― 目 次 ―
はじめに キシンジャー秘密訪中から50年、米中関係は今
第1章 バイデン米経済の現状と、今後の課題
1.バイデン経済政策の‘かたち’と、三つの懸念
2.バイデン政権の安全保障への新たな対応
第2章 習政権が進める「共同富裕」策と「規制強化」の真相
1.「中国、国家統制強まる」
2.習政権がすすめる規制強化の本質
おわりに 新たな競争環境にあって、日本の役割を思う
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はじめに キッシンジャー秘密訪中から50年、米中関係は今
この夏、手にした佐橋亮著「米中対立」(中公新書)は、いまや抜き差しならぬ米中の対立に至った経緯について、米側の対中観の変化を切り口に詳しく読み説く良書でした。
周知の通り、米中関係の起点となったのが71年7月、キッシンジャーの秘密訪中で、今年はその50年を記す処、翌72年2月にはニクソン大統領が訪中、外交関係を切り開くと(上海コミュニケ)、79年、正式に国交を樹立、爾来、米国は40年に亘り、中国に大規模な支援を与え、今日に至る処です。つまり中国を育てたのが、ほかならぬ米国という事でした。
その米国の対中政策の姿を「関与政策」と称されるものでしたが、そこには中国に対する米国の三つの期待、①中国が政治改革を進め、②市場化改革を行い、③既存の国際秩序を受け入れその中で貢献するとの期待、があってのこととされ、2001年の中国のWTO加盟こそは、そうした期待が結びついた一つの終着点とされる処でした。 しかしその後、米中関係を巡る環境は急速に変化し、とりわけ習近平氏が中国 第5代最高指導者に就いた2012年11月以降、強権的政治行動が顕著となるなどで、これまでの関与政策はもとより、米国の対中政策の根本的見直しが不可避とされる処です。
「関与と支援の時代に中国の近代化は歓迎されるべきものでもあったが、今や、中国の成長への焦り、そして中国の内政・外交への不信が米国の対中政策となりつつある処、中国も米国との長期的な対立関係に備えるように国内経済対応や技術開発を急いいでいる。米国と中国が相手への不信を深め、自らの死活的な利益を守るために、相手との関係の維持・管理よりも相手との関係への依存を解消するように対外政策、国内政策の再編を優先させる、そう言った米中対立が前提となる世界が迫っている」(前掲「米中対立」P.15 )とされる処、そうした事態を実感させられる変化が、今、米中同時に進む処です。
具体的には、格差是正に向けた米中両政権が進める政策対応の違いに映る処、とりわけ8月17日 開催の中国共産党中央財経委員会で習近平氏が示した格差是正策は、富裕層、大企業幹部らを狼狽させる処と報じられ、時にその変化は、文革2.0あるいは、共産主義革命2.0とも云々される処、これが米国の対応とも重ね見る時、米中デカップリングの更なる進行を感じさせる処です。(注) 慶大教授、中山俊宏氏が指摘するように(三田評論、2021/8・9)、かつての米ソ関係にあった「対立の安定性」は、米中対立には見ることはなく、その対立関係はより複雑な様相を呈し、しかもそれが長期化するともみる処です。
(注)デカップリング: 英語で云う Decouplingとは「分離」、「切り離し」を意味するが、
政治・経済の分野においては、いわゆる親密・緊密な関係を解消して非連動的なものにし
ていく動きとされ、今日的には専ら「米国経済と中国経済の緊密な関係の解消、希薄化」
を指す言葉として用いられる処、要は「組み合わせの解消」が進む際に使われる言葉。
そこで、今次論考では、米中関係のデカップリングを促す事情としての米国経済の現状と、中国側の事情、とりわけ上述「共産主義革命2.0」を想起させる、急速に進みだした習政権の毛沢東イズムへの回帰の動き、そして圧力を強める規制強化の実情とも併せ、その意味する処、グローバル経済の視点から考察することとしたいと思います。
第1章 バイデン米経済の現状と、今後の課題
1. バイデン経済政策の‘かたち’ と、三つの懸念
(1)バイデン政権の経済政策
米NYU, Stern School of Business教授、Nouriel Roubini氏は、米論壇(Project Syndicate)に8月3日付で投稿した論考「Biden’s Neo-Populist Economic Doctrine」で、今日に至るバイデン氏が推進する政策を、トランプ前政権のそれと比較レビューし、民主党政権ながら、クリントン、オバマの新自由主義(neo -liberal)の信条から決別した、つまりトランプ政権の下で現れたneo populism(新ポピュリズム)が、バイデン政権下で形を整えつつあるとし、巨額の財政出動など、その変化は必然的なものと政策のシフトの合理性を語る処です。尤も色々な変化要因、脱グローバル化がもたらす供給ショック、米中デカップリング、企業への規制強化等々で、経済はvulnerable、脆弱さを呈する様相とも指摘するのです。
まずその一つは、バイデン政権の保護主義対応です。バイデン政権はナショナリズムに基づく国内重視の貿易政策を進めており、トランプ政権が中国に課した関税を、現在も維持しているとし、とりわけ政府調達における「バイ・アメリカン」の規制強化や重要産業分野での国内回帰策の強化を推進している点を、指摘するのです。
実際バイデン氏は「製造業の未来はすべて米国でつくり、高賃金の雇用を生むことだ」と、7月28日、遊説先のペンシルベニアで「バイ・アメリカン」法の運用強化、国産優遇をアピールする処です。(日経7/30)そして広範な分野で中国とのデカップリングを継続し、貿易、技術、データー、情報等、「未来の産業」の各分野で覇権争いを続けている点も重要な動きと指摘する処です。
又、金融政策面では、トランプ政権はドル安を志向、その政策の実行のため生じた巨額の財
政赤字をFRBに圧力をかけてフアイナンスさせてきましたが、バイデン政権でも同様、
FRBに緊密な協力を求めている点を挙げ、実際、バイデン政権でも政府債務を常にマネタ
イズする状態に移行したと指摘する処です。 因みに、バイデン政権はトランプ政権より
も累進課税に積極的ですが、トランプ政権と同様に、巨額の財政赤字を主に国債で賄う事と
している点では同じ行動様式にあって、その国債はいずれFRBがマネタイズせざるを得ず、
とすればその点では同じ道を辿る処と、するのです。
更に格差縮小への政策も同じ線上にあるというのです。バイデン大統領は、所得や富の格差縮小のために、労働者、失業者、貧困層を対象とする巨額の現金給付や減税を進めることとしています。(注)これもトランプ大統領が最初に実施した、Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security (CARES) Actに基づく2兆ドル規模の支援や、20年12月に成立した9000億ドルの景気刺激策を実施に倣う処、バイデン政権も1兆9000億ドルの景気対策を成立させている事情を指摘する処です。
(注)具体的には、8月24日、米下院は子育て・教育支援や気候変動対策などに
10年で3.5兆ドルの財政支出を目指す予算決議を可決。先に8月10日、上院での超
党派ベースで、可決した1兆ドル規模のインフラ投資法案とも合わせ、バイデン政権
の成長戦略となる2柱の成立を見る処です。尤も予算決議は財政の枠組みを定めるだ
けで、議会民主党は歳出・歳入の関連法案作りを急ぐ処、2022年の中間選挙を控え、
政権の看板政策の実現はなお波乱含みの展開となりそうです。
尚、企業の規制問題についてバイデン政権は,前政権時代に始まった巨大企業やテック大手に対する一般の反発にも対応、既に反トラスト法の執行や規制の修正、最終的には立法措置により企業の力を抑える為の手順を始めており、ただそれぞれの措置の目的は、国民所得の一部を資本から労働へ、そして企業利益から賃金へと再分配を目指すとするもので、この点こそは、トランプとの違いです。
かくしてバイデン政権は、オバマ政権よりむしろトランプ政権に近い新ポピュリズムの経済政策に取り組む様相にあり、米国の経済政策の振り子がneoliberal(新自由主義)からneo-populist(新ポピュリズム)に振れるのは不可避だったとするのですが同時に、それ自体がリスクを伴うとも指摘する処です。
つまり、民間セクターと公的セクターが共に巨額の債務を抱える現状は、FRBが債務のわなから抜け出せないことを意味するも、更に、経済は、様々な要因、negative supply shocks from de-globalization, US-China decoupling, societal aging, migration restriction, cyber- attacks, climate change, and the COVID-19 pandemic, に対して脆弱になってきているとも指摘するのです。そして、財政・金融政策を緩和すれば差し当たり、所得の労働分配率を高める役に立つかもしれないが、いずれ同じ要因が高インフレを招き、場合によっては,指摘されている供給不安とも重なり、スタッグフレーションを起しかねないと警鐘を鳴らすのです。
(2)米経済の現状、GDPが映す ‘三つの懸念’
では足元の米経済の動向の如何ですが、 米商務省が7月29日公表した本年第2四半期のGDP(速報値)は前期比年率換算で6.5%成長との由ですが、この数字は、コロナ危機前の19年10~12月期水準への回復を示唆する処です。この回復の背景にあるのはコロナ禍対策のための大型財政の支出、そしてコロナ接種の進捗とされる処です。が、世界経済を主導する米経済の行方を見通す時、現状からはなかなか楽観許されぬ状況にあって、なお残る問題と映るのが 次の3点への懸念です。
① 一つは景気を下支えしてきた金融政策の如何です。つまり、今次米経済の第2四半期
GDPの結果を受けて、米FRBが金融緩和の縮小に向かうとの見方が広がる中、これが景気に与えるネガテイブな影響への懸念と、加えて、新型コロナウイルスの感染拡大が新種ウイルスの発見で、再燃懸念が高まってきていることです。
② 二つは、供給不安の高まりです。つまり、米中対立、技術の覇権争いなどの変化が、米
国による半導体の国産化を促し、供給網からの中国の締め出しに繋がり、中国の対抗措置をもたらし、バリューチェーンの寸断が生じ、バイデン政権の中国の人権侵害への厳しい対応が加わり、価値観の対立では米中が譲歩できず、まさにデカップリングが止まらない状況にあることです。
③ そして、三つ目は、今、急速に進みだす中国習政権の毛沢東イズムへの回帰問題です。
それは時に「共産主義革命2.0」ともされる処ですが、これがIT企業を中核にした民間企業への規制の強化とも相まってまさに、米中のデカップリングを促進させ、結果、世界の経済システムの構造変化すら、予想させるというものです。
まず ① 「金融政策」については、8月27日の米カンザスシテイー連銀主催の経済フォーラム(ジャクソンホール会議)での講演で、米FRBのパウエル議長は、雇用回復や新型コロナウイルスの感染再拡大の影響を見極め、大規模な金融緩和の修正に踏み切る姿勢を打ち出す処、米国債など資産の購入を減らすテーパリングについて年内開始が妥当と言明(日経、8月28日)する処でした。そして9月22日、同議長は、インフレは目標の2%を上回る水準が続き、もう一つの目標の雇用回復に関しても、条件を「ほぼ達成した」と断言、量的緩和の縮小開始を11月に決めると表明、更に2022年末までに利上げする可能性も視野に入れると、メデイアは伝える処です。(日経9/23 電子版)
新型コロナウイルス禍が続き、インフレが加速する恐れのある中、中国発の市場不安がくすぶり、しかも米政府の債務上限問題も解決されていない状況にあって、異例の緩和路線の修正に、対応を誤れば世界の金融市場に動揺が広がると、いささかの懸念の広がる処です。
序で乍ら欧州でも9月9日のECB理事会で、コロナ対応で実施してきた債券購入のペース
の縮小を決定。景気回復に自信を深めたしるし(第2四半期、実質成長率は、8.3%と高水
準)とされ、海外の中央銀行が金融政策の修正に動き始めたとされる処です。(日経、9/14)
いずれにせよ次に来る問題は、米の金融引き締めでドル高となれば新興国は自国通貨安でドル建ての債務負担が重くなってくること、更には、緩和マネーの膨張鈍化に景気減速が加わり、企業や市場の心理が一気に冷え込む恐れなしとせず、従ってそうした事態への十分な備えが求められる状況と見る処ですが、 前出N.Roubini氏は、もはやその姿に`stagflation threat is real’ ,スタッグフレーションの脅威を目の当たりとする状況、とするのです。
尚、② の問題は‘グローバル経済の構造的問題’ 、③ の問題はいうなれば `中国と云う国の行方をうかがう問題’ である点で、早急に「解」が得られるわけではありません。その点では、中長期な視点を以って当該トレンドを注視し、戦略対応を目指すことが不可避となる処、これら動向については、次の第2章にて中国政府の動きと合わせ, 論じることとします。
さて周知の通り8月末、バイデン政権は突如、アフガンに駐留する米軍を撤収しました。このバイデン政権の決定は、これまで20年間に及ぶイラクとアフガンでの戦時対応に疲弊した米国として「背に腹変えられぬ」決定と見る処ですが、安全保障を米国に頼る国々の信頼を傷付付けるものと指摘される処でした。その点で、米国を核とした安全保障のあるべき姿は如何にと、される処、そこで改めて、バイデン政権が目指す安全保障対応について、新たな国際秩序に向けた動きとして以下、考察することとします。
2. バイデン政権の安全保障への新たな対応
(1)アフガン駐留米軍の撤収
8月30日、上記の通り、バイデン氏は突然、アフガンに駐留の米軍の撤収を決行しました。その結果、安全保障を米国に頼る国々の信頼を傷付付ける結果となったとされる処、まさに自由諸国間での新たなデカップリング動向とも映るのでした。
米軍のアフガン駐留は、2001年9月に起きた米同時多発テロの首謀者・組織の制圧を目指したイラク、アフガンでの20年にわたるものたでしたが、その結果は膨大な資金や兵力を投入したもののアフガンでの民主国家の建設は失敗と、米政府は終結宣言を出し、撤収を果たしたという事でしたが、米国の疲弊は覆うべくもなく、米国が「世界の警察官」の座を降り始めたというもので、改めて、新たな国際秩序の再建が問われる処となっています。
因みに、米軍の撤収は、NATO同盟諸国に米軍なき欧州安保体制への危機感を高め、EUの判断で行動できる部隊の創設等、自立の道を探る動きが伝えられ、9月15 日、EUのフォンデアライエン欧州委員長はEU欧州委員会で米軍のアフガン撤収に照らし、安全保障分野の統合を進めEUとしての兵力も展開できるようにする意向を表明する処です。
(2)アジアシフトを高めるバイデン政権
かかる折、ワシントンでは9月15日、米・英・豪州は、インド太平洋の安定に向けた3カ国による新たな安全保障協力の枠組み(AUKUS)を創設したこと、そしてその第一弾として、米英が豪州の原子力艦船の配備を支援すると、バイデン氏は発表したのです。いうまでもなくこれが多国間連携を重視するバイデン政権の取り組みの一環とされるものであり、同時に、中国を念頭に抑止力の強化を狙う処です。
更に9月24日 予定された日・米・豪・印の4カ国(Quad)首脳会議では、4者協力の重点分野として半導体など戦略物資を対象に、その供給網の構築・安全性の強化について協議する予定とされており、云うまでもなくこれは中国を意識した動きです。もはや、バイデン政権の外交の軸足は、これまでの「資源」を一義としてきた中東から、アジアにシフトする処、既にバイデン政権は中国の台頭に照準を合わせた米軍の態勢見直しを近く終える予定とも伝えられる処です。
そうした中、9月21日、バイデン氏は国連総会の一般討論演説に臨み、「いまも今後も最も重要なインド太平洋に焦点を移す」とし、中国への対抗に一段と注力する考えを明示すると共に、「新冷戦を志向しない」と演説したのです。これは先のアフガニスタン戦争を終結に導いたことを踏まえてのことと理解する処ですが、まさに米国のアジアシフト宣言でした。 となるとアジアにある日本として、地域の安全保障について、同盟国米国と協調しながらも、如何に自律的に向き合っていくかが、問われていくことになる処です。
第2章 習政権が進める「共同富裕」策と「規制強化」の真相
1. 「中国、国家統制強まる」
この「中国、国家統制強まる」のフレーズは、9月8日付日経紙の第1面を飾った記事の大見出し、big headlineです。
日経中国総局発の当該記事は、中国の習指導部が社会や思想への統制を強める様子を報じ、とりわけ若者の思想形成に影響力を持つ分野、芸能や教育分野への介入が相次ぎ、にわかに「文化大革命」の様相も帯びてきたとする処です。 因みに9月の新学期からは小中高で「習近平思想」が必修化されることとなった由で、個人の名を冠した思想教育は個人崇拝と隣り合わせで、習指導部の‘学習’とは、まさに「習を学ぶ」となる処、毛沢東に権限が集中しすぎた故に招いた文革の再来すら想起させる処です。そして、米国に迫る経済大国となった中国が内向きに転じれば世界も無傷ではいられないと警鐘を鳴らすのでした。
さて、習近平主席は本年7月1日の共産党結党100周年記念大会で、「小康社会の全面的実現」が達成され、次なる100年(建国100周年の2049年)の目標は「共同富裕(みんなが豊かな社会)の実現」にありと、していましたが、8月17日に開かれた中国共産党中央財経委員会・第10回会議で、習氏はその「共同富裕」実現に向けた政策を発表したのです。 その趣旨は、「中間(所得層)が分厚く、両端(の富裕層と貧困層)が少ない分配構造を作る」とするものですが、共同富裕実現の方法として習氏が示した「三次分配(三度分配)」こそは、中国の富裕層、大企業幹部らを狼狽させていると伝わる処です。
そこで、以下ではこの「三次分配」にフォーカスし、その際は、21 August 2021,Financial Times 掲載のGlobal China Editor、James Kynge氏の寄稿記事「Xi is taking aim at the gross inequalities of China’s `gilded age’(中国の富裕な時代)」、そして、中国問題専門のジャーナリスト、福島香織氏が8月26日付JBP (Japan Business Press)に寄せた論考とも併せ、適宜referしながら、今次習氏提案の内容とその問題点を考察していくこととします。
(1) 「共同富裕」実現に向けた「三次分配」政策
8月17日の会議で習近平氏は、「共同富裕は社会主義の本質的要求であり、中国式現代化の重要な特徴である」とし、「質の高い発展の中で共同富裕を促進していかねばならない」と訴え、初めて「高すぎる収入は合理的に調整し、高収入層と企業に更に多くの社会に報いることを奨励する」と、寄付・慈善事業などの富の分配方法、「三次分配」の導入を指示しするものでした。
「三次分配」とは、具体的には市場を通じて個人や集団に分配される「一次分配」、一旦分配された資源を政府が必要度に応じて税制や社会保障を通じて再び分配し直す「再分配」、そして企業や個人の慈善活動や寄付等による「三次分配」といった分配機能を適切に組み合わせることで格差を是正していくとするものですが、要は低所得層の収入を増加させ、高所得層を合理的に調節し、違法収入を取り締まり、中間層を拡大して、低所得と高所得を減らしてラグビーボール型の分配構造構築を目指し、社会の公正・正義を目指すというのです。
中国の調査会社 Huran のGlobal Rich List(世界長者番付)によると2020年に10億ドル超の資産を持つ中国人は1058人に達し、米国の696人を上回ったがその一方で、中国には月収1000元(約17千円)ほどで暮らす人が約6億人にも上る由で、そうした事情からは最富裕層の民間起業家の何人かが標的にされていることは確かとされています。
因みに、この会議の直後、大手インターネットプラットフォーム企業、テンセントは「共同富裕」の実現のためにと、77億ドルの基金の設立を発表しています。これがどう見ても習近平体制の下で示唆される「道徳の力による自主的な慈善事業」と云うよりは、共産党からの制裁を恐れて慈善事業をやらされた感の伝わる処です。 かくしてこの三次分配政策は、社会に一種の緊張感を呼ぶ処と、日経中国総局長の桃井裕理氏は現地から発信するのです。つまり「高収入は合理的に調整し、不法収入は取り締まる」としている点ですが、人治の国、中国でのこの言葉の威力の持つ大きさは云うまでもないと、する処です。
(2)「三次分配」政策とは富裕層から富を奪取する口実
この「三次分配」という言葉が中央の政策の中で出現したのは昨年、2019年10月の第19期中央委員会第4回全体会議(4中全会)で、その際、三次分配が収入分配制度における重要な要素と明確に言及され、中国経済と社会発展の中で慈善事業に重要な地位を確立させるべきとされています。
ただ問題は、この拠出された寄付金を必要とする人々の元に誰が公平に届けるのか、企業がたとえ慈善事業基金を設立してもそれをどういう形で運用し、うまく分配するシステムを構築するのか、そのノウハウが中国にあるのか、と云う点です。自由な民主国家に見る慈善家による寄付が社会の再分配機能の中で大きな役割を担ってきた背景に照らす時、今の中国に慈善事業をうまく機能させるメカニズムはあるのかという事ですが、今の習近平政権にあるとは思えません。仮に、そう言った人間や組織、企業が台頭してきたら、恐れをなして潰すのが今の習近平体制ではと思うのです。
具体的にどんな方策がとられるにせよ、大きな政策の方向性はもはや変わる事はないだろとみる処、前出の福島香織氏は、米政府系メデイア「ボイス・オブ・アメリカ」でNY市立大政治学部の夏明教授が語ったとされる次の言葉をリフアーするのです。
「西側国家において企業が行う慈善活動方式と違い、中国では企業が社会において柔軟な影響を発揮する事を最終的に抑制する方向にある。と云うのも中国は、企業と公民運動とが結びつき、一つの公民社会パワーになることを恐れているからだ」。
となると習近平政権が打ち出す「三次分配」政策とは、早い話が、富裕層や大企業から堂々と党が収奪する口実にすぎないのではないか、とすれば富裕層達が怯えるのも無理からぬ事と云うものです。とすれば「共同富裕」どころか、いじめられた民営企業がモチベーションを失い、経済のパイが縮小し、一部の富裕層は富を失うかもしれないが、中間層は更に富を失い、貧困層より貧しくなる「共同貧困」時代が来るのではないか、いやそれよりも、富裕層に向けられる大衆の敵意がより煽動され、最悪、文革のような階級闘争時代が帰ってくるかもしれないと、愚考する処です。 そして次項で触れる民間企業への規制強化もこれありで、要は「文革2.0」が発動されるような事態にでもなれば、中国の地殻変動に繋がる恐れなしとせず、内向きの中国こそは、まさに世界のリスクと映る処です。
2. 習政権が進める規制強化の本質
(1)習政権とネット業界の統制強化
昨年来、中国政府はIT業界に対する統制強化を強めています。その起点となったのはアリババグループ傘下で決済アプリのアリペイを提供する「アント・グループ」の昨年11月の上場延期でした。その後、アント・グループの金融ビジネスは、事実上解体されようとしています。また7月24日には国家市場監督局が、国内ネット音楽配信市場における独占行為で、テンセントに対し独占禁止法違反で是正措置と罰金50万元の支払いを命じています。
そして、9月14日にはインターネット空間の統制を強化すると発表。併せて「ネット文明建設の強化に関する意見」という方針を公表する処です。
国内のネット人口は10億人を突破しており、ネット空間の虚偽情報などが社会不安を招きかねないとみて、監視を強めんとするものでしょうが、要は習近平思想に基づき、共産党指導部などの批判を徹底的に監視するとされ、新たな方針では、共産党政権が「習思想をもとにコンテンツの構築を統率する」と明記され、具体的には「党史教育の徹底」と、党の指導などを否定する「歴史ニヒリズム」を容認しないとする処です。(日経、9/15)
この方針は、ネット業界に指導部の意向を徹底させるうえでの基盤とされる処ですが、政府の規制・統制強化は別の業界にも及び始めており、先に指摘した教育、学習塾を非営利団体化することを柱とする規制策が公表され、今後は不動産業界や医療業界などにも当局の統制強化が広がると、観測される処です。
習近平主席がかつて断行した腐敗取り締まりキャンペーンにも似たものならともかく、ネ
ット企業への統制強化は、国民の利便性を直接低下させる可能性に加え、イノベーションを
阻害することで、中国経済の潜在力を低下させてしまう可能性もある処、国民にとっては大
きな不利益となるはずです。The Economist, Aug 14~20は、当該巻頭言「China’s attack on
tech」で、習近平政権が進める企業への介入、規制の強化について、経済の発展の源泉は創
造的破壊にある処、中国の専横的な企業への規制介入はその成長の源となる創造的破壊の
機能を抑え込み、中国経済の自壊につながる、「Xi Jinping’s assault on his country ‘s tech
titans is likely to prove self-defeating」と警鐘を鳴らす処です。
(2) チヤイナリスク
これまでチャイナリスクとは、IT関連の中国企業が米政府によって米国や先進国市場から締め出され、また、半導体など中国企業のサプライチェーンを遮断されることを意味してきました。が、現在では、中国当局による中国企業への統制強化の方が、より深刻な「チャイナリスク」と映る処です。ただ、そのリスクの高まりについて、Financial TimesのCommentator ,Gideon Rachman氏は、9/14付け同紙で「Xi‘s personality cult (個人崇拝)is a danger to China」と題し、習氏こそは中国のリスクだと指摘するのです。
つまり、習中国は、経済成長を達成したことで、世界が見習うべき発展モデルとして「中国モデル」を宣伝するようになっているが、「中国モデル」と「習モデル」は区別すべきで、ト小平が軌道に乗せた改革開放の中国モデルは個人崇拝の否定を基本としていたが、これに対し、習モデルは個人崇拝を高め、共産党支配と組み合わせた専横的政治を進める処、そこで、スターリン統治下のソ連、チャウシエスク大統領のルーマニア、金一族の北挑戦等、独裁国家の例に照らし、今の習中国のリスクは、習氏こそが中国のリスクだとするのです。 ― In a country such as China, -- without independent courts, elections or a free media- there are no real constraints on a leadership cult. That is why Xi is now a danger to his own country.
おわりに 新たな競争環境にあって、日本の役割を思う
(1)米中の現実をレビューして
上述米中の経済、外交の現実をレビューして思うことは、米中の関係を安定させる方法を見つけ出すことは、もはや現状からは不可能と思うばかりです。中国は「米国は中国の台頭を何としても妨げようとしている」 と考える一方で、米国は 「中国は米国に取って代わり、世界制覇を目指している」とみる,そうした両者の状況にあっては、まさにゼロサムの視点から相手を見ていると云え、信頼関係は生まれることは期待できないと思料するからです。 それでも、競争と同時に協力をする以外に選択肢はないのも現実です。
その点、大掛かりな難しい問題に取り組むより、少しずつ信頼関係を築いていく方が実現の可能性は高いのではないか、もっと控えめな試みの方がより生産的ではと、云った声(米クレアモント・マッケナ大学教授のミンシン・ペイ氏、日経8月21日)も届く処ですが、思いは多々と巡る処です。
(2)日本の役割
前述、米同時テロから20年、この間に最も大きく変わったのは何か、といえば「抑止力」(deterrence)です。その点、米国は前出国連演説で示したように、アジアへのシフトを通じて中国への対抗を意識した ‘新たな抑止力’ としての国際連携の枠組み作りを進める処です。
では、こうした新たな環境にあって日本の役割は如何ですが、この際はアジアの雄として、抑止力の再定義を図ること、そして当該地域の安全確保のため米国の同盟国として、米政権との協調の下、より安全な世界の建設に向け貢献していく事と、思料するのです。尚、その際銘記されるべきは、バイデン氏が米軍のアフガン撤収の際に発した、「自国を守る意思がなければ米軍が駐留しても意味がない」との言葉です。言いかえれば、日本が独自の抑止力を強化してこそ、日米同盟も機能するという事になるのでしょうが、米国の庇護の下、繁栄してきた日本には、その言葉は強く迫る処と思料するのです。
もとより日本は世界に覇を唱えるような国ではありません。できる事は多くの国と交流を深め、自由や平等と云った人類普遍の価値を共有し、それによって世界の安定を目指す一翼を担う事であり以って、新たな抑止力の確保を目指すべきと思料するのです。殊、米中の対立深まる中では、そうした基本に立った日本の役割は益々高まる処と見るのです。 ただ、その日本の現実はと云えば、最大の同盟国・米国、最大の貿易相手国・中国との狭間で、まさに米中新冷戦にただ身構えるしかすべがない様相です。が、やはり、多くの国、多くの人たちと対話を通じて新冷戦防止を目指す事であり、日本の使命とは、それに尽きる処ではと思料するのです。 以上(2021/9/25)