2017年09月25日

2017年10月号  この夏 暴走する北朝鮮と国際社会の相克、そして「地経学」(Geoeconomics)の台頭 - 林川眞善

はじめに: 北朝鮮の暴走

2014年、米政治学者,Walter Russel Mead氏が Foreign Affairs (May/June)に発表した論文「The Return of Geopolitics」(地政学の復活)は、―「地政学」とはもともと国の政治行動を、地理的環境、条件と結びつけて考える学問の事をいいますが ― 時の国際競争環境が旧来の「ゼロサム」関係に戻ったとするもので、斯界の注目を呼ぶものでした。その論文の内容は概略、以下の通りです。

― 冷戦の終結を経て、国際関係の基本は、領土問題や軍事力への依存など、国家間の勝ち負けがはっきりする「ゼロサム」関係から脱却し、世界秩序の構築、通商の自由化、核不拡散、等々世界全体が利益を得られる「ウインウイン」関係へと質的変化を遂げたと各国の政府関係者、政策関係者は思っていたが、しかし、実はそれが幻想に過ぎず、ロシアのクリミア進攻や中国の東シナ海、南シナ海での自己主張の展開、それに対する日本の反応、等々に照らし、世界は再び「ゼロサム」関係に戻った、とするものです。。

これは競争の構図が、欧米等いわゆる「西側諸国」と、ロシアや中国と云った現存秩序に異議を唱え、挑戦するrevisionistとの対立になったとする見方です。因みに、中国は、日米同盟を中心とする、アメリカ主導の同盟ネットワークを「冷戦思考」の残滓と批判し、「ウインウイン」関係を構築しようと主張しています。然し、東シナ海、南シナ海で起きていることを見ても、日本等中国の周辺諸国にとって「ウインウイン」の関係にはなっていないことは明らかです。

そんな中、この夏、北朝鮮は、ミサイル発射を繰り返し、加えて核実験を強行するなどで、世界を震撼させ、今尚その脅威は続く処です。そして、彼らが目指す軍事強国化が齎すリスクと、北朝鮮を巡る国際社会、とりわけ米・中・ロの相克とも相まって、朝鮮半島を巡る伝統的な地政学的状況は一変する処となっています。

つまり、朝鮮半島におけるパワーバランスが今や、通常戦力では韓国が優位に立つものの、「核」では北が優位に立つという非対称のいびつな形となってきている処、ミサイル技術等は、従来の地政学が前提としてきた固定的な国境を容赦なく越えることが出来る点で、その‘形’は更に深化する状況にあるという事です。加えて、朝鮮半島では中国の経済的影響力の増大で、南北関係、更には朝鮮半島全体の地政学的構図が影響を受けだし、経済的要因が優越する「地‘経’学」(geoeconomics) 的リスクが生じるという新たな状況が生まれてきたというものです。後述する今次、国連安保理での制裁決議案を巡る関係国の対応こそは、地政学だけでない「地経学の台頭」を映す処です。

とすれば、かかる新たな環境にあって、これまで日米同盟を軸に米国だよりの政策行動にあった日本は、世界とどう向き合っていくべきか、再考が迫られる処です。というのも、新たな「地政学」、「地経学」の時代に向き合っていく為には、単なる連携の政治学では太刀打ちが出来なくなる可能性があるとみられるからです。
そうした折、9月21日、北朝鮮のリ・ヨンホ外務大臣がNYで行った太平洋上での水爆実験の可能性を示唆する発言は、北朝鮮の脅威を一挙に極める処となっています。

さて、以上の状況を踏まえながら、改めて、この夏起きた‘北’の暴走の実状と国際社会の対応状況について、勿論 彼らの挑発行為はこれからも続くことが予想される処ですが、この際はメデイア情報をベースに整理し、従来の地政学を超える地経学の台頭という新たな時代感性の下、日本の進むべき方向について考察してみたいと思います。(2017/9/25)


                 目   次

第1章 この夏、北朝鮮の暴走と国際社会    ---------- P.3

1.北朝鮮の暴走、その実相
(1)ミサイル発射・核実験と、‘北’の狙い
(2)挑発行為を許してきたアメリカの対北朝鮮政策
2.北朝鮮問題と 中・ロのスタンス
(1)習近平中国
(2)プーチンロシア
          
第2章 「地経学」の台頭と、日本の目指すべき方向 ----- P.7

1.「地経学」の台頭が意味すること
2.新しいリスク環境と、日本の目指すべき方向

おわりに:アジアの未来、そして日本政治の明日は  ----- P.10.

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第1章 この夏、北朝鮮の暴走と国際社会

1. 北朝鮮の暴走、その実相

(1)ミサイル発射・核実験と、‘北’の狙い

8月29日、北朝鮮は日本の北海道上空を越える弾道ミサイルを発射、襟裳岬東1180キロに着弾と報じられました。今年に入って13回目の発射だそうです。安倍首相は「これまでにない脅威」として即、同盟国米トランプ大統領にコンタクト、「今は対話の時ではない」との認識で一致し、圧力の強化を高めていく事で連携する方針を確認すると共に、米韓と共に緊急国連安保理で北朝鮮に対し、ミサイル発射の即時停止を求める議長声明の採択に動きました。これには予て北のサイドにあった「中・ロ」から、彼らは常任理事国として拒否権を持つ立場ですが、反対もなく全会一致で合意したのです。(注:議長声明は国連の公式文書として残る為、非公式の報道声明より格上の位置づけとなる)

そうした中、9月3日には、北朝鮮は2006年10月来、通算6度目となる核実験(ICBM用水爆実験と発表)を強行、防衛省によると核実験規模は160キロトン、その爆発規模は従来の10倍(広島原爆の10倍)ともいわれるものです。これまでの国際社会の制止を聞かずに核・ミサイル開発を強行する北朝鮮は、従って国際社会への脅威を一段と高める存在となってきましたが、日本にとって、その姿は、戦後最大の危機を目の当たりとするものです。

9月4日には再び緊急安保理が公開で開かれ、後述するように、11日には米国より提案の追加制裁案が、一部、ロシア、中国からの修正提案を受けたものの、全会一致で採択(注)、以って国際社会として北朝鮮に制裁を課すこととしていますが、彼らは全く意に介すことなく15日には、再び北海道上空を通過する中距離弾道ミサイル「火星12」の発射を強行、制裁決議はどこ吹く風の様相にある処です。ただ、そのミサイルは北朝鮮が「包囲射撃」計画を発表した米領グアムを射程に入れたものだけに、北朝鮮リスクは危うい一線に近づいていることを感じさせるものでした。因みに16日、朝鮮中央通信の報じる処では、15日のミサイル発射について金正恩委員長は「戦力化が実現した」と評し、実践配備への準備を指示した由です。(17日付日経)

(注)追加制裁決議(9月11日):
 ・貿易規制:原油、石油製品は上限を設定、天然ガスは禁輸、繊維製品の全面禁輸、
 ・主要外貨獲得手段:北朝鮮労働者の受け入れ禁止、
(要は、「ヒト・モノ・カネ」を断つことにあったが、中ロの異見に配慮。「最強の決議案」からは後
 退。尚、過去の制裁と併せると、北朝鮮からの輸出の9割が断たれることになると見られている)

‘北’の狙い - では、そもそも金委員長は何を目指し、そうした行動に出ているのか、です。
巷間伝えられることは、国内経済が疲弊する中、三代続く金独裁政治体制を維持していく為には、米国との平和協定をテコとした国際社会の制裁解除が不可欠としており、その為には軍事力の強化を以ってしかなく、つまり合法的な「核保有国」(注)となることで、米国と対等な立場を堅持し、朝鮮半島での米国の影響力を弱化させることが必須と、2006年以来核兵器開発に邁進してきているというもので、今回のミサイル発射も米領周辺への実行をちらつかせて米国の危機感を煽り、有利な条件で米朝対話に持ち込む狙いがあると言われています。

(注)現在の核保有国は、NPT(核拡散防止条約、1963年)で認められた米英仏中ロの常任 
  理事国、5か国、に加え、NPT非批准国のインド、パキスタン、そして未確認のイスラエ
ル、 そして北朝鮮、保有が疑われているのがイラン、シリア、ミヤンマ。

もう一つ、開発に猛進する事情として語られることは、2000年代に入ってイラクのフセイン、リビアのカダフィら独裁者が倒れたのも「米国の圧力に屈し、核を放棄したから」と思い込んでいることがあるとされ、殊三代目委員長は、その点を強く意識していると伝えられている処です。とすれば、世界が北朝鮮を核保有国であることを認めない限り、つまりは米国がそれを容認しない限りという事ですが、北朝鮮の暴走はとまることはなさそう、という事でしょう。

では彼らの挑発行為を止めさせるためにはどうするか。基本的には「対話」、「圧力の強化」、「軍事力の行使」の三つしかないのでしょうが、国際社会としては、これまでも国連安保理を介して北朝鮮包囲網を築くことし都度、非難声明、制裁措置を打ってきていますが、今回の追加制裁決議に対しても北朝鮮はすぐさま「全面的に排撃する」と非難し、前述の通り15日にはミサイルの発射を強行しています。現下のトップ2人の挑発言動は、双方不信を深め、その決着は不透明を極める状況です。それだけに外交経験の乏しいトップ2人によるチキンゲームが過熱した結末が危惧される処、とにかく「ツキジデスの罠」(注)に陥らないことを念ずるばかりです。

     (注)歴史家、ツキジデスが、紀元5世紀、古代ギリシャ世界で、当時の覇権国家スパルタが、
急激に勃興する都市国家アテナイに恐怖心を抱き戦争(ペロポネス戦争)に至った経緯を記  
述する中、新興国の台頭が覇権国家に与える恐怖が、戦争を不可避とするとしたもの。

(2)挑発行為を許してきたアメリカの対北朝鮮政策

処で、そうした動きを助長し、現在のような北朝鮮の暴走を許してきた要因が、歴代米政権がおかした誤算の連鎖にあるとされています。

まず、クリントン政権では、1994年の第1次核危機で一時は核施設への限定的空爆を検討した経緯があったのですが、韓国の反対もあって最後は対話路線に転換し、核開発の凍結と経済支援を組み合わせた「米朝枠組み合意」を纏め、以って対北朝鮮政策としていましたが、2003年に北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)から脱退を表明したことで当該合意は完全に崩壊してしまっています。
次に、オバマ前大統領は、「戦略的忍耐」を掲げ、核放棄に向けた北朝鮮の自主的な取り組みを待つというものでした。それは「核」というものへの過小評価に負う結果と言われていますが、同時に北朝鮮に開発の時間を稼がせてしまったという事でした。ブッシュ大統領もそうでしたが、いずれも北朝鮮が崩壊するのは時間の問題と考えていたと言われていたのです。

そしてトランプ大統領です。彼は就任時、米本土に届く核弾頭を積んだICBMの完成には2年はかかると、つまり危機は少し先よりと見ていたようだと伝えられており加えて、トランプ氏は大統領就任以来、北朝鮮問題はとりあえず中国にまかせてきた事情もこれありで、その結果が、米国が軍事行動に踏み切る「レッドライン」の一つと見られていた核実験を許す事態に至ったというものです。9月4日、公開で行われた緊急安保理では、米国は「可能な限り最強の制裁措置を採択すべき」(ヘイリー国連大使)としていたのはそうした事情への焦りを示唆する処でした。

が、実はNYTimesは、この春から米国は急速に北朝鮮に対する取り組みを本格させだしたと報じていたのです。つまり専門家や情報機関の報告をベースに「現状が変わらなければ北朝鮮の核兵器はトランプ大統領が任期を終えるまでに、50個に達するかもしれない」(2017/4/26付)というのでしたが、既に、繰り返されるミサイル・核実験で、いまやその危機が現実となってきた事を認識し、要は北朝鮮の「核の脅威」が米本土に及ぶかもしれないと、米国は真剣に考え始めたと、いうものだったのです。

9月19日、トランプ大統領は、初登板となったNY、国連総会で「米国と北朝鮮の問題ではなく、世界と北朝鮮の問題だ」と強調し、国際社会が協力し、経済的な圧力を加える必要を訴えていますが、その協力という点では、北朝鮮と深い経済関係にある中・ロの対応の如何が大きなポイントとなる処です。つまり、現状、中国、ロシアそして米国が演じる国際社会のパワーゲームが、対米戦略が絡む図式となってきている点で、対北朝鮮政策についても、この図式の中でどう解を求めていくかが大きなポイントとなる処です。序でながら、北朝鮮に対して日米韓は敵対国であり、中ロは友好国です。以下は、直近での中・ロのスタンスの如何を観るものです。

2. 北朝鮮問題と中・ロのスタンス

(1)習近平中国(中朝友好協力相互援助条約)

中国は、北朝鮮にどう向き合おうとしているのか。北朝鮮との緊密化した経済関係に照らし、基本的には制裁には反対の立場にあったはずです。因みに当初制裁案にあった原油禁輸措置は北朝鮮の生殺与奪権を奪うものとして、ロシアと共に反対しています。尤もそれによる北朝鮮からの難民流入を警戒しての事とも言われているのですが。

然し、今回の北朝鮮の核実験が、習主席が主催してアモイで開く「BRICS首脳会議」開催(9月3日)の当日であったことは、彼にとっては極めて大きなショックを齎したとされる処です。つまり、習近平氏は主席に就任以来「中華民族の偉大な復興」を掲げ、大国を意識した外交を展開してきています。2014年、北京でAPEC、2016年には杭州でG20首脳会議を開催。今年のBRICS首脳会議は10月の共産党大会でアピールとなる筈だったと云われていました。が、北朝鮮のミサイル・核実験はそれまで積み重ねてきた成果、効果を帳消にしてしまったと、中国政府にとって大きなショックを与え、つまりは習主席の顔にドロを塗るがごときというものです。因みに、BRICS会議では北朝鮮の核実験に触れることはなかったと伝えられています。

加えて、米国との関係については、これまで中国は一帯一路構想等、「西」に目を向け、米国と対立することなく大国の地位を目指す道を進んできたとされるなか、同盟国北朝鮮の暴走が、同時に米国の対中圧力を生む処となってきたわけで、この圧力の大きさ如何では「党主席」につくと云われてきた習近平氏の「中国の夢」は壊されかねない状況と、報じられるなどで、いまや条件を付けながらも制裁には前向きになったと伝えられている処です。
因みに11日の制裁決議で禁輸が決まった北朝鮮の外貨獲得源と言われる衣料品貿易について、中国は決議採決前の8月下旬から停止していた可能性が伝えられていますが(日経9月14日)、原油の全面禁輸には反対したものの、中国が自国企業への影響を犠牲にしてでも衣料品の禁輸に踏み切ったとすれば、北朝鮮へのいら立ちのほどが映る処です。

尚、序でながら、トランプ大統領就は就任当初、中国が目指す米国との大国関係にrespect する姿勢を見せ、併せて北朝鮮問題については前述、中国に任せることとしていたものの、その期待に応えてくれない中国に不満を鮮明とする処、米通商法301条に基づいて中国による知財間侵害の調査を始めると云い、更に中国をイメージしての事と思料されるのですが「北朝鮮とビジネスをするすべての国との貿易停止を検討している」というのです。
つまり、トランプ氏の行動で注目すべきは、安全保障上の問題が経済に飛び火してきている点で、後述、「地経学」的リスクの高まりを実感させる処です。(第2章、P.9参照)

(2)プーチン ロシア(ロシア・北朝鮮友好善隣協力条約)

ロシアはどうか。ロシア国連大使は緊急会合後の記者会見で、「制裁だけではどのような禁止措置が導入されたとしても問題解決にはならない」と主張、併せて米国の決議案にロシアの経済的利益に関わる事項が入っていれば反対する(日経9月5日)と明言していましたし、北朝鮮との経済関係、つまりロシア経済は5万人超とも言われる北朝鮮労働者に依存する事情からも、制裁には反対、あくまでも話し合いをとしています。原油の禁輸措置については中国と共に同様趣旨で反対しています。
偶々、その直前の9月7日、ロシア極東のVladivostokで開かれた「東方経済フォーラム」に出席した安倍首相は、現地で行われたプーチン大統領との首脳会談で、改めて追加制裁案に賛成をと要請していますが首を縦に振ることなく、あくまで対話で解決すべきと主張、両者の溝は埋まる事はなかったと報じられていました。プーチン・安倍の親密さが喧伝される割にはと云った処です。さて安倍首相はトランプ大統領の飛脚なのかと云いたくなる処ですが、要は、彼らは政治よりは経済をと、具体的にはユーラシア地域でロシアが主導する経済開発に北朝鮮を組み込んでいかんとしている由で、中国の一帯一路戦略を意識した、新たな世界戦略を示唆する処です。

その他、英国、フランス、ドイツの欧州勢は制裁措置に大賛成にあり、核保有国を認めれば核拡散の懸念を指摘する等で、メルケル独首相は「仲介外交」に意欲を示すほか、スイスのロイハルト大統領も米国と北朝鮮の間の仲介役を買って出てもいいとの声も伝えられているのですが・・・。

さて、上述、新たな変化にある国際社会の生業を理解するとき、前述の通り、米国べったりできた日本の政策行動は再考が不可避となる処ですが、それには相応の哲学が求められると云うものです。因みに、安倍首相は各国首脳を訪れ、北朝鮮への圧力強化をと唱えています。が、単調に唱えるだけでは外交努力を尽くしているとは言えません。 今、日本は多国間の対話を呼びかけるにふさわしい立場にある処、先の国連総会での安倍首相の発言は、単にトランプ大統領の激しい北朝鮮批判に油を注ぐが如きで、さて彼の感性は如何なものか、と問いたくなる処です。


第2章 「地経学」の台頭と、日本の目指すべき方向

1.「地経学」の台頭が意味すること

本稿冒頭、旧来の力の衝突が国際関係に戻ってきたとする論文「地政学の復活」を紹介しましたが、北朝鮮問題も含め世界で起きていることを更によく見ると「復活」したのは「地政学」だけではなく、もう一つ言えるのが「地経学」の復活です。この「地経学」という言葉が生まれたのは米国の戦略研究家、エドワード・ルトワックが1990年に発表した「地政学から地経学へ」と題する論文で初めて使われたとされるものです。発表前年の1989年に起きたベルリンの壁崩壊、更に西ドイツ、日本という当時の新興国が米国の経済的優位を脅かしつつある新状況に照らし、軍事的脅威や軍事同盟の意味が薄れ、地経的な順位や、その方法が支配的になってきたとして、その時代を「地経学」の時代と呼んだものでしたが、その後、米国経済が勢いを増してきたことで、その言葉も消えて行ったというものですが、いま再びと云うものです。因みに、朝鮮半島を巡る現下の国際社会の生業こそは、新たな地政学的状況を生む処とされるのですが、つまりは「地経学」の復活を意味する処です。

尚、今日的には「地経学」は下記(注)の通り定義される処ですが、要は、地政学的な利益を、経済的手法で実現しようという政治・外交手法の事ですが、その具体的事例とし、よくリフアーされるのが、2010年9月、尖閣列島沖での中国漁船衝突事件後に起きた日中間の通商紛争です。

つまり、日本政府はこの衝突事件で中国漁船の船長を逮捕したのですが、中国側はレアアースの「対日輸出の禁止」を以って、日本に対して漁船船長を釈放させようと圧力をかけた事件です。当時、中国は世界のレアアース生産の97%を占めていただけに、その衝撃は日本に留まる事なく世界を走ったのです。これは漁船衝突事件を巡る一連の中国側の反応の一コマに過ぎなかったものの、経済手段を戦略的に使うという意味で、極めて画期的な出来事であり、まさに「地経学」的行動の典型的とされるのです。

(注)「地経学」:「国益の増進と防衛、更に地政学的に有益な結果をもたらす為に経済的手段を
行使すること」― By Robert D. Blackwill and Jennifer M. Harris,「War by Other
Means :Geoeconomics and Statecraft」(Harvard University Press, 2016 )
    
この地経学の台頭は実は、いわゆる liberal international order (自由で開かれた国際秩序)に対する挑戦が進むなかでの現象と言え、一言で言えば、「安全保障の地理、geography」は縮小し、「経済の地理」が戦略性を強めながら拡大する現象(慶大神保謙准教授「地経学の台頭と日本の針路」、2017.7)と見ることが出来るものです。もとより、この二つ現象は同時並行的に起こっているのです。

嘗て世界の安全保障問題、世界経済の秩序ある成長、等への対応は軍事大国、経済大国として米国が主導し、必ずや一定の落としどころを得て運営が可能とされてきました。然し、いわゆるG7に対抗できる新興国、とりわけロシア、中国が名実共に大国として台頭してきた一方で、米国が孤立主義に向かい、世界のリーダーとしての立場を放てきしだした事で、従来のような多国間の協調連携を容易とすることが難しい状況が出てきていますが、今回の国連追加制裁を巡る各国の対応推移は、まさにそうした現状を映すものと云えるのです。
 
序でながら、「地経学」の現象を、上述「経済的手法を用いた地政学的目標の追求」とする時、トランプ氏の大統領としての登場は、この「地経学の復活」を印象付ける処とも言えそうです。つまり彼は、周知の通り、民主主義、人権等を訴えるいわゆる「価値外交」を拒否しています。そして、これを嫌がる中国などに押し付けてもしようがない、それよりも、西側の経済発展と繁栄を見せつける方が遥かに中国を民主化に導く効果がある、との考え方にもあるものですが、それはまさに「普遍的価値」より「経済利益」を目指すという点で「地経学」の復活を印象付けると云うものです。尤も、それで大国米国を一つに纏め、政治することは極めて難しい処であり、現下の米国の実状が、それを語る処です。

さて、地政学と地経学の復活を受けて変化する国際環境は、今後、日本にどのようないリスクを齎し、従っていかなる戦略を以って臨むべきか、以下はその考察です。

2.新しいリスク環境と、日本の目指すべき方向

日本をはじめとする多くの地域諸国にとって、中国は最大の貿易相手国となっています。つまり通商、経済は中国に大きく依存しているのです。一方で、日本、韓国、オーストラリアなど、米国の同盟国、友好国は、自国の安全保障を米国に大きく依存しています。つまり経済は中国、安全保障は米国と、股裂け状況にある処です。だからと言ってどちらか片方を選ぶというわけにはいかないというものでしょう。

経済的な相互依存はグローバリゼーションが進んだ結果であり、更に進化することでしょう。それは世界経済を「ウインウイン」関係に導くための決め手でもあるのですが、同時に各国経済の脆弱性を大きくするマイナス効果をも招く処です。それは言い換えれば、先に触れたように自由で国際秩序への挑戦が進んできたことで、「安全保障の地理」は縮小し、「経済の地理」が戦略性を強めながら拡大する新たな環境を生む処、地経学的な外交は、経済的な依存を「人質」にとって、政治・安全保障上の譲歩、政策変更を迫るといった事が、常態化するのではとも危惧される処です。まさに新たなリスク環境と言える処です。

では今後の方向は、ですが ー これまで日本は民主主義等普遍的価値を米国と共有することで同盟関係を強いものとし、「自由で開かれた国際秩序」を維持せんとしてきました。が、上述してきたように「地政学的」、「地経学的」な大きな変化を齎す国際情勢にあっては、そうした日本に深刻なリスクをも齎す処です。つまり、グローバルなパワーシフトが起こり、中国やロシアと云った国家資本主義の台頭があり、民主主義と自由な価値の後退という挑戦を受け、同時に、これら変化は安全保障環境を厳しいものにする処です。こうした変化が示唆することはこれまでのような、単なる連携の政治学だけでは太刀打ちできなくなる可能性を示唆する処ですし、まさに地経学の重要性が増す処です。

そこで、考えられていくべきアジェンダですが、それは、現状の「米国主導への協調」策を含め、日本国内における経済、政治、安全保障を如何にバランスしたものとしていくか、にある処です。つまり、米国以外の地域連携を如何に考えていくか、とりわけ中国主導のAIIB等への対応、一方、ユーラシではロシア主導の経済圏の拡大で、地経学が急速に重要性を増してきていると伝えられていますが、これら対応を如何に考えていくべきか、が問われていく処と思料するのです。

かかる思考様式をコンテクストとするとき、日本に必要とされるのは、やはり開かれた国際秩序の基盤を守りつつ、新しい潮流に積極的に参加し、先進国と新興国が複合体として共存するシステムの構築を目指すことと思料するのです。弊論考7月号で紹介した、米プリンストン大学のG.J. アイケンベリー教授がLiberal international order(自由で開かれた国際秩序) の再生を目指せと主張していたこと、再び想起する処です。


おわりに:アジアの未来、そして日本政治の明日は

The Economist(2017/9/9)に載った ‘Asia’s Reckoning : China, Japan and the Fate of US Power in the Pacific Century by Richard McGregor , 2017’ の書評は、というより、書評を通じた評者のコメントは、今回の論考にも絡み、非常に筆者の興味を引くものでした。

まず、本書著者、マクグレガー氏は、シドニー生まれのジャーナリスト(the Australian and the Financial Times)で東京、北京で活躍し、日本語、中国語の二か国語に通じる仁で、かかるバックグランドをもつだけに、戦後の時代から今日に至る日本と中国の関係、さらには日米中、3国間の関係についての記述は、現場で手にするarchive(公文書)への豊かな解釈が加わって、極めて魅力的と評するのです。

因みに、日本と中国は少なくとも千年もの間、地域のライバル関係にあった事。双方が戦争を始めたのは19世紀の後半で、それまでは絵画、書家等芸術の分野では交流があったが、他の近隣諸国の様に中国の皇帝に貢物をするようなことはなかった事。そして、1895年から1945年の間、日中はしばしば戦争を繰り返してきた事、そして、1945年以降は、今日のような甘酸っぱい関係を引きずってきているというのです。とりわけ日本の植民地であった朝鮮半島については戦後解放されたものの、米・ソ(旧)が仕掛けた分断国家となり、その後に起きた朝鮮戦争(1950~53)では米国と中国軍が交戦し、その結果は今尚和解(平和条約)ないままの状況が続いていること、等々、その語り口は魅力に富むものだったというのでした。

こうした国際情勢の分析を課しながら、エコノミスト誌評者は、日中両国は20世紀を通して戦った交戦国として和解しきれないままにあり、しかもその関係が更に開く様相にあると、指摘するのです。そして、仮に、東アジアで戦争が起こった場合、北朝鮮は9月3日の核実験の成果を駆使するだろうし、そうなれば東シナ海の諸島はもとより、韓国の崩壊すら示唆するのです。
そこでifですが、中国が北朝鮮による核戦争勃発を阻止する口実で、北朝鮮を占拠ないし政権交代を力で行い、北朝鮮を自らの核傘下に入れることとすれば、東アジア地域における戦略的なパワーバランスを、米日中心から中国側へとシフトさせられるであろうし、それこそは一番手っとり早い方法であり、であれば、これはアジアにとって本当のfinal judgementになるだろう、Asia’s truest ‘reckoning’だというのです。さて、これは評者の勝手な推論でしょうが、何故かその可能性を感じさせるもののある処です。

来る10月、5年ぶりに開催される中国共産党大会では習近平氏が毛沢東以来の党主席に就任し、11月にはトランプ大統領の訪日、そしてアジア諸国訪問が伝えられていますが、これがアジアの安全保障の今後のり方再考への大きなモーメントとなる事間違いなく、日本政府には前述のように日本のみならずアジアの日本として、今後どう考えているか、その確実な対応準備が求められる処と思料するのです。という事で早速に「Asia reckoning」を発注しました。楽しみです


処で、9月17日(日)付日経朝刊一面には「早期解散強まる- 首相、来月衆院選模索」の言葉が躍り、え~と、思わせるものでした。事後、10月22日を投開票日とするスケジュールで、政界は動き出しています。何故、いま?って処です。北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射は、まさに日本国にとって戦後最大の危機とされる処です。一刻たりとも政治を休ませることはできないはずですが、そうした状況にも拘わらずです。
では国民に何を問うとするのでしょうか。つまり解散の大義、争点は、です。本来、与野党の論戦を通じて定まっていくものです。が、そんなことにはお構いなく、下り坂の安倍人気挽回の為には対抗勢力が全く弱体の今が・・・、という事のようです。党利党略、政権与党の損得だけで宝刀を振り回されては国民としては、たまったものではありません。あれだけ成長戦略の中核法案と安倍首相自身、しこってきた「働き方改革法案」など、結局は先送りとなるのですから。

近時、際立つ低レベルの国会議員の登場こそは、そうした政治風土を映すものでしょうが、勝手な都合で国政をいじくりまわし、政治の空転をも良しとする輩に、もはやred cardと、思う事しきりです。
                                        以上
posted by 林川眞善 at 14:29| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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