2022年04月26日

2022年5月号  対ロ制裁の現実と、世界経済の行方 - 林川眞善

目  次
         
はじめに 問われる‘グローバル化’の再定義

・2022年2月24日 /・グローバル化の再定義

第1章 対ロ制裁の推移と、国際社会

 1.問われる対ロ経済制裁の実効
 (1)外貨準備の凍結
 (2)SWIFT排除と、原油禁輸措置

 2.企業の「脱ロシア」と民主主義
 (1)The Ukraine morality
 (2)脱ロシアと民主主義

第2章  世界経済、そして日本経済の行方  

1.世界経済(米欧中)の行方と、政策決定者の判断

 2.円安と物価高に見舞われた日本経済
 (1)日本経済、景気の現状
 (2)日本の貿易構造の変化
               
おわりに 新自由主義へのショック療法

・Pricing risk /・global norms

   〆

はじめに  問われる‘グローバル化’の再定義

・2022年2月24日 
その日、プーチン・ロシアによるウクライナへの武力侵攻が始まった。国境を越えて、隣国ウクライナへと侵攻し、街を、暮らしを破壊し、人々を虐殺するロシアの軍事行動に、これが現代に行われる事かと愕然とさせられる処、今なお、そのロシアの蛮行の続く様相に瞬時、神も仏もないものかと思うばかりです。
米欧の西側諸国は、このロシアの侵攻を止めんと、まずは経済面からの制裁措置を弄する処です。この対抗措置を進める過程においては、西側諸国の結束は強固となり、つまりこれまで自由主義、民主主義を同じ規範としながらも、米国主導の在り方になじむことはなかった欧州は、今次のウクライナ侵攻に対抗するために、米国とともにと足並みを合わせるようになり、その結果、これまでの米国一極体制にあった世界秩序は、西側米欧の自由主義陣営と、中国・ロシアの強権主義、権威主義国との対立構図へと、大きく変わっていく、言い換えれば新たなbloc経済の生成を促す様相です。

因みに3月26日、欧米6カ国とEUは、対ロシア制裁措置として彼らを国際送金網から締め出すことに合意、ロシアが保有する外貨準備の凍結に踏み切った事で、これまでのグローバリズムに終止符を打つ処となったのです。「ドル」を兵器として用いるのはいわば金融戦争とも言え、であれば、安全性が高く流動性に富むドルの役割は、今次外貨準備の凍結を機に大きく変質していくものと見る処です。

・グローバル化の再定義 
つまり、この日、2月24日を以って、それまで世界の行動規範とされてきた民主主義、自由主義、そしてその規範を以って、進められてきたグローバル化を通じての経済成長の前提が覆され、まさにグローバル化の再定義を不可避となる処、国際秩序の塗り替えが一挙に進む状況です。それは又、第二次大戦後の1945年に創設され、これまで世界統治の規範とされてきたブレトンウッズ体制の再構築を不可避となる処、つまり1971年のニクソン・ショック対応を「ブレトンウッズ2」とすると、それに続く「ブレトンウッズ3」が質される、大きな転換点を迎えたと云う処です。

今そうした大きな問題を感じながらも気がかりは、西側諸国が進める対ロ制裁がさほど効果していないことが指摘される現実です。何故か?そして、その制裁の実効の如何が、漸く回復を示し出した世界経済に水を差す様相にある処です。 そこで、西側諸国の対ロ制裁の実態を質すこととし、同時に「脱ロシア」に向かう企業行動と国際的な行動規範との関係、更にはそうした環境にあって世界経済と、日本経済の行方についても併せて、考察する事とします。


第1章  対ロ制裁と、国際社会

1. 問われる対ロ経済制裁の実効

日本を含む西側諸国が結束して進める対ロ制裁措置とは経済制裁です。要は経済的に苦しい状況に追い込むことで戦費の調達を困難にしたり、プーチン体制に対する国民の不満を高めたりすることを狙うもので、具体的には、先の弊論考でも報告した通り、一つはロシア政府保有の外貨準備の凍結、二つは国際決済ネットワーク、「SWIFT」(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication) からの排除、そして、ロシア原産の原油の禁輸措置、の三つです。が、巷間これがうまく機能していないのではと指摘される処です。これが仮に完璧に実施されれば事実上、ロシアは海外とやり取りする手段はほぼ全てを失う事になり、自給自足でもしない限り経済活動はできません。

その点、西側各国は最大限の経済制裁を行っているとメデイアは報じるのですが、現実には対ロ経済制裁は多くの抜け道があるとされ、要は完全に追い込めてはいないのです。各国が追加制裁を進めるのも、そうした現実を映す処です。そこでまず上記制裁の実効の如何をレビューすることとします。
(1)外貨準備の凍結:この際の凍結は、あくまでもロシア政府が保有する外貨を凍結しているだけであって、民間の金融機関が保有する外貨は含まれていません。ロシア政府は、発行した国債の利払いに苦慮しており、ロシア国債はデフォルト(債務不履行)が懸念される処ですが、ロシア政府は今のところドルでの利払いを行っており、ギリギリの綱渡りではあるもののロシア国債はまだデフォルトしていません。
各国の中銀は、ロシアの外貨準備を凍結しており、ロシア政府が保有するドルは引き出せないはずです。が、現実に利払いが行われており、こうしたケースについては例外的に引き出しができた可能性が否定できないのです。自国の投資家が損しないよう西側各国が凍結解除を例外的に認めたのか、それともロシア側が政府の口座とは別ルートで支払ったのか定かではありません. が、何らかの方法でデフォルトが回避されているのは事実で、ロシア政府は利払いを行う何らかのルートを確保しているとみる処です。(注)
    (注)ロシア財務省は4月6日、4日が期日だったドル建て国債の元利金の支払について、ルーブル建てで実施したと発表、ロシア側は「義務は完全に果たされた」と主張していますが、最終的にデフオルトとなる公算が大きくなったと云う処です。因みに、元利払いがルーブルで実行されたことについて、ペスコフ大統領報道官は、同日「理論的にはデフォルトの状況になるかもしれないが、純粋に人為的なものだ。真にデフォルトになる根拠はない」と。そして「債務履行に必要な原資は豊富にある」とも説明。外貨準備の凍結が解除されるまでルーブルで支払い続ける考えを示したと報じられる処です。(日経4/7)
ロシアは昨年(2021年)の時点での外貨準備高は約6000億ドル、その約半分がドルとユーロと報じられています。直近でデフォルト懸念が生じているドル資金は、おおよそ1000億ドルとみられており、外貨準備を凍結すればロシア経済は一発でダウンしそうに思えますが、実は、ロシアはもともと経常黒字国なのです。ロシアは世界第3位の原油産出国、第2位の天然ガス産出国で、毎年、莫大な量のエネルギーを輸出しており、因みにロシアの2020年の輸出総額は約3300億ドル。輸出が継続できれば、毎年3000億ドル以上の外貨が入手出来てしまう事になるのです。
そうした状況からは、1000億ドルの資金凍結はほとんど意味がなくなる事になるのです。天然ガスの輸出は国策企業であるガスプロムが行っており、事実上、政府と一体にあり、互いに資金を融通することが可能でしょうから、政府保有の外貨だけを凍結してもロシア経済を窮地に追い込むことにはならないという事になるのです。
(2)SWIFT排除と原油禁輸措置:本当にロシア経済の息の根を止めるためには、莫大な外貨をもたらしている輸出を封じ込める必要のある処ですが、その点でも現状の制裁は不十分と云え、「SWIFTからの排除」も、「禁輸措置」についても事態は同じと言う処です。
まず、「SWIFTからの排除」について、仮にすべての金融機関が対象となっていれば、ロシアは貿易の決済ができなくなり、事実上、ロシアの輸出は止まる。しかし現時点において最大手の銀行である「ズベルバンク」と国策企業ガスプロムの関連銀行の「ガスプロムバンク」は制裁対象に入っていません。有力な2つの銀行がSWIFTを使える以上、ロシアは自由に石油や天然ガスの輸出を行い、莫大な量の外貨を獲得できる。これでは、いくら外貨準備を制限しても意味がないと云うものです。
「原油の禁輸措置」も同様で、現時点でロシア産原油の禁輸措置を行っているのは、ロシアからの買い付けがほとんどない米国だけで、欧州はまだそこまで踏み切っていません。EU(欧州連合)は原油の禁輸措置の発動を検討しているものの、慎重な意見も多く、まだ決断には至っていない。EUは原油と天然ガスのロシア依存を見直す方針を打ち出しており、今後、ロシアからの輸出は大幅に減る可能性は高いのですが、時間軸は早くても2024年までとなっており、今すぐ輸出がなくなるわけではありません。結局のところ、ロシアは今も原油と天然ガスを輸出し、その代金を外貨で受け取っているのです。長期的にはともかく、短期的にロシア経済に致命的な打撃は与えられておらず、各種の経済制裁の効果は不十分と云わざるを得ないのです。
が、問題は、こうした不十分な制裁をなぜ継続しているのかという点です。もし西側があえて抜け道を残しているのだとすると、ロシアの現状や西側との対立構造についても、少し冷めた見方が必要となるでしょうし、米国政府による各種発表についても、少し割り引いて考えねばならないのではと愚考する処です。ただ、ロシアからの輸出がストップ したり、ロシア国債がデフォルトすることで西側経済の被害を恐れ、100%の制裁に踏み切れないのだとすると、これは西側の弱点となる処、弱点を見せてしまえば、確実に足元を見られてしまう事になると云うものです。
米国が軍事行動を起こさないことは、ほぼハッキリしており、これがロシアに対して、最後通牒を突きつけられない最大の原因となっているものと思料するのです。国際交渉の場において、実施できないオプションが明確化してしまうと、それが最大の弱点になってしまうのは、ごく当たり前の事、経済面でも同じ事で、ロシア産天然ガスの供給途絶を絶対に回避したいと欧州が考えているのなら、交渉では弱点と見られる処です。日本国内では、ロシアは追い込まれているので、明日にでも白旗を揚げるはずだという、願望ベースの報道や議論が多い処ですが、こうした風潮は、自身の弱点について見て見ぬフリをする作用をもたらす処ではと思う処です。
こうした状況に照らし、米・EUそしてカナダ、日本も、更なる追加制裁を打ち出す処、4月7日には米議会は、米企業のロシアへの新規投資の禁止、ロシアのエネルギー製品の輸入禁止等、新たな対ロ制裁法案を可決。又プーチン氏の娘2人、ラブロフ外相の妻子らを制裁対象とする処、同日EUも、ロシア産石炭の輸入禁止を含む制裁案を承認、制裁規模は200億ユーロ(約2兆7千億円)と、ロシア経済締め付けを一段と強める処、カナダはあらたに9人のロシア人他の資産の凍結を発表する処、日本でも4月8日、岸田首相はロシアに対する追加制裁を表明、その主たるポイントは資産凍結をロシア最大手銀行のズベルバンクに広げ、ロシア産石炭の輸入禁止、加えて在日ロシア大使館の外交官ら8人の国外追放を発表する処です。とりわけエネルギー分野の制裁に踏み込み、ロシア産石炭の輸入禁止については「早急に代替案を確保し、段階的に輸入を削減する」とし、石油を含むエネルギー全体のロシア依存度の低減に踏み込まんとするのでした。(注:経産省によると、2021年の原油輸入量の依存度は3.6%,LNGは8.8%に達する見込みと。日経4/9)
序で乍ら、岸田政権の対ロ制裁の現状をレビューするに、気がかりなことは、日本がウクライナ情勢で貢献できることは少ないとはいえ、それが極めて米国の後追いと映るという点です。欧州諸国の場合、ロシアとの地政学的リスクを踏まえ中立国の立場を堅持してきたものの、今次ウクライナ侵攻を受け、その立場を破るスイスなどによるウクライナ支援、フィンランドやスエーデンのNATO加盟への動き等、これまでの国際政治の枠組みを変えんばかりの動きを鮮明とする処ですが、問題はそうした環境を日本政府としてどうとらえ、どう対応していこうとするのか、そうした思考様式が伝わらないことが問題と思うのです。まさに日本の安全保障問題への取り組みの如何と云う処ですが、それは正に外交力の強化に尽きる処、これが十分な議論もないままに、直ちに日本の国防費比率、GDP比1%の数字の見直し論に走る政治のあり姿に愕然です。
2.企業の「脱ロシア」と民主主義
(1)The Ukraine morality 
処で、米エール大のジェフリー・ソネンフェルド教授が、2月24日のウクライナ侵攻が始まった数日後、ロシアから撤退する外資企業のリストを作成し、公表したのですがメデイアはソネンフェルド氏の思いを忖度しつつ、この公表がきっかけとなって、外資企業の脱ロシアが急速に高まったと、同氏の調査結果を好意的に報じる処、筆者も思いを同じくする処でした。(注:エール大発表の脱ロシア企業は4月8日現在600社を超えた由。これは80年代,約200社が参加した南アのアパルトヘイト反対活動以来の事。日経4/18) 

が、4月2日付The Economistのコラム「War and wokery」(注) では、そうした調査結果の公表について、これが倫理的な要素に基づく経営の意思決定として評価するというよりも、多くの場合、撤退の本質は「プラグマテイズム」にあって、実際、ロシアの侵攻に憤る顧客や従業員の歓心を買う処、そうした企業の行動様式は、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があると、云うのです。仮に、これが企業のプラグマテイズムの原理で行動するのではなく、正義の旗を掲げだすとなると事は複雑で、事と次第では民主主義自体も危ういものとなっていくと云うのです。
New York Timesはこの調査をThe Ukraine morality(ウクライナを巡る倫理テスト)と謳った由ですがソネンフエルド教授は、これで一躍著名人となった由です。  

  (注)「woke」ウオークとは:a way of referring to the acts and opinions of
people who are especially aware of social problems such as racism and inequality ,
used by people who do not approve of these acts and opinions – Cambridge
Dictionary 要は、「社会的な正義に目覚めている企業や人物」を皮肉る蔑称

(2)脱ロシアと民主主義
ソネンフェルド氏は、予ねて現代の欧米社会において、企業は社会的・政治的変化を推し進める最高の力だと主張する立場にあって、企業の反プーチンの動きは80年代、南アで相次いだ企業撤退に相通じると見るのです。つまり、外国企業の撤退が南アでのアパルトヘイト政策を廃止に追いこむ力となったように、企業は良き市民として民主主義の価値観を支え強化していると云うのです。

この点、当該The Economistは、選挙で選ばれていない企業幹部が顧客や従業員を代表して倫理的な判断を下すことは、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があるとするのです。そして、ロシアのような強権国家が世界を危機にさらすなかで、民主主義が傷つけば、致命的なオウンゴールになりかねないと、云うのです。もとよりこの締めの言説には多少の不満の残る処ですが、筆者にとっても、今次西側企業の「脱ロシア」行動を、民主主義との関係でとらえ直すきっかけとなる処です。尚、世界的投資家として著名なジム・ロジャーズ氏は、「最終的には企業の判断だが、企業はロシアから撤退すべきではない。互いを遮断するのではなく関係性の維持が大切。むしろロシアトコミュニケーションをとり続けるべき」(日経ビジネス、4/18)とコメントする処です。


           第2章 世界経済、そして日本経済の行方
上述環境にあって、4月12日、WTOは2022年の世界貿易の見通しを公表。前回21年10月時点での予測値4.7%から下方修正し、3%増に留まると見る一方、続く4月19日にはIMFも22年世界経済の成長予測を3.6%と、前回1月時の予測(4.4%)から0.8ポイント、下方修正を発表する処です。 僅か1年前、世界中のエコノミストはrecessionから経済が急回復したと喜んでいましたが、ウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げで、世界経済は今、急速に冷え込む様相です。
The Economist dated April 9th はこうした世界経済の状況について、‘Recession roulette’ と題して、Toxic mix of risks hangs over the world economy,(毒性を含んだリスクに覆われた世界経済)と、世界経済の危うさについて縷々指摘する処です。しばし同コメントをフォローする事とします。
1.世界経済(米・欧・中)の行方と、政策決定者の判断
まず「米国」については、FRBが高インフレと闘う為に急速な利上げに向かい、3月の利上げに続き5月には保有資産を減らす量的引き締めも決定する構えにあること。「欧州」では、エネルギー価格の上昇が消費者の購買力を奪い、工場の操業コストを引き上げていると指摘。更に「中国」については、新型コロナウイルスの変異型の感染が急拡大し、パンデミックが始まって以来で最も激しいロックダウンが実施されていること等に照らし、世界経済の成長にとって悪材料が重なり、先行きは暗くなっていると云うのです。今少し、これらの事情を深堀してみることとします。

まず「米国経済」の過熱事情です。つまりパンデミック後に職を離れた米国人が復帰してきた労働市場では、物価上昇で生活水準が下がる中、労働者が雇用条件の引き上げを求め懸命に交渉しており、賃金上昇率は依然高まっているとみる処です。FRBがインフレ率を目標の2%に抑えるには賃金上昇とインフレの両方を封じ込める必要があると云い、つまりは金融政策のブレーキを踏むという事でしょうが、他方で成長を脅かすことになるとも云うものです。つまり、歴史を振り返れば、FRBが経済を最終的にリセッション入りさせずに労働市場を抑えることは難しく、向こう2年以内にリセッション入りする可能性が高いと云うのです。

次に「欧州」でも問題はインフレです。それは経済の過熱というより、エネルギーや食品の輸入価格の高騰にあるのです。云うまでもなくウクライナ侵攻や西側諸国の対ロ制裁の影響を受けた価格高騰です。そしてエネルギー価格の急騰に伴い、消費者心理の冷え込みが問題であり、これによる企業も苦戦する処と云うものです。それでもユーロ圏全体では22年経済は拡大すると見るのですが、その足取りは弱弱しいと見る処です。

そうした中、世界の経済成長に対する脅威の中でも最も深刻かつ差し迫っているのが「中国」でのオミクロン型の感染爆発だとするのです。中国が4月6日に発表した新規感染者数は2万人を超えたのです。習近平主席はロックダウンに伴う代償を軽減するよう当局に求めているそうですが経済活動を性急に再開すれば中国本土は香港で経験したような感染者と死者の急増に見舞われると危惧する処、中国が最も効果の高いワクチンの高齢者接種を十分に進めない限り、ロックダウンの可能性が中国経済に絶えず付きまとい、世界を不安定にする要因であり続けると云うのです。

・政策決定者の判断
尚、こうした世界経済が抱える問題の多くは、明らかに政策決定者の責任だと同誌は糾弾する処です。つまり、米FRBは経済が過熱していくのを阻止しなかったし、又、欧州の各国政府は欧州がロシア産天然ガスに依存していくのを黙認してきたと。そして中国のオミクロンの感染拡大に苦慮するのも予測可能だったと断じるのです。要は上記リセッションの陰におびえる今日の事態は回避できたと云うのです。とすれば、世界経済の行方は、高騰するエネルギー価格とインフレ懸念、そしてオミクロンがたウイルスの感染拡大への対応次第という事になる処、思うに、第二次世界大戦さ中の1941年8月、米国のルーズベルトと英国のチャーチルが合意した大西洋憲章を以って今日に至る戦後世界経済の秩序構築に向かったような為政者の登場が待たれる処です。では日本の経済は如何に、です。

2. 円安と物価高に見舞われた日本経済

今、日本経済の推移をクロスセクションで見ると、コロナ後の景気回復の無いまま、円安の加速、石油を中心とした輸入価格の上昇、それに連動した国内物価の上昇で、まさに景気回復を見ないままにインフレが進行する「stagflation」の様相すら感じさせる処です。

(1)日本経済、景気の現状 ― 日銀3月短観
日銀が4月1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(D I)は3ポイント悪化で、プラス14でした。これは2020年6月調査以来、7四半期ぶりの悪化で、先行きについてはプラス9で、更なる悪化を見込む処です。今回はロシアのウクライナ侵攻後、初の短観でしたが、地政学リスクの高まりや資源価格の高騰で企業マインドが急速に冷え込んでいる実態を映す処です。

こうした状況下、2022年度予算が3月22日、成立を見ました。その規模は社会保障費の膨張などで一般会計総額は107兆円と過去最大規模となるものです。が、上述ウクライナ侵攻による資源高の加速等想定外の事態発生もあり、鈴木俊一財務相は、予算成立後の記者会見で「国際情勢、経済情勢などに不透明感が漂う中、新型コロナに対する安心安全を確保しながら経済を立て直して財政健全化に取り組むため着実な執行を進める」と語る処(日経3月23日)、その対応への歳出圧力として、3月29日、岸田首相は物価高への緊急対策を取り纏めるよう関係閣僚に指示する処です。

(2)日本の貿易構造の変化
そうした状況下、3月20日公表の2021年度、貿易統計(速報)によれば、貿易収支は5兆3748億円の赤字でした。貿易赤字は2年ぶり、その赤字幅は過去4番目の水準とされています。円安という追い風があるにも拘わらず、日本の輸出はコロナ後の世界経済の成長をうまく取り込めていないと云うところですが、今後、不安定な国際情勢を反映して輸出が伸び悩み、エネルギー価格が高止まりするようであれば、貿易赤字は相当な水準に膨れ上がること、貿易赤字の定着すら懸念される状況です。かかる事態の変化こそは日本の貿易構造の変化を映す処、もとより日本経済の在り方に係る問題を示唆する処です。

伝統的に日本の貿易の姿は原料を輸入し、製品を輸出する加工貿易の国と描かれてきました。が、もはやその日本型貿易の姿は見ることはなくなっているのです。勿論第1位の輸入品は原油(8.2%)、次がLNG(5.0%)と、資源の輸入となっています。が、3位以降は医療品(4.9%)、次に半導体等電子部品(4.0%)、5位に通信機(3.9%)とハイテク製品が続くのです。つまり我が国は急速に製品輸入大国に変貌しつつあるという事です。

こうした貿易構造の変化は、円安という「ぬるま湯」に浸かっている間に進んだ日本の競争力の低下を映す処と云え、今後, 円安が進行する局面にあっては、エネルギーや食料、ハイテク製品に対しても「買い負け」の無いよう配慮していく事が不可欠となるはずです。勿論、競争力を持った製品の開発を目指すことが必要であることは云うまでもなく、それはまさにイノベーションの推進であり、産業構造の高度化が求められる処です。

尚、4月13日の講演で、日銀黒田総裁は粘り強く、2%の物価上昇目の実現に向けて、現行低金利政策を維持すると発言する処、その直後には円安は加速、126円台をマークし2002年来の円安を期す処、15日には鈴木俊一財務相が、20年を経て「悪い円安」に変わったと異例のコメントをしたことが伝えられ、円安動向(注)に係る2人の認識のデイスクレに関心の集まる処、18日の国会では黒田総裁は「大きな円安や急速な円安はマイナスが大きくなる」と、ややこれまでの発言を修正するかのようなコメントを残す処でしたが、通貨担当の二人の政策判断に、齟齬なきをと、注視していきたいと思うばかりです。

(注)円安動向:2011年の記録的円高(79.80円)から始まった円安トレンドは一旦、
2015年、125.86円を以って底打ちしたが、その後も米国の金融政策の推移もあって
円安トレンドが続く処、この4月20日には、2002年5月以来およそ20年ぶり、129
円台を付ける状況にある。下落の事由は、云うまでもなくエネルギー価格の上昇、日
米金利差の拡大にあり、当分、円は独歩安で推移するもの見られる処。


         おわりに  新自由主義へのショック療法

久しぶり、Joseph Stiglitz氏がProject Syndicateに投稿の4月5日付論考を手にしました。
タイトルは ‘Shock Therapy for Neoliberals’。まず、ロシアのウクライナ侵攻は、これまでに起きた予測不明の事件を想起させる処と、「2001年9月11日のNYテロ襲撃事件」、「2008年の金融危機」、更には「COVID-19のパンデミック」、或いはトランプ大統領の誕生も含め、取り上げ、これら事件が米国を保護主義やナショナリズムに向かわせてきたと指摘しながら、これら危機を予想し得た人ですら危機が起こった際、当該事態について誰も正しく語ることはなかったとも云うのです。そして、これら事件は経済に多大な被害を齎すなか、とりわけパンデミックは、強靭だったはずの米国経済の力をそぎ、その脆弱性を露呈させる処となったと云うのです。
同様に、プーチンのウクライナ侵攻は、既に予想されていた食料やエネルギー価格の高騰を更に悪化させ、同時にこれが途上国経済に厳しく迫る処、これがパンデミック禍要因も加わって債務の拡大につながっていると云い、欧州も同じで、ロシア産エネルギーへの依存体制からの脱却を目指すべきとも云うのです。

・Pricing risk
処で今から15年前、ステイグリッツ氏は、同氏の「Making Globalization Work」で、各国は安全保障に係るリスクは健全なグローバル経済維持のための代価として受け入れるか? 又、欧州はロシアが低価格のガスを提供するのであれば、安全保障問題とは関係なく購入するか? と質していました。が、残念ながら欧州の返事は短期的利益指向にあってで、それが齎すリスク、危険性を無視してきたと云うのです。 目下世界が `脱炭素‘を目指す中, Price on carbon ,つまり排ガスが齎すnegative 効果を明示するためにも、‘価格表示’が謳われだす処、この際はリスクについても、`Price’ risk、つまりリスクの価格表示を以って、リスクへの自覚を徹底すべきと云うのです。

つまり、経済の回復力の欠如とは、neoliberalismの基本的な失敗を映す処、市場対応にしても短期指向であり、要は、key risksに対する認識の足りなさにあると云うのです。因みにリスクが大きくなってくると、それと距離を取ろうとするのも現実だと云うのです。勿論、Pricing riskとは、pricing carbonよりはるかに難しいことはわかっていると云うのです。企業は安い供給元からの買い付けに徹し、ロシア産ガスに依存するリスクに頓着することなく、政府もその問題に介入することを避けてきたが、それはneoliberalismの基本的な失敗と云え、経済のfinancialization も同じことと云うのですが、要は、強靭な経済に向けた投資が少ないのも、そうしたリスクへの理解の足りなさにあると云うのです。

・global norms
今求められるのは適切なglobal norms、つまりはグローバルに通じる規範の再構築であり、そのポイントは単にneoliberal trade framework (新自由主義の貿易枠組み)を捻じ曲げる事ではなく、例えば、パンデミックにあっては、多くの死者を出したが、それもワクチン製造について、WTOには intellectual-property (IP:知財資産)ルールがあって 、これがワクチン製造地域を限定していることによるもので、こうした事態を早急解決すべきとも云う処です。つまり、これまでWTOではIPの安全確保にあまりにも執着し、経済に向けた安全保障と云った点に注意が及んでいなかったと、指摘するのです。 今、globalizationとそのルールについて再考すべきで、既に現行globalization には相応の対価を払ってきているわけで、この際は今次のショックを教訓に再出発すべきと云うのです。 まさにprogressive capitalismの旗手たるを感じさせる処です。

折も折、4月23日付、日経、第1面に現れた記事は大方の関心呼ぶ処、「三菱商事が2021年、ビル・ゲイツ氏が立ち上げた脱炭素フアンドに1億ドル出資し、アジアを中心に脱炭素事業に参画」との内容でした。ステイグリッツ氏に聞かせたい話です。期待する処です。(2022/4/25)
posted by 林川眞善 at 11:33| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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