2018年12月27日

2019年1月号  次代の”グローバリゼーション”に向けて - 林川眞善

目 次

はじめに  G20とWTO改革合意       
   ・並立する「成長と保護主義」
・G20首脳宣言が映す瀬戸際の国際協調
   ・WTO改革への合意と、その行方       

第1章 グローバリゼーションの行方
   ― グローバリゼーションとグローバリズム

(1)How to Save Globalization 
-次代のグローバリゼーションに向けて
   ・グローバリゼーション実証
   ・A lifelong ladder of opportunity- 生涯‘機会’

(2)今、Brexitの行方を思う
―Brexitはいま`Bregret’から`Breturn’ ?

第2章 Compensated Free Trade (CFT) と米中関係の実際

(1)スキデルスキー氏の示唆 
   ・CFTの仕組みー貿易戦争回避を狙って/・CFTの利点と問題

(2)米中貿易戦争を巡る現実 ― The Phony US-China Truce

おわりに イカロスの翼
・ゴーン日産元会長逮捕                     
   ・イカロスの翼を着けたゴーン
   ・自動車メーカーとしての今後を思う

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


はじめに  G20とWTO改革合意

・並立する「成長と保護主義」
2018年はまさに「トランプの1年」でした。矛盾だらけの論理を返り見ることなく、
米国第一主義の下、あらゆる旧来秩序を一人でかき回わす一方、好況下で実施した減税の
恩恵もあって瞬間風速で年率4%超の経済成長を記録し、まさに世界経済にあって独り
勝ちを誇示するが如きです。これまでの常識では、成長が続いていれば保護主義の出る幕
はない筈の処、トランプ大統領の誕生でこの「成長と保護主義の並立」というパラドック
スが生まれたと云うものです。 本来保護主義は、低成長につながるのは歴史の語る処、
低成長経済の下では相手を犠牲にしないと豊かにはなれず、ゼロサムゲームでは保護主
義が更に保護主義を呼ぶ事になるというものです。そして今、その兆候が出始めてきてお
り、米経済、そして世界経済への先行き不安が浮かぶ処です。

・G20首脳宣言が映す瀬戸際の国際協調
処で、11月30日-12月1日、アルゼンチンのブエノスアイレスで行われた世界20か国の首脳合同会議、G20は仄かな光明を感じさせるものでした。G20首脳会議とは2008年のリーマンショックで不振に陥った世界経済の再生の為には各国の連携が必要と、中ロを含む世界が一致協力する為の合意形成の場としてスタートしたもので、そうした国際的協力の下、世界経済は再生に向かってきたと云うものです。それから10年、世界は今、そうした協調、協力はさておき自国の利害を優先する状況を呈する処、今次G20がそうした動きをチェックし、持続的成長に向けた方向を確認する事ができるのかと、懸念の消えることはなかったのです。

と云うのも、その2週間前に行われたAPEC首脳会議では経済・安全保障の両面で覇権
争いを演じる米中の対立が深まり、首脳宣言の採択を見ることなく終わってしまった事
情があったためでした。が、果せるかな、今次G20会議では首脳宣言が採択され、なん
とか事を終えたと云う次第でした。が、これまで定番となっていた自由貿易の堅持を目指
す「保護主義と闘う」と云う文言は、トランプ大統領の反対にあって、削除された由で、
いま国際協調は瀬戸際にありとの印象を強くする処、まさに世界の協調関係の現状を痛
感させられると云うものです。

・WTO改革への合意と、その行方
 それでもその宣言内容(要旨:日経12月3日)では「国際的な貿易や投資は、成長、生産性、イノベーション、雇用創出および開発のための重要なエンジン」とした上で、その目的を達するには現状体制では及ばず、改善の余地があるとして、具体的には「WTOの機能の改善が必要」とし、「次回のサミットで進捗をレビューする」との文言を以って確認された事は、大いに評価されるべきと、思料される処です。
  
予てトランプ大統領は貿易の構造問題に踏み込めないWTOの現状に不満を募らせ、米
国を不公平に扱い続ければ、脱退も辞さない姿勢を示してきました。つまり、米国が抱え
る貿易赤字はそうした事の結果と云い、本来WTOが監視していくべきが、これが出来
ていない、WTOが機能していないと注文を付け、その改善が期待できなければWTO
(95年米主導で設立)からの脱退をも示唆するのでした。 そうしたトランプ批判に応え、
9月25日にはニューヨークでは日米欧の通商閣僚会合がもたれ、一応当該共同声明(注)
が出されており、それが今回の合意を促したものと思料する処ですが、貿易環境の急速
な変化に照らし、むしろトランプ旋風を奇貨としてWTOの改革然るべしとの合意を見
たものと思料される処です。

      (注)日米欧通商閣僚会合の共同声明のポイント
        ① WTO改革:・11月理事会への共同提案での合意 ・委員会の活動強化を促進、
・問題ある補助金につき、報告のない場合、コスト引き高める方策を検討する。
         ② デジタル貿易、電子商取引:データーセキュリテイを促進し、ビジ
ネス環境の向上へ協力 (日経9月26日)

さてWTO改革の論点は多岐にわたる処、要は、① 時代に合った新しいルール作り、②
紛争解決機能の改善、③ 意思決定の方法、④ 加盟国の通商政策の透明化、の4点に集約
される処と思料するのですが、要は、旧来の関税・非関税障壁という分類やラウンド交渉
の方式に固執することなく、新分野の貿易自由化、因みに先の日米欧共同声明でも言及あ
った経済のデジタル化に伴いデータ移転や電子商取引等々に果敢に挑戦し、当該競争環
境の整備と公正な競争の担保を図ると共に、規則違反の罰則を明確にしていく事でしょ
う。これが言い換えれば、公正な競争を通じての経済のグローバル化の一層の促進、そし
て新たな成長機会を担保していくことになると期待する処です。

その為にも、G20はその原点に返って結束を固め、国際社会の統治に責任を果たす必要がある処です。さて、次回は日本がG20の議長国として取りまとめ役に廻る事になっています。「自由貿易の旗手」と宣言した安倍首相(9月25日、国連総会)は、不透明感深まる中、如何に取り組むこととなるのか、注目の集まる処です。

つまりトランプ大統領は2020年の大統領再選を目指して、内向きの政策を進めていく事でしょうし、中国の習近平主席については異質とされている政治・経済体制を修正するとは考えにくく、この強権的な二人に対抗するはずのメルケル独首相、マクロン仏大統領の指導力が低下する中でのかじ取りとなると、安倍首相の責任は極めて重いものと言わざるを得得ません。それは日本が自由貿易や温暖化防止などの旗を振り、国際協調の砦とも言えるこの枠組みを漂流させることのないよう、G20の存在意義をもう一度示していく事と思料するのです。元より日本にとって、それは名誉ある責務と云う処です。
 
かくしてG20がWTO改革に合意した事の意義は極めて大きく、その合意に即した具体的対応の如何は、今後の国際経済の在り方,グローバリゼーションの行方を問う処と思料するのです。
       (注)WTOは11日、2017年10月16日~18年10月15日の1年間に加盟国が取っ
         た 貿易制限措置の対象額は5883億ドル(約67兆円)に上ったと発表。その額は、
米国発の貿易戦争で保護主義的な通商政策が広がり、前年同期に比べ約7倍に膨れ上
がったと云う。各国に事態の収拾に向けた対応を急げ、とも云う。(日経、12/12)

・本稿の構成
さて、これら問題意識に応える文献二つが今、手元にあります。一つは米スタンフォード大
学教授のKenneth F. Scheve氏とダートマス大学ビジネス・スクール教授のMatthew J.
Slaughter氏の二人による論文「How to save Globalization – Rebuilding America’s Ladder
of Opportunity」(Foreign Affairs、Nov./Dec. 2018)です。これは表題からも窺えるように、
経済のglobalizationの優位性を訴え、米国で広まる反グローバル化のポピュリズムの底流にある所得格差への対応を主張するものですが、言い換えればグローバリゼーションを如何に担保していくか、というものです。そこで以下、本論では、まず当該論文をリフアーしながら前出、問題を抱える世界経済ですが、トランプ米政治に振り回されることなく世界経済の目指すべき方向としてのグローバリゼーション堅持の方策につき, 又、新年2019年の行方を考えていく上での手立てともすべく、考察することとします。

もう一つは、上記WTOの改革に同意している米中両国ですが、周知の通りその現実は依然、貿易赤字是を巡り、両国間の対立は深まる様相にあります。そうした折、ケインズ研究の第一人者として知られる英ワーウイック大学名誉教授のRobert Skidelsky氏が米論壇Project Syndicateで紹介する「Compensated free trade」(補正自由貿易論)は、興味深い提案とされる処、そこでその概要を学習し、可能性につき考察する事とします。
尚、11月19日、衝撃的な事件が起きました。周知の日産再建のタテ役者であり、辣腕経営者として、その名を世に馳せたゴーン日産元会長の逮捕です。逮捕時の姿からは、ギリシャ神話に出てくるカルロスの翼を想起させるものでした。そこで、「おわりに」の項として、少しく事件の総括を試みることとしたいと思います。


           第1章 グローバリゼーションの行方
 
―「グローバル化は技術や思考、人々、製品の移動が進む「現象」だ。グローバリズムは国益よりもネオリベラリリズム的(新自由主義的)な世界秩序を優先する「イデオロギー」と云える。」、(クラウス・シュワブス世界経済フォーラム会長:ポピュリストのグローバル化批判は、グローバル化とグローバリズムの違いを無視したものと指摘して[日経12/7,2018] )


(1)How to save globalization ― 次代グローバリゼーションに向けて          

米スタンフォード大学教授のKenneth F. Scheve氏とダートマス大学ビジネス・スクール教
授のMatthew J. Slaughter氏の二人が、Foreign Affairs、Nov./Dec., 2018 に寄稿した論文
「How to save Globalization – Rebuilding America’s Ladder of Opportunity」は、現下のグ
ローバル化への批判を質し、経済のglobalization,グローバル化を促進させていく必要性を
訴える共にその可能性を担保するものとしてhuman investment、人間への投資こそカギと
主張するするものです。以下はその概要です。

まず、米国で急速に進むbacklash、社会的な反動、それは主として所得格差を起点として、
その要因こそは現体制にあるとするポピュリズムを生む処、これに対してこれまで所得再
分配を以って不満解消を狙ってきた。然し、問題は貧困層を中核とする低所得者の労働市場
参入率が近時極めて低下してきていることにあり、因みに、1970年から2015年の間、
高卒の男性に限ってみると労働力としての市場参入率は98%から85%に又、高校でド
ロップアウトした男性では94%から79%に減退していて、その結果は所得格差を生み、
しかもそれが健康被害までも齎し、自殺や薬等で死亡率も高まってきていると指摘。そして、
2017年の夏、近時の米経済の長期景気回復の9年目にあって、米国市民の多くは、将来
への信頼など持ち合わせることはないと自身の問題意識を吐露します。

・グローバリゼーション実証
とは言え、米国は貿易、投資、移民の流入を通してグローバル経済と結びつき、以って数百
万の米国労働者は、それによるマイナス効果を上回る恩恵をうけてきていると分析するの
です。 Peterson Institute for International Economics の調査結果では米国のGDPは過去
20年間、貿易や投資の自由化が無ければ10%低下していたとされており、とりわけグロ
ーバルな関与がイノベーションと深くかかわっていると云うのです。
つまり、イノベーションがキー・フアクターとなって、生産性が向上し、それが所得向上に
つながる処、貿易企業や多国籍企業は国内の取引先企業をも高業績を齎し、グローバル企業
としても高水準の給与を担保してきていると云うのです。

因みに米国をベースとする多国籍企業の業績はと云えば、2015年時、7000億ドルの
新規投資が行われ、米国での住宅を除く民間投資の43%を占め、製品輸出は7940億
ドルで全米輸出の53%、更に研究開発に2840億ドル、実に全米R&Dの79%を占め
るに至っている処です。元より、これが直接に雇用機会を増大させる処です。

2015年の米多国籍企業による雇用人員は2800万人、民間企業全体の23%、しかも
給与も平均値よりも3倍以上になっていると。そしてこれまでの通念とは違い、アカデミッ
クな研究開発もこれら多国籍企業の子会社で行なわれ、米国に本社を置く企業では新たな
ジョッブの創造を齎すなどで、決して破壊するようなものではないと指摘するのです。そし
て目下、進められんとする移民流入抑制のためと国境壁作りなどは、高度な熟練労働者を規
制する事ともなり、短期的にも長期的にも、弊害をもたらすもの他なく、移民労働者は米国
でのイノベーション推進の、今や本質的な存在だと声を上げるのです。その声は、先の弊論
考10月号でリフアーしたThe Economist,Sept.1, `Peak Valley: Why startups are going
elsewhere’と軌を一とする叫びです。

移民の人口は今日の全米人口の13%で、過去20年間、化学、医学、物理学の分野で全米
ノーベル賞受賞者の39%を占めていると云うのです。Kauffman Foundation の最近の調
査では、2006~2012年で、移民人口はハイテク企業の25%を占める処、2017年
現在、移民、その家族はフォーチュン500社の43%を占めているというのです。

一方、グローバル化を図っていく上で最も重要な事項として安全保障問題を指摘していますが、これも市場の開放を進め、貿易の振興を図る事は、経済開発を担保する処、同時に国家としてのキャパシテイや政治的安定、更には国家としての失政の回避、つまりはテロリズムや他の恐怖にまつわる状況を回避していく事につながる事であり、IMF,WTO等国際機関と連携し、大国としての米国の偉大な役割を果たすことを通じて、世界に米国のパワーと価値を、平和裏に組み込んでいく事にもなるとするのです。つまり、かくしてグローバル化は経済発展を担保し、価値ある貢献を齎すものとする処です。

・A lifelong ladder of opportunity―生涯‘機会’ 
然し、一方では経済的に不公平さをも齎すことは否定できず、従って、この負の側面への対
応が問題となる処ですが、これには政治的選択として三つの政策手法、‘現状維持’、‘世界と
の関与を規制‘、そして‘所得の再分配’ が、これまでリフアーされてきたとしながら、以下
指摘する処です。
つまり、‘現状維持’では‘反動’を更に誘引していく事になる、また‘壁’を作れば国を益々困窮
に貶めていく事になり、安全保障も不確かなものとなると。そして、もう一つの所得再分
配については、一つの解決にはなるだろうが、これも10年前にも提案され結局はうまくい
かなかった。当時の税制として低賃金に甘んじている貧困所得者への課税を除外し、高所得
者への累進課税を目指したが、問題は金銭を超えた処で、失敗となったと云うのです。

そこでSaving globalization 、グローバル化を堅持していく上で重要なことは、米国民の多くが失ったと云う米国の権威と信頼の回復が不可欠とし、そのためには生涯にわたる経済機会を担保していく事、つまり長きに亘、労働市場に参画できるladder、社会的な上昇ステップを以って臨むことが必要であり、これが又、グローバル化のパワーにつながる処と云うのです。つまり人的資本の強化であり、人間成長への投資とするものです。

勿論、そうした仕組みが全員の成功を保証するものではないとしても、human capital,人
間資本は何にも代えられない資産であり、ダイナミックな経済において栄える機会を決定
づけていくものと位置付けるのです。つまり、米国は米国人のあらゆる人生のステージで
human capitalへの投資を高めるべきとして、連邦予算を前提に、彼らは3段階に分けた人
間投資としての教育強化策を提案するのです。

具体的には、第一段階は幼児教育の強化、第2段階では高卒者のコミュニテイ・カレッジ入
学への授業料支援、更に3段階として4年制大学へ通いたい貧困者への学費免除、等です。         
以上の段階を経て進められる米政府の投資額、人間投資は2兆5千億ドルに達する見込みで米国史上最大の投資規模となるものです。もとより原資は新規となる連邦支出です。
つまり一つは、個人所得の2017年の所得減税を逆転させ、その分連邦政府負担とする。凡そ連邦の負担は1250億ドル。第2は健康保険負担分の肩代わりで政府の年負担は2500億ドルと見積もり、この人間投資こそは経済的に実に生産的なものと主張するのです。

今、不安に満ちた怒りや、壁を作って移民流入を抑えるなどは、自らを世界のトレンドから取り残させていく事の他なく、国を開放していくと云うトレンドに正しく向き合うという事は、単に現状を受け入たり、グローバル化反対の反動を批判する事ではなく、真摯に、各段階に応じた人間投資を進めることで、国が国民に、変化する経済に積極的に参加させ、人間資本として機会を与えていく事が必要と云うのです。そして、単にグローバリゼーションを維持せんとする事ではなく、米国国民にグローバリゼーションからの恩恵を確かなものとしていく事だと主張するのです。

さて、わが国は先の国会で、2019年4月から外国労働者の受け入れ拡大の政策決定をしました。これは日本の成長基盤作り、国の在り方にも繋がる事案です。にも拘わらず何ら十分な国会審議も無くです。元より外国労働者の受け入れを否定するものでは全くありません。ただ、単に昨今の人手不足解消の為と、事の重大さを顧みることなく短絡的に決定する安倍政治に、不信感はますます深まるばかりですが、うまく稼働する事、念じる処です。

(2)今、Brexitの行方を思う
     ―Brexitは`Bregret’(離脱の後悔)から`Breturn’(EU回帰)?

今、英国では2019年3月29日を以って実施予定のBrexitに対して、揺れ戻しの動きが高まってきているやに伝えられています。12月11日、英議会ではメイ首相がEUとの間で取り纏めた離脱合意案について歴史的な採決を行うことになっていたのですが、その前日、同首相はその合意内容を改善するとしてEU各国の歴訪に出発してしまったのです。然し、どの国も合意の変更には拒否。帰国したメイ首相を待っていたのは与党・保守党が企てた、党首に対する不信任投票でした。そこで同首相は次の総選挙(2022年)までに党首を辞任すると約束するに至っています。

3年前、英国はEUに縛られない単独行動が然るべしとしてEUからの離脱を決定したのですが、多くの世論調査では、いまでは国民の半数以上がEU残留を占める状況です。それは言うなればBrexitが失敗だったことが英国民に浸透してきたからではないかと推測するのです。つまり英国民は、EU離脱が経済の減速につながる事を学習したという事でしょうか。実際、英経済はEUと云う巨大市場と、そこに照準を合わせた外資に依存してきています。EUを去り、外資に逃げられてはもはや英国に生きる道はないのではと思うばかりです。勿論、どういった結果になるものか、部外者の筆者には知る由はありませんが、やはりEUと云う大きな経済圏と共に歩んでいく事が、英国にとって、英国民に取って、何としても幸せな事と思うのです。但しこの際は、単に残留すればいいわけではなく、これまでのようなEUから利を求めるだけで貢献する姿勢に欠けてきた事への反省も必要でしょう。これが、英国がEU内でアウトサイダー的に扱われていた点でした。今、独仏の指導力に陰りが見えるだけに英国が復帰すれば期待は高まる処と思料するのです。

英国はいま、欧州の島国として没落するか、金融大国として生き残るか、最大の岐路に立っている処、The Economist (Dec.15)が語るように、英議会が経験した一連の混乱は、国民の声に立ち戻る必要がある事、これまでにも増して示している処と思料される処です。


第2章  Compensated Free Trade(CFT)と米中関係の実際

前述の通り、G20ではWTOの改革に向けた公正な貿易へとベクトルを進め出す処、そんな折、ケインズ研究の第一人者のRobert Skidelsky 氏、英ワーウイック大学名誉教授、は、米論壇、Project Syndicate (Nov. 14)で、米中貿易戦争を避けつつ、米国の貿易赤字を一定額に留める手があると、ロシアの経済学者のVladimir Mas氏が提案している「Compensated free trade (CFT)」つまり、「補正自由貿易論」を取り挙げ、マッシュ提案を真剣に考えてしかるべきと紹介するのです。
かつて、米ハーバード大学教授のD. ロドリック氏が2011年に出版した「グローバリゼーション・パラドックス」で、国民国家、民主主義、グローバル化の3つを同時に実現することは不可能と論じ、この状況をトリレンマと呼ぶのでしたが実は、このトリレンマが今年、明瞭になったというのです。そこで、どのような提案なのか紹介方、検証したいと思います。

(1)スキデルスキー氏の示唆 

まずスキデルスキー氏は、米中貿易関係について、トランプ氏の対中関税引上げで、中国に報復措置を誘発させる一方で、トランプ政権は重要な国際貿易協定を破棄するなどで経済ナショナリズムに舵を切ったが、要は、直接原因は貿易赤字の拡大にあること、又トランプ氏の保護貿易主義には地政学にまつわる事情の映る処、鋼材の輸入規制は、国防で役割を果たすかもしれない多数の企業を倒産に追いやっていると断じるのです。

一方、中国の戦略構想「中国製造2025」は未来産業における世界リーダーに一変させんとするものであり、それに中国が成功すれば米国は将来、経済と政治の両面で著しく力を失うことになろうが、純粋に経済に限ってみれば、相手国が持つ政治的な特質は本来、貿易とは無関係なはずだとしながらも、激烈な戦略的競争が行われている世界では、国際貿易は政治の道具となり得ると云い、事実そうなっていると。だが全般的に適応する貿易政策としては、関税は粗削りで正確さに欠ける手法で、米国のコストが上昇するばかりで、貿易赤字の大幅削減などの重要な恩恵が得られない可能性があると指摘するのです。

そこで、貿易戦争を起こすことなく、自由貿易を制限する方法として、ロシアの経済学者、マッシュ氏が提案する「補正自由貿易」論(Compensated free trade: CFT)を、保護貿易主義者の目的を合理的に達成する方法という独創的な仕組みと、提唱するのです。

・Compensated Free Trade(CFT) – 貿易戦争の回避を狙う仕組み
この仕組みとは、政策当局は毎年の貿易赤字額に上限を設定することで始まるものです。(黒字を計上している貿易相手国から輸入する製品のうち、自国が必要とするものは貿易相手国に課す輸出制限から除外すればよい)そして仮に米国がこの仕組みを採用すれば、最も大きな打撃を受けるのは中国、メキシコ、日本、独となる処、因みに、2017年の米貿易赤字に占める、上記4か国との赤字額は、3750億ドル, 710億ドル, 690億ドル, 640億ドル。

このCFTの下で、貿易黒字国は設定された限度額まで輸出を減少させる。或いは貿易黒字国の政府が、既定の貿易黒字額を超過する額と等しい罰金を赤字国政府に払えば、割当額を超えて輸出することもできる。黒字国政府は輸出企業から必要な額を徴取するか、外貨準備を取り崩して罰金の支払いに充てればよい(罰金を受け取る側の政府は、受領した金額を投資拡大に向けることもできる)。もし、黒字国が罰金の支払いに応じることなく輸出上限を突破しようとする場合は、超過分の輸出は差し止められることになる、要は貿易戦争を自動的に食い止めることが出来ることになると云うものです。

尚、米国がCFTを採用すれば、それによる経済的メリットについて、CFTを実施することで、海外に活躍を移した企業や仕事に国内への回帰を促すことが出来る。米国産業が持つ潜在力の回復と社会が抱える不均衡の是正に寄与することになると云うのですが、その合理性にはいささか疑問尾残る処です。。

ただ歴史的な観点からは、CFTは基本的にブレトンウッズ協定の希少通貨条項(第7条)を一方的に発動することに等しいものと言え、同条は、持続的に貿易黒字を計上している国の通貨が「希少」になったとIMFが宣言することにより、他の加盟国が黒字国の製品に差別的に対応するのを許容するものです。これはWTOの前身、GATTの第12条にも合致するものと言うものです。同条はいかなる国も「自国の対外資金状況及び国際収支を擁護するため・・・輸入を許可する商品の数量又は額を制限することが出来る」と規定されています。端的に云えば、CFTは貿易赤字に対処するとともに、関税の制約を克服し、貿易操作と対峙して、現在の主流である経済理論を修正して、持続可能な世界の決済システムを再構築するのに不可欠な一歩と位置付けられる処でしょうか。

要するに、CFTはロドリック教授が主張するトリレンマに打ち勝つための仕組みになると云う事で、この仕組みによって我々は、国民国家と民主主義、グローバル化を同時に実現することが出来ると云うのです。但し、これを導入する力を持っているのは世界で唯一米国だとも云うのです。米国がCFTを採用することで、有害な形態の経済ナショナリズムに向かって世界が傾斜するのを押しとどめることが出来る。この理由だけでもマッシュ提案は真剣に考慮するに値する処と云うのですが、依然、公正な貿易と云う理念を如何にクリアーできるか、問題は残る処です。

(2)米中貿易戦争を巡る現実― The Phony US-China Truce

前述G20での米中両首脳会(12月1日)では、米国が2019年1月に予定していた対中輸入関税の引き上げを90日間延長することで合意をしていますが、12月6日、カナダで起きた中国通信機器最大手企業, Huawei(華為技術)の孟副会長逮捕(容疑は米国が経済制裁を科すイランに違法な製品輸出をしたと云うもの)事件は米中摩擦の新たな火種となる処(当該事案については別途ととします)、米中対立戦線の拡大が危惧されています。

米UCBarclayのB.Eichengreen教授は、12月8日付論考 ‘The Phony US-China Truce’
(まやかしの米中休戦)で、1930年2月、ジュネーブで国際連盟の保護主義を巡る会議で、それを抑制するために2年間、関税を停止する事やその後フランスが提案(より絞り込んだもの)をも議論されたがいずれも受け入れられることがなかった事で、その後米国はスムートホーリー関税法(輸入規制)を導入したが、その結果は周知の処、時を重ねる如くに大恐慌が起こり、国内消費は急落、更には第一次世界大戦に進んでいったというものですが、こうした歴史にも照らし、90日間延長しても変化はないだろう。要は、米国が最重要とする知財権制度の改革には中国が経済モデルを根本的に変える必要があるも、90日間で受け入れる可能性は皆無だとし、いくつかの対応策を提示するのですが、それも結局の処、米景気次第と警告するのです。そして景気後退に陥る兆候を見せればトランプ氏は間違いなく誰かを非難するだろうが、その矛先は自明の処として、米中戦争は終わることはなさそうとするのです。

おわりに イカロスの翼

・ゴーン日産元会長逮捕
2018年11月19日、ゴーンが乗ったコーポレート・ジェット機が羽田飛行場の滑走路に
降り立った処で、待ち伏せた東京地検特捜部が、金融商品取引法違反容疑(注)でゴーンを
逮捕。あのゴーンがです。何か映画「スパイ大作戦」のone sceneでも見るが如きでした。
そして、そのニュースは瞬く間に世界を巡りました。まさに第2のゴーン・ショックです。

     (注)容疑概要
・報酬の過少記載:5年間で計50億円分過少記載容疑(有価証券報告書)
        ・投資資金の私的流用:ベンチャー投資名目で設立の海外子会社経由で高級住宅取得
        ・経費の不正支出:家族旅行等、数千万円、日産側負担

日産・ルノーの両社は1999年3月27日、「日産の財務基盤を強化し、両社が利益ある成長を実現する事」(慶應ビジネス・スクール・ケース)を目指すこととし、グローバル・アライアンスの名の下、両社提携に調印。直後、ルノーから派遣されたゴーン氏は日産COOとして日産リバイバルの旗を掲げ、旧来の慣行に捉われることなく経営の合理化、コストの徹底削減を追求し、僅か2年間で8000億の債務をクリアー、日産V字回復を喫し、まさに稀代の経営者との呼び声をほしいままにする処、彼がMr.コストカッターと呼ばれる所以です。

彼の経営行動は日産自身に留まらず、日本産業全体に構造変化を齎し、例えば、鋼材取引については旧来のメーカー別割り当方式を撤廃、競争原理を導入し、その結果、鉄鋼メーカーの再編が進む一方、流通面ではこの変化に対応し、日産向け鋼材納入を巡って総合商社は他社と組んで国内販社の再編を進める結果となったのです。こうしたpositive な影響を齎した点で、それら変化をゴーン・ショックと呼ばれる処ですが、今次の逮捕劇は、180 度異にする、まさにnegative な事件だけに、以って第2のゴーン・ショックと称する処です。

その容疑内容が上述の通り、有価証券報告書への彼自身の役員報酬額の虚偽記載、なんと15年までの5年間、年俸20億円の処、10億円と記載、退任後にその未記載分を貰い受けると云う話だと云う由ですが、何でそこまでしてと、思いたくなる処、彼の行為は株主に対する裏切行為の他なく、まさに日産という会社のガバナンス欠如を露わとする処です。 予て彼は、多様な社会にあってはidentityをしっかり保つことが不可欠と、口走っていましたが、彼の云うidentityとは、‘金’だったということでしょうか。12月10日、ゴーン容疑者は起訴され、更に21日には特別背任容疑(会社法違反)で再逮捕となっています。

・イカロスの翼を着けたゴーン
11月20日付Financial Timesは、「Hubris is an ever-present risk for high-flying CEO」と題した社説で、ゴーンの今次失墜はギリシャ神話にあるイカロスの様と、次のように評していました。― In the end, though, Icarus-like, he may have flown his corporate jet too close to the sun .Mr. Ghosn’s fate sends an important warning that they had better come down to earth.

つまり、Hubris, 自信過剰な、傲慢にふるまうゴーンはイカロスの翼ならぬ会社のジェット機を乗り回し、太陽(ならぬ巨額の報酬)に近づき過ぎた結果、その欲の重みに遂に墜落した。ゴーンの失脚は、地に足を付けた経営こそが大事な事と警告するもの、とするのでした。 まさに言えて妙とする処ですが、瞬時「氏より育ち」の言葉に思いを致す処です。

・自動車メーカーとしての今後を思う
それにしても11月19日以降、日産とルノーの内輪もめが続き、未だその収斂の如何は見えませんが、その根底には世界のトップ級のシェアーに胡坐をかく甘さがあるのではとの声も届く処、日産のガバナンス体制立て直しは急務なる事云うまでもありません。ただそれ以上に、根本的な問題としてあるのが、車が高度な情報機器へと変わろうとしている時代に、自動車メーカーとして意味ある存在であり続けられるのかという事ですが、どこからもそれを問う声が聞かれないのが極めて気がかりと思うのです。
 以上 (2018/12/26記)
posted by 林川眞善 at 09:20| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

2018年12月号  ”反動”の米欧、”進取”のアジア - 林川眞善

- 目 次 -

はじめに いま、「脱欧入亜」?            
・「民主主義の死」は選挙から始まる
・反動に覆われる米欧
・自由貿易主導のアジア、そして日本

[ 第1部 ‘ 反動 ’に煽られる米欧 ]

第1章 解析「2018年 米中間選挙」と、トランプ政治の行方
(1)解析「2018年米中間選挙」
・映画「華氏119」
・中間選挙結果の意味 — Check & Balance
(2)トランプ政治の行方 ― 次期大統領選を視野に
・トランプ台頭を許した三つの反動と政治地図
・トランプ党vs 民主党 / ・ トランプ外交と日米関係

第2章 メルケル独首相の党首辞任表明と欧州の行方  
(1)メルケル首相の党首辞任表明
・イタリア政府とEU委の対立
(2)「西洋の没落」再び、か
・The Decline of the World , Again / アフター・ヨーロッパ

[ 第2部 自由貿易主導のアジア、そして日本 ]

第3章 日本とアジアの新時代   
(1)日中新時代を確認した両首脳会談
(2) アジアを巡る自由貿易構想と日本
・TPP協定の発効
・自由貿易主導のアジアと日本

おわりに ‘ 選ばれる国、日本に’          

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめに いま、「脱欧入亜」? 

・「民主主義の死」は選挙から始まる 
かつて民主主義は革命やクーデターによって死んだ。然し,‘現代の民主主義の死は選挙から始まる’と、二人のハーバード大学教授、S.レビッキー氏とD.ジブラット氏は共著「民主主義の死に方」(新潮社、2018/9/25)で、次のように警鐘を鳴らすのです。

つまり、1973年、チリで起きたピノチェト将軍が指揮するクーデターによってアジェンダ大統領が死に、チリの民主主義がそして死んだと同じように、冷戦の間に起きた民主主義の崩壊の4分3近くはクーデターによるとした上で、「軍事クーデターほど劇的ではないものの、同じくらいの破壊力を持つ別の過程を経て民主主義が崩壊する例も少なくない。つまり軍人ではなく、選挙で選ばれた指導者によってー自分を権力の座へと押し上げた制度そのものを破壊しようとする大統領や首相によってー民主主義が死ぬこともあるのだ。1933年にドイツ国会議事堂放火事件を起こしたヒトラーのように、短期間のうちに民主主義をとりのぞいてしまう指導者もいる。然し、多くの場合、民主主義は見えにくいプロセスによって少しずつゆっくりと侵食されていく」と、‘民主主義の死’を危惧するのです。

本書は云うまでもなく2年前、‘選挙’によって大統領として登壇したトランプ氏が、America firstを旗印に、米国の為と云うよりは、彼を支持する有権者のインタレストに応える政治に特化し、国際協調は二の次、国際提携等の枠組みを全否定する如きの政治を進め、その結果、米国を支えてきた民主主義の規範をも崩す、まさに反動の政治を目の当たりとするにつけ、警鐘を鳴らさんとするものでした。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・


・‘反動’に覆われる米欧
さて、11月6日、米国では中間選挙が行われました。4年毎行われる大統領選の間に行なわれるという事で、中間選挙と称されるものですが、それは同時に当該期の大統領の政治行動に対する信任投票とも見なされ、俗に大統領の通信簿と言われるものです。それだけに、特に今回は、上述トランプ政治に対して、有権者はいかなる審判を下すのかと、まれに見るほどに世界の注目を集める処でした。その投票結果は、上院は与党共和党が、下院は野党民主党が過半数を獲得。その結果、上下両院は与野党の捻じれを起こす処、上下両院の権能(注)に照らすとき、議会民主主義の基本たるcheck and balance 機能の回復を齎す選挙だったと云える処です。
(注)上院権能:条約の批准と、大使や最高裁判事等、指定人事の承認に限定され
下院権能:予算等全事案の審議、全下院委員会(27)委員長は多数党議員(民主党)

つまり、共和党が両院を制していたことで、これまでないがしろにされてきた民主党との対話が不可避に、言い換えれば共和党が放棄してきたとされる‘政権監視’機能が働く事になったと云う事です。尤も直後の7日、トランプ氏はワシントンでの記者会見で、上院の結果だけに触れ、完全に勝利したと発言するのでしたが、次期大統領選を意識した、その虚勢を張った言葉、その姿勢に、今後の米国政治の混迷を予感させる処です。

一方欧州では、10月29日、これまでリベラル・民主主義の要塞、欧州の盟主とされてきたドイツ・メルケル首相が、10月に行われた二つの州議会選挙で、与党キリスト教民主同盟(CDU)が連敗したことの責任を取って12月の党大会では党首に立候補しないことを表明したのですが、そこには歴史の偉大な皮肉を感じさせられる処です。つまりCDUは戦後ドイツの民主主義を支える大切な柱となってきましたし、戦後の米国は、CDUの設立を促す上で大きな役割を果たしてきたのです。然しそのトランプ米国を支持するのが米国内での反動勢力ですが、メルケルCDUはその反動勢力にとって代わられると云う皮肉な結果となっているのです。さて、欧州の結束にCDU党首として18年間、取り組んできたメルケル氏の辞任表明の瞬間、語られることはその結束が揺らぐことになるのではとの懸念でしたが、その姿は「西洋の没落」今再び、を思わせる処です。

・自由貿易主導のアジア、そして日本
こうした反動に煽られる米欧に代わって世界のトレンドは、いま「アジア」に向かっていると論壇Project Syndicate(Sept.26)で Hertie School of Governance in Berlin教授、Helmut Anheier氏は断じるのでしたが、果せるかな、現下の米欧の内向きベクトルとは相対する如くに、アジアを舞台に多国間を枠組みとする自由貿易への動きが進みだしています。日本が主導してきたTPP然りで、12月末には、コアーメンバー6か国をベースに、誕生することになりました。英エコノミスト誌(2018/10/27)も機を一にする如く、‘オーストラリアに陽が昇る’と豪州経済を特集しています。一方、安倍首相は10月26日、日中平和友好条約締結40周年記念式典に参加した機会に日中首脳会議を持ち、日中新時代を打ち上げています。
さて、経済のグローバル化を念頭に欧米に進出した多くの企業は、米欧の環境変化と、アジア経済の自由貿易姿勢に照らし、当該戦略の練り直しを始めていると報じられています。いままさに、「脱亜入欧」ならぬ「脱欧入亜」を思わせるような状況にある処です

・本稿構成
そこで今回は、米欧とアジアのコントラストを意識する趣旨から2部編成とし、第一部は米欧編とし、その 第1章では中間選挙後の米トランプ政治の行方について、 第2章ではポスト・メルケルの欧州の行方について考察します。第2部はアジア編とし、同 第3章では新時代を迎えたアジア’について、特に日中新時代の構図を中心に、同地域を巡る国際関係の現実について考察することとします。


[ 第1部   ‘反動’に煽られる米欧 ]


第1章 解析「2018年米中間選挙」と、トランプ政治の行方

(1) 解析「2018年米中間選挙」

・映画「華氏119」
まず余談から。11月3日、マイケル・ムーア監督の米映画「華氏119」を観ました。11月6日の中間選挙を目前に控えたトランプ大統領に立ち向かうドキュメンタリー映画です。さすが関心の高さを映す如く、劇場内は満席。119とは2年前の大統領選でトランプ氏が勝利宣言した11月9日の事だそうです。差別的、独裁的な指導者を指弾する反トランプ映画ですが、彼の主たる関心は、そんな大統領を誕生させた米国の民主主義の危機をえぐり出すことにあると云うものでした。

映像はまず、オバマ前大統領とクリントン夫妻を取りあげ、彼らが既得権をもつエリート層に譲歩や妥協を繰り返し、本来の支持基盤である労働者層から離れてしまったと主張、中道路線を支持したメデイアも断罪。バーニー・サンダース氏の台頭を阻んだ民主党上層部を痛烈に批判するのです。そして、ムーア氏はいわゆる「錆びついた地域」を取材して回り、多くの白人労働者がトランプ氏を支持した事を肌で感じとると同時に、トランプ氏が、かかる既存体制を批判した唯一の候補者だったとし、「うんざりして、あきらめた時代に独裁者が現れる」と語り、トランプとヒトラーの映像を重ね、そして行動を呼びかけるのでした。

・中間選挙結果の意味 - Check & Balance
果せるかな、中間選挙の結果は前述の通りで、上院では与党共和党51議席、野党民主党46議席、一方下院は共和党の199議席、民主党が223議席を獲得、結果、上院は共和が、下院は民主が制する処となりました。(11月7日現在)

今回の選挙について、その1か月前、10月11日付でノーベル経済学賞の Joseph Stiglitz氏は、今回の選挙には米国の命運がかかっているとして、つまり、トランプ政治が齎す数々の危機を阻止する必要がある事、その為には、若い進歩的で熱心な新顔候補を当選させることに注力すべきこと、そして今次選挙を見る視点として次の4点を挙げていたのです。(注)
[(注)10月11日付「People vs Money in America’s Midterm Election」by Joseph Stiglitz ]      

つまり, ① 米国の有権者は、トランプ氏が米国の本質を示す人物ではないと宣言するのか。②トランプ氏の人種差別的で女性蔑視的な態度と移民排斥主義、保護主義にノーを突きつけるのか。③米国第一主義を掲げ、国際社会の法規範を無視するトランプ氏のやり方が米国民の意志にそぐわないと表明するのか。はたまた、④大統領選挙におけるトランプ氏の勝利が‘歴史的な偶然’ではなかった事を、はっきりさせる結果となるのか、と。
要は、選挙結果が、米国における政治と経済の未来、そして何よりも全世界の平和と繁栄はこの選挙が出す答えにかかっていると云うものでした。

上記投票結果が意味することは、これまで与党共和党が両院を制していた事で緩みがちにあった大統領の行動への監視機能が回復した事、更にはトランプ大統領が円滑な議会運営を図っていく為には、これまでないがしろにあった野党民主党との対話が不可避となった事で、前述、米議会のcheck and balance機能の回復と、極めて歓迎される処です。因みに直後のFinancial Times (Nov.8)の社説でも `A good day for the US democratic system ― Midterms offer a chance to change the tone of American politics ‘ つまり中間選挙結果は米政治のこれまでの強硬路線を変える機会となった、米民主政治にとって佳日となったと、評するのでした。

(2)トランプ政治の行方―次期大統領選を視野に

・トランプ台頭を許した‘三つの反動’と政治地図
さて、トランプ大統領は選挙直後、下院の結果には触れることはなく、上院での勝利をトランプ政治の成果と、誇らしく喋っていたのですが裏を返せば、2020年次期大統領選参戦を示唆するものだったと云うものでした。ではトランプ政治の展開如何ですが、それは彼の台頭を許してきた要因を分析する事で、ある程度の枠組みが分かるのではと思料するのです。
つまり三つの‘反動’とされる批判の行方と、その‘対応’の如何にある処と思料するのです。
周知の通り、彼が掲げるAmerica firstの前提には、有権者、とりわけlower incomes white層が表する不満、つまり反動と云うべき既存システムへの強い批判があって、それへの対抗を以って応えることで、岩盤支持層に取り入ってきた事情に照らすとき、トランプ政治は引き続き、同じ路線をひたすら進めることになるのでしょう。

つまり、トランプ支持につながった三つの‘反動’とは、一つは「グローバル化への反動」、二つに「人種構成への反動」、そして「オバマ政権への反動」とされるものですが、これが地域事情を映す形で進んでいくことで、`政治的戦場‘、つまり共和党支持地域、民主党支持地域が明確となる処、まさにトランプ氏はその流れを身に付けて大統領の道を歩んだとされる処です。

まず「グローバル化への反動」とは、労働者、特にlower incomes white 層が露わとする経済格差への不満で、主として①「rust belt」、俗に言われる「錆びた工業地帯」で高まる反動です。また「人種構成への反動」とは、移民、とりわけヒスパニックの流入による白人労働者の雇用機会喪失に係る問題ですが、ヒスパニック系住民が重要性を増す②「sunbelt」で強く映される問題です。さらに「ジョージア州からペンシルベニア州に延びる③「Appalachians(アパラチア)地帯」地域を加えた三地域での投票行動が、過去5回の大統領選と中間選挙の結果を決定づけたと云われており、来る2020年の大統領選は勿論、その後も長期に亘り、この地帯での動きが大統領選を左右していくものと見られると、米ジョンズ・ホプキンス副学長Kent Calder氏は指摘する処です。[(注)日経11/16]

因みに①地帯では主として共和党を、②では民主党、そして③では、従来民主党支持と見られていましたが、石炭産業を抱える地域だけに、環境問題に緩やかなトランプ台頭以降、共和党支持に向かっている由ですが、要は地域産業と政治の絡みをどう見極めていくかにかかると云う問題です。

尚,「オバマ政権への反動」とは、オバマ政権が打ち出した医療保険制度、つまりオバマケアーが齎すコスト負担増への反発、上述のヒスパニック等、低賃金労働者の大量移入の容認への反発等々ですが、これらへの対抗が結果としてトランプ台頭を許す処となったとされる点で、それら周辺の動きの見極めが肝要となる処です。尚、オバマ政権が人権上の問題として取り上げた人口中絶容認も、トランプ支持にあるキリスト教福音派有権者(全米人口の4分の1とされている)の強い批判を生む処、極め付きはこれまで不問とされてきたエルサレムの首都容認を果たしたのも福音派の支持に応えんとするもので、トランプ政治を見ていく上では、宗教的事情を踏まえることの重要さを実感させられる処です。

・トランプ党vs民主党
さてこうした彼の言動は、時に論理矛盾を露わとしながらも、トランピイズム、つまり愛国、大衆、敵対を含意とするものとして受け止められ、もはや共和党と云うよりトランプ党の様相を極めつつあり,それはまさにidentity politicsへシフトする姿とみる処で、懸念の集まる処です

その点、過去3回(2014/2016/2018)の中間選挙の得票総数では、民主党が共和党に対し、120~100百万票の差をつけて推移してきた(注:米Columbia大教授J Sachs氏, `Trump’s Diminishing Power and Rising Rage No.12 ,Project Syndicate )由で、今回の投票行動では共和党主導の議会政治にストップを、との声が高まってきたやに窺える処です。問題は、では民主党はトランプ氏に対抗し得る人材の確保ができているのか、です。現在メデイアでは、バンデイ前副大統領やバーニー・サンダース上院議員の名前が挙がる処ですが、いかにも古証文と云え、今回落選したベト・オールク氏のようなオバマの再来とされる若手も俎上に乗る処、残る2年、トランプに勝てる対抗馬の擁立ができるかは、依然大なる課題です。

・トランプ外交と日米関係
さて、こうした内政環境にあって最大の外交問題は、米中貿易戦争ですが、政治事情がどうあれ米議会は、全体としてトランプ政権と共に、中国との対立を深めていく事と思料される処です。そんな中、11月13日、APEC首脳会議出席(代理)の途次、来日したペンス米副大統領は安倍首相と会談し、共同記者会見では「インド太平洋地域へ日米合わせて最大約8兆円のインフラ投資を実施する」旨を発表し、改めて日本との連協強化を確認したという事でしょうが、要は対中警戒で足並みを揃えておきたいという事だったのでしょう。
ペンス副大統領と言えば10月、米国の対中方針演説で「中国は米国の軍事的優位を脅かす能力の獲得を第一目標にしている」と断じ、「中国製造2025」計画を米技術の「略奪」と評し、「断固たる態度を取る」と訴え、新しい冷戦を煽った仁です。(弊論考11月号) いま、米中の対立が深まる中、中国の対日接近が進み(後出第3章)、日中新時代が云々される状況です。さて、米中のはざまにあって米国の同盟国日本として、如何に是々非々を貫くことが出来るか、高度な対応が求められる処です。


第2章 メルケル独首相の党首辞任表明と欧州の行方

(1)メルケル独首相の党首辞任表明

さて、ヨーロッパ(EU)でも大きな変化を予感させる事件が起っています。10月29日、ドイツ、メルケル首相は与党のドイツ州議会選での連敗(14日、28日)を受け、与党党首の辞任を表明したのです。辞任の事由は従って州議会選での連敗の責任を取ると云うものですが、党首として自由主義と欧州統合を目指し18年間、欧州を引っ張ってきたメルケル首相の退任表明は、当然の如くに欧州(EU)の行方に大きな不確実要因を投げつける処となっています。 ただ与党の連敗が意味することは単に政権批判と云うよりもドイツ社会の国際化や宗教離れで有権者の価値観が大きく変わってきた事が底流にあるとされる処です。

ドイツの戦後政治を担ってきたのは、保守系のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と中道左派のドイツ社会民主党(SPD)の二つの国民政党で、両陣営がしっかりしてきたことで、政治リスクの小さい「欧州の安定役」を担ってきたと云うものです。然し、14日のバイエルン州議会選では保守の得票率が37%と68年振りの低水準にとどまり、SPDは1桁で惨敗。28日のヘッセン州議会選でも保守(27%)とSPD(約20%)が退潮、左派系の緑の党(約20%)や「ドイツのための選択肢(AfD)」(13%)の迫る処となってきたのです。

つまりその姿は、二大政党を軸とした政党システムから、言うなれば群雄割拠の多党化へとシフトする姿を露わとする処、ドイツ政治が歴史的な転換点を迎えた事で欧州に地殻変動をもたらす処となってきたという事です。言い換えれば、伝統的な社会・宗教を重んじる保守と所得再分配を訴える社民と云う二つの陣営だけでは社会を作れなくなってきた事を語り、国粋主義者からグローバル主義者までの多様な価値観が今、ドイツには雑居する状況となってきた事を示唆する処です。

これまでメルケル人気が二大政党の落日を覆い隠してきたものの、それが剥げ落ちた瞬間、‘時代’に取り残される姿が露わになったと云え、もはや執行部を刷新しても復活は難しいとされる処、二大政党を軸とした古い政党システムと決別し、脇役にあった新興・中堅政党が本流に躍り出る状況にシフトしだしたと云えそうで、その分、視界不良と云う処です。

思うに、2015年の難民受け入れで、メルケル評が一変。反移民の右翼勢力が欧州を席巻し、‘親メルケルか反メルケルか’、が欧州政治の軸となってきた点で、「欧州の盟主」ドイツ、メルケル首相の党首辞任発表は、欧州の行方を不確実なものとする一方で、G7においては、トランプ氏の発言力を高めることにも直結する処とも云え、世界の不確実性は更に高まることになると見る処です。

・イタリア政府とEU委の対立
尚、EU運営に係る実践的問題も浮上しています。つまり、11月13日、2019年度予算を巡り、イタリア政府とEU委員会との対立が露呈してきた事です。問題はイタリア政府が提出していた予算案が、EUが加盟国に義務付けている財政規律ルール(政府債残高はGDP比「60%以下」とする)を大きく上回る130%となっている点で、その修正要請を受けたイタリア政府が、拒否したことで、EUとして制裁手続きを考えると云うものです。

この背景にあるのが、今年6月、「5つ星運動」と極右「同盟」の連立で誕生した反動政権が、最低所得補償の導入などバラマキ予算としたものの由で、EU委では財政ルール軽視を放置すれば、単一通貨ユーロの信認を揺るがしかねないとして、制裁金を科す手続きに入ると云うものですが、その推移如何はEU運営を律する事にもなりかねません。

こうした政治環境に加え、不透明感を強めるのが欧州景気の停滞感です。8日、EU委が発表した2020年までの経済見通しでは、ユーロ圏の2019年の実質成長率は前年比1.9%と
7月時見通しから0.1ポイント下方修正で、3%を割り込めば3年振りと云うものです。       
元より、トランプ政権が仕掛ける通商摩擦や原油高が経営者や消費者心理に影を落としている要因も挙げられる処ですが、英国のEUからの離脱交渉の難航やイタリアの財政懸念等、まさに身から出たさびとも云うべく、とにかく欧州各国は、懸念される景気失速への危機感を共有し、事態の打開に結束して臨むべきが、問われる状況にある処です。

(2)「西洋の没落」再び、か

・The Decline of the West, Again
かくして西洋に輝く太陽が沈む一方、その陽はアジアに昇ると断じるのはHertie School of Government in Berlin教授のHelmut K. Anheier氏です。彼はProject Syndicateに投稿の10月26日付論考、The Decline of the West, Again(西洋の没落、再び)で、著名なヨーロッパの学者、政治家の言動をリフアーしながらglobal balance of power は間違いなくアジアに向け動き出していると指摘するのです。つまり「西洋の没落」については世界的大著O. Spenglarの ‘The Decline of the West,1918‘があり、Samuel Huntingtonの‘The Clash of Civilizations and the Remaking of the World Order,1996’の語る処としながらも、英国のEU離脱への動きに見るような今日的西洋の没落が進む中、Trumpの`America First’、更には国連総会でのvainglorious(うぬぼれ高い)言動はまさに西洋の崩壊を語る何物でもなく、世界は明らかにアジアに向かう事を選択していると断じるのでした。

・アフター・ヨーロッパ
尚、タイトルに魅せられ手にした新刊「アフター・ヨーロッパ」(原題 ‘After Europe’ イワン・クラステフ、岩波書店 2018/8)で、著者は「欧州が、政治は極右ポピュリスト政党の伸長で不安定になり、経済は緊縮政策で痛み、社会は難民流入で荒れている。欧州のリベラルな普遍的理念は誰の心にも響かない‘ガラパゴス’となってしまった」と云い、「政治の分裂の歴史を注意深く学ぶと、生き残りの技術とは絶え間ない即興の技術であるということが分かる」と云うのでしたが、であれば、それこそが欧州の課題と云うものかと、思う事しきりです。 


[ 第2部  自由貿易主導のアジア、そして日本 ] 


第3章 日本とアジアの新時代

(1) 日中新時代を確認した両首脳会談

10月25日、北京で行われた日中平和友好条約発効40年を記念する式典に出席した安倍首相は、翌26日、習近平主席との首脳会談に臨み席上、新たな時代の日中関係について「競争から協調へ」などの3原則(注)につき提示がなされた由で、両首脳はそれを確認したと報じられています。(日経、10/27)が、普通、公式首脳会談であれば、共同声明が出されるのが常ですが、今回は記者会見と云う形で終わっており、双方の認識に微妙な差を感じさせられる処でした。

(注)・日中の新たな3原則:① 競争から協調へ ② 隣国として互いに脅威とならない、
③ 自由で公正な貿易体制の発展
  ・「3原則」を巡る日中両国の認識(立場)の差異(日経10/30);
        日本:安倍首相は29日の国会答弁で「3原則を確認」したと発言
        中国:「首相の表明を歓迎する」と内容には同調。「3原則」の言葉は使わず。

さて、日本の首相として公式訪問は7年ぶりの事でした。2012年、日本政府が沖縄県・尖閣諸島を国有化したのをきっかけに日中関係は凍り付いたままにあって、漸く17年頃から中国は、少しずつ改善に向かい出してきたのです。それはトランプ米大統領の登場で、米中摩擦が始まり、従ってトランプ米国睨みの対日接近と云うものです。 つまり、トランプ政権が17年12月に公表した「国家安全保障戦略」(弊月例論考2018年1月号)で中国を「競争相手」と定義すると,中国はトランプ氏が対中圧力を強めてくると確信したとされているのですが果せるかな、今夏以降、米中は貿易戦争に入り、いまや米中覇権争いの様相にある処です。(注)
(注)11月14日、米議会「米中経済安全保障再考委員会」が公表した2018年版報告書で
 は「覇権を目指す中国の試みは米国の安全保障や経済的利益に疑いようのないリスクと
なる」と再び対中批判を鮮明としています。(日経夕、11月14日)

加えてトランプ氏は米国が旧ソ連と結んだ中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を表明し、米ロの軍事的な対立も懸念される環境も生まれてきている事情もこれありで、中国としては、この際は対日関係の改善に活路を求めたものと見られる処です。 そう言えば1989年、天安門事件で西欧諸国から経済制裁が科されたとき、中国は日本を突破口に見定め、また日本もいち早く経済制裁の解除に動き、92年の天皇陛下の訪中に繋げていった経緯がありました。
                                
とに角、上記3原則を枠組みとした両国の協力関係は、経済分野を中心に実務的には幅広いものとなっており、具体的には、中国が求める第三国市場開拓での連携や、金融分野では失効中の円元スワップ協定の再開合意等が挙げられる処です。ただこうした協調案件が、さて具体的に実行されうるものか、約1年前には米中首脳会談でも巨額商談の調印式はあったものの、その多くは棚上げとなったままにある事情に照らす時、そうした合意がスムースに稼働するよう、双方には更なる協力の強化が求められていく事になると言うものでしょう。

かくして経済を接点として接近する両国ですが、これがたとえ打算の産物であっても、中国がこれまでのような孤立の道に進むのを止める役割を果たすなら、相応の意味のある処でしょうし日本にとってもメリットのある処です。 元より、安全保障上の懸念、今や常態化している中国公船の日本海領域の侵入、東シナ海でのガス田開発等、まだまだ問題の残る処ですが、予て安倍首相は、「東シナ海を平和、友好、協力の海に」と公言してきており、この言葉を体現できれば、信頼醸成への更なる一歩となる処です。 そうした文脈にあって次の課題は、来年6月、大阪で開催の20か国・地域(G20)首脳会議へ出席のため習近平主席には初の訪日が予定されていますが、これを機会に両国は首脳の相互訪問を基礎に、軸がぶれにくい安定した関係を目指すべき処です。いま、日中関係のみならず、日本を巡る国際環境は日本の出番を促す状況にあるのです。

(2)アジアを巡る自由貿易構想と日本

・TPP協定の発効
10月31日、TPPの事務局であるNZのパーカー貿易・輸出振興相が記者会見で、発効に必要な6か国の国内手続きが終了したと発表。この結果残る5か国を残すも12月30日を以ってTPP11は発効する旨、発表しました。(注) これで、域内人口は約5億人、国内GDPでは世界の13%にあたる11.38兆ドルを占める巨大貿易圏が動き出す事になったと云うものです。因みに、政府は日本のGDPを年約8兆円押し上げ、46万人の雇用創出につながると試算している由です。(日経、2018/11/01)
(注)批准済み6か国:メキシコ、日本、シンガポール、NZ, カナダ、オーストラリア
       未批准5か国:ベトナム、ペルー、チリ、ブルネイ、マレーシア

米国の離脱で一時、壊れかけたTPPでしたが、11か国で発効に漕ぎつけられたのは日本の貢献に負うものと誇れる処です。とりわけ、成長著しいアジア太平洋地域で自由度の高い貿易・投資協定を実現し、トランプ政権が拡大させる保護貿易の防波堤を築く意義はことさら大きいものがある処です。メデイアによると、タイは2019年に参加を目指し準備中であり、EU離脱を目指す英国も19年3月以降の交渉を想定しているとの由ですが、いずれにせよ日本としては参加国の拡大にも指導力を発揮し、TPP11の基盤を更に強化していく事が期待される処です。序でながら日米間では19年1月から2国間のTAG交渉が始まりますが、その際はTPPの基準やルールに沿った合意を目指すべきと思料する処です。

・自由貿易主導のアジアと日本の出番
元より日本の自由貿易圏づくりはTPP11で終わるものではなく、EUとの経済連携協定(EPA)の発効(19年初めを目指す)や、更には日本や中国、インドそしてASEAN諸国
等16か国が参加するRCEP,「東アジア地域包括的経済連携」交渉についても、年内の実質妥結を目指す処です。但し、中国が日本の求める高い自由化率に抵抗感があり、癒着ぎみにありますが、TPPの高い自由化率等を目安として明確に示すことが出来れば、交渉を主導できるのではと思料するのです。そうした折、英エコノミスト誌は、柔軟な政策対応を以って持続的成長を図っているオーストラリアは、現下の世界にあって‘きら星的存在’と映るとして豪州を特集し、かつての特集、「日はまた昇る」を想起させる処です。元より彼らの問題意識は「自由で開かれたインド太平洋構想」(Indo-Pacific Vision)に及ぶ処、豪州、インドと共に具体化推進を目指す日本のインタレスト、琴線にも触れる処です。つまり、日本の出番がそこにあるのです。

昨年、米Princeton大学G.J. Ikenberry教授が‘Foreign Affairs’で提言していたトランプ主義外交への対抗として日独で、具体的にはメルケル首相と安倍首相が連携してLiberal International Order(国際協調秩序)づくりを目指してほしいと声を挙げていました。前述事情にあるメルケル首相はともかく安倍首相にはその役回りにある事が実感される処です。

尚、この際、ハーバード大学 デイビス教授は、現下の世界情勢にあって、多国間協定に取り組む日本の努力を高く評価しつつ、問題は、世界の貿易体制では自由化の促進が偏重される一方、構造改革に関する政策は個々の国に委ねられて来たが、各国政府は、政治的に持続可能なバランスの良い貿易政策の策定に必要な改革案を纏めようとしないことにあると云うのです。(日経、「経済教室」2018/9/6)要は、各国政府はあまりに長い間、構造改革や再分配を放置し自由化にばかり力を入れてきた結果、市民は怒りを募らせ、貿易制度全体を脅かしていると云うのですが、改めて銘記しおくべき処かと思料するのです。


おわりに  ‘選ばれる国、日本に’ 

本稿draft中の11月23日、2025年万博開催地が大阪に決定との知らせが入ってきました。1960~70年代に行われた東京五輪(1964)、大阪万博(1970)は、当時の日本経済の高度経済成長を支える要因となったのですが、2020年の東京五輪、2025年の大阪万博開催は、同じ構図にある処、早速にその経済波及効果はインバウンド効果を中心に日本全体として約2兆円に達するものと、期待の高まる処です。
 
処で、気になるのが、時おり政府筋から聞かされるcampaign phrase「選ばれる国、日本に」
です。定義のほどは承知しませんが、察するに、外国人に‘日本は住みよい国’、‘働きたいと思える国、日本’ にしていこう、という事かと思料するのですが、それは上記イベントを行えばOKというものではありません。勿論、大イベントで日本への理解は深まる事でしょうが、それには日本が受け入れ国として相応のシナリオと、そのための確固とした哲学を用意しておくことが不可欠です。

さて、11月13日、「出入国管理法改正案」が国会に提出されました。急速な高齢化で労働力制約が強まる中、外国労働者の受け入れを拡大し、係る事態に対応していこうと云うものですが、この際は、外国人受け入れとは人手不足解消の為だけではなく、競争を通じて日本人労働の質を高めることにも貢献する、つまり双方の利益になるという視点を、まず確かなものとする事が肝要です。そして、中長期的に労働力の確保を目指すとすれば、それは日本の成長基盤づくりにつながる処、延いては日本の将来をも規定していくことになるとの自覚が不可欠と云うものです。然し審議の現状は、まさに空回りの様相にあり、それはそうした認識、自覚の欠如に負うものと思料するのです。そこでこの際は、感ずる所2点、記しておきたいと思います。

まず行政です。現在、法務省入国管理局が当該事案の主管となって進められています。ただ入国管理局はつまる処、国境で業務を担う組織ですから広く国内での雇用問題に対応できる組織ではありません。勿論、人の出入を管理とすることは重要です。が、事の本質に照らすに、法務省流の管理的発想を超えた、労働市場や医療保険等、包括的な例えば「外国人雇用法」を制定し、外国人労働に関する多様な業務を担える組織の導入を目指すべきではと思料するのです。もう一つ、日本の成長基盤づくりとは、日本経済の生業、日本国のかたちを、どのように描いていくかが、問われる処です。日米関係、日中関係等々、その行方を語るにしても今や、どういった国のかたちを目指すのか、その軸となる構想が不可欠と云うものです。‘選ばれる国、日本に’とは、まさにこうした行動様式を経ての事と、思料するのです。当該法案はまさに日本経済の転機を示唆する処、この際は並行して、日本国の目指すべき姿、designについて真剣な議論を深めて貰いたいと思うのです。  
(2018/11/26 記)
posted by 林川眞善 at 12:50| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年10月27日

2018年11月号  米中貿易戦争の行方、安倍長期政権の行方 ー 林川眞善

― 目 次 -

序 章  ドナルドの強権と、世界経済

(1) 米国と世界の断絶の瞬間
          
(2)絡み合う‘貿易と安全保障’
  ・トランプ通商政策と米通商拡大法(1962)
  ・‘新たな冷戦’状況に向かう米中関係

第1章  ‘新たな冷戦’に向かう米中関係  

(1)今、米中関係は新冷戦の瀬戸際
  ・対中報復第3弾発動で、リセットの米中関係
  ・ペンス米副大統領の対中‘三行半’演説

(2) 米中経済と、米中貿易戦争の行方
  ・米中経済の実態
  ・米中貿易戦争の行方 
  ・日中首脳会談と中国企業、華為技術(フア-ウエイ)

第2章  安倍長期政権と日本の行方

(1)安倍晋三首相に問われる課題
  ・今、安倍氏に求められる行動様式

(2)日米貿易協議(FFR)の行方

おわりに 沖縄県知事選と日本のIdentity Politics


         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
序 章 ドナルドの強権と、世界経済


(1) 米国と世界、断絶の瞬間

ドナルド・トランプ米大統領は、自身就任後2回目となる、今次(9月25日)国連総会の一般討論演説に臨み「グローバリズムのイデオギーを拒絶し、愛国主義のドクトリンを尊重する」と言明し、「米国第一」の立場を改めて訴えたのです。
云うまでもなく、国連は第2次大戦の反省に立って恒久的世界平和、そのための多国間協調体制を目指すこととして創設された国際機関です。従って年次総会では加盟各国首脳が、その目的に向かって、すべき事を語る場であり、以って世界秩序の堅持を確認する場とされる場ですが、トランプ氏の発言はまさにそうした世界的規範に背を向けた、独善的な言動となる処です。元より戦後世界の秩序を支えてきた加盟各国からの非難を一斉に呼ぶ処、それはグローバル化の象徴的存在であった米国と世界との断絶を思わせる‘瞬間’でしたが、何か孤立化する我が身を楽しむが如きと映るのでした。メデイアによると国連グテレス事務総長は昼食会で「我々は皆、世界市民でもある」と、トランプ氏に忠告した由でしたが・・・。

さて、その彼は、いま米議会の中間選挙(11月6日)を控え、自分ほど大きな仕事をした大統領はこれまでいないと、意気軒高、大統領就任以来2年、政策実績を誇示する処です。
確かに2016年大統領選での公約は相応に実現されては来ています。グローバリズムを拒絶する姿としてTPP、パリ協定等、国際的枠組みからの離脱方針を相次いで表明する一方、不法移民の取り締まり強化、サウスボーダー(国境)の壁建設等々も進め、大減税をも実施、更には、‘雇用の確保’、国内産業保護を名目に、WTOルールを顧みることなく、米国と関係二国間の貿易交渉を進め、製品輸入の抑制を実行してきています。(注)

    (注) 米国との二国間交渉:「ナバロ文書」で特定された6か国 [韓国、日本、欧州(ドイツ)、
NAFTA2か国 そして中国] に対して当該国との貿易赤字解消に向けた貿易交渉を実施。但し中
国とは合意なし。中間選挙向けに「米国第一」の具体的成果として誇る様子に、因みにトランプ
大統領はNAFTA新協定が確認された10月1日、「(大統領選での)約束を守った」とアピール。

ただし、トランプ主導の二国間交渉の姿は、大国、米国の圧力を感じさせ、脅しともとれる、強権的振る舞いを露わとする処、貿易ルールは国の力関係で決まる、いわば無法状態に陥ってしまう様相すら映す処です。それは自由貿易を規範としてきた世界経済を混乱させ、深刻な打撃を与える、まさに世界経済のリスクと映る処、中でも米国が仕掛ける対中圧力は、いまや米中貿易戦争状況を齎すなど、まさに世界経済を下押しする要因となってきています。

因みに、10月4日、IMFのラガルド専務理事は日経インタビューで「世界経済は引き続き安定的に成長しているが、半年前よりもリスクは高まって居る」と語り、7月時点の2018年と19年の世界経済の成長見通し(3.9%)の下方修正の可能性を示唆していましたが(注)、その最大の懸念が米中の貿易戦争であり、制裁の応酬が拡大すれば「影響は中国だけでなく、同じ供給網を築いている近隣諸国にも及ぶ」(日経10/5)と指摘するのでしたが、果せるかな、10月9日、IMFが発表した世界経済見通しでは、2018年の成長率予測は3.7%と7月時点から0.2ポイント下方修正され、併せて、トランプ政権が仕掛ける貿易戦争が更に激しくなる場合、世界経済は19年以降に最大0.8ポイント下振れすると警告するものでした。

    (注)世界経済の見通し
序でながら9月26日、国連(国連貿易開発会議)が発表した2018年度、貿易開発
報告書では、現状のまま貿易戦争が続く場合、2023年の世界経済の成長率は2.4%
に減速すると予測。同時に雇用や投資、個人消費などあらゆる分野が低迷すると警鐘
を鳴らしている。要は、金融危機で1.8%のマイナス成長に陥った後、2017年には
3.1%まで回復してきてきたものの、世界経済は再び緊張状態にありとされる処。

(2)絡み合う‘貿易と安全保障’

・トランプ通商政策と米通商拡大法(1962)
そうしたトランプ政権が進める対外通商政策、つまりは輸入抑制のための二国間交渉の在り姿は、いまや‘貿易政策’に新たな視点を齎す処となっています。

当該輸入抑制を目指す関税交渉は、いずれも米通商拡大法232条に照らし、米国が仕掛ける形で行われてきているものです。この232条とは、輸入の増加が、‘安全保障上の脅威’ となる場合、貿易相手国に対する制裁を可能とする法律ですが、さてアルミや鉄鋼が更には俎上に上がる事が噂される自動車など、これら製品が国内の安全保障に直結するものなのかと、疑問を呼ぶ処、本来ならWTOのパネルに諮るべきとされる処です。ただ、そもそも他国の政策を勝手に判断して、不当あるいは危険と見做し、当該貿易相手国を罰する権利があると一方的に主張する事自体、問題と云うものですが、結果として通商政策は、 ‘貿易と安全保障が密接に絡み合う状況’ を反映する処となってきたのです。

更に中国に対しては、上記232条に加え、301条(不公正な貿易措置への対抗)(注)の適用をも擁し、9月24日には既に通告済みの第3弾(対象2000億ドル相当)制裁関税を発動。(これで制裁関税対象総額は2500億ドル) 更に、中国の出方如何では全輸入製品への制裁関税拡大をも示唆するなどで、今や米中報復関税合戦の状況にある処です。 232条の担当が商務省、301条の担当がUSTR(米通商交渉代表部)ですが、この両者を擁した、まさに貿易戦争とされるだけに、チキンレースの様相を呈する処です。

(注)米通商拡大法301条:301条は80年代の日米貿易摩擦でフル活用されたが、WTO発足
後は封印され「抜かずの宝刀」とされていたが、トランプ政権は同文章を基に301条を積極
活用に転じ、中国の知財権侵害を制裁する名目で中国製品に追加関税を課す根拠としている。

さて、‘貿易と安全保障’が密接に絡みあう事態が進行するなか注目すべきは、そうした傾向を助長する背景として保守的な国家主義者の存在が云々される処、ビジネス寄りのリベラル派までもが保護主義に傾いてきたことです。
例えば今年4月に起こった中国の通信機器大手企業、中興通訊(ZTE)の米企業との取引禁止を巡る米国内の政治的反応にその典型を見る処です。つまり当該取引は技術の流出につながると、米国の安全保障上「重大な脅威」として一旦、トランプ政権は米企業との取引を禁じる制裁を課しています。然し後日、同社が罰金(10億ドル)を払う事を条件に取引禁止の解除を発表すると、米共和党からも、米民主党からも反対の声が上がったのです。

こうした国家主義色が強くなる中でもう一つ懸念される事は、独占禁止を巡る政策も安全保障のための武器となるという事です。やはりトランプ政権は、シンガポールの半導体大手ブロードコムによる同業の米クアルコム買収を阻止しています。その理由は、次世代通信規格「5G」の技術で米国が競争力を維持しなければならないとするものでしたが、何か国家主義色が強くなっていく様相に聊かの懸念を禁じえないのです。(注)

     (注)外資の対米投資規制:米財務省は10月10日、外資による対米投資の規制の詳細を発表。
半導体や情報通信、軍事など27産業を規制対象に指定し、事前申告を義務づけ、11月10日
から実施予定と。ハイテク分野での覇権を狙う中国から先端技術を保護する狙いとの由。

・‘新たな冷戦’状況に向かう米中関係
処で、9月24日、上述の通り、米政権は対中報復追加関税引き上げを発動していますが、これが米中関係に一つの転機を印すものとされるのです。既に発動済みの500億ドルと合わせ2500億ドル、米国の対中全輸入額(約5000億ドル)の凡そ半分に追加関税がかかることになる処、対立終息の道筋は見えず、世界経済の大きな波乱要因になるとメデイアは書き立てています。中でもFinancial Times,Sept.24は、今次の対中追加関税の引き上げ実施は、米中間の政治・経済関係の真のリセットにつながる処、今や、trade warと云うより、the beginning of something that looks more like a cold war than a trade war、つまり冷戦とも言える状況の始まりと、指摘するのです。

・本論考の構成
そこで本稿、第1章では、今や世界経済にとって最大のリスク要因となっている米中貿易戦争にフォーカスすることとし、上掲、FT記事をリフアーしつつ、その実状と今後の行方を考察することとします。尚、目下の米経済事情については、 2005年時のFRB議長グリーンスパン氏が当時の米経済について「コナンドラム(謎)」と呼んだと同じような現象、今再びと云われる処ですが、一方、中国経済の変調も伝えられる処です。そこで、両国経済の今日的生業を踏まえ、米中摩擦、より具体的には米国の対中貿易インバランス是正の可能性
について考察することとします。

加えて、10月2日、日本では第4次安倍改造内閣が発足しました。上述の通り、内外環境は大きく変化を呈する処、それが意味することは、これまでと同じ発想、行動対応では通じなくなってきたという事です。そこで、第2章では、長期政権となった安倍内閣の行方について、米中関係、日米関係の今後にも照らしつつ、改めて考察することとします。


           第1章 ‘新たな冷戦’に向かう米中関係


(1)今、米中関係は新冷戦の瀬戸際

・対中報復第3弾発動で、リセットの米中関係
9月24日、トランプ政権は中国に対し、既に告知済みの対象額2000億ドル相応の輸入品に対する追加報復関税措置を発動しました。今回の中国向け報復措置についてFinancial Timesの Columnist, Rana Foroohar氏は、同紙Sept.24付けでTrade hawks seize their moment.(米国の通商タカ派、対中関係リセットの好機をつかむ)と題し、当該行動はトランプ氏率いるホワイトハウスが下した無分別且つ性急な政策決定であるどころか、それ以上に危険な、長期にわたって影響を及ぼす行為だと批難すると共に、これは米中の経済的、政治的関係を完全にリセットするものであり、貿易戦争と云うより冷戦の様に見える状況の始まり、と断じるのです。加えて、このリセットを支持する動きはトランプ氏周辺にとどまらず、左派、右派両方に浸透し、それゆえ‘事’は深刻だと指摘するのです。

ではその深刻さとはどういう事か? 同記事が危機感を持って指摘するのは、トランプ政権内でのタカ派とされるナバロ大統領補佐官(通商担当)そしてライトハイザーUSTR代表(通商代表部)の思考様式です。
つまり、トランプ大統領は対中貿易赤字の事しか頭にはないが、彼ら二人は、中国との経済関係を断ち切ることが長期的に米国の国益に適うとしている事だ、と云うのです。確かに「ナバロ文書」にもそうした指摘は認められる処ですが、こうした発想に賛同する人達が国防総省には大勢いると云い、進歩主義的な左派で労働運動にかかわる人の中にも該当者はいると指摘するのです。そしてトランプ氏がホワイトハウスを去った後も、彼らの多くは権限ある地位に長く残るだろうと云うのです。つまり夫々の思惑は異なるだろうが、米国と中国とは長期的には戦略的なライバル関係にある事、それ故、米国の通商政策と国家安全保障政策はもはや切り離すべきでない、とする二点で手が結ばれているというのです。

更に、対中追加関税発動についてグローバル企業の経営者が口にする、高税率の引き揚げで目に見えるインフレ圧力が生じるとか、販売価格を引き上げざるを得なくなるといった不満に対して、経済タカ派は殆ど理解を示すことはなく、それどころか、西側の根本的な価値観を共有することもなく、色々条件を付けて最終的には自国の市場への平等なアクセスも認めないと云う中国に、自社の短期的な利益を優先して米国の事業を移してきたとんでもない存在だ、裏切り者だとさえ考えていると云うのです。こうした環境が、いま囁かれだす米中冷戦状況を、更に深める処となってきている処です。そして経済タカ派こそが、こうした政治・経済の環境変化に照らし、政策の方向性や世論を牛耳っていると断じるのです。

序でながら国防総省はsupply-chainを米国内に戻すことを提言する白書を作成中とかで、近々ホワイトハウスから発表予定の由ですが、中でもトランプ政権の今後の産業政策の方向として、全てを米国内で調達する、つまり「Fortress America」(要塞アメリカ)を作り上げることをめざすとしていると云うのですが、元より政治的にも現実的にも不可能な話です。が、仮にトランプ政権が米国として、そうした産業政策を進めたいと云うのであれば、欧州などいろいろな地域の貿易相手国と同盟関係を築く必要があるとも指摘するのでしたが、元より、トランプ大統領の得意とする処ではありません。

さてそんな中、ペンス米副大統領が10月4日、米ハドソン研究所(在ワシントン)で行ったスピーチは、こうした米中関係の変化を決定的なものと、印象付けるものでした。

・ペンス米副大統領の対中 ‘三行半’ 演説
10月4日、ペンス米副大統領はハドソン研究所で、`the Administration’s Policy Towards China ‘(トランプ政権の対中政策)と題してスピーチを行ったのですが、その内容は、`mobilized covert actors’ 秘密工作員を動員して「中国は米国に内政干渉しようとし、これまでになく力を誇示している」と激しく中国政府を批判する、まさに‘三行半’ものでした。以下の引用は、そのブチ切れ様子を伝えるべく、その障り、冒頭の一部を紹介するものです。

「Beijing is employing a whole -of-government approach, using political, economic, and
military tools, as well as propaganda, to advance its influence and benefit its interests in the US. China is also applying this power in more proactive ways than ever before, to exert influence and interfere in the domestic policy and politics of our country. Under our administration, we’ve taken decisive action to respond to China with American leadership, applying the principles, and the policies, long advocated in these halls.」・・・

今次ペンス副大統領のスピーチは、要は、中国が自由や民主主義と言った概念を理解していないことを糾弾し、トランプ政権が、本格的に中国の覇権拡大にストップをかけようとしていることを明らかにするもので、スピーチ後、ホワイトハウスは公式ホ-ムページにその全文を掲載(インターネトで入手可能)、トランプ政権の対中政策の転換を公式に宣言するものとなっています。この講演は11月のアジア歴訪を前にしたトランプ政権の包括的な対中政策と位置づけられるものの由ですが、1946年3月、チャーチルが「鉄のカーテン」を語って以来の歴史的演説とも評される処、まさに「新冷戦へのsignal gun」ともいうものです。

更に8日、北京で行われたポンペオ米国務長官と中国王毅外相との会談が、互への不信感をむきだしにした異例の激しい応酬(日経10月10日)に終始したと報じられていますが、係る事態とも合わせ見るとき、米中関係は長いトネル入りかと、まさに「新冷戦」瀬戸際にありと、感じさせられる処です。加えてペンス氏の発言が象徴する米国の対中強硬姿勢が、政権だけでなく与野党を問わず議会にも根強くある事が気がかりとする処です。

(2) 米中経済と、米中貿易戦争の行方

・米中経済の実態
米中貿易戦争の推移は前述の通り、両国の権威を掛けたチキンレースと映る処ですが、その実状は先に触れたように、米中の貿易不均衡改善を事由として米国が対中圧力をかけ、中国の通商面での対米依存を抑え、併せて中国が目指す技術立国「中国製造2025」の計画を押さえ込まんとするものと言われているだけに、米中貿易戦争の本質は「テクノヘゲモニー」、つまり科学技術の覇権争いと云え、簡単には収拾するものではないと見る処です。ただ、問題の中核にある米国の対中貿易インバランスの改善の可能性だけをみれば、両国経済の生業を見て行く限りにおいては、その改善の道筋は相応、見える処かと思料するのです。そのポイントはドル高です。

まず米国経済ですが、今年の2月以降、ドル高が続いてきています。これは米国経済の腰が強い事を語る処で、因みに米国の本年4~6月期GDP成長率は年率で4.1%、2014年7~9月期以来の高い数字です。トランプ氏は、ドル高は競争力を削減する要因としてnegativeですが、現実には米企業は海外市場で価格競争はしていませんから、輸出振興のためにドル安誘導は必要のない処です。米経済について今、言われる事は2005年、グリーンスパンFRB議長が「コナンドラム(謎)」と呼んだと同じような現象が起きていると云う事です。
つまり、FRBは引き締めにあるなか、景気は良いのに物価は上がらない、失業率は低下しているのに賃金が上がらないといった状況です。因みに去る5日、米労働省が発表した9月の失業率は3.7%、1969年以来の低水準です。これは新たな産業革命、デジタル革命の深化に負うものとされる処です。

尚、トランプ氏は’ America First’、`Make America Great Again ‘と叫んでいます。これは覇権国である米国を、これまで以上に強くするという事と理解される処です。つまり、America Firstを以って、他を寄せ付けることなく独自流パワーを身に付け、世界のヘゲモニーを握ろうとするものでしょうし、とすれば覇権国家として進んでいく上では財政基盤、経済基盤が欠かせませんが、これを支えるのがドル高と思料するのです。

一方、中国経済の現状ですが、去る10月7日、中国人民銀行は、15日から市中銀行から強制的に預かる預金の比率を示す預金準備率を1ポイント引き下げると発表しました。これで金融緩和は今年で3回目となるものですが、これは指導部が米国との貿易戦争による打撃で景気の先行きに危機感を抱いていることを裏付ける処です。更に、金融緩和を決めた7日の夜、劉昆財政相は追加減税を発表しました。財政と金融が揃って景気を支える姿勢を何とか演出せんとするものと映る処です。この中国を代表する2つの経済官庁のちぐはぐぶりこそは深刻化する貿易戦争への対応に不安を予感させると云うものです。
そうした中、19日、中国政府が発表した2018年7~9月のGDP成長率(実質)は前年同期比6.5%と2期連続で減退、リーマンショック直後以来の低水準に沈んでいます。この2期連続の減速は地方政府や企業の債務削減が打撃となり、投資や消費が振るわなくなった為とされる処、米中貿易戦争の風圧も強まり、先行きは更に下押し圧力が高まる見通しです。

・米中貿易戦争の行方
こうした米中経済の実情、とりわけドル高と、元安の事情に照らし米中貿易のインバランスの行方を観察すると、早晩、改善に向かうシナリオが描かれる処と思料するのです。

その理由のひとつは中国経済で進む人件費の上昇です。元より、これが輸出競争力を押し下げる処ですが、加えて米国の対中関税引き上げを受け、輸出拠点として中国に進出した外国企業が転出を図る結果、中国からの対米輸出の鈍化は避けられません。一方、中国政府は、国内の過剰生産から脱却していく為にも産業構造のハイテク化を目指しており、その為には必要となる製品の輸入は避けられませんが、ドル高の下では、中国輸入の膨張を齎すこととなり、その結果、中国の貿易収支の悪化は避けられなくなっていく事が想定されるのです。その点では習近平主席お墨付きプロジェク「中国製造2025」はもろ刃の剣、と云うよりは、輸入拡大の大きな要因になるのではと思料する処です。

つまり、ドル高、元安が進むなか、中国の対米輸入が膨らむ一方、米側の関税引き上げで中国の対米輸出が鈍化する形で、米中貿易の不均衡改善が進む事になると見るからです。と云うよりも、前述したように米国は輸出に当たって殆ど価格競争はしていない状況にあります。例えば、航空機では米ボーイングと欧州エアバスの独断場ですし、アップルのiPhoneのブランド力に代わる存在もありません。軍事装備品も同様です。つまりドル高でも彼らは買うしかない状況にある点で、対中関係での米経済の優位が確認される処なのです。

要は、貿易を名分にドル高をテコに金融戦争を仕掛け、人民元の脆弱性を知らしめる。「マーケット」はそれで「中国危うし」とみて「株」も落ちる。こうして実体経済も悪化し、中国としては何時までも突っ張ってはいけなくなる筈、とシナリオが書ける処です。 勿論、事態はそんなシナリオ通りに進むものか、環境は極めて不確実性の残る処です。因みにFinancial Times(Oct.20~21)は、元の対ドルレートは今年末、6.9, 更に来年末では7.20と元安進行を見る処です。

さて問題は、そうした米国の対中貿易赤字改善を以ってだけで、貿易戦争が終わるかと云うと、そうは問屋は許さずと云う処です。前述したように米中貿易戦争の本質は「テクノヘゲモニー」争とされる中、もともと中国潰しを指向する経済タカ派を擁するトランプ政権の行動は ‘戦争に勝利する’ことにありとされている点で、そうした‘争い’とも併せ見るとき簡単に終焉を見ることはないものと思料されるのです。ではどのような展開が想定されるかですが、神のみぞ知る処でしょうか。折しも20日、トランプ大統領は日中ロは核戦力の増強を進めているとして、米国が旧ソ連との間で結んだ中距離核戦力廃棄条約(INF)の破棄を表明しましたが、これに応える中ロの動きを見るに、何かキナ臭さを感じさせられる処です。

・日中首脳会談と中国企業、華為技術(フア-ウエイ)
序でながら、米中関係の緊張が増す中、安倍晋三首相は10月26日、北京で習主席と首脳
会談を行い、「日中平和友好条約」40周年の節目に友好ムードを高めたいとの意向と、伝え
られています。この際は国際情勢の展望を読み違えることのないように、中国との距離の取
り方には十分な注意が求められると云う処です。
折しも、10月17日、中国通信電気大手、華為技術(フア-ウエイ)が関西地区では初めてとなる研究所の新設を検討していることが明らかとなりました。同社は既に横浜市に研究所を構えていますが、更なる日本企業との連携を深める狙いかと思料される処ですが、やはり米国の仕掛けた貿易戦争にあるのではと思料する処です。つまり日本企業との連携を高め、日本の技術基盤を活かしながら、更なるグローバル化を進め、中国企業たるを理由に華為を排除する米国に対抗する狙いがあるのではと、思料されるのです。

尤も、今次日中首脳会談では新技術や知的財産権問題で新たな対話の枠組みが合意される見通しにあることから、この機会を活かさんとの思惑も窺える処です。但し、今は米中摩擦が激しいことで、中国も日本に近づかんとする構図ですが、これとて、仮に米中関係が改善すればどうなるものかですが、かかる国際情勢にあって日本企業と強固な関係を築き上げることが出来るか、推移を見極めていきたいと思うばかりです。


            第2章 安倍長期政権と日本の行方


(1) 安倍晋三首相に問われる課題

9月20日、自民党総裁選3選を果たした安倍晋三首相は、10月2日、4回目となる改造内閣を発足させました。今後順調にいくとすると首相の在任は2021年9月まで9年に及び、連続在任日数と、第1期政権を含めた合計在任日数は、ともに日本憲政史上最長となるものです。ただ、これだけの長期政権でありながら、「安倍時代」に日本はどう変わったのか、依然としてはっきりしないように思われます。何故か? 京大教授の待鳥聡史氏は、「恐らく、安定感のある外交とは対照的に、内政面で当初は比較的明瞭だった政策の基軸が失われたことにある」のではとし、「安倍政権には内政と外交の‘二つの顔’があり、両者の違いが次第に大きくなってきた」(日経2018/9/27)ためと指摘するのです。

つまり、内政では2012年末、第2次安倍政権発足時、発表された経済政策「アベノミクス」により経済再生を目指すと言う点では、その内容や方向と言った点で相応の批判はあったにせよ財政出動と金融緩和を大胆に実施し、その後は成長戦略として構造変革に取り組むという工程表は、多くの有権者にとって期待できる処、政権は「第3の矢」に当たる社会経済構造の変革には尻込みし、短い周期での解散総選挙を繰り返して当座の政権浮揚を図るという方針に転じた事が最大の問題で、そうした彼の行動がゆえに今尚、何をどうしたいのか不明瞭なままに置かれてしまっているという事です。

一方、外交では安保法制など思い切った政策を進めるために、総選挙での勝利による政治的資源が必要だったと云う事情は理解するとして、あまりにも当座に偏った動きが続いたため、日本の社会と経済を今後どうしたいのかが不明瞭になってしまっているのです。これこそは、これまで何度も本論考で安倍首相には国家観が見えない、日本の社会と経済を今後どうしたいのか見えないと批判してきた処ですが、実はこの点こそは今後、3年間で安倍政権が何を‘目指すべきなのか’に密接に関係する処です。

・今、安倍氏に求められる行動様式
周知の通り彼は総裁選で、又、改造内閣発足時の記者会見でも、最大のテーマは憲法9条を巡っての憲法改正と主張しています。総裁選での勝利で求心力を得たからという事でしょうが、であればその発想と行動様式は結局、2015年頃から続くパターンの繰り返しとなる処でしょうか。勿論、憲法改正が望ましいとする有権者は少なくはありません。然し、都度の世論調査結果では、経済や社会保障と言った内政課題に比べ、その優先度は極めて劣位にあります。という事は、それは有権者の期待する処とは聊か乖離しているという事です。

そこでまず肝要な事は、その乖離への真摯な理解、認識を確かとする事です。そして、今トランプ政権の保護主義に振り回される中、日本は自由主義を基調とした国際秩序を維持する立場を取るとしていますが、元よりその立場を強く支持する処です。が問題は、ではそれに見合う開明的、そして多様性重視の社会を目指す国内改革を進めていく事が不可避となる処ですが、さてそれに対する用意があるかという事です。 要は、国際的な保護主義の波と国内的な少子高齢化を前に、自由で活力ある社会をどう維持するか、日本の今後への構想と、それに向けた戦略アジェンダを整備し、以って広く議論を通じて有権者に訴えていく事が求められると云うものです。

長期政権の最大の存在意義は、有権者からの信任を全面活用して、困難だが不可欠な課題に取り組む処にあるのです。言い換えれば、それを見失えば、3年後は単に安倍政権の終わりではなく、日本政治にとって深刻な危機を齎しかねないと云うものです。

(2)日米貿易協議(FFR)の行方

トランプ大統領の対日貿易赤字削減要求に端を発した日米通商問題は、9月26日、NYでの日米首脳会談でひとまず決着を見ています。今回の日米首脳会談では、米中間選挙を前に2国間交渉で成果を挙げたいトランプ大統領の意向もあって、日米間の物品貿易協定(TAG)
の交渉開始で合意された由ですが、具体的交渉は米議会との関係で年明けとの見通しです。

さて交渉に臨む日本政府に、東大教授の中川淳司氏は次の三点を提案するのです。(日経9月7日)一つは、日本の農産物市場の開放、次に、知的財産、投資、国有企業の規制、そして電子取引の4分野でTPPを実質的に復活させるルールの提案、三つ目は日本企業の対米投資拡大による米国での雇用創出、です。そして日米交渉でも米国のTPP復帰を粘り強く説得せよと後押しをするのです。つまり、TPPを「21世紀の通商協定のモデル」と位置付けたのはブッシュ(息子)政権からオバマ政権までの歴代米政権。トランプ政権にTPPへの名誉ある復帰を求めて粘り強く交渉を進めることがポストFFRの日本の対米通商政策の目標となると云うのです。それにしても、やはり日本経済成長への構想力の如何が問われる処です。


おわりに 沖縄県知事選と日本のIdentity Politics

9月30日、翁長知事の死去を受けて行われた後任知事選では、オール沖縄を掲げて立候補した玉城デニー氏が、自民党等安倍政権が全面的に支援した佐喜真氏を8万票もの大差をつけて勝利しました。周知の通り、知事選最大の争点は、普天間基地の名護市辺野古への移転の是非でした。玉城氏は「県内に新たな米軍基地はつくらせない」と訴え、8月急逝した翁長前知事が作った保革相乗りの「オール沖縄」の枠組みを再現したのでした。翁長前知事はかつて自民党に属していて、日米安保体制にも在日米軍の駐留にも賛成していたのです。ただ掲げていたのは「沖縄の過重な負担の解消」だったのです。にもかかわらず、安倍政権は翁長氏を反米主義者の様に扱い対決姿勢で臨んだのでした。振興予算を削るなど「兵糧攻め」のようなこともしています。こうしたやり方が結果として翁長氏を引き継いだ玉城氏に追い風となったと思料されるのです。

その翁長前知事を送る県民葬が10月9日行われました。会場では玉城新知事は式辞として翁長氏が主張していた「イデオロギーより、アイデンテイテイー」を繰り返し、その思いと、遺志を引き継ぐと約していました。さてその後に立った菅官房長官が代読した安倍首相からの追悼の辞は、玉城氏が8万票の大差をつけて当選した背景にあるある民意を一顧だにすることもなく、淡々と「沖縄県に大きな負担を担っているこの現状は到底是認できるものではない」、「基地負担の軽減に向けて一つ一つ確実に結果を出していく決意」にあると云うものでした。その直後、参列者からは「嘘つき」などと怒りの声が飛び交い、会場は一時騒然としたのです。この県民葬で浮かび上がったのは県と政府の溝の深さでした。

さて、日米両政府が普天間基地の返還で合意したのは22年前、1996年の事です。今更白紙撤回で、改めて移設先を探すのも現実的ではないでしょう。他方、基地は作ればいいと云うものでもありません。米軍将兵にも生活があり、地元住民の協力なしには円滑な運用は難しいと云うものです。問題はこの二つを両立させるには、どう考えて行けばいいのか、つまり、そのための構想力が改めて求められる処です。12日には、安倍首相は玉城知事と官邸で会談しました。が、安倍首相の姿勢は日米運命共同体の発想から一歩も出ることもなく、17日には政府は県による埋め立て承認撤回への対抗措置を指示したのです。安倍首相はどうも「嘘つき」政治にご執心ようです。(2018/10/26記)
posted by 林川眞善 at 08:32| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする