2019年11月26日

2019年12月号  二人の女性が標榜する’資本主義’のかたち  Reshaping American Capitalism & Surveillance Capitalism - 林川眞善

はじめに Ms. Elizabeth Warren とMs. Shoshana Zuboff

・米上院議員 E. Warren 女史
米国大統領選2020へ、あと1年を切りました。共和党、民主党それぞれは、その大統領選候補者の選択準備に大わらわです。尤も共和党では現職大統領のトランプ氏に対抗できる候補者はないようですから共和党としてはトランプ氏で決定でしょう。
対する民主党は、バイデン元副大統領をはじめとする数名が大統領候補指名争いに名乗りを上げています。その行方は未だしですが、その中にあって、民主党予備選での有力候補の一人と注目されだしているのが国民皆保険制度等を訴えるリベラル、左派とされる元ハーバード大教授で現在上院議員(マサセッチュー州)のエリザベス・ウオーレン女史です。

民主党左派の筆頭候補と見做されているのがバニー・サンダース上院議員。彼は自らをdemocratic socialist,民主的社会主義者と称し、やはり国民皆保険制度の復活を掲げ、富の公正な分配を主張する仁です。さて、ウオーレン上院議員も、富の公正化、所得格差の解消、国民皆保険制度を訴える点ではサンダース氏と同じですが、その為に要する財源確保の点で異にする処、それを以って彼女の人気が今上昇中という処です。と云うのも、サンダース氏の場合、国民皆保険のためには、一部費用について労働者にも負担が必要としていますが、ウオーレン氏は、その財源は大企業への増税と、一部の超裕福層への増税を以って担保すると、11月1日にはその構想を公表していますが、彼女のそうした富裕層への攻撃で所得格差に不満を持つ層を引き付け、多くの若者もそうした考え方に共鳴し出しとされる処です。

勿論トランプ氏はサンダース氏やウオーレン氏の発言に、‘米国を社会主義にするもの’ と、強く批判する処、富裕層や大企業を狙い撃ちする政策はトランプ氏の再選とは別の意味での「悪夢」、になると忌み嫌う向きは少なくありません。だからと言って彼らの議論をただ「過激な議論」として目を背けるのは賢明なことではないのではと、思料するのです。

2016年の英国ではBREXIT問題が起こり、同じ年、米国では異常な発想の持主、トランプなる仁が大統領に選出され、その結果は世界を翻弄させる処です。とすれば、同じ急進派とされるもサンダース氏とは違い、骨の髄まで資本主義者だと云うウオーレン氏が、ハーバードで行ってきた法律問題や経済理論の実践を通じてreshaping American capitalism、もう一つのアメリカの資本主義を創造していくとする主張に耳を傾ける事、しかるべきではと思料するのです。 勿論、彼女が民主党の大統領候補となるという事が決まったわけでもなく、ましてや彼女が米大統領になると云う事でもありません。
が、彼女の発想や行動様式からは、米国の新たな変化のsomethingを感じさせると云う点です。従って、選挙戦の行方を云々することよりも、彼女が描く資本主義とはどういった形となるものか、米国に息づく左派の叫びともいえるその声を、超大国と世界の新たな現実として正面から見据える必要があるのではと思料するからです。

さて、The Economist,Oct.26はCover storyで、彼女の目指す国民皆保険等政策を取り上げ、優しく、しかし厳しく論評を下しています。そこでアメリカ資本主義の在り方を考えていく一助として、彼女の目指す政策について、この論評をベースにレビュー、考察し、以って本稿の第1章としたいと思います。尚、ウオーレン氏の行動とは直接関係する話ではありませんが、この10月25日、1か月続いたGMのストライキが終わりました。12年ぶりに実施されたGMでのストは世界的に注目されたニュースで、米国での労働組合が復活していることを大いに印象付ける処でした。そこで併せて考察する事としたいと思います。
            
・ハーバード大名誉教授、S. Zuboff 女史
さて、ウオーレン政策の合理性について、友人と米国事情の現実に照らしながら議論をする中、その友人から、上述とは次元を異にする、ITの進化が齎す監視資本主義と呼ぶ、もう一つの資本主義について、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授(the Charles Edward Professor emerita at Harvard Business School)のShoshana Zuboff女史が著した近著「Age of Surveillance Capitalism、2019」(監視資本主義の時代)の推薦を受けました。
その内容はIT技術の開発を介してIT各社が如何に資本主義のルールを書き換えつつあり、権力構造をも変えつつあるか、その実状について多くを指摘するものです。本書は3つの章建て(1.The Foundations of Surveillance Capitalism, 2. The Advance of Surveillance Capitalism, 3. Instrumentarian Power for a Third Modernity)そして結論を含めて、全535ペジに及ぶ大部なものです。そこで、本稿 第2章として、彼女の告発的ともいえるその内容について、メデイア情報の力を借りながら、じっくりと学習してみたいと思います。

尚、そうした議論のさ中、10月19日付け日経の第一面では、米グーグル(注)が「 ‘超計算’ 人類の手中に」と、big headlineがまさに躍り、AIに続く革新技術と期待される量子コンピューターの時代到来を謳うのでした。具体的には、米グーグルが理論上の概念だった性能を実証し、最先端のスパコンで1万年かかる問題を瞬時に解く実験に成功したというもので、最先端のスパコンでおよそ1万年かかる計算問題を、同社の量子コンピューターが3分20秒で解く実験に成功したと云うもので、グーグルが「量子超越」を達成したとするものでした。この発表は言うまでもなく量子の実用化競争のはじまりを示唆する処、そこで、この際は併せて考察する事としたいと思います。

   (注)当該グーグル論文「プログラムできる超電導プロセッサーを使った量子超越」は、10月23日付け英科学誌「ネイチャー」に発表され、既存のスーパー・コンピューターを超える性能を独自開発の量子コンピューターで実証したとするものです。まさに偉業とされる処です。

と云う事で、本号論考はハーバード大教員歴の二人の女性の議論に負うものとなりました。


― 目  次 -          

第1章  A plan for American capitalism
 ― E. Warren上院議員が標榜する米経済のかたち

1.Elizabeth. Warren 上院議員   
 ・Ms. Warren, who ?
2.Ms. Warren’s plan
・Ms. Warren, who ?
 ・ウオーレン氏の増税案,等 / ・ウオーレン氏の課題
 ・米労働運動復活の意義

第2章  Surveillance Capitalism
     ― 監視資本主義の時代 

1.監視資本主義
 ・監視社会の改善に向けて
・インターネット企業と政治広告
2.量子コンピューター開発
(1)米グーグル
(2)日本の場合

おわりに  Joseph E. Stiglitz氏の示唆

       ------------------------------------------------------------------

第1章  A plan for American capitalism
― E. Warren上院議員が標榜する米経済のかたち

1.Elizabeth Warren 上院議員

ウオーレン氏が主張するのは一言で言ってAmerican capitalism 再生です。The Economist、Oct.26,2019、巻頭論考では当該構想は、極めて素晴らしいとしながらも、そのマスタープランがあまりにも政府偏重となっている点で問題があり過ぎると云い、もっと民間の力の活用を通じたよりイノベーテイブな、活力ある分野の掘り起こしが必要と指摘するのです。つまり、それこそは米国経済繁栄の中核となるものだとするのです。その概要を以下でレビューしますが、彼女の構想の背景をなすのが彼女のキャリアーとされる処、そこで政策形成の背景にある彼女のキャリアーについてまず、レビューしておきたいと思います。

・Ms. Warren, who ?
彼女は、現在マサチューセッツ州選出の上院議員(1949年生れ)。オクラホマの、さして豊ではなかった家庭に生まれた彼女は、苦労を重ねながら、テキサス大学法学部、ペンシルバニア大学法学部で教鞭をとり、ハーバード・ロー・スクールではtenuredの法学教授となり、連邦倒産法を専門とする学者としてスター的存在だったと言われています。そして、積極的な消費者保護論者であり、消費者金融保護局の設立に貢献したとされる仁です。

彼女の政策スタンスは、他先進国に比し米国がより不公平に置かれている点にあってこれに応えて行かんとするもので、具体的には雇用機会は確かにあるが、賃金は上がらぬままにある事。そして産業の3分の2を占める大企業は大きくなり、高収益を享受するも、労働者はその残りをシェアーする状況にとどまっているとする点で、所得の公正をと、叫ぶ処です。(そうした発想の背景として、彼女の個人的事情、彼女の両親が30年代のDust BowlやGreat Depression を経験した末に、父親は病気で職を失った経験が強く映る処と。)

共和党員やWall Streetでは、そうしたウオーレン女史をsocialistと批判する処ですが、彼女の実際は、企業の公営化も政治主導の信用管理も否定する処です。尤も、彼女は企業に対して、公正さを担保する彼女流のテストを目指すと云うのです。その規制の範囲は驚くほどに広く、因みに銀行が破綻すると商業銀行と投資銀行に分離させ、フェースブック等、IT企業は分断、公共体に移行させる。エネルギー関係ではシェール開発の禁止(これはオイル・マーケットにとってはサウジの締め出しの端緒にはなる処)、そして原発からの段階的離脱。民間健康保険は禁止、それに代わって国による国民皆保険制度の復活、等を叫ぶ処です。

2008年の金融危機の際には、不良資産救済プログラム(TARF)の監督を目的として創設された不良資産救済プログラムに関する議会監督委員会メンバーの議長を務め、オバマ大統領の下、大統領補佐官及び、消費者金融局の財務長官顧問を務めており、民主党のリーダー的存在として、プログレッシブ層からは厚い支持が寄せられる処です。

2019年2月、マサチューセッツ州の党員集会で2020年大統領選への出馬を表明。序盤戦では、国民へ一律の医療保険適用を呼びかけたほか、金融業界批判を展開、報道機関からは先行するバニー・サンダース氏と共に急進左派として扱われていましたが、彼女は自身を、根っからの資本主義者だと主張する処です。そして2019年、夏以降、バニー・サンダースが手術を理由に一時離脱、支持率でトップを走っていたジョー・バイデンが健康問題やウクライナ論争に巻き込まれると、ウオーレン支持率は急騰、10月8日には長らく2番手候補だった彼女が支持率で首位を取ったとする調査結果も現れたのです。

そうした今日に至る彼女の素晴らしい経験とキャリアーが ‘American capitalism再生’を掲げる彼女の野心を際立たせることになっていると云われています。そして、今では政策オタクとして、2020年大統領選への民主党指名候補の先頭を走る存在であり、民間世論調査でも、国民の多くはトランプよりも彼女に投票することになるのではとみられるほどの様相にある処です。勿論、彼女が示す政策には多くの問題ありと、疑問の呈される処です。(後述The Economist 評)例えば、大企業の活動を規制し政治的影響などの抑制を目指さんとする処、大いに評価できるも、彼女のプランが示すことの本質は、heavy re-regulation,規制の強化であり、整理されるべき経済行動を追及するだけで、アメリカが抱えている本当の問題への回答にはなっていないと、批判を呼ぶ処です。

2.Ms. Warren’s plan

さて10月26日付けThe Economistのcover story `A plan for American capitalism’ では、
ウオーレン氏が米国大統領選に臨むにあたって主張する政策(公約)について、素晴らしい内容だが、あまりに政府偏重ではないか。もっとアメリカ経済発展の核ともなってきた民間企業のイノベーテイブでダイナミックな側面をもっと深堀すべきではと、論評する処です。そこで、その論評を追う形でレビュー、考察したいと思います。

・ウオーレン氏の増税案、等
彼女が最大の争点とする経済格差解消、所得の平準化という点では、年収25万ドル超の所得者には15%の社会保障費課税を、又、5千万ドル超の資産保有者には年2%の富裕税を又、10億ドル超に対しては3%の富裕税を科すものとし、企業利益に対しては7%の追加課税を科すこととするのです。そして大企業のすべては連邦政府に許可申請を行う事とし、仮に被雇用者、顧客、当該地域の利害を繰り返し担保することができない場合には、営業活動を取り下げるとするのです。そして労働者は経営ボード・メンバーについて5分の2を選出するものとするのです。

次に、ウオーレン政府としては、貿易の安定した発展のためにはドル価値の安定維持が不可避としてそのために積極的介入、actively manageを目指すとしています。(これはトランプ政策と同じ路線と映る処ですが)またinequality 不平等な取引環境の改善のためとして、non-compete agreements 、競争排除の取引協定については、労働者の所得機会や職場の移動を阻害する点で、反トラスト法の強化をもって当該協定の消滅を図るとしています。が、これら行動は、ややもすれば保護主義に通じかねないと云うのです。 また、仮にインフレとなった場合、低所得労働者支援のためには、彼女のプランでは政府による最低賃金を5年間にわたり$15に引き上げればできるとする一方、富裕層の人には増税を求めるとしているのですが、実践的には難しい状況にある処、等々です。(注)

    (注)トランプ米大統領は11月12日、NYで演説し、「税や規制緩和で経済を刺激したい。経
済再生の中核は過去最大の減税で、法人税率も更に下げられる」(日経11/14)と発言、民主党
の格差是正のため富裕層への増税政策と対比し、税制改革が政策論争の焦点に浮上する様相に。

・ウオーレン氏の課題
ただ、こうしたウオ-レン構想が実行されたとして、米国のfreewheel、自由活動の基軸が極めて強い衝撃を受けることが懸念され、長きにわたり、彼女のagendaが定着していくとなると、経済のバイタリテイが失われていく事が否定できないとエコノミスト誌は云うのです。因みにJPモルガンのJ.ダイモンCEOなどはウオーレン氏の発言に、「成功者を中傷するもの」と批判の高まる処です。そこで問題は、彼女が政府と向き合う際の姿勢の如何だと云うのです。 つまり政府のbenign & effective (優雅さと実効性)をどの程度に信を置いていくかという点です。彼女の実績として挙げられるのが2011年の消費者金融保護局の創設です。これは当初はよく機能した由でしたが、時間の経過とともに重荷になり政治的に押し付け合う存在となってきたと云う現実です。

もう一つはビジネスへの彼女の姿勢です。彼女はアメリカのミドル・クラスの支援を通じて経済を活性化すると云うのですが、アメリカ経済発展の基本は市場にあり、その市場の持つパワーを聊か軽視している事だと云うのです。つまり、資本、労働者の移動を促進し、生産性の低い企業を整理し、よりイノベーテイブな組織に脱皮させ、活性化していく必要のある処、そうした市場の持つダイナミックな活力への認識が乏しい事が問題と云うのです。言い換えれば、創造的破壊なくして、如何に政府機能を活用しようが中長期的な生活水準の向上は期待できないと批判する処です。まさに経済の見方の分かれる処です。(注)

    (注)リベラルの米国流定義:国家の役割を肯定しつつ、市場のへの介入で個人のリスクを肩代
わりすることで、分かりやすく言えば「政府の規模をある程度大きくして、社会保障の充実な
どにより、格差の少ない安心できる国づくりを目指すこと」なのです。

そこで当該記事では、「she needs to find more room for the innovative and dynamic private sector that has always been at the heart of American prosperity 」と、アメリカ経済繁栄の土台たる‘民’ の力を引き出す政策を目指すべきと、締めるのです。

さて、ウオーレン氏の公約は、要は、大企業や富裕層への増税をテコにした再分配政策という事で、リベラル派として所得再分配を図らんとすることは理解する処です。所得再分配を通じて、富の移転が起こり、瞬時富の平準化、経済格差の解消が進むことになるのでしょう。ただ気がかりなことは、今後の論戦の中で明らかとなっていく事でしょうが、長期的な持続可能性をいかに担保していくかです。つまり、国を成長させ、維持することなくして人々の生活の安定は確保できません。その点では、エコノミスト誌が言うように民間の力を引き出すような政策が求められる処でしょう。そこで、この際はequal opportunityを生業とするリベラルの政治家としては格差是正を目指すも、長期的に、progressiveとされる米経済学者らが提唱する「ハッピネス(happiness)」を座標軸に置いた持続可能な政策を打ち出してみてはと思うのです。勿論、まだ時間はあります。

・米労働運動復活の意義
処で、上述左派の動きに呼応したわけではないでしょうが、9月から10月にかけて米大企業GM工場で12年ぶりに全米自動車労組(UAW)のストが実施され、すわ米国で労働組合活動の復活、`Organised labour is back’(Financial Times,2019/9/28)と、世界に強く印象付けたのです。ストにはUAWに加盟するGM従業員約4万6000人が参加した由で、ストの目的は労働協約の改定、つまり昇給等、待遇改善要求でした。さて、このストが今、起きた事の意味はどういったことなのか? 米国では過去数十年間にわたり労組は加入者数と活動の双方で衰退してきています。ただ、急激に拡大する格差や老後の不安、世界的な基準から見てお粗末な医療制度にあって増大する医療費、経済的に脆弱だと云う意識が高まる中、大勢の人がうんざりし、労組が復権したと云えそうです。

10月25日、労使は待遇改善で合意、ストは解除されましたが、同日、GMメアリー・バーラCEOは「賃金と福利厚生を改善し、追加投資と雇用を実現した」(日経10/26)と声明を出していますが、こうした一連の流れ(注)からは、金融指向の経済から所得拡大が原動力になる経済へと、転換する時期を迎えているのではと思料する処です。であれば、上述ウオーレン氏は、こうした流れをいかに吸収していくかが大きな課題となる処でしょうか。

     (注)自動車大手の人員削減:GM等、日米欧の自動車大手の人員削減の合計人数は7万人超
と報じられている。その背景は新車販売の変調にあり,リーマン後も新興国への投資を通じ
て、車の世界生産台数は17年まで増え続けていたが18年は生産台数も前年比1.1%減の
9563万台と、09年以来の減少に転じている。上記バーラCEOは「顧客の嗜好の変化に対
応した生産能力を確保する」(日経’19/11/17)としているが、従来の大量生産モデルの限界
を示唆する処。尚、GMストでも10月の米雇用(非農業部門)は12.8万人の増加の由。


第2章  Surveillance Capitalism
― 監視資本主義の時代― 

1.監視資本主義

「監視資本主義の時代」で、著者のズボフ氏は、米グーグル、米フェースブック、中国のアリババ集団、テンセント等の企業は、消費者を「監視」して様々なデーターを収集・分析し、それを‘資源’に,かつてない規模で効果的に人の行動を先読みすることで稼ぐ、新しい形の資本主義、つまり監視資本主義を開きつつあると云うのです。

そしてこの監視資本主義はやがて、人間の個々の行動や経験を予測し、マネタイズするためだけの材料にしてしまい、個人ではもはやそれにあがなう事が出来なくなるインストロメンタリアニズム(instrumentarianism)という新たな恐るべき権力形態に変貌する危険があると指摘するのです。そしてこの形態への変化は、中国で既に最も目に見える形で始まっているともいうのです。勿論これら主張はいささか誇張のある処かとは思われますが、同時に、個人のレベルのプライバシーの保護と云った問題だけではなく、社会全体を見る必要もあるとも指摘する処です。そして彼女の主張の中心のひとつは、監視資本主義が今のような姿になったのは残念ながら、これが必然なことではなかったと云うのです。

つまり2000年にドットコムバブルがはじけて以降、グーグル等、IT企業は何としても利益をねん出する必要があった処、とりわけ2001年の9・11同時テロ以降、各国政府も利用者を監視する必要から、情報収集についてはいわば暗黙の共謀者だったと評するのです。そこで、ズボフ氏はこの邪悪な収益化装置の電源プラグを様々なデジタルサービスの裏側から抜いてしまえば、社会は遥かによくなると主張するのです。

・監視社会の改善に向けて
さて、IT企業が享受する巨大なネットワーク効果と、彼らの巨額の資金力を背景とした影響力を考えると、どうすればその電源を切れるか、容易にはわかりませんが、それでもよりよい方向に向かう為にはと、Financial Timesのコメンテーター、John Thornhill氏 はFinancial Times (2019/2/11、電子版)のオピニオン欄で、Artificial intelligence(AI)と題し、We must train the capitalist algorithm ourselves , Governments in the meantime have to become smarter in dealing with the big tech companiesだとして、‘government regulation’ , `market competition ‘ そして `individual action’ (個々人の行為)の3点を挙げるのです。

まず、政府の取り組みについては、現在政治家は、IT業界に対しては不器用で場当たり的対応を繰り返しているが、プライバシー保護とデーター利用の面で、規制当局が散発的な対応を改め、もっと体系だった対策を組めば改善が見込めるはずというのです。次に、「プライバシーを織り込んだ設計」が消費者にとって魅力的なセールスポイントになれば、そこを巡る競争が起こる。つまり公的規制より、IT企業間の競争を促す方が効果的ではと云うのです。 そして、いまデジタル的にプライバシーを保護する有効な仕組みやサービスがいくつも登場してきているが、そのどれかが、既存の大手に立ち向かえるほどの速さで規模を拡大できるかどうかが、将来を決めると云うのです。そして詰まるところ、その決定権を握っているのは我々だとし、つまり資本主義のプログラムを育んでいくためのデーターを提供しているのは我々だからと云うのです。

・インターネット企業と政治広告
折も折、米国では今、インターネト企業の間では政治広告の取り扱いを見直す動きが加速しだしていると云われています。そうしたネット企業の政治広告への注目が高まる背景には、利用者の閲覧履歴を分析し、趣味や思想などを高度に推定できるようになった事情があると云われています。つまり、ネット分析の技術を使えば、一部の有権者に重点的に広告を配信でき、選挙での投票をゆがめるとの批判です。ツイターは全面的に掲載しないと発表したのに続き、グーグルも制限するとしたのです。但しフェースブックは思想の自由や知る権利を理由に政治広告を続けるとしているようです。トランプ大統領の陣営がネット広告を多用していることを背景に、野党民主党を中心に政治広告そのものへの批判を強めだす処、各社は難しい判断を迫られていると云う処でしょうか。

ズポプ氏の提示する課題に応えて行くとして、要は規制、競争、そして個人の自覚の三位一体で応えていく事と思料するのですが、上述IT企業はさることながら、一般消費者にとっても難しい局面を余儀なくされていく事になるのではと、多少の危惧を禁じ得ないのです。

2.量子コンピューター開発

(1)米グーグル
さて前述の通り、米グーグルが英科学誌「ネイチャー」に発表した論文「プログラムできる超電導プロセッサーを使った量子超越」で、既存のスーパー・コンピューターを超える性能を独自開発の量子コンピューターで実証したこと、つまりグーグルが「量子超越」を達成したことで、AIに続く革新技術と期待される量子コンピューター時代の到来と、メデイア(日経2019/10/19)の報じる処でした。つまり、現在のスーパー・コンピューターの15億倍もの性能を持つ次世代コンピューターの登場が現実味を帯びてきたと云うものです。

米グーグルが現在のスパコンでは困難な問題を簡単に解ける量子コンピューターの開発にメドをつけたためで、産業や金融から軍事までその形を一変させる可能性を秘めると云うのです。まさに、これがインターネットやAIに匹敵する技術のブレークスルーとなる事言うまでない処です。量子コンピューターは「量子力学」という物理法則に従って動くものです。従来のコンピューターは「0」か「1」で情報を表すのですが、量子力学では「0であり、かつ1でもある」という特殊な状況が起こりうると云うものですが、この仕組みを利用した「量子ビット」と呼ぶ計算単位を使う事で、膨大な情報も纏めて処理できるとされるものです。

グーグルは今回、53個の量子ビットを実現し、乱数をつくる計算でスパコン超えの実証をしたと云う由です。計算能力が足りないために、解決しない難題が多いとされていますが、例えば、都市部の渋滞解消への取り組みが可能となると云うものです。現在は無数の車が夫々の都合で走り、渋滞を招く1台ずつが進む道を短時間に計算するのは困難ですが、量子コンピューターを使い、車ごとに「渋滞を起こさない最適ルート」を指示できれば解消に役立つと云うのです。AIによる画像や言語等の処理も短時間、省エネにもなろうと云うものです。また、計算力を生かし、個人の体質に合わせて薬を作り分けるような新たな医療の誕生も後押しできるとされる処です。

余談ながら、筆者が所属しているある研究会で、AIの進化の話がありその際、AIが人間の知能の領域を超える「シンギュラリテイ」の可能性が話題となりました。が当時、これは「量子力学」の世界の話だとされ、個人的には特段の結論を得られることなく今日に至ったままにあり、同時に国立情報学研究所の新井紀子教授が彼女の著書「AIvs 教科書が読めない子どもたち」の中で、自分は数学者として「シンギュラリテイ」は来ないと断言されていたこともこれありで、量子コンピューターの到来に強い関心を持ってきた処でした。

今次のグーグルの実証は、まさにシンギュラリテイの可能性を確実にしたものと思う処、これが実用化にはまだ20~30年かかるとされていますが、AIと組み合わせて影響は世界に及ぶこと云うまでもないことでしょう。という事で、今回の発表は量子の実用化競争のはじまりを示唆する処と思料するのです。

勿論、門外漢の筆者には高度な技術進化など理解の届く処ではありません。が、その進化が社会を一変させるもことにもなる、つまり経済社会にDisruption、創造的破壊をもたらすであろうことは容易に創造できる処です。勿論、前述ズボフ氏の指摘にあるように、全てがいいことばかりではないでしょうし、positiveな側面のある一方で、negative な効果をもたらす処、例えばその変化が国の覇権をも左右することになることも認識される処です。となれば、そうした技術進歩の速さが齎す、権力を巡る闘争は如何様に進むか、ズボフ氏指摘の文脈とも重なる処、この際は主要国の量子コンピューター関連の技術政策(注)も含め、ある程度において承知しておく必要があるものと思料する処です。

    (注)世界の量子コンピューター関連の技術政策(日経ビジネス、2019/11/05 )
      ・米国:「国家量子イニシアテイブ」(2018)で、5年間で13億ドルの投資を決定
      ・中国:「国家重点研究計画」(2018)で量子を重点分野に。合肥市に20年完成予定の国家
          実験室、総工費は70億元(約1200億円)
      ・欧州:EUが量子技術の先端研究プロジェクトに18年から10年間で10億ユーロを投資
     
(2)日本の場合
では日本の実状はどうか? まず民間主導の研究対応ですが11月14日、NTTが、米NASAやスタンフォード大学などと共同で、光通信技術を応用した新しい方式の量子コンピューターの開発に乗り出す旨を発表したのです。量子技術の開発では日本は、基礎研究では先行していたものの商用化では後れを取ってきたと云われていましたが、今後、グローバルな開発体制を整え、米グーグルや、米IBMそして中国勢を猛追することが伝えられる処です。量子コンピューターは、前述する通り、AIと並びイノベーションを創出する両輪に位置付けられる処です。暗号解読など安全保障分野への応用も期待され、中国は国家を挙げて猛追する処です。量子コンピューターの登場までにはまだ時間を要するようですが、NTTはこれまで国内中心だった研究開発のグローバル化にカジを切り米中の主導権争いに加わるとの由(日経2019/11/15)、期待する処です。

尚、今朝の日経(11月26日)は東芝が量子技術や独自に開発したアルゴリズムを使って、外国為替の裁定取引で利益を狙う超高速マシンを開発したと報じています。同紙によると前述グーグルの量子コンピューターほどの性能ではないが、冷凍機などの特殊な設備は必要とせず、実用化に向けたハードルの低さが強みで、その性能を試したのが外為取引だと云うものです。東芝は高速取引業者として金融庁への登録を検討している由で、既にそのための体制整備、人材の確保等、が始まったとされています。金融業界の内外技術力格差は広がる一方と云われています。今回の東芝の革新的技術は新たなフィンテック領域を開拓できるなど、金融業界が勢いを取り戻すきっかけとなるものと期待を高める処です。

おわりに Joseph E. Stiglitz氏の示唆
                
東西世界を分断したベルリンの壁が崩壊したのが1989年11月9日。分断の緊張から解き放たれた世界は来るべき自由に大いに沸きました。そしてF.フクヤマ氏が「歴史の終わり」を著し、共産主義の退潮と民主主義の勝利を見通したのでした。あれから30年。そこには同氏の見立てとは異なる世界が広がっています。

・ステイグリッツ氏の示唆
さて、米コロンビア大教授、Joseph E. Stiglitz氏は、現下のそうした世界の状況を巡って、‘The End of Neoliberalism and the Rebirth of History’と題する11月4日付け小論で、次のように指摘するのです。 ― The only way forward, the only way to save our planet and our civilization, is a rebirth of history. We must revitalize the Enlightenment and recommit to honoring its values of freedom, respect for knowledge, and democracy.
つまり、今こそ「歴史の終わり」ではなく「歴史の再生」が必要だと。そして、それは自由、知識、民主主義の尊重を再確認することだと、云うのです。

30年前、東西冷戦で勝利宣言した国々が、民主主義や市場経済の制度疲労に向き合い、新たな分断を招きかねない経済・社会問題を解決するモデルを示せるかが問われる処、勿論、日本もその例外にあるものではありません。

その日本の政治の実情はと云えば、今次国会では毎年4月に行われている安倍首相主催の「桜を見る会」を巡り、「国民の税金で地元有権者を招待している」、首相夫人も一枚絡んだ公費の私的流用と野党から追及されるや、安倍首相は、来年度の開催は中止と急遽変心、傷口の拡大回避の、まさに損切の様相です。先月、10月には1週間で、二人の大臣が辞任すると云う異常な事態に安倍首相は、いつものように任命権者としてその責任を感じていると、インタビューでは応じるものの、一体どのような責任を取ってきたと云うものか。
経済政策では消費税を引き上げ、庶民の生活を圧迫する一方で、公金を以って数千人の支持者を「桜」の会に招く等、民主主義政治とは何だろうかと、改めて自問させられる処です。2012年12月以来、7年間という長期政権の座にとどまる彼の政治姿勢は今やautocracyさえ実感させる処、来春、衆院解散かと、巷間、噂に上るも故なしとされる処です。

改めて自民党、安倍政治に対し、野党も含め、国民の凛とした姿勢が期待される一方、上述ステイグリッツ氏の指摘など理解できそうもない政権には退出をと、思うばかりです。

以上(2019/11/26 記)
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2019年10月26日

2019年11月号  いま、英米を覆う民主主義の危機 - 林川眞善

はじめに:On September 24th, in New York

9月24日、国連総会に出席のためにNYに居合わせた二人、英国首相 ジョンソン氏、と米大統領 トランプ氏の二人は同じタイミングで、それも、自国の法律に違う行為を行ったとの事由で問われる‘屈辱の瞬間’を共にしたのです。

まずジョンソン氏。この7月 、‘何が何でも10月末に英国はEUから離脱する’ を公約とし、メイ前首相の後継として英国首相に就任。爾来、公約達成のためと強攻的な議会運営を進める中、議会でのBREXIT議論の進捗に苛立った彼は、そこでエリザベス女王に助言をし、9月10日から10月13日まで「議会閉会」を決めたのです。BREXITに係る議論の棚上げを狙うものでしたが9月24日、これが「違法」と最高裁は裁定したのです。(注:本訴訟はEU残留派のスコットランドの議員や弁護士らが起こしたもの)

つまり、「下院は国民の代表として、この大きな変化について意見を云う権利がある。この国への民主主義への影響は甚大だ」(ヘイル裁判長)として議会の停止は違法で、無効とするものでした。違法性が確定したことで、ジョンソン氏の政治的立場が一段と厳しくなるのは必至の処、ジョンソン氏は裁判結果には強く失望したとコメントしたものの、英議会は最高裁判決を受け、25日には再開。今回の判決で司法までが強権的な政権運営に待ったをかけたわけで、まさに‘Britain’s constitutional guardians strike back ’(Nicholas Reed Langen ,Sept. 26)、最高裁は英国の民主主義を守ったとされる処です。

一方のトランプ氏。9月24日、ペロシ米下院議長が、トランプ大統領の弾劾に向けた調査を開始すると公表したのです。理由は、7月下旬にトランプ氏がウクライナのゼレンスキー大統領と電話協議し、米国の軍事支援の見返りに、ウクライナのガス会社で幹部を務めていたバイデン前副大統領の息子について調査するよう要請した事、そして、当該会話内容が安全保障に悪影響をもたらすと判断した情報当局者が監察官に内部告発した事で、疑惑が一気に浮上したと云うものですが、ペロシ氏が問題視したのは、国家情報長官代行が内部告発の内容について報告を拒否した点(日経9/25)とするものでした。更に、ペロシ氏は報告拒否を「法律違反」と断じると共に、「誰も法を超越できない」とする処です。

周知のとおりバイデン氏は2020年大統領選ではトランプ氏に対抗する民主党最有力候補と目される仁で、従ってライバルを陥れるために外交を政治利用した行為と非難する処です。

かくして大西洋を挟んだ、かつての大国?英米の為政者二人が、同じ場所で、しかも時を同じくして法違反と突き付けられる事態に、言い換えれば「法の支配」を何のそのと振る舞う姿に、これまで英米が矜持としてきた「民主主義」への不信を呼ぶ処、すわ~「アングロ・アメリカン・デモクラシイ」の危機と、世界の耳目を集める処です。米コロンビア大学教授のJeffrey Sachs 氏はかかる現状について,この夏 米論壇Project Syndicateで `The Crisis of Anglo-American Democracy ‘ (2019/7/25) と題し、危機を齎しているのが ジョンソン首相でありトランプ大統領と、激しく批判する一方、現実的問題として、彼らを国のトップに仕立てた選挙制度にあると警鐘を鳴らすのでした。
そこで本稿では、今英米で起きている二つのpolitical issues、英国のBREXIT問題とその行方について、フォーカスし、また米国でスタートしたトランプ氏に対する弾劾調査の現状、その問題提起の本質につて、次期大統領選とも絡め解析予定です。が、その前に、これら問題点を理解するためにもまず、サックス論考をレビューする事から始めたいと思います。


― 目 次 -

第1章 The Crisis of Anglo-American Democracy
― アングロ・アメリカン民主主義の危機

第2章 混迷の様相深める英米の政治

[2-1 英国 ]              
1.英国政治とBREXITの行方
(1)ジョンソン政権の対EU新提案
  ・新提案とEUの合意
  ・ボールは再び英国議会に
(2)英国政治の対欧政策総括

2. 今後の英国の可能性
(1)英米の「特別な関係」の行方
(注)Battle of Britain
  ・The post-BREXIT cost of special relation
(2)英・EU関係の課題           
  ・英・EU安全保障対応

[2-2 米国 ]
1. トランプ大統領の弾劾調査

2. ペロシ議長のアクションが意味すること
・「リベラル」が擁護する法の支配

おわりに ‘イングランド’物語、二題      
  ・英旅行会社「トーマス・クック」破綻
  ・「ラグビー W杯、2019」

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         第1章 The Crisis of Anglo-American Democracy

米コロンビア大学教授のJeffrey Sachs 氏は、世界で最も敬うべき、優位な民主主義が、米国ではドナルド・トランプ、英国ではボリス・ジョンソン(彼は英国のトランプと呼ぶのですが)という二人の政治家が、如何に機能不全に至らしめてきたかと、その危機感を露わとする処です。そしてトランプのような人物を大統領にしてしまった最大の要因は何か? 結局、現状からは選挙制度にあると断じるのです。それは「民主主義の死に方(How Democracies Die)」(ステイーブン・レビッキ/ダニエル・ジブラット著、2018)が示唆する現代の民主主義の崩壊は軍事的クーデターではなく、「選挙で選ばれた独裁者」により合理的に成し遂げられるとの主張と文脈を同じくする処、事のrealityを図るためにも、Sachs氏の論考「The Crisis of Anglo-American Democracy」を以下にレビューします。

・トランプ氏とジョンソン氏の行動様式
両者について、アイルランドの心理学者、Ian Hughesが言う`disordered minds’ (心的異常者)の持主とした上で、それぞれの政治行動の異常さを指摘するのです。

まずトランプについては、常習的な嘘つきである事、レイシズムの主導者たる事、大規模な税金のごまかし、例のマーラ特別検察官レポートへの司法の介入、更には20件に及ぶ女性スキャンダル、等々人格的欠陥を指摘したうえで、政治活動について以下指摘するのです。
つまり、彼の行動は、ますます政治パズルを展開するが如くで、彼の政策は一般大衆の声を映すことは珍しく、彼の政策上のレジェンドと云えば2017年の減税法ぐらいで、理解に苦しむ事と云えば、気候温暖化対応に係る彼の立ち位置、移民の受け入れ、メキシコ国境での壁建設、社会保障経費の削減、更にはイラン核合意からの離脱、等々、不人気なアジェンダについては、とにかく大統領令を発令し、その具体化を強行することだとするのです。

ジョンソンについても彼のpersonal behavior から、まさに自制のきかない、常習的な嘘つきとした上で、 彼が2016年のBREXIT問題では不誠実なキャンペーンを張っていたこと、当時、英国の外務大臣ながら、国家秘密情報、一つはフランスのリビヤに係る情報、もう一つはイランにつぃての英国の情報、を漏らすような人物と品定めしたうえで、更に彼の旗印のBREXITについて、EUとの離脱交渉時、2016年国民投票時の離脱キャンペーンの数々が虚言であったことが分かってきたことで、国民及び議会の大半も、反BREXITに転じてきており、合意なき離脱に強く反対しているが、ジョンソン氏は交渉に失敗した場合は、合意なき離脱となると云うだけだと、批判する処です。

要は貿易や技術の発展と共に他に追いやられてしまった、時代に取り残されたと思う高齢の保守層の存在がカギだと云う事ですが、これをトランプ氏の場合、公民権運動、女性人権問題等を貿易戦争や技術移転問題にすり替え、またジョンソン氏は高齢有権者にたいして非工業化を訴え、そして過去の英国の栄光を思い焦がれる人たちに訴えることで、彼らからの強い支持を得ているとするものです。言い換えると、権力者には二つの民主主義があって、従って不人気な政策でもやってしまえると云う事になると、するのです。

勿論、それですべてが説明されうるものではなく、この二人とは反対の立場にある米国の民主党、イギリスの労働党のいずれも、グローバル化で置き去りされたとする労働者に対して、次なる仕事に向けた誘導が必要な処、十分に説明できていない事が問題と指摘するのです。そして、トランプ、ジョンソン両氏が進めんとする政策 ― 米国では富裕層に向けた減税、英国では合意なしのBREXITの追求 ― は両氏の個人的な思い込みに沿った行動結果とは言え、両氏のような人物の台頭は構造的な政治の欠陥を映すものと、強調する処です。

・問題は選挙制度 (Winner-take-all-rules)
さて、こうした政治的混乱を齎している最大にして共通した要因は、今や、政治の場に代表者を送り出す制度、具体的には「first-past-the-post voting systems」(比較多数得票方式)(注)にあるとするのです。

   (注)比較多数得票主義:得票数が投票総数の過半数に満たない場合でも最も多くの票を得
   た候補者が当選するシステム。この下では、政党は当該候補者が最も多くの票を獲得しな
い限り議席を獲得できない。これにより小政党は選挙で勝つことが難しい。

米国の場合、いま共和党を支配しているのがトランプ氏だが、共和党員と自覚するアメリカ人は僅か29%、一方、民主党員の場合は27%、そして独立系とするものが38%。単独の党としては不安定だが、2016年の選挙ではトランプ氏はヒラリー・クリントン氏より得票数では劣後していたが、Electoral College (選挙人団)のおかげで勝利したと云うのです。

2016年の場合、Eligible Americans(有権者)が投票行動を起こしたのは僅かに56%、トランプ氏が有権者から得た支持は27%。つまりトランプ氏が支配する共和党への支持は有権者の3分の一にも満たず、従って政治の現場では、法令を以って政治が動かされている事になるが、これには危惧の念を禁じ得ないと、云うものです。 英ジョンソン氏の場合、およそ10万人の保守党員がジョンソンをリーダーに選び、それが首相に繋がる処、これが全体の承認率が31%にも拘わらずと,指摘する処です。

Political scientistは、二大政党制の下では投票者のmedian voter (中位数)が代弁する事になると云う。と云うのも各党は投票者の半数プラス1票の獲得を目指して行動を起こすからと云うのです。一方、英国の場合、BREXITに反対するmajor party(有力政党)は見当たらないがが、ただ制度として、一つの党派でも一つの政党(one faction one party)として、有権者の多くが反対する事案について、国のため継続的に政策選択することを可能としていますが、ここでも忌まわしいことは、大きな意見対立があってもWinner-take-all-rules(勝者総取り)の政治システムが故に、二人のような危険な性向を持った政治家に国家権力を与えてしまう事になっていると、云うのです。勿論、政治制度に完璧はなく、常に改善されていくべきだが、今日の環境にあって時代めいた勝者総取り制度のお陰で、世界で最古の最も素晴らしい二つの民主主義が上手く機能しなくなった現状に警鐘を鳴らすと云うものです。 

さて、サックス氏のこうした実践的な指摘に特段の異論はありません。が、結果のすべてを選挙制度のせいだと言うには依然無理のある処、基本的には有権者の合理的な投票行動に期待、となるのでしょうが、その基本は‘教育’に尽きる処ではと、痛く思うのです。

               
    第2章 混迷の様相深める英・米の政治

[ 2-1: 英国 ]

1. 英国政治 とBREXITの行方

(1) ジョンソン政権の対EU新提案   
前述の通り英最高裁は、9月24日、EU離脱を目前に控えたこの時期に議会を閉会するようジョンソン首相が女王に助言し、女王自身が違法な行為を働くよう仕向けられたとの判断を示し、「民主主義の根幹」(the fundamentals of democracy) に対する今回の侵害について政府は「適切な理由どころか、如何なる理由も提示しなかった」との判決を裁判官の全会一致で下した(The Economist `Sept.28 ‘The Reckoning’)ことで、ジョンソン氏の強硬策は封じられることになったと云うものです。Financial Times, Sept.25,2019 は「The prime minister’s unlawful conduct has been called to account」(首相は不法行為に対して申し開きを)と社説を以って糾弾する処です。

長期閉会の違法性が確定したことでジョンソン氏の政治的立場は一段と険しくなるのではと思料する処、ひるむことのないジョンソン氏は、先に予定されていた10月2日の党大会に登壇, 10月末の離脱に向けた公正で合理的な最終案をEUに提示した旨,発表したのです。

・新提案と、EUの合意
EU離脱協議で最大の焦点は北アイルランドの位置づけでした。つまり北アイルランドと地続きのEU加盟国アイルランドの国境をどう扱うか、具体的にはベルファスト合意(1998/4)のポイント[英領北アイルランドとアイルランド共和国間の国境往来は自由、国境は作らない] との整合性をいかに堅持するかにありました。 
これまでの協議では国境問題について、英・EUは過去の紛争(北アイルランド30年紛争)再発防止のため物理的な国境を設けない方針で一致していましたが、税関を設けず関税を徴取する方法が見つからず、そのため従来の協定案では具体策が見つかるまで英国がEUの関税同盟に事実上とどまる「バックストップ」(安全策)を盛り込んでいたのですが、これでは英国の自主性が保てないと英議会が反発、協定案は3度に亘り否決されてきたのです。

が、今次新提案ではその安全策を削除、これに代え「二つのborder(国境)を導入すること(the creation of two new borders: a customs frontier in Ireland and a new regulatory frontier between Northern Ireland and the rest of UK) 、そして、農産品や工業製品などの基準やルールに関しては、北アイルランドに限りEUルールを受け入れる方針を明示。但し、EUルールに従い続けるかどうかは、北アイルランド自身が4年ごとに判断することとする」と、貿易面では半ば外国扱いする案を打ち出し、EUと合意したのです。(注)

(注)ただアイルランド島の国境付近での税関業務を省略できるよう、北アイルランドに限
り関税手続きをEU基準に合わせる方向が出されている。尚、EUのバルニエ首席交渉官は
記者会見で、英国とEUが関税をゼロにするFTA協定を目指す考えを明らかにしている。
また物品検査の手続の諸略のため、北アイルランドに限って農産品、工業製品等でEU基
準を引き続き適用する事、北アイルランド議会には。4年ごとにEU基準の適用継続を判断
できる権限を付与する。(日経、2010/10/18)

ジョンソン首相としては、要はEUとの関税同盟を早期に抜け、通商政策の主導権を取り戻すのが最大の狙いとする処、果せるかな、英国とEUは10月17日、EU欧州委員会で、英国提案の離脱条件を定めた離脱協定と英EUの将来関係を盛り込んだ政治宣言の改定案とも併せ、合意をみたのです。

・ボールは再び英国議会に
EUが新たな離脱案を受け入れたことで、ボールは再び英議会に戻され、次なる焦点は、10月19日の英議会で、英政府がEUと纏めた新たな離脱案が承認されるかに移ったのですが、果せるかな、当日の議会では、EUとの離脱合意案の採決は、離脱合意案を英国内法に落とし込む法改正が未だ済んでいない事を理由にそれが済むまでは採決は保留となったのです。

政府は9月に成立された離脱延期法の下では、19日までに議会が承認しなければ、2020年1月末まで3か月延ばす申請を義務付けられており、従って19日深夜、ジョンソン首相はとりあえずEUに対して10月末からの離脱延期を申請しています。とは言え、依然、彼は10月末の離脱を目指すとしており、ジョンソン政権は22日には「議事進行動議」を出していましたがこれも却下。議会での与党は過半数割れの状況にあって、さてジョンソン氏に残された次の一手は解散総選挙? という次第で、離脱への道筋は今尚、見えない状況です
(注:10月24日、ジョンソン首相は12月12日総選挙を提案。28日に採決の見通し)

2016年6月23日、国民投票で僅差ながらEUからの離脱方針を決定してから3年半、円滑な離脱を実現するはずの処、時間は浪費され、「離脱」か「残留」かと、英国の分断を巡る議論は今も埋まらぬままにある処 これがジョンソン氏の行動が齎してきた結果でしょうが、その光景は「民主主義国家のモデル」とされた英国の凋落を見る思いです。

尚、英国の動向についてはBREXIT絡みで見極めていく事になる処、その為にもこの際は、その背景となる英国政治のトレンドを総括的にレビューすることとしたいと思います。

(2) 英国政治の対欧政策総括
まず、今日に至る英国の発展の生業に照らすとき、ジョンソン氏ら離脱派が「BREXITで世界に開かれた英国になる」というその弁は、とても理解し難く、仮に離脱ともなるとEU残留を目指すスコットランドが独立するなど、連合王国の一体性が揺らぎ、イングランドとウエールズだけになれば国際社会での存在感や重要性が各段に落ちること避け難く結果、英国という国の衰退さえ、覚えるほどに忌まわしさを禁じ得ないのです。

そもそも、EUとその巨大市場を狙う外資に依存する英国がEUを離脱し、外資に逃げられて、生きられることなどないはずです。また英国の対欧州政策も結果として失敗の繰り返しだったと斯界の多くは指摘する処です。そして、今日見る混迷する姿は、世界の政治の模範だったはずの英民主政治の堕落の結果と評される処です。では、何がそうさせたか?です。

周知の通り、EUに関する国民投票は今回(2016年)が2度目です。前回は1975年で英国がECと呼ばれた経済統合に加わった2年後でした。加盟を実現させたヒース保守党政権はグローバル化戦略を成長政策と位置付けていたものの、石油危機による景気悪化のあおりを受け、保守党は74年総選挙に敗北。政権に返り咲いた労働党ウイルソン首相が国民投票を仕掛け結果は残留が67.2%,離脱が32.8%と今回とは対照的。しかも、二大政党共に残留、離脱両派を抱えていたのです。残留派は「欧州の中の英国」、離脱派は「国民投票運動」と、二つの団体が党派を超えて争っていたのです。

つまり、戦後チャーチル首相は「欧州合衆国」構想を提案していましたが、英国は「中に入らず、共にある」と欧州大陸と一線を画していました。之には米英ソによるヤルタ体制の意識が抜けなかった為とされる処です。また冷戦終結後、79年から11年半首相の座にあったサッチャー氏も独仏主導のユーロ創設に反対、これが大欧州への潮流に乗り遅れたともされる処です。そうした文脈の中で、EU内での孤立化を防ごうとキャメロン首相が2016年、EU残留を国民投票に委ねたのも失敗だったとされる処です。

こうした英国政治の度重なる失敗は歴代首相たちの抜きがたい大国意識からきていると評される処、言い換えれば過去を追う意識から脱し、新たな世界観を枠組みとした国家運営を目指すべきと云う事でしょう。同時に英国として新たな国際関係を創造していくことのはずですし、その限りにおいて期待したいと思います。 ただ、前述の通りBREXITの顛末は現時点では読み切れませんが、「特別な関係」と云われてきた英米関係の変化、そして、勿論のこと、EUとの関係、日本との関係が気になる処です。

2. 今後の英国の可能性

(1) 英米の「特別な関係」の行方
かつてチャーチル英首相はアメリカとの関係を特別な関係と評し、英国は米国のパートナーたるを矜持とし世界に影響を与え、今日まで歩んできましたが、それは1940年の夏に起きたBattle of Britain(注)を契機に、時の米大統領ルーズベルトの対英支援に負うものでした。

(注)Battle of Britain:1940年7月、英国空軍とドイツ空軍は史上最大の航空戦(バト
ル・オブ・ブリテン)を展開、既に西欧諸国、北欧諸国のほとんどがドイツに占領され、英
国は破滅の一歩手前にあった。数において劣勢の英国は英連邦諸国から人的支援を受け、中
立国アメリカからは経済支援を受け戦ったが、米国の参戦だけが英国の唯一の希望だったと
云う状況。1940年11月米大統領選で3選を喫したルーズベルトは、その年の12月、ラジ
オ放送で「英国が敗れれば、全ヨーロッパ、全世界がドイツに征服される」と演説し、公然
とドイツを非難し、英国支持を主張。そして41年3月には、それまでのモンロー主義を放
棄し、武器貸与法を制定、チャーチルの英国に武器や兵器を戦後払いで提供。ドイツの英国
上陸を断念させた。この結果は第2次世界大戦の重大な転機となったとされるもの。更に英
米両首脳は1941年8月、国連憲章の原型となった「大西洋憲章」に署名。爾来,英国にとっ
て米国は「特別な関係」とされる所以がそこにある。

・英米の「特別な関係」の行方
さて、ジョンソン首相の自己中心の行動は、トランプ氏の特異な行動様式に共鳴し合う形で進む中、従来云う処の特別な関係は薄れる一方で、それでも一部ながら「特別な関係」と呼ばれるものが築き上げられつつあるとされてきています。冒頭のNYでの出会いでは、二人はこれまでの互いの政治成果を讃え合ったと報じられていましたが、この行動様式が離脱後の英米関係の筋書きともなるのでしょうか。

確かに、EU離脱後の孤立を避けたい英にとって米との関係強化は不可欠と云え、因みにジョンソン政権が目指す米英FTAは離脱後の経済政策の生命線ともなる処と思料するのです。
ただ、それも巷間、ひとたび英国がEUを離れるや、残るのは気まぐれな米大統領の善意くらいしかないからだと評される処です。因みに、英リーズ大教授のV.ハニマン氏は「EU離脱を控える英国は、米国から同調を迫られやすい」(日経8月20日)と分析する処、それは英国にとって大きな代償を払う事を意味しそうです。

・The post -BREXIT cost of a special relationship
因みに、Financial Times, Aug.16では「The post -BREXIT cost of a special relationship」と題して、ジョンソン氏は前任者のだれよりも米国との関係が齎す恩恵を必要とする立場にあり、そのコストは極めて高いものになると指摘する処です。そしてジョンソン首相が強行せんとする離脱は、英国の外交政策を支えてきた「欧州」という柱を打ち砕くであろうし、既にジョンソン首相は独・仏から嫌われているが、このまま10月31日に離脱を強行すれば、「米国」という柱は従来を上回る重さを支えねばならなくなる処、トランプ氏は、イラン核合意の維持を譲らないEUにいら立ち、英国に離脱を促し、EUの弱体化を目論んでいると指摘するのですが、まさにトランプの従僕たるを映す処です。
因みにトランプ政権はEUの航空機補助金がWTO違反だとし航空機やワイン、チーズなどに最大25%の報復関税を発動しているのです。

もとより英米それぞれ、違ったレンズを通して世界を見ている筈です。因みに英国の国益に必要なことは米政権が軽んじている多国間システムにあり、それがEUから離脱した英国が生き延びていく上での不可欠な国家戦略となる筈です。ただ、トランプ氏に「ノー」を云うのはジョンソン氏にとってなかなか難しいのではと思料するのです。米国との「特別な関係」に熱意を寄せていたマクミラン首相がEECに加盟申請したのも、英国が欧州としっかり結び付き、よりどころを確保する必要があると理解していたからで、そこで、ジョンソン氏もいずれ同じ教訓を学ぶだろうと締めるのです。ただ、EU嫌い、マクロン嫌いのトランプ氏とどこまで歩調を合わせていけるものか、別の懸念も沸く処です。

(2) 英・EU関係の課題
離脱し、EUの呪縛から解放され、独自路線で大英帝国の繁栄を今一度と、中国への接近を強め、又アジアへの機会を目指すなどポピュリスト、ジョンソン氏の面目躍如でしょうが、EU側からも前述のようにBREXITの際は、対英FTAの提案も英国側の自主路線に沿う処、国民生活の安定維持を軸に新たな対応を目指すべきでしょう。尤も、現実は厳しい道のりと思料する処ですが。勿論、グローバル主義をとる日本にとっては対英、そして対英関係を生かしたグローバル戦略の可能性を意識させられる処です。

・英・EU安全保障対応
さて、EUにとって英国が抜けても経済面で言えばEU内には競争力のある産業が残るため、米中など巨大市場を持つ国との交渉力は落ちることはないでしょう。ただ安全保障の面では、英国とEUの分離は地域の弱体化につながりかねず、経済関係の如何はともかく、軍事や秘密情報の分野では最重要国の一つである英国とは不可分にある処です。その点ではEUは安全保障面で英国との緊密な関係の維持が重要課題となるものと思料するのです。

[ 2-2 : 米国 ]

1. トランプ大統領の弾劾調査
          
一方米国では、冒頭指摘の通り9月24日、米野党・民主党のペロシ下院議長はトランプ大統領の弾劾(Impeachment)に関する調査を開始すると正式に表明しました。トランプ氏が、民主党のバイデン前副大統領に関連した調査を進めるようウクライナ政府に圧力を懸けた疑惑の真相を政権が隠蔽していると判断したためとされるものです。

トランプ氏がウクライナ政府にウクライナにおけるバイデン前副大統領を巡る周辺事情の調査要請を行ったことですが、これができたのは、大統領という肩書があってのことですが、米国では大統領は、政権と外国政府との日々のやり取りはチェックされず、重要事項は国家機密として開示されません。しかしCIA inspectorが傍受した当該会話の内容が米国の安全保障に係る重大事項だとして書面で、議会に告発した事で発覚したとされるものですが、national intelligence の局長代行が、この書面開示の要求を拒否したことで一挙に燃え上がったと云うものでした。

つまり、内部告発を受け、民主党はトランプ氏がこの議会の監視を受けにくい外交政策を悪用したと主張、言い換えれば、安全保障面で米国に依存するウクライナの軍事支援を停止することとした上で、政治的な支援を求めたのは大統領権限の乱用とし、弾劾に向けた調査に踏み切ったと云うものです

    (注)大統領罷免プロセス:民主党が調査結果トランプ氏の弾劾訴追が必要と判断し、司法委の
弾劾勧告を経て下院本会議で決議案を採択。過半数の賛成でトランプ氏は弾劾訴追される。下
院で訴追を受ければ、次に上院で弾劾裁判が開かれる。大統領の罷免には客観的な規定はなく、
裁判を通じて、上院の議員が夫々最終判断をする仕組み。裁判委出席した上院議員の3分の2
が賛成すればトランプ氏は罷免される。
尚、Past presidents in hot water (米政治史上、弾劾訴追の不名誉を受けた米大統領)、
    ・Andrew Jonson, 1868:acquitted and remained in office
・Richard Nixon, 1974:resigned before impeachment proceedings finalized    
    ・Bill Clinton, 1998:acquitted and remained in office (Financial Timed,Sept.26)

勿論ペロシ氏はトランプ氏の行為が現時点では弾劾相当と断じているわけではありませんし、調査がどのように展開していくものか、nobody knowsです。が、先のトランプ・ロシア疑惑の際には動かなかった民主党が、トランプ氏の弾劾訴追に向けて舵を切ったと云う事の意義は極めて大きいものと、思料する処です。

2.ペロシ議長の ‘アクション’ が意味すること

2016年大統領選でトランプ氏を有利にする介入が問われた「ロシア疑惑」では民主党ペロシ下院議長は弾劾には慎重だったとされていました。と云うのも与党の共和党が過半数を制する上院で3分の2の賛成を確保することは厳しく、また相手を利するとの判断があってのことと伝えられていました。しかし、今回は疑惑が公になって1週間もたたない9月24日に弾劾調査を始めると表明しています。要は大統領が選挙で外国勢の助けを借りるのは完全な禁じ手とされる処、違法行為は見逃せないと云う立場に転じたということですが、詰まる処、米政治における民主主義擁護に向けた行為と見られる処です。

・「リベラル」が擁護する法の支配
つまり、弾劾の損得勘定が変わったわけではなく、変わったのは民主党の姿勢だとFinancial Times のコメンテータ、Janan Ganesh氏はSept.26付同紙で「The Democrats have stopped overthinking impeachment」として、民主党の変化を指摘する処です。

どういう事か。前述、英国における最高裁判決とも併せ、当該アクションが示唆することは、英米ともにリベラル勢力が擁護しようとしているのは政策ではなく法の支配だという事です。政策を守ろうとすれば、法の支配が犠牲になる恐れがある処、ペロシ氏は法の支配を守るための代償を恐れない覚悟ができたとするのです。
重要なのは民主主義が権力の絶対的な監視機能を果たせないことで、とすれば法律や憲法のチェックは必要、不可避となる処、その点で、弾劾調査への着手はおそらくペロシ氏の政治家としての最後の功績となるものと、Ganesh氏は評するのです。

勿論、弾劾調査というパンドラの箱を開けたことで民主党のリスクは高いでしょうし、それこそリベラル勢力は原理原則に従って行動してきた結果、国民の支持を失う事をずっと恐れてきた次第で、今回の行動が有権者の良心を目覚めさせることになるか、はたまたトランプ再選のお膳立てをしてしまう事になるのか。 10月16日、秘密聴聞会のシフ委員長は下院議員たちに送った書簡の中で、これまで召喚した官僚たちとの質疑応答を公開すると明言した由、伝えられており、1973年のウオーターゲート聴聞会がいよいよ再現される雲行きになってきています。極めて緊張する時を迎えたと思料する処です。

直近の世論調査結果では、次期米大統領選の民主党候補の指名争いでは、左派のウオーレン上院議員が、有力視されてきたバイデン氏を抜いて初めて首位に立ったことが報じられています。(日経10月10日) 彼女が仮にトランプ氏と競う事にでもなれば、彼女の強い革新性が故に、再び国を分断しかねないのではとの懸念も云々される処、トランプ氏はいまや再選のためにと、狂ったような政治対応を図る処です。ただ巷間、これからの大統領選は政策だけでなく人格やスキャンダルへの対応も問われる事になると、伝える処です。


おわりに ‘イングランド’ 物語、二題

・英旅行会社「トーマス・クック」の破綻
この9月、在ロンドンの老舗旅行会社「トーマス・クック」の倒産を知りました。大量の人件費を抱え、一方でon-line onlyの低コスト小規模旅行代理店の台頭などの煽りを受け、競争力を失い経営は悪化、9月23日当局よりcompulsory liquidation、強制清算を余儀なくされたと云うものです。1841年preacher伝道師のThomas Cookが酒に代わる娯楽として旅行を提案したのが始まりで、爾来180年 近い歴史に幕を閉じたと云うものです。9月25日、再会された議会での最初の議題が、BREXITではなく、なんとトーマス・クックのツアー客をどう救済するかだったのです。国外旅行を庶民の娯楽として根付かせてきた同社の歩みは、英国近代史の浮き沈みを体現するものでしたが、その破綻はEUからの離脱で迷走し、かつての輝きを失った英国の姿とも重なる処です。英国駐在中、よく利用していただけに、世の中の変化に伍していけなかったその姿に「Thomasよ、お前もか」の思いです。

・「ラグビーW杯、2019」
処で、10月20日、「ラグビー・ワールド・カップ、2019」では 、日本は初のBest8として,過去2度の優勝を誇る強豪、南アと戦い、結果は3-26で残念ながらの敗退でした。が、巨漢相打つ、まさに肉弾戦。実に迫力あるプレーでしたが、戦い終ったあとは何か清々 しいものを覚えるのでした。翌日の各メデイアは判官ひいきならぬ日本チームへの賛辞で溢れていました。これまで関心の薄かった筆者でしたが、TVで中継されるラグビーを観戦するうち、日本のグローバル化は、産業界の外向きベクトルの広がりだけでなく、何か内なる動きと、その広がりを感じさせられたのです。

国別対抗としながらも「日本代表チーム」も他国チーム同様、日本選手と外国選手との混成。そして日本のために戦うと云い、日本国歌を歌うのですが、そこには異なる文化を受容し、言葉の障害を乗り越え、まさにone teamを体現するのです。試合が終わると「ノー・サイド」と称して全員が和気あいあいと。ラグビーは周知の通り、19世紀初頭、イングランドの有名なパブリック・スクール「ラグビー校」を発祥の地とし、爾来パブリック・スクール精神をバックボーンに頂き、世界に広がっていったとされるのです。

偶々、翌日の日経新聞社説では「多文化主義」という言葉を擁し、「多文化主義を養い、真のグローバル国家に」と、日本のグローバル化の行方を問うのでしたが、そのカギの一つが「異なる文化や言語を認め合い、異文化間のコミュニケーションを密にする事」とし、以って多文化主義を謳うのでした。その記事にはラグビーの「ラ」の字もなかったのですが、その指摘は前夜のラグビー観戦で得た思いに共鳴する処でした。 周知の通り、こうした多文化主義は、英国、カナダ等英連邦や北欧の一部の国に根付いている処、ラグビーもそうした多文化主義を体現する処と云うものでしょう。ただ近時、激増した難民の流入が自国民の寛容さを失わせる例が目立つようになったのには注意が必要である事いうまでもありませんし、英国のBREXIT問題もその流れに位置付けられる処です。

筆者は、急速に進む日本の人口減少は、国の衰退すら誘引しかねない致命的問題であり、その対抗として外国労働者の受け入れを戦略的に進める事が不可避とするものですが、この際は多文化主義のさまざまな面について海外の事例にも学びながら、具体的な取り組みについて考えていかねばと触発される次第です。 以上(2019/10/26 記)
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2019年09月27日

2019年10月号  世界はGlobal Supply Shocks、企業はNew Mantra - 林川眞善

はじめに Japanification

・日本型景気後退に向かう? グローバル経済
8月28日付け英紙 Financial Times は`Investors fear Japan’s stagflation malaise is spreading globally’ と題して、世界経済は今、日本が過去30年にわたり経験してきた今に及ぶ経済の停滞、異次元と云われた金融刺激策にもかかわらず、デフレと弱々しい経済成長を余儀なくされてきた日本型stagflationに向かい出したようだ、Japanification in action と、紙面一杯を飾る特集を組んでいました。それより先、8月17日付けThe Economist誌の巻頭論考では ‘Market in an Age of Anxiety’ と題し、債権市場の長・短逆転の動向に注目した投資家たちが、世界経済の行方、景気悪化に身構える様子を伝えていたのです。

つまり、米国債市場では10年物利回りの方が3か月物利回りよりも低い「逆イールド」が発生していることです。逆イールドは景気後退の前兆とされる特異な現象です。不安感が表面化しているのは国債市場だけではありません。為替市場では、資金の安全な逃避先とされる米ドルが多くの通貨に対して値上がりし、金地金も2013年4月以来、6年ぶりの高値をつけています。価格が逆方向に動くことが多いドルと金、これがいま同時に上がるのは異例のこととされる処、これが意味することは、ドル高を跳ね返すほど安全資産として金への投資需要が強いと云う事でしょうが、要は市場の不安心理の強さを裏付けると云うものです。加えて米国とイランの近時の対立は、国際情勢への大きな不安要因となってきています。つまり、景気はいつ悪化してもおかしくない様相です。金利がすでにかなり低いことから(注)、次の景気悪化に対抗する手段は限られている処、投資家たちの間では世界が「日本化」しているのではと、その恐怖感すら伝わる処です。

      (注) 米FRBは9月18日、7月に続き0.25%の利下げを決定、これを受け18~19日に追
随利下げを決定する中銀が相次いでいる。尚、日銀は19日、現状緩和の維持決定(後出)。

そうした環境下、米NY大学のRoubini 教授は、米論壇 Project Syndicateで、6月14日付論考 `The Growing Risk of a 2020 Recession and Crisis ‘で、そうした不況到来のリスクを指摘、更に8月22日付で ‘The Anatomy of the Coming Recession’と題し、当該不況が米中の貿易摩擦、技術を巡る覇権争いがコスト上昇を招き景気後退を引き起こす可能性をoil shock ならぬsupply shockとして解析する処です。そこで、この際は当該Anatomy of the Coming Recessionを, 第1章で取り上げ、その概要をレビューすることとします。

そうした環境の中8月19日、米主要企業の経営者団体、Business Roundtable(BRT) は、今後の企業経営は従来の「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などの利益を尊重
した事業運営に取り組むと宣言したのです。筆者が手にする声明文(コピー) `Statement on the Purpose of a Corporation‘ は181名の経営トップが自筆署名で名を連ねたもので、それ自体興味を呼ぶ処、企業の行動指針ともいうべき言うなればNew Mantraです。

企業とは、イノベーションを起こし、新たな生活空間を創造していく責務があり、その際の原動力は、animal spiritsだとケンインズが繰り返すところでしたが、このマントラが如何に反映されていくものか、米経済の根幹をなす「資本主義のかたち」を大きく見直すことになるものだけに関心呼ぶ処です。勿論、これが大企業への批判をかわすためのジェスチャーではと、賛否のある処ですが、この際は、近時の日産のトップ人事も有之で、後学議論に備えるべく、その概要を第2章として取りあげ、レビューすることとします。

そして最後に一言。9月11日安倍首相は内閣改造を果たし、「安定と挑戦」を旗印に、トランプ米大統領と歩みを共にする様相です。実際、先のG7を機にフランスで行われた貿易交渉で見せた‘安倍氏のトランプ迎合’には聊かの安倍不信感を募らせる処、マクロン仏大統領の気遣いとも併せ、コメントしたいと思います。
                 
目 次
                 
第1章 迫りくるglobal recession, その構図

1.Anatomy of the Coming Recession

(1)景気後退を誘引する Supply Shocks
  ・deglobalization
(2)2008年の世界金融危機 vs 想定される現下の供給ショック

2.日本経済のリアルと政策の現場

(1) 日本経済のリアル
  ・生産活動 / ・設備投資
(2)政策の現場

第2章 「脱・株主第一主義」を宣言する米企業、
では日本企業は?

1.A new corporate purpose
(1)米Business Roundtable (BRT) の New Mantra
  ・今、米企業も業績試練に
(2)J. Stiglitz教授の疑問
・M. フリードマン vs J. ステイグリッツ
・企業の本当の責任
2.問われる日産の統治能力、再び
  ・社外取締役の使命

おわりに トランプ氏への二つの配慮
  ・マクロン仏大統領の配慮
  ・安倍首相の配慮


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           第1章 迫りくるGlobal Recession、その構図       

1.The Anatomy of the Coming Recession

米NYU’s Stern School of Business 教授のN. Roubini 氏は、前述したように8月22日付け論考 ‘ The Anatomy of the Coming Recession’ で、2020 年までに世界的な景気後退を引き起こす可能性のある「Negative supply shock :負の供給ショック」が3つあると指摘すると共にそのいずれもは、国際関係に影響する政治的要素を反映したもので、しかもこの3つの供給ショックが誘引する景気後退は、従来型の景気変動抑制的なマクロ経済政策ではどうにもならないものばかりだとするのです。

(1)景気後退を誘引するSupply Shocks 
まず考えられるショックとは、米中間の貿易・通貨戦争から生じるもので、その対立構造は8月初めの、トランプ米大統領が対中輸入品に新たな関税を課すと脅し、中国を公式に為替操作国と呼んだことで更に悪化の様相です。第2はテクノロジーを巡り、徐々に進行しつつある米中間の冷戦。そして3つ目のリスクは石油の供給に関わるものだとするのです。普通、貿易や通貨、テクノロジーを巡る戦争に因る景気後退により、エネルギーの需要と価格は低下するものだが、米国とイランの対立次第では、逆の現象が起きると見る処、現実原油価格は急騰を見せる処です。(注:9月14日、サウジの石油施設への無人機による攻撃を受け、生産の半減を公表。原油供給リスクが広がりだしている。)

これらリスク要因が、グローバルに広がり、複合的に絡み合っていく事で、輸入品や中間財、エネルギーの価格を引き上げ、経済活動のコスト上昇を招き、景気後退を引き起こすことになる、まさにオイル・ショック(1973年)ならぬサプライ・ショックに因る景気後退、stagflationの可能性を指摘する処です。

・Deglobalization
スタッグフレーションとは消費者向け輸入品の価格や中間財、ハイテク部品、エネルギーの価格が上昇する一方で、世界のサプライチェーンが混乱し、生産活動が落ち込む現象ですが、厄介なことは、そこに広い意味でのdeglobalization (脱グローバル化)に向けた動きが始まりだしているとも指摘するのです。つまり、米中対立によって世界の国々と企業は、これまでのように統合されたバリューチェーンの長期的な安定はもはや期待できないとして、脱グローバル化の動きが進む結果、それが貿易活動の分断を進め、世界の生産コストはあらゆる産業で上昇するとの見立です。しかもこの貿易戦争と通貨戦争そして、テクノロジー戦争は、影響し合うことで負の連鎖が起こりやすい構造となってきていると云うのです。

そこで問題となるのが対応政策です。70年代を襲った複数のショックがスタッグフレーションを起こした際は、インフレ抑制のため金融引き締め策がとられていました。たが、今日、米連銀(FRB)など主要中銀は、インフレとインフレ期待が共に低水準であるため既に緩和政策に走っている事、オイル・ショックからくるインフレ圧力についても、中銀はインフレを持続的上昇要因というより、単に価格上昇としか見做さないのではと、する処です。

時間の経過と共に負の供給ショックは、消費と設備投資を減少させ、経済成長とインフレの両方を鈍らせる一時的な負の「需要」ショックと化すかもしれず、実際、現在の条件のもとで米国および世界の企業の設備投資は大幅に押し下げられている処です。その理由は以上の3つのショックの可能性や事の重大性等、不確実であるためだとしながらも、こうした現象が世界的な不況となって広がっていないのには、ひとえに個人消費が強さを維持しているためで、仮に3つの負の供給ショックのいずれかが原因で輸入品の価格が更に上昇すれば、消費活動は打撃を受け、世界経済は後退局面に突入すると見るのです。

そうした負の総需要ショックが短期的に発生する可能性を考えると、中銀が政策金利を緩和することも、財政についても短期的対応策を取るのも、適切な対応としながらも、中期的には、負の供給ショックに対応するのではなく、追加の緩和をせずにショックに順応することが最善だとするのです。と云うのも貿易やテクノロジー戦争から生じるこうした供給ショックは、潜在的成長の鈍化と同様、永久に続くものだからと云うのです。

要はこうした中期的な潜在成長の低下につながるショックは、金融・財政政策で覆せるものではない、つまり短期的に何とかなっても、そのままの対策を続ければ、財政規律は乱れ、最終的には中銀の目標を遥かに上回るインフレとインフレ期待を招くことになると警鐘を鳴らすのです。

(2)2008年の世界金融危機 vs 今回想定される供給ショク
尚、ここで留意すべきは、2008年のglobal financial crisis と現在のglobal economyを襲うかもしれない負の供給ショックとの間には重要な違いがある事です。前者は、主に経済成長とインフレを抑圧した大規模な負の総「需要」ショックであったため、金融刺激策及び財政刺激策による適切な対応がとられたとするのですが、今回、世界が直面することになるのは長期間続く負の「供給」ショックであり、これに対しては全く別の政策をもって中期に亘る対策を講じる必要があると云うのです。つまり、受けた損害を取り戻そうとして金融・財政刺激策を長引かせるのは賢明な選択ではないと警鐘を鳴らす処です。

さて、冒頭Japanificationと称された当該日本経済を預かる責任者はその実態を何と認識しているものか。9月11日、内閣改造を果たした直後の記者会見で安倍首相が発した言葉は「安定」と「挑戦」でした。

2.日本経済のリアルと政策の現場

(1) 日本経済のリアル
米中貿易摩擦による世界経済の減速が国内製造業の重荷となってきたことを示唆する指標が続いていますがその姿はまさに上述ルービニ氏の指摘を検証する処です。

・生産活動
まず8月30日、経産省発表の7月の工業生産指数では、2か月振りに上向いていましたが、電子部品・デバイスなど輸出業種を中心に回復は鈍く在庫も高止まり、高水準で積みあがる局面が続く様相です。とりわけ世界経済の減速で各国の金融緩和の流れが強まれば、円高圧力が高まり輸出に逆風となる悪循環も懸念されるなか、堅調とされてきた雇用情勢も軟化の兆しがみられる処です。同日発表の厚労省有効求人倍率は1.59倍で前月比0.02ポイントの低下、リーマン・ショック後の09年以来の3か月連続の低下です。米中の貿易戦争の長期化となると外需の変調が内需の変調に及ぶリスクも高まろうかというものです。

・設備投資
更に注目されるのが、9月2日、財務省が発表した4~6月期の法人企業統計(設備投資)です。それによると全産業の設備投資は非製造業の設備投資(金額では全産業のうち7割を占める)の7.0%の増加があったことで前年同期比1.9 %増、10兆8687億円と、11四半期連続の増加となっています。が、製造業の設備投資は、前年同期比で6.9%減の3兆6156億円と、2017年4~6月期以来、2年ぶりに前年を下回わるもので、この2年ぶりのマイナスは米中貿易戦争の余波を受ける処、製造業の失速を鮮明とする処です。

設備投資を業種別にみると、情報通信機械が43%減と落ち込みが目立つ。世界的に巨額の投資と休止を繰り返す傾向のある半導体市場は、年初から調整局面に入っていたとの指摘の多い処です。更に上述、米トランプ政権が中国の通信機器大手、フアーウエイ製品の締め出しを強めており、両国の貿易戦争が長引くことで日本でもスマートフォーン向け部品の受注が減り、企業は新たな設備投資は慎重に見極めようとの構えにあるとされています。製造業の能力増強や生産性向上につながる省力化投資が滞れば、将来の成長力にも影響しかねずと、懸念される処です。従って、今後の焦点は製造業を中心とする設備投資の鈍化が一時的流れにとどまるかどうかですが、米中の対立が長期化し、企業マインドの悪化が雇用や消費に影を落とすようになると、非製造業にも余波が広がるおそれはあり、まさにルービニ氏が云う新たな政策対応が痛感される処です。

(2) 政策の現場
尚、日銀は9月19日の金融政策決定会合では、現行の金融緩和策の維持が決定されました。
米FRBをはじめ世界の中銀が金融緩和に向かう中、今後の円高リスクなどを踏まえ、言うなれば貴重な緩和カードを温存したと云うものでしょうか。 OECDが同19日発表した2019年の世界経済の成長率(実質)見通しでは2.9%で、前回5月より0.3ポイント下方修正でした。日銀が今回動かなかったのは、国内の景気や物価にまだ波及していないと判断したものと報じられていますが、超低金利が地方銀行などの収益圧迫や年金基金の運用難を招くと云った副作用も顕在化しつつあり、日銀としては可能なら緩和カードを温存しておきたいと云うのが本音(日経9/20)の由ですが、その推移極めて要注視です。


第2章 「脱・株主第一主義」を宣言する米企業、
では日本企業は?

1.Anew corporate purpose 

(1)米「Business Roundtable (BRT)」のNew Mantra
8月19日、米主要企業の経営者団体「Business Roundtable」は従来の「株主第一主義」を見直し、企業がより幅広いステークホルダーに配慮する事を旨とする5項目に係る声明(注)を出したのです。この声明には同団体の会長を務めるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOの他、アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEO、GMのメアリー・バーバラCEOなど180人の経営トップが直筆署名を以って名を連ねるものでした。そして、賛同企業は顧客、従業員、取引先、地域社会、株主と云ったすべての利害関係者の利益に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組むというものです。

米BRTは1978年以降、定期的にコーポレートガバナンス原則を公表し、97年からは「企業は主に株主のために存在する」と明記してきましたが、今次の声明は、投資家の利益を優先してきた米国型の資本主義にとって大きな転換点となる処です。因みに、JPモルガンのダイモンCEOはpress releaseで「The American dream is alive, but fraying (アメリカンドリームは存在するが、揺らいでいる)」と指摘した上で、行動原則の見直しは従業員や地域社会への投資継続を約束するものとしており、言うなれば新しいマントラという処です。

(注)[Statement on the Purpose of a Corporation]
      ― While each of our individual companies serves its own corporate purpose ,
we share a fundamental commitment to all of our stakeholders. We commit to:
(1) Delivering value to our customers (顧客:顧客の期待に応えてきた伝統を前進させる)
(2) Investing in our employees (従業員:公正な報酬の支払い、福利厚生の提供)
(3) Dealing fairly and ethically with our suppliers(取引先:規模の大小問わずよきパートナ
ーとして扱う)
(4) Supporting the communities in which we work(地域社会:持続可能な事業運営で、環境を保護する)
(5) Generating long-term value for shareholders, who provide the capital that allows
companies to innovate, grow and innovate(株主:長期的な株主価値の創造に取り組む)

・今、米企業も業績試練に
では、今なぜという事ですが、米大企業は、上述三つの要因を背に、2四半期連続の減益を余儀なくされ、まさに企業は業績試練を迎えている(The Economist, `Corporate earnings reprieve ’, July 20,2019)とされる状況にある処ですが、加えて、所得格差の拡大で、大企業にも批判の矛先が向かってきており、行動原則の修正を迫られてきた、そう云った事情に応えんとの思惑あってのことではと思料する処です。

(2)J. Stiglitz教授の疑問
そんな中、ノーベル経済学賞の米コロンビア大教授、J. Stiglitz氏は、米論壇 Project Syndicateへの投稿論考 `Is Stakeholder Capitalism Really back? (Aug.27)’で、これまで主流をなしていた株主第一主義からの大転換に、本心からの行動かと、素早く反応するのです。

同氏は過去40年間、米企業にとって最大の使命は株主価値を最大化する事、つまり利益を拡大し、株価を押し上げる事で、それも労働者や顧客、サプライヤー、社会に及ぼす影響を顧みることなしに行われてきたが、それが、BRTが「利害関係者」の利益を尊重する資本主義の実現を目指す `--business is about more than the bottom line.(企業の使命は利益を上げるだけではない)‘と、企業の総意として宣言したことに、大きな方向転換としながらも、That is quite an about-face. Or is it? 本当にそうなのと、疑問視するのです。 その指摘はもちろん日本企業(後出の)にも及ぶ処、そこで多少長くなりますが、以下にその概要を紹介しておきたいと思います。

・M.フリードマン vs J.ステイグリッツ
まず、「株主第一主義の原則」を普及させるのに一役買った、同じノーベル経済学賞のミルトン・フリードマンの主張、「企業の果たすべき唯一無二の社会的責任は利益を増大すべく資源を使用し、事業活動に従事する事だ」に言及しながらも、70年代後半に展開してきた自説「株主第一を基本とする資本主義は社会の幸福や繁栄を最大化しない」ことの合理性を、例えば、気候変動などの重要な外部性が存在するときや、我々が吸う空気や飲む水を企業が汚染するときだと指摘し、更に、より一般的に云えることは、市場は企業を近視眼的にし、労働者や社会への投資を不足させる可能性があるとするのです。

このため経済が果たす機能について卓越した洞察力を持っているであろう企業のリーダー達がようやく光明を見出し、近代経済の実態に追いついたことに安堵すると云うのです。之が40年の歳月を要したとしてもだと云うのです。しかし、これらの企業リーダーたちは、株主第一主義を見直すと本心から言っているのか、それとも、これまでの数々の悪しき行いに対し人々が強い不満をあらわにしているのに直面して、改めるふりをしているに過ぎないのではとし、本心からの行動ではないと信じるに足る理由がいくつもあるとするのです。

・企業の本当の責任
企業がまず果たすべき第一の責任は税金を納めることだが、今次理念に署名した企業の中には、租税回避策を率先している企業が含まれている事。その一つが「アップル」であり、同社は、巷間英王室属領のジャージー島などの租税回避地を利用し続けていると指摘するのです。一方、トランプ大統領が2017年の減税法案、これは大企業や大金持ちの税金を引き下げるものだが、を提出した際は、これを支持した企業も多く含まれていると云うのです。そしてリーダー達は、減税は投資促進と賃金上昇につながるとの主張を支持しているが、労働者はほんのわずかなおこぼれしか与っていない。減税により浮いた資金のほとんどは自社株買いに向けられており、これが株主や株価に連動する報酬を受け取るCEOの懐を肥やすだけとなっていると、指摘するのです。

では巨大銀行はどうなのか。2008年のグローバル金融危機を引き起こした元凶にもかかわらず、銀行はドッド・フランク法(米金融規制改革法)が10年に成立するや、同法は、金融危機が再来する可能性を低めるべく規制を強化するものだが、主要条項を無効にする動きを始めた経緯があると云うのです。この様な動きを取った銀行の一つが米JPモルガン・チェースであり、そのCEOダイモン氏がBRTのトップにいると指摘するのです。つまり、
米国の最もパワフルなCEOらが新たな姿勢で社会的責任に取り組み始めているのは、喜ばしいことだが、だがそれがポーズに過ぎないのか、それとも言葉通りのことを意味しているのか、見守る必要がある、とするのです。

前出フリードマン氏の考えは、欲深いCEO達に対して、欲望のまま行動してよいとの口実を与え、更に、米国やその他多くの国の法体系に株主資本主義を組み込んだ企業統治法を齎したが、この状況を改める必要があると、ステイグリッツ氏は語気を強める処です。そして、自らが取った行動が他の利害関係者に及ぼす影響について、企業が配慮するのみならず、配慮することを義務にしなければならないと、主張するのです。

因みに、Financial Times (Aug.20) 社説は、この4月、JPMorgangが株主宛に出しているAnnual letterの中でダイモンCEOが教育、移民問題、税制改革、そしてJPMorganがこれら問題を更に次の次元に高めていく事を約束していたことにも照らし、この際はBusiness must act on a new corporate purposeと、行動を起こせと云うのですが。

2.問われる日産の統治能力、再び

9月16日付で日産自動車の社長兼CEOの西川氏が辞任しました。前会長のゴーン被告が解任されてからわずか10か月後の辞任劇、それも取締役会(9月9日開催)での辞任要請を西川社長が受け入れたとされているもので、実質社長解任です。その最大の理由は各メデイアが伝えるように一意義的には西川社長の‘報酬かさ上げ’ 問題です。株価連動型報酬で、本来より4700万円多く受け取っていたと云う事です。メデイアによると、6月に社外から指摘された段階では「疑惑」だった由でしたが、これが社内調査で事実関係が認定されたと云うものです。西川社長は自身の指示によるものでないとしていましたが、トップが千万円単位の不適切な報酬を得て、それが返納に至った事態は「ガバナンスに重大な問題がある」(木村康、取締役会議長)とした事実上の解任です。

・社外取締役の使命
ここで注目すべきは、今回の人事を主導したのが、社外取締役が多数を占める同社の取締役会だった事でした。日産はゴーン被告らの一連の不正を受け、西川社長は指名委員会等設置会社への移行など、企業統治改革の歯車は進めていました。が、一部の人間だけで決める体質は変え切れず、社長の独善的指揮が今次の不正をもたらしたと、評される処です。言うまでもなく、社外取締役の最大の仕事は、「ダメな経営者の首に鈴をつける事」と云われていますが、日本では社外取締役がトップの交代に深く関与した例は少なく、その点では、日産のケースは日本の企業統治を考える上で、一つのモデルになるのではと思料する処です。 ただ、日産の社外取締役にはもう一つ重要な仕事が残されています。西川氏の後継者選びです。同社指名委員会の委員長である豊田正和社外取締役は「世界の自動車産業に精通し、アライアンスやルノー、三菱自動車への深い理解と大きな関心がある事」(日経、9月10日)を後任者の条件、としています。もとより企業の未来は経営者が決めるわけで、この条件はどの企業にも通じる処、言うまでもないことと思料するのですが。

かくして日産については、企業統治の不全ばかりに注目が集まり「日産統治不備再び」とされる処ですが、実は日産の業績は悪化の一途にあり、「収益力の低下」というより寝深い問題を抱える処です。因みに7月に発表された19 年4~6月の連結営業利益は前年同期比99%減で、同日、日産は23年3月末までに生産14拠点でライン停止や縮小、更にグループ従業員の1割に当たる従業員1万2500人の削減に着手する旨を発表しています。

一方、現在、生産体制の見直し、新型車投入を新たな再建の柱としていますが、新車開発には自動運転等、先端技術が求められると同時に新車開発資金もかさむ処、さて、この先、顧客に支持され、従業員が前を向いて動き、株式市場で評価される会社となれるのか、まさに前述、BRTのMantraが語る、顧客・従業員・取引先・地域社会、そして株主、のステークホルダーとの好関係の確立に、応えていく事でしょうが、その限りにおいて、次のトップの歩む道のりは極めて険しいものと云え、その推移に更なる関心の高まる処です。


          おわりに トランプ氏を巡る二つの配慮

・マクロン仏大統領の配慮
フランス・ビアリッツで開かれたG7サミット(8月25~26日)は結局、世界が抱える問題を十分討議すこともなく、ただ5つの課題項目を列記する1枚の紙きれを以って幕を閉じたのですが、それもトランプ米大統領への気遣いあっての事で、因みに閉会後の記者会見は通常議長国の、今回でいえばフランス、マクロン大統領が対応する処、今回はトランプ米大統領に同席をと,マクロン氏が慫慂したことで、異例の二人会見となっていました。配慮の効果?とでもいう処でしょうか。

そもそも国際協調、自由貿易をベースに世界経済の発展を目指し、スタートしたG7サミットでしたがトランプ氏のような米国第一主義、自国主義者が入ってきたことで意見の一致が見にくくなってきた事で、もはやG7は機能を失い、形骸化した存在たるを認識させられたというもので、予想されていたこととは云え、今次サミットも同様な様相です。
昨年カナダで行われたサミットでは、米国対他メンバー国、つまり1:6という、分裂状態を見せつけられ、これがトランプ米国の孤立する姿と映るばかりだったのです。

序で乍ら、トランプ氏は孤立したかというと、そうではなさそうです。まず、以下列挙の仁を見ていただきたいのです。 オーストラリアの「モリソン首相」、インド「モデイ首相」、ブラジルの「ボルソナロ大統領」、イタリア与党の極右「同盟」の党首の「サルビーニ前副首相」、アルゼンチン「マクリ大統領」、英国の「ジョンソン首相」、トルコの「エルドアン大統領」、サウジの「ムハンマド皇太子」等々。

彼らは風聞、トランプ氏を好むとされる首脳たちですがが、彼らがトランプ氏に感じている魅力とは、「民主主義国家の首脳にとっては、トランプ氏のポピュリズムであり、ずっと疎外感を抱いてきた有権者層の心をつかむ能力、独裁主義者にとっては、トランプ氏のdeal重視の考え方であり、人権侵害などの問題を見過ごすことも辞さない姿勢」にあると、米国際政治評論家、イアン・ブレーマー氏の評する処です。(日経8/15)

つまり、トランプ大統領の「米国第一主義」の外交政策はdealを重視し、歴史をないがしろにし、米国はかつてないほどに孤立し、カナダや、ドイツ、フランスなどの友好国との関係を損なってきています。だが、米国は今までと違うタイプの国を味方につけてきたというものです。米国第一主義は米国を孤立させはしなかったが、外交関係の質を変えるようになってきたこと、或いは、世界がトランプ氏に象徴される政治スタイルに向かっている可能性を窺わせる処、危うい異端の連鎖が続く様相と映るのです。その中で、米国は新たな友好国と敵対国に向き合う事になるのでしょうし、日本は、その文脈において安保戦略の再考が迫られる処、まさに外交戦略の立て直しが喫緊の課題となってきたというものです。

・安倍首相の配慮
さて、前述ビアリッツ・サミットに合わせ、25日、現地で日米両首脳間での通商交渉が行われ、当該基本合意が成立、9月下旬に協定案に署名の方針が確認されたのです。当該交渉は昨年の9月の首脳会談に始まったものですが。わずか1年程度と、異例のスピードで決着を見ることになったのですが、それには早期に範囲を絞って妥結し、過度な要求を避けたい日本政府と、来年の大統領選を控え成果を急ぐ米政府の思惑が一致したためとメデイア(日経8/26)は伝える処ですが、驚かされたのは、その報道からは、安倍首相の、トランプ氏に対する迎合ぶりでした。

同報道によれば、トランプ氏が基本合意成立で、急遽公式発表の場を設けるよう安倍首相に求めて、対日協定の大枠合意を確認するだけでなく、安倍首相に「トウモロコシの輸入拡大を決めたことを話したらどうか」と促し、首相は日本が緊急措置として米国産トウモロコシの購入を前倒しすることを表明したことでした。トランプ氏は嬉嬉としてその成果を強調する処、中国ではうまくいかなかったものをあっさりと安倍首相が認めてくれたと評価するものでした。つまり大統領は来年の再選に不可欠なトウモロコシ生産州(アイオワ、ウスコンシンなど)の票を稼げるという事で、これが安倍首相のトランプ迎合というものです。

尤も今回の交渉では日本側が主眼としていたのは自動車の追加関税の回避でしたが、交渉の最終場面で、その流れを後押したのがトウモロコシの緊急輸入だったと云うことで、まさにトウモロコシで車を守った、っていうところです。勿論、国内生産者からのブーイングは言うまでもありません。なにせ、その輸入量は約270万トン、日本の年間輸入量の4分の一相当、これだけの量のトウモロコシを買ってどうするの?ですが。

それでも8月27日、日本では菅官房長官が記者会見で、態々「トウモロコシ」の前倒し購入に触れ、国内での害虫被害が理由だと説明していましたが、要は大統領選を控え、トランプ氏は余剰トウモロコシの対日輸出で農家に成果を訴えられるというもので、安倍のトランプ大統領選支援という事ですが、その見え見えの、過剰ともいえる配慮が齎す日米関係のゆがみすら感じさせる処です。トランプ氏は加えて「日本の民間は米国と異なり、政府に非常によく耳を傾ける」とコメントしていたようですが、実になめられたものです。 そして、日米通商交渉は上記の通り、9月25日、NYでの国連総会出席を機に行われた両首脳の署名を以って一件落着(?)で、 両者はwin・winと叫んでいたのですが。
      以上(2019/9/26記)
posted by 林川眞善 at 12:14| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする