2018年12月27日

2019年1月号  次代の”グローバリゼーション”に向けて - 林川眞善

目 次

はじめに  G20とWTO改革合意       
   ・並立する「成長と保護主義」
・G20首脳宣言が映す瀬戸際の国際協調
   ・WTO改革への合意と、その行方       

第1章 グローバリゼーションの行方
   ― グローバリゼーションとグローバリズム

(1)How to Save Globalization 
-次代のグローバリゼーションに向けて
   ・グローバリゼーション実証
   ・A lifelong ladder of opportunity- 生涯‘機会’

(2)今、Brexitの行方を思う
―Brexitはいま`Bregret’から`Breturn’ ?

第2章 Compensated Free Trade (CFT) と米中関係の実際

(1)スキデルスキー氏の示唆 
   ・CFTの仕組みー貿易戦争回避を狙って/・CFTの利点と問題

(2)米中貿易戦争を巡る現実 ― The Phony US-China Truce

おわりに イカロスの翼
・ゴーン日産元会長逮捕                     
   ・イカロスの翼を着けたゴーン
   ・自動車メーカーとしての今後を思う

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はじめに  G20とWTO改革合意

・並立する「成長と保護主義」
2018年はまさに「トランプの1年」でした。矛盾だらけの論理を返り見ることなく、
米国第一主義の下、あらゆる旧来秩序を一人でかき回わす一方、好況下で実施した減税の
恩恵もあって瞬間風速で年率4%超の経済成長を記録し、まさに世界経済にあって独り
勝ちを誇示するが如きです。これまでの常識では、成長が続いていれば保護主義の出る幕
はない筈の処、トランプ大統領の誕生でこの「成長と保護主義の並立」というパラドック
スが生まれたと云うものです。 本来保護主義は、低成長につながるのは歴史の語る処、
低成長経済の下では相手を犠牲にしないと豊かにはなれず、ゼロサムゲームでは保護主
義が更に保護主義を呼ぶ事になるというものです。そして今、その兆候が出始めてきてお
り、米経済、そして世界経済への先行き不安が浮かぶ処です。

・G20首脳宣言が映す瀬戸際の国際協調
処で、11月30日-12月1日、アルゼンチンのブエノスアイレスで行われた世界20か国の首脳合同会議、G20は仄かな光明を感じさせるものでした。G20首脳会議とは2008年のリーマンショックで不振に陥った世界経済の再生の為には各国の連携が必要と、中ロを含む世界が一致協力する為の合意形成の場としてスタートしたもので、そうした国際的協力の下、世界経済は再生に向かってきたと云うものです。それから10年、世界は今、そうした協調、協力はさておき自国の利害を優先する状況を呈する処、今次G20がそうした動きをチェックし、持続的成長に向けた方向を確認する事ができるのかと、懸念の消えることはなかったのです。

と云うのも、その2週間前に行われたAPEC首脳会議では経済・安全保障の両面で覇権
争いを演じる米中の対立が深まり、首脳宣言の採択を見ることなく終わってしまった事
情があったためでした。が、果せるかな、今次G20会議では首脳宣言が採択され、なん
とか事を終えたと云う次第でした。が、これまで定番となっていた自由貿易の堅持を目指
す「保護主義と闘う」と云う文言は、トランプ大統領の反対にあって、削除された由で、
いま国際協調は瀬戸際にありとの印象を強くする処、まさに世界の協調関係の現状を痛
感させられると云うものです。

・WTO改革への合意と、その行方
 それでもその宣言内容(要旨:日経12月3日)では「国際的な貿易や投資は、成長、生産性、イノベーション、雇用創出および開発のための重要なエンジン」とした上で、その目的を達するには現状体制では及ばず、改善の余地があるとして、具体的には「WTOの機能の改善が必要」とし、「次回のサミットで進捗をレビューする」との文言を以って確認された事は、大いに評価されるべきと、思料される処です。
  
予てトランプ大統領は貿易の構造問題に踏み込めないWTOの現状に不満を募らせ、米
国を不公平に扱い続ければ、脱退も辞さない姿勢を示してきました。つまり、米国が抱え
る貿易赤字はそうした事の結果と云い、本来WTOが監視していくべきが、これが出来
ていない、WTOが機能していないと注文を付け、その改善が期待できなければWTO
(95年米主導で設立)からの脱退をも示唆するのでした。 そうしたトランプ批判に応え、
9月25日にはニューヨークでは日米欧の通商閣僚会合がもたれ、一応当該共同声明(注)
が出されており、それが今回の合意を促したものと思料する処ですが、貿易環境の急速
な変化に照らし、むしろトランプ旋風を奇貨としてWTOの改革然るべしとの合意を見
たものと思料される処です。

      (注)日米欧通商閣僚会合の共同声明のポイント
        ① WTO改革:・11月理事会への共同提案での合意 ・委員会の活動強化を促進、
・問題ある補助金につき、報告のない場合、コスト引き高める方策を検討する。
         ② デジタル貿易、電子商取引:データーセキュリテイを促進し、ビジ
ネス環境の向上へ協力 (日経9月26日)

さてWTO改革の論点は多岐にわたる処、要は、① 時代に合った新しいルール作り、②
紛争解決機能の改善、③ 意思決定の方法、④ 加盟国の通商政策の透明化、の4点に集約
される処と思料するのですが、要は、旧来の関税・非関税障壁という分類やラウンド交渉
の方式に固執することなく、新分野の貿易自由化、因みに先の日米欧共同声明でも言及あ
った経済のデジタル化に伴いデータ移転や電子商取引等々に果敢に挑戦し、当該競争環
境の整備と公正な競争の担保を図ると共に、規則違反の罰則を明確にしていく事でしょ
う。これが言い換えれば、公正な競争を通じての経済のグローバル化の一層の促進、そし
て新たな成長機会を担保していくことになると期待する処です。

その為にも、G20はその原点に返って結束を固め、国際社会の統治に責任を果たす必要がある処です。さて、次回は日本がG20の議長国として取りまとめ役に廻る事になっています。「自由貿易の旗手」と宣言した安倍首相(9月25日、国連総会)は、不透明感深まる中、如何に取り組むこととなるのか、注目の集まる処です。

つまりトランプ大統領は2020年の大統領再選を目指して、内向きの政策を進めていく事でしょうし、中国の習近平主席については異質とされている政治・経済体制を修正するとは考えにくく、この強権的な二人に対抗するはずのメルケル独首相、マクロン仏大統領の指導力が低下する中でのかじ取りとなると、安倍首相の責任は極めて重いものと言わざるを得得ません。それは日本が自由貿易や温暖化防止などの旗を振り、国際協調の砦とも言えるこの枠組みを漂流させることのないよう、G20の存在意義をもう一度示していく事と思料するのです。元より日本にとって、それは名誉ある責務と云う処です。
 
かくしてG20がWTO改革に合意した事の意義は極めて大きく、その合意に即した具体的対応の如何は、今後の国際経済の在り方,グローバリゼーションの行方を問う処と思料するのです。
       (注)WTOは11日、2017年10月16日~18年10月15日の1年間に加盟国が取っ
         た 貿易制限措置の対象額は5883億ドル(約67兆円)に上ったと発表。その額は、
米国発の貿易戦争で保護主義的な通商政策が広がり、前年同期に比べ約7倍に膨れ上
がったと云う。各国に事態の収拾に向けた対応を急げ、とも云う。(日経、12/12)

・本稿の構成
さて、これら問題意識に応える文献二つが今、手元にあります。一つは米スタンフォード大
学教授のKenneth F. Scheve氏とダートマス大学ビジネス・スクール教授のMatthew J.
Slaughter氏の二人による論文「How to save Globalization – Rebuilding America’s Ladder
of Opportunity」(Foreign Affairs、Nov./Dec. 2018)です。これは表題からも窺えるように、
経済のglobalizationの優位性を訴え、米国で広まる反グローバル化のポピュリズムの底流にある所得格差への対応を主張するものですが、言い換えればグローバリゼーションを如何に担保していくか、というものです。そこで以下、本論では、まず当該論文をリフアーしながら前出、問題を抱える世界経済ですが、トランプ米政治に振り回されることなく世界経済の目指すべき方向としてのグローバリゼーション堅持の方策につき, 又、新年2019年の行方を考えていく上での手立てともすべく、考察することとします。

もう一つは、上記WTOの改革に同意している米中両国ですが、周知の通りその現実は依然、貿易赤字是を巡り、両国間の対立は深まる様相にあります。そうした折、ケインズ研究の第一人者として知られる英ワーウイック大学名誉教授のRobert Skidelsky氏が米論壇Project Syndicateで紹介する「Compensated free trade」(補正自由貿易論)は、興味深い提案とされる処、そこでその概要を学習し、可能性につき考察する事とします。
尚、11月19日、衝撃的な事件が起きました。周知の日産再建のタテ役者であり、辣腕経営者として、その名を世に馳せたゴーン日産元会長の逮捕です。逮捕時の姿からは、ギリシャ神話に出てくるカルロスの翼を想起させるものでした。そこで、「おわりに」の項として、少しく事件の総括を試みることとしたいと思います。


           第1章 グローバリゼーションの行方
 
―「グローバル化は技術や思考、人々、製品の移動が進む「現象」だ。グローバリズムは国益よりもネオリベラリリズム的(新自由主義的)な世界秩序を優先する「イデオロギー」と云える。」、(クラウス・シュワブス世界経済フォーラム会長:ポピュリストのグローバル化批判は、グローバル化とグローバリズムの違いを無視したものと指摘して[日経12/7,2018] )


(1)How to save globalization ― 次代グローバリゼーションに向けて          

米スタンフォード大学教授のKenneth F. Scheve氏とダートマス大学ビジネス・スクール教
授のMatthew J. Slaughter氏の二人が、Foreign Affairs、Nov./Dec., 2018 に寄稿した論文
「How to save Globalization – Rebuilding America’s Ladder of Opportunity」は、現下のグ
ローバル化への批判を質し、経済のglobalization,グローバル化を促進させていく必要性を
訴える共にその可能性を担保するものとしてhuman investment、人間への投資こそカギと
主張するするものです。以下はその概要です。

まず、米国で急速に進むbacklash、社会的な反動、それは主として所得格差を起点として、
その要因こそは現体制にあるとするポピュリズムを生む処、これに対してこれまで所得再
分配を以って不満解消を狙ってきた。然し、問題は貧困層を中核とする低所得者の労働市場
参入率が近時極めて低下してきていることにあり、因みに、1970年から2015年の間、
高卒の男性に限ってみると労働力としての市場参入率は98%から85%に又、高校でド
ロップアウトした男性では94%から79%に減退していて、その結果は所得格差を生み、
しかもそれが健康被害までも齎し、自殺や薬等で死亡率も高まってきていると指摘。そして、
2017年の夏、近時の米経済の長期景気回復の9年目にあって、米国市民の多くは、将来
への信頼など持ち合わせることはないと自身の問題意識を吐露します。

・グローバリゼーション実証
とは言え、米国は貿易、投資、移民の流入を通してグローバル経済と結びつき、以って数百
万の米国労働者は、それによるマイナス効果を上回る恩恵をうけてきていると分析するの
です。 Peterson Institute for International Economics の調査結果では米国のGDPは過去
20年間、貿易や投資の自由化が無ければ10%低下していたとされており、とりわけグロ
ーバルな関与がイノベーションと深くかかわっていると云うのです。
つまり、イノベーションがキー・フアクターとなって、生産性が向上し、それが所得向上に
つながる処、貿易企業や多国籍企業は国内の取引先企業をも高業績を齎し、グローバル企業
としても高水準の給与を担保してきていると云うのです。

因みに米国をベースとする多国籍企業の業績はと云えば、2015年時、7000億ドルの
新規投資が行われ、米国での住宅を除く民間投資の43%を占め、製品輸出は7940億
ドルで全米輸出の53%、更に研究開発に2840億ドル、実に全米R&Dの79%を占め
るに至っている処です。元より、これが直接に雇用機会を増大させる処です。

2015年の米多国籍企業による雇用人員は2800万人、民間企業全体の23%、しかも
給与も平均値よりも3倍以上になっていると。そしてこれまでの通念とは違い、アカデミッ
クな研究開発もこれら多国籍企業の子会社で行なわれ、米国に本社を置く企業では新たな
ジョッブの創造を齎すなどで、決して破壊するようなものではないと指摘するのです。そし
て目下、進められんとする移民流入抑制のためと国境壁作りなどは、高度な熟練労働者を規
制する事ともなり、短期的にも長期的にも、弊害をもたらすもの他なく、移民労働者は米国
でのイノベーション推進の、今や本質的な存在だと声を上げるのです。その声は、先の弊論
考10月号でリフアーしたThe Economist,Sept.1, `Peak Valley: Why startups are going
elsewhere’と軌を一とする叫びです。

移民の人口は今日の全米人口の13%で、過去20年間、化学、医学、物理学の分野で全米
ノーベル賞受賞者の39%を占めていると云うのです。Kauffman Foundation の最近の調
査では、2006~2012年で、移民人口はハイテク企業の25%を占める処、2017年
現在、移民、その家族はフォーチュン500社の43%を占めているというのです。

一方、グローバル化を図っていく上で最も重要な事項として安全保障問題を指摘していますが、これも市場の開放を進め、貿易の振興を図る事は、経済開発を担保する処、同時に国家としてのキャパシテイや政治的安定、更には国家としての失政の回避、つまりはテロリズムや他の恐怖にまつわる状況を回避していく事につながる事であり、IMF,WTO等国際機関と連携し、大国としての米国の偉大な役割を果たすことを通じて、世界に米国のパワーと価値を、平和裏に組み込んでいく事にもなるとするのです。つまり、かくしてグローバル化は経済発展を担保し、価値ある貢献を齎すものとする処です。

・A lifelong ladder of opportunity―生涯‘機会’ 
然し、一方では経済的に不公平さをも齎すことは否定できず、従って、この負の側面への対
応が問題となる処ですが、これには政治的選択として三つの政策手法、‘現状維持’、‘世界と
の関与を規制‘、そして‘所得の再分配’ が、これまでリフアーされてきたとしながら、以下
指摘する処です。
つまり、‘現状維持’では‘反動’を更に誘引していく事になる、また‘壁’を作れば国を益々困窮
に貶めていく事になり、安全保障も不確かなものとなると。そして、もう一つの所得再分
配については、一つの解決にはなるだろうが、これも10年前にも提案され結局はうまくい
かなかった。当時の税制として低賃金に甘んじている貧困所得者への課税を除外し、高所得
者への累進課税を目指したが、問題は金銭を超えた処で、失敗となったと云うのです。

そこでSaving globalization 、グローバル化を堅持していく上で重要なことは、米国民の多くが失ったと云う米国の権威と信頼の回復が不可欠とし、そのためには生涯にわたる経済機会を担保していく事、つまり長きに亘、労働市場に参画できるladder、社会的な上昇ステップを以って臨むことが必要であり、これが又、グローバル化のパワーにつながる処と云うのです。つまり人的資本の強化であり、人間成長への投資とするものです。

勿論、そうした仕組みが全員の成功を保証するものではないとしても、human capital,人
間資本は何にも代えられない資産であり、ダイナミックな経済において栄える機会を決定
づけていくものと位置付けるのです。つまり、米国は米国人のあらゆる人生のステージで
human capitalへの投資を高めるべきとして、連邦予算を前提に、彼らは3段階に分けた人
間投資としての教育強化策を提案するのです。

具体的には、第一段階は幼児教育の強化、第2段階では高卒者のコミュニテイ・カレッジ入
学への授業料支援、更に3段階として4年制大学へ通いたい貧困者への学費免除、等です。         
以上の段階を経て進められる米政府の投資額、人間投資は2兆5千億ドルに達する見込みで米国史上最大の投資規模となるものです。もとより原資は新規となる連邦支出です。
つまり一つは、個人所得の2017年の所得減税を逆転させ、その分連邦政府負担とする。凡そ連邦の負担は1250億ドル。第2は健康保険負担分の肩代わりで政府の年負担は2500億ドルと見積もり、この人間投資こそは経済的に実に生産的なものと主張するのです。

今、不安に満ちた怒りや、壁を作って移民流入を抑えるなどは、自らを世界のトレンドから取り残させていく事の他なく、国を開放していくと云うトレンドに正しく向き合うという事は、単に現状を受け入たり、グローバル化反対の反動を批判する事ではなく、真摯に、各段階に応じた人間投資を進めることで、国が国民に、変化する経済に積極的に参加させ、人間資本として機会を与えていく事が必要と云うのです。そして、単にグローバリゼーションを維持せんとする事ではなく、米国国民にグローバリゼーションからの恩恵を確かなものとしていく事だと主張するのです。

さて、わが国は先の国会で、2019年4月から外国労働者の受け入れ拡大の政策決定をしました。これは日本の成長基盤作り、国の在り方にも繋がる事案です。にも拘わらず何ら十分な国会審議も無くです。元より外国労働者の受け入れを否定するものでは全くありません。ただ、単に昨今の人手不足解消の為と、事の重大さを顧みることなく短絡的に決定する安倍政治に、不信感はますます深まるばかりですが、うまく稼働する事、念じる処です。

(2)今、Brexitの行方を思う
     ―Brexitは`Bregret’(離脱の後悔)から`Breturn’(EU回帰)?

今、英国では2019年3月29日を以って実施予定のBrexitに対して、揺れ戻しの動きが高まってきているやに伝えられています。12月11日、英議会ではメイ首相がEUとの間で取り纏めた離脱合意案について歴史的な採決を行うことになっていたのですが、その前日、同首相はその合意内容を改善するとしてEU各国の歴訪に出発してしまったのです。然し、どの国も合意の変更には拒否。帰国したメイ首相を待っていたのは与党・保守党が企てた、党首に対する不信任投票でした。そこで同首相は次の総選挙(2022年)までに党首を辞任すると約束するに至っています。

3年前、英国はEUに縛られない単独行動が然るべしとしてEUからの離脱を決定したのですが、多くの世論調査では、いまでは国民の半数以上がEU残留を占める状況です。それは言うなればBrexitが失敗だったことが英国民に浸透してきたからではないかと推測するのです。つまり英国民は、EU離脱が経済の減速につながる事を学習したという事でしょうか。実際、英経済はEUと云う巨大市場と、そこに照準を合わせた外資に依存してきています。EUを去り、外資に逃げられてはもはや英国に生きる道はないのではと思うばかりです。勿論、どういった結果になるものか、部外者の筆者には知る由はありませんが、やはりEUと云う大きな経済圏と共に歩んでいく事が、英国にとって、英国民に取って、何としても幸せな事と思うのです。但しこの際は、単に残留すればいいわけではなく、これまでのようなEUから利を求めるだけで貢献する姿勢に欠けてきた事への反省も必要でしょう。これが、英国がEU内でアウトサイダー的に扱われていた点でした。今、独仏の指導力に陰りが見えるだけに英国が復帰すれば期待は高まる処と思料するのです。

英国はいま、欧州の島国として没落するか、金融大国として生き残るか、最大の岐路に立っている処、The Economist (Dec.15)が語るように、英議会が経験した一連の混乱は、国民の声に立ち戻る必要がある事、これまでにも増して示している処と思料される処です。


第2章  Compensated Free Trade(CFT)と米中関係の実際

前述の通り、G20ではWTOの改革に向けた公正な貿易へとベクトルを進め出す処、そんな折、ケインズ研究の第一人者のRobert Skidelsky 氏、英ワーウイック大学名誉教授、は、米論壇、Project Syndicate (Nov. 14)で、米中貿易戦争を避けつつ、米国の貿易赤字を一定額に留める手があると、ロシアの経済学者のVladimir Mas氏が提案している「Compensated free trade (CFT)」つまり、「補正自由貿易論」を取り挙げ、マッシュ提案を真剣に考えてしかるべきと紹介するのです。
かつて、米ハーバード大学教授のD. ロドリック氏が2011年に出版した「グローバリゼーション・パラドックス」で、国民国家、民主主義、グローバル化の3つを同時に実現することは不可能と論じ、この状況をトリレンマと呼ぶのでしたが実は、このトリレンマが今年、明瞭になったというのです。そこで、どのような提案なのか紹介方、検証したいと思います。

(1)スキデルスキー氏の示唆 

まずスキデルスキー氏は、米中貿易関係について、トランプ氏の対中関税引上げで、中国に報復措置を誘発させる一方で、トランプ政権は重要な国際貿易協定を破棄するなどで経済ナショナリズムに舵を切ったが、要は、直接原因は貿易赤字の拡大にあること、又トランプ氏の保護貿易主義には地政学にまつわる事情の映る処、鋼材の輸入規制は、国防で役割を果たすかもしれない多数の企業を倒産に追いやっていると断じるのです。

一方、中国の戦略構想「中国製造2025」は未来産業における世界リーダーに一変させんとするものであり、それに中国が成功すれば米国は将来、経済と政治の両面で著しく力を失うことになろうが、純粋に経済に限ってみれば、相手国が持つ政治的な特質は本来、貿易とは無関係なはずだとしながらも、激烈な戦略的競争が行われている世界では、国際貿易は政治の道具となり得ると云い、事実そうなっていると。だが全般的に適応する貿易政策としては、関税は粗削りで正確さに欠ける手法で、米国のコストが上昇するばかりで、貿易赤字の大幅削減などの重要な恩恵が得られない可能性があると指摘するのです。

そこで、貿易戦争を起こすことなく、自由貿易を制限する方法として、ロシアの経済学者、マッシュ氏が提案する「補正自由貿易」論(Compensated free trade: CFT)を、保護貿易主義者の目的を合理的に達成する方法という独創的な仕組みと、提唱するのです。

・Compensated Free Trade(CFT) – 貿易戦争の回避を狙う仕組み
この仕組みとは、政策当局は毎年の貿易赤字額に上限を設定することで始まるものです。(黒字を計上している貿易相手国から輸入する製品のうち、自国が必要とするものは貿易相手国に課す輸出制限から除外すればよい)そして仮に米国がこの仕組みを採用すれば、最も大きな打撃を受けるのは中国、メキシコ、日本、独となる処、因みに、2017年の米貿易赤字に占める、上記4か国との赤字額は、3750億ドル, 710億ドル, 690億ドル, 640億ドル。

このCFTの下で、貿易黒字国は設定された限度額まで輸出を減少させる。或いは貿易黒字国の政府が、既定の貿易黒字額を超過する額と等しい罰金を赤字国政府に払えば、割当額を超えて輸出することもできる。黒字国政府は輸出企業から必要な額を徴取するか、外貨準備を取り崩して罰金の支払いに充てればよい(罰金を受け取る側の政府は、受領した金額を投資拡大に向けることもできる)。もし、黒字国が罰金の支払いに応じることなく輸出上限を突破しようとする場合は、超過分の輸出は差し止められることになる、要は貿易戦争を自動的に食い止めることが出来ることになると云うものです。

尚、米国がCFTを採用すれば、それによる経済的メリットについて、CFTを実施することで、海外に活躍を移した企業や仕事に国内への回帰を促すことが出来る。米国産業が持つ潜在力の回復と社会が抱える不均衡の是正に寄与することになると云うのですが、その合理性にはいささか疑問尾残る処です。。

ただ歴史的な観点からは、CFTは基本的にブレトンウッズ協定の希少通貨条項(第7条)を一方的に発動することに等しいものと言え、同条は、持続的に貿易黒字を計上している国の通貨が「希少」になったとIMFが宣言することにより、他の加盟国が黒字国の製品に差別的に対応するのを許容するものです。これはWTOの前身、GATTの第12条にも合致するものと言うものです。同条はいかなる国も「自国の対外資金状況及び国際収支を擁護するため・・・輸入を許可する商品の数量又は額を制限することが出来る」と規定されています。端的に云えば、CFTは貿易赤字に対処するとともに、関税の制約を克服し、貿易操作と対峙して、現在の主流である経済理論を修正して、持続可能な世界の決済システムを再構築するのに不可欠な一歩と位置付けられる処でしょうか。

要するに、CFTはロドリック教授が主張するトリレンマに打ち勝つための仕組みになると云う事で、この仕組みによって我々は、国民国家と民主主義、グローバル化を同時に実現することが出来ると云うのです。但し、これを導入する力を持っているのは世界で唯一米国だとも云うのです。米国がCFTを採用することで、有害な形態の経済ナショナリズムに向かって世界が傾斜するのを押しとどめることが出来る。この理由だけでもマッシュ提案は真剣に考慮するに値する処と云うのですが、依然、公正な貿易と云う理念を如何にクリアーできるか、問題は残る処です。

(2)米中貿易戦争を巡る現実― The Phony US-China Truce

前述G20での米中両首脳会(12月1日)では、米国が2019年1月に予定していた対中輸入関税の引き上げを90日間延長することで合意をしていますが、12月6日、カナダで起きた中国通信機器最大手企業, Huawei(華為技術)の孟副会長逮捕(容疑は米国が経済制裁を科すイランに違法な製品輸出をしたと云うもの)事件は米中摩擦の新たな火種となる処(当該事案については別途ととします)、米中対立戦線の拡大が危惧されています。

米UCBarclayのB.Eichengreen教授は、12月8日付論考 ‘The Phony US-China Truce’
(まやかしの米中休戦)で、1930年2月、ジュネーブで国際連盟の保護主義を巡る会議で、それを抑制するために2年間、関税を停止する事やその後フランスが提案(より絞り込んだもの)をも議論されたがいずれも受け入れられることがなかった事で、その後米国はスムートホーリー関税法(輸入規制)を導入したが、その結果は周知の処、時を重ねる如くに大恐慌が起こり、国内消費は急落、更には第一次世界大戦に進んでいったというものですが、こうした歴史にも照らし、90日間延長しても変化はないだろう。要は、米国が最重要とする知財権制度の改革には中国が経済モデルを根本的に変える必要があるも、90日間で受け入れる可能性は皆無だとし、いくつかの対応策を提示するのですが、それも結局の処、米景気次第と警告するのです。そして景気後退に陥る兆候を見せればトランプ氏は間違いなく誰かを非難するだろうが、その矛先は自明の処として、米中戦争は終わることはなさそうとするのです。

おわりに イカロスの翼

・ゴーン日産元会長逮捕
2018年11月19日、ゴーンが乗ったコーポレート・ジェット機が羽田飛行場の滑走路に
降り立った処で、待ち伏せた東京地検特捜部が、金融商品取引法違反容疑(注)でゴーンを
逮捕。あのゴーンがです。何か映画「スパイ大作戦」のone sceneでも見るが如きでした。
そして、そのニュースは瞬く間に世界を巡りました。まさに第2のゴーン・ショックです。

     (注)容疑概要
・報酬の過少記載:5年間で計50億円分過少記載容疑(有価証券報告書)
        ・投資資金の私的流用:ベンチャー投資名目で設立の海外子会社経由で高級住宅取得
        ・経費の不正支出:家族旅行等、数千万円、日産側負担

日産・ルノーの両社は1999年3月27日、「日産の財務基盤を強化し、両社が利益ある成長を実現する事」(慶應ビジネス・スクール・ケース)を目指すこととし、グローバル・アライアンスの名の下、両社提携に調印。直後、ルノーから派遣されたゴーン氏は日産COOとして日産リバイバルの旗を掲げ、旧来の慣行に捉われることなく経営の合理化、コストの徹底削減を追求し、僅か2年間で8000億の債務をクリアー、日産V字回復を喫し、まさに稀代の経営者との呼び声をほしいままにする処、彼がMr.コストカッターと呼ばれる所以です。

彼の経営行動は日産自身に留まらず、日本産業全体に構造変化を齎し、例えば、鋼材取引については旧来のメーカー別割り当方式を撤廃、競争原理を導入し、その結果、鉄鋼メーカーの再編が進む一方、流通面ではこの変化に対応し、日産向け鋼材納入を巡って総合商社は他社と組んで国内販社の再編を進める結果となったのです。こうしたpositive な影響を齎した点で、それら変化をゴーン・ショックと呼ばれる処ですが、今次の逮捕劇は、180 度異にする、まさにnegative な事件だけに、以って第2のゴーン・ショックと称する処です。

その容疑内容が上述の通り、有価証券報告書への彼自身の役員報酬額の虚偽記載、なんと15年までの5年間、年俸20億円の処、10億円と記載、退任後にその未記載分を貰い受けると云う話だと云う由ですが、何でそこまでしてと、思いたくなる処、彼の行為は株主に対する裏切行為の他なく、まさに日産という会社のガバナンス欠如を露わとする処です。 予て彼は、多様な社会にあってはidentityをしっかり保つことが不可欠と、口走っていましたが、彼の云うidentityとは、‘金’だったということでしょうか。12月10日、ゴーン容疑者は起訴され、更に21日には特別背任容疑(会社法違反)で再逮捕となっています。

・イカロスの翼を着けたゴーン
11月20日付Financial Timesは、「Hubris is an ever-present risk for high-flying CEO」と題した社説で、ゴーンの今次失墜はギリシャ神話にあるイカロスの様と、次のように評していました。― In the end, though, Icarus-like, he may have flown his corporate jet too close to the sun .Mr. Ghosn’s fate sends an important warning that they had better come down to earth.

つまり、Hubris, 自信過剰な、傲慢にふるまうゴーンはイカロスの翼ならぬ会社のジェット機を乗り回し、太陽(ならぬ巨額の報酬)に近づき過ぎた結果、その欲の重みに遂に墜落した。ゴーンの失脚は、地に足を付けた経営こそが大事な事と警告するもの、とするのでした。 まさに言えて妙とする処ですが、瞬時「氏より育ち」の言葉に思いを致す処です。

・自動車メーカーとしての今後を思う
それにしても11月19日以降、日産とルノーの内輪もめが続き、未だその収斂の如何は見えませんが、その根底には世界のトップ級のシェアーに胡坐をかく甘さがあるのではとの声も届く処、日産のガバナンス体制立て直しは急務なる事云うまでもありません。ただそれ以上に、根本的な問題としてあるのが、車が高度な情報機器へと変わろうとしている時代に、自動車メーカーとして意味ある存在であり続けられるのかという事ですが、どこからもそれを問う声が聞かれないのが極めて気がかりと思うのです。
 以上 (2018/12/26記)
posted by 林川眞善 at 09:20| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする