2018年11月26日

2018年12月号  ”反動”の米欧、”進取”のアジア - 林川眞善

- 目 次 -

はじめに いま、「脱欧入亜」?            
・「民主主義の死」は選挙から始まる
・反動に覆われる米欧
・自由貿易主導のアジア、そして日本

[ 第1部 ‘ 反動 ’に煽られる米欧 ]

第1章 解析「2018年 米中間選挙」と、トランプ政治の行方
(1)解析「2018年米中間選挙」
・映画「華氏119」
・中間選挙結果の意味 — Check & Balance
(2)トランプ政治の行方 ― 次期大統領選を視野に
・トランプ台頭を許した三つの反動と政治地図
・トランプ党vs 民主党 / ・ トランプ外交と日米関係

第2章 メルケル独首相の党首辞任表明と欧州の行方  
(1)メルケル首相の党首辞任表明
・イタリア政府とEU委の対立
(2)「西洋の没落」再び、か
・The Decline of the World , Again / アフター・ヨーロッパ

[ 第2部 自由貿易主導のアジア、そして日本 ]

第3章 日本とアジアの新時代   
(1)日中新時代を確認した両首脳会談
(2) アジアを巡る自由貿易構想と日本
・TPP協定の発効
・自由貿易主導のアジアと日本

おわりに ‘ 選ばれる国、日本に’          

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめに いま、「脱欧入亜」? 

・「民主主義の死」は選挙から始まる 
かつて民主主義は革命やクーデターによって死んだ。然し,‘現代の民主主義の死は選挙から始まる’と、二人のハーバード大学教授、S.レビッキー氏とD.ジブラット氏は共著「民主主義の死に方」(新潮社、2018/9/25)で、次のように警鐘を鳴らすのです。

つまり、1973年、チリで起きたピノチェト将軍が指揮するクーデターによってアジェンダ大統領が死に、チリの民主主義がそして死んだと同じように、冷戦の間に起きた民主主義の崩壊の4分3近くはクーデターによるとした上で、「軍事クーデターほど劇的ではないものの、同じくらいの破壊力を持つ別の過程を経て民主主義が崩壊する例も少なくない。つまり軍人ではなく、選挙で選ばれた指導者によってー自分を権力の座へと押し上げた制度そのものを破壊しようとする大統領や首相によってー民主主義が死ぬこともあるのだ。1933年にドイツ国会議事堂放火事件を起こしたヒトラーのように、短期間のうちに民主主義をとりのぞいてしまう指導者もいる。然し、多くの場合、民主主義は見えにくいプロセスによって少しずつゆっくりと侵食されていく」と、‘民主主義の死’を危惧するのです。

本書は云うまでもなく2年前、‘選挙’によって大統領として登壇したトランプ氏が、America firstを旗印に、米国の為と云うよりは、彼を支持する有権者のインタレストに応える政治に特化し、国際協調は二の次、国際提携等の枠組みを全否定する如きの政治を進め、その結果、米国を支えてきた民主主義の規範をも崩す、まさに反動の政治を目の当たりとするにつけ、警鐘を鳴らさんとするものでした。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・


・‘反動’に覆われる米欧
さて、11月6日、米国では中間選挙が行われました。4年毎行われる大統領選の間に行なわれるという事で、中間選挙と称されるものですが、それは同時に当該期の大統領の政治行動に対する信任投票とも見なされ、俗に大統領の通信簿と言われるものです。それだけに、特に今回は、上述トランプ政治に対して、有権者はいかなる審判を下すのかと、まれに見るほどに世界の注目を集める処でした。その投票結果は、上院は与党共和党が、下院は野党民主党が過半数を獲得。その結果、上下両院は与野党の捻じれを起こす処、上下両院の権能(注)に照らすとき、議会民主主義の基本たるcheck and balance 機能の回復を齎す選挙だったと云える処です。
(注)上院権能:条約の批准と、大使や最高裁判事等、指定人事の承認に限定され
下院権能:予算等全事案の審議、全下院委員会(27)委員長は多数党議員(民主党)

つまり、共和党が両院を制していたことで、これまでないがしろにされてきた民主党との対話が不可避に、言い換えれば共和党が放棄してきたとされる‘政権監視’機能が働く事になったと云う事です。尤も直後の7日、トランプ氏はワシントンでの記者会見で、上院の結果だけに触れ、完全に勝利したと発言するのでしたが、次期大統領選を意識した、その虚勢を張った言葉、その姿勢に、今後の米国政治の混迷を予感させる処です。

一方欧州では、10月29日、これまでリベラル・民主主義の要塞、欧州の盟主とされてきたドイツ・メルケル首相が、10月に行われた二つの州議会選挙で、与党キリスト教民主同盟(CDU)が連敗したことの責任を取って12月の党大会では党首に立候補しないことを表明したのですが、そこには歴史の偉大な皮肉を感じさせられる処です。つまりCDUは戦後ドイツの民主主義を支える大切な柱となってきましたし、戦後の米国は、CDUの設立を促す上で大きな役割を果たしてきたのです。然しそのトランプ米国を支持するのが米国内での反動勢力ですが、メルケルCDUはその反動勢力にとって代わられると云う皮肉な結果となっているのです。さて、欧州の結束にCDU党首として18年間、取り組んできたメルケル氏の辞任表明の瞬間、語られることはその結束が揺らぐことになるのではとの懸念でしたが、その姿は「西洋の没落」今再び、を思わせる処です。

・自由貿易主導のアジア、そして日本
こうした反動に煽られる米欧に代わって世界のトレンドは、いま「アジア」に向かっていると論壇Project Syndicate(Sept.26)で Hertie School of Governance in Berlin教授、Helmut Anheier氏は断じるのでしたが、果せるかな、現下の米欧の内向きベクトルとは相対する如くに、アジアを舞台に多国間を枠組みとする自由貿易への動きが進みだしています。日本が主導してきたTPP然りで、12月末には、コアーメンバー6か国をベースに、誕生することになりました。英エコノミスト誌(2018/10/27)も機を一にする如く、‘オーストラリアに陽が昇る’と豪州経済を特集しています。一方、安倍首相は10月26日、日中平和友好条約締結40周年記念式典に参加した機会に日中首脳会議を持ち、日中新時代を打ち上げています。
さて、経済のグローバル化を念頭に欧米に進出した多くの企業は、米欧の環境変化と、アジア経済の自由貿易姿勢に照らし、当該戦略の練り直しを始めていると報じられています。いままさに、「脱亜入欧」ならぬ「脱欧入亜」を思わせるような状況にある処です

・本稿構成
そこで今回は、米欧とアジアのコントラストを意識する趣旨から2部編成とし、第一部は米欧編とし、その 第1章では中間選挙後の米トランプ政治の行方について、 第2章ではポスト・メルケルの欧州の行方について考察します。第2部はアジア編とし、同 第3章では新時代を迎えたアジア’について、特に日中新時代の構図を中心に、同地域を巡る国際関係の現実について考察することとします。


[ 第1部   ‘反動’に煽られる米欧 ]


第1章 解析「2018年米中間選挙」と、トランプ政治の行方

(1) 解析「2018年米中間選挙」

・映画「華氏119」
まず余談から。11月3日、マイケル・ムーア監督の米映画「華氏119」を観ました。11月6日の中間選挙を目前に控えたトランプ大統領に立ち向かうドキュメンタリー映画です。さすが関心の高さを映す如く、劇場内は満席。119とは2年前の大統領選でトランプ氏が勝利宣言した11月9日の事だそうです。差別的、独裁的な指導者を指弾する反トランプ映画ですが、彼の主たる関心は、そんな大統領を誕生させた米国の民主主義の危機をえぐり出すことにあると云うものでした。

映像はまず、オバマ前大統領とクリントン夫妻を取りあげ、彼らが既得権をもつエリート層に譲歩や妥協を繰り返し、本来の支持基盤である労働者層から離れてしまったと主張、中道路線を支持したメデイアも断罪。バーニー・サンダース氏の台頭を阻んだ民主党上層部を痛烈に批判するのです。そして、ムーア氏はいわゆる「錆びついた地域」を取材して回り、多くの白人労働者がトランプ氏を支持した事を肌で感じとると同時に、トランプ氏が、かかる既存体制を批判した唯一の候補者だったとし、「うんざりして、あきらめた時代に独裁者が現れる」と語り、トランプとヒトラーの映像を重ね、そして行動を呼びかけるのでした。

・中間選挙結果の意味 - Check & Balance
果せるかな、中間選挙の結果は前述の通りで、上院では与党共和党51議席、野党民主党46議席、一方下院は共和党の199議席、民主党が223議席を獲得、結果、上院は共和が、下院は民主が制する処となりました。(11月7日現在)

今回の選挙について、その1か月前、10月11日付でノーベル経済学賞の Joseph Stiglitz氏は、今回の選挙には米国の命運がかかっているとして、つまり、トランプ政治が齎す数々の危機を阻止する必要がある事、その為には、若い進歩的で熱心な新顔候補を当選させることに注力すべきこと、そして今次選挙を見る視点として次の4点を挙げていたのです。(注)
[(注)10月11日付「People vs Money in America’s Midterm Election」by Joseph Stiglitz ]      

つまり, ① 米国の有権者は、トランプ氏が米国の本質を示す人物ではないと宣言するのか。②トランプ氏の人種差別的で女性蔑視的な態度と移民排斥主義、保護主義にノーを突きつけるのか。③米国第一主義を掲げ、国際社会の法規範を無視するトランプ氏のやり方が米国民の意志にそぐわないと表明するのか。はたまた、④大統領選挙におけるトランプ氏の勝利が‘歴史的な偶然’ではなかった事を、はっきりさせる結果となるのか、と。
要は、選挙結果が、米国における政治と経済の未来、そして何よりも全世界の平和と繁栄はこの選挙が出す答えにかかっていると云うものでした。

上記投票結果が意味することは、これまで与党共和党が両院を制していた事で緩みがちにあった大統領の行動への監視機能が回復した事、更にはトランプ大統領が円滑な議会運営を図っていく為には、これまでないがしろにあった野党民主党との対話が不可避となった事で、前述、米議会のcheck and balance機能の回復と、極めて歓迎される処です。因みに直後のFinancial Times (Nov.8)の社説でも `A good day for the US democratic system ― Midterms offer a chance to change the tone of American politics ‘ つまり中間選挙結果は米政治のこれまでの強硬路線を変える機会となった、米民主政治にとって佳日となったと、評するのでした。

(2)トランプ政治の行方―次期大統領選を視野に

・トランプ台頭を許した‘三つの反動’と政治地図
さて、トランプ大統領は選挙直後、下院の結果には触れることはなく、上院での勝利をトランプ政治の成果と、誇らしく喋っていたのですが裏を返せば、2020年次期大統領選参戦を示唆するものだったと云うものでした。ではトランプ政治の展開如何ですが、それは彼の台頭を許してきた要因を分析する事で、ある程度の枠組みが分かるのではと思料するのです。
つまり三つの‘反動’とされる批判の行方と、その‘対応’の如何にある処と思料するのです。
周知の通り、彼が掲げるAmerica firstの前提には、有権者、とりわけlower incomes white層が表する不満、つまり反動と云うべき既存システムへの強い批判があって、それへの対抗を以って応えることで、岩盤支持層に取り入ってきた事情に照らすとき、トランプ政治は引き続き、同じ路線をひたすら進めることになるのでしょう。

つまり、トランプ支持につながった三つの‘反動’とは、一つは「グローバル化への反動」、二つに「人種構成への反動」、そして「オバマ政権への反動」とされるものですが、これが地域事情を映す形で進んでいくことで、`政治的戦場‘、つまり共和党支持地域、民主党支持地域が明確となる処、まさにトランプ氏はその流れを身に付けて大統領の道を歩んだとされる処です。

まず「グローバル化への反動」とは、労働者、特にlower incomes white 層が露わとする経済格差への不満で、主として①「rust belt」、俗に言われる「錆びた工業地帯」で高まる反動です。また「人種構成への反動」とは、移民、とりわけヒスパニックの流入による白人労働者の雇用機会喪失に係る問題ですが、ヒスパニック系住民が重要性を増す②「sunbelt」で強く映される問題です。さらに「ジョージア州からペンシルベニア州に延びる③「Appalachians(アパラチア)地帯」地域を加えた三地域での投票行動が、過去5回の大統領選と中間選挙の結果を決定づけたと云われており、来る2020年の大統領選は勿論、その後も長期に亘り、この地帯での動きが大統領選を左右していくものと見られると、米ジョンズ・ホプキンス副学長Kent Calder氏は指摘する処です。[(注)日経11/16]

因みに①地帯では主として共和党を、②では民主党、そして③では、従来民主党支持と見られていましたが、石炭産業を抱える地域だけに、環境問題に緩やかなトランプ台頭以降、共和党支持に向かっている由ですが、要は地域産業と政治の絡みをどう見極めていくかにかかると云う問題です。

尚,「オバマ政権への反動」とは、オバマ政権が打ち出した医療保険制度、つまりオバマケアーが齎すコスト負担増への反発、上述のヒスパニック等、低賃金労働者の大量移入の容認への反発等々ですが、これらへの対抗が結果としてトランプ台頭を許す処となったとされる点で、それら周辺の動きの見極めが肝要となる処です。尚、オバマ政権が人権上の問題として取り上げた人口中絶容認も、トランプ支持にあるキリスト教福音派有権者(全米人口の4分の1とされている)の強い批判を生む処、極め付きはこれまで不問とされてきたエルサレムの首都容認を果たしたのも福音派の支持に応えんとするもので、トランプ政治を見ていく上では、宗教的事情を踏まえることの重要さを実感させられる処です。

・トランプ党vs民主党
さてこうした彼の言動は、時に論理矛盾を露わとしながらも、トランピイズム、つまり愛国、大衆、敵対を含意とするものとして受け止められ、もはや共和党と云うよりトランプ党の様相を極めつつあり,それはまさにidentity politicsへシフトする姿とみる処で、懸念の集まる処です

その点、過去3回(2014/2016/2018)の中間選挙の得票総数では、民主党が共和党に対し、120~100百万票の差をつけて推移してきた(注:米Columbia大教授J Sachs氏, `Trump’s Diminishing Power and Rising Rage No.12 ,Project Syndicate )由で、今回の投票行動では共和党主導の議会政治にストップを、との声が高まってきたやに窺える処です。問題は、では民主党はトランプ氏に対抗し得る人材の確保ができているのか、です。現在メデイアでは、バンデイ前副大統領やバーニー・サンダース上院議員の名前が挙がる処ですが、いかにも古証文と云え、今回落選したベト・オールク氏のようなオバマの再来とされる若手も俎上に乗る処、残る2年、トランプに勝てる対抗馬の擁立ができるかは、依然大なる課題です。

・トランプ外交と日米関係
さて、こうした内政環境にあって最大の外交問題は、米中貿易戦争ですが、政治事情がどうあれ米議会は、全体としてトランプ政権と共に、中国との対立を深めていく事と思料される処です。そんな中、11月13日、APEC首脳会議出席(代理)の途次、来日したペンス米副大統領は安倍首相と会談し、共同記者会見では「インド太平洋地域へ日米合わせて最大約8兆円のインフラ投資を実施する」旨を発表し、改めて日本との連協強化を確認したという事でしょうが、要は対中警戒で足並みを揃えておきたいという事だったのでしょう。
ペンス副大統領と言えば10月、米国の対中方針演説で「中国は米国の軍事的優位を脅かす能力の獲得を第一目標にしている」と断じ、「中国製造2025」計画を米技術の「略奪」と評し、「断固たる態度を取る」と訴え、新しい冷戦を煽った仁です。(弊論考11月号) いま、米中の対立が深まる中、中国の対日接近が進み(後出第3章)、日中新時代が云々される状況です。さて、米中のはざまにあって米国の同盟国日本として、如何に是々非々を貫くことが出来るか、高度な対応が求められる処です。


第2章 メルケル独首相の党首辞任表明と欧州の行方

(1)メルケル独首相の党首辞任表明

さて、ヨーロッパ(EU)でも大きな変化を予感させる事件が起っています。10月29日、ドイツ、メルケル首相は与党のドイツ州議会選での連敗(14日、28日)を受け、与党党首の辞任を表明したのです。辞任の事由は従って州議会選での連敗の責任を取ると云うものですが、党首として自由主義と欧州統合を目指し18年間、欧州を引っ張ってきたメルケル首相の退任表明は、当然の如くに欧州(EU)の行方に大きな不確実要因を投げつける処となっています。 ただ与党の連敗が意味することは単に政権批判と云うよりもドイツ社会の国際化や宗教離れで有権者の価値観が大きく変わってきた事が底流にあるとされる処です。

ドイツの戦後政治を担ってきたのは、保守系のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と中道左派のドイツ社会民主党(SPD)の二つの国民政党で、両陣営がしっかりしてきたことで、政治リスクの小さい「欧州の安定役」を担ってきたと云うものです。然し、14日のバイエルン州議会選では保守の得票率が37%と68年振りの低水準にとどまり、SPDは1桁で惨敗。28日のヘッセン州議会選でも保守(27%)とSPD(約20%)が退潮、左派系の緑の党(約20%)や「ドイツのための選択肢(AfD)」(13%)の迫る処となってきたのです。

つまりその姿は、二大政党を軸とした政党システムから、言うなれば群雄割拠の多党化へとシフトする姿を露わとする処、ドイツ政治が歴史的な転換点を迎えた事で欧州に地殻変動をもたらす処となってきたという事です。言い換えれば、伝統的な社会・宗教を重んじる保守と所得再分配を訴える社民と云う二つの陣営だけでは社会を作れなくなってきた事を語り、国粋主義者からグローバル主義者までの多様な価値観が今、ドイツには雑居する状況となってきた事を示唆する処です。

これまでメルケル人気が二大政党の落日を覆い隠してきたものの、それが剥げ落ちた瞬間、‘時代’に取り残される姿が露わになったと云え、もはや執行部を刷新しても復活は難しいとされる処、二大政党を軸とした古い政党システムと決別し、脇役にあった新興・中堅政党が本流に躍り出る状況にシフトしだしたと云えそうで、その分、視界不良と云う処です。

思うに、2015年の難民受け入れで、メルケル評が一変。反移民の右翼勢力が欧州を席巻し、‘親メルケルか反メルケルか’、が欧州政治の軸となってきた点で、「欧州の盟主」ドイツ、メルケル首相の党首辞任発表は、欧州の行方を不確実なものとする一方で、G7においては、トランプ氏の発言力を高めることにも直結する処とも云え、世界の不確実性は更に高まることになると見る処です。

・イタリア政府とEU委の対立
尚、EU運営に係る実践的問題も浮上しています。つまり、11月13日、2019年度予算を巡り、イタリア政府とEU委員会との対立が露呈してきた事です。問題はイタリア政府が提出していた予算案が、EUが加盟国に義務付けている財政規律ルール(政府債残高はGDP比「60%以下」とする)を大きく上回る130%となっている点で、その修正要請を受けたイタリア政府が、拒否したことで、EUとして制裁手続きを考えると云うものです。

この背景にあるのが、今年6月、「5つ星運動」と極右「同盟」の連立で誕生した反動政権が、最低所得補償の導入などバラマキ予算としたものの由で、EU委では財政ルール軽視を放置すれば、単一通貨ユーロの信認を揺るがしかねないとして、制裁金を科す手続きに入ると云うものですが、その推移如何はEU運営を律する事にもなりかねません。

こうした政治環境に加え、不透明感を強めるのが欧州景気の停滞感です。8日、EU委が発表した2020年までの経済見通しでは、ユーロ圏の2019年の実質成長率は前年比1.9%と
7月時見通しから0.1ポイント下方修正で、3%を割り込めば3年振りと云うものです。       
元より、トランプ政権が仕掛ける通商摩擦や原油高が経営者や消費者心理に影を落としている要因も挙げられる処ですが、英国のEUからの離脱交渉の難航やイタリアの財政懸念等、まさに身から出たさびとも云うべく、とにかく欧州各国は、懸念される景気失速への危機感を共有し、事態の打開に結束して臨むべきが、問われる状況にある処です。

(2)「西洋の没落」再び、か

・The Decline of the West, Again
かくして西洋に輝く太陽が沈む一方、その陽はアジアに昇ると断じるのはHertie School of Government in Berlin教授のHelmut K. Anheier氏です。彼はProject Syndicateに投稿の10月26日付論考、The Decline of the West, Again(西洋の没落、再び)で、著名なヨーロッパの学者、政治家の言動をリフアーしながらglobal balance of power は間違いなくアジアに向け動き出していると指摘するのです。つまり「西洋の没落」については世界的大著O. Spenglarの ‘The Decline of the West,1918‘があり、Samuel Huntingtonの‘The Clash of Civilizations and the Remaking of the World Order,1996’の語る処としながらも、英国のEU離脱への動きに見るような今日的西洋の没落が進む中、Trumpの`America First’、更には国連総会でのvainglorious(うぬぼれ高い)言動はまさに西洋の崩壊を語る何物でもなく、世界は明らかにアジアに向かう事を選択していると断じるのでした。

・アフター・ヨーロッパ
尚、タイトルに魅せられ手にした新刊「アフター・ヨーロッパ」(原題 ‘After Europe’ イワン・クラステフ、岩波書店 2018/8)で、著者は「欧州が、政治は極右ポピュリスト政党の伸長で不安定になり、経済は緊縮政策で痛み、社会は難民流入で荒れている。欧州のリベラルな普遍的理念は誰の心にも響かない‘ガラパゴス’となってしまった」と云い、「政治の分裂の歴史を注意深く学ぶと、生き残りの技術とは絶え間ない即興の技術であるということが分かる」と云うのでしたが、であれば、それこそが欧州の課題と云うものかと、思う事しきりです。 


[ 第2部  自由貿易主導のアジア、そして日本 ] 


第3章 日本とアジアの新時代

(1) 日中新時代を確認した両首脳会談

10月25日、北京で行われた日中平和友好条約発効40年を記念する式典に出席した安倍首相は、翌26日、習近平主席との首脳会談に臨み席上、新たな時代の日中関係について「競争から協調へ」などの3原則(注)につき提示がなされた由で、両首脳はそれを確認したと報じられています。(日経、10/27)が、普通、公式首脳会談であれば、共同声明が出されるのが常ですが、今回は記者会見と云う形で終わっており、双方の認識に微妙な差を感じさせられる処でした。

(注)・日中の新たな3原則:① 競争から協調へ ② 隣国として互いに脅威とならない、
③ 自由で公正な貿易体制の発展
  ・「3原則」を巡る日中両国の認識(立場)の差異(日経10/30);
        日本:安倍首相は29日の国会答弁で「3原則を確認」したと発言
        中国:「首相の表明を歓迎する」と内容には同調。「3原則」の言葉は使わず。

さて、日本の首相として公式訪問は7年ぶりの事でした。2012年、日本政府が沖縄県・尖閣諸島を国有化したのをきっかけに日中関係は凍り付いたままにあって、漸く17年頃から中国は、少しずつ改善に向かい出してきたのです。それはトランプ米大統領の登場で、米中摩擦が始まり、従ってトランプ米国睨みの対日接近と云うものです。 つまり、トランプ政権が17年12月に公表した「国家安全保障戦略」(弊月例論考2018年1月号)で中国を「競争相手」と定義すると,中国はトランプ氏が対中圧力を強めてくると確信したとされているのですが果せるかな、今夏以降、米中は貿易戦争に入り、いまや米中覇権争いの様相にある処です。(注)
(注)11月14日、米議会「米中経済安全保障再考委員会」が公表した2018年版報告書で
 は「覇権を目指す中国の試みは米国の安全保障や経済的利益に疑いようのないリスクと
なる」と再び対中批判を鮮明としています。(日経夕、11月14日)

加えてトランプ氏は米国が旧ソ連と結んだ中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を表明し、米ロの軍事的な対立も懸念される環境も生まれてきている事情もこれありで、中国としては、この際は対日関係の改善に活路を求めたものと見られる処です。 そう言えば1989年、天安門事件で西欧諸国から経済制裁が科されたとき、中国は日本を突破口に見定め、また日本もいち早く経済制裁の解除に動き、92年の天皇陛下の訪中に繋げていった経緯がありました。
                                
とに角、上記3原則を枠組みとした両国の協力関係は、経済分野を中心に実務的には幅広いものとなっており、具体的には、中国が求める第三国市場開拓での連携や、金融分野では失効中の円元スワップ協定の再開合意等が挙げられる処です。ただこうした協調案件が、さて具体的に実行されうるものか、約1年前には米中首脳会談でも巨額商談の調印式はあったものの、その多くは棚上げとなったままにある事情に照らす時、そうした合意がスムースに稼働するよう、双方には更なる協力の強化が求められていく事になると言うものでしょう。

かくして経済を接点として接近する両国ですが、これがたとえ打算の産物であっても、中国がこれまでのような孤立の道に進むのを止める役割を果たすなら、相応の意味のある処でしょうし日本にとってもメリットのある処です。 元より、安全保障上の懸念、今や常態化している中国公船の日本海領域の侵入、東シナ海でのガス田開発等、まだまだ問題の残る処ですが、予て安倍首相は、「東シナ海を平和、友好、協力の海に」と公言してきており、この言葉を体現できれば、信頼醸成への更なる一歩となる処です。 そうした文脈にあって次の課題は、来年6月、大阪で開催の20か国・地域(G20)首脳会議へ出席のため習近平主席には初の訪日が予定されていますが、これを機会に両国は首脳の相互訪問を基礎に、軸がぶれにくい安定した関係を目指すべき処です。いま、日中関係のみならず、日本を巡る国際環境は日本の出番を促す状況にあるのです。

(2)アジアを巡る自由貿易構想と日本

・TPP協定の発効
10月31日、TPPの事務局であるNZのパーカー貿易・輸出振興相が記者会見で、発効に必要な6か国の国内手続きが終了したと発表。この結果残る5か国を残すも12月30日を以ってTPP11は発効する旨、発表しました。(注) これで、域内人口は約5億人、国内GDPでは世界の13%にあたる11.38兆ドルを占める巨大貿易圏が動き出す事になったと云うものです。因みに、政府は日本のGDPを年約8兆円押し上げ、46万人の雇用創出につながると試算している由です。(日経、2018/11/01)
(注)批准済み6か国:メキシコ、日本、シンガポール、NZ, カナダ、オーストラリア
       未批准5か国:ベトナム、ペルー、チリ、ブルネイ、マレーシア

米国の離脱で一時、壊れかけたTPPでしたが、11か国で発効に漕ぎつけられたのは日本の貢献に負うものと誇れる処です。とりわけ、成長著しいアジア太平洋地域で自由度の高い貿易・投資協定を実現し、トランプ政権が拡大させる保護貿易の防波堤を築く意義はことさら大きいものがある処です。メデイアによると、タイは2019年に参加を目指し準備中であり、EU離脱を目指す英国も19年3月以降の交渉を想定しているとの由ですが、いずれにせよ日本としては参加国の拡大にも指導力を発揮し、TPP11の基盤を更に強化していく事が期待される処です。序でながら日米間では19年1月から2国間のTAG交渉が始まりますが、その際はTPPの基準やルールに沿った合意を目指すべきと思料する処です。

・自由貿易主導のアジアと日本の出番
元より日本の自由貿易圏づくりはTPP11で終わるものではなく、EUとの経済連携協定(EPA)の発効(19年初めを目指す)や、更には日本や中国、インドそしてASEAN諸国
等16か国が参加するRCEP,「東アジア地域包括的経済連携」交渉についても、年内の実質妥結を目指す処です。但し、中国が日本の求める高い自由化率に抵抗感があり、癒着ぎみにありますが、TPPの高い自由化率等を目安として明確に示すことが出来れば、交渉を主導できるのではと思料するのです。そうした折、英エコノミスト誌は、柔軟な政策対応を以って持続的成長を図っているオーストラリアは、現下の世界にあって‘きら星的存在’と映るとして豪州を特集し、かつての特集、「日はまた昇る」を想起させる処です。元より彼らの問題意識は「自由で開かれたインド太平洋構想」(Indo-Pacific Vision)に及ぶ処、豪州、インドと共に具体化推進を目指す日本のインタレスト、琴線にも触れる処です。つまり、日本の出番がそこにあるのです。

昨年、米Princeton大学G.J. Ikenberry教授が‘Foreign Affairs’で提言していたトランプ主義外交への対抗として日独で、具体的にはメルケル首相と安倍首相が連携してLiberal International Order(国際協調秩序)づくりを目指してほしいと声を挙げていました。前述事情にあるメルケル首相はともかく安倍首相にはその役回りにある事が実感される処です。

尚、この際、ハーバード大学 デイビス教授は、現下の世界情勢にあって、多国間協定に取り組む日本の努力を高く評価しつつ、問題は、世界の貿易体制では自由化の促進が偏重される一方、構造改革に関する政策は個々の国に委ねられて来たが、各国政府は、政治的に持続可能なバランスの良い貿易政策の策定に必要な改革案を纏めようとしないことにあると云うのです。(日経、「経済教室」2018/9/6)要は、各国政府はあまりに長い間、構造改革や再分配を放置し自由化にばかり力を入れてきた結果、市民は怒りを募らせ、貿易制度全体を脅かしていると云うのですが、改めて銘記しおくべき処かと思料するのです。


おわりに  ‘選ばれる国、日本に’ 

本稿draft中の11月23日、2025年万博開催地が大阪に決定との知らせが入ってきました。1960~70年代に行われた東京五輪(1964)、大阪万博(1970)は、当時の日本経済の高度経済成長を支える要因となったのですが、2020年の東京五輪、2025年の大阪万博開催は、同じ構図にある処、早速にその経済波及効果はインバウンド効果を中心に日本全体として約2兆円に達するものと、期待の高まる処です。
 
処で、気になるのが、時おり政府筋から聞かされるcampaign phrase「選ばれる国、日本に」
です。定義のほどは承知しませんが、察するに、外国人に‘日本は住みよい国’、‘働きたいと思える国、日本’ にしていこう、という事かと思料するのですが、それは上記イベントを行えばOKというものではありません。勿論、大イベントで日本への理解は深まる事でしょうが、それには日本が受け入れ国として相応のシナリオと、そのための確固とした哲学を用意しておくことが不可欠です。

さて、11月13日、「出入国管理法改正案」が国会に提出されました。急速な高齢化で労働力制約が強まる中、外国労働者の受け入れを拡大し、係る事態に対応していこうと云うものですが、この際は、外国人受け入れとは人手不足解消の為だけではなく、競争を通じて日本人労働の質を高めることにも貢献する、つまり双方の利益になるという視点を、まず確かなものとする事が肝要です。そして、中長期的に労働力の確保を目指すとすれば、それは日本の成長基盤づくりにつながる処、延いては日本の将来をも規定していくことになるとの自覚が不可欠と云うものです。然し審議の現状は、まさに空回りの様相にあり、それはそうした認識、自覚の欠如に負うものと思料するのです。そこでこの際は、感ずる所2点、記しておきたいと思います。

まず行政です。現在、法務省入国管理局が当該事案の主管となって進められています。ただ入国管理局はつまる処、国境で業務を担う組織ですから広く国内での雇用問題に対応できる組織ではありません。勿論、人の出入を管理とすることは重要です。が、事の本質に照らすに、法務省流の管理的発想を超えた、労働市場や医療保険等、包括的な例えば「外国人雇用法」を制定し、外国人労働に関する多様な業務を担える組織の導入を目指すべきではと思料するのです。もう一つ、日本の成長基盤づくりとは、日本経済の生業、日本国のかたちを、どのように描いていくかが、問われる処です。日米関係、日中関係等々、その行方を語るにしても今や、どういった国のかたちを目指すのか、その軸となる構想が不可欠と云うものです。‘選ばれる国、日本に’とは、まさにこうした行動様式を経ての事と、思料するのです。当該法案はまさに日本経済の転機を示唆する処、この際は並行して、日本国の目指すべき姿、designについて真剣な議論を深めて貰いたいと思うのです。  
(2018/11/26 記)
posted by 林川眞善 at 12:50| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする