2018年08月29日

2018年9月号  トランプDeal外交と対峙する世界 自由貿易の行方と、世界貿易体制 - 林川眞善

目  次
         
序 章  米経済とトランプDeal外交       

(1)米経済成長と自由貿易体制
 ・トランプ政策リスク
 ・グローバル経済と揺れる自由貿易
(2)トランプDeal外交の現場の今
 ・米欧貿易交渉は休戦状態              
 ・日米貿易交渉は仕切り直し
・米中’摩擦‘は今や、‘貿易戦争’            

第1章  米中貿易摩擦の実相

(1)米国の対中貿易赤字の推移
 ・米中包括経済対話メカニズム 
・対中制裁関税措置の実施             
(2)米中貿易戦争の真相 - 米国の不満と不安
 ・米中貿易戦争は無期限?

第2章  自由貿易体制と日本の針路

(1)自由貿易とWTO
 ・WTO改革へのシナリオ
(2)日本の針路

おわりに  Mr. Thomas Friedman, Again       
 ・2018年度経済白書   
                
     

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序 章  米経済とトランプDeal外交

(1) 米経済成長と自由貿易体制

7月27日、米商務省が公表した第2四半期(4~6月期)の実質GDP(速報値)は、個人消費、設備投資の好調を映し、前期比年率換算で4.1%増、前期の2.2%から大幅に加速、約4年振りの高い成長でした。元よりトランプ政権が実施した大型減税措置に負うものですが、まさに米経済は主要国で「一人勝ち」に近い状況を呈する処です。勿論トランプ氏は、その結果に興奮、数値が発表されるや勝利宣言もどきにGDP成長の成果は全世界の垂涎の的と云い放っています。まるでTrump 商店のCEOっていった様相です。

`This is an economic turnaround of historic importance. These numbers are very, very sustainable . This isn’t a one-time shot, predicting `outstanding’ third quarter growth. We’ve turned it all around. We are the economic envy of the entire world.‘ ( Financial Times, July 28~29 )

それに先立つ7月6日、発表の6月雇用統計(速報値)では景気動向を敏感に映す非農業部門の雇用者数が前月比21.3万人増で、雇用環境に底打ち感が出たとされる処です。彼は大統領選公約に「米国に雇用を取り戻す」としていましたが、以って、今秋の中間選挙に向け勢いを得る処です。 以前、日経コメンテーターの菅野幹雄氏がAmerica firstの一言を以って、戦後米国が築いてきた秩序を崩し始めている様相を、ワシントンで目撃する ‘倒錯の構図’ とし、「深刻に感じるのは、戦後秩序の危うい変調と裏腹に、米国世論に ‘トランプ流’ への評価が芽生えているように見えることだ」(日経 5月23日)と記していた事を思い出すのですが、その状況は更に深まる様相に、極めて気がかりと云うものです。

・トランプ政策リスク
ではそうした米経済の先行きは?となると、全く予断を許す状況にはありません。問題はずばりトランプ政策リスクです。云うまでもなくトランプ政権が進める保護主義政策です。とりわけ米中二大経済大国間で、自国への打撃を顧みずに強行する関税報復合戦はまさに米中貿易戦争の様相を呈すると共に、「トランプvs習近平」の構図を一層鮮明とする処です。そして後述するように、貿易戦争がいまや第2幕入りするや、グローバル企業が築いたサプライチェーンにヒビが入り、世界の自由貿易体制を大きく揺らぐという事態を招くなどで、世界経済の先行きにも暗い影をおとす処です。

戦後、世界経済は自由貿易を通じて相互依存を高める形で発展してきました。その中核にあるのが、米国が主導してきたWTO(World Trade Organization)という枠組みです。そして、その恩恵を受けてきたのが何よりも米国でした。然しその米国は今、国家安全保障を名目に、貿易相手国を一方的な制裁で威嚇する戦術を擁し、力ずくで2国間の取引に引きずり込み自国貿易インバランスを是正せんとしています。そうした行動様式は、WTOを中心とした自由貿易体制の崩壊を意味し、世界経済の先行きに大きな不安と不確実性を高める処、まさにそれは‘揺れる自由貿易’ を映す処です。しかし、そのトランプ政策が現下の米経済の好調を齎しているとなると、まさに不合理な政策の効果に歓喜するアメリカと映る処です。

ではこの大国の身勝手な振舞いにどう歯止めを掛けることが出来るかです。まずそのためには透明な共通ルールの維持確保が欠かせません。その任にあるのがこの多国間枠組みの要であるWTOです。WTOは貿易紛争を解決し、報復措置の応酬と言った事態を防ぐ役割を担っているのですが、トランプ政権はそんなことにはお構いなく、自国が不公平な扱いを受けているとして、WTO紛争処理の最終審に相当する上級委員会の委員の任命をも阻止したままにあり(上級委員の定数は7人。各訴訟の判断は3人で決める。現在3人が任期満了で退任したままにある)、時にトランプ氏はWTOからの脱退をほのめかす状況です。 一方、中国にはWTOの強制力の弱さを見透かして、経済の自由化や知的財産侵害の対処を先送りしてきたとの見方が根強い事情をも併せ考えると、WTO機能の強化、その為の体制の見直しへの挑戦が不可避となる処です。

・グローバル経済と‘揺れる自由貿易’
序でながら、トランプ政権が進める保護主義政策の結果として、国際貿易の現状を巷間、‘揺れる自由貿易’云々と評されること多々ですが、実は、多国間貿易体制は、かなり前からグローバル経済の構造的変化が進む事で問題を抱え、今日に至っているのです。その構造変化とは、中国の台頭であり、経済のデイジタル化であり、この二つがもたらした経済的、政治的な混乱が齎している変化で、トランプ保護主義政策とはそうしたcontextの中で浮上してきたものです。従って、トランプ政権が終わったからと云って多国主義の秩序が復活するとは言い難く、とりわけ貿易政策が国家安全保障とリンクしだした点で、そう見るのはnaiveだとFinancial TimesのRana Foroohar氏は断じる処です。(`Trump trades on the protectionist mood’ The Financial Times, June 11)

言いかえれば、市場原理、民主主義、そしてテクノロジーが入り混じって創り上げられてきたグローバリズムの規範が今、大きく揺れ動く状況にあって、自由貿易もそれに共振する形で揺れているというもので、自由貿易ひとりが揺れているわけではないということです。従って自由貿易の行方を云々する上で、かかる生業への理解と認識が不可避とされるのです。とは言え気がかりは、トランプ主導のdeal 外交の現場です。

(2) トランプDeal外交の現場の今 

・米欧貿易交渉は休戦状態
まず、7月25日、米欧間の関税交渉につき、トランプ大統領はワシントンでEUユンケル委員長との首脳会談を行っています。その結果は、貿易交渉は高官協議の枠組みを設ける事、そして自動車を除く工業製品の関税撤廃や、米国産の大豆やLNGの対EU輸出拡大に向けた関税交渉を始めることで合意がなり、ひとまず米欧貿易戦争の戦線拡大は免れ、言うなれば「休戦」状態に入っています。まずは米国とEUが激突を避け、緊張緩和に動いたという事でしょうか。昨日までEUを ‘Foe’(敵) としていたトランプ氏は一夜開けた今、‘great friend’(親友)と豹変です。それはEUにとっても次なる展開を促す処です。

因みに7月16日行われたEU-China summit(李克強首相、トウースク大統領)会議では、WTO の枠組みと多国間主義を貿易政策の基本とすることで双方一致したとされています。これを米政治評論家のIan Bremmer氏はunusually sunny summitと呼び、トランプの対中貿易圧力は、一見、米生産者にプラスと見せかけており、少なくとも2020年の大統領選まではその行動は続けるだろうが、こうした対中姿勢は欧州製品にとり大いなる機会となる処、EUはトランプの貿易戦争から身を守るためにlook east、東アジアを向きだしたと評するのです。( `The EU looks east to shield itself from the fallout of Trump’s trade war ‘ ,TIME, July 30)

・日米貿易協議は仕切り直し
二国間交渉で注目されるのが日米関係の行方です。初の日米閣僚級の貿易協議(FFR:Free, Fair, Reciprocate)が8月9・10日、ワシントンで開かれています。これは今年4月の日米首脳会談で合意した枠組みを以って行われたものでしたが、当該協議は、米側が自由貿易協定(FTA)を念頭に2国間交渉入りを求めたに対し、TPPを抱え多国間協定を主張する日本の立ち場との溝は埋まらず、ただし、中国を念頭に知財の侵害問題で連携する方針では一致したのですが、9月予定の第2回会議で成果を出すことで仕切り直しとなっています。

そこで心配は、日本がこのFFRへの対応に追われ、自由貿易圏を広げる取り組みが滞りかねない点です。日本は「TPP11」やEUとのEPAの早期発効に努力し、RCEPの交渉妥結を主導する立場にある筈です。勿論、米国との摩擦を和らげ、良好な関係を維持することは重要です。が、それにとどまらず、保護貿易の世界的な拡散を防ぐ責任もある処です(後出、日本の針路)。そこで、自由貿易の原則を曲げない日米協議となるよう期待する処です。

・米中‘摩擦’は今や、‘貿易戦争’
一方、米中関係は深刻さを深めるなか、8月1日、トランプ大統領は対中制裁の第3弾として、2000億ドル相当の中国製品を対象に輸入関税率の25%への引き上げにつき検討を指示しています。(実施は9月5日)一方、この第3弾の米国の制裁措置に対して、中国は8月3日、600億ドル分の米国製品に追加関税をかけると、再び報復措置を発表しましたが、米中の貿易戦争は報復が報復を呼び泥沼の様相を呈する処です。 

が、米中の第3弾をみると、米国の2000億ドルに対し、中国が600億ドル分の報復リストしか示せなかったことは中国の手詰まり感を映す処です。 つまり、トランプ政権の制裁対象は第1~3弾を合わせて2500億ドル。これは中国からの年間輸入総額(約5000億ドル)の半分。一方、中国の制裁対象は計1100億ドルで、米国からの輸入総額(約1300億ドル)の8割を超えています。それが意味することは、米国はなお報復合戦を続ける余地がある一方、中国は撃ち返す弾が底を突き始めたと云えそうです。(注)

(注) 北載河会議:上述、撃ち返す弾が底をつき始める中、報復措置を発表した中国の政治的
事情は、実は「北載河会議」を控えていた為とされています。この会議は毎夏、河北省の保
養地、北載河で習近平主席他、共産党幹部や長老らが集まり、国政の重要課題について話し
合う場とされるものですが、非公開のため、正式に報道されることはありません。ただ要人
の動静を以って会議の開催を推測すると云ったもので、8月3日、習近平氏が北載河入りし
たことから、会議が始まったと推測される処です。要はそこで、習指導部が米国になんら対
抗策を打ち出せなければ「弱腰」批判が起きかねない、それを避けるため「弾切れ」を覚悟で
反撃に出たとの見方が流布され、であれば米中摩擦はまさにチキンレースと映る処です。

それでもトランプ陣営はもとより、習陣営も引く姿勢もなく持久戦の様相を強めるばかりです。果たせるかな8月23日、双方共に第2弾の追加関税措置の発動を実施、米中貿易戦争は実質、第2幕入りです。


そこで以下、第1章では、トランプDeal外交の現場として、米中摩擦にfocusし、その実状を改めてレビューし、第2章では、自由貿易の立て直しを探る趣旨から、WTOの改革の可能性を考察していきます。偶々The Economist(July 21~27)は「A plan to save the WTO― Global trade is in grave danger. But there is still a chance of a rescue」 と題する巻頭論考で、その改善に向けたアイデイアを示しています。そこで当該論考を読み込み、その可能性を考察することとします。まさにトランプ旋風を奇禍としてWTOの改革を目指せと云うものです。 そして、新たな国際環境に向き合う日本の針路の如何について、併せて考察することとします。要はトランプ外交と如何に対峙していくか、です。




第1章 米中貿易摩擦の実相

(1) 米国の対中貿易赤字の推移

まず、近時、今日に至る米中貿易摩擦の推移を時系列を以って簡単にレビューしておきます。
2008年以降、米国の景気の回復を受け、米国の輸入需要は急速に拡大、とりわけ中国からの輸入増による米国の対中赤字は、全赤字の5割を占めるに至り、トランプ氏はこの輸入増が米国労働者のジョッブを奪っているとして中国を敵視し、対中貿易インバランスを「不公平だ」と再三槍玉に挙げ、大統領選では、その改善を公約の一つとしていたのです。(注)

(注)米国の貿易赤字
1.米国の国別貿易赤字額(2017年4月公表、2016年の通関ベース、米商務省統計)
・対中:3470億ドル(内、自動車関連:69億ドル)
・対日:689億ドル (内、仝上:526億ドル)
・対独:649億ドル (内、仝上:236億ドル)
2.過去30年間(1990/2016)における米国貿易における赤字の国別比率(米商務省統計)
―貿易構造の構造変化が鮮明に映る処です。
 日本  中国  ドイツ メキシコ  (各%)
        1990  40.4 10.3 9.2 1.8
      2016 9.4 47.3 8.8 8.6

・米中「包括経済対話メカニズム」
2017年4月7日、習主席が訪米時、貿易不均衡解消のため「米中包括経済対話メカニズム」の立ち上げが両首脳会談で合意され、米国の対中輸出拡大100項目が取り決められたのですが、同年7月に行われた閣僚級による「包括経済対話メカニズム」での交渉はなんら進展なく頓挫。これに対して同年8月、トランプ政権は「米国通商法スーパー301条」に基づく調査を開始していますが、9月18日、R.ライトハイザーUSTR代表は講演の中で「外国企業が中国進出時、技術移転を強要し、その上で、不公正な補助金で輸出促進をしている事は国際的な貿易体制の脅威」と主張していたのです。勿論、中国政府(高峰報道官)は中国政府が企業間取引に関与することはないと反論です。 2017年11月19日、トランプ大統領訪中時、両国首脳会談で、対中貿易赤字削減の為として総額2535億ドルの商談が調印されたとされていますが、その殆どは‘覚書’や‘協議書’といった類のものとされています。

・対中制裁関税措置の実施
2018年1月12日、中国政府は2017年の対米黒字は2758億ドルと公表。(米中統計には大きな差が認められますが、過去最高を更新した事は、間違いない処です)
この事で2018年3月23日、トランプ政権は鉄鋼、アルミへの追加関税措置を発動、更に前述、2度の追加措置を進めて、今日に至っている処です。

ただこの間、米中貿易協議が米・中と2回(1回目は18年5月3・4日、於北京、2回目は18年5月17・18日、於ワシントン)行われていますが、問題は、この2国間協議の前に米側から提示された協議の「枠組み草案」に盛られた内容「米国が中国に要求する行動」(注)がまるでultimatum, 最後通告とも言え、まさに米中摩擦が貿易戦争に転じた瞬間と、映るものでした。
(注)米国が中国に要求する行動(月例論考2018年6月号)
         ・中国は2018年6月1日から12月の簡易対米貿易黒字を1000億ドル削減する事
         ・2019年6月1日から12か月お間に更に1000億ドル削減する事
         ・過剰生産を助長する「市場をゆがめる補助金」は全て即刻廃止する事。外資の対中進
出にあたって技術移転を求める慣行を撤廃する事。

果せるかな中国が米製品の輸入を増やすと表明し、米側は一旦、矛を収める形で米中貿易協議は終わり、今日に至っています。それは米側代表のムニューシン財務長官が「貿易戦争は当面留保する」と明言したことにあるのですが、当時6月12日の米朝会談を控え、金正恩氏の後見役にあった習氏の協力確保を狙った行動と云え、まさにレジームの交叉を感じさせられる処です。

(2)米中貿易戦争の真相 - 米国の不満と不安

・対中不満の真相
米中貿易戦争こそは、揺らぐ自由貿易の象徴的事件とされる処ですが、元をただせば、2001年、米国の支援を受けて中国はWTOに加盟した事に始まるもので、実は、中国のWTO加盟で欧米諸国は、中国が市場経済を指向するようになると期待していたのです。が、そうはならなかったことが、そもそもの対中不満のベースにあると云うものです。

それは自由貿易を主張する上で前提となる市場経済の基盤がどこまで整っているかという事ですが、具体的には、序章でも触れた通り、WTO加盟後の中国の行動様式が、重商主義的行動を強化する形で進んできていることにあり、具体的には中国の国有企業や不透明な巨額の補助金などが、鉄鋼などのコモデイテイーの供給過剰を齎し、市場をゆがめてきたとする点で、米国はもとより欧州諸国も批判する処です。
又、中国進出外資に対しては厳しい規制を掛けると同時に、市場参入の見返りに知的財産の譲渡を要求するなどで、そうした中国の行為が、既存のルールを以って制御できないままに今日に至っているのです。要は、そうした重商主義的行為が、市場経済国間で起きるダンピングなどを巡る紛争よりも、はるかに大きな規模で貿易を歪めてきている事、又それをWTOの設計上、処理しきれるようなものではなくなっている事で、米国のみならず他国から、深い疑念が齎されているのです。

・対中不安の真相
もう一つ、前月号月例論考でも指摘したように、トランプ政権の制裁目標が習近平主席が国家戦略として進める「中国製造2025」に向けられている点、これこそは米側が抱く対中懸念が集約される処です。つまり、トランプ政権は対中制裁の理由として、「米国のハイテク技術を盗んでいること」、「中国への進出外国企業に対して技術移転を強要していること」、「中国のハイテク企業に多額の補助金を出していること」など挙げています。こうした行為は高度な技術等開発を通じて超産業国家を目指さんとする「中国製造2025」が、その元凶にあるとして、その撤廃を求めんとするものです。つまり、米国としては、AIなどのデイジタル覇権が奪われ、産業だけでなく、軍事の優位までひっくり返されてしまう展開をおそれると云うもので、米中貿易戦争は、デイジタル帝国の米国の座を奪うとする中国に仕掛けた、まさに「覇権戦争」とも映る処です。

これも、元をただせばWTOルールに係る「不公正」な行動を映す処、中国がこの点を改めない限り、対中赤字が改善しても米国は制裁を緩めることはないと、見られる所以です。
因みに、Financial TimesのCommentater、Edward Luce氏は、トランプ政権は先の米欧交渉では関税撤廃交渉入りで合意したことで、ゆとりを持って対中攻勢をかけていく事が想定されるとしながら、次の3点を以って米国の対中圧力が進むと指摘するのです。(`Trump gives himself more leeway to engage in China-bashing’ , Financial Times July 27)

つまり、その一つは2016年の大統領選での経験から、中間選挙を控え、再び低所得白人労働者を対象に、中国批判を高めたいとする衝動に駆られていると云うのです。要は米国内政治事情です。もう一つは地政学的要因です。6月12日の米朝首脳会談で米朝関係が融解した事で、米国は対中圧力を自在に強化できるポジションを得たこと。また、トランプ氏の対イラン政策においても中国は気にくわない存在となるもので、前回イランが孤立していた時機には、中国が頼みの綱だったが、今回はトランプ氏に対してdefiance、歯向かう形になるだろうと云うのです。そして三つ目として挙げるのがlack of Chinese flexibility,柔軟性に欠ける中国のかたくなな態度のなせるわざと云うものです。つまり欧州の対米貿易黒字は中国の半分にも及ばない。両者の市場は既に比較的開かれている。つまり、その意思さえあれば、創造的な交渉を行う余地はあるが、これとは対照的に、中国のスタンスはtheological , 神学的で、トランプ政権が迫る習氏が経済戦略とする「中国製造 2025」は、中国のnational identityにとっての台湾と同様の位置づけにあり、従って交渉の余地などはない。つまり、「中国2025」の撤回に圧力をかけていくと見るのです。

では米中衝突は不可避か、となると、答えはノーだと。勿論、今ではそうした事態は想定しやすくなってきてはいる処、習氏はおそらくwaiting game, 待ちの戦術を取るだろうとして、`He will find opportunities to let Mr. Trump declare cosmetic wins.‘と云うのです。
だが ‘But his margin for error is shrinking’ 「ミスが許される範囲は小さくなっている」と、つまりトランプ氏はじっくりと好機を待つタイプの大統領ではないから、と締めるのです。米中関係の今後を計る上での視点を与えると云うものです。

・米中貿易戦争は無期限?
いずれにせよ、米景気拡大と欧州との関税合戦の休戦で、持久戦への自信を深める米国。一方、引く気配のない中国。まさに「トランプvs習近平」の構図を一層鮮明とする中、米中貿易戦争は泥沼の「チキンレース」の様相を強め、まさに ‘揺れる自由貿易’ が演出される処です。8月23日、米中双方は第2弾の制裁追加関税措置を発動したのです。
折しも、中国主導で、8月22・23日、ワシントンでは、暫し頓挫していた米中貿易協議の再開に向けた事務レベルでの協議が行われています。メデイアによると同協議は、これまでの米中間で問題とされていたテーマについて接点が見えないままに終わった由で、トランプ大統領は強硬路線を突き進むだろうとしています。

ただ関税政策を振り回し、貿易戦争を続けるとなると、中国はもとより、米国経済にとっても世界経済にとても大きくマイナス要因となる処、これが中間選挙の為という事であれば、何故にトランプ大統領は現在の景気の良さをアッピールしようとは考えないのか、政治の常道からは聊か考えにくい処です。それでも、今や持久戦入りの様相です。因みに、トランプ大統領は8月20日のインタビューでは対中貿易戦争は「無期限」と語るのです。

実は、この‘無期限’こそは、最も気がかりとなるイッシューです。と云うのも、世界経済の構造が、いまや中国の対米黒字が減らない形となっている事です。つまり、冒頭でも触れたように、いまや中国が世界のsupply chainの末端にあり、世界の製品が中国から米国に向かう構造になっているのですが、その為、米中間での関税引き上げ合戦ながら、その影響は中国に部品を輸出するすべての国に広がる処、その結果、米中はもとより世界経済全体を混乱に至らしめることが想定されるという事です。現時点では具体的な事は云えませんが、早急米中首脳会談を以って持続的発展への解決策をと、念ずる処です。





第2章 自由貿易体制と日本の針路

(1) 自由貿易とWTO

そもそも自由貿易で重要な事は、ルールをお互いに共有し、その下で効率的、透明な取引をすることです。そしてWTOはまさにそれを体系づけてきた存在です。然し、トランプ政権は、中国の行動を以って、WTOは機能しないと決めつけ、それではと、一方的にルールを無視する如くに制裁関税政策の強行を演じる処です。では彼らの政策行動をどのようにコントロールしていくか、そして全体として自由貿易をどのように堅持していくか、が問われる処と思料するのです。その答えは云うまでもなく現在の世界経済の生業に応え得る姿にWTOを変革し、WTO機能の活性化を図ることの他ありません。 そこで序章(P.5)で紹介したThe Economist(July 21~27)の巻頭論考「A plan to save the WTO」を取り挙げ、当該変革の可能性を考察することとします。

・WTO改革へのシナリオ

エコノミスト誌の当該論考は、世界の自由貿易が置かれている現状を示唆せんばかりの、興味深い、次のようなphraseで始まるものでした。
「The headquarters of the World Trade Organization (WTO), on the bank of Lake Geneva, once belonged to the League of Nations. That ill-fated body was crippled by American isolationism. The building’s occupant today is also at the mercy of decisions taken in Washington.」(ジュネーブ湖のほとりに位置するWTOの本部は、かつては国際連盟が使っていた。国際連盟はなくなってしまったが、その一因は、当時の米国の孤立主義により機能不全に陥った事にある。そして現在の入居者も、米ワシントンで下される決断に翻弄されている)
     
そもそもWTOは前述の通り、貿易紛争を解決し、報復措置の応酬といった事態を防ぐ役割を担っている筈です。処がトランプ大統領はWTOの規定をかいくぐり、鉄鋼、アルミの輸入品に対して追加関税を課すなどで、自ら監督している筈の世界貿易体制が崩れつつある処ですが、エコノミスト誌は、貿易体制を救う計画の大筋がいま見えてきたと云うのです。

まず、米国が不満を向ける中国は他国からも深い疑念を招いている点に注目します。それは前述来の通りで、中国がWTOに加盟したことで、欧米諸国は中国が市場経済を指向するようになると期待していたが、そうはならず、中国はWTOの優位さを利用する形で、自国国有企業や不透明な補助金など重商主義の行動を以って市場をゆがめているとする批判への取り組みです。中国のこうした行為の責任を既存のルールで問うのは難しいと云う事ですが、そこでEUと日本そして米国が協議して改革を進めれば多くの抜け穴を埋められる可能性がある、と云うものです。 

つまり、中国政府がどれだけ市場を歪曲しているか、判断する手段を確立し、不正行為に関する情報収集を容易にし、適切な報復措置の範囲を定めるようにと云うのです。因みに「政府機関」の定義を定め、補助金に関する禁止事項を拡大すること、更に原告側の立証責任も軽減することを挙げるのです。中国の不透明な制度を考えると現状では立証責任の負担が大きすぎるためだというのです。

更に、同誌はトランプ政権が脅威としている「中国製造2025」について、中国が何もかも国内で生産すると云うのであれば、その目標達成は何十年も先延ばしになってしまうだろうとの指摘です。要はそんなに恐れることはないと云うものでしょうか。実際7月16日、WTO改革についてEUと中国は協力することで合意している点を指摘するのです。164か国・地域に上る加盟国全てを網羅するグローバル協定を結ぶことは難しい。必要なら`plurilateral agreement’ 複数国協定を結ぶことで、問題の回避が可能ではとも云うのです。

とにかくトランプ政権の世界貿易破壊作戦よりも、a set of rules in America’s interest、米国のインタレストに応えるルールを作り、各国の賛同を得る方がよっぽど優れた戦略になると云うのです。そして中国に対して、それに従うか、否かの選択を迫ることが出来るほどの大きな経済圏を築けばいいではないかとも云うのです。そして、本来こうした発想から進められたのがTPPであり、EUと日本が7月17日締結したEPAが良い例と指摘するのです。これは筆者が予て主張している枠組みであり、ソフトパワーの強化を通じて安全保障を目指せとした国際的政治学者、米ハーバード大のJoseph Nye氏の思考様式と軌を一にする処です。
(注) WTO沿革とWTO協定の枠組み:
・WTO(World Trade Organization) : 1930年代の不況後、世界経済のブロック化が進み各国
が保護主義的貿易政策を設けた事が、第2次世界大戦の一因となったと云う反省から、1947年、
GATT(General Agreement on Tariffs & Trade)が策定され、GATT体制が1948年に発足(日
本は1955年に加入)。貿易における無差別原則等の基本的ルールを規定、多角的貿易体制の基
礎を築き、貿易の自由化促進を通じて日本経済を含む世界経済の成長に貢献してきた。ただ、 GATTは国際機関ではなく暫定的組織として運営されてきましたが1986年に開始されたウル
グアイ・ラウンド交渉で、貿易ルールの大幅拡充が行われた事で、より強固な基盤を持つ国際
機関を設立する必要性が強く認識され、1994年に設立が合意され、1995年1月1日に発足。
現在の加盟状況は、164か国 ・地域で、自由貿易の強化を政策的規範として、今日の世界経済
のグローバリゼーションへの枠組み、構築を目指す事にある。
・WTO協定の枠組み:① 既存の貿易ルールの強化、 ② 新分野のルール策定(サービス、知
的財産権に関する協定), ③ 紛争解決手続きの強化、 ④諸協定の統一的な運用確保

(2)日本の針路

戦後、日本は米国の庇護の下で、軽武装の国家を指向してきました。取り巻く環境は変わっても貿易に成長の糧を求めざるを得ないことは変わり有りません。その点、安倍首相は、「自由貿易の旗手として、新しい時代の経済秩序作りを主導していく」と発言しています。その決意良しとする処、その決意を行動で示すことが今、求められるのです。そのテーマは上記エコノミスト誌の示唆にもあるように、日本が主導して成立を見ているTPP、またTPPと同じ水準を確保した日欧FTAを擁して、加盟国の拡大等、自由経済圏の拡大に努めることです。と同時に、上記のWTO改革への積極的な参画も不可避とする処です。仄聞するに日本の経団連は、日本政府にメルコスル(南米南部共同市場)とのEPA交渉を提言する方針の由ですが、こうした時機こそ、かかる努力を通して、日本が中心となって自由な通商国家としての存在感を示すべきと思料するのです。



おわりに Mr. Thomas Friedman, Again

さて、Thomas Friedman氏と云えば、日本でも「フラット化する世界」でよく知られた、世界的に著名な米ジャーナリストですが、友人のアドバイスもあり、彼の近著「遅刻してくれてありがとう( Thank you for being late)」(伏見威蕃訳、日経出版 2018/4/24)を読みました(と言っても上巻だけですが)。彼はglobalistを任ずる仁ですが、流石に高度に発展したIT technologyをもって進むグローバリゼーションの実像をビビッドに描きだしていますが、以下の引用からは、新たなその様相を実感させられる処です。

「グローバリゼーションは40~50年の間、WTOや世銀、など大国の政府が創出した大きなプラットフォームによって形作られてきた。然し、いま世界各国を巡ると、新手のグローバライザーは、WTO等聞いたこともなく、自分たちの国のアメリカ大使が誰かも知らない・・・彼らは、ただ独力でグローバル化しているのです。アリババ、テンセント、アマゾンのようなプラットフォームを使って」(「遅刻してくれて、ありがとう」(上) T.フリードマン,伏見威藩訳、2018/4)と。そしてその際は、GEのイメルト前CEOの「こういう世界でGEは自社をMulti-National CompanyではなくMulti-Local Company と見なすようになった」との発言をリフアーするのです。そして、こうした変化こそはビッグシフトだと云い、このグローバリゼーションの時代とは、まさにそういうものとして再定義されると、云うのです。実に彼らしいrhetoricに納得するのでした。

尤も現実のGEの収益はと云えば、今次の米中貿易戦争の影響が直に表れてか、業績の下方修正を余儀なくされています。(日経7月27日)それは、基本的にはWTOルールに適わない米国が仕掛けた制裁関税措置に因るもので、その限りにおいて「国vs国」の紛争が齎す結果と云うものです。つまりビジネスは創造的シナリオを以ってダイナミックに行動するにしても、国対国を念頭に置いた制裁の応酬が企業活動に云い知れない不安感を齎す現実がある事を示唆する処です。それは企業たる‘孫悟空’がWTOと言うお釈迦様の‘手’の上で動く姿とも言え、その限りにおいて、上述WTO体制の改革、機能の再活性化への合理性がより与える処です。元よりトランプ氏のRogueとされる姿も、同様映る処です。

尚、気になるタイトルですが、彼が毎日スケジュールに追われる身ながら、ある朝、朝食のアポに遅れた友人を待つ間に、色々と周辺の動きが観察できた、何日もの間考えあぐねていた思いつきを纏められた、等々で、あなたが遅れたおかげで、自分の為の時間をつくことが出来た、だから、遅刻を謝ってもらう必要はない、それで「遅刻してくれて、ありがとう」なのだと云うのです。立ち止まることを学べという事の由ですが・・・。

・2018年度経済白書
処で、2018年度の年次経済財政白書が8月3日発表されました。そこで立ち止まり、当該白書を一瞥しましたが、それは単にアベノミクスの政策を辿るがごときで、何とも政府の政策を支持するための報告書と映るばかりです。 1947年、白書が創刊された折は、目的を国民と一緒に問題を考えて解決するためと説明していたのですが、では貿易戦争等、国民の関心の高い分野については十分な指摘もなく、因みに足元の景気回復については、過去の回復よりも外需への依存度が低い事を理由に「外的ショックに対する頑健性が高まっている」と表現するだけです。世界各国の経済の連動性は高まっているなか、中国等、他国が変調をきたせば日本も崩れる可能性は高いと見るべきと思うのですが、いかにも危機感の足りない政府分析よと、思う事しきりです。以上
                                (2018/8/26記)
posted by 林川眞善 at 12:18| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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