2019年04月26日

2019年5月号  強硬なトランピリズム、StandstillのBREXIT - 林川眞善

目  次

はじめに 経済予測が映す世界経済の生業
・世界経済減速入りと、その背景

[ 第1部  強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方
(1)米中貿易協議と中国の事情
(2)トランプ流‘封じ込め’戦略
・習近平中国の弱点 (Feet of Clay)
第2章 2020年を目指すトランピリズム
(1)「ロシア疑惑」から解放(?) されたトランプ氏
 ・トランプ氏を利する環境
(2)トランピリズムと地政学リスク
・米欧貿易摩擦 /・進むトランプ流人事

[ 第2部 StandstillのBREXIT ]   

第1章 BREXIT問題の真相
(1)アイルランド共和国と北アイルランド
(2)立ち往生するBREXITの実情
・離脱協定案(バックストップ)とベルファスト合意
 ・‘こじれ’打開の見通しは・・・     
第2章 離脱に揺れる英国の今後、そして EUは
(1)メイ首相後の後継事情
(2)EUの今後- The era of a `Europe that protects’

おわりに  「Beautiful Harmony」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめに 経済予測が映す世界経済の生業

・世界経済減速入と、その背景
この4月冒頭、各種機関が発表した本年を通じての経済予測(注)では、いずれも世界経済の減速を予想するものでした。

  (注)2019年世界経済予測
① WTO (4月2日発表) :2018年のモノの貿易量の伸び率は前年比3.0%と、前年17年の4.6%
から減速と。理由は米中貿易戦争などの影響で、アジアや欧州の輸出入が鈍くなっていることに
あると。加えて、英国のEU離脱を巡る混迷等リスク要因が多く、2019年の予測は2.6%とさら
にブレーキがかかると見通す。
   ② アジア開発銀行(ADB)(4月3日発表):2019年のアジア新興国(アジア太平洋州の45か国
・地域)のGDPは、対前年伸び率は5.7%と、前回発表の18年12月時点から0.1ポイント引き
下げ。この伸び率は2001年(4.9%) 以来の低さ。米中の貿易戦争や世界経済の減速見込みが
アジア新興国の成長を下押しするとみる。
③ IMF(4月9日発表):2019年の世界経済見通しは、1月時点で3.5%だったがそれを3.3%と
下降修正。この数字は金融危機後の景気回復が始まった2010年以降で最も低い水準となる。尚、
日本、米国、欧州など主要国・地域の予測もそろって下方修正し、世界は同時減速の懸念を滲ま
せる。米中貿易戦争で世界的にサプライチエーンが混乱し、英国のEU離脱も企業や投資家の心
理を下押ししている、という。
尚、本稿第2章BREXITで「合意なき離脱」なら英GDPは2021年時点で3.5%下振れすると分
析、EUも同0.5%押し下げられ、世界全体では同0.2%の下押し圧力になると指摘している。

これら予測のいずれもが共通して指摘するのが、長引く米中の貿易戦争、さらには米欧貿易摩擦の再燃等、その行方への不安、加えて英国の脱EU問題、つまりBREXITが如何なる様相を以って終結するのか、機能不全に陥っている英国メイ政権、更には世界経済への影響への懸念の深まりで、これらを以って世界景気の下降局面入りを語る処です。言いかえれば、こうした世界の生業が、世界のリスク要因として鮮明となってきたという事ですが、同時にこれらリスクに備えよと、示唆する処と言うものです。

・本稿のシナリオ
そこで今次論考は、この二つをテーマに2部構成とし、論述することとします。

第1部では、勝手気ままに振る舞うトランプ氏の行動事情について「強硬なトランピズム」と題し、具体的には目下の米中貿易協議の行方、そしていわゆる‘ロシア疑惑’の霧から抜け出たトランプ氏の2020年、次期大統領選を視野に入れた行動事情をレビューし、当該問題の可能性について検証します。

第2部では、未だ立ち往生にあるBREXIT問題を取り上げます。本題については先月号、弊論考で相応詳細論じていますが、今日現在、英国の離脱期限が当初の3月29日から10月31日までに延期が決定されたものの何事も決まらず、ただし、6月には離脱に向けた進捗状況を検証することが義務づけられていますが、さて、関係者の理解を得る離脱に向けた合意案ができるか、その見通しは実に不透明のままと云った処です。

そもそも離脱がこじれているのには、メイ首相の指導力不足にある処、その最大の問題は、自国の領土問題でもあるアイルランドとの国境線にあるのです。現状アイルランド島は南部のアイルランド共和国とイギリスの一部である北部の北アイルランドに分割されていて、往来は自由です。が、仮に離脱となれば両者の間には、厳格な国境管理(ハード・ボーダー)が復活することになり、これが後述のベルファスト合意に反することになる処、メイ首相は、北アイルランドだけをEU域内に一定期間残す「バックストップ」を提案したため、完全離脱派の反発を招いたというものです。加えて、メイ政権は2017年の総選挙で多数派を形成できず、島の英帰属を主張する北アイルランドの民主統一党と閣外協力を得ているという事情も加わる処、換言すれば、EU離脱問題はアイルランド問題でもあるのです。

もとよりその行方の如何は、英国のみならず世界経済全体の今後に係るだけに斯界の関心は高まる処、そこで先月号論考のフォローアップ方、改めて‘立ち往生するBREXIT’の実情、そしてその要因を深堀する形で検証する事とします。尚、BREXITに端を発し、今EUの新使命が云々されだしています。そこで併せて考察する事としたいと思います。


[ 第 1 部 強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方

(1)米中貿易協議と中国の事情

昨年12月1日、米トランプ大統領はブエノスアイレスでのG20サミットを機会に中国習近平主席と会談、米国が要求する対中貿易不均衡是正のための両国協議会を開くこととし、その際は、以下、合意されたことが伝えられています。

まず、① 米側が予定していた関税引き上げについては、2019年1月1日に2000億ドル相当の製品に対する関税を10%に維持し、今回は25%に引き上げない。② 両国間の貿易不均衡緩和のため、相当量の農業、エネルギー、工業製品及びその他の製品を米国から購入することとし、中国は直ちに米国の農家から農産物の購入を開始する。更に、③ 両首脳は即時に構造的な変化について交渉を始め、強制技術移転、知的財産、非関税障壁、サイバー攻撃、サービス産業や農業について議論することとし、両政府はこの話し合いを90日以内に完了するよう努力すること、とするものでした。(日経、2018/12/3)

そして、中国がその改善策について90日間で提示することを決め、1月にはワシントンで、2月、3月には北京で両国の閣僚協議が行われてきており、4月3日には貿易協議をワシントンで再開。4月中の首脳会談で決着をつける方向で議論が進んでいると伝えられていました。ただここに至って、トランプ氏は「合意を急ぐのではなく真のデイールにすることが必要」と主張し始め、4月中の決着にはこだわらない姿勢を見せ出しているのです。
これは近時のFRBの‘利上げ停止’で、市場が持ち直してきたこと, 4月5日米労働省が発表した3月の雇用統計では就業者数が市場の予測(17万人増)を上回る19万6千人であったこと等が、強気の交渉姿勢に繋がったとされる処ですが、何としても後述する「ロシア疑惑」という大きな政治危機を乗り越えたことのゆとりのなせる処ではと思料される処です。

加えて、中国側の国内事情の変化がトランプ氏に相応のゆとりを持たせていると云えそうです。つまり近時の国内経済の不振も有之で、譲歩の気配を感じさせる処、3月15日には2020年1月に外商投資法(注)を施行すると、まさに米国の意向を汲んだ新法の決議をしているのです。(4月5日、日経ビジネス電子版)

    (注)外商投資法の概要 (米国の意向をくんだ新法)
     ① 外資系企業に対する技術移転の強制を禁止する。
     ② ネガテイブリストの項目以外は内外企業を差別しない。
     ③ 外資系企業に影響が及ぶ法制度を新設する場合、事前の意見聴取を義務付ける、等。

そして、何よりも先の全人代(3月5日~15日)での党執行部の発言はそうした気配を強く感じさせる処でした。因みに、李克強首相は、米政府や議会を刺激している「中国製造2025」には言及せず、貿易摩擦の解消に注力する姿勢を強調していたことでした。それは米中首脳会談での合意を急ぎ、目先の苦境をしのぐのに腐心する演説に見えたとメデイアが指摘する処です。さらに、習近平主席の発言では「目前の状況にとらわれて短期的な強い刺激策を講じ、新たなリスク要因を生み出すことはできない」(注)としていたのですが、まさに、過剰な財政支出や金融緩和が構造調整を先送りし、それが中期的に中国経済を弱らせることを心配していることを示唆する処とメデイアは指摘するのです。(日経3月18日)

   (注)中国の景気対策:3月5日の全人代で、李首相は中国経済の減速傾向に照らし、2019年経済
    成長率の6%割れを避けることとし、大規模景気対策、2兆元(約33億円)規模の減税と社会保
険料下げの実施を表明しています。

かくして前述の通り、米中貿易協議は貿易拡大や技術移転の強要禁止などで歩み寄りつつある由ですが、制裁関税の撤廃時期や規模については未だ溝が残ったままにあり、4月中の米中首脳会談を以って最終決着を図るとするシナリオの実現は見通しがたい状況です。

偶々、米商務省が4月6日発表した2018年の貿易統計ではモノの赤字が前年比10.4%増の8,787億200万ドルとなり、06年以来12年ぶり過去最大を更新しています。この赤字の半分弱を占めるのが対中国貿易で、4,192億ドルと11.6%増で、2年連続で過去最大となっています。この2月の記者会見でトランプ氏は「関税で貿易赤字は減ってきている」と自身の通商政策の正当性を主張するが如くでしたが、現実は正反対。大統領在任2年間で同氏が重視するモノの貿易赤字は約1400億ドル膨らんでいるのです。とすると看板公約の不発で、彼は貿易相手国に赤字縮小を迫り続けることになるのではと危惧する処です。

(2)トランプ流‘封じ込め’戦略

ただ、仮に貿易協議で米中合意に至ったとしても、それはトランプ政権と中国指導部が目の前にさし迫った課題に対処しようとする事の他なく、米中を貿易戦争に陥れた構造的な問題は解決するどころか一層先鋭化の可能性を残す処ではと、懸念するのです。
その点で留意すべきは、米国での反中感情の根深さです。元をただせば、米国は2001年、中国のWTO加盟を認めた際は、既存の秩序入りで中国経済の自由化が進むとの期待があったものの、遅々としてそれが進まなかったことにあるのですが、America firstを標榜するトランプ政権の台頭で、殊、中国に対しては貿易不均衡を以って強く対峙する処ですが、要は、中国経済のプレゼンスの高まりが、米国の脅威になりつつあることを示唆する処です。そして、この文脈においてより問題とされることは、安全保障を巡って反中感情を強くしてきている点ではと、思料するのです。

つまり2017年12月にマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)が発表した国家安全保障戦略、および 2018年1月、マテイス国防長官(当時)が発表した国家防衛戦略において、中国を「修正主義者(revisionist)」、「戦略的競争相手(strategic competitor )」と断じていますが、米国の政策において「戦略的競争相手」は「封じ込め(containment)」の対象となることを意味する処です。つまり、1972年、ニクソン大統領(当時)が中国訪問時以来の「関与(engagement)」政策から、それは大きく舵を切ったという事ですが、この背景は軍事力における優位性に暗雲が生じたことにあるとされる処です。この1月起きた中国の通信機器メーカ、華為技術(フア-ウエイ)事件も、「米国の経済や安全保障に二重の脅威となっている」(FBI レイ長官、1月28日)とするものですが、まさに同じ文脈にある処です。

米国のこうした対中姿勢、つまりトランプ流‘封じ込め’戦略は、今後、政権が変わろうともしばらくは継続されるものと見られる処ですが、さて、米国と同盟関係にある日本は今、日中関係の合理的な発展を目指すとしており、こうしたトランプ政権との間合いが極めて重要となる処です。尤も実の処、対米摩擦にある中国としては日本の協力を得たい、つまり対日ニーズは中国の方が高いのではと思料するのです。

序でながら、米ハーバード大教授のJoseph S. Nye 氏は4月4日付、Project Syndicate 宛て論考「Does China have feet of clay?」(注)で中国が抱える今日的問題点を5つに絞って指摘しています。興味深く、そこでその概要を以下に紹介しておきましょう。

    (注)feet of clay:Bible (Daniel 2) の中で出てくる表現。つまりBabylonの王が見た像の姿が
頭は黄金で出来ていたが脚は粘土でできていたという事から、failing or weakness in person’s
characterとして使われる表現。

・[習近平中国の弱点 - Does China Have Feet of Clay by Prof. Joseph Nye]
中国経済は過去40年、順調な成果を上げてきた。その結果今では、今後10年間で米経済を凌駕すると一般的な通念としては見られており、確かにそうかもしれないが、習近平氏には5つのfeet of clayがあると指摘するのです。

その一つは、人口動態問題。中国の労働人口は2015年にピークに達し、しかもその人口の高齢化が進み、健康維持のコストが将来的に国家の大きな負担となるが、その備えがない。
二つ目は、中国の経済モデルの限界。1978年、Deng Xiaoping主導で中国経済を輸出主導に転換させ成功してきたが、今ではその行動様式は行き過ぎ、対外的な摩擦を生む処。米中摩擦然り、国営企業への政府支援、知的財産権問題、等、要は法律に即した対応の欠如。
三つ目は、共産党と国家の関係。司法と国民の移動問題でDeng Xiaopingの政治改革、党と国家の分離の政治改革が進められてきたが、その流れは今、逆流していること。
四つ目は、共産党強化への偏り。中国はこれまでの経済発展のおかげで、中間層市民が大勢をなす処、依然、共産党が中国を助ける存在として、共産党の強化に向かっていること。
五つ目は、中国のソフトパワーの欠落。つまり中国は多大の外国投資をしながら、人権問題等、いろいろな問題を引きずってきている点で、世界の評価は低い、と指摘するのです。

元より中国は偉大な力を秘める国だが、同時に上記のように大きな弱点を露わとしている。そこで、重要なことは米中関係をcooperative rivalry、つまり協調しうる競争相手となるように努力すべしと。そして、この先十年間というもの、中国を含め世界の如何なる国もあらゆる面で米国を凌駕することはないであろうし、米国もまた中国を含め、世界の国々といかに協力していくかを学ぶべきだが、国内の諸制度を含め、その点では依然、アメリカは比較優位にあるというのです。まさに彼の「ソフトパワー論」全開という処です。

第2章 2020年を目指すトランピリズム

(1)「ロシア疑惑」から解放(?)されたトランプ氏

さて、米中協議の行方については前述の通りで、4月中内の習近平氏との首脳会談を開き、
米中貿易問題については最終決着を図るとされていたシナリオは厳しい状況にある処、ここにきてトランプ氏が再びAmerica firstの行動に向かう状況が生まれてきています。
再びとは、先の中間選挙以降、上院と下院のねじれ現象の中、トランプ流政治がままならなくなり、まさにフラスト状況にあったトランプ氏ですが、ここに至って大きなわだかまりの一つとなっていた「ロシア疑惑」をめぐる捜査が一応の決着を見たことで、これが彼を勇気づける処となったというものです。

つまり2016年の大統領選を巡るトランプ氏とロシアの支援介入問題、つまり「ロシア疑惑」を捜査してきたモラー特別検察官は、ロシアの選挙介入を確認はしたものの、トランプ陣営との共謀は認定できる証拠は得られずとして、いうなればトランプ氏を不問に付すかたちで2年の捜査を終え、3月24日には、その結果がバー司法長官から議会に報告されていますが、これで「大統領の犯罪」と言う霧が晴れたという事で(決してトランプ氏は‘白’ということではない)、新たにトランプ氏に不利な事実が出てくればともかく、現状からは同氏の再選の見込みが高まってきたというものです。尤も民主・共和両党とも、モラー氏の捜査報告書は次期大統領選の結果を左右する最大の要素と見做す処です。

・トランプ氏を利する環境
早速に3月28日、トランプ氏は再選のカギを握るとされているミシガン州で演説し、ロシア疑惑の払拭や製造業の復活をアピールしています。早々にラストベルトを訪問したのは、前回の中間選挙で東部から中西部に広がる「ラストベルト」で軒並み支持率が下がり、危機感を募らせていたことの裏返しとされる処ですが、いま彼をめぐる環境は有利に動き出してきたと言えそうです。

つまり、前述、昨年末以来までの株安など市場の混乱も、FRBの利上げ路線の全面的な転換で落ち着きを戻してきた中、ロシア疑惑の「立証なし」が加わったこと、そして堅調な米経済と大量な情報発信で、米国民の間にトランプ氏の過激さへの「慣れ」が更に浸透してきた点も挙げられる処、まさにトランプ氏を利する環境が醸成される処です。America firstは世界の悩みと映る処ですが、米国民にとっては、おいしい話?なのでしょうか。経済や安保で追い上げる中国への厳しい姿勢にも特段の抵抗感もなく、勿論、積極的に支持はしないものの、他に選択肢がないといった状況と映る処です。

序でながら、WTOの紛争処理小委員会(パネル)は4月5日、輸出品の通過ルートを制限するのは不当としてウクライナがロシアを提訴していた問題で、ウクライナの主張を退けたのです。つまり安全保障上、正当な措置としてロシアの訴えを認めた格好で、WTOが安保を理由にした紛争案件で判断を下したのは今回が初めてのケースですが、これがトランプ政権にとって追い風となる可能性があるというものです。周知のとおり、トランプ政権は安保を理由に輸入制限を認める米通商拡大法232条を発動させ、鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課していますが、提訴国からの訴えを受け、18年にはパネルが設置され、目下審議中ですが、安保理由の通商制限の容認の可能性が出てきたという事ですが、これがトランプ政権に追い風となるものかと、聊か危惧される処です。

一方、昨年の中間選挙で下院の過半数を制した民主党の存在感が何としても陰りが見えるというものです。大統領選には民主から15名が名乗りを上げていますが、(日経 3月22日)
どの候補もso far決め手に欠き、この内にはバニー・サンダース氏やエリザベス・ウオーレン氏ら、急進的政策論者も含まれていますが、トランプ氏は彼らを「社会主義の党」というレッテルを貼って民主内の分断を図る状況です。尤も、民主が党としての候補を絞り込む予備選挙が始まるのが20年2月からで、正式に指名を受けるのが同年7月ですから、選挙戦は長丁場です。

(2)トランピリズムと地政学リスク

こうした環境を文脈として、まさにトランプ流ポピュリズムの再演が進むことでしょうから、多くの国が歓迎しない展開が想定される処ですが、それこそは新たな地政学リスクとなって迫ることが想定される処です。従ってトランプ氏再選の事態を見据え、それに備えておくべきは言うまでもない処です。具体的には、確実に起こりうるのは米欧関係の決定的冷却であり、多国間の連携や国際機関の弱体化と思料するのです。安全保障でもトランプ氏は米軍の日本や韓国への駐留の見直しなどにも動くかもしれません。

・米欧貿易摩擦
トランプ政権は、昨年、過去最大となった米国の対EU貿易赤字に不満を強め、これまで様々な手段で圧力をかけてきており、昨年7月の米EU首脳会談では自動車を除く工業品の関税撤廃交渉に入ることとしていますが、農産品を協議対象に含めたい米国と、工業品に限定したいEUとの間で意見が食い違ったまま、交渉入りが遅れているというものです。

かかる状況下、トランプ氏は4月9日、EUが欧州の航空機大手エアバスに不当な補助金を与えているとして110億ドル相当のEU製品に課税すると表明したのです。これに対して、EUは米政府の米ボーイングへの補助金が公正な競争の妨げになっていると反論し、米側が実際に関税をかければ、米工業製品や農産物など、およそ200億ドル相当に関税を課すとする対抗策を17日発表しています。要は米政権の強硬姿勢に動じない姿勢を見せる狙いだとも指摘される処、まさに米欧貿易摩擦の再燃とされる処です。

というのも、米欧貿易交渉最大の争点は農産品の扱いですが、これはEU内では一義的には農業大国フランスの問題であり、一方トランプ氏が脅しをかける欧州車への追加関税は具体的にはドイツの問題ということで、EU内の産業政策との絡みで、どのような帰結となるのか懸念されるというものです。 米中の貿易戦争が軟着陸に向かう様相にある中、今次のエアバス問題で米国の矛先がEUに向かうとなると世界的な関税合戦の鎮火は遠のくことになるのではと、懸念されるというものです。尚、通商問題だけでなく、イラン核合意問題(米政権は4月22日イラン重・原油の全面禁輸を発表)や華為技術(フアーウエイ)など中国製品の排除を巡っても米欧には溝があり、一段の対立は避けられなとみる処です。

・進むトランプ流人事
処でトランプ氏は4日、FRB理事に大統領選で経済顧問を務めた保守系、ヘリテージ財団のステイーブ・ムーア氏を指名したのに続き、ピザ・チェーン経営者、ハーマン・ケイン氏をもFRB理事に指名したのです。これが独立性も顧みず周辺を「トランプ色」の人事で染めようとする動きに他ありません。トランプ氏は2020年を前に、景気の減速を回避すべく0.5%の利下げを要求しているのですが、これに応えうる二人を指名したというものです。こうした政治の介入による人事で中央銀行の独立性への信頼を揺らがす処、金融市場にゆがみが広がるリスクが指摘される処です。4月7日には米国土安全保障のニールセン長官が移民対策不十分と解任されましたが、これでトランプ大統領の「負の遺産」がまた増えたと、米コロンビア大教授のJ.ステイグリッツ氏は憤る処です。尚、5日、世銀は新総裁にデービット・マルパス米財務次官の就任を発表。同氏も先の大統領選では経済顧問を務めた仁です。 


            [ 第2部 Standstill のBREXIT ]

第1章 BREXIT問題の真相

(1)アイルランド共和国と北アイルランド

― 先に英国のEUからの離脱問題とは、アイルランドとの国境線を巡る問題、つまりはアイルランド問題としましたが、ただ、アイルランド問題と云っても専門家はともかく、一般の日本人にとってはなかなか馴染みの薄いテーマです。そこでまず、「英国領の北アイルランド」と「アイルランド共和国」との関係について簡単に触れておきたいと思います。

12世紀、グレートブリテン(イングランド)はアイルランドを征服します。そして16世紀から本格的植民を始め、19世紀初頭に併合し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国を成立させています。その後、アイルランドは独立闘争を経て1914年にアイルランド自治領を実現させ、第一次世界大戦を経て、1937年、ようやく自由国となった経緯にありますが、その際、英国帰属を決定したのが北アイルランド6州でした。

現在アイルランド島は、南部のアイルランド共和国とイギリスの一部でもある北部の北アイルランドに分割されていていますが、英領北アイルランドとアイルランド共和国との間には約500キロに及ぶ陸続きの国境が存在しています。勿論、英国もアイルランドもEU加盟国ということで国境の往来は自由となっていますが、アイルランドと北アイルランド間では、30年に及んだ北アイルランド紛争の終結にあたって合意された和平合意「ベルファスト合意」(注)を以って両国間ボーダーの往来の自由が担保されているのです、

    (注)北アイルランド紛争とベルフアスト合意:
・北アイルランド紛争(1968~98):英国植民地にあったアイルランドは1937年に独立。一方、
英国に残った北アイルランドでは、英国からの分離とアイルランドへの併合を求める少数派の
カトリック系住民と、英国の統治を望む多数派のプロテスタント系住民が対立。60年代後半
に始まったテロなどで3000人以上の犠牲者を出す処、1998年にようやく包括和平合意(ベル
フアスト合意)が成立し、現在に至っている。
    ・ベルファスト合意(1998/4//10):「英国(北アイルランド)とアイルランド共和国の両者が共
     にEUのメンバーであり、両者の間にborderは存在せず、ヒト、モノ、カネの移動が自由」を
大前提に和平が成立。この結果、アイルランド共和国は国民投票で、同国憲法で宣言されてい
た北アイルランドの領有権を放棄する一方、北アイルランドではカトリック・プロテスタント
のpower sharingの形で自治政府が形成され、さらに北アイルランドの最終的帰属は将来実施
される住民投票で決ることが合意されている。

(2)立ち往生する BREXIT の実情
  
昨年11月、メイ首相とEUとの間で、離脱にあたっての条件を協定案として取りまとめられていますが、BREXITを巡って英国内で起きている ‘こじれ’とは、この協定案を巡ってのメイ政権と完全離脱派との対立です。勿論、前述、英属領を主張する北アイルランドの民主統一党の閣外協力を得て成立している政権事情も加わる処です。

・離脱協定案(バックストップ)と「ベルファスト合意」
さて、当該協定案では、経済活動への影響を考慮し、離脱後も20年末までは従来通り貿易や人の移動ができる移行期間を設けることとし、この期間で国境管理の方法を検討することとなっていました。尚、20年までの移行期間中に、北アイルランド問題が解決しない場合、英国は「北アイルランドを含む英国全土をEU関税同盟に残すバックストップ(Backstop:安全策)」をとるか、「移行期間を延長する」かの選択ができるとし、その際は英・EUの共同委員会で判断するとされるものでした。

しかし、英国議会ではこの ‘英国全土をEUの関税同盟に残す’ という案が示されたのですが、それでは離脱とはならないと、協定案を賛成202対432票で否決(1月15日)。そこで次善の策としてメイ首相は、‘北アイルランドだけをEU関税域内に一定期間残す’ とする「バックストップ」(安全策)を提示したのですが、これも完全離脱派の強烈な反発を受け、賛成242対391で否決(3月12日)。更に3月29日、再度EUの合意を得たという修正案も(採決の対象は離脱協定案), 賛成266対344で否決されたのです。
係る事情からメイ首相はEUに離脱日の延期を要請、その要請を受けたEUは、3月29日の離脱日を10月31日まで延期することを認め、ただし中間の6月に作業の進捗につき報告することを条件付けしています。これは「移行期間を延長する」選択肢の実行ということでしょうが、「合意なき離脱」の回避を最優先したEUが譲歩した結果と思料される処です。ただ英議会が離脱案でまとまる兆しはなく、まさに成算なき仕切り直しの状況です。

そもそも2016年の国民投票の結果、2017年3月、英国はEUに離脱を通告しています。そして、難航が予想されるEUとの離脱交渉には強力な指導力が必要と判断したメイ氏は、6月に総選挙に、打って出たのですが、結果は過半数割れ。上記の通り少数政党の閣外協力で政権は維持されていますが、メイ氏の求心力低下は言うまでもない処です。

元々、離脱強硬派の多くが求めるのは、EUという関税同盟に入ることで、失われた英国の関税自主権の回復を図る、とするものです。しかし、英国がEUから離脱するとなると、EU加盟国アイルランドと北アイルランドの間に厳格な国境管理(ハード・ボーダー)の復活が不可避となるのですが、そうなると北アイルランド紛争の和平合意(ベルファスト合意)(上記注)との整合性が問題となる処です。つまり「ベルフアスト合意」の大前提が失われることになり、ベルファスト協定そのものが形骸化し、多数の犠牲者を出したカトリックとプロテスタントの抗争再発が懸念されるというものです。
要は、EU離脱に係る問題とは、実践的には、一つには「合意なき離脱」の回避のためと英・EUと合意した離脱「協定案」を巡る英議会での対立、もう一つは強硬離脱派が主張する完全離脱と、それに伴う国境管理復活の問題、そしてこれと「ベルフアスト合意」内容との整合問題と、まさに3元連立方程式の解を求めるというもので、極めて面倒な作業ではあるのですが、では一体メイ政権はこの2年余、何をやってきたのかと批判の集まる処です。

因みに、英国政治の機能不全をさらすこのメイ政権の現実に批判は募るばかりで、The Economist、Mar.30 は巻頭言で今の英国をThe Silly Isles (愚かな島)と評し、正体不明の路上芸術家、バイクシーが写真投稿サイトに投稿した「退化した議会」と題する絵画は、日本のTVでも紹介されましたが、それは議会と思われる場所で、無数のチンパンジーが議論する様子を描く、まさにメイ政権を痛烈に風刺するものでした。

・‘こじれ‘ 打開の見通しは・・・
ただ、北アイルランドの帰属問題は、和平合意後の経済成長によって表面化してはいませんが、親アイルランド派のカトリック系住民と親英派のプロテスタント系住民との間のわだかまりは依然残る処です。また現時点では離脱強硬派から、厳格な国境管理を避ける政府方針に大きな異論は出ていないようですが、何らかの管理をしなければ強硬派が求める形での離脱は事実上不可能と思料されるのです。
環境は2年前と異なり、一般市民も事の重要性への理解も深まってきていると、国民投票再実施を云々する声も伝わる処、その為には有権者に示す選択肢が用意できるかですが、今の政府にはもはや期待できず、まして現時点では議会で十分な支持を得られてはいません。もはや機能喪失のメイ政権下でありうるとすれば、消耗戦の果てにEUが受け入れる与野党合意がとにかくできる、そういった状況を待つほかないのではと、愚考するばかりです。

第2章 離脱にゆれる英国の今後、そしてEUは

(1) メイ首相後の後継事情

今次BREXITを巡る混乱の責任をとって、メイ首相の早晩退任が見通される処ですが、では次の首相はWho? です。巷間、話題に上るのが次期保守党党首の本命とされるボリス・ジョンソン氏と労働党率いるジェレミー・コービン党首の名ですが、彼らが政権を取った場合、英国を劇的に異なる方向へ導く可能性が高いと噂さされています。と云うのも、メイ氏は気候変動やイラン、イスラエル、貿易などを巡る問題ではEUと歩調を合わせ米国と対峙してきていますが、彼らには、トランプ米政権と相当緊密に連携していく、危うさが云々される処、因みにFinancial Times紙コメンテータのGideon Rachman氏は、同紙4月9日付で、‘Unpredictable Britain ? ‘ と題し、この二人の政治姿勢について以下語る処です。

まずジョンソン氏が政権を取った場合: 間違いなく米国側につくだろうと。と云うのもトランプ氏率いる米現政権は、EUに対して史上初めて敵対的な姿勢を取った政権であり、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の書いた文章を読めば同氏がEUに対して、いかに敵意と侮蔑の念を抱いているか容易に理解できるとし、ボルトン氏をはじめとするトランプ政権幹部がno-deal Brexit(合意なき離脱)を後押ししているのもこの為だと。
次に、コービン氏の場合:、英国はワシントンよりもむしろモスクワに目を向けるかもしれないと。つまり彼は、そのキャリアーを通して、ロシアやキューバ、ベネズエラといったロシアの同盟国に共感を抱いてきていること、そして長年NATOを批判してきた仁だけにコービン流外交政策のもとでは、西側の安全保障体制から英国が撤退するほか、制裁を解除してロシアとの関係正常化に動く可能性をも指摘するのです。

ただし、これらシナリオは極めて暗い。それだけに、EUとリベラル派の英国人に、離脱期限の長期延長を求めるよう促すはずだ(既に10月末まで延期が決定)とし、これが英国とEU 諸国との緊密な関係を維持する可能性が最も高い戦略だとも指摘するのでした。

もとより、今後の行方は分かりません。が、今日に至る英国発展の生業に照らすとき、「BREXITで世界に開かれた英国になる」という離脱派の弁は、とても理解し難く、仮に離脱ともなるとEU残留を目指すスコットランドが独立するなど、連合王国の一体性が揺らぎ、イングランドとウエールズだけになれば国際社会での存在感や重要性が各段に落ちること避け難く、結果、英国という国の衰退さえ覚えるほどに忌まわしさを禁じ得ないのです。

尚、EUにとって英国が抜けても経済面で言えばEU内には競争力のある産業が残るため、米中など巨大市場を持つ国との交渉力は落ちることはないでしょう。ただ安全保障の面では、英国とEUの分離は、地域の弱体化につながりかねず、経済関係の如何はともかく、軍事や秘密情報の分野では最重要国の一つである英国とは不可分にある処です。その点ではEUは安全保障面では英国との緊密な関係の維持が課題ではと思料する処です。

(2)EUの今後 -The era of a `Europe that protects’

処で、これまでBREXITということで英国ばかりに注目の集まる処ですが、この際,見逃せないのが、英国のEU離脱問題をきっかけとして、EUの存続を脅かす思想を市民に持たせまいとの認識が広まってきたと伝えられています。つまり「主権を脅かすリスクから欧州とその市民を守る」という方向に政策を転じつつあると云う事です。本論考でも、マクロン仏大統領が先に提案した‘新ヨーロパの創造’を機に、これまでも同様論じてきていますが、4月13日付The Economistはコラム「The era of a `Europe that protects’ is dawning 」でEUとして市民を守るという新しい方向感覚が生まれてきていると指摘する処です。

この発想の中心にあるのは「守りの欧州」という考え方ですが、実際それが具体的に何を意味するのか、果たしてEUにそれが実践できるのか、そもそもそれは望ましいことなのか、議論は必要ですが、EUはその歴史上はじめて、共通の目的や意識を持って結集し始めたと評価するのです。もとより、これが過度な保護主義に偏りすぎると市場開放という繁栄の基盤が失われることになるだけに、この5月予定の欧州議会選挙も含め、今後の動きを注意深く見届けていくことが必須と思料する次第です。


おわりに 「Beautiful Harmony」

4月12日、東京大学の入学式で上野千鶴子名誉教授が行った祝辞が今、話題となっています。最難関とされる東大入試に合格した能力の高さ、その努力を評価したうえで、新入生に向かって次のように語ったのです。「皆さんの努力をサポートしてくれた環境に感謝すること。同時に、その頑張り、恵まれた環境、そして能力を、自分が勝ち抜くためだけに使わないでほしい。恵まれない人たちを貶めるためにではなく、そういった人々を助けるために使ってほしい。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きていってほしい」と。要は「利己の目的ばかりを追うのでなく、ほかのだれかの幸せを考え支えあっていくべきだ」という、人間としてまっとうなメセージですが、今、改めて共感を呼ぶ処です。日本はこの5月から新元号「令和」を戴く新たな時代に向け歩み出します。外務省によると「令和」の公式英訳は「Beautiful Harmony =美しい調和」だそうです。上野氏のメッセージは、まさにこの美しい調和への一つの方向を具体的に示したものと思いを深くする処です。

処で、今回、英国のEU離脱問題をレビューする過程で痛く自覚させられたことは、国民国家は中心から発展し、その周辺地域を支配していく。そしてその境界線が国境となるが、国家の周縁では常に中心とは異なる文化が発展し、それが時間を超えて政治的摩擦となる、ということでした。こうした構図は、スペイン・カタルーニヤ独立など、多くの国でみられる処ですが、さて沖縄の基地問題を見るとき、日本にとっても中心と周縁の関係は他人ごとではないということです。
現在の英国の混迷が示しているのは、周縁の問題を解決できない中央政治は必ず歴史から逆襲されるという方程式だ(北大教授吉田徹氏)と指摘される処ですが、基地反対が多数となった沖縄の住民投票の結果を、中央はどの様に受け止めているのか、4月21日の沖縄3区補欠選挙でも、名護市辺野古移転反対のジャーナリスト、屋良朝博氏が、自公推薦の元沖縄担当相、島尻安伊子氏を破っての当選でした。さて、離脱にゆれる英国から学べることは少なくないはずではと思うばかりです。(2019/4/26 記)
posted by 林川眞善 at 12:26| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年03月27日

2019年4月号  混迷深める英国メイ政治とBREXIT、そして統合欧州再生を叫ぶ仏マクロン大統領 - 林川眞善

目  次

はじめに  ホンダの「脱英国」宣言と、BREXITの行方                                      

(1)ホンダの「脱英国」宣言
  ・サッチャー・レガシー
(2)BREXIT問題、迷走するメイ政権
  ・決められないメイ政治が映すこと
  ・本稿のシナリオ

第1章  なぜ英国は「EU離脱」に向かったか
 
1. 英国が「脱EU」に動いた背景

(1)2016年の英国民投票
  ・国民投票向けのキャンペーンと投票結果
(2)欧州統合プロジェクトと英国の方向

2. サッチャーリズムの光と陰
― The road from Thatcherism  

(1)サッチャーのネオリベラリズム政治
  ・サッチャー政権(在任:1979~1990)
  ・サッチャーの政策アドバイザー
  ・TINA:サッチャーの行動様式
  ・サッチャー金融規制緩和の帰結
(2)Thatcherism Global Legacy
・サッチャーリズムの光と陰
  ・Neo-democracy 革命の対抗

第2章 統合ヨーロッパ再生

1.独仏新友好条約―アーヘン条約

2.マクロン仏大統領の「統合欧州再生論」
  -Renewing Europe
・マクロン宣言vs The Economist,Mar.9th

おわりに 景気の転換点で考える  
              
 ・今、経済指標が語ること
 ・実感伴わぬ景気拡大
 ・生産函数で考える


          ------------------------------------------------------------
 





はじめに  ホンダの「脱英国」宣言と、BREXITの行方

(1)ホンダの「脱英国」宣言

2月19日、ホンダは2021年中に欧州唯一の四輪車の生産拠点である英スウインドン工場(1985年設立)での生産を終了すると発表しました。ホンダの2018年の欧州販売台数は約14万台。米国や中国の1割程度、全体で3%にとどまる状況で、欧州域内のシェアーは1%未満、収益も低迷にあり、生産体制の見直しが不可避とされていました。

周知の通りデイーゼル車が中心だった欧州の業界では、電動化や自動運転などの対応が急務で、研究開発も含む環境にある処、中堅規模のホンダにとっては、まだコストの高い電動車を現地生産するには非効率という事もこれありで、そこで次世代の競争軸、電動化時代を見据え、世界規模で生産再編を図り、生き残ろうというものと思料するのです。

都内本社でホンダの英国生産からの撤退決定を公表したその日、記者会見で八郷隆弘社長は今次の決定はBREXIT問題とは関係なく、ホンダ固有の事情によるものと、「配慮」を示していましたが、そうは額面通りには受け止め難いもののある処でした。

つまり、英政府とEUとの間に合意がないままに、離脱するとなると、英国製のホンダ製品が欧州に輸出されるとなると関税が課せられ、その分競争力を失う事になるのですが、2月1日からスタートした日本EU経済連携協定(EPA)に従えばそのリスクは消えるため、ホンダのreshoringとして極めて合理的意思決定ということと云える処です。つまりBREXITに備えた戦略に他ならないと云うものでしょう。

今次のホンダの決定で、直接的には同工場に働く従業員3,500人は失職することになるのでしょうが加えて、部品を治めるサプライヤーも英国内の生産拠点の閉鎖や他の販路開拓が迫られえる状況がと、その連鎖が報じられる処です。
そもそも、英国のEU離脱を主張していたのは地方の有権者だったわけで、地方で工場の閉鎖などが相次ぎ雇用が失われる皮肉な結果を生む処とですが、彼らには、そこまで思いは及ばなかったという事なのでしょう。既に、EU離脱を前にして日産が英工場で予定していた主力車の生産計画を撤回したほか、外国企業の間では拠点を英国から欧州大陸に移す動きが相次いで起こってきていること周知の処です。果たせるかなトヨタも3月6日、英国の欧州離脱が「合意なき離脱」の場合、2023年以降に英国の生産から撤退する可能性を明らかとしたのです。

メイ英首相は、ホンダに対して失望の念を表明したという事の由ですが、失望するのはむしろメイ政権の迷走です。2月20日付、Financial Times社説で、`Honda sounds a further Brexit warning to Britain ‘として、ホンダの決定は英国にとって、BREXITへの更なる警鐘をならすもので、英国のEU離脱は無責任な行為と激しく批判を向けていたのです。そして、翌2月21日付けFinancial Timesでは同紙コメンテーターのJohn Gapper氏は ‘ Brexit betrays Thatcher’s car industry legacy ’と題して、BREXITはサッチャー元首相が残した英国自動車産業の再興という功績に背を向けるもので、ホンダの決定こそは日本の自動車会社の存在感の大きさに気が付かせたようだが、それはもう手遅れとなったと語る処です。そこで序でながら、同氏のコメント(概要)を紹介しておきたいと思います。

― 「1980年代、EU単一市場へのアクセスのしやすさを掲げ日本企業を誘致した故サッチャー元首相なら、どう思っただろうかと、言葉はややさみしく響く処です。そして前述、ほんだの八郷社長が記者会見で、この決定は英国のEU離脱とは関係ないと「配慮」を見せたがスウインドン工場は1993年の単一市場発足の直前に操業を始めたが、「離脱」まで6週間を切る中での発表が何を物語るかは明らかだ、というのです。そして、外国企業の力で自国自動車産業を復活したのに、それが無に帰すのは悲劇をスローモーションで見る様だ」と.。そして、
―「日本の自動車各社は英国が欧州事業の安定拠点になると信じてサッチャー元首相の政策を強力に後押しし、英自動車産業を生き返らせた。その結果、業界全体で17年には生産台数が170万台、エンジンは270万基に達し、直接・間接の雇用者は85万人となったと、云うのです。そして、この恩恵を受けたのがスウインドンだったが、国民投票では離脱支持が54.7%と過半数を占めていたが、住民は経済の構造転換に成功したこの地をホンダが離れるなど夢にも思わなかったのだろうと彼らの行動にがっかりするのでした。そしてスウイドンだけでなく自動車産業で働く多くの英国人が離脱派に丸め込まれて投票し、自らの首を絞める結果になったのはなんと残酷な話ではと、まさに cruelest aspect だ」と締めるのでしたが、国民投票という民主主義の現実を改めて感じさせられる処です。

(2)BREXIT問題、迷走するメイ政権

では、数日と迫ったBrexitの行方は? 英国のEU離脱案に対する英議会下院での審議状況は以下(注)の次第で、とにかく「合意なき離脱」は回避する事が確認され、3月29日の離脱期限については、メイ首相はEU離脱に係るEU基本条約(リスボン条約)第50条に照らし、6月末までの延期は許されるとして、EU側に離脱期限を3月29日から6月末に延期するよう要請。20日、その旨を英議会下院の党首討論で、明らかにしたのです。尚、EUと先に合意した離脱案を前提に6月末までの短期延期を、この間に離脱案の批准に必要な関連法の整備を進めんとしていると伝えられていました。
 
(注)英議会下院での審議の推移
・3月12日、英議会下院は、メイ首相がその前夜、EUのユンケル委員長との間で纏め上げた離脱案
を反対多数で再び否決。1月に続く離脱案の否決で予定通り3月末の円滑離脱は極めて困難に。
・3月13日、英議会は「合意なき離脱」に反対する動議を賛成多数で可決。
・3月14日、議会は29日に迫ったEUからの離脱を延期する政府動議を可決
  ・3月20日、メイ首相はEUに、離脱延期を要請(英議会下院での党首討論席上、明言)

然し、21~22日に開かれたEU首脳会議(除く英国)では、英国の要請を却下。代えて離脱タイミングについて「英とEUが纏めた離脱合意案を英議会が(来週中にも)可決すれば、(5月23~26 日、欧州議会選の予定があり)5月22日まで延期して離脱を実行させる。可決できなければ(英国が欧州議会に参加するか決める要ありで、EUとしては)4月12日まで延期し、その後の方針を示すよう英国に求める」ものでした。 決められない政治を続ける英国に対し、方向性を明示するよう迫ったものと言えます。 つまり、離脱期限が迫っても国内の合意形成ができないままの英国に、EU首脳らは態度を硬化させているという処でしょうか。実は、首脳会議直前の19日には英国を除く27加盟国の外相らによる総務理事会を開き、英離脱への対応を協議しており、バルニエ首席交渉官は英国に、離脱時期の延期をもとめるならば、21日の首脳会議前に具体的な計画を示すよう要求したと、報じられていたのです。

メイ首相はEU首脳会議での決定に対して「EUと合意した離脱案を国民に届けることに全力を注入する」と語っていましたが、英議会で過去2回否決された離脱案が3月末までに可決される保証はなく、とりわけ離脱案では英領北アイルランドとEU側との国境管理の問題を詰め切れず、EU離脱後に決着をはかる先送りの内容にしたことなど、問題含みのままにあるのです。

・決められないメイ政治が映すこと
一つには、与野党両党首の変心が、そうした結果を生んでいるという事です。つまり、これまでメイ首相は、EUとの合意の有無にかかわらず、英国は3月29日に離脱を決行すると云ってきましたが、2月26日、同首相は議会に対して離脱期限の延長を要求することを認める旨を明言。一方、EU離脱の是非を問う国民投票の再実施を支持すべきとする党内の声をこれまで退けてきた労働党のジュレミー・コービン党首は方針を変え、労働党は国民投票を支持すると明言したのです。こうした離脱方針の180度転換が示唆することは、両党首の政党内での求心力の低下であり、その結果として英政治の求心力が低下してきたことが挙げられると云うものです。

もう一つは英国のこれまでの政治の生業がそうさせてきたと云うものでしょう。そもそも、英国では階級社会が底流にあり、労働党や野党の左派より保守系のメイ政権がましだと、する空気が強いと言われています。以って弱いメイ氏が政権を維持できるという事でしょうが、議会を纏める力に欠けるとされる処、EUと折衝を繰り返していけば何らかの譲歩が得られるとしていたのでしょうが、EUとの力関係はとっくに逆転しているのです。時代錯誤の発想に捉われ、時間を空費する、世界のグローバル化を牽引してきた英国が今や、日本企業からも目を覚ませと言われる始末。現実を無視したナショナリズムに浸り、何時までも決断を避けるなら英国の没落に拍車がかかる事になるのではと、危機感すら高まる処です。

さて4月12日までにどんな展開が予想されるものか。まさにWhatever next? (The Economist, Mar.16) と云う処です。

・本稿のシナリオ
BREXITの行方は従って、まだまだ何とも言えませんが、英国民はどうしてEU離脱をきめたのか、そしてどういった国のかたちを求めたのか、そもそも、そうした哲学を示す事のないままに、政治行動が進められてきたことが問題ではと思料するのです。BREXITの結論が出るまでには未だ時間がありましょう。そこで本稿では改めて、英国のEUからの離脱を決めた事情、その原点をレビューし、BREXITの行方を考えることとしたいと思います。 

尚、前述したようにBREXITはサッチャー元首相が英国に残した遺産を無にするものとの批判の噴出する処、今日の英国の生業は、とにかくサッチャーイズムの延長線上に置かれてきたと云うものです。偶々米論壇Project Syndicateに寄稿されたPola Subacchi氏, Senior fellow at Chatham House and Professor at Queen Mary University of Londonの2月15日付論考`The Road From Thatcherism’は、改めてサッチャーリズムの光と陰を語るものでした。そこでBREXITの結論が出る迄の時間、当該論考をベースに、サッチャーリズムを再レビューしておきたいと思います。

加えて同論壇には、3月4日付でEmmanuel Macron仏大統領による論考「Renewing Europe(欧州再興)」が寄せられています。それはGlobal powers がfair competitionの原則を愚弄する中、我々は黙ってはいられないと彼は、new revolutionary era of government interventionを宣言するのでしたが、それは今年1月、独仏両国が締結した独仏新条約、つまり「アーヘン条約」を文脈とする処と思料するのです。元よりマクロン氏が語る新改革については相応の論議を呼ぶ処です。そしてその姿こそは、混迷の欧州を映す処、この際はその概要を検証し、欧州の行方を考えてみたいと思います。



           第1章 なぜ英国は「EU離脱」に向かったか

1.英国が「脱EU」に動いた背景

(1)2016年の英国民投票

2016 年6月 23日、英国は国民投票を実施、その結果、EUからの離脱を決めました。投票結果は、離脱支持51.89%、残留支持48.11%と云う僅差でした。オバマ米大統領ら各国の指導者が残留を求め、IMFや世銀が離脱した場合の多大な経済的損失を警告する中での選択でした。当時、世界の目には、英国のEU離脱は政治的、経済的合理性を無視した「崖から飛び降りる行為」と映るものでした。

自らはEU支持者であったキャメロン英首相(当時)が国民投票を約束したのは2013年1月の事でした。当時、リーマンショックに連鎖して起きた欧州債務・ユーロ危機とEU域内からの移民急増のダブルパンチで、英国内の反大陸感情に火がついていた時でした。
議会では与党・保守党の欧州懐疑派がEU離脱を持ち出す一方、右翼政党「英国独立党(UKIP)が、やはりEU離脱と反移民を掲げ、統制を」拡大して保守党の支持基盤を侵食し始めていました。危機感を強めたキャメロン首相はそこでEU離脱の是非を問う国民投票を打ち出したのです。要は、欧州感情のガス抜きをはかり、保守党内の欧州懐疑論とポピュリズムの増殖の芽を摘む狙いがあったとされています。

キャメロン首相が国民投票を約した2013年以降、上述したように欧州は新たに二つの大きな危機に見舞われていました。2015年、シリアなどから100万人もの難民が欧州に押し寄せたみぞうの難民危機と、2015年11月のパリ同時多発テロなど、過激組織「イスラム国」の影響を受けたホームグローン・テロリストによる大規模テロの続発でした。一連の出来事は、EUが「開かれた国境」と云う理想を掲げながらも、統治能力、危機対処能力の欠如を白日の下に曝け出す処となったのです。事態は欧州各国で反EU・移民のポピュリスト政党の台頭に拍車をかけ、英国でもEU懐疑論を強めて行ったのです。

EU支持のキャメロン首相とて、EUの現状を肯定していた訳でなく、2016年には「EU改革」に向けた交渉を纏め、EUは規制緩和へ努力する等の譲歩案を引き出し、この譲歩案を御旗に党内結束を図り、国民の支持を売ることを習っていたのです。然し、譲歩案への評価は、実態何も変わらないなどと、芳しくなく、結果的に、保守党の下院議員330人の内ボリス・ジヨンソンロンドン市長(当時、下院議員を兼務)ら150人近くが離脱派に回り、その中には閣僚6人が含まれていたのです。離脱派の勢いはキャメロン氏の予想を超えるものとなっていたのです。

・国民投票向けキャンペーンと投票結果
キャメロン首相率いる残留派は主にEUの共通市場を失う事の「経済的損失」を訴える一方、ジョンソン市長、マイケル・ゴープ司法相(当時)らが率いる離脱派は「移民問題の悪影響」を強調、主権とEUへの拠出金(約85億ポンド)を取り戻すとアピールしたのです。
残留派支援のIMFやOECD等はマクロ経済的試算に基づく「巨大な損失」を公表したのです。OECDは「英国の2020年GDPは3.3%減少する」、IMFは「離脱の世界経済に与えるダメージ」を主張、等々でした。然しエスタブリッシュメント(支配層)側から出されるこうした警告は一部で「脅し戦略」と受け止められ、逆効果となったと云われています。

一方で、移民問題にフォーカスした離脱派のキャンペーンには、欧州難民危機やイスラム系移民の2、3世の若者によるパリやブルッセルでの大規模テロが追い風となっていったのです。 なお、国民の不安を煽る離脱派のキャンペーンに対して、キャメロン首相は、EU加盟を継続しながら移民問題にどう対処するのか具体的な対策を示すことが出来なかったことが、離脱派に塩を送る処となったというものです。

国民投票の結果は冒頭のように離脱派が僅少差で勝利したのですが、その内訳をみると、若年層は残留支持が、高齢者には離脱派が多かったこと、地域的にはイングランドで離脱支持が、スコットランドでは残留支持が多数を占め、イングランドでは首都ロンドンで残留支持が、北東部の工業地域など地方では離脱支持が優勢だったという事で、そこで国民投票は、地方的ナショナリズムと、都市的リベラリズムの対立と総括される処、いずれにせよ離脱の結果が出た最大の要因が、欧州移民急増に対する国民の不安にあったというものでしょう。が、ことの本質は、英国が門戸を開きながら移民を単なる労働力とみなし、決して歓迎することなく、一方で「国民の不満の声を放置してきたこと」こそが問題の本質ではと思料されるのです。この点は、目下安倍政権では外国労働者の移入をと旗を揚げていますが、英国のその姿は、対岸の火事ではありえない所です。

今次のBREXITを巡る英国民投票が発した警告の一つが、なんとしてもグローバル化が齎すさまざまな危機に対応するうえで、まず優先すべきはパーセプションギャップをしっかり把握する事の必要性ではと思料する処です。

(2)欧州統合プロジェクトと英国の方向性
統合プロジェクトは本来、二度と戦争を繰り返さないという不戦の理念から生まれた政治的所産です。その根幹にあるのは「主権国家は諸問題の解決に失敗した」という反省でした。ただ1973年にECに途中参加した英国にとって、統合は経済的なメリットを得るためのプロジェクトでしかなかったというものですし、従って英国は、欧州統合の二大偉業とされる単一通貨ユーロにも、国境審査を廃止するシェンゲン協定にも参加せず、特別な地位を享受してきたと言うものです。 

先のEU首脳会議では英国に対し、離脱合意を確実とするために、今後の「方向性」を明示するよう要請しています。その際は、上述国民投票の背景にある問題を踏んまえながら英国としてEUとの新たな関係をどう構築していくか、を示していく事となるのでしょうが、前述したように、旧来の思考様式にとらわれない、グローバル化する世界における国家主権、対外関係の在り方に、一つのモデルを示せるような方向を期待したいと思います。勿論、筆者の思いとしては、離脱への路線修正もためらうことなくと、付け加えたい処です。

2.サッチャーリズムの光と陰
―The road from Thatcherism

― 前述した通りロンドンChatham HouseフェローのPaola Subacchi 教授は今日の英国経済の生業
を規定してきたサッチャーリズムの足跡を追う事で、今後の経済のあり方、Post BREXITを考えていく上で有為な論考と思料するのです。そこで、多少長くなりますが、その内容(要約)を下記します。

(1) サッチャーのネオリベラリズム政治

・サッチャー政権(在任:1979~1990)
1979年5月、その4年前に保守党党首となったMargaret Thatcherは英国初の女性宰相に就いた。当初は男性議員からの嫌がらせを受けていたものの、サッチャー首相は史上最も影響力を持った、政治論争一杯のリーダーとされる政治家であり、その政策は、国家の果たす役割を抑え、市場の拡大強化を進め、つまりはレッセフェール、自由主義を大原則とするもので、まさに新時代の幕を切ったと指摘される処でした。
尚、米国では、短期間ながら、同じようなアプローチを以ってレーガン政権が登壇、サッチャーリズム同様、レーガニズムと称され、まさに市場原理主義を掲げるサッチャー、レーガン主義が深く根ざす形で、先進国、途上国に広く浸透していったのです。

サッチャーが首相に就任した当時、英国は国内的には分断された状況にあり、経済は停滞したまま、当時、英国はSick Man of Europe (欧州の病める人)と呼ばれる存在だったのです。
1970年代中盤、英国はEuropean Economic Community (EEC:欧州経済共同体、EUの前身)に加盟すべきか否かの論争が起こり1974年には、これが英国議会を揺さぶる処、労働党政権は窮地に追い詰められ、1976年には英ポンドは対ドルで25%も減価、政府はこの結果、IMFから23億ポンド(39億ドル)の借り入れを余儀なくされて行ったのです。

このエピソードは、英国経済の有能な管理人とされてきた労働党の信用をいたく傷つける処、その後の政権は2桁インフレの抑制とcap wage (賃上げ上限) 英労働組合との対立構図を敷く処となっていったのです。1978年、不満一杯で迎えた冬場には、公共セクターの労働争議が国家を追い詰めるほどに蔓延し、既に有権者は体制の変更を受容する用意ありで、サッチャーは簡にして要を得たLabor isn’t workingの言を以ってその機会を窺う処だったのです。

・サッチャーの政策アドバイザー
さて、サッチャーは政権入りするや新保守主義政策を目指し、英国のInstitute of Economic Affairs (IEA)や米国のヘリテージ・フアンデーションといったpro-market think tank(市場主義シンクタンク)の力を借りながら政策の構築を進めていった。そして、彼女は社会主義をliberty(自由主義)の脅威と考える保守主義エコノミストや政治哲学者から成るチームを編成する一方、彼女のアドバイザーには、労働組合のそれまでの特権構造の改革が必要と、その前線に立つ政策推進者やジャーナリストが配された。加えて重要なことは、彼女はハイエクやミルトン・フリードマンに強く影響を受けていたIEA Economistに大きく依存していた事だった。彼らを強く結びつけていたのが、政府による規制介入の排除や、cronyism(談合的仲間意識)、rent seeking (利益誘導型政策)の排除であり、それこそは国家のリスクと位置付けるものだったと、いうのです。

・TINA:サッチャーの行動様式
サッチャーは、変化の激しい環境と対峙するためにとnew -conservative agenda ―当時の英国の課題として、インフレの抑制、雇用の拡大、そして経済の再生、を発表します。1982年、米国のジャーナリスト、Charles Peters はそれを` A Neo-Liberal’s Manifesto’と評していますが、要は、英国の `indifference to performance’ 政策行動への無関心さが、産業も政府をも、蝕んでいったと指摘するのでしたが、そこでサッチャーは、あの有名な言葉TINA(There is no alternative:もうやるきゃない)を以って改革への行動に出たのです。

英経済再生へのソルーションは、社会福祉厚生費の削減、労働組合の力の削減、賃金の抑制、政府企業の民営化、そして減税の実施でした。まず1979年には、50社以上の公共企業を売却、それには当時、経営難にあったBritish AirwaysやBritish Petroleum ,British Gas, and British Telecommunication 等、英国にとっては象徴的企業が売りに出され、1989年までには、民営化が進められた結果240億ポンド(490億ドル)が政府に入った由でしたが、その資金は教育や国の建設プロジェクトに回すことなく、彼女は減税分に引き当てのです。高所得者は、当時、それまで税金は83%を余儀なくされていましたが、1980年代には税負担は40%までに引き下げられています

それ以降、効率的市場と云うパラダイムが西欧におけるあらゆる経済政策論議を支配する処となり、因みに英国ではマーケット主導な政策と財政の透明化が、言うなれば政治におけるde rigueur(経典)になっていったと言うのです。因みに英国では、労働党のトニー・ブレアー首相が金融規制緩和を進め、米国では民主党のビル・クリントン大統領がウオール街の規制緩和を進める一方、社会保障費の削減を進めていっています。

然し、neoliberal revolution、新自由主義革命は、何時しか英国経済に齎した強力な成長に影を落とす処、1980~1989年では、年率平均成長率は2.6%、ちょうど1970~1979年のそれと同じ様相となったのですが、この間の両者の違いは産業構造の変化でした。つまり1948年、英国のGDPの42%は製造部門に負うもので、15%がサービス部門でしたが、これが今ではGDPの79%がサービス部門、製造部門は15%に減少。そして1978年と2008年の比較では、製造部門で400万件のジョッブが消え、この非工業化ともいうべき変化は特に英国の北部で進んだが、それこそは産業革命発祥の地域だと言うのでした。

勿論、サービス部門では色々なジョッブが生まれ、ホテル、レストラン、情報技術、メデイア、金融そしてビジネスサービスもと、いう事ですが、実はそれらはロンドンとsoutheast に集中し、そこでは生産性の高さ、従って給料もいい、但し、高い技術水準が問われる処ですが、その他は、技術水準の問われない、従って低賃金に置かれ、賃金分配で云えば最低水準を託つ処となっていると指摘します。

技術的には、新自由主義は労働市場におけるderegulationやde-unionizationを通して完全雇用達成を目指す、これこそは戦後ケインズ政策が目指す処だったが、サッチャーやレーガンやその後継者は、それにはあまり注意を払う事はなかったと。つまり、ケインズ政策は広く繁栄をもたらしたわけでもなく又、公平な分配を齎すこともなく、実際、労働者は、低賃金、高生活コストに見舞われ、貧困を余儀なくする処となっているのです。因みに、ホームレスは2010年以来60%まで増加している由です。

・サッチャー金融規制緩和の帰結
前述、新自由主義のagendaは、自由貿易、国際的市場統合(まさにglobalization)に関わるものですが、その規範にあるのが常に金融規制緩和であって、サッチャー革命以来、金融技術の進化が、なによりも市場の失敗のソリューションだったというのです。爾来、世界はサッチャーリズムに符合する如くに金融規制緩和を進めてきたのですが、そのプロセスではリーマンショックを生み、今では世界経済は減速傾向を鮮明としてきています。そこで、日米欧で置かれた状況は異なるものの、金融政策の効果と副作用の両方にっ目配りしながら景気の過度の落ち込みを防ぐ難しい手綱さばきが求められる処となっている処です。

(2) Thatcherism’s Global Legacy

・サッチャーリズムの光と陰
サッチャーリズムの国際的実績の如何ですが、過去40年間における貿易の拡大こそは経済成長に、同時に世界のあらゆる開発に、大いに貢献した事は紛れもない事実です。そして、中銀の独立性、財政規律の堅持、そして健全なガバナンスを枠組みとするマクロ経済は多くの諸国で安定と成長を担保するものでした。 然し問題は、こうした政策枠組みはグローバル化の中で分配の改善に及ぶものではなかった事が挙げられると言うのです。所得移転や地域産業政策は伝統的な製造地域の空洞化を緩和するものではあったが、同時にそうした変化に取り残された地域が多くあった事で、サッチャー後は、公共財関連への投資、或いは所得再分配が貧困や不平等を是正するものと認識されるようになっていったと言うのです。

つまり、金融規制緩和と云うレガシーは、今や陰の遺産ともされ2008年の危機こそはそれを語る処とされています。市場は自律的には機能を果たし得ず、と云うのも、それは既得権益やモラルハザード、更にはグリデイーな行為がそうした事態を齎すようになってきた為と云うのです。巨額納税者は、厳格な財政規律の下で、民間金融機関からの特別な救済を受けるが、このことは経済運営を阻害し、低所得世帯を傷つけ、最後には国の政治システムの正統性すら蝕む処とも指摘する処です。

ただ、新自由主義の立場からは、欧州諸国の債務危機がある限りにおいて、財政起立を厳しく求める処、例えば、ドイツのメルケル首相は、ギリシャに対して財政規律を厳しく求めてきましたが、その結果は、ギリシャ経済に破綻を齎し、長期に亘りドイツに対する怨嗟を持ち続ける結果となっている処ではあるのです。

・New -democracy革命への対抗
1979年、サッチャーは自由な、自己実現できる社会を目指す、ビジョンを掲げ、かの有名な`society’、新しい社会の創造を目指した。そこには男女の区別なく、個人があり、家族があり、政府はお呼びでなく国民は自らをfirstとするというものでした。

1970年代の経済危機とは違って、2008年の危機は、政治経済のラデイカルな在り方を問い質すようなことはなかったが、2016年に起きた事件、つまり、英国でのBREXIT国民投票であり、米国でのトランプ大統領の誕生は、国内にある種の自己満足を齎したとも言われるが、懸念される事は、分断された社会、或は社会的に無視されてきた大衆が時限爆弾となって、公的機関の弱体化、更には政治システムを全体的に弱体化させてしまうという事だというのです。

さて、こうしたサッチャーリズムの経験を通して言える事は、open market economiesを維持する事と、political stability を確実にしていく事にはトレード・オフがあり、その点で、サッチャーリズムは通じなくなっていると言うのです。民主的市民がliberal valueにコミットし続けていく事を可能としていく為には、政治的、経済的変化に対峙していく為に、一定の国家や公的機関による調整機能が必要である事を指摘し、それが結局は新たな社会の生業となる、と主張するのですが、改めて考えさせられる処です。



           第 2章 統合ヨーロッパの再生

マクロン仏大統領は、BREXITこそは欧州の危機を象徴するもので、それは人々の現代世界に起こる大きなショックから身を守る、そのニーズに応えることに失敗してきた事を印すもので、この際はfreedom, protection, progressを基軸として、ヨーロッパ再生のための一体化を図ることが必要と訴える論考「Renewing Europe」を3月4日付で、Project Syndicateに投稿しています。その概要を以下に紹介したいと思いますが、元より、相応の議論を呼ぶ処です。

ただこの論考が出された文脈としてあるのが、1月22日、ドイツのアーヘンで調印された独仏新友好条約、アーヘン条約ではと思料する処です。日本ではあまり注目されてはいませんがの環境としてはBREXITやユーロ危機などから、欧州統合への動きは既に過去のものだと見る向きのある処、この「アーヘン条約」は統合への歩みを続ける両国の意志を示すものとされていたためでした。そこでまず、この「アーヘン条約」のキモを確認しておきたいと思います。

1.独仏新友好条約:アーヘン条約

今年1月22日、調印された独仏新友好条約は、独仏の戦後和解の礎になったエリゼ条約(注)を補完し、政治・経済だけでなく軍事分野などで両国の連携強化を目指すとするもので、米国の通商政策を巡る対立やBREXIT問題でEUの結束が試される中、独仏両国は平和維持基盤であるEUを擁護する姿勢を明確にしたもので、その署名式にはトウスクEU大統領、ユンケル欧州委員長も出席したと伝えられています。

   (注)「エリゼ条約」:1963年、仏ドゴール大統領と西独(当時)アデナウアー首相との間で署名された独仏協力条約。戦後の独仏和解を確認した外交文書で欧州統合を主導する両国の「特別な関係」の土台となっているもの。

1月29日付Financial Timesで、W.Munchau記者は、`The relentless push towards EU integration’においてアーヘン条約を巡る独・仏関係について以下コメントをするのです。

つまり、英国に根深くした信念、欧州統合の黄金時代は既に過去のものとする点に照らし、欧州統合を否認し続けることは、現実の状況に合致しないとしながら、EUに残された問題、通貨同盟の将来について何らかの根本的な選択を示していく事の必要性や、金融危機から10年、実体経済においても金融部門に於いても、多くの問題が取り組まれないままに放置されている点で、政治改革が必要だと指摘する一方、トランプ米大統領がNATOからの脱退を繰り返し発言している事情をも踏まえ、独仏両政府は欧州の防衛についても考えざるを得ない環境に追い込まれている点で、アーヘン条約は序文の中で、フランスとドイツは「両国関係を新たな水準に(Bilateral relation to a new level)」に引き上げると宣言しているが、これはいつの日か、人々が他の事に気を取られている間に実現している事だろうと、云うのでしたが意味深と云うものです。

2.マクロン仏大統領の「統合欧州再生論」- Renewing Europe

さて、3月4日付でProject Syndicateに寄稿したマクロン大統領の統合欧州の再興論はまさに上記アーヘン条約をン文脈とするものと言えるのです。

まず彼は第2次世界大戦以降、欧州がessential(世界に欠くことのできない)存在となった事はなかった、でも危険極まりない存在でもなかったと切り出して言うのです。BREXIT
はそうしたことのヨーロッパの危機を象徴するものだが、今日の世界で起こるいろいろの問題から身を守ってくれと云う人々の声に応えることがなかった事が、そうして危機状態をも足らひてきているとして、彼は今そうしたヨーロッパについて、I propose we build this renewal together around three ambition : freedom , protection and progress.と、自由、保護、そして前進、を柱とした欧州の復興をと、提言するのです。

彼は第2次世界大戦以降、欧州がessential(世界に欠くことのできない)存在となった事はなかったがでも、危険極まりない存在でもなかったと切り出して言う。BREXITはそうしたことのヨーロッパの危機を象徴するもので、一種教訓だが、今日の世界で起こるいろいろの問題から身を守ってくれと云う人々の声に応えることがなかった事が、そうして危機状態を齎しているとして、彼は、I propose we build this renewal together around three ambition : freedom , protection and progress.と、自由、保護、そして前進、を柱とした欧州の復興をと、提唱するのです。

-Defend our freedom :creating a European Agency for the Protection of Democracies
-Protect our Continent :obligation of responsibility (stringent border controls)and solidarity
-Recover the Spirit of Progress :the new European Innovation Council (new technology)

この3本の柱の実現のため、年内にEUメンバー国と共にConference for Europe を開催し、これには市民のパネル、そしてacademics, business and labor representatives, and religious and spiritual leaders を呼び込んでいくという。そして最後に,こう締めるのです。
― In this Europe, the peoples will really take back control of their future. In this Europ, the United Kingdom, I am sure, will find its true place.

・マクロン宣言vs The Economist, Mar. 9th 「 L’Europe, c’est moi 」
マクロン氏が示すソリューションは論理と行動に整合性を欠く。例えば、鉄道事業での独シ―メンスと仏アーストンとの合併の裁定。いずれにせよ、activist industrial policyを追求するより、欧州はまず、consumer’sフアーストで進むべきであり、そのためには競争政策の強化が求められると云うのです。そしてマクロン氏が指摘する貿易の実態、市場のあり姿は中国の行動によって、最近では米国もそうだが、全くゆがめられた状態にあるとは正しい認識であり、欧州はこうした過ちを決して犯すべきではないこと。そしてかつてのフランスの資質ともされていた統制経済政策、これは欧州に根付いているが、これを拒否すべきと指摘するのです。さて如何様にことは進む事になるものかです。



おわりに 景気の転換点で考える

・今、経済指標が語ること
3月20日、政府が公表した月例経済報告によると、景気の総括判断として「このところ輸出や生産の一部に弱さも見られるが、穏やかに回復している」としていますし、3月15日の日銀金融政策会合後の記者会見では黒田総裁も、「経済は穏やかに拡大している」との景気判断を崩してはいません。
然し、3月7日、内閣府が公表した景気動向指標では景気の下方への局面変化を示唆する処となっています。当該指標算出に使う9つの統計は4つが生産・出荷関連で、輸出減に伴う製造業の減速が反映しているとも説明されていますが、どうも安倍政権も日銀も景気の後退入りと云う判断にはかなり慎重です。仮に後退入りを認めると、何らかの景気対策を求められることになるからでしょう。加えて、1月まで拡大局面が続いたとなれば戦後最長という事で現政権のレジェンドとなる処、これも忖度?のなせる判断という処でしょうか。金融政策にしても今以上に打つ手なしの状況にある処、景気は明らかに転換点にあるのです。

・実感伴わぬ景気拡大
ただ、これまでの回復云々にしては、その実感が乏しい事は大方の一致する処です。
因みに筆者が主宰する社会人研究会では、塾生異口同音に企業は利益を上げているが給与はほとんど上がらず、つまりは景気回復の恩恵に我々は浴していないと批判するのです。

1997年、山一證券を倒産に追いやった金融危機以降、日本はデフレ環境に置かれ、物価や賃金は鈍化、爾来GDPは当時の534兆円の水準を超えることはなく、このデフレ克服のためには需要の拡大が必要という事とし、この点、2013年から本格稼働したアベノミクスは、需要を喚起する上で効果的だったと云え、爾来、GDPは500兆レベルに復帰、2015年12月には、第二次安倍政権発足と同時に2020年、600兆円達成を掲げ今日に至っています。然し、上述の通り、何としてもその実感が持てないままに推移してきているのです。

これまでマクロ経済としては財政による需要喚起策と異次元と云われた金融緩和で、乗り越え、そのおかげを以って企業収益や株価も好調に推移してきた事周知の処です。然しそれにも限界が出てきており、加えて不確実さを増す世界経済の環境をも踏まえるとき、企業経営者はまさにリスクマネジメントとして積極的な投資を控え、従来からのビジネス・ステークの確保に回ってきたとされる処です。そうした企業の行動様式が結果として元気になったと云う実感を伴わないという事の背景です。本来持続的な経済の拡大を期す上では需要サイドの力と供給サイドから見た成長力が伴って、初めて可能となるものです。という事は問題の根っこは供給サイドの不調にあるといういう事でしょう。その象徴が潜在成長率で、それが日本の場合、1%前後で低迷しているという事で、今、再び生産性向上が云々される処となっています。

・生産函数で考える
国内総生産、GDPの供給サイドとは資本(K)や労働(L)などの生産要素の投入によってどの程度の供給力(P)があるかを示すものですが、技術レベル(a)と併せ、それは生産函数、P=a ・f(K,L)として単純表記が可能です。この式から言える事は、労働力人口は今後ますます減少していく事が想定され、一方の資本は新規の事業に向かう投資活動が楽観できない状況に在っては、生産活動拡大への期待は極めて難しくなるという事でしょう。であれば上記式にあるa、つまり技術革新が戦略的に行われていく事が不可避と云うものです。これには規制緩和や成長戦略等、政府にも大いなる役割が期待される処ですが、何よりも企業自らが行動することが不可欠と云え、これなくして生産性や付加価値を本格的に上げることはできなと云うものです。それはまさにデジタル革命を我田に引き寄せる如きと思料するのです。(2019/3/26 記)
posted by 林川眞善 at 20:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年03月14日

2019年3月特別号  深まるデジタル革命、そしてクルマは社会のデバイスに - 林川眞善

― 目  次 -

はじめに 歴史の中に見る産業 ‘革命’のかたち

(1)‘革命’のかたち/ ・デジタル革命
(2)本稿テーマに至る思考回路


第1章 デジタル革命と産業の構造変化   
    - 自動車メーカの場合

1. デジタル革命 、そのトリガーの進化

(1)AI(人工知能)の進化 
・{AI}の開花 / ・AIとAI技
・「量子コンピューター」の登場
(2)「5G元年」を告げる米CES(家電・技術国際見本市)
・次世代スーパー・コンピュータ(ポスト京)

2.産業の現場に見るデジタル革命対応、自動車メーカーの場合
      -クルマは、社会のデバイスに

(1)`Tech tinkers under the hood ‘
         - Financial Times, Rana Foroohar氏
(2)日独 2大自動車メーカの取り組み
 ①「トヨタ」の場合
 ② ダイムラー、ツエッチェCEOの「CASE」戦略
(3)クルマは、社会のデバイス(情報機器)


第2章 デジタル革命が齎す課題  
            
1.AI技術はdual use ― 今、必要な‘安全保障’の再定義
・華為技術(フアーウエイ)と、5G時代の地政学リスク

2. New Monopolyの出現と、競争政策
・competition revolution
・独シーメンス、ジョー・ケーザーCEO


おわりに 平成という時代の終わりに
・マインドのリセット
・日本のカルチャー
(2019/3/10記)
     
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


はじめに 歴史の中に見る‘革命’のかたち

(1)‘革命’のかたち

これまでの歴史の中では、いろいろな‘革命’が云々されてきました。「宗教革命」があり、「市民革命」があり、その後に起きた「産業革命」があり、そして‘今’がその延長線上にあると云うものです。それぞれの革命には相応のトリガー(技術革新)があり、それが経済社会のシステムを大きく変化させていく、その生業こそが `革命‘とされる処です。

云うまでもなく、前者、宗教革命と市民革命のトリガーとなったと云われるのがグーテンベルグの活版印刷技術。以ってこれが仕掛ける変化であった事は周知の処です。聖書などの「思想」を紙に印刷し、広くバラマキ、その結果は当時の「神」を中心とした思想から、人間を中心とした思想へと、思想そのものが大きく変化する中、そこから生まれたのが「民主主義」でした。この民主主義の登場は、社会システムまでもが大きく変化して行ったと云うもので、フランス革命、然り、アメリカ合衆国の独立しかりとされる処です。

そして次に起きた「産業革命」は周知の通り、エンジンやモーターの発明がトリガーとなるもので、それによって「生産物流システム」が大きく塗り変えられていったと云うものです。
つまりエンジンやモーターの登場で、巨大工場が生まれ、それが鉄道や自動車によって世界中で繋がり、グローバルな生産物流システムへと発展して行ったものです。そしてそれを推進する力となったのが「資本主義」であり、そこから「大企業」が生まれ台頭していった姿をそこに見る処です。 つまり、産業革命とは「生産物流システム」をグローバルに変えた出来事だったと総括できる処です。

・デジタル革命
そして今、Digital transformation、Digital disruptionと言った言葉が連日飛び交う処ですが、これが情報通信技術、高度デジタル技術の急速な進化に誘導される産業構造の変化といえ、以ってデジタル革命と称される処、その革命を背にした新たな産業の革命始動を感じさせられると云うものです。因みに、本年、年頭のメデイアを飾った言葉は、デジタル革命の核心たる人工知能「AI」でした。そし 今年1月8、米ラスベガスで開かれた米CESで発表された高速通信規格「5G」の実用化は、更なるデジタル革命を促進させる要因となる処です。

その変化は、後述するように、システムとして、時間的制約、距離的制約を受けることなく、自由自在に情報交流が可能となるだけに、これまでの様な企業におけるタテの流れだけでなく、フラットな情報流の広がりが想定され、人口減少、労働力人口の減少への対抗ともなる事、云うまでもなく、社会と個人の結び付き方にも構造的変化を齎す処です。
勿論、これまでなれ親しんだ産業論や競争政策の在り方等、資本主義経済の論理基盤すら変更を促す処、更には安全保障の在り姿にも大きな変革が不可避となると云うものです。

そこで、デジタル革命は、今後何をどう変えていく事になるのか、その変化を促す核心たるAI事情をレビューしながら「デジタル革命」とはどういったことか、この際は、進化する高度情報化と産業革新に絞り、当該新環境の本質をただしながら、その実証として革新的変化を露わとする自動車メーカーに的を絞り、現状とその行方を追う事としたいと思います。

(2)本稿テーマに至る思考回路

尚、自動車産業にフォーカスするに至った経緯は、この1年、以下メデイアを通じて承知
する自動車産業の変化こそは、デジタル革命の実践者と認識したためで、それは同時に、筆者が抱いてきた予ての産業論の変革を促すプロセスともなるものでした。

まず一つは、2018年1月、 豊田トヨタ社長は米国で「トヨタは自動車メーカーからモビリテイ・カンパニーになる」と宣言し、同年5月のトヨタの決算発表時、「まさに‘未知の世界’での‘生死を掛けた闘い’が始まっている」ともコメントしていた事でした。過去最高の利益を更新する社長の言です。それは人工知能(AI)や、あらゆるモノがネットに繋がるIoT等、新しいテクノロジーの進化によりクルマの概念やクルマを取り巻く社会構造が大きく変わろうとしている事への挑戦を示唆する処と、感じ入った事でした。

序でながら、そもそも近代的な自動車産業の始まりをT型フォード(1908年)とすれば、この百年余、世界戦争の時間を外し、産業の生業は、大量生産、大量消費経済が進むなか、自動車メーカーを頂点とする産業構造が出来上がってきた事周知の処です。そして自動車産業を巡る環境変化への対応には、競争維持の視点からは大規模投資を不可避とし、しかもそれがclosedlyに進められてきたわけで、従ってこのクローズド・アーキテクチャーでは、規模が最大の競争力とされる処です。つまり規模に成長を循環させる仕組みがあり、それこそが自動車産業が装置産業と言われる所以です。処が、自動車産業はいま異業種から最も攻撃される産業となってきたと云うものです。

つまり自動車がデジタル化から取り残された巨大市場であるという事で、それが意味するのは、掘り起こせる大量のデーターと、生み出される価値が、最期に残された‘大油田’に見えるからで、米IT大手企業が当該市場に参入をしてきていることに象徴される処です。
そうした情報化が齎す新たな環境に、当事者たる自動車メーカーは危機感を強め、新たな革新を目指さんとすることにある処と思料するのです。

もう一つは11月19日の日産ゴーン元会長の逮捕で同社の先行きは如何?と危機感すら抱いていた折、偶々目にしたのが12月3日付Financial Timesに掲載あったRana Foroohar記者の投稿記事 ‘Tech tinkers under the hood’ でした。その内容は、筆者にとって極めて問題意識を鮮明とさせるものでした。周知の通り12月初め、GMはトランプ関税政策への対抗として、米国とカナダの5つの工場を閉鎖し、操業拠点を他に移す事を決定。これにトランプ氏も労組も、雇用の流失だと非難する中、同記事は、GMがいま直面している最大の課題は、労働コストやアウトソーシングや鉄鋼関税の問題ではない、真の問題はクルマが高度な情報機器へと変わろうとしている時代に、自動車業界全体の経済的価値の大きな部分を押さえることが出来るのかと、問うものでした。

そして今年、年頭のメデイアに踊った文字がAI(人工知能)でしたが、更に1月に米国で開催された二つのeventsの持つ意義でした。つまり1月7日、米ラスベガスでスタートしたCES (International Consumer Electronics Show)で、「5G」、つまり高速通信システム時代の幕開けが語られ、プラットフォーマー主導の自動車メーカーの変容が注目を呼ぶ処だったことでした。
加えて、これまで毎年1月、デトロイトで行われてきた「北米国際オートショウー(North American International Auto Show)」の開催が来年、2020年からは6月開催と決定された事です。と云うのもクルマとITの融合が進み、自動運転やAI等の新技術を披露する場がCESに移ったとの認識が高まるなか、CESとの競合を避けるため今後は自動車だけではなくIT企業なども広く呼び込もうという事で、開催時期を変更するということで、その‘変更’自体、デジタル革命の何であるかを、強く感じさせられたという事にあったのです。


第 1章 デジタル革命と産業の構造変化
         - 自動車メーカーの場合

1.デジタル革命、そのトリガーの進化

現下で進むICT,高度情報通信テクノロジーの進化が促す ‘変革’とは、前述、「はじめに」で指摘したこれまでの革命の「かたち」とは聊か異なる様相にあります。つまり、18世紀中頃から19世紀にかけて起きた ‘革命のかたち’は、機械制工場と蒸気力の利用を中心とした技術革新が起こり、それに伴う社会の変化が起こってきたということで、言うなればその変革はlinearな形で進んできたというものです。然し今、我々が対峙するその姿は、20世紀中頃からのコンピューター(AI)の導入で人の限界を超えた演算が可能となり、更に大量のデーター、情報が、高度に発達した情報通信技術を経て産業横断的に伝達されていく事が可能となった事で、いわゆる全産業横断的、multiな形での変化が進む、まさにデジタル革命を演出する処、そこでまず、当該革命を促すAIと5Gの実際をレビューしたいと思います。

(1)AI(人工知脳)の進化

・「AI」の開花
前述したように2019年元旦のメデイアを飾った言葉の一つが「AI」(Artificial Intelligence:人工知能)でした。 1960年代そして80年代と、2度のブームを経ていま、AIが開花していると云うものです。過去のブームでは、未来的な世界を実現だけの技術が手に入らず研究が萎んでしまったと、メデイアの伝える処ですが、今次、云々されるAIの開花とは、インターネット上を大量のデータが行き交い、これを用いた深層学習(デイープ・ラーニンブ)で、AIを磨けるようになったことと云うものです。つまり、人工知能とはデータ処理のツールであり、「機械学習」と「深層学習」に代表されるものですが、わかりやすく言えば、大量のデータのなかから、パッターンを見つけ出す学習方法で、これが半導体の処理速度の向上とともに、人間の脳の構造をまねたニューラルネットワーク(神経回路網)を利用することで磨きがかかっているという事です。

そして、これが意味することは、これまでマシン(機械)と云う筋力を使って人は可能性を切り開いてきましたが今後は知力においてもマシンが伴奏者になることを意味する処となり、その革新とは、価値の創出に知恵を絞っていく、つまりこれからの資本主義は、脳が価値であり対価となる「頭脳資本主義」(日経2019/1/1)になるともされ、資本主義のコンセプトを変える進化と云う処です。。

元より、高度に開発されるAI技術が産業に応用され、またAIロボットとして導入されていく事で、当該産業の生産性の向上が促され、産業の構造的変化を促す処となり、それは、digital transformation(創造的破壊)が進む一方で、その過程では新たな産業も現れてくるとされる変化です。云うまでもなく、AIロボットの導入は産業に留まることなく、医療、介護、教育等々、広く民生に及ぶ処、当該職場の効率化、生産性の向上等々、実践的に理解しやすい存在となる処です。尚1月15日、厚労省が公表した就業者の長期推計によると、AI等新技術の進展で2017~2040年の間に年率0.8%程度の生産性が見込めるとしています。

・AIとAI技術
尚、新聞等で見る記事にはAI(人工知能)とAI技術、つまりAI開発に向けた技術開発とごっちゃ混ぜにした議論が目につきます。この点、数学者で国立情報学研究所教授の新井紀子氏は同氏近刊「AI vs 教科書が読めない子どもたち」で、次元を異にする話と明快に指摘した上で、AI、人工知能とはそれ自体が独立した「AIロボット」と云う存在であること、AI技術とはAIを進化開発させていく上での技術であること、この違いを理解しておくことが今後へのカギだと指摘するのです。つまりAIはコンピューターであり、つまりコンピューターは計算機であり、計算しかできない、ましてや人間の脳を超えるという、まさにAIが‘頭脳’になるという転換点を意味する「シンギユラリテイ」(注)に達することは起りえないと断じるのです。

(注)シンギュラリテイ(singularity:特異点):人間の知性をAI(人工知能)が超え、加速度的
に進化する転換点を意味する言葉。米国の未来学者、レイ・カーツワイル氏が、その時期の到来
を2045年と予想するもので、人間が担ってきた高度で複雑な知的作業の大半をAIが代替する
ようになり、経済や社会に多大なインパクトを齎すと考えられている転換点を指す。

つまり「真の意味でのAI」が人間と同等の知能を得るには、我々が認識している事をすべて計算可能な数式に置き換えることが出来ることを意味することで、今の処、数学で数式に置き換えることが出来るのは、論理的に云える事、統計的に云えること、確率的に云えることの3つだけで、われわれの認識を、全て論理、統計、確率に還元することはできないからというのですが、議論はまだまだ続く処です。

・‘量子コンピューター’の登場
ただ、「量子コンピューター」の登場で、その様相は変わってきたようです。つまり、デジタル革命を一変させると見られてきた「量子コンピュータ」の実用化が、2011年、カナダのベンチャー企業D.ウエーブ・システムズによって開始され、更に、米グーグルが「この量子コンピューターの処理速度はスパコンの1億倍、消費電力はスパコンの500分の1」と検証したことで、米国ではグーグル、やマイクロソフト、インテルなどが、そして、中国では政府と共同でアリババ、百度(バイドオ)が、量子コンピューター開発に参戦する処と報じられています。(日経2019/2/18)

この量子コンピューターは、極微の世界の物理法則を示す量子力学をヒントに、開発が進められているもので、D.ウエーブの量子コンピューターは現在のコンピューターでは解くことが難しい「組み合わせ最適化問題」を解くための専用マシンとされるものですが、この量子コンピューターと人工知能(AI)が結べば、上述AIが人間の知性を超える「シンギュラリテイ」の達成が早まると見られる処です。その限りにおいてシンギュラリテイ問題は ‘量子’の世界にシフトする処と云え、唯々その推移を注視するばかりです。

(2)「5G元年」を告げる2019年米CES (家電・技術国際見本市)

更に、今年1月8~11日、米ラスベガスで開かれた米CES(International Consumer Electronics Show)は、「5G」、つまり高速通信システム時代の幕開けを告知するものでしたが、その場で何よりも注目を呼んだのがプラットフォーマー主導の自動車産業の変容でした。
つまり、現在の通信の100倍もの速度でデータのやり取りが出来る高速通信規格「5G」が、今年から実用化に向かうとされ、クルマへの活用などデータにまつわるビジネスに大きな商機が生み出されることが想定される処、これがDigital Transformationを促進させ、産業構造を大きく変える可能性を鮮明とする処です。周知の通り、現行4Gの通信速度は携帯電話をスマホに進化させてきました。米アップルやグーグル等クラウド技術を活用したIT大手が急成長し、情報の価値が競争力を決める「データ経済」を拓いてきましたが、5Gはこれを更に加速させると云うものです。

5Gの時代は、様々な産業が「場所」という制約から解放される一方で、通信の遅延の少なさは、これまでITとは縁の薄かった産業の変革も促すことになっていく処ですし、前述したように、その姿は全産業wiseに進むdisruptionと呼称される革命的な変容を齎すことになる処です。まさに「5G元年」(注)です。 

    (注) 通信システム技術の進化:GはGeneration の略
1 G:アナログ携帯電話(80~90年代)
2 G:デイジタル化とデータ通信(90年代)
    3 G:国際電気通信連合(国連ITU)が国際標準化を推進
4 G:モバイルネットワークの第4世代技術
5 G:「モバイルネットワークの第5世代技術」で、「第5世代移動通信システム」

先のトヨタ社長の発言ではありませんが、未知の世界への挑戦が可能となってきたと云う事といえるのですが、今次の米国際家電見本市CES(International Consumer Electronics Show) は、それをリアルに見せつける場となった事で、企業にとって2019年は、AI,人工知能時代に適応できる経営の具体化が問われる年になったというものです。

・次世代 スーパー・コンピュータ(ポスト京) 
序でながら、日本では、国産スパコン「京」の後継機で、2019年度から設置に着手し、21年度にも運用開始予定と報じられています。(日経、2019/2/18) 大量のデータを活用する経済活動が活発になる中、スパコンで人工的なデータを無尽蔵に生み出して画期的な新薬や革新的な生産技術の開発につなげると云うものです。(官民で約1300億円を投じて、先行する米中を追うというもので、開発は理研と富士通が担当すると云うものです。)

人工データとは、シミユレーション技術によって実際には存在しない仮想的なデータを新たに作りだす事になると云うもので、「通常は現実の実験データ等を大量に集めて分析するが、ポスト京によるシミュレーションは今までにないデータを生成できる強力なツール
になる」と、加藤千幸東大教授は語る処です。つまり、人工データで大量に仮想的なデータを生み出してAIで学習・分析すれば従来にない新しい知見が得られる。米国の「GAFA」によるデータの独占が問題視される中、人工データは有力な対抗手段にもなり得ると云うものです。そして、期待される分野として挙げられるのが、薬の開発、自然災害研究(大量データが得にくい)、自動車、飛行機の開発で、実機を使った試験などを代替でき、開発期間やコストの大 幅削減が可能と言われており、期待される処です。

2.産業の現場にみるデジタル革命対応、自動車メーカーの場合
     -クルマは社会のデバイスに

こうした「AIの進化」、「5G元年」を受け、産業の現場はどう反応するのか。そこで、前述の通り、この際は自動車メーカーにフォーカスし、変化への対応状況を追うこととします。
その点では「はじめに」の項で触れたFinancial Times、Rana Foroohar氏の自動車産業に向けた鋭い記事 ‘Tech tinkers under the hood’(自動車大手の技術者は鋳掛屋?)は、当該メーカーが対峙する問題点を極めて鮮明とする処、そこで改めて同記事をレビューし、トヨタの取り組み戦略、そしてその姿に映るダイムラーの選択を、考察することとします。

(1)‘Tech tinkers under the hood’ 

当該記事は先に触れたように、GMがトランプ関税政策に対抗して、操業拠点を米国内から他国に移転させると決定した事について、これを批判するトランプ氏や労組とも併せ、両者、GMも労組も問題の視点がずれていると指摘するのです。つまり、GMがいま直面している最大の課題は、労働コストや鉄鋼関税の問題ではなく、クルマが高度な情報機器 (a smart device ) へと変わろうとしている時代に、自動車業界全体の経済的価値の大きな部分を押さえることが出来るか、と質すものでした。

その為には、自動車メーカーながら同業の自動車各社からではなく、携帯電話メーカー、ノキアの失敗に学ぶべきとアドバイスするのです。ノキアはかつて大成功を納めた企業。然し、同社の業績は2011年に急落、その後回復することはなかった。その最大の原因は機器の価値が「ハード中心からソフト中心へと転換していく動き」に迅速に対応することが出来なかった為とする、同社説明にたいして、それはそのとおりとしながらも、同社はもっと深い処で起きている変化を見落としていた為だったと指摘するのです。それは価値の大部分がハードからソフトにシフトしていくだけでなく、様々なソフトがその上で動くプラットフォームに価値が移っていくと言う点を、見過ごしていた事にあったと言うのです。

現時点ではクルマの価値の約90%はハードが占めているが、自動運転やいろいろのデジタルアプリがクルマの価値を高めていくようになるに従い、このハードとソフトの価値の比率は劇的に変わっていく筈と云うのです。因みに金融大手モルガン・スタンレーの予測ではautonomous vehicles(自動運転車)の場合、the value of an automobile(自動車価値)の40%がハード、40%がソフト、残りの20%が外から流れ込むコンテンツが占めることになる処、そのコンテンツとは、ソフトを通じて得られるゲームや広告、ニュース等だと指摘する処です。

そこでGMにとっての課題とは、この変革の時代に、自動車メーカーとして意味ある存在であり続けられるかと質すのです。つまり、クルマ関連のソフトやアプリで今最も進んだ技術を持つのはグーグルやアップルなどIT企業である事、実際、彼らは自動運転技術とその基盤となるプラットフォームの開発に巨額の資金を投じている処、当該分野は自動車メーカー各社が現在、開発を進めている領域でもあり、こうした情報を新たな商品やサービスを通じてクルマに提供できるようになれば、自動車メーカーは大きな対価を得るようになると指摘する処です。

更に、プラットフォームを持つ強みは、その企業がユーザーの30~40%を握って、ようやく発揮することが可能になる処、多くのソフト開発者は、そのくらいの規模のユーザーがいなければそのエコシステムを利用しようとはならない。従って、その規模のシェアーを確保する為には、世界の自動車各社は手を結ぶ必要があると云い、こうした共同開発は、国や業界をも超えて進めるのが理想だと云うのでした。
そこで 興味深かったのは、当該記事に対する挿絵でした。それは携帯スマホオをChassis(シャーシ)と見立てて、その上にBody(車体)が載る図でした。

加えて面白いのが、この記事を締める以下のphraseでした。
「・・・But such collaboration, which ideally should happen across geographies and even sectors, will not be made easier by the US president putting up trade barriers and looking to play the blame game.」 と。 つまり、貿易に様々な障壁を設け、自国の問題を他国の所為にしているような大統領がいる限り、そうした協力関係を進める事は難しいと、細やか乍らのトランプ批判を残すのです。

要は、自動車メーカーが産業の「主役」で居続ける時代はおわり、業種の垣根を超えた連携で付加価値を高めなければ生き残れない時代に移りつつあることへの警鐘を鳴らすものでした。尚、GMのメアリー・バーラCEOはリストラを進め、モビリテイーサービス会社への転換を目指すとしていますが、トランプ氏が足枷となっていると、伝えられる処です。

(2)日独、2大自動車メーカーの取り組み

① 「トヨタ」の場合

これまでトヨタはモノづくりの「技術」、トヨタ生産方式と徹底した合理化で競争優位を維持し続けてきています。然し、既に「はじめに」の項で記した通り、AIやIoT等、新たなテクノロジーの進化によって、クルマの概念やクルマを取り巻く社会構造が大きく変わろうとしている環境に照らし、もはやトヨタといえど過去の延長線上に未来を描くことが難しくなってきたと、自動車メーカー・トヨタはモビリテイ(移動)に関わるあらゆるサービスを提供する会社「モビリテイ・カンパニー」になると昨年1月の米モーターショウで宣言し、その具体化を推進中の事、周知の処です。

更に、今次の「CES」開催に合わせ7日、トヨタがラスベガスで開いた記者会見では、人工知能(AI)研究子会社、トヨタ・リサーチ・インステイチュート(TRI)のギル・プラットCEOが登壇「トヨタは自動運転で多くの命を救う義務がある」と語り、自社の車両に搭載予定だったガーデイアン[各種センサーなどドライバーの状況を観察し、危険な状況では運転を代わり、事故を防ぐ技術] を「自動車業界に提供する」旨を、明らかにする処です。(日経 1月9日)

確かに、トヨタのデジタル社会への対応は筆者の心をとらえる処でしたが、実はその2年前の2016年9月、ダイムラーのデイーター・ツエッチエCEOは、パリサロン(Mondial de L’Automobile:国際自動車展示会)で、デジタル革命を見据えたツエッチエ戦略(次項)を発表し、斯界の注目を引く処でした。そして今年、2月22日、ダイムラーは、2018年3月、独BWMとの統合で合意したモビリテイサービス事業の稼働開始を発表したのです。
そして、ツエッチエCEOは事業開始発表時の記者会見で「時代は変化している。新分野でも開拓者になる必要がある」(日経 2019/2/24)と発言していたのです。そこで、改めて、ダイムラーの選択をレビューする事としたいと思います。

②  ダイムラー、ツエッチエCEOの「CASE」戦略

さて、ツエッチエ氏は2006年、ダイムラーの取締役会会長に就任した仁です。就任当時の同社の営業利益は、28億ユーロに過ぎなかったそれを、2017年には163億ユーロにと大きく改善を喫し、営業利益ではトヨタに次いで自動車メーカー世界第2位となったのですが、唯一の問題は、株価の低迷が続いていることだったとされていたのです。それは、要は「伝統的自動車は破壊される」との評価が株式市場に定着していたためだとされていた由で、そこで、それから脱皮するためにはと、新しいクルマ社会、未来型モビリテイへの道筋を示すべきと、上記2016年9月のパリサロンでツエッチエ氏は新たな戦略を発表したという経緯があったのです。それは「CASE」戦略とするものです。
「CASE」とは、「C=Connected (コネクテッド)」「A=Autonomous(自動運転)」「S=Shared & Service (シェアリング&サービス)」「E=Electric (電動化)」の自動車産業の4つの重要なトレンドの頭文字を取った言葉ですが、これはダイムラーによる造語です。

・CASEの世界 (注)
クルマがネットワークに常時接続されたIoT端末となり、自動運転技術の普及でドライバーは運転タスクから解放され、一方、クルマの価値は所有者だけではなくなり、共有し利用する価値を生み出していく。そして全く新しいモビリテイ価値を支える原動力は、排ガスのないクリーンな電気が支えていく。これが「CASE」の世界だとするものです。元よりこれら4つのトレンドを個別に見据えることではなく、4つのトレンドが複合的に継ぎ目なくパッケージされたとき、クルマの価値に革命的な変化が起こるというのです。

こうした革命的変化を自動車メーカーのダイムラー自らが主導する、破壊者側に立つと云うメッセージだったと云え、同時に、ダイムラー自らの存在意義を見直し、破壊者としてその主導者の地位を確立したいとの決意表明だったと云うものです。電動化とデジタル化が誘導した世界は自動車メーカー、関連産業の在り方、価値、概念を根本から変えてしまうデジタル革命に繋がると云うものです。 (注:この項、中西孝樹「CASE 革命」に負う)

(3)クルマは社会のデバイス(情報機器)

かくして、クルマから得られる移動や渋滞の走行データはビッグデータとなり、分析・利用すれば様々なモビリテイ・サービスを生み出すことが可能となり、以って誰もが自由に移動できる都市や社会が再設計され、社会インフラとしてのクルマの価値や交通システムにも大きな変化が起き、最終的に、前掲Foroohar氏が指摘していたように、クルマは社会のデバイスになっていく事になると云うものです。そして、AIを基にした超スマートシテイが築かれ、社会課題の解決を可能とする処、これらの総ての基盤がコネクテッドにある点で、まさに新しいかたちの革命、デジタル革命を理解する処です。


第2章.深化するDigitalizationに係る課題

1.AI技術はdual use ― 今必要な安全保障再定義

AI技術はDual Useとの指摘のある処、ロボットと云えば日本では産業、生活分野ですが、米国では軍備装備の強化と言った防衛分野を連想する場合が多い処です。各時代で先端だった技術はマイクロソフトやグーグルを成長させ、産業の新陳代謝を促してきましたが、産業構造を変えかねない5G技術は国家をも巻き込み始める処です。

・華為技術(フアーウエイ)と、5G時代の地政学的リスク
5Gの通信基地局開発では中国の華為技術(フアーウエイ)と北欧のエリクソン、ノキア
が先行しているが、トランプ米政権は新たな社会インフラとも言える5Gを中国企業に押さえられることを強く警戒。フアーウエイ製品の締め出しや幹部(フアーウエイ孟副会長)のカナダでの逮捕の底流には「5G」があるとされている。その華為技術は1月24日,「5G」向けの半導体を開発したと発表。米企業に技術で先行しシェアー拡大を狙うものでしょうが、現下の米中対立が先鋭化する中、まさに「テクノ冷戦」(イアン・ブレマー氏)と云う、新たな地政学的リスクの高まる処です。改めて5G時代の安全保障の在り方、再定義が不可避となってきているのです。

(注) 日米の安保姿勢:
① ハーバード大ベルフアー科学・国際関係研究所報告書「人工知能と安全保障」2017年
      -将来(20~30年後の)戦闘イメージ:無人の物資搬送用の航空機のほか、AI戦闘服、無人
戦闘車両の活用を列挙。
Assessing and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain
Resiliency of the United States ( トランプ タスクフォース Sept. 2018)
② 日本政府は2018年12月18日、防衛計画大綱にAI活用や無人機の導入、推進を明記。
   ―防衛力拡大は専守防衛の変容を映す処。

2.New Monopolyの出現と、競争政策

もう一つ、高度な情報化が進む事で懸念されているのが経済における競争政策の在り方で、とりわけ独占という問題です。情報システムと云うと、これまでは企業内システムの事を意味していましたが、今後は企業の垣根を超えて広がり、バリューチエン全体をカバーするようになっていく事が想定される処です。例えば、GAFAの一つ、アマゾンの情報システムは商品の買い手から、メーカーや物流業者、等々バリューチェーン上あらゆる人・企業が利用するシステムになっていくのでしょう。このように1つの情報システムがバリューチエーン全体をコントロールするようになるとと、次に大きく変わるのはバリューチエーンそのものとなるでしょうし、バリューチェーンの中で価値を出せなくなっていく機能はスクラップされ、逆に新たな価値を生む機能がビルトインされていく事になるのでしょう。そこから台頭してくるのが「プラットフォーマー」で、その周りに生まれた「大企業がタテに繋がる産業構造」から、「プラットフォーマーを中心としたエコシステム」ヘと、大きく経済基盤がシフトしていくことで、これが新たな独占、New Monopolyを呼ぶ処ですが、これが需要家(消費者)に便益を与えているだけに、従来型の独禁法では律し得ず、さて消費者の便益性を踏まえた、競争政策の在り方、独禁法改正の見直しが焦眉の急となる処です。

つまり、従来の独禁法の考え方では、供給者(企業)が市場を独占すると、市場が彼らの意向によって運営される結果、需要家(消費者)に不利に働くとして、独占行為を禁じてきています。
ですが、IT企業の場合、プラットフォーマーの彼らは、無料で(対価を支払うことなく)大量に集める(集まる)情報を、需要家(消費者)に無料で提供するという点で、その行為は需要家にとって便益の高いものとなる一方で、企業にとっては需要(市場)の囲い込みとなり、一種独占的行為と映るというものです。つまり、IT企業による情報独占は、消費者にとって高い便益となっている点で、歓迎される処ですが、では独占という経済行為をどう規定していくべきか、が問われ出していると云うものです。一見、伝統的monopoly(供給独占)に対する、monopsony(需要独占)の議論と映る処ですが、要は競争を活性化する環境の整備が喫緊の問題となっているというものです。

・Competition revolution
序でながら、今、米国ではIT産業だけではなく、多くの産業で寡占化が進み、結果、少数の企業に利益が集中し、投資や新規参入は勢いを失ってきているとされており、このままでは資本主義の健全な発展が脅かされることになりかねないと指摘ある処です。昨秋、The Economist誌(2018/11/17)はその巻頭言で、参入障壁の排除、独禁法を21世紀型に、等々、競争環境の整備の必要を強く叫んでいました。勿論、彼らが云う市場環境の整備ですべてが解決するわけではないでしょう。但し、市場を広く捉え、合理的な競争環境が生成されていくとすれば、それがマーケットのパワーに転じ、更なるグローバル化の可能性が期待でき、企業のみならず、消費者もより多くの選択肢を持つ処にと思料するのです。まさにcompetition revolution,競争革命こそが、資本主義に対する信頼を取り戻す上で大きく貢献する処と思料するのです。

いずれにせよ、人の命を預かる移動のプラットフォームがGAFAに占拠されるとは考えにくく、従って自動車市場について言えば、クルマメーカーが持つ製造・販売・メンテナンス
と言ったリアルなプラットフォームを構築する自動車メーカーとGAFAが協調する世界が現実的と思料する処です。今回、日産・ルノー連合が自動運転でグーグル陣営(自動運転開発会社ウエイモ)に参画を決めたのも、そうしたデジタル革命の文脈を成す処と云うものです。

・独 シーメンス , ジョー・ケーザーCEO
因みに独総合重電メーカー、シ-メンスのジョー・ケーザーCEOは日経紙とのインタービュー
で, 以下のようなコメントをしていたのです。
「GAFAが産業分野に事業領域を広げてきたが、彼らは戦い方を分っていないかもしれない。消費者から無料で収集するデータと、産業現場から集めるデータの性質は異なる。ここが(競争を左右する)重要な点だ」(日経2月20日)と。優れて示唆深い処です。


おわりに 平成という時代の終わりに

2019年4月30日を以って、平成の時代に幕が降り、5月からは新元号の下、日本は新たな歩みを始めることになります。戦後74年、時代は昭和から平成へと移る中、まず、昭和という時代は、「明日は今日より豊かになる」として成長一本で進んできた日本は、お陰で大国メンバーの一員となり日本型成長パターンを世界にアッピールするまでに発展しましたが、その結果は、バブル崩壊を以って終焉を見、平成はその修復の時代だった筈でした。が、結局は修復を果たすことなく次代に引き継ぐ事で、平成と云う時代は幕を下ろすことになったと、総括される処です。

・マインドのリセット
さて、新時代に向かう日本としては、こうした来し方の姿を見直しながらも、情報化が齎す進化とグローバル化を如何に融合させ、日本そして世界の発展につなげていくか、が課題となる処と思料するのです。同時に、自由主義、世界経済の価値観、多国主義に基づく国際秩序の枠組みを如何に守っていくか、その為にもマインドのリセットも必要となる処です。

処で、日本政府の成長戦略には公共サービスのスマート化が挙げられています。住民サービスや国・地方の業務の自動化推進や、人工知能の等を活用したインフラの整備なども挙げられています。また、スマートシテイやスーパーシテイと銘打ち、AIやビッグデータを活用して未来都市を作ろうと云う構想も浮上してきています。町の抱える課題を解決し、住民の暮らしを向上させるために、様々な施設やインフラのデータを連携させ、有効活用していこうとする試みは、既に世界の様々な都市で始まっています。ただし、日本でこうした構想が打ち出されるたびに懸念されるのは、新たな「箱モノ」整備に終わるのではという事です。
これまでもICT,情報通信技術の自治体への導入やICTによる地域活性化の事象実験が行われ、予算も付けられてきましたが、カネの切れ目が縁の切れ目と、継続されずに終わっている場合が多くある処です。そこでマインドのリセットです。AIやビッグデータと言ったテクノロジーはあくまで、そのプラットフォームでの合意形成によって生まれる具体的なプランやプロジェクトを支える存在だと云う事を再確認したうえで、それに続く、次の行動を期待する処です。

序でながら、1月22日に始まったダボス会議に5年振り、出席した安倍首相の演説は大きな注目を集めたとメデイアは伝えていました。そのポイントは、「成長のエンジンはもはやガソリンではなくデジタルデータで回っている」とし、信頼ある自由なデータ流通(Data, Free, Flow, with Trust)の頭文字を取り「DFFTの為の体制を作り上げる。6月大阪G20で‘大阪トラック’とでも名付けてWTOの屋根の下、始めたい」(日経1月24日)と呼びかけるものでした。これも同じことで、まずは合意作りを明確として、それに即した実行計画をtimelyに策定されん事、期待する処です。

・日本のカルチャー
さて、 高度情報通信技術の時代には、所有よりシェアー(共同利用)、競争よりケアー(いたわり)、売買よりもアクセス(接続)、固定よりモバイル(携帯)、機能分解よりワンセット(総合性)、分業よりセルフサービス(自前)といったコンセプトが重視されるとの指摘ある処です。日本のカルチャーは、実はそうしたコンセプトにマッチしており、その点で、どの先進国よりも早くポスト資本主義に移行する可能性を秘めている、と指摘される処です。であれば、その可能性に大いに期待する処です。
同時に、5Gの情報社会を背にしていくとき、その在り様は急速に変化することでしょうから、その変化に向き合っていけるよう、企業も個人も、勿論、政治も、常にその用意が求められていく処と思うのです。 以上

posted by 林川眞善 at 17:36| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする