目 次
はじめに 2021年は多国間主義の転換点
(1)バイデン米国主導の多国間会議は国際協調
(2)新生英国が標榜するは`Global Britain’
第1章 バイデン米政権と国際協調
1. バイデン外交の姿勢
・米国は戻ってきた
2. バイデン政権の対中政策の枠組み
(1)対中政策はOne-China policy
・二人のCommentator:P. Stephens & M. Wolf
(2) ‘インド太平洋調整官’ の新設
3. 対中政策に映るバイデン政権、二つの戦略思考
(1)戦略的競争(Strategic Competition)
(2)戦略的忍耐(Strategic Patience)
第2章 Post-Brexit、新生英国の行方
1.‘Britain‘s place in the world’(新生英国の世界の居場所)
(1) Global Britainが目指す役割、そして今、対峙する問題
・ジョンソン政権の課題
(2)終焉 迎えつつある英・中「蜜月関係」
・Anglo American alliance 再生
2.英国のTPP参加申請と日本
おわりに 「大観」を思う
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はじめに 2021年は 多国間主義の転換点
(1)バイデン米国主導の多国間会議は国際協調
2月19日、G7サミットが、オンラインで開かれました。その会議は、トランプ米大統領の下で深まったG7の亀裂を修復し、新型コロナウイルス危機や気候変動問題、そして脅威を振りまく中国に対して、協調して対応する決意を明確にするものだったと、国際協調再出発を記す処です。
尚、国際協調を掲げる米国バイデン大統領、日本の菅首相、イタリアのドラギ首相の3人が初参加、議長は2021年のG7議長国を務める英国ジョンソン首相。6月英南西部コーンウオールで対面開催予定のG7首脳会議に先立つ会となるものでした。尚、EU中銀総裁として国際協調の最前線に立ってきたドラギ氏の首相就任は、バイデン政権誕生後の国際協調機運の拡大に一段の追い風となる処、因みに17日の所信表明演説では、彼はコロナ危機下「EUの視点を共有し、新たな復興を目指す機会だ」と連帯を訴えるのでした。又、19日のG7と並行して開かれていた「ミューヘン安全保障会議」に、バイデン大統領は、これにもオンラインで特別出演し、画面越しに見つめるメルケル首相、マクロン大統領を前に「米国の米欧同盟(大西洋同盟)への復帰」を宣言したと報じられる処です。(日経2/21)
上記、G7に先立つ17日には バイデン米政権発足後 初のNATO閣僚会合となる国防相理事会が開かれています。これも、高まる中国の脅威への対抗を柱とした会合とされています。勿論、トランプ政権以来の国防費負担率問題、等問題を抱えての会合でしたが、今次会合は米欧同盟の修復へ2030年に向けた新しい改革構想の検討をするものと報じられています。
一方18日には、日米豪印4か国外相会議が電話協議ながら行われています。これも周知の通り当該4か国が、中国の影響力拡大を意識して立上がったもので、2017年マニラで4者局長級会議を開いたのが始まりとするものです。従って中国がそのテーマの中心となるものですが、自由や民主主義、法の支配等、価値観を共有する国同士で経済や安全保障上の協力を進めんとする枠組みで、近時「QUAD」(4者会)の通称で定着する処です。
・中国依存のsupply chainからの脱却:バイデン大統領は、こうした国際協調を進める中、半導体や電池等重要部材4品目の安定した調達体制を整えるべく、期限100日として当該supply chainの見直しを、同盟国や地域と連携して加速させることとして2月24日、大統領令を発令しています。云うまでもなく中国依存の供給網からの脱却を目指す処です。
(2)新生英国が標榜するは‘Global Britain’
加えて注目されるのが英国の生業です。周知の通り英国は2020年12月31日、移行期間を終え、EUから離脱し、EUの束縛からの解放、主権の回復と、歓喜するところです。尤も筆者には何か異様に映る処でしたが、とにかく英国とEUの両者は12月24日、通商協定にも合意し、「合意無き離脱」の大混乱を回避したのです。 そして新生英国は、メイ前首相同様、Global Britainを標榜する処ですが、さてEUの制約から解放たれた英国は、国際的に如何に影響力を振うこととするのか。 そんな中、2月1日、英国はTPPへの加盟申請を行いました。英国のTPP加盟は自由化の水準が高いとされる貿易圏をアジア太平洋地域の枠を超えて拡大することは世界経済に新たなインパクトを齎すものと歓迎される処です。ただ今、英中「蜜月」関係の終焉が取り沙汰されていますが、気になる処です。
そこで、今次論考では、これら多国間会議の流れを枠組みとしながら、トランプ氏退場後、世界を国際協調へと主導するバイデン米国の外交姿勢、米中関係の行方、そしてEUを離脱したジョンソン英国が掲げるGlobal Britainの行方、更に、上述、英中「蜜月」関係の終焉について考察することとします。まさに「新たな世界の中の米英の生業」フォローです。
第1章 バイデン米政権と国際協調
1.バイデン外交の姿勢
「世界の中でアジアほど米国の国益にとって重要な地域は他になく、米国の関与が薄れることで多大な損害を受ける地域も他にない」(No part of the world matters more to America’s interests than Asia, and no part stands to lose so much from an American retreat.) これはThe Economist、Jan.30の掲載記事「America in Asia:Free not to choose – In its rivalry with China, America should not force Asians to pick sides」の冒頭のフレーズです。
米国は戦後、アジアの安全を保障してきただけでなく、貿易や比較的開かれた市場を保つ政策を通じて、この地域の繁栄を支え、地域内の国際秩序を維持する存在と位置付けられてきました。しかし、わずか4年ながら自己中心的なトランプ政治は、米国の地位に打撃を与え、同時に米国を頼ることが果して賢明な事かと、アジアの一部の人々に疑問を植え付ける結果となった事に、米国にとってのアジアの重要さへの思いと、それを台無しにしたトランプ政治への恨み節がないまぜとなって語られる処です。
ただトランプ氏のスタッフは一つ大事なことを理解していたとする処です。それは権威主義的な中国の存在は、西太平洋地域での米国の優越的地位だけでなく、米国が支えてきた経済秩序にとっても脅威になっているという点だったと云うのです。ただ、中国が南シナ海で強引に勢力圏を主張し、その影響力を高める一方、米国はその地位の低下を余儀なくされてきている現実に照らすとき、バイデン氏が目指すべきは、アジア諸国に反中路線を掲げるよう求める事よりも、米国に対する信頼の回復が第一であり、中国を睨んだ安全保障上の防護壁以上の存在になることだ、と云うのでしたが、自然な生業かとは思料する処です。
・米国は戻ってきた: さて、バイデン米大統領は2月4日、外交政策に関する初の演説を行い、その中で「米国は戻ってきた。対外政策の中心に外交が戻ってきた」と、同盟関係を修復し、再び世界に関与すると宣言するのでした。つまり、同盟国との連携を通じて、存在感を増す中国やロシアの脅威に対抗する姿勢を強調するものの由でした。
では、バイデン政権の対中政策は如何?ですが、2月5日、新任ブリンケン米国務長官は、中国外交担当トップのヤン・ジェチー共産党政治局員との電話協議で、「台湾海峡を含むインド太平洋の安定を脅かす試み」については、同盟国と共に中国の責任を追及すると強調した由、報じられる処でした。 そして2月10日には、初となる米中首脳による電話協議が行われています。2時間に及ぶものだった由でしたが、バイデン氏からは「自由で開かれたインド太平洋」の維持が米国にとって最優先との立場を強調したとされる一方、習氏は中国共産党が最も重視する「核心的利益」の問題では一切譲歩しない考え方を表明したと、報じられる処です。(日経、2/12)
具体的な取り組みについては、各種メデイアの伝える処ですが、注目はFinancial Times のコメンテーター、Philip Stephens氏の提言です。1月21日付同紙で、新たにホワイトハウスに新設された「インド太平洋調整官」のポストに起用されたカート・キャンベル氏(後述)をリフアーしながら、バイデン大統領の就任を機に、前政権の強権的ともされた対中政策の修正と、同盟国との協調、連携をベースに、一つに束ねた対中政策の再構築、one-China policyをと、主張するものです。実際、バイデン政権としては、オバマ時代のような米中戦略・経済対話と云った枠組みを設ける事には慎重で、先ずは、同盟国と協議し、対中政策を密にすり合わせることを優先する模様で、つまる処、対中国包囲網づくりです。
2.バイデン政権の対中政策の枠組み
(1)対中政策はOne-China policy
ではその包囲網づくりの如何ですが、上記Stephens氏は、その高い関心の背景事情と併せて次のように語る処です。つまり、ワシントンと北京の関係について、この先十数年の地政学的生業を定義していくことになる、との見方があって、バイデン政権の誕生は、その可能性を測る格好の機会と見ているためだと指摘したうえで、それ故に対中政策は一貫性を持った one China policyとしていくべきと主張するのです。― The right answer to Xi Jinping is a one -China policy to counter Beijing’s strategy of divided and rule, the US and its allies need consistent policies。(Financial Times Jan.,21st Philip Stephens) 以下はその概要です。
・Stephens氏の提言:これまで西側の対中国へのアプローチを巡っては、最も問題とされていた事は、中国を経済のパートナーとして扱うのか、それとも競い合う大国と見るか、でした。西側は、経済関係を重視する立場と、戦略的競争に重きを置く立場を、いい加減に使い分けてきた、腰の定まらない対応を続けてきた結果が、中国政府を勝者としてきたと指摘する一方、今、中国政府は、誰はばかることなく独善的に振る舞い、世界の最重要国としての立場を声高に求める状況にあっては、西側世界は新たな対中政策が必要であり、バイデン政権誕生はその枠組みを決める機会を手にしたとするのです。
つまり同氏は、バイデン氏の大統領就任を機に、米国をはじめとする民主主義諸国は、新たなアプローチを軸に団結すべきであり、その際は、経済、安全保障、外交、軍事等、一連の政策について、同じ方向に向けた、一貫性あるものとしていく事が必要と云うのです。トランプ氏は、習近平氏に対して強硬な姿勢をとっていると自賛していましたが、実際には、その喧嘩腰の態度と、農産物の対中輸出を増やし国内の支持層を満足させようとする取り組みとは相反するもので、ボルトン氏などは、トランプ外交政策は全て自らの再選のための選挙運動だったとする処です。 そこで、中国政府が台湾の位置づけについて、「一つの中国」の表現を以って‘事態’に向かうように、この際は、米政権もこれをもじって「一つの中国政策」を目指すべきと云うのです。つまり、中国及びその近隣諸国との間にある数々の関係を明確な目的に向けた一つの政策に纏め上げ、一つの対中政策、one -China policyの下に結束し、中国に対峙すべきとするのです。
・Martin Wolf氏の助言:一方Financial TimesのMartin Wolf氏は2月3日付け同紙で、‘Containing China is not a feasible option’、つまり「封じ込め」は得策ではなく、先ず現在の米国の置かれた現実を認識することが第一とするのでした。実は、米国はかつて中国に対して、「責任あるステークホルダー」になる必要があると説く処でしたが、トランプ政権の4年間を経験した米国は今、責任あるステークホルダーなのかと問うと同時に、今日の現状に照らし、西側諸国として取り組むべきプロジェクトとして、次の5点を挙げるのです。
第1は、米国とその同盟国はそれぞれの民主政治と経済を復興させること。
第2は、真実を曲げないこと、そして言論の自由を認めるという中核的な価値観の堅持
第3は、世界経済の制度の再構築、中国の振る舞いに制限を加える新多国間ルールの提案
第4は、米国とその同盟国は、絶対に守る中核的利益がなんであるかを明確にする事。
最後に、バイデン氏が今やっているように、全人類の為にglobal commons(国際公共財)
を保護する共同プロジェクトに注力する事。
こうした提案は、米中の関係は旧ソ連との関係とは異なり、今後も両者間での争いが数多く起きるとの想定があって、一方では密接な協力も必要になる、との観点のからの提案と思料されるのですが、であればStephens氏、Wolf氏のいずれも中国への対抗を目指す趣旨にあるとすれば、各国の頑張りの成果を、one-China policyに組み込んでいくシステムが考えられないものかと思う処です。
(2) ‘インド太平洋調整官’ の新設
さて、バイデン政権は国家安全保障会議(NSC)にインド太平洋調整官を新設し、そのポストにアジア政策に詳しいカート・キャンベル(Kurt M. Campbell)氏を充てました。まさにバイデン政権での注目人事の一つです。つまり、オバマ政権で東アジア・太平洋担当の国務次官補を務め、調整能力に定評あるキャンベル氏を起用したことは、彼を軸に、同盟国との連携強化を通じて中国に対峙していかんとのバイデン氏の狙いが鮮明となる処です。
もとよりこれが、インド太平洋重視の表れのほかなく、日米に豪州、インドを加えた4か国協力対話「クアッド(QUAD:Quadrilateral Security Dialogue)」が一段と重要な基盤になっていくものと思料される処、前述の通り、18日には、日米豪印4か国外相会議が電話協議ながら行われています。
そのキャンベル氏はForeign Affairsに今年1月12日付で「How America can shore up Asia order ― A strategy for restoring balance and legitimacy」(アジアの秩序強化に果たす米国の使命)と題するpaperを投稿、その中で米国の戦略目標は「永続性のある力の均衡を東アジアで再構築する」事と、明示する処です。そして、ルールに基づくシステムにあっては、中国に責任あるステークホルダーとしての使命を果たすよう、米政府は働きかけるべきも、その際は「同盟国、友好国はとの強力な連携」が不可欠と指摘する処です。尚、その骨子(注)を以下に紹介することとしておきます。
(注)Kurt M. Campbell 氏の主張ポイント
・Europe’s Past, Asia’s Future (インド・太平洋地域にある進化続けるoperating systemと、戦後の持続的米国の支援体制)
・Regional orders work best when they sustain both balance and legitimacy
―Restoring balance (永続性のある力の均衡を東アジアで再構築する)
―Restoring Legitimacy (法に基づく経済行動の確保)
・The combination of Chinese assertiveness and US ambivalence has left the region in
flux ―Forging coalition (同盟関係の強化)
3.対中政策に映るバイデン政権, 二つの戦略思考
―「戦略的競争」(Strategic Competition)と「戦略的忍耐」(Strategic Patience)
処で、サキ米大統領報道官が対中政策についてBriefingの際、‘戦略的競争’と‘戦略的忍耐’の言葉を使っています。とりわけ‘忍耐’は事態への対処の難しさを示唆する処とされ、日本の対中政策にも影響を齎すことにもなるだけに留意されるべき言辞と思料するのです。
(1)戦略的競争:バイデン政権は米中関係を「戦略的競争」と捉え、対決する分野と協力する分野を区別する様相です。つまり米中の完全なデカプリングは非現実的で、望ましくないととするものです。アジアでの地域的経済提携(RCEP)の妥結を見れば、中国を製造拠点から排除するのは難しくなっている現実が認められる処です。とすれば、日本は米国に「選択的な競争」、すなわちどの分野で中国と競争するかを示す一方で、尖閣諸島の問題では断固とした態度をとりながら経済関係の維持を探る、そうした点で日米が協調するのが効果的ではと思料される処、友好国との連携もそうした戦略的発想を以って臨む事で、中国への圧力は一段と威力を発揮することになるのではと思料する処です。
(2)戦略的忍耐:一方、ホワイトハウスでサキ大統領報道官がBriefingの際、よく使う言葉に「戦略的忍耐」という言葉があります。これまでの政策の検証や各省間の調整がすぐには進まないと云う意味があるとされ、例えば米国のTPP復帰問題は国内での組合問題との兼ね合いから、時間がかかりそうで、22年秋の中間選挙までは難しく、従って当面は国内問題に注力し、貿易は優先課題とはならないことを暗示するとされるのです。とすれば複雑化する内外環境に照らすとき、バイデン政権の対中政策の基本は「戦略的忍耐」にありとなるのではと思料するのです。
尚、 中国側には、確固たる信念と意志を以って目標を戦略的に達成するという心構えとして「戦略的定力」という言葉があると仄聞しますが、予て習近平氏が主張し、以って米国と対峙する姿勢を示す言葉とされる処です。1月25日、オンラインで開催のダボス会議アジェンダ・フォーラムに登壇した習近平氏は、世界の進むべき方向を示しながら「新冷戦」や「デカプリング」と云った状況を強い調子で糾弾し、西側参加者を驚かせる処でしたが、これが習指導部の自信を窺わせる、まさに「戦略的定力」とされる処です。 とすれば新しい対立構図は、米国の「戦略的忍耐」対 中国の「戦略的定力」と、見る処です。
序で乍ら、「自由貿易の番人」とされるWTOの事務局長ポストが昨年8月末以来、空席のままでしたが、2月5日、米バイデン政権は、予て有力候補とされていたナイジェリア出身のオコンジョイウエアラ元財務相を支持する旨を公表したことで、漸く後任事務局長人事が決着、3月1日、就任予定の由です。これも、アフリカ出身者は中国寄りと、トランプ政権が反対していた米中対立を象徴する事案の一つでした。これで通商紛争処理の再開等、機能不全にあったWTOの機能回復、更にはWTOのルールの近代化が期待される処、バイデン政権もWTOに積極的に関わっていく構えと伝えられる処です。
第2章 Post-Brexit、新生英国の行方
1.‘Britain‘s place in the world’(新生英国の世界の居場所)
周知の通り英国は、2020年12月31日、移行期間を終え、EUから完全に離脱しました。その直前の24日、両者は通商協定に合意し、「合意無き離脱」の大混乱を回避されています。が、協定の対象は最小限にとどまっており、とりわけサービス部門についてはほとんど触れられておらず、今後、果てしない議論が続くことになるものと思料される処です。しかも英国側の主張で、外交と防衛の分野の案件にも手が付けられてはいないのです。
さて、他人となった欧州大陸、それを背に孤立した英国が海の彼方に目をやるとき、「これから英国は世界の中でどのような役割を果たすべきか」が、問われていくことになるのです。
この点、The Economist, Jan.2nd,2021は ‘Britain‘s place in the world’と題して、以下指摘する処でした。
つまり、このテーマは、英国が過去何世紀もの間、取り組んできたテーマである事、そしてこの数十年、失われた帝国や超大国の立場を懐かしむ思いに駆られることが多かったが、EUの一員という立場が、ある種の答えを与えてくれていたとし、ブレア元首相の言葉を借りるなら、英国は米国と欧州の「架け橋」になることができたし、米政府にもEUにも影響力を持ち得た。が今、英国は一から考え直さねばならなくなったと指摘するのです。
そして、新生英国の旗印、‘Global Britain ‘は良いアイデイアだが、欧州大陸とは再びいろいろ厳しい取り決めに忙殺されることになろうとコメントしたうえで、「英国が欧州に目を向けない姿勢を克服するのが早ければ早いほど、グローバルな英国への見通しも明るくなる」と総括するのす。なんともcynicalに映る処です。[`Global Britain’ is a fine idea, but it requires hard choices and re-engagement with Europe .( The Economist, Jan.2,2021)]
(1)Global Britainが目ざす役割、そして今、対峙する問題
・英調査会社「イプソス・モリ社」: 同社が9月に行った世論調査では、英国民の38%が「英国は世界の主要な大国であるかのような振る舞いをやめるべき」と考える一方、これに同意しない人は28%だった由です。 では、英国民が取りうる一つの道は、国際的な立場の低下を受け入れ、国内問題に集中する事、つまり少し大きなデンマークになることかと、質す一方、英国民は、国が影響力を持つことで得られる恩恵を当たり前のことと考えてはいなかったか と、貿易問題であれ、気候変動問題であれ、民主主義の問題であれ、英国の国益に沿うよう世界に影響力を振うことは、英国民の為になっている事を知るべしと云うのです。その点では、保守党政権は「Global Britain」のスローガンを掲げてはいるものの、EU離脱を決めた国民投票から4年以上を経った今なお、この考えはスローガンの域をほとんど出ていないとの批判に結びつく処です。
さて英国が果たすべきグローバルな役割とは、周知の通りで、いろいろ俎上に乗る処です。NATO、G7, G20、英連邦の加盟国の立場や国連安保理事会の常任理事国の地位にあって、いずれも影響力を行使できる処、英国は核保有国であり、軍事力も高く、ソフトパワーにも恵まれ、英国の科学力は、新型コロナウイルスのワクチン開発や治療法の確認でも卓越しています。今年はG7の議長国であり、気候変動に関する「COP26」の開催国ともなる処、いずれも英国が力を発揮する好機に恵まれる処です。
更に、世界に呼びかける力を正義のために用いる、例えば、途上国へのワクチン普及を支援する国際組織「GAVI(ワクチンアライアンス)」へと90億ドル近い資金集めにも成功する処、同じ考えを持つ国々と協力して圧力を働かせることも可能です。欧州で果てしなく続く話し合いから解放された英国の閣僚や外交官は、欧州の外で活動する時間を増やせる筈で、例えば「インド太平洋地域に力を傾ける」こともできる筈と云うものです。
・Global Britain掲げるジョンソ政権の課題 : ただこうしたグローバルな役割を果たしていくためには国内事情の安定が不可欠です。が、今それが不確実な様相にある事が問題です。つまり経済の停滞であり、国内政治の混乱です。
先ずその現状ですが、コロナ対策では、近時、順調に進みだしたコロナワクチン接種で、これまでのnegativeな評価の挽回を果す処ですが、何としても英国経済の不振が問題とされ(注)、BREXITの結果として更に悪化が進む様相にある事です。加えて、スコットランドの独立問題、アイルランド統一への声が再び高まる処、国内が纏まらぬ様相では他国に、まともに扱ってはもらえなくなる事への恐れが云々される処ですが、暫しジョンソン首相の対応を見定めていくしかないのでしょうか。
(注)2020年の英国GDP(速報値)は前年比 9.9%の落ち込み。減少率は1709年以
来311年ぶりの大きさ。
・序で乍ら、コロナがジョンソン首相を救った? : メイ前首相は外交・安全保障政策の面でEUと「野心的パートナー関係」を結ぶことを望んでいたと伝えられていました。が、ジョンソン首相は、その場その場の対応でやり過ごしていると批判のある処、ある時はNATO、ある時は各国との2国間関係、更には仏、独との3か国関係を通じて対処すると云った様相に、彼の評判は今一にある処、このジョンソン氏を救ったのが1 月29日、EUのワクチン戦略の失政。つまり、ワクチン輸出に係るEU内での対応の不手際の発生で、英国にとってEUの外にいる方が上手くやっていけると云っていたジョンソン氏の主張の信ぴょう性を高める事になった由。まさにコロナが彼に命綱を投げてくれた格好です。
(2)終焉迎えつつある英中「蜜月関係」
処で、今、英中関係の悪化に歯止めがかかりません。英中関係は最近まで「黄金時代」と称され、2015年には中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に英国は、先進7国で最初に参加していますし、中国企業による英国内の原子力発電所への出資や鉄鋼大手の買収など基幹産業での結びつきも強める処でした。
しかし、中国国内での新型コロナウイルスへの初動遅れへの懸念から英国内では対中懐疑論が台頭、2020年6月末、習近平指導部が香港で統制を強める香港国家安法を制定すると英中関係の悪化は決定的となったのです。―― この間、英政府は高速通信規格「5G」に準拠した通信システムに華為技術(フアーウエイ)の参入を、2020年1月、条件付きで認めたものの、6月には、国家機密情報漏洩懸念から、トランプ前政権の積極的な働きかけを受けて、その方針を転換、英国の5Gネットワークから締め出しています。
・Anglo American alliance再生:中国政府による香港弾圧に対し、英国政府は断固とした反中姿勢を展開、本年1月31日、香港市民及びその扶養家族290万人を対象とする新たなビザ制度を導入、将来の英国定住に道を開いたのですが、中国外務省は当該旅券無効とする措置をとるとする処です。更にロンドンが香港の反体制活動の新たな拠点となる可能性すら云々される状況です。かくして「蜜月関係」とされた英中関係は今、急速に終焉に向かう様相です。英国のこうした対中姿勢はバイデン政権の方針と協調する処です。
バイデン政権もトランプ前政権と同じく、新彊ウイグル自治区における少数民族ウイグル族らへの弾圧を「ジェノサイド」と非難する処ですが、トランプ政権と異なるのは、同盟国と協力して中国に対抗していく点です。バイデン政権の同盟国重視は、英ジョンソン首相にとって格好の機会と映る処です。まさにAnglo American alliance再生という処です。
2.英国のTPP参加申請と日本
その英国は2月1日、TPPへの参加を申請しました。自由化の水準が高い貿易圏がアジア太平洋地域の枠組みを超えて拡大されていくことは大いに歓迎される処です。周知の通り、TPPは2018年末、日本を含む11か国でスタートしました。関税の撤廃率が総じて高く、知財権の保護や技術移転強要の禁止、国有企業規律といったルールも厳しいもののある処です。世界のGDPに占めるTPP加盟国の比率は英国の参加によって13%から16%にわずかながら高まる処ですが、それでもTPPの趣旨に賛同し、保護主義に対抗する仲間が増える意味は極めて大きいというものです。
周知のとおり、コロナ禍による経済の停滞もあって、自由貿易圏の拡大は後回しになりがちですが、TPPが齎す貿易や投資の活性化は、この先の経済発展の糧となるものと云え、EUから完全に離脱した英国も、TPPへの参加に新たな成長の道を求めたということです。TPPを主導してきた日本は今年21年の議長国です。ここでも指導力を発揮し、TPPの価値を損なうことなく、今春にも始まる交渉を早急に纏められんことを期待する処です。
尚、第4回RCEP(地域的包括的経済連携:ASEAN 10か国)会議では、そのFTA Partners 5か国との間で2020年11月15日、署名され、当該EPAが成立。この結果アジア太平洋地域では、日本が主導してきたTPP11と今次のEPAが並び立つ処、この構図にかけるのが米国のTPP復帰です。この米国の復帰は日本にとお手の課題とされる処ですが、今次の英国のTPP加盟が米国の復帰に力を貸すことになればと、期待する処です。(2/24、日本政府はRCEP協定案を閣議決定し、次は国会承認です)尚、当該EPAが発効すれば、世界のGDPの3割を占める最大の広域自由貿易圏の誕生となる処です。
おわりに 「大観」を思う
上述、多国間協調を標榜するバイデン米大統領の登場で、まさに西側諸国は彼に同調する形で、トランプ前大統領の残した負の遺産の整理に進みだす処です。しかし世界の生業の現実は、新型コロナウイルス危機が超大国・米国の衰えに拍車をかけ、その一方で、世界の重心は力を増す中国に傾く様相です。 米国の衰えとは、コロナ下の財政出動と金融緩和で株価が上がり、持つ者と持たざる者との差が更に拡大し、政治への不満、不信の高まりを誘う一方、経済はと云えばGDPベースで中国が米経済を凌駕する、力の逆転が、下記(注)の通り、現実味を帯びだす状況にあり、新たな米中利害の対立の可能性を、感じさせる処です。
(注)中国経済予測(日本経済研究センター):2035年までのアジア・太平洋地域の経
済予測で、中国は2028年にも‘米国超え’と予測される処です. (日経2020/12/11)
因みに先週、手元に届いた2月20日付けThe Economistでは、台湾を巡る米中の対立につ
いて、`America is losing its ability to deter a Chinese attack on Taiwan’ とし, `To many
Chinese, Taiwan’s recovery is not just a sacred national mission. Its fulfilment would also
signal that American global leadership is coming to an end.’と、米国のグローバル社会での
リーダーシップの終焉を示唆し、Allies are in denialと、同盟役立たずと断じる処ですが、
さて迫りくる世界の地政学的構造の変化を感じさせられる処です。
さてこうしたダイナミズムを映す世界にあって、変化はチャンスながら、日米関係を基本軸に置く日本は、国際協調を大前提として、今後の行動はどうあるべきか、改めて迫られる処です。そこに求められるのは、まさに当事者の ‘大観 ’ の如何と、思料するのです。
それにしても今思うことは、先の東京五輪組織委員会会長人事を巡っての、あのドタバタ騒ぎは何だったのか、です。 森喜朗会長の老害発言と云い、引責辞任する本人が自らの後継者を指名せんとした姿は、醜態と云うほかなく、「五輪ムラ」自体の旧弊を露わとする処でした。その様相は世界にも伝播され、日本政治の古い任侠的体質と糾弾され、もはや多様性云々の言葉などお呼びでなく、ガバナンス欠如の日本社会の後進性を実感させられ、日本は大丈夫?と、失望感深まる処です。森氏を会長に推したのは安倍前首相でした。
さて米紙ワシントン・ポストのコメンテーター、F.ザカリア氏は、氏の近著「パンデミック後の世界 10の教訓」で、「政治の質」が最大問題の一つと挙げていましたが、上述事情にも照らす時、今の日本にとって政治改革こそは百年の計と痛感するばかりです。以上 (2021/2/25)