2019年06月27日

2019年7月号  今、米中関係次第の世界の生業 - 林川眞善

目  次
         
はじめに Phony US-China Truce
―米中貿易戦争休戦はまやかしだった
           
(1)米中貿易戦争再開
・米政権の対中関税引き上げ再開
・中国の対米報復措置と習近平主席の長期ビジョン
・米中交渉は仕切り直し
(2)今、米中次第の世界

第1章 米中貿易摩擦のリアルとその行方

(1)トランプ米政権の対中政策推移
・ペンス副大統領の対中演説
(2)中国習近平政権の対米姿勢

・米中対立の行方 ― 気がかりな米中首脳会談in Osaka
― 序で乍ら、Japan Then, China Now
       
第2章 米国の同盟国に託される行動様式

(1)米同盟国に託される戦略行動 ― M. ウルフ氏の示唆
・今は普通じゃない
・同盟国に求められる行動様式
(2)同盟国、日本の使命
・日米首脳会談と日本の責務
・安倍首相のイラン訪問 ― 何のため?

おわりに 歴代「国賓」米大統領と日米関係
       
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめに Phony US-China Truce
―米中貿易戦争休戦はまやかしだった

(1)米中貿易戦争再開

・米政権の対中関税引き上げ再開
5月に入り、「合意間近」と云われていた米中貿易戦争、関税合戦が、再びその激しさを映し出す処となっています。昨年9月、トランプ政権は対中関税引き上げ第3弾として2000億ドル相当、5700品目について10%の上乗せ関税を実施していますが、これが今年5月10日になって25%に引き上げる一方、5月13日には、第4弾として約3000億ドル相当、3805品目につき、最大25%の関税実施を予告したのです。尚、最終実施要領は、米通商代表部(USTR)が行う公聴会(Jun 17~25)での結果を踏まえ、6月中に決定と報じられていますが、後出、米中トップ会談が6月末の「G20大阪サミット」に合わせて行われることが決定したことで、更に、その結果如何ということになりそうです。

つまり、第4弾を発動すれば、中国からのほぼ全ての輸入品に制裁関税を課すことになる処、
その内容は、生活に身近な消費財、つまり「中国依存」製品を一気に網羅する事となり、中でも影響の大きいのがスマートフォンなどIT製品とされています。そして、中国からの輸入比率が高い衣料などの消費財は代替がきかず、米国家計を直撃する(米国のGDPに占める消費の比率は7割)事が予想され、個人消費の下振れリスクが懸念されることがあるためで、まさに自傷行為と認める一方で、その許容範囲を探る処と云えそうです。そして米国の対中高関税が維持されれば、中国の製造業の発展を支えてきた外国企業の撤退に一層拍車がかかることが予想される処です。

そもそも当該 ‘戦争’は、昨年12月1日、ブエノスアイレスでのG20サミットへの出席を機会に米中両首脳が現地で会談し、当該状況改善のため2019年1月以降90日間を前提に(その後4月中の決着にはこだわらないとトランプ氏は云うのでしたが)、閣僚レベルで協議を重ね中国側が対応案を示すこととして、一端は休戦状況にあったと云うものでした。が、中国側がこの約束に応えていないと、トランプ氏は再び関税引き上げ戦略に出たと云うものでした。トランプ氏が2017年1月、米大統領就任時、国民に示した公約、40項目中の20項目に「中国への45%関税の導入」を挙げていましたが、次期大統領選(2020年11月)を控えた今、その実績作りに向け、圧力をかけんとするものと云えそうです。

・中国の対米報復措置と習近平主席の長期ビジョン
勿論、中国側も6月1日、米国の第3弾となる制裁関税への報復措置として、LNG(液化天然ガス)など6000億ドル分の米国製品への追加関税として最大25%に引き上げたのです。尚、米国以外からの代替輸入が難しい品目については適用除外制度を新設するなど「持久戦」への覚悟を滲ませる処(日経6/1)です。尚、米国も1日以降到着する家具・家電など中国製品に25%の税率を全面適用するとしています。

さて、昨年3月、終身主席の地位を確実にした習近平氏は、中国建国100年周年を迎える2049年に、世界をリードする「社会主義現代強国」中国の実現を、と長期ビジョンを以って進むさなか、従って他国からの物言いには屈しないとの意思を強固としており、米中関税合戦は激しさを増すことはあっても、簡単に収束するとは言い難いものと思料する処です。

・米中交渉は仕切り直し
ただ、こうした状況下、6月18日になって米中両首脳は、5月以降対立激化で途絶えている米中交渉の再開につきG20大阪サミット(6月28~29日)に合わせ、両首脳会談を行う旨を発表しました。トップダウンで仕切り直しと云う事のようですが、もとより、いかような展開となるか、まさに世界が注目するイベントと映る処です。
先に、本論考2019年1月号で、米UC Barclay のB.Eichengreen 教授がこれまでの米中休戦をPhony US-China Truce (まやかし休戦)と称していたことを紹介していますが、まさにPhonyな状況が続くことになるのかどうか、世界の注目を集める処です。

(2)今、米中次第の世界

係る環境下、時を同じくして発表された二つの国際機関の世界経済の成長率予測では、先に公表された予測値が下振れする処となっています。

まず世界銀行が6月4日公表した2019年の世界成長率は2.6%としていましたが、これは1月時点での見通しから0.3ポイントの下方修正です。米中貿易戦争の激化で「リスクははっきり下振れ方向にある」と指摘する処です。
更に、5日,IMFは、米中貿易戦争による世界経済への最新の影響分析を公表しています。
それによると、米中が18年中に課した関税の影響で、世界景気は0.2ポイント減速するとし、19年分に見込まれる関税引き上げの影響を合算すると、下振れ幅は0.5ポイントに拡大すると試算する処です。そして20年の成長率は3.6%と予想するのですが、更に好不況の境目とされる3%ぎりぎりまで落ち込む不安が指摘される処です。― US-China tariff war will knock 0.5% global growth, says IMF (Financial Times, Jun.6) 

IMFのLagarde 専務理事はG20財務相・中銀総裁会議(6月8日)を前に、トランプ関税政策を非難し、関税の引き上げはself -inflicted、自傷行為であり、世界経済に悪影響をもたらす何物でもなく早急撤廃をと、批判する処でした。

さて、BREXIT問題、イランと米国の緊張など、世界にリスクは拡散し、トランプ大統領は前述の通り、中国からの全輸入品を対象に第4弾の制裁関税の可能性をちらつかせています。一方、中国の習近平主席は7日には訪問先のロシアで「反グローバル化や覇権主義、強権政治の台頭に伴い、国際社会が直面する新たな課題や試練が日々増えている」と演説しています。

そうした環境の中、6月8~9日、福岡で開催されたG20財務相・中銀総裁会議(6月28~29日大阪で開催予定のG20サミットの前座会議 )での討議の推移は気になる処でした。それは、米中貿易摩擦で世界経済に不透明が増す中、変調あればG20で強調していく事、更に2国間協議による貿易赤字の解消については、多国間の枠組みで議論すべきとなる筈の処、当該議論は「世界経済は年後半に持ち直す」との基本シナリオを踏襲するだけで、すべては「米中次第」という現実を実証するものでした。5月11日付け日経社説は「G20の議長国を務める日本は欧州やカナダ、メキシコなどと連携し、米中の自制を強く働きかけなければならない。」と叫ぶ処です。

・本稿のシナリオ
そこで、米中関税報復合戦については昨年弊論考(N0.76)で当時のトランプ政策について聊かのコメントしていますが、そのフォローアップの意味合いを含め、本稿では「米中摩擦の現実と、その行方」の一点に絞り、再び始まった米中関税合戦の現状、そして中国との全面対決が米国の経済、外交、安全保障政策の中心的関心事になってきている実情とその行方について、考察したいと思います。(第1章) そして米中摩擦が進行する中、米国の同盟諸国に求められる対応の如何について考察する事とし、併せて、偶々令和元年、初の国賓として来日したトランプ米大統領と安倍首相との会談が行われていますが、さて、どのような会談が行われ、同盟国日本の矜持の如何について、考察する事とします。(第2章)

尚、今回のトランプ大統領を含め戦後7人の米大統領が国賓として来日しています。その都度、両国首脳が演ずる対応の姿は、そのまま両国関係の実情を映す処です。そこでこの際、国賓米大統領の訪日が映し出す日米関係の現実を、レビューしておきたいと思います。(おわりに)






第1章 米中貿易摩擦のリアルとその行方
             
(1) トランプ米政権の対中政策推移

トランプ氏が2017年1月20日、大統領就任時、40項目の公約を公表していましたが、その20項目目にリストされていたのが「中国への45%関税導入」でしたが、現在の貿易戦争の実際は2018年3月対中制裁関税の発動を表明し、7月の実施に始まるものでした。

米政権の通商政策の基本として、大幅な貿易インバランスをもたらしている相手国、中国、日本、メキシコ、ドイツ等とのインバランス是正にある処ですが、中でも中国が米国のインバランスのおよそ半分を占める国と云う事で、強くその改善を求めるもので、その際は、競争の不公正さへの対応とされる通商拡大法301条の適用を以って衝にあたっていますが、もう一つ注目されるのが、安全保障対応とされる通商拡大法232条を適応している点にあるのです。つまり、貿易を安全保障問題にリンクさせる形で当該問題に対峙せんとしている点です。加えて、これまでの政策対応と異なるのが、明らかに「人種」に置いているとされる点で(注)、まさにidentity politicsとされるトランプ政治の危険さを映す処です。

    (注:Kiron Skinner, the US state department’s policy planning director, suggested
recently、rivalry with Beijing is `a fight with a really different civilization and
different ideology, and the US. hasn’t had that before. → her framing of this as a
civilization and racial war and so as an insoluble conflict. (`The 100-year fight facing
the US and China’ by M. Wolf Jun.5,2019。尚、「100年」とは米政治学者、Michael
Pillsbury氏が2015年著した「China 2049」で、中国の戦略を、米国から世界の覇権
を奪う「100年マラソン」と呼んでいるが、その引用ではと思料する処.)

もとより、トランプ氏が大統領に就任して以来、彼が明らかとしてきた安全保障政策は、まさに対中戦略にある処です。つまり、2017年12月発表の「国家安全保障戦略」では、中国を「戦略的競争相手」と位置づけ、2018年11月14日の米議会の超党派諮問機関「米中経済安全保障再考委員会」報告書では「覇権を目指す中国の試みは米国の安全保障や経済的利益に疑いようのないリスクとなる」(2018/11/14 日経夕刊)と指摘する処です。

・ペンス副大統領の対中演説
そして、極め付きは、2018年10月4日、ワシントン、ハドソン研究所でペンス米副大統領が行った中国政策に関する演説です。それは中国による知的財産権の侵害や軍事的拡張、米の内政への干渉等、指摘、非難し、両大国が覇権を争う対決の時代に入ったことを印象付けるものでした。言い換えれば、今の中国とは一緒にやっていけない、本格的な改革開放路線
に立ち返れという明確な意思表示だったと云うもので、まさに米国の対中政策の歴史的な転換となりうるものと評価される処です。因みに、同副大統領は米国が中国に手を差し伸べてきた日は「もう終わった」と断じたのです。そして昨年3月に始まった米中制裁関税合戦は今年2019年5月の第4弾宣言へと続く処です。

(2)中国習近平政権の対米姿勢

一方、中国政府は6月2日、米国との貿易協議に関する報告書「白書」を公表。そこで協議の決裂は「米国に完全に責任がある」と非難する一方、米国へは、原則に関わる問題では決して譲歩しない」と米国への対抗姿勢を鮮明としたのです。そしてメデイアによると習近平指導部は、米国との貿易戦争を巡り、国内に持久戦への備えを呼び掛けているとも伝えられる処です。そうした状況下、6月14日、キルギスの首都ピシケクで開かれた中国とロシアが主導する「上海協力機構(SCO)」首脳会議では、「保護主義に対抗する」と米国をけん制した共同声明を採択しています。(日経、6月15日)

では、今次「白書」が映す強硬姿勢が今後も続くと見るかは、定かではない処です。と云うのも、昨年9月末に出された初の白書では「関税という、こん棒で脅かされながらの交渉はしない」と明記し、強気ムードにあったとされていました。が、それからわずか1か月後の11月1日には米中両首脳は電話協議し、前述の通り12月1日、両者はブエノスアイレスで会談し、中国製品への追加関税を10%から25%に引き上げると、脅かされながらの交渉を受け入れているのです。中国のこの軌道修正の理由は「経済」の一言に集約される処と云われています。(日経6月3日)今、その中国経済は楽観許さぬ状況にあるのです。


・米中対立の行方 ― 気がかりな米中首脳会談in Osaka
上述米政権が、貿易戦争の形をとった対中安全保障戦略を擁し、中国を押さえ込まんとする姿勢を崩すことのない一方で、中国政権も対米持久戦の構えを崩さぬ状況からは、当分、米中の対立構図の融解は見通し難く、予想以上に当該摩擦は長期化、本格化するのではと、懸念される処です。 因みに、前述(P.3)の通り、米中両首脳は6月末のG20大阪サミットに合わせ、トップ会談を行う予定ですが、その発表の直後、米商務省は中国政府の基幹システムを手掛けるスーパーコンピュータ大手、燭光信息産業など5社に、米国製品の事実上の禁止を決定するなど、強硬策を突き付け中国に貿易問題などでの譲歩を迫る様相です。(日経、6月23日) かかる事態は、これまでの関税合戦から「技術覇権」、更にはその先の「軍事覇権」をかけた争いの可能性すらみえ隠れする処です。いずれにせよ次期大統領選を控えた、そしてイラン問題等を抱えたトランプ米大統領、一方、‘100年マラソン’ 政治へばく進する習近平主席、その両者の会談で米中対立の融解シナリオを描きうるか, その見通しは聊か疑問視せざるを得ない処です。

米NYU教授のNouriel Roubini氏は、6月21付け寄稿論考( The Coming Sino -American Bust Up )で、米中両首脳が大阪で新たな休戦に合意するか否かに関わらず、米中対立はすでに新たな危険な状況にあるとし、従って対話による現状維持等、瞬時、可能としても、sharp escalation、両経済大国の経済事情、金融、財政の実情からは、2020年にはリセッションに陥ることが予想され、最終的にはグローバル経済のバルカン化すら危惧されると云うのです。 G20大阪サミットもさることながら、米中首脳会談の行方こそは、今後のグローバル経済の生業を占うものと、注目するのです。

― 序でながら ‘Japan Then, China Now’
現下で展開される米中貿易摩擦問題への米国の政策行動をレビューするとき、かつて1980年代のレーガン政権の対日圧力を想起させられる処です。当時のレーガン大統領は、1985年9月、プラザ合意がなった直後、日本について、こう発言していたのです。― ‘ When governments permit counterfeiting or copying of American products, it is stealing our future, and it is no longer free trade. ‘

目下の米中の貿易摩擦、覇権争いは「ツキジデスの罠」として世界第2位の国が第1の国を脅かす存在になったときに必然的に生じる摩擦として話題になる処ですが、実は平成の幕開け、1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、ソ連の脅威が消滅したとたん、日本はまさにその立場、つまり米国と覇権を争う立場に置かれ、日本は米国にとって仮想敵国と云うべき存在になったのです。しかし、当時の日本にはそうした意識はなく、もとより覇権争いを行う覚悟もないままに日本は、米国の圧力が主導する形で、様々な規制改革への要求や日本封じ込めの外圧に応えていったと云うものでした。自動車の対米自主規制、金融システムの改革、国内流通システムの改善等を進め、今日に至っており、そのプロセスは、相応の犠牲を伴ったものの、国内経済の自由化推進であり、日本経済のグローバリゼーションへの対応促進の他なく、その結果は、今日の日本があると云える処です。

そうした圧力の下に置かれてきた日本のかつての立場は今や中国に移ったとイエール大学シニアーフェローのStephen Roach氏は5月27日付け論考 `Japan Then, China Now’(昨日日本、今中国)で、そうした写し絵を云々しながら、世界の経済大国となった中国の政治的思考様式に照らし, 摩擦のendingはかなり違ったものになろうと云うのでしたが・・・。
The Economist誌 (June 8-14,2019) はその巻頭言‘Weapons of mass disrupt’で、トランプ米国は新たな経済的兵器庫、`new economic arsenal’ の強化を進め、米国の力を主張しているが、それは世界経済の破壊行為に通じる処と糾弾、こうした国際環境にあって、少なくとも米国の同盟国はこれにどう応えていくべきかが、次に問われる課題とするのです。


第2章.米国の同盟国に託される行動様式
    
米中間の経済紛争が深まる中、では米国の昔からの同盟国は一体どのような立場に置かれ、そして何をなすべきか、が問われる処ですが、基本的には、自由と民主主義、ルールに基づく多国間主義、国際協調などが持つ不変の価値を主張し続けることのほかないものと思料するのです。言い換えれば、競争と協調の両方を取り入れていく事が、これからの進むべき正しい道ではと思料するのです。そして中国の台頭を何とか受け入れつつ一緒にやっていく方法はと、云えば、そうした考え方を同じくする同盟諸国と緊密に連携を図り、多国間での協調システムを築いていく事ではと思料するのです。勿論、中国を尊重する姿勢の欠かせないこと、言うまでもありません。

その点、Financial Timesの著名なColumnist Martin Wolf氏は、5月22日付けコラム `The US-China clash challenges the world ‘ で、米中対立を煽っているトランプ氏の行動様式への対抗として、同盟国間の在り方を示唆するのです。興味深く、その概要を以下に紹介したいと思います。そして、国賓として来日(5/25~28)したトランプ米大統領との両首脳会談の意義、日本に求められる対応の如何について、併せて考察したいと思います。

(1) 米同盟国に託される戦略行動 ― M.ウルフ氏の示唆

・今は普通じゃない
ウルフ氏は普通であれば同盟国は米国のそばに陣取る筈だが、今は普通じゃない。つまり、トランプ大統領指揮する米国は,ならず者超大国(rogue superpower)になってしまい、色々のことに敵意を示し、特に重要なのは、多国間の協定と拘束力のあるルールに基づく貿易システムの基本的な規範に対する敵意で、実際、同盟国でさえ、二国間関係でのいじめの標的にしていると。そして、その際厄介なのは、中国の振る舞いだけでなく、中国が台頭しているという事実に対しても敵意を強めている人たちが、米国人の間で大きな割合を占めていることだと云い、そうした環境にあって、米国の同盟国は何をなすべきか、を語るのです。

まず、M.ポンペオ国務長官の刺激的な言質を解析、米国の頭にあるのは、強者が弱者に指図する19世紀型のパワーポリテイクスだと、断じるとともに、それは貿易にも映る処、関税戦争の拡大や、中国唯一の先端技術製品メーカー、フアーウエイ(華為技術)が米国の技術を利用するのを制限する決断も、中国を恒久的に劣位に押し留めることに狙いがある、と見えると云うのです。中国側は間違いなくそう思っているともいうのですが。
そして、貿易戦争は、米国を保護貿易指向の強い国に変えてしまっており、関税の加重平均
値は、インドのそれを近々上回る可能性を指摘するのです。

こうしたトランプ氏の行動がもたらすコストは実は、米国民、とりわけ消費者と農産物輸出業者が負担する処 (因みに 5月23日、米農務省は国内農家への悪影響の広がりを受け、最大160億ドルの救済の実施を発表)、ただ皮肉にも、最大級の打撃を受けている自治体の多くは、共和党が牛耳っている地方にあると云うのです。
では多額のコストがかかるなら紛争は長続きしないと、考える向きもある処、それよりも、トランプ氏と習近平主席は、いわゆるstrongmen の指導者であり屈服したとみられるわけにはいかない、と云う展開になる公算大と見るのです。そして、この場合、米中紛争は凍結されるか、米中超大国の関係が次第に蝕まれ紛争が更に深刻なものになるか、の何方かだと云い(可能性は後者の方が高いというのですが)、その結果米国の同盟国は如何なる立場に置かれる事になるか、問うのです。

・同盟国に求められる行動様式
まず同盟国は、中国の台頭を阻止しようという米国の試みを支持すべきでない事。道理にあわない恥知らずな行為だからと云うのです。そして同盟国はむしろ、貿易と技術において米国が目指すもののどれに同意できるかを示し、可能なら、特にEUと日本の間で、そうした問題について共同歩調を維持すべきだと云うのです。 もとより各国はWTOの庇護下で、多国間貿易システムの原則を守るべきだが、もし米国がWTOの紛争解決制度を定数不足に追い込むことに成功しても、他の加盟国は代替措置として非公式のメカニズムに従うことに合意できる筈だと云うのです。そして、最も重要なことは、米国と中国を犠牲にして、自由貿易を維持することも可能なはずではと、云うのです。-Most significantly , it should be possible to sustain liberal trade, at the expense of the US and China.

かつてIMFの筆頭副専務理事を務めたAnne Krueger氏はある寄稿で、米国は、TPPからの離脱と云う愚かな決断を下したことで、TPPに取って代わった「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的協定(CPTPP / TPP-11)」加盟国への輸出について、WTOが合法と認める差別を受けていると指摘していたのです。又、EUはカナダや日本とFTAを結んでいるが、これはよい展開だとし、FTAの更なる推進をと、檄を飛ばすのです。

強固な秩序を以って貿易が行われることが利益になると考える国々は、このようなFTAを「有志によるグローバルFTA」に発展させるべきで、制度へのコミットメントを受け入れる用意があるなら「どの国でも」参加できるFTAとなる筈。将来的には、そのようなグローバルFTAの参加国が、非参加国から貿易面で違法な攻撃を受ける他の参加国を、協調報復で防衛することも考えられるかもしれないと云うのです。

トランプ米大統領は中国に対してのみならず、今や主要国に対しても高関税の発動を以って脅し、経済・外交問題を力ずくで解決せんとしています。勿論、相手国はこれに憤り、何らかの対抗に動く処ですが肝心な事は、そんな負の連鎖を断ち切る事にあると云うのです。

米中間にある敵意は世界の平和と繁栄にとって脅威となる事、云うまでもない処、これが部外者には、この紛争を止める事は出来ません。しかし、何もできないわけではなく、大国が多国間貿易システムの外側に立つのであれば、ほかの国々を内側に入ればいい事で、一つひとつの国は小さくとも、力をあわせれば巨大なプレーヤーになりうると云うのがそのポインと云うのです。つまり各国は勇気を出して、巨大プレーヤーとして振る舞うべきで、そうすることで連鎖を断ち切れると云うのです。まさに然りと、何か不意を突かれる思いです。

(2)同盟国、日本の使命

・日米首脳会談と日本の責務
5月27日、安倍首相は国賓として来日中のトランプ大統領と会談を行っています。云うまでもなく会談の焦点は日米貿易交渉問題でした。そこでは2国間協議を加速させることで、確認されると共に、トランプ氏は、今夏の日本での参院選を終えるのを待って、8月にも交渉を妥結させたいとし、米国が離脱したTPPに縛られることなく、農産物や自動車などの関税協議に臨む意向もあわせて、伝える処でした。

その背景事情は、日本が米国抜きの「TPP11」やEUとの経済連携協定(EPA)を発効させた結果、米国の農家や企業は不利な競争を強いられている点、大統領選を控えたトランプ氏は大きな成果を早く上げたい処、日本の政治情勢を配慮して参院選後に決着をと、相応の判断を示したと云うところでしょうか。ただ、米側にいくらごり押しされても、日本には飲めない一線があり、TPPの水準を上回る農産物などの自由化を迫られても、受け入れるわけにはいかない筈です。つまり、TPPは自由度の高い貿易・投資協定のモデルと広く認知される処、日本としては、この基準に沿った合意を目指すことが通商交渉の合理であり、国際貿易に優位な規範をもたらす事になるものと思料するのです。

とは云え、この際、より深刻なのが対米輸出の数量規制や相手国の通貨安誘導を封じる為替条項の導入問題です。米国は主要国の自動車に高関税を課すか否か、11月中旬まで延期していますが、いまやこれを脅しの材料に輸出や為替などに足かせをはめようとしている様相にあり、実際トランプ氏は自動車の輸入増を「米国の安全保障上の脅威だ」と断じ、日本やEUとの通商交渉を急ぐよう圧力をかけています。あまりにも乱暴で危険な行為と云わざるをえません。世界で1位と3位の経済大国である日米には貿易や投資の縮小均衡を避ける責務がある筈です。米国の同盟国としての日本は、以ってこれを矜持とし、日本も管理貿易の排除に努力することが改めて問われる処です。(注)

(注)米政府の為替「監視リスト」
米財務省は5月28日、貿易相手国の通貨政策を分析した半期為替報告書を公表。対米貿
易黒字が大きい日本や中国、更に韓国、ドイツ、イタリア、アイルランド、シンガポール、
マレーシア、ベトナムを加えた9か国を「監視リスト」に挙げています。トランプ政権が相
手国の通貨安封じ込めて貿易問題の解消に繋げる狙いを鮮明とする処、同報告書が通商協
議と密接に関係していることを実証する処です。

・安倍首相のイラン訪問 ― 何のため?
処で、トランプ氏との会談を終えた安倍首相は6月12日、イランを訪問。トランプ氏のendorseを受けたとして米イ和解の道筋を見極めるため、同盟国日本の使命とも感じてか、仲介外交に向かったのです。そのタイミンクに合わせたかのように13日、イラン沖ホルムズ海峡で不幸にも日本のタンカーが襲撃を受けてしまいました。ハメイニ師やロウハニ大統領との会談直後の事件だけに、折角の安倍仲介外交が機能しないことを露わとする処です。米英は即座に、当該事件はイランによるものと非難、6月17日、トランプ政権はその対抗として、中東地域に米兵約千名の追加派遣を決定。イラン包囲へ攻勢を強めることで、中東情勢は一層の緊張を高める処、今、まさに火に油を注ぐ様相です。
   
では安倍首相は何のためのイラン行きだったのか。米国とイランの対立は周知の通り、そもそもは、米国がイランとの核合意から離脱し、イランに経済制裁を加えたことにある処、であれば先の東京での日米首脳会談で、その‘そもそも’の事由を確認し、同時に改善への可能性について相応の事前協議があってしかるべきだった筈です。が、その種報道を耳にすることはなかったのです。因みに5月28日、ムサビ外務報道官が安倍首相受け入れにあたっての記者会見で、安倍首相の訪問は重要としながら「我々は仲介と云う言葉は使わない。懸念する地域情勢での意見交換は歓迎する」と発言していた由でした。(雑誌、Wedge 7月号)

尚、6月5日には、ロシアのプーチン大統領はモスクワで中国習近平主席と会談し、米国による対イラン制裁は「一方的」と糾弾、併せて、米ロ間の中距離核戦力(INF)廃棄条約を廃棄するとの米国の決定は軍拡競争を招くとも批判し、中ロ首脳は国際情勢や安全保障問題で足並みをそろえ、対米結束を強調していたのです。

何か、安倍首相のイラン訪問が引き金になった観です。安倍首相のイラン訪問とは一体何の為の仲介外交だったのか、疑問は深まる処です。そんな中、6月18日、トランプ氏はオーランド、フロリダで次期大統領選への出馬を正式表明。’Keep America Great ‘だそうです。

おわりに 歴代「国賓」米大統領と日米関係

5月25日、トランプ米大統領は「令和元年」、初の国賓として来日しました。戦後、7人目となる国賓大統領です。そこで、この機会に、7人の国賓大統領の来日が映す「時の日米関係」の様相を、5月28日付日経紙をベースに、レビューしておきたいと思います。

まず、初の国賓として来日したのがフォード大統領で、1974年11月の事でした。当時の日本の経済規模は西独を抜き、米国に次ぐ世界第2位となっていました。そのフォード氏を迎えたのが田中角栄首相。日米史の1ページを刻んだはずの田中首相でしたが、フォード氏来日直前、田中金脈問題が発覚、フォード氏の来日が終わった直後に退陣を発表したのです。
次に国賓となったのが1979年6月のカーター大統領、彼を迎えたのが大平正芳首相でした。その年、初の日本開催となった「東京サミット:G7」への出席と連動するものでした。当時、カーター氏はソ連のアフガニスタン侵攻への制裁措置としてモスクワ五輪のボイコットを決定し、大平首相も同調しています。

国賓3人目は1983年11月のレーガン大統領、迎えたのが中曽根康弘首相でした。二人はロン・ヤスと呼び合うなど中曽根首相は個人的な関係を築き、山荘でのお茶のもてなしなど日米新時代を印象付けたのです。当時、80年代は日米貿易摩擦まっただ中。中曽根首相はレーガン氏による日本への内需拡大要求に対応する一方で、安全保障面での日米協力を強化したのです。4人目は、1992年1月、訪日のブッシュ(父)大統領。迎えたのが宮沢喜一首相でした。ブッシュ氏は再選を控え、宮沢首相にコメ市場開放などを求めています。が、日米貿易摩擦はなお続いていたのです。

5人目は、96年4月のクリントン大統領で、迎えたのは橋本竜太郎首相でした。米軍普天間基地の返還で合意した直後でした。北朝鮮の脅威など安全保障環境の変化を踏まえ、日米は新局面為入ったとされたのでした。尚、クリントン氏は、国賓としての公式行事の合間をぬって皇居周辺をジョキングし、話題を提供するところでした。 6人目が2014年4月、オバマ大統領で、安倍晋三首相が迎えています。オバマ氏の国賓としての訪日は、韓国、マレーシア、フィリピンの歴訪の一環でした。かくして、過去6人の国賓となった米大統領は日本訪問と前後して韓国を訪問しています。

その点で際立ったのが今年、7人目の国賓、トランプ大統領でした。迎えたのは安倍晋三首相。その異例さとは、ゴルフや大相撲観戦ではなく、トランプ氏は日本に直行し、どこにもよることなく、ワシントンに戻った点でした。そして、日本国内を大統領専用車で移動するトランプ氏と安倍首相の姿は日米同盟関係が新たな次元にシフトした姿と、メデイアは報じる処でした。
5月28日、トランプ氏は安倍首相と共に海上自衛隊横須賀基地を訪問、国内最大規模の護衛艦「かが」に乗艦、視察。同艦は事実上の空母化が決まっていますが、もう一つの護衛艦「いずも」も、空母化方針が決定されています。その後トランプ氏は同じ横須賀港に待機する米軍艦「ワスプ」に移り米兵を前に「力による平和が必要」と演説。その中で日本による米国製ステルス戦闘機F35Bの購入を高く評価し、日米連携の重要性を、軍事力の強化と云う形で訴えるのでした。

しかし、安倍氏の戦略は、長期的な日米関係にはどのような意味を持つのだろうかと、元米国務副長官のJames Steinberg氏は問うなかで、次の如くに指摘するのです。
「・・・確かに、日本の国民が、引き続き強固な日米関係を支持していることは間違いないように見える。 だが、米国に対する好意的な見方と、トランプ氏への信頼感の間には乖離が見られ、懸念される事態だ。」(日経、6月15日) つまり、安倍政権の対米戦略は長期的なリスクを孕むと、極めて留意されるべき指摘です。

そんな中、日本時間25日、トランプ米大統領が日米安保条約破棄の可能性に言及した、との米ブルームバーグ通信ニュースが入ってきました。本当であれば日米関係の基本が問われることになるだけに、その真相如何と、気がかりながら、筆を置く次第です。

尚、小泉純一郎首相は、2006年、国賓として米国を訪問しています。迎えたのはブッシュ(子)大統領です。当時、アフガニスタンとイラクの二つの戦争を抱え、ブッシュ大統領は米国を離れられない事情があったためとされていましたが、そのブッシュ氏のイラク戦争に支持を表明し、ブッシュ・コイズミの個人的な関係を作ったと云われています。その小泉氏はブッシュ大統領と大統領専用機に乗りエルビス・プレスリーの旧宅のあるテネシー州メンフィスを訪問、強固な日米同盟関係を世界にアピールするものだったとされたのです。 
                             
以上 (2019/6/25 記)


posted by 林川眞善 at 08:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年05月28日

2019年6月号  ’平成アンチテーゼ’への挑戦と、Progressive capitalism - 林川眞善

目  次
 
はじめに : ‘令和’の時代を歩み出した日本 
  
第1章 平成アンチテーゼへのチャレンジ 

1. 平成のアンチテーゼ
・Jim O’Neil氏

2.日本経済「アンチテーゼへの挑戦」
・日本経済低成長からの脱却
・安倍政権の成長戦略

第2章 Joseph Stiglitz氏の標榜する資本主義のかたち、
そして、中国共産党が警戒する民主化の動き
                    
1. Progressive capitalism 
(1)New liberalismからProgressive capitalism
・Progressive capitalism
(2)A new twenty -first century social contract
・A progressive capitalist reform

2. 中国の「五・四運動」(1919)と天安門事件(1989)

おわりに:米ハーバード大、ボーゲル名誉教授  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



はじめに:‘令和’ の時代を歩み出した日本

5月1日を以って、新元号「令和」の時代がスタートしました。堅苦しい各社の社説等とは異なり、新元号の「考案者」と目される中西進氏(この点について、彼は一切のコメントはしていませんが)が日経(2019/5/1)でのインタービューで、記者から令和の時代の日本はどんな国を目指すべきか、との質問に対して、彼は以下のように応じていたのですが、その言、極めてスマートに映るものでした。

「明治の前半まで、日本は外に膨張せず、小国であれという主張もありました。中江兆民はその代表です。小国として賢く、誇りを持って振る舞おうと。ところが、日本は途中から自らが大国とだと誤解をした。いま、もう一度、小国主義の議論をしたいものです。」そして
「小国とは、いわば真珠のような国です。真珠はどこに転がされても光っています。薄暗いところでも。平和憲法にもそんな輝きがありますね。輝いているじゃないですか、9条は。」

さて、令和の時代も平成と同様、日本の企業や産業界にとっての最大の課題は、AIやビッグデータなどを包含した広義のデジタル革命にどう対応していくかにある処です。と云うのも、アナログ時代に世界を席巻した日本企業はデジタル時代に入ってズルズルと後退してきています。その大きな要因は、社会の仕組みや企業の組織文化、更には経営者をはじめとする企業リーダーのマインドセットが、デジタル技術と「不適合」をきたしたからだとされています。とすれば、令和を光輝く時代にするには、平成のアンチテーゼから出発しないといけないということになる処、それを意識した論述が多々、極める処です。

因みに、米UCバークレー校教授のステイーヴン・ヴォーゲル氏は自著「日本経済のマーケットデザイン」(2018/12)で、まず日本経済が対峙する問題への ‘なぜ’ を明示し、つまり、第1はバブル崩壊後、規制緩和、企業統治の強化が唱えられてきたが、停滞が抜け出ていないという疑問。第2に労働規制の大幅改革にもかかわらず、労働生産性が向上していないのはなぜか。3つ目は官民挙げてIT革命に取り組んでいるのに、シリコンバレーのようなイノベーションを生み出さなかったのはなぜか、としたうえで、当の著者は「市場」が「法と慣行と規範によって統治される制度」との視点に立てば3つの疑問は自然と解けるというのです。

また、在日30年の異色のアナリスト、デービッド・アトキンソン氏の「日本人の勝負」(2019・1)では、日本には金メダルを取る潜在能力があるのに、それが生かされていないとして、人口減少を直視するとき生産性向上を目標とし、最低賃金を引き上げる戦略をとることで生き抜けると強調するのです。更に米カーネギーメロン大教授のリー・ブランステッター氏は日経(2019/3/18)に投稿の論考「イノベーションを阻むもの」で、日本の過去の輝かしい実績も現在の苦境も原因は一つ。つまり戦後の日本が欧米との生産性格差を驚異的なスピードで縮めてきた背景には日本企業の経営慣行と政府の政策の一体化がイノベーションを生みだすシステムを作り上げてきたが、そのイノベーションの生業が急速に変わってきており、この変化環境に対応していくためには、これまでの成功を支えてきた戦後システムの名残を一掃すること、そして画期的イノベーションを生む新興企業を目指せと論じるのです。そこに共通する言葉はイノベーションであり生産性の向上です。

この際、思い起こすのが、1997年の山一証券の倒産を機会に、動き出した日本経済のシステム変革の様相を、当時The Economist(1999/11/27)が「Restoration in progress」と題した特集で、それまで世界的評価を得てきた日本型経営システムも環境変化への対応として、企業ガバナンスの確保、危機管理の強化等が進められ、相応の収益の基盤再構築に向かい出したというものでした。そして気になったことは、実は上記各種論述が、20年前のそれと同じようなパターンを以って論じられていることでしたが、この時間差をいかように理解すべきか、それは環境が今や構造的にまったく変質していることに、思考様式がそれに応えられていない結果ではと思料するのですが、この点については後述する処です。 
いずれにせよ、その結果、相応の回復を遂げてきた日本経済でしたが、2008年の金融危機に遭遇するや、企業経営者はリスク回避が第一と、タイト・グリップで安全志向に向いだし、企業の革新につながる投資活動は鈍化、環境の変化にダイナミックに対応することなく今日に至ったことが、日本企業の地盤沈下をもたらしたとされる処でしょう。

勿論、当の日本では云うまでもなく、新たな「令和」と云う時代をうけての進取の日本経済を目指す議論は賑わいを呈する処です。その中でもこの4月、経済同友会代表幹事を退いた三菱ケミカル・ホールデイングス会長の小林喜光氏は、平成30年の日本経済を評して「敗北と挫折の30年だった」(日経ビジネス、2019/04/01)と断じ、こうした認識なくして次のステップは進めないと、激しく指摘するのです。これが経営の現場に身を置く者としての鋭い発言だけに、上記諸論を超えた、事態の極みを強く感じさせられる処です。それは、要すれば平成を‘拘束’した企業環境の克服、つまりアンチテーゼにチャレンジを、と示唆す処です。企業家としての発言としては正解でしょう。ただ、公表される経済指標にもかかわらず、安倍政府は、景気は回復基調にあると主張しています。では消費者の反応はと云えば、日を追ってネガテイブとなっています。つまりマクロ経済の視点からみると、当該政策運営で環境変化への対応への疑問が募ると云うものです。

・本稿内容
そこで、今次論考ではまず、小林喜光氏が断じる「敗北の時代」の実像を新としながら、デジタル化によるいわゆるデジタル革命の進行と云う新たな環境下、改めて「平成のアンチテーゼへの挑戦」をキーワードに、日本経済の行方を考察し、以って第1章とします。

もとより、こうしたプロセスを通じて経済成長が回復したとして、これで終わる話ではありません。つまり、そうした経済発展の成果が広く国民に恩恵をもたらすものとなることがより大きな課題と云うものです。云うまでもなくそれは、変化する今日的経済環境に照らすとき、現代資本主義の新たな生業を追求することを意味する処です。

その点で、米コロンビア大教授でノーベル経済学賞のJoseph Stiglitz氏は、5月3日付で、論壇 Project Syndicateに投稿した論考「The Economy We Need」で、いま求められる資本主義をprogressive capitalism, 進歩資本主義と称し、その生業を語るのです。
つまり、次なる資本主義の在り方を語る、示唆深い論考で、その思考様式は上記テーマと並走するがごときと映る処です。そこで、新時代の環境にあって目指すべき経済の生業として、彼が主張するprogressive capitalismの概要について考察したいと思います。

処で、この5月4日は、1919年に中国で起きた五・四運動の100年目にあたる中国にとっては大切な記念日だった筈です。が、中国共産党は国民の反応に神経をとがらせる処と伝えられていたのです。と云うのは、同運動は反帝国主義運動であるとともに、民主化運動でもあったからとされているためです。更にこの6月は民主化を謳った例の天安門事件から30年となる敏感なタイミングもこれありで、共産党の警戒心が高まる処と伝えられていたというものです。この様相をThe Economistは5月4日付で ` Tiananmen 1919 – The anniversary of a momentous protest tests the party’s nerve ‘と題して報じていますが、上記、progressive capitalism と並べ読むとき、そのcontrastが実に興味を深める処です。
そこで、米中貿易摩擦の高まりが、今や米中覇権争奪を鮮明としだす折、第2章として、このprogressive capitalism とTiananmen 1919 をテーマに、比較考察したいと思います。



第1章 平成 アンチテーゼへのチャレンジ
    
1.平成のアンチテーゼ

前出小林氏の云う「敗北の時代」とは、どういった様相を意味するのか、その実情は、です。
具体的に、例えば、株式時価総額ランキングを見ると、平成元年(1989年)には世界の上位20社のうち、NTTを筆頭に14社が日本企業だったが今ではゼロ、トヨタの41位が最高で、上位層は米国や中国のデジタル企業が独占する処です。またマクロ経済指標でみても、1989年には世界4位だった日本の一人当たりGDPは2018には26位まで下落しています。つまり、かつて日本人が世界に誇った相対的豊かさが、ゆっくりと、だが確実に失われつつあるということのほかありません。
ではその理由はですが、経済成長に必要な要素は、技術革新と、資本と、労働力ですが、とりわけ、現下で急速に進む人口減少が最大の要因と説明される処です。注)

    (注)少子化に歯止めがかからず、高齢化は進み社会がどんどん縮んでいく。現在、1億2600万人余の人口は2040年1億1000万人になると推計される。その間、生産年齢人口は減り続け、社会保障がかさんでいくのは火を見るより明らか。財政は1000兆円をこえる公的債務を抱える。負担を増やすか、給付を呈かさせるか、その両方かしか選択肢はない。

しかし、何がその停滞を招いたかについて、小林氏は極めてシンプルに「企業の活力の衰えだ」と断じるのです。そして、彼は、世界企業がダイナミックに動く姿として次のような指摘をするのです。
つまり「売上高で3兆~4兆円規模のダウとデュポンが一緒になって、それを3分割する計画ですが、こんなことを平気でやるダイナミズムが世界の企業にはあるが、日本にはない。
そして、例えばオープンイノベーションと云いながらオープンさを欠く「自前主義」、「横並び」にどっぷりつかり動けなくなった「茹でガエル」ばかりだと云い、やはり必要なのは「戦う意志」だと指摘するのです。要は、日本企業がインパクトのある新製品や新サービスを生み出せなくなって、企業と経済の成長が止まり、日本の地盤沈下が進んだということですが、総じていえば、昭和の時代に急成長した日本企業も徐々に年老いて、リスクを嫌がる保守的な組織になったということかもしれません。要は平成と云う時代が残した、こうした事態へのアンチテーゼへ挑戦すべきが筋と、示唆する処です。

こうした指摘は企業経営と云う立場において、至極当然の指摘であり、その実行が期待される処です。が、実は日本経済と云うマクロの視点からも同様に、アンチテーゼへの挑戦が求められている処です。つまり、アベノミクスの3本の矢のうち、2本の矢、つまり、異次元ともいわれた金融緩和を実施し、大型財政の出動でインフラ整備を図るなどで、表面的には、経済はリーマン・ショックからの回復を続けてきた処です。が、その回復の成果としての賃金のアップが起きないことで、つまり消費者にはその回復実感が持ってないと云うものです。そして最大の問題は、成長戦略として打ち出されていた第3の矢が打たれることなく、いつしか停滞状態で今日に至っているというのが実情です。(注)

(注)経済指標が語る経済回復の実態:
― 5月中に発表された経済指標が語ること
(1)5月13日、内閣府が発表した景気動向指数からみた景気基調判断は6年2か月振り、「悪
化」に。これは外需の低迷で、生産や輸出が落ち込んだことが背景にあるとされています。その
輸出や生産が米中貿易摩擦の影響を受け厳しくなることを覚悟せねばならない筈。
(2)20日に発表された2019年1~3月期のGDP(速報)は、実質ベースで前期比0.5%増、年
率換算で2.1%増となっています。が、中国経済の減速を受け輸出は減退、内需の柱である個人
消費(実質で0.1%減)と設備投資(0.3%減)も減少に転じた。指数的には純輸出のプラスは計
算上、成長率を押し上げるものの、輸入の減少は内需の陰りを反映しており年率2.1%増と云う
成長率の数字ほど日本経済の現状はよくない。
(3)24日に公表された政府の5月月例経済報告では、上記指標を踏まえて5月はんだんは下方
修正、それでも「景気は穏やかに回復している」との認識を維持している。いろいろ政治的判断
があってのことと思料される処。

つまりアベノミクスの終幕は、政策運営上、需要を喚起するような成長戦略を果たすことなく、従って金融緩和が進み、日銀券がだぶだぶのまま、そのお金を持ち込む対象需要の創出もなく、又企業においても低金利の環境にあっても積極的資金需要もなく、と云った状態にあり、と云うことで、アベノミクスで強調されていた「企業に選ばれる日本」を目指すはずだったものの、今や日本は1%以下の成長にとどまる処(先進国ではそれでも2~3%の成長を維持)、結果として「企業に選ばれない地域」に転落してしまっているのです。

この30年余りの間にグローバル化の進展で世界経済の構造は劇的に変化するなか、日本はその潮流から取り残され、経済は停滞し、世界における地位も著しく低下してきたと認めざるを得ません。しかしなおの事、実践的に、日本経済の将来的生業を考えていくとき、令和の新時代、世界との競争に伍して、安定した成長を持続させていくことこそが日本としての世界貢献と思料されるだけに、その為には競争力を高めていくことが不可欠であり、それこそがアンチテーゼへの挑戦と映る処です。

・Jim O’Neil氏
因みに2001年「BRICs」を提唱したジム・オニール氏(現在英王立国際問題研究所会長)のコラム「人口減少の日本―生産性追求を」(日経2019/4/6)は, 上記文脈に同じくする処、日本は国の政策として人口減への対抗も含め、生産性の向上を目指すべきと、以下示唆するのです。
まず重要なこととして、経済規模と国民の「富」は別だとしたうえで、日本の人口は約1億2700万人から2050年までに約1億人に減少する可能性が高い。一方、名目GDPは現在とほぼ変わらない公算が大きい。人口が約20%減れば、一人当たりの富は20%以上増えることになる。これまで、自分は人口の急増と労働力人口の拡大に注目することが多かった。アジアではインドやインドネシアが潜在力の縮図だが、なぜもっと大きな経済的成功につながっていないのだろうか。一方、人口大国でないルクセンブルクやオランダなどは世界で最も豊かな部類に入る。アジアならシンガポールがそうだが、日本の政策決定者は欧州の最も豊かな社会のアジア版になることを考える時期ではないかと、するのです。

そこで、彼は日本の指導者が生産性を押し上げる政策を追求すれば、不可能ではないと考え始めていると云うのです。そして、生産性の向上は、労働人口が拡大していない時に所得水準を引き上げる唯一の手段と云えるとし、更に、日本はデジタルやロボット、先端素材、AIなどの技術によって自国経済を更に後押しできる。重要なのは、技術をどうやって自国に有利になるように利用していくかだ。日本の政策決定者は「特定の技術を利用し、真の意味で生産性を向上させるには、どのような政策が適切だろうか」と自問すべきと云うのです。いずれにせよ、令和における日本経済再生のカギは生産性の向上にありとするのです。

2.日本経済「アンチテーゼへの挑戦」

改めて、令和新時代、これからの生業を考えるとき、「アンチテーゼに挑戦」の意味することは、単に経営戦略がどうこうと云うよりも、産業の生業、延いては国民国家の生業すら視野に入れた構造変化への対応を問う事を意味する処です。
前出小林氏も同様次のように指摘するのです。 つまり、「企業も政治も然りだが、中長期を見越してそこから引き戻す、バックキャストの視点が欠かせない。2050年なり、戦後100年にあたる2045年なりに照準を合わせ、その時代にどれくらいの労働人口があり、海外の人をどれくらい入れ、どう飯を食っていくのか、あるいはどう分配し、いかにフェアーな競争社会を作るか。こういう本格的議論が不可避だ」と。

そうした、問題意識に応えてくれる好著を先般、手にしました。筆者もよく知る元内閣府次官の松元崇氏の「日本経済低成長からの脱却」です。著者の松元氏はアベノミクスの立案に役割を果たした仁ですが、日本経済復活のために必要な長期的戦略を行政の立場を超え、大局的な見地から論じたもので、その概要を紹介しておきたいと思います。

・日本経済低成長からの脱却
彼は、前述筆者同様、世界の中の日本のまさに劣化を再確認したうえで、アベノミクスによって景気は穏やかに回復したが、将来の「成長」に向けた具体的施策は明確には示されていないとし、低成長から脱却し、将来世代が豊かに暮らせるためには何をすべきか、カギとなる労働生産性の問題と、根底にある雇用システム改革の必要性に焦点を当て、日本経済復活への道筋を問うものです。

著者によると、IT化による生産構造の変化は、途上国の成長と先進国の成長鈍化をもたらしたが、それでも先進国は2~3%の成長を維持しているが、日本は1%以下の成長にとどまっていると。そして生産・投資活動の一極集中と過疎化がグローバルに進む中、日本は「企業に選ばれない過疎化地域」に転落したと指摘するのです。一部の日本企業は成長を続けてぃるが、大半は海外投資の成果に負うもの、そして低迷の最大の原因は、日本企業の強みだった終身雇用制度が、非硬直的コスト構造として企業の成長に必要なリスクテイクや投資活動の阻害要因となり、労働生産性が伸びなくなっていることにあると指摘するのです。可処分所得が増えず、多くの人々が景気回復の恩恵を実感できないのもそこに原因があるとも指摘するのです。 そこで国民の生活が豊かになるためには労働力がより生産性の高い分野に、賃金の上昇を伴って効率的に移動できる環境が必要とし、雇用システムの変革は国レベルのプロジェクトであり、社会保障制度や国民負担のあり方も、根本的に変える必要があると指摘するのです。

・安倍政権の成長戦略
では現実に、日本はこの生産性の向上と云う点で、政策運営をどう考えているかです。
5月15日、安倍首相が議長を務める「未来投資会議」が公表した成長戦略の骨格(この夏にまとめる由ですが)について、事務局の内閣官房は同会議で、米欧主要国に比べて低い日本の労働生産性の向上が最優先課題だと説明しています。そして改善のためには雇用改革が不可欠として、今年の成長戦略の柱に据える方向性を示したと報じられています。(日経2019/5/16)

2012年12月の安倍政権発足後、成長戦略は今年で7回目です。これまでの成長戦略は成長力を引き上げる抜本策に乏しく、日本の潜在成長率は1%にとどまる点はすでに指摘した処です。日本経済の政策運営の実情を見るに、アベノミクスの3本の矢のうち、金融緩和と財政出動は先述の通り十分にやってきたが、足りないのは残る成長戦略をどうするかです。要は日本を活力のある経済にしておくことが今日、我々に課された責任なのです。つまり、日銀は中銀としての独立性の堅持はともかく、安倍政権の意向に即し、日銀券をどんどん手当てし、この結果、今や日本の債務はGDPの2倍超にある処ですが、こうした緩和マネーがあふれる今の日本経済の問題はと云えば、お金が足りないのではなく、お金が回らないことなのです。つまり技術革新や規制緩和で新しい産業・サービスが誕生すればそこにお金は流れていくのです。そこで問題は、それが消費や投資を誘発する循環が起きないことなのです。単なる歳出増が答えになるなら苦労はないという処です。要はやるべきことをやり遂げることが先決なのです。が、この夏には参院選を控え、成長力の底上げにJosephつながる手が打てるか、依然その行動様式が気になる処です。



第2章 Joseph Stiglitz氏の標榜する資本主義のかたち、
中国共産党が警戒する天安門の歴史

1.Progressive capitalism

新たな時代環境,とりわけトランプ米政権の政策に象徴される世界の内向き姿勢が強まる一方、英国のEU離脱を決めた国民投票結果が映しだす経済格差問題等に照らし、米コロンビア大教授のJoseph Stiglitz氏は前述の通り5月3日付、論考「The Economy We Need」で目指すべき新たな資本主義の方向、生業について以下(概要)語るのです。

(1) New LiberalismからProgressive capitalismへ

これまでfree-market individualismの申し子とされてきた米国は、今では、より不平等な国、社会的流動性に乏しい国、になっているとし、又、英国についても、これまで世界の福祉政策では充実した英国型を示してきたものの、その英国においても賃金格差が大きくなり当該政策も維持し得なくなってきている等々、まずその厳しい現実事情を確認します。

つまり、80年代の、米国のレーガン大統領、英国のサッチャー首相が進めたnew liberalismのおかげを以って、とりわけ財政によるトリクルダウン・プロセスを通じて今日経済の発展をもたらしたこと、そしてそれは富裕層、投資家を利するような減税や、グローバル化の推進が結果として一般市民の生活水準の向上につながってきたとしながらも、そうした政策運営が続いてきた結果、米経済のわずか1%に富や所得が集中する一方で、産業の空洞化、一極集中化そして中間所得層の縮小が進んだことで経済の様相は変質、この筋書きを変えないかぎり、この経済の生業の悪化は避けられないというのです。

彼は、市場主義経済は結果的には大企業を更に大きく、弱者の低所得者層は更に弱者へと追いやられ、そうした所得格差の広がりが不平等感を高め、社会を不安定にしていく処、そうした不満、不平等感をいかに解消し、安定した経済運営を期していくかにあると、熱く語るのです。そして、彼はcapitalismなるものを、より今日的環境に適応できる姿とするprogressive capitalism,つまり進歩資本主義への修正が不可欠と主張するのです。

     (注)Progressive capitalism(進歩資本主義):カナダでは1867年設立の政党「自由保守党」
が、1946にprogressive conservative party(進歩保守党)に改称。緩やかな中道左派路線を
進めた経緯在り。progressive capitalism とは同様趣旨の表記かとも推測される。尚2003
年、同党は解散。後継政党はカナダ保守党。

・Progressive capitalism:
彼の主張するProgressive capitalismとは、政府、市場、そして市民社会の力のバランスを図る事を通じて、Free ,Fair そしてよりproductiveなシステムを目指すことと云うのです。そこでProgressive capitalism とは、選挙民と選ばれし政治家、また労働者と企業、そして富める者と恵まれない者との a new social contract、新しい社会契約を確かなものにすることを意味するとし、そして中間層のstandard of livingを改めて現実的な目標としていくこととし、そのためにも市場をより社会に貢献するものとしていく事が不可欠とするのです。

要は、progressive capitalismでは、neoliberalism, 新自由主義とは異なり、思考様式として価値創造のプロセスが中核に置かれると云うのです。そして、真に持続的とされる国家の富とは、天然資源を諸国から収奪する事でもなく、人的資源も含め、人としての創意工夫と協調にあり、多くの場合、政府や一般社会の機関の協力を得ることで、国民国家としての富の形成を目指すものと云うのです。

今でも富の創造とはしばしば富を絞りだすと云った発想に取り憑かれ、個人も企業も市場のパワー、競争価格の優位やその他収奪可能な手段等を生かすことで豊かになると思い込んでいるようだが、それは言うなれば利益誘導の市場行動にほかならず、勿論、そうした行為は社会的富の形成に貢献できるものではないと、主張するのです。とりわけ、少数企業による市場支配は、高い価格を維持し、消費者の生活水準を下げ、同時に米企業の海外転出を労働者への脅威として彼らの賃金水準の引き下げを企てようとする。それでも満足する事がない場合、更に政治家に労働者のバーゲニング・パワーを弱めるよう動くのだが、その結果は労働者の賃金は引き下げられ、結果国民所得の占める分配比率を更に引き下げていく。

時に技術の進歩、途上国の台頭、等々、色々事由を以って、中間層の相対的水準の低下が云々される処、トランプの脅迫的な貿易協定などは、米国労働者には悪影響をもたらすばかりで、企業の利益だけに焦点をあてた、一般市民には何も益する話ではないと指摘するのです。そして不平等の所得はますます不平等を増す処だと云うのです。AIやロボットの導入で今後の経済の成長が云々される処、現政権の政策や規制の枠組みの下にあっては、結局は多くの人々は、政府からの支援もなく、ただ失職していくことになるだけだとするのです。

それでも、こうした機能不全の経済が今日の政策に負うものとすれば、相応の期待は持てると云うのです。諸外国には、同じようなグローバルな力と対峙しても、ダイナミックな政策導入で、一般市民の繁栄に結び付く経済へと成功してきているケースはあるとする処です。つまりこうしたprogressive capitalismへのリフォームを通じて経済のダイナミズムを取り戻し、すべてに対して経済の質の向上と機会の平等を果たすことが可能と云うのです。つまりトップ・プライオリテイは搾取的行為を抑え、富の創造に向けるべきで、これこそが、とりわけ政府とともに、人々が協働できる最高にして唯一の枠組みだと主張するのです。

(2)A new twenty-first-century social contract
上述、各種提言は経済成長の再興を期すために必要なこと、そして中間層の生活を取り戻すためにも不可欠となるものだと云え、今必要とされるのは新しい21世紀型の社会契約、つまり、あらゆる市民がヘルス・ケア、教育、定年(退職)後の生活保障、自己資金で住宅が購入でき、decent job(人並みの仕事)、decent pay(人並みの収入)が確保される、そうした環境を担保していく事と云うのです。

こうした社会契約の項目については、部分的には実行している国はある。結局、米国は独り、先進国にあってヘルス・ケアを基本的な人権とは認めない国と云うことです。皮肉なことに、その米国のヘルス・ケアに対する支出は金額的にはper capitaベースでも対GDP比でも、他の先進国に比し多くあるのに対して、優位な民間のシステムはその成果は乏しいものにとどまっていると云うのです。

つまり、progressive-capitalist の視点からは、新しい‘社会契約’を国民にいきわたらせるカギは、wellbeing, 幸福な満足のいく生活の基本となるpublic option, 広く選択肢を通じてと、なると云うのです。つまりpublic options とは消費者の選択を広め、相応の競争を促すことになり、因みに2010年のオバマケアは健康保険についてのpublic optionを示唆する処です。が、実際はその法案は却下されています。実にそれは誤った行為というほかありません。
こうしたヘルス・ケアのみならず、今米国では年金給付、住宅担保、学生ローンなど, public option が求められていると云うものです。そうしたことは、要は民間がその補完を果たせばそれでいいということではなく、富を収奪的に確保する事業者から一般市民を守ることにあるとするのです。

・A progressive capitalist reform
今、米国では、大手でも、いずれもが繁栄を共有し、民主主義の将来を担保できなくなってきていると云うのです。近時の西欧に見る大衆の社会経済に対する不満の爆発こそは、経済成長にしても政治が果たす力の劣化と相まって、中間層の生活が蒸発していく姿を目の当たりとする処だと指摘するのです。 つまり、経済もそして政治もマネーを核にした強大な力をこの際は制御していく必要があり、progressive capitalism とはそうしたことを目指すものと云うのです。

この40年新自由主義を以って歩んできたが、結果は失敗だったと。尤も重要な指標とされてきたthe wellbeing of ordinary citizens,一般市民の豊かさ、がまさに悲惨な状況に追いやらてしまってきており、そうした状態をもたらしている資本主義を救うことが必要だと主張するのです。つまり,‘A progressive capitalist reform agenda is our best chance’ と。

2.五・四運動(1919年)と天安門事件(1989年)

5月4日付けThe Economistは「Tiananmen 1919:The anniversary of a momentous protest tests the party’s nerves」 と題して、当該「五・四運動」100年を記念した記事を掲載。共産党が恐れているという1989年の天安門広場の歴史に触れ、以下指摘するのです。そもそも五・四運動とは反帝国主義運動であるとともに民主化運動でもあったとされるものです。
ただし同じ学生による反政府運動とされた1989年の天安門事件は、検閲の圧力によって若者にはほとんど知らされてはいない由ですが、上述論考と併せ読むとき、そのコントラストが極めて興味深く映る処です。そこで、その概要を下記しておきたいと思います。

・まず、五・四運動と呼ばれるこの運動は、第一次世界大戦の戦勝国が、中国を不当に扱ったことに抗議すべく始まったもので同大戦の講和を定めたベルサイユ条約は、ドイツが中国に保有していた植民地を日本が継承すると認めている。5月4日は青年節として公式祝日となっているが、その意義については議論の分かれる処。

中国共産党は五・四運動を、その2年後に同党が誕生する背景となった出来事と捉えている。つまり天安門及びその他の場所で起きた蜂起は、中国の在り方を理性的に省みる試みというわけだと。一方、リベラル派はこの運動を、愛国者が民主主義を切に求めたものと捉えているという。愛国者らは、政治を含めて西洋流の知識を採り入れなければ、列強に伍すことはできないと信じていた。今年は五・四運動100周年、そして、同じく天安門広場を舞台として1989年に起きた天安門事件から30年と云う微妙な節目が重なる。同事件は、その年の6月4日に起きた学生たちの抗議行動で軍隊に鎮圧された。

さて中国共産党は五・四運動の大志がどこにあったか深く分析することを避けている。習近平国家主席は共産党を、中国古来の価値を擁護する存在に位置付けようとしている。19年に改革を望んだ人々がこれを知れば、さぞかし驚くことだろう。オクスフォード大のラナ・ミッター氏によれば、五・四運動に関して政府が重視したい点は、1つしかない。すなわち、中国共産党の結党につながった点だけだと云う。つまり、共産党は、独裁主義体制からの解放と云う同党の主張に支持者たちがひきつけられたことを思い出したくないのだ、と云う。

・天安門事件30周年:今年は二つの節目、五・四運動100年と天安門事件30年、を迎え、これに乗じて現状に満足しない人々が行動を起こすのではないかと共産党は神経をとがらせている。北京の治安維持体制からはそうした事態の可能性は低いが、共産党が不安を抱くにはそれなりの根拠がある。大学において活動家の行動が活発化しているのだ。
学者は臆病だが完全に勇気を失っているわけではない。勇敢な学者らは最近、許章潤教授を応援するようになった。同教授は今年初め、習近平氏の独裁主義を攻撃したとして停職処分を受けた。共産党は、五・四運動に参加した人々が訴えた夢を少なくとも1つ実現したと主張できる。中国を世界の大国にしたことだ。だが、4月30日、五・四運動100周年の式典で、不満を抱く人々に対して婉曲な警告を発した。つまり愛国心を欠くことは「不名誉」なこと、そして「国を愛することと,党と社会主義を愛することは密接に関連している」と。
 
さて、エコノミスト誌は最後にThe `spirit ‘ of the centenary looks a lot like mistrust and fear.(100周年の精神は不信と恐れが入り混じった様相)と締めるのですが、習氏の心境とでもいうところでしょうか。                     



おわりに 米ハーバード大ボーゲル名誉教授

5月4日付日経の「令和を歩む」シリーズで、 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1979)で著名な米ハーバード大名誉教授のボーゲル氏は、新元号を以って歩み出した日本に対し、米国は世界の戦後秩序づくりに貢献してきたがトランプ政権は物足りない。日本の指導者は米国がどう考えるかを見てきたが、今度は「日本が中国、欧州、オーストラリア、インドと、どう向き合うかを自主的に考えるべきであり、将来の世界秩序にも貢献してほしい」と、そして、その為に、世界と渡り合う視野を磨けと檄を飛ばすのです。

とりわけ、新時代に中国とどう付き合うかが日本に問われる処と指摘するのです。要は中国が日本を追い越したのが2010年、それは一つの転換期を示唆する処、令和時代には、ほどなく米国をも超える事、そして米中関係は悩ましいく、特に台湾が心配だ、ともいうのです。そして、中国には人権問題や競争、科学技術で不公正な処があるが、米国の対応は過剰だ。中国は比較的抑え目だが、トランプ政権には戦略がない。日本に米中という超大国の橋渡しは難しいが、米国の過剰な反応をいさめるなど、助けることはできる。勿論日米同盟は非常に深く、中国の軍事増強を考えると米国に頼るしかないと、いうのですが、とりわけ次の指摘は日本の今と、これからを思うとき、痛く心に残る処です。

つまり、「安倍晋三首相は国際的な評価をあげたが、日本はまだまだ。豪州のラッド元首相の様に、中国語が上手く、北京とワシントンで双方の指導者と真剣に渡り合える国際派の政治家が出てほしい。戦後の日本の官僚には幅広くものを考え人がいたが、最近は視野が少し狭い。政治家は強くなったが勉強をしない。世界での経験を積み、戦略を持つリーダーを育てないといけない」と指摘するのです。

「平成」の30年は中国が台頭する時期と重なる一方で、日本はバブル経済が崩壊し、主要産業が衰退、デジタル社会でも世界に後れを取ったことで、本稿冒頭でもリフアーした小林喜光氏の言う「日本敗北の時代」だったと自覚させられる処ですが、この間、日本が得たものもあるのです。つまり、高齢化、人口減を世界最速の勢いで経験し、その結果、世界に打って出ていかなければ生き残れないという課題を直視したことだったと指摘するのです。世界は、トランプ米政権に象徴されるように、内向き志向を強めています。しかし、いずれ日本と同じ課題に直面していくはずです。

圧倒的な軍事力・経済力を背景とした米国のハードパワー、西側先進国と異なる政治体制を前提にした中国のシャープパワーのはざまで日本は世界でどんな役割を果たせるか、考えていくことが求められる処です。まさに、世界とともに生きる覚悟をと、される処です。
さて、ボーゲル氏の日本に対する忠告を関係者はどう受け止めるのでしょうか。

そんな折、5/25~28、令和初の国賓として米大統領トランプ氏が来日しました。極めて気になったのが安倍首相の彼に対する接遇ぶりでした。国賓であり、日米関係を考えれば、至極当然との向きは多い処です。勿論、ゴルフよし、大相撲よしですが、再び日本は米国の属国かと思わせる処ほどの様相に、日本外交はここまで落ちぶれたかと思わせるのです。片方ではバカ大臣を抱える安倍政権ですが、本当にBeautiful Harmonyが堅持しうるのかと、ただただ外面だけの安倍晋三氏に、不信感は募るばかりです。(2019/5/27 記)
posted by 林川眞善 at 11:13| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年04月26日

2019年5月号  強硬なトランピリズム、StandstillのBREXIT - 林川眞善

目  次

はじめに 経済予測が映す世界経済の生業
・世界経済減速入りと、その背景

[ 第1部  強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方
(1)米中貿易協議と中国の事情
(2)トランプ流‘封じ込め’戦略
・習近平中国の弱点 (Feet of Clay)
第2章 2020年を目指すトランピリズム
(1)「ロシア疑惑」から解放(?) されたトランプ氏
 ・トランプ氏を利する環境
(2)トランピリズムと地政学リスク
・米欧貿易摩擦 /・進むトランプ流人事

[ 第2部 StandstillのBREXIT ]   

第1章 BREXIT問題の真相
(1)アイルランド共和国と北アイルランド
(2)立ち往生するBREXITの実情
・離脱協定案(バックストップ)とベルファスト合意
 ・‘こじれ’打開の見通しは・・・     
第2章 離脱に揺れる英国の今後、そして EUは
(1)メイ首相後の後継事情
(2)EUの今後- The era of a `Europe that protects’

おわりに  「Beautiful Harmony」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめに 経済予測が映す世界経済の生業

・世界経済減速入と、その背景
この4月冒頭、各種機関が発表した本年を通じての経済予測(注)では、いずれも世界経済の減速を予想するものでした。

  (注)2019年世界経済予測
① WTO (4月2日発表) :2018年のモノの貿易量の伸び率は前年比3.0%と、前年17年の4.6%
から減速と。理由は米中貿易戦争などの影響で、アジアや欧州の輸出入が鈍くなっていることに
あると。加えて、英国のEU離脱を巡る混迷等リスク要因が多く、2019年の予測は2.6%とさら
にブレーキがかかると見通す。
   ② アジア開発銀行(ADB)(4月3日発表):2019年のアジア新興国(アジア太平洋州の45か国
・地域)のGDPは、対前年伸び率は5.7%と、前回発表の18年12月時点から0.1ポイント引き
下げ。この伸び率は2001年(4.9%) 以来の低さ。米中の貿易戦争や世界経済の減速見込みが
アジア新興国の成長を下押しするとみる。
③ IMF(4月9日発表):2019年の世界経済見通しは、1月時点で3.5%だったがそれを3.3%と
下降修正。この数字は金融危機後の景気回復が始まった2010年以降で最も低い水準となる。尚、
日本、米国、欧州など主要国・地域の予測もそろって下方修正し、世界は同時減速の懸念を滲ま
せる。米中貿易戦争で世界的にサプライチエーンが混乱し、英国のEU離脱も企業や投資家の心
理を下押ししている、という。
尚、本稿第2章BREXITで「合意なき離脱」なら英GDPは2021年時点で3.5%下振れすると分
析、EUも同0.5%押し下げられ、世界全体では同0.2%の下押し圧力になると指摘している。

これら予測のいずれもが共通して指摘するのが、長引く米中の貿易戦争、さらには米欧貿易摩擦の再燃等、その行方への不安、加えて英国の脱EU問題、つまりBREXITが如何なる様相を以って終結するのか、機能不全に陥っている英国メイ政権、更には世界経済への影響への懸念の深まりで、これらを以って世界景気の下降局面入りを語る処です。言いかえれば、こうした世界の生業が、世界のリスク要因として鮮明となってきたという事ですが、同時にこれらリスクに備えよと、示唆する処と言うものです。

・本稿のシナリオ
そこで今次論考は、この二つをテーマに2部構成とし、論述することとします。

第1部では、勝手気ままに振る舞うトランプ氏の行動事情について「強硬なトランピズム」と題し、具体的には目下の米中貿易協議の行方、そしていわゆる‘ロシア疑惑’の霧から抜け出たトランプ氏の2020年、次期大統領選を視野に入れた行動事情をレビューし、当該問題の可能性について検証します。

第2部では、未だ立ち往生にあるBREXIT問題を取り上げます。本題については先月号、弊論考で相応詳細論じていますが、今日現在、英国の離脱期限が当初の3月29日から10月31日までに延期が決定されたものの何事も決まらず、ただし、6月には離脱に向けた進捗状況を検証することが義務づけられていますが、さて、関係者の理解を得る離脱に向けた合意案ができるか、その見通しは実に不透明のままと云った処です。

そもそも離脱がこじれているのには、メイ首相の指導力不足にある処、その最大の問題は、自国の領土問題でもあるアイルランドとの国境線にあるのです。現状アイルランド島は南部のアイルランド共和国とイギリスの一部である北部の北アイルランドに分割されていて、往来は自由です。が、仮に離脱となれば両者の間には、厳格な国境管理(ハード・ボーダー)が復活することになり、これが後述のベルファスト合意に反することになる処、メイ首相は、北アイルランドだけをEU域内に一定期間残す「バックストップ」を提案したため、完全離脱派の反発を招いたというものです。加えて、メイ政権は2017年の総選挙で多数派を形成できず、島の英帰属を主張する北アイルランドの民主統一党と閣外協力を得ているという事情も加わる処、換言すれば、EU離脱問題はアイルランド問題でもあるのです。

もとよりその行方の如何は、英国のみならず世界経済全体の今後に係るだけに斯界の関心は高まる処、そこで先月号論考のフォローアップ方、改めて‘立ち往生するBREXIT’の実情、そしてその要因を深堀する形で検証する事とします。尚、BREXITに端を発し、今EUの新使命が云々されだしています。そこで併せて考察する事としたいと思います。


[ 第 1 部 強硬なトランピリズム ]

第1章 米中関係の行方

(1)米中貿易協議と中国の事情

昨年12月1日、米トランプ大統領はブエノスアイレスでのG20サミットを機会に中国習近平主席と会談、米国が要求する対中貿易不均衡是正のための両国協議会を開くこととし、その際は、以下、合意されたことが伝えられています。

まず、① 米側が予定していた関税引き上げについては、2019年1月1日に2000億ドル相当の製品に対する関税を10%に維持し、今回は25%に引き上げない。② 両国間の貿易不均衡緩和のため、相当量の農業、エネルギー、工業製品及びその他の製品を米国から購入することとし、中国は直ちに米国の農家から農産物の購入を開始する。更に、③ 両首脳は即時に構造的な変化について交渉を始め、強制技術移転、知的財産、非関税障壁、サイバー攻撃、サービス産業や農業について議論することとし、両政府はこの話し合いを90日以内に完了するよう努力すること、とするものでした。(日経、2018/12/3)

そして、中国がその改善策について90日間で提示することを決め、1月にはワシントンで、2月、3月には北京で両国の閣僚協議が行われてきており、4月3日には貿易協議をワシントンで再開。4月中の首脳会談で決着をつける方向で議論が進んでいると伝えられていました。ただここに至って、トランプ氏は「合意を急ぐのではなく真のデイールにすることが必要」と主張し始め、4月中の決着にはこだわらない姿勢を見せ出しているのです。
これは近時のFRBの‘利上げ停止’で、市場が持ち直してきたこと, 4月5日米労働省が発表した3月の雇用統計では就業者数が市場の予測(17万人増)を上回る19万6千人であったこと等が、強気の交渉姿勢に繋がったとされる処ですが、何としても後述する「ロシア疑惑」という大きな政治危機を乗り越えたことのゆとりのなせる処ではと思料される処です。

加えて、中国側の国内事情の変化がトランプ氏に相応のゆとりを持たせていると云えそうです。つまり近時の国内経済の不振も有之で、譲歩の気配を感じさせる処、3月15日には2020年1月に外商投資法(注)を施行すると、まさに米国の意向を汲んだ新法の決議をしているのです。(4月5日、日経ビジネス電子版)

    (注)外商投資法の概要 (米国の意向をくんだ新法)
     ① 外資系企業に対する技術移転の強制を禁止する。
     ② ネガテイブリストの項目以外は内外企業を差別しない。
     ③ 外資系企業に影響が及ぶ法制度を新設する場合、事前の意見聴取を義務付ける、等。

そして、何よりも先の全人代(3月5日~15日)での党執行部の発言はそうした気配を強く感じさせる処でした。因みに、李克強首相は、米政府や議会を刺激している「中国製造2025」には言及せず、貿易摩擦の解消に注力する姿勢を強調していたことでした。それは米中首脳会談での合意を急ぎ、目先の苦境をしのぐのに腐心する演説に見えたとメデイアが指摘する処です。さらに、習近平主席の発言では「目前の状況にとらわれて短期的な強い刺激策を講じ、新たなリスク要因を生み出すことはできない」(注)としていたのですが、まさに、過剰な財政支出や金融緩和が構造調整を先送りし、それが中期的に中国経済を弱らせることを心配していることを示唆する処とメデイアは指摘するのです。(日経3月18日)

   (注)中国の景気対策:3月5日の全人代で、李首相は中国経済の減速傾向に照らし、2019年経済
    成長率の6%割れを避けることとし、大規模景気対策、2兆元(約33億円)規模の減税と社会保
険料下げの実施を表明しています。

かくして前述の通り、米中貿易協議は貿易拡大や技術移転の強要禁止などで歩み寄りつつある由ですが、制裁関税の撤廃時期や規模については未だ溝が残ったままにあり、4月中の米中首脳会談を以って最終決着を図るとするシナリオの実現は見通しがたい状況です。

偶々、米商務省が4月6日発表した2018年の貿易統計ではモノの赤字が前年比10.4%増の8,787億200万ドルとなり、06年以来12年ぶり過去最大を更新しています。この赤字の半分弱を占めるのが対中国貿易で、4,192億ドルと11.6%増で、2年連続で過去最大となっています。この2月の記者会見でトランプ氏は「関税で貿易赤字は減ってきている」と自身の通商政策の正当性を主張するが如くでしたが、現実は正反対。大統領在任2年間で同氏が重視するモノの貿易赤字は約1400億ドル膨らんでいるのです。とすると看板公約の不発で、彼は貿易相手国に赤字縮小を迫り続けることになるのではと危惧する処です。

(2)トランプ流‘封じ込め’戦略

ただ、仮に貿易協議で米中合意に至ったとしても、それはトランプ政権と中国指導部が目の前にさし迫った課題に対処しようとする事の他なく、米中を貿易戦争に陥れた構造的な問題は解決するどころか一層先鋭化の可能性を残す処ではと、懸念するのです。
その点で留意すべきは、米国での反中感情の根深さです。元をただせば、米国は2001年、中国のWTO加盟を認めた際は、既存の秩序入りで中国経済の自由化が進むとの期待があったものの、遅々としてそれが進まなかったことにあるのですが、America firstを標榜するトランプ政権の台頭で、殊、中国に対しては貿易不均衡を以って強く対峙する処ですが、要は、中国経済のプレゼンスの高まりが、米国の脅威になりつつあることを示唆する処です。そして、この文脈においてより問題とされることは、安全保障を巡って反中感情を強くしてきている点ではと、思料するのです。

つまり2017年12月にマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)が発表した国家安全保障戦略、および 2018年1月、マテイス国防長官(当時)が発表した国家防衛戦略において、中国を「修正主義者(revisionist)」、「戦略的競争相手(strategic competitor )」と断じていますが、米国の政策において「戦略的競争相手」は「封じ込め(containment)」の対象となることを意味する処です。つまり、1972年、ニクソン大統領(当時)が中国訪問時以来の「関与(engagement)」政策から、それは大きく舵を切ったという事ですが、この背景は軍事力における優位性に暗雲が生じたことにあるとされる処です。この1月起きた中国の通信機器メーカ、華為技術(フア-ウエイ)事件も、「米国の経済や安全保障に二重の脅威となっている」(FBI レイ長官、1月28日)とするものですが、まさに同じ文脈にある処です。

米国のこうした対中姿勢、つまりトランプ流‘封じ込め’戦略は、今後、政権が変わろうともしばらくは継続されるものと見られる処ですが、さて、米国と同盟関係にある日本は今、日中関係の合理的な発展を目指すとしており、こうしたトランプ政権との間合いが極めて重要となる処です。尤も実の処、対米摩擦にある中国としては日本の協力を得たい、つまり対日ニーズは中国の方が高いのではと思料するのです。

序でながら、米ハーバード大教授のJoseph S. Nye 氏は4月4日付、Project Syndicate 宛て論考「Does China have feet of clay?」(注)で中国が抱える今日的問題点を5つに絞って指摘しています。興味深く、そこでその概要を以下に紹介しておきましょう。

    (注)feet of clay:Bible (Daniel 2) の中で出てくる表現。つまりBabylonの王が見た像の姿が
頭は黄金で出来ていたが脚は粘土でできていたという事から、failing or weakness in person’s
characterとして使われる表現。

・[習近平中国の弱点 - Does China Have Feet of Clay by Prof. Joseph Nye]
中国経済は過去40年、順調な成果を上げてきた。その結果今では、今後10年間で米経済を凌駕すると一般的な通念としては見られており、確かにそうかもしれないが、習近平氏には5つのfeet of clayがあると指摘するのです。

その一つは、人口動態問題。中国の労働人口は2015年にピークに達し、しかもその人口の高齢化が進み、健康維持のコストが将来的に国家の大きな負担となるが、その備えがない。
二つ目は、中国の経済モデルの限界。1978年、Deng Xiaoping主導で中国経済を輸出主導に転換させ成功してきたが、今ではその行動様式は行き過ぎ、対外的な摩擦を生む処。米中摩擦然り、国営企業への政府支援、知的財産権問題、等、要は法律に即した対応の欠如。
三つ目は、共産党と国家の関係。司法と国民の移動問題でDeng Xiaopingの政治改革、党と国家の分離の政治改革が進められてきたが、その流れは今、逆流していること。
四つ目は、共産党強化への偏り。中国はこれまでの経済発展のおかげで、中間層市民が大勢をなす処、依然、共産党が中国を助ける存在として、共産党の強化に向かっていること。
五つ目は、中国のソフトパワーの欠落。つまり中国は多大の外国投資をしながら、人権問題等、いろいろな問題を引きずってきている点で、世界の評価は低い、と指摘するのです。

元より中国は偉大な力を秘める国だが、同時に上記のように大きな弱点を露わとしている。そこで、重要なことは米中関係をcooperative rivalry、つまり協調しうる競争相手となるように努力すべしと。そして、この先十年間というもの、中国を含め世界の如何なる国もあらゆる面で米国を凌駕することはないであろうし、米国もまた中国を含め、世界の国々といかに協力していくかを学ぶべきだが、国内の諸制度を含め、その点では依然、アメリカは比較優位にあるというのです。まさに彼の「ソフトパワー論」全開という処です。

第2章 2020年を目指すトランピリズム

(1)「ロシア疑惑」から解放(?)されたトランプ氏

さて、米中協議の行方については前述の通りで、4月中内の習近平氏との首脳会談を開き、
米中貿易問題については最終決着を図るとされていたシナリオは厳しい状況にある処、ここにきてトランプ氏が再びAmerica firstの行動に向かう状況が生まれてきています。
再びとは、先の中間選挙以降、上院と下院のねじれ現象の中、トランプ流政治がままならなくなり、まさにフラスト状況にあったトランプ氏ですが、ここに至って大きなわだかまりの一つとなっていた「ロシア疑惑」をめぐる捜査が一応の決着を見たことで、これが彼を勇気づける処となったというものです。

つまり2016年の大統領選を巡るトランプ氏とロシアの支援介入問題、つまり「ロシア疑惑」を捜査してきたモラー特別検察官は、ロシアの選挙介入を確認はしたものの、トランプ陣営との共謀は認定できる証拠は得られずとして、いうなればトランプ氏を不問に付すかたちで2年の捜査を終え、3月24日には、その結果がバー司法長官から議会に報告されていますが、これで「大統領の犯罪」と言う霧が晴れたという事で(決してトランプ氏は‘白’ということではない)、新たにトランプ氏に不利な事実が出てくればともかく、現状からは同氏の再選の見込みが高まってきたというものです。尤も民主・共和両党とも、モラー氏の捜査報告書は次期大統領選の結果を左右する最大の要素と見做す処です。

・トランプ氏を利する環境
早速に3月28日、トランプ氏は再選のカギを握るとされているミシガン州で演説し、ロシア疑惑の払拭や製造業の復活をアピールしています。早々にラストベルトを訪問したのは、前回の中間選挙で東部から中西部に広がる「ラストベルト」で軒並み支持率が下がり、危機感を募らせていたことの裏返しとされる処ですが、いま彼をめぐる環境は有利に動き出してきたと言えそうです。

つまり、前述、昨年末以来までの株安など市場の混乱も、FRBの利上げ路線の全面的な転換で落ち着きを戻してきた中、ロシア疑惑の「立証なし」が加わったこと、そして堅調な米経済と大量な情報発信で、米国民の間にトランプ氏の過激さへの「慣れ」が更に浸透してきた点も挙げられる処、まさにトランプ氏を利する環境が醸成される処です。America firstは世界の悩みと映る処ですが、米国民にとっては、おいしい話?なのでしょうか。経済や安保で追い上げる中国への厳しい姿勢にも特段の抵抗感もなく、勿論、積極的に支持はしないものの、他に選択肢がないといった状況と映る処です。

序でながら、WTOの紛争処理小委員会(パネル)は4月5日、輸出品の通過ルートを制限するのは不当としてウクライナがロシアを提訴していた問題で、ウクライナの主張を退けたのです。つまり安全保障上、正当な措置としてロシアの訴えを認めた格好で、WTOが安保を理由にした紛争案件で判断を下したのは今回が初めてのケースですが、これがトランプ政権にとって追い風となる可能性があるというものです。周知のとおり、トランプ政権は安保を理由に輸入制限を認める米通商拡大法232条を発動させ、鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課していますが、提訴国からの訴えを受け、18年にはパネルが設置され、目下審議中ですが、安保理由の通商制限の容認の可能性が出てきたという事ですが、これがトランプ政権に追い風となるものかと、聊か危惧される処です。

一方、昨年の中間選挙で下院の過半数を制した民主党の存在感が何としても陰りが見えるというものです。大統領選には民主から15名が名乗りを上げていますが、(日経 3月22日)
どの候補もso far決め手に欠き、この内にはバニー・サンダース氏やエリザベス・ウオーレン氏ら、急進的政策論者も含まれていますが、トランプ氏は彼らを「社会主義の党」というレッテルを貼って民主内の分断を図る状況です。尤も、民主が党としての候補を絞り込む予備選挙が始まるのが20年2月からで、正式に指名を受けるのが同年7月ですから、選挙戦は長丁場です。

(2)トランピリズムと地政学リスク

こうした環境を文脈として、まさにトランプ流ポピュリズムの再演が進むことでしょうから、多くの国が歓迎しない展開が想定される処ですが、それこそは新たな地政学リスクとなって迫ることが想定される処です。従ってトランプ氏再選の事態を見据え、それに備えておくべきは言うまでもない処です。具体的には、確実に起こりうるのは米欧関係の決定的冷却であり、多国間の連携や国際機関の弱体化と思料するのです。安全保障でもトランプ氏は米軍の日本や韓国への駐留の見直しなどにも動くかもしれません。

・米欧貿易摩擦
トランプ政権は、昨年、過去最大となった米国の対EU貿易赤字に不満を強め、これまで様々な手段で圧力をかけてきており、昨年7月の米EU首脳会談では自動車を除く工業品の関税撤廃交渉に入ることとしていますが、農産品を協議対象に含めたい米国と、工業品に限定したいEUとの間で意見が食い違ったまま、交渉入りが遅れているというものです。

かかる状況下、トランプ氏は4月9日、EUが欧州の航空機大手エアバスに不当な補助金を与えているとして110億ドル相当のEU製品に課税すると表明したのです。これに対して、EUは米政府の米ボーイングへの補助金が公正な競争の妨げになっていると反論し、米側が実際に関税をかければ、米工業製品や農産物など、およそ200億ドル相当に関税を課すとする対抗策を17日発表しています。要は米政権の強硬姿勢に動じない姿勢を見せる狙いだとも指摘される処、まさに米欧貿易摩擦の再燃とされる処です。

というのも、米欧貿易交渉最大の争点は農産品の扱いですが、これはEU内では一義的には農業大国フランスの問題であり、一方トランプ氏が脅しをかける欧州車への追加関税は具体的にはドイツの問題ということで、EU内の産業政策との絡みで、どのような帰結となるのか懸念されるというものです。 米中の貿易戦争が軟着陸に向かう様相にある中、今次のエアバス問題で米国の矛先がEUに向かうとなると世界的な関税合戦の鎮火は遠のくことになるのではと、懸念されるというものです。尚、通商問題だけでなく、イラン核合意問題(米政権は4月22日イラン重・原油の全面禁輸を発表)や華為技術(フアーウエイ)など中国製品の排除を巡っても米欧には溝があり、一段の対立は避けられなとみる処です。

・進むトランプ流人事
処でトランプ氏は4日、FRB理事に大統領選で経済顧問を務めた保守系、ヘリテージ財団のステイーブ・ムーア氏を指名したのに続き、ピザ・チェーン経営者、ハーマン・ケイン氏をもFRB理事に指名したのです。これが独立性も顧みず周辺を「トランプ色」の人事で染めようとする動きに他ありません。トランプ氏は2020年を前に、景気の減速を回避すべく0.5%の利下げを要求しているのですが、これに応えうる二人を指名したというものです。こうした政治の介入による人事で中央銀行の独立性への信頼を揺らがす処、金融市場にゆがみが広がるリスクが指摘される処です。4月7日には米国土安全保障のニールセン長官が移民対策不十分と解任されましたが、これでトランプ大統領の「負の遺産」がまた増えたと、米コロンビア大教授のJ.ステイグリッツ氏は憤る処です。尚、5日、世銀は新総裁にデービット・マルパス米財務次官の就任を発表。同氏も先の大統領選では経済顧問を務めた仁です。 


            [ 第2部 Standstill のBREXIT ]

第1章 BREXIT問題の真相

(1)アイルランド共和国と北アイルランド

― 先に英国のEUからの離脱問題とは、アイルランドとの国境線を巡る問題、つまりはアイルランド問題としましたが、ただ、アイルランド問題と云っても専門家はともかく、一般の日本人にとってはなかなか馴染みの薄いテーマです。そこでまず、「英国領の北アイルランド」と「アイルランド共和国」との関係について簡単に触れておきたいと思います。

12世紀、グレートブリテン(イングランド)はアイルランドを征服します。そして16世紀から本格的植民を始め、19世紀初頭に併合し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国を成立させています。その後、アイルランドは独立闘争を経て1914年にアイルランド自治領を実現させ、第一次世界大戦を経て、1937年、ようやく自由国となった経緯にありますが、その際、英国帰属を決定したのが北アイルランド6州でした。

現在アイルランド島は、南部のアイルランド共和国とイギリスの一部でもある北部の北アイルランドに分割されていていますが、英領北アイルランドとアイルランド共和国との間には約500キロに及ぶ陸続きの国境が存在しています。勿論、英国もアイルランドもEU加盟国ということで国境の往来は自由となっていますが、アイルランドと北アイルランド間では、30年に及んだ北アイルランド紛争の終結にあたって合意された和平合意「ベルファスト合意」(注)を以って両国間ボーダーの往来の自由が担保されているのです、

    (注)北アイルランド紛争とベルフアスト合意:
・北アイルランド紛争(1968~98):英国植民地にあったアイルランドは1937年に独立。一方、
英国に残った北アイルランドでは、英国からの分離とアイルランドへの併合を求める少数派の
カトリック系住民と、英国の統治を望む多数派のプロテスタント系住民が対立。60年代後半
に始まったテロなどで3000人以上の犠牲者を出す処、1998年にようやく包括和平合意(ベル
フアスト合意)が成立し、現在に至っている。
    ・ベルファスト合意(1998/4//10):「英国(北アイルランド)とアイルランド共和国の両者が共
     にEUのメンバーであり、両者の間にborderは存在せず、ヒト、モノ、カネの移動が自由」を
大前提に和平が成立。この結果、アイルランド共和国は国民投票で、同国憲法で宣言されてい
た北アイルランドの領有権を放棄する一方、北アイルランドではカトリック・プロテスタント
のpower sharingの形で自治政府が形成され、さらに北アイルランドの最終的帰属は将来実施
される住民投票で決ることが合意されている。

(2)立ち往生する BREXIT の実情
  
昨年11月、メイ首相とEUとの間で、離脱にあたっての条件を協定案として取りまとめられていますが、BREXITを巡って英国内で起きている ‘こじれ’とは、この協定案を巡ってのメイ政権と完全離脱派との対立です。勿論、前述、英属領を主張する北アイルランドの民主統一党の閣外協力を得て成立している政権事情も加わる処です。

・離脱協定案(バックストップ)と「ベルファスト合意」
さて、当該協定案では、経済活動への影響を考慮し、離脱後も20年末までは従来通り貿易や人の移動ができる移行期間を設けることとし、この期間で国境管理の方法を検討することとなっていました。尚、20年までの移行期間中に、北アイルランド問題が解決しない場合、英国は「北アイルランドを含む英国全土をEU関税同盟に残すバックストップ(Backstop:安全策)」をとるか、「移行期間を延長する」かの選択ができるとし、その際は英・EUの共同委員会で判断するとされるものでした。

しかし、英国議会ではこの ‘英国全土をEUの関税同盟に残す’ という案が示されたのですが、それでは離脱とはならないと、協定案を賛成202対432票で否決(1月15日)。そこで次善の策としてメイ首相は、‘北アイルランドだけをEU関税域内に一定期間残す’ とする「バックストップ」(安全策)を提示したのですが、これも完全離脱派の強烈な反発を受け、賛成242対391で否決(3月12日)。更に3月29日、再度EUの合意を得たという修正案も(採決の対象は離脱協定案), 賛成266対344で否決されたのです。
係る事情からメイ首相はEUに離脱日の延期を要請、その要請を受けたEUは、3月29日の離脱日を10月31日まで延期することを認め、ただし中間の6月に作業の進捗につき報告することを条件付けしています。これは「移行期間を延長する」選択肢の実行ということでしょうが、「合意なき離脱」の回避を最優先したEUが譲歩した結果と思料される処です。ただ英議会が離脱案でまとまる兆しはなく、まさに成算なき仕切り直しの状況です。

そもそも2016年の国民投票の結果、2017年3月、英国はEUに離脱を通告しています。そして、難航が予想されるEUとの離脱交渉には強力な指導力が必要と判断したメイ氏は、6月に総選挙に、打って出たのですが、結果は過半数割れ。上記の通り少数政党の閣外協力で政権は維持されていますが、メイ氏の求心力低下は言うまでもない処です。

元々、離脱強硬派の多くが求めるのは、EUという関税同盟に入ることで、失われた英国の関税自主権の回復を図る、とするものです。しかし、英国がEUから離脱するとなると、EU加盟国アイルランドと北アイルランドの間に厳格な国境管理(ハード・ボーダー)の復活が不可避となるのですが、そうなると北アイルランド紛争の和平合意(ベルファスト合意)(上記注)との整合性が問題となる処です。つまり「ベルフアスト合意」の大前提が失われることになり、ベルファスト協定そのものが形骸化し、多数の犠牲者を出したカトリックとプロテスタントの抗争再発が懸念されるというものです。
要は、EU離脱に係る問題とは、実践的には、一つには「合意なき離脱」の回避のためと英・EUと合意した離脱「協定案」を巡る英議会での対立、もう一つは強硬離脱派が主張する完全離脱と、それに伴う国境管理復活の問題、そしてこれと「ベルフアスト合意」内容との整合問題と、まさに3元連立方程式の解を求めるというもので、極めて面倒な作業ではあるのですが、では一体メイ政権はこの2年余、何をやってきたのかと批判の集まる処です。

因みに、英国政治の機能不全をさらすこのメイ政権の現実に批判は募るばかりで、The Economist、Mar.30 は巻頭言で今の英国をThe Silly Isles (愚かな島)と評し、正体不明の路上芸術家、バイクシーが写真投稿サイトに投稿した「退化した議会」と題する絵画は、日本のTVでも紹介されましたが、それは議会と思われる場所で、無数のチンパンジーが議論する様子を描く、まさにメイ政権を痛烈に風刺するものでした。

・‘こじれ‘ 打開の見通しは・・・
ただ、北アイルランドの帰属問題は、和平合意後の経済成長によって表面化してはいませんが、親アイルランド派のカトリック系住民と親英派のプロテスタント系住民との間のわだかまりは依然残る処です。また現時点では離脱強硬派から、厳格な国境管理を避ける政府方針に大きな異論は出ていないようですが、何らかの管理をしなければ強硬派が求める形での離脱は事実上不可能と思料されるのです。
環境は2年前と異なり、一般市民も事の重要性への理解も深まってきていると、国民投票再実施を云々する声も伝わる処、その為には有権者に示す選択肢が用意できるかですが、今の政府にはもはや期待できず、まして現時点では議会で十分な支持を得られてはいません。もはや機能喪失のメイ政権下でありうるとすれば、消耗戦の果てにEUが受け入れる与野党合意がとにかくできる、そういった状況を待つほかないのではと、愚考するばかりです。

第2章 離脱にゆれる英国の今後、そしてEUは

(1) メイ首相後の後継事情

今次BREXITを巡る混乱の責任をとって、メイ首相の早晩退任が見通される処ですが、では次の首相はWho? です。巷間、話題に上るのが次期保守党党首の本命とされるボリス・ジョンソン氏と労働党率いるジェレミー・コービン党首の名ですが、彼らが政権を取った場合、英国を劇的に異なる方向へ導く可能性が高いと噂さされています。と云うのも、メイ氏は気候変動やイラン、イスラエル、貿易などを巡る問題ではEUと歩調を合わせ米国と対峙してきていますが、彼らには、トランプ米政権と相当緊密に連携していく、危うさが云々される処、因みにFinancial Times紙コメンテータのGideon Rachman氏は、同紙4月9日付で、‘Unpredictable Britain ? ‘ と題し、この二人の政治姿勢について以下語る処です。

まずジョンソン氏が政権を取った場合: 間違いなく米国側につくだろうと。と云うのもトランプ氏率いる米現政権は、EUに対して史上初めて敵対的な姿勢を取った政権であり、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の書いた文章を読めば同氏がEUに対して、いかに敵意と侮蔑の念を抱いているか容易に理解できるとし、ボルトン氏をはじめとするトランプ政権幹部がno-deal Brexit(合意なき離脱)を後押ししているのもこの為だと。
次に、コービン氏の場合:、英国はワシントンよりもむしろモスクワに目を向けるかもしれないと。つまり彼は、そのキャリアーを通して、ロシアやキューバ、ベネズエラといったロシアの同盟国に共感を抱いてきていること、そして長年NATOを批判してきた仁だけにコービン流外交政策のもとでは、西側の安全保障体制から英国が撤退するほか、制裁を解除してロシアとの関係正常化に動く可能性をも指摘するのです。

ただし、これらシナリオは極めて暗い。それだけに、EUとリベラル派の英国人に、離脱期限の長期延長を求めるよう促すはずだ(既に10月末まで延期が決定)とし、これが英国とEU 諸国との緊密な関係を維持する可能性が最も高い戦略だとも指摘するのでした。

もとより、今後の行方は分かりません。が、今日に至る英国発展の生業に照らすとき、「BREXITで世界に開かれた英国になる」という離脱派の弁は、とても理解し難く、仮に離脱ともなるとEU残留を目指すスコットランドが独立するなど、連合王国の一体性が揺らぎ、イングランドとウエールズだけになれば国際社会での存在感や重要性が各段に落ちること避け難く、結果、英国という国の衰退さえ覚えるほどに忌まわしさを禁じ得ないのです。

尚、EUにとって英国が抜けても経済面で言えばEU内には競争力のある産業が残るため、米中など巨大市場を持つ国との交渉力は落ちることはないでしょう。ただ安全保障の面では、英国とEUの分離は、地域の弱体化につながりかねず、経済関係の如何はともかく、軍事や秘密情報の分野では最重要国の一つである英国とは不可分にある処です。その点ではEUは安全保障面では英国との緊密な関係の維持が課題ではと思料する処です。

(2)EUの今後 -The era of a `Europe that protects’

処で、これまでBREXITということで英国ばかりに注目の集まる処ですが、この際,見逃せないのが、英国のEU離脱問題をきっかけとして、EUの存続を脅かす思想を市民に持たせまいとの認識が広まってきたと伝えられています。つまり「主権を脅かすリスクから欧州とその市民を守る」という方向に政策を転じつつあると云う事です。本論考でも、マクロン仏大統領が先に提案した‘新ヨーロパの創造’を機に、これまでも同様論じてきていますが、4月13日付The Economistはコラム「The era of a `Europe that protects’ is dawning 」でEUとして市民を守るという新しい方向感覚が生まれてきていると指摘する処です。

この発想の中心にあるのは「守りの欧州」という考え方ですが、実際それが具体的に何を意味するのか、果たしてEUにそれが実践できるのか、そもそもそれは望ましいことなのか、議論は必要ですが、EUはその歴史上はじめて、共通の目的や意識を持って結集し始めたと評価するのです。もとより、これが過度な保護主義に偏りすぎると市場開放という繁栄の基盤が失われることになるだけに、この5月予定の欧州議会選挙も含め、今後の動きを注意深く見届けていくことが必須と思料する次第です。


おわりに 「Beautiful Harmony」

4月12日、東京大学の入学式で上野千鶴子名誉教授が行った祝辞が今、話題となっています。最難関とされる東大入試に合格した能力の高さ、その努力を評価したうえで、新入生に向かって次のように語ったのです。「皆さんの努力をサポートしてくれた環境に感謝すること。同時に、その頑張り、恵まれた環境、そして能力を、自分が勝ち抜くためだけに使わないでほしい。恵まれない人たちを貶めるためにではなく、そういった人々を助けるために使ってほしい。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きていってほしい」と。要は「利己の目的ばかりを追うのでなく、ほかのだれかの幸せを考え支えあっていくべきだ」という、人間としてまっとうなメセージですが、今、改めて共感を呼ぶ処です。日本はこの5月から新元号「令和」を戴く新たな時代に向け歩み出します。外務省によると「令和」の公式英訳は「Beautiful Harmony =美しい調和」だそうです。上野氏のメッセージは、まさにこの美しい調和への一つの方向を具体的に示したものと思いを深くする処です。

処で、今回、英国のEU離脱問題をレビューする過程で痛く自覚させられたことは、国民国家は中心から発展し、その周辺地域を支配していく。そしてその境界線が国境となるが、国家の周縁では常に中心とは異なる文化が発展し、それが時間を超えて政治的摩擦となる、ということでした。こうした構図は、スペイン・カタルーニヤ独立など、多くの国でみられる処ですが、さて沖縄の基地問題を見るとき、日本にとっても中心と周縁の関係は他人ごとではないということです。
現在の英国の混迷が示しているのは、周縁の問題を解決できない中央政治は必ず歴史から逆襲されるという方程式だ(北大教授吉田徹氏)と指摘される処ですが、基地反対が多数となった沖縄の住民投票の結果を、中央はどの様に受け止めているのか、4月21日の沖縄3区補欠選挙でも、名護市辺野古移転反対のジャーナリスト、屋良朝博氏が、自公推薦の元沖縄担当相、島尻安伊子氏を破っての当選でした。さて、離脱にゆれる英国から学べることは少なくないはずではと思うばかりです。(2019/4/26 記)
posted by 林川眞善 at 12:26| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする