2018年07月26日

2018年8月号  トランプ米国の対中制裁行動と習中国の構え、そして日本は - 林川眞善

目  次
          
はじめに  米安全保障政策文書「NSC-68」   

・「NSC-68」とトランプ大統領
・米中関税報復合戦

1.   トランプ政権の対中制裁行動

(1)トランプ大統領の思考様式
・保護主義関税は自傷行為
(2)トランプ政権が中国を標的とする事情
 
2. 習近平中国の国家戦略

(1) 習近平主席の構え
(2) 習中国の目指す外交戦略

3. American Retreat と日本の戦略

(1)日本はLiberal International Orderの再生を目指す
(2)保護主義の対抗軸

おわりに : Barry Eichengreen氏の証言    
         ―この夏、民主主義を思う
     
                 
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はじめに : 米安全保障政策文書「NSC-68」

・「NSC-68」とトランプ大統領
1950年にトルーマン米大統領の為に書かれたと云う文書がいま改めて関心を呼ぶ処です。その文書とは国家安全保障会議、NSCで準備された「NSC-68」と呼ばれる文書です。(1975年、機密指定を解除されている。) その中核にあるのは米ソ冷戦期にあって、米国の国益は国際的なリーダーシップを通じて追及するのが一番だと云う信念だとされるものですが、この土台石を、トランプ大統領はタタキ壊そうとしていると云うのは、ColumnistのPhillip Stephens氏です。(Trump has sounded US global retreat: Financial Times、2018/7/6 )

同氏によると、その文書には「現時点における我々の全体的な政策は、米国の体制が存続し、繁栄できる国際環境を育むよう設計された政策と表現できるかもしれない。このため政策は孤立の概念を拒絶し、国際社会に前向きに参加する必要性を是認する」とあるのです。そしてこれが、冷戦を超えて続き、われわれがいう西側諸国に米国を織り込ませた戦略だった、と云うのです。然し、トランプ氏の言動が鮮明としている事は、世界的なリーダーシップ、同盟関係、国際機関についてNSC-68の執筆者たちが立てた前提を受け入れないということで、彼の本能は、むしろ、米国は世界最強国として、相手が同盟国であれ敵国であれ、独自に2国間の条件を定めた方が良いと告げている事、だと云うのです。

このレンズを通して見ると、プーチン氏に対してトランプ氏が抱く敬意は容易に説明できると。つまり2人とも、強い指導者を自認していること。そして貴重なものは、強者が手に入れるべきであり、多国間の機関と規則は自分達を罠にかけるよう計算されており、それに「彼らが道徳主義と呼ぶものは国家観の関係には入り込む余地はないとする見方を共有していて、弱者については知った事ではない」との考にあると云うのです。

こうした考え方からは、イラン合意の破棄も、プーチン氏の言い分にも一理ある処、マクロン仏大統領には米国とのFTA協定のためにEU離脱を進言し、習近平氏から貿易問題で譲歩を引き出す見返りに、東アジアに対する米国の安全保障の確約を捨ててもいいと示唆するまでになっていると指摘するのです。そして、トランプ氏の向かう行き着く先は、西側の概念の喪失だと云うのです。そこで欧州のみならずアジアでも、米国の同盟国は自国の安全を守る方法を見つけねばならないとアドバイスするのです。

更に、かかる環境にあって大きな利益を得る勝者は、勿論、プーチン氏と習氏で、両者が共有する戦略的目標は予てトルーマン元大統領が描いた米国主導の秩序に終止符を打つことだったが、二人とも米国の大統領がこれほど貴重なものを米国自ら渡してくれる事になるとは絶対、想像できなかったはずだ、と断じるのです。因みに、トランプ大統領は7月16日、ヘルシンキでプーチン大統領と会談、米ロ関係の改善を演出しています。そもそも通商、安保政策を巡り、NATO首脳会議(7月11/12日)では欧州の同盟国と亀裂を広げている中での米ロ接近です。これがロシアを利し、世界を一段と不安に追い立てる処と、友人から届いたJ.McCAIN米上院議員の米ロ首脳会談へのコメントは、‘悲惨なもの、tragic mistake’と、同じ共和党員乍らの酷評です。

・米中関税報復合戦
さて、7月6日、トランプ米政権は、先の鉄鋼、アルミへの関税引き上げに続き、中国を特定した同国よる知財権侵害への制裁措置として、産業用ロボット等340億ドル分の中国製品(818品目)に対して、25%の輸入関税実施を発動しました。中国も同日、これに対抗、数時間後、同規模の米国製品(自動車、大豆等、545品目)に25%の関税の上乗せ実施を決定しました。更に7月10日には、トランプ政権は6日の中国の報復行為に対して再び制裁関税の追加措置(内容は衣料品や食料品等2千億ドル相当の6031品目の輸入に対して10%の追加関税を課すとするもの)を公表。発動は9月以降との由ですが、これに対しても、中国は更なる報復に出る構えを示していますが、まさに米中の二大経済大国が高関税をかけあう貿易戦争の様相すら呈する処です。

戦後、米国(Nixon、Reagan、Bush Sr. 時代)で起きた貿易戦争は短期間、しかも全て米国の優位を受け入れた相手国が譲歩しているのですが、今次のそれは、揃って報復行動に出ている点で、米主導の覇権秩序に順応しないと云った意思表明ともとれ、米国を巡る力関係の変化を目の当たりとする処です。 尚、ここで留意すべきは‘摩擦’の質的変化です。つまり米中摩擦は、かつての日米摩擦とは相似形ではないと云う事です。米国が赤字相手国、中国に制裁で圧力をかける点では同じですが、後述するようにサプライチェーンが複雑に走る構造や、互いの市場を必要とする米中の依存関係は、当時の日米のそれとは次元を異にする処です。加えて、政府と企業が同一線上にあるとは限らない点で、言い換えれば政権から遠い企業が淘汰される国内戦争の側面のある事も留意していくべきとされる処です。

いずれにせよ、この戦争が、誰の勝利に終わり、どのように妥協がなされようとも、もはやこれまでの自由貿易秩序は以前とは変わった姿になるであろうし、米中関係、米国とEUなど同盟国の関係も調整されていく事になるものと思料するのです。実は、今次の貿易戦争の本当の深刻さはここにあるのではと思料する処です。
 
そこで以下では、トランプ米政権の仕掛ける対中制裁行動の内実と、これを受けて立つ習近平中国の姿勢、更に新環境の下、日本が目指すべき外交政策について考察することとします。


1. トランプ政権の対中制裁行動
(1)トランプ大統領の思考様式
周知の通りトランプ氏は、外国からの大量輸入が米国の産業を衰退させ、雇用を奪ってきたとし、それを象徴するのが米国の貿易赤字だとし、その赤字を「悪」とも呼び、従ってその悪の解消のためには当該国との二国間貿易のインバランスの是正、輸入の抑制が不可欠と、今年3月以来、関係国に対して関税の引き上げを繰り返してきています。そもそも当該国の貿易収支は当該国の貯蓄(S)と投資(I)の関係で決まってくる話であって(マクロ経済理論で云うI-S均衡理論)、関税操作で貿易インバランスを改善させ得る話ではないのです。
そうした論理にはお構いなく、トランプ氏は輸入関税を引き上げ、その事で相手国に市場開放を促し、輸出を増す事で米国の経済・労働者はメリットを受けるはずと、固く信じているようです。勿論、そうした思考様式は、戦後一貫して米国が主導してきた自由主義貿易に背を向ける行動の他なく、先のカナダでのG7首脳会議でのトランプ米国と他の自由主義メンバー6か国との離反も、そうした事情を映す処です。

・保護主義関税は自傷行為
それでも、国内産業保護の為には輸入の抑制が必要と、トランプ氏が輸入関税を引き上げる行為は、結果として相手国の報復措置を生み、自国内経済を傷める、まさに自傷行為となる処です。今日のグローバル化経済にあってはサプライ・チェインの多国化で、例えば中国製品であっても中国進出の米企業が作るケースが多く、これが米国に輸入される場合、中国製品として高関税措置が実施されるわけで、その結果は米企業の収益構造を傷つけることになる一方、中国の報復措置で米国を拠点として対中取引を目指す企業も大きなダメージを受けることで、新たに生産拠点の見直しが不可避となる処です。 因みに米国のシンボルとも言われるオートバイ、ハーレー・ダビッドソンは米国輸出の目玉商品ですが、中国や欧州での対米製品への報復関税のリスクを避けるべく、米国での生産を他国にシフトする事を決定していますが、云うまでもなく雇用機会の減少に繋がる処です。

勿論、今次の米中貿易摩擦は、製造業のみならず米国農家をも直撃する処です。つまり米国の大豆や綿花などは中国輸出での最大の戦略アイテムですが、中国の報復関税措置では、それ等、農産物を標的としており、従って市場では中国向け輸出が減少するとの見方が広がり、大豆先物は直近高値から20%近く下落したと報じられています。9月からの収穫期まで、価格低迷が続けば生産者の収入が減り、トランプ氏への支持が揺るぎかねないのではと観測される処、既にこうした打撃を受ける米農業団体と一部経済団体からは抗議の声が上がっている処です。(日経夕、7月7日)

然し、いま輸入関税の引き上げを通じて、外国企業から国内企業を保護し、雇用を確保すると強硬に振舞うトランプ氏の姿は、まさにBull in a china shopの如きと映る処、それは今秋の中間選挙に備えたTrump first行動の他ならないのです。
今日のグローバル化が進み各国の相互依存が増した世界では、関税の引き上げ合戦は国内産業や雇用の保護にはつながる事はなく、結果として自らの経済をも傷付ける事になる、上述した通り、彼の制裁行動は自傷行為なのです。関税の報復合戦では、敗者はあっても勝者はないとされる所以です。

勿論これが米国内だけの話ではありません。中国に進出している米国企業についても、同様な結果を余儀なくされる処です。Financial Times (2018/6/21)が伝える同社コラムニスト、Mr. James Kynge のレポート‘ Increased tariffs will raise risks for US companies in China’ はまさにそれを検証せんばかりと云うものです。

Kynge氏は米企業が中国に進出して40年近く、現法として現地消費者向けに製品、サービスを販売し、非常に潤っていると云うのです。そして英系資産運用会社Aberdeen Standard Investmentの話として米企業のナイキ、スターバックス等の現地子会社の売り上げは貿易収支や経常収支には現れないが米国の対中輸出額を大幅に上回っていると指摘するのです。

更に、米国の直近統計では、米企業の中国現法の2015年の総売り上げは2219億ドル、これら成果は170万もの現地従業員に負うものとされ、米国での中国企業の存在感は薄さに比し、言うなればそのexposureが指摘される処、貿易を巡り米中の緊張が高まれば、中国内の米企業は格好の攻撃対象となる可能性があると、以前、日本や韓国との関係が悪化したとき中国では日本製品や韓国製品の不買運動が起きた事をリファーし、指摘するのです。
つまり、中国現法を持つ米企業にとって目下の懸念は、中国が貿易制限措置だけでなくナショナリズムに訴えて報復してきそうなこと、と云うのでした。そして特に影響の出そうなのは、米国への中国人観光客だと云うのです。つまり、中国人観光客が昨年、米国で使った金額は、大豆や航空機、電気機械など米国のどの品目の対中輸出額を上回ったと云う事でしたが、問題はトランプ政権のこうした事実に対する理解の如何という事なのですが。

更に、貿易の本丸商品 ‘自動車 ’へのインパクトは、よりglobalな問題としてある処です。中国は今次のトランプ対中制裁関税に対抗して米国から輸入する自動車に対して40%の高関税を課すこととしています。これが米国を対中輸出の拠点として米国に進出している独BMWとダイムラーが大きく影響を受ける処、中国企業傘下で復活したスエーデンのボルボも米国でのシェア拡大と併せ新たな輸出拠点とすべく、昨年9月,トランプ氏の要求に応える形で、サウス・カロナイナ州に工場の新設を行っていますが、トランプ政権が示唆する輸入車への追加関税のリスクは下がるものの、「貿易戦争」が始まれば欧州や中国への輸出戦略に狂いが生じる事ともなり、トランプ氏の強硬姿勢とそれに応じた企業の対米投資が「もろ刃の刃」であることを示す処です。

因みに、Financial Times, Jun.22,2018, でも‘ Daimler and BMW face hard road in trade wars ’と題する特集で、米国最大の自動車輸出企業となっているBMWとダイムラーの両社は過去何十年も、トランプ大統領率いる共和党を支持する諸州に投資してきたが、今回の中国の対米報復関税が決まった事で、彼らは40%の関税の対象となってしまった。米中貿易戦争が齎す厄介な、皮肉のひとつは、BMWとダイムラーが最大の負け組になる事と、指摘するのです。
更にこうも指摘するのです。「関税や保護貿易主義を以って強力な自動車産業を育成する国はこれまでも存在していた。韓国、日本、中国などだ。これらの国は自国の産業が世界と伍す競争力を付けた段階で、障壁を引き下げた。従って、こうしたやり方はありだが、トランプ氏のやっている事はこれとは異なる。彼は基盤の確立した極めて強固な産業を関税で保護しようとしている。こうしたやり方が雇用創出に結びついた実証的な証拠はない」と。

(2)トランプ政権が中国を標的とする事情

処で、トランプ政権の制裁政策がなぜに中国をターゲットとするかです。
トランプ氏は上記の通りかたくなまでの貿易インバランスに対する思いにあって、米国の対中赤字幅の大きさにある処、殊、対中政策についてはトランプ政権の通商ブレーンを担う大統領補佐官で対中強硬派とされるピーター・ナバロ氏が中心となって取りまとめられた、通商戦略指針「ナバロ文書」(注)が下敷きとなっているとされています。

  (注)ナバロ文書のポイント(日経、2018/7/2)
    ・世界貿易はペテン師にやり込められれている。中国は最大のペテン師であり、米国にとって最大
の貿易赤字国でもある。
  ・1947年から2001年までの米経済の平均成長率は3.5%. 02年以降は1.9%だ。その一因は、2001
年の中国によるWTO加盟だ。
  ・トランプ政権は我慢しない。貿易の不正が続くなら、防衛的な関税を課す。
    尚、2018年1~6月期の中国の対米黒字は最大の1,337億ドル、前年同期比14%増。(7/13発表)

序で乍ら、このナバロ氏についてハーバード大教授のケネス・ロゴフ氏は、トランプ政権が仕掛ける米中貿易戦争に係る日経記者とのインタビュで、「米国ほど自由貿易の恩恵を受けている国はない。ナバロ大統領補佐官はハーバード大の博士号を持つが、巨額の貿易黒字で中国が米国から搾取しているという理論は強烈な無知だ」(日経7月10日)と一刀両断です。

・狙いは「中国製造2025」の阻止
しかしその本丸とするのは、実は習近平中国が進める産業政策「中国製造2025」の阻止にあると伝えられています。つまり、米国は、ハイテク分野で猛追を続ける中国の現状に強い懸念を覚え、企業は、そうしたハイテクや知財権が生み出す経済的権益が失われていく事を悔やむ一方、国家安全保障を重視するタカ派は、米国のハイテクの牙城が崩れたときに起こり得る地政学的結果を不安がっている為と、指摘される処です。中国製品への関税政策はこうした懸念を反映するものであり、中国企業による米ハイテク企業の買収を差し止めるのも、そうした潜在的脅威に対する直接的な反応だと云われる処です。

・遅きに失したハイテク狙いの対中制裁措置
だが、こうした米国の対中制裁はもはやout of timingと云うのはMr. Adair Turner(a former chairman of the UK’s Financial Services Authority)です。彼は自身の論考「Trade Barriers Will Not Stop China’s Rise」 (July 9,2018,Project Syndicate )で次のように指摘するのです。
つまり、1980年代や90年代に米政府が米企業に中国への投資を禁じていれば、中国の隆盛はずっと遅くなっていた筈だと。だが現実はそうした事態の起こる事もなかったことで、中国の隆盛は今では自律的なものになっていると云うのです。
因みに、中国企業はAIや電気自動車、再生可能エネルギー分野で最先端のイノベーターとなりつつあると云うのです。「中国製造2025」計画は、国内で進むR&Dに支えられた高付加価値製造業へのシフトを促すだろうし、今になって米国が貿易や投資の門戸を閉じたとしても、中国が経済的、政治的に力を付けていくことに、殆ど影響することもなく、巨大な国内市場がますます豊かになっていくとすれば、成長の原動力としての輸出の必要性は薄れていくと云うのです。元より、それは更なる世界貿易構造の変化を示唆する処です。

・もう一つの事情
もう一つ留意されるべきは、米大企業の間で、対中不満が高まりだしてきていると云う事情です。これまで米大企業はSino-infatuation、中国一辺倒にあって、中国ビジネスで好業績を上げており、恩恵を受けてきたとされる処です。が、近時、中国での事業投資を巡っての不満が高まってきたことで、そうしたムードが一変してきたと云うものです。

当初中国は、巨大な国内市場を開放すると約束していました。が、今では一部産業から外資企業は締め出されていることの問題、中国企業との合弁を組む際の知財権の扱いの問題、中国企業に与えられる政府からの低利融資問題等、自分たちが中国から不当な扱いを受けていると、考えるようになってきた事が米中貿易戦争を暗に支持する処、事によっては米中貿易戦争がより政治主導でエスカレートしていくのではと、The Economist (2018/6/30) は論考`Raging against Beijing’を以って、経営者はより冷静な対応をと警鐘を鳴らすのです。

要は、大企業が今、タカ派に転じてきたことでホワイトハウスが勢いづいてしまい、財務省、商務省よりも好戦的になってしまったことを問題とする処ですが、米政府が制裁関税を更に広げていくとなると、米国に比して輸入量の少ない中国としては、もはや報復関税の対象にできそうな米国からの輸入製品の選択肢がなくなりつつあり、報復合戦の次のスッテプは米国企業の中国子会社をたたく事になるのではと憶測される処です。とすれば貿易戦争は更に政治主導となってエスカレート、長期化することになるのではと憂慮される処、既にトランプ氏は成果が得られない限りこの制裁措置は無期限だと広言するのです。


ではトランプ政権が繰り出す攻撃的な措置にどう対抗すべきか。もはや、個別対抗云々よりは、この際は世界経済の実情に即したWTOの構造改革に向かうべきではと思料するのです。近着The Economist(7/21~27号)では、` to save the WTO’ と題して、Global tradeは今、死に体にあるがそれでも救済の機会はある`there is still a chance of rescue’と、後出(P.11)「日欧EPA協定」をリフアーし、そこには米国の対中批判と共有できる要素が含まれているとして、以ってWTOの改革、再生の道の可能性を指摘しています。別途、研究を進めたいと思う処です。


2. 習近平中国の国家戦略
(1)習近平主席の構え

さて中国は7月6日の米側の制裁措置を受け、同じ日、報復関税措置を決定したことは前述の通りですが、筆者が注目したのは、決定に当たって映る中国側(商務省)の姿勢でした。つまり、「中国は先に引き金を引かない約束をした。(7月5日の記者会見で、中国は米国よりけっして先に引き金を引かないと発言) ただ、国家の核心利益と人民の利益を守るために必要な反撃をせざるを得ない」(日経夕2018/7/6)とする声明を出していましたが、その報復決定の時間差に感じられるのは、中国当局の習氏に対する配慮が、米中関係への配慮と重なる瞬間があってのことと推測するのです。

周知の通り、今年2月、国家主席の任期撤廃の憲法改正で長期政権が担保された習主席は、いま「中華民族の偉大な復興」を掲げると共に、人民共和国、建国100年を迎える2049年に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を目指す長期戦略を擁し、トランプ政権が最も気にする「中国製造2025」をその長期戦略の第一歩と位置付け、邁進する処です。
つまり、トランプ氏は特段の理念を語ることなく、唯々Trump first, 自身の支持票田firstの中間選挙目当ての政治であるのに対し、習氏は上述、国家理念を掲げ、「中国製造2025」を擁した中長期の視点に立った政治に自信を持つ処、ゆとりすら感じさせられると云うものです。勿論、共産主義と云う特異な政治環境がそれを担保する処です。

そして、その習氏については今、 ‘the hallowed status in China of Mr. Xi himself ’(習氏の神格化)(Why the Communist Party wants to dial down the hype: The Economist ,July 14)が取りざたされる処です。従ってそれに傷が付くことのないように、とりわけ対米関係において、当局は国内で非難の起こることのないよう「冷静さと理性」をと、指導していると報じられている処、従って当該時間差は、そうした文脈の交叉を映す処ではと思料するのです。

(2)習中国が目指す外交戦略

そうした習氏を巡る環境下、6月22・23日、北京では「中国中央外事工作会議」が開催されています。この会議の目的は、中国の新たな対外戦略や外交政策の目標を打ち出すことにあり、これまで2006年と2014年の2回しか開かれてはいないものですが、今回の会議には、中国共産党政治局常務委員7人の全員の他、王岐山国家副主席や人民解放軍、党中央宣伝部、商務省の最高幹部らも出席。米駐在中国大使も含まれていた由で、超大国米国を強く意識した会議であったことを伺わせる処です。

さて習主席はこれからの外交政策について3つに分けて説明したと云われています。
① 大国関係はうまく整え、安定的でバランスよい関係に向けた枠組み作り:要は、中国はグローバルな統治を刷新し、同時に世界における影響力の増大を目指すというもの、
② 周辺外交に取り組み:中国は自国の主権、安全保障、発展的利益を守り、現在よりもグローバルなパートナーシップ関係の良い輪をつくっていく事、
③ 発展途上国対応:途上国は「同盟軍」であり、強力と団結に取り組む。そして、新たな国際秩序構築のため、巨大経済圏構想「一帯一路」や「AIIB」を更に発展させる。新しいスタイルの国際関係は「ウイン・ウイン」であり、互恵である事、と云う。
(日経2018/7/11 & China Daily 2018/6/28)

これまで習指導部は「対米関係を重視するあまり、米国の動きに対処する‘反応式外交’に陥っている」と指摘されていたようですが、何か安倍政治に似る処ですが、トランプ政権が対中強硬政策に転じた事で、習政権も対抗路線を明確にする処となったと云える処です。それはいずれ中国の時代が来る。ただ現時点では米国の力が強大であり、従って周辺諸国や発展途上国と連携して国力を高め、機が熟すのを待つ、と言った姿勢と思料されるのです。

これまで中国は、太平洋を巡り米国との二分統治の発想を訴えていました。が、トランプ政
権の対中攻勢を受けるなか、この「米中二分論」を修正し、友好国を増やして長期的に米国
と対峙していこうとする、つまりは中国がこれまでの国際秩序を塗り替えると宣言したよ
うなものとも言えそうです。 因みに、先のG7首脳カナダ会議(6月8・9日)とtiming
を同じくする如くに6月10日、中国山東省では中国、ロシア等8か国による「上海協力機
構(SCO)首脳会議」(注)が行われ、議長国の習近平氏は反保護主義を掲げ、亀裂が深まる
G7への対抗軸として中ロ主導の枠組みをアッピールする処です。

 (注)上海協力機構:ソ連崩壊後、1996年4月に初めて集まった上海フアイブ(中国、ロシア、カ
ザフスタン、キルギス、タジキスタン)を前身とする協力機構で、2001年にウズベキスタンが加
わり「上海協力機構」となったもの。現在、地域の安全保障、経済協力について話し合う場に。


3.American Retreatと日本の戦略

(1)日本はLiberal International Order(LIO)の再生を目指す

本稿、冒頭で紹介したStephens氏は新たな国際環境に照らし、つまりAmerican retreatの
現実に照らし欧州のみならずアジアでも米国抜きで自国の安全を守る方法を見つけるべしとアドバイスしていました。そこで思い起こされるのが昨年の5月、米Princeton 大教授のG. John Ikenberry氏が「The Plot against American foreign policy-Can the Liberal order survive?」(Foreign Affairs, May/June,2017)で展開していた提言です。

その趣旨は、戦後70年間、これまで米国が主導してきた国際協調の枠組みを壊していくトランプ外交政策のリアルを地政学的切り口から解析、批判し、その対抗として、Liberal international order( LIO:自由で開かれた国際協調秩序)を取り戻せというものでした。つまり、America first を掲げるトランプ政権の誕生で、米国は戦後果たしてきた‘Liberal international order’ ( LIO)を守る役割を放棄したやに振舞っているが、おそらくそれは失敗に終わるだろうから、世界のnew leaderは連携して「LIO」の再生を目指せというものでした。そしてその際、アイケンベリー教授は、日本の安倍首相とドイツのメルケル首相を特定し、米国がその責任を放棄した今、LIOの再生、つまり民主主義促進外交は、この二人の双肩にかかると云い、具体的には、米国のretreatでアジアは米国抜きの地域秩序に向かうだろうから安倍首相はTPPをモデルに自由貿易を進め、一方メルケル首相には道徳的な旗印を掲げ続けるべしと、主張するものでした。

果たせるかな、こうした提言に応える形で今、二つの自由貿易協定が生まれました。一つは,日本が主導した「TPP協定」(Trans-Pacific Partnership)で、この3月、各国の調印を得、国内的には6月29日、国会批准を終えています。もう一つは日本と欧州の連携による広域自由貿易協定「日欧EPA協定」(Japan-EU Economic Partnership Agreement)で 7月17日、,東京で調印。これら二つの協定が齎す自由貿易圏規模は世界GDPの4割強です。

前者はまさにアイケンベリー氏の提案に応えるものと言うべく、日本の通商と安全保障、そして地域秩序の長期的な戦略を構築していく上で不可欠となる処です。一方、後者は民主主義を基軸とする先進国が一体となる一大自由貿易圏の形成です。いずれもトランプ米国が主導する保護主義への明確な対抗軸となる処、とりわけ日欧EPAについては、前述(P.8)の通りで、WTO改革機運にも繋がる要素も指摘される処、その進化が期待される処です。

(2)保護主義の対抗軸

今次の上記締結を弾みに、南米諸国との自由貿易協定交渉他、多国間協定の交渉が加速する状況が生まれてきています。

7月1日、安倍首相はRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)の貿易関係閣僚会合を東京で主催していますが、以って、日本としてRCEPへの参加意向を公式に示す処となっています。この大規模会合がASEAN非加盟国で開かれたのは初めてとの由で、活動の活発化を示唆する処です。

さて、RCEP(東アジア地域包括経済連携)の構成はASEAN加盟10か国に加え、ASEANが2国間貿易協定を結んでいるアジア太平洋地域のオーストラリア、インド、中国、日本、ニュージランド、韓国が参加するものです。このRCEPはTPPに比べ緩やかな枠組みですが、基本的には中国が入っている点がこれまでも問題となってきていました。つまり、米政権では開かれた貿易への姿勢に疑問符が付く中国によって弱体化されることを嫌って、TPPで築きたいとの意図を明確にしていたものでしたが、その米国が開かれた貿易を敵視する今、地域統合に資するものとして推進されるようになっています。交易により繁栄してきた国々にとっては、どんな貿易協定であっても新たな価値があると云うものでしょうか。

勿論、それでも彼らの構えには違和感を禁じ得ません。そこでこの際は、日中首脳の相互訪問が具体的俎上に上る環境にも照らし、日本として改めて中国をも包み込む対アジア長期ビジョンを描くときではと思料するのです。つまり世界の日本たるの矜持を新とし、以ってこうした期待に応えていくよう戦略整備を図るべきと思料するのです。

・日本にとって有為な安全保障
アジアでは様々な形で深く結びついています。こうした動きは貿易の流れを抜本的に見直す好機とも言え、そこには新たな可能性の伝わる処です。そして、何よりもこうした連携の深まりこそは、日本にとって極めて有為な安全保障と思料するのです。


おわりに : Barry Eichengreen氏の証言
         ―この夏、民主主義を思う

筆者は毎月、経済時事解析と称して定例の論考を書き続けていますが今年、半年を終えた今、それらを読み返すに、世界の変化の激しさを改めて痛感させられる処です。

その変化は、一言で言えば今日までの世界を支えてきた経済、政治の枠組みの破壊プロセスの他なく、この変化を助長するのが超大国米国の大統領として登場したドナルド・トランプ氏のAmerica firstとする言動にある事は云うまでもありません。そして、それが映しだす現実は、基本的に寛容な民主主義を標榜してきたはずの先進国の多くで浮彫されるポピュリズムの台頭であり、政治の流れは「反エスタブリッシュ」、「反移民・難民」に傾き強権的な手法を掲げる政権が増加する姿です。そうした流れが民主国家間の連携に亀裂を深めるなか、その恩恵(?)を映す形で、中国そしてロシアが覇権国家としての地歩を固める様相にあります。まさに、本稿冒頭のStephens氏コメントを目の当たりとする思いです。

これら変化は、今後も民主主義と云う政治体制がベストだとする日米欧の伝統的な価値観を揺さぶりつづけることでしょうし、伝統的な価値観を信奉する人々とそうでもない若い世代などの間で先鋭的な政治対立が生じる場面がこれからも頻繁にみられるに違いないものと思料させる処です。その点で、日本としても、自らの政治のあるべき姿をより具体的に明示していく事が不可避となっていくものと、改めてその思いを深くする処です。


処で、そうした中、筆者が主宰する社会人のための勉強会で塾生の一人が、今次の米中摩擦の現状に照らしながら、「今の安倍政治には、政治の何たるかのdiscipline もなく、議論は深まることなく、非生産的で無駄ばかりだ。その点、習近平政治は目標、手法において明快であり、イデオロギーはともかく、それを見習っていくべきでは」とコメントするのでした。

確かに中国経済の現状は、問題を抱えてはいるものの、その躍進ははっきり見て取れ、今後20年以内にGDPで米国を凌駕することになる事も理解される処です。既に中国は世界で1、2を競う貿易大国です。また例の新シルクロード経済圏構想「一帯一路」を推進する中、対外投資は更に活発化しており、ユーラシア大陸に位置する国々との経済関係も深める等、何よりも中国を魅力付けているのが経済的な成功を続けている事にある処です。 

こうした状況を目の当たりとするとき、新興の諸国にとって中国は見習うべき手本と映る処でしょう。とりわけ上述、西側民主主義陣営が経験している昨今の混乱を見るにつけ、民主主義のプロセスはコストがかかり、結果も信頼できないと映る一方で、中国のアプローチは相応に魅力をよぶ処、中央集権的な統治を取り入れている中国の政治体制に魅力を感じる向きが多くなってきていると言えそうです。

  
然し、そうなれば民主主義の未来は危ぶまれると叫ぶのは、米UC Berkeley教授のアイケングリーン氏です。彼は自身の論考「China and the Future of Democracy」 (May 10, 2018 , Project Syndicate) で,その懸念と併せ、重要な要素が見落されていると警鐘を鳴らすのです。

つまり、民主主義は確かに面倒なものかもしれない。然し、そこには軌道修正メカニズムが生来備わっている。政策がうまくいかなかった場合、その責任を負う政治家はその後の選挙で再選されない可能性があり、実際、そうなることは多いし、少なくとも建前上は、もっと能力のある人物に取って代わられる筈と。然し、独裁的な政治体制ではこうした自動調整メカニズムが働かない。失敗した政策についてイチかバチかの賭けにでることもあるが、彼らに別の政策を選ばせる正当な手順は存在しないことが問題と指摘するのです。筆者流に言えば check & balanceの機能のないことが最大の問題とされる処です。

中国が世界の大国としてその存在の重みを増しているのは明らかです。が、アイケングリーン氏は今後も長期的に中国が経済成長を続けるにしても、いずれ問題に直面することになるだろうが、その際、中国の指導者は自らの過ちを認め、政策を修正する保証はどこにもない事が問題だと云うのです。つまり、そうなった時、中国の強権的な政治スタイルは魅力を失うだろうし、政権が市民社会を厳しく弾圧するなら尚のことと云い、そう考えるとやはり民主主義に未来はあるのかもしれないと云うのです。勿論、その未来を信じたいと思うばかりです。以って、民主主義の再定義がこの夏、筆者にとっての課題となる処です。
以上 (2018/7/26記)
posted by 林川眞善 at 09:03| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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