2017年01月26日

2017年2月号  'Post-truth'とPresident Donald Trump - 林川眞善

はじめに:アメリカニズム

日本外国特派員クラブが発行する会員機関誌「Number 1 SHINBUN 」1月号は、1993年8月 18日、来日中のトランプ氏が(彼の訪日は、先の金融危機の際、支援をしてくれた日本やアジアの投資家へのお礼旅行とされていた)同クラブのProfessional Luncheon のスピーカーとして現れ、当時の日米通商交渉について、米側の交渉力の弱さを批判したのですが、その際の様相を同日付でN.Y. Timesが次のように報道していたと、紹介しています。

・・・ urging the U.S. to get `tougher’ with Japan in its trade negotiations and calling past U.S. negotiators `moron’ and `idiot’. The article also quoted him as saying that in trade negotiations America should be represented by a top businessman.

要は、米政府に対し、対日交渉に当っては、タフであるべきで、これまでの米側交渉者は低能でバカな連中で、これからの通商交渉はトップのビジネスマンにやらすべきと、言っていたと報じるものだったのですが、果せるかな、それから24年、今月20日、不動産王の彼は米国第45代大統領に就任したのです。まさに彼の有言実行の極みと云う処です。そして、America first(米国第一主義)を旗印に、deal (取引)をキワードに政策の実現に向け船出したのです。尤も、その船出は企業への口先介入という形で既に始まっています。

・口先介入というトランプ流企業誘導
新年早々の1月5日、当時のトランプ次期大統領が自身のツイッターでトヨタ自動車に対し、彼らが進めているメキシコ工場の新設を撤回するよう求めきたのです。実に驚きです。6日付日経夕刊は第1面で「トランプ氏、トヨタに介入」と大きく報道すると共に、翌7日の朝刊第1面では「北米戦略に政治リスク」の文字が大きく踊っていました。あろうことか、超大国アメリカの大統領にもなろうかと云う人物が、大企業とは云え、日本企業トヨタがメキシコで行う事業活動に口先介入するなど、とても信じられない行為と映るものでした。(注)

(注)トヨタは2019年にメキシコに約10億ドルを投じて新工場を稼働させ、小型車を米国にも輸
出する予定。これに対してトランプ氏はその計画の撤回を、次のように求めたというもの。
― Toyota Motor said will build a new plant in Baja, Mexico, to build Corolla cars for
  U.S. NO WAY! Build plant in U.S. or pay big border tax.

トランプ氏の米企業への口先介入は、選挙中の公約であった工場労働者の職場確保にあるというものですが、彼の言い分は「メキシコで車を作り、それを米国に輸出するという事は、米国から製造現場と雇用が失われることになり、そこで高関税をかけ輸入車を締め出すことが米国の国益に適う」という主張ですが、それは全く間違った貿易観に端を発するものと
云う他なく、極めてunreasonableな論理というものです。

それでも、この口先介入を受けた多くの企業は結論として、これに応え、12月1日には米大手空調メーカーのキャリア社がメキシコへの事業投資撤回、自動車のフォードもメキシコでの工場の新設撤回を決定、これに続く、フィアット・クライスラーそしてGMと「米自動車ビッグ・スリー」が軒並み米国内での雇用拡大のための生産計画を表明するなど、まさに異例とも言える様相を呈しています。更に、IT業界でもIBM,アマゾン、アリババが、更には独バイエルなども米国内での雇用増や投資の取り組みについて発表するなど、新政権への歩み寄りを示しています。トランプ氏の米国大統領就任を控え、米国への貢献度合いを訴えるアッピ-ル競争とも映る処です。勿論、米企業として時の政策に協力するという自主的な経営判断なら、それはそれとして納得できる処です。然し、聊か恫喝とも映る口先介入、しかも当時、大統領でもない彼による口先介入が行われ、又これに従順に応じる企業の後継を真の当りにするにつけ、これがアメリカかと、その異常さに立ちすくむ思いを禁じ得なかったというものです。

そして、今「米国第一主義」という‘アメリカニズム‘ の下、トランプ氏は、恫喝ともいえる手法をも弄して、実際トヨタに届いたツイッター(上記注)など、まさに恫喝の何物でもない処ですが、アメリカを保護主義へと誘導している処ですが、それが行くつく処は、自国経済はもとより世界経済を巻き込んだ大停滞に陥ることになる、その可能性を危惧する処です。

・「迷走する世界」の幕開け
トランプ氏は、就任演説では再び、「米国第一主義」を掲げ、「米国製品を買い、米国人を雇う」ことが新しいルールだと、そして保護主義こそが繁栄と強さに繋がると主張し、米国を偉大な国にすると、叫ぶだけで、そこには、これまでの経済発展の規範とされてきた自由主義貿易の否定はあっても、「偉大な国」とは、どういった形の国を目指すのか、未来に向けた米国を語ることもなく、まるで選挙戦で対立候補と向き合い、言い合っている様相とも映るというものです。
こうした、まさにlousyなトランプ氏をトップに頂く米国と世界はこれから付き合っていく事になるわけですが、それこそは、まさに「迷走する世界」の幕開け(月例論考、先月号)を実感させられる処です。就任1週間前に行われた、初の彼の記者会見での混乱状況とも併せみるとき、「これで大統領をやっていけるのか」との思うこと、しきりと云うものです。かくして、米内外の各種メデイアはトランプ大統領の言動を巡って色々書き立てています。

そこで本稿では、それら議論を踏まえつつも、これまでのトランプ氏の言動を、トランプ政権の政策行動のリアルとして、二点に絞り、具体的には、上述アメリカニズムの実践と云うべく、口先介入で企業の国内回帰を促し、国内での雇用機会を創るということの実際とその矛盾、つまり、彼が公約したrust beltの低所得者層を救えることになるのか、という点。そして、トランプ氏登場で世界的に、地政学的リスクの高まるなか、とりわけトランプ氏は対中貿易の赤字拡大が米国内の雇用を奪っているとし、対中批判を強めています。そうした事態の推移は、グローバル・リスクの拡大に繋がる処、そこで米中関係の行方について考察していく事としたいと思います。

・Post-truthということ
ただこの際は、外せないテーマとしてあるのが「Post-truth(ポスト真実)」です。この言葉は、世界は事実より感情を優先する?そんな文脈で語られるkey wordとされるものです。暴言王と言われたトランプ氏が、今次の大統領選挙で勝利したのも、実は自身のツイッターを介し一方的に情報発信し、言うなればPost-truth のrhetoricを擁しての事とされていています。その点、彼はまさに‘Post-truth politics’に在る処です。その詳細は本論に委ねますが、それはネット社会となった今、メデイアと政治、そして民主主義との関係の再考を迫る処と思料するのです。

そこで、トランプ政治を理解する上で、まずはこのpost-truthの実状をレビューする事とし、その上で、以下、目次に即し論述することとしたいと思います。実は上記2点こそは、彼の映すpost-truth の検証でもあるのです。 (2017/1/25)


    ― 目  次 -

第1部 Post-truth Politics

(1)Art of the lie         ・・・P.4
(2)Post-truth politics in the age of social media P.5
・トランプ政策の虚実

第2部.トランプ政権のリアル:Post-truth politics 検証

1. 見えない‘雇用と産業再生’への政策  ・・・ P.6

(1) America first でrust belt を救えるか
(2) トランプ政権の経済閣僚おトランプ氏の実像
・トランプ政権の経済閣僚と産業政策
・トランプ氏の実像
  
2.トランプ政権の通商・外交政策のリアル ・・・P.9

(1)「反中」に照準を合わせるトランプ通商政策
                   ・米中貿易インバランス問題
                    ・為替操作国認定問題
(2)「一つの中国」問題

おわりに:アメリカは‘殺戮’の場所?   ・・・ P.12

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第1部 Post-truth Politics

(1) Art of the lie (虚言の技術)

トランプ氏には今、Post-truthのレトリックを擁する政治家という言葉が向けられています。
このpost-truth 、文字通りに訳すと「真実後」ですが、それは「客観的な事実とか真実よりも、感情や個人の心情への訴えかけの方が世論に及ぼす影響が大きい状況」を意味するものとされています。そこで「post-truth politics:真実後の政治」ですが、それは真実が重視されることなく、個人の信念や感情的な訴えに動く政治、を意味すると云うのです。 言い換えれば、今や政治には、真実は関係なく、事実無根の嘘であれ、怒れる有権者たちが聴きたがっていることを語り、支持率を上げていく、そうした政治の在り様を指すというのですが、それを選挙戦で実践し、大統領へのキップを手にしたのがトランプ氏だったのです。

・Art of the lie
The Economist(2016/9/10)は、カバー・ストーリで「Art of the lie」(虚言の技術)と題する特集を組み、選挙中のトランプ氏の発言は矛盾だらけ、虚言のかたまり、としてpost-truth politics の象徴と決めつけると同時に、Politicians have always lied. Does it matter if they leave the truth behind entirely? 政治家はこれまでも嘘をついてきたが、真実に目を向けることないままに済ませることでいいのかとし、更に「多くの国で感情が事実より簡単に力を持つようになる状況が続けば、社会の様々な問題を解決していく手段として事実が持つ力は大幅に消えて行くだろう」と、警告を発していたのです。

今次の米大統領選では周知の通り、最後まで中傷合戦が繰り広げられました。政策よりもスキャンダルに注目が集まっていましたが、その背景にあったのがソーシアル・メデイアの存在です。そこでは、まじめな政策論よりも過激な発言の方が注目を浴び、それがソーシアルメデイアで共有され、自分は実際、その発言を聞いていなくても、又その検証をすることもなく、「○○と、発言した」というコメントが拡散され、それが世論となっていくという事です。

例えば、トランプ氏は何ら根拠もなく「オバマ大統領が過激派のISを作った」と、ネットで主張し世論誘導を図ったり、また「オバマ大統領は米国生まれではない」と、人種差別にもつながるような発言をすることで白人票を集めることに成功したと言われています。そして、これがポピュリズムに組みする形で支持者の間で世論が形成され、その結果、彼は大統領へのキップを手にしたとされているのですが、この一連の動きをpost-truthが齎す政治現象と評される処です。
つまり、ライバルに不利になるような、或いは有権者の不満に応える政策を、しかし何ら根拠のないままに繰り返し、それもソーシアル・ネットワーク(ツイッター)を通じて直接支持者に繰り返し訴えることで、いつしかそれは真実味を帯び、支持票を重ねていったと言いうものですが、問題は「事実を無視した政治」がまかり通っていく事です。

勿論、以前にもこうした例はありました。例えば「大量破壊兵器をかくし持っている」として、9・11事件とは関係のなかったイラクを米国が攻撃したのもPost-truth の代表格とされるのですが、大統領選挙中のトランプ氏の行動は聊か際立ったものでした。それでも有権者の支持を得た点で問題は深刻と云うものです。オバマ大統領の出生問題については、出生証明書が公開されたことで一件落着していますがトランプ氏は、自分が発言したことでオバマ氏は自身の証明を果たす事が出来たと、発言の誤りを詫びることもなく、誇らしく振舞っていたのです。

英国で、6月起きたEU離脱に係る国民投票結果も同様事情を映すものでした。当初、EU残留派が優位と予想されていましたが、離脱派は「英国はEUに対して毎週3億5千万ポンド(約476億円)拠出している。離脱すれば財源難の英国民保険サービス(NHS)に充当できる」と訴えていたのです。然し、そこにはEUからもらえる補助金は含まれていないこと、更にあきれることは離脱決定後、離脱しても予算は当該項目には投入できないことが判明したと、主張を撤回したのです。然し離脱派が勝利したのは、この嘘が有権者の心をとらえた結果とされているのです。事実に反する事項をスローガンに掲げ有権者の心をつかむ政治という事ですが、2016年の英国での流行語大賞には、この「post-truth」が選ばれたのです。

(2) Post-truth politics in the age of social media

ここで重要なことは、前述のとおりトランプ氏はソーシアルメデイア(ツイッター)をフルに使い、直接支持者に訴え、有権者の支持を取り付けていったと言う点です。つまり、そうした手法が広がっていくとなると、色々の情報が瞬く間に広がっていくことで政治と有権者の距離が縮まり、スピード感を以って情報の共有が可能な環境が出来ていく事になるという事ですが、例えば当該政策についての全体像がつかめぬまま、そして当該情報の真実性をチェックできないままに、それはポピュリズムとなって進むことともなり、いわゆる‘正論’より、噂が支配すると云った環境が進むことになるという事です。しかも、その結果は米国と云う国を二分する処となってきていることです。大いなる問題です。

そこで、情報の真偽の見極め方が問題となるのですが、それが政治と直結して進むことが問題なのです。トランプ氏がでたらめな発言をしていても、それが問われないままに過ぎていった現実が証明する処ですが、ソーシアルメデイア社会となった今、post- trust政治を如何に監視していくか、情報と政治の関係が改めて問われる事になったというものです。が、それは同時に民主主義の本質が改めて問われると言う事でもあるのです。

・トランプ政策の虚実
さて、トランプ氏は大統領就任早々、TPPからの離脱宣言やNAFTA見直し等々、反自由貿易政策を自らの署名を以って発表しました。これからも色々政策を打ち出す事でしょう。然し、上
述のようにpost-truth politics の主役を演じてきた彼の事だけに、その行動への不信感は増すことはあっても、減ずることはなさそうです。例えば、経済政策では彼は、インフラ投資、規制緩和そして減税を3本柱としているようですが、それらが本当に低所得層を救う事に繋がるのか、ですが、あれもこれも、post-truthとなると、そのツケは結局国民に降りかかる処です。以下では、その点に焦点を当て、トランプ政策の虚実として論じていく事としたいと思います。


第2部. トランプ政権のリアル:Post-truth politics の検証

1.見えない‘雇用と産業再生’への政策 

(1)America first で rust belt を救えるか

トランプ大統領は、「最も多くの雇用を創りだす大統領になる」と云い、前述の通りメキシコでの事業投資を目指す米企業に対し、米国内での雇用創出のため米国への生産回帰をと、恫喝的ともいえる口先介入を進めています。

然し、トランプ氏の言い分は、前述(P.2)の通りですが、そもそもメキシコへ投資をしたからと云って米国の雇用が減るという事にはならないはずです。仮に米国に全て生産が戻ったとしても、高い人件費が米国内での販売価格の上昇要因になる処です。7日付日経が伝えた「米自動車研究センター」の試算では、フォードの小型車「フユ―ジョン」の生産をメキシコからミシガン州に移した場合、1台当たりのコストが1200ドル(約14万円)上がるというのです。トランプ氏を大統領に押し上げた白人労働者層を意識したポピュリズム政策は、まわりまわって支持層を苦しめる構図になるというものです。
一方、フォードは建設計画を撤回した事で、予定地の州政府から誘致に投じた費用の返還を求められているほか、地元企業の間ではフォード車の購入取りやめの動きも出てきており、工場建設計画の撤回はフォードにとって高い代償となる可能性が出てきているのです。

・Rust beltに在る低所得者層を救えるか
問題は、こうした手法で、公約である成長に取り残されたrust beltに在る低所得層の労働者を救うことが出来るかという事です。周知のとおりトランプ大統領は、その背景にあるのがグローバル化だとして、保護主義の姿勢を強めています。然し、‘rust’の背景にある問題の本質は、産業構造の変化であり、産業の競争力、つまり生産性にあるのですから、単に外国のせいにする事ではなく、当該地域の産業事情を理解し、それにどのように取り組み、改善していくか、まさに産業再生戦略のシナリオを描いていく事が求められる筈です。然しそれがないままに米国第一の名の下、安く手にできる輸入品まで輸入規制していくとなれば、回りまわって米国内では消費者は高い製品を購入することになり、結果として経済格差を拡大させる事にもなるのです。

加えて、これまでの減税の恩恵が富裕層に偏ってきたことも格差拡大に繋がっていると指摘されています。その点ではルールの見直しも不可欠と云うものでしょう。フランスの経済学者トマ・ピケテイ氏は「悲劇的なのはトランプ氏の政策がもっぱら不平等をつよめてしまう事」だと指摘していますが、要は、経済の生業が構造的に変化してきた現状にあっては、所得再分配の在り方についても戦略的に見直されていく事が不可避となっていることに、真摯に向き合っていく事が不可欠なのですが、そうした発想も見えていない事が問題なのです。

因みに、Financial Times(2017/1/5)は社説` The protectionist trade ― fallacies of America First’(トランプ氏が叫ぶ米国第一主義の間違い)で、フォードがメキシコ事業投資を撤回したことについて、気まぐれなトランプ氏の怒りにふれまいといま、米企業はきゅうきゅうとしていると、次のように警鐘をならしています。
「・・・トランプ氏はGMに対しても、国外で生産した車にbig border taxをかけるとツイッターで脅している。国民大衆には受けたかもしれないが、それは全くの判断間違い。同氏は保護主義に凝り固まり、個別企業をツイターで脅すことで産業政策を展開しているかに見える。企業活動への介入に固執しても、米国の雇用増加にはつながらない。それどころか、企業経営者に政治介入という恐怖心を植え付け、効率よく機能しているsupply chainを混乱させるだけだ。・・・特定の企業に目を付け、ゆすりに屈したかのような事業戦略を取らせるのは、疑いなく悪い結果をもたらす。・・・フォードの決断でトランプ氏はPR戦では勝利したが、同氏の手法が米経済に予測不能で破壊的な政治リスクを齎すことは間違いない。ゼロサムの重商主義をやみくもに追求する同氏の「米国第一」の貿易政策は、あらゆる国の経済を悪化させることになる。」と。

(2)トランプ政権の経済閣僚とトランプ氏の実像

・トランプ政権の経済閣僚と産業政策
トランプ氏の言動への不信は上述の通りで、米産業政策の不透明感を高める処ですが、更に、その感ひとしおとするのが、トランプ政権の主要経済閣僚の顔ぶれです。

まず、財務長官のムニュ―チン氏、国家経済会議委員長のコーン氏はいずれもゴールドマン・サックスの出身、また各国との通商交渉にあたるUSTR(米通商代表部)にはライトハイザー氏、輸出振興を練る商務長官には著名な投資家で資産家のW.ロス氏、更に今回、新設なった通商政策の司令塔の国家通商会議のトップには、近時対中批判を強める米UC大のP.ナヴァロ氏となっています。 尚、他、重要閣僚には、エクソン・モービルのレックス・テイラーソン氏が国務長官に又、元中央軍司令官のジェームズ・マチス氏が国防長官に入っていますが、以上の閣僚の‘出身’の頭文字をとって3G政権とも云われてもいます。つまり投資会社Goldman SachsのG、軍人のGeneral, 更にロス氏他の超資産家を指すGazillionaire (超億万長者)のG.、です。

かくして、主要経済閣僚は、彼がこれまで批判してきたウオール街の出身者、それに繋がる投資家、大企業出身者で固められており、従って金融政策はよりウオール・ストリート寄りとなる事が予想されるのですが、彼が云う、‘雇用と産業の育成’に通じる人材は見当たりません。つまり、rust beltを再生、救済していく為の産業政策の専門家は見当たらずという事ですが、この辺はやはり個別企業への口先介入でなんとか対処せんとするという事でしょうか。それでは場当たり的であり、産業としての成長や構造改革など期待しようもないというものです。実の処、彼にとっては関心のない様に見受けられるのです。

・トランプ氏の実像
例えば、彼はは「雇用を創る大統領になる」と云っています。つまり‘雇用創出’の一点に絞って事を進めるという事の様ですが、それは単にその数字をつくる事自体が目標で、それが達成されたら、それでOKとするのではと、彼の行動様式からは、そう思えてなりません。というのも、彼の行動にかかるキワードが`Deal’にあり、このdealを通して目標を達成していく事を信条としているようで、それはいわゆるビジネスでの経営目標達成行動と変わるものではなく、それだけに超大国のトップに求められる生業とは全く次元を異にする行動様式にある点です。

つまり彼の場合、‘そこにある’土地を取引してお金を生ませていく事で大成功してきた不動産王です。が、そこで重要なことは、‘創る’(create)という事ではなく、deal、つまり自分にとって交渉を如何に有利、かつ効率的に進めるかという事にあるというのです。まさにdeal なのです。

「ビジネス」という言葉の定義にはいろいろあります。が、今では色々の要素を組みあわせ、社会との生業に配慮し、生産活動、企業活動を図る、つまり‘創造’(Creation)していく事を含意とされるようになってきていますし、それだけに仕事に係る構想力も求められるというものです。そしてそれが企業人の矜持とされる処です。つまり、今日、ビジネスマンと呼ぶ際はそうしたイメージを抱かされるものですが、彼の行動様式から見えてくる事は、要するに不動産を取引する旧来型の業者の域を出るものではないのです。巷間、「ビジネスマンのトランプ氏が米国大統領になった」と表するのですが、上述次第からは彼をビジネスマンとは呼べないのです。さて、この差をトランプ氏が理解できぬままに行動することの危険性が高まっているというものです

一見するとトランプ氏の姿勢は国内の企業や産業に優しい路線と映るのでしょうが、彼が「米国第一主義」と主張し、保護主義がベターと云うのも、彼にとっては、それが自分の利益に適う、要は隠れ蓑とも映るのです。その結果はrust beltの労働者を苦しめることになるだけで、彼の支持者を裏切る事になるのです。まさにpost-truth politician という処です

いま世界経済は多国間にわたるSupply chainとの組み合わせを前提に出来上がっており、それは効率的な生産システムとして更なる進化の中にあり、新たな産業構造を演出していく処です。そうした進化を体して米国産業をどのように再生、誘導し、雇用の創造を図っていこうとするのか、いわゆる産業政策なるものがない限りrust beltに在る人たちを救えない筈です。グローバル化を忌避するトランプ氏ですが、ヒト、モノ、カネ、更には技術も含め、その移動を自由にしていくことでイノベーションも進み、新しい機会が生まれてくる事を理解すべきなのです。

2.トランプ政権の通商・外交政策のリアル

(1)「反中」に照準を合わせるトランプ通商政策
    
・米中貿易インバランス問題
周知の通りトランプ氏は、選挙中「中国を為替操作国に指定する。同国製品には45%の関税を課す」と対中強硬策を訴えていました。そして選挙後、各地を回り「中国がWTOに加盟した2001年以降、我々は7万カ所もの製造拠点を失った」と繰り返し、米中貿易のインバランス(注)を「米国の赤字は、中国が米国内での雇用を奪うもの」と、激しく対中非難をしてきています。

(注)米国の対中貿易赤字:2000年以降中国は対米輸出が著しく拡大した結果、2015年には約3670億ドルの対米貿易黒字(米統計)となっており、他国(日本:689億ドル)に比べ最大となっている。そこで、トランプ氏は中国に対し高関税(45%)を課すことで、米国内の製造業の雇用を取り戻すと公約している。ただし、中国では電子機器類のサプライチェーンが構築されている事、労働力も豊富かつ低廉の為、高関税が課されても米国の雇用回復は見込めないものとみられる。ただ中国でも人件費が高くなっている為、ベトナム等、更に人件費の低いアジアの国へ生産ラインが移行している状況。尤も中国はWTOで国が為替などを統制する「非市場経済国」として今尚扱われている(前号、論考)ため、反ダンピング関税がかけやすい環境にはある。

こうしたトランプ発言は、選挙中, 私的顧問を務めていた中国批判を強める学者、米UCアーバイン校、教授のP.ナヴァロ氏の助言に負うものと伝えられています。その彼をトランプ氏は、新たに米国の通商政策の司令塔として創設する「国家通商会議」のトップに充てたのです。彼について、近着 The Economist (2017,1,21)は、「The head of Trump’s new National Trade Council is about to become one of the world’s most powerful economists. That’s worrying.」と評していましたが、この人事を以ってトランプ政権の対中姿勢、「反中国」を鮮明にしたというものです。

いずれにしろ、米国の外交政策はこうした人事を背景にトランプ大統領主導の下に進められることを示唆する処で、世界の通商外交は、ますますトランプ氏の言動に振り回されることになるというものです。いずれにしろ、トランプ政権の通商政策は雇用問題と結び付けた形で貿易の均衡化に向けた交渉が行われていくものと思料するのですが、勿論そのシナリオは見えません。
ただ、米中交渉の流れの如何では、世界秩序の安定に寄与してきたとされる「一つの中国」には縛られないとトランプ氏は発言していますが、元より、これが大きな不安定要因となっているというものです。つまり、「一つの中国」と云う国際合意を、彼は‘デイール’の材料に使おうとするものとみられるのですが、これこそは世界の生業を一変させる、つまりは地政学的リスクの拡散を意味する処となるのです。要は、こうした通商問題は新政権の火薬庫と見られる処です。

・為替操作国指定問題
もう一つの為替操作国指定問題は、より国際的でsensitiveな問題がです。トランプ氏は選挙中から中国の人民元安誘導が巨額の対中貿易赤字を生み、米国の雇用を奪っているとして、中国の為替操作国指定を看板政策としていました。ただ、米財務省はそれとは異なり、中国を監視対象国にとどめています。(注)

(注)米財務省は次の3つの基準項目 [ ①対米貿易区理事が200億以上。②経常黒字がGDPの
3%以上。③為替介入の規模がGDPの2%以上 ]を設け、すべてが適用される場合は操作国と認
定し、2つに該当する場合は監視対象国とすることしている。

然し、1月13日、米紙WSJとのインタビユーでは為替操作国との認定は見送ると発言、同時に為替政策、通商問題で、中国との交渉に進展がなければ「一つの中国」の原則を見直す(14日付、毎日新聞、デジタル)、としています。この方針変えの真相は不明ですが、操作国指定はかえってドル高を招くとの計算が働いての事かと思料されるのです。つまり、中国は経済成長の鈍化で海外への資金流出が続いており、かえって中国からの輸入を促し、米国の貿易赤字拡大が進みかねないとの読みがあっての事かと思われます。(注)

   (注)Harvard のC. Reinhart教授は、Project Syndicate に寄稿した12月30日付、論考
「Will dollar strength trigger intervention in 2017?」で「強いドルは彼の公約を達成する上で大きな
障害」と指摘すると共に、興味深い指摘をしています。つまり、レーガン政権初期、強烈なドル高
が起き、1985年には日米欧が強調してドルお引き下げるプラザ合意が成立した。
さて、「再びプラザ合意はあるのだろうか」と、問いかけ、日独、中国の状況を点検、彼らの事情か
ら協議のテーブルにはつきそうもないとし、もし今年ドル売り介入があるとすれば、米国の単独介
入が最も有力なシナリオだ、と云うのです。

尤も現実には、トランプ氏の財政出動による景気の引き揚げ発言でマーケットが反応してドル高が進んでいます。そして17日付WSJでのインタビューでは「ドルが強すぎる」と、ドル高をけん制する発言をしたことで、ドルを押し下げる(通貨安誘導)可能性を示唆するものと言われ、もしそうであれば、中国の為替介入を批判してきた米国がドル安誘導できるのか、と疑問の出る処です。これまで米国は強いドルが国益に適うとし、近年、歴代大統領らは通貨安競争を明確に否定してきています。とすれば、米国の通貨政策の大転換に繋がる可能性すら感じさせる処です。19日の上院承認公聴会で,次期財務長官のムニューチン氏は「強いドルは長期的に必要」とトランプ発言とは異見をとなえていましたが、23日には、一転トランプ氏に沿った発言をおこなっており、政権内の意思統一の未熟さを暴露するばかりです。

(2)「一つの中国」問題

12月2日にあった台湾、葵総統との電話協議は歴史的なものでした。それは1979年の米台断交以来、米大統領や次期大統領と台湾総統とのやり取りが公になったのは初めてのことです。
トランプ政権が、これまでの台湾は中国の一部とする「一つの中国」の原則を尊重してきた米外交の転換の可能性を示唆するものと受け止められる処です。勿論、中国はこれに反発を隠しません。もとより米中間貿易に係るトランプ氏の中国批判は前述の通りですが、南シナ海問題に係る対中批判等も含め、それら要素がトリガーとなって米中関係の険悪化が急速に進みだしてきたというものです。勿論、この行方の如何は世界経済に与える影響の大きさは云うまでもなく、とりわけ日米韓を核とするアジア安全保障体制の在り姿に大きく影響を齎す処であり、その点、注意深く事態をフォローしていく事、云うまでもない処です。

トランプ氏は、13日のWSJ紙のインタビューでは再び、「一つの中国」は確約しない方針と明言すると共に、中国と為替政策や通商政策を巡って交渉する上で、「一つの中国を含むすべてが対象だ」と、しています。それは取引材料として中国に揺さぶりをかけながら、為替や貿易で譲歩を迫る姿勢を鮮明にしたものと思料するのですが、外交問題でもビジネス感覚の利害得失を前面に押し出さんとする姿勢と映るというものです。それでも中国を挑発した先に、何を得ようとしているのかが、分かりにくい処ではあるのですが。

以上からは、必要とされる政策は未だ煮詰まった様子はなく、全てこれからという処でしょうが、それも前述したように来年の中間選挙次第という事になるのではと、思料するのです。
ただそれでも、米国がAmerica firstで進む事となれば、自らが作り上げてきた経済発展の規範とする戦後秩序の大転換が起こり、以って世界は新たな地政学リスクと対峙していく事になると予想されるだけに、それへの戦略的な対応準備が不可避とされる処です。
とすれば、これまでの日米同盟を日本国の運営の基軸としてきた日本としては、勿論その基本軸には変わることはないでしょうが、改めて、日本として持続可能な経済としていくか、日米同盟の在り方も含め、その戦略の見直しが不可避と思料する処です。実は、それこそは世界の相対として、日本にとって新たな出番となる筈ですし、それはまさに機会なのです。


おわりに:アメリカは‘殺戮’の場所?

処で、‘America first’という言葉は、日本では極めてポピュラーな言葉となっています。然し、米国では今回、彼が演説の中で発した言葉 ‘carnage’ (殺戮)に大いなる関心が集まっています。

というのも彼は「・・都心部で貧困から逃れられずにいる母親と子供たち、米国中に墓標のように散在するさびれ果てた工場、・・・大きな潜在能力を持つ米国に略奪を働いてきたギャング、麻薬。このアメリカの殺戮(carnage) は、この場所で、たった今、止まる。」(日経1月22日)と演説していましたが、本当に米国は、彼が云うような「殺戮」が起こっている悲惨な状況にあるのかという疑問です。 大統領の地位にある人物が、こうした現状認識に在ることに極めて違和感を抱くと同時に、そうした彼に不安を感じるというものです。これこそはトランプ流、post-truthのレトリックと云う処でしょうが、彼の政治姿勢に疑問の募るばかりです。

加えて、就任直前の17日、米メデイアが発表に行われた世論調査では、彼を支持する(好ましい)とした、比率は40%、「好ましくない」が52%と、政権発足の当初から50%割れの過去最低となっています。このことは彼の政治基盤の弱さを意味する処ですが、それだけにポピュリズムに走っていく事になるのではと、極めて懸念されるというものです。

・America First or America Alone?
Financial Times (2017/1/10)の伝える、世界的に著名な政治Columnist , Mr. P. Stephensの「America First or America Alone?」と題した論考は、こうした懸念をえぐり出すようなトランプ評でした。同氏は`America First looks a lot like America Alone’ (米国第一主義は、米国孤立主義と極めて似ている)と、したうえで、トランプ氏が云うgrand designは極めて失望させられるものであり危険とし、次のように断じるのです。

・・・Mr. Trump prefers dealmaking to strategic thinking. His Make America Great Again prospectus is a jumble of instincts, prejudices and impulses. Among the ingredients : economic nationalism, antipathy to `globalism’, hostility towards immigrants, a relentless focus on Islamist extremism and a transnational, zero-sum view of great power relations.

つまり、トランプ氏の「米国を再び偉大にする」政策は、直感と偏見の寄せ集めで、中身は経済ナシナリズム、反グローバル主義、反移民、イスラム過激主義の徹底拒否、米国の利益優先のゼロサム思考等だ。米軍は今後数十年比類なき力を持ち続けるだろうが、その優位性は覇権とは同じでない。そして相手国と取引き引しても同盟関係には置き換えられないし、怒りに任せてツイートしても米国の力と威信の回復にはつながらない。とし、これまでの言動からは、トランプ氏はそれを認識する思考や性分を持ち合わせていないようだと、断じるのです。 トランプ氏は大統領を果たしてやっていけるのか、再びその懸念は深まるというものでした。

さて1月17日、中国習近平主席はダボス会議に初めて出席し(先月号、月例論考)、その冒頭の演説で、次のように発言したのです。「経済のグローバル化は世界経済の成長に強力な力を提供した」と。(1月18日付日経)          
 以上
posted by 林川眞善 at 12:49| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする