2021年04月26日

2021年5月号  Joe Bidenのハネムーン「100日」と世界経済 - 林川眞善  

目  次

はじめに バイデン大統領のハネムーン「100日」   

第1章  バイデン政権のBig Gambleと世界経済  

1. 二つの米経済Rescue Plans
(1)コロナ対策第5弾 ― 財政1.9兆ドルの「米国救済計画」
(2)長期的成長戦略 ― 「米国雇用計画」     
2.世界経済の回復と、新「ワシントン・コンセンサス」
(1)2021年の世界経済
・バイデン積極財政と欧州経済
(2)新「ワシントン・コンセンサス」

第2章 脱中国のバイデン政権と世界経済の生業

1.米中対立は今、広範な地政学上の対立へ
(1)バイデン政権と米中関係
・無視できなくなった対中「テールリスク」 
(2)米「2020年、人権年次報告」と、2022年北京五輪問題
2.中国包囲網 ― ‘先進自由諸国’ VS ‘中国’ 
(1)対中強化を目指す、二国間協議「2プラス2」
(2)日米首脳会談と日本外交の今後
・ 今次日米共同声明と日米関係
・ 日米の連携行動
・ 共同声明は日米同盟の羅針盤?

おわりに  改めて `Progressive Capitalism’  
            
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はじめに:バイデン大統領のハネムーン「100日」

米国では新大統領就任後の100日間を、国民・マスコミとの関係を新婚期になぞらえてハネムーンと呼び、この100日間は新政権に対する批判や性急な評価を避けることとなっています。そのハネムーン期間がこの4月29日を以って終わります。当初、ほとんど公の場に姿を見せなかったバイデン氏でしたが、就任50日が経過したころから表舞台に出てきて強気の発言や行動が目立つようになってきています。

    (注)ハネムーン「100日」:1933年、F.ルーズベル大統領が有名な炉端談義で、就
任100日程度で、後のニューデイル政策に繋がる法案を成立させた実績を以って、
「私の100日をよく見てほしい」と国民に語り掛けたことから、当該期間をそう呼ぶ。。

2020年米大統領選の結果はバイデン氏の勝利となったものの、その戦いの構図は「融和のバイデンか、分断のトランプか」ではなく、単に「トランプを選ばなかった」結果であって、圧勝を見たわけではありません。が、彼には36年間の上院議員としての政治経験があって堅実な政治家として反トランプという事よりも、世界との協調を基調として、いわゆるアメリカン・ドリームを追及する姿勢に、大方の支持を集める処です。加えて、バイデン政権での副大統領に起用されたカラマ・ハリス氏は、「女性+黒人+アジア系」という点で、民主党が求める「多様性の象徴」と、国民の支持を集める処です。

一方、バイデン氏の政策対応はと云うと、就任当日からトランプ政権の方針を軒並み反転させ、パリ協定への復帰、WTOからの脱退阻止、等々、署名した大統領令など指令文書は50件超に及ぶ処、その行動様式からはバイデン政策の実際は、従来の民主党にはなかった二つの戦略軸、一つは「新型コロナ対策」、もう一つは「対中外交」に、絞られる処です。

「新型コロナ対策」と云えば、「経済よりもまず防疫を」と映る処ですが、その心は、コロナ対策を通じて、コロナ禍で傷んだ経済の回復を期す、つまりは経済再興戦略に他なりません。その実績を以って支持を盤石にし、次の民主党政権に分断修復を託すものとも見る処ですが、同時に、対中戦略上も米国内経済の回復あってのこととする処です。

その「対中外交」ですが、バイデン氏は昨年3月、Foreign Affairsへの寄稿論文 `Why America must lead again’で示したように「外交こそ米国のパワーの源泉」として、グローバリズムの再生を目指す処ですが、今や大国となった中国と如何ように向き合っていくかが、米国にとって最重要テーマとなる処です。その米中関係は、先の米中アラスカ会議で露わとなったように、これまでの単純な経済関係から、政治体制や国家理念にも立ち入る新たなステージにシフトした、つまり戦略的忍耐が要求される米中関係にアウヘーベン(止揚)したことから、
中国のウイグル自治区での人権弾圧に強い懸念を持つバイデン氏としては、「人権」と云う視点から「中国脅威論」を前面に出し、対中圧力を強めていく戦略と見るのですが、その実状は脱中国、脱習近平戦略のほかない処です。 因みに4月8日には米上院ではバイデン政権が「唯一の競争相手」と位置付ける中国への対抗策を列挙した新法案「戦略的競争法案」を超党派で纏める処です。(日経2021/4/9)

そこで本稿では、バイデン政権がハネムーンの100日で見せた米経済回復のための戦略的政策対応の現状と今後の課題、そして上述急速に変質する米中対立の実情と、その影響について考察し、併せて今次初となった日米首脳会談をも含め、世界経済の行方について考察することとします。つまるところ「バイデン100日」の行動reviewです。


第1章 バイデン政権のBig Gambleと世界経済

1.二つの米経済Rescue Plans

(1) コロナ対策第5弾 ― 財政出動1.9兆ドルの「米国救済計画」
バイデン政権発足来、今次の新型コロナウイルスでダメージを受けてきた経済の回復を期すべく、コロナ対策として1.9兆ドルに上るの大型追加財政の出動を提案していましたが、3月10日、これが連邦議会で可決され、3月12日、バイデン氏の署名を得て成立・決定しまた。今回のコロナ対策は第5弾とされるもので、これまでの対策とも併せ、対策規模の合計は5.8兆ドルとGDPの28%に達する規模となる処です。IMF試算によると、日本の15.6%、ドイツの11.9%を超え、米国が財政出動の規模で突出する処です。

・「高圧経済」実践
この大型財政の出動はバイデン政権の公約の実現ですが、それは予てイエレン財務長官が前職FRB議長時代に主張していた「高圧経済」 論(注)の実践とも言え、その柱は一人当たり最大1400ドルの現金給付にあって、家計支援を中心に個人消費を大きく引き上げんとするものです。1.9兆ドルの財政出動は、名目GDPの9%に相当するほどに、まさに`American rescue plan’ 。今その大規模財政出動で米景気を吹かし始める処、これがバイデン財政の大いなる賭け、Big Gamble (The Economist, 2021/3/13)と評される処です。

     (注)高圧経済 ( High-pressure economy ):需要の刺激を続けると、いずれは投資 
 や労働力が回復し、経済の供給力が増すとの理論。つまり設備投資等供給能力向
上のための追加的な需要を促進し、経済の好循環につなげる考え方。需要を先に
喚起することから、インフレのリスクが伴う。

つまり、ワクチン接種が進むにつれて消費や投資が活発化し、米経済が予想以上に早く持ち直す可能性も排除できない状況があって、そこに1.9兆ドルの財政出動が加われば、景気の過熱やインフレ助長への懸念も浮上する処、以って`Big Gamble’ とされる処です。
 
因みに4月13日公表された3月の米消費者物価上昇率は前年同期比で2.6%と、2018年8月以来の高い伸びとなっていました。この伸びは新型コロナ危機で経済活動が鈍った1年前の反動に加え、巨額の財政出動による需要増が物価を押し上げたとされる処です。 既に、米連銀(FRB)はこうした状況を踏まえ、3月の公開市場委員会(FOMC)では、景気見通しを上方修正し、21年の成長率を6.5%、失業率を4%台とするシナリオを固めたと、報じられる処、世界経済の成長予想も後出(P.5)の通り、総じて上向き改善となっています。

バイデン氏は、3月25日の記者会見で、ワクチン接種について、これまでの1億回の接種目標を2倍に引き上げ、就任100日後の4月末までに2億回の接種を目指すとしたのですが、これは当初の1億回目標が早々と達成できたことで2倍に引き上げるというものですが、その思いは感染拡大を抑えて早期の経済回復につなげたいとする処です。

それにしても気になるのは経済格差の広がりです。FRBの金利政策にも映るように、彼らは「少なくとも23年末までゼロ金利の維持」にあると仄聞しますが、その心は、格差がK字型を以って広がる中、雇用改善で恩恵の薄いヒスパニック系労働者、黒人等、低賃金労働者層を支えるためにも緩和を続ける要があるとの読みを映す処です。つまり格差問題への対処です。今、米経済については大規模な財政出動で過熱懸念が云々される処、「バイデノミクス」に求められる次の一手とは、その懸念を成長期待に変えていくことであり、そのプロセスにおいて、格差是正をきちっと政策課題と位置付け、持続的成長を目指すべきと思料するのです。次項、長期的成長戦略こそはそれに応えんとする処と思料する処です。

(2)長期的成長戦略 -「米国雇用計画」
バイデン政権は、上述 総額1.9兆ドルの「米国救済計画」を成立させた3月12日から間を置くことなく、2週間後の3月31日、今度は、8年でインフラや研究開発に2兆ドル(約220兆円)を投じる長期計画「米国雇用計画」(注)をピッツバーグでの演説のなかで公表したのです。前述「バイデノミクス」に求められる次の一手は、経済の過熱懸念を成長期待に変えていく事だと指摘しましたが、これは、まさにそれに応える処です。今後は、コロナ危機対応のための一時的な財政支出から、持続的成長を狙った長期的な政策に軸足を移す、つまり、持続的な米国経済を再活性化し、足腰を鍛え上げることを政策目標とするものです。 

(注)バイデン政権のインフラ整備計画 (億ドル) (日経2021/4/1)
・道路や橋、鉄道、EV設備:6210 / ・半導体等供給網強化:3000
・AIやバイオ:1800 /・高速通信網:1000、/・クリーンエネルギー:1000 
                        
この長期計画の狙いについて、バイデン氏は 「数百万人の雇用を生み、中国との国際競争に勝てるようにする計画」たるを強調。要は「雇用を生み、中国に勝つ」と、超党派で対中強硬論が広がる議会を念頭に、中国への対抗策としての位置付けも明確にする処です。 因みに、対中の視点からは、サプライチェーンの強化等製造業の振興に3000億ドルを投じると云うのですが、元より、これら計画が格差解消につながることが期待される処です。                       
尚、コロナ対策の1.9兆ドルの財源は企業増税(法人税率:21% から28%へ引き上げ)で確保する事、又、長期計画で想定される2兆ドル超のコストについては「15年間の税収増(増税)」(約2.5兆ドル)を以って 賄うとの方針です。

序で乍ら、F/Tは7日、バイデン政権はこの機会にOECDを中心とした国際課税交渉を進展させるための新提案を各国に送ったと報じています。米国はこの4月、上記法人税の引き上げを発表していますが、更に、年央までに主要20か国と法人税の最低税率導入で合意することを目指しているとも伝えられる処ですが、欧州や新興国が求めるデジタル課税の導入事案もあり、これらが一体で、合意に至れば国際社会の協調は大きく前進する処、それを米国が主導する構図が鮮明となるものと思料するのです。

処で、今回の計画と合わせると、歳出と増税の規模は大きく膨らむことになる処、取りあえずコロナ禍の財政出動で、2月時点の予測では既に米連邦債務はGDPの130%に膨らんでおり、第2次大戦直後の最悪期(1946年、119%)を上回る状況です。(日経2021/4/2) と云うことは、中長期の成長軌道を描けなければ、膨張債務を超低金利で支える危機モードから抜け出せないことになるという事なのです。とにかく「パラダイムを変えたい」と云うバイデン氏の‘賭け’ともいわれる野心的な財政の出動は、まさに1930年代、F.ルーズベルが当時の‘大恐慌’からの脱出をめざしたNew Deal政策を想起させる処です。
ただこれが「大きすぎる政府」の危うさ、云いかえれば ‘政府の肥大化という非効率’ を社会全体に広げる恐れをはらむ点で、バイデン政権のカジ取りの難しさは増す処と思料するのです。それにしても予想以上にActiveなバイデン氏の行動に瞬時、圧倒される処です。 

2.世界経済の回復と、新「ワシントン・コンセンサス」

(1)2021年の世界経済
バイデン政権が主導する上述経済政策の効果に照らし、多くの機関では2021年の世界経済の堅調な景気回復を予想する処です。 先ず、3月9日発表のOECDの経済予測では、ワクチンの普及で経済活動の再開が進むとして、米経済の21年通年の成長率を6.5%と前回見通し(3.2%)比3.3ポイントの大幅、上方修正とする一方、これが世界経済全体の回復も後押しするとして2021年の世界経済の見通しも、20年末時点から1.4ポイント上方修正し5.6%と発表する処です。これが予想通りとなるなら、21年オイルショックの起きた1973年以来の高成長と予想される処です。

更に4月6日公表のIMFの2021年世界経済見通しでも、米国については6.4%, 中国につぃては8.4%、そして、世界経済については6.0%と、夫々上方修正、バイデン政権主導の大型財政出動を反映した、米国が牽引する世界経済の回復を示唆する処です。序で乍ら、米金融大手、JPモルガンのダイモンCEOは7日、同社年次報告に添えた株主への手紙で、米経済は「2023年まで強い基調が続く」と述べていた由ですが(日経2021/4/8)、高い貯蓄と財政出動が景気を押し上げる原動力と、指摘する処です。

・バイデン積極財政と欧州経済
処でこうした米経済の政策展開に照らし、Financial Timesの欧州経済コメンタータ、Martin SANDBU氏が、3月15日付けで語る欧州経済の実情とそれへのadvice、US stimulus package leaves Europe standing in the dust、は極めて興味深いものでした。それは、バイデン氏の積極財政に照らし、欧州経済の実情を以下のように鋭角的に論じる処です。
― In the future, Europe and the US will loom large in the global economy as emerging countries outperform their growth. That is inevitable. What we do not know is how fast that US and Europe dominance will be whittled away, as that depends in part on policy choices made today. On that score, US President Joe Biden has delayed his country’s relative decline. EU leaders, however, look set to accelerate theirs.

要は、世界経済における米欧の存在は低下していく事は避けられないが、バイデン氏の1.9兆ドルの経済対策は少なくとも米経済の相対的な凋落を遅らせることになるが、EUの指導者の現状は、自らの衰退を加速させ、欧州経済の凋落は加速していると、その凋落に警鐘を発するのです。 そして興味深いことは、その凋落にストップをかけるには、バイデン経済政策が示す教訓に目を向けるべきとの指摘です。

つまり、バイデン経済対策の心は、中国の米国追随を抑える事にあるも、コロナ対策、巨額インフラ整備計画を確実に進め、米経済の再強化が進めば、その目的は達成されるとするもので、要は中国を意識しての米国の指導力の回復も、自国経済の再強化にありとした政策姿勢を評価すると共に、欧州もバイデン氏の政策姿勢を見習うべきと指摘するのですが、納得です。 勿論、米国の大規模財政出動にはインフレや長期金利の上昇を誘発しかねない危うさの残るも、各国とも決して楽観せず、今後の経済運営に最新の注意が要請される処です。

それにつけても、気がかりはメルケル後のドイツ、というよりもEUの生業です。彼女が首相に就いたのが2005年11月。以来、安定した政権運営で国民の人気は高く、国際社会でドイツの存在感を高める原動力でした。そして2020年7月21日 欧州復興基金をマクロン氏と共に主導・創設し、ドイツにとっての欧州ではなく、欧州のドイツを鮮明とする処でした。さて、ポスト・メルケルの欧州は如何?と気になる処です。

(2)新「ワシントン・コンセンサス」
こうした世界経済のトレンドにあって、注目すべきはワシントンに本部を置く国際金融機関、IMFと世銀、そして米政府(財務省)の三者が90年代を通じて進めてきた「ワシントン・コンセンサス」と称される自由主義的な経済戦略、要は財政規律の堅持とする考え方に基本的な変化が進みだしてきたという事です。

つまり、コロナ禍対応の財政出動が進む中で、最も効果的な財政出とは何か、これまでの財政規律重視より、価値を生む分野にとにかく資金を投じるべきと云う論調に急速に変わってきたという事です。これは、新型コロナウイルスワクチンの製造とその接種を世界的に進めるためにあらゆる努力をすべきとのメッセージにも反応する処とも云え、各国政府がワクチン接種に関連した支出をすれば、それは何倍もの見返りが期待できるというものです。 勿論、IMFは財政規律の重要性を今も説く処ですが、我々が半世紀前に学んだものとは大きく異なる思考様式となる処、加えて、富裕層や、「コロナ禍による特需」で利益を上げた企業に、復興のための一時的な義援金の拠出を求める声もある処です。

こうした動きは前述、F.ルーズベル大統領が大恐慌時、実施したNew Deal政策とその方向性は一致する処ですが、IMFと世銀が今の米国と歩調を合わせるのは、米国がIMFと世銀にとって最大の資金拠出国だからという事ではなく、むしろ両機関が、米政府よりも先に世界の経済政策の在り方について発想を転換させていたというものです。まさに新しい「ワシントン・コンセンサス」と云える処ですが、以前の「コンセンサス」同様、大きな政治力を発揮する可能性があるものと思料する処です。


         第2章 脱中国のバイデン政権と世界経済の生業

1.米中対立は今、広範な地政学上の対立へ

(1)バイデン政権と米中関係
本稿「はじめに」の項で触れたようにバイデン政権のもう一つの戦略軸、対中外交とは脱習近平中国を目指す点にあって、中国のウイグル自治区における人権弾圧に照らし、「人権」を対抗軸に、自由諸国との連携強化を以って、対中圧力を強める姿勢を強める処です。
因みに、3月25日の記者会見では、バイデン氏はこの中国のウイグル自治区での人権弾圧事件に照らしながら、米中関係について「21世紀での民主主義の有用性(Utility of Democracy)と専制主義(Autocracy)との戦」と再定義し、併せて台湾や南シナ会問題にも触れる処です。(日経2021/3/26)

そして、4月8日には米上院で、前述 中国への対抗策を列挙した新法案「戦略的競争法案」を超党派で纏め、公表しています。それは日本や韓国などを「極めて重要な同盟国」と位置付け、安全保障や経済で連携を深めることを柱とするもので、尖閣諸島の防衛義務も明記された由です。そして翌9日、米国務省は台湾との政府間交流の拡大に向けた新指針を公表。この新指針についてプライス報道官は、これまで中国に配慮し、自粛していた米台の交流を大きく広げることを狙ったものと説明する処です。バイデン政権は1月に発足以来、同盟国と連携する形で中国に圧力をかける動きを加速させてきています。中国メデイアでは、当初、バイデン氏の登場で米中間の距離が縮まらんとの論調が目立っていたが、今では, それが警戒に変わりつつあると伝える処です。(日2021/4/11)

・無視出来なくなった対中「テールリスク」
因みに、3月29日付けThe Wall Street Journalは、‘New Age of Chinese Nationalism Threatens Supply Chains’と題する中で、先のアラスカでの米中非難合戦後に起きた、欧州と中国の制裁合戦に照らし、ナショナリズムの為に経済的リスクを冒すことへの中国政府の許容度が、今ほど高まったことはないと警鐘乱打する処です。

つまり、世界が注視する東アジア地域で米中の重大な衝突が起きる可能性は、依然として低いとは見るものの、それを非現実的な「テールリスク」(可能性は低いが、発生すると深刻な被害をもたらすリスク)として無視することは、もはやできなくなっていると指摘するのです。因みに中国は3月22日、欧州議会議員を直接制裁の標的とすることで、苦労して交渉してきたEUとの投資協定を危険に晒す判断を下したと、評する処です。
又、先のアラスカ会議(3/18)で、中国は米国に対して‘強国としての力’を見せつけたと中国国営メデイアが数日間かけて宣伝していた由ですが、これが指導部が国家指導体制を維持するための行為とみられるのですが、これが自ら身動きが取れなくなるリスクを冒しているとも指摘される処です。

そこで米中両国はそうした熱気を低下させるために互いが受け入れ可能な道を見つけるべきと、例えば、米中両国にはアジア地域からの半導体の供給維持という共通の重要な利益があることに照らし、‘台湾を標的とする中国軍備の削減’との引き換えに、‘中国IT大手のフアーウエイ向け半導体販売の限定的再開を認める’と云った異なる措置の組み合わせも、前向きな一歩になるかもと、提言するのです。 尤もその状況は長年、中東からの円滑な原油供給を巡って利益を共にしてきた経験にならわんとする処でしょうが、そう簡単な解決策など見当たることはなさそうです。とすれば当該地域で展開する企業には、不測の事態への備えを開始する必要があるとするのですが、ごく自然な生業です。

(2)米「2020年、人権年次報告」と2022北京五輪問題
さて3月30日、米国務省はバイデン政権で初となる世界各国の人権状況に関する2020年版、年次報告を発表しました。その中で、中国による新彊ウイグル自治区でのウイグル族への弾圧は国際法上の犯罪となるとして「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と認定、中国を非難する処でした。欧米と中国との制裁の応酬が続く環境にあって、ジェノサイドとなれば平和の祭典とされるオリンピックは真逆なものとなる処、以って2022年の北京冬季五輪のボイコットの可能性が取りざたされ出す状況です。

3月27日付けThe Economistは、北京五輪ボイコットは起こるかと、’ Winter of discontent ― As another Beijing Olympics draws nearer, calls for boycotts will grow ‘と題するなかで、近時の中国通信機器大手、フアーウエイの孟副会長がカナダで拘束された事を受け、中国は、中国にいたカナダ人の元外交官マイケル・コブリグ氏と企業家のマイケル・スパバ氏を拘束していますが、両氏が釈放されねばカナダはもとより、他の国々でも、中国への反発が広がると云うのです。 そして、ウイグルの人権問題を巡り対中制裁を科した欧州では、中国が3月22日、対抗措置としてEUの議会関係者や学者らに制裁を科したことに憤りの声を上げる処です。この北京五輪ボイコット運動が勢いを増すとするなら、国内での人権侵害と同様に、対外的な行動が招いた結果ともするのですが、北京五輪もさることながら、中国・新彊ウイグル自治区の人権侵害問題は欧米企業の中国ビジネスへの影響を拡大させる処です。

米国は「ボイコット」については同盟国と議論して対応したいとしていますが、さて日本の
対応は如何です。東京五輪については、国内でのコロナ感染拡大への防御対策に大わらわの中、オリンピック憲章に悖る森喜朗の老害発言も加わり、その対応にフラフラの日本政府です。仮に2022年冬季北京大会にボイコットの動きが起きるとなると、その影響は極めて深刻なものとなる処です。勿論、人権問題はウイグルだけではありません。ミヤンマーの現状の下で外資が事業を続けるとなると軍政支援にもつながりかねず、企業にもスタンスが問われていく事にもなる処、極めて要注意とされる処です。

2.中国包囲網進捗 ― ‘先進自由諸国’ VS `中国‘ 

(1)対中強化を目指す、二国間協議「2プラス2」
さて、バイデン政権が誕生した当初、中国では前述の通り、独善的な行動で世界を混乱させたトランプ氏とは違って、中国と欧米との溝が埋まると期待されていた由でしたが、現実は、米国を中心とする欧米自由諸国による中国包囲網が着実に広まってきており、両者の乖離は一層広がり、時に敵対的と見られる様相です。

因みに、日本政府は米政権と共に中国への「抑止力」強化を念頭に、QUADを擁して欧州各国にインド太平洋への関与を促す処、この4月13日にはオンラインながら、ドイツと初の外務・防衛担当閣僚協議(2 プラス2)を開いています。日本がドイツと「2プラス2」の枠組みを設けるのは英国とフランスに続き3か国目で、今回の「2プラス2」協議はドイツがインド太平洋地域の主導権争いにかかわる意思を示す事例とされる処です。尚、英国との「2プラス2」協議は今年2月開催、香港情勢に重大な懸念表明を行っています。

また、2月1日、英政府はTPP加盟申請を果たしたこと周知の処ですが、EUを離れた英国は有望市場と見定めるアジアで中国が覇権を強める姿を良しとせず、中国包囲網の性格を帯びるTPPに加盟申請したと云われています。そして3月16日、公表された英政府の外交・安保の方針では、中国を「経済安全保障上の最大の国家的脅威」と位置付ける処です。尚、フランスとは2019年を最後に開かれてはいませんが、マクロン氏はこの2月、原子力潜水艦を南シナ海に送ったことを公表する処です。各国が意識するのは勿論、中国の脅威です。まさに、民主国家で構成する対中包囲網が進む処です。

3月26日、バイデン氏は英ジョンソン氏との電話協議で、中国の「一帯一路」構想に対抗するため、民主国家で作る同様の構想をジョンソン氏に提案したと、デラウエア州で記者団に語っています。具体的内容は不明ですが、民主主義陣営として何らかの経済協力の枠組みを作る意向と推測する処ですが、まさに新冷戦が演出される処と思料する次第です。
かくして、新たな自信を見つけた中国は、新たな敵をも生み出したとも云えそうです。

(2)日米首脳会談と日本外交の今後
さて4月16日、初となる日米両首脳会談がホワイトハウスで行われました。新冷戦ともいわれる米中新環境関下での会談だけに、日米関係は、日本の行方はと、世界の耳目を集める処でした。会談内容は既に各メデイアが、多くを伝える処、ここでは直後に公表された共同声明(注)をレビューし、日米関係、日本の行動様式について以下、考察することとします。

    (注)日米共同声明のポイント(日経 2021/4/18)
    ・台湾海峡の平和と安定の重要性 /・日米安保条約5条の尖閣諸島適用を再確認
・香港や新彊ウイグル自治区の人権状況へ深刻な懸念共有
    ・半導体、等サプライチェーンで提携 /・脱炭素へ30年までに確固たる行動をとる。
・日本の今夏の五輪開催への努力を支持

・今次日米共同声明と日米関係
今回の共同声明は、これまでの米中対立事情を映す如くに、中国を強くけん制する内容となるものでした。が、同時に当該共同声明は日米関係の新たな姿を演出する処となっています。具体的には、共同声明に52年振り「台湾」を明記し、台湾マターに言及したことでした。これまで台湾については、中国が敏感に反応してきた事情を踏まえ、日本政府は台湾表記を避けてきました。が、この通念を打ち破ったという事です。

バイデン政権は、同盟国や友好国との関係再構築を図らんとする中、とりわけ日本との連携
については最優先に取り込まんとする姿勢にあるのですが、その先に見えるのが中国です。つまり大国となった中国乍ら、ルールに基づく国際秩序を逸脱するような行動を強める中国に大いなる懸念の抱かれる処、共同声明では米国に沿う形で「台湾」表記を行った事で、日本政府の外交姿勢の変化を露わとしたというものでした。

その中国は2030年代にはGDPベースで米国を凌駕するとも見られ、こうした国力を増し、自信を深める中国に、米単独で向き合うのは困難になりつつあるとの見立てにあって、中国に近いアジアの大国であり、価値観を同じくする日本との連携強化の戦略は当然の選択肢です。 会談の前に語られていた日本に対する米側の期待は、「中国との対峙へと軸足を移すバイデン政権と並走する日本」だと仄聞する処でしたが、この共同声明はそうした期待に応えるものとなったというものです。因みに会談後の共同記者会見ではバイデン氏は「我々二人は日本の安全保障を鉄壁で守ることを確認した」と強調する処でした。ただこうした事態は、菅政権の対中姿勢を問う踏み絵ともなったとも云えそうです。

・日米の連携行動
もとより、首脳会談では新興技術の開発、高速通信規格(5G)ネットワークの安全性確保、半導体を含むサプライチェーンの構築など、それぞれの分野での協力が確認されています。とりわけ足元で供給不足が深刻化している半導体に係るサプライチェーンについては、中国の脅威に直面する台湾が最大の生産地という事情もこれありで、日米共に新たな発想が求められる処です。いずれにせよ、経済発展と安保の両面からこれら分野での日米連携の強化は重要となる処です。尚、バイデン氏が目玉とする「気候変動対策 ― 脱炭素化」については、首脳会談で「気候変動に関するパートナーシップ協定」を新たに立ち上げ、脱炭素化を日米が共に目標とする2050年の脱炭素化の実現につながる2030年の目標達成へ動き出す処、4月22/23日には米政府主催で気候変動に関するサミットが行われています。

なお、中国は日本にとっては最大の貿易相手国(注)です。その点で、経済面での脱中国は現状からは困難と云え、気候変動など共通の利益に関わる課題では中国と協力していく必要があり、共同声明でも中国との協働の必要性を指摘する処です。そこで、日本としては、難しい事ではあっても中国とは、競争と協力の両立という狭い道を探るしかないのでしょうが、それだけに、日本の主体的な貢献がますます重要になってきたと、感じさせられる処です。こうした首脳会談をフォローするメデイアは、その様相を日本に覚悟を迫るものだったと評するのですが、なかなかデリケートなコメントです。

     (注)4月19日、財務省が発表した2020年度貿易統計(速報)は輸出入で中国へ
の依存を強める日本経済の現状が映る処です。日本の輸出に占める中国の比率は、
22.9%、輸入についても27.0%といずれも過去最高となっています。
   
・共同声明は日米同盟の羅針盤?
さて、菅首相は、上述新環境に照らし、日本の防衛力の強化を含め、具体的な同盟強化策の検討に入るとしています。日本がどこまでの役割を担うのか、そこでは米国と入念にすり合わせ、国民の理解を得ながら備えを固めていく事、肝要となる処ですが、もはや、この共同声明は、従来のものとは異なる、日米同盟にとっての羅針盤とも映る処です。尚、菅政権には日本の国益を突き詰め、時には強かに振舞うことが求められる事も不可避と云え、日米の役割分担を進めることで、世界経済への新たな貢献も可能となるものと思料する処です。


おわりに 改めて ‘Progressive Capitalism’

今次弊論考書き終え、それを見直す過程で目にしたMohamed A. El-Erian氏、President of
Queens’ College, University of Cambridge、が米論壇 Project Syndicate (2021/4/2)に投稿
した論考 `Ensuring a Stronger and Fairer Global Recovery’ は、筆者の頭を整理する上で極
めて有意と映るものでした。そこで、当該論考の概要、そして筆者の思いとも併せ、お伝え
し、本稿「おわりに」に代えることとしたいと思います 

筆者は、バイデン政権が積極財政を擁して、コロナで傷んだ米経済を回復させ、併せて他自由諸国との連帯強化を図りながら、中国に対峙し、それが世界経済に好影響を与えるとの視点で現状を整理し、以って世界の行方を見通す起点とする処です。が、モハメド・エラリアン氏は現状では世界経済の回復も多くの人たちにはジレンマを齎すかもしれず、この際はより包摂的な政策をと、主張するのです。以下はその要旨です

・2021年 世界経済の持続的回復を規定する5つの要因:米国と中国の高い成長に牽引され世界経済は、6%以上の成長が見込まれる処、その実現の可能性は、5つの要因の推移如何と、いう。 まず「COVID-19の感染抑制の如何」であり、従って「ワクチンの配布と接種状況」次第と。そして三つ目は「financial resilience ,財政の弾力性」と。つまり途上国の抱える債務問題への支援体制の如何にあり、要は国家間や国内の格差拡大進むことで、2021年の回復を持続させるのが難しくなると云う。更に米経済の高い成長に伴い、各国の市場金利が上昇し、中央銀行は「金融緩和の引き締め」に転じる可能性を挙げる。これはコロナ危機を受けて市場に供給された資金の流れが変わることで深刻な混乱が起きると想定される事。そしてuneven economic recovery、むらのある景気回復となると、コロナ危機で既に拡大している「所得や、機会の格差拡大の更なる拡大の可能性」を指摘する処で、特に機会に関する格差が大きいほど、疎外感や社会から取り残されている云う意識が強まり、政治的な二極化を招き、適切な政策立案を妨げる公算が大きくなると、云うのです。

・今後、持続的な回復堅持のための条件:こうした問題に折り合いをつけることは極めてタフな仕事だが、グローバル経済は,今年も来年も、堅調な回復を維持する一方、不利な立場にある国やグループ、そして地域を浮揚させるという道はある。その実現のためには国内政策と対外政策をすり合わせる必要があるが、まず国内政策について、経済対策と包摂的な成長(inclusive growth)促す措置を組み合わせた改革の加速が不可欠という。このことはhuman productivity (人的生産性)や、productivity of capital and technology(資本や技術の生産性)の向上を目指すことではなく、公正な社会を作り上げていく事にあって、climate resilience、つまり地球環境問題への取り組みが不可欠とするのです。

・包摂的な経済政策を目指す:そして今、米中両国が世界の成長をけん引していることから、世界経済はコロナ危機から脱出する機会がある。勿論多くの人たちが傷つき、貧困削減等の社会経済的な目標の達成に向けた10年の進歩が帳消しになった例もある。国内外の政策をすり合わせられなければ、不均等な回復を余儀なくされ、世界経済が切実に必要としている、より高く、より包摂的で持続可能な成長は、続かない可能性があると、云うのです。

確かに、エラリアン氏云う処の包括的な成長を目指す政策こそ、今 必要です。世界は16兆ドル(約1750兆円)超の緊急対策で危機の封じ込めを急ぎ、中長朝的に経済の底上げの為の投資を競う状況です。が、経済回復のカギは今や「格差の縮小」にあって、一連の政策をバランスよく打ち出さない限り、格差は拡大こそすれ縮小に向かう事はないと、承知する処です。以上 (2021/4/25)
posted by 林川眞善 at 13:09| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする