2022年10月26日

2022年11月号  大きな節目を迎えた、総書記3期目入りの習近平中国と世界 - 林川眞善

―  目  次 ―

はじめに 習近平総書記3期目の環境と、世界経済 

・Financial Times , Martin Wolf氏の警告
・世界経済は今、米国も中国も、下降トレンド

第1章 総書記3期目入りの習近平中国、
     これに対峙する米欧の事情

1.第20回共産党大会と習近平氏
(1)3期目を迎えた習近平政権
  ・習近平氏の党活動報告、彼の行動様式
(2)中国経済の今後 ― 米中経済逆転劇の行方

2. バイデン米政権の‘新安保戦略’と対中政策
(1)バイデン米政権の‘新安保戦略’  
(2)`Danger Zone’ ― 米中の軍事衝突はいつ訪れる
・逆流する中国の成長要因

第2章 日中経済関係の今後

1.日中関係の現状
・日本の対中支援(ODA)とその実態
2.台湾有事と日本の構え

おわりに 民主主義を鍛え直す    

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はじめに 習近平総書記3期目の環境と、世界経済

(1) Financial Times, Martin Wolf氏の警告
世界的コラムニスト、Martin Wolf氏が, 10月16日からの共産党大会を前に、Financial Times(10/5)に寄せた、習近平氏の人事を巡っての論考は、まさにジャーナリスト魂を示すものでした。タイトルは「Xi’s third term is a dangerous error ― China’s macroeconomic, microeconomic and environmental difficulties remain largely unaddressed」。つまり、習近平氏は揺るぎない権力を手にするわけだが、これは中国そして世界にとっていいことか、と強く訴えるものでした。以下にその文節を紹介しましょう。

「― 自分が選んだ人々に囲まれ、自分が作り上げた功績を守り続けている専制君主は、ますます孤立し、防衛的になり、偏執的にさえなる。改革が止まる。意思決定は進まない。間違った政策も修正されない。ゼロコロナ政策がその典型だ。そして長期政権が続いた結果、強権化してしまった例が、プーチン・ロシアであり、中国でも、毛沢東が今のロシアと同じ状況をつくり上げていった。しかし、理性と常識をト小平という人物がいたからこそ、国家主席のポストに任期制を導入しえた。しかし、習氏はこのルールを破ろうとしている。・・・ト小平氏が唱えた「折衷主義」は少なくとも中国が発展途上国である間は有効だったが、非常に複雑な社会構造となった現在の中国に古いレーニン思想を再び押し付けるのは行き詰まりを意味する。習氏がいつまでもトップに留まれば、自身のみならず世界を今以上に危険にさらしかねないと。 」

勿論、こうした叫びが共産党一党独裁国家に響くことはなく、10月16日に始まった第20回共産党大会は22日に閉幕、23日の人事の発表をもって幕を閉じました。その人事とは、習近平氏の、党トップの「総書記」、軍トップの「中央軍事委員会主席」、更に、対外的な国家元首である「国家主席」の、3つのポストへの就任です。これで習近平総書記は異例の3期目入り、最高指導部メンバーも皆、自らに近い人物で固め、すべて自分で決める異様な体制を選択する処、習氏の全権掌握の完成図とも云え、以って中国と世界は大きな節目を迎えたと見る処です。
ただ、後述、彼が党活動報告で話した自らの功績を支えてきた要因、つまり経済環境は、今、急速な下降状況にあって習政権の運営に影を落とす処、 ‘経済’こそが習氏の足をひっぱるのではと囁き出される状況です。

(2) 世界経済は今、米国も中国も、下降トレンド
因みに、10月11日、IMFが発表した2023年の世界経済の見通しは2.7%、これは前回7月時の見通しからは、0.2ポイントの下方修正。そして米国と欧州、中国の経済を「失速」と表現する処、世界はインフレへの懸念から、経済の落ち込みを警戒する局面に移る様相と見る処です。(日経、10/12) 因みに米国は22年が1.6%で0.7ポイントの下方修正、23年も1.0%へ減速。中国は22年3.2%、23年も4.4%に留まる見通しです。
こうした経済の下方トレンドはロシアのウクライナ侵攻を主たる要因とみる処、更に新興国についてはドルを中心とした外貨建て債務の比率が高く、金利上昇とドル高で返済負担が重くなってきており、世界の景気回復シナリオの軌道修正は不可避と、更なる下振れリスクにある処です。(注)

    (注)10月12日 開催のG20での焦点の一つが債務問題。新興国31カ国の債務残高は2022年6月時点で98.8兆ドル、GDPの2.5倍。新興国経済や低所得国を巡る国際協調が行き詰まれば世界経済の混乱に拍車がかかりかねない状況と。(日経10/13)

ロシアによるウクライナ侵攻こそが、その中核的要因ですが、これに対抗する西側諸国の対ロ制裁、一方、ロシアによる西側向けエネルギー供給の抑制と、双方の制裁合戦は、結果として世界経済はshortage economy,つまり、需給インバランスによる物価高騰でインフレ昂進を余儀なくされ、今ではそのインフレが世界的、とりわけ西側経済の最大の問題となる処です。一方、ロシアは自らへの支持を集めるべく、新興国向け資金援助等、強化を進めることで、強いロシア寄り磁場を醸成、米欧を中心としてきた世界経済の運営システムの構造変化を促す処です。更に、9月29日にはプーチン氏はウクライナの4州(ドネック、ルガンスク、サボロジェ、ヘルソン)をロシアへの併合を強行したことでロシアを巡る西側と、そして新興国との分断が進む状況が生れ、要は地政学リスクの高まる状況が進む処です。戦後一貫して世界のガバナンスを国連常任理事国5か国に委ねられてきた、そのあり方に大きく疑問符が突きつけられる処です。

こんな折、10月12日、バイデン米政権は政権初となる「国家安全保障戦略」を公表、その中で中国を「国際秩序をつくり替える意思と能力を持つ唯一の競争相手」と見なし、今後の10年が中国との競争を決定づけるとの認識を示す処、新たな米中関係の可能性を感じさせる処です。 尚、米中関係の行方について、今、米ワシントン辺りでは、二人の米geostrategistが著した「Danger zone」が、米中戦闘の可能性は今が最も危険な状況にありとする由で、話題を呼ぶ処です。(The Economist 9/3,The perils of `peak China )
勿論、総書記3期目の習氏を戴く中国との対日姿勢も大きな関心を呼ぶ処です。9月29日、日中国交正常化50周年を迎えた両国ですが、当日、現地では記念式典が「釣魚台国賓館」で行われたのですが、それは格下げとの批判の出るほどに(前回は北京人民大会堂)、中国で勤務する、かつての同僚からは、それでも「よく開かれたものだ」と感想を伝えてきてくれましたが、そう感じさせるほどに冷え込んだ日中関係ですが、2019年12月以来、両国首脳の対面会談のない異常事態にあって、世界の中の日中関係の如何が問い直される処です。

かくして今次論考は、上述国際事情を受け、3期目を迎えた習政権が目指す‘中国’の可能性、そして世界の軸を取る米中関係、更には日中関係の今後について、考察する事とします。


第1章 総書記3期目入りの習近平中国、
                    これに対峙する米欧の事情

1. 第20回 共産党大会と習近平氏の活動報告

(1)3期目を迎えた習近平政権
10月16日、北京で開かれた中国共産党大会では、前述の通り、習近平氏の3期目となる党総書記就任が決定。これで今後5年間、或いは10年間、中国共産党は習近平氏指導の下、運営されることになったのです。もともと党総書記のポストは2期10年とされていましたが2018年、この制限をなくしています。これは習近平氏の長期政権を担保するために取られた措置ともされている処です。(尚、1921年7月、結党のために開かれたのが第1回党大会、1980年以降は5年毎の開催に変更)

まず、今次党大会直前の10月9日に始まった共産党、7中全会では党規約の改正議論があって、「二つの確立」、「二つの擁護」が確認され、つまり前者の「二つの確立」とは、習氏の党の核心としての地位と、習氏の政治思想の指導的地位を確実とする事、又、後者の「二つの擁護」とは、習氏の党の核心としての地位と、習氏を中心とする党中央の権威を順守するとするもの(日経10/10)ですが、それは前述、習近平氏への権力集中を確実とするための仕掛けとも映る処です。そして党大会終了後の23日の中央委員会第1回全体会議で、習氏は正式に総書記に選出され、併せて3期指導部の発足をみましたが、まさに習近平一強、独裁体制へのドラマと映る処です。

・習近平氏の党活動報告、その思考様式
習近平氏のトップ就任は2012年、2期目に入ったのが2017年、翌年の2018年には共産党トップの矜持として当時、10項目からなる指針を発表、そのトップに挙げていたのが
`maintaining authority of the party‘ (中国共産党の権威の堅持) 、2番目が ` realizing the rejuvenation of the Chinese nation’(中国国家の若返り)で、習氏はこれ等を指針としてRestore China、中国の再興を目指してきたとされています。実際、2012年以降の中国は、急速な発展を辿り、中間所得者層の拡大、民間企業の成長、更には市民のメデイア登場の多さも指摘される処, 彼の今次党活動報告は、その延長にあらん事を強調するものでした。

まず今次党活動報告では、「2035年までに社会主義の現代化をほぼ実現し、35年から今世紀半ばまでの期間で、『社会主義現代化強国』にしていくとし、今後の5年が、社会主義現代化国家の全面的な構築が始まる重要な時期だ」と語り、今後については、自らが主導する「共同富裕」を追求していくとし、低所得者の所得を増やし、中間層を拡大し、所得分配機能をルール化していくともするのでした。尚、台湾統一問題については「中国人自身のことで、中国人が自分で決めていかねばならない」としながら、台湾統一は「必ず実現する。武力行使の放棄はしない」と強硬姿勢を示す処です。(日経10/17)
 
勿論、これまで習氏が進めてきた広域経済圏「一帯一路」構想や、他国を容赦なく威嚇する「戦狼外交」は今後も続けるものと思料される処です。というのも彼がこれまでの10年間、「強軍建設」を進め、加えて広大な空間を安全保障の対象とする概念を構築してきた事もあって、あらゆる資源を活用する挙国体制を取ってきており、国防と民間のイノベーションの相乗効果を図る「軍民融合」を進めんとしているからです。ただこの政策の強化推進は、結局は国内経済の閉鎖に向かう事になるものと、懸念の残る処です。

一方、新型コロナの感染者をゼロに近づける「ゼロコロナ」政策の影響が尾を引く中にあって、人口減少問題、電力不足、不動産の過剰投資など、まさに構造的問題の顕在化があって、今年に入ってからの中国経済は低調を託つ処、その状況は深刻さを増す様相です。
因みに16日の活動報告では成長の数値目標を示すことはなく (前総書記の胡錦濤氏は12年の党大会で20年のGDPを10年比で2倍するとしていた)、翌17日、予定されていた中国GDP 7~9月期の数値発表も突然延期となったのですが(注)、この二つの事例は、期待通りの数値が出ず、そのことは「成長第一」路線が限界に差し掛かったことを意味し、以って政策不況の批判を警戒しての事ではと、メデイアは伝える処です。実際、次項で触れる通りでIMF公表のGDP予測数値では、米中経済の逆転ストーリーに疑問符が付く処です。

(注)中国GDP発表:24日、追っかけ発表された2022/7~9GDP(実質)では前年同期
比3.9%増で、前期比0.4%像からは持ち直したようだが、コロナ対応の移動制限が経済活動を妨げたとする処、政府が通年目標に置く5.5%成長の達成は極めて厳しいと見る。

習氏は「経済発展の重点を実体経済に置く」と云うのでしたが、今次の彼の活動報告では、「改革」や「市場」への言及が急減する一方、共産党主導の発展モデルを指す「中国式現代化」の用語が目立つおり、これが国家の安全保障と社会の安定がより重要と、政策視点のシフトを映す処です。減速が鮮明となってきた現状からは、政権を揺るがすのは、 ‘経済’にあるのではと囁かれるのも故ある処です。 序で乍ら、習氏は上記の通り、「共同富裕」の追求を掲げていますが、そのためにはパイが大きくなっていく事が(成長)必要ですが、その限りにおいて、共同富裕というテーマは難しいというものでしょう。

(2)中国経済の今後 ― 米中経済の逆転劇のゆくえ
その経済の姿は、IMF統計では2021年名目GDPは、米国が23.0兆ドル、中国は17.5兆ドルと米国の76%まで追い上げています。IMFは27年まで予測していて、その時点で米国は31.0兆ドル、中国は29.1兆ドルと94%の水準に迫る処です。そこで28年以降もIMF予測のトレンド線を延長していくとすると、29年の名目GDPは米国が33.3兆ドル、中国は33.5兆ドルで、中国がわずかに米国を上回ることになっています。30年には、米国の34.5兆ドルに対して中国は35.9兆ドルと米中経済の逆転は明らかとなる処、以って、米中逆転が云々されてきたというものです。 

が、IMFは7月時点では、中国経済について、4月時点での見通し4.4%に対して3.3%と大幅下方修正していました。その事由は、前述の通りで、電力不足、共同富裕政策によるIT企業の締め付け、不動産の過剰投資などと、されていて、今次発表の数字では事態は更に落ち込む様相で、その逆転劇は更に先延ばしとなると見る処です。 加えてドルの全面高で元安が手伝って、ドルベースでみる中国経済は規模の縮小と映る処、つまりは米国の背中が遠くになっていく様相です。(日経9/19)

2.バイデン米政権の ‘新安保戦略’ と対中政策

かかる環境下、10月12日、バイデン米政権は、政権初となる「国家安全保障戦略」を公表しました。前述「はじめに」の項でも触れたように、中国を「唯一の競争相手」と定義し、今後米主導の国際秩序に挑む中国との競争を「決定づける10年になる」と定める処です。以下では、今次の戦略をベースにした米中関係の可能性について考察します。

(1)バイデン米政権の ‘新安保戦略’
10月12日のバイデン政権初の国家安保戦略では、中ロが「権威主義的な統治と修正主義的な外交政策」を取っているとした上で、「中国に打ち勝ち、ロシアを抑制する」と強調する、つまり、2017年12月、トランプ前政権で記した「権威主義」、「修正主義努力」の表現を概ね踏襲する処です。(日経、10月14日) 

トランプ前政権は、その前政権のオバマ政権の対中政策を「弱腰」、「宥和的」と一刀両断、権威主義(米国第一主義)の立場から対中強硬路線へとカジを切り、「新冷戦」とも称される米中の覇権争いを鮮明とする処でした。その際トランプ氏は、TPPなどの多国間枠組みや、同盟関係への不信から米中二国間による取引型外交を指向。結果的に米中間で制裁関税の応酬がエスカレートする「貿易戦争」の様相を濃くするものでした。

バイデン政権も対中強硬路線を継承する処、今回は中国を「国際秩序をつくり替える意思と能力を持つ唯一の競争相手」と見なし、これからの10年が中国との競争を決定づけるとの認識を示す処です。そして、対中関係について、「対立」(人権、民主主義、安保など)、「競争」(貿易、知財、先端技術など)、「協力」(気候変動、感染症、核不拡散など)の3つの領域にわけ、各領域内で取引する「個別管理」の手法を以って対応せんとする処です。が、交渉の手法を巡って、中々かみ合わない状況が続く処です。いずれにせよ、ロシアを「差し迫った脅威」としつつも、中国の対処を最優先に据える方針を明確にする処です。

尚、バイデン政権はトランプ時代とは異なり、同盟国との連携強化を重視し、同盟国を「最も重要な戦略的資産」と位置付けていますが、これこそはバイデン政権の特徴を表す処と云え、米英豪による新たな安全保障の枠組み「AUKUS」や、米日豪印4カ国による「QUAD」、更には、新たな経済連携「IPEF」等の新構想を打ち出している事、周知の処です。

・欧州でも進む対中戦略の見直し
そして欧州でも、21日のEU首脳会議では、今次習近平氏の3期目の党総書記を踏まえ、とりわけ経済面での対中依存の現状、資源調達などの分野での中国依存を見直し、調達先の多角化を目指すとフォンデアライエン欧州委員長の語る処です。

(2)‘Danger Zone:’ – 米中の軍事衝突はいつ訪れる
処で、米中の軍事衝突の可能性について、米国の二人の地政学者、米ジョンズ・ホプキンス大学のハル・ブランズ教授、タフツ大学のマイケル・ベックリー教授の共著、‘Danger Zone: The Coming Conflict with China ’が、話題となっているとのThe Economist誌評を紹介しましたが、そこで、その概要を参考まで、以下に紹介する事とします。

まず、米中間での戦争が起きると想定されるタイミングには三つあるとするのです。 一つは中国共産党指導部が「中華民族の偉大な復興」と「世界一流の軍隊」の実現を約した2049年頃。 二つは「国防及び軍隊の現代化を基本的に完了する」ことを目指すとした2035年。それとも、米軍幹部が「中国が台湾武力統一の手立てを整える事を目指す」とする2027年か、としながらも、二人の学者は、差し迫った危険、`The perils of peak China’ は、「今」だと云うのです。そして 米中二大大国が競っているのは、10年間の短距離走であって、100年マラソンではないと断じ、中国はまもなく「急降下するか、そうでなければ既に衰退過程に入っているかもしれない」と主張するのです。(注)

(注)中国の2022年のGDP伸び率は、中国エコノミスト調査の平均値では3.2%、
これはADBが予測するアジア新興国の22年成長率5.3%を下回る。(日経10/8)

ブランズ氏とベックリー氏の二人の主張は、いわゆる「トウキジデスの罠」をひっくり返さんばかりで、彼らによると、トウキジデスのアテネは新興国ではなく、衰退を避けようとして戦っていた大国だと云うのです。そして、二人の仮設を支える要素が、「中国がピークを迎えつつある事」、「戦争が近くに迫っているという事」とするもので、これには色々批判のある処、英誌 エコノミスト誌は,これはワシントンの時代思潮のようなものと肯定的に捉えるのです。そしてそれは、ハーバード大のグレアム・アリソン氏が広めた「トウキジデスの罠」説をひっくり返す処とも云うのです。

・逆流する中国の成長要因 
まず、著者の両氏は、中国の成長を齎してきた複数の要因が、ここにきて逆回転しだしていると云うのです。その問題とは、「人口が急減に転じたこと」、「市場改革の動きは、再び中央統制経済にとって代わられたこと」の2点を挙げ、政府はイノベーションを生み出すテック企業を抑え込み債務管理に苦労していると云うのです。そして、政治的支配をやや緩めた「Smarter autocracy(賢明な独裁)」は圧倒的な独裁へと逆戻りし、技術を使って社会を監視する国家を生んだと云い、先進国は中国の台頭を喜ばず、貿易を制限し始めているとも云うのです。 ただ中国が衰退に向かうとしても、それは徐々に進む可能性を指摘する一方、軍事力は拡大を続け、台湾統一への意図は持ち続けるとするのです。そして、中国は隆盛を続けるにせよ、攻撃性を強めるだろうと両氏は考えているようで、これに対しては「米国は自国の長期的な競争力を損なうような短期的解決を避けるべき」と云うのです。

尚、バイデン氏は、中国は米国の優位性に対する最大の脅威としながらも、現時点では主に経済的、政治的な脅威と見ているようで、来年度の国防予算要求からは、中国の軍事的脅威が差し迫るのは30年代を想定していることがうかがえると云うものです。一方、安全保障枠組み「AUKUS」の下で、豪州に原子力潜水艦を供与できるのは、おそらく40年以降と見る処です。 ただ、米シンクタンク、ジャーマン・マーシャル財団のグレーザー氏は、紛争が起こるとしたら軍事バランスの変化よりも政治的変化が原因になる可能性が高いと見る処、習近平氏が、台湾が独立に動き中国共産党のメンツが失われたと感じたなら、たとえ軍の準備が不十分でもためらわずに戦争に踏み切るだろうと云うのです。 

そうした事情にあって、次の危機を生むのは政治日程かもしれないとしながら、その際のポイントはこの秋、アジアで開催予定の一連の首脳会議を通じて、中国とロシアがどの程度、目的を共有できるかが見えてくだろうとするのです。 そして11月の米中間選挙での結果、更に24年の米政権の交代の可能性も含め、そして台湾の総選挙の結果次第で、新総統が独立を推進し、米国の承認を得ることにでもなれば、それが本当に戦争の引き金になり得ると、前出グレ-ザー氏の言を以って締とするのです。

さて中国は経済の拡大を軍事力の強化に振り向けてきたわけですが、成長の限界がハッキリしてきた結果、向こう数年単位でみれば、かえって事態は厳しさを増す恐れもあると云うものです。その点で求められることは前項2-(1)の通りで、徹底した外交力の強化です。


第2章 日中経済関係の今後

では日本は、です。米政権の方針の如何を問わず、日本が外交・安保戦略の基軸となる日米同盟の不断の強化に努めるのは当然です。が、「世界の警察官」の役割を放棄した米国だけをもはや頼りにはできません。その点で、日本自身の防衛力の抜本的な強化にとどまらず、他の西側諸国との安保協力を更に進化すべきと思料する処です。

1. 日中関係の現状

2022年9月29日は、50年前、日本と中国が国交を樹立した記念日でした。メデイア的に言えば、‘日中国交正常化から今年9月29日で50年を迎えた、さあ次の50年は’ と、ポジテイブな表記となる処です。隣国の成長する巨大市場を取り込みつつ、安全保障面では米国と協調して東アジアの安定を保つ、そんな日本の当初の目論見は中国の軍事的な台頭で崩れたとされるのですが、現在の日中関係は、まさにその延長線上にある処です。

そうした事情を露わとするのが50周年の記念行事の在り姿でした。経団連は29日には都内ホテルで開いていますが、岸田首相の出席はなく、一方、中国側も同日、北京の釣魚台国賓館で記念式典が開催されたものの、日本と同様、両国首脳の出席はなく、これが45周年の人民大会堂での式典に比し、実質格下げ扱いと映る処、現地で働くかつての同僚からは、「よくぞ記念式典など開けたもの」との現地実感を伝えてくれる処でした。日中首脳の対面会談は2019年12月 以来行われていません。これこそがかかる事態を象徴する処です。

・日本の対中支援(ODA)とその実態
この50年間の日中関係の特徴は何だったか、です。まず、71年9月、関西財界代表団が、翌年の8月には当時の新日鉄(現日鉄)社長、稲山氏を団長とする財界人が相次ぎ訪中し、周恩来首相と歓談したことに始まる交流で、政治の流れをあと押ししたと云うものでした。
因みに、当時の新日鉄稲山氏が全面協力して出来上がったのが宝山鋼鉄の製鉄所建設で、まさにそれは、日中国交正常化のシンボルとされるものでした。1979年には日本は西側で初めて中国に対してODA(政府開発援助)を供与し、89年の天安門事件後の対応でもG7でいち早く経済制裁を解除したのです。そうした支援を受けた中国経済は、GDPで見て2010年には日本を抜いて世界第2位となり、今ではGDPは日本の3.5倍です。ただ問題はODA資金の中国での活用の在り方でした。

JICAによると、ODAの内、「無償資金協力」は約1600億円、「円借款」は約3兆3千億円、「技術支援」の約1900億円で、計3兆6千億円余りを支援してきたのですが、中国が急速な経済発展を遂げ、国防費も多額になってきた中、日本から援助を受けている中国が、他の途上国に戦略的な支援を行うようになってきたことから、日本政府はODAが役割を終えたと判断。無償資金協力06年、円借款07年の時点で、新規供与を終え、技術支援で継続事業も今年3月をもって終わりとなっています。 結果論ですが、日本の対中ODAは中国の軍事に寄与したが、民政に寄与することはなかったという事で日本政府の援助姿勢が問われる処です。 ともかく経済と安保で、相反する課題を抱え、日中双方は関係改善に向けた一歩を踏み出せずにあると云うのが実状です。今、政府はODAの基本指針「開発協力大綱」の見直しを始めたと伝えられる処ですが、軍事力に依存した外交とは距離を置く日本にとってODAは重要な対外的ツールです。より国益に資する改革を期待する処です。

2. 台湾有事と日本の構え

周知の通り、1972年の日中国交正常化の際は、日本は台湾(中華民国)と国交を断絶し、中国の経済発展のあと押しへとカジを切り、未来志向の関係を目指すはずの処、現状は前述の取りで、期待通りにはなっていません。 10年前の国交正常化40年の直前には、尖閣諸島の国有化をきっかけに、中国では激しい抗議デモが起き祝賀会も中止となっています。10年がたち日中関係は最悪期こそ脱したとは言え、50周年を心から祝う雰囲気に乏しい事情も理解する処です。そしてその原因の一つは台湾問題です。この8月、ペロシ米下院議長の訪台に強く反発する中国は軍事演習を名目に日本の排他的経済水域(EEZ)にも弾道ミサイル5発を撃ち込む次第です。

中国は、武力による台湾統一を放棄せずとし、今次、10年間の活動報告では、習氏はそれを明確に謳う処です。米国と同盟を組む日本をけん制するミサイルによる威嚇が今後あり得べく、であれば関係修復は遠のく処、これが中国を念頭に置く経済安全保障の強化につながり、経済関係の停滞を招きかねず、このままでは中国に進出している日本企業も安心して活動できないという事になるのではと危惧する処です。両国共、相手国に対する好感度が下がっているのも気になる処、この悪循環を断つには安全保障を中心に新たな知恵が必要です。その為には首相と習氏が対面で会う機会が是非とも必要です。経済規模で世界2位、3位の両首脳が、新たな日中関係を議論するのは大きな意味あると思料する処です。


おわりに  民主主義を鍛え直す

10月6日、チェコのプラハで欧州の40カ国以上で構成する欧州政治共同体(EPC)の初会合が開かれました。ロシアのウクライナ侵攻を機に分断が深まる世界で欧州の結束を強める狙いとされ、フランスのマクロン大統領の主導に負うものの由で、一言でいえばロシア包囲網で結束した欧州というものです。中ロへの対抗軸としてEUに非加盟の英国やトルコ、東部のバルカン諸国も参加。まずエネルギーや、サイバーセキュリテイ等協力できる分野で議論を始め、緩やかな連合体を目指す由伝えられる処です。(日経10/7) 

前述、アジア地域では、米中の対立構図に加え、新たな日中間の対立構図もあるなか、欧州では対ロEPCが動き出したことで、全地球的に「民主国家群」と「強権主義国家群」との対立構図が明確となる処です。同時に第2次世界大戦での戦勝国、米英仏中ロを常任理事国とする現在の世界のガバナンス(国連)体制の在り方が問い直され、まさにブレトン・ウッズ体制とは異にした、新体制の創造が不可避となったことを実感させられる処です。

10月1日付日経が伝えるスエーデンの民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)による調査では、2016年以降、ジンバブエやベネズエラなど20カ国が権威主義国に変わったことが指摘され、併せて9月の国連総会の一般討論演説では欧米首脳から民主主義の「退潮」に懸念が相次いだと指摘するのです。加えて、西側が進めるウクライナ支援は「民主主義を守る戦い」と強調するも、新興国にはそれが響いていないとも指摘する処です。そして、米欧日が民主主義を鍛え直すことができなければ、国連の漂流も続きそうだとも警鐘を鳴らす処です。

民主主義を鍛え直せという事ですが、それはトクヴィルがいう教養レベルの引き上げに通じる話とも云えそうです。トックヴィルが浮き彫りした「アメリカの民主政治」とは、米国の独立宣言や憲法を基本とするもので、それは、自由・平等・人民主権・法の支配と云った、より普遍性の高い理念に根差している点を特徴とする処、つまりは「近代啓蒙思想」にあると云うものです。慶大教授の渡辺靖氏は、近著「アメリカとは何か」で、自らは旧世界とは異なる「新世界」であり、「あるべき世界」と云う強烈な自負心にあると分析する処、それこそは、トクヴィルがいう教養レベルの引き上げに通じる発想とも云えそうです。

さて、戦後、日本は民主主義を日本の矜持とし、その繁栄を享受してきました。そんな日本に、「民主主義を鍛え直す」とは具体的にはどういったことかと、しばし考える処でした。今では、色々問題を抱えてはいるものの、日本はインド太平洋地域でのリベラルな国際秩序を守るリーダー的存在にあることは周知される処です。 であれば、民主主義の危機が広く取りざたされ、時に、現状をnegativeに受け止めがちですが、この際、日本は人権と民主主義に強力にコミットし、リベラルな国際秩序の先頭に立って国際的枠組みを作っていくべく行動を取ることではと、思料するのです。そして、その決意とその決意に即した行動のプロセスこそが、民主主義を鍛え直すことになるのではと, 強く思うのです。

序で乍ら、筆者大学の同期で、長く経済哲学を講じてきた友人がいます。その彼が好んで口にするのが福沢諭吉の語る「一身独立して一国独立する」(「学問のすすめ」、1872)でした。今、筆者もその言葉を復誦するばかりです。(2022/10/25)
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