はじめに 経済安全保障
第1章 日本の「経済安全保障戦略」考
1.経済安全保障、そして外交力の強化
2.日本が「経済安保」と対峙する事情
・地経学(Geoeconomics)
・企業経営と経済安保
― APIの「地経学ブリーフィング」
第2章 岸田政権の「経済安全保障」政策
1.「経済安全保障推進」法案
2.経済安保政策取りまとめの基本
おわりに代えて 中国、ロシア そして 米欧
1.中国の変容、ロシアが仕掛けるウクライナ危機
(1)2月4日の中ロ首脳会談
― 中ロ新型大国関係の模索
(2)プーチン・ロシアとウクライナ危機、
2.米バイデン政権の 新「インド太平洋戦略」
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はじめに 経済安全保障
岸田文雄総理は1月17日の通常国会で岸田政権が目指す成長戦略では「経済安保は待ったなしの課題」だとし、「新しい資本主義」の重要な柱だと、発言するのでした。そして2月1日開催の有識者会議では、頭書、政策に向けた提言(法案)が取りまとめられ、政府は2月中にも法案としてまとめ、国会に提出、成立を目指すとする処です。 その法案の枠組みは、巷間伝えられる処、「サプライチェーンの強化」、「先端技術での官民協力」、「基幹インフラの安全性・信頼性確保」、「重要分野の特許非公開化措置」の4点を柱とするものです。日本政府として「経済安保」、経済と安全保障を重ねて、政策を語るのは初めての事です。そうした事態を象徴するのが、過去2年間、コロナ禍でサプライチェーンの脆弱性リスクの顕在化でした。そして同時に、その為にも外交力の強化をと、思う処です。
さて、コロナパンデミックの広がる中、それへの対抗が世界的広がりを以って進んできた結果、経済は供給要因と需要要因が予期せぬ形で押したり引き合ったりする状態が続き、いま、世界はsupply shortage economy状態にあって、Game Changeの進む処です。そして、このshortage を促すものとしてあるのがdecarbonization と protectionismの二つの要因とされる処、decarbonization は、脱CO2から再生可能エネルギーへのシフトで産業構造の変化を伴う問題、protectionismは詰まる処、米中対立の深化に負う話ですが、こうした変化対応を経て生まれてきた新たな経済の仕組みや行動様式は、従来の制度、思考様式にはそぐわない、まさに資本主義経済の根幹を揺るがすほどに、環境変化を呈する処です。英経済誌、The Economist(Dec.18~31,2021)は、こうした新たな状態を、new normalと称し、かつThe era of predictable unpredictability と記す処です。
・日本の目指すべき方向 は` Internationalism ‘
疾風怒涛(シュトウルム・ウント・ドランク)ともいえる変化の進む世界経済にあって、では資源等、パワーを持たない日本が、いかに生き延びていくかが問われる処、先月の論考でも指摘したように日本が目指すべきは、「自由貿易と安全保障が両立する経済安保」の確立であり、その為にも‘外交力’の強化と同時に、仲間を多く募り、しぶとく生き延びる手立てを作りあげていく事と記す処でした。それは、米Princeton 大学教授のJohn Ikenberry氏が論文「The Liberal Order, The Age of Contagion Demands More Internationalism, Not Less」(2020年Foreign Affairs 7-8月号)で、ウイズ コロナの時代こそはinternationalism (国際協調主義)が、より必要と訴えるものでしたが、まさに、その言辞を反芻する処でした。
偶々、2月3日、内閣府が「世界経済の潮流」と題して、主要国と中国の貿易構造の分析結果を公表していましたが、それによると日本は米独に比べて中国からの輸入に頼る品目がより多い姿が浮き彫りとなっていました。因みに日米独の3カ国で輸入先が中国に集中している比率(品目数)は、2019年では日本が23.3%と最も高く、米国は8.1%、ドイツは8.5%で、供給網の中国依存を鮮明とする処、これが同時に日本の経済安全保障問題として位置づけられる処です。内閣府は「仮に中国で何らかの供給ショックや輸送の停滞が生じて輸入が滞った場合、日本では多くの品目で他の輸入先国への代替が難しく、金額の規模でも影響が大きい」とする(日経 2022/2/4)処です。それはまさに日本経済にかかる安全保障問題です。そこで今回の論考では‘経済安保’を中心に論じることとしたいと思っています。
・中ロ連携
処で2月4日、北京五輪、開会の直前、習近平主席とプーチン・ロシア大統領の会談が行われています。ウクライナ侵攻を巡る米ロの対立も含め、世界の地政学関係構図の変容を印象づける処でしたが、果たせるかな、プーチン大統領は21日、ウクライナへの実質的侵攻を開始したのです。勿論、プーチンの行動に対する米側の対応は、中国の台湾に対する行動を左右すると、みる処でした。 そのバイデン米大統領は11日、自身初となるインド太平洋戦略を発表したのです。要は、強権的行動を取る中国と対峙していくためには、同盟国との協調の下、「統合抑止力」が基礎になると強調する処です。もとより米中関係の今後を占うポイントとなる処、そこで、中国と同時発進するロシアと米欧の対立、ウクライナ危機の行方について「おわりに代えて」として、併せて論じたいと思います。
第1章 日本の「経済安全保障戦略」考
1. 経済安全保障、そして外交力の強化
・経済安保:一般に、技術革新、サプライチェーンの確保と云った経済・産業政策の面から国家の安全保障を捉える考え方だが、米国と中国が先端技術や経済活動で覇権を争う中に、日本でも与党内では「日本も国際的なルール形成を主導すべき」との意見が強まりを受け、岸田文雄総理は「経済安全保障」を「新しい資本主義」の重要な柱だとして、政府の重要政策に位置付ける処です。 安全保障といえば、これまで政治的、軍事的側面を中心に議論されてきたが、これに「経済」が結びつくようになったのは、ひとえに ‘中国’ にあって、先端技術分野で高まる彼らの存在感に世界的警戒感が高まっている事情を映す処です。
周知の通り、中国は2015にハイテク産業育成策「中国製造2025」を策定、5G,やAIなど先端分野に力を入れてきたものの、近時、先端技術に欠かせない、半導体の世界的な不足にあって、中国政府は半導体の先端技術の移転を狙って、海外の半導体大手を巻き込んだ、米インテルなどとの連携を想定した、専門組織を立ち上げんと策動中と、報じられ(日経2月2日)るなか、近時、2030年には中国の世界生産能力は現在の15%から30%と倍増、首位に立つと予想される様相に、中国に自国の製造業の命運を握られかねないとの危機感が米国を中心に広がってきており、経済安保にとっての中核テーマと位置づけられる処です。
・尚、外交力の強化をもと指摘しましたが、国の外交力と云った場合、国が外交交渉に使えるカードの総和を意味する処、その政府が持つカードとは「情報力」、「経済力」、「軍事力」の3点です。安全保障問題に強いとされる豪州調査機関、Lowy Institute (2003年4月設立)の2019年調査では、外交拠点数は1位が中国で276 、2位が米国で273、3位が仏国で267、4位が日本で247、5位がロシアで242。 Lowy 研究所は、外交拠点数で中国がアメリカを抑えてN0.1となったことについて、過去10年で如何に中国が急速に台頭してきたかを示唆するものとし、国務省の予算を削減し、重要な外交関係のポジションを埋めるのに苦労してきたトランプ政権下でアメリカの外交政策が世界に及ぼす影響力が弱まってきている証とし、以って外交力の低下と指摘するのです。つまり、外交力を担保する有力手段の一つが「情報力」にありとすれば、情報拠点の数は、当該国の外交力を示唆すると云う事になるのでしょう。
2.日本が「経済安保」と対峙する事情
さて、日本は、安全保障では同盟国、米国を最重要視しつつ、最大の貿易相手国である中国との経済協力も重視してきました。その政府が「経済安全保障」に本腰を入れる背景には何があったかですが、日本が経済安保を真剣に考えるようになったのは、米国のトランプ前政権と中国の習近平指導部が最先端のハイテク技術を巡って対立を深めた事にありました。米国は同盟国にも中国通信機器大手、華為技術(フアーウエイ)などの危機を排除するよう求め、日本は対応をせまられた経緯がありました。何を規制の対象とするかは、これからも米中対立の行方や米国の意向に左右されることが避けられことと思料するのです。
So far、バイデン政権が中国への厳しい姿勢を緩める気配はありません。米国主導の国際秩序に挑戦する習指導部をけん制するため、経済面を中心に制裁の対象を広げる流れは続くとみる処、日本も米国と連携し、安全保障を脅かす技術や情報が中国に渡らないよう体制を強化する努力は欠かせない処です。ただ大事なことは、政府がそれを大義名分として疑わしきは全て排除するやり方を取らないことではと思料するばかりです。
軍事・経済・技術力の各分野での中国の台頭への警戒感が増し、新型コロナウイルスで露呈したマスク不足など、サプライチェ-ンの一国依存のリスクを体感する処ですが、「安保は米国、経済は中国」路線できた日本に対して、中国を「戦略的競争相手」と見据える米国が、経済・技術でも同調を促している事情も指摘される処です。国を挙げて先端技術の軍事転用を促す「軍民融合」を掲げる中国への機微技術の流失や、強い経済力を背景とした外交・安保での揺さぶりを防ぐ、その為には、ある程度の規制は必要と思料する処です。
が、米国主導で新設された「経済版2プラス2」(注)など、とにかく対中牽制で米国と一体化すればそれで良し、と云うことではない筈ですし、当の米国も、政治的には対立しながら対中貿易は拡大させるなど、したたかにある処です。 因みに、経団連の十倉会長も1月の会見で、「経済版日米2プラス2」立ち上げを歓迎しつつ、「日中は、東アジアの経済の繁栄と平和のために安定的で建設的な関係を築いていく必要がある」と強調。「世界は中国なしではやっていけず、中国も世界なしでは立ち行かない」と指摘する処です。
貿易戦争に勝者はいない。経済競争力を競うつもりが、報復合戦になれば、日本が相対的に力を失う結果になりかねません。経済安保戦略は、日本では交わりの薄かった「安保」と「経済」をいかに融合させ、日本の国益を最大化させるかにその本質があり、対立でなく、武力衝突等、緊張を招かぬよう経済も加味した「抑制」手段をどう練るかが重要と云うものです。
(注)1月21日オンラインでの日米首脳協議では、合意された新設の経済版「2プ
ラス2」では、半導体などのハイテクとサプライチェーンそして 輸出管理が主な
議題となる見込みと報じられていますが、世界で需要の増える半導体は安定調達が最
大の課題と映る処です。 かくして経済安保の連携深化へ踏み出すと云うことですが、
中でも対中姿勢で、強硬路線を進める米国に日本はどこまで合わせていけるかですが、
となると経済安保での日米連携強化では、成長と安保をどうバランスさせていくかが
問われる処と思料するのです。
・「地経学(Geoeconomics)」
処で、経済安全保障を考える際、重要になってくるのが「地経学(Geoeconomics)」と云う視点です。 その地経学の手本として挙げられるのが、R.ブラックウイール元米国家安全保障会議(NSC)補佐官と外交政策と経済学者のJ.ハリスとの共著「War by other means、(2016)」(他の手段による戦争)ですが、要は今の時代、イラク戦争の失敗等に照らし、軍事手段を使って影響を拡大することは難しく、従って経済的手段で地政学的目的を実現するしかなく、その際は ➀経済・金融制裁、②貿易管理、③投資管理、④経済援助、➄財政金融制裁、⑥エネルギー政策、⑦サイバー、の7つが地経学の具体的手段とするのです。
最近ではEconomic statecraftと云う言葉が使われていますが、要は、この7つを具体的政策としてどう履行していくかという事ですが、どちらかと云えば、自己防衛、安全保障あるいは経済的影響力の確保・保持と云った受け身の形が多い印象です。
上記事情を踏まえ、後出、API(Asia Pacific Initiative) 理事長の船橋洋一氏は、「地経学とは何か」(文春新書、2020/2/20)で、「国家が、地政学的な目的のために、経済を手段として使う事」を「地経学」と定義する処です。詰まる処、具体的地経学の手段も経済政策に集約され、とにかく力強い経済成長が必要となる処、トップがそれを表明し、国として目指すべき方向性を国民に明示することが必要となる処です。
もとより経済安保にかかる取り組みの基本は、自国経済安保の確保にある事いうまでもありません。が、今日的国際環境に照らすとき、当該行動は互恵主義、協調主義で臨むべきものと思料するのです。 つまり、いまや平時を前提とした「効率優先の集中・管理」型モデルでは立ち行かなくなってきています。周知の気候変動対応、感染症の拡大、更には日本では首都圏直下地震など、これらが同時多発的に起きる最悪事態をも想定したモデルへの転換が急がれる処です。 加えて、我が国の産業界を巻き込む経済安保上の最大の懸念はやはり米中の覇権争いです。
そこで、岸田政府が目指すべき経済安全保障政策構築のポイントは、「外交・安保」、「貿易・投資」、「脱炭素・エネルギー」、「デジタル・データ」等の政策、産業政策とどのような整合性を以って構築されるかにある処、具体的には「国産と輸入の代替」、「安全保障と企業主益・経済成長」、「イノベーションと格差」、「抑止力とレジリエンス」、といった経費対効果を明確にした政策を確立していかねばならないと思料するのです。
さて、政府が提出予定の推進法案は、こうした点を映したものとなるのか、また罰則など政府による民間への規制強化や介入で、民主主義を構成する「自由な経済活動」を阻害する恐れがないか、注視していく事、緊要となる処です。
・企業経営と経済安保 ― API の「地経学ブリーフィング」
次に企業は経済安保をどう受け止めているか、も問題です。その点、昨年12月、日本の主要企業100社に対してAPI (Asia Pacific Initiative)(注)が行った「経済安全保障」についてのアンケート調査結果は、以下の3点に、彼らの本音を映し出す処です。
・100社の内、74%が「米中関係の不透明性」を「最大の課題」と足らえていること、
・にも拘わらず、企業はこうした中国の経済安全保障上のリスクに備えながらも、当面はむしろ、米国の対中政策に伴うリスクの方をより強く意識しているように見えること、
・中国市場への依存を減らしたいと考えつつも、生産拠点の日本回帰や第3国への移転を本格的に検討するところまでは踏み出せない日本企業のジレンマが色濃く映し出されている、ことでした。
[ (注)「API (Asia Pacific Initiative)」はアジア太平洋の平和と繁栄を追求し、当該地域
に自由で開かれた国際秩序を構築するビジョンを描くことを目指すフォーラムであり
シンクタンク。理事長:船橋洋一(元朝日新聞主筆)、2017年設立 ]
つまり、大方の「経済安保」への取り組とは、日米関係を大前提とした取り組みを目指す姿勢の強さを示唆する処、前述、1月21日の日米首脳協議では、バイデン大統領の対中姿勢がいまいちの印象ぬぐい切れず(後述P.11参照)、であれば、日本として今後の外交及び通商政策の基礎に置くべきは、米中対立の狭間で悩む国々と共に、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える「開かれた 互恵主義」を目指すことではと、思料するのです。そして大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事ではと、思料するのです。そしてしぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことと強く思う処です。
因みに、今年1月1日付で発効したRCEP(当初10カ国でスタート)には韓国が加盟しており、韓国も2月1日、韓国国会で承認、発効したのです。日本にとっては3番目に大きい貿易相手国との初のFTAで、関税の大幅撤廃等で両国間の貿易は大幅拡大が予想される処、何よりも日韓関係は戦後最悪の状態(注)とされてきた中でのことだけに、その改善への大きな一歩と期待される処です。
(注)日韓関係は慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した2015年
の日韓合意を事実上反故にしたのがきっかけで、その後の元徴用工訴訟等もあって
対立が長期化し、外交・防衛上の意思疎通は希薄のままに推移してきています。
第2章 岸田政権の「経済安全保障政策」
1.「経済安保推進」法案
さて、本稿冒頭で触れたように、岸田総理は1月17日の通常国会で、目指す成長戦略では「経済安保は待ったなしの課題」とし、「新しい資本主義」の重要な柱だとも発言する処、2月1日開催の有識者会議では、当該政策に向けた提言(法案)が取りまとめられ、2月4日の関係閣僚会議では、岸田総理は「経済安保はグローバルルールの中核になる」として、経済安保推進法案の2月中の提出を急ぐよう指示する処です。
伝えられる当該法案概要は、「サプライチェーンの強化」、「基幹インフラの安全確保」、「先端技術の研究開発」、「重要分野の特許非公開」の4点を柱とするもので、米国が2021年6月に纏めた「サプライチェーンに関する報告書」で重要とされたものです。(注)
(注)[4本柱の概要 ]
➀ サプライチェーン強靭化
― 滞れば国民生活や産業に重大な影響を及ぼす半導体などを「特定重要物資」に
指定し、国が供給網の強化に向け、事業者が作成し、資金を支援する。
② 基幹インフラの安全性・信頼性の確保
― 情報通信やエネルギーなどのインフラ事業者が重要な設備で安全保障上の脅
威になりうる外国製の設備を新たに導入する際、政府が事前審査する。
③ 先端的な重要技術の官民協力
― 技術流出防止へ国内研究を国が支援、官民研究で秘密を洩らせば罰則も検討。
④ 特許出願の非公開制度
― 機微技術の公開を防ぐ事を狙いとするの。対象を原子力技術や武器だけに使用
される技術の内、「我が国の安全保障上、極めて機微な発明」に限定し、これによ
ることに伴う損失を国が補償する。(以上、月例報告「2月号」より)
尚、特に半導体、医療品、先端分野の電池、レアアースを含む重要鉱物について、政府は4つの戦略物資と位置づけ、国内生産能力の強化や多元的な調達に取り組む方針とする処、産業界には「経済安保政策を徹底すれば、先端製品の製造拠点を持ち、巨大市場でもある中国との関係の悪化にならないか」と云った懸念も強く、推進法案の確定までには産業界での配慮と実効性の確保の2面での調整が続きそうです。その点、2月9 日、小林鷹之経済安全保障相は経団連幹部と面談。経済界が懸念する国の過度な関与や企業秘密の開示にかかる関与等、これまで指摘されてきた企業への規制について、最小限にすると説明する処です。
日本としては今後、当該新法をベースに、外交・通商政策を進めることになるのでしょうが、その際、留意すべきは、米中対立の狭間で悩む国々と共に、二項対立の議論を乗り越え、皆で恩恵(経済的利益)を分かち合える前述(P.6)「開かれた 互恵主義」を目指すことではと思料する処、大切なことは、多くの国が共生に軸足を置き目の前の地球規模の課題に一緒に取り組んでいく世界を実現する事、そして、しぶとく生き抜くこと、これこそ、日本の経済安保にとって必要なことと強く思う処です。
2.経済安保政策、取りまとめの留意点
政府が目指すべき経済安全保障政策の構築は、前述(P5)の通り、外交・安保、貿易・投資、脱炭素・エネルギー、デジタル・データなどの政策、産業政策とどのような整合性を以って構築されるべきものと、思料するのですが、その際は中国に対して如何に向き合っていくか、がカギとなる処と思料するのです。
中国経済は2030年ごろには米国を抜き世界一の大国になると予想されています。その中国はGDPでいえば、今から30年前、日本のわずか8分の1でした。2010 年には日中は逆転し、今や日本が中国の3分の1となっています。そうしたダイナミックな変貌が想定される中国、そして世界経済にあって、日本はどのように変貌が想定でき、その展望の下、如何に対峙していくかが問われことになると思料するのですが、結局それは、日本経済の長期展望にかかる処です。その点を含め、しばし当該推移を注視して行きたいと思うのです。
おわりに代えて 中国、ロシア そして 米欧
― 北京五輪の幕が下りるのを待っていたかのように、中国、ロシアの連携が確認され、その一方では、これまで同盟関係にありながらも米国追随型を「良」とせず、時にkeep stanceにあった欧州が、プーチン主導のウクライナ危機に反応し、一挙に米国との距離をちじめ、新たな自由諸国対中ロのブロック対決構造を生み出す様相です。以下ではそうした中ロ、そして米国の動きにフォーカスし、考察することとしました。
1. 中国の変容、ロシアが仕掛けるウクライナ危機
(1)2月4日の中ロ首脳会談—中ロ新型大国関係の模索
さて北京冬季五輪は2月20日、色々な問題を発信しながら幕を下ろしました。とりわけ、
2月4日、開会式直前に行われた中国習近平氏とロシアのプーチン氏との首脳会談は、政治体制が異なる核保有国同士が直接対話をすると云う冷戦期(1945~89)以来の事態で、まさに世界が注目するホットイッシューでした、
メデイアによると、周知のウクライナ情勢と台湾問題で、中ロ両首脳は、互いの立場を支持し合い、連携を強調。中国へ天然ガスを追加供給する事でも合意、天然ガスをロシアに頼る欧州を揺さぶったとされる処、会談後、NATO拡大に反対する共同声明(注)を出し、プーチン氏はその足で開会式に臨んだ由で、見下ろす位置にいるプーチン氏を感じつつ入場行進したウクライナ選手は心がざわついたに違いないとメデイアは云うのでしたが、然りです。そして、「ひたすら技を競い合うべき平和の祭典に軍靴の音さえ聞こえかねない国際政治上の対決を持ち込んだ責任は重い」(日経2/6 ,社説)とメデイアは糾弾する処でした。
(注)共同声明:「新時代の国際関係と持続可能なグローバル発展に関する共同声明」と
題した、下記、4つの文節から成る声明で、ウクライナへの言及はなかった由。
➀ 中ロとも民主を肯定し、国際社会の共通の価値観は「民主」と。
➁ 中国主導の「一帯一路」と、ロシア主導の「ユーラシア経済連合」のリンクを提唱、
③ 中国の主張「一つの中国」、ロシアの主張「NATOの拡張反対」に両首脳は同意
④ 中ロは国連の2大常任理事国として、戦後の国際秩序の堅持を強調。その中でウ
インウインの新型大国関係の構築を提唱(中ロの新型国際関係は冷戦期の軍事・
政治同盟を超えるものと確認。米欧と対峙する姿勢を打ち出すもの)
そもそもロシアは国家ぐるみのドービング違反で制裁を受け、プーチン氏は主要な国際大会への出席が禁じられている中、今回は例外規定を用いた習近平氏の計らいで北京五輪に出席できた由ですが、見過ごせないのは、北京五輪が強権的統治が特徴の権威主義国家と、民主主義国との分断を浮き彫りとしたことと、各種メデイアは指摘するのでしたが、そこに映し出される中国、かつて米国主導の下で形成され戦後の国際秩序のフォロワーであった中国が、今や新たな秩序形成に向けた、ルールメーカーともなりつつある、そんな姿を感じさせる処でした。
因みに米国など民主主義国は外交的ボイコットの名の下、彼ら首脳陣の参加はなく、中国の孤立感が云々される処、プーチン氏をはじめ、グテレス国連事務総長ら24人の首脳や国際機関トップが北京に駆け付けたことは中国主導の下で、ある種のブロックのひな型さえ感じさせる処でした。が、習氏が会談したのは18人、五輪外交としてはその広がりは乏しく、とりわけ中国最大の原油輸入国、サウジのムハンマド氏の突然の欠席は習氏にとり痛手と評される処、インドも然りで、五輪外交は目算崩れとみられる処でした。そして足元の五輪競技の場では判定を巡る、トラブルを目の当たりとする時、[fairness]を大前提とする国際競技にあって、これが中国開催故の結果かと、聊か冷めた印象の残る処でした。
(2)プーチン・ロシアと彼が仕掛けるウクライナ危機
元米国務次官補のダニエル・ラッセル氏は上記中ロ共同声明について「制裁に耐え、米国の世界的なリーダーシップに対抗する覚悟だ。中国とロシアは自国の利益と権威主義体制を米欧の圧力から守る共通の目的がある」(日経2/6)と分析する一方、サリバン米大統領補佐官は2月6日、米ABCのTVインタビューで、ロシアのウクライナ再侵攻の可能性が「非常に明確にある」と発言。(日経夕、2022/2/7)そして米政府は東欧などへ3000人規模の米軍を独自に派兵すると報じられる処でした。まさに米ロ危機、東西分断の可能性を感じさせる処です。
果たせるかな、2月21日、プーチン大統領は安全保障会議を開き、ウクライナ東部の親ロシア派が占領する東部地域、ルガンスク、ドネック両州の独立を承認し、直ちに、当該地域の安全保障の提供として、ロシア軍の派遣を、大統領令を以って指示する処、2月24日には、ウクライナ東部への侵攻を始める処です。(注)
(注)ウクライナの独立:1991年、ソ連邦崩壊、その一部のウクライナは独立を果たし、
この時、ウクライナ領内に約1,900発の核弾頭が取り残された由。但し、ウクライナに
対してNPTの加盟と核兵器の撤廃が求められ、その条件として「領土保全、政治的独
立」に対する安全保障を米・英・ロシアが提供することで合意。(ブタペスト覚書、
1994/12/5)しかし2014年3月、クリミア半島はロシアに併合され、ブタペスト覚書
きは反故とされ、更に、2014年のクリミア半島を巡る紛争に対し、ロシア、ウクライ
ナ、独、仏の首脳間で交わされた停戦合意(ミンスク合意、2015年2月)も、今回の
事件で、白紙とされる処です。
・米国との一層の一体感を強める欧州
尚、欧州で渦巻くロシアへの憤り、失望は外交・安保で3つの大転換を促すとされる処です。
一つは、NATO同盟の姿勢です。これまで対米追随にあった姿から、欧米の結束強化に向かいだした事です。二つに、軍備増強に向かいだした事、そして3つ目が経済安保にかかる取り組みです。つまり欧州は米国に同調してロシアに制裁を科す処、経済界も「対ロ制裁やむなし」とし、当面、対ロシア新規投資を控えるとするのです。ドイツは22日、ロシアとの新しいガスパイプライン計画の棚上げを決定したのです。こうした流れは東にシフトした鉄のカーテンが再び欧州に出現したと見る処です。
一方、ウクライナ情勢を巡り、米国は日本に経済制裁で足並みを揃えるよう求める処、
北方領土問題を抱える日本には、G7の枠組みと対ロ外交とのバランスをいかに図るか、と苦慮する中、9日、日本政府は、just in case、欧州がエネルギー不足にならないようLNGを欧州に融通できないかとの米政府の打診に対応することを決定、まさに日本の経済安保政策の一環とされる処、要は、ロシアのウクライナ侵攻を傍観すれば、台湾、尖閣諸島等を巡って、覇権主義を鮮明とする中国に誤ったメッセージを与える懸念もありで、日本政府も、これが対岸の火事と済まされない処なのです。
2. 米バイデン政権の新「インド太平洋戦略」
2月11日, バイデン政権が初めて纏めたと云う安全保障・経済政策の指針となる「インド太平洋戦略」を発表したのです。その内容は、中国の抑止を最重要と位置づけ、軍事と経済の両面で対抗する方針を打ち出すものでした。そして同盟国と築く「統合抑止力」が基礎になると強調する処、日米同盟にも深化を迫る内容とされる処です。ウクライナ情勢が緊迫する中での公表で、対中抑止を重視する政権の姿勢を明確にする狙いがある処と、メデイアは指摘する処(日経2/14)、世界の課題に、同時並行で対処する決意を示したものと云えそうです。その概要は以下ですが、もとより、「中国を変えること」ではなく、米国や同盟国に有利な戦略環境を整えることにあるものと思料する処です。
・米が目指す戦略ポイント:「安保」と「経済」
「安保」では地域の同盟国である日本やオーストラリア、韓国、フィリピン、タイとの関係を一段と強化すると掲げ、日本の自衛隊などとのの相互運用性を高めると記している由です。これは日米による有事を想定した作戦の共有や装備の配備、最新技術の共同研究などを念頭に置いたものとされています。1月の日米外務・防衛担当閣僚協議では台湾有事を念頭に置いた「緊急事態に関する共同計画作業」について協議がされています。あらかじめ日米共通の作戦と対処能力を持つことで抑止力を高める狙いがあると見る処です。
そして「経済」でも、近く立ち上げ予定の「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を戦略の柱に据える処、その詳細は近く公表予定とか。要は米国単独では、中国抑止は限界とするもので、その点で、日米同盟の深化が迫られていく事と思料するのです。これに日本はどのように応えていくか、前述(P.6),予ねてのテーマとは言え岸田政権にとって重い仕事となる事でしょうが同時に、見せ場となる処です。
同時に、上述、既存秩序に挑戦する中ロと対峙しつつ緊張緩和の道を探るとなると、それもやはり、日米欧の重要な責務ではと思料するのです。今、コロナ禍の長期化、インフレの高進、更にはウクライナ問題などが重なり、複合的な不安にさいなまされる処です。
かつては米国の処方箋とリーダーシップに頼ることもできました。しかしバイデン政権はコロナ対策にも、インフレ対策にも、ロシアの抑止にも、手こずっています。その点では国際統治の再建を目指すべきで、つまり、ここが世界統治の正念場、日米欧が共に緊張緩和の道を探るべきは重要な責務と思料するばかリです。 2月19日G7緊急外相会議が開かれ、G7が一致してロシアに立ち向かう姿勢を示した事の意味は大きく、高く評価される処でした。つまり、 米欧がロシアに曖昧な対応を取り続ければ中国の抑止にも隙を与え日本や台湾の安保環境にも影を落としかねません。
今、手にする最新The Economist、2022/2/19 は、「Putin’s botched job ― War or not, he has miscalculated」と題し、プーチン大統領は、ウクライナ情勢 を読み違え、侵攻するにせよ引き下がるにせよ、既にロシアを傷付けていると、極めて冷たく評する処です。 国際環境は今まさに、‘疾風怒涛’の大混乱を呈する処です。 以上 (2022/2/26)