2017年06月26日

2017年7月号  いま顕在化する欧米の相克、そしてトランプ政治の行方 - 林川眞善

はじめに: われわれは ‘6対1’ の状況だった’
― タオルミナ・サミットのリアル
      
5月26・27日、イタリア、タオルミナで行われたG7サミットは初参加のトランプ氏を巡る事前の懸念を実に鮮明とするものでした。タオルミナはヨーロッパ最大の活火山エトナの麓にある町ですが、その活火山エトナの動きを反映したとでもいう事なのでしょうか。

今次タオルミナ・サミットでの主たる討議テーマは3つ、世界経済と貿易、北朝鮮問題を含む安全保障問題、そしてパリ協定を核としたクリーンエネルギーと気候変動問題でしたが、メデイアが伝える通り討議の主要部分で‘米と欧日加’の間で意見の対立が鮮明となるなど異例の展開を呈し、結局先進7か国の結束を示す事のないままに終えたのです。
因みに、ドイツは、ドイツの対米貿易黒字問題でトランプ氏の不合理なアーギュメントに遭い、温暖化対策について取り纏め役に廻ったフランスは「パリ協定への残留」をトランプ氏に説得に回ったが徒労におわってメンツを失ったこと、更にイタリアは難民支援への協調を求めたが不問にされるなどで、EU3カ国と米国との亀裂を鮮明とする処となっています。

そうした状況を語るのが首脳共同宣言のあり姿でした。共同声明はこれまで全会一致を建前として纏められてきています。然し今回、温暖化対策の国際的枠組みとなるパリ協定の取り組みについて、トランプ大統領が目下検討中で合意不可としたため、米国をはずし他6カ国首脳が同意する、つまり両論併記の異例の措置を余儀なくされ、極めて不満の残る結果となるものでした。
因みに首脳宣言の分量をみても、前回「伊勢志摩サミット」では、A4英文で32ページでしたが、今次サミットのそれは6ページと大幅減となっているのです。 各国が自国優先、多国間より2国間での取引といった傾向を強めていけばG7の政策協調はどんどん後退していく事ともなり、それは世界経済の縮みすら齎すものと危惧されるというものです。

会議直後、メルケル首相が「我々は6対1の状況だった」と、不満を漏らしたことに象徴されるように、今次サミットでの議論は詰まる処、トランプ氏がAmerica firstの下、あらゆる事案について、アメリカ主義を貫くことに拘ったため、日欧加6か国が米国と対峙する形になったというもので、要は、独善的な行動をとったトランプ氏一人にサミット会議はかき回されて終わったというものです。それは、先進国としての結束に向けたベクトルの希薄化を感じさせる、まさに‘欧米の相克’を露わにするものだったのです。そもそも何のためのG7サミットだったのか、と質したくなる処です。そして、その文脈は消えることなく、深まる形で今日に至っている処です。

・「危機の二十年」
序でながら、‘欧米の相克’の言葉に関連して、友人からの勧めもあり、E.H.カーの「危機の二十年」(原彬久訳、岩波文庫、2011)を読み直して見ました。このテーマの20年は、第一次大戦が終結してヴエルサイユ条約が結ばれて(1919年)から、ナチスのポーランド侵攻が始まり、第2次大戦開始(1939年)までのいわゆる‘危機の時代’と云われた戦間期の20年間です。

(注)「危機の二十年」:戦間期の国際環境とは、まず、ウイルソン米大統領が発表した「14条の平和原則」に即し、1920年には国際連盟が成立し、ただし米国自身、米議会のモンロー主義に遭い加盟せぬままにありました。そして1929年の大恐慌で各国が孤立主義に向かうなか、その解決のため1933年、ロンドンで国際連盟の主催で開いた世界経済会議では英米仏など利害が対立し、連盟が機能しえなくなっていった、まさに‘危機の時代’とされる期間です。
尚、本書オリジナルは1939年に上梓され、更に1981年に改訂版が出ていますが、日本語訳は1952年に出版され、更に第2版をベースに、2011年に再出版されています。

そうした危機の時代をE.H.カーは政治的に丹念に解剖することで、現在の国際政治学という学問体系が生まれてきたと言われていますが、確かにそこに示される国際政治、戦争と平和学の主要な基礎概念、分析手法を駆使すると現代国際政治危機の諸要素が見えてくるというものです。

そして、そうした作業を通じて彼は、政治とは結局、ユートピアニズム(理想)と、リアリズ(現実)との永遠の相克だと喝破するものですが、実はそうした状況が戦後70年たった今も続いているのです。因みに、先進国に広がるポピュリズム、北朝鮮問題を巡る関係国の相克、等々、国際危機蔓延を承知する処です。元より、今次パリ協定からの離脱を決めたトランプ政権の存在もその線上に位置づけられる処、Rogueとも言われているトランプ政権の独自性や揺れ動くヨーロッパの姿などがよく理解できるということで、今なお示唆深いというものです。

さて、かつてG7は世界のGDPの7割を占めていました。然し中国やインドの新興国の台頭でその比率は今や5割を下回る状況です。その点では自由貿易や温暖化対策も先進国だけで仕切れる時代は終わったという事でしょうし、上述サミットの新しい状況に照らすとき、実効性のある政策協調には中国やインドも含むG20首脳会議の役割は一層重要と思料される処です。そのG20サミットは7月、ドイツ、ハンブルグで 開催予定で、メルケル氏が議長を務めることになっています。さて、米国も中国も、そしてロシアも加わる会合で、どのような成果を出せるかですが、要はトランプ氏次第と云えそうです。

そこで、G7タオルミナ・サミット後について、つまり、更なる‘欧米の相克’を演出する背景として、とりわけメルケル氏の言動を通して見る欧州の状況と、米国の現状、つまりパリ協定からの離脱表明で内外の批判に晒される米トランプ政権、更にロシアゲート問題で行政の行き詰まり等、混乱にあるトランプ政治の ‘今’ にフォーカスし、併せて世界の生業の今後について考察していきたいと思います。 (2017/6/25)


目  次

1.タオルミナ・サミット後の欧州       ・・・・(P.4)

(1)メルケル氏のミューヘン発言
(2)Professor Joseph E. Stiglitz のエールと欧州の実状
  ・欧州の実状

2.内外の亀裂を深めるトランプ政治の実状   ・・・・ (P.6) 
 -パリ協定離脱、そして大型減税と予算教書

(1)パリ協定離脱とAmerica Only
  ・気候変動問題はhoax?
  ・トランプ氏は、明日ではなく、昨日の為に行動する
(2)中間層を裏切るトランプ2018年度予算教
 ―Trump’s epic betrayal of the middle class
  ・アメリカの現状を象徴する予算案
  ・トランプ大統領は何時まで?

おわりに: 国際協調秩序再生と日本への期待  ・・・・(P.10)
 ―米Princeton 大学. Professor Ikenberryの提言

  ・安倍首相とメルケル首相への期待
  ・問題は政治家の資質


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1. タオルミナ・サミット後の欧州

(1)メルケル氏のミューヘン発言
               
サミットが終わった翌日の5月28日、メルケル氏はミューヘンで行った選挙演説で、西側同盟はもはや終わった、とも取れる発言をしたのです。 [(注)メルケル首相率いるCDU(ドイツ・キリスト教民主同盟)の姉妹政党CSU(バイエルン・キリスト教社会同盟)が主催する選挙集会]

その発言のポイントは、英国のEU離脱が決まり、欧州事態も大きく変わろうとする中、メルケル氏は「米英やロシアを含む他の近隣諸国との友好関係が重要」との考えを示しながらも、今次サミットの二日間を通して感じた事として、「われわれが他者(米英を意味する処ですが)に頼れる時代はある程度終わった。我々欧州は自分たちの運命を自分たちで握るべきだ」(注)と云うものでした。この発言は欧州の‘脱米国’を示唆するものと、たちまちに世界を駆け巡ったこと云うまでもありません。

(注)Having alluded to Donald Trump and Brexit she concluded ` The Times in
which we could totally rely on others are to some extent over, as I have experienced
in the past two days.’ For good measure she added: `We Europeans must really
take our fate into our own hands.’  [ Financial Times May 28, `What’s brewing
in Germany? -How to understand Angela Merkel’s comments about America
and Britain.’]

こうした発言の背景には、今次サミットでのトランプ氏の行動はもとより、その直前に開かれたNATOサミットでトランプ氏がNATO条約第5条(いわゆる集団的自衛権の行使)への支持をなんら示さなかった(注)ことへの強い不満があったと、される処です。こうした事情を背景としたメルケル首相の ‘In our own hands’ 、事態を自ら掌握する必要がある、との発言は、欧州外交の転換点を示唆するものと映ると云うものです。

(注)6月9日、トランプ大統領はルーマニアのヨハニス大統領との共同記者会見で、「米国
はNATO条約、第5条を支持する」と、改めて表明したのです。

60年代のドイツ政界は対米同盟を重んじる「大西洋派」と、フランスとの連携を探る「ド・ゴール派」に割れていましたが、彼女はまさに‘Atlanticist’(大西洋派)で、頻繁にオバマ氏や G.W.ブシュ氏と今でも電話し、アドバイスを求める関係にある処ですが、トランプ氏については3月、ワシントンでの会談後、飛行機の中では彼に対する不信感を赤裸々にし、又英国のEU離脱についても世界舞台からの撤退だと軽蔑的批判を露わにしていたと伝えられていますが、トランプ氏の態度やBrexit問題が進行する中、フランスではマクロン大統領の登場をうけ、今後、ドイツが主導する欧州ではなく、continental Europeans (大陸欧州)としての一体化を進めていく事、そして防衛統合(注)やEU条約の改正、等、これら問題については、より大胆に、よりオープンにしていくことを確信したと言われています。そしてミューヘンでの発言はそれを規範として行われたとされるものでした。

    (注)ユンケル欧州委員長は6月9日、プラハの講演で「欧州防衛はもう外国に任せにはできな
い」と発言。その前、7日には、EUは武器の研究開発や調達など共同実施し、防衛力向上と支
出効率化を図る「欧州防衛基金」の設立計画を発表したのです。(6月10日,日経夕)

ミューヘンでの演説は云うまでもなく、一つはメルケル氏率いるCDUのバイエルン地区の姉妹政党CSU向けに、CDUとの一体化を強調すること、二つは9月24日のドイツの総選挙に向けての国内有権者へのアッピール、三つ目はその他EUメンバーに向けに、結束を訴える事、にあったと云われていますが、もう一つは米国と英国向けにあったというものでした。

ドイツでは多くがトランプ選出の事情も英国のEU離脱、BREXITも同一線上にあるAnglo-Saxonの身勝手な行為として、これをTrumpandbrexit と呼び、これにはアメと鞭をもって臨むというのですが、殊、安全保障については米軍に代わる「欧州軍」の構想のある処、今は米国と決別するというより、振り回されたくないというのが本音と見られ、そこで「米国離れ」を口にすることで、トランプ政権にブレーキをかけんとの思惑があってのことと見られているのです。とにかく彼女はEuropean wayを語り、以って行動せんとするものと云うのです。

・尚、トランプとメルケル両氏の言動は、ロシアに対して西側同盟の分裂を狙う機会を与えるこ
とになると警鐘を鳴らしながら、メルケル氏がTrumpandbrexit とBREXIT とトランプ氏とを
一括りにする点について、英国はパリ協定では米国サイドではなく、EU側に立っている事を承
知しながらも、ミューヘンのビアホールで英国や米国との決別を語り、しかもその二か国とロシ
アを同列に論じる姿は、歴史が繰り返される(第2次世界大戦では米英ロが共に戦った)ようで
背筋が寒くなると、5月30日付Financial Times(「Merkel、Trump and the end of the west」)は指摘するのでしたが、さてメルケル氏には如何ように届いていたことでしょうか。
こうした欧米の亀裂は、いま新たな世界のリスクとされる処ですが、現下の騒ぎは、欧州統合
と静かに進んできた「脱米国」の流れが、トランプ政権誕生をきっかけに表面化してきたもの
であり、この流れは、独仏を軸としたEuropeの再生となり、Anglo-Saxon,の英米に代わり、世
界の良識を主導する流れを誘導していく事になる、と見る向きは多く、とすればそれは前号で紹
介した‘Goodbye to the West’(J. Fischer)への回答ともなる処です。

(2)Professor Joseph E. Stiglitz のエールと欧州の実状

米論壇、Project Syndicateでステイグリッツ氏は6月2日付論考「Trump’s Rogue America」のなかで、rogue(ならず者)と化した米国のトランプ政権が進める「米国第一」政策は、地球環境を破壊する、無知蒙昧な政策であり、放置するわけにはいかないと、断じる一方、ミューヘンでのメルケル発言を最大限に評価し、今こそ欧州が一つになるべき時とエールを送るのです。 加えて、米国のパリ協定離脱に関して、気候変動が社会の存続に与える脅威に対処するにあたっては、米国には頼れないこと誰もが承知する処、欧州と中国が環境保護で未来に向けて努力する旨を約した(注)ことに触れ、地球にとっても、経済にとっても素晴らしい事と評価するのです。

(注)6月1日、トランプ氏がパリ協定離脱を宣言した当日、中国の李克強首相はベルリンで
メルケル首相との会談に臨み「中国はパリ協定の義務を果たしていく」と表明、更にG20では
「成功のために中国の支援を当てにしてくれてよい」(日経6月2日)と語った由ですが、これな
ど見えなくなった米国に代わって国際ルールを主導したいとの思惑一杯と云う処でしょうか。

・欧州の実状
さてステイグリッツ発言、‘今こそ欧州が一つになるべき時’ですが、その準備はもはや出来ていると言えそうです。つまり、EUの執行機関である欧州委員会では既にユーロ圏の統合深化と改革のたたき台を示しています。ユーロ圏の危機はひとまず遠のいていますし、国際環境の変化は再びユーロ圏の改革の再起動を促す処です。欧州委のたたき台は、ユーロ圏の共通予算を管理するユーロ圏財務省や常任のユーロ圏財務相、更に欧州通貨基金の設置を盛り込んだもので、難度の高そうな内容も敢えて掲げるものとなっています。要は財政面での統合がどこまで進められるかにかかる処でしょうが、そのカギを握るのは、改革に意欲的なマクロン新大統領の登場です。

彼は大統領就任直後のメルケル首相との会談でEU改革推進につき話を持ち出しています。勿論、EU改革を目指す彼女も前向きに応じていた事は周知の処です。又、マクロン氏率いる新党 La Republique en Marche ! (共和国前進)は6月18日、フランス国民議会(下院)選挙の決選投票で単独過半数を獲得し、彼の政治基盤を確かなものとしてきています。
そうしたマクロン・フランスとEUを主導してきたメルケル・ドイツ、この両者を中心に強いEUを目指す体制が整いつつあるというものです。これまで逆風ばかりが目立った欧州統合の風向きが、いま変わりだした事を感じさせる処です。近着、The Economist, Jun 17 の表紙は ‘ Europe’s savior’ の言葉と併せ、マクロン氏の写真で飾られています。


2.内外の亀裂を深めるトランプ政治の実状
― パリ協定離脱、そして大型減税と予算教書

(1) パリ協定離脱とAmerica Only

今次G7タオルミナ・サミットでは、「パリ協定」の実行について米国は留保した事、上述の通りでしたが、果せるかな6月1日、トランプ大統領はその「パリ協定」(注)からの離脱を正式表明しました。その決定が内外に与える影響の大きさは云うまでもない処です。

(注)パリ協定:2015年12月12日、パリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組み条約締
約国会議)で採択された気候変動抑制に関する多国間の国際的協定(合意)。その内容は2020
年以降の国際的な地球温暖化対策の枠組みで、温暖化による気温上昇を「産業革命前と比べ2度
より十分低く保つ」ことを目標として、国の大小を問わず温暖化ガスの排出削減を目指す国際合
意。2016年11月4日、国連会議の議を経て、発効したが、その引き金を引いたのが最大排
出国の米国、オバマ米大統領と中国、習近平主席との連携動作に誘導されたもので、米中協調の
象徴ともされていた。参加国は197カ国・地域(2016年11月現在)。然し今回の米国の離
脱で非参加国は米国、シリアそしてニカラグアの3か国となる。

・気候変動問題はhoax ?
トランプ氏は予て気候変動に係る指摘は米国の雇用を破壊するための`hoax’ (でっち上げ)と非難し、「協定は米国にとって不公正、他国が米国を経済的に利用する仕組みだ。米国と米国民を守るため、協定から離脱する」と云うのです。彼は元々、環境規制に批判的な米経済研究協会(NERA)の試算に負うものと伝えられています。[(注):NERAの試算では「2040年までにGDP3兆ドル分が失なわれ、製造業から650万の雇用が消える」としている]

問題は、彼はパリ協定を「米国にとって不公正」と云うのですが、そもそも排出削減目標は米国自身が策定したもので、押し付けられた目標ではありません。つまり、パリ協定は各国がそれぞれの判断で目標を設定する、つまり国内政策を縛るものではないのです。従って、仮に公正でないというなら離脱することなく目標を引き下げればいいことで、仮に米国にとって不具合なことがあるなら協定の中にとどまり世界と共に環境問題に取り組むことの合理性を理解すべきだったはずです。その姿勢はとにかく米国第一で、それも公約の実行で人気挽回を狙っただけの政治行動と云うものです。

この5月、中東・欧州を巡る初外遊したトランプ氏に各国首脳は、G7サミットでもそうでしたが、パリ協定に留まるよう要請していたのです。ローマ法王フランシスコまでもが環境保護の重要性を説いた自著を贈り、残留を促していたのですが、それにもかかわらず、と云う処です。
オバマ前政権では温暖化ガスを「2025年までに05年比で26~28%削減する」との国別目標を表明し、途上国の温暖化対策支援の‘緑の気候基金’に30億ドルの拠出を約していましたが、これも白紙に戻ることになります。因みに、途上国は支援と引き換えにパリ協定に合意した経緯があり、米国の方針転換を受けて温暖化ガスの削減努力をやめる国が出かねず、地球の未来を守るという国際社会の努力に冷や水を浴びせることになったというものです。 

・トランプ氏は、明日ではなく、昨日の為に行動する
トランプ氏は、自分はパリではなくピッツバーグの人たちに選ばれた(Pittsburgh, not Paris ) と云い、この協定離脱の看板公約を有言実行することで、脱石炭に歯止めを掛け、炭鉱労働者の雇用を維持すると、その決定について自己弁護しています。それを聞いたピッツバーグ市長は直ちに、トランプ発言を否定。事実、ピッツバーグは既に重工業経済から先進クリーン・テック経済に転換し、`smart, fair ,and sustainable ‘な経済状況にあるのです。(注)

(注)米コロンビア大 Jeffrey D. Sachs教授は ‘Trump’s Climate-Change Sociopathy, Jun 7‘
でピッツバーグについてのトランプ発言は根拠のない`alternative facts’と批難しています。

因みに同市周辺一帯では今、クリーンエネルギー関連の雇用が鉄鋼とガス・石炭関連の雇用のほぼ2倍に達していると報じられています。温暖化対策として進められる技術革新、つまり温暖化ガスの排出削減への革新的な製造・物流技術や新エネ技術は、新たな産業や雇用の創出につながっているのです。米経済の重要な担い手であるITやエネルギー業界はそれに気づき、パリ協定離脱に異を唱える処です。 実際の処、米国民の多くはパリ協定残留を求めており、5月8日にエール大学が発表した世論調査では69%が残留を支持、離脱派は13%に留まっている由です。とすれば、彼は「明日ではなく、昨日の為に行動している」というもので、このままでは米産業の競争力の劣化は避けられず、経済成長の停滞にも繋がりかるものと危惧される処です。

一方、自治体ベースでもパリ協定に基づく温暖化対策を独自に実行しようとする動きが相次いでおり、メデイアによるとニューヨーク、カリフォルニア、ワシントン州の3州の知事は協定の内容を遵守する同盟(United States Climate Alliance)を結成し、全米85都市の市長も同様の措置を取ると発表しています。(Financial Times, Jun. 5)
米国では州政府は中央政府の方針に捉われることはなく、基本的には独自に行動する事が認められていますが、これまでこうした政府の方針と州政府の行動が異なるような事態は起こってはいません。その点で、今次は、まさに異例の様相と云え、国の分断症状とも映る処です。 

今回のパリ協定からの離脱、先のTPPからの離脱、NATOの軽視、そして5月のタオルミナ・サミットでの独善的振る舞いも含め、言うなれ米国第一主義の下、戦後70年間、米国が主導してきた国際協調の枠組みをないがしろにする、自分の為だけの行動様式にあるトランプ氏の姿は、もはやAmerica First と云うよりAmerica Onlyと映る処です。

米外交問題評議会のリチャード・ハース会長はこうしたトランプ氏の外交政策について「この最大の受益者はロシアと中国だ。米国はその代償を真っ先に払う事になる」と指摘するのですが、
冒頭 ‘はじめに’で触れたように、そのロシアや中国、勿論トランプ氏も、出席するG20サミット会議が7月ドイツ、ハンブルグで開催され、メルケル首相が議長を務めます。そこでの議論の帰趨の如何は今後の世界の生業を規定していく事になる処ではと思料すると共に、緊張感を禁じ得ません。。

(2)中間層を裏切るトランプ2018年度予算教書
―Trump’s epic betrayal of the middle class (Financial Times, May 25) 

上述環境のなか5月23日、トランプ政権は2018年度(2017年10月~2018年9月)予算教書を上下両院に送付しました。マルバニー米行政管理予算局長によれば「予算案にはトランプ政権の経済政策のすべてが詰まっている」(日経5月31日)のだそうです。尤も、税財政の立案・決定権は全て議会にあり、アメリカの大統領には予算編成権はありません。その点では、トランプ予算教書は「タタキ台」にすぎ、今後の議会での審議の如何となる処ですが、その概要が発表されるや様々な波紋を投げかけています。

・アメリカの現状を象徴する予算案
今次予算教書の内容は、税制改革を軸に4年後の2021年度(20年10月~21年9月)以降は安定的に3%成長に誘導していくとするものです。(注:足元の景気は平均成長率が2%と戦後の回復期で最も低い) そして‘成長’を以って2兆ドルの歳入増を見込む一方、歳出については最大規模3.6兆ドルの削減とし、10年で財政収支の黒字転換を図る設計となっているのです。

然し、歳入に直結する税制改革、つまり大型減税措置ですが、これがトランプ氏の最大の公約であり、本教書の最大の焦点となるものですが、財源確保の見通しからは、その実現は困難な様相にある処です。一方、3.6兆ドルの歳出削減の内容を見ると、貧困層保護や開発援助、環境対策、 基礎科学研究などの予算が大幅に削られる一方で、軍事費などは大幅増額となっているのです。つまり、彼が売りとしていた‘低所得者の底上げ’公約は極めて難しく、彼を支持してきた低所得者等中間層を裏切る内容となっているのです。いま少し、具体的に見て行きまでょう。

まず法人税減税です。現行35%の税率を15%に大幅引き下げ、企業の国内投資を後押しし「偉大な米国を取り戻す」とするのですが、これには議会が税収減を懸念しだしている事情があることです。つまり、議会共和党が検討中の「国境調整税」(月例論考N60)ですがこれが輸入課税の強化となり、10年で1兆ドル超の税収増の見込める処、目下、「税制改革は歳入の中立が求められる」とする議会の強い反対に遭って、国境調整税は見送りなる公算が出てきたという事です。となると機会損失となる1兆ドル分を確保する為にも法人税率の決着点は15%でなく25%程度にとどまる可能性があり、トランプ氏の云うような「低税率国並み」の税率引き下げは難しいというものです。

企業減税以上に問題なのは個人所得税の引き下げです。個人所得税については現行7段階(最高税率39.6%)を、3段階に簡素化し、10%、25%、35%に引き下げるというのです。ただ、所得税の最高税率を引き下げるとは言っていますが、それで「中間層を大胆に減税する」という公約は果たせそうはありません。周知の通り労働者は、金融危機(2008年)以降、格差拡大に不満を強め、これに応えてトランプ氏は大型減税で労働者を底上げすると公約し今日に至っていますが、実は低中所得層の減税余地は乏しく、公約は空手形となる様相にあるのです。
 
つまり、最高税率の引き下げなどはそのまま富裕層減税となり、米調査機関によると減税の8割は所得上位2割の層に向けられると云うのです。(日経6月3日) 更に先に触れたように、予算教書では低所得者向けの医療保険や生活保障などを10年で1兆ドルの規模でカットする事とされており、大統領選でトランプ氏に投票した支持層が打撃を受ける内容と云うものです。

かくしてトランプ政権の改革は、富裕層減税と低所得者層の給付カットによる「小さな政府」路線へと一気に傾きつつある処、前掲Financial Times の云う ‘epic betrayal of the middle class’ つまりトランプ予算教書は、彼を支持した「中間層を裏切る」内容となっていると云うものです。
‘金持ちは一段と金持ちに、低所得者は更に生活が困窮していく’ 、まさにアメリカの現状を象徴する予算案であり、それはトランプ氏の公約とは真逆の姿を呈する処です。そして、それは又彼の政治に対する無知さを実証する処でもあるのです。

・トランプ大統領は何時まで?
さて、6月12日、ホワイトハウスで初の全閣僚が集まった閣議が行われ、その様子がTV放映されました。そこに見る絵は、居並ぶ閣僚全員が大統領を‘よいしょする’ばかりの図であり、トランプ氏は、この約5か月の実績を自画自賛するだけで、何か一家団欒と云った様相です。
然し、ホワイトハウスの外では、上述(1)、(2)の通り内外共にトランプ政治への批判が強まる中、ロシア疑惑に係るトランプ政権への不信感は益々深まるばかりで底なし沼の状況です。
因みに、「ロシア疑惑」に絡む調査対象者がトランプ大統領をはじめ、セッションズ司法長官、フリン前大統領補佐官、クシュナー上級顧問、マナフォード元選対会長というトランプ現政権のbig nameと向き合うとき、さてトランプ大統領は何時まで持つものかと、ついつい思う処です。 


おわりに: 国際協調秩序再生と日本への期待
―米Princeton Univ. Professor G. John Ikenberryの提言

上述、欧米の深まる亀裂、とりわけrogueと言われるトランプ米国がAmerica first 主義の下、閉鎖的な政策を展開することで、世界はいま不確実性を高めるばかりにあります。それだけに自由な活動が担保され、秩序ある国際経済を如何に取り戻すか、切迫感をもって議論される処ですが、米Foreign Affairs 5月号の巻頭に載った米プリンストン大学ウッドロー・ウイルソン・スクール、G.J.アイケンベリー教授の論考 ‘ The Plot Against American Foreign Policy – Can the Liberal order survive? ’ は、まさに斯界の関心を集める処です。

その趣旨は、戦後70年間、これまで米国が主導してきた国際協調の枠組みを壊していくトランプ外交政策のリアルを地政学的切り口から解析、批判し、その対抗として、Liberal international order( LIO:自由で開かれた国際協調秩序)を取り戻せというものです。 つまり、America first を掲げるトランプ政権の誕生で、米国は戦後果たしてきた‘Liberal international order’ ( LIO:自由で開かれた国際協調主義)を守る役割を放棄してしまったように振舞っているが、おそらくそれは失敗に終わるだろうから、世界のnew leaderは連携して、Liberal international order(LIO)の再生を目指せというのです。

つまり、クリントン政権やブッシュ政権の押しつけがましい民主主義推進外交の失敗の経験にも照らしながら、それでも民主主義体制が共有する自由主義、国際主義、多角的ルールと国際機構などは、それを維持できれば平和と繁栄の礎となりうるし、実際その機能を果たしてきたこと、そして、それをユーザ・フレンドリーに運営してきたのが米国だったが、その米国が姿を消した今、早急にLIOの再生を目指せと、云うものです。

・安倍首相とメルケル首相への期待
ここで興味深いことは、アイケンベリー教授は、日本の安倍首相とドイツのメルケル首相を特定して、米国がその責任を放棄した今、LIOの再生、つまり民主主義促進外交は、この二人の双肩にかかると云うのです。そして、具体的には、米国の後退政策でアジアは米国抜きの地域秩序に向かうだろうから安倍首相はTPPをモデルに自由貿易を進めること、またメルケル首相には、道徳的な旗印を掲げ続けるべしと、主張している事です。(注)

(注)Abe should keep promoting liberal trade agreements, modeled on the TPP, and
Merkel, as the leader of the country that perhaps most embodies the virtues and
accomplishments of the postwar liberal order, is uniquely positioned to speak as the moral
voice of the liberal democratic world. 

殊、日本については、周知の通りTPP対応は米国抜きで、目下、日本が主導する形で具体化が進みつつある処ですが、米国不在をむしろ歴史的機会と捉えることで、彼が指摘するように、より積極的なアジア外交を探求するときと受け止められる処と思料されるのです。尤もこうした期待は、日本にとって荷のかちすぎる処かもしれません。然し、アジアの秩序形成にLIOを根付かせていくことは、日本の通商と安全保障、そして地域秩序の長期的な戦略を構築していく上で、不可欠なことと思料される処です。であれば、この際は、日中首脳の相互訪問も俎上に上る環境にも照らし、中国をも包み込む長期ビジョンを描くとき、とも思料するのです。まこと結構なご託宣と云うものです。とすれば、この際は、世界の日本たるの矜持を新とし、以ってこれら期待に応えていくよう、戦略準備を目指すべきと思料するのです。

・問題は政治家の資質
それにしても、気がかりな事は、日本の政治です。と云うよりも政治家の資質と云うべきでしょうか。昨今、目の当たりにする彼らの言動は、安倍一強と云われる政治環境に胡坐をかいた、‘たるみ’、‘ゆるみ’満載の状況にあり、まさに危機をばらまく様相と映るのです。 6月18日で通常国会は閉会となりましたがそれまで連日、TVに映りだされる国会運営の姿は、蕎麦屋談義ならぬ、かけ(加計学園)だ、もり(森友学園)だと、審議は踊り、共謀罪法案を巡っては、担当大臣が自らの無能さを曝け出すような答弁に終始する等々、全く緊張感を欠く様相に日本の政治は大丈夫かと、思いは募るばかりです。

そうした事の本質は、やはり歴史的パースペクテイブを持ち合わすこともない、己を見つけることのないままにあるという事と思料するのです。それはまさにジャパン・リスクと云う処でしょうが、このリスク克服には、高い自覚と豊かな歴史的パースペクテイブを如何に持ち続けるかに尽きるものと思料するのです。さもなければアイケンベリー教授のリクエストに応えることはできないでしょう。
その点、冒頭でリフアーしたH.E.カー「危機の二十年」を彼らには今一度、読み返してみてはと、思うことしきりです。

以上

posted by 林川眞善 at 18:33| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください