はじめに バイデン米大統領、初の一般教書、問われる訴求力
(1)一般教書概要
(2)今、米国に求められること
第 1 章 ロシアのウクライナ侵攻, 対抗する国際社会
1. ロシア制裁に向かう国際社会
(1)国連総会、緊急特別会合(2/28 ~3/2)
(2)G7等、西側諸国の対ロ制裁
― ロシアの銀行のSWIFTからの排除
2. 対ロ制裁に伴う欧州の政策転換、ロシア経済の混乱
(1)欧州の`外交・安保‘ 政策の転換
(2)混乱するロシア経済の現況
第 2 章 中ロ関係の行方、そして日中関係の課題
1.「国際社会と共に」という中国
(1)中国とロシアの距離感
・Russia’s war will remake the world by M. Wolf
(2)中ロ貿易の拡大トレンドが意味する
2. 中国経済の実状と日中関係の行方
(1)現実味帯びる「China as Number One」
(2)人民元と日中関係
おわりに Stop Vladimir Putin !
(1)ゼレンスキー大統領の国会演説
(2)ウクライナ危機 ― その終焉は Palace coup ?
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はじめに バイデン米大統領、初の一般教書、問われる訴求力
3月1日 夜、バイデン大統領は上下両院合同会議で、初となる内政、外交の施政方針を示す一般教書演説に臨みました。 今回は2月24日に始まったプーチン・ロシアの蛮行の直後という事で、世界を主導する米大統領がどんなメッセージを発するか、注目を呼ぶ処でした。以下は、3月3日付日経が掲載した当該演説全文(日本語版)のレビューです。
(1)一般教書概要
まず、バイデン氏は冒頭、「(我々は)自由は常に専制に勝利すると云う揺るぎない決意と共にある」とし、一方のプーチンについては「自由な世界を彼の威嚇的なやり方で屈服させられると考え、基盤を揺るがそうとした。しかし彼はひどい誤算をしていた」とウクライナ侵攻を、まさに、不当な戦争と断じると共に、「独裁者がその侵略の代償を支払わねばならない」と力説、「同盟国と共に強力な経済制裁を科す。 ロシアの最も大きな銀行を締め出し(注:後述、SWIFTからのロシア排除)、ロシアの中銀がロシア通貨ルーブルを守るのを阻止し、プーチンの6300億ルーブル(約72兆円)もの軍資金を無価値にする」と対抗措置に触れ、「同盟国と協力してロシアの全航空機に対して米国の領空を閉鎖し、ロシアを更に孤立させ、経済への締めつけを強化する」とも発言するのでした。
いずれも米大統領に期待される認識であり、行動とも云う処です。が、強権的な権威主義国家と対峙する民主主義国家の国民に向かっては、もっと具体的で訴求力のある言葉を贈れたのではとの、印象を強くするものでした。彼は続けて次のように語る処でした。
「米国はかつて世界で最も優れた道路、橋、空港を有していた。しかし我々のインフラは現在世界13位に落ち込んでいる。米国再建のための史上最大規模の投資である超党派インフラ法の可決が重要だったのはこのためだった。・・・これからはインフラを構築する時だ。それは21世紀に我々が直面する世界、特に中国との経済競争に勝つための道筋をつけるものだ」と云い、更に「米国再建のために税金を使うとき時には米国製品を購入し、米国の雇用を支える ‘バイ・アメリカン’ で進める」と云い、併せて、国内のサプライチェーンを強化し、インフレ抑制につなげるとし、道路や橋、空港等の回収や整備を進めるとも語る処です。同時に、子育て関連など生活にかかるコストを下げるとも、約束するのでした。これが予ねて彼が主張するBBB, つまりBuild back better という事でしょうか。
そして演説終盤では、国家のための統一課題として4つを挙げるのでした。一つは、オピオイド(医療用麻薬)の蔓延に打ち勝つ事、二つにメンタルヘルスに取り組む事、三つに、退役軍人の支援、そして四つ目に「がんの撲滅」を挙げ、「米国は力強い。我々は1年前よりも強くなっている。そして1年後は、今日よりも強くなっているだろう。今こそ、我々の時代の課題に立ち向かい、それを克服する時だ」として締めるのでした。
まさに内憂外患の米国の今日の姿をあぶりだす処でしたが、聴いていてなんとも「力(リキ)」が入りません。The Economist, March 5th, 2022, は「State of the presidency」と題した論評で、「Ukraine aside, a gaffe-laden state-of-the-union address does nothing to turn Democrats’ problems around」、ウクライナ問題はともかく、民主党が抱える問題に応えることのないgaffe-laden、積み残し一杯の教書と評していたことは気になる処でした。
(2)今、米国に求められること
確かに米大統領の言うように米国の国力は低下してきており、もはや米国が「世界の警察官」を担う時代は過ぎたとされる処です。が、それでも、そのリーダーシップは、ロシアへの対抗には欠かせない筈です。バイデン氏はウクライナへの米軍派遣は否定しています。が、ロシアがNATO諸国に手を延ばすとすれば、NATOメンバーの米国も容赦することはない筈です。実際、侵攻前は関与に慎重な見方が優勢だった米世論は変わりつつあるとも云われています。因みに、2月27日の米CNNが番組中に行った意識調査、「NATOはウクライナの為に戦争すべきか」について、78%の回答者が「イエス」と答えていたそうです。
そこで、米国が総力を発揮して国際社会と連携すれば、さらなる暴挙を制止できると、日経コメンターターの菅野幹雄氏は記す処(日経2022/3/5)です。そしてそのためにも、目下の米国内での民主・共和の分断の修復をと、云うのです。 つまり、「ウクライナ侵攻を機に、共和党の主流派に手を差し伸べ、民主党の急進派を制し、米国の実行力を再建すること、そして日欧の協力を集めて強権主義に対抗するためにも、まず取り組むべきは米国の分断修復だ」と強調するのでしたが、まさに然りです。
ただThe Economist誌が `Ukraine aside’ と、いなしていた事情を見ていくと、バイデン政権の事態への判断の甘さが浮かぶ処です。目下、バイデン政権は対中覇権競争を見据え、主戦場はインド太平洋にありとして、戦略資源を集めるさ中、国内的には中間選挙を控える一方、ロシアの西側国境で新たな紛争があれば、ヨーロッパにも資源を割かねばならず、であれば中国や国内問題が手薄になることから、いうなればこうした二正面作戦を避けるため、対ロ宥和を以って対応したことが、プーチン氏にスキを与え、ウクライナ侵攻はその結果とみると今、見る危機はプーチン危機と読み替えるべきでしょう。 そこでこの際は、`Ukraine aside’ を補強すべく、プーチンが起こした侵攻問題に集中することとし、当該侵攻が齎している国際社会への影響とその行方、更にはロシアと友好関係にあるとされていた中国の対ロ姿勢の実状、併せて日中関係の今後について考察する事としたいと思います。
第1章 ロシアのウクライナ侵攻、対抗する国際社会
― この数か月、ウクライナを攻撃し侵攻するつもりはないと繰り返していたプーチン大統領でしたが、2月21日、停戦協定(ミンスク合意、2015/2)を破棄し、ウクライナ東部で親ロシア派の武装分離勢力が実効支配する二つの地域(ドネック州の一部、ルガンス州の一部)について、自称「共和国」の承認を宣言、2月24日にはロシアは陸海空からウクライナ侵攻を開始し、今尚、侵攻中です。
その朝、プーチン氏は当該侵攻について、ロシアが「安心して発展し、存在する」ことができなくなってきた為とし、具体的には、彼はウクライナのNATO加盟問題を含め、NATOの東方への勢力拡大がロシアにとり、安全保障への脅威とし、従ってその排除に向けた行動とする一方、27日には「核部隊の配備」を命令したとのプーチン氏の一言で、世界は一気に ‘脅威’ を高め同時に、‘西側’諸国の結束の強化を促す処です。
尤も、これまでの彼の言動に照らす時、彼の狙いは始めから要衝とみなすウクライナの支配であり、勢力圏に取り戻すことにある処、このプーチン氏の暴挙に、国連、G7等 ‘西側 ’自由諸国は一斉に立ち上がり、以下、制裁措置を以ってロシアの蛮行阻止に向かう処です。
1.ロシア制裁に向かう国際社会
(1) 国連総会、緊急特別会合 (2/28~3/2)
国際社会として国連では2月28日、国連総会緊急特別会合が開催され、3月2日、ロシア
のウクライナ侵攻に係る即時撤退決議を採択し(賛成141カ国、反対5か国、棄権35カ国)、多数の国が結束して、ロシアの孤立化を印象付ける処でした。
実は25日、国連安保理ではロシアの侵攻非難決議が予定されていました。が、ロシアの拒否権 (VETO)発動で否決されたため、米国などは全ての国連加盟国が参加できる国連総会、緊急特別会合(注)の開催を27日, 緊急提案。翌28日、安保理での採決を経て招集された次第です。但し、当該総会の決議には法的拘束はありません。それでも、大国の利害対立で安保理が機能しない中、あらゆる外交努力を通じて国際社会の結束を強め、プーチン阻止を目指さんとする処です。
と同時に、今次国連でのロシアの拒否権発動は今の安保理体制がもはや限界にあることを実感させる処でした。国連の現体制は先の大戦での戦勝3カ国、米英ソ連(ロシア)が主導し、中国とフランスを加えて立ち上げられ、これら5カ国が世界秩序を支えることを想定するものでした。が、その前提は今、完全に崩れています。ロシアは明白な侵略国となり、中国も現秩序を守るより、曲げる側に回っています。 勿論、安保理の「病」は今に始まったことではありませんが、今次のロシアによる侵略は、大国による暴挙である点で現状を放置できません。このままでは世界の秩序は覚束ないと愚考する処です。それは「拒否権」の運用の在り方を問うものであり、安保理の構造的見直しが不可避とされる処です。3月17日の参院予算委員会では、岸田首相は改革を提起したいと発言する処、日本のその主導に期待する処です。
(注)国連総会緊急特別会合:1950年の朝鮮戦争時に旧ソ連の拒否権を抑える狙い
で、国連総会で採択された「平和のための結集決議」(1950年11月3日)に基づく
措置で、安保理の意見が一致せず、侵略への対応等、国際社会の平和と安全の維持
が困難になった場合に講じられる対応とされるもの。尚、国連の歴史の中で開催さ
れたのは、今次を含め、11回。
尚、今次国連非難決議に反対・棄権した40カ国の8割はロシア製武器の輸入国です。また
旧ワルシャワ条約機構に加盟していた東欧諸国は米欧製の武器に切り替えており、軒並み
賛成に回っています。つまり軍事的な依存関係がロシア包囲網に反映されたと云う処です。
又、棄権した国(27カ国)にはインド、中国がいましたが、インドは日米豪との協力枠組
み「QUAD」の一員です。日米豪がロシアによる一方的な現状変更に厳しい姿勢をとる中
で、インドとの足並みの乱れは、中国への抑止に影響する可能性が指摘される処です。
かくして日米欧は上述、国連の場を通じ、ロシアの孤立化を狙う処ですが、であれば、今次の特別会合での採択結果にも照らす時、ロシアに武器調達を依存する国々へ、米欧製への変更を働きかける方法も検討課題になりうるのではと思う処です。
(2)G7等、西側諸国の対ロ制裁 ― ロシアの銀行のSWIFTからの排除
24日、ロシアの侵攻が始まった直後、G7はオンラインで首脳会議を開き、対ロシア制裁の為の政策会議を行っています。その際、英首相のジョンソン氏から、1万超の金融機関が使う決済網のSWIFT (注)(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication:国際銀行間通信協会) からロシアを締め出すよう提起があった由です。これは「金融核兵器」(ルメール仏財務大臣)とも呼ばれる強力な制裁手段です。ただその際は、議長国であったドイツをはじめ、米国、日本、フランス、イタリア、カナダからは、ロシアからのエネルギー供給の途絶を心配して、同調得られず、一旦制裁メニューから姿を消しました。が、その後、首都キエフの陥落危機が伝わるや、G7会議とは別にルクセンブルグで開催中のEU緊急首脳会議では、ロシアの排除、然るべしとの声が強まってきたためとされる処でした。
(注)SWIFT(国際銀行間通信協会):世界中の銀行間の金融取引の仲介と実行の役割
を担うベルギーの共同組合。(1973年発足)SWIFTは資金移動を促進するわけでなく、
正しく支払い命令を送り、その命令は金融機関同士が持つコルレス口座で決済される
システム。世界の高額なクロス・ボーダ―決済の半分がSWIFTネットワークを利用。
そもそもは2月24日のEU緊急首脳会議にウクライナのゼレンスキー大統領はon lineで
特別参加、その際, EU加盟国に対してロシアのSWIFTからの排除を以って 制裁措置をと、
懇請あった由ですが、当初は前述同様の事由をもってドイツ、イタリア等から同調が得られ
なかった由でしたが、緊急会合終了後の批判の高まりと、ゼレンスキー大統領の鬼気迫る言
葉,(「あなた方が私の顔を見る事は、これが最後かもしれない」イスラエル・メデイア)に
動かされ決定だと報じられる処です。尚、岸田首相は28日、制裁参加を表明したのです。
そして3月1日、G7財務相・中銀総裁はオンライン会議で、ロシアの銀行7行(注)のSWIFTからの排除を正式に決定、同時に、プーチン氏の資産凍結を決定、個人制裁を決めています。 「プーチン氏は侵略者」、その印象を強調し、対ロ包囲網形成につなげる狙いにあるとされる処です。(日経、3/3)又、3月11日、G7はロシアへの最恵国待遇取り消しをも決定、ロシアの世界的孤立を更に強めんとする処です。
(注)排除された7行:VTBバンク、VEBバンク、バンクロシア、オトクリテイ銀行、ノビコムバンク、プロムスビジャバンク、ソブコムバンク
2.対ロ制裁に伴う欧州の政策転換、ロシア経済の混乱
(1)欧州の ‘外交・安保’ 政策の転換
ロシアのウクライナ侵攻が始まって約1か月、この間、ロシアへの憤りと失望は、上述対ロ制裁に昇華されていくと同時に、欧州では外交・安保で3つの大転換が進む処ですが、これがまさに新たな地政学リスク対応の行動様式と映る処です。
その一つは大西洋同盟。既に多くの指摘のある処ですが、欧米の結束強化の深化です。これまで対米追従を嫌う欧州は米国と表裏一体になるのを避けてきましたが、この空気は完全に変わったという事です。
二つ目は軍備増強の高まりです。NATOはGDPの2%を国防費に割く目標を挙げる処、欧州で達成しているのは仏、英で、今後は、独、伊等、軍拡の広がる様相が伝わる処です。そして、三つ目は経済安保です。欧州は米国に同調し、ロシアに制裁を科してきています。経済界も対ロ制裁やむなしって処です。
こうした3点、率先して体現するのが、ドイツです。これまで第2次大戦の反省もあり、ロシアとは対立よりも協力を優先してきました。が、ロシアのウクライナ侵攻で警戒が急速に高まり、これまで米国に促されても拒んできた国防費の大幅な増額を決め、エネルギー調達でもロシア依存からの脱却を急ぐ処、因みに22日には、ロシアとの新しいパイプライン計画(ノルドストリーム2)の棚上げを決定したのです。ロシアに厳しい姿勢を貫くには、エネルギー政策の転換が避けられないと云うことですが、外交・安保政策の転換に踏み出したことで、メルケル時代は名実ともに幕を下ろすことになる処です。
1989年ベルリンの壁崩壊で冷戦が終わると、欧州各国は国防費を抑制し、徴兵制を廃止しました。欧州統合は旧ソ連のバルト3国まで広がり、東西融合という平和の配当が成長を齎す処でした。その流れがいま逆回転し、東にシフトした「鉄のカーテン」が、再び欧州に出現する様相です。つまり、ロシアと対峙する構図の復活です。そして、それが意味することは、グローバル化した世界で、戦争をはじめとする地政学リスクや人権問題にどう対応するか、企業においてもその感度と覚悟が問われる環境にあって、大事なことは想定されるリスクに備え、何が起きてもしぶとく生き残れる道筋を描いておく事と思料するのです。
そして、日本について云えば、警戒を要するのは中国発の地政学リスクです。市場の大きさや累積投資額から見ても、有事の際の震度はロシアの比ではない、ことです。とすれば、台湾等問題を抱える日本にとって、ロシアによるウクライナ侵攻は、対岸の火事ではありえず、欧米と連携,ロシアの野望を挫かねばアジア有事の際に日本は孤立しかねません。その点でも日本にはこの危機の打開に向けた積極的な貢献が求められる処です。
(2)混乱するロシア経済の現況
こうした西側の金融等、制裁でロシアは、外貨取引の制限、通貨ルーブルの急落(1ドル当たり40ルーブルが3月中旬には150ルーブル)で、ロシアの対外債務に債務不履行(デフォルト)の懸念が高まる処ですが、これが国内金融システムの不安にもつながり、まさに二重の信用危機を招来する状況と報じられる処です。
そして、そうした経済の実態を象徴するのがロシアの物流です。西側制裁の強化を受け、ロシアの物流が麻痺状態に陥りつつあるとされる処、例えば欧州主要港の税関が、ロシア向け貨物の積み替えを拒否したことで、ロシア行きはほぼ不可能となり、ロシアの取扱量の多くを占める海路が実質的に停止となり、希少資源や穀物のロシアからの輸出、部品や製品のロシアへの輸入も滞っており、ロシア経済は事実上世界から遮断されつつあると報じられる処(日経3月6日)です。 混乱は空輸にも及び、領空閉鎖の広がりも伝えられる処ですが、物流の停滞はロシア国内の市民生活を直撃する処、懸念されることはロシア国内のモノ不足が今後深刻になることです。もとよりこれが世界経済にも影響する処、因みに米ゴールドマン・サックスは3月1日付でロシアの22年のGDP予想を従来の2%から7.%減へと下方修正する処です。
・外資企業のロシア離れ
係るロシア国内の状況に照らし、ロシアに進出の米アップルやフォード・モーター、独フォルスワーゲン、仏ルノー等、欧米の大企業、又、ユニクロ等日本企業も、事業の停止、撤退を決めるなど、ロシア離れを加速させる状況です。中でも注目を呼ぶのは「マクドナルド」の操業停止です。尤も、彼らは従業員の給料は維持するとは言っています。 1990年、モスクワに初出店の際は、共産主義に対する民主主義の台頭を語る強力な象徴とされ、大きな時代の節目と捉えられていたものでした。が、マックの撤退は、ゴルバチョフとエリチンの築いたロシアの終焉と見られる処です。
尚、そうした中、3月10日、ロシア政府はロシア事業の停止、撤退を決めた外資系企業の資産は差し押える方針と、欧米や現地メデイアは一斉に報じる処です。 つまり外資の出資が一定比率を超える企業がロシア事業を止めた場合、企業の設備や資産を事実上押収し、ロシアの裁判所を通じて新しい所有者を決める由, 伝えられ処です。今回の強硬策には外資の更なる流失を阻止し、一時的に停止した企業にも営業再開の圧力をかける狙いがあるものと見る処、欧米とロシアによる‘制裁と報復の連鎖’で、これが世界経済に深刻なリスクとなっていくものと、極めて懸念される処です。
第2章 中ロ関係の行方、そして日中関係の課題
1.「国際社会と共に」という中国
(1)中国とロシアの距離感
ロシアとウクライナの停戦交渉は今尚続く中、世界の関心は、中国がどこまでロシアを制御し、公正な停戦のために尽力するかではと思料するのです。周知の通り、2月4日、北京では習近平氏がプーチン氏を招く形で首脳会談が行われ、会談後に発表された「共同声明」では、中ロの新型大国関係の構築を打ち出すほどに、その緊密さをアピールする処でした。そして いま尚、習近平氏は、ロシアをかばうような態度を示す処です。 が、それを続けるなら、少なくとも中国の国益は損なわれるのではと、思う処です。
と云うのも一つには、2030年を経て50年までには、米国に代わって世界のリーダーになると云う国家目標の実現が遠のくことになる事です。中国は内政不干渉と主権尊重の原則を以って米主導の秩序に異を唱えてきた訳ですから、この原則を踏みにじるロシアに甘い対応を続けるなら、各国からの信用は得られる筈のない処です。 加えてプーチン批判が強まる中、彼との距離を置かなければ、世界から中国までも「悪者」扱いされる恐れもある処です。勿論ロシアは、エネルギーや高度な軍事技術の大切な供給元であり、対米牽制上も役に立つ仲間です。だが、彼が侵略者になった今、彼との蜜月は利益よりマイナスが大きいと判断する時ではと思料するのです。因みにThe Economist, March 12, のコラム、`Mr. Xi places a bet on Russia ‘ では、前掲中ロ共同声明にも拘わらず、中ロ関係の危うさを指摘するのです。
中国の王毅外相は3月7日の記者会見で、ロシアのウクライナ侵攻を巡り「必要な時に国際社会と共に必要な仲裁をしたい」と語っていたこともあって、(日経3月8日) 中国 習近平氏の出番に期待の集まる処でした。ただ王毅外相はその際は、直接の関与には慎重な姿勢を見せ、今回もあいまいな態度に終始する処でしたが、それでも彼が口にした、「国際社会と共に」の言辞には、大方の関心を呼ぶものでした。 が、3月8日、オンラインで行われたマクロン仏大統領、シュルツ独首相との3者協議では、習近平氏は、西側による対ロシア経済制裁に反対との意向を示し(日経3/9)、更に 18日のバイデン氏とのTV協議でも、仲裁には一切触れることなく、「制裁に反対」と語るだけでした。(日経3/20)
・Russia’s war will remake the world by Martin Wolf
とにかく、中国がロシアと連携を深めることで、中国が欧州の安全保障にとって、短期的にも脅威となるリスクが浮上してきたと指摘されるのですが、Financial TimesのM. Wolf氏は同紙3月16日付記事、‘Russia’s war will remake the world’ で「中国がロシアの後ろ盾になるのは大きな誤り。自由な社会が一度結束すれば、国民の支持を得て強大な力を発揮することは歴史が幾度となく示している」と。そして予測不能な戦争状態にあっては安全保障が何よりも優先されるべきで、この際はEUが安全保障上の一大勢力になることが極めて重要と、指摘する処でした。
(2)中ロ貿易の拡大トレンドが意味すること
処で王毅外相が記者会見を行った同じ7日、中国税関総署は、1~2月の貿易統計を発表。それによると、中国の対ロ貿易総額は前年同期比38.5%増、全世界向けの伸び率(15.9%増)を大きく上回る処、対ロ輸出は41.5%増、輸入は35.8%増と拡大を示す(日経3/8)処でした。
中ロ貿易を巡っては、米欧と激しく対立するロシアに中国が助け舟を出したとの見方がある中、2月にはロシア産小麦の輸入拡大を発表するなどで、中国がロシアとの経済協力を拡大する様相が伝わる処です。つまり、中ロ貿易は、今次の米欧が金融制裁に踏み切ったこともあって拡大は見通せず、そこで、ロシアの銀行と中国人民元の決済システムCIPS(Cross-Border Inter-Bank Payment System) を使った経済協力を拡大する、つまり中国としてロシア産小麦の輸入を増やすことでロシアの支援に廻らんという事ですが、その結果として、人民元決済を広げ、同時に人民元の国際通貨化入りを狙う処とも、思料されるのです。中国メデイアはロシアメデイアを引用する形で、中国のCIPSとロシアの自前の金融情報網「SPFS」をつなぎ、天然ガスや石油等取引で人民元決済を広める可能性を伝える処です。
2.中国経済の実状と日中関係の行方
(1)現実味帯びる「China as Number One」
2月28日、中国国家統計局が発表した2021年の国民経済・社会発展統計によると、中国の一人当たりの名目国民総所得(GNI)はドルベースで1万2438ドル、世銀が定めた高所得国の基準(1万2695ドル)に迫る処です。ドル建ての名目GDPは前年比21%増の17兆7200億ドルで、これが米GDPに対する比率は77% と前年の70%から高まっており、まさに高所得国入り目前となる処、国内の格差問題は残る処です。
クレデイ・スイスによると、中国富裕層の上位1%による富の占有率は20年時点で30.6%。過去20年間の上昇幅は9.7poitsで、日米欧や、インド、ロシア、ブラジルより大きいとされています。習近平指導部は「共同富裕」というスローガンを掲げる処、この秋の共産党大会を控え、安定成長と格差是正の両立を目指さんとする処です。
その予備大会ともいえる全人代大会、第5回会議が3月5日北京で開催されました。その予備大会の真相とは、秋に予定されている党大会では、習氏が異例となる3期目入りを目指さんとする処、それだけに庶民の不満を高めかねない景気の停滞は是が非でも避けたいとする処です。因みに、2022年の経済政策のポイントは下記(注)ですが、注目されたのは会議冒頭の李克強首相の報告でした。それは「台湾問題解決の総合的な方策を貫徹する」と、始めて書き込んだものでしたが、習指導部が平和統一を軸にしながらも武力行使(台湾の中国への併合)の可能性を排除しないことを示唆するものだとされる処でした。
(注)22年の経済政策のポイント(日経3月6日)
・成長目標:5.5% 前後(21年の6%以上から引き下げ、安定成長を目指す趣旨)
・財政・金融政策:減税2兆5000億元を以って景気の下支え
・懸念材料:ウクライナ情勢、新型コロナもなお不安要素と、挙げる
さて、米中経済は、2022年は反動から成長は鈍化するとみられる処、米国については一桁台前半の成長、中国は一桁台半ばの成長が持続されるとみる処です。とすれば、上述の通り米中経済の逆転の可能性は高く、「China as Number One」、そのタイミングも前述通り2030年前後と予想され、その後、中国は社会が豊かになることで、成長のペースは鈍化し、名実と共に中国は先進国入りし、外交的パワーも高めていく事が想定される処です。
(2)人民元と日中関係
そこで留意すべきは日中貿易の在り姿です。かつて日本の最大の貿易相手国は、輸出・入とも米国でした。が、2020年には、これまでの対中輸入に加え、対中輸出も対米を上回り、すべての面で中国が最大の取引相手国となったことです。このことは日本がモノづくり国としてやっていく限り、必然的に中国を最大の取引顧客とせざるを得ない事になります。
加えて、もう一点留意すべきは、人民元の推移です。周知の通り、世界の基軸通貨は米ドルです。米国は突出した輸入大国です。自国通貨のドルを以って買い付けるのですが、このことは自国通貨のドルを世界に流通させることを意味します。言い換えれば、米国が輸入超過で多額の貿易赤字を計上している事が,基軸通貨としてのドルを担保していると云う事です。
中国は現時点では世界最大の輸出国で、輸出の対価としてドルを受け取る立場です。従って中国の通貨、人民元はあまり世界に覇流通していません。が、中国の成長が鈍化し、最終製品の輸入が増えると話は変わってくるという事です。つまり中国の輸入が大きく拡大すれば、それに比例して人民元決済が増加し、同時に流通する人民元が増えてくることとなり、そうなると絶対的と云われたドルの地位も安泰というわけにはいかない筈です。 中国はいずれ人民元のシェアーが高まることを前提に、人民元をベースとした国際決済システム、上述(P.9)「CIPS」を2015年に構築し、ゆっくりと、しかし戦略的に通貨覇権の拡大を目指さんとする処です。
先に、中国は成長の鈍化を通じて先進国化していくと、しましたが、それは中国が原材料や部品を輸入して製品を再輸出する国から、完成品を輸入する消費国家にシフトすることを意味するのです。 となると日本がこれまで通りに輸出主導の経済運営を続けるなら結果は、確実に中国経済に取り込まれると云う事になるのです。その中国は、前述2030年には米国を超え、ナンバーワン世界大国になると予想される処です。ではそうした中国と日本は如何ように与していくべきか、つまり日中の新たな関係に備えた取り組みが問われる処です。 では日本は今後、こうしたシナリオの下、如何に国を成り立たせていくか、が、重大なテーマとなる処と思料するのですが、さて、それに向かう賢者は何処に,です。
おわりに Stop Vladimir Putin!
(1)ゼレンスキー・ウクライナ大統領の国会演説
3月23日、6:00 PM、ゼレンスキー大統領はon lineで約12分、国会演説を行いました。その冒頭、「アジアで初めてロシアに圧力をかけたのは日本」と感謝したうえで、制裁の継続とその強化を訴えると共に、日本での共感ポイントと察してか、チェルノヴィリ原発事故をリフアーしながら、ウクライナの戦後復興を見据えて、日本のリーダーシップへの期待を表明するのでした。まさに戦場からの訴えです。興味深かったのは当論考でもリフアーした国連安保理の改革提案でしたが、岸田総理の反応(P.5)が気になる処です。
全体的には他国(EU他7カ国)でのスピーチに比して非常にソフトな内容との印象でしたが、国を守る気概を真に感じさせるものでした。議会で演説する目的は、国民の代表たる議員を通じて、その国の国民に訴えかけることでしょうから、今後は、その訴えに応える行動を注視していきたいと思うばかりです。
・連荘首脳会議への期待
さて、ゼレンスキー氏が訴えるロシア制裁については、3月24/25日、その為の首脳会議が予定されています。まずNATO臨時首脳会議、次にEU首脳会議、更にはG7首脳会議と、続く処ですが、ウクライナ危機、というよりプーチン氏を如何に抑え込むべきか、を巡っての鶴首会議と思料する処、とにかく西側諸国は、更なるタイトグリップで連帯し、血迷う彼を排除する行動を取るべきと思料する処です。バイデン氏は新しいアイデイアを用意し、今次の会議に臨むとコメントする処です。
George Soros氏は3月11日付のProject Syndicateへの投稿論考 ‘ Vladimir Putin and the risk of the World War Ⅲ’ で, 習近平がプーチンにcarte blanche(白紙委任状)を与えた、或いは与えられたごとくに振る舞う様相に、第3次大戦を起こさせないためにも、プーチンも、習近平をも、その地位から引きずり下ろす事だと叫ぶ処です。 Stop Vladimir Putin!
(2)ウクライナ危機 ― その終焉は Palace coup ?
さて本稿執筆の現時点では、ロシアとウクライナの停戦交渉の見通しは依然、不透明な状況です。プーチン氏は戦争の目標貫徹までは、戦争は止めないと云い、時に核使用の可能性もちらつかす様相にある処、それは威嚇と陽動の一環でしょうが、その姿は、世界には追い込まれた心象風景と映る処です。The Economist, March 5th 2022,は、巻頭論考 ‘ The horror ahead ‘ では、一つの可能性としてプーチン氏の沈んでいく姿はpalace coup、つまり宮廷革命と、描く処です。そこで、そのPlot(概要)を紹介し、本稿の締めとしたいと思います。
➀ プーチン氏は最初から、「エスカレーション」の戦いであることを明確にしていた。彼の意味するエスカレーションとは、世界が何をしようと、暴力的、破壊的態度を強めることで、エスカレーションは麻薬。もしプーチン氏が今日勝てば、次に麻薬を打つ場所はジョージアやモルドバ、或いはバルト諸国。同氏は誰かに阻止されるまで、やめることはないと見る。
➁ ただ砲火の下でウクライナ魂が発揮され事は彼の誤算。つまり、ゼレンスキー大統領が変貌し、国民の勇気と抵抗を具現化する戦争指導者に変貌したこと。 実際ウクライナでの反戦デモを見て欧州各国でも大規模な抗議行動が始まっている。更に、ドイツでは、関与によるロシア懐柔を基盤とする数十年来の政策を覆し、対戦車、対空兵器を送りこんでおり、こうした‘逆転’に直面したプーチン氏はエスカレートし、西側に対して核戦争の脅しを突きつけると云う。
③ プーチン氏はNATOを旧ワルシャワ条約機構加盟国から追い出し、米国をも欧州から追い出したいと話している由。但し、NATOは、ロシアを攻撃することと、ウクライナを支援することの間に明確な線を引きながら加盟国の防衛に努める必要があるとエコノミスト誌はアドバイスする処です。そして今、経済の惨状を目の当たりとする時、プーチン氏がやったことの恐怖の実感が湧いてきて、その実感と共にPalace coup (宮廷革命)が現実味を帯びてくると云う。 Putin’s botched job -「プーチンのぶざま」であり、勿論、それはプーチン氏の終焉を意味する処、さて、いか様な展開となるものかです。 (2022/3/25)