はじめに:今 世界は安全保障環境の異常と対峙して
[ 1 ] 岸田内閣の新安保政策と、日米関係
[ 2 ] 現代流、防衛のかたち
[ 3 ] 進化する世界の安保環境
おわりに:「新冷戦」というRhetoricに想う
はじめに: 今 世界は、安全保障環境の異常と対峙して
昨年12月16日、現下の異常ともされる安全保障環境にあって、岸田政府は既承のとおり、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(座長、佐々江賢一郎元外務次官)の報告書を受け(2022/11/22)、‘国を守る安全保障政策’を策定、これを閣議決定、更に2023年1月13日、ワシントンで開かれた日米首脳会談では今次策定の新安全保障政策(防衛3文書)について意見交換があり、バイデン大統領からは当該安全保障戦略につぃて高い評価があり、同時に新国家安全保障戦略を踏まえ、日米の軍事同盟の現代化(Modernizing)を進めるべきと示唆があり、以って戦略の日米統合を前提とした我が国の新防衛体制が確認されたのです。
さて、上記 異常な安保環境とは、云うまでもなく2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻です。そして、このウクライナ侵攻が過去の例と決定的に異なるのが、戦後世界の安全保障に係る統治機構、つまり国連安全保障理事会ですが、その常任理事国で、核保有を認められているロシアが国際秩序を侵す暴挙に出たことです。そして3月21日には米国との新戦略兵器削減条約(新START条約)の履行停止を宣言したことで、核抑止の均衡が揺らぐ不安を世界全域に広げる処となったと云うものです。
(注1)戦後世界の安全保障体制(1945 ~ )
・世界の政治・社会 :国連 安保理事会 (常任理事国 [核保有を容認されている5か国])
核抑止力の確保はウクライナ侵攻の教訓。
・経済(金融政策) :IMF(先進国) World Bank(開発途上国)
そして世界はいま、専制国家、ロシアと、ウクライナを支援する米欧そして日本を含む西側陣営との対立構図を深める処です。因みに3月13日、米英豪首脳会議で豪州に原潜配備計画を発表。インド太平洋地域の防衛能力を強化し、海外進出を図る中国を牽制せんとするものですが、中国は14日の記者会見で豪州の原潜計画に断固反対と批判する処です。
一方、日本も同様、この種事件に見舞われています。2月18日の夕刻、防衛省は北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の弾道ミサイル1発を発射し、日本の排他的水域(EEZ)内に落下したと推定されるとの発表がありで、この北朝鮮からのミサイル発射が日本のEZZ内に届いたことで、これは初めてのことですが、日本にとって、米中同様、北朝鮮がしかける対日侵攻というリスクを改めて可視化されたと云うものでした。その後数回にわたり同様事件が続いて起こっています。3月16日の朝、北朝鮮が午前7時9分ごろICBM級の弾道弾ミサイル1発を東方向に発射したと防衛省が発表しましたが、2023年に入って、これで6回目となるものでした。こうした事態への取り組みとして岸田政府は昨年暮れ、前出新たに日本の安全保障に係る政策を決定する処です。
偶々、文芸春秋3月号では「防衛費大論争」の特集を組み相変わらずの面子、自民党政調会長の荻生田光一氏、京大名誉教授の中西輝政氏、自衛隊元陸将の山下裕貴氏が、GDP比2%論、日本を守るために必要な装備は何か、とい紙上討論を掲載する処でしが、中でも今必要なことは「富国強兵」のスローガンだとする時代錯誤した指摘に、まさに「あんぐり」 。
そうした状況に照らし今月論考は今一度、日本の安全保障対応の実状にフォーカスする事とし、昨年12月策定された「日本の安全保障政策の概要」と、それによる「日米安保関係」の変化について、そしてこの際は、 ‘安全保障問題対応の基本’ について触れながら、今後の日本を取り囲む環境に照らした日本の安全保障対応の在り方について、ごく直近には解決の見通しが出てきた日韓関係の行方とも併せ、考察していく事としたいと思います。加えて21日の朝、岸田総理のウクライナ電撃訪問のニューズが入ってきました。
[1] 岸田内閣の 新 ‘安保政策`と 日米関係
1. 今日に至る戦後日本の安保体制と新安保政策
(1)日米安保体制の推移:1949年サンフランシスコ講和条約と同時に、日本における安全保障の為、米国が関与し、米軍を日本国内に駐留させることを定めた二国間条約(旧日米安保条約)が締結され、その後、1960年に見直しが行われ、「日米間の相互協力及び安全保障条約」(新日米安保条約)の発効を以って今日に至る処です。そして、当該条約の下、対日攻撃に対しては米軍が対抗、日本は専守防衛の立場からは米軍への便宜供与を専らとする、いわゆる日米間のsecurity commitmentとされ、以って今日に至る処です。つまり日本の主権回復を引き換えに、米国に日本の防衛権を委譲するものでした。
(2)防衛3文書と日米新安保体制:しかし2022年2月以降の異常な国際環境に与すべく、岸田政府は、2022年12月16日、政府有識者会議の報告書を受け、国家安全保障戦略など防衛政策に係る新たな方針となる防衛3文書、「①国家安全保障戦略、➁国家防衛戦略、③防衛力整備計画」を策定し、閣議決定を以って日本の新安全保障戦略とする処、更に、この3文書をベースに、後述1月予定の日米首脳会談に備えて、別途、日米間では「中国との戦略的競争」と記す文章が作成され、以って日米新安保戦略とする処、そこに日本の自主防衛能力の向上と、米国の防衛義務を明記し、日米同盟の基礎とする処です。以下はその概要です。(日経、2月28日)
[日米の新安保戦略]
➀ 日米同盟の現代化(Modernizing):日米同盟は日本の安保政策の基礎と明記。反撃能力の保有を閣議決定し、自立した防衛を宣言。加えて、抜本的な防衛力の強化と新たな戦い方の推進で抑止を担保する事とし、以って日米関係は新安保戦略の下、米軍と自衛隊の統合運用(サイバー・宇宙といった新領域の現代戦への対処協力を含め)を目指す。
➁ 態勢の最適化(Optimizing Posture):南西防衛への態勢 (台湾、尖閣諸島へ備え)、米軍再編の推進(辺野古への基地移設)
③ 協力関係の拡大(Expanding Partnerships):協力枠組みの拡大(韓国、クワッド、NATO)、装備品移転や能力構築(東南アジアなど)
2. 新安保体制で、何がどう変わるのか
(1)日米関係の変質 ―自立した防衛体制
これまでの日本の安保体制は米国と共にあって、上記「安全保障条約」(1960/1/19)の下、日米両国は武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従う事を条件として、維持し発展させる(第3条)とされていています。(従って平和憲法を守る日本には武力攻撃に抵抗する能力は持たない)、そして第6条で「日本の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため米国は陸軍、空軍及び海軍が日本において施設及び区域を使用する事を許される」と規定され、日本は専守防衛の「盾」、米国は他国への攻撃を担う「矛」の日米役割分担(Security commitment)の下、今日に至る処でした。
しかし、今次策定の安保戦略では日米共同で抑止力を強化する、つまり日米統合防衛を目指すことになり、以って米国従属型の日本の安保体制が修正され、日本の安保政策の大転換となる処です。そしてそれを象徴するのが相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」の保有を閣議決定した事ですが、以って「自立した防衛」へ大転換となる処です。
(注)この際の問題は「反撃能力」の行使のタイミング。2023年1月30日の衆院予算
委員会では岸田首相は「反撃能力」に関し、日本と密接な関係にある他国への武力攻撃
で日本に危険が及ぶ「存立危機事態」にも発動可能とし、安保関連法が定める条件に基
づき「具体的に対応する」とも語る処。なお、22年末計画では23~27年度、防衛費は
43兆円と決定、19~23年計画比6割増。最終年度GDP比2% を目指す由。
・日米統合防衛を決定づけた日米首脳会談
日米統合防衛を方向付けたのが、1月13日のワシントンでの日米首脳会談でした。つまり、岸田首相はG7サミットに向けた腹合わせの為として訪米の際の日米首脳会談で、日米新安保戦略について意見交換があり、バイデン大統領からは「日本の歴史的防衛費の増額と新国家安全戦略を踏まえ、日米の軍事同盟の現代化(modernizing)を進めたい」と言及があり、以って日米が統合防衛に向かう事が確認され、メデイア(日経2023/1/14)は以って日米同盟関係の深化と評する処です。
ただ、その深化とは日米が一緒になって戦う事を意味する処、特に明記はないものの、前述の「反撃能力」保有の決定とも併せ、実質的には集団的自衛権を容認するものと云え その点では日本の安保政策は、より自主的なものへと方向づけられ、まさに方針の大転換となる処です。 尚、13日の日米首脳会談を終えた岸田首相は、米ジョンズ・ホプキンス大学で講演し、そこでも日米同盟を基軸に中ロなどへの抑止力を高めると訴え、今次改定の安保関連3文書を以って「米国、世界に対する日本の強い覚悟を明確にした」とする一方、これがインド太平洋地域の利益に繋がると強調、今次の防衛力強化を「日米同盟の歴史上、最も重要な決定の一つ」と(日経1/14)と位置付けるのでした。
(2)今後、日本に問われていく事 ― 外交力の強化
これまでの日本の安保体制は米国と共にあって、上記 日米間の「安全保障条約」(1960/1/19)の下、日米間のいわゆるsecurity commitmentを以って今日に至ってきたその関係が,今次の新安保戦略を以って修正され、今後の取り組みについては、より自主的、自律的なものとしていくことが期待される処ですが、同時に、日本の置かれた環境に照らす時、対外的に友好国等との連携、協調を深めていく事が不可避となる処です。そして、そこに求められることは、外交力の強化であり、戦略的な外交の推進となる処と思料するのです。
日本外交の推移を見るに、その規範は多国間主義にあって、それこそは日本としての現実への対応とも云え、中国ともそうした枠組みの中で対応してきています。そして日本にとり重要なことは、この「多国間主義政策」を根本で支えているのが「日米安保体制」という現実ですが、上記の次第で、日本の使命への期待も変わりつつある処、それだけに新安保と並行して、より重要となるのが外交力の強化となる処です。
さてこれまでの防衛論議の基本は軍事装備の拡充にあって、防衛費の増額や反撃能力の保有などについての議論ばかりでした。しかし、上記岸田講演でも指摘あったように、当該地域への貢献を念頭とする防衛となると、多元化する今日的環境にあっては何よりも侵攻が仕掛けられないよう国家運営を固める事であり、であれば敵対陣営に ‘今、攻めれば勝てる’と云った想いを抱かせない状況を堅持していくことになる処です。 その為にも、日本への理解を深め、隣人、友好国を作り、その輪を広げていくことが殊の重要になってくるのです。つまり`外交‘ こそは 日本‘防衛’の基本軸と、改めて思料する処です。
因みに、1月 23日付、日経コラム「私見-卓見」に、元教員と称する坂本満氏なる仁が「戦争抑止に外交は無効か」と題し、要は、‘頼れるのは外交’ にありと訴える投稿記事の掲載がありました。勿論一部にはこれが`古典的議論’と忌避する向きのあること承知する処ですが、投稿者の今日的感性に極めて納得する処です。 ただこれが30年代のブロック経済となるようなことは絶対に避けるべきで、現代では経済的繋がりは保ちつつ、先端技術など経済安保に絞った経済圏をつくる視点を失わないことが緊要と思料する処です。
そもそも敵対する相手に、上述「今、攻めると勝てる」との思いを抱かせるような事態を起こさないようにすること、それこそが「防衛」への心構えと云え、そのためには多くの友人、友好国の輪を広める、つまり戦略的外交の展開を図ること、と同時にこれが情報力の強化に繋がる処、日本の外交力の強化とは、まさにその一点にある処と思料するのです。 そして今、その路線を支持する協調環境が生れてきていると思料する処です。そしてそれが示唆するのが、現代流、国の守り方ではと思う処です。
[ 2 ] 現代流、防衛のかたち
1. 安保対応の基本は外交
前出日米首脳会談の内容は,米国主導の安全保障の枠組みにおける日本の役割が、単なる口先支援から潜在的侵略の抑制への能動的な関与へとシフトしたことを印象づけるものでしたが, 同時に、日本をバックアップする、或いは日本との協調を目指す、国や地域が広がりつつある現実を映す処とも思料するのです。
つまり日本を取り巻く安保環境は多様化、多極化しつつあって、直近の世論調査でも日本の抑止力への期待が増す処、そうした期待に応えていく事は、防衛力のみならず経済など各分野を含む、今日的防衛のあり方、現代流防衛の形と思料する処、今年1月の国会では岸田首相も、施政方針演説で「防衛力の抜本的強化」として外交を取り挙げ同様、訴える処でした。
(1)世界の安全保障体制の中心は「インド太平洋」
さて、そうした思考様式に照らすとき、今 世界の潮流、ダイナミズムは、地政学的変化を映す「インド太平洋」に向う処です。そして、この多様化、多極化する環境に如何に対応していくかは、必然的に防衛上のテーマとなる処です。 つまり、日本は当該regionにあって、この新しい時代の当事者として総力を傾け、インド太平洋時代を主導していく事、つまり経済的連携の強化と国際秩序の安定化に向け働きかけていく事、更には経済安定の枠組みの強化を目指す事、が期待される処ですが、その際のカギはやはり上記外交力の強化にほかなりません。 世界はいずれ「米国か中国か」の2者覇権主義の時代に代わり、「3大勢力のバランス時代」が来るのではと思料され、日本がこの第3勢力のリーダーになる事が期待される処と思料するのです。そしてその可能性を実感させるのが、アジア太平洋を中心に進む多国間連携による下記(注)取り組みへの対応です。
(注)今、世界が注目するアジア経済圏の動き
➀ 日本政府の対応方向(日米中3国間の連携構築を主導)
・済的連携実状―ASEAN地域フォ-ラム
・アジア地域の安全保障体制 ―ASEAN,RCEP,新興国が促す協調
・米国の対中抑止策(IPEF)
② 「インド太平洋」時代の連携の広がり
・アジア日本の優位さ(G7議長国、G20議長国インド、ASEAN議長国ネシア)
・日英関係 ― 英国は既に日本を公式に同盟国という。日英包括経済連携協定
(FTA/EPA)加えて「日英円滑化協定(RAA)」。更に日英イタリア3カ国の連携で
戦闘機開発。米中やEUもASEANに接近中。
勿論、上記環境における問題は、米国の台湾支援と対中経済制裁の推移の如何でしょうが、日本としては長期的スパンを以って上記地政学的環境を優位とした行動様式の下、米中関係に振り回されない硬軟合わせた外交交流を以って中国との話し合いを増やしていくことで、間違いなく米中の仲介、バランサとなり得るのではと期待する処です。そしてその際は、より基本的には‘中国を封じ込める「自由で開かれたインド太平洋」’をと云うより、‘中国を変える「自由で開かれたアジア太平洋」を目指すべき’で、それこそが平和戦略であり成長戦略と、思料する処です。
(2)今夏、NATO首脳会議とアジア4カ国首脳との協働
そうした折、2月16日付日経記事「日韓豪NZと首脳声明へ」は極めて刺激的と云え、同記事によれば、この7月、NATO首脳会議に日本や韓国等、アジア4カ国の首脳を招待し、アジア諸国との首脳声明の発出を検討していると報道する処です。そして、このニューズは、ロシアのウクライナ侵攻が欧州を超えた世界の危機だと訴えるだけでなく、中国へのメッセージも大きいと云うのです。 つまり、「米国民は民主主義陣営の結束を示し、武力行使に代償がある」との立場を発信することで、台湾海峡や南シナ海を巡り中国への抑止につながるとする処です。この共同声明がどういった内容になるか興味は深々ですが、要は民主主義陣営の団結を鮮明とし、中国とロシアに対抗せんとするものと見る処です。
2.今後の日本の安保戦略の在り方
(1)「NATOの教訓」
昨年の春、ウクライナ出身の在日国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏の手になる「NATOの教訓」(PHP新書)を読み、そこに展開されていた日本が世界最強の軍事同盟NATOと手を結んではとの提言が,頭を離れないままにあるのです。
周知の通り2022年6月、スペイン・マドリッドで開催されたNATO首脳会議には、岸田首相が、豪州、N.Z.そして韓国の大統領らと共に、招待を受け出席しています。初めての事で異例となるものでした。 そして今年1月30日、NATOのストルテンベルグ事務総長の来日時、NATOとの間でサイバーや宇宙での協力強化で合意を見る処でしたが, NATOのインド太平洋地域への関与を深めることは歓迎すべきものと思料する処です。
そうした折、2月20日付 日経は更に、ドイツや英国では、安全保障戦略の見直しの動きが高まって来たとも報ずる処でした。 つまり、ドイツは3月に初となる国家安保戦略を取りまとめると云い、英国もこの春を目途に外交方針を改めると云うのです。ロシアだけではなく、覇権主義的動きを強める中国の位置づけも軌道修正する見通しとする処です。まさに当該変化が英国とドイツの両国で足並みを揃えた形で進むと云うものです。尚3月16日には経済安保を軸とした日独政府間協議が開かれ、両国間の関係が新たな段階にあるとみる処、まさに日本とNATO間の連携強化が平和維持を可能にする動きと期待する処です。
(2)環太平洋圏とNATOとの協調
上記アンドリー氏は更に、太平洋における集団防衛体制の確立は極めて重要と説く処です。 周知の通り、太平洋の周辺には自由・民主主義の価値観を共有する国がかなりある事、日・湾・豪・NZ・チリ・メキシコ・米国、カナダ他にも中米や太平洋の島国で自由・民主主義の価値観が通じる国は多々とする処です。勿論厳密にいえば北大西洋条約機構は名前からして「大西洋」であり、太平洋までは拡大できないが、実際の方法論としては、NATOと同じ 方式で環太平洋地域の軍事同盟を形成し、その同盟がNATOと合併して世界規模の巨大な事業同盟を築くという事になると、つまりシュミュレーションする処です。
そして、環太平洋の軍事同盟を実現する最も現実的な方法はTPPをベースにすることだと云うのです。TPPは経済同盟であり、TPPが本格稼働するためには米国に復帰、参加してもらう必要があるのですが、そこで、日本を始め、TPPの現参加国は将来の集団防衛体制の構築を見据え米国にTPPに戻るように働きかけるべきと云うのです。勿論、それは米国の国内問題であり、2024年の大統領選を控え、どこまで許されるものか、シミュレーションながら、いささか困難とみる処です。
が、アンドリー氏は、独裁陣営に最も近い自由・民主主義国の存在は極めて重要とし、そこで「最前線」の防衛が堅固でないと、自由・民主主義陣営の全体に影響を及ぼすことになると主張するのですが、岸田政権がウクライナ侵攻に向き合う際、強調するのも、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」との認識に基づくものとされており、その点では 欧州とアジアの安全保障環境の不可分性が指摘される処です。この点を以って、米国を納得させうるか、簡単なことではないとは思料するのですが。
[ 3 ] 進化する世界の安保環境
1.日韓関係改善への新展開
さて、日本にとって、安全保障問題の一つとしてあったのが戦後最悪とされていた日韓関係問題でした。3月6日、韓国政府は予ねて懸案の日本政府による戦時中の「徴用工」を巡る問題解決への強い意思表明が届きました。これから具体的な手続きが進むことと想定するのですが、云うまでもなく、これが日韓関係に係る安全保障問題解決への大きな前進となる処です。 きっかけは、韓国の尹大統領が3月1日、ソウルでの演説で、日本との安全保障協力を推進する姿勢を示した事でした。
韓国にとって3月1日は、日本統治下の1919年に起きた「三・一独立運動」の記念日で、韓国大統領が演説で日韓関係に言及するのが恒例とされていたのが、今次、その内容は北朝鮮の脅威を念頭に「安保危機を克服するための韓米日の協力が、いつもに増して重要になった」との発言でした。そして日本に関しては「過去の軍国主義侵略者から、普遍的価値を共有し安保や経済、グローバルの課題で協力するパートナーになった」との認識を示したのです。(日経3/2)まさに歓迎すべきmessage です。3月16日には、尹大統領は単独来日、12年ぶり、日韓首脳会談が行われたのです。韓国政府は経済安保の観点から両国の経済協力が重要と捉え、日本とサプライチェーンの協力を目指すとする処です。この機会に岸田首相は5月のG7広島サミットに招待する事とし、一挙に日韓関係の改善が動く処です。
2. 米主導のIPEF(インド太平洋経済枠組み)と国際協調の広がり
一方、3月1日、米USTRは通商政策の年次報告書を公表する中で、日米14カ国が参加するIPEFについて米国は積極的に主導すると主張、その際は中国への対応をも念頭に「高水準で包括的、且つ公平な貿易政策」を目指すとする処、既に交渉官会合が行われる処です。3/13~19), この5月には日本が議長国となってG7首脳会議の予定ある処、岸田首相は、これに韓国、豪州、インド等、8カ国の首脳及び後述ウクライナのゼレンスキー大統領の招待を考えている由で、新たな国際秩序に向けたシナリオが期待される処です。
更に11月には米国が議長国を務めるAPEC首脳会議が続く処ですが、この際は、前述したように「自由で開かれたインド太平洋」と云うよりは「自由で開かれたアジア太平洋」として、日本が主導し当該地域のリーダー達と共に、アジアにおける安保戦略策定を目指してはどうかと思う処です。 尚、韓国尹大統領は、4/26日、国賓として訪米予定で、迎えるバイデン大統領は首脳会談を経て、日本を加えた日米韓3か国での安全保障協力を深めることが想定される処です。(日経,2023/3/8 夕)
おわりに 「新冷戦」という`Rhetoric’に想う
今年2/24日付日経が特集連載した「20世紀型大国の落日」を読み直し、この1年を振り返り見るとき、20世紀後半の冷戦期の枠組みに当てはめ、「西側自由民主主義同盟 対 中ロ専制主義」の新冷戦時代と云った西側メデイアでみられるレトリックですが、バイデン氏も近時よく使うのですが、現代の今では、不十分ではと感じるようになる処です。
周知の通り、近時の国連総会でのロシアの侵略非難決議での賛否票の推移を見ると、中・印やアフリカ諸国の約半数が棄権もしくは欠席。その一方で対ロ制裁に加わる国は主として西側諸国に限られていて、ロシアの侵略を認めつつも西側と共闘歩調を取らない国が多数あって、そして気になるのが「グローバルサウス」と称される地域は冷戦期の非同盟諸国よりはるかに多様で、且つ影響力の大きさが気になる処です。つまり、そのグローバルサウスの大半は主体的に判断し、行動していると見る処ですが、北半球に偏し、冷戦を主導してきた西側諸国やロシアは軍事的・経済的には依然として強力ですが、冷戦期ほどには、世界の支配力はなく、中国も政権の国内強権化を見ると、その国際的影響力の拡大は峠を越えたのではとも思う処です。尤も今、習近平主席はロシア訪問中(3/20~22)で、目的は対ウクライナ「和平協議」の可能性を探るものの由ですが、さてどのような展開となるものか?
岸田首相はこの5月のG7の議長国として上記 国際事情に照らし、去る3月19日、「グローバルサウス」との安保や経済面で協力する方策を協議すべくインドを訪問、この秋開催のG20では議長を務めるモデイ首相との会談に臨み、その帰路では隠密裏に(完全な情報管制の下、空路と鉄道経由で)ウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談を行い、「G7としての支援」を伝え、激励を果たす処です。日本の首相が、戦闘の続く国・地域を訪れるのは、戦後初となる出来事でした。
こうした、これまでにない文脈で語られる変化、地政学的変化を指して、Mohamed A. El-Erian氏 (President of Queens’ College at The University of Cambridge) は論壇、Project Syndicate, Mar.8 ,2023 への寄稿では、Fragmented Globalizationの言葉を以って総括する一方、京大教授の中西寛氏は2023年2月9日付日経では、ロシアの中・印への依存やインド太平洋諸国と欧州の接近は、今次戦争の行方に拘わらず、国際政治の重心が大西洋からインド太平洋へ、北半球から南半球へと移行しつつあること、そしてグローバリゼーションや地球環境の命運もこうした地域により左右されることを示唆している、とする処ですが、 要はこうした地政学的変動への洞察力が問われる処、安保政策はどうあるべきかが、実はこうした深い文脈で考えられて然るべきものと自身の反省を含め、思う処です。
それにつけても気がかりは,なお続く日本経済のゼロ成長です。3月9日、内閣府公表の2022年10~12月期GDP改定値は、前期比年率で0.1%と、速報値(0.6%増)から下方修正されるものでした。安保政策を固めた今、「新しい資本主義」を標榜する岸田政権が急ぐべきは、経済先進国の再建ではと思料するばかりです。
以上(2023/3/25)