はじめに 世界経済は今
(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
・米NYU Nouriel Roubini 氏の見立て
・IMF経済予測と世界の物価動向
(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性
第1章 世界経済の刷新に向けて
1. The New Bretton Woodsの構築を
・対ロ制裁と国際連携 / ・国際秩序再構築と世界平和
2.イエレン氏講演の反響
・ラナ・フォルーハー氏の指摘 / ・新自由主義の行方
第2章 「新しい資本主義」をつくる時代
1. ミッション・エコノミー
2. ロンドンで語った岸田氏の目指す「新しい資本主義」
(1)岸田氏が目指す「新しい資本主義」の「かたち」
(2)「公益重視企業」の育成、「貯蓄から投資へ」のシフト
おわりに 安倍晋三氏の使命とプーチン氏の学び
(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」
(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
・イタリア映画「ひまわり」
〆
はじめに 世界経済は今
(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
・米NYU、Nouriel Roubini氏の見立て
Roubini氏は論壇Project Syndicateへの4月25日付寄稿論考 ‘ The gathering stagflationary storm’ では、インフレの高まり、成長停滞を示唆する指標からは、先進国のみならず途上国も含めた全世界経済が、スタッグフレーションに向かいだした、まさにnew realityと向き合う状況になってきたとする処です。その最大の理由は、生産活動の停滞と拡大するコスト増を背景とした一連のsupply shocksにあって、もはや驚くことではないとするのです。
COVID-19のパンデミクが多くの分野でロックダウンを結果し、グローバルなサプライチェーンの崩壊を齎し同時に, labor supply,とりわけ米国での労働力不足が続く中、ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギー価格の高騰、金属原料 更には食糧や肥料の価格高騰も加わりインフレ効果が進む状況とするのです。そして今、中国、とりわけ上海では厳格なCOVID-19のロックダウンが実施され、それがサプライチェーンの崩壊、運輸網の混乱を齎して更なる混乱を招く処と云うのです。
尤も、そうした事態の発生があるなしに拘わらず経済の現実は、中期的に見ても暗く、インフレの高騰、低成長そして世界的なリセッションは避けられない、つまり、stagflationary な状況は続くと指摘するのです。そしてその現実として、グローバル化の後退と保護主義への回帰、人口の高齢化進行、移民受け入れの後退、そして米中のnew cold warの要因が加わってくると云うのです。更にclimate changeもstagflationary要因と見る処です。勿論、public healthも同様に、もう一つの要因とも云い、cyberwarfare, サイバー戦争も予見する処です。そして、そうした環境にあって始まったロシアのウクライナ侵攻は、Zero-sum great power politics への回帰を意味すると云うのです。 今日、ロシアはウクライナや西側と対峙しているが、それは核路線を走るイラン、そして北朝鮮、更に台湾を取り返すという中国、に向かう事になるだろうと云い、いずれのシナリオも米国との激しい対立を誘引することになると警鐘を鳴らす処です。全てはウクライナ戦争の推移の如何って処でしょうか。
・IMFの経済予測と、世界の物価動向
さてIMFが4月19日、公表した改定版 世界経済の見通しでは前回、1月の予測より0.8ポイント下げ、2022年の成長率は3.6%と見る処です。ロシアのウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げが経済を冷やす様相ですが、その物価上昇が日米欧で長引く兆候が出てきたことが今、最大の懸念材料となる処です。
具体的には、「予想インフレ」の上昇です。予想インフレ率とは、家計や企業、市場が予想する将来の物価上昇率で、将来の物価をどう想定しているかを示す指標ですが、日米欧の中銀では2 % の物価の上昇を目標とする処です。
それが今、米国では約8年ぶり、ユーロ圏では9年ぶりの高水準に達したことで世界経済の先行き不透明感は増す処です。(日経5/11) 米労働省が5月11日 発表した4月のCPIは前年同月非8.3%の上昇で1981年12月以来の高水準を記録、ユーロ圏でも20年3月の0.7%から4月下旬には2.4%までにも上昇してきています。ウクライナ侵攻による資源高でCPIが一段と押し上げられたことがその事情となる処です。そして、日本も、デフレマインドが定着したとされてきたものの、物価観は急速に変化を見せる処です。
・日本も物価高の長期化が懸念
5月16日、日銀が発表した4月の国内企業物価指数(企業間で取引するモノの価格動向。構成品目は744品目)は113.5と、前年同月比で10.0%の上昇です。前年の水準を上回るのは14カ月連続です。ウクライナ侵攻などの影響で石油・石炭製品などエネルギー関連を中心に幅広い品目で価格が上昇したことで、指数の水準としては60年の統計開始以降で最も高い水準との由。 こうした物価の上昇に拍車をかけるのが円安の動きで、いまや物価高騰が日本経済の中心課題となる処です。政府は5月17日、経済支援の為、2022年度第一次補正予算(追加予算、2.7兆円)を組み物価上昇によるnegative影響に対処する処ですが、ウクライナ戦争効果が表れてくるのがこの夏以降と見られているだけに、物価高騰の長期化への懸念が強まる処です。(一般予算歳出総額は110.3兆円)
5月18日、内閣府が発表した1~3月期GDPは年率換算で1.0%の減、2四半期ぶりのマイナス成長。これはオミクロン型新コロナ拡大で、‘蔓延防止重点措置’に負う個人消費の伸び悩みを強く映すと云うものでした。
(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性
日本を含む世界経済の実状は上記の次第で、「経済のグローバル化」の大前提も崩れんばかりと映る処、とりわけロシアのウクライナ侵攻は、これまで当然視されてきた国家間の相互依存も「経済の武器化」と、むしろ脅威と映る様相にあって、そんな状況からの脱出が喫緊の課題と、それへの取り組みをと唱導する二人の女性に斯界の関心の集まる処です。
その一人は、4月13日ワシントンで開かれたアトランテイック・カウンシル総会で、世界経済の今後について講演した米財務長官のジャネット・イエレン氏、そのタイトルは「Way forward for the global economy」。もう一人は,「ミッション・エコノミー( Mission Economy – A moonshot guide to changing capitalism)」の著者、英UCL教授のマリアナ・マッツカート氏。 日本では昨年12月、翻訳出版(ニューズピックス社)
前者はまさに国際秩序のあるべき方向を語り、世界統治の新たな枠組みの創造を訴える、まさにNew Bretton Woods創造を目指さんとするもの。後者は、危機に瀕したとされる資本主義を再定義するものと云え、要はこれからの経済社会に於ける行動様式を示唆するもので、「国×企業で,『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするものです。 尚、「新しい資本主義」と云えば岸田首相が就任時、日本経済の目指す姿として掲げたスローガン。偶々ロンドン滞在中の岸田氏は5月5日、ロンドン・シテイーで「new form of capitalism」と題して講演を行っています。そこで今次論考はこの二人の女性が語る世界観に、岸田スピーチをも併せ、今後の世界秩序、新しい資本主義に向ける経済行動について考察します。
第1章 世界経済の刷新に向けて
1. The New Bretton Woods の構築を
4月13日、イエレン米財務長官はワシントンで開かれたAtlantic Councilの総会で、ロシアによるウクライナ侵攻で揺らぐ世界経済の今後について, 講演を行い、プーチン・ロシアのウクライナ侵攻、そして対ロシア制裁に中国が協力しなかったことが世界経済の転換点となったこと、併せてドルを基軸通貨とする第2次世界大戦後の金融秩序を定着させたブレトンウッズ体制のような新たな国際秩序の枠組み作りを次期IMF & 世銀総会でそれらの改革を呼びかけたいと云うものでした。そこで財務省が準備したプレス・リリース [Secretary of the Treasury Janet Yellen on Way Forward for the Global Economy]を手元に置き、以下その内容をフォローしたいと思います。
・対ロ制裁と国際連携:今や国際環境となった国際連携による対ロ制裁の現状、そして将来的にも当該国際連携の重要性を強調し、ロシアのSWIFTからの排除、等一連の対ロ制裁に言及、併せて国際経済の規範となっているルールや価値観の優位を誇示し、こうした連携こそがロシア対抗の基本と強調。併せて、COVID-19から今なお回復途上にあって、ロシアの侵攻が齎している食料安全保障の問題に晒されている275百万人を抱える途上国への支援体制、food system確立のため国際社会と連携し、問題解決に向かっていくとするのです。
と同時に、戦争を「静観」する国々は近視眼的と批判する一方、中国に対してロシアとの「特別な関係」を利用して、停戦に向けてロシアを説得することを「fervently、切に望む」とし、併せて、「ロシアに対し断固として行動する必要があるとする我々の呼びかけに中国がどのように対応するかで、世界各国の中国に対する態度が影響を受ける」とも語るのです。
・国際秩序再構築と世界平和:そして改めて、ロシアのウクライナ侵攻がまさに劇的に国際秩序の混乱を招いており、従って、その秩序の再生と世界の平和と繁栄を確保していくためには先進国、途上国も併せ、同じ路線にたった秩序維持の必要を実感させるとし、同時に、色々なchallenge、試練等、グローバルに広がるリスクに照らし、既存の国際機関、IMF や World Bank等、国際金融機関のより一層の近代化を進め、21世紀に対応したものとしていく事の要を痛感していると云うのでした。そしてこれら挑戦に対峙していくためにも国際間の信頼と協調を高め、以ってglobal public goods (公共財)を確保していく事、そしてその為の前提として以下6項目の整備をと、主張するのでした。
・多国間貿易システムの現代化― friend-shoring of supply chainsの推進
・昨年来のglobal tax制度の整備 / ・IMFの金融危機の火消し役の役割の強化
・途上国の人々の生活の安定、確保のための戦略、政策資本の効率化
・エネルギーの確保政策、将来のクリーン・エネルギー確保に向けた開発・推進
・パンデミク対抗としてのglobal healthの確保
つまりはNew Bretton Woodsの構築を、とする処です。そして最後に、`We ought not wait for a new normal. We should begin to shape a better future today’ と、ルーズベルト大統領の言辞を引用して締めるのでした。
(注)連合軍のノルマンデイ上陸作戦時、ルーズベルトは以下の言葉を残したのです。
―It is fitting that even while the war for liberation is at its peak, (we) should gather
to take counsel with one another respecting the shape of future which we are to win.
2.イエレン氏講演の反響
イエレン氏講演を受けFinancial Times, April 18,は、同社コラムニスト、Rana Foroohar氏の ‘It’s time for a new Bretton Woods’と題したpositiveなコメントを載せる処です。
・ラナ・フオルーハー氏の指摘
まずイエレン氏の講演についてフォルーハー氏は以下2点を指摘するのです。まず、米国の通商政策は今後、単に市場の自由に任せる方針から脱却し、一定の原理原則を守る事を軸に据えることを示唆した事、そして、この原理原則には国家主権やルールに基づく秩序、安全保障、労働者の権利等が含まれるだけに、イエレン氏が米国は「自由かつ安全な貿易」を目指すべきと語ったことを評価し、併せて、いかなる国・地域も「重要な原材料や技術、製品について市場の優位を利用し、経済を混乱させるための力を持ったり、不必要に地政学的影響力を得たりする事は許されるべきでない」とした指摘についても評価するのです。
そして、イエレン氏が講演の中でreferした「friend-shoring (フレンドシヨアリング)」を、ポスト新自由主義時代を表すnew wordとして取り挙げ、今後、米政府は「世界経済のあり方について『一定の規範と価値観』を共有する『多数の信頼できる国・地域』にサプライチェーンを整備するフレンドシェアリングの姿勢を評価する処です。
つまり、自由貿易は各国・地域が共通した価値観の下に対等な立場で行動しなければ本当の意味で自由にならない事の反証とも云え、政治が深く絡んだ経済の現実を認めた事になる、と指摘するのです。
・新自由主義の行方
フォルーハー氏によると、「新自由主義」という言葉が最初に使われたのは1938年、パリで開かれたWalter Lippmann Colloquium (ウオルター・リップマン会議)(注)だと云うのですが、当時の新自由主義者らは世界の市場をつなげる事、つまり各国を超越した、一連の機関によって資本と貿易をつなぐ事ができれば世界は無秩序に陥りにくくなると考えられていた由で、その考え方は長い間機能してきたが、それは自国利益と世界経済とのバランスがあまりにもかけ離れることが無かったからだとするのでした。
(注)ウオルター・リップマン会議:1930年代、経済学者、社会学者、ジャーナリスト、
実業家らが集まり、世界の資本主義をフアシズムや社会主義から守る為の方策を議論
した場。当時の状況は、スペイン風邪パンデミック、インフレ、等、様々な意味で今のそれと一致するとされる処。
米国で変化が現れだしたのはクリントン政権(1993~2001)下の90年代末。それまで
米国は各国と相次いで自由貿易協定を結び、2001年には米国の主導による中国のWTO加盟に漕ぎつけて来たのでしたが、問題はその後の中国の行動です。つまり「中国は様々な面で国営企業に依存しており、新自由主義体制の恩恵を受けながらも、米国の安全保障上の利益を不当に損なうと思われる行為をしてきた」とのイエレン氏の指摘に注目する一方、多国間にわたるサプライチェーンは非常に効率的でビジネスコストの削減という意味では優れているが、そのレジリエンスの低さに触れながら以下、指摘するのです。
つまり、岐路に立つ今日の世界経済は、ブレトンウッズ体制を創り上げた新自由主義者らが直面していた状況と似ていなくはないが、その実態は現実的な問題への対処にあってのことで、その点、今次講演でイエレン氏は、自由民主主義にとって大切な価値観を出発点として国際機関の見直しを提言したことを高く評価するのでした。期待する処です。
第2章 「新しい資本主義」をつくる時代
Bretton Woodsの再設計が迫られる新環境にあって、その実践的あり方ともいえる経済の行動様式として、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと、英UCL(University College London)教授、マリアナ・マッツカート氏が標榜する、新たな行動様式に多くの関心が集まる処です。具体的には前述の通り、2021年12月、翻訳出版された「ミッション・エコノミー (Mission economy)」、 「国×企業で『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするもので、その概要は以下次第ですが、時に英国滞在中の岸田首相は5月5日、自らの経済政策についてロンドン・シテイーで講演を行っており。そのタイトルも「新しい資本主義」。そこで併せて報告したいと思います。
1. ミッション・エコノミー
マッツカート氏はまず、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと云うのです。
それは政策や企業活動は「公共の目的」を中核に据え、官民の関係も「ミッション指向」を土台とした「新しい協業」が求められるとする論理です。そして掲げるべき目的は、経済安全保障、デジタル社会の実現、脱炭素、人権等、多々ある処、そうした価値の同時実現を目指すことをミッションとして、新たな秩序を模索することと、云うのです。
そして今、企業に必要なのは、「官と協業する」視点だとするのです。経済安保のミッションは国家だけでなく企業も担い手だと云うもので、因みに法案が成立しても技術を狙った中国による買収への規制の不備や官民の情報共有の欠如等課題は多く、いずれも官民協業がカギとなると云うものです。言い換えれば、新しい資本主義を実現するにはこれまでにない政治主導の経済が必要だとして、その為の重要な柱として、以下7つを示すのです。
一つは、価値に対する新しい姿勢と、全員参加の価値創造のプロセス。二つは、市場と市場形成について、三つ目は、組織と組織変革について、四つ目は、金融と長期的な資金調達、五つ目は、分配とインクルーシブな成長。六つ目として官民協働とステークホルダーの価値、そして7つ目の柱は、参加と共創の仕組み、だとするのです。
更に、官民の新しい協業の在り方について、米「アポロ計画」(1961~72:全6回の有人月面着陸に成功)が「最高の教訓」だとし、アポロ・プロジェクトには6つの際立つた特徴があった、つまり、➀ 強いパーパス意識を背景としたビジョン、➁ リスクテイクとイノベーション、③ 柔軟で禍発な組織、④ 複雑の産業にまたがるコラボレーションと波及効果、➄ 長期視点と結果重視の予算編成、⑥ 官民ダイナミックな協業体制 、を挙げ、これらが拡大されて、そこから教訓を学ぶことができれば、これまでにない新しい課題解決型の政治経済の指針になるとするのです。
序で乍ら彼女は、当時米ライス大学でのケネデイ大統領の有名な演説について、それは夢のあるビジョンに留まることなく、そこにはパーパスが掲げられていたと指摘するのです。
そして、新しい国際環境を前にして、新しい資本主義の創造を目指せとするのですが、その為には政府を作り直すこと、そしてその際は新しい美観が必要と説く処ですが、かつてガルブレイスがThe New Industrial State(1967)で、公共デザインに美意識を持ち込む必要性を説いていたことを想起する処です。
尚、マッツカート氏はUCLの「イノベーション&パブリックパーパス研究所」を創立し、所長として指揮を執る仁ですが、欧州委員会の研究イノベーション総局の特別アドバイザーとして「EUにおけるミッション志向の研究とイノベーション」を執筆し、委員会のホライズン・プログラムの核にミッションを据えた立役者で、ウィアード誌が選ぶ「未来の資本主義を形作る25人」、果ては英国版GQ(Gentleman Quarterly) 誌が選ぶ「英国で最も影響力ある50人」の一人に選ばれるなど、経済学者としては極めて異例の注目を集める女性経済学者です。
2.ロンドンで語った岸田文雄首相の目指す「新しい資本主義」
5月5日、岸田首相は上述の通りロンドン・シテイーで、自らが掲げる経済政策「新しい資本主義」(「new form capitalism」 講演配布資料表記)について、講演を行っています。
講演は以下(注)の通り8つの文節から成るもので、冒頭、ウクライナ侵攻について経済制裁や人道支援を続けると述べたのち、新しい資本主義を巡る投資家らへの説明だったと報じられています。以下では日経新聞が掲載する講演要旨をもとに、「新しい資本主義」に焦点を絞り論じることとします。
(注)講演概要(日経5月6日)
・ウクライナ / ・投資家へのメッセージ/ ・新しい資本主義
・人への投資 (リスキリング力強化)/・科学技術とイノベーション投資
・グリーン、デジタルへの投資 /・強固なマクロ経済フレームワーク / ・結語
(1) 岸田氏の目指す「新しい資本主義」の「かたち」
彼が標榜する「新しい資本主義」とは、一言で言って「資本主義のバージョンアップ」だと表し、要は、より強く持続的な資本主義の創造のためには避けて通れない「現代的課題」、二つを取り上げ、それへの取り組みこそが「新しい資本主義」の「かたち」とする処です。
「課題」の一つは、格差の拡大、地球温暖化問題、歳問題など外部不経済への対応です。
グローバル資本主義はnegativeな面を抱えながらも成長を牽引し、人々を豊かにしてきたその功績は正当に評価されるべきと、する処です。もう一つは権威主義的国家からの挑戦だと指摘するのでした。具体的には、ルールを無視した不公正な活動などにより急激な経済成長を成しとげた権威主義的体制から激しい挑戦に晒されており、経済を持続可能で包括的なものとしていくためには自由と民主主義を守らなければならないと強調するのです。
そして、これまで経験した資本主義の変化について、「レセフェールから福祉国家への転換」、そして「福祉国家から新自由主義への転換」と、2度の転換を経験してきたが、そのたびに「市場か国家か」、「官か民か」と、揺れ動いてきた。そして今、目指す「新しい資本主義」は3度目の転換と位置付け、そこでは「市場も国家も」であり、「官も民も」だとするのでした。つまり、「官」はこれまで以上に民の力を最大限引き出すべく行動し、これまで「官」の領域とされてきた社会的課題への解決に「民」の力を大いに発揮してもらう、つまり社会的課題を成長のエンジへ転換していくとするのです。要は民間の投資を集め官民連携で社会課題を解決し力強い成長を目指すとするもので、具体的には「公益重視」の企業の育成、と併せ貯蓄から投資へのシフトを促すとするのです。
(2) 「公益重視型企業」の育成、「貯蓄から投資へのシフト」強化
今、米国では短期的な利益追求の経営に批判が集まる中、環境や貧困等、いわゆる社会の課題に取り組む企業を「公益重視型企業」として育てる方向にあり、そのための法整備が進む状況が伝えられる処、日本でも導入の動きが出てきたとされ、岸田スピーチはその流れを織り込んだものと云え、「公益重視型」企業の育成を目指すとしながら、短期利益偏重を見直すと強調するのでしたが、前出マッツカート女史に通じる処です。 加えて「貯蓄から投資へ」の流れを加速させることで、「資産所得倍増」を目指とする点ですが、これが成長より分配を重視する岸田政策への市場からの批判への対抗を意識してのことと思料するのですが、その点で、当該政策の肉付けを行い、実行貫徹すべきと思料する処です。
尚、「人への投資」の重要性に触れる中、「リスキリングの強化」を力説していました。リスキリングとは一般にデジタル人材への転身に必要なスキルを再教育で身に付けることを指す処です。そこで、これが企業の責任と位置づけ、それを政府が支援し、労組も協力するような姿が実現すれば、それこそは彼の云う「新しい資本主義」を体現する一つの姿になるのではと思料するのです。それだけに、これら対応推移は要注視とする処です。
序で乍ら11日、国会では「経済安保推進法」が成立を見ました。推進法が規定するのは、半導体など戦略物資を特定国に依存しないサプライチェーン作りの後押しです。同法の実施適用は、23年から段階的に施行予定の由。本件については別途の機会に触れたいと思いますが、ウクライナ侵攻で、経済と安保の変化のスピードを改めて実感させられる処です。
おわりに 安倍晋三氏の使命、プーチン氏の学び
4月12日付で安倍晋三氏がProject Syndicateに寄稿しているのを承知しました。題して ‘ US strategic Ambiguity Over Taiwan Must End ’(米国は台湾に係る「戦略的曖昧な政策」は改めるべき)です。以下はその概要です。
(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」
ロシアのウクライナ侵攻は、中台関係を巡る「危険」を今更ながらに想起させる処、その台湾を巡る状況は益々不安が高まる状況にあって、米国がこれまで堅持してきた台湾に対する政策姿勢、strategic ambiguityを見直すべきと主張するものでした。台湾には軍事同盟国はない。但し米国には「台湾が自衛に必要な武器の提供を約す」法律「台湾関係法、1979」があって、この法律は米国が台湾防衛を公言できない事態への代償と位置づけられてきたものでしたが、もはや、そうした姿勢は修正されてしかるべしとの主張です。
ウクライナ状況が台湾で起った場合、米国は武力介入するかどうか。米国は当該対応について明確にはしていません。中国も(現時点では)軍事対応に触れる様子もない。が、とりわけ米国が態度を明確にしない事が中国を軍事行動に向かわせないことに繋がっているとされてはいるが、これは中国の指導部が米国の軍事介入の可能性をどう思うか、中国次第と云え、要は、米国のこれまでのJanus-faced、つまり二正面政策について、今次ロシアのウクライナ侵攻が、米国にこれまでのアプローチの再考を促すと云うのです。
ロシアによる侵攻は単にウクライナに武力闘争を仕掛けたのみならず、ミサイルやシェル爆弾を以ってウクライナ政権の転覆をも図らとするもので、国連憲章や国際法に照らして、これが議論の余地はない。一方、中国の ‘台湾は自国の一部’ とする主張に対して日米共に中国の主張「part of its own country」にrespectを払うも、共に台湾とは公式の外交関係はなく、加えて台湾を独立国家とは認めていない国が大半。ウクライナとの違いは、中国が台湾侵攻の際は、中国国内での反政府活動への必要な措置を取る事とするだろうが、それは国際法上、違法とはなされないだろうとも云うのです。
ロシアがクリミアを併合した際、国際社会は最終的には黙認した。中国指導部は、これを先例として、世界は次第に容認していくと見、国家と云うよりは地域の問題として、服従させていく事になるのではと危惧するとしながら、ただこのpolicy of ambiguity (戦略的曖昧政策)は米国が大国としてあり続け、中国が米国の軍事力の後塵を拝する限りにおいて効果するだろうが、曖昧をもって対応できる状況はもはや終わったと云い、もはや台湾に対する米国の‘戦略的曖昧政策’はIndo-Pacific region にあっては、中国を勢いづかせる一方、台湾政府に不必要な不安を煽るだけで、環境の変わった今、米政府はこれを受け、「戦略的曖昧さ」を修正し、その旨、声明を出すべきと云うのでした。
つまり、今こそ米国の台湾に対す姿勢を明確にする時であり、そのことは台湾を中国からの侵攻から防衛することになる、The time has come for the US to make clear that it will defend Taiwan against any attempted Chinese invasion と主張するのです。(注)
(注)尚、米国務省HPで「米国と台湾の関係を巡る概要」から「台湾の独立を支持し
ない」、「台湾は中国の一部」との文言が消えた(5月5日ごろ)ことが判明。代って「台湾はインド太平洋のおける重要な米国のパートナー」との文言が加わった由。(日経5/12) 更に、5月23日、東京での日米首脳会談後の共同会見でバイデン氏は、台湾有事なら米国の軍事的関与は「Yes。これは我々の約束だ」と明言する処でした。
・安倍晋三氏の使命
処で、 2月24日に始まったプーチン主導のウクライナ侵攻で、市民を巻き込んだ凄惨な姿を目の当たりとするとき、安倍氏が停戦に向けひと肌脱ごうと動いてもよかったのではと、思うばかりでした。周知の通り彼自身、総理にあった7年余、プーチン大統領とは通算27回もの首脳会談を持ち、親ロシアを任じる処でした。しかし、日ロ関係改善の約束事は、何も実現を見る事のないままにあって、メデイアからは「プーチンに媚びる安倍晋三」とか、「安倍晋三氏はプーチンの真意をつかんだのか」との批判が向けられる処でした。勿論彼が出張ったからと云って、それでウクライナ戦争がどうなるものでもないでしょう。要は、プーチン氏とのpersonal contactを活かした行動を取ることで、日本に対する評価を高めうる処、それこそは親ロシアとされた安倍晋三氏の使命ではと思う処でした。
(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
そのプーチン大統領は5月9日、ウクライナ侵攻中のロシアで、対ドイツ戦勝記念日を祝う軍事パレードを前に、演説を行い、「NATO諸国が(ウクライナに)軍事施設をつくって最新兵器を供給し、危険が増していた」と主張。「やむをえない、適時で唯一の決定だった」と武力による侵攻を正当化するばかり。さて、21世紀の現代にあってそんな蛮行が、あっていいものかと思うばかりでしたが、思うに、77回のこの日に訴えるべきことは、途方もない戦争の悲惨さであり、二度と繰り返さないとの誓いであるはずです。とすればプーチン氏は歴史から何を学んだのか?と 思いは高ぶるばかりでした。
・イタリア映画「ひまわり」
序で乍ら先週、新宿の早朝映画鑑賞会で、イタリア映画「ひまわり」を見てきました。第2次大戦終結後のイタリアを舞台に、戦争で引き裂かれた男女の悲しみを描いた、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニが主演する50年前の作品です。
スクリーン一杯に広がるウクライナの「ひまわり」畑、それを覆うように流れるヘンリー・マンシーニーの哀愁溢れるメロデイーと、感傷的になる2時間。しかし「ひまわりの畑の下にはたくさんの兵士や農民が埋まっている」とのナレーションに、ウクライナ侵攻に見せるプーチンの異常さ、非情さとを重ねて思うとき、「戦争って何だろう」と思いは再びとなるのでした。「ひまわり」は、ウクライナの国花です。(2022/5/26)