2021年10月25日

2021年11月号  バイデン政権が目指す対中包囲網と、その本気度 - 林川眞善

目  次

はじめに  今、アジアの海は波高し
第一章 AUKUSが映すNew Geopolitics of Asia
第2章 日本の抑止力とアジアの安定     
おわりに  岸田文雄新総理誕生と所信表明に思う
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はじめに 今、アジアの海は波高し

・バイデン政権のPivot to Asia
バイデン米国は、先のアフガンからの駐留米軍の撤収後、急速にアジア展開を進めてきていること、前月号論考でも触れた通り、その狙いは中国への対抗、云うまでもなく「対中国包囲網」作りとされる処です。 因みに、バイデン氏にとって初となった9月21日の国連一般演説では「新冷戦を志向しない」と明言、一方、米国の外交戦略の姿勢として、アジア志向を明快とする処、それは、まさに米国のPivot to Asian (アジア重視への回帰)を宣言する処でした。そしてその姿勢をバックアップするのが二つの国際合意です。

一つは3年前にスタートした日米豪印4カ国の協定「QUAD」(Quadrilateral Security Dialogue:日米豪印戦略対話)、もう一つは今年9月15日,突如公表された米英豪3カ国安保協定「AUKUS」(Trilateral security pact between Australia, UK & USA:米英豪安全保障協定)です。前者, QUADは「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を実現するための4カ国戦略対話の枠組みで、内容的には中国を念頭に、外交面や経済安全保障に重きを置くのに対し、後者AUKUSは、中国との軍事力の均衡をとるために米英が豪州の軍事力を強化し、中国の軍事力に対抗することを目的とした、やはり中国を念頭に置いた軍事同盟的性格を強く映す処、その点ではアジア近隣諸国には軍拡競争への懸念が広がる処です。

そして、この二つの国際合意が同時に動きだすことでアジアを軸に、世界の地政学が一挙に動きだす、まさにThe new geopolitics of Asia (The Economist,Sept.25) とされる処です。
もとより、この二つの協定は中国への対抗を基本とした経済安保の確保にあること云うまでもありません。が、安全保障を切口に合意したAUKUSの登場を以って、前掲エコノミスト誌は巻頭言で「Resurfacing : America in Asia 」(米国のアジア再浮上)」と表する処です。

・AUKUS(米英豪安全保障協定)
ただ、9月15日に公表されたAUKUSは上述のとおりで聊かQUAD(注)の目指す処とは趣を異にした、まさに軍事同盟の趣を打ち出す処、従って同盟諸国への影響が云々される処ですが、エコノミスト誌は、以って米国は中国包囲網で本気になってきたと評する処です。 

実は15日、バイデン大統領は、英ジョンソン首相、豪州モリソン首相と共に、まさに「自由で開かれたインド太平洋の継続」の為、3カ国の頭文字を配した同盟、「AUKUS」を創設したと突如発表し、併せて米英は豪州が原子力潜水艦を導入することを支持すると発表したのです。この合意に伴い、豪州は米英の技術支援を受けて原潜の開発に臨むこととし、突如、豪州は、フランスと結んでいた原子力潜水艦調達契約を破棄したのです。 この結果は云うまでもなく仏・豪二国間の関係に亀裂をもたらし、更にこれが米仏の対立に発展、目下米政府はその対立解消に躍起となる処です。

  (注)QUAD(日米豪印戦略対話):日米豪印4カ国が合意した「QUAD」とは覇権主
義的行動を強める中国を念頭に、経済安保の視点から「自由で開かれたインド太平洋」
の確保を目指す趣旨で合意された枠組み。(2019年9月NYで第1回会合開催。2020年
10月、東京で第2回のQUAD初の首脳会議開催、2021年9月24日にはバイデン主導
の下、ホワイトハウスで開催) 
勿論、4カ国が囲むのは中国ではなく、東南アジアであり、台湾です。9月のワシントン
会議の共同声明が語っているように、南シナ海周辺は半導体等「サプライチェーン」の中
心であり、従って台湾海峡と南シナ海での有事は米国のデジタル産業の崩壊を意味する
だけに、QUADはバイデン政権にとって中国に対抗する多国間協力の中核をなす処。

尚、AUKUSはアジアにおける米国の再浮上を示唆するものである事、そして米国が対中包囲網に本気になってきたことの証(The Economist)とされる処、この騒動のためにAUKUSが持つ真の意義が見失うことのないようにと強くアドバイスする処です。まさにアジア地政学の新展開を予想させる処です。

実は、この発表が行われた5日前の9月10日、バイデン氏は習近平氏と電話協議を行っています。中国側の話では、この電話協議はバイデン氏からの声がかりとの事でしたが、とにかく両首脳は電話協議において、米中の緊張緩和に向けて努力する事で一致したこと又 南シナ海などでの偶発的な衝突を避ける為、様々な方法による対話の継続でも合意した由、報じられる処(日経 2021/9/11)でしたが、更に10月6日、両国首脳が年内オンライン形式で協議することで原則合意されたと報じられています。(日経夕, 2021/10/7)
まさに米中の緊張下での接点の探り合いと云った様相ながら、「中国との衝突回避の責任で合意しながら中国包囲網の強化を図る」のは、和戦両様の構えを映す外交戦略とも取れるのですが、とにかく対中包囲網に向けたバイデン政権の本気度を感じさせる処です。

序で乍ら上記二つの協定(AUKUSとQUAD)に米英豪とカナダ、NZによる機密情報共有の枠組み「フアイブ・アイズ」を加え、米国主導の対中抑止策「3・4・5包囲網」とされる処ですが、この機にあって中国(9/16)と台湾(9/22)は、TPP加盟申請を発表する処です。もとより、両国の加盟申請は、通商だけの意味合いにとどまるとは言えず、加盟審査に当たっては単純に経済の観点で判断できる事情にはありません。
もとよりTPP加盟には加盟国全員の賛成が前提です。しかし、夫々が中国、台湾との利害関係を異にするだけに、現加盟国間での意思統一が難しい状況を生む処、殊、日本にとってTPPの在り方は、日本の対外戦略、経済安保のほか、ポストコロナを見据えた世界経済の回復にも関係するだけに、中台の申請は原則重視で議論が進むことが望まれる処です。

そこで今次論考は,前掲、The Economist, Sept.25,2021の巻頭言「Resurfacing」(米国のア
ジア再浮上)が示唆するバイデン政権の対中包囲網への本気度、そして新たな地政学
「The new geopolitics of Asia」の実情について、この際はAUKUSにフォーカスし、考察
す事としたいと思います。実は、これが先月論考、10月号(第1章)のフォローアップとも
位置付ける処です。尚、当該協定は、衝突リスクの回避を目指す、つまりはその抑止力の強
化対応とも云え、そこで、戦略としての抑止力とは何かを質し、併せ、日本のポジションに
ついて考察することとします。


第1章 AUKUSが映すNew Geopolitics of Asia

1.Resurfacing ― 米国のアジア再浮上 

9月25日、公表された米英豪3者の合意協定「AUKUS」(米英豪安全保障協定」)は、3カ国がインド太平洋地域の‘平和と安定’を図る為として合意された、勿論中国を念頭に置いた安全保障の新しい枠組みです。それには、米英が支援し、豪州が最低8隻の原子力潜水艦を配備するとの合意があり、それこそは中国への抑止力を高め、東南アジアに新たな軍事バランスをもたらす点で、極めてsensitive となる処です。

勿論、この枠組みについては、東南アジアの各国は地域の軍拡競争と緊張の高まりを招く恐れありと懸念も伝わる処ですが、AUKUSは太平洋地域に新たな力の均衡を築く施策として意義があるとされる処です。つまり、この地域では、時に同盟関係が脆弱に見えることがありました。トランプ政権当時はとりわけそうだったという事ですが、この枠組みがバイデン米国の主導においてなされた点で、漸く米国の対中姿勢が自らの責任において進められることとなったことで、まさに、米国のアジア再浮上、resurfacingとされる処です。

尚 、AUKUSの発動に伴い、豪州とフランスが結んでいた原潜調達契約が破棄された(注)ことで、両国の関係に亀裂が入った事、前述の通りですが、AUKUSの持つ真の意義に照らし、この騒動を以ってAUKUSの持つ真の意義を見失わないようにと前掲、The Economist誌はその意義について分析する処です。そこで、当該分析を改めて学習することとします。

    (注)豪州は今年9月、潜水艦配備に向けた協力国を当初予定していたフランスか
ら米英に突然切り替えました。これはAUKUSあっての話ですが、豪州側が2016
年から仏政府系造船会社と進めていた計画を撤回したことにフランス政府が猛反
発、豪仏はもとより、米仏の関係に亀裂が生じ、目下米政府はブリンケン国務長官、
ケリー米大統領特使らを派遣、両国関係の修復にあたる状況が続く処です。

(1) AUKUSの意義
まず当該分析では、AUKUSは米国が太平洋地域に新たな力の均衡を築く施策として意義があると、この地域では、時に同盟関係が脆弱に見えることがあったし、とりわけトランプ政権当時はそうだったとし、今次3国協定は米国が太平洋地域に厳しい姿勢で臨むことを示唆するものだと云うのです。原潜の開発は数十年単位の取り組みであり、膨大な努力が求められる処、米国と英国は最も機微な技術でさえ、ある程度豪州に供与しようとしていること、また3カ国は、サイバー能力、人口知能、量子コンピューテイングなどの分野でも協力するとするものです。 

ただ、この枠組みの構築は米戦略にあって、その片面にすぎないと指摘する処、それは前述の通り、対中関係は軍事的に対峙するだけでは済まないからで、米国は中国との共存を図るため、協調する必要もあるからで、一つには気候変動において、また一つにはルールに基づく経済競争においてであると云うのです。この図式には、東南アジアが全く登場していません。この地域には、中国の圧力に対して脆弱な国々が存在するだけに、米国は、今尚、その対応に悩んでいるとも指摘する処です。

つまり、オバマ大統領が2011年11月、Asian Pivot戦略を打ち出した以降、アジアにおける米国の友好国は10年間、失望し続けてきたというのです。この間、中国は南シナ海の岩礁に対するフィリピンやベトナムの主張を押し切り、これらを占領、要塞化してきたことを挙げ、更に中国は、昨年、20年にはインドとの国境で軍同士の小競り合いを起こしてきており、また台湾に対しては、中国の軍用機や戦艦が圧力を強め、武力行使の可能性を繰り返し示威する一方、在韓米軍によるミサイル配備を中国に対する侮辱行為とみなし、韓国製品のボイコットで破壊的な損害が喫したというものです。そうした事情を受け、アジアの多くの国は、米国の対中姿勢が一貫しないため、中国に本気で対抗する気はないのではとの疑念を抱き始めていたというのですが、そこに現れたKUSはこの疑念に対する反証となると、下記2点を挙げる処です。

一つは軍事的側面においてです。中国と一触即発の状況にあるシーレーンや島々を巡って、原潜はデイーゼル駆動の潜水艦よりはるかに応用が利くという。太平洋やインド洋の海域で情報を集める。特殊部隊を展開する。何か月も深海に潜む。中国の戦略立案者は、こうした動きを脅威として考慮せざるを得なくなる。また、AUKUSによって米軍は、脅威の度を高める中国のミサイルが届きにくい豪州近海で作戦行動をとれるようになる。豪州がフランスとの契約を破棄しAnglo-American one 、米英の原潜を選んだ事実が、米軍の行動範囲を広げることがいかに重要であるかを示しているとも云うのです。
もう一つは外交にあると云うのです。豪州は近時、中国の攻撃的な行動の矢面に立たされてきています。新型コロナウイルスが中国の研究所から漏れ出た可能性について調査を求めて以降、とりわけ中国の攻撃が激しくなったとされています。この件やその他の不満の種への懲らしめとして、中国は多くの豪州製品を非公式に禁輸対象としてきています。これらは、中国の「戦狼」外交にみる典型的な行動と云え、こうした姿勢に東南アジアなどの国々は戦々恐々、米国はAUKUSで合意し豪州に肩入れすることで、中国の圧力に屈しない同盟国への支援をためらわないとのメッセージをこの地域に送っているというのです。

問題は、AUKUSが持つ強硬な側面と、中国との貿易や協調に必要な努力との折り合いを米国は如何につけていくかにある、と締めるのですが、言い換えればそれは「抑止戦略」のあり方を問う処ではとも思料するのです。

(2)バイデン米国の対中政策に求められること
バイデン大統領は前述した通り、9月21日の国連演説で、中国との冷戦(中国と云う名前は出さなかったが)は望んでいないとしたうえで、世界が抱える問題を解決するには「冷徹な外交」が必要とアピールする処でした。

一見する処、AUKUSはこの目標に反するように見えますが、中国も長期的には地球温暖化との世界的な戦いに加わるはずです。米国に譲歩するのではなく、温暖化対策が結局は中国の国益につながると判断するからだとする処です。因みに中国は9月21日、海外で建設する石炭火力発電所への資金提供を停止すると発表しています。尤もこの種の資金提供は既に縮小しており、中国は容易に守れる約束を下したにすぎないのですが。

更に、通商上の争いでバランスをとることは更に、難しい課題と指摘するのです。バイデン大統領の対中経済政策は、国内の雇用を創出することで国家安全保障を高めるとの意図に基づいて設定されていて、具体的には、産業の目標設定と規制、政府の介入と云う手段を講じる処です。又、バイデン氏が提唱する途上国向けインフラ支援構想「ビルド・バック・ベター・ワールド」は中国が進める一帯一路構想の焼き直しにすぎないとも云う処です。

一方、中国は、世界の経済通商構造を変化させるだけの力をつけつつある処、実際、東南アジアではすでに、大半の国にとって中国は最大の貿易相手国であり、国際機関の要職に自国の担当者を送り込んでいます。同様に、中国の国内の規則を海外でも標準として適応させようとしているとも指摘する処。前述の通り、16日には中国はTPP11への加盟を正式申請しましたが、TPPは元をただせば中国への対抗として米国が推進した協定で、ただしトランプ政権下で米国は離脱したものです。いずれにせよ、東南アジア諸国は、自国の経済発展のため中国に目を向ける処、それ故に、米国が中国に対抗するには巧みに、創造性をもって立ち回る必要性があるとするのです。

が、米国はこの点において大きく後れを取っていて、更に懸念されることは、バイデン大統領に外交手腕が欠けていることだというのです。 AUKUSを巡ってはフランスを怒らせ、アフガンからの米軍撤退でも欧州同盟諸国への配慮に欠けていた点を挙げる処、だからこそAUSKUSが大切と云うのです。そしてAUKUSという枠組は、「主張を強めるならば報いがある」と、中国に伝えることで、東南アジアの安全を図る役割を果たすことになると云うのです。もとより攻撃を仕掛け、黙らせることではなく、それは抑止力のあり方を問う処でもあるのです。
2. How AUKUS is viewed from Beijing ― 北京政府に映るAUKUS
前述の通り9月15日、米英豪は中国を念頭にした安全保障協力の新たな国際的な枠組み「AUKUS」を公表し、中国への対抗姿勢を見せましたが、更に米国は10月2~3日、沖縄南西海域で6か国に因る合同軍事演習を実施しています。こうした一連の行動に、10月4日、中国共産党系メデイア 環球時報(電子版)は「台湾海峡を巡る情勢は一触即発の緊迫性を帯びている。台湾が米国の封じ込め(containment)戦略の陣地となることを決して認めない」と強い不満を示す処です。中国の軍事関係筋も、台湾への最近の大量の軍機侵入について「米英日など6か国の合同演習に対抗し、対等の軍事力を示す狙いがあった。台湾に独立の幻想を抱かせるわけにはいかない」と猛反発を示す処です。(日経、10/6)

中国が台湾への圧力を強める背景のもう一つは、最高指導部人事があるとされています。
5年に一度の党大会が来秋に迫り、異例の3期目を目指す習近平氏にとって、国内の引き締め、安定が何よりも欠かせない処です。だが足元では中国経済に不透明感が増す処、習氏の悲願とされる台湾統一も逆に遠のいているとの危機感が広がり初めているともされ、そこには香港の民主派の弾圧をきっかけに、台湾や国際社会の「中国離れ」が加速する様相もある処、今後、台湾や南シナ海周辺での軍事的緊張は更に高まる可能性があると云うところでしょうか。因みに南シナ海でAUKUS初の軍事演習の可能性も云々され、周辺諸国は当該緊張感を禁じ得ない処です。(注)

    (注)10月9日、北京で行われた辛亥革命110周年記念大会で、習近平氏は、台
湾問題について再び、「祖国の完全な統一は、必ず実現しなければならない歴史的任
務」と述べ、「台湾問題は中国の内政問題でありいかなる干渉も許さない」とも指摘
し、台湾への関与を強め、対中網を敷く米国を批判する処です。(日経、2021/10/10)

さて、バイデン氏がアフガンから米軍撤退させた際の発言は、そのまま日本の実情を問う処と云えそうです。つまり、自国の安全を確保する意思がなければ米軍の駐留は意味を持たない、という事です。では、上述新環境にあって日本の防衛、抑止力の在り姿は如何なものか。そこで以下、第2章で日本の防衛、抑止力について考察することとします。


   第2章 日本の抑止力とアジアの安定

1. 抑止力とその構成要素

・抑止力とは
まず「抑止力」とは、「抑えつけて行動などをやめさせる力。他者の行動を制御する力」です。軍事関係でよく耳にする言葉ですが、他国が侵略してくることを未然に防ぐ目的で、相手を上回る戦略を保持することを「軍事抑止力」と云い、代表的な「軍事抑止力」は核兵器であり、核を持たない国が、持つ国へ侵略戦争を仕掛ければ、核による報復によって壊滅的なダメージを返されるのがわかりきっているという状況が生まれます。それゆえ核兵器は所持するだけで他国を制御し、自国を侵略される可能性をなくす「抑止力」となるのです。

そこで、抑止力とは「相手に対して、ある行動をとることによって、生じるコストが利益を上回るであろうと考えさせることによって、その行動を思いとどまらせること」と定義され、従って、相手にとってのコストを吊り上げる行動は、すべて抑止力の一部となるのです。 
しかし、「抑止力」という名目で、軍事拡大を行うと、どんどん際限がなくなってきます。
「核抑止力」の拡大は特に深刻な問題であり、開発競争の激化によって、世界中の核兵器を合わせると人類を複数回滅ぼすことができるほどの破壊力となると云われていますが、「抑止力」を抑える力もまた必要と,云う皮肉な状態になってしまっているのが実情でしょうか。

・抑止力を構成する要素
さて、月刊誌「VOICE」9月号に掲載された政策研究大学院大学教授の岩間陽子氏と米ハドソン研究所の村野将氏による論考「日本の『抑止力』とアジアの安定」では、その抑止力について、一つは、ある行動に対して耐え難い報復を行うという脅しによる抑止、つまり「懲罰的抑止」とされるもの、もう一つ、エネルギーや食糧を含めた継戦能力、占領した場合の現地住民の抵抗の可能性など、相手の軍事目標の達成を妨げる能力も抑止の重要な構成要素として、これを「拒否的抑止」呼び、興味深い実話を紹介する処です。

例えばフィンランドは、小さなロシアの隣国だが、第2次大戦初期、フィンランド対ソ連の冬戦争で、フィンランド人はスキーを履いて森に潜み、モロトフ・カクテルを手にもって、ソ連の戦車に対して抵抗を継続し、スターリンを苦しませた。その記憶は、戦後、他の周辺諸国が完全にソ連の勢力圏に組み込まれたのに対して、フィンランドが中立国家として民主主義体制を守った関係を保つうえで、大きな要素の一つであったというのです。

また、民間防衛の充実も同様要素とされる処だとし、第2次大戦末期、英国ではドイツが開発した世界初の弾道ミサイルであるV2ロケットによる攻撃にさらさロンドンを中心に多くの死傷者を出したが、同時に、遮蔽物や地下鉄への退避など、組織的な民間防衛が図られたことで、英国の継戦意欲を削ごうとするドイツの試みは失敗し、その後の戦線縮小と敗戦へと繋がったと云うのです。つまり国民の団結や抵抗の意思は、抑止力を構成する要素になりうるとするのです。

現在の日米の安全保障体制において、米国の拡大核抑止、つまり「核の傘」の保証は、最終的な歯止めとして機能しているとは言え、核報復の脅しは、あらゆる挑戦を思いとどまらせる万能薬ではないとするのです。 つまり、中国の場合、軍による武力行使には至らないグレーゾーンの行動に象徴されるように、相手の出方を見極める低烈度の挑発から始まって、徐々に相手の利益に浸食し、既成事実を積み上げていくような機会主義的かつ斬新的な拡張行動を取ることが多く、こうした行動を抑止するには、「核の傘」だけでは不十分だとするのです。
つまり、東シナ海で領海侵入を繰り返す中国公船や、南シナ海での埋め立てを続ける浚渫船に対して、これらを核攻撃すると云った脅しには信憑性がないからで、他方、中国の低烈度の現状変更行動は、海空戦力やミサイル戦力、更には核戦力の近代化による自信に裏打ちされるにしたがって、より大胆になってきているとし、だからこそ、中国の漸進的な現状変更を思いとどまらせるには、海上保安庁の巡視能力だけではなく、自衛隊による各種通常戦対処能力を経て、最終的には米国の核戦力まで連なる「切れ目のない」さまざまな抑止手段を以っていなければならないとするのです。

もとより、現代において防衛力の最も重要な目的は戦争を仕掛けることではなく、戦争を抑止することにある処、もし抑止に失敗し、相手が現状変更を仕掛けてきた場合、その目標達成を阻み、元の状態を回復しなければならいとき、その過程で最も重要となるのが、状況のエスカレーションを、自らが主体的に管理できるかどうかだと、指摘するのです。

2. 日本の抑止力とアジアの安定

さて、日本の防衛はあくまで日米両者の持つアセットの総体による抑止力によって達成されるものと思料するのですが、その点で、上掲 岩間論文では次のように指摘するのです。
まず総体による抑止力と云う点では、日米の計画立案レベルでの連携の深化を指摘するのです。つまり連携が深まれば、米軍の負担を減らすことができ、その分移動目標への攻撃など、より高度な任務に集中できるようになる。更に中国が日米を分断(デカプリング)できると誤認するのを防ぎ、抑止力の強化にも貢献することになると指摘する処です。 そして、抑止力とは、軍事力のみによって達成されるものではないとする点では、危機に至るまでの緊張のエスカレーションの段階に日本社会が耐えうる能力、戦略的レジリエンスの強化も必要とするのです。もとより、そこには「緊急事態」への法的・制度的準備も含まれるとし、民間防衛能力を上げることも含まれるとするのです。

・東アジア安定のために日本が果たすべきは
目的は戦争を防ぐことです。その為には、まずは力を以って均衡させる抑止も考える必要がある処、それも双方が高度な軍事力を保ったまま緊張関係が続くのは、それ自体がリスクです。そこで 偶発戦争の危機を管理するために、中国との間はもとより、台湾、韓国などを含めて、危機時のコミュニケーションの円滑化のためのメカニズムを考えるべきと云うのですが、地域レベルにおいても平和的紛争解決の原則を確認し、均衡に配慮しながら、軍備管理・軍縮の可能性を探ることも必要だとし、東アジア地域で安定のための対話を行うフォーラムを日本が率先して形成していくべきとするのですが、まさに然りとする処です。言い換えれば、「外交」こそ、究極の抑止力となるのです。

ただ上述、中国による台湾進攻の可能性が、もはや云々される近時状況にあっては、日本周辺の緊迫度も増す処、仮に中国が台湾を攻めれば沖縄県の南西諸島も戦域になりかねず、在日米軍が対処すれば基地のある日本が変わることになる筈です。米国は日米安保条約で日本防衛の責務を約束する処ですが、その履行には台湾への姿勢が重要になるはずで、それは中国、北鮮の攻撃能力への抑止力をどう向上させるかが喫緊の課題と思料する処です。


おわりに 岸田文雄新総理誕生と所信表明に思う

・言語道断の国会運営                   
さて、9月29日、自民党総裁に選出された岸田文雄氏は、10月4日の国会で首班指名を受け、ただちに組閣、そして10月8日、衆参両院本会議で、就任後初となる所信表明演説に臨む処、この間、なんとも云えぬ日本政治の不合理さを痛感させられるばかりでした。
まず10月4日の臨時国会召集です。それまで野党の臨時国会召集の要求を拒否しておきながら、急遽、やめていく総理大臣が召集し、あとは上記の次第で岸田内閣が誕生、そして最も無責任なこと映るのが、新内閣が成立して10日前後で、解散総選挙に入るというものでした。(14日解散、そして19日衆院選公示、31日投開票)
本来解散総選挙は任期中の成果を踏まえて今後の政権運営の信を問うべき処、新政権は未来の空手形を切って「信用してくれ」と云うのですから言語道断です。その空手形こそは10月8日の所信表明ですが、以下はその手形の検証です。

・岸田新総理が切った手形
まず手形の内容は、第一に「新型コロナウイルス対応」(医療政策)、第二に「新しい資本主義の実現」(経済政策)そして第三に「国民を守り抜く、外交・安全保障」(外交政策)の重点政策3本柱とするものでした。この内、コロナ対策については、これを危機対応として位置付け、取り組むとしていたことは、それなりに評価される処ですが、岸田氏が多くの時間を割いた経済政策、そして外交政策については、緊張感の無さにいかがなものかと懸念を覚える処でした。

その懸念とは、日本が直面している内外環境の変化への認識とそれへの対応です。国内経済についていえば、急速に進む少子・高齢化問題です。云うまでもなくこれが日本経済の成長を支えてきた労働力の縮小をもたらす一方で、消費需要の減少と相まって、日本経済の後退が余儀なくされ、同時に日本社会の生業そのものに構造変化をももたらし、更には世界経済における日本の存在意義も希薄となっていく事が云々される等、要は、日本経済は今一大転換の「機」にあるのです。

こうした「機」にあって、語られる岸田経済政策は如何にですが、衆院選挙後に策定する経済対策の下、当面のコロナ対応と景気刺激に万全を期すとし、成長と分配の好循環による「新しい資本主義」を目指すと云い、「『成長も、分配も』の実現のためにあらゆる政策を総動員する」とし、「健全な民主主義の中核である中間層を守り、気候変動などの地球規模の危機に備え、企業と政府が大胆な投資をしていく」と謳うのです。 加えて、その前提となるマクロ経済運営について、「最大の目標であるデフレからの脱却を成しとげる」とし、その為には「大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の推進につとめる。そして危機に対する必要な財政支出は躊躇なく行い、万全を期す」とするのでした。

これはまさに「アベノミクス3本の矢」にほかならず、8年弱続いたアベノミクスの下では「トリクルダウン」は生じず、中間層の二極化が進み、コロナ禍で将来不安も増す処、今では格差拡大をもたらした元凶とされる代物です。それだけにアベノミクスの引用にアレルギーを覚える処です。とにかく岸田政権は分配優先で成長戦略を封じ込め、賃上げ企業への減税で更なる賃上げを期待するとする処、中間層の所得を手厚くするには経済成長を通じた賃上げしかない筈です。その点では、アベノミクスが不全となった原因を果敢にレビューし、その対抗としての成長戦略を示していくべきで、そのプロセスこそは岸田氏が目指す「新しい資本主義」実現へのシナリオに繋がる処ではと思料するのです。

序で乍ら過般、手にした「人新世の『資本論』」(斎藤幸平著、集英社, 2021/6)で、著者、の斎藤氏は上述、構造変化に伍し、持続的繁栄の確保を目指しいくためにも、まず「生産や分配をどのように組織し、社会的リソースをどのように配置するか」を考えていくべきで、その事で社会の繁栄は大きく変わる筈と、指摘する処です。つまり、いくら経済成長をしても、その成果を一部の人々が独占し、再分配を行わないなら大勢の人々は潜在能力を実現できず不幸になっていくというものですが、この事は逆に言えば、経済成長しなくても既存のリソースをうまく分配さえできれば、社会は今以上に繁栄できる可能性があるという事でもあるというのですが、極めて惹かれる指摘で、真剣に考えてみたいと思う次第です。

そして三つ目の重点政策「外国・安全保障」については、日米同盟を基軸として外交戦略を進め、日米同盟の更なる高見への引き上げを強調するのでしたが、その米国が上記のQUAD, AUKUSといった多国間の枠組みに積極的なのは、単独で中国に対峙するのが困難になってきたことの裏返しとも言え、その点で、日本の対米依存の安保体制の見直しは不可避となる処です。 つまり、日本が主体的に安保環境の構築を目指すべき事態になってきた事への認識が重要となる処、それは又、バイデン大統領が声を上げた‘自国を守る意思’ に通じる処と思料するのです。そして、その際のカギは前述の「抑止力」にあって、まさに日本の自律性が問われる処、そうしたことへの覚悟が見えないことが問題と映る処です。

序で乍ら上記、「所信表明」を総括し、思う事は、改革を断行し潜在成長力を高めることで、持続的な成長と分配が可能となる処、従って「改革→成長→分配」の好循環こそ今の日本が目指す道と思料するのですが、「改革」と云う言葉は結局、見出すことはなかったのです。さて目下の総選挙は、これら議論を体する処、いか様な展開を辿る事でしょうか。以上(2021/10/25)
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