2020年11月26日

2020年12月号  Joe Biden President-electと国際関係の今後 - 林川眞善

目  次

はじめに 米次期大統領にジョー・バイデン氏 
・米国はトランプ氏でなくバイデン氏を選択した
・民主主義の基本とトランプ氏の行動様式
・米国の分断を実証した両者の得票数
・米国にある二つの顔 / ・トランプ氏の敗因

第1章 アメリカを破壊したトランプ氏の夢

1.トランプ経済体制の非合理な現実
(1)アメリカを貶めたトランプ氏が追う夢
(2)ステイグリッツ氏の提言

2.今求められる新たな資本主義へのシフト
 ・アメリカ資本主義の病理 /・包括的政策の導入

第2章 バイデン政権と国際関係の可能性

1.バイデン協調外交
(1)米欧関係 / (2)日米関係
 ・アジア太平洋地域と中国の存在感

2 バイデン対中政策の視点 ―習政権の行動様式の如何
(1)中国経済の現状と長期展望
(2)安定化増す習政権の現状
 ・中全会(中央委員会全体会議)

おわりに  岐路 に立つ民主主義
         

はじめに 次期米大統領にジョー・バイデン氏 

・米国はトランプ氏でなくバイデン氏を選択した
11月3日の米大統領選の結果は、11月13日、全50州の集計結果、選挙人の獲得数はバイデン氏306、トランプ氏232で、バイデン氏の勝利が、漸く確定しました。選挙日より10日を経ての結果でした。その間のトランプ氏が仕掛けた、投票の不正問題をめぐるゴタゴタ騒ぎは周知の処ですが、11月7日、バイデン氏は、複数のメデイアが伝えるバイデン勝利の報を受け、その夕刻、彼は「分断ではなく、団結させる大統領になる」と勝利演説を行い、分断の修復に取り組むと約するのでした。そのスピーチは、「結束(Unity)」,「多様性(Diversity)」、「可能性(Possibility)」,「品格(Decency)」の4つの理念を以って語られるものでしたが、その瞬間、米国本来の大統領が戻ってきたかと、感じ入ったものでした。

尤もオバマ、ブッシュ(子)、クリントン各氏も自らの大統領就任時に同じことを口にしていたのですが、全員失敗しています。ということでバイデン氏は「4度目の正直」ってとこですが、さてバイデン氏は国民を束ねることはできるのか? とにかくそれに向かって最大の政治努力を期待する処です。

さて、投票日直前、10月31日付けThe Economist のcover storyは「Why it has to be Joe Biden」(バイデン氏でなければならない理由)と題するものでした。今となっては、その表題は ‘何故米国民はトランプ氏でなくバイデン氏を選択したか’ となる処でしょうが、とにかくその記事を以って選挙戦を見守った次第でしたが、取り急ぎ、その趣旨を以下に紹介しておきたいと思います。

― 2016年、トランプ氏を大統領に選んだ米国は、不幸で分断された国だった。そして「今、トランプ氏が自分を再選するよう求めている米国は、更に不幸で、さらに分断されている」で始まる当該記事では、ほぼ4年に亘るトランプ氏のリーダーシップの下、日々の暮らしは、25万人近い死者を齎したコロナ・パンデミックによって破壊され、口論や責任転嫁、ウソが蔓延、その大半はトランプ氏によるもので、今次選挙で同氏が勝利を収めれば、こうしたことが全て是認される事になると、トランプ再任を阻止すべきと。

そして更に、トランプ氏は米政府のトップとしての役割を十分に果たしていないが、それ以上に、国家元首として失格だと断じ、トランプ氏とトランプ政権は過去の政権と同様に、政治的な勝利や敗北にどれほど尽力したかを主張する事は出来ても、米国の価値観、米国の良心、そして世界における米国の発言力、と云う3点の守護者としては、求められる基準を著しく下回る働きしかしていないと、糾弾するものでした。

つまり、彼こそは米国の価値観を冒涜した人物と断じ、強烈な拒否反応を示すものでした。

・民主主義の基本とトランプ氏の行動様式
冒頭記したように選挙が終わった10日後の13日、漸く「バイデン氏の勝利」が確認されましたが、依然トランプ氏は、具体的証拠のないままに、バイデン氏の勝利は不正投票によるものと自身の敗北を認める様子はなく、政権移行(注)の協力も今日まで拒んでいました。が、23日、トランプ氏がバイデン氏への政権移行手続きの開始を容認したとの報が伝えられ、漸く政治空白の懸念は回避に向かうことになった処ですが、依然、トランプ氏のあがきは続く様相です。なお、バイデン氏は主要人事を固める処、so far財務長官にFRB前議長のイエレン氏の起用が伝えられた事は,筆者にとって朗報です。

(注)政権移行手続きのカギを握る連邦政府一般調達局長(GSA)、ミリー・マーフィー氏
は2017年、トランプ氏が任命した、つまりはトランプ側近。尚、大統領選を巡る調査を
していた米政府委員会は既に12日、「不正があった証拠は一切ない」との結論を公表済。

こうした民主主義の基本とも言うべき選挙、投票行為を否定するという言動は、トランプ氏をアメリカの大統領に推し上げてくれた米国の民主主義を後退させ、更には否定すらする、極めて憂慮すべき事態を意味する処です。トランプ氏の開票結果を受容しようとしない一連の言動に、それは大統領選で投票した有権者の票を無効化する宣言であり、「民主主義を否定するものだ」と、共和党内からも大きな反発が出ていると伝えられる処です。序で乍ら、かかるトランプ氏の言動は、落選後に不正や腐敗で追求されることを恐れての、まさに「トランプ劇場」というリアリテイ・ショーの演出ではと、映る処です。

それにしても興味深かったのは、かなりの人が「反トランプ」だったと云う事でした。リバタリアンを主張する集団は、元来、共和党の一部のような存在とされるものでいしたが、今回の選挙では共和党とは別に大統領候補を立て、わずかながらも票を取ったことでした。
微妙な票争いをしている接戦ではありえない事ですが、それだけトランプが嫌いだったと云う事だったのしょう。

・米国の分断を実証した両者の得票数
そうした混迷する米国の状況を解説される際、よくリフアーされるのが古代ギリシャの哲学者、プラトンですが、彼はその著「国家」で次のように指摘する処です。
― 自由と平等が広く行き渡る社会では、全ての人が強い権利意識を持つようになる。すると、ほんの少しの抑圧にも我慢が出来ず、エリート層への不満を溜める。そこに大衆人気を誇るポピュリストが颯爽と現れ、不満を溜める民衆を熱狂的な渦に巻き込む。そして、独裁者が生れていく。そして、僭主独裁制が生れるのは民主制以外にはありえないと。

現下の米国社会の分断の深まる姿には、まさにプラトンが予言していた民主制の最終形に近づいているかに思えんばかりで、今次大統領選での両者の得票数は、バイデン氏がおよそ7500万票台、トランプ氏もやはり7100万票台(日経11/9)、両者の得票差の僅少さは、まさに二分化を実証する処です。

勿論、米国社会の分断化を促している要因については、色々指摘される処ですが、とりわけ経済の格差拡大が進行する中、社会の不平等化が進み、それに連動する形で、white対 nonwhiteの人種間対立が露わとなっている事情を踏まえると、バイデン政権が米国の‘unity’を掲げても、その対立が素直に解消に向かうことになるものか、むしろこの対立の構図が今次の大統領選で浮き彫りされたことで、これが人々の中にシコリとなって、今後4年にわたって更なる火種となっていくのではと危惧される処です。「分断ではなく、団結させる大統領になる」と約したバイデン氏の勝利宣言は、まさにこうしたしこりを強く意識してのことだった事は云うまでもない処です。
そもそも、米国には分断を促す二つの顔があるとされ、この二つが互に競いながら米国政治を形作ってきたとされていますが、今次選挙戦ではこの二つの対立が極端な様相を呈したことで歴史的激しさともされ、これが大きなしこりを残す処と指摘される処です。

・米国にある二つの顔
米国にある二つの顔とは、ウイルソン主義の顔とジャクソン主義の顔で、それが、時の都合でいずれかが強まり、分断を齎してきたとされてきています。前者のウイルソン主義とは、アメリカ帝国主義の真っ只中、時のプリンストン大学総長にあったウイルソンが自由と民主主義、そして人権と国際協調を理念とするnew freedomを掲げ第28代大統領(1913 ~21)に就いた際の流れ。もう一つは白人を中心とする神の国をつくると云うジャクソン主義の顔(第7代米大統領、1829~37)で、米国の平和と繁栄を優先する考え方です。

今次、バイデン氏はウイルソン主義の象徴と位置付けられ、後者の象徴がトランプ氏ということですが、その史上、尤も米国らしくない大統領であるトランプ氏の強権的な政治手法に対する怒りがバイデン氏の得票に投影されていったと理解される処です。バイデン氏は勝利宣言の中で、国内の分裂を収束させ、米国と云う国の「統一」をと、強調していましたが、それはまさにウイルソン主義を目指す処ですが、諸般の事情からはバイデン氏が向かう道は、前述の通り民主主義の葛藤の道とも言え、分断の長期化は避けられそうもない処です。

大統領選の陣取り合戦、つまり選挙人の獲得数を合衆国の地図上で見ると、太平洋、大西洋の両岸には経済の革新の恩恵に授かる成長州があって民主党の青色で染まり、その間にあって経済発展の恩恵に浴する事の少ない保守的、伝統州は共和党の赤色で染まる、その色分けされた図柄は米国の分断の姿と映る処です。分断が、経済格差拡大、White vs Nonwhiteの対立に象徴されるとなると、問題は昨日、今日の話ではなく、これが遠くは、150余年前の内戦、南北戦争に端を発する処となると、簡単には解消し得るとは思えず、バイデン氏が打ち出す重点政策として「人種」をトップに挙げるのも、その故と思料するのです。
南北戦争の結果、奴隷は自由の身となったのですが、リンカーン大統領が暗殺された後を引き継いだ大統領、アンドリュー・ジョンソンは ‘政府は白人男性のもの’と、反動的な政治姿勢を展開、黒人奴隷の存在を容認し、自らも奴隷を自家に擁したと云われています。

時は流れ、1964年人種差別を禁じる公民権法(Civil Rights Act,1964)を以って人種差別は解決をみたとされてはいますが、現実の姿は周知のとおりで、今尚、その根っこを引きずったままにある処です。トランプ氏の姿勢はまさに人種差別を肯定するものと云え、その是正には時間がかかる所以をもって、日経、コメンテータの秋田浩之氏も、南北戦争の状況、今再び?(日経10/17電子版)と論ずる処です。

(注)サミュエル・ハンチントン (「分断されるアメリカ」Who are you? 2004 ):
1965年以降における大量のヒスパニック系移民によってアメリカは言語及び文化面でま
すます二分化が進み、これが白人と黒人という人種の二分化に続くだけでなく、それにと
って代わる可能性すらあると、指摘するのでした。(2008年、没)

・トランプ氏の敗因 
さてトランプ氏は選挙戦を通じ、経済で実績を挙げた自分こそが再選されるべきと、訴えていたことは周知の処です。 確かに、新型コロナウイルスのパンデミック前の米国経済は、失業率はそれまでの50年間で最低の水準にあって、低賃金労働者の賃金も年率で5%そこそこの高い伸びを辿り、株価は上昇傾向にありました。これらのすべては、減税、規制緩和、そして強気の通商政策の3点セット、つまり「トランポノミクス」に負うものと云え、コロナ収束後はこの政策を更に進め米経済を復活させると訴え、又、有権者の多くは、こうした主張を支持していたと見受けられたのです。実際、こうした経済問題を巡る世論調査ではトランプ氏は、バイデン氏に大きなリードを許してはいません。因みに、両者の得票数は前述のとおり極めて僅差にあって、まさに米国の分断を象徴する数字です。

ではなぜ米国民はトランプ氏ではなく、バイデン氏を選択したのか、ですが冒頭紹介したエコノミスト誌がその事情の一端を解説する処ですが、より基本的にはトランプ氏が誇示する「経済」とは、健康な働き手と、健康な消費者があっての事で、であれば健康を担保するためには、コロナ対策が第一の課題であったにもかかわらず、彼はそこを全くないがしろにした事が敗因となったというものです。バイデン氏は勿論、コロナ対策第一とする処です。

そこで本稿では、冒頭引用のThe Economistのcover storyを踏まえながら経済政策の視点から、改めてトランプ政策のillogicalさを検証し、その対抗となる新たな資本主義とその可能性を考察し、併せて、この春バイデン氏がForeign Affairsに寄稿した ‘Why America Must Lead Again‘ (弊論考2020/6月号)に照らし、バイデン政権が目指す協調外交の可能性について、具体的に考察することとしたいと思います。


第1章 アメリカを破壊したトランプ氏の夢

1.トランプ経済体制の非合理な現実

今次の選挙結果は、トランプ氏の米国を世界の指針たらしめてきた‘価値観への冒涜’と、バイデン氏が示す、‘その修復と再生’ への期待、との相克の結果と見る処ですが、この際は、米コロンビア大教授のノーベル経済学賞受賞のジョセフ・ステイグリッツ氏の言を借りながら、今求められることは何か、そして想定される新しい資本主義へのシフトの可能性について考察する事としたいと思います。

(1)アメリカを貶めたトランプ氏が追う夢
トランプ氏は大統領選が近づいてきたころから「法と秩序」を盛んと口にするようになっていました。我々が必要とするのはルールのある世界ですから、法の支配なくして経済は機能しません。世界経済ではWTOが‘法の支配’の基本となっています。その限りにおいて彼の発言は正鵠を射るものと云えます。が、事態は、自身にとって都合のいい、まさにご都合主義の姿勢であって、むしろ彼の行動様式は、法の支配自体を壊さんとしており、それがカオスや不確実性を齎しているのです。彼には経済の知識は乏しく、その為、彼の政策は彼の支持者を含め、人々を窮地に追いやっていると云うのが実状です。

例えばトランプ氏がいくら喚いても製造業がアメリカに戻ってくることはありません。たとえ中国に非常に高い関税をかけたとしても、輸入先がベトナムやバングラデッシュ、スリランカなどに移るだけなのです。多少戻ってきたとしても、製造業を担うのはロボットです。つまり雇用を生むこともなければ、失業者が職場に復帰できる可能性はないのです。失業者が新たな職を得るには、新たなスキルを獲得するしかないのです。トランプ氏はアメリカが製造大国だった1950年代から1960年代の「夢」を追いかけているのです。 第2次世界大戦後、アメリカは資本主義諸国では唯一の大国でした。トランプ氏が目指すのはそのような世界の再現でしょうが、もはやそんなことは叶う事はないのです。

トランプ氏の目論見の一つは石炭産業の復興です。つまりトランプ氏は炭鉱作業員の雇用を守ろうとしていますが、石炭の時代は終わっているのです。地球温暖化の問題で石炭はもう使えなくなっているのです。因みにバイデン氏は2050年、脱炭素を宣言していますし、菅首相も同様、脱炭素、温暖化ガス排出を実質ゼロにすると宣言(10/26於国会)する処です。

一方、今では炭鉱作業員の何倍もの数の労働者がソーラーパネル設置の作業に従事する処です。言うまでもなく再生可能エネルギーの分野です。にも拘わらず、石炭産業を守ろうとすることは、成長分野の産業の成長を妨げようとすることです。つまり、トランプ氏は石炭を守るためにソーラーパネルの普及に待ったをかけようとしているのです。石炭は人体に害を及ぼし、探鉱作業員だけでなく社会全体の人々の健康を蝕む処です。

(2)ステイグリッツ氏の提言
有害なエネルギーに戻って、これまで研究を重ねコストも低下させたクリーンなエネルギーの利用を妨げるなどは馬鹿げた話で、未来社会のあるべき姿を大統領のトランプ氏が理解していないために、アメリカが損害を被っていると米コロンビア大学教授のステイグリッツ氏はトランプ政策を強く非難する処です。同時に明らかなことは、トランプ氏のような煽動政治家の登場をゆるした自分たちの社会システムにも問題があり、何かが上手くいっていないことだとし、この際は、新自由主義に基づくレーガン大統領以降の資本主義を刷新し、新たな資本主義(Progressive capitalism)へのシフトを唱道するのです。

2.今、求められる新たな資本主義へのシフト

・アメリカ資本主義の病理
ステイグリッツ氏は、アメリカ資本主義の病理として大きな問題は、経済の不平等により民主主義社会が危機にさらされている事だが、それが経済自体にも深刻な影響を与えている処、この際は格差と不平等に対処するための包括的な計画の導入を中核としたProgressive capitalism(進歩的資本主義)へのシフトを訴えるのです。

   (注)Stiglitz氏著「People, Power, and Profits:Progressive capitalism for an Age
of Discontent,2019」邦訳出版2020/1月2日

深刻な経済への影響の一つは、総需要や投資が減る事ですが、 貧困層は手にしたおカネの全てを消費に回しますが、富裕層は資産や収入の一部しか消費に回しません。ですから不平等を作り、富を富裕層に集中させると総需要が減り、投資も減ってしまうと云う事になります。しかし不平等を促す政策はレーガン時代から続けられている事態が問題と批判を呼ぶ処です。 もう一つ大きな問題は、さまざまな産業で独占企業が増えている事で、GAFAなどはその典型ですが、一極集中が進むことでアメリカ市場から激しい競争が失われてきていることで、多くの分野でも価格が高くなっていますが、それがインフレ調整後の賃金が上がっていない理由の一つですが、これらは先進資本主義国が抱える共通問題と映る処です。。

・包括的政策の導入
さて、その対抗として導入が唱道される包括的政策ですが、その基本は成長や格差縮小への障害(過大な市場支配力を持つ企業がもたらす弊害)の除去と、バランスの回復(労働者に大きな交渉力をあたえる)とを組み合わせた政策となる処で、これは前掲ステイグリッツ氏らが主張する進歩的資本主義(progressive capitalism)の中核をなすものです。 実は、弊論考(N0.94, 2020/2月号)で、ステイグリッツ再論として同書を取り上げています。今次選挙結果を論じるにあったて、改めて目を通す時、そこに盛られた「21世紀の世界で必要とされる事」「求められる政策は‘政治と経済を再建する’政策」などの指摘を新とする時、緊密につながり合った世界に生きる者として、孤立主義という選択肢はなく、政治・経済両面で、これまで以上に国際関係の管理に取り組んでいかなければならないとの警告に改めて身をただす思いです。


第2章 バイデン政権と国際関係の可能性

バイデン政権が目指す政策の形は如何と、先に、彼がForeign Affairs, (March/April,2020)に寄稿した「Why America Must Lead Again」を紹介していますが(弊月例論考N0.98 2020/6月号)、彼の基本的な政治姿勢は、民主主義の再生、中間層の復活、受け入れ寛容な移民政策とするもので、外交的には同盟国重視、国際機関との協調を訴え、通商交渉にあたっては「労働対策と環境政策の重視」を原則として、自らその前線に立つとする処です。

もともとバイデン氏は環境問題や人権課題に対して関心が高いことで知られ、政権発足後、ESG(県境・社会・企業統治)関連のルール整備や産業振興策を打ち出すものとみられていますが、まずその具体的アクションとして、大統領就任当日には、地球温暖化対策の国際的枠組みの「パリ協定」に復帰し、各国に削減目標の引き上げを働きかけると公約しています。
漸く ‘トランプ政権下で止まった時計の針が動き出す’、と云った処です。

1.バイデン協調外交

(1)米欧関係:11月10日にはバイデン氏は英独仏やアイルランドの首脳と電話連絡し、安全保障や気候変動での協力について確認しています。まずは欧州との協調関係の回復、つまり欧米関係の再構築ってところです。その前日の9日にはカナダのトルドー首相とも電話会談を果たしています。これはトランプ政権下の4年間で揺らいだ米欧関係の修復を外交の最優先課題と位置付ける姿勢を鮮明とする処です。

米欧関係修復の具体策となるのが、トランプ政権時、離脱した国際的枠組み「パリ協定」への復帰ですが、前述のとおりバイデン氏は1月20日の政権交代時、同協定への復帰を決定しており、併せて「脱炭素」経済を目指す方針を欧州の方針と共有する事が確認されたと伝えられ処、ESG関連政策で世界の先を行く欧州にとっては、‘共通言語’を持つ政権が米国で復活することになるわけで、この結果米欧の2大市場が呼応しながら競争優位な環境づくりとして、規制強化などの動きの加速が想定される処です。脱炭素社会を宣言した日本も土俵を同じくできるよう、革新的な政策対応が求められる処です。

尚、バイデン氏は、安全保障体制については、もともとNATOを米国の安全保障の要と位置づけており、未だ負担金問題では決着を見ていませんが、欧州との連携は中東政策を進める上でも不可欠として連携強化を伝える処です。

この他、バイデン氏は今次コロナ対策について、「G7を中心に公衆衛生が整っていない国々を支援する国際枠組みの創設」を提案しています。その背景には金融危機や14年に米国で広がったエボラ出血熱への対策を当時副大統領として対処した経験が映る処です。更に、ひどい打撃を受けている国に手を差し伸べるべきと、イランへの制裁緩和をも提案する処です。つまりオバマ前政権で結んだイラン核合意を破棄したトランプ氏への意趣返しともなる処ではと、思料する処です。 ただ強権姿勢の首脳が幅を利かせる現在の国際社会で、融和の主張がどこまで通用するかですが、彼が主張するアメリカに期待したいと思う処です。

(2)日米関係:菅首相は12日のバイデン氏と電話協議で、気候変動問題など国際社会共通の課題で連携していく事、また日本防衛の義務を定めた日米安保条約第5条の沖縄県・尖閣諸島防衛への適用を確認。このほか、QUADへの協力、更には脱炭素社会を目指す菅政権の方針に対して、バイデン政権の環境政策との連携を合意したと報じられていますが、暫し様子見と云った処でしょうか。 序で乍ら、バイデン政権は国内インフラ投資の拡大を経済再生のカギとしている点で、財政のひっ迫が予想され、これが米軍の財政逼迫に連動する事となれば、日本の安全保障にも影響の及ぶことが懸念される処です。その点では、QUADの体制を介しての日本の対応の如何が問われる事になる処です。今、急速に中国の体制変化が進む中、きちっと見極めての対応が求められる処です。

・アジア太平洋地域と中国の存在感
加えて注目されるのが、中国のアジア太平洋地域にみる中国の存在感の高まりです。
11月15日、東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が、ASEAN(10か国) プラス 日中韓豪NZの15か国の間でFTAが調印されています。世界貿易の3割を占める巨大経圏の誕生です。もとよりこれがアジア主導で世界の通商戦略が変わる可能性を秘める環境にあって、11月20日、中国習近平氏はAPEC 21か国首脳会議にオンラインで出席し、TPP11への参加を積極的に考えたいと、表明したのです。

トランプ米政権はすでに2017年、TPPからの離脱を宣言、今次のRCEPにも不参加です。習氏は19日の関連会議でも米国を念頭に、保護主義を強く批判すると共に、「中国は地域経済の一体化を進め、アジア太平洋の自由貿易圏を一日も早く完成させたい」(日経11/21)旨を明らかとしたのですが、習氏の一連の言動は、云う迄もなく米国の政権移行期にアジア太平洋地域で中国の存在感を高めんとの狙いが煤ける処です。さて日米関係は中国という要素を抜きにして語ることはできません。QUADを介した日本の出番の可能性が高まる中、中国政府のかかる新たな行動に、日本の備えは如何と、改めて問われることになる処です。
                                      
2 バイデン対中政策の視点 ― 習政権の行動様式の如何

さてバイデン氏は、中国の経済行動は国際ルールを逸脱するものとの認識にあって、従って国際ルールの遵守を迫る形で対中圧力の堅持を目指すと見られています。その点ではトランプ政権と同じ線上にある処、その対抗は日欧などとの多国間枠組みをテコに、労働・環境を重視した貿易ルールを中国に迫っていくとしています。となれば、これまで米中関係のバランスにおいて対中政策を進めてきた日本は、上述、新たな中国の行動様式に照らし、改めて対応の再考が求められる処です。
                   
(1)中国経済の現状と長期展望
コロナ禍の世界にあって、中国経済は今、一人勝ちの様相をたどる処です。10月19日、中国国家統計局発表の第3四半期(7~9月)のGDPは実質前年同期比4.9%の成長です。。これは投資や輸出が牽引する処、他国に先駆けて経済は正常化しつつあり、成長の加速が指摘される処です。
 
そんな環境の中、10月26~29日、北京で開かれた「5中全会(第19期中央委員会第5回全体会議)」では、二つの長期計画、「第14次5か年計画(2021~25)」と併せて、「2035年までの長期目標」の導入が公表されました。新たな5か年計画などは、米中関係が過去にないほど緊張した中での策定となるものです。周知の通り、2018年から関税合戦が勃発、貿易摩擦が激しさを増し、2020年1月には貿易協議の第一弾の合意にこぎつけていますが、コロナの蔓延、中国に因る香港国家安全維持法制定を経て、米国が対中姿勢を一段と硬化させた中でのことでした。つまり、米国との緊張関係が常態化する事も視野に入れ、新5か年計画は需要と供給の両面から国内経済の底上げを目指すものとなっており、過度の海外依存を避けて、経済成長を持続させる「自力更生」の道を探るものとなっています。そのキーワードは「自主可控」(中国が独自にコントロールできる)。

因みに「2035年目標」では基幹技術で革新的な発展を実現するとし、環境に配慮した生産の形成を通じて競争の新たな優位性を高めんとする由です。そして一人当たりのGDPが中等先進国レベル(日本の4万ドルに対し中国は1万ドル)に達し、中所得層を拡大させる一方、国防・軍隊の現代化を基本的に実現させんとするのですが(日経11/04)、14億の人口を抱える中国の巨大さがもたらす脅威を実感させられる思いです。

(2)中全会と、安定化増す習政権

・中全会(中央委員会全体会議)は共産党党大会開催の2年前に開くこととされており、これまで後継者が固まる場として注目されるものでしたが、今次の会議終了時、発表されたコミュニケには人事の記載はなく、逆に習氏の実績を誇示し、指導力を礼賛する内容となっています。(日経11/4)その限りにおいて、習政治の安定感を伝える証とも云えそうです。因みに2018年の憲法改正で、国家主席の任期を2期10年までとする規定を無くしており、残るハードルは党大会時に68歳以上は引退する党の不文律ですが、習氏は22年秋の党大会では69歳となり、通常ならば、引退する事になるのでしょうが、もはやそういった縛りはなくなったという処でしょうか。

・つまり2018年3月の憲法改正(国家主席の任期撤廃)に大きな反発があったとされ、そこでもう一度、党内の安定化を図るため ‘二つの擁護’(注:習近平氏の全党に於ける核心的地位の擁護、党中央の権威と集中統一指導の擁護 )の制度化を図ったといわれていますが、それが功を奏したとされる処、習近平の独裁体制が定着したとされる処です。今後15年間にわたる展望の提示は1995年以来で、長期政権を狙う習氏の政治的な布石と云える処です。

さて、中国は、新体制の米国と対峙しながら今後、どのような展開を図ろうとするか、再び世界の関心は習氏の行動とその行方に集まるは当然の事として、一方、バイデン流、民主国家との連携による対中けん制枠組みの構築に、日本はいかにかかわっていくことになるか、これまた関心の高まる処です。


            おわりに 岐路に立つ民主主義

処で先週、筆者が主宰する社会人のための勉強会では、時節柄、今次の米大統領選、そして中国習近平政権の政策行動について講義を行ったのですが、その際受講生から、トランプ氏が仕掛けるゴタゴタ騒ぎの民主国家 米国と5全会に見る中国のような意思決定の姿を見ていると、中国の強権体制に米国の民主主義体制がどう優位を保てるものか、更に米国の混迷は民主主義そのものの衰退を意味するのではと、侃々諤々、クラスは暫し沸く処でした。

確かに自由で民主的な国よりも、権威主義的な国の方がコロナをうまく抑えている現実があり、政策の実行力に限れば中国型モデルに有利な面のある事、否めません。つまり、指導者は素早く決定を下し、政策を進め、次の選挙を気にせず、長期の戦略を定め、実行に移しやすく、前述2035年の中国の姿を、かくあるべしと定める習近平氏の姿はその好例です。

だから中国型モデルが民主主義体制よりも優れているという話にはならず、なぜなら民主主義には強権体制にはない決定的な長所がある処、つまり一つには、民主主義体制では指導者の政策や決定はいつでも世論の監視や批判にさらされ、検証され、失敗を重ねれば選挙によって変えられてしまうことになるということ、今米国で起きているのはただの混乱ではなく、そうしたプロセスにあるというものです。そしてもう一つは、社会の軋轢は国家に問題を直視させ、法や制度を改めていく力を持っているといえるからです。

思うに米国での人種問題についていえば、南北戦争や1950~60年代の公民権運動を経て少しずつ人種差別を減らし、ついには2009年に黒人大統領の誕生を見ています。これこそは米国民主主義の健在あっての事というものです。かつて英国の元首相、W.チャーチルが発した「民主主義は最悪の政治。これまで試みられてきた民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」との言は有名ですが、民主主義は時間もコストもかかるが、国民の一人ひとりの尊厳にレスペクトを払う、言い換えれば多様性を受容する優位なシステムと云えるという事です。その点、トランプ氏の ‘米国フアースト’ には、社会の多様性を受け入れない、社会の対立を生むばかりと、危機感の募る処です。

とはいえ、それでも気になることは世界の潮流です。つまりグローバリズムと民主主義は一緒にうまく回らなくなっていることが明らかになってきていることです。米欧でみられるように社会の分断がどんどん進んでいて、そこにコロナの問題が重なったこともあり、政治体制そのものが問われかねない事態が露わとなってきています。日本も例外ではありません。問題は、そうしたことへの備えがあるか、です。 
さて、10月26日開催の日本生産性本部大会での基調討論会で、元東大学長の佐々木毅氏は「大状況の変化がどういう形で、大きな波として日本に押し寄せてくるか、それについての議論が欠如している危うさがある。何か起こった時、飲み込まれていく。体制間競争について自分たちなりにきちんと考えていくことが重要だ」と、懸念を示すのです。 以上              
(2020/11/25)
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2020年10月25日

2020年11月号  分断の世界、いま日本の出番?そして‘More Internationalism‘ - 林川眞善

目  次

はじめに ‘コロナ禍の国連、機能せず ’   

・「自由で開かれたインド太平洋」構想
・菅首相、初の外遊
・Internationalismの勧め
      
第1章 QUAD, 日米豪印、新たな国際協調枠組み
 
 (1)中国vs 中国の周辺国、と云う対立構図
 (2) QUAD会議(4か国外相会議)とポンペオ米国務長官
  ①「インド太平洋」構想
   ・クアッド4か国の思惑
  ② ポンペオ米国務長官 訪日の真相
         
第2章  Contagionsの世界で、今求められるのは
    国際協調主義 ― More Internationalism, Not Less

 (1)今、Contagions (伝染病症状)の世界
 (2) The Roosevelt revolution(ルーズベルト大統領の革命)
   ・Clubs and shopping malls

おわりに  脱炭素社会を目指す菅政権

         ----------------------------------------------------------

    
はじめに ‘コロナ禍の国連、機能せず ’

このキャッチフレーズは、9月26日付け日経紙が、今年創設75年を迎えた国連総会での米中等各首脳のスピーチが映す国連の‘今の姿’を評するものでした。

1945年10月24日、第2次大戦を防げなかった国際連盟の様々の反省を踏まえ、51か国の参加を得て創設された国連は今年で75周年を迎えました。本来ならいろいろなお祝いの行事があって賑わいを呈する処でしょうが、今年は新型コロナ感染拡大で、そういったイベントもなく、各首脳はVTRでの参加と云う事で、殊更寂しい姿を呈するばかりでした。

振り返るに世界は10年に一度、100年に一度とも云われるような危機に際しては、主要国による国際的な協調体制が組まれてきました。1970年代の石油危機の後にはG7の枠組みがつくられ、リーマン・ショック後にはG20の枠組みが強化されてきました。然し、新型コロナ・パンデミックは世界経済に戦後最大の衝撃を与えていますが、国際的な協調体制が組まれる機運は一向に高まりません。それどころか、パンデミックを機に、世界は分断傾向を強めています。

目下は、投票日(11/3)の迫った米大統領選に向けたトランプ氏のプロパガンダ、対中批判
の高まりがクローズ・アップされ、これが分断を刺激する処と、大方の理解する処ですが、これが近時、中国とその周辺諸国との摩擦環境を見ていくとき、どうも米中対立だけでは語れないような状況が生まれてきているものと思料する処です。

これまで「米中対立」こそは地政学上の最大の問題とさてきていますが、米戦略国際問題研究所上級顧問のエドワード・ルトワック氏は、こうした捉え方は、もはや過去の話だと、断じる処です。(文春、10月号)そして、現在進行しているのは「(米国主導の)海洋同盟と中国との闘いであり、米国は、中国との対立最前線に立っているわけではなく、一歩引いた場所にいる」とも云うのです。
確かに経済面、貿易面では「米中関係」は厳しい問題を託つ処です。然し「戦略」の世界にあるのは「米中対立」ではなく「海洋同盟と中国との対立」であり、それは最近の国際ニュースを見れば、すぐに理解できると云うのですが、極めて興味深い視点です。

・「自由で開かれたインド太平洋」構想
そうした中、10月5/6日、日米豪印4か国の外相会議が東京で開かれています。会議の目的は「自由で開かれたインド太平洋」構想(注:本文P.5参照)推進のための4か国会議です。もともと、2016年、横浜で開かれたTICAD(Tokyo International Conference on Africa Development::アフリカ開発会議)で日本が提案した構想で、航行の自由や法の支配を礎にアジア地域の平和と繁栄をめざすとするものですが、まさに上述 新環境への対抗としての行動とも映る処です。

そこで、当該構想の可能性を改めて考察しておきたいと思うのですが、この際、強い関心を呼んだのは、米大統領戦の緊迫した状況、トランプ氏自身を巡っての緊迫した状況にあって、ポンペオ国務長官が態々アメリカの地を離れる事の意味合いでした。 周知のように終盤に入った米大統領戦の緊迫な状況に関わらず、ポンペオ国務長官が態々アメリカの地を離れ、日本に出向き、4か国会議に出席した事の意味合いが問われる処ですが、その趣旨からは、自国主義にあった米外交政策の変化と云う処でしょうか。

そして、米大統領選がどのように決着を見るかで、国際環境は大きく影響を受ける処ですが、この構想の大きなポイントは、参加4か国のいずれもが中国を極めて意識していると云う事、そしてこれまでの経緯から、日本が主導的な役割を担う事になると云う処です。勿論、色々問題ある処ですが、当該構想の可能性と推移の如何は、混迷を深める世界の生業にあって同時に、日本の針路を規定する処と思料するのです。

・菅首相、初の外遊
10月19日、菅首相は就任後、初の外遊先としてベトナム、そしてインドネシアを表敬訪問しましたが、主たる目的は‘インド太平洋’構想への協力要請でした。同時に、「日本は供給網の強靭化を進め、危機に強い経済を構築するために東南アジア諸国連合(ASEAN)と協力を深める」(日経、10/20)と強調する処でした。(注)

    (注)20日、インドネシア、ジョコ大統領との会談席上、同大統領よりは「世界の大国同士の競争により多国間協力が脅かされている」と協力を呼びかけられた由。
     尚、この際はコロナ禍での経済打撃を踏まえ、500億円の円借款の供与を表明。

今後の菅外交は米中対立下で、各国とどのように首脳会談を組み立てるかが、重要になると云うものですが、今回の両国への訪問は、日本外交の方向性、ASEAN重視を国内外にはっきりと示す効果があったと云うものです。

処で、21世紀に入って、資本主義が独り勝ちするなか、グローバルと云う言葉の存在感が強まり、それとは対称的にインターナショナル(国際的な)という言葉はすっかり耳にしなくなっています。然し、自国主義を謳うトランプ米政権の台頭、英国のBrexitなどに刺激され自国主義が高まるなか、国家間の分断が進み、更にはコロナ禍がその傾向を促進する処、いつしかグローバリゼーションの終焉すら云々されるようになってきています。

・ Internationalismの勧め
そうした状況にあって、米プリンストン大教授(国際政治)のJ. Ikenberry氏は、かつて1930年代の不況克服にあたって時の大統領、F.D.ルーズベルトが、当時の政治的、経済的混迷の事態を`contagions’(伝染病症状)と称して対峙した事例に倣い、現下のコロナ禍に覆われた現状を再びcontagionsと再定義すると共に、持続的経済の成長のため、これまでのglobalizationとは異なるliberal internationalismを以って、国家間の連携を高め、新しい世界秩序の下、持続的な成長を目指せと云うのです。久しぶりに目にするinternationalism、筆者が口にする日本が目指すべきは独立した外交とはまさにその文脈を同じくする処です。

そこで、本稿では、(1)米中対立を巡る変化の実状を、国際関係における地政学的変化として分析し、その変化の文脈において、日本はどのような対応を以って持続的成長を目指すことになるのか、広い視点から考察し、併せて、(2)アイケンベリー氏が提唱する次なる思考様式’ More Internationalism ‘について考察する事としたいと思います。


         第1章 QUAD, 日米豪印、新たな国際協調枠組み
 
米大統領選まであと僅かとなった10月2日、トランプ氏は新型コロナウイルス感染発症を公表、直ちにウオルター・リード米軍医療センターに入院したものの、コロナの感染克服を有権者に誇示すべくその3日後には退院し、大統領選挙戦に復帰。10日にはホワイトハウスで対面での選挙イベントを開催、12日には南部フロリダ州で選挙演説を開催と、バイデン氏にあけられている‘水’を取り戻さんと、がむしゃらな選挙活動を再開する処です。

そんな異常な事態にあるトランプ氏を抱え、米国を離れることなど考えられないとされる中、前述4か国外相会議への出席を目的としてポンペオ国務長官が来日。それは「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた4か国の連携強化を再確認するのが狙いとされるものでした。が、それは同時に、より直近の目的は、トランプ大統領のコロナ感染で生じたワシントンの「権力の空白時期」を利用しようと、虎視眈々と狙っている敵対・競争勢力に、米国と同盟国の団結を誇示する事にあったものと見られる処です。

そのポンペオ氏の行動は前出エドワード・ルトワック氏の指摘に重なる処です。ではどういった動きか起きているのか、以下でその状況をチェックしておくこととします。

(1)中国 vs 中国の周辺国、という対立構図
まず中国との戦いの最前線をリードしているのは、豪州だと云う事です。事のきっかけは、新型 コロナ・ウイルスの発生源と、中国の初期対応に関し、国際的な独立調査委員会の設立を豪州が提案したことに始まるもので、これに中国が強く反発、豪州産大麦に80.5%もの関税を上乗せし、留学や旅行も含めて豪州行きを避けるよう国民に呼びかけたと云うものです。 中国は、豪州にとり輸出の3分の1を占める最大の貿易相手国。そこで北京政府は「経済的にどれほど依存しているのかわからないのか」とばかりに圧力を懸けてきたと云うのですが、キャンベラのエリートは屈することなく、WHOでは中国はずしを狙らったり、インドを国連の安保理の常任理事国にするためのロビー活動を始めるなどで、豪州は「反中包囲網」をリードし始めているとされる処です。つまり、こうした豪州と中国との関係の冷え込みが日豪接近の背景にあると云うものです。

又、4月上旬には中国海警局の船舶が、南シナ海の西沙諸島付近でベトナム漁船に体当たりをして沈没させる事件が起きていますし、南沙諸島でも中国とフィリピンとの対立が本格化し始めています。更に4月中旬、北京政府は突然、この二つの諸島を新たな行政区に編入し、西沙諸島に「南海省三沙市」の「西沙区」を、南沙諸島に「南沙区」を設置すると一方的に発表する処、これに対してベトナムは一歩も引かず、これを支援しているのが米国とインドで、日本も、ベトナムに艦を寄港させている処です。

つまり、事態は、もはや「中国vs 米国」ではなく、「中国vs 中国の周辺国」と云う構図になってきていると云う事ですが、そこに豪州、インド、日本と云った「海洋同盟」の国々も加わり、これを支えているのが米国であって、後方支援にあるとされると云うものです。このところ緊張の高まる中国とインドの国境紛争も同様の形勢にあると指摘される処です。

(2)QUAD 会議(4か国外相会議)とポンペオ米国務長官

さて、ポンペオ国務長官が、緊急事態にある米国を置いてまで来日し、インド太平洋会議に出席したことの真の理由については次項②に譲るとして、取り急ぎ「インド太平洋」構想とはどういったものか、改めてその概要と可能性について、検証しておきたいと思います。

①「インド太平洋」構想
10月6日、東京で日米豪印、4か国外相会議が開かれました。勿論、その際のテーマは、「自由で開かれたインド太平洋」構想(注)。そこでは中国を意識した経済や安保について提携協力強化に話題が集中したと、報じられていますが、今、異常事態にある米国大統領戦の最中、ポペイオ米国務長官の来日は何を意味するか、はまさにこの点の確認にあったと云うものです。

   (注)インド太平洋構想:2016年、横浜で開催のTICAD(アフリカ開発会議)で日本が
打ち出した構想で、地域の平和と安定、繁栄に貢献し、経済と安全保障の両面で連携を
目指すとされている。経済面では東南アジアやアフリカでの道路、橋梁など都市インフ
ラの整備の推進。尚、中国が広域経済圏構想「一帯一路」を掲げ、同地域でインフラ投
資を拡大するのに対抗する。一方、安保分野では中国の海洋進出を念頭に、アジアと中
東を結ぶシーレーンを守る狙いがある。

そもそもは、当該構想は上述(注)のとおり、日本が2016年のTICADで打ち出したものです。既に日米同盟関係にインド太平洋を囲むオーストラリアとインドの参加を得て、4か国が中核となってインド太平洋での日米豪印の安全保障協力の体制を構築せんとするアイデイアで、当該会議の呼称は「クアッド(4か国)」(Quad)とされています。尚、昨年9月にはNYで初の4者、クアッド外相会議が持たれていますが、具体的テーマをもって集まった今回こそが第1回会議とされる処です。

尚、4か国の関係ですが、日米はともかく日本と他2か国との関係を見るに、①インドとの間では9月9日には自衛隊とインド軍の役務の相互協定が結ばれ、②日豪間では同様協定は2017年9月に結ばれている処です。尚、オーストラリアとインドの間でもこの6月に同様締結されていて、日豪印は言うなればツーカーにあるとされる処です。
因みに、4か国を地図上でみると、横軸として、東(太平洋)に米国、西(インド洋)にインド、縦軸でみると、北に日本、南に豪州がありで、価値観を共有しうる東西南北4か国の行動様式が注目される処です。

・クアッド4か国の思惑
尤も、クアッド4か国の思惑が全て一致しているわけではなさそうです。インドは伝統的に非同盟の道にあり、きっちりした同盟とするには抵抗がありそうです。インドは新興国であり有名無実化したとはいえブラジル、ロシア、中国、南アと共にBRICSサミットの参加国です。一方、中国との対抗を強く意識する米国は、クアッドを核にインド太平洋版のNATOの形成を狙うものとも云われています。

更に対中戦略の共通点で、日豪共に頭痛の種とされるのが年内合意を目指しているRCEP(アセアン諸国連合10か国に日本、中国、韓国、豪州、NZ、インドの6か国が加わった地域連携)ですが、インドがそっぽを向いてしまったことです。世界のGDPの3割を占めるRCEPで中国の突出を防ぐために、日豪としてはインドをバランス役にしたかった処、貿易赤字が膨らむ中、関税引き下げを嫌うインドは、RCEPから離れようとしているのです。

ですが、クアッド4か国は、海洋進出を加速させる中国を意識しており、日本はクワッド仲間とスクラムを組み中国と対峙する事で、豪印という自由や民主主義を共有する準同盟国を得たことで、足元はずっと安定する事になる筈で、それは日本の同盟国が米国だけとなると、外交で踏み絵を踏まされかねない事への対抗措置ともいえる処です。4か国には、夫々2国間協力の枠組みはありますが、同構想は地域の安全保障協力を「線」から「面」に広げられることになると云うものです。

となれば、日本としては、本構想に火をつけてきた立場から、又TPPを誘導してきた経験をも踏まえ、メイン・キャスターの立場となって当該構想の実現に向かう事となるでしょうし、それは新たな国際環境の創造に繋がる処ですが、同時にその変化への対応として、日本経済の合理的あり方が求められることになる処です。つまりコロナ禍を抱え混迷する世界経済にあって、日本はQUADを通じて、日本そして全アジアの広がりにおいて、持続的発展に主導的な役割を果たしていく事を使命とする事になる、それこそは日本の出番と思料する処です。

② ポンペオ米国務長官 訪日の真相
さて、10月5日、ポンペオ長官は、上述会議への出席を目的に来日しました。大統領選投票日まで28日。この投票1か月を切った時点で、有事でもない限り、通常、国務長官は動き回らないものです。然しこの段階で彼が動いたことは、、世論調査が示すトランプ氏劣勢の挽回にある処、そのための切り札の一つが対中強硬策であり、その目に見える具体策が,インド太平洋構想と位置づける処です。
つまり、東京での4か国外相会議は、中国の海洋利権拡大を狙う軍事的・政治的脅威を阻止することとし、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた4か国の連携強化を再確認するのが狙いと云う事で、右目で中国、左目で米有権者をにらんだトランプ再選戦略と云うものです。

然し、同時に、ポンペオ長官は、トランプ氏の再選はなく、バイデン氏が大統領になるのはほぼ確実と見ているようで、そこでバイデン政権になっても直ちに修正されたり、放棄されたりしない「レガシー」を残そうと慌しく動きまわっているともされ(注)、更にポンペオ氏は2024年の大統領選出馬を視野に入れているとも評される処です。つまりその為には彼として、トランプ氏の意向通りに動いていても、客観的に見て、共和党にとっても国家的利益から見ても、正しいことをしてきたという業績を残したいはずで、彼の行動はそうした発想にある処とメデイアは興味深く伝える処です。

(注)バイデン氏の対中姿勢:弊月例論考6月号でも紹介したように、バイデン氏は、フ
ォーリン・アフェアーズへの寄稿論文で「中国の脅威に対してはグローバルな脅威と捉え
て同盟国やパートナーと集団行動を結集して対処する」と記す処です。 

さて、11月3日まであと10日、敗北を認めないリスクを抱えた米大統領選は如何なる展開を見せるのか、伝えられる処では、選挙当日の夜には勝負は決することはなく、数日、或いは数週間と結果を待つこともありうるべく、政治の空白が気がかりとなる処です。


   第2章  Contagionsの世界で、今求められるのは
国際協調主義 ― More Internationalism, Not Less

今次のコロナ・ウイルスとの闘いが、マスク、防護器具、人口呼吸器、ワクチン等を巡る戦いともされる点で、多くの国では、自国第一主義を以ってそれらを奪い合う、言うなれば地経学的、即ち経済安全保障的な衝動すら露わとなる処、グローバル経済の核となってきたグローバル・サプライチェーンの国内回帰等が云々され、以ってglobalizationの終焉と総括されることの多い状況です。 確かにコロナ対応では各国は、自国の防衛に向かいだす様相にある処ですが、然しパンデミクスの解決は、ウイルスという事の性質からは国際的協力なくしてはなし得ず、従ってinternationalな連携・協調が不可欠とされる処、米プリンストン大教授のJohn Ikenberry氏はForeign Affairs(July/Augst,2020)への寄稿論文 `The Next Liberal Order ‘ で、改めてmore internationalismをと、主張する処です。今更の感、拭えぬ中、上述 ` QUAD’ も同じ文脈にあると思料される処、意外に新鮮さを感じさせられ、そこでその概要を簡単に紹介する事としたいと思います。
             
(1)今、contagions(伝染病症状)の世界

まず、将来歴史家が ‘自由主義世界の秩序’(the liberal world order)終焉のタイミングを問われたら間違いなく、それは2020年の春だと、云うだろうとしたうえで、今日、世界を席巻しているコロナ・パンデミックが露わとする問題は、将来にも必ず引き継がれ発生することが十分予想される処、国民の健康、貿易、人権や環境等、問題について政府は関係当事国間で協力・協働し合い、対峙する事に無頓着でやり過ごしてきた点で、聊かの信頼を失ってきたと、指摘する処です。

そして今、liberal world order,自由主義世界の秩序は、米国を筆頭として、そうした思考様式を放棄し始めたことで壊れだしているが、それはトランプ米大統領が2016年、「グローバリズムと云う誤った歌声に駆られている限り、このアメリカと云う国を明け渡すことになる」と公言していた事態を映す処、この発言は75年に亘る米国のリーダーシップを過小評価するもののほかなく、一方、米外交政策を担うエスタブリッシュメントはもはや店じまいし、次なるグローバル時代、つまり大国間の軍事力競争の時代に向けた対応を目指す様相にある処、かかる事態を回避していくためには Frank D. Roosevelt(FDR)の治世に学ぶべきと主張するのです。

どういったことか。ルーズベルトは、1930年代の混迷した世界を、ウイルスの伝染する状況になぞらえ `contagions‘(伝染病症状)と称し、かかる事態は単に一国で処理しうる事ではなく、その解決にはglobal infrastructure of institutions and partnershipsの構築が不可欠と結論し、以って対峙したが、要はinternationalismに尽きると云うのです。
つまりinternationalismとは、国境を排除しようと云うものでもなければ、世界をglobalizingしようとするものでもなく、それはそれぞれ国家の安寧秩序を確保していくため、経済成長と相互安全保障を担保していくためのmanagementにほかならないと云うのです。今日云う自由民主主義とはこうした政策の積み重ねの上に成り立っているもので、それだけに米国のリーダーシップをもってすれば、それはなお元の状態に戻すことは可能とするのです。

そこで、まずThe problems of modernity、現代経済の問題点についてfact findingを行った上で、The Roosevelt revolutionとされる30年代、大恐慌を克服したFDRの政策を学習し、その取り組みをupdateし、internationalismをコアーコンセプトとして 、その推進のための国際組織(Clubs)とその 協調・協力者( shopping malls)を以って国際的な協力体制の構築を提唱するのです。そこで、以下ではそのThe Roosevelt revolutionにフォーカスし、彼が提唱するliberal orderについて考察しておきたいたと思います。 

(2)The Roosevelt revolution (ルーズベルト大統領の革命)

伝統的にliberal internationalismは、しばしば、1913年の28代米大統領Woodrow Wilsonにさかのぼるものとされる処、自由主義と云う思考様式に革命をもたらしたのは1933年の第32代大統領、F. Rooseveltだと云うのです。つまり、ルーズベルト大統領は、当時、暴力、略奪、圧制に苦しむ世界を見てきた経験から、現代化への力はリベラルにあるのではなく、science, technology そしてindustryが、経済社会の装備となって進歩を促すものと理解していたと云われる一方、ルーズベルト大統領が目指すliberal democratic worldの核心にあったのは国内基盤の強化であり、有名なNew Dealは国内経済復興の政策だったと云うが、結果として、それは世界に影響を及ぶものだったと云うのです。

元々ルーズベルトはinterdependenceとは新たな弱さを生むことになるとしており,1944年Bretton Woods会議に向けた彼のメッセージでは、制度的欠陥などは話し合いで終わらせるもので、各国経済の健全性などは、それぞれの国の問題で、多国が関与する話ではないとしていたと指摘する処です。ただこの相互依存関係をマネージするためには恒久的な多国間調整機関の導入が必要としており、ルーズベル個人は、世界の新秩序の核心に、International agreements, institutions, and agencies を配する事を意識していたと云われる処です。実際、金融、農業、国民健康等々、多国間行政機関の導入が続き、国際共同の枠組みができてきたというものです。

もう一つのイノベーション(新機軸)は、安全保障概念を再定義したことだと云うのです。。 米国では大恐慌とNew Dealが「社会保障」概念を植え付け、第二次世界大戦時の暴挙と国家の崩壊が「国家安全保障」概念を定着させ、そして今日言う処の「社会保障」は、国としての社会的安全網(social safety net)を築くことを意味する事になったと云うのです。

「国家安全保障」とは対外環境を整備する事で、将来を見据えた計画を進め、自国政策を他国家との整合性をはかりながら同盟を堅持していく事ですが、各国は対内的には社会保障政策、対外的には安全保障対応の二つの目標を以って進むことになるが、ルーズベルトの目指すinternationalismの特徴は、big liberal democracies、自由主義大国の間にあっては、各国の安全保障体制と結び付けられる処にあるとするのです。そして、1919年後に進んだ秩序崩壊は大西洋両側の諸国に、自由資本主義民主主義の防衛のためには共通した防衛政策が必要と、自覚させる処となったと云うのです。

自由主義社会と安全保障とは、政治と云うコインの裏表に当たるものだが、ルーズベルト時代のinternationalistは、米国と同じ思考様式の国々が集まり、その際は米国を「偉大な民主主義の集積場」と見做していたとされる処、それも米ソ冷戦が始まるや、米国は他民主主義国と共に、ソ連をチェックするため、同盟を組み、国際機関や連携体制、など矢継ぎ早、制度設計し、自らがその中核に収まってきたというのです。

・Clubs and shopping malls
ソ連崩壊後の世界では、liberal order は、それまでの2極体制から、まさに真にglobal order へとシフトしたが、その結果としてliberal order の社会はそれまでのClub, 有志クラブと云ったものではなくなり、今日みるliberal international orderは驚くほどに枝葉を広げ、安全保障協力、経済的協力、政治的協力は、今や身勝手な行動を起こし、それぞれの成果について責任を明確にすることもなく、またその価値を共有する努力もないままに今や、liberal international order の姿はまさにshopping mallsの様相を呈しており、こうした環境こそが中国やロシアの行動を許すことになってきたとも指摘するのです。例えばWTOの加盟によって中国は欧米市場へのアプローチが可能となったが、中国側はそれに見合う対応をすることなく、知財権の取り扱いなどはその典型だとし、法の下の支配を強調するのです。

そして、こうした動きを回避するためにも、米国と関係自由民主主義国家とが一貫した連帯が取れるよう体制の再編が必要である事、そしてこの点こそ、次期米国大統領に世界のliberal democraciesの結集を呼び掛けることが求められる処とし、併せて、この際は自由民主主義の強化とグローバルな統治の在り方を示した大西洋憲章の精神に立ち戻る事を示唆する処です。

因みに、現在米国を筆頭としたG7に、豪州、韓国等を加えてG10と拡充し、この新グループのリーダーにより、共通の行動基準を導入し、それを規範とした貿易制度を再編する事だとするのです。また気候変動問題についてグローバルな協調体制を再稼働させるアジェンダとし、次なるウイルス・パンデミックに備えての対抗策を整備していく事も必要となる。そして中国が国際機関に協調していく努力をモニターして行く事も必要と云うのです。(尤もこの提言には、俄かには与し得ませんが)

そもそも民主主義国のクラブとは、large multilateral organizations, 包括的多国籍的機関と共存する事にあって、国連をその頂上として国際関係に絡む問題を有効に処理していく事だが、この際のカギは国際協力を如何に国内事情に貢献していくかにあると云うのです。
そこでLiberal internationalismは単にglobalizationに代わる言葉ではなく、つまり、globalization は国家間の障害をはずし、経済や社会を一元化していく事を目指す処、liberal internationalismとはmanaging interdependence つまり相互依存関係を合理的な姿で維持する事にあると、断じるのです。そして、今日の自由民主主義は破綻状態にはあるが、米国のリーダーシップを戴くことで、未だ取り返すことはできるとも云うのです。 であればこれも今次の米大統領選次第と云うことになるのでしょうが、もはやQUADと共に日本の出番かも、と思うばかりです。

            おわりに 脱炭素社会を目指す菅政権

菅政権が発足したのが9月16日、それから僅か1か月余、政府のデジタル庁の創設準備、携帯電話料金の引き下げ検討、不妊治療の保険適用、行政手続きからのハンコ追放、再生可能エネルギーの主力電源化など、多くの政策が一気に動き始めています。その多くは規制改革を伴うため、難度が高いと思われていたものです。アベ政権では未完だった国内における改革に矢継ぎ早、着手する処ですが、なぜこのようなスタートダッシュができるのか? 巷間、それは国家組織を十二分に動かしているからだとされています。尤も学術院会員認証拒否問題もあって近時、支持率は降下気味。さて10月26日召集の臨時国会での所信演説では、これら政策テーマを以って臨むことが伝えられる処ですが、中でも、脱炭素社会の実現を目指すとの政策表明が予定されている由で、これこそは筆者の強い関心を呼ぶ処です。

菅首相は温暖化ガスの排出量を2050年に実質ゼロにする目標を掲げ、脱炭素社会の実現を目指すと表明する見通しだと云うのです。ゼロ目標とは2050年に二酸化炭素(CO2)などの温暖化ガスの排出量と、森林などで吸収される涼を差し引きで、ゼロにする目標ですが、言うまでもなく長期的産業政策となる処、これが日本の産業構造の転換を迫る処となるだけに、極めてexcitingなテーマと映る処です。

政府はこれまで、「2050年に80%削減」、「脱炭素社会を今世紀に後半に実現」と説明してきていますが、ゼロ迄減らす年限を示さない曖昧な対応で「環境問題に消極的だ」と批判を受けてきていました。温暖化ガス排出量を実質ゼロとする目標をあげるのは、世界で「脱炭素」の流れが加速している(注)ことを映す処ですが、目標を達成するには、社会や経済の在り方を根本から見直す大改革が避けられない処です。 

  (注)海外の対応:EUは既に「2050年に実質ゼロ」の目標を掲げているが更に、「パ
リ協定」が示す「産業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑える」目標を早期達成
のため、前倒しも検討している由。なお、英国、フランス、ドイツは温暖化ガスの排
出量が多い石炭火力の全廃を決定。又、排出量削減を巡っては消極的だった中国は
「60年より前に実質ゼロ」を表明。米国は周知の通りで、今次大統領選結果次第。

新目標の設定を受け、経産相は26日にも再生エネルギーの拡大を柱とする政策の公表を示唆しており、温暖化対策を通じて産業構造の転換を促さんと云う処、太陽光・風力発電の普及のため大容量蓄電地の開発援助、水素ステーションの設置拡大策も示す見通しと、報じられており期待される処です。ただコロナ後の経済回復を脱炭素社会に繋げられるかがカギとなる事でしょうから、国民や企業もこれが齎す変革への覚悟が求められると云うものです。元より高い目標を掲げることで、新たなビジネスが生れ、生活もより便利で豊かなになる、そうした発想で、社会と経済を根本から作り変える覚悟が必要と、痛感する処です。
                               以上 (2020/10/24)
posted by 林川眞善 at 17:25| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2020年09月25日

2020年10月号  2020年米大統領選 前夜 - 林川眞善

目  次

はじめに  米大統領選 前夜       

第1章  前夜 その(1 )- D. Trump VS J. Biden
                
1.トランプ氏の再選狙いの行動様式
(1)‘売り’を失ったトランプ氏の再選への戦略
(2)トランプ氏の選挙(郵便投票)介入の可能性

2.バイデン民主党の公約(Build back better)と、 Running mate ハリス上院議員
(1)バイデン氏の大統領候補受諾演説
(2)Running mate Kamala Harris上院議員
   
第2章  前夜 その(2)- Black lives matterと大統領選が招く危機

1. Black Lives Matter (BLM)
(1)選挙戦の潮目を変える人種差別抗議デモ
 ・BLMとコロナ・ショック
 ・’Democrats cannot rule out Trump Victory’
(2)トランプ政治に激怒のJoseph Stiglitz 教授

2.敗北を認めないリスク― America’s ugly election
 ・FT-Peterson US Economic monitor
 ・トランプ vs バイデンTV debateの行方

おわりに  ‘前夜‘ に思うこと     
 ・Visionの語られる事のない米大統領選
 ・安倍晋三氏のレガシー         
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はじめに:米大統領選 前夜

8月20日、民主党はバイデン氏を、8月27日には共和党のトランプ氏を夫々正式に大統領候補に指名しました。これで予備選を含め1年超に亘った米大統領選(投票日,11月3日)は、まさに終盤入りです。トランプ氏の再選か、バイデン氏の勝利となるか、世界の注目は日ごと高まる処です。

さて、8月1日付け日経では同社コメンテーターの菅野幹雄氏が「新型コロナウイルスで15万人もの米国民が命を奪われながら『中国発の大疫病だ』と責任逃れを続けるドナルド・トランプ米大統領の姿はもはや痛々しい」と指摘するのでした。それは、毎回発表される世論調査では、トランプ氏がバイデン氏に水をあけられる状況が続く中、その‘水’ を呼び戻さんと、あがくトランプ氏の姿を映す処と思料するのです。 
つまり、感染拡大が始まった今年1月頃からの新型コロナウイルスに対し、専門家医師のアドバイスを聴くこともなく無頓着にやり過ごしてきた結果、経済の極端な停滞を招き、大統領選を控えた彼として、経済の早期復活をと、焦る姿と云うものでしょう。コロナによる死亡者がもはや20万人近くに達する(注)今、新型コロナ対策を巡って繰り返されるトランプ氏の不誠実な対応に、もはや現職大統領は正統性に欠けるとんでもない人物との見方(The Economist, Sept.5)が有権者の間に広まっていることで、選挙戦の実態は「トランプ VSバイデン」でなく、「トランプ VS アメリカ」の様相を呈する処です。

    (注)9月17日、米ジョンズ・ホプキンス大の発表では、16日現在、累計死者数が世
界で最も多かったのが米国で、19万6千人と。更に23日、同大学の発表では世界の
累計感染者は約3142万人、死者は96万6千人に上ぼり、感染者数の国別では最多
が米国で、新規感染者数が9日連続で増加。22日には死者が20万人を超えた由。

かかる状況にあってはバイデン氏の優位が云々される処です。が、それでも尚、懸念される事は、トランプ氏が勝利する事ではなく、同氏が投票を妨害したり、敗北を認めなかったりして、不正に勝利を奪うのではないかとの不安だとされているのですが、その懸念が今急速に高まってきていると云う事です。
民主党のペロシ下院議長は、とにかく絶対的勝利を期すことが必要と檄を飛ばしていますが、そうした懸念を克服するためには、とにかくトランプ氏に、その結果に口出しさせるような隙間を与えない事であり、その為には絶対的勝利が必要と云うものです。

もう一つ、周知の通り5月25日、米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官による暴行で死亡した事件が起きました。爾来、全米各地ではこれが人種差別問題として、 ‘Black lives matter’を掲げた抗議デモが頻発。警察との対立、そしてこれを機に人種差別問題に絡めたトランプ支持派と反トランプ派との間での対立抗争が広がりを見る処となり、今やこれら問題は、‘公共の秩序’ 問題として、大統領選での争点に押し上げんばかりの様相となってきています。 それは、まさに大統領戦の潮目を変える処とも云え、これが‘法と秩序’ を標榜するトランプ氏にとっては、窮地にあるとされるだけに、この潮目の変化は再選へのbigチャンスと映ると云う処です。

そこで今次大統領選の行方を見極めていくため、まず「痛々しい姿」と指摘されたトランプ氏の選挙戦に見せる行動の実像を、対抗馬のバイデン候補との対比においてレビューし、以って選挙前夜「その(1)」とし、加えて今、選挙戦の新たな潮目ともされる急浮上の‘Black lives matter’(人種差別)問題について、「その(2)」として、レビューする事とし、この2点の考察を以って、米大統領選の展望を図る事としたいと思います。


             第1章 前夜 その(1)
              ― Donald Trump VS Joe Biden

1. トランプ氏の再選狙いの行動様式
(1)‘売り’を失ったトランプ氏の再選への戦略
まず前出、菅野コメンテーターが指摘していた、‘あがき’の背景にある最大の要因は米経済の停滞です。トランプ氏は昨年6月、好調な米国経済を背景に、悠々再選への立候補を宣言しました。その時多くは、彼の再選を疑う事はない、そうした環境にありました。

然し2020年に入るや、中国を発生源とされる新型コロナウイルスの感染拡大で、10年8か月続いた米景気が突然終焉を見たのです。云うまでもなく、それは彼にとって何よりも選挙での「売り」を失う事を意味する処です。そこでコロナで失われた雇用の回復をと、4月には総額3兆ドル超の財政を出動させ、経済の下支えを図ると同時に、雇用の喪失は中国を発生源とするコロナウイルスにあって、従って中国に、その責任を取らせると、対中圧力を強め今日に至るのですが、以ってトランプ氏の選挙戦略とする処です。

つまり、雇用回復と対中圧力は今や同一線上にあって、米国第一の戦略を対中姿勢の強化を以って示す処、すべてを中国のせいにして奪われたとする雇用(ジョッブ)の米国回帰を誘導せんとし、併せて 当該企業への減税を以って米国への回帰を促進させ、世界の製造大国、中国への依存を終わらせんとするのです。 以って「Keep America great」の旗印の下、再選への戦略とするのですが、あれもこれも全ては‘再選のため’と、あがくその姿は、結果として今次選挙戦の異常さを映しだす処です。

周知の通り2017年1月の就任以来トランプ氏は米国第一を標榜し、今日に至っています。何事もデイールをベースに自己の利益を考える一方、国際機関や同盟国との協調を軽視、更に専門家や科学者の意見をまともに聞かない、敵と味方をはっきりさせ、分断を煽ることで自からの力を高める、そうした行動様式を以って、僅か3年ながら世界の秩序を一変させんばかりの状況を生み出す処です。

そして内政的には米国第一主義の下、「法と秩序」の政治を徹底せんと、例えば後述するよ
うに、この5月以降、各地で頻発する「Black lives better」人種差別抗議デモに対しては、
「法と秩序」を以って、厳しく取り締まると、強権的行動すら宣言するのですが、警察の強
化等、監視社会へのシフトすら覚える処です。又、今次の選挙では後出、第(2)項で 指
摘するように郵便投票が注目される処、自分にとって 勝ち目のないこの種選挙制度につい
ては 異論をぶつけ、妨害を画策する様相にあるのですが、まるでどこか途上国の政治の様
相すら想起させる処です。
一方、インフラ投資で雇用創出に努めると,訴えるのですが云うまでもなく選挙対策の他な
く、それは「小さな政府」が看板だった共和党の変心を浮き彫りする処です。
 
・異例さ、異常さを放った「共和党全国大会」
更に異常さを放ったのは今次の共和党大会でした。党大会はコロナ感染を軽減させるべく会場は、ホワイトハウスを始めとして、各所に分散しての開催でしたが、大会初日の8月25日にはメラニア大統領夫人が登壇、続いて二人の息子(長男:トランプ・ジュニアー、次男:エリック)も登壇し、夫々がスピーチするのでした。

そして、最終日の27日、ホワイトハウスの広場で開かれた大会では、1500人に上る閣僚とトランプ支持者を前に、彼は大統領候補指名の受諾演説を行っていますが、そこでは「この選挙はアメリカン・ドリームを救うか、社会主義者の計画で米国の大切な運命を破壊するのを許すか、が決まる。つまりバイデンは米国の偉大さの破壊者だ」と断じ、彼のキー・ワード、`made in China , or made in America’ を以って、「分断を進める」姿勢を強調するものでした。 そしてその場には大会向に準備されたVTRに続き、長女のイバンカ氏が登場していますが、一族が大統領の実績と指導力を吹聴する、もはやトランプ教団の大会もどきとメデイアは伝える処です。まさに27日のホワイトハウスの光景は「トランプ家の、トランプ家による、トランプ家のための舞台」(日経9/1)と印象付けるほどに異常な光景だったと報じる処です。もとより政党のイベントに政府施設を使う事は政治利用と、批判の集まる処です。   
尚、今回の党大会では大統領選の公約となる政策綱領の発表は見送られています。これこそは異例とされる処、それに代えて「大統領の米国第一の政策を熱狂的に支持し続ける」との党声明を以ってトランプ氏の政策を推進するとの方針を強調するのでしたが、それはまさにトランプ党を体現するものと云う処です。

(2)トランプ氏の選挙(郵便投票)介入の可能性
もう一つ、異常さを語るのが投票様式を巡るトランプ氏による介入の可能性です。今次感染防止のため郵便投票が急増する見通しですが、トランプ氏はその投票の利用を抑え込もうと動きだしている事です。つまり、郵便投票を決めている有権者は、コロナを警戒して外出を敬遠すると云う事ですが、その当該有権者は「反トランプ」の傾向にあるとされ、米WSJの世論調査ではバイデン支持者の47%が郵便投票を活用するとしているのに対し、トランプ支持者は11% に留まる由で、そこで、トランプ氏は郵便投票の利用抑制へ動いているとされているのです。

郵便公社は7月末、「大統領選開票日までに間に合うかは保証できない」と全米46州に警告文を出しています。この背景は、公社の赤字経営改善の為として夜間配送や、郵便の仕分け機を10%減らすと云うリストラ策ですが、これがトランプ氏による郵便投票の妨害の片棒を担ぐものと、民主党から非難が出、公社のリストラを指揮するデジョイ総裁は(彼はトランプ氏に極めて近い人物)、「郵便投票への影響を避けるため、大統領選が終わるまで停止すると」と、18日、この批判を受けてリストラを先送りしています。
「法と秩序」を目指さんとするトランプ氏ですが、大統領選を左右する郵便投票を巡る攻防にも米国の分断が投影される処です。(日経、8月20日) 

・現職のオーナ
現職の再選を懸けた大統領選は1期目の実績への信任投票の色彩を帯びるのが常ですが、今回ほど、そうではない、それがはっきりした例は珍しく、まさに異例とされる処です。業績を評価される「現職のボーナス」が伴う処、次々と対応のまずさを露呈し、「現職のオーナ(重荷)」を抱えるようになってきたと云うことと思料するのですが、仮にトランプ氏が負けるとすれば、本人の権威主義的傾向に因るのではなく、コロナ禍と云う事態への対応の悪さにあって、米国の死者の大量な報告がありながら、これに対して人任せのアプローチにあったことで、要は事態を把握できていないことが許せないとするもので、言い換えれば「国民が守られている感覚」を提供できていないことが、彼が国民の信頼を失った問題の本質と、思料するのです。 

前述、トランプ氏のコロナを巡る不誠実な対応を映し、今回の選挙は「トランプか否か」を巡る選挙、つまり、「トランプ対バイデン」ではなく、「トランプ対アメリカ」の様相となり、候補者選びも「誰ならトランプに勝てるか」が主要論点だった事も異常と映る処です。

それでも、依然、消えないのがオクトーバー・サプライズです。現状、世論調査を見る限り、バイデン氏優位とされるのですが、それでも気になるのが、トランプ氏が仕掛けるオクトーバー・サプライズの可能性・・・です。

2.バイデン民主党の公約(Build back better)と、Running mateハリス上院議員
(1)バイデン氏の大統領候補受諾演説
バイデン氏は、民主党大統領候補指名受諾演説で(8月20日)、この選挙運動は票を勝ち取る事だけではなく、米国の心と魂を勝ち取るためのものだとし、併せて、今直面している4つの歴史的な危機、つまり、「100年来の最悪の感染症大流行」、「大恐慌以来の最悪の経済危機」、「1960年代以来、最も切迫した人種平等の要求」そして「気候変動の否定できない現実と加速する脅威」という4点を掲げ、これらを体し、インフラ整備、医療保険制度の整備、同盟国等との協力連携の推進、人種差別問題への取り組みを目指すとするのでした。

バイデノミクスの論理は極めて分かりやすく、要は必要なら、なんでもやる実利優先の哲学を体すると云うものですが、それだけにトランプ氏に比して迫力に欠けると、される処です。
が、バイデン氏の戦略は、当初より11月3日に向けstealth campaign、つまり敵失狙いの戦略にあって、それは相応に成功だったとされる処です。が、では彼は「どのような大統領となるか」については不明だとの声も上がる処です。が、今次副大統領候補に指名されたカマラ・ハリス上院議員こそは、巷間その点をカバーする存在と、される処です。
      
・民主党と米マーケット
バイデン氏が民主党大統領候補をほぼ確実としてからは、米ウオール街の反応をフォローしてきましたが、今一つ、関心の高まりを感じることもなく、又、この間、各地世論調査はバイデン氏が現職のトランプ大統領に対して優位に立つことを示してきていましたが、特別な反応を見出す事もないままに推移してきましした。

一般に言って、マーケットは、企業よりも労働者、富裕者よりも低所得者を重視する民主党政権を嫌う傾向にあります。従って、通常の大統領選の年なら民主党優位の情勢に気をもむ処、そうした懸念もないままに過ぎてきたと云うものでした。その違いは、バイデン氏が中道左派で、極端に左寄りの経済政策は取らないとの安心感があったためではと思料されますが、バイデン氏が自らのrunning mate,副大統領候補にカマラ・ハリス氏(55)を選んだことが大きくプラスしていると思料される処です。

(2)Running mate ,Kamala Harris上院議員
8月12日の党員大会にバイデン氏と現れた副大統領候補に指名されたハリス氏は、白人中間層を意識した発言を繰り返すなか、勿論、マイノリテイーへのアピールも忘れてはいませんが、19日の副大統領候補受諾演説では、「出自にとらわれない、すべての人を歓迎する最愛の共同体であるビジョンの実現を」強調し、政策面での中道・穏健派の色彩を鮮明にする処、こうした彼女の言動がマーケットに安心感を与えていると云えそうです。まさにハリス効果です。

そして選挙戦略上、彼女を選択したことの優位さは彼女の経歴にありとされ、サンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官を歴任した後、上院議員となった経歴が、トランプ氏が主張する「法と秩序」を求める選挙では、十分に対抗できると云う事で、まさにバイデン公約の「援護射撃」となる存在とされる処です。トランプ氏の資質を補うためと、信仰心の熱い福音派のマイク・ペンス氏を副大統領に据えたのとは好対照をなす処です。

米国では今、人種差別に関わる懸念が急速に強まっていますが、多くの点で、ハリス氏は安全で無難な選択と捉えられ、これこそ進歩の兆し( a sign of progress )と受け止められる処です。(The Economist、8/15~21) 加えて、トランプ氏の自国第一主義が修正されれば、企業にも追い風となり、政権交代によるマイナス面とプラス面とがおおむね拮抗するとの見方があるためではと推測する処です。

先走って言えば、バイデン政権が成立すれば、米国が国際協調路線に戻っていくと期待され、因みにバイデン氏は地球温暖化対策の「パリ協定」に復帰するとしています。又、貿易政策では、トランプ政権の追加関税を強く批判する一方、TPPへの復帰にも意欲を示す処です。 安全保障政策でも、同盟国との結束は再び強化される事と思います。こうした米国の政策転換は、勿論、日本にとっても大いに歓迎される処です。 とすれば今予想されている以上に、マーケットには追い風となるのではと思料される処です。仮に政権交代があっても、コロナ対策が最優先であることは変わらず、左寄りの政策は打ち出しにくい環境が当面続くことになるのではと思料するのです。

そして、バイデン氏が掲げる法人増税、富裕者増税も、景気への悪影響を考えれば当面封じ込めでしょう。コロナ対策で財政環境が急速に悪化したため、歳出拡大を伴う医療拡大を伴う医療保険制度の拡充等も制約される事にはなるのではと思料する処です。つまり、コロナ問題によってマーケットが警戒する民主党本来の政策は取られにくい状況になったと云う事です。勿論、トランプ氏のドル安政策が無くなれば、ドルへの信認が高まり海外からの資金流入が促されることもマーケットには追い風と思料する処です。

問題はトランプ氏が、前述の郵便による不在者投票に不正が多く含まれたとして、自らに不利な選挙結果を受け入れない可能性が浮上していることです。冒頭触れたように、政権交代への懸念よりも政権交代が円滑に進まない一種の政治空白への警戒を今後マーケットは徐々に強めていくのではと、思料される処です。 因みに、元独外務大臣のSigmar Gabriel氏は8月26日付で米論壇Project Syndicateに寄稿の論考 [The Global Risk of the US Election]で、トランプ氏の大統領選に見る画策は単に米国のみならず世界に及ぶ忌々しき行為と厳しく評する処です。

・党大会と選挙戦の潮目
尚、民主党々大会はトランプ氏のコロナ対策を批判する立場から感染拡大に繋がる集会は避け「バーチャル」方式に特化、重要イベントもオンライン開催とし、これまでインターネットを活用した選挙運動に徹し、共和党と同様に熱を帯びる処でした。がそれも、2か月を切った今、両候補は有権者と直接向き合っての「リアル」の選挙活動を広げ、バーチャル主体の攻防も今や、転換点にある処です。そして、では次の展開の如何ですが、選挙投票日まで僅かひと月余りの今、その潮目が急速に変わりだしてきていることが注目される処です。前述の人種差別抗議(Black lives matter)デモの広がりです。


第2章 前夜 その(2)
―` Black lives matter ‘ と 大統領選が招く危機

1.Black Lives Matter (BLM)

(1)選挙戦の潮目を変える人種差別抗議デモ
5月5日、米ミネソタ州ミネアポィスで起きた事件、黒人男性(ジョージ・フロイト)が警官の拘束の下で死亡した事件をきっかけに、` Black Lives Matter’(黒人の命を軽んじるな! )のプラカードを掲げた人種差別への抗議デモが続発、急速に全米に広がってきています。
7月25日にはワシントン・シアトルで、又テキサス・オースティンで、8月23日にはウインスコンシン・ケノシャーで、29日にはオレゴン・ポートランドで暴動が発生、ケノシャーでは丸腰の黒人が警官の発砲を受け下半身付随になったほか抗議デモに参加の2人が死亡したと報じられています。

・BLMとコロナ・ショック
こうした抗議デモは、コロナ・ショックが、非白人等、マイノリテイーの差別、格差問題を改めて浮かびあがらせた、その結果を映すと云うものです。 彼らは感染リスクに、より曝される一方、解雇の対象ともなりやすく、こうしたことへの鬱積した不満が、一気に噴き出したというもので、抗議行動は人種問題がコロナで増幅した姿と映る処です。

トランプ氏は8月末、ケノシャーに飛び、暴動で燃えた建物の前で写真を撮らせています。ケノシャーの事件とは、丸腰の黒人男性が警官に背後から7発撃たれたと云うものでした。
社会不安をテコに選挙戦を有利に展開せんとするトランプ氏にとって、そうした現場に立ち、不安をあおることで得点に繋がるとする処と推察される処です。そして今、その人種差別抗議に絡める形で、トランプ支持者と反トランプ支持者との対立行動が暴動に発展してきており、もはや ‘公共の秩序’ が大統領選での争点に押し上げる様相です。もとより、かかる事態は、‘法と秩序’を標榜するトランプ氏にとって絶好のチャンスと映る処です。

選挙まであと1か月余。これまで政権のコロナ対応のまずさを問う事で良かったはずの選挙戦が、人種差別問題の急浮上で、今や争点が公共の秩序に移ってきたことで、窮地にあったトランプ氏にbigチャンスの到来、つまり潮目が変わったと思われる処です。
 
・Democrats cannot rule out Trump victory
実は、Financial Times のチーフ・コメンテーター, Gideon Rachman氏は、8月25日付同紙で「Democrats cannot rule out Trump victory」(民主党はトランプ氏の勝利を阻止できない)と題し、頻発する人種差別抗議デモは「法と秩序」を目指すトランプ氏には勝利のチャンスを齎す事になるだろうと指摘する処でした。
つまり、2016年の大統領選での敗北を受け、民主党は当初、白人労働者の苦悩に真剣に取り組むこととしていたが、その決意はトランプ氏の振る舞いへの怒りへと変わり、人種差別問題こそ強く取り組むべき課題へと変身していったが、この変化こそが逆にトランプ氏にチャンスを与える可能性が出てきたと云うのです。と云うのもトランプ氏の選挙戦略は、まさに白人有権者の怒りと敵意を掻き立てるのが狙いだからだと云うのです。そして人種問題が争点となれば彼の思うツボだろうと指摘するのでした。

(2)トランプ政治に激怒のJoseph Stiglitz教授
一方、ケノシャーで殺害された黒人男性の母親が叫んだ `America is great when we behave greatly’ の言葉に痛く反応して、米コロンビア大教授でノーベル経済学賞のJ. Stiglitz氏は、再びトランプ批判へ掻き立てられる処です。

つまり、J. Stiglitz氏は、米論壇Syndicate Projectに9月14日付けで投稿した論考「Reclaiming American Greatness」(偉大なアメリカを取り戻そう)で、ケノシャーで殺害された黒人男性の母親が叫んだ `America is great when we behave greatly’ の言葉に痛く反応し、悲しいかな、この4年間、トランプ政治のお陰で米国は、彼女の云うような方向とは180度、違った方向に進んでしまっていると断じ、米16代大統領A・リンカーンの警告 ‘ A house divided against itself cannot stand ‘(家は建材が一体化して成る)を持ち出し、トランプ政権はあらゆるものを分断し、しかもそれを広めていると、厳しく批判するのでした。

つまり、トランプ政権下では、富める者がより富み、米国の10%の富裕層が株式の92%を保有する処、株式市場の好調は、経済の好循環を映すものと評価しているが、雇用環境は劣悪、米国で生活する人口の内、3千万人は十分な食料もなく、彼らは全米所得階層では最下層にあって、その日暮らしの状況にあると云い、かくも不平等な所得格差が進むこの国で、トランプ共和党はbillionaires(億万長者)や企業に対して減税を進めるが、中間層にある国民に対しては増税を予定していると、所得格差拡大に繋がる政策姿勢に憤慨するのです。

そして57年前、ワシントンでの人種差別反対デモでキング牧師の発した`I have a dream’ スピーチ、に強く感じ` We shall overcome someday ‘としてきたが、そのsomedayは消え失せ、トランプ政権下ではパンデミックに因る経済の停滞が被保険労働者の増大を齎す処、健康な労働者があってhealthy economy が期待できるもののそれが叶わず、今や米国は科学や専門家の意見など忌避し、自分の利害だけに照準を合わすボスを戴く米国はなす術を失っている。気候変動危機、社会経済危機、更に民主主義の危機、人種差別等、危機環境に伍していかねばならないアメリカにとって、best hopeはバイデン氏とするのです。

要は、健全な経済活動の確保には、健康な労働者の確保が不可避であり、まずはコロナ対策が優先されるべきで、その点で、バイデン氏は、対トランプ戦略上、彼の新型コロナウイルスに対する無頓着さに再び焦点を絞り、9月末から始まる両候補によるDebateに臨むことになると伝えられていますが、さて勝者は、バイデン氏か、或いはトランプ氏か。

2.敗北を認めないリスク – America’s ugly election

ただ、前述の通り、米国特有ともされる選挙制度事情もこれありで、11月3日に結論が出るものか、その行方に関心の呼ぶ処です。と云うのも米国の大統領選は、必ず最後に敗者が負けを認めることで戦いを決着させてきた歴史があります。だが、新型コロナの流行や格差拡大で社会が混乱する今、開票結果が僅差さとなれば大きな混乱が起こりそうだとする懸念です。つまり敗北を認めないリスクの高まりです。これこそは本稿冒頭「はじめに」の項で触れた不安です。実際トランプ氏は、もし選挙で負けてもpeaceful transfer of powerは行わないと会見で発言しており、加えて米最高裁判事死去に伴う後任選び問題も絡む処、巷間,トランプ氏は「負けても勝つシナリを持っている」とも噂される処です。

9月5日付けThe Economist は `America’s ugly election ‘(米大統領選、醜い争い)と題し、上述への懸念を指摘しながら、今次選挙には極めて複雑な事象が絡むが、11月3日の選挙結果を巡って政府関係者(states officials )が忠誠(loyalty)を尽くすべきは、支持政党ではなく、合衆国憲法だと云う事を肝に銘じるべき事、そして当該投票とその後の展開が円滑に進むよう全力を尽くすべきと、指摘する処です。そして、それが実現できなければ、民主主義は危機に陥る事になると、強く警鐘を鳴らす処です。何とか法に則した、健全な投票行動が担保されんことを念じる処です。

・FT-Peterson US Economic Monitor (August 20,2020 )
尚、英フィナンシャル・タイムズと米ピーター・G・ピーターソン財団が、大統領選を前に、米経済は4年前に比べbetter off, よくなってきたか、どうか、有権者に、以下(注)内容のアンケート調査を 8月5日と9日の2度にわたり行なっています。このbetter offへの反応こそは、これまでの経験に照らし再選上のcrucial litmus、決定的指標と見る処です。

(注:アンケート内容)
     ① Have Trump’s economic policies helped or hurt the US economy?
    ② Coronavirus has realigned voters’ concerns and behavior

ではその結果ですが、①について8月時点では、有権者の48%が、トランプ政策は「経済を改善させた」と回答していましたが、ごく直近の9月調査ではこれが3ポイント下がって45%となった由で、トランプ氏にとって経済回復の実感が得られないままでは再選にマイナスとなる処でしょう。一方、②についてはコロナ危機以降、グローバル経済の先行きに警戒感を強める処、現時点では回答者の3割がグローバル経済の後退こそがtop concernとしており要は、世界経済の減速が米国内の雇用・投資に逆風になると見る一方、同時に米国民の感染拡大への懸念の根強さを示す処です。

・トランプvs バイデン TV討論の行方
とすると以上からは、両者とも雇用の回復、経済再生を目指すとしながら、バイデン氏は「所得格差拡大の解消」、「新型コロナ対策」、「米製造業復権のための税制案」を以って、一方、トランプ氏は景気回復に向けた「減税政策」と「公共の秩序」、更には「対中政策、中東での国交正常化」を以って自らの政治手腕を誇示しながら、今月29日のTV討論に臨むものと見る処です。が、要はTV debateを通じて有権者に「国民が守られている感覚」を提供できるか否か、その次第ではと思料する処です。

     
おわりに  ‘前夜’ に思うこと

・Visionの語られることのない米大統領選
今次大統領選でいずれの候補が勝利するにしても、何よりも求められるのはコロナ対策であり、これが最優先の政策となることは云うまでもありません。となると経済のV字型回復は当分無理でしょうし、L字型回復となることが想定される処です。因みに9月16日米FRBはゼロ金利政策を少なくとも2023年末まで続ける方針を表明しており、もって瞑すべき処です。とすれば当面、米経済は暗い様相を余儀なくされる事となるでしょうし、それへの覚悟が求められる事になるのでしょう。それだけに何とか明日に繋がる前向きの姿勢が期待される処ですが、両候補の言動をレビューしていくなかで、気になることは、彼らの主張が何としても後ろ向きの様相にある事です。

トランプ氏は「偉大な米国の復活」と云い、バイデン氏は「異端のトランプ時代と決別して、オバマ時代に戻る」としています。トランプ氏の場合は自国主義、孤立指向で内向きが深まることは周知の処ですが、バイデン氏についても、その主張は、自分が仕えたオバマ政権の政策再現とも云え、ではその上で、どういった社会の創造を目指すのか、両者negative campaignもこれありで、次へのビジョンが見えてこないことが気になると云うものです。

言うまでもなく、理想化した過去に逃避してもグローバル化やデイジタルの波は止められるわけはありません。ましてやトランプ氏が掲げる時代錯誤の経済外交政策で米国を真に再生することは難しいと云う事です。期待すべきは「過去よりも現在、そして未来を競う論争」の筈です。さて、米国民はその辺をどう判断し、選択するのでしょうか。No country is an islandを身上とする筆者にあっては、その選択は云うまでもない処です。

・安倍晋三氏のレガシー
序で乍ら一言。8月28日、安倍晋三氏は持病の潰瘍性大腸炎の再発を事由に首相の座を辞する旨を表明しました。在任7年8か月、健康上の辞任とあれば致し方ないものの、任期途中から目立ったことは政権の私物化でした。‘売り’であったアベノミクスは短期的にはともかく、第3の矢である規制緩和等成長戦略は全くの不発、政権に係る人事の不詳問題については、任命権は自分にある以上責任は自分にあると公言しつつも一度たりとも責任を取ることもなく、森友問題、加計問題、桜問題、等々、国民の疑問に答えることもなく、それまで積み上げてきたレガシーを自ら帳消しする形で安倍政治を終焉させてしまいました。まさに緩みっぱなしの政権との印象を残しての退陣でした。後継首相には9月16日、前官房長官の菅義偉氏が前政権の‘継承を売り’として就任しましたが、二度と前者の轍を踏むことのないこと念じ、詳細は別の機会に論じる事としたいと思います。
                                (2020/9/25)
posted by 林川眞善 at 15:49| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする