2018年06月14日

2018年6月特別号  検証 米朝首脳会談 - Facts & Impact - 林川眞善

- 目 次 -

はじめに:史上初の米朝首脳会談

1.検 証、シンガポール米朝首脳会談

2.米朝首脳会談と‘戦後日本’の総括   

おわりに:過去のサミットの教訓と米朝首脳会談

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はじめに:史上初の米朝首脳会談

6月12日は、TV特番中継放送にクギ付けとなる一日でした。云うまでもなく、その日、シンガポールのリゾート地、サントーサ島のカペラ・ホテルで行われた、史上初となる米大統領、トランプ氏と北朝鮮委員長、金正恩氏との米朝首脳会談の様相を伝えるものでした。それも今尚、交戦状態にあり、外交関係もないままの両国トップの会談です。

さて、北朝鮮の金正恩委員長は、「新年の辞」で平昌五輪への参加に言及して以降、周辺国との関係改善に舵を切ったものと見られる中、3月5日、韓国のチョン・ウイヨン国家安保室長が、韓国文大統領の特使として北朝鮮金委員長と南北朝鮮統一問題について平壌で会談した際、同委員長からトランプ大統領と早期に直接会談したいとの意向表明があり、その要請を受け同特使は3月8日、ホワイトハウスを訪問、トランプ氏にその旨を伝えた処、彼からは即座に応諾があり、途中の経過(注)はともかく、今回、シンガポールでの開催となったものでした。

(注)一旦、中止宣言された米朝首脳会談は先に予定の6月12日で再設定、開催。
3月8日:トランプ大統領は朝鮮金正恩委員長から申し入れの「米朝首脳会談」に応諾、
5月10日:「米朝首脳会談」、6月12日、シンガポールで開催の旨発表。
5月24日:「今は不適切」としてトランプ氏は中止を表明
6月1日:北朝鮮、金英哲(キム・ヨンチヨル)党副委員長との会談(於、ホウィトハウス)
で予定通り開催される旨発表。僅か1週間の心変わりは何故?

・トランプ氏の米朝首脳会談応諾
周知の通り、これまで、金北朝鮮とトランプ米国との間では‘核・ミサイル開発’を巡り、時には一触即発の様相をも呈する状況にありましたが、今秋の中間選挙を控え、この際は、金委員長の提案を受けることで、一矢を迎えんとの読みがあったと思料されるものでした。

大統領就任1年をほとんど空費したトランプ氏にとって政治的ターゲットはまさに今秋の中間選挙一本にあり、そこで金委員長の申し入れを受け入れ、これを成功に導ければ彼は有能な勝者となり、選挙戦を勝ち抜けると瞬時、直感したものと言えそうです。そして序でながら、その推移如何では、ノーベル平和賞ものとの野次馬の声も聞かれるだけに、トランプ氏の姿勢はまさに前のめりにあったと伝えられる処でした。つまり、トランプ大統領は「それは過去の米政権が出来なかった偉業」となると、一貫して乗り気になっていったということですが、加えて3人の米国人人質の解放が実現した事は、北朝鮮への米国が仕掛けてきた圧力の成果だと、自らの業績としてアッピールする処、これが中間選挙対応の他なく、まさにTrump firstの真骨頂と云う処です。

・トランプ大統領 vs 金委員長
さて、トランプ氏は米朝首脳会談に臨むにあたっては「朝鮮半島の完全な非核化」、つまり「完全で検証可能且つ不可逆的な非核化(CVID:Complete, Verifiable, Irreversible and Denuclearization)」の実現を主題としていました。つまり、非核化を一気に進めること、その上で北朝鮮が求める「体制の保証」や1953年に結ばれた朝鮮戦争休戦協定の「平和協定への転換」等、問題に応えていく事になると明言していました。一方、北朝鮮金正恩氏は、米側の云う一括放棄は受け入れ難くとし、非核化に向けて段階的な措置をとるたびに見返りを受ける方式を訴えていたのです。

つまり、非核化を巡っては、米側のスタンスは、北朝鮮がまず完全に核を放棄し、それが検証されたのちに保証があるという、言うなれば、非核化は全ての交渉の「入り口」とするものですが、一方の北朝鮮は、一応「非核化」を受け入れる姿勢を示すも、その先に「非核化」があると云うこととなり、ここでは「非核化」は、「出口」に位置すると云うもので、トランプ氏の「‘完全’な非核化とその短期実現」と云う命題とは聊かの乖離がありました。

にも拘わらず途中からは、トランプ氏は首脳会談を重ねることも視野に、完全な非核化に向けた具体措置の合意をめざしていく構えに修正、つまりはトランプ氏が金氏に歩み寄ったというものでした。 6月1日、金正恩氏の使者、金英哲氏をホワイトハウスに迎えたトランプ氏は、同氏に対し、非核化の進め方について「ゆっくり進めてください」と伝えた由ですが、加えて、これまで言い続けてきた北への「最大限の圧力」と云う表現はもう使わない、とまでコメントするまでに変化を露わとするのでしたが、これは段階的な非核化を訴える北朝鮮のシナリオに乗ってでも会談を実現させ、中間選挙に臨まんとするもので、その姿は上述のTrump firstと映る処ですが、同時にトランプ氏の戦略のなさを暴露するものと云えそうです。

・「最大限の圧力」の旗を降ろすトランプ氏
尚、「最大限の圧力」を降ろしたことで、金正恩包囲網の弛みは否定できず、周辺の視線は、既に経済協力に向いている様相にあり、言い換えればトランプの心変わりで、北朝鮮は対話路線に乗る事で着々と果実を得ようとしているといえそうです。

因みに、メデイア情報によると、中国国際航空は6日には、昨秋から運休の北京―平壌間定期便の運航再開した由ですが、これは人の往来を後押しせんとするものと思料される処です。また、中国政府は国連制裁決議を履行する姿勢を取りつつも、制裁対象外の交易や民間交流は拡大する構えにあるともされています。習近平・金正恩の2度の会談で関係改善を演出していましたが、国境の出入り現場では取り締まり機運も薄れ気味と報じられています。
又、韓国も国連制裁を維持しつつも解除後をにらみ走り始めたようで、先の‘板門店宣言’を踏まえ、鉄道の連結・補修事業等話し合う高官協議を開催予定と伝えられています。更にはロシアも北朝鮮に接近中にある処、プーチン大統領はかねて極東地域と朝鮮半島をつなぐガスパイプラインや鉄道建設を提唱しています。6月下旬に訪ロ予定の文韓国大統領とは、北朝鮮との経済協力が主要テーマとなりそうと伝えられている。

そして何よりも、その象徴的な変化は、6月3日、シンガポールで開かれた日米韓防衛相会議の共同声明から「圧力」の文言が落ちていた事でした。


・Disciplineを失った米朝会談
さて、これまでの経緯はともかく、トランプ米大統領は、前述の通り、朝鮮半島の平和のためには北朝鮮の完全な非核化が不可避とするスタンスにあった処、言うなれば中間選挙への支持浮揚を狙うばかりに、とにかく金正恩氏との会談の機会を持つことに意義ありとし、非核化を段階的にとする金氏の意向に応じることととした事で、当該会談は実質的には金氏のシナリオにはまった形で進み、従って当初、描かれた会談のdisciplineが見失われた格好となったと思料されるのです。

因みに会談後発表された会談内容の確認書ともいうべき「合意文章」(ポイント)は以下の通りですが、極めて包括的で、何ら具体的な行動に繋がるものは見当たりません。更に、合意文書のフォローアップの記者会見ではトランプ氏が最も強調していた「CVID」の言葉が抜けているとの記者からの指摘に、時間がなかったためとの言い訳に終始、要は準備不足、勉強不足を露わとする処です。会談直前にはポンペイオ国務長官は、完全な非核化が確認できない限りは何も合意はできないと釘を刺していたのですが。

[米朝合意文章]―新たな関係を構築 
1.米朝両国民は両国民の平和と繁栄への要望に基づき新たな関係を構築
2.米朝は永続し、安定した平和な体制を朝鮮半島に構築するよう努力
3.先の板門店宣言に基づき北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に努力
4.米朝は捕虜(POW),行方不明兵(MIA)の遺骨発見に努め、直ちに米国に。

ではこの合意をトランプ氏が得意とするdealに照らすと、何と何を取引したことになっているのか、全く見えてこないのが実状ですが、金氏にとっては金体制の保証を得たという点で勝利したことになったと云えそうです。それでもトランプ氏はツィターで大いに成功だったと再び中間選挙向けにアッピールし、同時に次の米朝会談を云々する処です。

さて、今次の首脳会談を契機に、各国首脳が金委員長と会談したがっている環境が生まれてきていると一部マスコミは指摘するのですが、そうした機運の高まりは北朝鮮に正当性を与え、実質的に‘核保有国としての北朝鮮’と関係の正常化を進めることになりかねず、新たな懸念の生じる処です。尤も、トランプ氏はそれでも完全な非核化が進まない限り、制裁措置を緩めることはないと繰り返す処ですが、そこで改めて北朝鮮の完全非核化の可能性の如何を検証することとし、併せて、首脳会談の結果として想定される米国のretreatが齎す東アジアに於ける安全保障環境の変化、そしてそれが日本に及ぼす影響、更にそれへの対応の如何について考察したいと思います。云うまでもなく米朝会談の検証ともなる処です。


1.検証、シンガポール米朝首脳会談

(1)「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」の可能性
   ― CVID:Complete, Verifiable and Irreversible Denuclearization

現地特設のプレスセンターに集まる記者たちの多くは合意文章について、本命のCVIDと云う言葉が抜けている、リフアーがないことが問題と指摘していました。尤もこれを因数分解し合意文章に照らすと、「C」と「D」は確認されているのですが、そのプロセスとなる「V」と「I」が抜けている事が問題となる処です。それはまさに非核化に向けた具体的手順、工程表とされる処です。それが現時点では何も見えていないことがもんだいであり、その点では非核化は本当に進むのかと疑念を呼ぶ処です。

ではその手順とは、ですが、まずCVIDの目標と期限を共有した上で、核関連施設を全て明らかにする申告やその検証、濃縮ウランやプルトニウムなどの核物質や施設の廃棄・搬出、核開発に後戻りできないことを確認するIAEAなどによる査察と言った手順を詰めておくのが柱となる筈です。元より、これには時間を要する処、最長10年はかかると見る向き(米ロスアラモス国立研究所)もあり、その点では段階的取り組みもやむをえない処かと思料されると云うものです。とは言え、核放棄要求をのらりくらりとかわし、結局は逃げ切るのではとの懸念の残る処です。つまり今回のような重要な会談に臨むに当たっては、通常以上に準備を重ねることが必要なはずですし、入念に準備や分析をしたうえで臨むべきと云うものです。が、こうしたプロセスを欠いていることが極めて重大な問題と思料する処です。

今回、非核化を進めることだけは約束したわけですが、それも4月27日の南北首脳会談で非核化についての目標を確認したピョンヤン宣言を単にリフアーすることでやり過ごしている点が極めて不信感を呼ぶ処ですが、とにかく北朝鮮には徹底的な査察を受け入れることが第一であると云う事、そしてその上で制裁緩和について判断すべきではと思料される処です。そして何よりも、問題はトランプ政権内に北朝鮮の中枢をきちんと分析ができる人材が乏しい事かと思われるのです。然し、こうしたポイントにトランプ氏は気づくことなく、自身の政治日程だけで、つまり11月の中間選挙からの逆算で動く彼のまさにトランプ・リスクの高さが、結局は前述のような北朝鮮を利するばかりと、危惧される処です。

(2) 「北朝鮮の体制保証」の意味する事

トランプ氏は北朝鮮に対し非核化に応じた場合は「体制保証の用意がある」と明言してきています。この点は合意文章にも映る処ですが、それが意味することは北朝鮮の安全保障を米国が担保していくという事でしょうが、その場合、北朝鮮にとって安全保障が成立する唯一の条件と云えば、米軍が北朝鮮軍を撃破する戦力(特に核戦力)を持たないという事にあると云うものでしょう。

仮に米朝間で平和条約の話が進むことともなれば、米国としては北への脅威解消の視点から在韓米軍の見直しが始まる事が予想され、つまりは米国のretreatであり、その結果は米国のアジアにおける地位の低下を余儀なくすること、先に触れたとおりです。既にトランプ氏は記者会見で在韓米軍の見直しはあり得ると示唆していますし、米韓合同軍事演習についても同様指摘しています。一方、そうした事態は中国にとって東アジアでの支配的な、経済も含めた大国になっていく機会ともなると云うものです。つまりは中国こそは、その恩恵に浴することになると云うものです。これは国際的に新たな安全保障環境の創出を意味することになるのですが、それは、アジア市場が赤色に染まっていくこと、つまり世界経済の競争関係が自由陣営の思考様式から中国共産党の思考様式に塗り変えられていく事であり、その危険性を意味する処です。

実際、中国習近平氏はかねて北朝鮮が求める「体制保証」や「段階的な非核化」に理解を示し、金正恩氏の後ろ盾としての存在を強調し、米主導の国際秩序に対抗しうる中国流の勢力圏の形成をも目論んでおり、とりわけ今次のカナダG7サミットで鮮明となったG7の分裂含みの状況を好機とみている様相が伝わる処です。
とすれば、そうした新たな国際環境に自由陣営諸国は如何に向き合っていくか、その自覚と覚悟を以って、明確な対抗軸の構築が求められると云うものです。それは朝鮮半島の安全保障体制をどう構築するかですが、この際はG7の再生を視野に入れ、自由陣営の連携強化への道を改めて模索すべきと思料するのですが、以下で指摘するように、これこそは日本の出番とする処ではと思料するのです。(尚この項については別途論じる予定)

かくして現時点でのレビューからは前述のとおり、米朝首脳会談は結果的には北朝鮮の描くシナリオを行くものとなったと云うものですが、その際留意すべきは、前述したように
核放棄要求をのらりくらりとかわし、結局は逃げ切るのではとの懸念を完全に払しょくできるシステムの導入が不可欠と云うものです。
一方、これら新展開の波及効果として、東アジアを囲む形で中国の覇権拡大が進む事が想定される処、日本の今後の姿については、これらをcontextにおいて考えられていく事が必然となったという事です。


2. 米朝首脳会談と‘戦後日本’の総括

(1)迫られる ‘戦後日本’の総括
  
戦後日本は前述の通り、一貫して米国の核の傘の下、日米同盟関係を基軸とした生業を以って、今日に至っています。つまり戦後70年余、米国と共にあったわけですが、朝鮮半島における平和体制が醸成され、それに合わせて米国が在韓米軍等、朝鮮半島における安全保障体制の見直を必然とし、つまりは米国のretreatが進むとなると、当然として日本にとっての安全保障体制には空白が生じていく事になり、新たに日本としての自律的な安保体制の構築が求められる事になると云うものです。つまり、今次の米朝会談を契機として、米国の行動様式に変化が起こり、これまでの日本のあり方では通じなくなっていく可能性が出てきたきたと云う事です。勿論、日米の同盟関係が即解消となる事はないでしょうし、相応に堅持されるべきとは思料するのですが、新な日本としての安全保障を念頭に置く外交戦略の構築が不可避となってきたと云う事です。それは、まさに戦後日本の総括としての新体制の構築を意味する処です。 

・求められる日本という国の「かたち」
では、何を以って日本の安保・外交戦略の基本軸とされるのかですが、その点では、日本と云う国のかたち、これからの姿を描きだす事なくしては、議論はできませんが、ここでは暫し横に置いて議論を進めることしたいと思います。

尚、ここで留意すべきは、安全保障の問題となると往々にして国の防衛、軍備の拡充だ、軍事費の拡大をと、声が上がる処で、安倍首相に至っては北朝鮮の脅威を煽り、防衛政策の転換や防衛力の増強を進めてきた事は周知の処です。因みに5月29日、自民党政務調査会では防衛費をこれまでのGDP比1%から2%への拡充を提案しています。これは米・英などは2%超だからという事のようですが、その必然性は不明のままにあるのです。考えておかねばならないことは、防衛費の2倍とは5兆円が10兆円ということですが、まだまだ防衛費の効率化の余地があるとされる点です。例えば、米国から輸入する高額の装備製品についてみると、米政府から直接契約して調達する優勝軍事援助(FMS)での取得が増えていますが、調達価格は米政府主導となっているのです。
勿論、国を守る事は当然であり、そのために必要な国防措置は不可避です。ただそのためには、環境が変わってきた今、国の在り方、国際関係の在り方についての展望を持つことが不可欠ですし、それこそ、上述のように国のかたち論も必要とされる処です。更には有事という事態も構造的に変わってきています。つまり、大きく変化していく現実にあって、単に軍備費予算を増やし、戦闘用機器を調達すれば事が済むなどその発想は余りにも古典的であり、あまリにも先進さに欠くと云うものです。まさに発想の転換が不可欠なのですが、その自覚に欠けていることが問題です。

・日本の戦略軸は多元的経済連携の強化
さて、近年、日本の成長、発展の在り姿は周知の通り、高度technologyとグローバル化の深耕に負うものであり、多国間での重厚な連携に於いて成り立ってきている事、周知の処です。この経験に照らす時、つまりグローバル化が更に構造的な変化を伴いながら進行していく世界にあって日本としては、その生業からは、より新たな連携を以って臨むことが極めて重要になってきており、それこそは日本の戦略軸となる処と思料するのです。
因みに元米大統領国防担当補佐官で、ハーバード大教授のJoseph Nye氏は`Asia After Trump’(Apri.9)で、もはや世界の抱える問題は一国だけでは解決できない状況にあることを理解し、米国と云えども、日本、中国、インド、更には欧州との高度な連携強化を図っていく事が世界の安全保障に資するとし、再び持論の人口の流動化、エネルギ開発、新技術、教育の高度化等々、soft powerの戦略的活用をと、主導する処です。

・メゲリーニEU外交安保上級代表
さて、日本と欧州との間でも、今そうしたコンテクストをもった動きが鮮明となってきています。日本はEUと経済連携協定(EPA)の調印を7月に、そして2019年初めには発効予定ですが、そのEU外交安全保障上級代表メゲリーニ氏は、近時の欧州とアジアの行動に鑑み、両者がこれほどまでに近い存在だったことがあったであろうかとして、日経(5月30日)への寄稿の中で、EU外相理事会(5月28日)での包括的なEU・アジア戦略についての討議内容をリフアーしながら、日本,アジアと安全保障関与の強化を訴えています。

つまり、「欧州とアジア・日本との関係では経済的側面が馴染みの多い部分だが、両者の協力関係拡大では安全保障分野における取り組みが一番進展している。そして、いま両者の間で最も差し迫った問題はおそらく非核化であろう。双方は、イラン核合意を維持し、朝鮮半島の非核化に向けた協議を支援する事に共通の利益を見出している」とするものでした。

・TPPは自由貿易の象徴そして、「自由で開かれたインド太平洋戦略」も
米国が抜けた後、日本が主導して完成させたTPP11は、いまや自由貿易の象徴的存在と評価をされていますし、それは日本が身をもって演出できる自由な民主的経済活動の舞台と云うものです。当初、TPP11の戦略的推進を指摘する度、それは甘い発想と批判を受けてきましたが、今ではインドネシアが参加を希望し、英国までもが関心を示し出すほどです。

加えて日本が発想し、トランプ大統領の理解も得て、日米豪印の四者による戦略「自由で開かれたインド太平洋戦略」があります。これなど、極めて安全保障戦略をなす処、既に四者間協議が始まっています。序でながらマテイス米国防長官は5月30日、米太平洋軍の名称を「インド太平洋軍(INDO-PACOM)」に変更しています。当該軍の管轄地域は以前と変わらず太平洋からインド洋にまたがるものですが、今回はトランプ政権が「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推進しているのに伴って名称を変更したもので、北朝鮮問題や中国の海洋進出に対処するものとされているのです。

(2)懸念される安倍政治の対米姿勢

今次の米朝首脳会談を契機として、上述の通り、日本には今後の在り方が問われることになってきたという事ですが、それが日本に自立した外交戦略の構築を求めることになってきた事、つまり米国頼みを脱する時である事を、確認させられる処です。その点で気になるのが安倍首相の対米姿勢、いや対トランプ姿勢です。安倍首相はトランプ氏との蜜月関係を築き、十分なコミュニケーションを図ることで豊かな協調関係を誇示しています。このことは評価できる処でしょう。然しその実態にはいまや疑問の積もる処です

6月7日、安倍首相は4月に続いて再び訪米し、トランプ氏と会談しています。その趣旨は云うまでもなく、12日の米朝首脳会談を前に、対北朝鮮政策をすり合わせる狙いとされるものでした。 然し、トランプ氏が安倍首相との会談後の共同記者会見では、朝鮮戦争の終結に向けた合意文書への署名を調整中と明かしていましたし、当面は制裁を排除しないとは言いながらも、金正恩氏のシナリオに乗り、北朝鮮を取り込む方向に舵を切った事は間違いない処でしたし、実際にそうでした。これでは、安倍首相の米国一辺倒、圧力一辺倒の外交は、はしごを外された格好となったと云うものです。

とにかく、トランプ氏が会談中止を発表した際は、世界で一国だけ安倍首相は「支持する」と表明したのですが、会談の予定通りの開催が決定されるや「会談の実現を強く期待する。その勇気を称賛したい」と一変。米国の動きに応じて態度を変える姿が鮮明となったというものですが、これでは地域の平和と安定を築く当事者としての自覚が問われる処です。

更に、安全保障に経済を絡めるトランプ氏は、対日貿易赤字の縮小にも照準を合わせ、巨額の兵器などの購入を日本に迫っています。北朝鮮問題で、対米依存を強めれば、足元を見られるばかりと云うものでしょう。因みに、北朝鮮への見返りとする経済支援は日中韓で、としているのも、とりわけ日本については安倍首相が要請した拉致問題を会談での俎上に乗せると約した見返りとして、日本には経済支援をと云うのですが、まさにデイールに乗せられたと云うことでしょうか。これを機に,安倍政権にはこれまでの対米外交の効果と、限界を冷徹に分析し、新たな現実に即した戦略の練り直しと云う課題を抱えることになったと云うものです。


おわりに 過去のサミットの教訓と米朝首脳会談

処で、いろいろ資料を漁っていた折、極めて興味深い記事に出会ったのです。Financial Times (2018/6/11) にあった同紙Columnist、Gideon Rachman氏の記事 「Past summits offer lessons for Singapore showdown ― From Munich to Yalta, Beijing to Reykjavik, top -level meetings have a patchy record」です。Rachman氏は「伝統的に歴史を作るサミット発言大国の商品欧者間で行われ、戦争と平和の問題に対処してきた。そして、いくつかのサミットが歴史の流れを変えてきた。そしてそれぞれのサミットにそれぞれの教訓が込められている」として、以下の歴史的なサミット(注)を取り挙げ、当該サミットが示唆する教訓について解説するものでした。
(注)歴史的サミットと関係首脳
1938年ミューヘン会談:独ヒットラー、英チェンバレン、仏ダラデイエ、伊ムッソリーニ
1945年のヤルタ会談:米ルーズベルト、英チャーチル、ソ連スターリン
1972年の米中首脳会談:米ニクソン、中毛沢東
1986年のレイキャビック首脳会談:米レーガン、ソ連ゴルバチョフ

例えば、「ミューヘン会談」の場合、ナチスに対する宥和政策の失敗の極みを告げた場面として悪名を馳せるようになったと云うものですが、英チェンバレン氏は、後に無価値であることが判明する将来の平和の確約の見返りに、チェコ領を明け渡したことで、今日に至るまで「ミューヘン」という言葉は、目先の事しか考えない弱さの代名詞となっていると云うのです。然し、あの当時は、ミューヘン会談は英国内の多くのひとから勝利とみなされ、チェンバレンはロンドンで喝采する群衆にむかえられ、帰途に就く前のミューヘンでも拍手を浴びていたと云うのです。つまりそこから得られる教訓とは、歴史の評価は、サミット翌日の評価とは大きく異なることがある、と云うのです。

又、ヤルタ会談では、戦後秩序の形成に於いて決定的に重要な瞬間となったが、年老いたルーズベルトは対ナチ連合の結束維持から、ソ連が1939年に併合したポーランド領を保持したいと云うソ連側の要求を飲んだことで、今日に至るまでポーランド国内外の多くのひとは、ヤルタと云う言葉を裏切りの同意語と見なされていると云うのです。
そこで、自らが交渉のテーブルに就いていないのなら、自国の利益が取引で譲り渡されることを心配すべきと云うのが、教訓だと云うのです。今次のトランプ氏と金氏が会談に向かう中、これは日本政府が特に懸念していた事だったと云うのです。では、安倍首相が直前、ワシントンでトランプ大統領と会談したことはその教訓を体現するものだったという事なのでしょうか。

Rachman氏は今次の米朝会談について、予測不能なことが起こる可能性はトランプ政権の準備不足で高まっていると指摘していました。‘包括さ’が際立つた「合意文書」。トランプ氏はそれを以って成功だとご機嫌の様子でしたが、それはまさにトランプ氏の準備不足に負う処、尤も金氏にとっては都合の良い様相にあるとされるのですが、それだけに今後の作業プロセスでは認識のズレの顕在化に注意せよという事なのでしょうか。

以上
posted by 林川眞善 at 10:12| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年05月28日

2018年6月号  ”非核化”騒動を巡る世界、そして問われる「戦後日本」の総括 - 林川眞善

はじめに ‘非核化’を巡る国際情勢, 二題
― 米朝首脳会談と、イラン核合意問題の現状

・米朝首脳会談取りやめ
5月24日、トランプ米大統領は、6月12日に予定されていた史上初となる米朝首脳会談は「今は不適切」として、中止すると表明、そしてその旨、北朝鮮金正恩委員長あて書簡を送った由、報じられたのです。北朝鮮の非核化と北東アジアの平和構築への大きな一歩かと世界が注目する会談でしたが、当該発表は米朝間に横たわる溝の深さを印象付けた処です。

そもそも、米朝首脳会談は北朝鮮の非核化と北東アジアの平和構築を目指す会談とされ、従ってトランプ米国は会談に臨むに当たっては「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を短期間で実現するよう求め、その結果の見返りとして北朝鮮が求める「体制の保証」等に応えていかんとするシナリオかと観測されていました。この点、トランプ政権は「過去20年の北朝鮮政策の失敗を繰り返さない」と強調するところでしたが、それこそは、相手に派手なデイールを仕掛け注目を引き、そして、過去の政権の政策を徹底的に否定し、更に、迅速な結果を求めると云う、まさにトランプ流、行動様式を鮮明とする処です。一方、北朝鮮はこの米側の考えに対して、一括放棄は受け入れられずとし、非核化に向けて段階的な措置をとるたびに見返りを受ける方式を主張していたのです。

果せるかな、米朝会談は中止、その理由として、トランプ氏は北朝鮮による「直近の声明に表れた激しい怒りと露わな敵意」を挙げていましたが、北朝鮮が本気で核を放棄するという確信が持てなかったと云う事だったのでしょうか。ただトランプ氏は金委員長あて書簡で会談の実現を非常に楽しみにしているとし、「究極的に重要なのは対話だけ」と綴っていたと由ですが、その後のインタビュ-でもトランプ氏は会談の可能性を繰り返す処です。

要は、トランプ氏はなお将来の会談に意欲を示している様相ですが、どこまで可能か、元より読み切れるものではありません。ただ、本稿では、これまでの米朝会談を巡る関係国の動向を整理し、次の舞台に備えることとしたいと思います。

・イラン核合意問題
もう一つはイラン核合意に係る問題です、5月8日、トランプ大統領は、2015年、米英独仏中ロの6か国とイランの核を巡る合意「包括的共同作業計画」、通常云うイラン核合意からの離脱を決定、イランの核開発に関連した経済制裁を再開する大統領令に署名したのです。そして5月21日、米国は当該合意に代わる国際的な対イラン網づくりを狙った「対イラン政策」を発表しましたが、これが米欧の亀裂を深める一方で、結果としてイラン国内の強硬派を勢いづけ、中東の対立や混迷を深める様相にある処です。序でながら5月14日トランプ政権はイスラエル米大使館をエルサレムに移転させましたが、これが中東の混迷に火を注ぐ状況です。

勿論、この二つの共通テーマは「非核化」です。言い換えれば、この非核化をどのように進め、実現していくかですが、それはとりもなおさず世界の安全保障体制を如何に担保していくか、でしょうが、この点は世界が知恵を出し合っていかねばならない処です。

なお、そうした環境にあって日本の姿勢が見えてこないという事がもう一つの問題と映る処です。中東問題もさることながら、日本にとって喫緊のテーマは何といっても米朝会談に在りましたし、何よりも、その結果が齎すであろう日本へのインパクトにあり、今も尚、重要な問題として映る処です。 因みに、安倍首相は、米朝会談の話が具体的に俎上に乗るや、日朝間の最大の問題は拉致問題とし、この際はトランプ大統領に早期解決への橋渡しをと、協力要請に走っていました。勿論、日本にとり重大な問題です。トランプ大統領に協力要請をすることを否定するものではありません。然しなぜに、小泉元首相が実行したように、自ら北朝鮮に乗り込むぐらいの努力をしてこなかったのか、理屈はともかく、ここに至っては、まさに‘トランプ’頼みの政治‘に不安は募る処です。(注)

(注)2002年9月、日朝平壌宣言(小泉純一郎首相、金正日委員長)には拉致問題の解決が盛り
込まれているが、同年10月、米国が北朝鮮の核開発疑惑を指摘、翌03年には北朝鮮はNPTか
らの脱退、一方、日本は経済制裁を強化したことで、当該宣言は実践課程には入っていない。

全て事態は今尚、流動的であり、それら行方については、言うなればnobody knowsと云う処です。ですがこの際はメデイア情報をベースに事態の推移をレビューし、その結果が日本に突きつける日本のあるべき姿、言い換えれば「戦後日本の総括」について併せて考察してみたいと思います。(2018/5/26)




     目 次


第1章 取りやめとなった米朝首脳会談  

1.米朝首脳会談    

(1)米朝首脳会談は中止
  ・トランプ大統領vs金委員長
(2)米朝首脳会談の今後に備えて
  [資料] 米朝首脳会議に備えた関係国首脳会議
  ① 中朝首脳会談 ② 南北朝鮮首脳会談 
  ③ 日中韓首脳会談
(3)米朝首脳会談の可能性と課題
  ・可能性を測る条件
  ・米朝首脳会談のイメージ

2.米朝首脳会談が突きつける‘戦後日本’の総括

(1) 日米同盟のdecoupling
(2) 日本の安全保障体制とはー多国間連携の強化

第2章 米国のイラン核合意からの離脱
  ・イラン核合意
・米大使館のエルサレム移転

おわりに:トランプ氏一人にかき回される世界
  ・Denuclearization means the US too
- Professor. Jeffrey Sachs
  ・米中貿易摩擦
  ・保護主義のギアを引き上げるトランプ政権


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第1章 取りやめとなった米朝首脳会談

1.米朝首脳会談

(1) 米朝首脳会談は中止

トランプ大統領が朝鮮金正恩委員長から申し入れあった「米朝首脳会談」に応諾すると発表したのが3月8日、爾来2か月余、米朝はもとより、北朝鮮との利害関係の深い中国、韓国等、関係各国は、その事前の調整に大わらわのなか、5月10日、当該「米朝首脳会談」は
6月12日、シンガポールで開催すると同大統領は発表しました。これが実現なるとすれば史上初、国交のない両国トップがいきなり会うという、まさに異例中の異例となるイベントですし、タイミングの取り方も、6月8日からカナダで始まるG7会議で、事前サミット・メンバーに説明しG7からの支持を得て、との読みもあっての事と思料される処でした。

特段の理念のないままsnow job と揶揄され、就任1年をほとんど空費したトランプ氏にとって、政治的ターゲットは今秋の中間選挙一本にある処、金委員長の申し入れを受け入れ、これを成功に導ければ彼は有能な勝者となり、選挙戦を勝ち抜けると瞬時、直感したものと思料するのですが、今や、その推移如何では、ノーベル平和賞ものとの野次馬の声も聞かれるなか、トランプ氏の姿勢は前のめりの、まさにTrump firstの様相を呈する処でした。
つまり、トランプ大統領は「北朝鮮の核放棄の合意」を前提として「過去の米政権が出来なかった偉業」となると、一貫して乗り気にあったと伝えられ、とりわけ3人の米国人人質の解放が実現した事、これは北朝鮮への米国が仕掛けてきた圧力の成果だと、大いに自らの業績としてアッピールしようとの様相にあるなど、彼の行動様式はまさに、この秋の中間選挙対応の他なしと映るばかりです。

・トランプ大統領 vs 金委員長
さて、そうしたトランプ大統領ですが、米朝首脳会談に臨むにあたっては、彼が命題とするのは「朝鮮半島の完全な非核化」、つまり「完全で検証可能且つ不可逆的な非核化(CVID:Complete, Verifiable, Irreversible and Denuclearization)の実現」を目指し、一気に非核化を進めることとし、その上で「体制の保証」や1953年に結ばれた朝鮮戦争休戦協定の「平和協定への転換」等、問題に応えていく事になるものかと観測されていました。
一方、北朝鮮金正恩氏は、非核化については「段階的で同時的な措置」、つまり一括放棄は受け入れられずとし、非核化に向けて段階的な措置をとるたびに見返りを受ける方式を訴えていたのです。これは一応「非核化」を受け入れる姿勢を示唆する処でしょうが、トランプ氏の云う‘完全’な非核化とその短期実現と云う命題とは聊かの乖離がある処、その溝は埋まる事のないままにあり、6月12日までに両国が立場の違いをどこまで埋めきれるか、そして予定通りに首脳会談が開けるのか、その行方に、如何とも疑心暗鬼とする処でした。

それが対立構図として鮮明に映すことになったのが、金正恩氏が5月7・8日の2回目の訪中で習近平主席との会談だったとメデイアは云うのでした。つまり、その結果、中国と云う大国の後ろ盾を得た事で安心したのか、北朝鮮は米国を自分のペースに引き込もうと強硬発言を繰り返すようになったと云うのです。因みに、習近平国家主席は上述、金正恩氏が主張する段階的非核化に理解を示し、直後の電話協議でトランプ氏に北朝鮮側の懸念を伝えたと報じられていますが、トランプ氏にしてみれば、中国が米朝和解を後押しするのではなく介入するなら看過できないという処でしょう。因みに、16日、朝鮮中央通信などを通じて米韓演習や「米国が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を批判し、米朝会談の取りやめを示唆。24日にも同様の声明を出していたのです。

そうした状況変化こそが、24日、トランプ大統領をして6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談の開催は「今は不適切」として中止を決定せしめたと云うものでしたが、まさに中朝接近に不信を募らす結果ともされる処です。トランプ氏は、併せて中止は、「北朝鮮や世界にとって大きな後退だ」とし、必要があれば軍事行動も辞さない構えをも示しています。東西冷戦時代から約70年間に亘る米朝の敵対関係の転換点となる可能性があった初の首脳会談が見送りとなり、朝鮮半島情勢が再び緊迫する恐れが出てきたと云うものです。

(2)米朝首脳会談の今後に備えて
尚、今後の仕切り直しの可能性は依然残されているのではと思われますが、正直、不透明という処です。但しこの際は、留意しておくべきは、北朝鮮が求めている体制保証の問題との絡みです。トランプ氏は北朝鮮に対し非核化に応じた場合は「体制保証の用意がある」と明言しています。その際のポイントは仮に核を放棄したとして、北朝鮮の安全保障が成立する唯一の条件と云えば、米軍が北朝鮮軍を撃破する戦力(特に核戦力)を持たないという事と思料される処ですが、ではこの点についてどういった対応の用意があるか問われる処です。

言える事は、仮に米朝間で平和条約の話が進むことともなれば、そのimplementationとして、北への脅威解消の視点から在韓米軍の見直しが始まる事となるでしょうし、この結果は、米国のアジアにおける地位の低下を齎し、一方、それは中国にとって東アジアでの支配的な、経済も含めた大国になっていく機会ともなる、つまりは中国こそは、その恩恵に浴することになるというものです。これは新たな国際安全保障環境との対峙を意味する処です。かつて筆者は、アジア市場が赤色に染まる危険性を指摘しましたが、それは世界経済の競争関係が、自由陣営の思考様式から中国共産党の思考様式に塗変えられていくことの危険性です。とすれば、そうした新たな国際環境に自由陣営は如何に向き合っていくか、その自覚と覚悟が問われていく事になる処、その点で自由陣営の連携強化が改めて求められるというものですが、とりわけそれは日本に向けられる話と思料するのです。

尚、北朝鮮問題を巡る関係国首脳会談の概要を、今後のリフアレンスとして下記[資料]を紹介しておくこととします。

[資料] 米朝首脳会談に備えた関係国首脳会談             

  ① 中朝首脳会談(3月26日 北京、 5月7/8日 大連 )
中国習近平主席はトランプ米大統領の今回の動きに驚いたと伝えられていましたが、3月26日、同主席は北朝鮮金委員長を北京に招聘、9年ぶりの中朝首脳会談を行っています。その中朝首脳会談に臨んだ金正恩委員長は次の様に発言した由、伝えられています。まず「金日成主席、金正日総書記の遺訓に基づき、半島の非核化に尽力する事は我々の一貫した立場」とし、「韓国と米国が善意を以って、我々の努力に応じ、平和実現のために‘段階的で同時並行的な措置’を取るならば、非核化問題は解決する事が可能」と。但し、これは中国側の発表です。尚4月20日の朝鮮労働党中央委員会総会開催に当たり公式発表された声明では「核実験や大陸弾道弾ミサイル(ICBM)発射の中止、核実験場の廃棄」を表明(朝日デジタル、4 月20日)していましたが、核放棄には触れていません。

更に5月7・8日には中国大連で、両者は再会しています。僅か40日あまりで2度目となる金委員長の電撃的な訪中は、米朝トップ会談を睨んで、習近平中国に「後ろ盾」の役割をお願いするためだったと見られていますが、これを受け入れる中国側事情、つまりこれまで険悪だった北朝鮮との関係を改善させる背景には、米国との貿易摩擦交渉で北朝鮮への影響力をカードに使おうとするフシもある処、朝鮮半島問題で主導権を握り、米国をけん制する狙いが透けると云うものです。要は、中国が北朝鮮問題への関与を高めた事で、新たな米中関係を明示することになったと云えそうです。

尚、6月の米朝会談に向けた米朝の駆け引きが続く中、北朝鮮は5月16日に予定されていた南北閣僚級会議の延期を突然発表、その事由は5月11日から展開中の米韓合同軍事演習を挙げてはいましたがそれ以上に、北側を刺激した事は5月11日のポンペオ発言(後出)に続く13日のボルトン米大統領補佐官のTVでの発言、つまり,北朝鮮に見返りを与える前に、まずCVIDが必要、との発言にあったようで、その際は、米朝会談についても言及があり、「一方的な核放棄だけを強要するなら、対話にこれ以上興味を持たない。会談に応じるか再考するしかない」と米国を威嚇。一方中国は、これに対し「すべての関係国は互いに緊張を引き起こす行為は避けるべき」と、北朝鮮擁護の姿勢を支持していますが(日経5月17日)、2度の中朝会談を通じての中朝蜜月関係を強く印象付ける処です。前述、トランプ大統領の「北朝鮮体制保証の用意あり」の発言はこうした環境を考慮したものと言え、トランプ氏の高圧的ながら、当該会談に寄せる心意気を伝える処ではと思料するのです。尤も、これも秋の中間選挙狙いでしょうが。
 
  ②南北朝鮮首脳会談 (4月27日、板門店 )
一方、南北両首脳会談が、4月27日、板門店で行われています。2007年以来、11年ぶり
の首脳会談です。その際、公表された共同宣言(日経、4 月28日)では「完全な非核化を
通して核のない朝鮮半島を実現すると云う共通の目標を確認した」としています。同時に、
上述の通り、現在の休戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制を構築する、と
しています。但し、非核化についてはその目標を確認したと云うものの、北側が一方的に核
放棄することを示唆する文言の明記はありません。

  ③日中韓首脳会談(5月9日、東京)
5月9日、急遽、安倍首相、李克強首相、文大統領による日中韓首脳会談が東京で行われて
います。これは2年半ぶりの開催でした。そして、その際、発表された日中韓共同宣言では
「朝鮮半島の完全な非核化にコミットしている」と非核化に取り組む姿勢を打ち出し、更に
「朝鮮半島や北東アジアの平和と安定の維持は共通の利益且つ責任だ」と強調していまし
たが、非核化をどう実現させていくかという具体的な手法に踏み込むまでには至っていま
せん。結局、3首脳が確認できたのは国連安保理事会の制裁決議の完全な履行、つまり安保
理決議にはCVIDを求める内容が入っているためとして、当該共同宣言へのCVIDの明記
に慎重な中韓との折衷案だった(日経5月12日)とされる処です。
  
   [5月24日: トランプ大統領、6月12日、シンガポールでの米朝首脳会談の中止を決定]

2.米朝会談が突きつける‘戦後日本’の総括

(1)日米同盟のdecoupling

さて前述、会談結果の如何では、アジアにおけるこれまで抑止力となっていた米国の地位の低下が進み、従って新たな東アジアにおける安全保障の在り方が問われていくことになると指摘しましたが、その文脈を以って日本も自らの安全保障の在り方が問われる事になるというものです。
つまり、会談結果がいかなる形であれ、トランプ政権にとりポジテイブなものと受け止められれば米国にとっては北朝鮮による米本土への核兵器の脅威は薄れることとなり、トランプ氏はAmerica firstをより強め、アジアからのretreatを進める事が予想されると云うものです。もとよりそれは、米政府主導の東アジアにおける安全保障体制の見直しを示唆する処と云うものです。

一方、問題は日本です。これまでの脅威は変わらないとすると、日米の‘脅威’に対する認識にずれが起き、その結果、これまで米国の‘核の傘’を基軸とした日米同盟の体制が崩れる、つまり日米同盟のdecouplingが予想されるというものです。それが意味する事は、これまで米国一辺倒主義を‘戦後日本’の基本軸とし、過去70年間成長を続けてきた日本ですが、もはやその一辺倒からの脱皮なくして、持続的な成長を維持していく事は不可能となる事を示唆すると云うものです。となれば、日米の同盟関係は形の上では維持されるとしても、日本としては、自らの安全保障体制の構築が不可避となったというものです。

以前、本論考12月号で、米コロンビア大のT. Hikotani 氏が、トランプ氏の米国第一主義、世界への関与からの撤退政策は、日本にとってのチャンスだ、ギフトだとしてアジアでの積極戦略をと主張する論考‘Trump’s gift to Japan’(Foreign Affairs, Sept./Oct.,2017)を紹介していますが、今ではそれが forced される状況に転じたと言えそうです。

尚、仮に会談が決裂したとして、その場合、トランプ米国は軍事行動に出る可能性もありでとなれば、同盟国たる日本はその米国に対して軍事協力を必然とされ、その結果は北朝鮮からのミサイル攻撃の脅威に晒される事になるのでしょう。となれば日本として安全保障体制をどう整えていくかが、問われていく処です。要は、米朝首脳会談が、どちらに転んでも日本に及ぼすインパクトは、戦後一貫、米国の同盟国として米国一辺倒でやり過ごしてきた国の在り姿、つまりは‘戦後日本’の見直しが不可避となってきたと云うものです。

それは日本と云う国のかたち、これから目指す方向を再定義し、それに照らした世界経済の中の日本を再設計することであり、その際は日本という国の生業からは、多国間の連携が当該設計のベースとなるものと思料するのです。それはまさに‘戦後日本の総括’であり、新たな日本百年の計ともされると云うものです。そしてその際は、日本の安全保障体制とは、国際経済関係の強化というコンテクストに於いて語られるものと思料するのです。そしてそうした取り組みこそは、ハーヴァード大の国際経済学者ダニ・ロドリック氏が掲げていた三つのトリレンマ(注)への反証ともなる処です。
     (注)ロドリック氏の「三つのトリレンマ」:三つの要素、グローバリゼーション、
国家、民主主義、この三つの内二つの組み合わせしか選べないとした学説

要は、米朝会談後の世界と、日本はいかに向き合っていくか、そして世界経済への貢献を通じていかに成長していくか、併せて日本として安全保障体制を如何に構築していくか、自らを問うていく事になるのです。

(2)日本の安全保障体制とは ― 多国間連携の強化 

さて、上述発想に耐えうる、そして日本が主導しうる事案が今、迫ってきています。それは「TPP」であり、「自由で開かれたインド太平洋戦略」であり「日欧EPA」等、です。

中でも年内に発効が期待されているTPP11協定(CPTPP:包括的かつ先進的TPP協定)は、米国が抜けた後、日本が主導してまとめ上げた、新たな自由貿易拡大の枠組み(5億人市場、99%関税撤廃)です。米国が抜けた分scale downしたとはいえ、それでもトランプ保護主義が蠢く中、いまや自由貿易の象徴的存在と再評価される処と思料するのです。というのも、この協定は知的財産権保護や国有企業への優遇措置の禁止を盛り込んだ質の高い自由貿易協定とされるものです。つまり、そこに盛られる協定内容は、単なる市場開放でなく、情報の流れは国境を超えて自由であるべきとの原則を以って、「21世紀型」と呼ぶほどに、通商ルールを多国間協定で定めたものとなっており、その意義は高いもののある処です。

そうした位置付けを得るTPPは日本にとり折角の機会です。従って、今後の課題はTPPの価値をどのように高め、どのようにアジアにおける新しい日本の姿を示していけるか、にある処です。TPP協定が動き出せば、米国が要求する日米二国間の貿易摩擦交渉で、米国が農産物や工業品の関税引き下げを要求してきても、TPP以上は絶対に譲歩できないと押し戻し得るとも言え、二国間交渉の風圧を強める米国への反発もあって、自由貿易や透明性の高いビジネスルールの枠組みを謳うTPPに活路を求める動きが出始めていると言われています。因みに、直近では、タイの参加意向が伝えられていますが、これが決まればインドネシア、フィリピン、なども参加に動くと見られています。 [(注)今次参加国:日本、カナダ、豪州、ニュージランド、ブルネイ、マレーシア、ベトナム、シンガポール、ペルー、チリ、メキシコ]

まさにTPPを主導してきた日本がこの動きを支え、より強固なものとしていく事でその価値を高めていく事になるのです。加えて、日本とEUの経済連携協定、EPAも多国間協定を進める弾みになる処です。この7月には両国が署名し、2019年初頭にも発効の見通しとされています。この日欧EPAによるGDP押し上げ効果は約5.2兆円とも見られ、TPP11効果、約7.8兆円とあわせ計13兆円の押し上げとなり、米国が参加した場合のTPP効果(14兆円)とほぼ並びEUが、米国の抜けた「穴」を補う構図となる処です。 

要は以前にも指摘したように今後、日本に問われる、そして適う安全保障体制とは、即軍備拡充という事ではなく、こうした多国間の協力体制の構築にある処、日本として「やわらかい規範」とされる「ソフトロー」(Sustainable Development Goals)を駆使し, TPP後の国際規範創造のけん引役を目指すべきで、それこそその構築に向けたプロセスとなる処です。


           第2章 米国のイラン核合意からの離脱

非核化を巡る米朝首脳会談の行方に世界の関心が集まる中、同じくトランプ大統領は5月8日、米英仏中ロ5か国がイランと2015年合意したイランの核開発を巡る包括的共同作業計画(JCPOA : Joint Comprehensive Plan of Action)、いわゆる「イラン核合意」からの離脱を決定し、対イラン経済政策を再開する大統領令に署名したのです。
その合意内容とは、イランはウラン濃縮など核開発にからむ活動の制限を受け入れ、米欧は見返りにイランへの経済制裁を解除するというものです。

合意離脱決定直後、英BBCのJonathan Marcus氏(防衛・外交担当)は「Iran nuclear deal:What now after Trump’s decision to pull out?」(5月9日)と題するコラムで、With a stroke of his pen Us President Donald Trump has jeopardized the one agreement – good or bad -that seeks to constrain Iran’s nuclear ambitionsと、イランの核兵器開発抑止を目指す唯一の合意をトランプ大統領はあっさりと危機にさらしてしまった。代案を示すこともなく、しかも同盟関係にある英仏独と米国の外交政策を対立させる道を選んだトランプ大統領は欧州との溝を深めるだけで、しかも彼は一貫して合意に反対してきたが、それは前政権の成果だと云う以外に論理的な反対理由は見えない、と厳しく批判するのでした。

・イラン核合意
そもそも、各国がイラン核合意をまとめたのは、イランを核開発から遠ざけておくことが理由の一つだったわけで、そうすれば、イランが規制を破り核兵器を入手しようとしても、国際的圧力をかけるだけの時間が稼げると期待されていたと云うものです。確かにイラン核合意が持つ意味は短期的にイランが核兵器を保有する道をふさいだことにあるのですが、加えて、核開発と云う誘惑にかられる近隣国を抑止する機能があったとされています。そうしたことへの認識を以って、マクロン仏大統領、メルケル独首相は、直前のワシントンでトランプ氏に離脱を思い留まるよう助言していましたが、それにも拘わらず、と云った結果で、トランプ氏の国際社会での孤立が更に鮮明となる処ではと思うばかりです。

5月21日、ポンペオ国務長官は、‘合意’に代わる、イランの脅威に対抗するための包括的な政策、「対イラン新政策」(注)を発表しています。
    (注)米国の対イラン新政策(骨子)
      ・核開発関係:2015年に代わる新たな枠組みを追求。核・弾道ミサイル開発完全停止、等
     ・経済制裁:金融面での制裁圧力強化、中東・アジアなどの制裁への参加 

これも、イランが政策変更に応じるまで「過去最強」の制裁を続けると云うのです。そして欧州はじめ、アジアや中東など各国に協力を求める方針を示していますが、さて、国際的な対イラン包囲網を築けるかは不透明というものです。とりわけ、‘合意’の下でのイランビジネスの継続を求めてきた欧州側の理解が得られるかは不透明と云うもので、実際、英仏独は合意に留まることを宣言し、5月15日にはブルッセルで、EUも加わりイラン政府と会合を持ち米国抜きでの、核合意の堅持に向けた打開策を数週間以内に目指すことで一致したと報じられています。
その際、EUモゲリーニ外交安保上級代表(外相)は「経済制裁の解除とイランとの通商・経済関係の正常化が核合意の必須な部分だ」と強調。核合意の崩壊を避ける為、イランの経済的な見返りの確保が不可欠だとも訴えていたのですが、それも米国が再開するイラン制裁から欧州企業を如何に保護するかがカギを握ることになるものと思料される処です。

もう一つの懸念材料は、こうした欧米が足並みを乱す中、同じ核合意に参加している中国とロシアの動きです。つまり、シリア情勢を巡って結束していた欧米に溝が入る事はロシアにとっては望ましい状況という事になるのでしょうし、「一帯一路」を目指す中国にとっては経済的利益を確保しやすくなるというものです。
つまりは両国が混乱に乗じ機会主義的な利益を得ようと行動すれば、関係各国の利害対立は更に複雑になる一方で、イランと対立するサウジやイスラエルは核合意を完全な崩壊に追い込もうと揺さぶりをかける処ですが、トランプ米国の合意離脱が意味する事は、米国の対イラン取引の大幅制限が再び実行される事であり、その項目次第では世界経済に構造変化を誘引することともなると言う点で、日本も大いに注視の要ある処と云うものです。

・米大使館のエルサレム移転
序でながら、国際的安全保障環境への懸念が深まる中、トランプ政権は5月14日、在イスラエル大使館を、首都と認定したエルサレムに移転しました。云うまでもなく、パレスチナ自治政府や国際社会の反発を押し切っての決定です。ただ、これが大規模な抗議デモを引き起こし、多数の死者を結果するなどで、中等和平の仲介者としての米国の信任は失墜。和平プロセスの再会は糸口さえつかめなくなったと云うものです。そして米国によるイラン核合意離脱の行方も絡み、中東と世界をも揺さぶる状況が新たに生まれてきていますが、これまで石油の安定輸入を目指した日本の対中東外交政策の、これも米国の支援を受けてのものでしたが、この際は、基本的な改革が必要となってきたと思料されるのです。

実はこの行為も前述イラン核問題も、更には6月12日の米朝首脳会談も全て、この秋の中間選挙向けの行為とみなされおり、因みに、米国大使館のルサレム移転などは、トランプ氏の支持層であるキリスト教福音派の期待に応えんとする特定支持層を意識した行為と云うもので、従って、ごく短期的成果を求めるだけの行為に終始する‘米国’があり、しかしそこには一貫した論理のない思考様式に、何とも言えない不安な思いを禁じえないのです。


おわりに: トランプ氏一人にかき回される世界
       
さて、今回の論考は、北朝鮮の非核化問題、米国のイラン核合意からの離脱問題と、いずれも「非核化」をテーマとするものでしたが、 偶々、手にした米コロンビア大のJeffrey Sachs氏の5月7日付論考 「Denuclearization means the US, too.」(Project Syndicate)は、これまでの国連での二つの条例をreferしながら核保有国、とりわけ自己主義的な米国の行動様式の現状を批判し、米国も非核化を目指せと云うものでした。

・Denuclearization means the US, too
まず彼は、外交政策には ‘might makes right’(力は正義なり)を原理に準拠するもの、もう一つは、‘international rule of law’ 、つまり法律による国際的ルールに準拠するもの、の二つがあるが、核兵器を巡る米国の対応はその両方をやろうとしているが、もはやそれは失敗に向かっていると断じ、キリストが剣を持った者はその剣で滅びるとの言葉を配しながら、今や核問題は、そうした事、以上に世界は危険な状況にあると指摘するのでした。

つまり1968年のNPT(核不拡散条約),「核保有国は核の他国への譲渡禁止」、「核エネルギーの平和利用の権利」、そして、「核軍縮交渉の義務」定めた協定ですが、その狙いは核兵器競争の廃止、かつ地域的核独占の招来を抑制するものだが、それが守られていない現状、そして2017年国連核兵器禁止条例では122か国が署名したものの、核保有国は参加せず、更には、今年2月、トランプ政権が出したNuclear Posture Review(NPR:「核体制見直し」では、核による抑止力の強化を打ち出すなど「核兵器の近代化と拡大」という新たな時代の到来を謳い上げている点で、サックス氏は、要は米国は他国に非核化を求め、自らは米軍のニーズへの対応を進める身勝手な姿勢を取っていると、批判するのです。そして、問題の一つは、過去半世紀、米国は中東やアフリカ、その他地域で当該国の平和の為として戦争を誘導し、国際法や国連憲章等、お構いなくレジームの転換を進めてきた事と云うのです。
勿論、北朝鮮の非核化は早急、かつ成功裏に進めることは当然として、世界はもはやPax Americanaにあるわけではないが、今なお数百万の人々が戦争の脅威に晒され、また制しのきかない軍事力の恐怖に晒され生活する10億の人々が居るこの現実をみる時、そうした人々の為にも、この際は米国も等しく非核化を進めるべきと、主張するものでした。

・米中貿易摩擦
処で、北朝鮮や中東イランでの非核化問題に注目が集まる中、タイミングを同じくして行われていた米中貿易協議は極めて気がかりなイッシューでした。1回目は5月3・4日、北京で、2回目は5月17・18日、ワシントンで行われています。筆者の関心は、この2国間協議の前に米側から出された当該協議の「枠組み草案」に盛られた内容、‘米国が中国に要求する行動’(注)がまるでultimatum,つまり最後通告とも映る、まさに貿易戦争の瀬戸際の様相と、米中摩擦2.0を映すものだったからです。
(注)米国が中国に要求する行動:
     ・中国は2018年6月1日から12月の簡易対米貿易黒字を1000億ドル削減する事
     ・2019年6月1日から12か月お間に更に1000億ドル削減する事
     ・過剰生産を助長する「市場をゆがめる補助金」は全て即刻廃止する事。そして外資の対中進
出にあたって技術移転を求める慣行を撤廃する事。

果せるかな、中国が米製品の輸入を増やすと表明し、以って米側は一旦、矛を収める形で協議は終わっています。やはり6月12日の米朝会談を控えての状況にあって、現在は中止とされていますが、習氏が金正恩氏の「後見役」として北朝鮮への影響力を強めている事への考慮があってのことと見る処、米側代表のムニューシン財務長官は「貿易戦争を当面留保する」と明言していましたが、まさに大国の力関係の変化をそこに見る処です。

さて、この貿易摩擦問題も含めこれら一連の動きは周知の通り、全てこの1か月に起きた事案ですが、これがトランプ大統領一人の人為的決定によるものである事に聊かの危険さを禁じ得ません。かくしてAmerica firstの一言を以って、戦後米国が築いてきた秩序が崩れだし始めているその様相をワシントンで見る倒錯の構図と、日経ワシントン支局長の菅野幹雄氏は指摘していましたが、併せて「深刻に感じるのは、戦後秩序の危うい変調と裏腹に、米国世論に‘トランプ流’への評価が芽生えているように見えることだ」(日経 5月23日)との指摘は近時、筆者も同様感じ出しているだけに、ますます憂鬱感の増す処です。

・保護主義のギアを引き上げるトランプ政権
加えて、5月23日、トランプ政権は、安全保障を理由に自動車や同部品に追加関税を課す輸入制限の検討に入ると発表しました。米メデイアによれば乗用車の関税を25%に引き上げる案が出ているようですが、先の商務省が鉄鋼に課した輸入制限と同様、車の輸入増が安保上の脅威になっているかを調べるものとしていますが、保護主義的通商政策のギアを一段とあげんとするものです。要は中間選挙をにらんだ、自動車と云う米国内でも雇用が大きくわかりやすい産業に目を付けたと云うものでしょう。国の安全保障を大義とすれば、どんな輸入制限も許されると本気で考えているのか、トランプ政権の通商政策は余りにも危険さを禁じ得ません。トランプ通商政策については別途分析整理してみたいと考える次第です。
ロシアのプーチン大統領も25日のサントペテルブルクでの国際経済フォーラムで講演し、安全保障を理由にした経済制裁を「新しい保護主義」と呼び,「安全保障を口実に競争相手に圧力をかけている」と、米国を暗に批判していたのです。 以上
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2018年04月27日

2018年5月号  The Social Media とDigital Democracyの交点 - 林川眞善

はじめに:Facebookの個人情報流用

世界の経済は今、革命的とも言える情報技術の進歩を受け、大きな変化の中にあります。つまり経済のdigitalizationです。それが産業の革新を進め、それが又、新しい産業を生み出し、同時に人口減少の中にあって生産活動の在り方をも変えていく、等々新しい変化を多くが確信する処となってきています。 昨年の暮れ、日経(12月7日)コラムでも、新しいグローバリゼ―ションが始まりだした、その主役は国ではなく、巨大デジタル企業だとし、具体的には米国のアップル、アマゾン、グーグル、フェースブック、中国のアリババ、テンセントを挙げていました。彼らは普通云う処のIT企業でですが、今やdigitalizationを軸にした資本主義、Digital Capitalismの到来を象徴する存在となるものですが, かかる変化は、前回の論考でもリフアーしたボールドウインの「世界経済 大いなる収斂」が示唆していたITが齎す新次元のグローバリゼーションの文脈に、まさにぴったりはまると云うものです。

然し、そのデジタル経済に大きな落とし穴があった?という事なのでしょうか。3月17日のNew York Timesと英紙Guardianが、英コンサル企業、「ケンブリッジ・アナリテイカ社」(以下CA)の元社員による内部告発を基に、報じた情報メデイア企業Facebook(以下FB)での顧客情報の流出、無断流用問題は世界を駆け巡り、プラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業によるデータ独占の在り様の如何が、一挙に浮上してきました。それはプラットフォーマーのビジネス・モデルに関わる基本問題であり、同時にそれは情報を基軸とした新たな民主主義、つまりDigital Democracyへの脅威と映ると云うものです。

その報道によるとFBを通じてユーザー調査をした英ケンブリッジ大学の心理学教授が、そこで得た約27万人の個人的嗜好や行動にまつわるデータを不正に英コンサル企業、CAに渡したと云うのが事の始まりでした。当教授が調査を通じてユーザーデータを取得するのはFBとの契約に基づき合法とされるものでしたが、それを許可なく第三者に渡す事は禁じられているのです。データはユーザーの友人情報も含まれている由で結果的には8700万人の情報がCAに流れたとされています。つまりCAへの情報の不正流出、彼らの不正取得という問題ですが、その核心は、同社はそうした情報をベースに個人の行動データをAIで分析し、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を使って選挙時の投票行動に影響を与えるビジネスを運営するコンサル企業ですが、2016年の米大統領選ではトランプ陣営に有利になる様に「情報戦」を仕掛けたとされる点でした。つまり、膨大な個人情報の政治活動への利用、それも無断で、と言う点です。米議会は事の重大さに照らし、4月10~11日、FBのザッカーバーグCEOに対して米下院議会の公聴会での証言を求めるに至り、米国はもとより世界の関心は一挙に高まる処となったのです。

序でながら、英国では3月27日、アナリテイカ社の内部告発者が英下院の委員会で、2016年の英国のEU離脱を問う国民投票にも関与した事を証言したのですが、これが大きな議論を呼んだのは云うまでもありません。因みに「もしその関与がなければ?」との委員会での質問に対して「国民投票の結果は違っていたかもしれない」と応えています。

これまでもIT企業による情報の独占という事態、それが齎す問題について、折に触れ云々されてきていましたが、今次のFB事件をきっかけとししてGAFA(Google ,Apple, Facebook, Amazon)と呼ばれる巨大IT企業を巡る環境は急速に厳しくなってきています。 その様相は、革命的ともされる情報技術の進歩を背に進む経済の高度情報化、つまりDigital capitalismの健全な進化を担保していく、まさにDigital democracy の在り方を問う処になったと云うものです。

 (注)GAFA:様々のプラットフォームで個人データーの収集と活用で成功している巨大米Digital 企業
4社、Google, Apple, Facebook, Amazon を、その頭文字を以ってGAFAと呼ぶ処、いずれも元々はIT
企業で、近時自動車、金融、物流、リテール等、IT業界以外の事業領域への展開を押し進めててきて
おり、このため競合企業だけではなく、ヨーロッパ、アジア各国でも大きな脅威を感じ始めている。尚、
これまで4社の時価総額は3兆ドル超を記録するほどに在りましたが、今次のFB流用問題で時価総額
は全体の1割ほど急落し、上位独占の姿は崩れだしています。

そこで今回発覚したFBでの個人情報流用問題の実状と同社ザッカーバーグCEOの議会証言、そして、プラットフォーマーと言われる巨大デジタル企業に象徴されるDigital経済社会の今後について考察することとしたいと思います。
処で今、手許に世界的に著名な投資家、ジョージ・ソロス氏が米論壇に寄稿した論考があります。それは今次のFBの情報流出問題が明るみとなる前の2月に寄稿された、やはりソーシアル・メデイア企業の行動、つまり個人情報の独占について警鐘を鳴らし、規制することの必要性を訴えるものでした。 そこで手順としては、まずソロス論考をレビューする事から始めることとしたいと思います。そして今次のFBによる情報流用問題に潜むDigital Democracyの脅威と、それへの対応について、日本の実状とも併せ、考察することとしたいと思います。(2018/4/26)


― 目 次 ―

第1章 デジタル・デモクラシーの脅威    
         
(1)George Soros氏の警鐘
  [世界の政治の生業 ]
  [デジタル企業の業態 ]
  [高度デジタル社会に潜む脅威]

(2) デジタル・デモクラシーの基本

第2章 Facebook ,Mark Zuckerberg CEOの議会証言とIT企業
                       
(1)Facebook の個人情報流用問題
  ・FBのビジネス・モデルと成長神話
  ・デジタル経済における競争の確保

(2)EUの個人情報規制と日本の対応
  ・日・EU間の個人情報の保護

‘終章’ にかえて:いま超情報化時代の入り口にあって

(1)デジタル経済の深耕
  ・21世紀はデータの世紀

(2)Joseph Stiglitz氏の見立て

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第1章 デジタル・デモクラシーの脅威

(1) George Soros氏の警鐘

世界的な投資家、George Soros氏が米論壇Project Syndicateに投稿した2月14日付論考「The Social Media Threat to Society and Security」は巨大デジタル企業の独占を許すなと云うものですが、それはデジタル世界の中の民主主義、つまりデジタル・デモクラシーに映る脅威への警鐘となるものでした。そこで、多少長くはなりますが、以下、3点に絞って、その概要を列記したいと思います。

[世界の政治の生業]
・開かれた社会がいま危機に瀕している。プーチン・ロシアに代表されるようなマフィア国家が台頭しており、米国ではトランプ大統領がそうした国家を作ろうとしているようだが、それは無理だ。憲法や制度、活力ある市民社会が許さない。

・開かれた社会だけでなく文明全体の存続も危機にさらされている。勿論、北朝鮮の金委員長、米国におけるトランプ大統領の台頭がこの事態に大きくかかわっている。そして巨大な米 デジタル企業の台頭と独占行為は米政府の権力を脆弱にする。デジタル企業はしばしば革新的で人を開放する役割を果たしてきた。然し、Facebookや Googleが力を強めてきた結果、かえって革新の障害となり、さまざまな問題を引き起こす要因となってきている。つまり、力を持ったメデイアの傲慢さが、人々が気づかないうちに民主主義や選挙に介入し、考え方や行動に影響を及ぼす企業は特に悪質だ。

[デジタル企業の業態]
・ソーシアルメデイアのFacebook、そして検索や広告のプラットフォーム(基盤)を提供するGoogleが 事実上、デジタル広告市場の半分以上を支配している。そして支配力を維持する為にはネットワークを拡大し、利用者により注目してもらう必要がある。いくつかのデジタル企業はプラットフォーマーとも呼ばれ、利用者がビジネスや情報配信などのプラットフォームにできるサービスやシステムを提供している。要は、利用者がプラットフォームに向かう時間が長ければ長いほど、当該プラットフォームはその価値を高め、従って、当該企業の売り上げに寄与してきている。
更に、企業はプラットフォームの利用条件を受け入れなければならず、これがデジタル企業の収益に繋がる処だ。デジタル企業は情報を配信しているだけだと主張するが、独占に近く、実質的には公益事業者、public utilities、と言える。それだけにstringent regulation, 競争や革新、公正で開かれたアクセスとするために厳しく規制される必要がある。

・デジタル企業の本当の顧客は広告主だ。然しデジタル企業が製品やサービスを直接、利用者に売るビジネス・モデルが姿をあらわしている。利用者の関心を操作、誘導し、デジタル企業に頼らざるをえなくする。特に若者(adolescents)には有害だ。インターネット・プラットフォームはカジノ企業にも似たものがある。つまり、カジノは顧客を引き付ける技術を開発し結果として、客に賭けでお金を失わせるという事だ。デジタル時代にあっては、こうした事は、それは気晴らしとかいったことではなく、つまり直せない習性と言ったことではなく、ソーシアル・メデイア企業が各自の自律性すら失わせてしまうと云うもので、そうした人々の関心を形つくる能力が僅かの企業に集中するようになっている(ことが問題だ)。

[高度デジタル社会に潜む脅威]
・これにはJohn Stuart Mill(注:19世紀の英経済学者)が叫んだ「精神の自由」(the freedom of
mind)を守ることだが、これには多大な努力が必要だ。一旦失われるとなると、デジタル世
代、つまりデジタル時代に育った若者たちが、精神の自由を取り戻すのは難しくなってしまう
かもしれない。精神の自由がない人たちを操るのはたやすいことで、2016年の米大統領選で 
も重要な役割を果たした。

更に警戒すべき事態も予想される。専制主義国家と大規模豊富なデーターを持つ独占的デジタル企業が同盟により、目下と企業による監視が結びつくことだ。英国の作家、ジョージ・オーウエルも想像できなかったような、全体主義的な管理社会が生まれる可能性がある事だ。
特に中国のデジタル企業は米企業と肩を並べ、習近平政権から全面的な支援を受けている。中国政府は自国内では主要企業を守る十分な強さがある。一方、米デジタル企業は、中国のような巨大で急成長市場で活躍するために、既に彼らが云々する管理システムに妥協せんとしている。独裁的な指導者は自国の国民を管理する手段を強化し、更には米国やその他の世界でも影響力を拡大しようと喜んで協力するかもしれない。

・デジタル企業の行動から社会を守るのは規制当局だ。米国の当局はデジタル企業の政治的な影
響力に対抗できるほどには強くない。一方、EUでは、巨大デジタル企業が存在しないこともあって、より強い立場を取れることから、欧州でのプライバシーとデーター保護は米国よりはるかに厳しい。その欧州の事例として挙げられるのがEUの競争委員会がグーグルに対しEU競争法(EU独禁法)に抵触したとするケースで、なんと7年もかかっての結果だが、規制を導入する流れはこれにより大幅に加速した。いま課税なども含め欧州のような手法は米国の姿勢に影響を及ばし始めている。米デジタル企業のグローバルな支配力が壊れるのも時間の問題だ、と。

(2)デジタル・デモクラシーの基本

ソロス氏の指摘は、実は彼自身の経験からくるものと言われています。つまり、彼は投資家であると共に、世界の民主主義を支援する活動を続けており、ロシア系のサイトなどを通じて度々攻撃をうけてきたと伝えられています。なかには陰謀めいた虚偽情報も含まれていたと言われていますが、そうした意味からはネット情報の中身に無頓着だったデジタル企業の「無策」による被害者でもあると云う処でしょうか。デジタル企業の反競争的な行為を取り締ること、虚偽情報の横行を防ぐ事は極めて重要と、要はデジタル企業のネット運営と政府の規制は、共に透明性の高いものでなければならないとの信念を強くする仁と言われています。

そうした実体験から、プラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業によるデータの独占が進む
事は、結果として、それらデータを駆使して、ほぼすべての商品やサービスを顧客別にカスタマイズする力をもつようになり、更にデータの不当な収集はプライバシーの侵害をも齎す処ともなれば、これはもはや単なる事業モデルの変化ではない、自由民主主義への根本的脅威を意味する変化であり、従ってこうした市民の自主性(精神の自由)を手放させんとするような事態に警鐘を鳴らさんとするのです。 又、企業が進めるビッグ・データ解析やAIを使った監視システムと、既に発展している国家主導の監視システムとが結びついた際のリスク、つまり膨大なデータを握るIT企業と国家との同盟が、ジョージ・オーウエルも想像できなかったような全体主義的管理社会の生まれる可能性、その脅威を指摘するのですが、言い換えればdigital democracyの基本を質す処というものです。

ではそうしたリスク環境にどのように向き合うべきなのか、後述のように規制対応が前面に出てくる処でしょうが、Financial Timesは、より基本的にはデータの力を理解する新世代の「市民科学者」(New generation of citizen scientist)を育てることであり、データの力を人々が本当に理解するようになれば、データに対する自分たちの所有権と、その管理する権利をもっと拡大するよう要求し始める筈と、まさにデジタル民主主義の基本を問うのです。(Rana Foroohar、Financial Times Jan.29,2018) 

今次のFBによる個人情報の流出、情報の無断流用問題こそは、そうした警鐘を現実とするものと言え、前述の通り、今や世界的広がりを持った問題となって迫る処です。勿論、日本にとってもこれが対岸の火事として収め得るものではありません。そこでソロス氏の警鐘を踏まえながら、今回、米議会で行われた公聴会でのザッカーバーグCEO証言、議員の指摘から見える今後のITビジネスの方向、更に世界は、今データの世紀に入ったと言われる折、情報を基軸とした経済、それはdigital capitalismと捉えられる処ですが、その情報資本主義の行方についてdigital democracyの切り口から考察していく事とします。


第2章 Mark Zuckerberg CEOの議会証言とIT企業
 
(1)Facebook の個人情報流用問題

4月10・11日と二日にわたって開かれた公聴会(米上院の司法委員会と商業科学運輸委員会との合同)で、議員が追求したとされるのが次の三点、一つは「ニセ」ニュースや情報流出の再燃がないか、どうか。つまりは情報管理・個人情報保護規制などへの対応について、二つは個人から得たデータをテコに広告で稼ぐFBのビジネス・モデルの在り方について、三つ目としてFBの強大さについて、集中したと伝えられています。
尚、公聴会ではザッカーバーグCEOはFBは「IT企業か、出版社か」と問われた際は、「FBはコンテンツは作っていないが、コンテンツには責任を負っている」と説明していましたが、公聴会を通して言える事は、中立なプラットフォーム(基盤)を自任することが多かったネット企業は、今、社会的な影響力を含め「ニセ」ニュースの排除等、より多くの責任を背負う局面に置かれることになったと云うものです。

・FBのビジネス・モデルと成長神話
そもそもプラットフォーマーと呼ばれる情報提供企業、FBのビジネス・モデルですが、それは、多くのユーザーに無料でサービスを使ってもらう代わりに、利用者のデータを使い魅力的な広告枠を売る事で急成長した企業で、言うなれば「場所貸し」業とも言える処です。

では具体的にはどのような運営システムとなっているか。FBの会員になるにはまず、氏名や生年月日等を登録する必要があります。そして「利用規約」と「データに関するポリシー」、「コミュニテイ規定」の三つに同意しなければなりません。尚、一旦利用を始めると規約を改めて目にする事はなくなり、半ば「自動更新」の形で規約を受け入られているのが実際です。そしてデータポリシーでは「個人を特定できる情報は利用者本人の許可がない限り、パートナー企業とは共有しません」と明記されています。言い換えれば、個人が特定されない範囲では使われる可能性があるという事です。つまり年代や趣味、どんな投稿に反応するかといった「属性」が吸いあげられ、広告ビジネスなどに多用されている(日経:2018/4/11)、というものです。

勿論この時点では、個人情報が悪用されているとは言い切れません。今回のような情報流用はFBにとっても「想定外」だった、第三者にまでデータが流れるまでは想定できなかった、としていましたが、公聴会で証言に立ったザッカーバーグCEOは冒頭、その点について規約に落とし穴があったこと、併せて管理上の責任について、その過ちを認め、謝罪すると共に管理の厳密化を目指すと証言したのです。 元よりFBから個人情報が大量に流失した事自体大きな問題とされる処、事の本質はFBから最大8700万件の個人情報が英選挙コンサル会社に不正にわたった結果、2016年の米大統領選でトランプ陣営に有利なメッセージが有権者に送り続けられたことで大統領選という民主主義の「本丸」に影響が及んだ、つまり民主主義の根幹を揺るがす事態に繋がった事にあるとされる点でした。まさにFBが「米国の民主主義を揺るがしたのではないか」との批判が集中する一方で、個人情報を独占して巨利を稼ぐビジネスモデルへの疑念を齎す処となったと云うものです。

要は、今や、利用者が20億人にも達するというマーケットの膨大さと、その影響力にも照らし、半ば「公の空間」となってきたにも拘わらず、プライバシーを守るルールは後回しとなっていたことで、SNSの先駆者の成長神話はゆがみ、今年3月にその綻びを露わとしたと云う処です。
以下で示すように各国で強まるデータ保護規制の動きとも併せてみるとき、これまでのビジネスモデルを以って高収益の維持は容易ではなくなる事が予想され、瞬時その姿は岐路に立つネットの覇者FB,フェースブックと映る処です。

・デジタル経済における競争の確保
これまで、米西海岸のIT大手企業は、起業家精神を体現し、資本主義を革新する旗手と見なされてきました。ただ最近では、こうした企業が情報や富を「独占」することに因る負の側面が指摘されことが増えてきており、これこそはデジタル経済における自由競争の在り方が問われる処、これがDigital democracyにおける脅威と映る処です。

つまり従来の産業では、市場の独占は利用者の利益を損なうもので、従ってその弊害を排除し、効率的な経済活動を担保するために独禁法があるのですが、データの世界では、大量のデータを持つことほど、利便性の高いサービスを提供できることになり、便利なサービスを提供する企業が更に、データを集め、独占が進むことになると云うものです。それでもFBのケースにも照らす時、規制は必要となる処でしょう。前述の通り、16年の米大統領選中、ロシアが関与したとされる大量の「ニセ」ニュースが流れたとされる点について、ザッカーバーグCEOは「我々はメデイアではない」と抗弁していましたが、その動向は米民主主義の根幹を揺るがす処とされ、もはや「知らない」では済まされない影響力と対峙する時、改めて厳しい規制が求められることになるものと思料される処です。確かに公聴会が終わった今、焦点はプラットフォーマーに対する「規制」に移ってきたと云う処です。

では利便性を追求しつつ、データ独占にどう歯止めをかけるか、つまり個人情報保護と競争政策とが交わる新しい分野にどのように取り組んでいくかという事ですが、それはデジタル経済における競争の確保を如何に図るか、つまり競争政策を定義し直す事であり、併せてデジタル時代の企業責任について再定義が求められる処と思料するのです。これこそはまさに‘データの世紀’と言われる今後の新たな課題とされる処です。 
もとより銘記されるべきは、当該democracyを如何に担保していくか、にあるのです。

(2) EUの個人情報規制と日本の対応

この5月、EUでは個人情報の取扱いについて厳しく規制する個人情報保護規制「一般データ保
護規則」(GDPR:General Data Protection Regulation)(注)が導入されることになっています。
これは7年をかけ、検証の上での新たなnew privacy standards と違反者への重い懲罰基準を核
とする厳しい内容となるもので、相応の斯界評価を得る処です。それでもon line ethicsの専門
家からはもっとtransparent ,fair, democratic ,and respectful of personal rightsを堅持したインタ
ーネットへの道筋を求めるべきとの指摘を残す処ですが、規制のみに頼ることなくプラットフ
ォーマーが自らを律して社会問題の発生を防ぐことに努めていくべきが本筋であり、安心や安
全の確保と技術革新を両立する道を探ることがより必要なことと思料するのです。

(注)「一般データ保護規制」(GDPR)への対応ポイント(日経2018/4/16)
・データ保護責任者(PDO)の専任:専門性と独立性を持つ必要性がある
 ・データ保護評価影響評価:データ処理が個人の権利を侵害するリスクが高いとき、実施義務
    ・当局への通知体制構築:データ漏洩などを当局に通知するのは侵害を認識後72時間

・日・EU間の個人情報の保護
尚、4月25日付日経は、EUから日本に移す個人情報の保護について、両者間で、新たな指針を設けることで合意した旨、報じていました。EUは欧州の個人情報を域外に移すことについて、情報の保護がEU波の水準に達している場合に限って認めて認めており、現在、認定を受けているのはスイス等11か国・地域で、認定のない日本は2015年からEUと交渉を続けており、このほど事実上、妥結したと云うもので、早ければ今夏にも新たなデータ移転の枠組みが発効することになっています。これにより、例えば、EUでECサービスを展開する企業の場合、現地にサーバーを置かなくてもEUの利用者情報を本社で一括管理、分析ができ、現地子会社の人事情報も本社で効率的に管理できることになると云うものです。新たな指針を設け、情報保護と円滑な企業活動の両立を目指すと云うのですが、当然と云えば当然のことですが、FBの個人情報不正利用の問題が如何に問題意識を新としたかを感じさせる処です。

序でながらFB問題さなかにあって日本企業は、個人データの活用に躍起になっていると言われていたのです。その背景は、やはり大手米IT企業がデータ市場を、いわば支配している現状への危機感に負う処と云われています。確かに、‘ネットの検索や閲覧の履歴でグーグル’、‘携帯でアップル’、‘SNSでFB’、‘買い物履歴でアマゾン’と言った具合で、便利なサービスを提供し、大量の個人データを囲い込むことで成功したGAFAの牙城に風穴を開けねば競争が成り立たなくなるとの思いがあってのこととされる処です。その点、今次FB問題はFBのビジネスモデルの見直しを不可避となる処、これがその風穴になるものか、その対応推移が注目されている処です。


‘終章’にかえて: いま超情報化時代の入り口で思う

(1)デジタル経済の深耕

FBの個人情報流用問題で改めて認識させられたことは、米大統領選で有権者の行動に影響を与えた事からも分るように、データ分析は個人の行動をも動かす領域にまで高度化したという事でした。全世界のFBの利用者は月間20億人以上といわれています。FB上での反応を分析して広告を打てば、この膨大な利用者、つまり消費者市民を大きく動かせ、更には政治をもという事です。この点、米コロンビア大、S.マッツ准教授らの研究によると、「いいね!」ボタンの押し方などから得た嗜好に沿って、その個人に合った化粧品の広告を流すと「購買数は54%増えた」由(日経4/03)、報告されています。

・21世紀はデータの世紀
つまり、ネットの検索情報や車の走行情報が新サービスを生み、経済や政治のデータがマネーを動かすというデジタル経済、新たな経済の生業が、今急速に進みだしており、米インテルやIBM、中国アリババ等、IT大手の経営者は、「データは新たな資源」、「新たな石油」と口を揃えて指摘する処です。限りある石油と違い、猛烈な勢いで膨張するデータを世界中の企業が吸い上げ、因みに、人口衛星を打ち上げ、それを通して地上のモノの動き、例えば貨物の移動を子細に、見逃すまいと目を光らせ、公式情報より早く経済動向を予測できるような状況が生まれてきています。つまりビッグ・データが支配する環境が急速に進みだしていると云うもので、この点、20世紀を石油の世紀とすれば、まさに21世紀は‘データの世紀’と呼ばれる所以です。

その先端を走るのが、前述の「GAFA」と呼ばれる米IT4社。だったのですが、前述の次第でGAFAは今や逆風の中にある処、その姿は、石油の世紀と言われた勃興期の石油産業が、その後の独禁法等、との関係で再編が進み、かつてはseven sistersと言われた巨大7社が今では4社に集約、再編されてきていますが、そうした姿と重なる処ですが、データの世紀が問いかけるのは、そうした産業構造の転換や企業間の攻防に留まらず、更に、世界的広がりを持った新たな競争秩序の見直しが迫られていく事になるもの思料するのです。
同時に、デジタル化が可能にする‘新しいグローバリゼーション’によって、今、超情報社会という新しい社会の入り口にあることを強く自覚させられる処です。 慶大教授の山本龍彦氏は「宗教や民族や国家といった従来の枠組みに代わり、情報を軸とした世界秩序の構築が始まる」(日経4/3)と予測するのです。元より、その先はnobody knowsです。

それでも20世紀と対比することで、具体的な方向が見えてくると思料するのです。つまり20世紀は「ヒト」、「モノ」、「カネ」を集約し、規模が物をいうと言った経済で、その典型を自動車産業に見る処です。一方、21世紀をどう見るかですが、ITを活用した分散型の経済が発達したことで「巨大企業の存在感が低下し、個人や小規模の事業体の役割が増していく事になる」とは、世界的文明評論家で独メルケル首相のブレーンとしてIndustry 4.0を理論的に牽引してきたJeremy Rifkin氏の指摘ですが、ここで重要なことは機動力で、規模はかえって邪魔になると云うものです。つまり、知の力で、「小」が「大」を制する時代が始まったという事で、その視点への理解を深めながら、日本経済、世界経済を俯瞰し、然るべき対応準備していく事が、求められる処と思料するのです。

(2)Joseph Stiglitz 氏の見立て

処で、周知の通り、トランプ政権が2年目に入った今年を境として、彼のAmerica firstは保護貿易行動、つまり輸入制限措置という形で具体的に動き出し、まさに事態は佳境に入ってきたと云った処です。元よりその戦略上の対抗目標は中国にあることは鮮明です。 昨年末、発表された米国の「国家安保戦略」では中国を「戦略的競争相手」と位置づけると共に、米中貿易のインバランスの解消を第一としているのですが、これは通商戦略を介した米安全保障戦略と読み替えられる処です。そしてトランプ政権の対中輸入抑制政策の内容を見て行くと、その狙いが目下中国政府が推進中の「製造強国2025年」、とりわけ彼らが目指す情報通信等技術開発に向けられていることが鮮明となってきています。

さて、Stiglitz氏は、4月5日付の寄稿論考「Trump’s Trade Confusion」で、トランプ主導の米中貿易摩擦を巡る環境について分析する中で、とりわけ先進国が中国について注目すべきことは、中国が、将来的に基幹産業において主導していく事になると指摘し、そのポイントはartificial intelligence, AIだと云うのでした。周知の通り、AIこそはビッグ・デ―タに負う、つまりデータのavailability次第という事ですが、それはprivacy ,transparency ,security に関わるもので基本的にはpolitical matter だが、中国については、世界中からデータの収集のために、経済界と政府が一体となって対応を進めており、その点で中国は大いなる優位にあるというのです。(この点は多少、引っ掛かる処ですが) そして、AIにおける有利な要因は技術分野だけの話ではなく、経済のあらゆる分野に係る話だけに、それへの対応としてAI への開発基準、或いはAI関係技術についての国際協定を検討する要があるとも云うのです。

AIと云えば筆者は4月初め、東京ビッグサイトで開催されたAI Expoを見学、まさにdeep learning の実際をじっくりと見ることが出来、まさに「シンギュラリテイ」という転換点に向かう様相を実感させられてきました。アメリカのAI研究者のレイ・カーツワイル氏が提唱し、特定した到達点、「2045年」を待つことなく進んでくるのではと、感じるものでしたが、それこそは、いつまでも従来の発想と同様な対応では、left behindとなるのではと多少恐ろしさすら感じさせられてきた次第です。

・デジタルとリアルの融合
処で、日本政府は、この5月、医療ビッグデータ法(次世代医療基盤法)の導入、施行することとしています。医療データを活用して効率的な医療サービスを提供せんとするもので、その為の環境整備が進められていると報じられています。まさに医療ビッグデータ構想です。が、どうも患者にとって必要なデータとは何なのか、ニーズが不明確なデータ集約に意味がないとか、まさに五里霧中の医療ICT構想と云った様相です。どうも国の描く構想と医療現場の実態との間には大きな乖離があるようで、どうも基本的には各病院が夫々の資料記録を出したがらない点に集約されそうです。もとより夫々当事者がビッグデータに対する理解があって初めてスタートする事になるはずですが、現実は医療の現場と行政との乖離だけが目立ち、これでは仏作って魂入れずとなってしまうというものです。折角のビッグデータといい、AIの活用と云い、これが現実の「場」に生かされるにはまだまだ時間がかかるようです。日本のAI技術は素晴らしいと言われていますが、一時が万事と思えてなりません。前述の通りで、人口頭脳でなくAI技術を理解し活用できる人材の確保に向かうべきでしょう。4月23日からドイツで開催された世界最大級の産業見本市「ハノーバメッセ」でのキワードは「デジタルとリアルの融合」だそうです。ドイツが官民挙げて推進する「インダストリー4.0」の更なる進化を目指すものです。今、求められているのは、‘ものごと’ を変えていくmanagementなのです。

以上
posted by 林川眞善 at 11:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする