2019年12月26日

2020年1月号  Olympic Year、2020年を前に日本のこれからを考える - 林川眞善

はじめに:急激な人口減少と向き合って

11月26日、厚労省発表の人口動態統計では1~9月に生まれた子供の数は67万3800人、前年同期比5.6%の減少でした。この減少は、直近では1989年以来の大幅減少だそうです。既に年間の出生数がゼロという自治体も出始めているとか。そして近く公表される2019年の年間出生率は90万人を下回るとの予想で、人口減少社会が鮮明となる処です。(注)

    (注)12月24日、厚労省が発表した2019年の日本人国内出生数は86万4千人、前年比5.92%
と急減し、1899年統計開始以来、初めて90万人を下回った。(人口動態統計の年間推計)

ここで注目しておくべきは日本の少子高齢化の質的特徴で、日本の高齢化率が特に高くなっていくのは、長寿が要因ではなく、少子化が大きな要因だと云う事です。勿論長寿化、つまり平均寿命の延びも高齢化率を高める方向に働くわけですが、実際の処は先進諸国の平均寿命の相違はさほど大きなものでなく、特に大きいのは出生率の違いであって、その在り様が高齢化率を左右することになるのです。
そして、少子化進行の問題は、社会保障の支え手の減少に直結するほか、潜在成長率の低迷を招く恐れがある事です。人口減が予想より早く進む事態への備えが求められると云うものですが、その点、子供を安心して産み、育てやすい社会を作ることは勿論ですが、働き手が減少する社会が持続的な可能性を堅持していくためには、一人当たりの生産性の向上が官民とも、より重要なイッシューとなってくる処です。

・Japan’s Burden
今から9年前、The Economist(2010/11/20号)が日本の「少子高齢化」についてJapan’s burden(日本の負担)と題し,cover storyに取り上げていましたが、その特集記事今再びと、筆者は在庫棚から取り出し、この古証文ならぬ古雑誌の記事に見入る処です。その特集記事は、現在、日本が直面している問題の本質は「高齢化」と「人口減少」に集約されるとするものでしたが、この問題はある意味で他の国々も同じようにやがて経験していくことになる問題として、key wordを「Japan’s syndrome」とし、日本がこのテーマにどう対応していくべきか、将来同じ問題を抱える国にとってモデルとなるとして、色々提言するものでした。因みに、項目的に見ていくと、労働人口減については、女性の労働市場への積極的参画、移入外国労働者の促進、高齢者対応として外国人介護者の導入等、加えて規制緩和による生産性の向上、等々指摘していたのですが、実に今再びと、感じさせられる処です。そして少子高齢化の下での人口減こそは経済にとって致命的要因だとするものでした。

確かに高齢化や人口減少は多くの困難な課題を突き付ける処前述の通りですが、今我々が迎えつつある人口減少社会という新たな状況と対峙していくとして、その為には発想や対応を転換し、新たなスタンスで臨んでいく事が不可避となる処です。それは経済環境の変化を構造的に捉えなおし、そして、その変化に果敢に挑戦していく事で新たな発展への機会と、受け止められるべきと思料するのです。

・「元号」でみる戦後75年の日本経済
戦後期を通じてレビューするに、「昭和」という時代は人口の増加と共に経済の拡大、成長を目指した時代でした。そして続く「平成」という時代はバブル崩壊や人口減少社会への移行を含めた変容の時代となり、今日に至る処です。本論稿6月号で取り上げた三菱ケミカルホールデイング会長の小林喜光氏、はそうした平成30年を総括し「敗北と挫折の30年」(日経ビジネス、2019/4/1)と断じると共に、平成に続く「令和」と云う新しい時代は、本格的な人口減少社会に向かう処、この際は平成を拘束してきた企業環境を克服し、つまりアンチテーゼにチャレンジすることで、様々な可能性が期待できると檄を飛ばすのでした。

一方、京都大学教授の広井良典氏は、近刊「人口減少社会のデザイン」(東洋経済、2019/10/3)では、高齢化と少子化の二つの要素を歴史的な流れのなかで位置づけ、その意味を再確認しながら、併せて3つの問題意識、① 膨大な借金を将来世代にツケ回している姿、②人口減少の背景にある格差拡大問題の構造化、更に、➂人口減の背景にある社会的 孤立化(つながり)、に照らしながら、2050 年に向けて持続可能であるための条件や、そのために取られるべき政策を「人口減少社会のデザイン」として提言するのです。

又、在野のエコノミストとして知られるデービッド・アトキンス氏は「日本人の勝負」(東洋経済、2019/1/24)で、騒がれる人口減少とは、実質的には少子化と、高齢化の二点であり、この認識の下、それら問題への取り組みの行方を展望すると共に併せて、人口減少社会へシフトする日本経済について、持続的可能性を堅持していく方途としてHigh road capitalism、要は「高付加価値・高所得高資本主義」への道をと、提唱するのです。言い換えれば現状にあった資本主義のアップデート化という処です。

    (注)デービッド・アトキンス氏:
アトキンス氏は1965年、英国生まれ。現在小西美術工芸社社長、92年、ゴールドマン・サッ
クス入社、金融調査室長として日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し、注目された仁
で、各種日本経済論にて受賞多数の、在日30年のエコノミスト。

そこで、上記3つの思考様式を踏まえながら、人口減少社会の日本の行方について暫し考察することとし、新たな年に備える事としたいと考えます。

尚、12月15日、マドリッドでのCOP25は各国が温暖化ガス削減目標を引き上げることで合意し、次回COP26で目標数値を提示することとなっています。今日的世界環境に照らすとき、もはや温暖化対策は国の今後を規定しかねないほどに重要なテーマとなってきており、従って環境対応こそ、日本が積極的、戦略的に対峙していかなければならない課題となる処です。併せて考察する事とします。


目 次

第1章  人口減少社会と日本の行方

(1)人口減少社会が意味すること
   ・広井良典氏の思考様式
   ・人口減に健全な危機感を
(2)人口減少下、持続可能な経済への道
・人口減少、労働力人口減少への対応
   ・「デジタル革命」-「K」と「L」の相乗効果追求
(3)D. アトキンソン氏のアドバイス

第2章 新たなグローバル化と生産性、そして日本の行方
                              
(1)新たなグローバル化のはじまりと生産性向上
   ・デジタル分業
(2)COP25、マドリッド会議と日本の立ち位置
・英中銀カーニー総裁のCOP特使就任
           
おわりに  新年を迎えるにあたって   


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1章 人口減少社会と日本の行方

(1)人口減少社会が意味すること

日本が今、完全に人口減少社会に向かっている事、周知の処ですが、その背景を成すのが「少子化」であり「高齢化」です。前掲、広井良典教授は「人口減少社会のデザイン」において、当該要素を抱えて人口減少社会に向かう日本の変化を、「黒船ショック」を起点とした変化として、今日に至る日本の工程を以下のように語るのです。

・広井良典氏の思考様式
つまり欧米列強の軍事力、そしてその背景にある科学技術力にいわば、度胆をぬかれ、これでは日本が占領され支配されてしまうという意識のもと、強力な富国強兵があって、それに応える形で人口が増えていったという歴史的背景を語るのです。言い換えれば、17世紀前後から勃興した「世界資本主義の大きな渦」にアジアの辺境にあった日本という国が巻き込まれていったプロセスそのものだったともいうものです。

そして第2次世界大戦を経て、今度は「経済成長」という国を挙げての目標となり、それとパラレルに人口増加の道をたどっていったことになるのですが、20世紀から21世紀へと世紀の転換点とほぼ重なる時期に、状況は根本的に変化したと再定義します。
つまり、2005年に初めて前年より人口が減ると云う事態が起こり、その後数年、人口が上下する年が続くも、2011年以降は完全な人口減少社会に入ったとし、現在の合計特殊出生率(2018年で1・42)が続いていけば人口は減少を続け、2050年過ぎには1億人を割り、その後、更に減少していく事が予測されると云うのです。

かくして、我々が現在立っているのは文字通りのターニングポイントにある処、これがむしろ様々なチャンスの時代、或いは「真の豊さ」に向けた新たな出発の時代とも云えそうで、またその様に位置付けていくべきと、するのです。 即ち、急速な人口の増加を見、急速な成長を果たしてきた時代は、ある意味で相当な無理を重ねてきた時代とも云えるのですが,そこでは教育や人生のルートなども含めて多様性と云ったことはあまり考慮されず、文字通り画一化が進み、それと並行していわゆる集団の「同調圧力」と云ったものも強固なものにしていったと、観るのです。

そうした一元的なベクトルから人々が解放され、いわば坂道を上った後の広いスペースで各人が自由な創造性を発揮していける、そうした時代がまさに「人口減少社会」と捉え得るのではと、広井氏は総括するのです。それは、本格化する人口減少に向かいつつある中、そこに様々なポジテイブな可能性を招き、成熟社会の真の豊かさを実現していく時代として捉えていくべきとするもので、それこそ前出小林会長が目指す文脈にも通じる処です。

・人口減に健全な危機感を
2年前、2017年12月27日の日経社説は、日経平均が2 万2千円台にのぼり、労働市場は完全雇用を達成して余りある状況にあってその陰で「日本の経済社会を蝕む構造問題にはほとんど手が付けられていない。それは人口減少だ」として人口減に健全な危機感をもって、個人、企業、政府・地方自治体が三位一体になって強化すべきと訴えていたのです。
序で乍ら、当時、安倍首相は「少子化」を「国難」と称していたのですが。

言うまでもなく、そうした変化への取り組みの結果、資本主義の在り様も変化することになる筈でしょうから、その変容についても触れなければなりません。が、当該問題はよこにおき、とりあえず、人口減少社会という新しい局面にあって、いかに持続可能な経済に持っていくか、その課題に絞り、実践的に考察していく事とします。

(2)人口減少下、持続的可能な経済への道
少子高齢化を背景とした人口の減少はマクロ的には需要の減少を齎し、従って強いデフレ圧力となっていく処、従ってこれが単に緩和措置を取ったからと云ってもはや改善は期待できず、日本のデフレ状況に改善が見られないのはそうした事情に負う結果です。従って、強力なデフレ圧力が続くとなれば結局、経済は破綻に追い込まれることになる処です。そこで人口減少経済にあって如何に持続可能な経済に持っていくか、つまりいかに需要を生んでいくか、いかに生産性を高めていくかと、なるのですが、そこで発想を変え、これをチャンスとして新たな発展を目指せてと言う事になる処です。

企業または経済全体でどれだけの資源・原材料を投入すれば、どれだけの生産を行えるか、言い換えれば、労働Lや資本Kなどの生産要素を必要とするかは、Y=f (K,L)の生産函数として表記され、人口(労働力人口)Lの減少の下では、この関数が示す通り、資本Kを高めることが必須となる事自明の処です。つまり、要素Lの減少を、要素Kの強化を以ってカバーし、生産活動の維持拡大を進めることになると云う事です。それは言うまでもなく、基本的には各要素の生産性の向上に尽きる処、それこそは持続可能性の確保であり、それぞれの要素特性に合った対応が不可避で、企業の努力もさることながら、問題によっては政府の取り組み、支援が不可避となる処です。

・人口減少、労働力人口減少への対応
日本の場合、人口減少の真の意味とは、急速に進む少子化、急速に進む高齢化とが重なる結果としての労働力人口の減少を意味する処ですが、これがよりリアルな問題は前述の通り、社会保障の支え手の減少、具体的には労働力人口の減少であり、以って潜在成長率の低迷を招く恐れある点で、日本の労働力人口の減少が致命的な問題と映る処です。要は、当該労働力を如何に確保していくか、或いはその「減」をいかようにカバーしていくか、まさに労働力の確保が問題となる処、日本の人口減問題とは、労働力人口の減少問題と思料するのです。

まず、労働力(人口)確保への対応として、女性の労働市場への参画ですが、それを促す環境整備が喫緊の課題です。そして労働力人口をカバーする上で、外国労働者の戦略的移入も不可欠となる処、その受け入れの整備も早急に整備されることが不可欠です。米ジョージ・メイソン大教授のタイラー・コーエン氏は「外国人材の受け入れという変革も始まっている」と指摘するのですが。加えて、高齢化の日本事情を映し、元気な高齢者の企業活動へのリエントリーも課題となる処ですが、以上についてはいずれも、企業側の理解とそれへの具体的受け入が体制の整備が問われる処、行政においても支援、支持が不可避と思料される処です。つまり、これらの対応促進とは個別企業に任される問題でなく、政府の政策対応が必要となる処、これには、従来の日本型企業行動の発想からの絶対的脱皮なくしてなせる所業でないこと、銘記されるべきと云うものです。

今政府が推進する「働き方改革」とは、まさに人手不足といた労働環境改善への政策対応と云え、つまりは、生産要素たるLの効率化推進ですが、その本丸は云うまでもなく、労働生産性の引き上げにある処です。仮に残業時間を削減したとしても、無駄な会議を減らすなどの改革が並行して行われなければ、労働時間削減のツケがどこかに回るだけで、そうした改革の効果を上げるには、業務プロセスの見直しを並行して進めることが不可欠なのです。そして何よりも若者の働き方を支える視点が求められる処ですが、これら対応には、上記、関係者の意識改革が絶対に不可欠となる処です。

・「デジタル革命」―「K」と「L」の相乗効果の追求
上述「K」への企業対応とは関係技術の強化、生産設備の整備拡充の対応ですが、同時に従業員のスキル・アップも不可欠となる処です。具体的には、生産性を引き上げ、新商品やサービスを生み出すべく、デジタル革命への対応を進めていく事ですが、日本企業はハードだけでなくソフトも含めITへの積極投資で業務の自動化・省力化を進めています。それにも拘わらず労働生産性は低位にとどまったままにある事が問題とされる処です。なぜ投資が生産性向上に結びつかないのか?ですが、新技術の導入や開発を生産性向上につなげるためには、企業組織の在り方をも同時に変える必要があるのです。この点は上述の業務プロセス改革とも併せて企業組織の在り方も同時に変えていく事が求められる処です。いずれも企業経営トップの問題ですが、政府としてそれに向けた支援も不可欠となる処です。

これまでも言われてきたことですが、イノベーションを容易にし、スピードを上げるためには、ピラミッド型の大組織から、組織をオープンで柔軟なものに変えていく事が肝要となる一方、人材活用の面でもメンバーシップ型と云われる日本型雇用慣行を、採用からキャリア形成、雇用形態、処遇まで、多様性を許容するシステにしていく事が求められるのです。
まさにこの2大テーマへの果敢な挑戦が今、現実問題として迫られる処、従って発想の転換なくしては有為な改革等、期待できないと云う事です。

(3)D.アトキンソン氏のアドバイス
尚、前出アトキンソン氏は、日本の人口減は多国との比較において、異次元の問題だとし、つまり、米国は2060年までに、人口が25.2%増え、日本を除くG7では14.9%増。これに対して韓国も日本と同様人口減が進んでいるがそれでも5.6%減。一方、日本の場合は32.1%減でまったく次元が違うと指摘したうえで、次のように指摘するのです。

―「日本の産業構造があまりにも非効率。従業員30人未満の企業で働く労働人口が高すぎる。労働力が集約されていないので大幅な生産性向上はほぼ不可能だ」とし、包括的な経済政策の下、「小規模企業を合併させて数を減らし、労働者を中堅企業と大企業に集約させる。それには企業に合併するメリットを提供すると同時に、最低賃金を引き上げて生産性の低い企業を刺激することだ」と。

一見乱暴ともいえる発言ですが、真に構造的変化を期すための興味深いアドバイスとする処です。最低賃金の引き上げによって減少する消費をカバーし、経済の活性化を目指せと云う事ですが、経団連も12月23日、2020年、春の労使交渉に臨むにあたり、賃上げに加え、年功型賃金や終身雇用を柱とする日本型雇用制度の見直しを経営側の重点課題としたのです。つまり、今のままでは経済のデジタル化などに対応できないとの「強い危機感」(中西会長)を映すものとされていますが、彼らも日本型雇用制度を前提の経営は時代に合わないと自覚したと云うものでしょう。2020年は日本型経営の大転換の年となるのでしょうか。

ここで、その危機感に触発され、新たに気づかされたことがあります。つまり経済のグローバル化が進む中、同時に進むデジタル化の急速な変化流が、モノではなく知識やデーダが価値を生む経済に転化し、その新たなグローバル化の流れは、新たな分業の可能性を高める処となっていることです。アダム・スミスが富を増やす方法は分業だと説いていたことを思い出すのですが、それは役割の分担が生産性を高めるからと云うものです。巷間、新たなグローバリゼーションの形として、世界を結ぶネット空間では国や企業の垣根を越えた「デジタル分業」が進み、それが生産性の向上を齎す処と云々されています。とすればそれは人口減少、より厳密に言えば労働力人口減少への有効、かつ戦略的な対応として、デジタル分業を目指すことになるものと思料するのです。そこで、章を改め、digitalizationを内包して進む新たなグローバリゼーションとそれに対峙する企業戦略に付き考察します。


 第2章 新たなグローバル化と生産性、そして日本の行方
          
(1)新たなグローバル化のはじまり、そして生産性向上
近時、国際的な動きとして目立つものと云えば、やはり英国のEU離脱を巡る動きであり、米国のいわゆる「トランプ現象」という事でしょう。(注:12月12日の総選挙結果、EU離脱を主張したジョンション保守党の勝利で2020年1月末までのEUからの離脱が決定。)

これまで云う処の「グローバル化」とは、最初に本格化させたのは英国でした。例えば1600年創設の東インド会社に象徴されるように、英国は国際貿易の拡大を牽引し、さらに産業革命が起こって以降の19世紀には「世界の工場」と呼ばれた工業生産力と共に、植民地支配に乗り出していったと云うものですが、そうした他でもない「グローバル化を始めた国」である英国が、経済の不振や移民問題等のなかで、グローバル化にNOのメッセージを発信するに至ったと云うのが今回のEU離脱の基本でした。勿論、トランプ現象も似た面を強くする処、20世紀は英国に代わって米国が世界の経済・政治の中心となり、強大な軍事力と共に「世界市場」から大きな富を獲得してきたと云うものです。しかし新興国が台頭し、国内経済にも多くの問題が生じはじめる中、TPP離脱や移民規制等、まさに「グローバル化」に背を向ける政策を本格化させています。

しかし米国が去った後のTPPを日本は誘導し、積極的、成果を上げてきました。その経験に照らすとき、更なる経済の連携強化を進めることで、当該国での競争市場の創造が進み、それが同時に競争を通じた生産性向上の機会となる処です。そして、国際連携システムを強化し、その枠組みを活用することで、新たな分業関係を創造し、生産性向上につながる、まさに新たなウイン・ウインの関係が生まれてくる処です。然しその事態も、更なるデジタル化の進行で、今や構造的に変わろうとしています。Digitalizationのトレンドがグローバル化の姿を変えていくと云うものです。

・デジタル分業
これまでのグローバリゼーションとされてきた企業の対外進出は言うなればコスト軽減化を目的に、かつ当該市場への食い込みを目指すものでした。しかし、近時、上述トランプ現象に見るように、世界で排外主義が広がり、因みに、米国の5年ごとの移民の純流入数は2000年の886万人をピークに15年には496万人にまで落ちこんだ由です。そうした物理的な人の移動の停滞を補うように、世界を結ぶネット空間では、国や企業の垣根を超えた「デジタル分業」が広がってきており、この変化が、これまでのグローバリゼーションの在り姿とは異にする、新たなグローバリゼーションの姿を齎す処となって来たのです。そして、そのトレンドに伍していく事こそが、労働力人口の減少という日本経済にとって致命的と言われる事態克服のカギとなる処、同時に生産性向上へのチャンスと映る処です。
言い換えると、単純なグローバル化の終わりの始まりへの対応こそがデフレ脱却への道筋を示唆する処かと、思料するのですが、同時に産業構造の変化を齎す処です。

実際、米国では「アマゾン・エフェクト」により百貨店等が閉鎖に追い込まれ、卸と小売りをつなぐ伝統的な流通業の構造は変わってきたと云われています。こうした米アマゾン・ドットコムのようなIT企業が新しい流通基盤を築く中、日本でも、三菱商事が食品などの流通のデジタル化支援でNTTと手を組むと云った動きが広がる様相にあり、また伊藤忠は既に7月に傘下のフアミリーマートやクレジットカード、食品卸等束ねる組織を立ち上げ、縦割りを打破し、あらゆる商流で新事業の創出を目指すとされています。つまり、従来の延長線線上にあるビジネスでは対抗できないとの危機感が強まり、デジタル改革のスピードが試されだしていると云うものです。 12月20日の記者会見で、三菱商事の垣内社長はアマゾンを例に、「日本では在来型のビジネスモデルから効率化が進んでいない」(日経12/22)と日本の遅れた現状に危機感を示した由、報じられている処です。

日本の場合、流通業の生産性の低さが、産業界の競争力の足を引っ張る一因とされてきましたが、商社による流通デジタル化の挑戦の成否は幅広い産業に影響を与える事にはなる筈、その推移を注視していきたいと思います。

なお、これまで内需企業とされてきた小売りや外食企業でも、海外事業が成長の柱になってきたと云われてきています。因みに、三菱商事傘下のローソンの中国事業が2020年にも営業黒字に転換、イタリアンレストランを運営するサイゼリアはアジア事業が連結営業利益の過般に迫ると伝えられています。(日経、12月12日) 人口が減少する国内市場は拡大が望めないということで、国内依存からの脱却を目指して先行投資してきた海外事業が収穫期に入ってきたと云う事でしょう。自動車など製造業が主体だった日本の産業構造を高度化するには非製造業のグローバル化は、その重要なステップと云えそうです。

(2)COP 25 マドリード会議と日本の立ち位置
12月2日 マドリードで開催の気候変動に関する国連会議「COP25」は、温暖化ガス削減目標引き上げる事、そしてその数値を次回COP26に提出する事として15日、閉会されています。 本会議の主たる目的は、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」(2015年採択)の実施が2020年1月に始まるのを前にして、約190の国と地域が温暖化ガスの排出削減に向けた詳細ルールの最終合意を目指す予定でした。然し、中国に次ぐ排出量、世界第2位のアメリカはパリ協定からの離脱手続きを始める等のうごきもあり、その影響で途上国などの削減機運がそがれるのは避けなければならず、結局各国の温暖化ガス削減目標を引き上げる事は合意したものの、上積み幅は2020年会議で提出することで合意するなどの経緯もあり、「パリ協定」の詳細なルールづくりは次のCOP26に持ち越しとなっています。

パリ協定は気温上昇を2度より十分小さく、できれば1.5度以下に留める目標を掲げています。しかし、その目標の達成は聊か難しい状況で、1.5度以下にするには20~30年の世界の温暖化ガス排出量を毎年7.6%ずつ減らす必要があるとされており、その実現はなみ大抵とされる処です。
余談ながら、トランプ氏は大統領選を控え、岩盤固めと居住住所をNYからフロリダに移していますが、現地では、今夏のフロリダ・ハリケーン災害などは環境対応を軽視してきた結果だと、思いもしれない反トランプの洗礼を受ける処となった由です。
 
では日本はどうか。日本は温暖化ガスを多く輩出する石炭火力発電所の建設を続けていて、今の処、30年に13年比で26%削減の目標を変える予定はなさそうです。因みに12月11日、初の国際舞台にデビューした小泉進次郎環境相は、日本の石炭政策にについて、「世界的な批判は認識している。今以上の行動が必要だ」と述べたものの、脱石炭に舵を切ることは表明する事はありませんでした。(日経12/12) おかげを以って、世界環境団体でつくる「気候行動ネットワーク」は地球温暖化対策に消極的な国に贈る「化石賞」にブラジルと並んで日本を選んだと発表したのです。

・英中銀カーニー総裁のCOP特使就任
そんな折、国連グテレス事務総長は12月1日、英イングランド銀行(英中銀)総裁のカーニー氏を気候変動問題担当の特使に任命すると発表しました。これまで中銀トップとして気候変動が齎す金融リスクなどに積極的に発言してきており、国連に舞台を移して地球温暖化対策を主導することになる由です。

カナダ出身のカーニー氏は、カナダ銀行(中銀)総裁を経て13年に外国人として初めてイングランド銀行総裁に就いた仁で、世界の金融当局者でつくる金融安定理事会(FSB)の議長を18年まで務め、気候変動に関する分析・開示を企業に求める「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の設置などに力を注いだ仁で、グテレス氏はカーニー氏について「気候変動対応を金融業界で推進してきた素晴らしい先駆者」と評する処です。

尚、上記、TCFDは、気候変動が業績や財務に及ぼす影響の分析・開示を企業に求める処、日本でも企業200以上の企業・機関が賛同しており、因みにキリンホールデイングスは2018年に日本食品業界で初めてTCFDに賛同。気候変動が原料の農作物に与える影響等を分析し、情報を公開しているのです。(日経2019/12/02)同社は30年までに温暖化ガスを15年比で30%削減するなど、環境面の目標を経営計画に反映させる処です。 つまり、環境対策と経営を結び付け、持てる技術で新事業を創出しようと云う動きが生まれてきたと云う事です。事業の利害関係者がグローバル化する中、企業はTCFDのような国際的な要請を無視できなくなってきた、というより新たな事業機会が生まれてきたと云う事ではないでしょうか。

序で乍ら米経済学者J. Stiglitz氏は、米論壇、Project Syndicateへの投稿 論考 ‘Is Growth the Passe ? ’ dated Dec.9で、気候変動問題への対策は待ったなしの状態だが、問題を軽視したり、楽観視したり動きはいまだになくならない。将来のリスクを甘く見積もるのではなく、イノベーションや投資を加速させる好機として捉えるべきと説く処です。要は、持続可能な経済成長のためにも、公共部門が断固たる意思を持って規制強化や技術革新を進める必要があると指摘するのです。

一方、英紙Financial Timesの米国版編集次長、Gillian Tett氏は同紙(Sept.27)で
多くの投資家と政治家がフロリダのハリケーン被害にも照らし、気候変動に伴う金融リスクにつぃてそれほど気に留めていない様子に大きなショックだと警鐘を鳴らしています。つまり、金融業界と政策立案者が、10年以上前にサブプライムローンが齎す危険を大半の投資家が理解できなかったのと同様の構造的パターンに陥っていると指摘するのですが、前述カーニー総裁のCOP特使就任は、その点で、より意味づける処と思料するのです。とすれば、日本を含めた世界的な温暖化対策の実状に照らし、まずは日本として温暖化対策に舵を切ることとし、新年2020年を、その具体的アクションを起こす始まりの年として、国家的キャンペーンを図っていく事としてはと、思料する処です。


           おわりに  新年を迎えるにあたって

今、2019年の世界を顧みるに、印象深い事案の一つが月例論考11月号でリフアーした、米英両トップが、同じ日(9月24日)、同じ場所(NY)で、法律違反を犯したと断罪された話です。トランプ大統領は職権乱用の故を以って弾劾訴追調査開始の宣告を受け、ジョンソン首相は勝手に英議会を閉鎖し、審議をボイコットした件で、最高裁より違憲の裁定を受けた事で、すわ~ Anglo American democracyの危機とメデイアは騒ぐ処でした。

云うまでもなく両国は民主主義国家として,その民主主義を以って世界をリードしてきた国です。然し、今や両国トップが共に法律違反を意に返すこともなく、自分の都合で政治を進める姿に、いずれの市民も民主主義の危機と怒りをあらわとすることもなく、もはや日常茶飯事の如くに受け止めていた姿に脅威を感じ、まさに「民主主義の死に方」(ステイーブン・レビッキ、他、新潮社)を学習させられる思いでした。12月20日の日経コラムは哲学者、西田幾多郎をリフアーしながら、国際秩序が不明、不確実なこの時代、リアル・ポリテイックスの鋭敏な感覚、状況判断力を研ぎ澄ますことが強く求められると説くのでしたが、月例論考を物する者として、その示唆を大切に、新たな年を迎えたいと思う処です。

さて末尾ながら、読者の皆様には、この1年、弊論考にお付き合いいただきお礼申し上げます。そしてその節、色々ご支援、アドバイスをいただき有難く感謝すると共に、佳き新年を迎えられんことを祈念する次第です。
以上 (2019/12/25記)
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