2017年12月26日

2018年1月号  'America First'と'American Retreat'に揺れた世界、この1年 - 林川眞善

はじめに トランプ現象

今から20年前、米国の代表的哲学者Richard Rorty (1931~2007)が著した「Archieving our Country,- Leftist thought in twentieth century America,1998」は現下のトランプ現象を理解する上で示唆的と云うので、先般、新装の日本語版「アメリカ未完のプロジェクト ー 20世紀アメリカにおける左翼思想」(小澤照彦訳、晃洋書房)を読んでみました。それは3部構成(「アメリカ国家の誇り」、「改良主義左翼の衰退」、「文化左翼」)で、‘現代’アメリカが抱える深い闇(差別、暴動、偏見)をnew left思想からその現実を解析するものでしたが、今日のトランプ現象を予測したかのようで極めて興味深いものでした。

要は、雇用が奪われ、最低賃金も上がらない、ミドルクラスが縮小した社会において、ある日、反エスタブリッシュメントを自負する政治家が現れて、「労働者が報われないのはお金持ちのせいだ、lobbyistのせいだ、政治家、media、intellectualのせいだ」と糾弾する。そして「自分が指導者になったら、それを叩きつぶしてやる」と豪語する。その人物は熱狂を以って迎えられるが、やがてアメリカ社会がそれまで勝ちとってきたマイノリテイや女性の権利が後退するようになる、・・・という趣旨のことを記すものですが、けだし慧眼と云うものです。

ミドルクラスが縮小してくると社会全体としての余裕がなくなってくる為、どうしても排外的となり、国際的な課題に関与するより、自国第一主義のような考え方が出てくると云う事ですが、その面でトランプ現象というのはミドルクラスが縮小したアメリカにおいて生まれるべくして生まれた現象と言え、仮にトランプが当選していなくても、第二、第三のトランプが生まれる素地はあったのではと思うのです。その点では、トランプ現象はアメリカだけに留まらず、ミドルクラスが先細りしつつある先進国に共通してみられる現象と、思料する処です。
そして、先の大統領予備選で自ら社会主義民主党員と名乗って若者の人気を一身に集めた上院議員のBurnie Sanders氏 を想起させるのですが、実はRichard Rortyも自らを、米国に夢としての民主主義を追求する「左翼」と任じる仁でした。因みに彼が日本語版宛てに寄せた2000年1月21日付序文で「・・・自分の関心はアメリカや日本のような民主主義国家に革命的変化を起こす事ではなく、そうした国々の有権者の想像力を捉えて、その票を獲得していく左翼的な社会政策を考案することにある。」と記しているのですが、興味深いところです。


さて、そうした論理を実証するが如くに登場したトランプ米大統領のこの1年は、彼が主張する米国第一主義、America Firstを基本軸に、これまでの米国そして世界と共に創りあげてきた生業を否定する如くに、「迷走する世界」を演出する1年だったと云える処です

そんな折、示唆に富む二つの文献に遭遇したのです。一つは米MIT名誉教授、ジョン・W・ダワー氏の新著「アメリカ 暴力の世紀」(田中利幸訳、岩波書店、2017/11)、もう一つは、阪大名誉教授、猪木武徳氏の論考「歴史から学べるのか、歴史は繰り返すだけなのかー経済学から見たトランプ氏の通商政策」(中央公論、12月号)です。いずれも著名な歴史学者であり、経済学者です。前者は、戦後から今日に至る米国の姿を米国が関与してきた国際事件を通して今日を照射するものであり、後者はトランプ米国の今、そしてその可能性を、経済学的論理を以って問うていくというもので、いずれも示唆に富むものでした。

そこで今回論考では、第1章として、この二つの文献を下敷きとして、トランプ氏が主張するAmerica Firstの1年を総括方レビューすることとし、新年に備えることとしたいと思います。
そして第2章では、先のトランプ大統領アジア歴訪中、日本がinitiateした、そしてトランプ氏も取りあえず同意したとされる「自由で開かれたインド太平洋戦略」、そのproject の可能性を握るのがインドと見られる処、 Foreign Affairs, Nov./Dec. 2017.(P.83~92)が掲載するAlyssa Ayres 氏、Senior Fellow for India and South Asia at the Council on Foreign Relation ,の論文「Will India Start Acting Like a Global Power ? ―New Delhi’s New Role 」はglobal power たらんことを目指すインドの現実の姿を描くもので、それは新年の可能性を占う上で有為の材料と映るものでした。そこでこの際は、その概要を紹介しておきたいと思います。

処で、12月6日、米トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都と認定すると共に米大使館を現在のテルアビブから移転すことを発表しました。この決定は「米国の国益」だとも発言、再び「アメリカ・フアースト」です。勿論、このトランプ認定にアラブ諸国は猛反発、世界の主要国からも一斉に反対の意見が伝えられる等、中東情勢は緊迫の度を増す処です。そうした新たな問題を抱えたまま、世界は新年を迎えるのですが、では世界経済はいかなる推移を辿ることになるのか。そこで ‘おわりに’ として、NYU Stern School of Business 教授でノーベル経済学賞のMichael Spence氏が米論壇Project Syndicateに投稿したessay、The Global Econmy in 2018, Nov.28にも照らしながら、日本経済のあるべき論に触れ、今年の締めとしたいと思います。
(2017/12/25)

                                      
           目  次
                                             
第1章 この1年、Trump’s America First は何をもたらしたか ---- P.3

1. Trump’s America First
 ・世界の潮流 / ダワー氏VSトランプ氏

2.検証:トランプ通商政策の合理性と、WTO対応 
(1)米中二国間貿易インバランスの是正と 保護主義政策の帰結
 ・保護主義政策の帰結/ Trump’s next trade turget             
(2) 米国の世界覇権からのretreat
     - トランプの「国家安全保障戦略」と日本の対応

第2章 「自由で開かれたインド太平洋戦略」        ------P.7

1.「インド太平洋戦略」構想は、Trump’s gift to Japan

2.世界の「グローバル・パワー」を目指す新生インド
   ― Will India Start Acting Like a Global Power
(1)インド経済とNew Delhi’s New Role
 ・インドの外交姿勢
(2)米印関係の強化
 ・インド経済のグローバル化と安全保障対応

おわりに The Global Economy in 2018、そして日本は ------ P.11
 ・TheGlobal Economy in 2018 /日本経済のこれからを考える

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第1章 この1年、Trump’s America Firstは何をもたらしたか

1. Trump’s America First

・世界の潮流
今年1月米大統領に就任したトランプ氏は「America First」を強調、対外的には「自由貿易によって米国は一方的に損をしてきた。従って米国の手足を縛るような多国間の貿易協定には参加しない」と、保護主義、排外主義を前面に押し出す諸政策を打ち出し今日に至っています。実際、トランプ米国は「TPP」協定からの離脱、環境保護を巡る「パリ協定」からも離脱、そしてUNESCOからの脱退決定、更にはイランとの核合意など多国間協定や合意についても次々と離脱、一対一の力による交渉の枠組みへと米国の位置をシフトさせてきています。

さて、こうした動きに照らしながら世界情勢を振り返る時、この数年、ゆっくりと進行してきた「統合と収斂」の動きが大きく後退し、「分離と発散」への傾向が再び顕著になってきたことに気付くとは、阪大名誉教授の猪木武徳氏の指摘する処です。(中央公論12月号) 昨年、英国が国民投票によってEUからの離脱を決め、スペインではカタルーニア州独立の声が上がるほどに、今次トランプ氏の言動は、まさにそれらを援護射撃するかのように映る処です。文明が「共存の意志」を意味するのであれば、こうした分離・発散の傾向は、文明の進歩とは相反する野蛮への回帰という事になる、とも猪木氏は断じるのです。

・ダワー氏 VSトランプ氏
先月(11月)、ジョン・W・ダワー氏の最近刊「アメリカ 暴力の世紀 ―第二次大戦以降の戦争とテロ」(田中利幸訳、岩波書店)[原題:The Violent American Century—War and Terror since World War Ⅱ, 2017] を手にしました。ダワーと云えば、思い出されるのが1999年のピューリッツア賞受賞作品「敗北を抱きしめて」(Embracing Defeat ― Japan in the Wake of World War Ⅱ )です。これは戦後直後の日本にスポットを当て、日本に民主主義が定着する過程を日米の視点から書かれたものでしたが、今次のそれは、第2次世界大戦の遺物を抱えた世界と歩んできたアメリカの現状、軍事を巡る歴史、テロなどの不安定の連鎖拡大の現状を描くものものです。そして、今次の日本語版に寄せられた2017年8月5日付序文はトランプ時代を危惧する、短いものでしたが、それだけにトランプ氏の米国大統領としての存在に,一層の ‘危険さ’を感じさせるものでした。因みにダワー氏のトランプ評の一部を紹介しておきましょう。
「・・・多くのアメリカ人と世界の大部分がトランプを不安の目で見ている。彼は国家を指導するにふさわしい知性も気質も備えていない。彼は読書をしない物事の詳細を知ろうとする忍耐力もなく、物事の正確さや真実を尊重することもない。・・・もっとも重要なのは、彼が世界のリーダーとして、「支配」以外にアメリカの将来について明確な展望を何ら持ち合わせていないという、非常に不安な状況にあるという事だ。」( J・ダワー「アメリカ 暴力の世紀」)

さて、こうした二つの論評を前にする時、以前リフアーしたThe Economist,(Nov.11/17)の巻頭言‘Endangered’ でBy putting `America First’ , he makes it weaker, and the world worse off. つまり「米国第一主義」を実践することで、米国を貧しくし、世界を貧しくすることになる、という事態に思いを深くする処です。

ただ、それでも頭をよぎるのは先月NYで会った知人との会話でした。つまり、そうした発想は、NYを中心とした東部、又西部ではカリフォルニアぐらいで、中西部に出かけるとトランプの当選を齎したエスタブリッシュメントへの国民の怒りという草の根の潮流は変わっていないとの指摘でしたが、それは冒頭引用のRortyの文脈に通じる処です。確かにメデイアは共和党の動きとして、2018年の中間選挙に向けて、移民受入れや自由貿易に否定的な「ミニ・トランプ候補」が続々名乗りを上げていると報じています。一方の民主党でも反自由貿易を唱えるサンダース氏の主張が影響力を強めているとも報じています。そして12月12日、長年与党の地盤とされてきたアラバマ州での米上院補選では民主党ジョーンズ候補が僅差ながら25年振り勝利したのです。勿論、現状は未だまだ不透明な要素一杯で、メデイア風に言えば、トランプイズムはアメリカの亀裂をさらに深めている, という事になる処です。とすれば仮にトランプ氏が一期で終わったとして、その後は万事平穏と見るのは楽観的に過ぎると云うものでしょうか。

2. 検証;トランプ通商政策の合理性と、WTO対応

(1) 米中二国間貿易インバランスの是正と保護主義政策の帰結
さて周知の通り、トランプ氏はAmerica Firstの下、選挙戦を通じて中国や日本との貿易収支の赤字が米国の製造業の雇用を奪ってきた, と二国間貿易の均衡化を主張し、先のアジア歴訪の折も同様言動を繰り返し、因みに中国からの輸入については高関税で阻止し、中国との貿易赤字を是正し、米国の製造業の雇用を回復させることが当面の米国の重要な貿易政策としています。

こうしたトランプ氏が主張する「中国からの輸入急増が米国の製造業の雇用を奪った」という点
についてはMIT Autor教授、Dorn教授 他による2014年、更に2016年の学術的検証(注)によ
れば2000年以降、中国からの輸入増が齎した米国経済への影響としては大まかに言って「米国
の製造業雇用者の減少分の内、中国ショックによるのは1割から2割程度」と推定される処です。
が、これら製造業から排除された労働者を他のセクターが十分吸収できなかった点も指摘され
る処です。 [(注)China Syndrome : Local Labor Market offsets and Import Competition in the United
States ,by Autor,Dorn,Hanson,他 (2014) & (2016) ]

そこで、中国に向かって輸入抑制措置を取ったとして中国からの輸入が減少し米中二国間貿易の赤字是正が進んだとしても、だからと云ってマクロ経済的に米国内の雇用が回復することになるかと云うと、そうはなりません。と云うのも一国の対外収支(貿易バランス)は会計学的に成立する恒等式によってマクロ経済的に制約されているからです。つまり、一国の「民間投資と政府の財政赤字分」をフアイナンスするためには結果として同額の「民間貯蓄と経常収支の黒字」を必要とするという事で、この恒等式が教えることは「対外収支は一国全体の貯蓄(S)と投資(I)のバランスに依存する」という事ですから、米国民が消費支出を抑え、民間貯蓄が投資を上回るようにしない限り貿易収支を改善することはできないのです。俗にいうISバランス理論です。

因みに、2000年以降、米国では資産価格の高騰等を背景に消費の増加に加え、財政収支の赤字の悪化等で国内の貯蓄率は低下傾向にあるなか、投資率はやや上昇したことから貯蓄不足が拡大してきており、この点を改善しない限り、保護主義的措置をとっても何らの解決にはならず、ましてやアメリカ国内の基幹産業の復活に繋がる事はないのです。ノーベル経済学賞のJ.Stiglitz氏も、12月5日付のEssay ‘The Globaization of Our Discontent’ で、ISバランス理論を擁してトランプ貿易政策の矛盾を批判する処です。

・保護主義政策の帰結
処でトランプ氏が尊敬すると云われるレーガン元大統領は、まさに80年代初頭、日本の自動
車、鉄鋼等の対米輸出を抑え国内産業を保護する為と輸入制限策を取ったのですが結果は「川
下」産業に高コストを強い、競争力の低下と同時に物価高で低所得者を困難に至らしめた経験が
あるのです。レーガン大統領はこの失敗を認め自由化に向かったのですが、こうした失敗をトラ
ンプ政権が認識しない限り、米国経済はここ数年内には先進国の優等生の地位から滑り落ちる
可能性は否めないというものです。もとより日本経済にとっても極めて重大問題と映る処です。

かくしてトランプ政権の貿易政策、つまりそうしたlogic無視の貿易均衡策、保護主義的措置は結果として、米経済の競争力の低下、委縮、延いては世界経済の停滞すら招く事になりかねないという事で、それはフーバー大統領時代の経験(1930年6月「スムート・ホーリー関税法」)が教える処です。つまり、米経済の構造的改革なくしてはトランプ氏が目指す健全な貿易バランスは期待できず、保護主義政策は経済の停滞をもたらすことになると云うものです。

・Trump’s next trade turget
加えてトランプ政権は、自由貿易の本山ともされるWTOの基本までをも槍玉に挙げだしており、これ又憂慮される処です。12月7日付、Finanncial Times はTrump’s next trade target と題した一大記事を以って、The World Trade Organization faces an identity crisis because of the suspicion of the Trump administration. とし、しかも皮肉なことに、The irony is many countries want to work with the US to deal with China’s modelと、トランプ流の行動様式を取らんとする国が多くなってきているとも指摘していたのです。

実際12月10日からブエノスアイレスで開かれたWTO閣僚会議で、米通商代表部のライトハイザー代表は、WTOルールは途上国に有利になっており、現状を維持することはできないと主張し、「多角的貿易」の文言の削除すら求めたと伝えられています。(日経‣夕、12/12)つまり、米国がWTO体制における被害者だというトランプ氏のこれまでの主張に沿った姿勢を鮮明とするものです。そして当該閣僚会議は米国のWTO批判にかき回され議論が錯綜する中、閣僚宣言の採択ないままに13日閉会となっていますが、大国のリーダーシップ不在の結果で、WTOの漂流する姿が印象付けられるばかりです。さて次の一手は?です。繰り返すに、トランプ貿易政策の最大のリスクは、戦後世界が営々と築いてきたGATT、そしてWTOの多角的かつ自由な貿易体制が崩れ、報復関税の応酬を引き起こしかねないという点にある事です。

(2) 米国の世界覇権からのretreat
   - トランプの「国家安全保障戦略」と日本の対応

ただそれ以上に問題と映る事は、こうした米国の政策行動は、米国の世界経済における覇権からのretreat 、つまり‘後退’の何物でもなく米国のlocal 化すら懸念される処です。そして、かかる事態が中国の世界経済における覇権国家としての台頭を許す処ともなってきていることで、因みに先のAPEC首脳会でも、保護主義という守りに入ったトランプ米国とは対称的に、習近平主席は「通商戦争には勝者なし」としつつ、グローバル化や自由貿易の重要性を強調していましたが、何かドラマでも観ていると云った感じです。
現状多くの識者は、そうした世界経済の化学反応を容認してはいる処ですが、中国が一度も民主主義を経験していないことにも照らし、近代国家としての持続性に聊かの疑問を禁じ得ない(ジャレド・ダイアモンド氏、米UCLA教授、日経11/ 28)と、総括される処です。

さて12月18日、トランプ大統領は「国家安保戦略」を発表しました。本来なら世界秩序の指針たるべきものですが、持論の「米国第一」を繰り返すに留まるもので、米国のretreat宣言とも映る処です。日本の安全保障政策の基軸が日米同盟にある事には変わりないでしょうが、これでは心許ないと云うものです。従って、安倍政権には、自由主義、市場経済を掲げる国々と、幅広く安保ネットワークを構築していく事が求められる処、その点では日米豪印による言うなれば広域安全保障体制の構築を目指す「自由で開かれたインド太平洋戦略」構想(後述)があり、又、12月14日ロンドンで開かれた日英外務・防衛担当閣僚協議では「グローバルな戦略的パートナーシップ」の拡大が謳われ、準同盟国として協力していく事、とりわけ英国のEU離脱に向けた経済関係強化の方針がが合意されており、これを機に、米だけに頼ることのない、幅広い日本としての安全保障網をしっかりと構築していくべきを改めて目指すべきと、思料する処です。


第2章.「自由で開かれたインド太平洋戦略」

1.「インド太平洋戦略」構想は‘Trump’s gift to Japann’

トランプ米国が「国際的な枠組みやルールはアメリカにとっての足かせだ」とする中、日本としてどのようにアメリカを繋ぎとめておくことが出来るかが課題となる処でしょうが、もとよりアメリカと世界は言うなれば一蓮托生の安全保障上、政治、経済上のステークホルダーであり、日本としては不可分の存在である事を強調するほかないものと思料するのです。

その点で、今次トランプ氏のアジア歴訪時、明らかとされた「自由で開かれたインド太平洋戦略」構想は極めて有為なものと云え、つまりは太平洋とインド洋を結ぶ地域全体で法の支配や市場経済を重視する国際秩序の維持を狙いとするものです。実は日本がinitiateした構想と云われていて、これにトランプ米国を巻き込み、同時にオーストラリア、インドをも巻き込み日米豪印4か国が共同して、新たな海洋安全保障協力体制づくりを目指す、まさに不可分を強調する処となるものですが、これこそは前号論考で紹介したTrump’s gift to Japanと映る処です。

11月12日、その四者会合がマニラで行われていますが、そこで出された各国声明文を分析したインドのネルー大のコンダパリ教授によると、日米豪は法の秩序、核不拡散など同戦略に関する主要9項目のうち、ほぼ全項目で一致した由ですが、インドは海洋安保等3項目で言及を避け、意見の相違をうかがわせたと、12月4日付日経は伝えています。そして、同紙はインドは軍拡を通じて独自の「インド洋戦略」を優先し、その延長線上でのみインド太平洋戦略に加わる安保外交を展開していく事になるのではと、指摘するのです。

もとより、内向きを強める米国の影響力が衰えることを睨んでいくとき、日米にオーストラリアとインドなどを加えた枠組みでアジアの安全保障の変化に対処していかんとする方向は高く評価できると云うものですが、そのカギは従って、インドにありと思料される処です。 その点で、
米外交誌Foreign Affairs(Nov./Dec.,2017)が伝えるAlyssa Ayres氏論文 `Will India Start Acting like a Global Power ’ は、その可能性を測る上での格好の資料と思料するのです。そこでその概要を以下に紹介しておきたいと思います。

2. 世界の「グローバル・パワー」を目指す新生インド
 ― Will India Start Acting Like a Global Power

(1)インド経済とNew Delhi’s New Role 
まず、インドは軍事力(軍人の数)で世界第3位、国防予算で世界第5位、そして経済力では世界第7位の民主主義国でありながら、国連安保理のメンバーでも、先進工業国G7のメンバーでもなく、major global playerとは認知されてきていないことに疑問を呈するのです。然し、現在のモデイ政権下ではleading power として世界的にも位置付けされてきているというのです。

その背景にあるのがインド経済の成長です。つまりインド経済はGDPで2兆ドル超。G7メンバーのカナダやイタリアを凌駕する処、米政府は更にインドは2029年までには世界第3位、米中に続く経済大国になると予想しているのです。BRICSにあって、中国がスローダウン、ブラジル、ロシアの経済が縮んで来た今、インドのグローバル経済におけるウエイトは高まり、IMFは2020年までには8%を超えるものとみているというのです。これは1995年の日本、2000年の中国を上回るもので、2016年米コンサル企業KPMGの予測ではインドは今後3年間で経済大国になるとしています。そして、その可能性を担保するのが大規模な若年人口の存在と云うのです。国連見通しでは、インドは2024年には中国を捉え、世界最大の人口大国になる事が予想されており、この若手労働者の成長は2050年まで想定されるというものです。因みに日本の平均年齢は53歳、中国は50、欧州では47歳、一方インドでは37歳と予想されているというのです。

・インドの外交姿勢
ここ数年、こうした成長を背景に自信を深めたインドは単にグローバルな動きに反応するというよりも、積極的に役割を果たしてきているとも指摘するのです。その一つは、国際気候変動問題への対応だと指摘するのです。これまで炭酸ガス排出削減協定に拒否してきたが、それは先進国が排出量の少ない新興国のインドに削減を求めることは不公平だと考えてきたためで、その辺の事情が変わってきた今、2015年のパリの国際気候変動会議ではインドはこれに参加、New Indiaの顔を鮮明としたと云うのです。そしてフランスと共にモデイ首相は新たな国際ソーラーパワー開発機構の拠点をインドへと訴えているのも、当該開発でインドは国際的なリーダーシップを目指さんとするもので、こうした ‘パリ協定への参加はインド外交の新たな姿、従来の姿勢とは違った問題解決型の新たなインドの姿を示すもの’ だと強調するのです。

もとよりインドは西欧への依存を深めながらも、これまで過去数十年に亘り、既存の国際機関を補強する機関の創設に努めてきており、BRICsメンバー国として2012年にはNew Development Bankを創設、既に2016年には初のローンを実施していること、2014年にはBRICSのContingent Reserve Arrangementを確認していますが、これは経済危機の際のIMF支援に代わるものとしていく事を目指とするのです。2017年にはインドは上海協力機構にも参加していますが、これも米国の枠組みとは異なるConference on Interaction and Confidence Building Measures in Asiaを通じて広くアジア諸国との連携を深める処と云うのです。勿論インドは中国主導のAIIBをも支援する立場にあり、今では当該銀行の第2位の出資者となっています。勿論、ニューデリーのトップ・プライオリテイは西欧が主導する伝統的なグローバル機構に留まり、米国のインタレストに見合う形で協力していく事にはあるとも強調するのです。

(2)米印関係の強化
処で、こうしたインドの実状に対するトランプ米大統領の理解が乏しいと、米国に対インド政策の見直しを迫る処です。それはグローバル・ガバナンスたる主要国際機関から外されている不公平な事情を改善し、対等に迎えられるべきであり、インドはそれに応えていく用意、十分にありというのです。
では、米政府はどうか。引き続き米政府はインドとの関係を有力な戦略機会の一つとして見ていることには変わりなく、インドについては歴史的な齟齬を超え、成長市場として、関係の強化を、また中国に対する防波堤として、注目してきたと云うのです。それでも、ジョージW.ブッシュとは2005年の核共同開発について、オバマ政権では防衛、経済、外交協力面で、いろいろ努力してきてはいるが、双方の目標とそれへのアプローチはかみ合う事はなく、例えばロシアのクリミア侵攻問題を巡っての対応の違いがそれだったというのです。

いずれにせよインドとしての戦略上の課題はグローバル・パワーとして認知されることで、これまで長年時間をかけ政策の独立性を維持しながら現在のインド政府のビジョン「世界は一つの家族」へとシフトを図ってきたと云うのです。ただ、独立性と同盟関係という点で、時に双方の理解に齟齬をきたす等、衝突する事情があったものの、昨年、米国は重要防衛パートナーと定義づけた事で、新しい動きが始まりだしたとする処です。

・インド経済のグローバル化と安全保障対応
尚、インドは目下、グローバル化を推進中で、2014年には貿易手続きの簡素化を含む貿易促進に取り組み、近時ではインドが最有力とする情報技術分野についてtop priorityを置き、人材の交流を含め、これには米国でのビザ発給手数料の引き上げ問題はあったが、当該ビジネスの拡大を図ってきており、こうしたグローバル化対応はインド経済の持続的成長に寄与する処、その点では更なる改革を自覚する処と云うのです。尤も、インド独自の政治的枠組みだけではその努力にも限界のある処、国際的ネットワーク、つまりAPEC,OECD,IEAなどを通じて、経済成長と雇用創造を進めていくとも主張する処です。
近時アフリカ資金援助でインドは大いなる貢献を果たしてきており、OECDではインド、ブラジル、中国、インドネシアをKey partnersと称し、経済成長を誘導させんとしており、G7を世界経済の中核としながら、インドを外してはやっていけなくなってきている点、強調する処です。

そして最後に安全保障対応では、人口とUN Peacekeeping(国連平和維持軍) への資金援助額から見て、国連安保理への招聘がないのはunfairと主張するのです。2010年、オバマ当時米大統領はインド議会でインドの為に「組織の再編・拡充」を約していると指摘、従って米国はそれを履行すべきと云うのです。そして欧州のメンバー同様、米国はインドの台頭に応え、世界の秩序再生に努めてほしい、世界のステージは今、our time has come.と主張するのです。


さて、世界のベクトルが今、「分離と発散」ヘとシフトを見せる中、まさにトランプがくれた贈り物としてのこの機会を効果的、戦略的に活かすこととし、日本が主導する形で具体的に進めていくべきで、うまく進めば地域の均衡と安定に役立つ処と思料される処です。ただ、この際は米国の対中姿勢にも関わる処でしょうがそれでも、中国封じ込めが狙いでは安定は覚束ないと思料するのです。と云うよりは中国を引き込んだ「均衡と協調」(注)の体制を作る必要性すら思う処です。 [(注)慶大教授 細谷雄一氏は国際秩序とは、「均衡」「協調」「共同体」という3つの体系の結びつきで形つくられると指摘するのです。(同氏著「国際秩序」中公新書、2013 )]


おわりに The Global Economy in 2018、そして日本は

12月20日、米議会は10年間で1.5兆ドルという巨額な減税法案を可決しました。トランプ
大統領、初の大型公約の実現です。メデイアは総じてこれが景気の起爆剤となると伝えていますが、巨額減税は財政の悪化に繋がる恐れある処、さて潜在成長率の引き上にどこまで結びつくか、その副作用は否めず、中期的効果は今後試されることになると云う処です。因みに今次大型減税法案に賛成票を投じたのは共和党だけ、民主党は「大企業、金持ち優遇だ」として全員が反対に回った由で、そうした議会の様相は分断の広がる「トランプ米国」を象徴する姿と映る処です。

・The Global Economy in 2018,
さて、ノーベル経済学賞の米NYU Stern School of Businessの Michael Spence教授は、米論壇に寄稿した11月28日付エッセイ「The Global Economy in 2018,」で、今次世界経済の現状を鳥瞰した上で、成長のカギは、technology, とりわけdigital technology にあるとして、世界経済の新たな生業について以下(概要)語るのです。

まず2017年の先進国を回顧し、経済成長は加速する一方で、政治的には分裂、分極化が齎す緊張に晒された、対照的な年となったが、長期的にはそうした経済も、政治的、社会的な分離主義の流れに影響を受けていく事になろうというのです。尤も、市場も経済も政治的無秩序さにはゆとりある対応を取ってきており、当面、景気後退のリスクは低いと指摘するのです。但し例外はBREXITを抱えるイギリス、そして連立政権候補の調整に問題を抱えるドイツ、メルケル首相の影響力の低下で、EU統合強化への影響を危惧するのです。一方、斯界が注目するのが金融政策の推移。先進国経済の良好なperformanceに照らし、引き締めに向かう事が予想される処、それは経済の本格回復を示唆するものと積極的に受け止めるのです。
一方アジアについて、中国では習近平主席一強の様相を強めるなか、経済構造のゆがみ是正問題が進み、同時に、消費とイノベーション主導の成長が期待されること、またインドも成長の持続性と構造改革に向かっていると指摘するのです。そしてこれらの経済成長に刺激され、他諸国も地域での発展を目指すことになると予想するのです。

こうしたperspective に立ってSpence氏は、世界経済の成長のカギはtechnology、とりわけdigital technologyで、今後、中国と米国がその中心となって、膨大な情報量を背景に経済と社会の交流の場となる各種プラットフォームを形成し、イノベーション推進、実用化、AI活用等で、新しい機会が創造されていく事で、経済社会は新しい局面に入っていくと見るのです。とりわけ同氏は中国の11月11日のSingles’ Day、独身者の日という名の世界最大のショッピングイベントに注目、中国最有力のon line payment platform 、Alipayでの取り扱いが一秒間でなんと256,000件と驚異的な結果であったこと、これによる金融サービスの拡大とそれが齎す経済活動の広がりに注目するのです。今後、先進国、新興国は共に、そうした機能を擁して、より包摂的成長を目指すことになると指摘するのです。 尚、トランプ米国が進めるretreatの動きの如何で、グローバル経済はserious challengeに向き合う事になると警鐘を鳴らすのです。

・日本経済のこれからを考える
さて、そうしたグローバルなperspectiveの下にあって、では日本経済はどうあるべきか、です。12月8日、安倍政府は再び「生産性革命」と「人づくり革命」を2本柱とする新たな経済政策を発表しました。そして「生産性革命と、人づくり革命を車の両輪として、少子高齢化と云う大きな壁に立ち向かう」と強調するのですが、何とも相変わらずの謳い文句です。12月9日付日経社説は「日本経済の最大の課題は潜在成長力の底上げと、先進国で最悪の財政の立て直しの両立だ。その姿が(新政策には)見えず、勿論「革命」の名に値しない新政策だ」と断じる処です。

あと1年4か月で「平成」の時代が終わります。であれば、この際はポスト平成を期すべく、これまで日本経済が対峙してきた問題を繰り返す事のよう、今後の経済をどう運営していくべきか、考えることが肝要であり、それは未来の日本や企業の望ましい姿をまずは描くことで始まるものと思料するのです。具体的には10年後の日本の姿は人口統計からある程度分かる処です。2025には団塊世代が全員後期高齢者に仲間入りです。これが意味することは医療・介護費用が膨らむのは確実です。一方健康寿命を延ばし、稼げる高齢者を増やせば社会保障費の膨張を抑えることもできると云うものです。財政についても同様です。日本は平成の間だけで国債発行残高は5倍以上に増えています。なのに、利払い費はピークの10兆円台が8兆円台にまで減っています。経済の低迷が皮肉にも財政破たんのタイマーを遅らせたと云うものです。然し、現状の超緩和が続けば金融機関の体力が衰え、金融危機の再来すら危惧される処です。等々、10年後の姿を描き出し、来たる新年に備えていくべきと思うのです。

それにしても、11月28日、経団連榊原会長の出身会社、東レで品質改ざん、品質不正が明らかになっています。その前日、同会長は,東芝をはじめとする企業の不祥事について強く非難していたばかりでした。まさに「東レよ、お前もか!」です。次々に起こる日本の大企業の不正事件、一体どうしたものなのか。かつて「財界の総理」と呼ばれた経団連会長、いまやその面影はいずこと、財界のretreat だけが痛く感じさせられる年の瀬です。
以上
posted by 林川眞善 at 18:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする