2018年05月28日

2018年6月号  ”非核化”騒動を巡る世界、そして問われる「戦後日本」の総括 - 林川眞善

はじめに ‘非核化’を巡る国際情勢, 二題
― 米朝首脳会談と、イラン核合意問題の現状

・米朝首脳会談取りやめ
5月24日、トランプ米大統領は、6月12日に予定されていた史上初となる米朝首脳会談は「今は不適切」として、中止すると表明、そしてその旨、北朝鮮金正恩委員長あて書簡を送った由、報じられたのです。北朝鮮の非核化と北東アジアの平和構築への大きな一歩かと世界が注目する会談でしたが、当該発表は米朝間に横たわる溝の深さを印象付けた処です。

そもそも、米朝首脳会談は北朝鮮の非核化と北東アジアの平和構築を目指す会談とされ、従ってトランプ米国は会談に臨むに当たっては「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を短期間で実現するよう求め、その結果の見返りとして北朝鮮が求める「体制の保証」等に応えていかんとするシナリオかと観測されていました。この点、トランプ政権は「過去20年の北朝鮮政策の失敗を繰り返さない」と強調するところでしたが、それこそは、相手に派手なデイールを仕掛け注目を引き、そして、過去の政権の政策を徹底的に否定し、更に、迅速な結果を求めると云う、まさにトランプ流、行動様式を鮮明とする処です。一方、北朝鮮はこの米側の考えに対して、一括放棄は受け入れられずとし、非核化に向けて段階的な措置をとるたびに見返りを受ける方式を主張していたのです。

果せるかな、米朝会談は中止、その理由として、トランプ氏は北朝鮮による「直近の声明に表れた激しい怒りと露わな敵意」を挙げていましたが、北朝鮮が本気で核を放棄するという確信が持てなかったと云う事だったのでしょうか。ただトランプ氏は金委員長あて書簡で会談の実現を非常に楽しみにしているとし、「究極的に重要なのは対話だけ」と綴っていたと由ですが、その後のインタビュ-でもトランプ氏は会談の可能性を繰り返す処です。

要は、トランプ氏はなお将来の会談に意欲を示している様相ですが、どこまで可能か、元より読み切れるものではありません。ただ、本稿では、これまでの米朝会談を巡る関係国の動向を整理し、次の舞台に備えることとしたいと思います。

・イラン核合意問題
もう一つはイラン核合意に係る問題です、5月8日、トランプ大統領は、2015年、米英独仏中ロの6か国とイランの核を巡る合意「包括的共同作業計画」、通常云うイラン核合意からの離脱を決定、イランの核開発に関連した経済制裁を再開する大統領令に署名したのです。そして5月21日、米国は当該合意に代わる国際的な対イラン網づくりを狙った「対イラン政策」を発表しましたが、これが米欧の亀裂を深める一方で、結果としてイラン国内の強硬派を勢いづけ、中東の対立や混迷を深める様相にある処です。序でながら5月14日トランプ政権はイスラエル米大使館をエルサレムに移転させましたが、これが中東の混迷に火を注ぐ状況です。

勿論、この二つの共通テーマは「非核化」です。言い換えれば、この非核化をどのように進め、実現していくかですが、それはとりもなおさず世界の安全保障体制を如何に担保していくか、でしょうが、この点は世界が知恵を出し合っていかねばならない処です。

なお、そうした環境にあって日本の姿勢が見えてこないという事がもう一つの問題と映る処です。中東問題もさることながら、日本にとって喫緊のテーマは何といっても米朝会談に在りましたし、何よりも、その結果が齎すであろう日本へのインパクトにあり、今も尚、重要な問題として映る処です。 因みに、安倍首相は、米朝会談の話が具体的に俎上に乗るや、日朝間の最大の問題は拉致問題とし、この際はトランプ大統領に早期解決への橋渡しをと、協力要請に走っていました。勿論、日本にとり重大な問題です。トランプ大統領に協力要請をすることを否定するものではありません。然しなぜに、小泉元首相が実行したように、自ら北朝鮮に乗り込むぐらいの努力をしてこなかったのか、理屈はともかく、ここに至っては、まさに‘トランプ’頼みの政治‘に不安は募る処です。(注)

(注)2002年9月、日朝平壌宣言(小泉純一郎首相、金正日委員長)には拉致問題の解決が盛り
込まれているが、同年10月、米国が北朝鮮の核開発疑惑を指摘、翌03年には北朝鮮はNPTか
らの脱退、一方、日本は経済制裁を強化したことで、当該宣言は実践課程には入っていない。

全て事態は今尚、流動的であり、それら行方については、言うなればnobody knowsと云う処です。ですがこの際はメデイア情報をベースに事態の推移をレビューし、その結果が日本に突きつける日本のあるべき姿、言い換えれば「戦後日本の総括」について併せて考察してみたいと思います。(2018/5/26)




     目 次


第1章 取りやめとなった米朝首脳会談  

1.米朝首脳会談    

(1)米朝首脳会談は中止
  ・トランプ大統領vs金委員長
(2)米朝首脳会談の今後に備えて
  [資料] 米朝首脳会議に備えた関係国首脳会議
  ① 中朝首脳会談 ② 南北朝鮮首脳会談 
  ③ 日中韓首脳会談
(3)米朝首脳会談の可能性と課題
  ・可能性を測る条件
  ・米朝首脳会談のイメージ

2.米朝首脳会談が突きつける‘戦後日本’の総括

(1) 日米同盟のdecoupling
(2) 日本の安全保障体制とはー多国間連携の強化

第2章 米国のイラン核合意からの離脱
  ・イラン核合意
・米大使館のエルサレム移転

おわりに:トランプ氏一人にかき回される世界
  ・Denuclearization means the US too
- Professor. Jeffrey Sachs
  ・米中貿易摩擦
  ・保護主義のギアを引き上げるトランプ政権


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


第1章 取りやめとなった米朝首脳会談

1.米朝首脳会談

(1) 米朝首脳会談は中止

トランプ大統領が朝鮮金正恩委員長から申し入れあった「米朝首脳会談」に応諾すると発表したのが3月8日、爾来2か月余、米朝はもとより、北朝鮮との利害関係の深い中国、韓国等、関係各国は、その事前の調整に大わらわのなか、5月10日、当該「米朝首脳会談」は
6月12日、シンガポールで開催すると同大統領は発表しました。これが実現なるとすれば史上初、国交のない両国トップがいきなり会うという、まさに異例中の異例となるイベントですし、タイミングの取り方も、6月8日からカナダで始まるG7会議で、事前サミット・メンバーに説明しG7からの支持を得て、との読みもあっての事と思料される処でした。

特段の理念のないままsnow job と揶揄され、就任1年をほとんど空費したトランプ氏にとって、政治的ターゲットは今秋の中間選挙一本にある処、金委員長の申し入れを受け入れ、これを成功に導ければ彼は有能な勝者となり、選挙戦を勝ち抜けると瞬時、直感したものと思料するのですが、今や、その推移如何では、ノーベル平和賞ものとの野次馬の声も聞かれるなか、トランプ氏の姿勢は前のめりの、まさにTrump firstの様相を呈する処でした。
つまり、トランプ大統領は「北朝鮮の核放棄の合意」を前提として「過去の米政権が出来なかった偉業」となると、一貫して乗り気にあったと伝えられ、とりわけ3人の米国人人質の解放が実現した事、これは北朝鮮への米国が仕掛けてきた圧力の成果だと、大いに自らの業績としてアッピールしようとの様相にあるなど、彼の行動様式はまさに、この秋の中間選挙対応の他なしと映るばかりです。

・トランプ大統領 vs 金委員長
さて、そうしたトランプ大統領ですが、米朝首脳会談に臨むにあたっては、彼が命題とするのは「朝鮮半島の完全な非核化」、つまり「完全で検証可能且つ不可逆的な非核化(CVID:Complete, Verifiable, Irreversible and Denuclearization)の実現」を目指し、一気に非核化を進めることとし、その上で「体制の保証」や1953年に結ばれた朝鮮戦争休戦協定の「平和協定への転換」等、問題に応えていく事になるものかと観測されていました。
一方、北朝鮮金正恩氏は、非核化については「段階的で同時的な措置」、つまり一括放棄は受け入れられずとし、非核化に向けて段階的な措置をとるたびに見返りを受ける方式を訴えていたのです。これは一応「非核化」を受け入れる姿勢を示唆する処でしょうが、トランプ氏の云う‘完全’な非核化とその短期実現と云う命題とは聊かの乖離がある処、その溝は埋まる事のないままにあり、6月12日までに両国が立場の違いをどこまで埋めきれるか、そして予定通りに首脳会談が開けるのか、その行方に、如何とも疑心暗鬼とする処でした。

それが対立構図として鮮明に映すことになったのが、金正恩氏が5月7・8日の2回目の訪中で習近平主席との会談だったとメデイアは云うのでした。つまり、その結果、中国と云う大国の後ろ盾を得た事で安心したのか、北朝鮮は米国を自分のペースに引き込もうと強硬発言を繰り返すようになったと云うのです。因みに、習近平国家主席は上述、金正恩氏が主張する段階的非核化に理解を示し、直後の電話協議でトランプ氏に北朝鮮側の懸念を伝えたと報じられていますが、トランプ氏にしてみれば、中国が米朝和解を後押しするのではなく介入するなら看過できないという処でしょう。因みに、16日、朝鮮中央通信などを通じて米韓演習や「米国が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を批判し、米朝会談の取りやめを示唆。24日にも同様の声明を出していたのです。

そうした状況変化こそが、24日、トランプ大統領をして6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談の開催は「今は不適切」として中止を決定せしめたと云うものでしたが、まさに中朝接近に不信を募らす結果ともされる処です。トランプ氏は、併せて中止は、「北朝鮮や世界にとって大きな後退だ」とし、必要があれば軍事行動も辞さない構えをも示しています。東西冷戦時代から約70年間に亘る米朝の敵対関係の転換点となる可能性があった初の首脳会談が見送りとなり、朝鮮半島情勢が再び緊迫する恐れが出てきたと云うものです。

(2)米朝首脳会談の今後に備えて
尚、今後の仕切り直しの可能性は依然残されているのではと思われますが、正直、不透明という処です。但しこの際は、留意しておくべきは、北朝鮮が求めている体制保証の問題との絡みです。トランプ氏は北朝鮮に対し非核化に応じた場合は「体制保証の用意がある」と明言しています。その際のポイントは仮に核を放棄したとして、北朝鮮の安全保障が成立する唯一の条件と云えば、米軍が北朝鮮軍を撃破する戦力(特に核戦力)を持たないという事と思料される処ですが、ではこの点についてどういった対応の用意があるか問われる処です。

言える事は、仮に米朝間で平和条約の話が進むことともなれば、そのimplementationとして、北への脅威解消の視点から在韓米軍の見直しが始まる事となるでしょうし、この結果は、米国のアジアにおける地位の低下を齎し、一方、それは中国にとって東アジアでの支配的な、経済も含めた大国になっていく機会ともなる、つまりは中国こそは、その恩恵に浴することになるというものです。これは新たな国際安全保障環境との対峙を意味する処です。かつて筆者は、アジア市場が赤色に染まる危険性を指摘しましたが、それは世界経済の競争関係が、自由陣営の思考様式から中国共産党の思考様式に塗変えられていくことの危険性です。とすれば、そうした新たな国際環境に自由陣営は如何に向き合っていくか、その自覚と覚悟が問われていく事になる処、その点で自由陣営の連携強化が改めて求められるというものですが、とりわけそれは日本に向けられる話と思料するのです。

尚、北朝鮮問題を巡る関係国首脳会談の概要を、今後のリフアレンスとして下記[資料]を紹介しておくこととします。

[資料] 米朝首脳会談に備えた関係国首脳会談             

  ① 中朝首脳会談(3月26日 北京、 5月7/8日 大連 )
中国習近平主席はトランプ米大統領の今回の動きに驚いたと伝えられていましたが、3月26日、同主席は北朝鮮金委員長を北京に招聘、9年ぶりの中朝首脳会談を行っています。その中朝首脳会談に臨んだ金正恩委員長は次の様に発言した由、伝えられています。まず「金日成主席、金正日総書記の遺訓に基づき、半島の非核化に尽力する事は我々の一貫した立場」とし、「韓国と米国が善意を以って、我々の努力に応じ、平和実現のために‘段階的で同時並行的な措置’を取るならば、非核化問題は解決する事が可能」と。但し、これは中国側の発表です。尚4月20日の朝鮮労働党中央委員会総会開催に当たり公式発表された声明では「核実験や大陸弾道弾ミサイル(ICBM)発射の中止、核実験場の廃棄」を表明(朝日デジタル、4 月20日)していましたが、核放棄には触れていません。

更に5月7・8日には中国大連で、両者は再会しています。僅か40日あまりで2度目となる金委員長の電撃的な訪中は、米朝トップ会談を睨んで、習近平中国に「後ろ盾」の役割をお願いするためだったと見られていますが、これを受け入れる中国側事情、つまりこれまで険悪だった北朝鮮との関係を改善させる背景には、米国との貿易摩擦交渉で北朝鮮への影響力をカードに使おうとするフシもある処、朝鮮半島問題で主導権を握り、米国をけん制する狙いが透けると云うものです。要は、中国が北朝鮮問題への関与を高めた事で、新たな米中関係を明示することになったと云えそうです。

尚、6月の米朝会談に向けた米朝の駆け引きが続く中、北朝鮮は5月16日に予定されていた南北閣僚級会議の延期を突然発表、その事由は5月11日から展開中の米韓合同軍事演習を挙げてはいましたがそれ以上に、北側を刺激した事は5月11日のポンペオ発言(後出)に続く13日のボルトン米大統領補佐官のTVでの発言、つまり,北朝鮮に見返りを与える前に、まずCVIDが必要、との発言にあったようで、その際は、米朝会談についても言及があり、「一方的な核放棄だけを強要するなら、対話にこれ以上興味を持たない。会談に応じるか再考するしかない」と米国を威嚇。一方中国は、これに対し「すべての関係国は互いに緊張を引き起こす行為は避けるべき」と、北朝鮮擁護の姿勢を支持していますが(日経5月17日)、2度の中朝会談を通じての中朝蜜月関係を強く印象付ける処です。前述、トランプ大統領の「北朝鮮体制保証の用意あり」の発言はこうした環境を考慮したものと言え、トランプ氏の高圧的ながら、当該会談に寄せる心意気を伝える処ではと思料するのです。尤も、これも秋の中間選挙狙いでしょうが。
 
  ②南北朝鮮首脳会談 (4月27日、板門店 )
一方、南北両首脳会談が、4月27日、板門店で行われています。2007年以来、11年ぶり
の首脳会談です。その際、公表された共同宣言(日経、4 月28日)では「完全な非核化を
通して核のない朝鮮半島を実現すると云う共通の目標を確認した」としています。同時に、
上述の通り、現在の休戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制を構築する、と
しています。但し、非核化についてはその目標を確認したと云うものの、北側が一方的に核
放棄することを示唆する文言の明記はありません。

  ③日中韓首脳会談(5月9日、東京)
5月9日、急遽、安倍首相、李克強首相、文大統領による日中韓首脳会談が東京で行われて
います。これは2年半ぶりの開催でした。そして、その際、発表された日中韓共同宣言では
「朝鮮半島の完全な非核化にコミットしている」と非核化に取り組む姿勢を打ち出し、更に
「朝鮮半島や北東アジアの平和と安定の維持は共通の利益且つ責任だ」と強調していまし
たが、非核化をどう実現させていくかという具体的な手法に踏み込むまでには至っていま
せん。結局、3首脳が確認できたのは国連安保理事会の制裁決議の完全な履行、つまり安保
理決議にはCVIDを求める内容が入っているためとして、当該共同宣言へのCVIDの明記
に慎重な中韓との折衷案だった(日経5月12日)とされる処です。
  
   [5月24日: トランプ大統領、6月12日、シンガポールでの米朝首脳会談の中止を決定]

2.米朝会談が突きつける‘戦後日本’の総括

(1)日米同盟のdecoupling

さて前述、会談結果の如何では、アジアにおけるこれまで抑止力となっていた米国の地位の低下が進み、従って新たな東アジアにおける安全保障の在り方が問われていくことになると指摘しましたが、その文脈を以って日本も自らの安全保障の在り方が問われる事になるというものです。
つまり、会談結果がいかなる形であれ、トランプ政権にとりポジテイブなものと受け止められれば米国にとっては北朝鮮による米本土への核兵器の脅威は薄れることとなり、トランプ氏はAmerica firstをより強め、アジアからのretreatを進める事が予想されると云うものです。もとよりそれは、米政府主導の東アジアにおける安全保障体制の見直しを示唆する処と云うものです。

一方、問題は日本です。これまでの脅威は変わらないとすると、日米の‘脅威’に対する認識にずれが起き、その結果、これまで米国の‘核の傘’を基軸とした日米同盟の体制が崩れる、つまり日米同盟のdecouplingが予想されるというものです。それが意味する事は、これまで米国一辺倒主義を‘戦後日本’の基本軸とし、過去70年間成長を続けてきた日本ですが、もはやその一辺倒からの脱皮なくして、持続的な成長を維持していく事は不可能となる事を示唆すると云うものです。となれば、日米の同盟関係は形の上では維持されるとしても、日本としては、自らの安全保障体制の構築が不可避となったというものです。

以前、本論考12月号で、米コロンビア大のT. Hikotani 氏が、トランプ氏の米国第一主義、世界への関与からの撤退政策は、日本にとってのチャンスだ、ギフトだとしてアジアでの積極戦略をと主張する論考‘Trump’s gift to Japan’(Foreign Affairs, Sept./Oct.,2017)を紹介していますが、今ではそれが forced される状況に転じたと言えそうです。

尚、仮に会談が決裂したとして、その場合、トランプ米国は軍事行動に出る可能性もありでとなれば、同盟国たる日本はその米国に対して軍事協力を必然とされ、その結果は北朝鮮からのミサイル攻撃の脅威に晒される事になるのでしょう。となれば日本として安全保障体制をどう整えていくかが、問われていく処です。要は、米朝首脳会談が、どちらに転んでも日本に及ぼすインパクトは、戦後一貫、米国の同盟国として米国一辺倒でやり過ごしてきた国の在り姿、つまりは‘戦後日本’の見直しが不可避となってきたと云うものです。

それは日本と云う国のかたち、これから目指す方向を再定義し、それに照らした世界経済の中の日本を再設計することであり、その際は日本という国の生業からは、多国間の連携が当該設計のベースとなるものと思料するのです。それはまさに‘戦後日本の総括’であり、新たな日本百年の計ともされると云うものです。そしてその際は、日本の安全保障体制とは、国際経済関係の強化というコンテクストに於いて語られるものと思料するのです。そしてそうした取り組みこそは、ハーヴァード大の国際経済学者ダニ・ロドリック氏が掲げていた三つのトリレンマ(注)への反証ともなる処です。
     (注)ロドリック氏の「三つのトリレンマ」:三つの要素、グローバリゼーション、
国家、民主主義、この三つの内二つの組み合わせしか選べないとした学説

要は、米朝会談後の世界と、日本はいかに向き合っていくか、そして世界経済への貢献を通じていかに成長していくか、併せて日本として安全保障体制を如何に構築していくか、自らを問うていく事になるのです。

(2)日本の安全保障体制とは ― 多国間連携の強化 

さて、上述発想に耐えうる、そして日本が主導しうる事案が今、迫ってきています。それは「TPP」であり、「自由で開かれたインド太平洋戦略」であり「日欧EPA」等、です。

中でも年内に発効が期待されているTPP11協定(CPTPP:包括的かつ先進的TPP協定)は、米国が抜けた後、日本が主導してまとめ上げた、新たな自由貿易拡大の枠組み(5億人市場、99%関税撤廃)です。米国が抜けた分scale downしたとはいえ、それでもトランプ保護主義が蠢く中、いまや自由貿易の象徴的存在と再評価される処と思料するのです。というのも、この協定は知的財産権保護や国有企業への優遇措置の禁止を盛り込んだ質の高い自由貿易協定とされるものです。つまり、そこに盛られる協定内容は、単なる市場開放でなく、情報の流れは国境を超えて自由であるべきとの原則を以って、「21世紀型」と呼ぶほどに、通商ルールを多国間協定で定めたものとなっており、その意義は高いもののある処です。

そうした位置付けを得るTPPは日本にとり折角の機会です。従って、今後の課題はTPPの価値をどのように高め、どのようにアジアにおける新しい日本の姿を示していけるか、にある処です。TPP協定が動き出せば、米国が要求する日米二国間の貿易摩擦交渉で、米国が農産物や工業品の関税引き下げを要求してきても、TPP以上は絶対に譲歩できないと押し戻し得るとも言え、二国間交渉の風圧を強める米国への反発もあって、自由貿易や透明性の高いビジネスルールの枠組みを謳うTPPに活路を求める動きが出始めていると言われています。因みに、直近では、タイの参加意向が伝えられていますが、これが決まればインドネシア、フィリピン、なども参加に動くと見られています。 [(注)今次参加国:日本、カナダ、豪州、ニュージランド、ブルネイ、マレーシア、ベトナム、シンガポール、ペルー、チリ、メキシコ]

まさにTPPを主導してきた日本がこの動きを支え、より強固なものとしていく事でその価値を高めていく事になるのです。加えて、日本とEUの経済連携協定、EPAも多国間協定を進める弾みになる処です。この7月には両国が署名し、2019年初頭にも発効の見通しとされています。この日欧EPAによるGDP押し上げ効果は約5.2兆円とも見られ、TPP11効果、約7.8兆円とあわせ計13兆円の押し上げとなり、米国が参加した場合のTPP効果(14兆円)とほぼ並びEUが、米国の抜けた「穴」を補う構図となる処です。 

要は以前にも指摘したように今後、日本に問われる、そして適う安全保障体制とは、即軍備拡充という事ではなく、こうした多国間の協力体制の構築にある処、日本として「やわらかい規範」とされる「ソフトロー」(Sustainable Development Goals)を駆使し, TPP後の国際規範創造のけん引役を目指すべきで、それこそその構築に向けたプロセスとなる処です。


           第2章 米国のイラン核合意からの離脱

非核化を巡る米朝首脳会談の行方に世界の関心が集まる中、同じくトランプ大統領は5月8日、米英仏中ロ5か国がイランと2015年合意したイランの核開発を巡る包括的共同作業計画(JCPOA : Joint Comprehensive Plan of Action)、いわゆる「イラン核合意」からの離脱を決定し、対イラン経済政策を再開する大統領令に署名したのです。
その合意内容とは、イランはウラン濃縮など核開発にからむ活動の制限を受け入れ、米欧は見返りにイランへの経済制裁を解除するというものです。

合意離脱決定直後、英BBCのJonathan Marcus氏(防衛・外交担当)は「Iran nuclear deal:What now after Trump’s decision to pull out?」(5月9日)と題するコラムで、With a stroke of his pen Us President Donald Trump has jeopardized the one agreement – good or bad -that seeks to constrain Iran’s nuclear ambitionsと、イランの核兵器開発抑止を目指す唯一の合意をトランプ大統領はあっさりと危機にさらしてしまった。代案を示すこともなく、しかも同盟関係にある英仏独と米国の外交政策を対立させる道を選んだトランプ大統領は欧州との溝を深めるだけで、しかも彼は一貫して合意に反対してきたが、それは前政権の成果だと云う以外に論理的な反対理由は見えない、と厳しく批判するのでした。

・イラン核合意
そもそも、各国がイラン核合意をまとめたのは、イランを核開発から遠ざけておくことが理由の一つだったわけで、そうすれば、イランが規制を破り核兵器を入手しようとしても、国際的圧力をかけるだけの時間が稼げると期待されていたと云うものです。確かにイラン核合意が持つ意味は短期的にイランが核兵器を保有する道をふさいだことにあるのですが、加えて、核開発と云う誘惑にかられる近隣国を抑止する機能があったとされています。そうしたことへの認識を以って、マクロン仏大統領、メルケル独首相は、直前のワシントンでトランプ氏に離脱を思い留まるよう助言していましたが、それにも拘わらず、と云った結果で、トランプ氏の国際社会での孤立が更に鮮明となる処ではと思うばかりです。

5月21日、ポンペオ国務長官は、‘合意’に代わる、イランの脅威に対抗するための包括的な政策、「対イラン新政策」(注)を発表しています。
    (注)米国の対イラン新政策(骨子)
      ・核開発関係:2015年に代わる新たな枠組みを追求。核・弾道ミサイル開発完全停止、等
     ・経済制裁:金融面での制裁圧力強化、中東・アジアなどの制裁への参加 

これも、イランが政策変更に応じるまで「過去最強」の制裁を続けると云うのです。そして欧州はじめ、アジアや中東など各国に協力を求める方針を示していますが、さて、国際的な対イラン包囲網を築けるかは不透明というものです。とりわけ、‘合意’の下でのイランビジネスの継続を求めてきた欧州側の理解が得られるかは不透明と云うもので、実際、英仏独は合意に留まることを宣言し、5月15日にはブルッセルで、EUも加わりイラン政府と会合を持ち米国抜きでの、核合意の堅持に向けた打開策を数週間以内に目指すことで一致したと報じられています。
その際、EUモゲリーニ外交安保上級代表(外相)は「経済制裁の解除とイランとの通商・経済関係の正常化が核合意の必須な部分だ」と強調。核合意の崩壊を避ける為、イランの経済的な見返りの確保が不可欠だとも訴えていたのですが、それも米国が再開するイラン制裁から欧州企業を如何に保護するかがカギを握ることになるものと思料される処です。

もう一つの懸念材料は、こうした欧米が足並みを乱す中、同じ核合意に参加している中国とロシアの動きです。つまり、シリア情勢を巡って結束していた欧米に溝が入る事はロシアにとっては望ましい状況という事になるのでしょうし、「一帯一路」を目指す中国にとっては経済的利益を確保しやすくなるというものです。
つまりは両国が混乱に乗じ機会主義的な利益を得ようと行動すれば、関係各国の利害対立は更に複雑になる一方で、イランと対立するサウジやイスラエルは核合意を完全な崩壊に追い込もうと揺さぶりをかける処ですが、トランプ米国の合意離脱が意味する事は、米国の対イラン取引の大幅制限が再び実行される事であり、その項目次第では世界経済に構造変化を誘引することともなると言う点で、日本も大いに注視の要ある処と云うものです。

・米大使館のエルサレム移転
序でながら、国際的安全保障環境への懸念が深まる中、トランプ政権は5月14日、在イスラエル大使館を、首都と認定したエルサレムに移転しました。云うまでもなく、パレスチナ自治政府や国際社会の反発を押し切っての決定です。ただ、これが大規模な抗議デモを引き起こし、多数の死者を結果するなどで、中等和平の仲介者としての米国の信任は失墜。和平プロセスの再会は糸口さえつかめなくなったと云うものです。そして米国によるイラン核合意離脱の行方も絡み、中東と世界をも揺さぶる状況が新たに生まれてきていますが、これまで石油の安定輸入を目指した日本の対中東外交政策の、これも米国の支援を受けてのものでしたが、この際は、基本的な改革が必要となってきたと思料されるのです。

実はこの行為も前述イラン核問題も、更には6月12日の米朝首脳会談も全て、この秋の中間選挙向けの行為とみなされおり、因みに、米国大使館のルサレム移転などは、トランプ氏の支持層であるキリスト教福音派の期待に応えんとする特定支持層を意識した行為と云うもので、従って、ごく短期的成果を求めるだけの行為に終始する‘米国’があり、しかしそこには一貫した論理のない思考様式に、何とも言えない不安な思いを禁じえないのです。


おわりに: トランプ氏一人にかき回される世界
       
さて、今回の論考は、北朝鮮の非核化問題、米国のイラン核合意からの離脱問題と、いずれも「非核化」をテーマとするものでしたが、 偶々、手にした米コロンビア大のJeffrey Sachs氏の5月7日付論考 「Denuclearization means the US, too.」(Project Syndicate)は、これまでの国連での二つの条例をreferしながら核保有国、とりわけ自己主義的な米国の行動様式の現状を批判し、米国も非核化を目指せと云うものでした。

・Denuclearization means the US, too
まず彼は、外交政策には ‘might makes right’(力は正義なり)を原理に準拠するもの、もう一つは、‘international rule of law’ 、つまり法律による国際的ルールに準拠するもの、の二つがあるが、核兵器を巡る米国の対応はその両方をやろうとしているが、もはやそれは失敗に向かっていると断じ、キリストが剣を持った者はその剣で滅びるとの言葉を配しながら、今や核問題は、そうした事、以上に世界は危険な状況にあると指摘するのでした。

つまり1968年のNPT(核不拡散条約),「核保有国は核の他国への譲渡禁止」、「核エネルギーの平和利用の権利」、そして、「核軍縮交渉の義務」定めた協定ですが、その狙いは核兵器競争の廃止、かつ地域的核独占の招来を抑制するものだが、それが守られていない現状、そして2017年国連核兵器禁止条例では122か国が署名したものの、核保有国は参加せず、更には、今年2月、トランプ政権が出したNuclear Posture Review(NPR:「核体制見直し」では、核による抑止力の強化を打ち出すなど「核兵器の近代化と拡大」という新たな時代の到来を謳い上げている点で、サックス氏は、要は米国は他国に非核化を求め、自らは米軍のニーズへの対応を進める身勝手な姿勢を取っていると、批判するのです。そして、問題の一つは、過去半世紀、米国は中東やアフリカ、その他地域で当該国の平和の為として戦争を誘導し、国際法や国連憲章等、お構いなくレジームの転換を進めてきた事と云うのです。
勿論、北朝鮮の非核化は早急、かつ成功裏に進めることは当然として、世界はもはやPax Americanaにあるわけではないが、今なお数百万の人々が戦争の脅威に晒され、また制しのきかない軍事力の恐怖に晒され生活する10億の人々が居るこの現実をみる時、そうした人々の為にも、この際は米国も等しく非核化を進めるべきと、主張するものでした。

・米中貿易摩擦
処で、北朝鮮や中東イランでの非核化問題に注目が集まる中、タイミングを同じくして行われていた米中貿易協議は極めて気がかりなイッシューでした。1回目は5月3・4日、北京で、2回目は5月17・18日、ワシントンで行われています。筆者の関心は、この2国間協議の前に米側から出された当該協議の「枠組み草案」に盛られた内容、‘米国が中国に要求する行動’(注)がまるでultimatum,つまり最後通告とも映る、まさに貿易戦争の瀬戸際の様相と、米中摩擦2.0を映すものだったからです。
(注)米国が中国に要求する行動:
     ・中国は2018年6月1日から12月の簡易対米貿易黒字を1000億ドル削減する事
     ・2019年6月1日から12か月お間に更に1000億ドル削減する事
     ・過剰生産を助長する「市場をゆがめる補助金」は全て即刻廃止する事。そして外資の対中進
出にあたって技術移転を求める慣行を撤廃する事。

果せるかな、中国が米製品の輸入を増やすと表明し、以って米側は一旦、矛を収める形で協議は終わっています。やはり6月12日の米朝会談を控えての状況にあって、現在は中止とされていますが、習氏が金正恩氏の「後見役」として北朝鮮への影響力を強めている事への考慮があってのことと見る処、米側代表のムニューシン財務長官は「貿易戦争を当面留保する」と明言していましたが、まさに大国の力関係の変化をそこに見る処です。

さて、この貿易摩擦問題も含めこれら一連の動きは周知の通り、全てこの1か月に起きた事案ですが、これがトランプ大統領一人の人為的決定によるものである事に聊かの危険さを禁じ得ません。かくしてAmerica firstの一言を以って、戦後米国が築いてきた秩序が崩れだし始めているその様相をワシントンで見る倒錯の構図と、日経ワシントン支局長の菅野幹雄氏は指摘していましたが、併せて「深刻に感じるのは、戦後秩序の危うい変調と裏腹に、米国世論に‘トランプ流’への評価が芽生えているように見えることだ」(日経 5月23日)との指摘は近時、筆者も同様感じ出しているだけに、ますます憂鬱感の増す処です。

・保護主義のギアを引き上げるトランプ政権
加えて、5月23日、トランプ政権は、安全保障を理由に自動車や同部品に追加関税を課す輸入制限の検討に入ると発表しました。米メデイアによれば乗用車の関税を25%に引き上げる案が出ているようですが、先の商務省が鉄鋼に課した輸入制限と同様、車の輸入増が安保上の脅威になっているかを調べるものとしていますが、保護主義的通商政策のギアを一段とあげんとするものです。要は中間選挙をにらんだ、自動車と云う米国内でも雇用が大きくわかりやすい産業に目を付けたと云うものでしょう。国の安全保障を大義とすれば、どんな輸入制限も許されると本気で考えているのか、トランプ政権の通商政策は余りにも危険さを禁じ得ません。トランプ通商政策については別途分析整理してみたいと考える次第です。
ロシアのプーチン大統領も25日のサントペテルブルクでの国際経済フォーラムで講演し、安全保障を理由にした経済制裁を「新しい保護主義」と呼び,「安全保障を口実に競争相手に圧力をかけている」と、米国を暗に批判していたのです。 以上
posted by 林川眞善 at 07:58| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください