2021年01月26日

2021年2月号  世界は、二つのリスクを抱えて、’2021年’を迎えた - 林川眞善

目   次

はじめに コロナ危機、民主主義の危機  

1.終息見えぬコロナ危機
(1)コロナ対策と経済再生への ‘構’(かまえ)  
(2)コロナが放つ‘警告’と‘示唆’
2.民主主義の危機 ―米連邦議会議事堂乱入事件

第1章  バイデン政権誕生と米国の行方

1.バイデン氏、第46代米大統領就任
(1)大統領就任演説 
・就任演説 と バイデノミクスの可能性
・バイデン・コロナ対策
(2)バイデン氏の往く道は難路
・2021年十大リスク
2.バイデン政権下の米国と国際秩序
(1)欧州の対米関係と、対中関係の行方
・欧州と中国の関係
(2)日米関係と日本の役割

第2章 American Democracy の ‘暗黒の日’

1.アメリカン民主主義は何処へゆく ― Quo vadis ?
・Quo vadis? 、その現状に思うこと
2.年の始めの ‘トランプ物語 ’
・Trump’s legacy

おわりに  これから起きる変化  
  
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめに コロナ危機、民主主義の危機
                 
世界が迎えた新年、2021年は、二つの‘困難’を抱えてのスタートでした。一つは云うまでなく終息の見えぬ「コロナ危機」。その状況は ‘The tunnel gets darker`(The Economist,Jan.2nd )との様相です。もう一つはトランプ前米大統領が「米国第一」の主張の下、米社会の分断と、国際秩序の混沌を招いたトランプの「負のレガシー」ですが、とりわけ1月6日、ワシントンDCで起きたトランプ支持者による米議会議事堂への乱入事件は、現役大統領の彼が扇動うる事件であっただけに、すわ~「民主主義の危機」と世界は騒然となる処でした。そんな中、1月20日米国ではバイデン新大統領が誕生。さて、新政権の行方如何とする処です。

1.終息見えぬコロナ危機

さてコロナ対応については昨年末、新型コロナウイルス対抗ワクチンの開発で、コロナ収束への期待が高まる中、今度は英国、南ア等から持ち込まれた、感染力の極めて強いとされる新型コロナウイルスの変異種が確認され、世界は新たな感染拡大への危機感に覆われる処、英、独、仏などの一部では再びロックダウンの措置がとられる状況です。

では日本はどうか。昨年来の感染拡大急増に照らし、1月7日、昨年4月に続く2度目となる緊急非常事態宣言が、東京と近接3県を対象に、そして13日には近畿2府1県、更に愛知・岐阜・福岡・栃木の4府県に対しても、同様宣言が発出される一方、個人消費の維持拡大の為と、「Go To」キャンペーンが張られていたものの、感染拡大予防のためと、いきなり全面停止とするなど、およそ筋というものが見えない政府の政策行動に、不信感の募る処です。因みに、コロナ対抗ワクチン接種は欧米ではすでに始まっていますが、日本での一般人あての開始は6月というのです。

(1)コロナ対策と経済再生への ‘構’(かまえ)  
実際、‘ウイズコロナ’、 ‘コロナとの共生’、と云った曖昧な表現を以って経済もコロナもとする政府の手の打ち方は、いかにも後手に回る感否めずで、その‘構’に筆者は極めて違和感を覚える処でした。

政策当局は緊急事態宣言が発出されると、消費者心理が冷え込み、経済の足を引っ張るとの懸念から、‘経済もコロナも’と云った表現を以って政策実施が進む結果、その対応は後手後手と映り、不信感を生む処となっているのです。要は、経済を動かすのは人です。その人を健康に保つには、この際は徹底したコロナ対策に尽きる処、それなくして経済活動の堅持はあり得ません。つまり人の「健康」確保こそが現時点での経済政策の戦略ポイントなのです。
勿論、経済は重要です。その際重要なことは経済再生の為には、まず投資であり、雇用の確保にあること、そして消費はそのあとに続くもとの思考様式を確かなものにした上で、事態に向き合っていく姿勢が見えない、まさにトリアージュということですが、それが見えない事が、問題と感じさせる処です。加えて、この二つのテーマをいかに結び付けていくか、それこそが戦略となる処ですが、そうした姿勢が見えぬ‘政治’に不信感が増す処です。
 
要は、上述消費者の反応を恐れる事情は理解するとして、きちんと目標を示し、事態の推移を測りながら、一体的、戦略的な取り組みを目指す、そうした‘構’が必要と思料するのです。 
因みに、欧州ではコロナと経済対策を環境への取り組みにうまく利用しているといわれています。そのポイントは、新型コロナと持続的可能性、具体的には気候変動対応ですが、後述するように人間の経済システムと自然のシステムの衝突という点で問題の根っこが同じとの認識の下、厳しく対応されていると伝えられる処です。

(2)コロナが放つ‘警告’と‘示唆’
その点で, 新年号とした昨年12月19日付The Economistの巻頭言「The plague year」(コロナ・パンデミック年)は、およそ100年前のスペイン風邪のパンデミックでの経験に照らしながら、コロナが放つ警告、またコロナ禍への対応を通じて得られる次なる進化の方向について語る処、そのポイントは以下ですが、極めて示唆的云うものです。

・コロナが放つ警告。
食料、毛皮を取るために殺されている毎年800億個体の動物たちはウイルスやバクテリアがおよそ10年ごとに人命を危険に晒す病原体に進化する際の培養皿となっているという。そこで、動物たちを殺す代償を払えと突きつけられたのが今年で、それは天文学的な額だったとするのです。そしてロックダウンで経済が止まったことで現れた澄んだ青空こそは、コロナ危機が猛スピードで進んでいる間にも、もう一つの危機である気候変動がゆっくりと進んでいることの証だというのです。今、世界は脱炭素社会を目指す処の事情です。

もう一つは、パンデミックが浮彫する社会的不公正です。つまり、多くの子供たちは学習で後れを取り、十分な食事がとれなくなった事。学校を卒業しても若者の就職の見通しが再び遠のき、外国労働者は捨て置かれ、あるいは、故郷の村へ追い返され、それによってウイルスが広がっていくなど、人種によっても明暗が分かれる現実を指するのです。

・コロナが示唆する進むべき道
その一つはコロナ危機を技術革新の原動力とする道だというのです。例えば、米小売り売上高に占める電子商取引の割合はロックダウンが実施されていた8週間で、それまでの5年間の合計と同程度の伸びを示したが、それは在宅勤務の常態化に負うものというのです。
こうした創造的破壊は始まったばかりだが、パンデミックは医療など保守的な業界でも変化を起こせることを証明したという。AIや量子コンピューテイングなどの最新技術が原動力となり、あらゆる産業に技術革新の波を起こし、更に、パンデミックは政府をも革新的に変えていくと。そして、ポストコロナの21世紀に向け、新しい社会契約を核とした社会の創造を目指せと、以下言辞を以って締めるのです。

「--- They (people) should recast welfare and education and take on concentration of entrenched power so as to open up new thresholds for their citizens. Something good can come from the misery of the plague year. It should include a new social contract fit for the 21st century.」

2.民主主義の危機 ― 米連邦議会議事堂乱入事件

もう一つの危機は、1月6日ワシントンDCで起きた米連邦議会議事堂へのトランプ支持者による乱入事件が齎した危機というものです。これが単に米国のみならず、世界的にも民主主義の弱体化が問われる大問題であることを露わとするものでした。
それも現役大統領にあったトランプ氏が、先の大統領選が不正に行われた事、そしてその正義を取り戻すため、ホワイトハウス近くに集まったトランプ支持者に議事堂を占拠せよ(当日はバイデン氏を大統領候補とすることを正式決定する合同会議中でしたが)と扇動したことで起きた事件だけに、まさに騒乱罪該当の暴挙です。

勿論、TVに映し出される異常事態に、民主主義の総本山ともされてきた米国のその現実を目の当たりにして世界は、民主主義の破壊だ、1月6日は米民主主義の「暗黒の日」だと、騒然となる処でした。バイデン新大統領は、これまでも民主主義の再生を主張し、就任式でも同様主張する処、それが何よりも第1のテーマたるを実感させられた瞬間でした。そうした環境にあって、1月20日、2001年9月の米同時テロ以来の厳しい治安対策が打たれる中、バイデン氏の大統領就任式が行われました。米国は影響力が衰えたとはいえ依然、国際関係の支柱であり、米国内の出来事は世界の耳目を集める処です。

そこで、今次論考では、上述新型コロナ対応の基本を踏まえながら、この際は、バイデン新政権の成立に絞り、就任演説と彼の目指す政策、バイデノミクスの可能性を考察し、併せて今次の米議会議事堂乱入と今後の民主主義政治の行方についても考えてみたいと思います。


            第1章 バイデン政権誕生と米国の行方

1. バイデン氏、第46代米大統領就任

(1)大統領就任演説
昨年春、バイデン氏はForeign Affairs(March/April,2020)への寄稿論文`Why America must
lead again’ で(弊論考N0.98、2020/6月号、弊抄訳添付)、外交こそ米国のパワーの源泉
と、持論を訴えていました。そのポイントは次の4点「民主主義の再生」、「中間層に沿った外交」、「国際協調・連携の回復」、そして「世界の前線に立つ」とするものでした。

・就任演説 と バイデノミクスの可能性
今次就任演説も基本的には、その枠組みで語られていましたが、民主主義において最も掴み所のない「Unity」が必要と主張し、とりわけ現状について、「我々は新型コロナウイルスとの戦いにおいて、最も厳しく命がけとなりうる時期に突入している」との認識を示すと共に、「新型コロナウイルス対策で結束を」と訴えるのでした。そして、現状の同盟関係を修復し、もう一度世界にかかわっていくと「世界のリーダー」復活を目指すとし、自身にとり際立つものがあると云う「American anthem」(アメリカ賛歌)の一節を掲げて終わるのでした。

そして、バイデン氏は大統領就任式直後には、トランプ前政権が無視してきた国際協調の機能回復を通じて経済の回復を目指すとの趣旨に副い、早速、温暖化防止の国際協調の枠組「パリ協定」復帰のための大統領令に署名、EU更に中国が脱炭素に動く中、米国も世界の潮流に回帰する姿勢を示す処です。更には前政権が進めた閉鎖的移民政策を転換、イスラム諸国からの「入国制限」措置の破棄、又 注目されていたメキシコとの国境に「壁」を建設するために出されていた「国家非常事態」宣言を取り消し、壁建設を停止とするなど一日で15項目にわたる大統領令に、又、翌21日には包括コロナ対策関係で、10件の大統領令に署名し、トランプ前政権が残した政策からの大幅転換をアッピールする処でした。

・バイデン・コロナ対策
これより先、1月14日、バイデン氏は出身のデラウエアー州で米国の現状について演説し、「パンデミックと経済悪化の2つの危機にあり、時間を空費する余裕はない」とし、1.9兆ドル(約200兆円)規模の新たなコロナ対策を発表、2月予定の両院合同議会で、更に「インフラ投資などの経済再建を改めて表明する」(日経、1月15日)とするのでした。そして、感染拡大と、経済悪化、ワシントンDCでの暴動による社会不安という三つの危機のしわ寄せを受ける家計への支援に1兆ドルを充てるともしています。ただ、これが共和党の抵抗で最終的には1兆~1.1兆ドル程度に縮小するとの見方のある処ですが、それでも米国のGDPの5%に及ぶというものです。昨春以降のコロナ対策は累計で5兆ドル規模、GDPの25%と、主要国では断トツとなる処です。尚、15日にはコロナワクチンの接種を加速戦略として、接種拠点を全米に数千か所の設置を打ち出しており、バイデノミクスは特異な環境での戦略を鮮明とする処です。

(2)バイデン氏の往く道は難路
彼は就任演説でも何度も声高としたのが「世界のリーダー」への復活でした。それが意味することは、この20年間の徐々に進んだ米国への信頼を取り戻すことですが、そもそもは米国の信望はアフガニスタンなどへの軍事介入で崩れ始め、2008年の金融危機で悪化し、コロナの感染で地に落ちたというもので、その構造化が懸念される処ですが、そのためにはまずは、経済を立て直し、ワクチンを普及させ社会の分断を修復することで、その低下は食い止められるでしょう。が、逆にバイデン氏がつまずけば中国の強大化は必然となり、地政学的な混乱が避けられなくなっていくものと見られ当該リスクの高さが指摘される処です。

米調査会社ユーラシア・グループのイアン・ブレーマ氏は「米国は今なお世界で最強の国だが、自国が分断されている国が他国を率いることはできない。米政界が外交政策の方針や達成方法を巡り意見が分断する現状では、かつてのように国際社会の仲介役を果たすことはできず、海外では地政学的的な機能不全が増えることになる」と、そして「米国は民主主義を海外に輸出してばかりで、自国の為に残しておくのを忘れたのかもしれない。バイデン氏はこうした問題を解決しなければならないが、とてつもない難題だ」(日経2021/1/21)と総括する処です。実際、アメリカ・フアーストの孤立主義と、反体制ポピュリズムからなる「トランピズム」の組み合わせが、米国内での分断、対外的には国家間の分断を齎し、アメリカの政治に強力な圧力を残す処、バイデン体制はその「トランプ主義」の妨害に苦しむ可能性の高さがなお云々されるのですが、バイデン氏の往く道は難路といわれる所以です。

・2021年十大リスク
尚、序で乍ら、上記 ユーラシア・グループ(イアン・ブレーマ氏)は1月4日、恒例の「2021年の十大リスク」(注)を発表していますが、その筆頭に挙げるのが「米第46代大統領」でした。上述事情を以ってその事由とする処です。去り行くトランプ前大統領が残した身勝手なポピュリズムの残像がバイデン政治を邪魔することになるとの予想から筆頭に置かれたとする由ですが、6日の議事堂騒乱は、まさにそれを実証するごときです。

(注)上記他の十大リスク:第2が「長引く新型コロナの影響」、第3に「気候変動対策を巡る競
争」、第4に「米中の緊張を拡大」、第5位は「世界的データーの規制強化」、第6位サイバー紛
争の本格化」、第7位「トルコ」、第8位、「原油安の打撃を受ける中東」、9位「メルケル首相後
の欧州」、そして第10位は「中南米の失望」。

2.バイデン政権下の米国と国際秩序

さて、上記政策事情を踏まえながら現時点で、想定されるバイデン政権下での国際秩序はどのような展開を示すことになるか、考察しておきたいと思います。

(1)欧州の対米関係と、対中関係の行方
バイデン氏は早くからトラン政権下で急速に冷え込んだ欧州との関係の修復を語る処でした。12月1日、NATOに出された報告書は、米国と欧州諸国の対立を念頭に亀裂を早急に修復するよう促したと報じられる処でした。(日経12月4日)
トランプ政権下で冷え込んだといわれる背景にあったのが、トランプ氏のNATOに対する姿勢でした。欧州各国に国防費の増額を迫る一方で、2019年には欧州に事前通告なしに米軍をシリア(北東部)から撤退させ、2020年にはドイツの駐留米軍削減を決めるなどで「米国第一」は欧州首脳には「欧州軽視」と映り、マクロン大統領は、NATOは脳死状態と口にするほどで、従って同盟重視を掲げるバイデン大統領への期待は高いというものです。

因み、EUは昨年12月2日、次期米大統領としてのバイデン氏に4分野(コロナ対策、環境問題、WTO改革、民主主義の対応)での協力を提案しており(弊論考N0.105 2021/1月号)要は、国際協力に関する大西洋間の新しい議題を設定する機会とみる処です。勿論、それはバイデン大統領の琴線に触れる処でしょうし、とりわけ同盟国との連携による対中包囲網構想とも合わせ見るとき、欧米関係の回復・強化が進むと見る処です。

・欧州と中国の関係
というのも、EUと中国は、2003年「包括的戦略パートナーシップ」を結び政治・経済での関係を深めてきていました。しかしトランプ氏台頭あった2016年以降、ウイグル人権問題、あるいはギリシャの港湾を巡っての中国による投資問題等がある中、EUは中国との経済協力枠組みがEUの規制やルールに合致しないことに懸念を募らせ、時に対中スタンスはしばしば混乱を呈する処でした。そんな中、昨年12月30日、EUは中国と、包括的投資協定(CAI)に合意したのです。7年をかけての事です。一部では、「EUが中国にすり寄るもの」と報じられていましたが、これはトランプ・アメリカに痛めつけられた中国が、国の姿勢を変えるのにつながる大幅な妥協をし、むしろEUにすり寄った結果とも見る処です。

もとよりEUの最終目的は、中国に不公正な競争を終わらせることにあるのですが、そのためには国際法の「条約」という枠組みが必要であり、その枠組みに中国を入れ込み、集団的圧力をかけようとするものと云え、言い換えれば、国家資本主義を国際条約で取り込み、圧力をかける戦略とみる処ですが、米国も十分理解できるはずでしょう。いずれにせよ近時の香港問題、中国内の少数民族ウイグル族に対する人権問題、等でEUは今、中国離れの様相にあり、上記投資協定の発効も欧州議会の問題視もあって、今や不透明にある処です。 
尚、上述バイデン米国の外交姿勢に照らし、米欧関係の修復は時間の問題と云えそうです。

もとより、この結果は日本にも影響する処です。つまり、日本はトランプ・安倍の関係を以って、国際舞台で存在感を示し得てきましたが、バイデン氏が欧州との関係を深めれば、日本の「頼られる度」は相対的に下がることになることでしょうから、国際的な存在感をどう発揮していくか、菅首相に解を迫る方程式も複雑さを増す処かと思料するのです。

尚、中国については昨年10月5日の5中全会で米国など海外に依存せずとも経済を回せる体制を目指すこととして、「双循環」というコンセプトを打ち出しており、長期政権を目指す習近平氏が在任中に米国との新たな協力関係を築く方針と側聞する処、つまり米国との長期戦に備え、当面は硬軟両様で臨むものと思料されますが、今年7月、共産党結党百周年を迎え新方針も予想される処、殊、米中関係についてはそれを待ってとしたく思います。

(2)日米関係と日本の役割
上述米欧関係の復活、中国の対外姿勢の変化等を勘案するとき、当然のこととして、日本の外交の在り方も大きく変わっていく事になるものと思料する処です。それが意味することはこれまでのまず米国ありきではなく、日本して如何に世界の変化に与していくか、その上で、対米関係、対欧州関係の在り方、更に、対中関係について新たな対応が問われていく事になるはずです。この点については別途の機会に改めて話すこととしたいと思います。

が、ただ一点、バイデン政権の対中政策ですが、日本や他同盟国と提携、多国間アプローチで、中国をルールに従わせていく、つまり包囲網作戦と思料するのですが、その最善の手段は、まずは米国のTPPへの復帰と思料するのです。その点では日本の役割再びであり、新たな展開を期待する処ですが、更に前述の通り、EUの外交の軸足が中国からアジアにシフトする処では、インド太平洋構想(QUAD)を主導する日本には、更なる役割が期待できる処です。加えてバイデン大統領がホワイトハウスに新設予定の「インド太平洋調整官」のポストに知日派とされるカート・キャンベル元米国務次官補の起用が内定している由ですが、これは日米関係にとっても極めてpositive factorとなる処です。 加えて、バイデン政府がパリ協定に復帰したことで、日米間での脱炭素の実現に向けた閣僚対話の枠組みが構想される処、新たな日米関係の枠組みが期待できる様相です。

・尚、今年6月11~13日、英国コーンウオールで2年ぶりG7サミットが対面開催予定です。これこそは多国間協調回復を図る絶好の機会と云え、何よりも出席者のメンツが、独仏加を除き、日米伊そしてEUの全員がnew comerである事、又、英ジョンソン首相は主催国ながらBRXIT後、初の参加となるわけで、新たな議論の展開が期待される処です。


         第2章 American Democracyの ‘暗黒の日’

1.アメリカン 民主主義‘は何処へゆく ― Quo vadis ? ’

1月6日、米国の首都、ワシントンDCで起こった連邦議会の議事堂乱入事件は、米国そして世界にとっても民主主義の殿堂とされる議事堂への乱入だけに、世界を唖然とさせる、まさに「暗黒の一日」でした。

トランプ氏は、11月の大統領選を不正選挙であり、民主党は選挙を盗んだと叫び、バイデンひき降ろしをいろいろ画策してきたことは周知の処です。1月6日、連邦議会ではバイデン次期大統領を正式に選出する上下合同会議が開かれていました。一方、ホワイトハウス近くでは11月の選挙結果に抗議するトランプ支持者による大規模集会が行われていましたが、そこに現れたトランプ氏は集まった支持者に対して、「この国を取り戻すのに必要な誇りと大胆さを(連邦議会議員に)与えよう」と、議事堂に向かうよう促したことで、支持者は議事堂に向かい建物に侵入、約4時間占拠したという事件です。(日経1月7日,夕)暴徒は民主主義の殿堂である連邦議会の議事堂によじ登り、ガラスを割るなど狼藉を働く一方、警官の発砲で若い女性を含む5人の犠牲者を出すに至っています。

その狼藉の様子は勿論、TVでも流れ世界が知る処ですが、ここで問題は暴徒を扇動したのが、現職にあった大統領のトランプ氏自身だったということです。 全てはトランプ氏の扇動的言動に負う処、大統領選の敗北、選挙システムの否定、ジョージア州上院選での敗北、これらはトランプ氏自身が作ったものと云え、今次の騒乱暴挙はアメリカの民主主義政治に決定的汚点を残すことになったというものです。バイデン氏は就任演説では民主主義の再生を訴え、また対中、対ロについては民主主義に照らして行動するとする処、その軸が瞬時狂わんばかりでしたが、事態の重大さはますます増す処です。

1月12日、議会ではトランプ氏が騒乱を扇動したとして、まさに「反乱の扇動」を弾劾根拠とした大統領弾劾訴追の決議が行われ、13日には弾劾案が採決されました。最終的には弾劾裁判を行う上院次第ですが、裁判はいつになるか(注)、仮に有罪ともなれば、彼は一切の公職にはつけなることで、4年後の大統領選出馬の可能性は消えることになるのです。
そして20日、武装装備抗議デモの情報もあって厳戒態勢の中、バイデン大統領の就任式は無事終了したこと前述の通りです。[(注)2月9日開始で両院が同意したと報道。(日経1/24)]

米ツイター社は8日、8800万人超のフォロワーを抱えるといわれているトランプ氏のアカウントを、暴力行為を扇動する危険性ありとして、永久停止したと発表。これが発言の自由を阻害するとの批判も呼ぶ処です。
ハリウッド・スターで加州知事をつとめた共和党員でもあるシュワルツネッガー氏は、トランプ氏の行動は、アメリカ独立以来、国家の支柱に置かれてきた民主主義を否定する行為と強烈に批判する処、アメリカの民主主義は何処へゆく? まさに‘ Quo vadis ? ’ の様相です。 

・Quo vadis ? その現状に思うこと
公正な選挙で選ばれた代表を通じて権利を行使するのが民主主義の大原則です。処が、地球規模の感染拡大で世界は強権政治の力を強める処、その原則が崩れかけぬ様相です。 強権政治の背景には民衆受けするポピュリズムが生まれ、自国主義のナショナリズムが前面に出て、自国だけ安全にととじ込んでしまう状況です。ワクチン開発や分配などで国際協調がより必要なのに逆に、争奪戦争を演じてしまう。これではパンデミックには立ち迎えません。

1989年、冷戦が終わり国境を越えた経済活動や移民等、グローバリズムの波が襲い、この結果は自由主義よりも、自分たちの生活や国を守ろうというナショナリズムが活発になり、そこに、グローバリズムの旗を振っていた米国が自国第一の旗を振ってしまった。移民・難民問題や中間層の困窮などで国内の分断が進み、その不満の声を吸い上げて登場したのがトランプ氏。その姿はヒットラーが台頭した1930年代の世界と非常に似た現象と危惧する処です。ただし、その姿は民主的な手続きを経て生れてきた結果でした。
そこで、コロナ禍で吹きつのるナショナリズムの風をうまくおさえなければならずということですが、これがいかに民主主義を立て直すかに繋がる処と思料するのです。

2.年の始めの ‘トランプ物語 ’

筆者は先日、ボブ・ウッドワード氏がトランプ氏との17回に及ぶインタービューをベースに書きあげたという「怒り」(Rage)を読みました。これは2年前の「恐怖の男」に続く彼にとって2本目のトランプ物語です。 ただ前作「恐怖の男」はトランプ氏の政策決定のあり姿を追うものでしたが、最後は「2017年のアメリカは、感情的になりやすく、気まぐれで予想のつかない指導者の言動に引き回されている。・・・世界で最も強大な国の行政機構が、神経衰弱をおこしている」と評するトランプ物語でした。 それから2年、2度目のトランプ物語では、主に新型コロナ感染問題を巡ってのトランプ氏の思考様式、行動様式を、対話を通じて浮き彫りせんとするものでしたが, 締めは以下の通り相変わらずです。

「…大統領は最悪の事態や、悪い報せと、いい報せを進んで国民と分かち合わなければなら
ない。どの大統領にも、報せ、警告し、守り、目標と国家の真の利害を明確に説明する義
務がある。ことに危機に際しては、世界に向けて真実を告げるという対応が必要だ。とこ
ろが、トランプは、個人的な衝動を大統領の職務の侵し難い統治原則にしている。大統領
としてのトランプの業績全体から判断すると、結論はただ一つ。トランプはこの重職(ジ
ョッブ)には不適格だ。」と。

こんな結論は、言わずもがな。それでも彼は4年後の大統領選に向かわんとの様相です。因みに、過去に、4年のブランクを置いて、再選された大統領は一人います。 第22代(1885~89年)、第24代(1893~97年) の大統領、グロバー・クリーブランド(Grover Cleveland)です。尚、司法長官に起用されることになったガーランド氏は、トランプ氏の退任後の起訴の可能性を示唆す処です。(日経、1月9日、夕) 

昨年11月28日のThe EconomistのCover story ` How resilient is democracy ? ‘ では、何よりも、民主主義はひとびとが求めてやまないものとした上で、具体的には、トランプ大統領が投票日の11月3日以降、選挙結果を覆そうと様々な策をめぐらせてきたが、米国民の民主主義がこれに屈服するような気配は全く感じられなかった、米民主主義はresilient、つまり民主主義の原則への復帰力ありと、評する処でした。さて、バイデン新大統領は民主主義の再生を旗印としていますが、今次騒乱の実態を見ていくに、その再生への道は難路と見
る処ですが、関係者、関係諸国の理解協力を得ながら前進する事、念じる処です。

・Trump’s legacy
尚、1月9日付 The Economistは、その巻頭言でトランプ氏に誘導された議事堂乱入事件と、ジョージア州での上院選での民主党の勝利は、バイデン政権のあり姿を変えていくことになろうとしながら、トランプ氏を擁して臨んだ昨年11月の大統領選結果が共和党に示唆することは、次回選挙に勝利するには党の再編が不可欠と、つまり最も重要な再編とは、トランプ氏を追い出すことだと、以下言辞を以って締めるのでした。ただし、共和党の実情は、トランプ支持層を取り込まないと党勢の維持はおぼつかない処、彼は退任目前に「何らかの形でまた戻ってくる」と言い残していましたが、さて?

--- to become successful and ,more important, to strengthen America’s democracy once more rather than pose a threat to it, they need to cast off Mr. Trump. For, in addition to being a loser of historic proportions, he has proved himself willing to incite carnage in the Capitol.


おわりに これから起きる変化

前述の通り、米国大統領に就任したバイデン氏は、就任と同時に温暖化防止対策の国際枠組み「パリ協定」への復帰を国連に申請しました。この結果、国連が承認すれば、EU,中国、日本に加え、米国が加わることで、世界のBig 4が温暖化ガス削減に向けた目標で足並みをそろえることになります。先月号論考でも報告の通り、先行するEUは30年までに温暖化ガスの排出量を少なくとも55%削減すると公表、又、中国は昨年9月の国連総会で習近平氏がビデオ登場ながら、2060年に実質CO2排出をゼロにすると宣言、更に昨年10月には、菅首相は2050年までに排出量の実質ゼロを宣言、つまりカーボンニュートラルの達成、と脱炭素社会宣言をしています。そこに米国が加わることになると、まさにBig 4の揃い踏みとなるのです。

この揃い踏みを以って脱炭素、CO2ゼロに向かう姿は、本稿「はじめに」でリフアーしたエコノミスト誌が示唆するように、新たな技術開発、イノベーションの推進、結果として産業の構造的変化、それに伴う企業の在り方の変化、更には消費活動の変化、そして生活対応の変化をももたらすこととなり、まさに産業革命を誘導する要因と思料する処です。
因みに、この1月11日~14日、今年も米国ラスベガスでデジタル技術見本市「CES」が開催されました。尤も、今次はコロナ禍を受けて初のオンライン開催でしたが、それでも会期中の発表からは、これからの技術潮流が示されるものだったと報じられています。

一つは、コロナ後も見据えたテクノロジーの活用戦略の流れで、米小売り最大手のウオールマートが、危機下でも業績を伸ばした背景にはネット技術をうまく組み合わせことによる成果と紹介される処でしたが、より大きな流れとして注目されたのが、脱炭素の取り組みだったということでした。因みに、米GMでは2025年末までに高級車からピックアップトラック、商用車まで30車種の電気自動車(EV)を発売すると発表する処です。つまり、多くの国がコロナ禍からの経済復興策に脱炭素を据えるようになってきたというのです。

さて、コロナ対策の曖昧さで批判の標的となっている菅政権ですが、先に脱炭素政策を長期成長戦略と位置付け、脱炭素社会を国家目標の柱として打ち出した事は、大いに評価されるべき事と思料するのです。この脱炭素政策「2050年カーボンニュートラル」は、1960年、池田内閣の下で策定された長期経済計画「所得倍増計画」以来の長期経済計画です。そして温暖化防止行動を新たな投資と需要を生み出す成長戦略として捉える点で評価する処です。

メデイアは、この脱炭素宣言が日本経済に新しい空気を吹き込みだしたと、電力会社など既得権層を巻き込む構造改革の大きな一歩を踏み出したと指摘すると共に、脱炭素革命によって世界的に新たな成長の時代が訪れる可能性が大きくなってきたと指摘する処です。
遅れそうだった日本が先頭集団に並ぶ中、米国が「パリ協定」へ復帰することで温暖化防止に向けての主要国の足並みが揃うことで、世界経済は活気を取り戻すはずと見る処です。本稿冒頭のテーマでは「危機」を連発しましたが、そうなれば前言取り消しとなるわけですが、新年を迎え終えた今、そうあって欲しいものと、反省をも込め、強く念ずる処です。 
以上 (2021/1/25)
posted by 林川眞善 at 16:29| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする