「世界人権宣言」が策定され、1944年4月19日、ローズベルト米大統領はこう宣言しています。 「持続的な平和の条件は、経済に関する制度が健全に組織され、人間的な労働、社会的地位の向上、正規雇用、然るべき生活の保障によってそれが強化されない限り、確保されない」と。ローズベルトにとって、平和の中でも経済的次元はアメリカ流のグローバル化を意味する処です。

同じ頃、ニューハンプシャー州の小さな町ブレトンウッズで、大西洋憲章(注)で予告された国際金融機関設置に関する交渉がアメリカ代表の財務次官補ハリー・デクス・ホワイト、イギルス代表団に参加していたジョン・メイナード・ケインズとの間で交渉が行われ、紆余曲折、最終的に国際金融基金(IMF)の設立が決定されています。この基金の使命は周知の通りで、世界レベルで貿易収支の均衡を促すこと、通貨に関して国際的な協働関係を作ること、為替相場の安定をはかること、多国間決済制度創設を援助すること、収支悪化に苦しんでいる国に融資すること、でした。そして世界中央銀行として国際復興開発銀行(世界銀行)が創設され、IMFと共にその本部はワシントンDC、ホワイトハウスからほんの数メートルの位置に構えることになった事で以後、世界の金融政策をワシントン・コンセンサスと称せられる処です。
        
(注) 大西洋憲章:1941年8月14日、米ローズベルト大統領と英国チャーチル首相と
の共同宣言で、第2次大戦後の平和回復のための基本原則(自由貿易の拡大、経済協力
の発展、安全保障のための仕組みの必要、等)を纏めたもので42年1月1日の連合国共
同宣言にも取り入れられた。尚、交渉が北大西洋上の英軍艦(Prince of Wales 号)と米
巡洋艦(Augusta号)上で行われた事で、一般に大西洋憲章(Atlantic Charter )と呼ぶ。

・国連常任理事国
一方、1944年8月21日ワシントンDCのダンバートンオークスという名の邸宅では、米英、ソビエト連邦、中国の間で国際連合設立のための会合が開かれています。そして新設の国際組織(国連)が十分な効力を持つよう、総会より上位に安全保障理事会を置き、その決議だけが法的拘束力を持つものとしたのです。その狙いは、手中にある世界統治が別の国に逃げていかないよう米国は安全保障理事会に拒否権を持たせる事とし、ダンバートンオークスに集まった3か国にもその権限を付与し常任理事国としたのです。果せるかな、1945年10月24日、51か国に署名され、国連憲章の発効を以って戦後世界の秩序へのシナリオがスタートしたのです。その際、フランスもなんとか常任理事国に滑り込むことに成功していますが、それは英国がソビエト連邦に対抗してヨーロッパ大陸の安全を確保するためには、フランスが必要との判断にあったと云われています。この間いくつもの国連専門機関が生まれていますが、米国は、自分たちが最も「重大」と見なす組織(IMF,世銀、GATT)については国連総会の支配下に置かないよう細心の注意を払い、それら組織の中枢に特殊な内部統制機能を残したままとして、自分達がその中枢の権力を完全に手中に収めたという事です。

・冷戦の終焉
一見、順調なスタートに見えた国連ですが、1947年スターリンがコミンテルの後身としてコミンフォルム(共産党・労働者党情報局)を新設、49年にはソビエト連邦が核保有国になるや、米国とソ連の間の「冷戦」は苛烈なまでに進行しましたが、1989年11月9日のベルリンの壁撤去に象徴されるソ連邦の崩壊で冷戦に終止符が打たれ、更に91年7月にはゴルバチョフが無策にもG7ロンドン・サミットに出席、それがモスクワでの彼の信用が失墜、保守派分子に因るクーデタを促し、更にソ連邦の解体を招くことになると共に史上初めて国際機関に「グローバル・ガバナンス」の表現が登場したのです。まさに‘冷戦’の終わりです。米国は唯一の超大国となり、「一極支配の時代」が云々され、冷戦後の世界を「新世界秩序」として語られるようになり、前述のFukuyama氏の「歴史の終わり」が始まるのですが、その仮説が修正を余儀なくされていく事情は先に見た通りです。

・J.アタリ氏の信念
J.アタリ氏は上記、世界の統治環境に照らし、なお信念を曲げずに現状を粘り強く改革していく事で、その先に将来の姿も浮かび上がってくる、「民主主義的な世界秩序」(世界統治機関)の方向に進む以外にないと、主張します。とすれば‘国際的な正当性と法の支配の象徴’である国連を強化していく事が具体的課題と映ります。ただ、実践的な力と強さを体現できる米国がトランプ政権の下、国連を忌避し、プーチン・ロシアも挑戦的姿勢にあるだけに、soft powerを発揮する民主主義の国が受け身の姿勢を取っていては、国際秩序は粗暴な力によって形作られかねません。そこで民主主義諸国が協力関係を強めることが不可避となる処です。そして何よりも重要な事は、8月に亡くなった前国連事務総長コフィー・アナン氏に代わる人物の確保です。 尤もこれら流れも、11月の米中間選挙次第ではと思うのですが。

(2)「多様性を受け入れる」秩序

・リベラルな秩序
さて、ハーバード大のG.アリソン教授は、リベラルな国際秩序を巡るコンセンサスとされる理解には誤解が多いと指摘するのです。

まず、「リベラルな秩序」を、この70年に及ぶ大国間の「長い平和」を実現した最大の前提と見なす考え方について、「長い平和」はリベラルな秩序の賜物ではなく、45年に及んだ冷戦期における米ソ間の危険なパワーバランスに負う平和であり、それは冷戦秩序だったと一刀両断です。アメリカは西ヨーロッパ再建の為にマーシャル・プランを実施し、IMFと世銀を創設し、世界の繁栄を促すためGATTを纏め、そして西ヨーロッパおよび日本との積極的な協力関係を維持するために、NATOを創設し、日米同盟を築いたが、これら構想はソビエットの打倒を最大の目的とする秩序を支える支柱となるものだったと云い、逆に言えばソビエトの脅威がなければそうした構想は必要なかったと云うのです。

そしてソビエトの崩壊、ロシアのボリス・エリツエン大統領による「共産主義を葬り去る」キャンペーンを経てアメリカは勝利し、一方、自由を手にした東欧市民は、市場経済と民主主義を受け入れ、ジョージ・H・Wブッシュは「新世界秩序」を宣言。その後アメリカは「関与と拡大」の旗印の下、リベラルな秩序への参加を求める各国を歓迎していったことで冷戦の終結がアメリカの一極支配を齎し、リベラルな秩序はその副産物だったとするのです。

ただ、冷戦終結が齎したのが「一極支配の時代」ではなく、「一極支配の瞬間」だったことが今や明らかと。つまり今日、権威主義の中国が華々しく台頭し、多くの分野でアメリカのライバルとなり、様々の領域でアメリカ以上の力を持つようになった事、また強引で非自由主義的なロシアが核の超大国として復活し、軍事力を用いてヨーロッパの国境線や中東における力の均衡を揺るがさんとする中、アメリカの衰退をそこに見ると云うもので、この衰退は「アメリカのリーダーシップ」という言葉の持つ説得力を奪っていると云うのです。前述、Fukushima氏が言う「歴史の終焉」は、終わったと云う処です。

アメリカが生き残るには外国とのより深いかかわりが必要と結論付けたのは、大恐慌と第2次世界大戦の直後だけで、ソビエトが世界の脅威となる帝国を建設しようとしていると認識したが故に、戦略家たちは冷戦を戦うための同盟と制度・機構を構築し、これを維持してきたが、それはトルーマン政権が纏めた冷戦戦略、国家安全保障政策文書、NSC-68(月例論考8月号参照)にあるように、その取り組みの目的は「基本的な制度と価値観を損なうことなく自由国家アメリカを維持していく事」にあった、つまり米国の世界関与を促したのは、自由主義を世界に拡大したい、国際秩序を構築したいと云う思いからではなく、国内でリベラルな民主主義を守るための必要性に駆られての事だったと断じるのです。

・JFKの示唆
世界におけるアメリカンパワーの衰退、米政府の機能不全が囁かれる中、民主的統治の価値を信じるアメリカ人にとって大きな課題は、まさに国内で機能する民主主義を再建することに他ならないと。幸い、その点では、中国人やロシア人、その他の国の人々にアメリカ人の自由思想を受け入れてもらう必要はなく、他国の政治制度を民主体制にと迫る必要もなくなった環境にあっては、前述したように、ケネデイが1963年、アメリカン大学で行ったスピーチ同様、「多様性を受け入れる」世界秩序を維持するだけで十分ではないかと、主張するのです。つまり、他国には統治についてアメリカと異なる考え方があり、彼ら自身のルールにもとづく国際秩序を構築しようとしている現実に合わせ、アメリカの国外での取り組みを変えて行けばいい事と、云うのです。

但しこうした多様性を受け入れることが出来る最低限の秩序を実現するにも、現在の社会通念を遥かに超える戦略的想像力が必要となると云うのです。それは米外交官、ジョージ・ケナン(注)が作り挙げた冷戦戦略が、1946年のワシントン・コンセンサスを遥かに超えていたようにと、云うのですが、さていかなる戦略が予想できると云うものでしょうか。

     (注)G. Kennan::1946年モスクワ米大使館代理大使にあったケナンは当時のソ連の行動を分
析し「長文の電報」でワシントンに報告したことで有名な外交官で、事後、以ってトルーマン
米国の冷戦外交の基本方針とされ、ソ連封じ込め政策の立役者とされる仁。

要は、アタリ氏の信念たるグローバルな秩序構築を目指すべき事。一方アリソン氏が示唆するように各国はそれぞれの事情に即した秩序対応を進めるとして、それでもやはり重要なことはグローバル秩序との合理的な接点づくりではと思料する処です。


おわりに 安倍晋三氏の自民党総裁3選に思う

         
・民主主義政治の基本は‘プロセス’
9月20日、安倍首相は自民党総裁選で3選を果たしました。安倍氏の勝利は、経済の好調、外交での実績と、党もメデイアの多くも指摘する処です。確かに、異次元緩和策に代表されるアベノミクスで市場は円安、株高となり、多くの企業は増収増益。有効求人倍率はバブル波の水準まで回復。従って安倍政権の継続は政策の安定と、市場からは大いに評価される処でしょうし、外交についてもG7では最古参リーダーとして彼への信頼感は高まっており、これが日本への信頼感に繋がってるという事でしょうか。

然し、総裁選を通じて、アベノミクスの出口戦略が取りざたされるようになった今、望ましい経済政策の議論は深まることもなく、安倍氏は唯々「戦後日本外交の総決算」だ、「憲法改正を任期中に」と叫んでいます。とりわけ憲法改正については、何故改正が必要なのか、その緊急度は?ですが、国の屋台骨たる憲法の改正ながら、そのking pinたる国家観が示される事もなく、云うならば思い込みだけで動く姿と映る処です。それは先の‘蕎麦屋談義’で終始した国会運営で見せた彼の限りなく不誠実な姿を映す処と云うものです。 因みに総裁選では、安倍氏は党員・党友による地方票と国会議員票、併せて807票中553票、7割近い得票を得たと誇示しています。然し、地方票では安倍氏の224票に対し、石破氏のそれは181票と当初の予想を上回る結果でしたが、それは在京の国会議員票はともかく、地方ではアベ批判が高まっている事を物語る処です。彼はそうした党内批判に意を介することもなく、要は不都合な事実には蓋をするが如き振舞いですが、より気になる事は、選挙戦最終日の秋葉原での街頭演説では、公共の場で行われていたにも不拘、安倍支持の市民以外はその場から排除するような整理が行われていた事です。安倍政治の不具合さを露わとする処です。

こうした安倍政治の実像に接する時、痛感させられる事は、 ‘数’が決定するのが民主主義とする姿が透けて見えてくることです。民主政治とは、国民の意見を広く重ね、万機公論を以って政策決定がなされるべきが筋であり、まさに「プロセス」にその本質があるのです。彼の政治行動は、そうした事への不安を募らせる処です。そこで、そうした事への対抗として、この際はこれまでの政策を総棚卸し、国民に見える形で政策の再整備を図り、以って日本の指針を明示していくこととすべきと、思いを痛くする次第です。

・創刊175年の英経済誌‘The Economist’
序でながら、先週届いたThe Economist( Sept. 15~21) は創刊175年(1843~2018)を祝すものでした。同誌は、1843年9月、スコトランド出身のJames Wilsonが立ち上げた経済誌ですが、その特集記事によると彼が目標としたのはfree trade, free marketsそしてlimited governmentで、その拠って立つのがliberalismだったというのです。そのliberalismから一歩も引くことなく今日に至ったその歴史が、世界が誇る経済誌たらしめてきたと云うものです。同誌はこの175年を機に、改めて創業の理念を忘れることなく、wariness, optimism, purposeの3点、つまり変化を常に注視し、常に前向きに、そして目標を曖昧とすることなきを基本原則として、次の175年に臨んでいくと、意気込みを伝えています。期待する処です。この175年の内、凡そ50余年、筆者も大いにお世話になってきました。そこで改めて祝意を表したいと思います。 `Congratulations on the Economist’s 175th anniversary ‘
                                   以 上
(2018/9/26記)
posted by 林川眞善 at 17:28| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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