2017年07月26日

2017年8月号  世界は今、ニューノーマルを探り始めた - G20ハンブルグ・サミットと国際システムの今後      林川眞善

はじめに:二つの‘終わり’

5月イタリアで行われたG7サミットが「1対6」の様相に、また7月ドイツで開かれたG20サミットでのそれは「1対19」の様相にあったと言われています。それが意味することは、トランプ米国を「1」として、これに対峙した他メンバー国との亀裂の深まる様相を語るものでした。さて、その‘亀裂’をどう理解し、今後の世界経済の可能性を如何に考えていくべきか、その備えとして過般、今、人気の世界経済論、二つを読んでみました。

一つは法政大学教授の水野和夫氏による「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀」(2017・5、集英社)、もう一つは、国際ジアーナリストのビル・エモット氏の「西洋の終わりー世界の繁栄を取り戻すために」(2017・7、日経出版)(原題:The Fate of The West)です。

まず水野氏は、イギリスの歴史家、ジョン・エルスナー(J. Elsner)とロジャー・カーデイナル(R. Cardinal)の共著「蒐集」をリフアーし、西欧には歴史を「蒐集(collection)」の歴史と捉える考え方があり、「蒐集」することで社会秩序を維持してきたのが西欧文明だとした上で、現代に至る世界経済発展の生業を、歴史的perspectiveを以って分析するのです。

つまり、その蒐集する対象は、最初は土地だったが、13世紀初頭に資本の概念が誕生したことで、その対象は資本に移り、その蒐集活動はグローバルに進み、経済の拡大を見てきたというのです。ただその‘場’の広がりに限界が出てきたことで資本の「蒐集」が困難な状況が生まれ、その困難な状況を定義上、「資本主義の終焉」とみるのです。同時に、こうしたグローバル資本に振り回されるのはたくさんだとして、世界に対して自分たちの社会や市場を「閉じる」方向に向かおうとする意識が広まってきたと言うのです。そして、イギリスのBREXIT、米国では排他的とも言える自国主義を唱えるトランプ氏の台頭でグローバリゼーションを否定する潮流が明確になったとし、これが世界に対して「閉じる」と云う選択を迫る、つまり経済ナショナリズムにその解を求めることとなったとし、世界経済の現状を解析するのです。つまり、自由と平等を前提としてきた資本主義はその歴史を終え、現行の資本主義というシステムは ‘閉じた帝国’ としてポスト近代システムを探ることになると分析するのです。

確かに複雑に変化する世界経済を、歴史的パースペクテイブと共にダイナミックに分析された本書は、彼の3年前の「資本主義の終焉と歴史の危機」に続き、評価される処ですが、さて、これがポスト・モダンの姿を‘閉じた’経済システムに求めることになるとの発想には正直、組することはできません。新たな技術革新が急速に起こってきている今、新しいもの、異なったものを結び付けることによって新しい収益機会、つまり新たな蒐集の場が創造される時代にあるだけに、です。

そ点では、エモット氏の論理は、より建設的であり、示唆的と思料する処です。つまり彼はシュペングラーの大著「西洋の没落」をリフアーしながら、筆者も学生時代、のめり込んで読んだものですが、戦後70年以上ずっと西洋諸国は繁栄を続け、この繁栄する西洋に参加する国がどんどん増え、現代性を齎す思想に群がってきたということですが、今、そのシュペングラーにどこか似ている質問者が、私たちの前に立ちはだかって、指を振り、首を傾げて、この繁栄の時期は終わったのか、それとも終わろうとしているのか、と問いかけていると云うのです。そして、今の時代は、待遇とさまざまな権利の平等が、何十年もの間、なかったような強い疑念にさらされ、社会の信頼が揺らいでいるように思われること、そして更に、現在と今後十数年の西洋の命運は、その進化の能力に委ねられるとした上で、西洋諸国の市民として、まず、ドア、国境、心を閉ざそうとする動きに抵抗し、進化によって変わるのを拒んでいる大きな障害を突き止め、異見を一致させ、障害を除去しなければならないと警鐘を発するのです。

序でながら彼は、米国でよく引き合いに出されるトーマス・ジェフアーソンが云ったとされる「自由の代償は、永遠の警戒である」に照らし、外部の脅威と、内なる脅威の両方に、警戒する要があるとし、現在、そうした脅威の最大原因は、不平等だと指摘するのです。だから、億万長者であることをひけらかし、自分の名前を大書したけばけばしいビルが気に入っている人物が、平等の為にたたかっていると思われているのは、皮肉としか言いようがないというのですが、まこと共感、覚える処です。

かくして、トランプ氏が云う「デイール」をベースとしたアメリカ・フアーストとは、トランプ・フアーストであり、一国のトップとしてのスローガンとは決して言えるものではありません。
つまり、「世界を止めろ。俺は降りる」と云うような経済ナショナリズムは正しい手法とは言えず、要は、我々は民主主義と経済システムを修理、整備することなくしては成り立たなくなっていくというのです。 その点ではトランプが言っているように「腐敗を一掃する」必要がある処でしょうが、しかし、逆にドアを閉ざし、貿易と競争の障壁を高めたら、独占企業、カルテル、過度の政治力を持つものによる被害が甚大になると云うものです。同時に利己主義と、それを追求する能力は弱まるどころか、強まっていく事になる処です。 アメリカや欧州でポピュリストの党が提案する閉ざされた独裁主義的な社会は動きに乏しく、極端な場合にはゼリー状に固まったものになる筈と云え、機会は増えるどころか減らされることになるとは歴史が示す処です。
それは‘開かれた社会が優位に立てる’事を語る処と、エモット氏は云うのです。

さて、この優位をどのように堅持していくかが、2008年の金融危機以降の世界経済に課せられたテーマとしてあり続けてきた処です。そして、そこにある問題を克服し、持続的な成長を担保していく為にと導入された世界活動の一つがG20サミット(注)です。そのサミットがドイツ・ハンブルグで今年も行われましたが、そこで見る討議の展開は、当初の理念とは聊かのギャップを実感させるものでした。

   (注)G20サミット:日米欧主要7か国(G7)の財務相・中銀総裁会議に、1999年、
     アジア通貨危機に対処するため、米国が主導して中印など13か国を加え、G20財務相会
議を創設したことに起源をもつ。首脳会議は2008年のリーマンショックを受け、当時の
ブッシュ米大統領が主導して開催。2009年に定例化が決まった。G20では世界経済や
自由貿易拡大への議論を通じて国際秩序の堅持を図る事都してきたが、現状では米国が輸入
制限をちらつかせ、中-印・露などBRICS首脳が保護主義反対を訴える構図に変わってきた。

そこで、この際はエモット氏のコンテクストにも照らしながら、今次のG20サミットが映し出した現下の国際情勢、とりわけ自由貿易を巡るトランプ米国と、欧州、とりわけメルケル・ドイツとの関係、そして蜜月とも瞬時、評された米中関係の変容にフォーカスし、その実態を確認しつつ、同時に係る新潮流の中、日本としてはどういったポジションを目指していくべきか、改めて考察しておきたいと思います。(7月25日)
         
                   目 次

1. 再び「1対19」のG20ハンブルグ・サミット ・・・P.4
 -世界は、rogueな指導者の下で、「ニューノーマル」を探り始めた?

(1)自由貿易を巡る対立構図「1対19」のリアル
  ・鉄鋼輸入関税発動の意味
(2)米中関係:始まりの終わり
  ・米中包括経済対話

2. G20サミット後の世界と、日本のミッション  ・・・P.8

(1)米国抜きという世界のニューノーマル
  ・欧州の自立
  ・今、指摘されるドイツの黒字問題
(2)日本の目指すべき方向とミッション
  ・日本の自主外交

おわりに:国民から「ノー」を突きつけられた安倍首相 ・・・P.11

  ・安倍政権支持率はいま急降下
  ・「都民フアースト」の勝利が意味すること 
  ・今求められるゲームチェンジャー

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1.再び「1対19」のG20 ハンブルグ・サミット
    - 世界は、rogueな指導者の下で、「ニューノーマル」を探り始めた?

7月7・8日、ドイツのメルケル首相を議長とするG20サミット会議はハンブルグで開かれましたが、それは、先のG7サミット同様、再び「1対19」の様相を鮮明とするものでした。つまり、地球温暖化対策や反保護主義などを巡り、保護貿易を主張するトランプ米国と自由貿易推進派のメルケル・ドイツ、他メンバー国との亀裂を鮮明とする処となったというものです。

G20サミト終了時、公表された首脳共同宣言はまさにそうした状況を映す内容となっています。と云うのも、そこでは「開かれた市場を維持する」と、反保護主義の大原則を打ち出していましたが、同時にトランプ氏が主張する不公正な貿易相手国に対しては関税の引き上げなど「不公正な貿易への対抗措置」を採ることを容認、併記したのです。国際協調の象徴ともいえる環境対策の国際的枠組み「パリ協定」についても、既にトランプ政権は協定離脱を宣言していることもありで、先のG7宣言同様、併記されています。勿論G20の宣言としても異例の措置と云うものです。そして内容的にも、とりわけトランプ氏が主張する不公正貿易への対抗措置を、「不公正」の定義を示すこともないままに、容認したと云う点は極めて問題の残る処ですが、そうした対応が示唆することは、rogue (異常者)とも言われる指導者の下で、世界は「ニューノーマル(新常態)」を探り始めたという事かと、その思いを致す処です。

7月20日で、就任から半年を経たトランプ米大統領、この間、曲折はあっても「米国第一」の原点を揺るがすことはなく従って、グローバル化や自由主義を主導してきた超大国、アメリカの変質は覆い隠すべくもなく、その姿勢はG7サミット,G20サミットを通じて鮮明としてきています。一方、米国内においては、議会との折り合いがうまく行かず、更にはロシアゲート問題も加わったことで、公約もままならぬ状況にあるトランプ大統領としては、政治的成果を期すべく、その矛先は、大統領にフリーハンドの権限が与えられている通商貿易問題に向けられる処、従来の多国間連携は二国間交渉に益々シフトしていく事で、自由貿易の後退が予想され、その限りに於いて、世界経済の縮小も危惧される状況です。勿論、その様相はG20での協議に強く映る処でした。

(1) 自由貿易を巡る対立構図「1対19」のリアル

トランプ氏は自由貿易について、‘貿易’が公正であるためには収支が均衡しなくてはいけないと主張するのですが、これが「1対19」つまり、トランプ米国と他メンバー19か国の対立構図をなす原点となる処です。これは云うまでもなく経済学的にはナンセンスな事であり、関税を課せば競争条件が公平になるという信念も、あまりにも単純で危険なことと云わざるを得ません。

今次G20サミットの首脳宣言では「正当な貿易対抗措置」の採用を容認しましたが、そこで注目されるのが、米通商拡大法232条(注)の発動による輸入制限措置に向かう動きですが、その発動が国家安全保障を事由とする点で問題です。もとより、その念願にあるのは中国の対米鉄鋼輸出ですが、仮にトランプ政府が中国からの鉄鋼輸入が不公正なものと認定した場合、当該輸入制限措置が取られることになるでしょうが、その際の問題は、国家安全保障を事由としている点で、その対象が中国だけにとどまることなく日欧をも巻き添えを喰らいかねないという事です。EUはこの措置が発動されれば対抗措置を講じるとしていますが、とすると世界貿易は報復合戦に見舞われることとなり、経済の大混乱は避けられないと云うものです。

 (注) 通商拡大法232条:トランプ政権が輸入制限の根拠とするこの国内法は、安全保障
       を理由に貿易を指し止める権限を大統領にもたせている。鉄鋼であればm中国などのダンピングで国内供給力が落ち、武器製造や防衛技術の維持が難しくなるという理由。

7月3日付Financial Times はその社説‘President Trump’s destructive path on steel’で、米政権
が通商拡大法による輸入制限措置を検討していることについて、「開かれた貿易と同盟国との良
好な関係の維持を大事にするなら、トランプ政権は計画を全面的に撤回すべきだ。誤った国家安
全保障上の根拠に基づく素材輸入の制限は、経済的に無意味であり、政治的に破壊的なダメージ
を引き起こす」と指摘し、「トランプ氏の一つの行動で米国経済に損害を与え、貿易戦争を引き
起こし、同盟国を離反させ、70年にわたり世界貿易を治めてきたルールに基づく体制を弱めよ
うとしている。トランプ政権は直ちに針路を反転させるべきだ」と警鐘を鳴らしています。さて
トランプ氏に、こうした声が届くのでしょうか。

勿論、オバマ前政権下でも反ダンピング課税を連発して対抗措置をとっていましたが、 WTOルールに基づいたのもので、その限りにおいて国際秩序は保たれていたという事です。然し、不振の製造業白人労働者らに強く支持されたトランプ政権としてWTOルールは効果が乏しいとして、通商拡大法232条の援用で、より強力な輸入制限措置を目指すと云うものです。

元より鉄鋼問題の根源は、世界シェア―の半分を占める中国の過剰生産にある処です。従って
その是正に当るべきは中国であり、従って本来なら日米欧が結束し、中国への圧力を強化して然
るべきはずです。実際、G20の宣言でも早急に具体案をと、要求されているのです。

然し、実際の討議の場は、中国が責められるような状況にはなかったと報じられています。と云
うのもトランプ氏が声高に保護主義的な発言を繰り返したことから、米国が検討しているとさ
れる保護主義的手段に批判が集まった結果、欧州を中心とする自由貿易派とトランプ氏との間
で亀裂が起こり、欧米間の対立構図が前面に出てきた結果、その陰に問題児としての中国の存在
感が薄められる結果となったとの由ですが、それはトランプ米国がもう少し、冷静に議論をする
ことが出来ればG20における「1対19」の構図での「1」の座は中国に入れ替わっていたの
ではと、云わんばかりと映るものです。が、この際は、近時の米中関係の変化 [次項(2)]にその
ヒントがある処です。

・鉄鋼輸入関税発動の意味
尚、トランプ氏は不公正な国際競争が故に後塵を拝している産業と当該産業に身を置く労働者の生活確保のためとして、中国やメキシコ等からの輸入製品に関税を課すと主張していますが、この際の基本的な問題は、「公正」の定義はここでは置くとして、輸入製品に関税を課すことが米産業にどのような影響を齎すことになるのか、十分に理解されていないと云うことです。

6月26日、BIS(国際決済銀行)が発表した年次報告書では、仮に米政府がメキシコや中国からの輸入品に10%の関税を課した場合のシミュレーションを行っていますが、それによると課税で米国内産業が受ける生産コストへの影響は比較的大きく、最も悪影響を受けるのが、輸送機器分野で、石油、織物、電気機器の分野が続くと云うのです。そして興味深いのは米国の労働コストに及ぼす影響です。試算によると自動車メーカーなど輸送関連企業が、競争力を維持しながら予想される関税によるコスト増を吸収したいのであれば、人件費を6%削減する必要があるというのです。他の業種でも2~4%の人件費の削減が必要と云うのです。つまり輸入される鉄鋼に関税をかけるとすると、米国の賃金は下がる可能性があるというものです。

ただ企業の対応としては、むしろ労働者の替わりにロボットの導入を増やす可能性の方が高いでしょうし、実際、今の米国産業は驚くほどの規模で労働者をロボットに置き換えられてきています。因みに米経済学者のローラ・タイソン氏によると、過去20~30年間、製造業では毎年40万人分の仕事がロボットに置き換えられてきたと云っています。トランプ政権はこの分析結果から、彼らがしようとしている事が何を意味することになっているのか、真剣に見直されて然るべきではと思料するのです。

同時に、変化の激しい昨今の産業構造にあっては、産業が復活するという事と、雇用が創出される事とは同じではないという事を理解しておく必要があると云うものです。つまり、関税導入が米国の多くの労働者の為にあると、してはならないという事なのです。この際は、「勝ち組」はロボットだと皮肉られる(Financial Times. Jun 30. ‘Trump’s tariffs would do little for workers’ by Gillian Tett )処ですが、トランプ氏のそれは、どこまで理解した上での行動なのでしょうか。

(2)米中関係:始まりの終わり

7月8日付The Economist は、[China and America-The end of the beginning]と題する中で、
4月のマイアミでの米中両首脳会談(the sweetness of their citrus summit)以降、蜜月関係が 
云々されていた米中関係は、今次サミット直前の2週間に米国政府が見せた対中批判行動(注)
で傷んでしまっていたというのです。

(注)サミット直前の2週間で米政府(国務省、財務省、国防総省)が発した対中批判行動
    ・国務省:「人身売買」年次報告では中国の評価を最低ランクに。
    ・財務省:中国の丹東銀行を制裁(北朝鮮ミサイル開発の資金調達を支援)
    ・国防総省:南シナ海、トリトンから12カイリ以内海域での「航行の自由作戦」に駆逐艦1隻を派遣

そして驚くべきは、米中の蜜月が終わってしまったことではなく、蜜月が存在したことだと云う
のです。中国側はトランプ氏を普通の米国大統領だと考えていたということ、一方トランプ氏は
北朝鮮政府を交渉のテーブルに着かせるよう習近平氏を説得できると考えていたふしがあり、
その二つのズレが露呈してきたと言うものです。そして最も重要なことは、トランプ政権が再び
鉄鋼製品をはじめとする米国への輸入品に関税をかけると脅し、中国にとって最も堪える対策
をちらつかせたちょうどその時に蜜月が終わってしまったことだと云うのです。とすれば中国
としては、輸入規制問題は欧米に任せ、あえて火中の栗を拾う事は避けた、という事でしょうか。
兎に角、一時漂った米中協調ムードは急速に薄れ一転、軋みが鮮明となってきているのです。

・米中包括経済対話
7月19日、初の米中両政府による閣僚級の包括経済対話が、米側からはムニューシン財務長官、
ロス商務長官らが出席、中国側からは汪洋副首相、肖捷財務相らが参加して、ワシントンで開か
れています。米中は4月にトランプ氏と習近平国家主席との初の首脳会談で、貿易不均衡の是正
に向けた「100日計画」の策定で合意しています。今月16日に100日目を迎え、今回の対
話では中国の市場開放策など具体的な内容を詰めることになっていたものです。然し、上述米中
間の軋みを反映してか、赤字削減策など具体的な成果を見せることなく、想定外とも言える展開
で幕を閉じたのです。

トランプ政権としては看板公約の実現が難しい環境にあってロシアゲート問題を抱え、支持率
も歴代政権で最低水準に沈んでおりこの点、貿易不均衡の是正に活路を探るべく、中国に対して
は鉄鋼の過剰生産問題や金融の改革や市場開放を迫ったと伝えられていましたが、具体策は引
き出せぬままに終わっています。やはり、北朝鮮問題で中国への圧力を強めたことも裏目に出た
のではと推測される処です。
トランプ氏には上述、彼なりの事由があり、習近平氏には秋の党大会を控えて、安易な妥協はで
きないとする事情があったと推測されるのですが、とにかく共同声明も出せず、米中蜜月関係は
消えた事で、この結果、米政権が新たな鉄鋼の輸入制限を講じる恐れが現実味を帯びてきたとメ
デイアは伝える処です。であれば、米中間の貿易摩擦が一気に世界規模に広がるリスクを感じさ
せられる処ですが、これがニューノーマルとした新たな対応が求められるという処です。


2 G20サミット後の世界と、日本のミッション
 
(1) 米国抜きという世界のニューノーマル

「米国抜きの世界が本当にやってきた」。これは7月20日付日経社説のタイトルです。まさに、
ニューノーマルともいうべきこの新しい秩序、いや無秩序にどう向き合っていけばいいのかと
いう事になるのですが、それでも問われるのは、トランプ政権の正義です。トランプ政権は言う
なれば政治の素人が中枢にあって、しかも内輪もめし、共和党主流派とも折り合いが悪く、政策
の推進力は覚束ないという処です。しかもロシアゲート疑惑に足を取られ、もはや暴走すらしな
いかもしれないと云った状況です。大統領任期はあと3年半、何もせずに下降線をたどることに
なっていくものかと、思うことしきりですし、この米国の迷走が「欧州の自立」を促す処となっ
てきています。とは言え米国抜きで世界の秩序つくりを目指すには自ずと限界のある処です。こ
の際は、この限界を超えた、持続的世界経済に向けたシナリオを今から準備すべきと思料するの
です。

勿論、中国やロシアと云った、既存の秩序を塗り替えたい勢力はこうした国際統治の空白をつく
ような行動を展開している事は周知の処です。中国の習近平主席は広域経済圏構想「一帯一路」
を以って、欧州や東南アジアの囲い込みに本腰を入れていくでしょうし、先のパナマと国交を結
び台湾と断交させたのも、米国への挑戦とされる処です。ロシア、プーチン大統領は旧ソ連諸
国と作る「ユーラシア経済連合」構想などを通じて影響力の拡大を窺う様相にある処です。ト
ランプ時代の真の勝者は中国とロシアと云われるのもむべなるかな、と云う処です。

・欧州の自立    
さて、G20サミット閉会後、議長役のドイツ・メルケル首相は、米国第一主義をタテに国際協調に背を向けるトランプ氏の相入れない考え方を、どう取り繕うかに腐心したと語っていましたが、そこでは、欧州はもはや米国とのすれ違いを隠すこともなく、今後、トランプ政権とは是々非々でお茶を濁していく事になるのでしょうが、その分、両者の溝は深まるばかりの状況になってきたと言えそうです。その事は、同時に欧州の自立指向を促進する処となっているのです。

それは、先のG7直後の5月28日、ミューヘンで行ったメルケル首相の発言(月例論考7月号)が示唆するように、目指す方向は、米国には、防衛以外では頼らないという事で、その限りにおいて、それは「欧州の自立」路線を鮮明とする処となっていますが、EU再生を通じてフランス経済の再生を目指すマクロン氏の登場が、一層にその自立のベクトルを強化する処となってきています。いま欧州には「メルケクロン」の言葉が走っていると言われています。メルケルドイツとマクロンフランスの連携を核に、米国なき国際秩序を念頭に置いた、EU行動様式が進むことが想定されると云うものです。

尚、貿易黒字問題を巡る議論の中で、ドイツの黒字問題が浮上してきている点は要注意です。実は、これはトランプ氏には少なくとも一つの真実として指摘される問題です。そして、The Economist, Jun 8th も、Why Germany’s current-account surplus is bad for the world economy.と題して、ドイツの貿易黒字が世界経済を脅かす要因になっていると指摘し、その解決には、賃金の上げをと、提言するのです。そこでエコノミスト記事の概要を簡単に見ておく事とします。

・今、指摘されるドイツの黒字問題
まず、トランプ氏はドイツの昨年の貿易黒字が世界最大の3000億ドル(約34兆円)弱に上ったと批判しています。(中国の黒字は2000億ドル)確かにドイツは貯蓄過剰で支出不足です。しかも貯蓄額が巨大で簡単には減らないことを考えると、ドイツが自由貿易の旗を振るのは釈然としないというものです。ドイツの黒字は、輸出産業の競争力を維持するための賃金抑制を容認した数十年来の労使協定に起因するものと云われていますが、戦後復興以降、輸出主導型経済を支え、1990年代後半は「欧州の病人」だった同国を筋骨隆々の勝者へと変貌させたと云うものです。こうしたドイツモデルの特徴とは、労使協調のお陰で企業は組合の意向を気にせず投資が出来たこと、一方の職業訓練については政府が支援していったというものです。その結果が、ドイツ経済も国際貿易も極めてバランスを欠くものとしてきているというものです。

つまり、これまでの賃金抑制策は国内支出と輸入の減少を齎してきており、実際、ドイツのGDPに占める消費の比率は54%まで低下し、米国の69%、英国の65%を下回る状況です。そして輸出企業は利益を国内投資に回さず、デンマーク、オランダ同様、黒字を大幅に積み上げていると云うのです。
確かに70~80年代の高インフレ時代には貯蓄を膨らませてきたドイツの存在は安定をもたらしていたが、現在は世界経済にとって成長の足かせであり、トランプ氏のような保護主義者の格好の標的となっていると指摘するのです。

では、この問題は解決できるか、ですが、それには賃金を引き上げれば徐々に減る事にはなるだろうというのです。尤もドイツ国民には慎重さがこびりついていて、昨年の賃金上昇率はわずか2,3%で、それまでの2年間より鈍化しているのです。とすれば、黒字削減に向けては政府も行動し、支出を増やすべきと云うものです。ドイツの財政収支は2010年にはGDP比3%超の赤字だったが、現在は小幅ながら黒字にある処、一部政府筋はこれを堅実と呼ぶのですが、民間部門の高貯蓄率を考えるとなかなか同意しがたいとするのです。要は、国内には投資すべき案件が多いと云うのですが、例えば、これまでの引き締め政策で公共投資を圧縮したお陰で、学校の校舎や道路は老朽化している事、また労働力確保の視点からは女性の労働参加率を高める事であり、そのためには国が学童保育の提供を増やせば母親のフルタイム就労も増えるはずと云うのです。経済が完全雇用にある為、雇用拡大は不可能との見方もあるが、それへの対応は、再び賃金の引き上げを図る事であり、それは既に実証済みだと云うのです。

メルケル氏が自由貿易の旗を掲げることとは無論、正しい事ですが、ドイツはもっと前に過剰貯蓄が問題だと気付くべきだったと、そして自国の黒字が自由貿易を脅かしていることを理解する必要があると、忠告するのです。もとより、マクロン氏とタッグを組みEU再生を目指す視点からは黒字問題を含め、トランプ政権の批判への対応と云うよりも、全EUワイドの戦略対応を図っていく事でしょうし、その結果が世界経済に及ぶであろう影響をも踏まえ、日本も注意深いフォロー、然るべき処と思料するのです。

(2)日本の目指すべき方向とミッション

処で、2年後の2019年のG20サミットの議長国は日本となっています。今次G20サミットは先のG7サミット同様、いやそれ以上にトランプ旋風にかき回された格好で終始したこと、また、会議の運営も北朝鮮問題、ウクライナ問題、等々関係首脳間での個別会談が主流となっていた点でも、今後の運営についての見直しが必要になってきたのではと思料される処です。今次の会議では日本の出番が乏しかったようでしたが、さてどのような仕切り方をしていくべきか、今から国際環境の変化を踏まえた建設的な会議となるための準備が求められる処です。

その点では、静かに進むであろう「欧州の自立」にも資す、世界経済の運営システムの再構築を目指すべき時と思料するのです。幸いにも、今次サミット開催直前の6日、日欧経済連携協定(EPA)が大枠で合意を見ていますし、更には米国抜きながら、日本が主導する形でTPPの具体化が進みつつある処です。とすれば、この二つの自由貿易構想を以って、新しい世界貿易のベクトルづくりを目指す旗を、掲げるべきではと思料するのです。

因みに、7月5日付Financial Times は、その社説で「An EU-Japan pact shows how free trade strides on : As America and Britain turns inward, the rest of the world integrates.」と題し、日欧EPAがタイミングよく合意ができれば(7月7日のG20サミット開催までに合意することを前提にしていた)、これが、トランプ氏が主張するような保護主義への強力なタテとなり、併せて、BRXITの英国にとっても大きな挑戦となる一方、米英を除く世界の統合に弾みをつけるものと、強い支持を示すのです。

・日本の自主外交
加えて、昨年のG20サミットの首脳宣言では、現在のトランプ政権の姿勢からは考えにくいことですが、はじめてInclusive growth (包括的成長)の表現を以って世界経済の持続的成長を目指すことを謳いあげていました(弊論考No. 54、2016/ 10月号)が、とすれば、二つの自由貿易協定、日欧EPAとTPPの確実な実施と、自由貿易を通じての世界経済の活性化をはかり、従って世界の内向き志向からの脱皮を目指す戦略を擁したダイナミックなシナリオを今から作り挙げていくべきではと思料するのです。それは、これまで米国を後ろ盾としてきた日本の外交を、自主的な日本外交へと再構築する機会でもあるのです。

これは前回の月例論考で紹介した米プリンストン大教授のG.J.アイケンベリー氏が提言していたLiberal international order構想に通じる処です。彼はその際は、当該構想の成否は日本の安倍首相とドイツのメルケル首相の双肩にかかっているとしていました。当初、日本については、いささか買いかぶりの発言ではと思えたものですが、もはやその提言をリアルに受け止めうる環境が出てきたのではと思いを巡らす処です。まさにそこにある日本のミッションと映る処です。問題はこの新しい現実を当事者たちが、どれほどにリアルに理解し、どれほどに、そのテーマに立ち向かう気概があるか、ですが・・・。


おわりに:国民から「ノー」を突きつけられた安倍首相。

・安倍政権支持率はいま急降下
これまで安倍一強とされてきた、その背景にあったのが支持率の高さでした。その支持率(注)が7月に入ってからは一気に下落を始めています。それは安倍政権に対して国民は「ノー」を突きつけているというものです。そして、まさに安倍晋三氏の進退の如何にも繋がる状況です

(注)安倍政権への支持率:直近(7月7~9日)の世論調査では、その支持率は一斉に40% 
 を切って(日本TV:31%、朝日:33%、NHK:35%、読売:36%)いましたが、
7月17日公表された時事通信の調査では危機ラインとされる30%を切って29.9%と
なっています。しかも、その事由が、安倍晋三と云う人物が信頼できない、とするのが50%
に達している点、極めて問題と云うものです

これまで、安倍首相は2012年の政権交代の衆院選を含め、国政選4連勝と圧倒的な強さを誇ってきましたし、選挙の強さが党内での首相の求心力とされていました。その結果は安倍一強状況を生み、その下で強気の政権運営を続けてきたと言うものです。「野党には対案がない」として与党の政策を押し切り、世論も前の民主党よりはましだと容認してきたというものでした。

然しこうした状況は今、一変してしまっています。その事情は周知の通りで、先の国会終盤で見せた担当大臣の法案を巡る能天気な答弁、それを強行採決する自民党の強硬姿勢、更には憲法改正に係る予算委員会での質問に対し、安倍首相は‘自分の考えは読売新聞を読んでもらえればわかる’と、国会無視とも言える答弁に、世論も受け入れがたいほどに、政権の強引な体質を実感させられたというものです。加えて、頻発する場外での目に余る自民党議員の規律に欠けた言動、そして、その極め付きは、なんと都議選で見せた自民党幹部の振舞いでした。

因みに、投票日前日の7月1日、安倍首相は秋葉原で自民党候補の応援演説を行っていますが、その際、安倍反対を叫ぶ市民に向かって、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と市民を分断するような発言を発した事でした。実におごり高いものを感じさせる処、一気に反自民、いや反安倍の強風が吹きだしたというものでした。そして7月2日の都議選では自民党は歴史的惨敗を喫したのですが、まさに自明とする処です。

・「都民フアースト」の 勝利が意味すること
さてその都議選結果の内容ですが、小池百合子東京都知事率いる地方政党「都民フアースト」が擁立した50人の内49名が当選と完勝。他小池支持勢力と併せて79名と過半数(64議席)を上回る結果です。一方、これまで57席と第1党にあった自民党の議席は23議席と半数を割る激減です。地方選挙とは言え東京都議会選の推移は、そのまま中央政治に直結するものだけに、この自民党の歴史的とされる惨敗は、安倍一強と云われてきた自民党政治の基盤を大きく揺るがす処となっています。ただ、実際の姿は、自民党と対峙できる、政治信条に捉われない新政治団体「都民フアースト」が生まれた結果、それが自民党への不満の受け皿となり大勝に繋がったとされるのですが、民進党も大きく後退したこととも併せて考えると、「都民フアースト」の勝利とは、自民と民進という既成二大政党の敗北と同義語であり、政権を担ってきた既成政党の否定こそが都民の判断だったいう事ですが、これはフランス大統領選で見たマクロン現象の東京版と云う処です。

・今求められるゲームチェンジャー

安倍首相は、こうした傷んだ現状の修復、その失地回復、政権基盤の立て直しを図るべく、8月3日を目途に内閣改造、つまり一部大臣の首のすげ替えで一時の批判を潜り抜けようとしています。が、これまでと同様な内閣改造で支持率の回復、政権基盤の立て直しなど、はもはや覚束ないのが現状であり、要は、近時の世論調査も語るように、問題の本質は彼自身にある処です。

つまりは、都議選惨敗の背景について自ら分析し、そして今日に至った状況を総括し、その上で目指す政治を彼自身が語り直す以外に、新たな展開は期待できないと思料する処、いずれにせよ政策で政権浮揚を図るには、もはや弾が尽きてきているのです。
ただ安倍首相にとって唯一の救いは、民進党が都議選での「都民フアースト」の様に政権の受け皿になりえないという現実だと云われていますが、であれば、日本政治の流れを変えるゲームチェンジャーが待たれる処、つまりは ‘日本のマクロン’の登場です。
以上
posted by 林川眞善 at 17:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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