― 目 次 ―
はじめに バイデノミクスと世界経済
(1)活気づく米経済
(2)バイデノミクスが主導する西側外交
第 1 章 コーンウオール G7サミット
1. 英、コーンウオール G7サミットの風景
2. G7 ‘共同宣言’ のEvaluation, そしてそれが映す変化
(1)‘中国への対抗’ を軸としたテーマ
(2)総括にかえて- G7「共同宣言」が映す環境変化
・追認された「法人税改革案」と、その意味
第 2 章 バイデン政権の対中政策の実際 ----- P.9
1.中国対抗政策の実際
(1)米国 イノベーション・競争法
(2)バイデン政権の対中投資規制
2.The Longer Telegram: Toward A New American China Strategy
おわりに 米中対立の行方を占う
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はじめに バイデノミクスと世界経済
(1) 活気づく米経済
先月論考で報告の通り、巨額の財政出動と大胆な金融緩和を組み合わせたバイデノミクスが今、世界で猛威を振るう様相です。因みに、米国の2021年の成長率予測は新興国並みの6%台へと跳ね上がり、インフレへの警戒も高まろうかといった状況です。
にわかに活気づく米経済は世界の成長をけん引する一方、ドル安や金利上昇を通じて各国経済や市場をかく乱しつつある処です。というのもバイデノミクスは財政・金融政策をフル動員し、経済の過熱を一時的に容認するもので、高圧経済と呼ばれる処、高まった圧力は海外にも猛烈な勢いで噴き出さんばかりといった処でしょうか。 そして、当該政策対応の現実は、これまでの資本の論理、民間の競争力に信を置いたSmall governmentから、積極的に政府財政を擁して民間では仕切れない経済開発に取り組む Big governmentへと、シフトを見る処です。
具体的には1930年代のNew Deal政策に倣わんばかりに、雇用創造のためと道路建設等インフラの再構築に向かうとき、バイデン政権は、その財源を大企業への増税を以って臨む一方で、機会の平等、所得の公平を目指すと 超富裕層あて増税をベースに低所得者への所得補償を行うなど、自由な資本主義を標榜する米国経済の‘通念’を大きく変質させる処です。後述「法人税率」改革論もその延長にある処です。つまり今次のコロナ禍への対抗として大幅財政出動を果たし、その結果として各国は財政の赤字を余儀なくされ、これを増税をもって事態に臨まんとする図柄です。
さて、こうした景気の進展に照らし、6月16日,FRBで開催のFOMC(公開市場委員会)では、米経済の回復と物価上昇の加速を受けて、これまで24年以降としてきた利上げ時期の想定を前倒し、2023年中にゼロ金利政策を解除する方針を示すほどの様相です。
かくして、革新的とも映るバイデン氏の行動様式は、従来の経済学の概念を大きく変え、Big governmentの発想の下、大企業への増税を以ってインフラ投資など、経済の再生を目指すほか、超富裕層への増税を以って低所得者が対面している経済格差の是正を目指すなど、従来の発想とは異にする、まさにバイデン革命の様相です。ついでながら、近時の米ピュウー・リサーチ・センターの調査では、バイデン政権の好感度はトランプ時代の34%に比し、62%と急上昇になっていると報じられる処です。(日経2021/6/12,夕)
(2)バイデノミクスが主導する西側外交
この6月11~13日、英国コーンウオールで2年ぶり、対面でのG7サミット会議が開かれましたが、西側外交でもバイデノミクスが主導する様相です。
周知の通りG7サミット、先進主要国首脳会議は、1975年11月15日、フランス、ランブイエに日米英仏独伊の6か国首脳が集まり第1回 6カ国首脳会議(G6サミット会議)が開かれ、(翌年カナダが参加、G7となる)今日に至る国際会議です。当時、フランス大統領のデイスカールデイスタンが、石油危機後の世界経済の運営について、先進主要国間での話し合いが必要ではと提案したことに始まり爾来、G7サミットは世界経済運営について討議を重ねる場とされてきました。( 尤もその起源は冷戦下の世界不況に対応するため,1973年に米ホワイトハウスで開かれた財務相会議とされるのです。)
しかし2017年、トランプ前米大統領の台頭を受けたG7サミット会議は、彼の標榜するAmerica firstを以って翻弄され、時にG7は「時代遅れ」と断じられるなどで、G7は実質機能不全となり、先進国間の一体感は失われる中、コロナパンデミクスが絡み、2020年のサミットはオン・ラインでの開催となり雰囲気はますますnegativeとなる処でした。
あけて2021年、トランプ氏に代り、国際主義者とされるバイデン米大統領の誕生は、彼の同盟国重視とする思考様式と西側諸国の対中批判とも重なり、欧米先進国間の協調・連携強化への意識を新たとする処、今次の英コーンウオール・サミットは、その変化を実証する場となる処でした。 25年前、フランスで生まれた民主国家の連帯秩序はトランプ台頭と共にその第一幕を下ろし、バイデン台頭と共に主要民主国家の連帯秩序への新たな幕あけとなったというものです。
勿論、G7サミットには、かつてほどの国際秩序をけん引する力はなく、世界は、権威主義の国々、とりわけ中国が、 ‘民主主義や自由経済 ’を標榜する西側諸国に対抗せんとする様相にあって、そのあり姿は、バイデン主導のもとに集まる「先進7か国」と、習近平主導の ‘一帯一路’ 政策 を介しての「親中国グループ」との対立構図を新とする処です。
・Biden’s Grand Tour to Europe :
さて、バイデン氏は上記6月11日に始まる英国でのサミットに出席のため英国を訪問、それに続く欧州での一連の首脳会議に出席のため欧州歴訪を果たしたのですが、その出発を控えた6月5日、ワシントンで、次なるメッセージを発するのでした。
まずG7出席に臨むにあたっては「新型コロナパンデミックを終わらせ、すべての国の保健分野での安全保障を強化し、世界経済の着実かつ包括的な回復を実現させることが最優先課題だ」と訴えるのでした。もとより、そこには前述のようにバイデノミクスで活気づく米経済への自信もあってのことと思料される処でした。 更に、14日のベルギーでのNATO首脳会議に向けては、加盟国の集団防衛を定めたNATO条約5条の順守を改めて明言するほか、NATO が「重要インフラへのサイバー攻撃などをも含め、あらゆる脅威に決して負けないようにする」とも語る処、加えて16日、スイス ジュネーブではプーチン大統領との初の対面会談については、対立を目指すのではなく、軍縮など協力可能な分野で「安定した予測可能な関係を望む」との趣旨をすでに電話会談で伝えたとも説明するのでした。
今回のG7サミット会議は、中国が民主国家への対抗を強める中での開催だけに、価値観を共有するグループとしての立場を強調しながら、中国をめぐる事案に集中、討議することで、G 7としての共通認識を確認する場となるものでした。その点では、サミット第2幕の幕開けと映る処、ただ中国という特定の国について重点的に協議するのは、冷戦下の旧ソ連以来というものです。
そして、これが冷戦期と異なるのは各国とも中国との経済的なつながりを大部分で維持している点です。経済圏は分断されてはいませんし、中国は世界経済の中に組み込まれています。気候変動対策でも世界最大の温暖化ガス排出国である中国との協調はかかせない処です。G7は中国と価値観でぶつかりながら経済や温暖化対策での実利も目指すといった新たな次元での対中戦略が求められることになってきたというものです。
6月7日付ワシントン・ポスト(電子版)はバイデン氏の欧州行脚について‘Biden heads to Europe this week. Some Europeans are wary ’としていましたが、その「wary」がとても気になる処でした。 因みに、6月10日 パリで、マクロン仏大統領は、中国の海洋進出が緊張を生んでいるインド太平洋地域の安全保障について、「フランスは中国に従うことも、米国になびくこともしない。第3の独立した道を進みたい」と語る処です。(日経,夕、6/11)
かくして巷間、G7サミトの復権、再起動と騒がれる処、そこで本稿ではG7英コーンウオール・サミットにフォーカスすることとし、勿論、サミットでの概要は既に多くのメデイの報じる処ですが、この際は閉会時公表の共同声明を自己流深読みすることとし、そこで中核とされた対中問題の実情をレビューし、そこに見る問題、課題について考察することとしたいと思います。
処で、菅首相は(6月7日)、今次のG7出席に当たって「普遍的価値を共有するG7のリーダーと率直に議論し、日本の立場を発信していく」としていましたが、その成果は?
第1章 G7コーンウオール・ サミット
1.英、コーンウオール G7サミットの風景
(1)G7サミット再起動
6月11日、英国南西部のコーンウオールで開催されたG7サミット会議は13日、中国や新型コロナウイルスなどへの対応で広範な協力を確認(共同宣言の採択)して、幕を閉じました。(注) 上述事情を踏まえればG7サミット再起動と云った処です。尚、今次サミットはバイデン氏にとり、大統領就任後初の外国訪問であり、初のサミット出席ですが、菅首相、イタリアのドラギ首相、EUのフォンデアライエン委員長も初の対面参加となる処でした。
(注)13日公表のG7共同宣言での主なるポイント。(日経・夕6/14,)
① 対中国:市場をゆがめる政策に対し、(G7が)集団的に対応。開かれた社会、経済として結束 / 新彊ウイグル、香港の人権尊重を要求 / 台湾海峡の平和と安定の重要性を強調。東・南シナ海での現状変更と緊張を高める試みに
② ②新型コロナ:2022年までにパンデミックを収束 / 来年にかけてワクチン10億回分を供与
③ 経 済:質の高いインフラ投資への取り組みで、経済の再活性化を図る / G7財務相会合での法人税の最低税率を15%以上とする合意を追認 / 半導体等、サプライチエーンのリスクに対処するメカニズムの検討
④ 気候変動:各国30年のCO2削減目標、50年までの「実質ゼロ」目標への対応を約束。/ 排出削減対策のない石炭火力への新規の国際支援を年内に終了
➄ 東京五輪:安全・安心な形での開催を改めて支持
(2)結束立て直しの軸は中国への対抗
さて、G7は自由や民主主義、市場経済、法の支配など共通の理念を持つ国の集まりですが、中国はこうした理念とは合わない振る舞いを露わとする処、今次サミットでは、こうした中国にどのように対峙していくべきかを念頭に、従って、新型コロナウイルス問題、安全保障や人権、経済問題など、中国の行動にからめる形で集中・討議が行われ、日米欧で結束して中国に対処する姿勢を鮮明とする場となるものでした。
周知の通り、こうした理念を否定してきたのがトランプ前米大統領で、それまで標榜してきた反保護主義や自由貿易推進について確認できず、更には安全保障など多くの議題で意見が対立し、足並みの乱れを曝け出すなどで、米欧の溝は深まる中、トランプ前米大統領のもとで機能不全に陥ったG 7が再び協調して国際社会を主導できるかと、懸念の高まる処でした。 が、平和主義者とも称されるバイデン氏の登壇は、その懸念を一掃、同氏の国際協調主義の思考様式と共にサミット・メンバーは再び、国際協調の強化を目指し、とりわけ急速に覇権主義的動きを広げる中国に、共に対峙する姿勢を鮮明とする処でした。言い換えれば、トランプ前米政権の下で機能不全に陥ったG7ながら、結束立て直しの軸として浮かびあがったのが中国への対抗だったと言えそうです。そして、再起動したG7とは新たな‘対中同盟’と、実感させられる処です。
尚、注目されたのは、サミット開催直前の6月10日、バイデン米大統領とジョンソン英首相とのトップ会談が行われ、今次サミット会議の主要テーマとなる民主主義の擁護など、国際課題に取り組む行動目標をまとめた「新大西洋憲章」が合意されたことでした。これがモデルとなっているのが第2次大戦後の国際秩序を構想した1941年の「大西洋憲章」(注)ですが、であれば80年ぶりの刷新となるものです。新憲章では「人類の利益のため」の行動目標を8項目定めています。そして、今次G7サミットでの話し合いは、まさにこの新憲章に沿う形で進む処でした。まさに‘Anglo America’ 再生ということでしょうか。
(注)「大西洋憲章」:英国がドイツナチスと戦っていた第2次大戦下の1941年8月、ル-
ズベルト米大統領とチャーチル英首相が戦後秩序を構想し、纏めたもので、領土の不拡大、民族自決など8項目から成るもので、これが後の国連創設に繋がったとされている。
尚、「新憲章」も民主主義の擁護、集団安全保障の重要性、公正な世界貿易の維持、サイ
バー攻撃への対抗、気候変動対策、コロナウイルス危機からの脱却、等8項目からなる由。
2.G7 ‘共同宣言’ のEvaluation、そしてそれが映す変化
今次G7での討議の様相は上掲、共同宣言に映る処、世界経済や新型コロナワクチンの途上国支援、気候変動など幅広く話し合われましたが、いずれも‘中国への対抗’ を念頭において、行われたとされています。そして、その際、注目されたことは、欧州が中国問題に厳しい態度で臨むようになってきたということでした。
これまで欧州は中国との経済的な結びつきを重視し、東アジアの安全保障問題と距離を置いてきています。が、足元では香港での国家安全維持法制定を機に欧州の対中感は厳しくなり、新彊ウイグル自治区での人権侵害で不信感を強め、中国を脅威とみなす認識が浸透し始め、英国やフランスなどは安保面でも対中国で、日米との連携に傾く処です。要は、各国の事情を踏まえつつ、大きな方向で足並みをそろえていくことではと、思料するのです。
そこで、そうした趣旨を踏まえつつ、詳細は当該関係報道に委ねることとしますが、サミットの共同宣言に盛られた、中国への対抗を軸としたテーマにフォーカスし、その実際をレビューし、今後の課題について考察することとします。
(1)`中国への対抗 ’を軸にしたテーマ
① 新型コロナ対抗ワクチン提供
新型コロナ・ウイルス対策で、途上国への10億回分のワクチン提供についてサミットとして合意しましました。もともと、米英両政府はコロナ危機にある途上国などへの寄付を検討していたもので、6月10日の米英トップ会談で10億回分のワクチン提供を合意、サミット会議で議長国の英ジョンソン首相から正式提案され、7か国が合意したものです。この背景には中国の「一帯一路」を介して進められる‘融資’が誘発する「債務のわな」のリスクが途上国を苦しめているとして、民主主義国家による一帯一路の対抗策作りともされる処です。ワクチン外交は実質、中国対抗策となる処です。
(注)G7のワクチン寄付予定:米国、5.8億回分、英国、1億回分、日本、3000万回
分、カナダ、1億回分表明、ドイツ、フランス、イタリアはEUで少なくとも1億回
分(日経2021/6/13)
② 持続的経済成長に向けた対応
経済面でも中国を名指しし、世界経済の公正性や透明性を傷つける慣行や市場をゆがめる政策に対して(G7が)集団的に対応すると明言。もう一つは上質で透明性の高いインフラ投資に取り組む方針を示す処、これが中国の「一帯一路」を意識したもののほかならず、G7で作業部会を立ち上げ、秋には具体策を報告する由ですが、その推移が注目される処です。
③ 安全保障対応
共同宣言では中国の海洋進出を念頭に、「自由で開かれたインド太平洋の維持の重要性」が謳われ、併せて東・南シナ海の状況についても、当該地域での中国の行動に深刻な懸念を示すと共に、新彊ウイグル自治区の人権問題、や香港の統制強化にも触れ要は、「中国に人権と基本的自由を尊重するよう求めるなど、G7が共有する価値観を推進していく」と、明記する処ですが、とりわけ後者については、中国側は中国国家の核心的利益として外部からの批判を退ける処です。そしてG7として初めて「台湾海峡安定の重要性」を明記したことについて巷間、これが日米の主導による結果と囃される処ですが、では日本自身、これに応える準備はあるのか、問われる処です。
(2) 総括にかえて ― G7「共同宣言」が映す環境変化
今回のサミットは、バイデン政権が自由経済や民主主義という共通の価値観を前面に出すことで、G7が結束して中国に対抗する土台を作ったとされる処です。が、前述の通り、G7の議論が中国への脅威に取りつかれている点で、それが「正義」ということかと愚考する処でした。もとより、人権や民主的な行動にも独善的に拒否する中国の姿勢は受容できるものではありませんが。
というのも、例えば、ドイツの場合、最大の貿易相手国は中国で、対中関係の極度の悪化は雇用や経済に深刻な悪影響を与えかねず、又欧州では地球温暖化対策では中国の関与が欠かせず、中国と対峙するだけでは問題は解決しないとの見方が広まる処で、要は各国が受ける中国の脅威や影響力は同じではない点で、グローバル化した状況下では、事案への対応も、よりInclusive、より包摂的な姿勢が求められる処と思料するのです。
序でながら、世界の半導体生産が台湾に集中していることが問題となっています。そうした状況を許してきた事には、一言で云えば戦略的ミスと云うことになるのでしょうが、さて
自由な経済活動を標榜するG7として、global 経済の今日的構造とsupply chainの在り方を見直す要のある処ではと思料するのです。と云うのも、昨年4月、習近平主席は自らの講話で、①広大な中国市場の「引力場」、②中国のグローバル・サプライチェーンの中に外国企業を組み込み、離れられなくする、と発言しています。これは国際経済アナリストの船橋洋一氏も「文春、7月特別号」で指摘していたように「外国の対中供給遮断に対する反撃力と抑止力」の二点を地経学的戦略課題と強調するものです。であれば対中戦略の視点からも、経済のglobal化とsupply chainのあり方はますます、問われていくこと必至となる処です。
バイデノミクスは前述したように今や、Big Government主導の経済運営にシフトし、世界の至る処で経済学の定義も変わりつつあり、次項の「法人税改革」問題などはその最たるものと云え、「環境」や「保健」など、これまで経済学では不経済要因として扱われてきた社会的要因などを重視する方向へシフトしだす処です。であれば、その際、経済活動にもとめられていくことはと云えばInclusiveな対応と思料するのですが、さてG7として、こうした環境変化をどう受け止め、どう行動しようとするのか、関心の高まる処です。
・追認された「法人税改革案」と、その背景
処で、G7サミットが始まる直前、主要7か国(G7)財務相会合(6月4~5日)が開かれていましたが、ようやく法人税の国際ルールの導入をめぐり、G7財務相会合は基本合意に達したのです。具体的には法人税の最低税率を「少なくとも15%」とすることが合意され、サミット会議ではこれを追認しています。法人税の国際的な最低税率の導入です。
そもそも事務局たるOECDでの議論では、次の2点、① デジタル企業などによる活動地と納税地との乖離への対応、② 軽課税国への利益移転への対抗措置、が議論されていたものでしたが、6月の財務相会合では、これが米国主導で ① 大規模で高利益の多国籍「超過利潤(利益率10%超)」の部分について少なくとも20%を市場国に配分する、② についてはグローバル・ミニマムタックスを最低15%とすることで合意されたというものです。(日経 2021/6/17 、立教大関口智教授「転機迎えた法人減税競争」)
これまで‘法人税の引き下げ競争’が税収減を招いてきたと、当該危機感の募る処でした。
実際、トランプ政権では法人税を引き下げると企業活動が活発となり、最終的に税収増につながるという「法人税のパラドックス」を以て、法人税率の大幅引き下げが断行されてきました。しかし結果は、その効果を見ることなく、逆にその結果は経済格差拡大への誘因ともなる処でした。 つまり、税負担の軽減で実際に増えたのは ‘自社株買いによる投資家への還元’ となり、これが貧富の格差を広げる一因となり、株主を最優先に置く資本主義の限界を露呈する処とも指摘される処です。もとより、米IT4社の税負担率は平均約15%にとどまっていたことにも照らし、社会経済のデジタル化に既存の税制が対応できていないとする問題意識が議論の出発点にあるとされるものでした。
そうした環境にあって、バイデン政権が米経済回復への戦略として進めるインフラ等、大規模事業推進への財源について、企業増税をその中核に位置付けたことが、今次のコロナ財政で税収減に直面する各国の危機感とも共鳴し、当該合意に漕ぎつけたものと見る処です。
新ルールについてはOECDで纏められ、7月のG20財務相・中銀総裁会議で最終合意となる予定です。格差拡大と税収減を生んだ法人税の引き下げによる「底辺への競争」(イエレン米財務長官)からの転換は、資本主義の在り方について、根本からの見直しを迫ることになるものと思料する処です。もとより、それは低税率地を求めて動く企業の資本行動、つまり企業のグローバル化戦略の在り方の再考が進むことになるものと思料するのです。
上述の通りバイデノミクスは、これまでの通念を覆すほどにギア・チェンジとなる処、当該変化と、その意味合いを十分理解し、合理的に対応していくことが求められる処です。
序で乍ら、こうした経済政策の根底をなすのがケインズの「一般理論」(1936)と思料するのですが、この際は ‘ 経済の分析、思考方法を大きく変化させ、かつ経済政策の実施による資本主義経済を変質させた ’ と論じたノーベル賞経済学者、ローレンス・R・クラインの「Keynesian revolution (ケインズ革命)」(1947)を想起する処です。
第2章 バイデン政権の対中政策の実際
1. 中国対抗政策の実際
(1)米国イノベーション・競争法( 米国の‘中国対抗法案’ )
G7サミットでの中国非難はともかく、米国自身、中国との覇権争いで、米国の競争力を高めるための包括的対抗法案「米国イノベーション・競争法案」を6月8日、上院で、超党派の賛成多数で可決しました。ハイテク分野への巨額投資や中国の不公正な国家主導の経済政策に制裁を科すことなどを求め、新彊ウイグル自治区などでの人権問題を重視し、北京冬季五輪で外交団を派遣しない「外交的ボイコット」を提唱する処です。
・法案の内容と、その背景
当該法案では、自動車、スマートフォンなど幅広い分野で重要となる半導体の国内製造補助のため、5年で520億ドルを充てるほか、AIや漁師などの研究開発に政府機関の新組織を通じて290億ドルを投じること、又、中国企業に頼らない高速通信規格「5G」の開発支援に15億ドルを充てることとしています。更に、知財の窃盗や技術移転の強制など不公正な慣行を続ける中国企業のリストを公表し、米国の企業秘密を盗んで利益を得た個人や団体に、あらゆる範囲の権限を行使することを大統領に求める処です。
背景にあるのは2015年、中国習近平指導部が打ち出した「中国製造2025」にあって、これに対抗するため米国も政府が関与を強めるべきとの議論が盛り上がったことにあるのですが、民間活力を重視して政府介入を控えてきた米国の産業政策が転換点を迎えたと言えそうです。因みに政府の資金支援に否定的だった共和党のコーニン上院議員は米メデイアに「経済安保政策において見方を変えなければいけない」とした善伝えられるところです。(日経、2021/6/10) 米国は中国の産業補助金を不公正だと批判してきていますが、今回は皮肉にも、中国に対抗するため、中国と同じ政策を取り入れる形になったという処です。
いずれにせよ上院に続き、下院でも同様の法案を審議し、上下両院で一本化したうえでバイデン大統領が署名すれば、成立するというものですが、中国への強硬姿勢は与野党で共通しており、法案成立に向かう公算大とみられるところです。
尚、中国全人代常務委員会は、G7サミット開催直前の6月10日、「反外国制裁法案」を可決・成立をみています。4月下旬の審議入りから1か月余りのスピード可決でしたが、欧米諸国の対中制裁が相次ぐなか、反撃のための法的根拠を明確にして置かんとの狙いとされる処、もとよりこれがG7を意識した動きです。ただ、これが結果として報復の連鎖に陥る可能性が指摘されるのですが。
(2) バイデン政権の対中投資規制
さて、上記議会の動向に先んじて6月3日、バイデン政権は通信など59社の中国企業への米国人による株式投資の禁止を発表したのです。これは中国政府の軍事開発や人権侵害に関わる企業への資金の流れを阻止するのが狙いで、その点ではトランプ前政権の政策を引き継ぐ形ですが、これが軍事企業だけではなく、中国の国内外で監視技術を提供する企業も禁止対象とする処、航空関連の対象企業も増える処です。トランプ前政権が中国共産党への圧力を強める一環で導入したものでしたが、バイデン政権では人権侵害に使われる監視技術の企業も対象に含めることで、中国への強硬姿勢を一段と鮮明にする処です。
尚、これに先立つ5月28日、公表されたバイデン政権の2022年度の予算教書では、米国防費の要求は7530億ドル、前年度比1.6%増で、これについてオーステイン国防長官は5月27日の米議会公聴会で「中国がもたらす試練への対処に注力した予算」と, 政策の主眼は対中国だと説明、米国防費の対中シフトを鮮明とする処です。
2.The Longer Telegram:Toward A New American China Strategy
処で、米シンクタンク「Atlantic Council」(大西洋評議会) が1月27日付で発表した興味深い論文「より長文の電報」(The Longer Telegram:Toward A New American China Strategy)の存在を承知しました。ただし、なぜか著者はBy Anonymous, 匿名表示です。
このタイトルにある`longer telegram’とは1946年、米外交官、ジョージ・ケナンがモスクワより米国務省あての公電で、旧ソ連への封じ込め戦略を提言した秘密文章、俗に言われるlong telegram に倣うべく、longer telegram と表して米国の対中戦略を提言するのです。
要はケナンの分析力、インテリジェンスに倣い,米国の対中戦略は議会の全面的支持の下、米国体の支柱たる「米軍事力、米ドル、米技術力、そして自由の価値」を基礎として(下記第1項)、以下の9項目に即し、対中戦略構築に向けたシナリオの策定を提言するのです。
全文、78頁、この際はExecutive Summaryで示された当該ポイントを参考まで紹介します。
「1.US strategy must be based on the four fundamental pillars of American power:
2.US strategy must begin by attending to domestic economic and institutional weakness.
3. The US’ China strategy must be anchored in both national values and national interests
4. US strategy must be fully coordinated with major allies so that action is taken in unity in
response to China.
5. The U.S’ China strategy also must address the wider political and economic needs of its
principal allies and partners.
6. The US must rebalance its relationship with Russia whether it likes it or not.
7. The central focus of an effective US and allies China strategy must be at the internal
fault lines of domestic Chinese politics in general and concerning XI’s leadership in
particular.
8. Us strategy must never forget the innately realist nature of the Chinese strategy that it is seeking to defeat.
9. US strategy must understand that China remains for the time being highly anxious about
military conflict with the United States.」
要は、米中対立の行方を見極めていく要領として、上述米国体の支柱をなす4つの条件に照らし、軍事的、政治的に阻止しなければいけない事態と、協調できる、あるいは、協調していかねばならない事態を中長期的に見極め、つまり、線引きをし、戦略的競争関係の維持を目指せと云い、同時にG7, NATOさらにアジア諸国と、米国の対中政策と重ねた連携が必要と謳うのです。そして今世紀半ばには, 米国と主要同盟国との連携で、regionalにもglobal にもbalance of powerを堅持することで、rules-based liberal international order が再生され、習近平政権はよりmoderate party leadershipに譲ることになるとするのです。
尚、習近平政権が ‘こける’ 事がある’とすれば、それは大失業が発生し、国民の生活水準が急速な低下が起きる、つまりは経済運営の失敗だとするのですが(For XI, too,` it’s the economy, stupid ‘ )
さて、対中関係は複雑ながらも、敵対的部分、競合する部分、協力的部分がある点では、前述、‘長い電報’も含め、米外交筋も認める処、今次のバイデン外遊の「成果」を踏まえ、早期に米中首脳会談の機会を模索することになるのではと思料する処です。
おわりに 米中対立の行方を占う
さて、米中対立関係の深まる中で行われた今次のG7サミット会議は、同盟関係・国際協調重視を以ってするバイデン氏主導の中国包囲網つくりの場と位置付けられる処、一方、中国はG7サミットの行動に対し、‘内政に介入する’ ものと批判を繰り返す処です。勿論、両者の対立が収束に向かう可能性など現状では見えません。それでも、その対立の行方を見通す上で重要なのが時間軸にありと思料する処、その時間軸に影響を与えていくことになるとみるのが少子・高齢化のペースです。
偶々、4月2 6日 米国勢調査局が発表した2020年の米国の人口は3億3144万人と、10年前の前回調査(7.3%の増加)と比べて7.4%と史上2番目に低い伸び率に留まっていました。(日経 夕、2021/4/27)これが米国の競争上の優位を支えてきた「人口成長」の土台が揺らぐ姿を浮かびあがらせる処です。この背景にあるのが、白人層の高齢化で出生数が鈍り、更に移民の流入が細っていることです。これが意味することは、移民受け入れで人口が安定的に増え、社会の多様性と若さが新たな成長を生む基盤となるものでしたが、これがむしばまれてきたことを示唆する処、バイデン政権は移民問題に積極姿勢で臨む処です。
一方、14億の人口を抱える中国が米国の覇権に挑むのですが、実は今、中国は米国以上に少子化による人口減少、そして高齢化という構造問題との対峙を余儀なくされている処です。 因みに「一人っ子」政策に代え、今では「三人っ子」政策を以って指導する処ですが、もはやそれを以って少子化対抗となるのか問われる処です。
日経(2021/4/29)が転載したFinancial Times記事によると、中国では2020年12月に最新の国政調査が完了しており、結果はまだ発表されていませんが、毛沢東の大躍進政策の失敗が招いた大飢饉の時代以来となる人口の減少を発表するとの由ですが、2019年時点では中国の総人口は14億人を突破としたしていましたが、14億人弱と発表される見込みと伝えるのです。中国の人口が減少すれば、現時点で推計13.8億人のインドが早々に人口世界一となる可能性も指摘されるとも云うのです。
中国は既に生産年齢人口(15~64歳)が減り続け、米国より状況は厳しいと伝えられる処です。米国にとって移民問題が人口政策上の課題なら、中国にとっては高齢化と人口減少が重くのしかかる処です。 勿論、いずれも解決のための特効薬はありません。米中ともに、労働力の投入量が鈍る分、生産性をより高めることが、長期の勝負を制するための前提になるものと思料するのです。
加えて、中国の場合、高齢化が進む2030年には、中国の成長率は3%台に低下すると予測さており、軍事費の伸びも抑制せざるを得ず、高齢化に伴って増える社会保障費、何せ3億人から4億人の高齢者を養うことを考慮するとなると、いつまでも軍事費偏重は続けられないのではと思料する処です。であれば今、求められる‘可能性’へのヒントとは、そうしたトレンドの中にあるのではと愚考するのです。
さて、1921年7月、上海で建党された中国共産党はこの7月で百年を迎えます。(人民共和国建国は1949年10月1日) 彼らは、次の百年をいかに発展させていくか、習近平氏は語ることでしょう。で、この際は、日本も百年というタイム・スパンで自らの行方を考察し、併せて、発展的日中関係の姿を描いてみてはと、思料する処です。 以上 (2021/6/25)