はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール
第1章 米社会で進む分断化の背景
1.分断化の背景、二つの検証
検証 [1] Financial Times, Foroohar氏の懸念
―Is the US starting to resemble an emerging market
検証 [2] バイデン政権と産業政策
・Blinken米国務長官と3つのキーワード
(1)新「歳出・歳入」法成立 (The inflation reduction act)
(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略
2. 半導体産業助成で問い直される視点
- Semiconductor chip pendulum is slowly swinging west
By Ms. Gillian Tett、F.T. Managing Editor
第2章 ペロシ米下院議長の台湾訪問、問われる日本の対中外交
1. 世界が注目したペロシ米下院議長の訪台
2. 岐路に立たされる日本の対中外交
おわりに 「人口大逆転」
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はじめに 先輩から届いた一通のwake upメール
7月22日その朝、筆者の先輩から一通のメールが飛び込んできました。それは、同日付の日経コラムに掲載の Financial Times ,Global Business Columnist のRana Foroohar氏の記事「米、『危うい新興国』に変質」(Is the US starting to resemble an emerging market? July 11,2022)を読んでの感想でした。フォルーハー記者の記事の副題、‘Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen’ が語るように米国で進む分断化の状況を伝えるものでしたが、察するに、彼女が伝える米国社会の症状に、いてもたってもいられずで、そこで米国の現状如何と、照会を受けるものでした。
当該記事は、米国社会は今、「Roe vs Wade」訴訟(後述)に象徴される基本的人権に絡む司法の裁定が簡単に変えられる状況にあって、‘司法’を巡る社会対立が生れ、それが国内の分断化を助長する処、それは公共の諸制度が弱体化し、法による支配、或いはその執行が困難となってきていている証と、米国社会のあり姿に強い懸念を語るものでした。 尤も8月、米議会で成立した新「歳出・歳入」法は、投資促進を促し、つまり米経済の再生を促すものと期待され、そうした社会の不安を克服してくれるものとは思う処です。
一方、外交面では、ペロシ米下院議長が中国の激しい反対にも拘わらず、8月3には台湾を強行訪問、蔡英文台湾総統と面談を果たしたことで、米中対立がリアルとなる中、その影響は、日本の対中政策の変更を強く促す処となっています。つまり、台湾の有事は日本の有事たるを自覚させられる処、まさに、3次元で進む構造変化が露わとなる様相です。
そこで、今次論考では、これら米国内で進む分断化、バイデン産業政策の実状、更にペロシ米下院議長の訪台問題等, 環境の構造変化と捉え考察する事としたいと思います。
第1章 米社会で進む分断化の背景
1. 分断化の背景、二つの検証
検証 [1] Financia Times, Foroohar氏の懸念
―[ Is the US starting to resemble an emerging market ?― Political risk and volatility are on the rise as the country’s divisions begin to deepen. July 11,2022]
上述フォローハー記者が懸念する事とは、50年以上前に出された人口中絶を禁じた最高裁判決が、2022年6月24日、女性の基本的人権を無視した裁定として破棄されましたが、基本的人権に係る裁定が簡単に覆されてきている現実、そして、それが齎してきている米社会の分断化に思いを痛くすると云うのが、当該記事のポイントです。以下は、その概要です。
― 6月以降、米最高裁が出した複数の判決は、この数年、米国で広がった分断を更に深めている。とりわけ中絶の権利を憲法上の権利と認めた1973年の「Roe vs Wade」(原告ロー 対 ウエード判事)の判決を覆した6月24日の判決(注)や、米環境局(EPA)が全国レベルで 規制する権限を制限した同30日の判決等は、米国を更に弱体化させ、分裂を深める処、しかもこれら判決が米国の異常ともいえる状況、つまり相次ぐ銃乱射事件、昂進するインフレ、連日TVでは、昨年1月6日の連邦議会襲撃事件を巡る下院公聴会が中継される中での判決だと云うのです。
― そして、米国は政治的リスク及び不安定さという点では、先進国というより新興国の様相を呈し始めている。つまり、米調査会社ジオクワント社の創設者、Mark Rosenberg氏が、同社顧客に送った書簡の中で、米国が抱える統治リスクや社会的リスク、治安面のリスク等、関係指標の上昇に照らし、米国の政治的リスクは世界各国に比べて依然、相対的に低いが(127カ国中85位)、OECD加盟国中、今やトルコ、メキシコ、イスラエルにほぼ並ぶ高さで、つまり、その姿は先進国というより途上国のように映る云い、同氏がこうした状況を米政治の「EM(新興国)化」と呼ぶ処と指摘するのです。
― この米政治の「EM(新興国)化」は、トランプ政権にあっては顕著となり、バイデン政権以降も党派対立が深まり、更に進んだと指摘。長期にわたる米経済の繁栄、ドルの揺るぎない地位の維持には信頼が不可欠で、その信頼は法の支配を堅持することで築かれる処、近時の最高裁の判決は、それ自体が政治的分断を示しているとするのです。そしてこうした変化が進むとなると、実現の見込みのない運動、例えばテキサス州の独立を求める「テキジット(Texasとexitの造語)」の可能性も云々される処。銃を持つか否かに拘わらず、米国は自らとの戦争を始めてしまったと、----- するのです。
(注)原告Roe VS 判事 Wade氏の対決訴訟:1950年,人口中絶は憲法違反と裁定され、
爾来50年、人工中絶は女性の憲法上の権利と,争われてきた違憲訴訟。2022年6月24日,
米連邦最高裁は、それまで違憲とされてきた当該判決に対して、女性の人工中絶は、「憲
法で保障されている女性の権利を侵蝕するものと」と、始めて違憲判決を下した。この結
果、人工中絶を認めるか否かは、各州の権限に委ねられる事になった。(最高裁判の構成
は現在、保守派6名、リベラル派3人) 同24日には、即アラバマ州が全米で最も厳し
いとされる中絶禁止法を発効、又、8月2日、米中西部カンザス州で実施の住民投票では
6割が人工中絶の規制に反対と。 全米50州中、28州が中絶規制の州法の施行に動くと
見られ、人工中絶は女性の基本的人権問題として中間選挙でも争点化の見通し。まさにAfter the shattering of Roe. (The Economist、July 2nd) に応える処。
米国内で進む分断化の事情は上述の次第と云え、11月の中間選挙を控え、国内での分断化が進むことが懸念されると云うものです。ただ、かかる社会不安の深層にあるのが格差拡大。であれば想起されるのが、トーマ・ピケテイ氏の云う不等式、r>g( 資本収益率 > 通常の経済成長率 )ですが、彼の場合は税制をテコに改革を考える処でしょうが、筆者流には、恵まれた者が全体の為にいかに行動できるかが最大のポイントで、その姿はStiglitz氏が唱導するprogressive capitalism の実践ではと思料する処です。尤も、今日現在の分断化を促す要因はトランプ前大統領の存在の他なく、彼のデタラメな言動にありと思料する処です。
検証 [2 ] バイデン政権と産業政策
・Blinken 米国務長官と3つのキーワード
この5月Blinken 米国務長官は、バイデン氏の対中経済政策について、`compete , align , invest ’ の3つをキーワードに纏め講演したそうです。― In a speech in May ,Blinken ,America’s secretary of state , boiled down Mr. Biden’s China policy to the three words, ` compete, align, invest’ That is , America should invest in its own strength; align more closely with allies; and confront China where necessary. (The Economist, July 9th)
これはバイデン政策を理解する上で、分かりやすい整理と云え、米国は今後 「自国産業の強化のために『投資』を進め、同盟諸国とより緊密に『連携』し、必要な場合には『中国と対峙』すべき」 とするものと思料する処です。
確かに、この三つのキーワードに照らし、現実を見ると、[compete] (競争政策)については、具体的には、米国内でのインフレ対抗としての対中制裁関税の引き下げ問題ですが、これはトランプ前政権が残した負の遺産への向き合い方を決めることに尽きるという事、又 [align] (同盟諸国との連携)については、米国との二国間連携の強化はともかく、米主導の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が新たに対アジア政策の基盤に据えられたこともあって相応の連携が進むものと思料する処、9月はじめに、ロサンゼルスで初の閣僚会議開催が報じられる処です。
ただ、もう一つの[invest](投資促進を通じた産業再生・強化)については、上述経済格差是正対応の視点もあって、バイデン政権には、中々スムーズに動き出す様子は見えにくくあったのですが、中間選挙を控えた今、漸く、新たな産業政策推進へのとっかかりができたと見る処です。8月16日、米議会では紆余曲折を経て、漸く成立を見た、新「歳出・歳入」法です。当該法は、以下で付言するように、別名`Inflation Reduction Act‘(インフレ抑制法)と呼ばれる法律ですが、バイデン政権が目指す産業政策誘導へのモーメンタムとなる処、そこで、当該法を以って、バイデン政権の産業政策の可能性を検証する事としたいと思います。
尚、上記Blinken長官の上述、「連携」による産業の強化という点では、7月28日の日米首脳協議に続く29日、ワシントンで、日米外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれ、今後とも、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくことを確認しています。そこで当該二国間協議の可能性についても上記と併せ、考察します。
(1)新「歳出・歳入」法成立(The inflation reduction act )
11月の中間選挙を控えた今、下院では野党・共和党の優勢、上院では与野党の接戦予想が伝えられるだけに、民主党バイデン政権の政策行動は急速に国内に向かう処、再生可能なエネルギーの推進などを盛り込んだ新たな「歳出・歳入」法案が、8月16日、バイデン大統領の署名を得て成立しました。
今回の法案は元々、2021年末、バイデン大統領が看板政策として発表した社会保障と気候変動対策を組み合わせた「BBB法案」(Build Back Better: より良き再建)と呼ぶ「歳出・歳入法案」でした。 が、民主党左派のマーチン議員らが、これが大型すぎるとの反対にあいお蔵入りしたのですが、その後、民主党上院トップのシューマー院内総務と協議を続けた結果、予算規模を縮小させ、つまり、当初予算案「10年、3兆5000億ドル」を1割程度にまで縮小させる一方、気候変動対策、EVへの補助や再生可能エネルギー投資などを目玉とした内容に修正、以って、政府と与党民主党は物価を押し下げる効果を目指す内容だとして、「Inflation Reduction Act」と呼称することで合意、成立を見たもので、まさに紆余曲折を経た成果ですが、要はインフレを「看板」とした、産業政策となるものです。
改めて、上記法案の意義として挙げられるのが三点。その一つは、歳出の大半が再生エネルギーの推移にあって、米国として初めて気候変動対応に本格的に取り込むことを鮮明としたこと。二つは歳入面で、大企業に対する課税強化と、徴税当局の機能強化。一方医療保険に対する補助金の延長や薬価の引き下げにつながる価格交渉の改革を盛り込み、要は「税」の公平を図るとしたこと。 そして、三つ目は何よりも、上記、民主党シューマー院内総務がマンチン氏と協議し党内左派の不満を抑えて成立させた事、とされる処です。
The Economist, Aug.13the,2022,は巻頭言で、The Inflation Reduction Act について Climate policy, at last、米国もついに温暖化問題に向かいだしたと云い、又、Joseph Stiglitz氏はProject Syndicate宛て論考 ` Why the Inflation Reduction Act is a Big Real ‘ で、今日のインフレ問題については、需要、供給両サイドで色々問題があるが、この法案の採択は大きな前進となるbig dealと、強く支持する処です。 かくして上記議会の行動はバイデン政権への援護射撃と思料される処です。ただ、現下のインフレ対抗とした点では、これがロシアを起点とした、石油、ガス等、鉱物資源の供給体制に起因するものだけに、単に法律を以ってインフレ抑制が可能となるものか、懸念は残る処です。
(2)「日米経済2プラス2協議」と半導体戦略
日米首脳協議に続く7月29日、ワシントンで、日米の外務・経済の担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる「経済版2プラス2協議」が開かれています。その目的は上述の通りで、経済安全保障やルールに基づく国際経済秩序に対する脅威に対抗し、日米が連携を深め主導していくとするもので、今年1月、日米首脳が創設を決めたものです。
今次、日本からは林芳正外相と荻生田光一経済産業相(当時)、米国はブリンケン国務長官、レモンド商務長官が参加、その協議の結果は、日米共同声明と併せ、日米行動計画として発表されています(日経7/31)当該行動計画は、「 ① 経済秩序を通じた平和と繁栄、➁ 威圧と不透明な貸付けへの対抗、 ③ 重要・新興技術と重要インフラの促進と保護、④ 供給網の強化」とされていますが、議論が集中したのは「供給網の強化」、具体的には半導体分野における日米の協力対応と伝えられています。つまり、台湾有事への日米協力による戦略対応を確認したと云う事で、要は「脱中国依存」を探ると云うものです。会合後の記者会見(7/29)では、日本は年末までに新たな研究機関「次世代半導体製造技術開発センター(仮称)」の立ち上げを約する処です。
一方、米国では、バイデン政権が8月9日、米国内の半導体工場新設支援として、生産や研究開発宛、補助金527億ドルの拠出法案(CHIPS法)に署名、成立させ、ホワイトハウスでの演説では、以って「米国は今後数十年、世界を再び主導する」と語る処です。[当該補助金は米国で半導体新工場建設予定の企業、米インテルや台湾TSMC,等に支給予定。(日経8/10)]
2.半導体産業助成で問い直される視点
処で、上記の通り世界はいま半導体戦略を巡って、まさに蠢く中、その支援体制とは、詰まる処、補助金をテコとする産業強化ではないのか、そして、こうした補助金をテコとした戦略で中国と競争ができるのかと、半導体向け補助金政策に対し、Financial Times ,Managing EditorのGillian Tett氏 は厳しく指摘する処です。
― The semiconductor chip pendulum is slowly swinging west; The US had fallen behind Asian production levels but that may be about to change. Financial Times, July 22.2022)
そこで後学の為にも改めて、彼女の指摘を以下に紹介しておきたいと思います。
― まず、米半導体最大手のインテルのCEO,ゲルシンガー氏が7月末のアスペン会議で ,
「‘Computer chips are the 21st century strategic version of the fossil fuel’(半導体は21世紀の戦略的化石燃料)」と発言していた由で、彼は「過去50年間は石油が地政学的な動きを左右してきたが、今後50年間は半導体工場が影響力を持つ。それが新たな地政学だ」とする一方、米国が半導体産業を作ったにも関わらず、現在はアジアが生産量の8割を占めていると嘆いていたことに言及するのです。
― その戦略対応として米国では、紆余曲折を経て、「USICA (米国イノベーション・競争法案)」を成立させ( 注:当該法案は 前出「インフレ抑制法」に集約、8月16日成立の「歳出・歳入法案」に組み入れられている )、以って補助金制度を立ち上げ、具体的対応を進める処、そこで、米国ではシェール業界を支援した結果、エネルギー自給率が高まったように、今次の法案で補助金制度ができたことで半導体の自給率を挙げられると見るのかと、質すのです。というのも、半導体工場を立ち上げには最低2年はかかること、おまけに米国は台湾が強みとする豊富な人材やインフラに恵まれていない事、そして台湾企業TSMCの場合、創業者のモリス・チャン氏によれば、米工場の生産コストは台湾工場に比べて50%高いと云うのです。 更に、米補助金520億ドルの額についても、推計によると、中国はこの3倍以上の金額を自国半導体支援に充てられているとの由。かかる環境にあって米欧、或いはアジア間で半導体補助金を巡る無謀な競争が生まれるのではと、新たな懸念を呼ぶ処と指摘するのです。
前出ゲルシンガー氏は目下、半導体の世界生産シェアーを米国が30%, 欧州は20%にする目標を提唱中(現在はそれぞれ12%と8%)とかで、そうなるとアジアは50%に低下することになるのでしょうが、そこまで大胆な転換はできないかもしれないが、「半導体を巡る地政学的な争いが、これからもっとおもしろくなる可能性がある」というメッセージを伝えられると云うのです。そしてこの半導体調達がロシア頼みでないことを幸運に思うべきと締めるのです。 が、問題の本質は、国家の政策姿勢、競争力あるコスト、そして人材確保にある事に変わりなく、日本の半導体確保戦略に改めて示唆を与えると云うものです。
第2章 ペロシ米下院議長の訪台、問われる日本の対中外交
1. 世界が注目したペロシ米下院議長の台湾訪問
さて今夏、世界の注目を呼んだ話題の一つは、周知のペロシ米下院議長の台湾訪問でした。 7月31日、アジア歴訪を正式に発表したペロシ下院議長は8月1日、シンガポール、マレーシア、台湾、韓国、そして日本を最後の訪問先としてアジア歴訪に出かけたのですが、元々ペロシ議長のアジア歴訪は4月に計画されていたものが、コロナ感染でリスケとなったもので、議会が夏休みに入ったこの時期に改めてアジア歴訪を決めたとの由でした。
この歴訪で世界が注目したのは、ペロシ議長の訪台であり、8月3日台湾で行われたペロシ議長の蔡英文台湾総統との面談でした。彼女の訪台は、25年前の1997年4月のキングリッチ下院議長(共和党)に次ぐものですが、キングリッチ議長は台湾で李登輝総統と会談する前には、北京を訪問し、まさに仁義を切ったうえでの台湾訪問で、李登輝との会談を果たしたと云うものでした。が、今回はペロシ議長が中国の反対を押し切っての訪台で、中国はこれには台湾周辺での軍事演習を以って応じており、米中の緊張を高める処でした。
いうまでもなくこの両者の行動の違いは、米中のパワーバランスの変化を映す処、25年前との大きな違いは、97年の中国は急成長中とは言え、経済規模は世界第7位。今は日本を遥かに上回る世界第2位で、米国の覇権に挑む存在です。それだけにペロシ議長の行動に、世界はくぎ付けとなる処でした。
もとより、彼女の訪台には中国は強く反発する処、8月4日には台湾を取り囲むように6か所で、軍事演習を名目にミサイル発射演習を開始、弾道ミサイルが初めて台湾上空を通過、日本のEEZ内にも複数着弾したと報じられる処でした。(日本の防衛省はEEZ外に落ちたものを含め計9発の弾道ミサイル発射を確認。日経8/5) 中国ミサイルの台湾上空通過は、1995~96年の「第3次台湾海峡危機」を上回る事態で、沖縄県の與邦国島等の海域近くへの落下は、漁民の安全を脅かすほか、従来の日本の安全保障の枠組みを根幹から揺るがす重大な局面を齎す処、以って「ウクライナ危機が、東アジアに飛び火した」と指摘される処です。 中国は7日台湾周辺の海空域で「島しよ侵攻作戦」の演習を実施した(4~7日予定)旨を公表(日経、夕、8/8)、10日になって演習の終了を明らかにする処でした。そして、
4日に調整されていた日中外相会議は中国からの申し出で、中止、その際、中国側は記者会見で、先のG7外相会議の共同声明で「不当に中国を非難した」ためと説明するのです。
ペロシ氏の訪台は、バイデン政権の意図したものとは言えないようですが、米国の対中外交全体の中でどんな成果を狙う一手と位置付けるのかといった戦略を欠くものと、メデイア等は指摘する処ですが、とにかく、米中双方とも、相応の言い分を展開する処、台湾問題がちょっとしたきっかけで導火線に火が付きかねないアジアの火薬庫であることが改めて明白になったという事です。 ペロシ氏の訪台直後、中国外務省は「あらゆる必要な措置を必ず講じると、報復を宣言しています。(日経8/5)一方、自衛隊と米軍の共同訓練が増加傾向にある処、今次ペロシ氏の訪台、蔡英文総統との会談は、台湾有事は日本有事たるを改めて認識させる処です。 8月14日にはペロシ氏に次ぎ米両院の超党派議員団、5名が訪台(団長:民主党 エドワード・マーキー上院議員)、15日には蔡英文総統と会談しましたが、中国はペロシ議長に対したと同様、台湾周辺海域と空域で軍事演習を行ったと発表する処です。
改めて米中の台湾に対する言い分を見ると、米国の対中非難は、中国が台湾を力ずくで統一しようとする動きを先んじて制する戦略の一環とする処、中国は、米国が米中関係の基礎である「一つの中国」政策を徐々にないがしろにしているとみる処でしょうか。であれば双方の主張は国内世論もにらんでのことで、米国では中間選挙が、中国では秋の党大会が予定されていると云う事がありで、双方の主張は平行線をたどり、強硬な言説が強硬な行動を招く悪循環に陥ろうとしていると見る処です。
2. 岐路に立たされる日本の対中外交
これまで中国側も日米分断を誘発しようと、経済面で日本に秋波を送って来た側面はありました。が、中国が日米を一体と見なすようになれば、もはや「安保と経済」を使い分ける従来の手法は通じなくなる処です。今次中国の挑発はペロシ氏の台湾訪問に起因する処、それにも拘わらず影響は日本に及ぶ処でした。という事は日本の外交はG7の一員であり、アジアの一員でもある立場を活かしてきましたが、それだけでは国際社会で役割を果たせなくなってきたと云う事でしょう。そこで改めて外交を如何に主体的に展開するかが、日本の選択肢を狭めない道となる筈です。 9月29日、日中国交正常化50年の節目を迎えます。
折しも8月10日、岸田首相は、先の参院選で手にした「黄金の3年」を以って第2次岸田内閣をスタートさせ、その際は、 ➀ 防衛力の抜本的な強化、➁ 経済安全保障の推進、③ 「新しい資本主義」の実現による経済再生、④ 新型コロナウイルス対策の新たな段階への移行、➄ 子供・少子化対策、の5つを喫緊の課題と,挙げる処でした。 これらは、新たな国際環境への対応を意識したものと云え、とりわけ上記 ➀、➁ は、自国を自分で守るとの意識を新に、政策運営を目指すとする処と思料するのですが、留意されるべきは、防衛力の強化や国家安全保障戦略の構築は、予算の分捕り合戦とするのではなく、国家としての安保理念をキチンと整備し直し、それはまさに安倍晋三政治との決別を意味する処ですが、以って万機を公論に決するを一義として、進められるべき事と思う処です。
しかし、7月8日の安倍晋三銃撃事件で明らかとなった旧統一教会と自民党(議員)とのいわゆるブラックな関係の実状について政府からは明快な説明等はなく、国民の不信は高まる一方で、上記テーマに与するゆとりはない状況が露わとなってくる処です。もはや9月27日の安倍晋三国葬後は、岸田政権はもたないのではとの噂も流れる処、まずはブラックをホワイトにすることが、まさに喫緊のテーマとなるのではと愚考する処です。
おわりに 「人口大逆転」
5月30日付日経コラムに同社編集委員の大林尚氏が、イーロン・マスク氏の警告と題して、日本の人口減少に歯止めがかからないとすれば、日本は消滅すると、警告を発したと云うのでした。そして5月8日付の彼のツイートを再掲する処です。つまり、「At risk of stating the obvious, unless something changes to cause the birth rate to exceed the death rate, Japan will eventually cease to exist. This would be a great loss for the world.」 というのです。
そして、大林氏は日本の人口減に触れ、出生減に歯止めをかけ、反転させるには、真に効く対策を練り直し、計画的に実行する長期思考が不可欠だとし、まずは若者を取り巻く経済環境を好転させることと云うのでしたが、然りとする処です。
そんなおり、手にした英LSEの名誉教授、C. Goodhart氏らの近著「人口大逆転:The Great Demographic Reversal」は、実に興味深い指摘の並ぶものでした。以下は、その概要です。
― まず、この30年、世界に門戸を開いた中国の労働力が供給力を増やし、世界経済をインフレなき繁栄に導いたとし、日本の企業は国内の労働力不足を、中国を始め海外の労働力で補うと云う合理的選択をしてきたと。つまり国内での労動力不足を豊富な中国の労働力が補ってきたことで、日本の労働力市場の需給はタイトにならず、従って賃金を上げる必要はなかったと、現在の日本の抱える問題、つまり伸びない賃金という問題点に迫るのです。
― しかし、その中国の生産年齢人口は13年をピークに減少に転じており、労働力の供給源としての中国の存在感は減退せざるを得ないというのです。とすれば早晩、日本の労働需給は引きしまらざるを得ない、とすれば働く者の賃金が上がる時代がやってくる筈というのです。そして日本も早晩インフレに転換する可能性は高いという事になると云うのです。
本書タイトル「人口大逆転」とは、世界の多くの国々で明らかになってきている出生率の低下と高齢化のプロセスが、今までの根強いデイスインフレ(インフレ抑制)基調から今後数十年に亘るインフレ圧力の復活へと転換させる、つまり人口構成とグローバル化の決定要因の力が作用する方向が、現在逆転しつつあり、その結果今後30年ほどに亘って、日本を含む世界の主要国はインフレ圧力に再び直面することになる、と云うのです。 そして、日本の現実(成長率の低下、デフレ、そして金利の低下)に対する説明には重大な欠陥があると指摘、それはグローバルな力の大きな影響を考慮に入れていない点にあるというのです。
つまり、中国を含む世界の人口構成の大逆転(少子化)の進行で世界経済及び日本経済は、デフレからインフレの時代へと変化していくとする処、以って現在進行する長期トレンドの大逆転と云い、今からそれへの備えをと、云うのです。
ただ、デフレマインドという負のスパイラルから抜け出すには経済の新陳代謝を促し、より競争力あるセクターへの資源の再配分が不可欠です。つまり構造改革ですが、それへの言及の無いことは気がかりとする処です。(2022/8/25)