2018年03月26日

2018年4月号  崩れ出した米中関係の基盤、問われる日本の今後 - 林川眞善

はじめに The west’s greatest gift to China

Financial Times(3/8)掲載の同紙commentator, Edward Luce氏の` The west is doing its best to help China.’ は、今日の中国と西側、とりわけ米国との関係を追う者にとって極めて興味深く映るものでした。

その内容は、2000年に入ってからの西側が進めてきた政治的、経済的行動が、結果として中国に大きな恩恵を与えてきたと云うのです。その一つは2003年のイラク戦争。これが結果として欧州の分断を誘ったこと。二つに、2008年の金融危機で、その後の景気後退で欧米諸国が途上国への開発融資を削ると、その分を中国が穴埋めしてきたこと。更に三つ目は、Geopolitical gift to China つまり英国でのEU離脱の国民投票に見た、或いはトランプ氏の大統領選の勝利に映る、欧米に於けるポピュリズムの台頭を挙げ、それは西側の制度や主要機関への信頼低下を映す処、結果として中国に有利に効果していると、云うのです。つまり、21世紀に入って僅か20年、西側は中国に大きな恩恵を与えてきた、つまり形勢が中国に有利になってしまったと語るものです。
そして、今次のトランプ政権の鉄鋼・アルミの輸入関税の引き上げという、輸入制限措置の発動は同盟国を巻き添えにすることで、今回、中国の「終身皇帝」ともなった習近平中国主席には、西側勢力を分断しやすくなったというのです。そこで今、西側から中国への4つ目となる贈り物があるとすれば、それはまさにトランプ大統領 `the west’s greatest gift to China’ ではと、するのでしたが、云えて妙というものです。実際、目の当たりとするトランプ大統領の政策判断は益々、America first、つまり独自主義に向かう方向にあり、それは間違いなく中国に有利に働く事になるものと思料する処です。

それにしても最大のリスクは、今や世界経済をけん引する中国が、米国に対抗して保護主義に向かう連鎖が起こる事です。実際、3月23日、米国が鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動するほか、それに先立ち中国の知的財産侵害への制裁措置を表明した事で、中国政府は米国からの輸入品128品目に関税の上乗せをするという対抗措置を公表したのですが、さながら「報復合戦」の様相を呈し、「米中共倒れ」の懸念も強まろうと云う状況となってきています。米国発の保護主義がドミノ的に世界へと広がれば、自由貿易体制は揺らぎかねないというものです。

そこで、この際は習中国が強権政治に向いだしたその実状と、トランプ米国の保護主義政策が齎す世界経済への影響にフォーカスする形で、時を同じくする形で発表された米朝首脳会談開催、そして今次成立みたTPP協定も含め、論述することとしたいと思います。(2018/3/26)

目次

第1章 中国国家主席の任期撤廃

(1)憲法改正で強権的独裁政治に転じた中国
―from Autocracy into Dictatorship
(2)中国の民主化に賭けた西側政策の失敗        
① ‘What the West got wrong’ (The Economist:2018/3/3)
-It bet that China would head towards democracy
and market economy. The gamble has failed.
② Kurt Campbell 氏と「対中関与政策」
・protectionist and nationalist America vs Assertive and nationalist China

第2章 トランプ米国の保護主義政策、そして米朝首脳会談
・UCLA  Jon Michaels 教授

(1) 実行段階に入ったトランプ政権の保護主義的政策と、安全保障対応
・「ブロードコム」による「クアルコム」買収と安全保障上の脅威
・習中国に‘塩送る’トランプ保護主義政策
・リチャード・ボールドウイン     
(2)米朝首脳会談と、日本の外交戦略の今後
・トランプ氏の米朝首脳会談応諾
・ポスト米朝会談の日本の外交戦略
・TPP11協定
(3)トランプ政権の政策スタッフ

おわりに 今、極まる日本の政治      
 
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第1章 中国国家主席の任期撤廃

(1)憲法改正で強権的独裁政治に転じた中国
― From Autocracy into Dictatorship

中国共産党中央委員会は2月25日、現行憲法で規定されている国家主席の連続2期までの任期を撤廃する憲法改正案を公表、3月の全国人民代表大会(全人代:3/5~21)に上程する旨を公表しましたが、この公表は世界的に,十分に衝撃的な事でした。というのも、この憲法改正で、今2期目で6年目に入った習近平主席は、10年後も彼が望めば主席でいられる、まさに長期政権が保証され、しかも長期が故に彼に権力が集中していく、つまりは習近平中国の強権政治化が見えてくるという事です。3月11日、全人大会は絶対多数で改正案を承認したのです。

1966年、当時の独裁者、毛沢東が発動した文化大革命(1966~1976年)では多大な犠牲者を出し、その反省に立ち、権力の集中による弊害を防ぐためとして、1977年7月、第10期3中全会で副主席に復帰、次の最高指導者となったトウ小平(ドンシャオピン)は「個人崇拝」を否定し、代わって党内に集団指導体制を持ち込むと共に、国家主席を含む主要ポストに最長2期、10年の任期制を導入。主要な案件については政治局常務委員の議論を経て決めるとした現在の準則を採択し、今日に至るものでした。

この間、改革開放路線の下、急速な経済成長が進み、併せて民主化が進むはずとの期待感が強まってきたのです。実際、中国は既に世界第2位の経済大国ですし、中国から欧州、アフリカまで、陸と海でつなぐ一帯一路の構想を以って、国際的な影響力を強めつつある処です。 因みに経済規模を米国との対比で見て行くと、2000~2016年間の名目GDP成長率の平均は、米国3.8%、中国14.9% ですが、今後米国が年4%、中国が同10%で成長すると仮定すると、中国は僅か10年後に米国を追い抜くことになります。又、消費主導の「新常態(ニューノーマル)」の下で中国の成長率が7%程度に半減するとしても、昨年10月の共産党大会で示された「現代化」の達成時期、2035年までには世界最大の経済大国になる事になるのです。そうなれば政治的にも軍事的にも、スーパー・パワーになる可能性があるというものです。

然し、今次、国家主席の任期規定の撤廃は、そうしたトウ小平(ドンシャオピン)の改革開放路線の努力を有名無実化させたというもので、従って、今や楽観論とされた民主化への期待はおろか、習氏への一段の強権化は経済発展を脅かす可能性すら指摘される処です。実は、彼はトウ小平を否定し毛沢東に走っていると云われているのです。

習氏はこの5年間汚職撲滅を掲げて多くの政治家、官僚、軍幹部を摘発してきました。国民は当初、その大胆さに喝采を送ってきました。確かに一定の効果はあった事でしょう。とは言え今回の任期撤廃は言うなれば彼の自主自演とも言え、「反腐敗」運動は自らの権力強化の手段に過ぎなかったのかと言わざるを得ません。 そうした習近平氏がスーパー・パワー(下表)のトップに立つとなると世界の市場経済システムはどのような影響を受け、どう共存していくか、世界の一大テーマとなる処です。

(注)GDPベースで見る世界経済の構造推移(国ランク・イメージ)
Rank 2018 (GDP2016、億ドル) 2025(予) 2035(予)
1 米国 186,244 米 中
2 中国 112,321 中 米
3 日本 49,365 印 印
4 独 34,792 日 日
5 英国 26,792 独 独

Financial Times,Feb.28 で同紙commentatorのMartin Wolf 氏は` China is now exposed to one man’s whim’ と題したコメントで「習氏の終わりのない強権で我々は再び政治体制を競い合う時代を迎えた」とし、併せて次のように指摘しています。つまり、気候変動や国際貿易、地球規模の安全保障と言った問題では中国と手を携えることが不可欠だが、海外直接投資や中国企業の対外活動等では、彼らは中国共産党と国家権力の下におかれている点で、西側諸国は慎重に行動しなければならないというのです。そして「民主主義国にとり、独裁色を強める中国はパートナーではあるが、友人ではない」と断じるのです。

(2)中国の民主化に賭けた西側政策の失敗
         
上述、中国の独裁政治への深耕は、中国自身にとり大きな変化を意味するだけでなく西側、とりわけ米国にとり、これまでの対中政策の失敗を映す処でもあるのです。つまり、1979年の米中国交樹立以来、自由陣営のチャンピオンとして、米国は対中政策の基本を「関与(Engagement)」に置き、既成の国際秩序に招き入れようと動いてきましたが、そうした試みの失敗を実証する処となったと云うものです。英誌The Economist は、その実状を詳しくリポートする処ですが、当時の政策担当のKurt Campbell氏の論考もその周辺事情を語っており、この際は、夫々についてその概要をレビューしたいと思います。

① ‘What the West got wrong’ (The Economist:2018/3/3)
―It bet that China would head towards democracy and market economy. The gamble has failed.] (西側諸国は中国の何を見誤ったか)

[習近平の政治:監視国家へ進む中国]
-習近平主席への期待は、前任の胡錦涛時代同様、憲法に基づく統治へと移行すると思っていたが、その幻想は砕け散った。現実には彼は政治と経済において抑圧と国家統制、対立を進め, 西側の中国に対する期待に反し専制政治に行き着いてしまった。

-習氏は腐敗撲滅の名の下、対立し得る勢力を追放し、人民解放軍の全国的再編も進めた
が、それ軍の共産党と自身への忠誠を確かなものにする為で、習氏は権力を使い共産党の
支配力と党内の自分の地位を固めて行った。国民生活では、ある程度は自由が維持され
ているが、自由な思想を持つ弁護士を投獄し、共産党や政府を批判するメデイアやインタ
ーネット上の情報は根絶する等,彼は不満や逸脱行為を見張る監視国家へ向かい出した。

-以前中国は、自分たちを放置するなら他国の国政に口を出すつもりはないと云っていた
が、最近では自分たちの独裁制を自由民主主義の対抗馬と位置付けるようになってきて
いる。つまり、昨秋の共産党大会では、習氏は「他国にとっての選択肢」として、「人類
が直面する問題を解決する為の中国の知恵と中国式手法」を伝授するとしていたが、その
後、自国モデルを輸出つもりはないとしているがこれは、いまや米国は経済的競合である
ばかりか、イデオロギー上の競合でもあることを感じさせている。

[経済:世界経済に組み込まれてきた一方で、産業は国家権力の歯車]
-中国経済は、今や世界に組みこまれてきている。具体的には中国は世界最大の輸出国と
なり、全世界に占める比率は13%、又、世界で最も時価総額の高い上場企業100社の
内、中国企業は12社を占め、いずれも進取的で機知に富む企業と評価されている。然し、
今のまま進むとして、市場経済国には永遠にならない。それは企業を国家権力の歯車と捉
え、支配を強めている為。あらゆる産業は戦略の一部と位置づけられ、例えば、中国の
産業振興構想「Made in China 2025」では航空機やその関係技術、エネルギーなど10の
主要産業(全産業の40%)について政府が直接管理、指導して世界企業を目指す処にある。

-中国進出の外国企業は常に中国側の条件での商売を余儀なくされる点で、儲かって
いるも無残な状況にある。例えば、米カード会社の中国進出は、携帯電話での決済が主流
になって初めて認められた。要は、中国は、西側のルールを部分的には組み込んではいる
が、独自のシステムを並行して築いている証左と言う。例の「一帯一路」では、外国市場に1兆ドル超の投資が見込まれているが、いずれその額もマーシャル・プランを凌ぐことになると予想されている。元々このプロジェクトは開発が遅れている中国西部を発展させるための構想で、そこに参加するどの国にも中国資本の影響力の網をかける狙いがある為だが、その構想は中国主導の紛争解決を受け入れることを各国に求めていく事に狙いがある。つまり、中国の野心を西側ルールが拒む場合には、中国は自国のやり方で開発を進るという事を示唆するもの。

[シャープ・パワー]
-中国はビジネスにも敵対関係を持ち込もうとしている。ドイツ、メルセデス・ベ
ンツは最近、チベットのダライ・ラマ14世の言葉をウエッブで不用意に引用したことで
屈辱的謝罪を余儀なくされ、又、中国が主張する南シナ海のスカボロ礁の領有権にフィリ
ピンが異議を唱えた際は、健康へのリスクを理由に同国からのバナナ輸入を止めました。
まさに「シャープ・パワー」で、軍事力や経済力などの「ハード・パワー」を補完する処、
中国は、米国を東アジアから駆逐すべく域内の超大国として振舞っていると。

以上は、西側の対中政策が失敗に至ったとされるその事情の本質を語る処ですが、そもそも、ソ連崩壊後、西側諸国はソ連に次ぐ、規模の共産主義国であった中国を世界経済に迎え入れ、具体的には世界貿易機構(WTO)などに参加させれば、戦後成立した規則に基づくシステムで縛れると考えてきたのです。つまり、経済統合で市場経済への転換が促され、国民は豊かになるにつれ民主主義的な自由や権利、法の支配を望むようになると期待してきたという事で、前述したように米国はそれを「対中関与政策」と称し今日に至ったのでした。が、その幻想は砕け散ったというものです。

New York Times, Feb. 28の社説 `Xi Jinping’s Dreams of Power’ でも「習氏の今回の動きは、米国側のこの政策が失敗したことを証明した。習氏は法の支配、人権、自由市場経済、自由選挙等に基づく民主主義的な秩序への挑戦を新たにした」 (Mr. Xi’s move proves that policy has failed and that China will set its own path, challenging the liberal order based on the rule of law, human rights, open debate, free market economics and a preference for elected leaders who leave office peacefully after a fixed period)と指摘していましたが、この現実に向き合っていくとき、西側、とりわけ米国の対応は如何かと、気になる処です。

② Kurt Campbell氏と「対中関与政策」
オバマ政権の東アジア太平洋担当の国務次官補として対中政策の中心にあったKurt Campbell氏がForeign Affairs(March/April 2018)に発表した論考「The China Reckoning – How Beijing Defied American Expectations」(中国は如何に米国の期待を無視したか)は相応の歓心を呼ぶ処です。彼はその中で「歴代の米政権は経済的、外交的、文化的な絆を深めれば中国の国内発展も対外言動も良い方向へ帰られるという期待を政策の基本としてきたが、中国の動きを自分達が求めるように変えることはできないことが明らかになった。・・・今後の中国への対処にあたっては、まず、これまでの米国の対中政策がどれほど目標達成に失敗したかを率直に認めることが重要だ」、つまりacknowledging just how much our policy has fallen short of our aspirationsと、自分達の推進した政策、関与政策の間違いを率直に認めるものでした。ここに至っては、その最大の間違いは、米国の関与政策を以って、中国のWTO加盟を支持した事にあったと総括されそうです。

とにかく西側には、自分達の価値観が普遍的だと主張してきたところ今後共、それを貫きつつも、あらゆる面で妥協しない姿勢を見せていくべきと思料するのです。そして、中国のシャープ・パワーに対抗するための措置を高めていく事も大切です。経済機関と中国政府との繋がりを明らかにしていく事、中国の経済力悪用に対抗するには、国有企業の投資を精査し、機密技術についてもあらゆる種類の中国企業の投資を調べることもより必要と思料しますし、更に西側秩序を守るための機関の支援をも確実にしていくべきと思料する処です。
尚、留意すべきは、後述するトランプ米国の保護主義政策の矛先は中国に向けられたものと言われており、実際その通りですが、これは米国が中国を経済的に敵視し始めた事と映る一方、中国は自国への自信を深めつつあり、米政府に対してイデオロギー面でも地政学的面でも挑戦の姿勢を強めてきており、その姿は新たな独裁主義を、中国に適した統治法と言うだけではなく、欧米の民主主義に代わる統治モデルとして提唱する姿と映る処です。

・Protectionist and nationalist America vs Assertive and nationalist China
因みに、Financial Times の外交コメンテーター、Gideon Rachman氏は3月13日付コメント‘Trade wars can become real wars’ の中で、次の様に指摘しています。つまり、北京では最近、中国の知識人は、「米国主導の世界秩序はもう時代に合わなくなっている」と主張し始めていること、そして、保護主義と国家主義に転じた米国(a protectionist and nationalist America)と、主張を強める国家主義的中国( Assertive and nationalist China)という新たな組み合わせは爆発の危険を秘めていると、いうのです。然し、トランプ氏は歴代大統領と違い、海外に民主主義を広めることには余り関心がなく、また習氏の独裁への動きにも気に留める様子はないようだとも言うのですが、であれば彼の考え方には紛争を抑える面もあるのではと思料するのですが。


第2章 トランプ米国の保護主義政策、そして米朝首脳会談

・UCLA Jon Michaels教授
昨年の秋、米UCLA(University of California ,Los Angels)のJon Michaels教授はトランプ氏について、論考「Trump and `Deep State’- The Government Strikes Back」(Foreign Affairs, Sept./Oct.,2017)で、次のように描写していました。[(注)ここで云うDeep Stateとは, 国家内国家つまり、トランプ政策をチェックするパワフルな官僚グループを指す]

One of strangest aspects of the current era ―現状におけるもっとも奇妙な現象は、アメリカの大統領が自国の政府を運営することにはほとんど関心を持っていないように思えることだ、と云い、政治の世界へのニューカマーで特定のイデオロギーや政策アジェンダをも持たないドナルド・トランプは、まるで敵対的企業買収をするかのようにホワイトハウスの主になっている事だと指摘。更に「大統領になって6か月、彼は依然として自分だけで判断を下し、自分が率いている筈の連邦政府の多くをあからさまに軽視し、予算に大ナタを振るい、規制ルールを廃止し、通常の手続きを踏むことを拒絶している」と批判していたのです。

(1) 実行段階に入ったトランプ政権の保護主義政策と、安全保障対応

3月1日、トランプ氏は鉄鋼・アルミ業界の経営者との会合で―この会合の予定は政権内でも秘密扱いにされ、出席者にも前日まで通知されていなかった由ですがー 輸入関税の引き揚げを明言、それはまさに上述、トランプ大統領の異端さを実証する動きとも言えるものでした。具体的には周知の通りで、鉄鋼の輸入関税を25%、アルミについては10%の追加課税するというもので、3月8日には大統領署名、そして3月23日には発動されました。まさにトランプ保護政策が実行段階に入ったと云うものです。

今次の鉄鋼・アルミの輸入制限措置は、高関税を「全ての国や地域」に適用するとしていますが(注:ただしカナダ、メキシコは既に適用除外が決定、オーストラリアもその方向で調整中と)勿論前述の通り、本当の狙いは中国です。というのも、トランプ氏は就任以来、米中貿易のインバランスが米国内の雇用を圧迫しているとして、中国からの輸入を批判し、更には昨年末発表された米国家安全保障戦略では、通商問題は安全保障問題として、中国を戦略的競争相手と位置づけていることもこれありで、その狙いは中国にある事は明らかです。 ただし、米国鉄鋼輸入の内、中国からの鉄鋼輸入は僅かに2%を占めるにとどまるもので、今次関税引き上げは中国とは関係なく、トランプ氏の行動は政権維持の為、白人貧困層に受けの良い、伝統的とも言える保護貿易に移ったと云うもので、これが秋の中間選挙に向けた当該産業労働者等、自らの支持層の票固めの行動と言うものです。

加えて、23日の関税引き上げ発動に先立つ22日には、中国の知財権侵害への制裁措置を巡り、
幅広い中国製品への関税引き上げの決定(対中関税1300品目について最高25%の関税上乗せ)を伝えています。それは対中制裁600億ドル(約6兆3千億円)に上る輸入制限の発動です。
もっとも、トランプ政権の貿易制限は国内雇用の維持が狙いと云うのでしょうが、中国製品に巨額の関税を課すことになれば、消費者物価の上昇に直結し米景気を下押しすることとなり、その結果は消費者の負担増につながるリスクは大きいというものです。 勿論、中国政府も23日、米国への対抗措置として最大25%の追加関税を準備する128品目を公表したのですが、まさに報復合戦の様相すら映す状況です。

・「ブロードコム」による「クアルコム」買収と、安全保障対応
この知財権侵害問題と云えば、3月13日、シンガポールに本社を置く半導体大手「ブロードコム」による米「クアルコム」社の買収案件に対して(2017年11月スタートした案件ですが)、トランプ政権は「ノー」を出したのです。その理由はまさに安全保障上の懸念という事にあった由です。合意に至ってもいない買収を却下する異例の措置に、斯界の強い関心を呼ぶ処です。

この案件で米政権が問題視した安全保障上の問題とは、中国企業、華為技術(HUAWEI:フアーウエイ)との関係だと言われています。つまり華為技術は中国や欧州向けに安価な通信機器を大量販売してる企業ですが、これがブロードコムと密接な関係にあるとされている点です。一方クアルコム社はスマートフォンなどに使う通信半導体の巨人と言われる存在ですが、仮にブロードコムに買収されれば米国の通信の「頭脳」にあたる技術が中国に漏れる懸念を以って「ノー」と、裁定されたと云うのです。勿論、ブロードコムは、その事由について「全く同意できない」(日経電子版3/13)と声明を出しています。実際安全保障面での具体的な根拠は乏しいのです。

ただ、米国では近時、中国の技術発展に対す警戒感が強まってきており、トランプ政権下の1年間で海外企業による米企業買収に待ったをかけたのは、クアルコムで10件目、他の9件の内、買い手として名乗りを上げた8社が中国企業だったのですが、「安保」を振り翳すと国民の支持を得やすい環境がある処、今秋の中間選挙を控えトランプ政権は今後、「対中」、「安保」を引き合いに強硬策を繰り出していく事が懸念されると言うものです。

Financial TimesのCommentator, Martin Wolf氏は3月7日付で` Trump’s follies presage more protectionism’と、トランプ大統領の馬鹿げた発想が更なる保護主義を促すことになるとし、加えて「トランプ氏は保護主義戦争(Protectionist war)が起きることを望んでいる節がある。
同氏は大国が巨額の貿易赤字を抱えるのは他国のせいだから‘勝たねばならない(must win)’とし、更に貿易赤字は米国が他国に付け込まれてきた結果だと信じているが、いずれも経済学的には馬鹿げた考えだ(Both beliefs are economically ludicrous)」と断じていましたが、本論考でも貿易赤字は貿易政策の結果ではなくマクロ経済的現象と、繰り返し指摘してきた処です。尤もトランプ氏には通じる話ではなさそうですが。

・習中国に‘塩送る’トランプ保護主義政策
それにしても、こうしたトランプ米国の政策姿勢、輸入制限の発動は、これまでの自由貿易を通じて持続的経済の発展をと、してきた流れを逆流させるもののほかなく、それはWTOの存続基盤を揺るがすほどに‘大変’な状況を生む処ですが、それはまさに中国の思う壺とも映るのです。

本稿冒頭の「はじめに」でも触れたように、トランプ氏の登場で力を得たポピュリズムに西側は振り回される中、トランプ米国の保護主義が実行段階に入った事で分断状況が進み、習近平氏にとって国際舞台の中央に踊り出やすい環境が整備されてきた、つまりトランプ保護主義は中国へ‘塩送る’如きです。以前、弊論考でTrump’s gift to Japanの話を紹介していますが、いまやトランプ大統領こそは、西側からの習氏への最大の贈り物という事でしょうが、係る状況に対する日米欧の責任は重いのです。その認識を以って西側は改めて民主主義を守る決意とそれに即した行動を図るべきで、さもなくば世界は中国で染まってしまうのです。

・リチャード・ボールドウイン
序でながら、近刊、リチャード・ボールドウイン著「世界経済 大いなる収斂」(2018年2月、日経出版)(原題: The great convergence,2016)では、地球上に人類が現れた以来の経済の営みについて、そのフェーズを大きく4つに区分し、色々なナラテイブを擁して現代のグローバリゼーションに至った経過を解析するものですが、とりわけ20世紀後半におきたICT革命で、経済活動のアンバンドリングが一層進んできた結果、競争概念にある‘国境’は消え、比較優位が無国籍化してきたことで世界経済はnew globalizationが進み、競争力政策(産業政策)の見直しが迫られる処となってきた。つまり、ICT革命でグローバリゼーションの最大の原動力が切り替わった事で、政府も、企業もグローバリゼーションに対する考え方を変えなければいけなくなると提言するのですが、トランプ氏にはお呼びではない処でしょうか。因みにIMFラガルド専務理事はG20財務相・中銀総裁会議(3月19~20日)に臨むに当り「貿易戦争が世界経済の成長を損なうだけではなく、勝てるものでもない事は、経済史がはっきり示している」(日経3/16)と米政権に向けクギを指すのでした。

(2) 米朝首脳会談と、日本の外交戦略の今後

そんな中、まさに3月8日、世界をあっと言わせるニューズが舞い込んできました。トランプ大統領が北朝鮮金委員長からの‘申し入れ’を受け、5月までに米朝首脳会談を行うとの発表でした。これが実現なるとすれば史上初、しかも国交のない両国トップがいきなり会うという、まさに異例中の異例の事で、歴史的会談となるものです。

・トランプ氏の米朝首脳会談応諾
米朝首脳会談開催合意に至る経緯は各種メデイアが報じる処で多くを要しませんが、興味を呼んだのは、その意思決定の速さでした。先に韓国文大統領の特使として訪朝した韓国大統領府国家安保室長鄭室長が、北朝鮮金委員長から預かってきたとする‘申し出’をトランプ大統領に伝えるや、トランプ氏は、その場で即応諾した由で、熟考することなく、勿論、相応の手続きを経ることもない電撃的な受け入れ決定だったとメデイアは伝えましたが、その様相は、上述、Jon Michaels教授のトランプ評を映す処です。尚、マックスマスター大統領補佐官、マテイス国防長官ら外交・安保政策を司る政権幹部も同席していたとの由でした。

トランプ氏の政権運営に見る特徴は、何か問題が起きると新たな出来事で塗り替え、その場を切り抜けていく、つまりはノンポリってことでしょうが、この米朝会談の応諾もその塗り替えの文脈でとらえ得る処です。つまり、これまでsnow job と揶揄され、就任1年をほとんど空費したトランプ氏にとって、政治的ターゲットは今秋の中間選挙一本にある処、先方からの申し出を受け入れ、これを成功に導ければ彼は有能な勝者となり、選挙戦を勝ち抜けると瞬時、直感したのかもしれません。
いずれにせよ、どういった形でトップ会談が行われるかso far不明ですが、歴代米大統領がなし得なかった北朝鮮対応を成功させれば、それは核兵器の開発と保有の完全放棄或いは、最低フリーズの言質を取り付けることでしょうが、もしそうなれば国内選挙の次元を超え、もはやノーベル平和章ものと囁かれる処です。仮に会談が失敗に終わったとしても、その事由を以ってトランプ氏は北への軍事行動が容認され、国内では彼への支持を取り付けられるとの読みもある処、その意味でも米朝会談は賭けとされる処、まさにAmerica first はTrump first と映るばかりです。

・ポスト米朝会談の日本の外交戦略
米朝会談の話を受け、安倍首相は4月初めにトランプ氏との首脳会談を行う旨を発表しました。今や北朝鮮問題では埒外に置かれてしまった観の彼に何ができるかです。多くの国民としては、この機会に日本人拉致犠牲者の救済実現に向けた確実な米側協力の取付をと期待する処でしょうし、その為にも米朝首脳会談の成功を願う処であり、安倍首相もそれに向けた対米努力を示していく必要がある処です。

ただ米朝会談の可能性について‘日米同盟’と言う点に照らして見ていくとき、米朝会談が、成功或いはそれ相応の結果を残すとなると、それが日本に与えるインパクトは極めて大なるものがあると思料するのです。と言うのもその結果、米国にとっては米本土への核兵器の脅威が減退する一方で、日本への脅威は変わらないとなると、日米の‘脅威’に対する認識にずれが起き、その結果、日米間のdecouplingの進む事も予想されるからです。つまり、米側の脅威が薄れることでトランプ氏はよりAmerica firstの姿勢を強めることが予想され、となると日本としては日米同盟は維持するとしても、自らが担保する安全保障体制の構築が求められる処と思料するからです。もとよりそれはマイナスを意味する事ではありません。それはむしろ日米同盟にどっぷり依存してきたわが国安保体制を見直し、日本としての自立的な安全保障体制を構築する大きな機会となる処ですし、それは米朝会談後の世界と新たな中国の覇権主義への対応を見極めていくことでもあるのです。尚、そこで肝に銘ずべきは、それは決してハード・パワーを論ずる事ではなく、如何にソフト・パワーを駆使し次代に繋ぐ国際環境作りを目指すかにある事です。その点で注目されるべきは今次締結されたTPP11協定です。
 
・TPP11協定(CPTPP:包括的かつ先進的TPP協定)
そのTPP11協定は、3月8日、チリ、サンチャゴで調印され、米国が抜けた後、日本が主導してきた、新たな自由貿易拡大の枠組み(5億人市場、99%関税撤廃)の誕生です。この協定は知的財産権保護や国有企業への優遇措置の禁止を盛り込んだ質の高い自由貿易協定とされるもので、情報の流れは国境を超えて自由であるべきとの原則を以って、「21世紀型」と呼ぶ通商ルールを多国間協定で定めた点で、その意義は高いとされる処です。米国が抜けた分scale downしたとはいえ、それでもトランプ保護主義が蠢く中、いまや自由貿易の象徴的存在と再評価される処、そうした位置付けを得るTPPは日本にとり折角の機会です。従って、今後の課題はTPPの価値をどのように高め、アジアにおける新しい日本の姿を示していけるかにある処です。要は、日本として「やわらかい規範」とされる「ソフトロー」(Sustainable Development Goals)を駆使し, TPP後の国際規範創造のけん引役を目指すべきで、言い換えれば保護主義の防波堤になっていく事と思料するのです。 

(3)トランプ政権の政策スタッフ

それにしても気になる事はトランプ政権内人事です。国際協調派と目されてきた国家経済会議(NEC)委員長のコーン氏が今次の輸入制限措置に反対、抗議の辞任をしましたが、その後任に指名された経済評論家のラリー・クドロー氏は対中強硬派と目され、貿易のみならず中国の知的財産権侵害等を問題視、対中制裁も辞さない考えを持つ仁と伝えられています。 鉄鋼・アルミの輸入制限を主導したロス商務長官、ナバロ通商産業政策局長ら対中強硬派が復権しつつある今、対中強硬色を前面に、保護主義が加速する状況にある処です。

一方、米朝会談に備えるべき折もおり、トランプ大統領は3月3日、当該責任者たるテイラーソン国務長官を解任、後任にマイク・ポンベオCIA長官を充てる旨、発表しました。テイラーソン氏は石油メジャーのエクソンCEOを経て国務長官に就任した国際協調派とされる仁ですが、トランプ氏とは、例えばイラン核合意を巡ってトランプ氏と対立する等、主要な外交案件で対立してきたと云われていました。 後任のポンペオ氏は陸軍の出身で下院議員からCIA長官に転じた、言うなればトランプ氏と気脈の通じる仁と言われています。更に22日、国家安全保障担当のマクマスター氏を解任、後任に元国連大使のジョン・ボルトン氏を充てる人事を発表しました。彼もかつてイラクへの単独攻撃を主張、北朝鮮への先制攻撃を唱える強硬派の仁です。テイラーソン後のトランプ外交も、対中強硬派スタッフで固められてきた事で「America first」への傾斜が、いままで以上に強まるものと見られ、前述の通り、日本はじめ主要諸国は「自由と市場経済」の旗を高く掲げていくべきと、強く思う処です。


おわりに:今、極まる日本の政治

そうした思いを蹴散らすかのように今、安倍政治は極まる処です。問題は周知の通りで、例の森友学園への国有地売却に係る財務省決裁文書(公文書)に書き換え(改ざん)があったと3月12日、財務省が公表したことで、一挙に安倍政権への批判が炎上、今や安倍政権支持率は30%台までに落ち込んでいます。野党は「国会への報告資料の変造が1年続いたことは、安倍政権の問題を超え、日本の議会民主主義が問われるもの」と内閣総辞職を迫る勢いです。

‘一強’と言われてきた安倍政権は、安定政権と評され長期政権をenjoyしてきたと云うものでしょうが、長期が故に齎してきた安易な政治姿勢とそのいい加減さが、露呈される形で俄かに暗転、開会中の国会は機能不全、政治不信感は深まるばかりで安倍晋三首相は進退窮まれりと云った状況です。麻生財務大臣もG20財務相会議(3/19~20)への出席を取りやめました。森友問題が経済外交にまで波及したと云う新事態ですが当然の事でしょう。もはや問題の所在は万人の知る処、早急、その要因を切除し、迷走する政治の正常化を願いたいものです。

 以上
posted by 林川眞善 at 13:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする