2022年05月26日

2022年6月号  Bretton Woodsの体制再構築、そして新たな資本主義の創造を、唱導する二人の女性 - 林川眞善

目  次

はじめに 世界経済は今         
     
(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
・米NYU Nouriel Roubini 氏の見立て
・IMF経済予測と世界の物価動向
(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性        
               
第1章 世界経済の刷新に向けて

1. The New Bretton Woodsの構築を
・対ロ制裁と国際連携 / ・国際秩序再構築と世界平和
2.イエレン氏講演の反響
               ・ラナ・フォルーハー氏の指摘 / ・新自由主義の行方

第2章 「新しい資本主義」をつくる時代

1. ミッション・エコノミー
2. ロンドンで語った岸田氏の目指す「新しい資本主義」
(1)岸田氏が目指す「新しい資本主義」の「かたち」
                (2)「公益重視企業」の育成、「貯蓄から投資へ」のシフト

おわりに 安倍晋三氏の使命とプーチン氏の学び
        
(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」             
(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
   ・イタリア映画「ひまわり」         
〆                  
はじめに 世界経済は今 

(1) Stagflationary stormに覆われた世界経済
 
・米NYU、Nouriel Roubini氏の見立て
Roubini氏は論壇Project Syndicateへの4月25日付寄稿論考 ‘ The gathering stagflationary storm’ では、インフレの高まり、成長停滞を示唆する指標からは、先進国のみならず途上国も含めた全世界経済が、スタッグフレーションに向かいだした、まさにnew realityと向き合う状況になってきたとする処です。その最大の理由は、生産活動の停滞と拡大するコスト増を背景とした一連のsupply shocksにあって、もはや驚くことではないとするのです。

COVID-19のパンデミクが多くの分野でロックダウンを結果し、グローバルなサプライチェーンの崩壊を齎し同時に, labor supply,とりわけ米国での労働力不足が続く中、ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギー価格の高騰、金属原料 更には食糧や肥料の価格高騰も加わりインフレ効果が進む状況とするのです。そして今、中国、とりわけ上海では厳格なCOVID-19のロックダウンが実施され、それがサプライチェーンの崩壊、運輸網の混乱を齎して更なる混乱を招く処と云うのです。

尤も、そうした事態の発生があるなしに拘わらず経済の現実は、中期的に見ても暗く、インフレの高騰、低成長そして世界的なリセッションは避けられない、つまり、stagflationary な状況は続くと指摘するのです。そしてその現実として、グローバル化の後退と保護主義への回帰、人口の高齢化進行、移民受け入れの後退、そして米中のnew cold warの要因が加わってくると云うのです。更にclimate changeもstagflationary要因と見る処です。勿論、public healthも同様に、もう一つの要因とも云い、cyberwarfare, サイバー戦争も予見する処です。そして、そうした環境にあって始まったロシアのウクライナ侵攻は、Zero-sum great power politics への回帰を意味すると云うのです。 今日、ロシアはウクライナや西側と対峙しているが、それは核路線を走るイラン、そして北朝鮮、更に台湾を取り返すという中国、に向かう事になるだろうと云い、いずれのシナリオも米国との激しい対立を誘引することになると警鐘を鳴らす処です。全てはウクライナ戦争の推移の如何って処でしょうか。

・IMFの経済予測と、世界の物価動向
さてIMFが4月19日、公表した改定版 世界経済の見通しでは前回、1月の予測より0.8ポイント下げ、2022年の成長率は3.6%と見る処です。ロシアのウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げが経済を冷やす様相ですが、その物価上昇が日米欧で長引く兆候が出てきたことが今、最大の懸念材料となる処です。

具体的には、「予想インフレ」の上昇です。予想インフレ率とは、家計や企業、市場が予想する将来の物価上昇率で、将来の物価をどう想定しているかを示す指標ですが、日米欧の中銀では2 % の物価の上昇を目標とする処です。

それが今、米国では約8年ぶり、ユーロ圏では9年ぶりの高水準に達したことで世界経済の先行き不透明感は増す処です。(日経5/11) 米労働省が5月11日 発表した4月のCPIは前年同月非8.3%の上昇で1981年12月以来の高水準を記録、ユーロ圏でも20年3月の0.7%から4月下旬には2.4%までにも上昇してきています。ウクライナ侵攻による資源高でCPIが一段と押し上げられたことがその事情となる処です。そして、日本も、デフレマインドが定着したとされてきたものの、物価観は急速に変化を見せる処です。

・日本も物価高の長期化が懸念
5月16日、日銀が発表した4月の国内企業物価指数(企業間で取引するモノの価格動向。構成品目は744品目)は113.5と、前年同月比で10.0%の上昇です。前年の水準を上回るのは14カ月連続です。ウクライナ侵攻などの影響で石油・石炭製品などエネルギー関連を中心に幅広い品目で価格が上昇したことで、指数の水準としては60年の統計開始以降で最も高い水準との由。 こうした物価の上昇に拍車をかけるのが円安の動きで、いまや物価高騰が日本経済の中心課題となる処です。政府は5月17日、経済支援の為、2022年度第一次補正予算(追加予算、2.7兆円)を組み物価上昇によるnegative影響に対処する処ですが、ウクライナ戦争効果が表れてくるのがこの夏以降と見られているだけに、物価高騰の長期化への懸念が強まる処です。(一般予算歳出総額は110.3兆円)

5月18日、内閣府が発表した1~3月期GDPは年率換算で1.0%の減、2四半期ぶりのマイナス成長。これはオミクロン型新コロナ拡大で、‘蔓延防止重点措置’に負う個人消費の伸び悩みを強く映すと云うものでした。

(2)世界の「今」からの脱皮をと、唱導する二人の女性
日本を含む世界経済の実状は上記の次第で、「経済のグローバル化」の大前提も崩れんばかりと映る処、とりわけロシアのウクライナ侵攻は、これまで当然視されてきた国家間の相互依存も「経済の武器化」と、むしろ脅威と映る様相にあって、そんな状況からの脱出が喫緊の課題と、それへの取り組みをと唱導する二人の女性に斯界の関心の集まる処です。

その一人は、4月13日ワシントンで開かれたアトランテイック・カウンシル総会で、世界経済の今後について講演した米財務長官のジャネット・イエレン氏、そのタイトルは「Way forward for the global economy」。もう一人は,「ミッション・エコノミー( Mission Economy – A moonshot guide to changing capitalism)」の著者、英UCL教授のマリアナ・マッツカート氏。 日本では昨年12月、翻訳出版(ニューズピックス社)

前者はまさに国際秩序のあるべき方向を語り、世界統治の新たな枠組みの創造を訴える、まさにNew Bretton Woods創造を目指さんとするもの。後者は、危機に瀕したとされる資本主義を再定義するものと云え、要はこれからの経済社会に於ける行動様式を示唆するもので、「国×企業で,『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするものです。  尚、「新しい資本主義」と云えば岸田首相が就任時、日本経済の目指す姿として掲げたスローガン。偶々ロンドン滞在中の岸田氏は5月5日、ロンドン・シテイーで「new form of capitalism」と題して講演を行っています。そこで今次論考はこの二人の女性が語る世界観に、岸田スピーチをも併せ、今後の世界秩序、新しい資本主義に向ける経済行動について考察します。


            第1章 世界経済の刷新に向けて 

1. The New Bretton Woods の構築を

4月13日、イエレン米財務長官はワシントンで開かれたAtlantic Councilの総会で、ロシアによるウクライナ侵攻で揺らぐ世界経済の今後について, 講演を行い、プーチン・ロシアのウクライナ侵攻、そして対ロシア制裁に中国が協力しなかったことが世界経済の転換点となったこと、併せてドルを基軸通貨とする第2次世界大戦後の金融秩序を定着させたブレトンウッズ体制のような新たな国際秩序の枠組み作りを次期IMF & 世銀総会でそれらの改革を呼びかけたいと云うものでした。そこで財務省が準備したプレス・リリース [Secretary of the Treasury Janet Yellen on Way Forward for the Global Economy]を手元に置き、以下その内容をフォローしたいと思います。

・対ロ制裁と国際連携:今や国際環境となった国際連携による対ロ制裁の現状、そして将来的にも当該国際連携の重要性を強調し、ロシアのSWIFTからの排除、等一連の対ロ制裁に言及、併せて国際経済の規範となっているルールや価値観の優位を誇示し、こうした連携こそがロシア対抗の基本と強調。併せて、COVID-19から今なお回復途上にあって、ロシアの侵攻が齎している食料安全保障の問題に晒されている275百万人を抱える途上国への支援体制、food system確立のため国際社会と連携し、問題解決に向かっていくとするのです。

と同時に、戦争を「静観」する国々は近視眼的と批判する一方、中国に対してロシアとの「特別な関係」を利用して、停戦に向けてロシアを説得することを「fervently、切に望む」とし、併せて、「ロシアに対し断固として行動する必要があるとする我々の呼びかけに中国がどのように対応するかで、世界各国の中国に対する態度が影響を受ける」とも語るのです。

・国際秩序再構築と世界平和:そして改めて、ロシアのウクライナ侵攻がまさに劇的に国際秩序の混乱を招いており、従って、その秩序の再生と世界の平和と繁栄を確保していくためには先進国、途上国も併せ、同じ路線にたった秩序維持の必要を実感させるとし、同時に、色々なchallenge、試練等、グローバルに広がるリスクに照らし、既存の国際機関、IMF や World Bank等、国際金融機関のより一層の近代化を進め、21世紀に対応したものとしていく事の要を痛感していると云うのでした。そしてこれら挑戦に対峙していくためにも国際間の信頼と協調を高め、以ってglobal public goods (公共財)を確保していく事、そしてその為の前提として以下6項目の整備をと、主張するのでした。

・多国間貿易システムの現代化― friend-shoring of supply chainsの推進
・昨年来のglobal tax制度の整備 / ・IMFの金融危機の火消し役の役割の強化
・途上国の人々の生活の安定、確保のための戦略、政策資本の効率化
・エネルギーの確保政策、将来のクリーン・エネルギー確保に向けた開発・推進
・パンデミク対抗としてのglobal healthの確保

つまりはNew Bretton Woodsの構築を、とする処です。そして最後に、`We ought not wait for a new normal. We should begin to shape a better future today’ と、ルーズベルト大統領の言辞を引用して締めるのでした。

   (注)連合軍のノルマンデイ上陸作戦時、ルーズベルトは以下の言葉を残したのです。
    ―It is fitting that even while the war for liberation is at its peak, (we) should gather
    to take counsel with one another respecting the shape of future which we are to win.

2.イエレン氏講演の反響

イエレン氏講演を受けFinancial Times, April 18,は、同社コラムニスト、Rana Foroohar氏の ‘It’s time for a new Bretton Woods’と題したpositiveなコメントを載せる処です。

・ラナ・フオルーハー氏の指摘
まずイエレン氏の講演についてフォルーハー氏は以下2点を指摘するのです。まず、米国の通商政策は今後、単に市場の自由に任せる方針から脱却し、一定の原理原則を守る事を軸に据えることを示唆した事、そして、この原理原則には国家主権やルールに基づく秩序、安全保障、労働者の権利等が含まれるだけに、イエレン氏が米国は「自由かつ安全な貿易」を目指すべきと語ったことを評価し、併せて、いかなる国・地域も「重要な原材料や技術、製品について市場の優位を利用し、経済を混乱させるための力を持ったり、不必要に地政学的影響力を得たりする事は許されるべきでない」とした指摘についても評価するのです。

そして、イエレン氏が講演の中でreferした「friend-shoring (フレンドシヨアリング)」を、ポスト新自由主義時代を表すnew wordとして取り挙げ、今後、米政府は「世界経済のあり方について『一定の規範と価値観』を共有する『多数の信頼できる国・地域』にサプライチェーンを整備するフレンドシェアリングの姿勢を評価する処です。
つまり、自由貿易は各国・地域が共通した価値観の下に対等な立場で行動しなければ本当の意味で自由にならない事の反証とも云え、政治が深く絡んだ経済の現実を認めた事になる、と指摘するのです。

・新自由主義の行方
フォルーハー氏によると、「新自由主義」という言葉が最初に使われたのは1938年、パリで開かれたWalter Lippmann Colloquium (ウオルター・リップマン会議)(注)だと云うのですが、当時の新自由主義者らは世界の市場をつなげる事、つまり各国を超越した、一連の機関によって資本と貿易をつなぐ事ができれば世界は無秩序に陥りにくくなると考えられていた由で、その考え方は長い間機能してきたが、それは自国利益と世界経済とのバランスがあまりにもかけ離れることが無かったからだとするのでした。

   (注)ウオルター・リップマン会議:1930年代、経済学者、社会学者、ジャーナリスト、
実業家らが集まり、世界の資本主義をフアシズムや社会主義から守る為の方策を議論
した場。当時の状況は、スペイン風邪パンデミック、インフレ、等、様々な意味で今のそれと一致するとされる処。

米国で変化が現れだしたのはクリントン政権(1993~2001)下の90年代末。それまで
米国は各国と相次いで自由貿易協定を結び、2001年には米国の主導による中国のWTO加盟に漕ぎつけて来たのでしたが、問題はその後の中国の行動です。つまり「中国は様々な面で国営企業に依存しており、新自由主義体制の恩恵を受けながらも、米国の安全保障上の利益を不当に損なうと思われる行為をしてきた」とのイエレン氏の指摘に注目する一方、多国間にわたるサプライチェーンは非常に効率的でビジネスコストの削減という意味では優れているが、そのレジリエンスの低さに触れながら以下、指摘するのです。

つまり、岐路に立つ今日の世界経済は、ブレトンウッズ体制を創り上げた新自由主義者らが直面していた状況と似ていなくはないが、その実態は現実的な問題への対処にあってのことで、その点、今次講演でイエレン氏は、自由民主主義にとって大切な価値観を出発点として国際機関の見直しを提言したことを高く評価するのでした。期待する処です。


第2章 「新しい資本主義」をつくる時代

Bretton Woodsの再設計が迫られる新環境にあって、その実践的あり方ともいえる経済の行動様式として、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと、英UCL(University College London)教授、マリアナ・マッツカート氏が標榜する、新たな行動様式に多くの関心が集まる処です。具体的には前述の通り、2021年12月、翻訳出版された「ミッション・エコノミー (Mission economy)」、 「国×企業で『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」を副題とするもので、その概要は以下次第ですが、時に英国滞在中の岸田首相は5月5日、自らの経済政策についてロンドン・シテイーで講演を行っており。そのタイトルも「新しい資本主義」。そこで併せて報告したいと思います。
       
1. ミッション・エコノミー

マッツカート氏はまず、国と企業で「新しい資本主義」を作る時代が来たと云うのです。
それは政策や企業活動は「公共の目的」を中核に据え、官民の関係も「ミッション指向」を土台とした「新しい協業」が求められるとする論理です。そして掲げるべき目的は、経済安全保障、デジタル社会の実現、脱炭素、人権等、多々ある処、そうした価値の同時実現を目指すことをミッションとして、新たな秩序を模索することと、云うのです。
そして今、企業に必要なのは、「官と協業する」視点だとするのです。経済安保のミッションは国家だけでなく企業も担い手だと云うもので、因みに法案が成立しても技術を狙った中国による買収への規制の不備や官民の情報共有の欠如等課題は多く、いずれも官民協業がカギとなると云うものです。言い換えれば、新しい資本主義を実現するにはこれまでにない政治主導の経済が必要だとして、その為の重要な柱として、以下7つを示すのです。

一つは、価値に対する新しい姿勢と、全員参加の価値創造のプロセス。二つは、市場と市場形成について、三つ目は、組織と組織変革について、四つ目は、金融と長期的な資金調達、五つ目は、分配とインクルーシブな成長。六つ目として官民協働とステークホルダーの価値、そして7つ目の柱は、参加と共創の仕組み、だとするのです。

更に、官民の新しい協業の在り方について、米「アポロ計画」(1961~72:全6回の有人月面着陸に成功)が「最高の教訓」だとし、アポロ・プロジェクトには6つの際立つた特徴があった、つまり、➀ 強いパーパス意識を背景としたビジョン、➁ リスクテイクとイノベーション、③ 柔軟で禍発な組織、④ 複雑の産業にまたがるコラボレーションと波及効果、➄ 長期視点と結果重視の予算編成、⑥ 官民ダイナミックな協業体制 、を挙げ、これらが拡大されて、そこから教訓を学ぶことができれば、これまでにない新しい課題解決型の政治経済の指針になるとするのです。
序で乍ら彼女は、当時米ライス大学でのケネデイ大統領の有名な演説について、それは夢のあるビジョンに留まることなく、そこにはパーパスが掲げられていたと指摘するのです。

そして、新しい国際環境を前にして、新しい資本主義の創造を目指せとするのですが、その為には政府を作り直すこと、そしてその際は新しい美観が必要と説く処ですが、かつてガルブレイスがThe New Industrial State(1967)で、公共デザインに美意識を持ち込む必要性を説いていたことを想起する処です。

尚、マッツカート氏はUCLの「イノベーション&パブリックパーパス研究所」を創立し、所長として指揮を執る仁ですが、欧州委員会の研究イノベーション総局の特別アドバイザーとして「EUにおけるミッション志向の研究とイノベーション」を執筆し、委員会のホライズン・プログラムの核にミッションを据えた立役者で、ウィアード誌が選ぶ「未来の資本主義を形作る25人」、果ては英国版GQ(Gentleman Quarterly) 誌が選ぶ「英国で最も影響力ある50人」の一人に選ばれるなど、経済学者としては極めて異例の注目を集める女性経済学者です。

2.ロンドンで語った岸田文雄首相の目指す「新しい資本主義」

5月5日、岸田首相は上述の通りロンドン・シテイーで、自らが掲げる経済政策「新しい資本主義」(「new form capitalism」 講演配布資料表記)について、講演を行っています。
講演は以下(注)の通り8つの文節から成るもので、冒頭、ウクライナ侵攻について経済制裁や人道支援を続けると述べたのち、新しい資本主義を巡る投資家らへの説明だったと報じられています。以下では日経新聞が掲載する講演要旨をもとに、「新しい資本主義」に焦点を絞り論じることとします。

(注)講演概要(日経5月6日)
    ・ウクライナ / ・投資家へのメッセージ/ ・新しい資本主義
・人への投資 (リスキリング力強化)/・科学技術とイノベーション投資
・グリーン、デジタルへの投資 /・強固なマクロ経済フレームワーク / ・結語

(1) 岸田氏の目指す「新しい資本主義」の「かたち」
彼が標榜する「新しい資本主義」とは、一言で言って「資本主義のバージョンアップ」だと表し、要は、より強く持続的な資本主義の創造のためには避けて通れない「現代的課題」、二つを取り上げ、それへの取り組みこそが「新しい資本主義」の「かたち」とする処です。
 
「課題」の一つは、格差の拡大、地球温暖化問題、歳問題など外部不経済への対応です。
グローバル資本主義はnegativeな面を抱えながらも成長を牽引し、人々を豊かにしてきたその功績は正当に評価されるべきと、する処です。もう一つは権威主義的国家からの挑戦だと指摘するのでした。具体的には、ルールを無視した不公正な活動などにより急激な経済成長を成しとげた権威主義的体制から激しい挑戦に晒されており、経済を持続可能で包括的なものとしていくためには自由と民主主義を守らなければならないと強調するのです。

そして、これまで経験した資本主義の変化について、「レセフェールから福祉国家への転換」、そして「福祉国家から新自由主義への転換」と、2度の転換を経験してきたが、そのたびに「市場か国家か」、「官か民か」と、揺れ動いてきた。そして今、目指す「新しい資本主義」は3度目の転換と位置付け、そこでは「市場も国家も」であり、「官も民も」だとするのでした。つまり、「官」はこれまで以上に民の力を最大限引き出すべく行動し、これまで「官」の領域とされてきた社会的課題への解決に「民」の力を大いに発揮してもらう、つまり社会的課題を成長のエンジへ転換していくとするのです。要は民間の投資を集め官民連携で社会課題を解決し力強い成長を目指すとするもので、具体的には「公益重視」の企業の育成、と併せ貯蓄から投資へのシフトを促すとするのです。
    
(2) 「公益重視型企業」の育成、「貯蓄から投資へのシフト」強化
今、米国では短期的な利益追求の経営に批判が集まる中、環境や貧困等、いわゆる社会の課題に取り組む企業を「公益重視型企業」として育てる方向にあり、そのための法整備が進む状況が伝えられる処、日本でも導入の動きが出てきたとされ、岸田スピーチはその流れを織り込んだものと云え、「公益重視型」企業の育成を目指すとしながら、短期利益偏重を見直すと強調するのでしたが、前出マッツカート女史に通じる処です。 加えて「貯蓄から投資へ」の流れを加速させることで、「資産所得倍増」を目指とする点ですが、これが成長より分配を重視する岸田政策への市場からの批判への対抗を意識してのことと思料するのですが、その点で、当該政策の肉付けを行い、実行貫徹すべきと思料する処です。

尚、「人への投資」の重要性に触れる中、「リスキリングの強化」を力説していました。リスキリングとは一般にデジタル人材への転身に必要なスキルを再教育で身に付けることを指す処です。そこで、これが企業の責任と位置づけ、それを政府が支援し、労組も協力するような姿が実現すれば、それこそは彼の云う「新しい資本主義」を体現する一つの姿になるのではと思料するのです。それだけに、これら対応推移は要注視とする処です。

序で乍ら11日、国会では「経済安保推進法」が成立を見ました。推進法が規定するのは、半導体など戦略物資を特定国に依存しないサプライチェーン作りの後押しです。同法の実施適用は、23年から段階的に施行予定の由。本件については別途の機会に触れたいと思いますが、ウクライナ侵攻で、経済と安保の変化のスピードを改めて実感させられる処です。


おわりに  安倍晋三氏の使命、プーチン氏の学び
              
4月12日付で安倍晋三氏がProject Syndicateに寄稿しているのを承知しました。題して ‘ US strategic Ambiguity Over Taiwan Must End ’(米国は台湾に係る「戦略的曖昧な政策」は改めるべき)です。以下はその概要です。

(1)安倍晋三氏と米政府の「Policy of Strategic Ambiguity」
ロシアのウクライナ侵攻は、中台関係を巡る「危険」を今更ながらに想起させる処、その台湾を巡る状況は益々不安が高まる状況にあって、米国がこれまで堅持してきた台湾に対する政策姿勢、strategic ambiguityを見直すべきと主張するものでした。台湾には軍事同盟国はない。但し米国には「台湾が自衛に必要な武器の提供を約す」法律「台湾関係法、1979」があって、この法律は米国が台湾防衛を公言できない事態への代償と位置づけられてきたものでしたが、もはや、そうした姿勢は修正されてしかるべしとの主張です。

ウクライナ状況が台湾で起った場合、米国は武力介入するかどうか。米国は当該対応について明確にはしていません。中国も(現時点では)軍事対応に触れる様子もない。が、とりわけ米国が態度を明確にしない事が中国を軍事行動に向かわせないことに繋がっているとされてはいるが、これは中国の指導部が米国の軍事介入の可能性をどう思うか、中国次第と云え、要は、米国のこれまでのJanus-faced、つまり二正面政策について、今次ロシアのウクライナ侵攻が、米国にこれまでのアプローチの再考を促すと云うのです。

ロシアによる侵攻は単にウクライナに武力闘争を仕掛けたのみならず、ミサイルやシェル爆弾を以ってウクライナ政権の転覆をも図らとするもので、国連憲章や国際法に照らして、これが議論の余地はない。一方、中国の ‘台湾は自国の一部’ とする主張に対して日米共に中国の主張「part of its own country」にrespectを払うも、共に台湾とは公式の外交関係はなく、加えて台湾を独立国家とは認めていない国が大半。ウクライナとの違いは、中国が台湾侵攻の際は、中国国内での反政府活動への必要な措置を取る事とするだろうが、それは国際法上、違法とはなされないだろうとも云うのです。

ロシアがクリミアを併合した際、国際社会は最終的には黙認した。中国指導部は、これを先例として、世界は次第に容認していくと見、国家と云うよりは地域の問題として、服従させていく事になるのではと危惧するとしながら、ただこのpolicy of ambiguity (戦略的曖昧政策)は米国が大国としてあり続け、中国が米国の軍事力の後塵を拝する限りにおいて効果するだろうが、曖昧をもって対応できる状況はもはや終わったと云い、もはや台湾に対する米国の‘戦略的曖昧政策’はIndo-Pacific region にあっては、中国を勢いづかせる一方、台湾政府に不必要な不安を煽るだけで、環境の変わった今、米政府はこれを受け、「戦略的曖昧さ」を修正し、その旨、声明を出すべきと云うのでした。

つまり、今こそ米国の台湾に対す姿勢を明確にする時であり、そのことは台湾を中国からの侵攻から防衛することになる、The time has come for the US to make clear that it will defend Taiwan against any attempted Chinese invasion と主張するのです。(注)

(注)尚、米国務省HPで「米国と台湾の関係を巡る概要」から「台湾の独立を支持し
   ない」、「台湾は中国の一部」との文言が消えた(5月5日ごろ)ことが判明。代って「台湾はインド太平洋のおける重要な米国のパートナー」との文言が加わった由。(日経5/12) 更に、5月23日、東京での日米首脳会談後の共同会見でバイデン氏は、台湾有事なら米国の軍事的関与は「Yes。これは我々の約束だ」と明言する処でした。

・安倍晋三氏の使命
処で、 2月24日に始まったプーチン主導のウクライナ侵攻で、市民を巻き込んだ凄惨な姿を目の当たりとするとき、安倍氏が停戦に向けひと肌脱ごうと動いてもよかったのではと、思うばかりでした。周知の通り彼自身、総理にあった7年余、プーチン大統領とは通算27回もの首脳会談を持ち、親ロシアを任じる処でした。しかし、日ロ関係改善の約束事は、何も実現を見る事のないままにあって、メデイアからは「プーチンに媚びる安倍晋三」とか、「安倍晋三氏はプーチンの真意をつかんだのか」との批判が向けられる処でした。勿論彼が出張ったからと云って、それでウクライナ戦争がどうなるものでもないでしょう。要は、プーチン氏とのpersonal contactを活かした行動を取ることで、日本に対する評価を高めうる処、それこそは親ロシアとされた安倍晋三氏の使命ではと思う処でした。

(2)プーチン大統領は歴史から何を学ぶ
そのプーチン大統領は5月9日、ウクライナ侵攻中のロシアで、対ドイツ戦勝記念日を祝う軍事パレードを前に、演説を行い、「NATO諸国が(ウクライナに)軍事施設をつくって最新兵器を供給し、危険が増していた」と主張。「やむをえない、適時で唯一の決定だった」と武力による侵攻を正当化するばかり。さて、21世紀の現代にあってそんな蛮行が、あっていいものかと思うばかりでしたが、思うに、77回のこの日に訴えるべきことは、途方もない戦争の悲惨さであり、二度と繰り返さないとの誓いであるはずです。とすればプーチン氏は歴史から何を学んだのか?と 思いは高ぶるばかりでした。

・イタリア映画「ひまわり」
序で乍ら先週、新宿の早朝映画鑑賞会で、イタリア映画「ひまわり」を見てきました。第2次大戦終結後のイタリアを舞台に、戦争で引き裂かれた男女の悲しみを描いた、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニが主演する50年前の作品です。
スクリーン一杯に広がるウクライナの「ひまわり」畑、それを覆うように流れるヘンリー・マンシーニーの哀愁溢れるメロデイーと、感傷的になる2時間。しかし「ひまわりの畑の下にはたくさんの兵士や農民が埋まっている」とのナレーションに、ウクライナ侵攻に見せるプーチンの異常さ、非情さとを重ねて思うとき、「戦争って何だろう」と思いは再びとなるのでした。「ひまわり」は、ウクライナの国花です。(2022/5/26)
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2022年04月26日

2022年5月号  対ロ制裁の現実と、世界経済の行方 - 林川眞善

目  次
         
はじめに 問われる‘グローバル化’の再定義

・2022年2月24日 /・グローバル化の再定義

第1章 対ロ制裁の推移と、国際社会

 1.問われる対ロ経済制裁の実効
 (1)外貨準備の凍結
 (2)SWIFT排除と、原油禁輸措置

 2.企業の「脱ロシア」と民主主義
 (1)The Ukraine morality
 (2)脱ロシアと民主主義

第2章  世界経済、そして日本経済の行方  

1.世界経済(米欧中)の行方と、政策決定者の判断

 2.円安と物価高に見舞われた日本経済
 (1)日本経済、景気の現状
 (2)日本の貿易構造の変化
               
おわりに 新自由主義へのショック療法

・Pricing risk /・global norms

   〆

はじめに  問われる‘グローバル化’の再定義

・2022年2月24日 
その日、プーチン・ロシアによるウクライナへの武力侵攻が始まった。国境を越えて、隣国ウクライナへと侵攻し、街を、暮らしを破壊し、人々を虐殺するロシアの軍事行動に、これが現代に行われる事かと愕然とさせられる処、今なお、そのロシアの蛮行の続く様相に瞬時、神も仏もないものかと思うばかりです。
米欧の西側諸国は、このロシアの侵攻を止めんと、まずは経済面からの制裁措置を弄する処です。この対抗措置を進める過程においては、西側諸国の結束は強固となり、つまりこれまで自由主義、民主主義を同じ規範としながらも、米国主導の在り方になじむことはなかった欧州は、今次のウクライナ侵攻に対抗するために、米国とともにと足並みを合わせるようになり、その結果、これまでの米国一極体制にあった世界秩序は、西側米欧の自由主義陣営と、中国・ロシアの強権主義、権威主義国との対立構図へと、大きく変わっていく、言い換えれば新たなbloc経済の生成を促す様相です。

因みに3月26日、欧米6カ国とEUは、対ロシア制裁措置として彼らを国際送金網から締め出すことに合意、ロシアが保有する外貨準備の凍結に踏み切った事で、これまでのグローバリズムに終止符を打つ処となったのです。「ドル」を兵器として用いるのはいわば金融戦争とも言え、であれば、安全性が高く流動性に富むドルの役割は、今次外貨準備の凍結を機に大きく変質していくものと見る処です。

・グローバル化の再定義 
つまり、この日、2月24日を以って、それまで世界の行動規範とされてきた民主主義、自由主義、そしてその規範を以って、進められてきたグローバル化を通じての経済成長の前提が覆され、まさにグローバル化の再定義を不可避となる処、国際秩序の塗り替えが一挙に進む状況です。それは又、第二次大戦後の1945年に創設され、これまで世界統治の規範とされてきたブレトンウッズ体制の再構築を不可避となる処、つまり1971年のニクソン・ショック対応を「ブレトンウッズ2」とすると、それに続く「ブレトンウッズ3」が質される、大きな転換点を迎えたと云う処です。

今そうした大きな問題を感じながらも気がかりは、西側諸国が進める対ロ制裁がさほど効果していないことが指摘される現実です。何故か?そして、その制裁の実効の如何が、漸く回復を示し出した世界経済に水を差す様相にある処です。 そこで、西側諸国の対ロ制裁の実態を質すこととし、同時に「脱ロシア」に向かう企業行動と国際的な行動規範との関係、更にはそうした環境にあって世界経済と、日本経済の行方についても併せて、考察する事とします。


第1章  対ロ制裁と、国際社会

1. 問われる対ロ経済制裁の実効

日本を含む西側諸国が結束して進める対ロ制裁措置とは経済制裁です。要は経済的に苦しい状況に追い込むことで戦費の調達を困難にしたり、プーチン体制に対する国民の不満を高めたりすることを狙うもので、具体的には、先の弊論考でも報告した通り、一つはロシア政府保有の外貨準備の凍結、二つは国際決済ネットワーク、「SWIFT」(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication) からの排除、そして、ロシア原産の原油の禁輸措置、の三つです。が、巷間これがうまく機能していないのではと指摘される処です。これが仮に完璧に実施されれば事実上、ロシアは海外とやり取りする手段はほぼ全てを失う事になり、自給自足でもしない限り経済活動はできません。

その点、西側各国は最大限の経済制裁を行っているとメデイアは報じるのですが、現実には対ロ経済制裁は多くの抜け道があるとされ、要は完全に追い込めてはいないのです。各国が追加制裁を進めるのも、そうした現実を映す処です。そこでまず上記制裁の実効の如何をレビューすることとします。
(1)外貨準備の凍結:この際の凍結は、あくまでもロシア政府が保有する外貨を凍結しているだけであって、民間の金融機関が保有する外貨は含まれていません。ロシア政府は、発行した国債の利払いに苦慮しており、ロシア国債はデフォルト(債務不履行)が懸念される処ですが、ロシア政府は今のところドルでの利払いを行っており、ギリギリの綱渡りではあるもののロシア国債はまだデフォルトしていません。
各国の中銀は、ロシアの外貨準備を凍結しており、ロシア政府が保有するドルは引き出せないはずです。が、現実に利払いが行われており、こうしたケースについては例外的に引き出しができた可能性が否定できないのです。自国の投資家が損しないよう西側各国が凍結解除を例外的に認めたのか、それともロシア側が政府の口座とは別ルートで支払ったのか定かではありません. が、何らかの方法でデフォルトが回避されているのは事実で、ロシア政府は利払いを行う何らかのルートを確保しているとみる処です。(注)
    (注)ロシア財務省は4月6日、4日が期日だったドル建て国債の元利金の支払について、ルーブル建てで実施したと発表、ロシア側は「義務は完全に果たされた」と主張していますが、最終的にデフオルトとなる公算が大きくなったと云う処です。因みに、元利払いがルーブルで実行されたことについて、ペスコフ大統領報道官は、同日「理論的にはデフォルトの状況になるかもしれないが、純粋に人為的なものだ。真にデフォルトになる根拠はない」と。そして「債務履行に必要な原資は豊富にある」とも説明。外貨準備の凍結が解除されるまでルーブルで支払い続ける考えを示したと報じられる処です。(日経4/7)
ロシアは昨年(2021年)の時点での外貨準備高は約6000億ドル、その約半分がドルとユーロと報じられています。直近でデフォルト懸念が生じているドル資金は、おおよそ1000億ドルとみられており、外貨準備を凍結すればロシア経済は一発でダウンしそうに思えますが、実は、ロシアはもともと経常黒字国なのです。ロシアは世界第3位の原油産出国、第2位の天然ガス産出国で、毎年、莫大な量のエネルギーを輸出しており、因みにロシアの2020年の輸出総額は約3300億ドル。輸出が継続できれば、毎年3000億ドル以上の外貨が入手出来てしまう事になるのです。
そうした状況からは、1000億ドルの資金凍結はほとんど意味がなくなる事になるのです。天然ガスの輸出は国策企業であるガスプロムが行っており、事実上、政府と一体にあり、互いに資金を融通することが可能でしょうから、政府保有の外貨だけを凍結してもロシア経済を窮地に追い込むことにはならないという事になるのです。
(2)SWIFT排除と原油禁輸措置:本当にロシア経済の息の根を止めるためには、莫大な外貨をもたらしている輸出を封じ込める必要のある処ですが、その点でも現状の制裁は不十分と云え、「SWIFTからの排除」も、「禁輸措置」についても事態は同じと言う処です。
まず、「SWIFTからの排除」について、仮にすべての金融機関が対象となっていれば、ロシアは貿易の決済ができなくなり、事実上、ロシアの輸出は止まる。しかし現時点において最大手の銀行である「ズベルバンク」と国策企業ガスプロムの関連銀行の「ガスプロムバンク」は制裁対象に入っていません。有力な2つの銀行がSWIFTを使える以上、ロシアは自由に石油や天然ガスの輸出を行い、莫大な量の外貨を獲得できる。これでは、いくら外貨準備を制限しても意味がないと云うものです。
「原油の禁輸措置」も同様で、現時点でロシア産原油の禁輸措置を行っているのは、ロシアからの買い付けがほとんどない米国だけで、欧州はまだそこまで踏み切っていません。EU(欧州連合)は原油の禁輸措置の発動を検討しているものの、慎重な意見も多く、まだ決断には至っていない。EUは原油と天然ガスのロシア依存を見直す方針を打ち出しており、今後、ロシアからの輸出は大幅に減る可能性は高いのですが、時間軸は早くても2024年までとなっており、今すぐ輸出がなくなるわけではありません。結局のところ、ロシアは今も原油と天然ガスを輸出し、その代金を外貨で受け取っているのです。長期的にはともかく、短期的にロシア経済に致命的な打撃は与えられておらず、各種の経済制裁の効果は不十分と云わざるを得ないのです。
が、問題は、こうした不十分な制裁をなぜ継続しているのかという点です。もし西側があえて抜け道を残しているのだとすると、ロシアの現状や西側との対立構造についても、少し冷めた見方が必要となるでしょうし、米国政府による各種発表についても、少し割り引いて考えねばならないのではと愚考する処です。ただ、ロシアからの輸出がストップ したり、ロシア国債がデフォルトすることで西側経済の被害を恐れ、100%の制裁に踏み切れないのだとすると、これは西側の弱点となる処、弱点を見せてしまえば、確実に足元を見られてしまう事になると云うものです。
米国が軍事行動を起こさないことは、ほぼハッキリしており、これがロシアに対して、最後通牒を突きつけられない最大の原因となっているものと思料するのです。国際交渉の場において、実施できないオプションが明確化してしまうと、それが最大の弱点になってしまうのは、ごく当たり前の事、経済面でも同じ事で、ロシア産天然ガスの供給途絶を絶対に回避したいと欧州が考えているのなら、交渉では弱点と見られる処です。日本国内では、ロシアは追い込まれているので、明日にでも白旗を揚げるはずだという、願望ベースの報道や議論が多い処ですが、こうした風潮は、自身の弱点について見て見ぬフリをする作用をもたらす処ではと思う処です。
こうした状況に照らし、米・EUそしてカナダ、日本も、更なる追加制裁を打ち出す処、4月7日には米議会は、米企業のロシアへの新規投資の禁止、ロシアのエネルギー製品の輸入禁止等、新たな対ロ制裁法案を可決。又プーチン氏の娘2人、ラブロフ外相の妻子らを制裁対象とする処、同日EUも、ロシア産石炭の輸入禁止を含む制裁案を承認、制裁規模は200億ユーロ(約2兆7千億円)と、ロシア経済締め付けを一段と強める処、カナダはあらたに9人のロシア人他の資産の凍結を発表する処、日本でも4月8日、岸田首相はロシアに対する追加制裁を表明、その主たるポイントは資産凍結をロシア最大手銀行のズベルバンクに広げ、ロシア産石炭の輸入禁止、加えて在日ロシア大使館の外交官ら8人の国外追放を発表する処です。とりわけエネルギー分野の制裁に踏み込み、ロシア産石炭の輸入禁止については「早急に代替案を確保し、段階的に輸入を削減する」とし、石油を含むエネルギー全体のロシア依存度の低減に踏み込まんとするのでした。(注:経産省によると、2021年の原油輸入量の依存度は3.6%,LNGは8.8%に達する見込みと。日経4/9)
序で乍ら、岸田政権の対ロ制裁の現状をレビューするに、気がかりなことは、日本がウクライナ情勢で貢献できることは少ないとはいえ、それが極めて米国の後追いと映るという点です。欧州諸国の場合、ロシアとの地政学的リスクを踏まえ中立国の立場を堅持してきたものの、今次ウクライナ侵攻を受け、その立場を破るスイスなどによるウクライナ支援、フィンランドやスエーデンのNATO加盟への動き等、これまでの国際政治の枠組みを変えんばかりの動きを鮮明とする処ですが、問題はそうした環境を日本政府としてどうとらえ、どう対応していこうとするのか、そうした思考様式が伝わらないことが問題と思うのです。まさに日本の安全保障問題への取り組みの如何と云う処ですが、それは正に外交力の強化に尽きる処、これが十分な議論もないままに、直ちに日本の国防費比率、GDP比1%の数字の見直し論に走る政治のあり姿に愕然です。
2.企業の「脱ロシア」と民主主義
(1)The Ukraine morality 
処で、米エール大のジェフリー・ソネンフェルド教授が、2月24日のウクライナ侵攻が始まった数日後、ロシアから撤退する外資企業のリストを作成し、公表したのですがメデイアはソネンフェルド氏の思いを忖度しつつ、この公表がきっかけとなって、外資企業の脱ロシアが急速に高まったと、同氏の調査結果を好意的に報じる処、筆者も思いを同じくする処でした。(注:エール大発表の脱ロシア企業は4月8日現在600社を超えた由。これは80年代,約200社が参加した南アのアパルトヘイト反対活動以来の事。日経4/18) 

が、4月2日付The Economistのコラム「War and wokery」(注) では、そうした調査結果の公表について、これが倫理的な要素に基づく経営の意思決定として評価するというよりも、多くの場合、撤退の本質は「プラグマテイズム」にあって、実際、ロシアの侵攻に憤る顧客や従業員の歓心を買う処、そうした企業の行動様式は、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があると、云うのです。仮に、これが企業のプラグマテイズムの原理で行動するのではなく、正義の旗を掲げだすとなると事は複雑で、事と次第では民主主義自体も危ういものとなっていくと云うのです。
New York Timesはこの調査をThe Ukraine morality(ウクライナを巡る倫理テスト)と謳った由ですがソネンフエルド教授は、これで一躍著名人となった由です。  

  (注)「woke」ウオークとは:a way of referring to the acts and opinions of
people who are especially aware of social problems such as racism and inequality ,
used by people who do not approve of these acts and opinions – Cambridge
Dictionary 要は、「社会的な正義に目覚めている企業や人物」を皮肉る蔑称

(2)脱ロシアと民主主義
ソネンフェルド氏は、予ねて現代の欧米社会において、企業は社会的・政治的変化を推し進める最高の力だと主張する立場にあって、企業の反プーチンの動きは80年代、南アで相次いだ企業撤退に相通じると見るのです。つまり、外国企業の撤退が南アでのアパルトヘイト政策を廃止に追いこむ力となったように、企業は良き市民として民主主義の価値観を支え強化していると云うのです。

この点、当該The Economistは、選挙で選ばれていない企業幹部が顧客や従業員を代表して倫理的な判断を下すことは、民主主義への信頼を強めるどころか、むしろ弱める可能性があるとするのです。そして、ロシアのような強権国家が世界を危機にさらすなかで、民主主義が傷つけば、致命的なオウンゴールになりかねないと、云うのです。もとよりこの締めの言説には多少の不満の残る処ですが、筆者にとっても、今次西側企業の「脱ロシア」行動を、民主主義との関係でとらえ直すきっかけとなる処です。尚、世界的投資家として著名なジム・ロジャーズ氏は、「最終的には企業の判断だが、企業はロシアから撤退すべきではない。互いを遮断するのではなく関係性の維持が大切。むしろロシアトコミュニケーションをとり続けるべき」(日経ビジネス、4/18)とコメントする処です。


           第2章 世界経済、そして日本経済の行方
上述環境にあって、4月12日、WTOは2022年の世界貿易の見通しを公表。前回21年10月時点での予測値4.7%から下方修正し、3%増に留まると見る一方、続く4月19日にはIMFも22年世界経済の成長予測を3.6%と、前回1月時の予測(4.4%)から0.8ポイント、下方修正を発表する処です。 僅か1年前、世界中のエコノミストはrecessionから経済が急回復したと喜んでいましたが、ウクライナ侵攻が資源高を通じたインフレを加速させ、その抑制に向けた各国の利上げで、世界経済は今、急速に冷え込む様相です。
The Economist dated April 9th はこうした世界経済の状況について、‘Recession roulette’ と題して、Toxic mix of risks hangs over the world economy,(毒性を含んだリスクに覆われた世界経済)と、世界経済の危うさについて縷々指摘する処です。しばし同コメントをフォローする事とします。
1.世界経済(米・欧・中)の行方と、政策決定者の判断
まず「米国」については、FRBが高インフレと闘う為に急速な利上げに向かい、3月の利上げに続き5月には保有資産を減らす量的引き締めも決定する構えにあること。「欧州」では、エネルギー価格の上昇が消費者の購買力を奪い、工場の操業コストを引き上げていると指摘。更に「中国」については、新型コロナウイルスの変異型の感染が急拡大し、パンデミックが始まって以来で最も激しいロックダウンが実施されていること等に照らし、世界経済の成長にとって悪材料が重なり、先行きは暗くなっていると云うのです。今少し、これらの事情を深堀してみることとします。

まず「米国経済」の過熱事情です。つまりパンデミック後に職を離れた米国人が復帰してきた労働市場では、物価上昇で生活水準が下がる中、労働者が雇用条件の引き上げを求め懸命に交渉しており、賃金上昇率は依然高まっているとみる処です。FRBがインフレ率を目標の2%に抑えるには賃金上昇とインフレの両方を封じ込める必要があると云い、つまりは金融政策のブレーキを踏むという事でしょうが、他方で成長を脅かすことになるとも云うものです。つまり、歴史を振り返れば、FRBが経済を最終的にリセッション入りさせずに労働市場を抑えることは難しく、向こう2年以内にリセッション入りする可能性が高いと云うのです。

次に「欧州」でも問題はインフレです。それは経済の過熱というより、エネルギーや食品の輸入価格の高騰にあるのです。云うまでもなくウクライナ侵攻や西側諸国の対ロ制裁の影響を受けた価格高騰です。そしてエネルギー価格の急騰に伴い、消費者心理の冷え込みが問題であり、これによる企業も苦戦する処と云うものです。それでもユーロ圏全体では22年経済は拡大すると見るのですが、その足取りは弱弱しいと見る処です。

そうした中、世界の経済成長に対する脅威の中でも最も深刻かつ差し迫っているのが「中国」でのオミクロン型の感染爆発だとするのです。中国が4月6日に発表した新規感染者数は2万人を超えたのです。習近平主席はロックダウンに伴う代償を軽減するよう当局に求めているそうですが経済活動を性急に再開すれば中国本土は香港で経験したような感染者と死者の急増に見舞われると危惧する処、中国が最も効果の高いワクチンの高齢者接種を十分に進めない限り、ロックダウンの可能性が中国経済に絶えず付きまとい、世界を不安定にする要因であり続けると云うのです。

・政策決定者の判断
尚、こうした世界経済が抱える問題の多くは、明らかに政策決定者の責任だと同誌は糾弾する処です。つまり、米FRBは経済が過熱していくのを阻止しなかったし、又、欧州の各国政府は欧州がロシア産天然ガスに依存していくのを黙認してきたと。そして中国のオミクロンの感染拡大に苦慮するのも予測可能だったと断じるのです。要は上記リセッションの陰におびえる今日の事態は回避できたと云うのです。とすれば、世界経済の行方は、高騰するエネルギー価格とインフレ懸念、そしてオミクロンがたウイルスの感染拡大への対応次第という事になる処、思うに、第二次世界大戦さ中の1941年8月、米国のルーズベルトと英国のチャーチルが合意した大西洋憲章を以って今日に至る戦後世界経済の秩序構築に向かったような為政者の登場が待たれる処です。では日本の経済は如何に、です。

2. 円安と物価高に見舞われた日本経済

今、日本経済の推移をクロスセクションで見ると、コロナ後の景気回復の無いまま、円安の加速、石油を中心とした輸入価格の上昇、それに連動した国内物価の上昇で、まさに景気回復を見ないままにインフレが進行する「stagflation」の様相すら感じさせる処です。

(1)日本経済、景気の現状 ― 日銀3月短観
日銀が4月1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(D I)は3ポイント悪化で、プラス14でした。これは2020年6月調査以来、7四半期ぶりの悪化で、先行きについてはプラス9で、更なる悪化を見込む処です。今回はロシアのウクライナ侵攻後、初の短観でしたが、地政学リスクの高まりや資源価格の高騰で企業マインドが急速に冷え込んでいる実態を映す処です。

こうした状況下、2022年度予算が3月22日、成立を見ました。その規模は社会保障費の膨張などで一般会計総額は107兆円と過去最大規模となるものです。が、上述ウクライナ侵攻による資源高の加速等想定外の事態発生もあり、鈴木俊一財務相は、予算成立後の記者会見で「国際情勢、経済情勢などに不透明感が漂う中、新型コロナに対する安心安全を確保しながら経済を立て直して財政健全化に取り組むため着実な執行を進める」と語る処(日経3月23日)、その対応への歳出圧力として、3月29日、岸田首相は物価高への緊急対策を取り纏めるよう関係閣僚に指示する処です。

(2)日本の貿易構造の変化
そうした状況下、3月20日公表の2021年度、貿易統計(速報)によれば、貿易収支は5兆3748億円の赤字でした。貿易赤字は2年ぶり、その赤字幅は過去4番目の水準とされています。円安という追い風があるにも拘わらず、日本の輸出はコロナ後の世界経済の成長をうまく取り込めていないと云うところですが、今後、不安定な国際情勢を反映して輸出が伸び悩み、エネルギー価格が高止まりするようであれば、貿易赤字は相当な水準に膨れ上がること、貿易赤字の定着すら懸念される状況です。かかる事態の変化こそは日本の貿易構造の変化を映す処、もとより日本経済の在り方に係る問題を示唆する処です。

伝統的に日本の貿易の姿は原料を輸入し、製品を輸出する加工貿易の国と描かれてきました。が、もはやその日本型貿易の姿は見ることはなくなっているのです。勿論第1位の輸入品は原油(8.2%)、次がLNG(5.0%)と、資源の輸入となっています。が、3位以降は医療品(4.9%)、次に半導体等電子部品(4.0%)、5位に通信機(3.9%)とハイテク製品が続くのです。つまり我が国は急速に製品輸入大国に変貌しつつあるという事です。

こうした貿易構造の変化は、円安という「ぬるま湯」に浸かっている間に進んだ日本の競争力の低下を映す処と云え、今後, 円安が進行する局面にあっては、エネルギーや食料、ハイテク製品に対しても「買い負け」の無いよう配慮していく事が不可欠となるはずです。勿論、競争力を持った製品の開発を目指すことが必要であることは云うまでもなく、それはまさにイノベーションの推進であり、産業構造の高度化が求められる処です。

尚、4月13日の講演で、日銀黒田総裁は粘り強く、2%の物価上昇目の実現に向けて、現行低金利政策を維持すると発言する処、その直後には円安は加速、126円台をマークし2002年来の円安を期す処、15日には鈴木俊一財務相が、20年を経て「悪い円安」に変わったと異例のコメントをしたことが伝えられ、円安動向(注)に係る2人の認識のデイスクレに関心の集まる処、18日の国会では黒田総裁は「大きな円安や急速な円安はマイナスが大きくなる」と、ややこれまでの発言を修正するかのようなコメントを残す処でしたが、通貨担当の二人の政策判断に、齟齬なきをと、注視していきたいと思うばかりです。

(注)円安動向:2011年の記録的円高(79.80円)から始まった円安トレンドは一旦、
2015年、125.86円を以って底打ちしたが、その後も米国の金融政策の推移もあって
円安トレンドが続く処、この4月20日には、2002年5月以来およそ20年ぶり、129
円台を付ける状況にある。下落の事由は、云うまでもなくエネルギー価格の上昇、日
米金利差の拡大にあり、当分、円は独歩安で推移するもの見られる処。


         おわりに  新自由主義へのショック療法

久しぶり、Joseph Stiglitz氏がProject Syndicateに投稿の4月5日付論考を手にしました。
タイトルは ‘Shock Therapy for Neoliberals’。まず、ロシアのウクライナ侵攻は、これまでに起きた予測不明の事件を想起させる処と、「2001年9月11日のNYテロ襲撃事件」、「2008年の金融危機」、更には「COVID-19のパンデミック」、或いはトランプ大統領の誕生も含め、取り上げ、これら事件が米国を保護主義やナショナリズムに向かわせてきたと指摘しながら、これら危機を予想し得た人ですら危機が起こった際、当該事態について誰も正しく語ることはなかったとも云うのです。そして、これら事件は経済に多大な被害を齎すなか、とりわけパンデミックは、強靭だったはずの米国経済の力をそぎ、その脆弱性を露呈させる処となったと云うのです。
同様に、プーチンのウクライナ侵攻は、既に予想されていた食料やエネルギー価格の高騰を更に悪化させ、同時にこれが途上国経済に厳しく迫る処、これがパンデミック禍要因も加わって債務の拡大につながっていると云い、欧州も同じで、ロシア産エネルギーへの依存体制からの脱却を目指すべきとも云うのです。

・Pricing risk
処で今から15年前、ステイグリッツ氏は、同氏の「Making Globalization Work」で、各国は安全保障に係るリスクは健全なグローバル経済維持のための代価として受け入れるか? 又、欧州はロシアが低価格のガスを提供するのであれば、安全保障問題とは関係なく購入するか? と質していました。が、残念ながら欧州の返事は短期的利益指向にあってで、それが齎すリスク、危険性を無視してきたと云うのです。 目下世界が `脱炭素‘を目指す中, Price on carbon ,つまり排ガスが齎すnegative 効果を明示するためにも、‘価格表示’が謳われだす処、この際はリスクについても、`Price’ risk、つまりリスクの価格表示を以って、リスクへの自覚を徹底すべきと云うのです。

つまり、経済の回復力の欠如とは、neoliberalismの基本的な失敗を映す処、市場対応にしても短期指向であり、要は、key risksに対する認識の足りなさにあると云うのです。因みにリスクが大きくなってくると、それと距離を取ろうとするのも現実だと云うのです。勿論、Pricing riskとは、pricing carbonよりはるかに難しいことはわかっていると云うのです。企業は安い供給元からの買い付けに徹し、ロシア産ガスに依存するリスクに頓着することなく、政府もその問題に介入することを避けてきたが、それはneoliberalismの基本的な失敗と云え、経済のfinancialization も同じことと云うのですが、要は、強靭な経済に向けた投資が少ないのも、そうしたリスクへの理解の足りなさにあると云うのです。

・global norms
今求められるのは適切なglobal norms、つまりはグローバルに通じる規範の再構築であり、そのポイントは単にneoliberal trade framework (新自由主義の貿易枠組み)を捻じ曲げる事ではなく、例えば、パンデミックにあっては、多くの死者を出したが、それもワクチン製造について、WTOには intellectual-property (IP:知財資産)ルールがあって 、これがワクチン製造地域を限定していることによるもので、こうした事態を早急解決すべきとも云う処です。つまり、これまでWTOではIPの安全確保にあまりにも執着し、経済に向けた安全保障と云った点に注意が及んでいなかったと、指摘するのです。 今、globalizationとそのルールについて再考すべきで、既に現行globalization には相応の対価を払ってきているわけで、この際は今次のショックを教訓に再出発すべきと云うのです。 まさにprogressive capitalismの旗手たるを感じさせる処です。

折も折、4月23日付、日経、第1面に現れた記事は大方の関心呼ぶ処、「三菱商事が2021年、ビル・ゲイツ氏が立ち上げた脱炭素フアンドに1億ドル出資し、アジアを中心に脱炭素事業に参画」との内容でした。ステイグリッツ氏に聞かせたい話です。期待する処です。(2022/4/25)
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2022年03月25日

2022年4月号  プーチン’危機’と対峙する国際社会 - 林川眞善

目  次

はじめに  バイデン米大統領、初の一般教書、問われる訴求力             
(1)一般教書概要
(2)今、米国に求められること

第 1 章  ロシアのウクライナ侵攻, 対抗する国際社会

1. ロシア制裁に向かう国際社会
(1)国連総会、緊急特別会合(2/28 ~3/2)
(2)G7等、西側諸国の対ロ制裁 
― ロシアの銀行のSWIFTからの排除
2. 対ロ制裁に伴う欧州の政策転換、ロシア経済の混乱
(1)欧州の`外交・安保‘ 政策の転換
(2)混乱するロシア経済の現況

第 2 章  中ロ関係の行方、そして日中関係の課題

1.「国際社会と共に」という中国
(1)中国とロシアの距離感
・Russia’s war will remake the world by M. Wolf
(2)中ロ貿易の拡大トレンドが意味する
2. 中国経済の実状と日中関係の行方
(1)現実味帯びる「China as Number One」
(2)人民元と日中関係

おわりに Stop Vladimir Putin !  
(1)ゼレンスキー大統領の国会演説
(2)ウクライナ危機 ― その終焉は Palace coup ?
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はじめに  バイデン米大統領、初の一般教書、問われる訴求力

3月1日 夜、バイデン大統領は上下両院合同会議で、初となる内政、外交の施政方針を示す一般教書演説に臨みました。 今回は2月24日に始まったプーチン・ロシアの蛮行の直後という事で、世界を主導する米大統領がどんなメッセージを発するか、注目を呼ぶ処でした。以下は、3月3日付日経が掲載した当該演説全文(日本語版)のレビューです。

(1)一般教書概要
まず、バイデン氏は冒頭、「(我々は)自由は常に専制に勝利すると云う揺るぎない決意と共にある」とし、一方のプーチンについては「自由な世界を彼の威嚇的なやり方で屈服させられると考え、基盤を揺るがそうとした。しかし彼はひどい誤算をしていた」とウクライナ侵攻を、まさに、不当な戦争と断じると共に、「独裁者がその侵略の代償を支払わねばならない」と力説、「同盟国と共に強力な経済制裁を科す。 ロシアの最も大きな銀行を締め出し(注:後述、SWIFTからのロシア排除)、ロシアの中銀がロシア通貨ルーブルを守るのを阻止し、プーチンの6300億ルーブル(約72兆円)もの軍資金を無価値にする」と対抗措置に触れ、「同盟国と協力してロシアの全航空機に対して米国の領空を閉鎖し、ロシアを更に孤立させ、経済への締めつけを強化する」とも発言するのでした。

いずれも米大統領に期待される認識であり、行動とも云う処です。が、強権的な権威主義国家と対峙する民主主義国家の国民に向かっては、もっと具体的で訴求力のある言葉を贈れたのではとの、印象を強くするものでした。彼は続けて次のように語る処でした。

「米国はかつて世界で最も優れた道路、橋、空港を有していた。しかし我々のインフラは現在世界13位に落ち込んでいる。米国再建のための史上最大規模の投資である超党派インフラ法の可決が重要だったのはこのためだった。・・・これからはインフラを構築する時だ。それは21世紀に我々が直面する世界、特に中国との経済競争に勝つための道筋をつけるものだ」と云い、更に「米国再建のために税金を使うとき時には米国製品を購入し、米国の雇用を支える ‘バイ・アメリカン’ で進める」と云い、併せて、国内のサプライチェーンを強化し、インフレ抑制につなげるとし、道路や橋、空港等の回収や整備を進めるとも語る処です。同時に、子育て関連など生活にかかるコストを下げるとも、約束するのでした。これが予ねて彼が主張するBBB, つまりBuild back better という事でしょうか。

そして演説終盤では、国家のための統一課題として4つを挙げるのでした。一つは、オピオイド(医療用麻薬)の蔓延に打ち勝つ事、二つにメンタルヘルスに取り組む事、三つに、退役軍人の支援、そして四つ目に「がんの撲滅」を挙げ、「米国は力強い。我々は1年前よりも強くなっている。そして1年後は、今日よりも強くなっているだろう。今こそ、我々の時代の課題に立ち向かい、それを克服する時だ」として締めるのでした。

まさに内憂外患の米国の今日の姿をあぶりだす処でしたが、聴いていてなんとも「力(リキ)」が入りません。The Economist, March 5th, 2022, は「State of the presidency」と題した論評で、「Ukraine aside, a gaffe-laden state-of-the-union address does nothing to turn Democrats’ problems around」、ウクライナ問題はともかく、民主党が抱える問題に応えることのないgaffe-laden、積み残し一杯の教書と評していたことは気になる処でした。

(2)今、米国に求められること
確かに米大統領の言うように米国の国力は低下してきており、もはや米国が「世界の警察官」を担う時代は過ぎたとされる処です。が、それでも、そのリーダーシップは、ロシアへの対抗には欠かせない筈です。バイデン氏はウクライナへの米軍派遣は否定しています。が、ロシアがNATO諸国に手を延ばすとすれば、NATOメンバーの米国も容赦することはない筈です。実際、侵攻前は関与に慎重な見方が優勢だった米世論は変わりつつあるとも云われています。因みに、2月27日の米CNNが番組中に行った意識調査、「NATOはウクライナの為に戦争すべきか」について、78%の回答者が「イエス」と答えていたそうです。

そこで、米国が総力を発揮して国際社会と連携すれば、さらなる暴挙を制止できると、日経コメンターターの菅野幹雄氏は記す処(日経2022/3/5)です。そしてそのためにも、目下の米国内での民主・共和の分断の修復をと、云うのです。 つまり、「ウクライナ侵攻を機に、共和党の主流派に手を差し伸べ、民主党の急進派を制し、米国の実行力を再建すること、そして日欧の協力を集めて強権主義に対抗するためにも、まず取り組むべきは米国の分断修復だ」と強調するのでしたが、まさに然りです。

ただThe Economist誌が `Ukraine aside’ と、いなしていた事情を見ていくと、バイデン政権の事態への判断の甘さが浮かぶ処です。目下、バイデン政権は対中覇権競争を見据え、主戦場はインド太平洋にありとして、戦略資源を集めるさ中、国内的には中間選挙を控える一方、ロシアの西側国境で新たな紛争があれば、ヨーロッパにも資源を割かねばならず、であれば中国や国内問題が手薄になることから、いうなればこうした二正面作戦を避けるため、対ロ宥和を以って対応したことが、プーチン氏にスキを与え、ウクライナ侵攻はその結果とみると今、見る危機はプーチン危機と読み替えるべきでしょう。 そこでこの際は、`Ukraine aside’ を補強すべく、プーチンが起こした侵攻問題に集中することとし、当該侵攻が齎している国際社会への影響とその行方、更にはロシアと友好関係にあるとされていた中国の対ロ姿勢の実状、併せて日中関係の今後について考察する事としたいと思います。


       第1章 ロシアのウクライナ侵攻、対抗する国際社会

― この数か月、ウクライナを攻撃し侵攻するつもりはないと繰り返していたプーチン大統領でしたが、2月21日、停戦協定(ミンスク合意、2015/2)を破棄し、ウクライナ東部で親ロシア派の武装分離勢力が実効支配する二つの地域(ドネック州の一部、ルガンス州の一部)について、自称「共和国」の承認を宣言、2月24日にはロシアは陸海空からウクライナ侵攻を開始し、今尚、侵攻中です。 
その朝、プーチン氏は当該侵攻について、ロシアが「安心して発展し、存在する」ことができなくなってきた為とし、具体的には、彼はウクライナのNATO加盟問題を含め、NATOの東方への勢力拡大がロシアにとり、安全保障への脅威とし、従ってその排除に向けた行動とする一方、27日には「核部隊の配備」を命令したとのプーチン氏の一言で、世界は一気に ‘脅威’ を高め同時に、‘西側’諸国の結束の強化を促す処です。
 
尤も、これまでの彼の言動に照らす時、彼の狙いは始めから要衝とみなすウクライナの支配であり、勢力圏に取り戻すことにある処、このプーチン氏の暴挙に、国連、G7等 ‘西側 ’自由諸国は一斉に立ち上がり、以下、制裁措置を以ってロシアの蛮行阻止に向かう処です。

1.ロシア制裁に向かう国際社会

(1) 国連総会、緊急特別会合 (2/28~3/2)
国際社会として国連では2月28日、国連総会緊急特別会合が開催され、3月2日、ロシア
のウクライナ侵攻に係る即時撤退決議を採択し(賛成141カ国、反対5か国、棄権35カ国)、多数の国が結束して、ロシアの孤立化を印象付ける処でした。 

実は25日、国連安保理ではロシアの侵攻非難決議が予定されていました。が、ロシアの拒否権 (VETO)発動で否決されたため、米国などは全ての国連加盟国が参加できる国連総会、緊急特別会合(注)の開催を27日, 緊急提案。翌28日、安保理での採決を経て招集された次第です。但し、当該総会の決議には法的拘束はありません。それでも、大国の利害対立で安保理が機能しない中、あらゆる外交努力を通じて国際社会の結束を強め、プーチン阻止を目指さんとする処です。

と同時に、今次国連でのロシアの拒否権発動は今の安保理体制がもはや限界にあることを実感させる処でした。国連の現体制は先の大戦での戦勝3カ国、米英ソ連(ロシア)が主導し、中国とフランスを加えて立ち上げられ、これら5カ国が世界秩序を支えることを想定するものでした。が、その前提は今、完全に崩れています。ロシアは明白な侵略国となり、中国も現秩序を守るより、曲げる側に回っています。 勿論、安保理の「病」は今に始まったことではありませんが、今次のロシアによる侵略は、大国による暴挙である点で現状を放置できません。このままでは世界の秩序は覚束ないと愚考する処です。それは「拒否権」の運用の在り方を問うものであり、安保理の構造的見直しが不可避とされる処です。3月17日の参院予算委員会では、岸田首相は改革を提起したいと発言する処、日本のその主導に期待する処です。

(注)国連総会緊急特別会合:1950年の朝鮮戦争時に旧ソ連の拒否権を抑える狙い
で、国連総会で採択された「平和のための結集決議」(1950年11月3日)に基づく
措置で、安保理の意見が一致せず、侵略への対応等、国際社会の平和と安全の維持
が困難になった場合に講じられる対応とされるもの。尚、国連の歴史の中で開催さ
れたのは、今次を含め、11回。

尚、今次国連非難決議に反対・棄権した40カ国の8割はロシア製武器の輸入国です。また
旧ワルシャワ条約機構に加盟していた東欧諸国は米欧製の武器に切り替えており、軒並み
賛成に回っています。つまり軍事的な依存関係がロシア包囲網に反映されたと云う処です。
又、棄権した国(27カ国)にはインド、中国がいましたが、インドは日米豪との協力枠組
み「QUAD」の一員です。日米豪がロシアによる一方的な現状変更に厳しい姿勢をとる中
で、インドとの足並みの乱れは、中国への抑止に影響する可能性が指摘される処です。
かくして日米欧は上述、国連の場を通じ、ロシアの孤立化を狙う処ですが、であれば、今次の特別会合での採択結果にも照らす時、ロシアに武器調達を依存する国々へ、米欧製への変更を働きかける方法も検討課題になりうるのではと思う処です。

(2)G7等、西側諸国の対ロ制裁 ― ロシアの銀行のSWIFTからの排除         
24日、ロシアの侵攻が始まった直後、G7はオンラインで首脳会議を開き、対ロシア制裁の為の政策会議を行っています。その際、英首相のジョンソン氏から、1万超の金融機関が使う決済網のSWIFT (注)(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication:国際銀行間通信協会) からロシアを締め出すよう提起があった由です。これは「金融核兵器」(ルメール仏財務大臣)とも呼ばれる強力な制裁手段です。ただその際は、議長国であったドイツをはじめ、米国、日本、フランス、イタリア、カナダからは、ロシアからのエネルギー供給の途絶を心配して、同調得られず、一旦制裁メニューから姿を消しました。が、その後、首都キエフの陥落危機が伝わるや、G7会議とは別にルクセンブルグで開催中のEU緊急首脳会議では、ロシアの排除、然るべしとの声が強まってきたためとされる処でした。

  (注)SWIFT(国際銀行間通信協会):世界中の銀行間の金融取引の仲介と実行の役割
を担うベルギーの共同組合。(1973年発足)SWIFTは資金移動を促進するわけでなく、
正しく支払い命令を送り、その命令は金融機関同士が持つコルレス口座で決済される
システム。世界の高額なクロス・ボーダ―決済の半分がSWIFTネットワークを利用。

そもそもは2月24日のEU緊急首脳会議にウクライナのゼレンスキー大統領はon lineで
特別参加、その際, EU加盟国に対してロシアのSWIFTからの排除を以って 制裁措置をと、
懇請あった由ですが、当初は前述同様の事由をもってドイツ、イタリア等から同調が得られ
なかった由でしたが、緊急会合終了後の批判の高まりと、ゼレンスキー大統領の鬼気迫る言
葉,(「あなた方が私の顔を見る事は、これが最後かもしれない」イスラエル・メデイア)に
動かされ決定だと報じられる処です。尚、岸田首相は28日、制裁参加を表明したのです。
そして3月1日、G7財務相・中銀総裁はオンライン会議で、ロシアの銀行7行(注)のSWIFTからの排除を正式に決定、同時に、プーチン氏の資産凍結を決定、個人制裁を決めています。 「プーチン氏は侵略者」、その印象を強調し、対ロ包囲網形成につなげる狙いにあるとされる処です。(日経、3/3)又、3月11日、G7はロシアへの最恵国待遇取り消しをも決定、ロシアの世界的孤立を更に強めんとする処です。

(注)排除された7行:VTBバンク、VEBバンク、バンクロシア、オトクリテイ銀行、ノビコムバンク、プロムスビジャバンク、ソブコムバンク

2.対ロ制裁に伴う欧州の政策転換、ロシア経済の混乱

(1)欧州の ‘外交・安保’ 政策の転換
ロシアのウクライナ侵攻が始まって約1か月、この間、ロシアへの憤りと失望は、上述対ロ制裁に昇華されていくと同時に、欧州では外交・安保で3つの大転換が進む処ですが、これがまさに新たな地政学リスク対応の行動様式と映る処です。

その一つは大西洋同盟。既に多くの指摘のある処ですが、欧米の結束強化の深化です。これまで対米追従を嫌う欧州は米国と表裏一体になるのを避けてきましたが、この空気は完全に変わったという事です。
二つ目は軍備増強の高まりです。NATOはGDPの2%を国防費に割く目標を挙げる処、欧州で達成しているのは仏、英で、今後は、独、伊等、軍拡の広がる様相が伝わる処です。そして、三つ目は経済安保です。欧州は米国に同調し、ロシアに制裁を科してきています。経済界も対ロ制裁やむなしって処です。

こうした3点、率先して体現するのが、ドイツです。これまで第2次大戦の反省もあり、ロシアとは対立よりも協力を優先してきました。が、ロシアのウクライナ侵攻で警戒が急速に高まり、これまで米国に促されても拒んできた国防費の大幅な増額を決め、エネルギー調達でもロシア依存からの脱却を急ぐ処、因みに22日には、ロシアとの新しいパイプライン計画(ノルドストリーム2)の棚上げを決定したのです。ロシアに厳しい姿勢を貫くには、エネルギー政策の転換が避けられないと云うことですが、外交・安保政策の転換に踏み出したことで、メルケル時代は名実ともに幕を下ろすことになる処です。

1989年ベルリンの壁崩壊で冷戦が終わると、欧州各国は国防費を抑制し、徴兵制を廃止しました。欧州統合は旧ソ連のバルト3国まで広がり、東西融合という平和の配当が成長を齎す処でした。その流れがいま逆回転し、東にシフトした「鉄のカーテン」が、再び欧州に出現する様相です。つまり、ロシアと対峙する構図の復活です。そして、それが意味することは、グローバル化した世界で、戦争をはじめとする地政学リスクや人権問題にどう対応するか、企業においてもその感度と覚悟が問われる環境にあって、大事なことは想定されるリスクに備え、何が起きてもしぶとく生き残れる道筋を描いておく事と思料するのです。
そして、日本について云えば、警戒を要するのは中国発の地政学リスクです。市場の大きさや累積投資額から見ても、有事の際の震度はロシアの比ではない、ことです。とすれば、台湾等問題を抱える日本にとって、ロシアによるウクライナ侵攻は、対岸の火事ではありえず、欧米と連携,ロシアの野望を挫かねばアジア有事の際に日本は孤立しかねません。その点でも日本にはこの危機の打開に向けた積極的な貢献が求められる処です。

(2)混乱するロシア経済の現況
こうした西側の金融等、制裁でロシアは、外貨取引の制限、通貨ルーブルの急落(1ドル当たり40ルーブルが3月中旬には150ルーブル)で、ロシアの対外債務に債務不履行(デフォルト)の懸念が高まる処ですが、これが国内金融システムの不安にもつながり、まさに二重の信用危機を招来する状況と報じられる処です。

そして、そうした経済の実態を象徴するのがロシアの物流です。西側制裁の強化を受け、ロシアの物流が麻痺状態に陥りつつあるとされる処、例えば欧州主要港の税関が、ロシア向け貨物の積み替えを拒否したことで、ロシア行きはほぼ不可能となり、ロシアの取扱量の多くを占める海路が実質的に停止となり、希少資源や穀物のロシアからの輸出、部品や製品のロシアへの輸入も滞っており、ロシア経済は事実上世界から遮断されつつあると報じられる処(日経3月6日)です。 混乱は空輸にも及び、領空閉鎖の広がりも伝えられる処ですが、物流の停滞はロシア国内の市民生活を直撃する処、懸念されることはロシア国内のモノ不足が今後深刻になることです。もとよりこれが世界経済にも影響する処、因みに米ゴールドマン・サックスは3月1日付でロシアの22年のGDP予想を従来の2%から7.%減へと下方修正する処です。

・外資企業のロシア離れ
係るロシア国内の状況に照らし、ロシアに進出の米アップルやフォード・モーター、独フォルスワーゲン、仏ルノー等、欧米の大企業、又、ユニクロ等日本企業も、事業の停止、撤退を決めるなど、ロシア離れを加速させる状況です。中でも注目を呼ぶのは「マクドナルド」の操業停止です。尤も、彼らは従業員の給料は維持するとは言っています。 1990年、モスクワに初出店の際は、共産主義に対する民主主義の台頭を語る強力な象徴とされ、大きな時代の節目と捉えられていたものでした。が、マックの撤退は、ゴルバチョフとエリチンの築いたロシアの終焉と見られる処です。

尚、そうした中、3月10日、ロシア政府はロシア事業の停止、撤退を決めた外資系企業の資産は差し押える方針と、欧米や現地メデイアは一斉に報じる処です。 つまり外資の出資が一定比率を超える企業がロシア事業を止めた場合、企業の設備や資産を事実上押収し、ロシアの裁判所を通じて新しい所有者を決める由, 伝えられ処です。今回の強硬策には外資の更なる流失を阻止し、一時的に停止した企業にも営業再開の圧力をかける狙いがあるものと見る処、欧米とロシアによる‘制裁と報復の連鎖’で、これが世界経済に深刻なリスクとなっていくものと、極めて懸念される処です。


第2章  中ロ関係の行方、そして日中関係の課題

1.「国際社会と共に」という中国

(1)中国とロシアの距離感
ロシアとウクライナの停戦交渉は今尚続く中、世界の関心は、中国がどこまでロシアを制御し、公正な停戦のために尽力するかではと思料するのです。周知の通り、2月4日、北京では習近平氏がプーチン氏を招く形で首脳会談が行われ、会談後に発表された「共同声明」では、中ロの新型大国関係の構築を打ち出すほどに、その緊密さをアピールする処でした。そして いま尚、習近平氏は、ロシアをかばうような態度を示す処です。 が、それを続けるなら、少なくとも中国の国益は損なわれるのではと、思う処です。

と云うのも一つには、2030年を経て50年までには、米国に代わって世界のリーダーになると云う国家目標の実現が遠のくことになる事です。中国は内政不干渉と主権尊重の原則を以って米主導の秩序に異を唱えてきた訳ですから、この原則を踏みにじるロシアに甘い対応を続けるなら、各国からの信用は得られる筈のない処です。 加えてプーチン批判が強まる中、彼との距離を置かなければ、世界から中国までも「悪者」扱いされる恐れもある処です。勿論ロシアは、エネルギーや高度な軍事技術の大切な供給元であり、対米牽制上も役に立つ仲間です。だが、彼が侵略者になった今、彼との蜜月は利益よりマイナスが大きいと判断する時ではと思料するのです。因みにThe Economist, March 12, のコラム、`Mr. Xi places a bet on Russia ‘ では、前掲中ロ共同声明にも拘わらず、中ロ関係の危うさを指摘するのです。

中国の王毅外相は3月7日の記者会見で、ロシアのウクライナ侵攻を巡り「必要な時に国際社会と共に必要な仲裁をしたい」と語っていたこともあって、(日経3月8日) 中国 習近平氏の出番に期待の集まる処でした。ただ王毅外相はその際は、直接の関与には慎重な姿勢を見せ、今回もあいまいな態度に終始する処でしたが、それでも彼が口にした、「国際社会と共に」の言辞には、大方の関心を呼ぶものでした。 が、3月8日、オンラインで行われたマクロン仏大統領、シュルツ独首相との3者協議では、習近平氏は、西側による対ロシア経済制裁に反対との意向を示し(日経3/9)、更に 18日のバイデン氏とのTV協議でも、仲裁には一切触れることなく、「制裁に反対」と語るだけでした。(日経3/20)

・Russia’s war will remake the world by Martin Wolf
とにかく、中国がロシアと連携を深めることで、中国が欧州の安全保障にとって、短期的にも脅威となるリスクが浮上してきたと指摘されるのですが、Financial TimesのM. Wolf氏は同紙3月16日付記事、‘Russia’s war will remake the world’ で「中国がロシアの後ろ盾になるのは大きな誤り。自由な社会が一度結束すれば、国民の支持を得て強大な力を発揮することは歴史が幾度となく示している」と。そして予測不能な戦争状態にあっては安全保障が何よりも優先されるべきで、この際はEUが安全保障上の一大勢力になることが極めて重要と、指摘する処でした。

(2)中ロ貿易の拡大トレンドが意味すること
処で王毅外相が記者会見を行った同じ7日、中国税関総署は、1~2月の貿易統計を発表。それによると、中国の対ロ貿易総額は前年同期比38.5%増、全世界向けの伸び率(15.9%増)を大きく上回る処、対ロ輸出は41.5%増、輸入は35.8%増と拡大を示す(日経3/8)処でした。

中ロ貿易を巡っては、米欧と激しく対立するロシアに中国が助け舟を出したとの見方がある中、2月にはロシア産小麦の輸入拡大を発表するなどで、中国がロシアとの経済協力を拡大する様相が伝わる処です。つまり、中ロ貿易は、今次の米欧が金融制裁に踏み切ったこともあって拡大は見通せず、そこで、ロシアの銀行と中国人民元の決済システムCIPS(Cross-Border Inter-Bank Payment System) を使った経済協力を拡大する、つまり中国としてロシア産小麦の輸入を増やすことでロシアの支援に廻らんという事ですが、その結果として、人民元決済を広げ、同時に人民元の国際通貨化入りを狙う処とも、思料されるのです。中国メデイアはロシアメデイアを引用する形で、中国のCIPSとロシアの自前の金融情報網「SPFS」をつなぎ、天然ガスや石油等取引で人民元決済を広める可能性を伝える処です。

2.中国経済の実状と日中関係の行方

(1)現実味帯びる「China as Number One」 
2月28日、中国国家統計局が発表した2021年の国民経済・社会発展統計によると、中国の一人当たりの名目国民総所得(GNI)はドルベースで1万2438ドル、世銀が定めた高所得国の基準(1万2695ドル)に迫る処です。ドル建ての名目GDPは前年比21%増の17兆7200億ドルで、これが米GDPに対する比率は77% と前年の70%から高まっており、まさに高所得国入り目前となる処、国内の格差問題は残る処です。 
クレデイ・スイスによると、中国富裕層の上位1%による富の占有率は20年時点で30.6%。過去20年間の上昇幅は9.7poitsで、日米欧や、インド、ロシア、ブラジルより大きいとされています。習近平指導部は「共同富裕」というスローガンを掲げる処、この秋の共産党大会を控え、安定成長と格差是正の両立を目指さんとする処です。

その予備大会ともいえる全人代大会、第5回会議が3月5日北京で開催されました。その予備大会の真相とは、秋に予定されている党大会では、習氏が異例となる3期目入りを目指さんとする処、それだけに庶民の不満を高めかねない景気の停滞は是が非でも避けたいとする処です。因みに、2022年の経済政策のポイントは下記(注)ですが、注目されたのは会議冒頭の李克強首相の報告でした。それは「台湾問題解決の総合的な方策を貫徹する」と、始めて書き込んだものでしたが、習指導部が平和統一を軸にしながらも武力行使(台湾の中国への併合)の可能性を排除しないことを示唆するものだとされる処でした。

     (注)22年の経済政策のポイント(日経3月6日)
     ・成長目標:5.5% 前後(21年の6%以上から引き下げ、安定成長を目指す趣旨)
     ・財政・金融政策:減税2兆5000億元を以って景気の下支え
     ・懸念材料:ウクライナ情勢、新型コロナもなお不安要素と、挙げる

さて、米中経済は、2022年は反動から成長は鈍化するとみられる処、米国については一桁台前半の成長、中国は一桁台半ばの成長が持続されるとみる処です。とすれば、上述の通り米中経済の逆転の可能性は高く、「China as Number One」、そのタイミングも前述通り2030年前後と予想され、その後、中国は社会が豊かになることで、成長のペースは鈍化し、名実と共に中国は先進国入りし、外交的パワーも高めていく事が想定される処です。

(2)人民元と日中関係
そこで留意すべきは日中貿易の在り姿です。かつて日本の最大の貿易相手国は、輸出・入とも米国でした。が、2020年には、これまでの対中輸入に加え、対中輸出も対米を上回り、すべての面で中国が最大の取引相手国となったことです。このことは日本がモノづくり国としてやっていく限り、必然的に中国を最大の取引顧客とせざるを得ない事になります。 
加えて、もう一点留意すべきは、人民元の推移です。周知の通り、世界の基軸通貨は米ドルです。米国は突出した輸入大国です。自国通貨のドルを以って買い付けるのですが、このことは自国通貨のドルを世界に流通させることを意味します。言い換えれば、米国が輸入超過で多額の貿易赤字を計上している事が,基軸通貨としてのドルを担保していると云う事です。

中国は現時点では世界最大の輸出国で、輸出の対価としてドルを受け取る立場です。従って中国の通貨、人民元はあまり世界に覇流通していません。が、中国の成長が鈍化し、最終製品の輸入が増えると話は変わってくるという事です。つまり中国の輸入が大きく拡大すれば、それに比例して人民元決済が増加し、同時に流通する人民元が増えてくることとなり、そうなると絶対的と云われたドルの地位も安泰というわけにはいかない筈です。 中国はいずれ人民元のシェアーが高まることを前提に、人民元をベースとした国際決済システム、上述(P.9)「CIPS」を2015年に構築し、ゆっくりと、しかし戦略的に通貨覇権の拡大を目指さんとする処です。

先に、中国は成長の鈍化を通じて先進国化していくと、しましたが、それは中国が原材料や部品を輸入して製品を再輸出する国から、完成品を輸入する消費国家にシフトすることを意味するのです。 となると日本がこれまで通りに輸出主導の経済運営を続けるなら結果は、確実に中国経済に取り込まれると云う事になるのです。その中国は、前述2030年には米国を超え、ナンバーワン世界大国になると予想される処です。ではそうした中国と日本は如何ように与していくべきか、つまり日中の新たな関係に備えた取り組みが問われる処です。 では日本は今後、こうしたシナリオの下、如何に国を成り立たせていくか、が、重大なテーマとなる処と思料するのですが、さて、それに向かう賢者は何処に,です。
 

おわりに Stop Vladimir Putin!   

(1)ゼレンスキー・ウクライナ大統領の国会演説
3月23日、6:00 PM、ゼレンスキー大統領はon lineで約12分、国会演説を行いました。その冒頭、「アジアで初めてロシアに圧力をかけたのは日本」と感謝したうえで、制裁の継続とその強化を訴えると共に、日本での共感ポイントと察してか、チェルノヴィリ原発事故をリフアーしながら、ウクライナの戦後復興を見据えて、日本のリーダーシップへの期待を表明するのでした。まさに戦場からの訴えです。興味深かったのは当論考でもリフアーした国連安保理の改革提案でしたが、岸田総理の反応(P.5)が気になる処です。
全体的には他国(EU他7カ国)でのスピーチに比して非常にソフトな内容との印象でしたが、国を守る気概を真に感じさせるものでした。議会で演説する目的は、国民の代表たる議員を通じて、その国の国民に訴えかけることでしょうから、今後は、その訴えに応える行動を注視していきたいと思うばかりです。

・連荘首脳会議への期待
さて、ゼレンスキー氏が訴えるロシア制裁については、3月24/25日、その為の首脳会議が予定されています。まずNATO臨時首脳会議、次にEU首脳会議、更にはG7首脳会議と、続く処ですが、ウクライナ危機、というよりプーチン氏を如何に抑え込むべきか、を巡っての鶴首会議と思料する処、とにかく西側諸国は、更なるタイトグリップで連帯し、血迷う彼を排除する行動を取るべきと思料する処です。バイデン氏は新しいアイデイアを用意し、今次の会議に臨むとコメントする処です。
 
George Soros氏は3月11日付のProject Syndicateへの投稿論考 ‘ Vladimir Putin and the risk of the World War Ⅲ’ で, 習近平がプーチンにcarte blanche(白紙委任状)を与えた、或いは与えられたごとくに振る舞う様相に、第3次大戦を起こさせないためにも、プーチンも、習近平をも、その地位から引きずり下ろす事だと叫ぶ処です。 Stop Vladimir Putin!
 
(2)ウクライナ危機 ― その終焉は Palace coup ?
さて本稿執筆の現時点では、ロシアとウクライナの停戦交渉の見通しは依然、不透明な状況です。プーチン氏は戦争の目標貫徹までは、戦争は止めないと云い、時に核使用の可能性もちらつかす様相にある処、それは威嚇と陽動の一環でしょうが、その姿は、世界には追い込まれた心象風景と映る処です。The Economist, March 5th 2022,は、巻頭論考 ‘ The horror ahead ‘ では、一つの可能性としてプーチン氏の沈んでいく姿はpalace coup、つまり宮廷革命と、描く処です。そこで、そのPlot(概要)を紹介し、本稿の締めとしたいと思います。

➀ プーチン氏は最初から、「エスカレーション」の戦いであることを明確にしていた。彼の意味するエスカレーションとは、世界が何をしようと、暴力的、破壊的態度を強めることで、エスカレーションは麻薬。もしプーチン氏が今日勝てば、次に麻薬を打つ場所はジョージアやモルドバ、或いはバルト諸国。同氏は誰かに阻止されるまで、やめることはないと見る。

➁ ただ砲火の下でウクライナ魂が発揮され事は彼の誤算。つまり、ゼレンスキー大統領が変貌し、国民の勇気と抵抗を具現化する戦争指導者に変貌したこと。 実際ウクライナでの反戦デモを見て欧州各国でも大規模な抗議行動が始まっている。更に、ドイツでは、関与によるロシア懐柔を基盤とする数十年来の政策を覆し、対戦車、対空兵器を送りこんでおり、こうした‘逆転’に直面したプーチン氏はエスカレートし、西側に対して核戦争の脅しを突きつけると云う。    

③ プーチン氏はNATOを旧ワルシャワ条約機構加盟国から追い出し、米国をも欧州から追い出したいと話している由。但し、NATOは、ロシアを攻撃することと、ウクライナを支援することの間に明確な線を引きながら加盟国の防衛に努める必要があるとエコノミスト誌はアドバイスする処です。そして今、経済の惨状を目の当たりとする時、プーチン氏がやったことの恐怖の実感が湧いてきて、その実感と共にPalace coup (宮廷革命)が現実味を帯びてくると云う。 Putin’s botched job -「プーチンのぶざま」であり、勿論、それはプーチン氏の終焉を意味する処、さて、いか様な展開となるものかです。 (2022/3/25)
posted by 林川眞善 at 12:03| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする