2020年12月25日

2021年1月号  世界経済 2021年の針路 - 林川眞善

目  次

はじめに 2020年 ‘年の瀬 ’の国際環境    
(1) コロナワクチン 接種始まる
(2) 連呼の脱炭素社会宣言
(3) `2020・11・3 ’ 後の米国

第1章 米経済の行方と、‘失われたアメリカの20年 ’ 診断

 1.米経済の現状と今後の見通し
 2. ‘失われたアメリカの20年’ 診断
  ・米コロンビア大教授、Jeffrey Sachs氏
  ・欧米連携の復活

第2章  脱炭素社会へカジを切った菅政権と,
習近平中国の地球温暖化対策

1.菅首相の脱炭素社会宣言
(1)脱炭素化と日本経済の構造改革
    ・菅政権と「構造改革」
(2)積極的な反応を示す経済界
(3)世界は一挙に脱炭素社会を目指す
・「パリ協定採択5周年」記念会議
  ・菅首相のグリーン外交
2.中国の地球温暖化対策、そしてそこに映る狙い
(1)習近平氏のカーボンニュートラル宣言
(2)米コロンビア大教授、Adam Tooze氏の警告
   
おわりに  次代のカギを思う  
 
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はじめに  2020年 ‘年の瀬 ’ の 国際環境

OECDは12月1日、世界の経済規模が中国の成長回復が牽引する形で「2021年末までにコロナ禍前の水準に戻る」と、世界経済の見通し(2021年:4.2%, 22年:3.7%)を公表しました。同時に、感染再拡大が成長率を押し下げるリスクは消えておらず、金融財政政策による下支え、感染対策の継続を各国に求める処ですが、ワクチンなどの研究が進んでいるほか、各国の雇用や企業支援策で経済が回復しやすい状況を保っているとして、「コロナ禍が始まって以来、初めて明るい未来に向けた希望がある」とコメントするのでした。

では日本は如何にですが、同レポートによると、日本のGDPは2020年に5.3%減少した後、21年に2.3%, 22年に1.5%のプラス成長と見通す処です。輸出が戻りつつある他、東京五輪が無事開催されれば消費を押し上げるためとする一方で、企業の投資は弱含みと見る処、日本に対して「生産性や持続性を高めるための構造改革を進めるべき」と指摘する処です。因みに12月14日 公表された日銀短観では大企業製造業の業況を示す指標(DI)は、前回(9月)調査に比し17ポイント上昇、2四半期連続の改善でしたが、総合ではマイナス10とコロナ前の状況には未だしの状況です。

そんな「年の瀬」にあって、OECDが云うような期待を膨らませる動きが際立つ処です。まずはコロナワクチンの開発・承認、そして接種が始まったこと、次に主要国による脱炭素社会宣言、つまりカーボンニュートラル宣言が連呼されたことで、SDG、世界経済の持続的成長に向けたベクトルが確かなものとなってきたということです。 そして、次期米大統領にバイデン氏が確定したことで、トランプ政治に代わる、国際政治の協調路線復活が見通されるようになったこと、も挙げられる処です。

(1)コロナワクチン接種始まる
12月2日、英国政府は米製薬大手フアイザーと独ビオンテックが共同開発する新型コロナウイルスのワクチンの使用を承認、12月 8日にはロンドンで初の接種が行われ、ジョンソン首相も誇らしげに立ち会うのでした。 メデイアによると今回、英国に承認された両社は2021年末までに約13億回分(6.5億人分相当)を世界で製造する予定とか。同じく米欧などでの月内の接種開始に期待が高まる米モデルナも21年に5億~10億回分 (2.5億~5億人分相当)の生産を計画している由で、順調に進めば両ワクチンだけでも、21年末までに最低でも9億人に行きわたるという由です。(日経、12/3)

去る8月19日、日経紙上インタービューで、ワクチンンの共同開発や供給を巡る世界的な計画を進める官民組織、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)のR.ハチェットCEOは、ワクチン供給は21年上半期になろうとの見通しを語っていましたが、今次の英国での承認はその予想をはるかに超えるスピード承認です。開発着手から1年足らずでの実用化には驚かされる処ですが、未曽有の災禍が技術革新を後押ししたと云えそうです。

ワクチンによる予防効果がどれだけ長続きするのか、ワクチンの供給には低温保管が不可欠とされる事(フアイザー製ワクチンはセ氏マイナス70度の超低温で輸送・管理することが必要とか)等々、難しい問題の残る処ですが、接種の普及で集団免疫が実現されれば、各国の経済再開の本格化につながるとの期待は云うべくもなく、各国の大規模金融緩和、財政政策も加わり、株式市場は活況を呈する処です。(注)
     
(注) 世界の上場株式時価総額が史上初めて100兆ドルを上回った(12/18日現在)。
国別では米国の21%, 42兆ドル膨らんだほか、中国も48% 増で9兆を突破。日本
は10% 増の7兆ドルにとどまり、中国との差が拡大した。(日経12/20) 

が、WTOは「パンデミックがこれで終わるわけではない」と警告する処、そもそも貧困な国に行き渡るのか? 世界が協力し、乗り越えるべき課題は多々との状況には変わりのない処です。 尚、12 月11日、米政府も、米、フアイザー社らが開発する新型コロナワクチンの緊急使用を承認、14日に接種が開始されましたが、日本ではより慎重な治験を経た上でということで、接種は来春になるとみられる由です。とにかく朗報です。
序で乍らワクチン開発で一番乗りし、世界を救おうとしている米フアイザーの経営者はギリシャ人、同社と提携する独ビオンテックの創業者はトルコ人だとか、何とも示唆的です。

(2)連呼の脱炭素社会宣言
もう一つは、世界が一斉に「脱炭素社会」に向け、動き出そうとしていることが確認されたことです。 周知のとおり8月28日,安倍前首相が持病の悪化を事由に、突然辞任。その後を襲って9月16日、菅前官房長官が後継首相に就任。そして10月26日、菅首相は初に臨んだ臨時国会での所信表明演説で、予想外に日本経済の脱炭素政策、つまり「2050年、カーボンニュートラルの達成」(注)を明言。そして12月1日、政府戦略会議が取りまとめた成長戦略実行計画に、それが盛り込まれたのです。これはパリ協定が目指す温暖化ガス規制への対応ですが、まさに「日本脱炭素社会宣言」でした。

(注)カーボンニュートラル(気候中位)とは、ライフサイクル全体で見たとき、
CO2排出量と吸収量とがプラス・マイナスゼロの状態を指す。

脱炭素についてはEUが2019年に宣言、2020年9月にはUN総会でビデオ参加した習近平氏が宣言、日本はこれに続くものでしたが、来年1月にはバイデン米政権がパリ協定に復帰することが予定されおり、これで世界は連呼する形で、一挙に脱炭素化社会に向かうことになったのです。まさに世界のトレンドとなる処です。

(3)2020・11・3 後 の米国
そしてもう一つは、米大統領選「その後」です。トランプ氏が、なお大統領選投票の無効を主張し、法廷闘争を目指す中、12月14日の選挙人による大統領選出選挙の結果、バイデン氏の勝利が確定し、2021年1月20日、同氏の第46代米大統領就任が決定したことでした。

次期大統領のバイデンス氏には、トランプ氏が強行したアイデンテイテイ政治が齎した社会の混乱の立て直し、更にはトランプ政治で壊されたグローバル協調路線の復活に向けた大仕事が待つ処です。もとより、それは彼が目指す‘民主主義の再生’のそれへの挑戦ですが、何よりもまず、コロナ禍による経済の立て直しが第一となる処、後述、12月21日に承認された9000億ドルの追加対策で一先ず、景気への不安は払拭されていく様相にある処です。

ただこの際留意されるべきは、ここで云う混乱とは、トランプ政治で露わとされた米社会の分断状況を指す処ですが、今「米国の失われた20年」とささやかれるように、過去十数年にわたる、つもり積もった経済社会の不満が構造化してきた姿の一部が、自己中心のトランプ政治、アイデンテイテイ・ポリテイックスの横行で一挙に露わとなったというもので、それだけに当該問題の根は深く、彼が目指す道のりの厳しさが想定される処、一部にはトランプ無きトランプ時代の到来とも揶揄する向きのある処です。 
そんな中、米コロンビア大教授のJeffrey Sachs氏は、そうした事情をいくつかの切り口から解析整理し、新たな国際協調をベースとした経済成長路線の復活を示唆する処です。

・Reimaging Capitalism in a world on fire
処で、この秋、邦訳出版されたハーバード大の経済学者、レベッカ・ヘンダーソン氏は10年をかけて書き上げたという「資本主義の再構築」(Reimaging Capitalism in a world on fire)で、世の中が生まれ変わっていくなかで公正で持続可能な世界をどう実現するかと問い、 「企業は可能な限り政府と連携し、開かれたフォーラムで柔軟性のある政策― 経済成長を最大化しながら汚染をコントロールし、かつ社会全般とその仕組みの健全性を強化する政策を設計することで、企業は制度改革の一翼を担い、税負担、腐敗撲滅、いつでもアクセス可能な完全な民主主義を支える」と、説く処です。 要は企業こそ変革の主役と、体制論とは異なった切り口で、実践的に資本主義の改革を提言する処ですが、それは上述(1)、(2)、(3)をも絡む包摂的なスキームへのシフトを示唆する処です。 

そこで今次論考では(i)上記ヘンダーソン氏の思考様式を体し、米経済の現状の検証と、J.サックス教授の「失われた米国の20年」克服に向けた診断とをそれに重ね、今後の可能性を考察し、(ii)国際経済社会の新たなトレンド「カーボンニュートラル」を巡る日本政府そして中国政府等、国際環境の実情とも併せ、その行方を考察していく事とします。


第1章  米経済の行方と、‘失われたアメリカの20年 ’ 診断
                
1.米経済の現状と今後の見通し

12月4日公表された11月の米雇用統計によると、注目を集めてきた失業率は前月より0.2ポイント下がって6.7%で、4月の14.7%をピークに低下は続くものの危機前の水準、3%台の水準には未だしの状況です。言うまでもなくコロナ感染の再拡大でサービス業を中心に雇用回復にブレーキがかかりかねない様相にあり、前述ワクチン接種の全面的な普及まで綱渡りが続く処かと思料するのです。ただ、この雇用統計を受けたバイデン次期大統領は12月4日、「米景気は失速しつつあり、議会は救済策の即座行動を」と演説。12月20には、超党派グループで提案中のコロナ対策 ― 失業保険の特別措置や中小企業の雇用維持策を延長するのが柱となるものですが、9千億ドル(約93兆円)の追加財政の発動が合意、21日には関連法案が採決されたことで、景気への不安は払拭されていく様相です。

では来年の見通しはとなると、勿論次期政権の政策如何ですが、バイデン氏は22日には、上述追加財政に加え更に、雇用創出、ワクチン普及などを目的とした追加経済対策を年初に用意すると発言する処です。因みに、ハーバード大教授(Kennedy School)のJason Furman氏はForeign Affairs (1月号)で、現時点での米経済全体の姿は、失業率、株式市場等、基本的にはhouse-on-fireの状況は脱してきているとして、バイデン氏には何よりも重要かつ、緊急を要することはCOVID-19の収束であり、それが彼の目指す中期的政策`building back better’ の中核だと、苦言とも言えそうな、指摘をする処です。

前述 ヘンダーソン氏は、「企業こそ変革の主役」と主張する中で、今次コロナ・パンデミックは資本主義を取り巻く議論のターニングポイントにある事、同時に、「希望の兆し」とも言い、資本主義を徹底的に見直すチャンスだと指摘する処です。つまり、ビジネス界のリーダーは経済格差や気候変動に取り組む為に、自らの方針を見直し、ともに協力すべきと語ると共にパンデミックは、ビジネス界のリーダーにアメリカの競争力、経済格差に取り組むことを迫るとするのですが、バイデン氏と共に歩む米国の今後の行方とは、まさにprogressive capitalismにありと、感じさせられる処です。

2.‘失われたアメリカの20年’ 診断

さて、‘失われたアメリカの20年’ の現実について、米コロンビア大教授のJeffrey Sachs 氏 は11月27日付け論考 ‘America’s Political Crisis and the Way Forward ’ で、その実状を以下、7つの切り口で整理・分析するとともに、その行方を示唆する処です。―
・Rapid technological change(急速な技術革新) / White backlash(人種間闘争)
・The end of social democratic politics(民主政治の終焉)/ The evangelical awakening
(福音主義の覚醒)/ Plutocracy(金権政治)
・Antiquated political institutions(守旧的政治組織) / Social media(メデイアの規律)

つまり、2000年以降、これら事態が絡みあう事で米国社会の分断が進み今日に至る、まさに「米国の失われた20年」を結果する処で、従って現下の混迷とはトランプ政権以前からの現象ですが、トランプ氏の登壇は、彼のアメリカ・フアーストの下、米国政治のシステムの乱用、例えば、対外政策については、大統領は議会に諮ることなく一存で、大統領令を出すことで実行が許されることになっていますが、その大統領令を乱発して国際的連携を拒否し、例えば地球温暖化対応のパリ協定からの離脱、コロナ対応では不可欠なWHOの協力・支援の拒否、二国間貿易では関税障壁の強化等一方的導入を以って国際秩序を混乱に陥れ、結果として国内での不平等、分断が更に進んだとするのです。

そこで、トランプ政権、4年間の現実に照らし、今後、米国にとって、そして世界にとっても、重要な事は、明らかなように次の10年、各国との協調体制の確立を進め、分断を修復するグローバルなリーダーシップの確立を目指すことと、主張するのです。そうした期待を促す事情として挙げるのが、パンデミックにあってアジア・太平洋地域では米欧経済を上回る成長を果たしている現実、更に欧州も米国との連携強化と、外交上の安全保障、防衛力の強化を目指す動きのある事を挙げるのです。
そして更に強調することは、持続的成長を確実としていくためには環境対応が不可避として、その点、当該分野で世界のリーダー格にある欧州と連携し、世界との包摂的な社会の創造に努めていくべきと主張するのです。要は覇権主義的なリーダーシップはもはや過去のものであって今、世界は環境、社会、安全保障問題が複雑に絡み合う処、地域の内外を超えた強力な連携こそが、その前提となるというのです。

これら処方はバイデン政権への期待を映す処と云え、バイデン氏は民主主義の再生を第一義に、そして外交対応では国際協調を原則として、環境問題、人権課題に強い関心を示す処です。10月29日付け日経コラム「大機小機」では、かかる行動様式を「社会的資本主義」と表していましたが、要は、より今日的に云えば、ステークホルダー資本主義へシフトする姿であり、その行動様式は米コロンビア大のStiglitz氏らが唱道するprogressive capitalism に通じる処と思料するのです。その直後、かつて経済学を修めた先輩、同僚から「社会的資本主義」ってどういったことかと、照会を受ける処でした。

・欧米連携の復活
序で乍ら、EU欧州委員会は12月2日、バイデン次期大統領あてに4分野での協力提案を行った由、伝えられています(日経12月3日) その1つは新型コロナ対策。つまりワクチンや治療方法の開発。WHOの立て直しを米欧共同で進めること。2つ目は環境問題。気候変動や生物多様性で、米欧が世界を先導すべきとし、大西洋間で環境技術連合構築の提唱。3つ目はWHO改革及びデジタル経済を討議する場の提案。4つ目は民主主義や人権と云った西側の基本的価値観。つまり多国主義を広げ、地域の安定に貢献する事、でした。その以前、EUフォンデアライエンス欧州委員長は11月の講演で、「ホワイトハウスに再び友人を持つ」とバイデン氏歓迎の意を表した由、新たな米欧関係の生業を感じさせる処です。


          第2章 脱炭素社会へカジを切った菅政権と、
習近平中国の地球温暖化対策

1.菅首相の日本脱炭素社会宣言

冒頭「はじめに」で触れたように菅首相は10月26日、臨時国会での所信表明演説で、新型コロナウイルス禍で浮き彫りとなった行政のデジタル化の遅れを解消するために「大胆な規制改革を実現する」と強調する一方、成長戦略の柱の一つとして、「経済と環境の好循環を掲げ、グリーン社会の実現に最大限注力する」と力説するのでした。 とりわけ注目されたのが、成長戦略とした「2050年カーボンニュートラル」、脱炭素社会の実現を宣言したことでした。それは温暖化ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにするとの宣言でした。

これまで達成目標の時期を示すことなくやり過ごしてきた事に,国際的批判を受けてきた日本でしたが、主要国が次々に脱炭素競争へと足を踏み入れる中でギリギリのタイミングでの宣言というものでした。 遅まきながら世界の批判に応えんとするのは、次世代型太陽電池やCO2を再利用するカーボンリサイクルと云った「革新的なイノベーション」が、今後成長のカギと,その実用化を急がんとしたものと云えそうですが、11月19日の国会では、地球温暖化対策に国を挙げて取り組む決意を示す「気候非常事態宣言」も採択されています。
更に、政府・与党は、2050年、脱炭素目標を法律に明記することとした由(日経12/22)ですが、勿論、異例の措置とはいえ、2021年COP26に向け、政府の意思を内外に強調する狙いと云えそうです。

(1)脱炭素化と日本経済の構造改革
さて菅首相は12月8日の臨時閣議で、事業規模73.6兆円の追加経済対策を決定しましたが、その際は、前出、菅政権の看板政策、温暖化ガス排出「実質ゼロ」や官民のデジタル化と云った成長戦略宛てに51.7兆円と全体の約7割を投じることを決定。なかでも脱炭素に向けた研究・開発支援のため5年間、2兆円規模の基金の創設を、更に官民のデジタル化促進のための費用でも1兆円を確保したのです。 同日開催の経済財政諮問会議で菅首相は「グリーンやデジタルなど新たな成長に向けた対策を盛り込んでおり、直接の経済効果はGDP換算で3.6%程度の見込み」とコメントしていましたが、18日の閣議では2021年の経済成長率見通しを4.0%と決定、民間予想よりは強気見通しとする処です。

・菅政権と「構造改革」
さて、コロナ収束後を見据えた成長率の底上げに向けては、環境やデジタルに重点を置くのは今や主要国の潮流と映る処ですが、日本の場合、安倍長期政権で手を付けることのなかった日本経済の「構造改革」に菅政権は、一歩、踏み込むこととしたものと映るのです。
つまり、構造改革とは既得権排除によってはじめて実現する長期的視野に立った政策行動ですが、安倍前政権の場合、この既得権を切り崩すのではなく、むしろ彼らを味方にすることで政権基盤を維持してきたというものでした。が、菅首相の脱炭素宣言で、社会の空気は一変したかの感ありで、企業や金融機関は温暖化防止をテーマに急速に動き出す処です。
ただ課題は、こうした巨額に見合う効果的な執行の如何です。財政の実態がとかくの問題含みの折、その推移を注視していく要あること、いうを俟たない処です。

(2)積極的な反応を示す産業界
日本は、これまで省エネや電池の技術で環境先進国と云われてきました。しかし、これからは、中国や欧州の飛躍でその地位が揺らぐ中での「温暖化ガス排出ゼロ」を競うことになる事でしょう。ただ「脱炭素社会」で競争力の源泉となるのが、再生可能エネルギーと蓄電池技術です。その点では革新的なイノベーションを期待できる技術の芽生えはすでにあって、それらをいかに育てていくか、にかかるものと思料するのですが、これこそ前出ヘンダーソン氏のいう政府と企業の連携の妙の如何となる処でしょうか。尚 、日本の産業界と行政の対応状況の幾つかを、メデイア情報をベースに、以下に取りあげてみました。

           脱炭素に向けた日本企業と行政の対応状況 
(2020/12月現在)
① 東芝:脱炭素の流れを受け、事業の軸足を再生可能エネルギーに移し、2022年までの3年間で再生可能エネルギー分野に1600億円の投資(同社エネルギー部門の年間投資額の約5倍)を決定。(日経11/11)― 東芝自身、2015年の不正会計発覚をきっかけとする経営危機で多くの事業の売却、また巨額の損失を出した海外原発事業からの撤退に加え、この11月、石炭火力発電所の新規建設からの撤退発表。車谷社長は「脱炭素をビジネスとして本格的に取り組む」と云う。脱炭素宣言をtake chanceした経営再建策とも映る処です。

② 日鉄:2050年に温暖化ガスの排出量実質ゼロにする方針を決定。2020年度中に策定する長期環境経営計画に盛り込むことを決定。最大手の日鉄が実質ゼロとする初の削減時期の設定に踏み切ることで、巷間、国内企業の脱炭素の取り組みに弾みがつきそうといわれる処です。(日経 12/11)

➂ 三菱ケミカル(小林HC会長):今次同社では外国人社長の起用を決定しましたが、その決定は自社の置かれた環境の分析と併せての決断と語る処。(日経ビジネス11/30日号)  ― つまりパリ協定に基づけば、毎年、温暖化ガスは8%ずつ減らさねばならない。今年、コロナ禍で経済が大減速してはじめて8% 減った。裏返していえば、毎年、これくらいのリセッションがないと菅首相が打ち出した2050年CO2排出量実質ゼロは達成できない。
こうした危機的状況もコロナ禍で白日の下にさらされた。だからこそ化学業界でも、石油・石炭にかかわる事業は今後、再編・縮小がもっと必要になる。相当なリストラをやる。もっと捨てなければいけない。しがらみもある。その為には外国人社長の方がぴったりと云う。

④ 行政と企業
・政府の脱炭素化支援:CO2排出量の多い企業として再生可能エネルギーの導入拡大が必要になる処、政府は「温暖化ガスの排出枠取引制度」の導入によって、2050年脱炭素目標に向けた取り組みの加速化検討。又、発電や燃料電池車(FCV)向け燃料として水素利用の拡大(目標1000万トン)を進める。
・金融庁と銀行:金融庁は気候変動リスク対応として、国内メガバンクに対して今後30年を見据えた財務分析と対策を求める。つまり、急増する自然災害への備えが金融機関の経営健全性を左右する要素に浮上してきたというもの。因みに、欧州中銀(ECB)は11月27日、気候変動や環境のリスクをどう管理し開示していくかについての指針を公表している。

― 明らかに産業界の「時代精神」が変わってきていることを感じさせる処です。

(3)世界は一挙に脱炭素社会を目指す
本稿「はじめに」(第2項)で触れたように、EUは2019年、2050年脱炭素社会を宣言し、更に今年7月「欧州クリーン水素連合」を創設、官民で研究開発やインフラ整備を推進中で、まさに環境問題へのリーダーを自認する処、中国習近平氏も後述9月の国連総会で「カーボンニュートラル」を宣言、10月には日本が、そして来年にはバイデン米国のパリ協定復帰と、世界は一挙に脱炭素社会ヘ向かう様相にある処です。 勿論、脱炭素社会に向うと云ってもそう簡単ではありません。つまり、気候変動は純粋な気象現象にとどまらず、産業政策や国際政治における主導権争いの側面もある処、(とりわけ、中国の外交姿勢の如何ですが)、温暖化対応政策は、もはや世界戦略上,不可欠な要素となってきたという事です。

・「パリ協定採択5周年」記念首脳会議 
さて12月12日、「気候野心サミット」と名付けられたオンラインでの「気候変動サミット」がロンドンで開かれました。21年11月のCOP26(英国開催)に向け、温暖化対策への意識を高めようと開かれたというものです。メデイアによるとグテレス国連事務総長は、会議冒頭「パリ協定の目標には程遠い状況だ。方向を変えなければ壊滅的な気温上昇に直面することになる」と危機感を示した由です。因みに、12月4日、日本の文科省と気象庁は、「パリ協定」の目標が達成できなかった場合、気象上昇により日本の気候に深刻な影響が出る、猛暑日が倍増すると、予測結果を発表し警鐘を鳴らす処です。 
尚、各国首脳のメーセージで目立った事は、コロナ禍で落ち込んだ経済の回復と成長を、環境政策の強化を以って目指す「グリーンリカバリー(緑の復興)」にあった由で、主催国英国のジョンソン首相は、脱炭素の推進を通じて「世界全体で数十万、数百万の雇用を生み出せる」と語り、「グリーン産業革命」の主導に意欲を示したと、報じられる処でした。

・菅首相のグリーン外交
さて、首相の本気度は来年11月、英国でのCOP26で試されることになるものと思料される処です。それだけに日本として目標達成の具体的な道筋を来年夏ごろまでに、今後10年間の新たな目標の設定が必要となることでしょう。勿論、温暖化対策は日本だけで主導できる問題ではありませんが、日本に有利な国際ルール作りを進めるためにも欧米との協調が大事となる処です。一方、バイデン氏は大統領就任後100日以内にサミットを開き、温暖化ガス削減目標の強化を呼びかけるとしています。さらに来年秋COP26の前にはG20サミットの予定があり、やはり環境問題が議題となる見通しで、菅首相にとってグリーン外交が売り(グリーンは成長の源泉)となる瞬間が続きそうです。

[参考] パリ協定と、目標年2050年のなぜ?
そもそも国連温暖化対応は1992年の国連で、温暖化による危機的影響を防ぐため、大
気中の温暖効果ガスの濃度を安定化させることを究極の目標とする「国連気候変動枠組
条約」が採択されたことに始まる取り組み。この条約に基づき1995年からは毎年、国連
COP会議(Conference of the Parties:気候変動枠組条約締約国会議)が開催されている
が、2015年12月、パリで開催の第21回会議(COP 21)で、2020年以降の地球温暖化
対策の枠組みとして、世界の平均気温の上昇を産業革命前の2°C未満に抑え、21世紀
後半には温暖効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標とした「気候変動枠組条約」、
いわゆる「パリ協定」が採択され、その結果、達成目標年を2050年に置くようになった
と云うもの。尚 本協定に署名・批准している国は2019年7月時点で185か国。

2.中国の地球温暖化対策、そしてそこに映る狙い

(1)習近平氏のカーボンニュートラル宣言
前述の通り、9月22日のUN総会で中国習近平氏は、ビデオ出演し「2060年には実質二酸化炭素排出量をゼロにする」と、宣言しました。排出ガスを世界で最も大量に出している中国(注)のトップが、このように国際的公約を発したことは驚きを以って迎えられましたが、勿論、先行するEU他、関係諸国は歓迎する処でした。そしてこれが、10月26日の「第5中全会」で決定された「第14次5か年計画」に組み込まれています。(弊論考N0.104)

     (注)中国で生産される二酸化炭素量は、世界全体の約28%を占めるとされ、これ
     は米国、EUそしてインドの合計とほぼ同じ量とされている。

処で、この習氏のスピーチに対し、米外交誌「Foreign Policy」の電子版に投降した米コロンビア大学教授(歴史)、Adam Tooze氏は、9月25日付投稿記事「Did Xi just Save the World? 」で、中国の思惑を語っているのですが、考えさせられる処、多々です。
つまり、習近平氏のスピーチは、以下のように極めて単純な二つのsentencesからなるもので、つまり、「 China will scale up its Intended Nationally Determined Contributions by adopting more vigorous policies and measures. We [China] aim to have [carbon dioxide] emissions peak before 2030 and achieve carbon neutrality before 2060.」でしたが、この短い文章こそは「the future prospects for humanity」、つまり人類の将来を再定義した可能性があると断じる処です。そこで、そのポイントを、以下紹介することとします。

(2)Adam Tooze氏の警告
・まず、それは誇張のように聞こえるかもしれないが、急速な経済成長と石炭火力への依存で、中国は圧倒的に最大のCO2排出国になっていて、その排出量の比率は上記(注)の通りで、一人当たりの排出量ではEUより多くなるというのです。ただ地球温暖化は年間の排出量ではなく、大気中に時間と共に蓄積された温暖化ガスによって引き起こされるもので、この観点からは過剰な炭素蓄積の歴史的責任が米国とヨーロッパにある、ともいうのです。

・中国の一人当たりの排出量は現在、米国の半分以下だが、将来の排出量に関しては、中国次第としながら、温暖化の将来は、急速に成長しているアジア, 特に中国が決めることになろうが、習近平の短いスピーチは地球の将来を決定したと云い、彼の約束が完全に実行されれば、世界の気温上昇は摂氏0.2~0.3度下げると専門家筋も推測しているというのです。

・そして中国と他国との関係が米国だけでなく、EUやインドとも悪化していることを考えると習近平氏の動きは印象的と云え、香港、ウイグル自治区、人権などで、EUが中国への批判を強めようとしている時期に、中国は気候政策に関してEUと一致している点を強調するのですが、国際的な対中包囲網が構成される中、地球温暖化の旗振り役のEUに擦りよることで孤立化を回避し、併せてEUの技術及び資金の取り込みを狙っていると見る向きは強いとするのです。又、温暖化対策は南北問題の対策にもなる処、中国はすでに先進国並みにあるも、いまだに南のリーダーとして振るまっていて、世界の貧しい国に対して排出権ビジネスで資金を還流させると途上国の共感を得ようとしていると言うのです。

同時に中国は温暖化対策が膨大なビジネスチャンスを生むことに気付いていて、既に、再生可能エネルギーにおいて、中国機器の国際市場でのシェアーは支配的になりつつあること、更に、電気自動車にあっても主要バッテリーは中国が世界最大の生産者になっているとも指摘するのです。そこで語られるように、この分野で立ち遅れれば、技術覇権を中国に握られる可能性があり、その意味で安全保障上の問題になるかもしれないとするのです。新しい時代のエネルギー覇権を誰が握るのか、既に競争は始まっていると、警告するのです。
  

           おわりに  次代のカギを思う
本稿を締めるにあたり、今一度、Nouriel Roubini教授(NY University’s Stern School of Business)が、今年4月28日付けでProject Syndicate に投稿していた 論考を読み直してみました。タイトルは `The Coming Greater Depression of the 2020s’ です。それは経済停滞につながるリスク要因、下記10項目を挙げ、現在と今後の景気動向を見通すものでした。

① COVID-19対抗で財政支出の拡大で政府の効率劣化、コロナ禍で雇用労働者の収入
減と消費の減少、が重なり回復力劣化のリスク。
② Demographic time bomb(先進国共通の人口の高齢化と社会保障負担拡大リスク)
➂ Growing risk of deflation(デフレの進行―需要の減少で不稼働設備の増大)のリスク
④ Currency debasement(ドルの減価のリスク)
 ⑤ Broder digital disruption(経済のデジタル化の頓挫)
 ⑥ Deglobalization(反グローバル化の進行) ― パンデミックの進行はBalcanization
(小国化)誘発リスク、
 ⑦ The backlash against democracy(反民主主義と人種対立リスクの高まり)
➇ The geostrategic standoff between The US and China(米中対立の深化)
⑨ Diplomatic breakup (米中に加え、ロシア、イラン、北朝鮮との関係悪化リスク)
⑩ Environment disruption(これまで軽視されていた環境問題リスク)

その際の結論は、今年、2020年は主に上記①を踏まえ、U字型の景気回復を辿るも、その後は上記要因への改善取り組みなければ、L字型のgreater depressionに見舞われると見立るのでした。尤もそれらリスクはCOVID-19以前から承知されてきた事と云い、そこで彼は、これまで軽視されてきた10項目目の環境問題対応こそが、何よりも今後のカギであること、そして2030年代までにはtechnology and more competent political leadershipを擁することで、事態の改善が期待されるとするのでした。実に‘今’、世界が目指さんとする姿に符合する処、新しい資本主義経済の核心は環境対応にありと、思いを新たにする処でした。

さて、この1年、コロナ禍の癒えることのないままに、皆様には毎月、長編論考にお付き合い頂き深謝申し上げます。今、再び、コロナ感染拡大、第3波が報じられる処ですが、各位には、メルケル首相がドイツ連邦議会(12/10)で行った、感情を露わとして、国民により厳しい措置への協力を懇請したあの感動のスピーチを肝に銘じ、お元気で佳き新年を迎えられん事、祈念する次第です。 (2020/12/25)

A Happy New Year to You all !       

posted by 林川眞善 at 11:03| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする