2017年03月26日

2017年4月号  Donald Trump 政権2か月、そして日米新対話 - 林川眞善

はじめに  GEORGE ORWELL と DONALD TRUMP

(1) George Orwell (1903-1950)

英国作家、G.オーウエル が凡そ70年前に著した2つの作品、「動物農場」と「1984年」が、今再び脚光を浴びています。いずれもスターリン体制下のソビエト連邦の全体主義、スターリン主義を強烈に風刺、批判する内容ですが、中でも「1984年」で描かれる主人公、ビッグ・ブラザーがしく管理社会の様相が、現下のトランプ氏のそれに映るとして関心を呼ぶ処です。

つまり「1984年」で描かれる舞台は、イングソック(イギリス社会主義)を掲げる独裁者、ビッグ・ブラザー(スターリンをイメージ)が圧政をしくオセアニア国で、人々はテレスクリーン(双方向のテレビ)で監視され、情報は真理省(Ministry of True) が改ざんする、こうした状況に疑問を抱く男の物語で、言うなれば情報管理社会を痛烈に批判するものですが、その姿が現下のトランプ政治に映るというのものです。
因みに、大統領就任式の観客数を巡って、オバマ前大統領の就任式より少ないとしたマスコ報道に対して、大統領側は「オールタナテイブ・フアクト」と強弁したり、自分に都合の悪い報道についてはfake 情報と退けてしまうなど、事実を都合よく変える様が1984年で描かれるビッグ・ブラザーの姿に擬するというものです。 要は、愚かな革命はかえって独裁的な政治体制を生む原因となる事を示唆する処、その証左として、権力を獲得し維持する為独裁制はスパイ行為を奨励し、報道・娯楽の統制等、ありとあらゆる手段を駆使し、真実をゆがめ、隠蔽し、抹殺するなど、そうした様相を描き、今言う情報管理社会を批判するものだったのです。(注:‘84’には特別な意味はなく、執筆時の48年を単純に置き換えたanagram )

その4年前に出された「動物農場」も、1917年の2月革命に始まり、1943年11月のテヘラン会談(米英ソの三首脳初会談)に至るまでのソビエト連邦の歴史、つまりスターリン体制下のソビエトの全体主義、スターリン主義を強烈に風刺したもので、農場に囲われた動物(庶民に見立て)が為政者たる農場主が彼らの利益を搾取しているとして起こす反乱・革命の顛末を描いた、ロシア革命の憂鬱な末路を題材としたわかりやすい寓話です。次元も、環境も全く異なる中、現下で進むトランプショックに通じるものを感じさせられる処です。 (概要は下記注照)

尚、1984年は文字通り「国際オーウエル年」と云った観にあった由で、その年「1984年」がまず取り上げられ、それに付随して「動物農場」が取り上げられていたというものでしたが、訳者、高畠文夫氏(巻末解説)は、1983年12月30日付日経新聞の「春秋」欄で「・・・いよいよ1984年がくる。オーウエルが「1984年」で予言した年だ。・・・実はその前編に当る「動物農場」の方が面白い。・・・」としていたと紹介しています。上述したように全体主義社会を痛烈に批判する「動物農場」は、まさに西側自由主義国も情報過剰や科学技術の異常な発達などの為に将来行き着くはずの逆ユートピア的管理社会の未来像という点で、より面白いと、いうのですが、筆者も実に同感とする処です。

(注)「動物農場、1945」 (Animal Farm)概要:
1917年のロシア革命イメージしながら、20世紀前半に台頭した全体主義やスターリン主義へ
の痛烈な批判を寓話的に描いたもの。あら筋は、人間の農場主が動物たちの利益を搾取しているこ
とに気づいた「荘園農場」の動物達が、偶発的に起きた革命で人間を追い出し、ナポレオンと称す
る「豚」ーヨシフ・スターリンを意味するーの指揮の下に「動物主義」に基づく「動物農場」を作
りあげ、動物達の仲間社会は安定を得たが、時間の経過の中、不和や争いが絶えず、最後は理解で
きない混乱と恐怖に陥っていき、結果的には支配者が入れ替わっただけで、人間が支配していた時
より、圧倒的で過酷な農場となったというもの。そして最後は動物が人間と握手し、どたばたパー
テイーに。1917年の2月革命に始まるスターリン体制下のソビエトの歴史に対する風刺。

作家オーウエルは1936年の暮れ、当時のスペイン市民戦争取材の為、バルセローナに向かっていますが、その際、POUM(マルクス主義統一労働党)に加わり、ナチス・ドイツやフアシスト・イタリアの援助の下に内乱を起こしたフランコ将軍のフアシスト軍との戦いにPOUM市民軍の一員となって従軍しています。その際の経験がこれら2冊の背景となっているのです。つまり共産主義者、ことにスターリン独裁体制下のソビエト連邦のやり口に、深い疑惑と反感を抱き共産主義は決して社会主義ではなく、社会主義という仮面こそかぶっているが、その実態はまさしくフアシズムに他ならないとして、うわべは旧来の支配者を打倒し民衆を援助するように見せかけながら、結局は、自分たちは支配者の後釜にまんまと収まらんとする様に強い疑問を持ったという事で、その思いが「動物農場」に、そして「1984年」に映ると云うものですが、低所得者の不満を受け止めて大統領になったトランプ氏、彼は実に1%クラス、いや0.1%クラスにある大富豪ですが、真に彼らの不満を受け止め、その意向に応えていけるものなのか、今疑心暗鬼が生まれんとする処です。

(2) Donald Trump

さて、「動物農場」、「1984年」が再び注目された事情は前述の通りで、トランプと云う極めて特異なキャラクターの持ち主が大統領として登場したことにあるのですが、その彼は、彼の支持基盤とも目される低所得者の不満に応えるためとして、所得格差につながる現行システム、つまりこれまでの世界秩序となってきた自由通商、グローバル化を否定し、米国流のシステムの導入を図るべく、まさに傍若無人な振る舞いを以って政治を行いだしています。

・トランプはサイコパス
そうしたトランプ氏を、東大名誉教授佐々木健一氏は中央公論(2月号)で「最後のアバンギャルド」(前衛)と呼び、結局はアジテーターであり、危機感を引き出すアーチストに留まる存在と分析していた事、先月論考で紹介しましたが、更に脳科学者の中野信子氏は、彼こそはサイコパスな男(注)と精神病理学から分析し、サイコパスには飽きっぽい人が多く、長期的な人間関係を築くのができない、また、利害のみが物事の判断基準となっている為、大統領職が「自分の価値を発揮できない」、「メリットがない」と判断すれば、躊躇なく辞任するのではと観測するのです。
(注)psychopathy (精神病質)の特徴 [ 中野信子著「サイコパス」文春新書]
・外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシステイック
  ・恐怖や不安、緊張感を感じにくく、大舞台でも堂々として見える。
・多くの人が倫理的理由でためらいを感じたり危険に思ってやらなかったりすることを平然と
行う為挑戦的で勇気があるように見える
・常習的にウソをつき、話を盛る。自分をよく見せようと、主張をコロコロと変える
・傲慢で尊大であり、批判されても折れない、懲りない。等々

一方、米国を拠点とする論壇World’s Opinion Page ― Project Syndicate の論客は同氏を巡っての批判を高める処にあります。因みに米コロンビア大のJeffrey Sachs 氏はThe Tree Trump (Mar.1,2017)と題し、トランプにはfriend of Putin, wealth maximizer, and demagogueの三つの顔があり、それが一つとなって動く姿に危機感を禁じ得ないというのです。 トランプ氏はプーチン氏を尊敬しており、それは彼の強い指導力にあると言われていますが、実は彼の経営破たんを救ってくれたのはロシア財閥に負うとも云われており、ロシアン・マネーとの結びつきが強い事、ビジネス人としてとにかくgreedyな人間と言われている事、更に、彼のデマゴギーの背景には大統領首席戦略補佐官として強烈な右翼思想の持主Stephen Bannon氏(注)の存在があり、その彼に操られているとし、それら三つ要素を抱えた存在だけに、その言動を危険視するのです。

  (注)バノン首席戦略補佐官(The Great Manipulator, Steve Bannon 
― The second most powerful man in the world? Time Feb.13)
     ・彼は戦後の世界は、西洋文明の盟主である米国と西欧諸国が仕切ってきた。ところが、グロ
      ーバル化で国際資本に市場が食い荒らされ、米欧の社会が荒廃した。イスラム文化圏などか
らからの移民の流入でテロの脅威が膨らみ、伝統的な価値観も薄まっている。この流れを止
め、米西欧主導の世界を再建しなければならないとする。
・つまり、グローバル化の流れをせき止め、薄まった米国と西欧諸国のアイデンテイーを取り
戻そうというもの。その為には国連や国際機関の弱体化も辞さないという、革命に近い発想
の持ち主。 -トランプ氏も概ねこの思想を共有し,だからこそ、メキシコとの「壁」に拘り、
NAFTA、TPP、そして移民にも敵意を燃やす。理由は何も貿易赤字だけではないというもの。

さて、そんなトランプ氏に対する支持率ですが、就任直後(1月22日)は(米調査会社ギャラップ)45%、これは1953年以来の最低という事でしたが、直近(3月16日)では41%と更に低下、不支持率は54%と高い水準となっています。(日経3月20日) このギャラップ調査の結果は、就任直後から始まったトランプ政権の政策の混乱を映すものと云え、その様相は前月論考でも紹介したように ‘An insurgent in the White House’(The Economist Feb.4)と称せられる処です。

この実態は、大統領就任100日のハネムーン期間中に実績作りと、ダッシュし大統領令を連発してきた行動経緯に映る処です。つまり2度も執行停止を受けたイスラム圏からの入国を制限する大統領令発令に典型を見るように政策決定のProcessの軽視、またロシアへのスタンスを巡り露呈した政権内側近や閣僚間のズレ、つまり大統領としてのマネジメントシップの欠如、更には政策の優先順位、Priorityのなさ、に求められるというものです。今なお政権スタッフが整備されていない状況をも併せ見るとき、こうした状態はしばらく続くことになりそうです。

かかる政権事情にある中、2月28日、トランプ氏による初の議会演説、大統領施政方針演説が行われました。その内容は、これまでの発言の繰り返しという事で正直、新鮮味に乏しく、食傷気味というものでした。ただ一つ違った事はこれまでの攻撃的な口調を抑えたものであった事で、その点では米国内では一安心と云った評価の声も上がったようでした。尤も、これで国民に安心感を与えたというものではないのですが。
そしてもう一つ、この報告の中で注目されたのが、トランプ氏としては初めてcitizenという言葉を擁して、America first ではなく「citizen first」と呼びかけた事でした。
― America must put its own citizens first, because only then , can we truly MAKE AMERICA GREAT AGAIN. -----
そこで、施政方針を読み直し、改めてそこに見る問題の検証を行うと共に、4月に始まるとされている日米経済対話について目指すべき方向につき考察していきたいと思います。(2017/3/26)


                 目   次

1.トランプ米大統領の施政方針     ・・・・P.5

(1)大統領施政方針演説を読むー 国際ルールの変更
 ・2017年米通商政策と世界通商秩序(WTO)
 ・国境調整措置税
(2)G20会議とトランプ政権
         
2. 日米経済関係の新展開         ・・・・P.9

(1)トランプ政権の対日批判と日米経済協議
 ・過去の日米経済協議
(2)日米新対話に求められる発想の転換
 ・日米新対話のテーマ
 ・日米FTA交渉は新たな発想で

おわりに : いまそこにある政治資源     ・・・・P.11

 ・国粋の枢軸
 ・いまそこにある政治資源の活用を

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1. トランプ米大統領の施政方針

(1) 大統領施政方針演説を読む ー 国際ルールの変更

当日の大統領施政方針演説は、トランプ氏自らフォードなどの大企業と直談判し、メキシコへの工場移転を防いだという自慢話からはじまるもので、大統領就任式の演説でも言及した定番ものと云うものでしたが、要は米国民の雇用を守る姿勢を演出したかったという事でしょうか。
また大規模なインフラ投資(1兆ドル)、法人税減税、オバマ・ケアー撤廃など力説していましたが、それをどう進めるのか、「何を」「どこまで」やるのか、具体的な目標を語ることなく終わるものでした。とは言え、これら政策が具体化されていくとなると世界経済への影響の大変さは言うまでもありません。

例えば、これまで環境問題への対応として抑制されていた国内エネルギー資源開発を今後自給体制確保のため推進するとの方針を打ち出し、関連するパイプラインの建設のゴーサインを出しています。それは‘環境よりは成長を’とするもので、America firstの下で温暖化問題はfakeと一蹴、米国が主導してきたパリ協定(2016年11月発効した温暖化対策の国際枠組み)からの離脱姿勢を鮮明とする処です。因みに3月9日のエネルギー業界の集まりに登壇した新任のスコット・プルイット米環境保護局(EPA)長官は、パリ協定は「悪い契約」と断じると共にEPA内の温暖化対策部門の大幅縮小を示唆したのです。(日経2017/3/13 )既に米大統領府のホームページからは温暖化に関する多くの情報が消えた由で、温暖化対策の後退は避けがたい処です。それは世界との協調よりも自国利益優先とする姿を鮮明とするものです。

・America firstで目指すは国際ルールの変更
こうしたトランプ氏の行動様式、つまりAmerica firstの下で目指すことは何かですが、彼を支持した低所得者層の不満に応えるため、その背景となる経済格差を齎しているグローバル化を否定する中、これまで世界の規範となってきた国際的なルールを変更し、アメリカにとって都合の良いルールの導入を目指すという事でしょうが、その矛先は通商政策に向けられる処と思料するのです。

施政方針演説の中で彼はこう言っています。I believe strongly in free trade but it also to be FAIR TRADE.と。そしてAmerica is willing to find new friends, and to forge new partnerships, where shared interests align. 米国の利益に一致すれば新たな友好関係を図ると云うものです。つまり二国間での通商交渉をベースとし、自国経済にとって利益にならない交渉には乗らないという事ですが、気になるのがFAIR TRADEをと、改めて言い出している事情です。

・2017年米通商政策と世界通商秩序(WTO)
と云うのも、その翌日の3月1日、USTR(米通商代表部)は「大統領の2017年通商政策」と題する報告書を議会に送っています。 そこではWTOの紛争解決メカニズムによる決定がアメリカにとり不利益を伴うものと判明した場合は、当該手続きに「そのまま従う事はない」と主張するのです。つまり、WTOが海外の不公正な貿易措置に甘く、米国が不利益を被むってきたと指摘するのですが、従って、不公正な措置には米国の国内法に基づく対抗措置を取るとし、米国の利益を損なうようなWTO(WTOの紛争解決メカニズム)の決定には従わないとするものです。これは戦後、米国自らが主導してきた国際貿易のルールを軽視し、国内法を優先する路線への転換を鮮明とするものです。

1995年に発足したWTOのメカニズムは世界貿易の円滑な拡大を目指し機能してきた、言うなれば世界貿易の安定剤として機能してきたと言うものです。そしてこれまで貿易秩序の守護神であるWTO体制を擁護する立場を貫いてきたのは米国でした。その方針転換を示唆する今回の報告書は国際的な貿易・通商の枠組みの転機を示唆するものと憂慮される処です。

・国境調整措置税
なお、その点で注目されるのが大型税制改革の一環として検討されている国境調整措置、つまり「国境調整税」導入問題です。「国境調整」税とは、輸出で得た収益には課税を免除する一方、海外から仕入れた製品や部品には、これまでのような費用控除は認めず課税するという税制措置です。これが企業にとっては輸出促進、輸入抑制に作用することになり、貿易収支の改善に寄与することになるというもので、その限りにおいてトランプ氏の「米国に企業と雇用を取り戻す」とする主張に沿う事にはなるものです。然し、国内経済への影響もさること乍ら、WTOルールでは法人税のような直接税での国境調整は輸出補助金として禁じるルールがあり、これに抵触する可能性が否定できません。この点で仮に、米国がAmerica firstとして一蹴するような事態ともなれば、まさにフェアートレードが消えることになるというものです。勿論、法案が実現を見るか、その見通しは不透明なままにある処ですが。

序でながら今、この国境調整措置を巡るハーバード大のマンキュー教授(G.W.ブッシュ政権でのCEA委員長)の指摘が注目されています。つまり「税制改革案にある国境調整措置は、実質的には消費税の導入、法人税の撤廃、給与税の減税措置という3セットに等しい」と云うのです。輸入品が課税される一方、輸出を免除するとしている点は日本や欧州の消費税と同じで、課税対象は限りなく消費税に近いものになるとするものです。つまり、輸入課税だけ見れば保護主義と見える処、経済のグローバル化に対応した法人課税の在り方を突き詰めると消費税に近づくという事ですが、さて、国境調整の問題は税制としての良し悪しより、導入時の経済への影響が大きい点や実務上の難しさにある事ですが、これが世界の税制論議に一石を投じた事は間違いなく暫し、米議会での審議とも併せ、その推移を見極めていく要ある処です。(日経3月24日)

何れにせよAmerica first、米国が自国の利益を損なうルールには従わなくてもよいとする姿勢を見せていく限り、結果としては自国経済のみならず世界的に大きなマイナスを残す事になる事、前述したとおりですが、これが安全保障秩序までにも影響が及ぶことになる事いうまでもありません。こうした事情の上で、彼が「FAIR TRADE」と叫んでいる事は、言い換えれば、本当に公正で自由か否かを判断するのは米国だと、言わんばかりと映るのですが、極めて違和感を禁じえないというものです。明らかに国際通商問題を考える次元が変わってきた事を実感させられる処です。

(2) G20会議とトランプ政権

トランプ政権発足後、初の国際会議となるG20財務相・中銀総裁会議が3月17・18日、ドイツで行われました。米側からはムニューシン財務長官の初見参でしたが注目された事は、当該共同声明づくりを通してトランプ色が鮮明となった事でした。 つまり、会議での合意を確認する形で共同声明が成るものですが、前回までの‘声明’にあった「保護主義に対抗する」との記述は米国の反対で削除され、代わりに「経済に対する貿易の貢献の強化」と指摘するにとどめ、また地球温暖化対策を巡る記述も削除され、トランプ色を鮮明とする処となっています。まさに国際協調に向けた結束に大きな亀裂を残したとの印象はぬぐえません。この点、現地でのぶら下がりインタビューに麻生財務相は‘自由貿易には変化はないということでしょう’と、フラットに応えていましたが、なんとも能天気というものです。

Rust beltの労働者の支持を受けて登壇したトランプ政権にとって、最優先課題は貿易赤字の解消と雇用の回復に在ることは理解される処ですが、保護主義を以って、貿易赤字の解消や米国の雇用を回復させることは米国経済の構造変化に対応することなくしては無理な話であることは先月論考でも述べた通りで、製造業の米国への回帰戦略も言うなれば「昔の米国に戻る」以上の意味がなく、従って彼が主張するような大幅の雇用回復は期待できないというものです。
そうしたアメリカですが、それでも自由貿易を口にしていることもあり、彼らがまさかWTOから脱退することはないでしょうが、世界の通商秩序を自国に有利なように変えようと仕掛け続けることは、ほぼ間違いないものと思うのです。

と云うのも米国には自国本位で動く大国であると云う認識があるためと思料するのです。その点でトランプ政権は、世界の面倒は見ないよと、リーダーシップの放棄を示唆していますが、それに代わる手立ては必ず打ってくるはずです。力は衰えたとはいえアメリカは今でも世界に影響を及ぼすことが出来るほとんど唯一の国です。1929年の大恐慌のときには高関税政策をやってみたり、1971年にはニクソン大統領が1ドル360円という約束をほうりだした事など、思い出しておくべきかもしれません。尤もその結果は米国自体、大きなダメージを余儀なくされてきた処ですが、それは自国経済の構造変化、等当該環境変化を無視した合理性に欠く政策だった結果というものです。言うまでもなくトランプ政権の現実も今同じ様相にある処です。

Financial Times(Mar.21)は社説で、‘Watching and waiting for Trump’s protectionism’ と、暫しトランプ政権からでてくるものを見極めるのが得策と云うのですが、現状からは然りとされる処です。とは言え、公正なルールに基づく自由貿易の在り方について、各首脳自ら討議していくべきでしょうし、それこそ次は各国首脳の出番となる処と思料するのです。

序でながら3月16日、トランプ政権は2018 年度(17年10月~18年9月)予算方針を発表しています。 基本的には「米国第一」に向けて国防・安保中心に増額、非国防費の大幅削減と予算を大きく組み替えることとしていますが、米国内外で反発や混乱も予想され、議会との調整は難航が必至と見られ、前述、政治の混迷が続きそうです。 処で、そうした国防強化を目指すトランプ氏が手本としているのがレーガン元大統領(スターウオーズ計画)とされていますが、そのレーガンこそは一国単位での経済運営ではやっていけないとして、ドルをフロートにして小さな政府へカジをきり、そして製造業から金融に重点を移し、まさに一国単位の経済からグローバル経済へ国の経済体制を変えた人物なのです。 とにかく、大統領としての整合されたコンセプトが語られる事のないまま、脈絡なく打ち出される政策にいささかあんぐりですが、その限りにおいてトランプ氏は前出、‘最後のアバンギャルド’で終わると云うものでしょう。


2.日米経済関係の新展開

(1) トランプ政権の対日批判と日米経済協議

さてトランプ氏を始めナバロNTC委員長、ロス商務長官ら、政権閣僚らは日米間の経済にかかる問題、貿易インバランス、円ドル問題等を巡り、対日批判を繰り返していますが、3月8日にはトランプ政権は日本の自動車と農業分野の市場開放を求める意見書(自動車:「重大な非関税障壁が残っている」、農業:「高関税によって保護れている」)をWTOに提出しています。いうまでもなくその狙いは4月に予定されている日米新対話に向けての事と思料する処です。
周知の通りトランプ氏は大統領就任直後、TPPからの離脱とNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を打ち出しています。これを真っ先に持ってきたのには通商交渉を多国間から2国間交渉に移すという「貿易観」の転換を印象付けるためであること、そして2国間交渉でこそ経済大国米国の強みが発揮できるとトランプ氏は考えている為と、政権移行チーム元幹部、Mr. Ado Machidaは日経紙上インタビュー(2017/3/15)で語っていましたが、日米新対話はこの発想の延長線において進められる事になると云うものでしょう。

・過去の日米経済協議
ではこれまでの日米間協議はどうだったのか。それは貿易摩擦が起こる度に米側が求める形で繰り返されて来ました。当初は1960年代からの繊維や鉄鋼、70年代の自動車、80年代では半導体など日本企業が強みを持つ産業分野で、対米輸出や日本の輸入シェアーに一定の基準を設ける協議が中心でした。ただ、85年のプラザ合意後は米国の対日貿易赤字が膨らんだため、貿易不均衡の是正に向けて幅広い分野にわたる日米の市場構造や日本の市場開放について話し合う枠組の始まりとなるものでした。
具体的には1989年には貿易不均衡の是正に向けた「日米構造協議」、93年には、その構造協議を拡大した「日米包括経済協議」、更に内容を変え97年には、規制緩和政策を扱う「日米規制緩和協議」、2001年では規制緩和協議の流れをくむ「成長のための日米経済パートナーシップ」に関する専門家会合の設置を以って、具体的協議を図るというものでした。その経過はまさに日本経済成長の証ともいえる処です。そして今再び米国の貿易赤字拡大に歯止めをかける激しい通商協議が始まろうというものです。

(2)日米新対話に求められる発想の転換

・日米新対話のテーマ
「新対話」のテーマは既に三つの分野、「財政・金融のマクロ政策」、「経済協力」、「2国間の貿
易体制」とされていますが、これまでの経過からは日米の貿易不均衡問題、つまり米国の対日貿易赤字是正にフォーカスされる処でしょう。そしてそれは上記WTO宛て意見書にもあるように自動車、農産品を軸に日本市場の開放へと圧力をかけてくるものと推測される処です。
つまり非関税障壁問題という事ですが、同時に米国の貿易赤字の背景として円安為替操作問題にも及ぶものかと推測される処です。まさにそれらは今再びとする処です。

この内、自動車については、輸入関税は既に日本は「ゼロ」、一方米国は「2.5%」ですから日本側には関税障壁はありません。それでも日本市場の閉鎖性を云々するのですが、その閉鎖性についてはドイツ車の成功が反証する処です。因みにメルセデス・ベンツの販売台数はトヨタの高級車「レクサス」を上回り、BMWなどの人気も高く、つまりは製品の差別化で一定の市場浸透に成功しているという事です。米国車が日本に浸透しなかったのは事実ですが、それは車の魅力や投資の不足に起因するものと云え、従って米国車を売り込むためには営業努力を傾け、日本の消費者に米国車の良さを売り込む努力がなお求められる処です。その点、日本としてはそのための支援することはあっても、輸入数量義務を負わされるようなことは絶対に避けるべきと思料する処です。もう一つの農業製品については、基本的に日本側に問題があること周知されており、関税など国境措置による農業保護は、国内補助金制度に切り替えるなど政策体系を思い切って見直す事が求められるという事でしょう。

尚、米国は対日貿易赤字は為替操作に起因するものとして批判していますが、3月17日のG20財務相・中銀総裁会議の共同声明では、結果的には従来から踏襲してきたルールを盛り込んだだけで批判は消えていました。いずれにせよ為替問題を国際通商政策から切り離すべきテーマであり、要は後述するように経済政策の中で考えられてしかるべきものと思料するのです。

・日米FTA交渉は新たな発想で
さて、個別商品を巡る事情への基本認識は上述の通りですが、要は米政府は日米FTAに持ち込みたいという事でしょうから、むしろ日本としては米政府の圧力に応えるという姿勢ではなく、この際は、新しい環境にある米国との協議である点を強調しながら結果として、日米双方にとりwin-winとなるよう発想を新たにし、同時に日本経済の基盤強化を図る機会となるような協議戦略を目指すべきと思料するのです。

既に2月の日米首脳会談では安倍首相からは対米投資の拡大、インフラ投資への協力を約したと伝えられている処ですが、こうした対米協力の視点から、米国の対日赤字削減、日本側の対米黒字削減に向けた日本にできることがあるとすれば、経済政策として円安是正を通じて輸入促進を図ることもありうるものと思料するのです。その点で今、円の対ドルレートは購買力平価に比べて1割強の円安にあると言われています。であればこれを是正すれば対米黒字を3割程度削減する効果が期待できると言われています。勿論円安是正は消費の回復にも資する事、いうまでもありません。
もう一つ、日本経済はいま穏やかな回復過程に入ってきており、先月発表されたGDP速報、又今月発表の改訂値でも、4半期連続のプラス、年率で1.2%増にあります。が、それでも依然消費等内需がさえないことが問題となっています。そこには構造的な要因が云々されるのですが、とすれば、そうした構造問題への取り組みを鮮明とし、内需拡大による黒字削減を図る姿勢を打ち出すべきでしょう。(いつか通った道ですが)それは日本経済の基盤強化を図る機会と捉え直すという事とし、同時にこれが米経済再生への戦略的協力に繋がる処と思料するのです。
更に想定される日米FTA交渉を日本の対米協力への枠組み作りの場と位置付けると同時に、交渉を通じて自由な貿易・投資の促進が重要との日本のメッセージを発信していく事とし、これが国際ルール作りの原型を提示していくという点に問題意識を集めていくべきと思料するのです。

ただここで留意しておかねばならないことは、米国と中国の関係です。これまでもトランプ政権にとって最大の懸案は中国と指摘してきました。近時トランプ氏の対中姿勢が変化してきています。従って、先の日米首脳会談で確認できたという日米関係も、トランプ政権が対中関係を模索する過程で揺れ動く可能性は否定できません。その点、日米首脳会談で手にした政治資源を今後、国際環境に反映できるよう日本としての世界における自らの役割の再定義を進め、同時にそれに即した戦略の再構築を以って、その機に望むべきと思料する処です。


おわりに:今そこにある政治資源

・国粋の枢軸
3月10日付日経Opinionの欄に寄せられた同紙コメンテーターの秋田浩之氏の論評、そのタイトルの「国粋の枢軸」という文言に筆者はハットさせられるものを感じたのです。
それは、米国第一主義を突き進むトランプ政権が、平和と成長を支えてきた国際的な協調体制を壊そうとしている事への警鐘ですが、それに共鳴する欧州の右翼政党があり、別々に行動しているように見える米政権と欧州の極右勢力が寄り添い「国粋の枢軸」という危ない糸で結ばれつつあると、指摘し、係る事態への危機感を示唆するものでした。筆者も同じ問題意識を以ってこれまでもトランプ政治を批判してきました。そして同氏は、欧州外交筋の話として、今フランスで勢力を高める反EUのルペン氏が大統領選で勝利するようにでもなれば「EU統合は本当に死ぬ」と続けるのです。そしてその下りを次のように締めるものでした。― 「米英仏中ロ」は、国連で拒否権を持つ安保理常任理事国。この大国クラブが「国粋の枢軸」に占められたら・・・。戦前には、米英仏が主導する秩序に反発した日本、ドイツ、イタリアが枢軸を組み、戦争に走った。皮肉なことに、今度は日本とドイツが現行体制の砦にならなければならない、と。

さて、極右の台頭が注目されていたオランダ下院選が3月15日に行われ、果せるかな極右・自由党は第一党には届かず一方、既存の政治にNOを突きつける批判票が左右に割れたため、ルッテ首相率いる連立与党も大きく後退しています。1か月後のフランス大統領選など欧州の政治をポピュリズムが襲う恐れはなお燻ぶってはいるも、「極右勝利」が避けられたことで欧州緒国ではひとまず安堵が広がっているとされています。自由党が勝ちきれなかったのは、オランダ自由党の公約が過激すぎ有権者はその実現は難しく支持出来ないと判断したものと云われています。が何よりも過激な発言を繰り返すトランプ氏が米大統領に就いたことで起きている米国社会の混乱に照らし、オランダ国民は一定の距離を置くようになってきたものと云えそうです。
4~5月に大統領選を控える仏のエロー外相はツイッターで極右台頭を食い止めたと祝福したと報じられていますし、9月に連邦議会選のあるドイツのメルケル首相はルッテ氏との電話協議で「友人、隣人、欧州人として協力を続けられることを楽しみにている」と述べたと言われています。因みに、3月9日、ブリュセルで行われたEU加盟国28か国の首脳会議では「開かれたルールに基づく貿易」を堅持する姿勢で一致したことが、伝えられています。

・いまそこにある政治資源の活用を
一方、安倍首相は、5月のG7、7月のG20各首脳会議に向けた環境整備のためとして3月21日~22日欧州を歴訪し、各首脳と自由貿易体制の維持、反保護主義で結束することを確認し、併せて「日欧EPA交渉」を年内に大枠合意する事も確認されたことで現地インタビューでは、これこそが「世界に発する象徴的なメッセージになる」と安倍首相は訴えていました。そのTimingに合わせ3月19日、ドイツ、ハノーバーで日独両政府はIoT関連技術、AI技術等第4次産業革命に関する両国協力の枠組みを定めた「ハノーバー宣言」に署名を交わしています。
日独協力による新たな発展に向けたベクトル作りへの有力な基盤が整備されたという事ですが、これが日米関係の新たな発展を誘導する上でも格好の事例とも思料する処です。勿論、楽観を許すものではありませんが、上記、秋田氏が期待する日本とドイツが自由主義経済の砦となる可能性を担保する具体的事例が一つ見えてきたというものです。同時に、サミットを外交の拠点と位置付けてきた日本として、5月のG7サミットでこれら成果が如何に活かされるか、が問われることになる処です。 一方、かかる変化をencourage していく為にも,いまそこにある政治資源を改めて日本経済の持続的成長の基盤再構築に向けられていくべきと思料するのです。言葉はともかくこの4月、アベノミクスは5年目に入るのです。 
                       
                                        以上 
posted by 林川眞善 at 21:01| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする