2019年04月26日

2019年5月号  強硬なトランピリズム、StandstillのBREXIT - 林川眞善

目  次

はじめに 経済予測が映す世界経済の生業
・世界経済減速入りと、その背景

[ 第1部  強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方
(1)米中貿易協議と中国の事情
(2)トランプ流‘封じ込め’戦略
・習近平中国の弱点 (Feet of Clay)
第2章 2020年を目指すトランピリズム
(1)「ロシア疑惑」から解放(?) されたトランプ氏
 ・トランプ氏を利する環境
(2)トランピリズムと地政学リスク
・米欧貿易摩擦 /・進むトランプ流人事

[ 第2部 StandstillのBREXIT ]   

第1章 BREXIT問題の真相
(1)アイルランド共和国と北アイルランド
(2)立ち往生するBREXITの実情
・離脱協定案(バックストップ)とベルファスト合意
 ・‘こじれ’打開の見通しは・・・     
第2章 離脱に揺れる英国の今後、そして EUは
(1)メイ首相後の後継事情
(2)EUの今後- The era of a `Europe that protects’

おわりに  「Beautiful Harmony」

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はじめに 経済予測が映す世界経済の生業

・世界経済減速入と、その背景
この4月冒頭、各種機関が発表した本年を通じての経済予測(注)では、いずれも世界経済の減速を予想するものでした。

  (注)2019年世界経済予測
① WTO (4月2日発表) :2018年のモノの貿易量の伸び率は前年比3.0%と、前年17年の4.6%
から減速と。理由は米中貿易戦争などの影響で、アジアや欧州の輸出入が鈍くなっていることに
あると。加えて、英国のEU離脱を巡る混迷等リスク要因が多く、2019年の予測は2.6%とさら
にブレーキがかかると見通す。
   ② アジア開発銀行(ADB)(4月3日発表):2019年のアジア新興国(アジア太平洋州の45か国
・地域)のGDPは、対前年伸び率は5.7%と、前回発表の18年12月時点から0.1ポイント引き
下げ。この伸び率は2001年(4.9%) 以来の低さ。米中の貿易戦争や世界経済の減速見込みが
アジア新興国の成長を下押しするとみる。
③ IMF(4月9日発表):2019年の世界経済見通しは、1月時点で3.5%だったがそれを3.3%と
下降修正。この数字は金融危機後の景気回復が始まった2010年以降で最も低い水準となる。尚、
日本、米国、欧州など主要国・地域の予測もそろって下方修正し、世界は同時減速の懸念を滲ま
せる。米中貿易戦争で世界的にサプライチエーンが混乱し、英国のEU離脱も企業や投資家の心
理を下押ししている、という。
尚、本稿第2章BREXITで「合意なき離脱」なら英GDPは2021年時点で3.5%下振れすると分
析、EUも同0.5%押し下げられ、世界全体では同0.2%の下押し圧力になると指摘している。

これら予測のいずれもが共通して指摘するのが、長引く米中の貿易戦争、さらには米欧貿易摩擦の再燃等、その行方への不安、加えて英国の脱EU問題、つまりBREXITが如何なる様相を以って終結するのか、機能不全に陥っている英国メイ政権、更には世界経済への影響への懸念の深まりで、これらを以って世界景気の下降局面入りを語る処です。言いかえれば、こうした世界の生業が、世界のリスク要因として鮮明となってきたという事ですが、同時にこれらリスクに備えよと、示唆する処と言うものです。

・本稿のシナリオ
そこで今次論考は、この二つをテーマに2部構成とし、論述することとします。

第1部では、勝手気ままに振る舞うトランプ氏の行動事情について「強硬なトランピズム」と題し、具体的には目下の米中貿易協議の行方、そしていわゆる‘ロシア疑惑’の霧から抜け出たトランプ氏の2020年、次期大統領選を視野に入れた行動事情をレビューし、当該問題の可能性について検証します。

第2部では、未だ立ち往生にあるBREXIT問題を取り上げます。本題については先月号、弊論考で相応詳細論じていますが、今日現在、英国の離脱期限が当初の3月29日から10月31日までに延期が決定されたものの何事も決まらず、ただし、6月には離脱に向けた進捗状況を検証することが義務づけられていますが、さて、関係者の理解を得る離脱に向けた合意案ができるか、その見通しは実に不透明のままと云った処です。

そもそも離脱がこじれているのには、メイ首相の指導力不足にある処、その最大の問題は、自国の領土問題でもあるアイルランドとの国境線にあるのです。現状アイルランド島は南部のアイルランド共和国とイギリスの一部である北部の北アイルランドに分割されていて、往来は自由です。が、仮に離脱となれば両者の間には、厳格な国境管理(ハード・ボーダー)が復活することになり、これが後述のベルファスト合意に反することになる処、メイ首相は、北アイルランドだけをEU域内に一定期間残す「バックストップ」を提案したため、完全離脱派の反発を招いたというものです。加えて、メイ政権は2017年の総選挙で多数派を形成できず、島の英帰属を主張する北アイルランドの民主統一党と閣外協力を得ているという事情も加わる処、換言すれば、EU離脱問題はアイルランド問題でもあるのです。

もとよりその行方の如何は、英国のみならず世界経済全体の今後に係るだけに斯界の関心は高まる処、そこで先月号論考のフォローアップ方、改めて‘立ち往生するBREXIT’の実情、そしてその要因を深堀する形で検証する事とします。尚、BREXITに端を発し、今EUの新使命が云々されだしています。そこで併せて考察する事としたいと思います。


[ 第 1 部 強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方

(1)米中貿易協議と中国の事情

昨年12月1日、米トランプ大統領はブエノスアイレスでのG20サミットを機会に中国習近平主席と会談、米国が要求する対中貿易不均衡是正のための両国協議会を開くこととし、その際は、以下、合意されたことが伝えられています。

まず、① 米側が予定していた関税引き上げについては、2019年1月1日に2000億ドル相当の製品に対する関税を10%に維持し、今回は25%に引き上げない。② 両国間の貿易不均衡緩和のため、相当量の農業、エネルギー、工業製品及びその他の製品を米国から購入することとし、中国は直ちに米国の農家から農産物の購入を開始する。更に、③ 両首脳は即時に構造的な変化について交渉を始め、強制技術移転、知的財産、非関税障壁、サイバー攻撃、サービス産業や農業について議論することとし、両政府はこの話し合いを90日以内に完了するよう努力すること、とするものでした。(日経、2018/12/3)

そして、中国がその改善策について90日間で提示することを決め、1月にはワシントンで、2月、3月には北京で両国の閣僚協議が行われてきており、4月3日には貿易協議をワシントンで再開。4月中の首脳会談で決着をつける方向で議論が進んでいると伝えられていました。ただここに至って、トランプ氏は「合意を急ぐのではなく真のデイールにすることが必要」と主張し始め、4月中の決着にはこだわらない姿勢を見せ出しているのです。
これは近時のFRBの‘利上げ停止’で、市場が持ち直してきたこと, 4月5日米労働省が発表した3月の雇用統計では就業者数が市場の予測(17万人増)を上回る19万6千人であったこと等が、強気の交渉姿勢に繋がったとされる処ですが、何としても後述する「ロシア疑惑」という大きな政治危機を乗り越えたことのゆとりのなせる処ではと思料される処です。

加えて、中国側の国内事情の変化がトランプ氏に相応のゆとりを持たせていると云えそうです。つまり近時の国内経済の不振も有之で、譲歩の気配を感じさせる処、3月15日には2020年1月に外商投資法(注)を施行すると、まさに米国の意向を汲んだ新法の決議をしているのです。(4月5日、日経ビジネス電子版)

    (注)外商投資法の概要 (米国の意向をくんだ新法)
     ① 外資系企業に対する技術移転の強制を禁止する。
     ② ネガテイブリストの項目以外は内外企業を差別しない。
     ③ 外資系企業に影響が及ぶ法制度を新設する場合、事前の意見聴取を義務付ける、等。

そして、何よりも先の全人代(3月5日~15日)での党執行部の発言はそうした気配を強く感じさせる処でした。因みに、李克強首相は、米政府や議会を刺激している「中国製造2025」には言及せず、貿易摩擦の解消に注力する姿勢を強調していたことでした。それは米中首脳会談での合意を急ぎ、目先の苦境をしのぐのに腐心する演説に見えたとメデイアが指摘する処です。さらに、習近平主席の発言では「目前の状況にとらわれて短期的な強い刺激策を講じ、新たなリスク要因を生み出すことはできない」(注)としていたのですが、まさに、過剰な財政支出や金融緩和が構造調整を先送りし、それが中期的に中国経済を弱らせることを心配していることを示唆する処とメデイアは指摘するのです。(日経3月18日)

   (注)中国の景気対策:3月5日の全人代で、李首相は中国経済の減速傾向に照らし、2019年経済
    成長率の6%割れを避けることとし、大規模景気対策、2兆元(約33億円)規模の減税と社会保
険料下げの実施を表明しています。

かくして前述の通り、米中貿易協議は貿易拡大や技術移転の強要禁止などで歩み寄りつつある由ですが、制裁関税の撤廃時期や規模については未だ溝が残ったままにあり、4月中の米中首脳会談を以って最終決着を図るとするシナリオの実現は見通しがたい状況です。

偶々、米商務省が4月6日発表した2018年の貿易統計ではモノの赤字が前年比10.4%増の8,787億200万ドルとなり、06年以来12年ぶり過去最大を更新しています。この赤字の半分弱を占めるのが対中国貿易で、4,192億ドルと11.6%増で、2年連続で過去最大となっています。この2月の記者会見でトランプ氏は「関税で貿易赤字は減ってきている」と自身の通商政策の正当性を主張するが如くでしたが、現実は正反対。大統領在任2年間で同氏が重視するモノの貿易赤字は約1400億ドル膨らんでいるのです。とすると看板公約の不発で、彼は貿易相手国に赤字縮小を迫り続けることになるのではと危惧する処です。

(2)トランプ流‘封じ込め’戦略

ただ、仮に貿易協議で米中合意に至ったとしても、それはトランプ政権と中国指導部が目の前にさし迫った課題に対処しようとする事の他なく、米中を貿易戦争に陥れた構造的な問題は解決するどころか一層先鋭化の可能性を残す処ではと、懸念するのです。
その点で留意すべきは、米国での反中感情の根深さです。元をただせば、米国は2001年、中国のWTO加盟を認めた際は、既存の秩序入りで中国経済の自由化が進むとの期待があったものの、遅々としてそれが進まなかったことにあるのですが、America firstを標榜するトランプ政権の台頭で、殊、中国に対しては貿易不均衡を以って強く対峙する処ですが、要は、中国経済のプレゼンスの高まりが、米国の脅威になりつつあることを示唆する処です。そして、この文脈においてより問題とされることは、安全保障を巡って反中感情を強くしてきている点ではと、思料するのです。

つまり2017年12月にマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)が発表した国家安全保障戦略、および 2018年1月、マテイス国防長官(当時)が発表した国家防衛戦略において、中国を「修正主義者(revisionist)」、「戦略的競争相手(strategic competitor )」と断じていますが、米国の政策において「戦略的競争相手」は「封じ込め(containment)」の対象となることを意味する処です。つまり、1972年、ニクソン大統領(当時)が中国訪問時以来の「関与(engagement)」政策から、それは大きく舵を切ったという事ですが、この背景は軍事力における優位性に暗雲が生じたことにあるとされる処です。この1月起きた中国の通信機器メーカ、華為技術(フア-ウエイ)事件も、「米国の経済や安全保障に二重の脅威となっている」(FBI レイ長官、1月28日)とするものですが、まさに同じ文脈にある処です。

米国のこうした対中姿勢、つまりトランプ流‘封じ込め’戦略は、今後、政権が変わろうともしばらくは継続されるものと見られる処ですが、さて、米国と同盟関係にある日本は今、日中関係の合理的な発展を目指すとしており、こうしたトランプ政権との間合いが極めて重要となる処です。尤も実の処、対米摩擦にある中国としては日本の協力を得たい、つまり対日ニーズは中国の方が高いのではと思料するのです。

序でながら、米ハーバード大教授のJoseph S. Nye 氏は4月4日付、Project Syndicate 宛て論考「Does China have feet of clay?」(注)で中国が抱える今日的問題点を5つに絞って指摘しています。興味深く、そこでその概要を以下に紹介しておきましょう。

    (注)feet of clay:Bible (Daniel 2) の中で出てくる表現。つまりBabylonの王が見た像の姿が
頭は黄金で出来ていたが脚は粘土でできていたという事から、failing or weakness in person’s
characterとして使われる表現。

・[習近平中国の弱点 - Does China Have Feet of Clay by Prof. Joseph Nye]
中国経済は過去40年、順調な成果を上げてきた。その結果今では、今後10年間で米経済を凌駕すると一般的な通念としては見られており、確かにそうかもしれないが、習近平氏には5つのfeet of clayがあると指摘するのです。

その一つは、人口動態問題。中国の労働人口は2015年にピークに達し、しかもその人口の高齢化が進み、健康維持のコストが将来的に国家の大きな負担となるが、その備えがない。
二つ目は、中国の経済モデルの限界。1978年、Deng Xiaoping主導で中国経済を輸出主導に転換させ成功してきたが、今ではその行動様式は行き過ぎ、対外的な摩擦を生む処。米中摩擦然り、国営企業への政府支援、知的財産権問題、等、要は法律に即した対応の欠如。
三つ目は、共産党と国家の関係。司法と国民の移動問題でDeng Xiaopingの政治改革、党と国家の分離の政治改革が進められてきたが、その流れは今、逆流していること。
四つ目は、共産党強化への偏り。中国はこれまでの経済発展のおかげで、中間層市民が大勢をなす処、依然、共産党が中国を助ける存在として、共産党の強化に向かっていること。
五つ目は、中国のソフトパワーの欠落。つまり中国は多大の外国投資をしながら、人権問題等、いろいろな問題を引きずってきている点で、世界の評価は低い、と指摘するのです。

元より中国は偉大な力を秘める国だが、同時に上記のように大きな弱点を露わとしている。そこで、重要なことは米中関係をcooperative rivalry、つまり協調しうる競争相手となるように努力すべしと。そして、この先十年間というもの、中国を含め世界の如何なる国もあらゆる面で米国を凌駕することはないであろうし、米国もまた中国を含め、世界の国々といかに協力していくかを学ぶべきだが、国内の諸制度を含め、その点では依然、アメリカは比較優位にあるというのです。まさに彼の「ソフトパワー論」全開という処です。

第2章 2020年を目指すトランピリズム

(1)「ロシア疑惑」から解放(?)されたトランプ氏

さて、米中協議の行方については前述の通りで、4月中内の習近平氏との首脳会談を開き、
米中貿易問題については最終決着を図るとされていたシナリオは厳しい状況にある処、ここにきてトランプ氏が再びAmerica firstの行動に向かう状況が生まれてきています。
再びとは、先の中間選挙以降、上院と下院のねじれ現象の中、トランプ流政治がままならなくなり、まさにフラスト状況にあったトランプ氏ですが、ここに至って大きなわだかまりの一つとなっていた「ロシア疑惑」をめぐる捜査が一応の決着を見たことで、これが彼を勇気づける処となったというものです。

つまり2016年の大統領選を巡るトランプ氏とロシアの支援介入問題、つまり「ロシア疑惑」を捜査してきたモラー特別検察官は、ロシアの選挙介入を確認はしたものの、トランプ陣営との共謀は認定できる証拠は得られずとして、いうなればトランプ氏を不問に付すかたちで2年の捜査を終え、3月24日には、その結果がバー司法長官から議会に報告されていますが、これで「大統領の犯罪」と言う霧が晴れたという事で(決してトランプ氏は‘白’ということではない)、新たにトランプ氏に不利な事実が出てくればともかく、現状からは同氏の再選の見込みが高まってきたというものです。尤も民主・共和両党とも、モラー氏の捜査報告書は次期大統領選の結果を左右する最大の要素と見做す処です。

・トランプ氏を利する環境
早速に3月28日、トランプ氏は再選のカギを握るとされているミシガン州で演説し、ロシア疑惑の払拭や製造業の復活をアピールしています。早々にラストベルトを訪問したのは、前回の中間選挙で東部から中西部に広がる「ラストベルト」で軒並み支持率が下がり、危機感を募らせていたことの裏返しとされる処ですが、いま彼をめぐる環境は有利に動き出してきたと言えそうです。

つまり、前述、昨年末以来までの株安など市場の混乱も、FRBの利上げ路線の全面的な転換で落ち着きを戻してきた中、ロシア疑惑の「立証なし」が加わったこと、そして堅調な米経済と大量な情報発信で、米国民の間にトランプ氏の過激さへの「慣れ」が更に浸透してきた点も挙げられる処、まさにトランプ氏を利する環境が醸成される処です。America firstは世界の悩みと映る処ですが、米国民にとっては、おいしい話?なのでしょうか。経済や安保で追い上げる中国への厳しい姿勢にも特段の抵抗感もなく、勿論、積極的に支持はしないものの、他に選択肢がないといった状況と映る処です。

序でながら、WTOの紛争処理小委員会(パネル)は4月5日、輸出品の通過ルートを制限するのは不当としてウクライナがロシアを提訴していた問題で、ウクライナの主張を退けたのです。つまり安全保障上、正当な措置としてロシアの訴えを認めた格好で、WTOが安保を理由にした紛争案件で判断を下したのは今回が初めてのケースですが、これがトランプ政権にとって追い風となる可能性があるというものです。周知のとおり、トランプ政権は安保を理由に輸入制限を認める米通商拡大法232条を発動させ、鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課していますが、提訴国からの訴えを受け、18年にはパネルが設置され、目下審議中ですが、安保理由の通商制限の容認の可能性が出てきたという事ですが、これがトランプ政権に追い風となるものかと、聊か危惧される処です。

一方、昨年の中間選挙で下院の過半数を制した民主党の存在感が何としても陰りが見えるというものです。大統領選には民主から15名が名乗りを上げていますが、(日経 3月22日)
どの候補もso far決め手に欠き、この内にはバニー・サンダース氏やエリザベス・ウオーレン氏ら、急進的政策論者も含まれていますが、トランプ氏は彼らを「社会主義の党」というレッテルを貼って民主内の分断を図る状況です。尤も、民主が党としての候補を絞り込む予備選挙が始まるのが20年2月からで、正式に指名を受けるのが同年7月ですから、選挙戦は長丁場です。

(2)トランピリズムと地政学リスク

こうした環境を文脈として、まさにトランプ流ポピュリズムの再演が進むことでしょうから、多くの国が歓迎しない展開が想定される処ですが、それこそは新たな地政学リスクとなって迫ることが想定される処です。従ってトランプ氏再選の事態を見据え、それに備えておくべきは言うまでもない処です。具体的には、確実に起こりうるのは米欧関係の決定的冷却であり、多国間の連携や国際機関の弱体化と思料するのです。安全保障でもトランプ氏は米軍の日本や韓国への駐留の見直しなどにも動くかもしれません。

・米欧貿易摩擦
トランプ政権は、昨年、過去最大となった米国の対EU貿易赤字に不満を強め、これまで様々な手段で圧力をかけてきており、昨年7月の米EU首脳会談では自動車を除く工業品の関税撤廃交渉に入ることとしていますが、農産品を協議対象に含めたい米国と、工業品に限定したいEUとの間で意見が食い違ったまま、交渉入りが遅れているというものです。

かかる状況下、トランプ氏は4月9日、EUが欧州の航空機大手エアバスに不当な補助金を与えているとして110億ドル相当のEU製品に課税すると表明したのです。これに対して、EUは米政府の米ボーイングへの補助金が公正な競争の妨げになっていると反論し、米側が実際に関税をかければ、米工業製品や農産物など、およそ200億ドル相当に関税を課すとする対抗策を17日発表しています。要は米政権の強硬姿勢に動じない姿勢を見せる狙いだとも指摘される処、まさに米欧貿易摩擦の再燃とされる処です。

というのも、米欧貿易交渉最大の争点は農産品の扱いですが、これはEU内では一義的には農業大国フランスの問題であり、一方トランプ氏が脅しをかける欧州車への追加関税は具体的にはドイツの問題ということで、EU内の産業政策との絡みで、どのような帰結となるのか懸念されるというものです。 米中の貿易戦争が軟着陸に向かう様相にある中、今次のエアバス問題で米国の矛先がEUに向かうとなると世界的な関税合戦の鎮火は遠のくことになるのではと、懸念されるというものです。尚、通商問題だけでなく、イラン核合意問題(米政権は4月22日イラン重・原油の全面禁輸を発表)や華為技術(フアーウエイ)など中国製品の排除を巡っても米欧には溝があり、一段の対立は避けられなとみる処です。

・進むトランプ流人事
処でトランプ氏は4日、FRB理事に大統領選で経済顧問を務めた保守系、ヘリテージ財団のステイーブ・ムーア氏を指名したのに続き、ピザ・チェーン経営者、ハーマン・ケイン氏をもFRB理事に指名したのです。これが独立性も顧みず周辺を「トランプ色」の人事で染めようとする動きに他ありません。トランプ氏は2020年を前に、景気の減速を回避すべく0.5%の利下げを要求しているのですが、これに応えうる二人を指名したというものです。こうした政治の介入による人事で中央銀行の独立性への信頼を揺らがす処、金融市場にゆがみが広がるリスクが指摘される処です。4月7日には米国土安全保障のニールセン長官が移民対策不十分と解任されましたが、これでトランプ大統領の「負の遺産」がまた増えたと、米コロンビア大教授のJ.ステイグリッツ氏は憤る処です。尚、5日、世銀は新総裁にデービット・マルパス米財務次官の就任を発表。同氏も先の大統領選では経済顧問を務めた仁です。 


            [ 第2部 Standstill のBREXIT ]

第1章 BREXIT問題の真相

(1)アイルランド共和国と北アイルランド

― 先に英国のEUからの離脱問題とは、アイルランドとの国境線を巡る問題、つまりはアイルランド問題としましたが、ただ、アイルランド問題と云っても専門家はともかく、一般の日本人にとってはなかなか馴染みの薄いテーマです。そこでまず、「英国領の北アイルランド」と「アイルランド共和国」との関係について簡単に触れておきたいと思います。

12世紀、グレートブリテン(イングランド)はアイルランドを征服します。そして16世紀から本格的植民を始め、19世紀初頭に併合し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国を成立させています。その後、アイルランドは独立闘争を経て1914年にアイルランド自治領を実現させ、第一次世界大戦を経て、1937年、ようやく自由国となった経緯にありますが、その際、英国帰属を決定したのが北アイルランド6州でした。

現在アイルランド島は、南部のアイルランド共和国とイギリスの一部でもある北部の北アイルランドに分割されていていますが、英領北アイルランドとアイルランド共和国との間には約500キロに及ぶ陸続きの国境が存在しています。勿論、英国もアイルランドもEU加盟国ということで国境の往来は自由となっていますが、アイルランドと北アイルランド間では、30年に及んだ北アイルランド紛争の終結にあたって合意された和平合意「ベルファスト合意」(注)を以って両国間ボーダーの往来の自由が担保されているのです、

    (注)北アイルランド紛争とベルフアスト合意:
・北アイルランド紛争(1968~98):英国植民地にあったアイルランドは1937年に独立。一方、
英国に残った北アイルランドでは、英国からの分離とアイルランドへの併合を求める少数派の
カトリック系住民と、英国の統治を望む多数派のプロテスタント系住民が対立。60年代後半
に始まったテロなどで3000人以上の犠牲者を出す処、1998年にようやく包括和平合意(ベル
フアスト合意)が成立し、現在に至っている。
    ・ベルファスト合意(1998/4//10):「英国(北アイルランド)とアイルランド共和国の両者が共
     にEUのメンバーであり、両者の間にborderは存在せず、ヒト、モノ、カネの移動が自由」を
大前提に和平が成立。この結果、アイルランド共和国は国民投票で、同国憲法で宣言されてい
た北アイルランドの領有権を放棄する一方、北アイルランドではカトリック・プロテスタント
のpower sharingの形で自治政府が形成され、さらに北アイルランドの最終的帰属は将来実施
される住民投票で決ることが合意されている。

(2)立ち往生する BREXIT の実情
  
昨年11月、メイ首相とEUとの間で、離脱にあたっての条件を協定案として取りまとめられていますが、BREXITを巡って英国内で起きている ‘こじれ’とは、この協定案を巡ってのメイ政権と完全離脱派との対立です。勿論、前述、英属領を主張する北アイルランドの民主統一党の閣外協力を得て成立している政権事情も加わる処です。

・離脱協定案(バックストップ)と「ベルファスト合意」
さて、当該協定案では、経済活動への影響を考慮し、離脱後も20年末までは従来通り貿易や人の移動ができる移行期間を設けることとし、この期間で国境管理の方法を検討することとなっていました。尚、20年までの移行期間中に、北アイルランド問題が解決しない場合、英国は「北アイルランドを含む英国全土をEU関税同盟に残すバックストップ(Backstop:安全策)」をとるか、「移行期間を延長する」かの選択ができるとし、その際は英・EUの共同委員会で判断するとされるものでした。

しかし、英国議会ではこの ‘英国全土をEUの関税同盟に残す’ という案が示されたのですが、それでは離脱とはならないと、協定案を賛成202対432票で否決(1月15日)。そこで次善の策としてメイ首相は、‘北アイルランドだけをEU関税域内に一定期間残す’ とする「バックストップ」(安全策)を提示したのですが、これも完全離脱派の強烈な反発を受け、賛成242対391で否決(3月12日)。更に3月29日、再度EUの合意を得たという修正案も(採決の対象は離脱協定案), 賛成266対344で否決されたのです。
係る事情からメイ首相はEUに離脱日の延期を要請、その要請を受けたEUは、3月29日の離脱日を10月31日まで延期することを認め、ただし中間の6月に作業の進捗につき報告することを条件付けしています。これは「移行期間を延長する」選択肢の実行ということでしょうが、「合意なき離脱」の回避を最優先したEUが譲歩した結果と思料される処です。ただ英議会が離脱案でまとまる兆しはなく、まさに成算なき仕切り直しの状況です。

そもそも2016年の国民投票の結果、2017年3月、英国はEUに離脱を通告しています。そして、難航が予想されるEUとの離脱交渉には強力な指導力が必要と判断したメイ氏は、6月に総選挙に、打って出たのですが、結果は過半数割れ。上記の通り少数政党の閣外協力で政権は維持されていますが、メイ氏の求心力低下は言うまでもない処です。

元々、離脱強硬派の多くが求めるのは、EUという関税同盟に入ることで、失われた英国の関税自主権の回復を図る、とするものです。しかし、英国がEUから離脱するとなると、EU加盟国アイルランドと北アイルランドの間に厳格な国境管理(ハード・ボーダー)の復活が不可避となるのですが、そうなると北アイルランド紛争の和平合意(ベルファスト合意)(上記注)との整合性が問題となる処です。つまり「ベルフアスト合意」の大前提が失われることになり、ベルファスト協定そのものが形骸化し、多数の犠牲者を出したカトリックとプロテスタントの抗争再発が懸念されるというものです。
要は、EU離脱に係る問題とは、実践的には、一つには「合意なき離脱」の回避のためと英・EUと合意した離脱「協定案」を巡る英議会での対立、もう一つは強硬離脱派が主張する完全離脱と、それに伴う国境管理復活の問題、そしてこれと「ベルフアスト合意」内容との整合問題と、まさに3元連立方程式の解を求めるというもので、極めて面倒な作業ではあるのですが、では一体メイ政権はこの2年余、何をやってきたのかと批判の集まる処です。

因みに、英国政治の機能不全をさらすこのメイ政権の現実に批判は募るばかりで、The Economist、Mar.30 は巻頭言で今の英国をThe Silly Isles (愚かな島)と評し、正体不明の路上芸術家、バイクシーが写真投稿サイトに投稿した「退化した議会」と題する絵画は、日本のTVでも紹介されましたが、それは議会と思われる場所で、無数のチンパンジーが議論する様子を描く、まさにメイ政権を痛烈に風刺するものでした。

・‘こじれ‘ 打開の見通しは・・・
ただ、北アイルランドの帰属問題は、和平合意後の経済成長によって表面化してはいませんが、親アイルランド派のカトリック系住民と親英派のプロテスタント系住民との間のわだかまりは依然残る処です。また現時点では離脱強硬派から、厳格な国境管理を避ける政府方針に大きな異論は出ていないようですが、何らかの管理をしなければ強硬派が求める形での離脱は事実上不可能と思料されるのです。
環境は2年前と異なり、一般市民も事の重要性への理解も深まってきていると、国民投票再実施を云々する声も伝わる処、その為には有権者に示す選択肢が用意できるかですが、今の政府にはもはや期待できず、まして現時点では議会で十分な支持を得られてはいません。もはや機能喪失のメイ政権下でありうるとすれば、消耗戦の果てにEUが受け入れる与野党合意がとにかくできる、そういった状況を待つほかないのではと、愚考するばかりです。

第2章 離脱にゆれる英国の今後、そしてEUは

(1) メイ首相後の後継事情

今次BREXITを巡る混乱の責任をとって、メイ首相の早晩退任が見通される処ですが、では次の首相はWho? です。巷間、話題に上るのが次期保守党党首の本命とされるボリス・ジョンソン氏と労働党率いるジェレミー・コービン党首の名ですが、彼らが政権を取った場合、英国を劇的に異なる方向へ導く可能性が高いと噂さされています。と云うのも、メイ氏は気候変動やイラン、イスラエル、貿易などを巡る問題ではEUと歩調を合わせ米国と対峙してきていますが、彼らには、トランプ米政権と相当緊密に連携していく、危うさが云々される処、因みにFinancial Times紙コメンテータのGideon Rachman氏は、同紙4月9日付で、‘Unpredictable Britain ? ‘ と題し、この二人の政治姿勢について以下語る処です。

まずジョンソン氏が政権を取った場合: 間違いなく米国側につくだろうと。と云うのもトランプ氏率いる米現政権は、EUに対して史上初めて敵対的な姿勢を取った政権であり、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の書いた文章を読めば同氏がEUに対して、いかに敵意と侮蔑の念を抱いているか容易に理解できるとし、ボルトン氏をはじめとするトランプ政権幹部がno-deal Brexit(合意なき離脱)を後押ししているのもこの為だと。
次に、コービン氏の場合:、英国はワシントンよりもむしろモスクワに目を向けるかもしれないと。つまり彼は、そのキャリアーを通して、ロシアやキューバ、ベネズエラといったロシアの同盟国に共感を抱いてきていること、そして長年NATOを批判してきた仁だけにコービン流外交政策のもとでは、西側の安全保障体制から英国が撤退するほか、制裁を解除してロシアとの関係正常化に動く可能性をも指摘するのです。

ただし、これらシナリオは極めて暗い。それだけに、EUとリベラル派の英国人に、離脱期限の長期延長を求めるよう促すはずだ(既に10月末まで延期が決定)とし、これが英国とEU 諸国との緊密な関係を維持する可能性が最も高い戦略だとも指摘するのでした。

もとより、今後の行方は分かりません。が、今日に至る英国発展の生業に照らすとき、「BREXITで世界に開かれた英国になる」という離脱派の弁は、とても理解し難く、仮に離脱ともなるとEU残留を目指すスコットランドが独立するなど、連合王国の一体性が揺らぎ、イングランドとウエールズだけになれば国際社会での存在感や重要性が各段に落ちること避け難く、結果、英国という国の衰退さえ覚えるほどに忌まわしさを禁じ得ないのです。

尚、EUにとって英国が抜けても経済面で言えばEU内には競争力のある産業が残るため、米中など巨大市場を持つ国との交渉力は落ちることはないでしょう。ただ安全保障の面では、英国とEUの分離は、地域の弱体化につながりかねず、経済関係の如何はともかく、軍事や秘密情報の分野では最重要国の一つである英国とは不可分にある処です。その点ではEUは安全保障面では英国との緊密な関係の維持が課題ではと思料する処です。

(2)EUの今後 -The era of a `Europe that protects’

処で、これまでBREXITということで英国ばかりに注目の集まる処ですが、この際,見逃せないのが、英国のEU離脱問題をきっかけとして、EUの存続を脅かす思想を市民に持たせまいとの認識が広まってきたと伝えられています。つまり「主権を脅かすリスクから欧州とその市民を守る」という方向に政策を転じつつあると云う事です。本論考でも、マクロン仏大統領が先に提案した‘新ヨーロパの創造’を機に、これまでも同様論じてきていますが、4月13日付The Economistはコラム「The era of a `Europe that protects’ is dawning 」でEUとして市民を守るという新しい方向感覚が生まれてきていると指摘する処です。

この発想の中心にあるのは「守りの欧州」という考え方ですが、実際それが具体的に何を意味するのか、果たしてEUにそれが実践できるのか、そもそもそれは望ましいことなのか、議論は必要ですが、EUはその歴史上はじめて、共通の目的や意識を持って結集し始めたと評価するのです。もとより、これが過度な保護主義に偏りすぎると市場開放という繁栄の基盤が失われることになるだけに、この5月予定の欧州議会選挙も含め、今後の動きを注意深く見届けていくことが必須と思料する次第です。


おわりに 「Beautiful Harmony」

4月12日、東京大学の入学式で上野千鶴子名誉教授が行った祝辞が今、話題となっています。最難関とされる東大入試に合格した能力の高さ、その努力を評価したうえで、新入生に向かって次のように語ったのです。「皆さんの努力をサポートしてくれた環境に感謝すること。同時に、その頑張り、恵まれた環境、そして能力を、自分が勝ち抜くためだけに使わないでほしい。恵まれない人たちを貶めるためにではなく、そういった人々を助けるために使ってほしい。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きていってほしい」と。要は「利己の目的ばかりを追うのでなく、ほかのだれかの幸せを考え支えあっていくべきだ」という、人間としてまっとうなメセージですが、今、改めて共感を呼ぶ処です。日本はこの5月から新元号「令和」を戴く新たな時代に向け歩み出します。外務省によると「令和」の公式英訳は「Beautiful Harmony =美しい調和」だそうです。上野氏のメッセージは、まさにこの美しい調和への一つの方向を具体的に示したものと思いを深くする処です。

処で、今回、英国のEU離脱問題をレビューする過程で痛く自覚させられたことは、国民国家は中心から発展し、その周辺地域を支配していく。そしてその境界線が国境となるが、国家の周縁では常に中心とは異なる文化が発展し、それが時間を超えて政治的摩擦となる、ということでした。こうした構図は、スペイン・カタルーニヤ独立など、多くの国でみられる処ですが、さて沖縄の基地問題を見るとき、日本にとっても中心と周縁の関係は他人ごとではないということです。
現在の英国の混迷が示しているのは、周縁の問題を解決できない中央政治は必ず歴史から逆襲されるという方程式だ(北大教授吉田徹氏)と指摘される処ですが、基地反対が多数となった沖縄の住民投票の結果を、中央はどの様に受け止めているのか、4月21日の沖縄3区補欠選挙でも、名護市辺野古移転反対のジャーナリスト、屋良朝博氏が、自公推薦の元沖縄担当相、島尻安伊子氏を破っての当選でした。さて、離脱にゆれる英国から学べることは少なくないはずではと思うばかりです。(2019/4/26 記)
posted by 林川眞善 at 12:26| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする